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平成21年10月20日判決言渡
平成21年(行ケ)第10074号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成21年9月15日
判決
原告株式会社インテラセット
訴訟代理人弁護士田中克郎
同宮川美津子
訴訟代理人弁理士廣中健
訴訟復代理人弁護士小坂準記
被告インテルコーポレーション
(IntelCorporation)
訴訟代理人弁護士櫻林正己
訴訟代理人弁理士中村知公
同小西富雅
同前田大輔
同伊藤孝太郎
主文
1特許庁が無効2008−890024号事件について平成21年2
月10日にした審決を取り消す。
2訴訟費用は被告の負担とする。
3この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30
日と定める。
事実及び理由
第1請求
主文第1項と同旨
第2事案の概要
1本件は,原告が有する下記商標(本件商標)登録について,被告が商標法
(以下「法」という。)4条1項15号,8号及び7号に違反するとして商標
登録無効審判請求をしたところ,特許庁が8号違反(著名略称を含む商標)を
理由にこれを無効とする旨の審決をしたことから,原告がその取消しを求めた
事案である。
2争点は,本件商標が,下記引用商標①∼⑧を保有し我が国において広く知ら
れているとされる被告を指し示すものとして,他人の著名な略称を含む商標に
当たるか(法4条1項8号),である。

(1)本件商標
・商標
・指定役務
第35類
「事業の管理又は運営,事業の管理又は運営に関するコンサルティング,
経営の診断又は経営に関する助言及び指導,市場調査,商品の販売に関
する情報の提供,ホテルの事業の管理,広告,トレーディングスタンプ
の発行,財務書類の作成,経理事務の代行,職業のあっせん,競売の運
営,輸出入に関する事務の代理又は代行,新聞の予約購読の取次ぎ,速
記,筆耕,書類の複製,会計・営業・総務・人事・広報・渉外・企画そ
の他の事務的事項に関する事務処理代行,文書又は磁気テープのファイ
リング,電子計算機・タイプライター・テレックス又はこれらに準ずる
事務用機器の操作,建築物における来訪者の受付及び案内,広告用具の
貸与,タイプライター・複写機及びワードプロセッサの貸与,求人情報
の提供,自動販売機の貸与」
(2)引用商標
ア①(登録第1373591号)
・商標
・指定商品・出願日・登録日等は別添審決書記載のとおり。
イ②(登録第1415771号)
・商標
・指定商品・出願日・登録日等は別添審決書記載のとおり。
ウ③(登録第2332545号)
・商標
・指定商品・出願日・登録日等は別添審決書記載のとおり。
エ④(登録第4456379号)・⑤(登録4456379号の防護標
章登録第1号)
・指定商品・出願日・登録日等は別添審決書記載のとおり。
オ⑥(登録第1415772号)
・商標
・指定商品・出願日・登録日等は別添審決書記載のとおり。
カ⑦(登録第461449号)・⑧(登録第4634154号)
・商標
「INTEL」の文字を標準文字で書して成る。
・指定商品・出願日・登録日等は別添審決書記載のとおり。
第3当事者の主張
1請求原因
(1)特許庁における手続の経緯
原告は,平成14年6月12日に出願され,平成15年2月19日に登
録査定を受けて平成15年3月7日に登録第4651762号として設定
登録を受けた本件商標の商標権者であるところ,被告は,平成20年3月
6日付けで下記無効理由ア∼ウに基づき本件商標登録の無効審判請求をし
た。
特許庁は,同請求を無効2008−890024号事件として審理した
上,平成21年2月10日,無効事由2(8号違反,著名な略称を含む商
標)を理由に「登録第4651762号の登録を無効とする。」旨の審決
をし,その謄本は同年2月20日原告に送達された。

ア無効事由1
本件商標は,被告の業務に係る役務と混同を生じるおそれがある商標で
あるから,法4条1項15号に違反する。
イ無効事由2
本件商標は,被告の著名な略称を含む商標であるから,法4条1項8号
に違反する。
ウ無効事由3
本件商標は,被告の業務に係る商品,役務と出所混同を生ずるおそれが
があるのみならず,被告が使用する前記引用商標①∼⑧(以下「被告商
標」という。)の著名性にフリーライドし,その出所表示力を毀損,希釈
化し,世界的に著名な被告商標の経済的な価値を低下させ,被告に精神的
及び経済的な損害を及ぼすものであるから,公正な取引秩序の維持と需要
者の利益保護を目指す商標法の目的,国際信義の精神に反するものであり,
社会一般の道徳観念に反するものであって,公の秩序を害するおそれがあ
る商標であるから,法4条1項7号に違反する。
(2)審決の内容
審決の内容は,別添審決写しのとおりである。その理由の要点は,本件商
標は被告の著名な略称を含む商標であり,本件商標の登録出願に当たり被告
の承諾を得たものと認めることもできないから,本件商標登録は法4条1項
8号に該当する,というものである。
(3)審決の取消事由
しかしながら,本件商標が商標法4条1項8号に該当するとした審決は,
以下に述べるとおり,誤りであるから,違法として取り消されるべきである。
ア法4条1項8号の解釈等
(ア)法4条1項8号の趣旨
法4条1項は,商標登録を受けることができない商標を各号で列記
しているが,需要者の間に広く認識されている商標との関係で商品又
は役務の出所の混同の防止を図ろうとする同項10号,15号等の規
定とは別に同項8号の規定が設けられていることからすると,同項8
号が,他人の肖像又は他人の氏名,名称,著名な略称等を含む商標は
その他人の承諾を得ているものを除き商標登録を受けることができな
いと規定した趣旨は,人(法人等の団体を含む。)の肖像,氏名,名
称等に対する人格的利益を保護することにあると解される。すなわち,
人は,自らの承諾なしにその氏名,名称等を商標に使われることがな
い利益を保護されていると解される(最高裁平成17年7月22日第
二小法廷判決・裁判集民事217号595頁)。
(イ)法4条1項8号の「著名」の意義
法4条1項8号に規定する「著名」の判断は,事案毎に事情を考慮し
た上で,その表示が特定人の同一性を認識させるに足るものであり,問
題とされる第三者による商標における使用が,当該特定人の人格的利益
を害するに至る性質ものであるか否かの観点から個別的になされるべき
であって,形式的・画一的に判断しうるものではない。そうすると,他
人の名称等の略称の著名性の程度,著名性が認められる範囲,著名性の
内容(どのような人〔法人〕の略称として知られているか)に照らして,
問題とされる商標がその指定商品又は役務に使用された場合に当該他人
の人格的利益を侵害するおそれがないことが明らかである場合には,法
4条1項8号該当性は否定されるべきである。
(ウ)法4条1項8号の「含む」の意義
法4条1項8号の「含む」は,単に物理的に「包含する」状態をもっ
て足りるとするのは適切でなく,問題とされる商標において,その部分
が他人の略称等として客観的に把握され,当該他人を想起,連想させる
ものであることを必要とすると解するべきである。
なぜならば,第1に,法4条1項8号の立法趣旨が他人の人格的利
益の保護にある以上,客観的にみてその部分が他人の略称等であると
把握されず,当該他人を想起,連想させるものでないのであれば,そ
もそも当該他人の人格的利益が毀損されるおそれはない。第2に,法
4条1項8号該当性が問題とされる場面は,「出願商標に含まれる略
称等を有する他人の人格的利益」と「出願人の商標登録の利益」とい
う二つの私益が対立する場面であるが,問題となる商標に他人の略称
等が存在すると客観的に把握できず,当該他人を想起,連想できない
場合であれば,そもそも保護すべき他人の人格的利益は存在しない。
そのような場面においても「含む」の文言を単に物理的に「包含す
る」状態をもって足りるとすれば,「出願商標に含まれる略称等を有
する他人の人格的利益」に対する保護が過度に広範となり,「出願人
の商標登録の利益」を不当に圧迫することとなる。第3に,法4条1
項8号の登録阻却効が商品及び役務の同一・類似を問わず全ての商品
及び役務について一律に及ぶものであることや,商標を構成する文字
が有限であること(アルファベットの場合は26文字しか存在しな
い)からすると,単に物理的に他人の略称等と同一の文字列を包含す
るという理由だけで商標登録が阻却されるとすれば,例えば「ソニ
ー」がソニー株式会社の略称として著名であれば,「アンソニー」は
商標登録を受けることはできず,「INTEL」の5文字を物理的に
含む商標(この5文字を冒頭部分に含み,かつ,現存する登録商標及
び審査係属中の商標に限定しても約500件存在する。)は全て拒絶
又は無効とされることとなるが,このような事態は社会的,経済的に
妥当性を欠くものである。「含む」の意義を物理的に「包含する」と
いう意味で形式的に捉えるのは適切でなく,法4条1項8号の趣旨に
照らし合目的的に限定解釈する必要性がある。第4に,法4条1項8
号の立法趣旨が他人の人格的利益の保護にある以上,同項8号の「含
む」の意義を合目的的に限定解釈したとしても,同号の法趣旨を没却
することにはならないから,かかる限定解釈は許容される。
イ取消事由1(被告の略称である「INTEL」の著名性についての認定
の誤り)
審決は,被告の略称である「INTEL」(以下「被告略称」ともい
う。)が本件商標の出願時において「・・・コンピューター関連の商品及
び役務を取り扱う業界においてはいうに及ばず,パソコンを職場や家庭等
において日常的に使用する広範な一般消費者の間においても,請求人の略
称を表示するものとして広く認識されていたものと推認することができ」
ると認定した(43頁24行∼27行)。
しかし,被告はマイクロプロセッサの製造に特化した企業であり,本件
商標の出願時及び査定時においては,被告略称もそのような企業の名称の
略称として受け入れられていたにすぎないのに対し,本件商標の指定役務
は「マイクロプロセッサ」の開発・製造とは何ら関連性がない。そうする
と,原告が本件指定役務について本件商標を使用したとしても,これに接
する需要者,取引者が被告を連想,想起し,被告の人格的利益を害すると
はいえない。
このように,被告の著名性の具体的内容が,マイクロプロセッサの開発
・製造を行う企業としての認知であることに照らせば,被告略称は,本件
商標が本件指定役務について使用された場合において被告の「人格的利益
を害するに至る性質のもの」であるとするに足る著名性を有するとはいえ
ないから,被告略称は法4条1項8号にいう「著名」の要件を満たさない。
ウ取消事由2(法4条1項8号にいう「含む」の解釈の誤り)
(ア)本件商標は図形と文字が不可分一体に結合したものであること
審決は,本件商標の図形部分について,「I」の文字が判然とせず,
図形全体としてみても直ちに何を表現したものか理解され難いもので
あるから,これより特定の称呼,観念は生じないとした上,「・・・
本件商標に接する需要者は,構成全体をもって一体不可分の商標を表
したと認識するというより,むしろ,その構成中の『INTELLA
SSET』の文字部分に着目し,これを自他役務の識別標識として捉
えて役務の取引に当たる場合が多いとみるのが相当である」と認定し
た(44頁13行∼16行)。
しかし,本件商標の図形部分(以下「本件図形部分」という。)は,
横幅において本件商標全体の約3分の1を占め,高さにおいては下段
の文字部分(以下「本件文字部分」という。)の約3倍の大きさを有
する,看者の目を引く顕著な大きさを有するものであり,これに接し
た需要者・取引者がアルファベットの「I」の文字をモチーフにした
ものと容易に看取し得るものである。また,正方形内を青の濃淡で塗
りわけてその中に「I」の文字を白抜きにした本件図形部分は,特定
の観念や称呼が生じるものではないとしても,高度にデザイン化され
たユニークな外観によって,これに接した需要者・取引者に強い印象
を与えるものである。審決は,「直ちに何を表現したものか理解され
難い」から「特定の称呼・観念は生じず」,「曖昧模糊とした印象を
与える」というが,むしろ,「直ちに何を表現したものか理解され難
い」ものこそ,かえって特異・特殊な標章として需要者・取引者の記
憶に強く残るのである。このことは,文字商標の場合に,親しまれた
既成語より成る商標よりは,特異な造語から成る商標のほうが強い記
銘力を有することに照らして考察すれば明らかである。また,本件図
形部分と本件文字部分は,審決が前者について「直ちに何を表現した
ものか理解され難く,特定の称呼・観念が生じない」ものであり,後
者について「わが国において馴染みのない語であり,造語と理解され
るものであるから,特定の読み方や観念を生じない」ものであるとし
ているとおり,それぞれ,既成のありふれた図形や既成語ではない独
創的でユニークな図形ないし造語として同程度の記銘力・自他商品役
務識別力を発揮するものと把握するのが相当であって,一方が主で他
方が従であることが明らかなような関係にあるのではない。さらに,
本件図形部分が下段の「INTELLASSET」の頭文字である
「I」をモチーフにしたものである点において,本件図形部分と本件
文字部分との間には観念上の関連性もある。
したがって,本件商標は,本件図形部分が需要者,取引者の印象・
記憶に残らずに文字部分のみが記憶されるということはなく,本件商標
は図形部分と文字部分が構成全体として不可分一体的に結合した商標
である。
(イ)本件文字部分が全体として不可分一体であること
審決は,「INTELLASSET」の文字部分について,「該文
字は,我が国において,馴染みのない語であり,造語と理解されるも
のであるから,特定の読み方や観念を生じない」「構成文字も11文
字と冗長にわたる」と認定し(44頁24行∼26行),「構成する
文字全体が看者に強く印象づけられ,記憶にとどめられるというもの
ではない。むしろ,語頭部分の『INTEL』が,請求人の略称とし
て広く認識されている『INTEL』と同一の文字よりなるものであ
るから,本件商標に接する需要者は,その構成中の『INTEL』の
文字部分に強く注意を引かれ,かつ,印象づけられ,これより請求人
を想起又は連想するというべきである」と認定した(44頁28行∼
33行)。
しかし,かかる審決の認定は誤りであり,その理由は以下のとおり
である。
第1に,本件文字部分が,平仮名,漢字及びカタカナによるもので
はなくローマ字のみにより構成されていることに照らせば,本件文字
部分に接する者は,日本語に接する場合に比べていかなる単語が包含
されているかを判断することが困難であり,むしろ,「INTEL」
は文字列の中に埋没しているとして,本件文字部分を一体のものとし
て把握する。また,本件文字部分は黒色の活字体で大きく明瞭に,か
つ,各文字を同一の書体,同一の大きさ,同一の間隔で表されている
上,「INTEL」と「LASSET」が離れているとか,異なる大
きさや字形の文字で構成されているなど「INTEL」の文字部分を
分離して観察すべき事由はない。これらを併せ考慮すると,本件文字
部分は外観上一体として把握され,「INTEL」と「LASSE
T」に分離すべき理由も見当たらないことから,「INTEL」は
「INTELLASSET」の構成部分の中に埋没していて客観的に
把握することはできず,本件商標に接する者に「INTEL」を想起,
連想させるものではないというべきである。
第2に,称呼上,本件文字部分からはその構成文字に応じて「イン
テラセット」の一連の称呼が生じるところ,これを途中で区切って称
呼しなければならない特段の理由は何ら見出せない。すなわち,まず
「INTE」までを「インテ」と読み,その後「LL」が存在するも
その直後に「A」があることを認識し,併せて「ラ」と読むことがで
きる。最後に「SSET」を「セット」と読み,「インテラセット」
と称呼が生じる。
第3に,観念上,本件文字部分は既成語ではなく,全体で一種の造
語を表したものと理解されるものであり,その一部から何らかの観念
が生じるものではない。そして,文字のみから成る商標にあっては,
通常その文字に相応した称呼,観念を生ずるものであるから,たとえ,
それが二つの語を結合して成るものであっても,これを構成する各文
字が一様に連なり,その各語に対応する文字の大きさや形態に差異が
ない場合には,二つの語のうちの一方が日常使用されない特異な語で
あるなどその語自体が特別顕著な印象を与えるとか,その称呼が全体
として殊更冗長であるなど特段の事情がない限り,その商標は原則と
して一連に称呼され一体的に観念されるものと解するのが相当である
ところ(東京高裁昭和57年3月31日判決,甲158),本件文字
部分はそもそも二つの語を結合したものではない上,これを構成する
各文字が一様に連なり,各文字の大きさや形態に差異がないもので
あって,その称呼は全体として6音であり殊更冗長であるなどの特段
の事情がないのであるから,全体をもって一体不可分のものと把握さ
れるとみるのが自然である。そうすると,本件文字部分は一体として
観念されることとなるが,本件文字部分は既成語として知られたもの
ではないから,全体で一種の造語を表したものと理解され,その一部
から何らかの観念が生じることはなく,全体としても何らの観念も生
じないものである。
以上,本件文字部分は外観,称呼,観念のいずれの点からみても,
ひとつのまとまった構成を有するものとして把握される。
(ウ)なお,原告が有する下記商標(登録第4651763号,以下「別件
商標」という。)について知財高裁平成19年(行ケ)第10113
号平成19年12月20日判決は,法4条1項8号該当性を肯定した。

しかし,上記事案は,1行目の「NTELLSSET」のうちIA
最初の「I」と7番目の「A」の文字が他の9文字よりも約1.25倍
大きく(高く)書かれていて,同語の冒頭(INTELL)には原告の
名称及び前記引用商標①・②・④・⑤・⑦・⑧の文字(INTEL)が
包含されているというものであって,各文字が同一の書体・同一の大き
さ・同一の間隔で書して成る本件商標の文字部分とは異なるから,前記
判決の趣旨は本件商標に当てはまるものではない。
(エ)小括
審決は,「INTEL」が著名であるからという理由のみに基づいて,
本件文字部分の語頭の5文字が被告略称として認識されると断定して
いるにすぎないところ,仮に被告略称が著名であるとしても,不可分
一体に構成された本件文字部分の語頭の5文字が被告略称と認識され
ることはない。すなわち,本件文字部分は,その全体をもって無理な
く自然に一個の造語を表したものとして把握され,かつ,それにとど
まるものであり,本件文字部分の一連一体の構成中の語頭の5文字が
被告の略称として客観的に把握されるものではなく,被告を想起又は
連想させることはない。そして,本件商標に接する者が,これから被
告を客観的に把握し,想起又は連想することがない以上,本件商標が
登録されることによって被告の人格的利益が害されるおそれはない。
よって,本件商標は,法的評価において被告略称を「含む」商標には
該当せず,法4条1項8号に該当するものとはいえない。
2請求原因に対する認否
請求原因(1),(2)の各事実は認めるが,(3)は争う。
3被告の反論
(1)法4条1項8号の解釈等に対し
原告は,法4条1項8号に規定する「著名」の判断は,事案毎に事情を
考慮した上で,その表示が特定人の同一性を認識させるに足るものであり,
問題とされる第三者による商標における使用が,当該特定人の人格的利益を
害するに至る性質ものであるか否かの観点から個別的になされるべきである
と主張する。
しかし,法4条1項8号が,他人の肖像又は他人の氏名,名称,著名な略
称等を含む商標はその他人の承諾を得ているものを除き商標登録を受けるこ
とができないと規定した趣旨は,人の肖像,氏名,名称等に対する人格的利
益を保護すること,すなわち,人は,自らの承諾なしにその氏名,名称等を
商標に使われることがない利益を保護されていることにある。そうすると,
氏名や人の名称等の略称が法4条1項8号にいう「著名な略称」に該当する
か否かを判断するに際し,問題とされた商標の指定役務の需要者のみを基準
とすることは相当ではなく,その略称が本人を指し示すものとして一般に受
け入れられているか否かを基準として判断すべきである(最高裁平成17年
7月22日第二小法廷判決・裁判集民事217号595頁)。
法4条1項8号は,「他人の肖像又は他人の氏名若しくは名称若しくは著
名な雅号,芸名若しくは筆名若しくはこれらの著名な略称を含む商標」と規
定しているだけであり,法文上,「含む」の意義に関し原告が主張するよう
な要件は定めていない。
(2)取消事由1に対し
前記のとおり,法4条1項8号にいう「著名な略称」に該当するか否かを
判断するに際しては,問題とされた商標の指定役務の需要者のみを基準とす
ることは相当ではなく,その略称が本人を指し示すものとして一般に受け入
れられているか否かを基準として判断すべきであるところ,被告の略称「I
NTEL」は,本件商標の出願日である平成14年6月12日の時点におい
て,その略称が被告を指し示すものとして一般に受け入れられていたもので
あり,法4条1項8号の「著名な略称」に該当する。
(3)取消事由2に対し
ア本件商標中,自他役務の識別機能を果たしている部分
本件商標は,図形と「INTELLASSET」の文字から成るもので
あるところ,本件商標中の図形部分は,淡い青色の縁取りのある正方形内
の中央に,欧文字の「I」を白色で表している。そして,この「I」の文
字の背景は,全体が淡い青色と白色とが混ざり合った色彩が施されており,
「I」の文字の左側部分は淡い青色が勝っているものの,右側部分は,上
部において白色が青色をぼかしたように白色が強調されて描かれており,
白色で表された「I」の文字は,右上部から中間部にかけての背景と同じ
ような色から成る図形である。このような図形の下部に,図形の縦方向の
全長の約2分の1の長さの間隔を置いた位置に,黒字の活字体によって大
きく明瞭に記載された横書きの英文字が構成する「INTELLASSE
T」の文字部分が配置されている。
他方,「INTELLASSET」を一体として見ると,これ自体は造
語で,特定の観念を持たない。図形部分を構成する「I」の文字も,その
使用態様から特定の観念を伝達するための表示態様ではなく,あくまでも
図形を構成する「モノグラムの図形」として理解され,観念は生じない。
したがって,本件商標の図形部分と文字部分の観念の共通性はない。
なお,「INTELLASSET」は,被告を指し示す略称である「I
NTEL」(「INTELL」と実質同一)と「資産,財産」の意味を有
する「ASSET」の結合であり,全体として「インテルコーポレーショ
ンの資産,財産」という観念が生じるが,その場合でも,本件商標の図形
部分と文字部分の観念の共通性はない。
そして,このような本件商標の構成等,すなわち,本件商標の外観上,
図形部分と文字部分は一定の距離(間隔)をおいて配置され,図形部分の
デザインと文字部分のデザインの共通性もなく,かつ,図形部分と文字部
分の観念上の共通性もないので,図形部分と文字部分を常に一体のものと
して把握,認識しなければならない理由はなく,かえって,図形部分は上
記のとおり特段の観念を生じないものであることからすれば,本件商標に
接する需要者は,むしろ,その構成中の文字部分「INTELLASSE
T」に着目し,これを自他役務の識別標識として役務の取引に当たる場合
が多いとみるのが相当である。
したがって,本件商標は,その構成中「INTELLASSET」の文
字部分が独立して,かつ本件商標の主要部分となって,自他役務の識別機
能を果たしているものである。
イ称呼
本件文字部分をローマ字式に称呼するとすれば,「IN」は英語で「∼
の中に」等の意味を持つ「イン」,「TELL」は電話の略称である「テ
ル」と称呼することから,本件文字部分「INTELLASSET」の前
半を「インテル」と称呼することは十分にあり得る。そして,前半の称呼
「インテル」に続き,後半部分「ASSET」は「資産,財産」を意味す
る日本人にとって馴染みのある英単語であることから(株式会社三省堂
「官公庁のカタカナ語辞典」第2版・18頁等),容易に「アセット」と
称呼できる。すなわち,「インテル・アセット」の称呼が生じる。そして,
前述のとおり,「INTEL」は被告の略称として著名であるから,これ
と実質同一である「INTELL」と「ASETT」に容易に分割称呼さ
れ,「インテル・アセット」として被告の略称を含むものと評価されると
いうべきである
なお,原告が有する別件商標は,前記のとおり,「INTELLASS
ET」の一連の文字の内,「NTELLSSET」として,冒頭IA
「I」だけでなく7番目の「A」も他の文字に比べて大きな文字にして構
成されている。原告が,別件商標の出願時,上記のように冒頭の「I」だ
けでなく,中間部分の「A」も大きな文字としたのは,冗長であるため,
前半「INTELL」部分と「ASSET」の部分に分割して認識,称呼
されるべきものであるということを認識していたからである。
ウ観念
観念の点から見ても,本件商標は被告の著名な略称である「INTE
L」(実際には「INTELL」であるが「L」の有無は微差にすぎず,
実質同一である)を含むものであり,また,出所識別標識として語頭部分
に「INTEL」が存在するところ,「INTEL」の語そのものは造語
であるが,その著名性から需要者・取引者は被告を認識しうる。そして,
「INTELL」に続く「ASSET」の文字は,「資産,財産」の意味
を示すものとして容易に理解される。よって,需要者・取引者は,本件商
標を「インテルの資産,財産」の観念を有するものと理解しうる。
エ小括
以上によれば,本件商標はその構成から客観的に被告の著名な略称であ
る「INTEL」を含むというべきである。
第4当裁判所の判断
1請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(審決の内容)の各事実は,
当事者間に争いがない。
2本件商標の法4条1項8号該当性(著名略称を含む商標)の有無について
(1)本件における基礎的事実関係
証拠(甲8,15ないし17,19,27,32,47,72,73の
1ないし30,74,90,93,94,95ないし97,乙1の1・
2)及び弁論の全趣旨によれば,本件における基礎的事実関係は,以下の
とおりであることが認められる。
ア原告は,平成12年12月11日に各種事業及び各種企業に対する経
営上の諸問題に対する総合的な研究調査の受託及び経営相談等を目的と
して設立された会社で,「損益計算書,貸借対照表から企業の問題点を
分析し,財務指標の向上に最適な資本構成の計画などを提案しようとす
る,いわゆるベンチャー企業であり,本件商標は,「知的資産」を英訳
した「intellectualasset」を参考にして「INTELLASSET」
という造語をしたものである。
イ一方,被告は,集積回路の研究,開発,製造及び販売を事業の主軸と
する企業として,1968年(昭和43年)7月にアメリカ合衆国カリ
フォルニア州で設立された会社で,その社名である「IntelCo
rporation」のうちの「Intel」の部分は,「INTeg
ratedELectronics(集積されたエレクトロニク
ス)」の2語の語頭部分(大文字で表記)を語源として造語されたもの
である。そして,被告は,1970年(昭和45年)には世界初の商用
DRAM「1103」を開発・発売し,1971年11月(昭和46
年)には世界初のMPU(マイクロプロセッサ)「4004」を発売し
た。その後,被告はMUPの開発を推し進め,1985年(昭和60
年)にはDRAM事業から撤退してMUP事業へと経営資源を集中し,
同年には「Intel386」MPUを,1989年には「InteTM
l486」MPUをそれぞれ発売し,さらに,1993年(平成5TM
年)に第5世代製品「IntelPentium」を,1997年
(平成9年)には記憶容量を2倍に拡張する「IntelStrat
aFlash」メモリなどを次々に製造・発売した。その間,その売上
高は,1992年(平成4年)から2002年(平成14年)にかけて
半導体製造分野において1位となり,パソコン用MPUの80パーセン
トのシェアを占めるなど,世界的規模で事業展開している。
日本におけるパソコンの国内出荷台数は,1989年(平成元年)に
200万台であったが1994年(平成6年)には300万台と見込ま
れ,さらに1998年(平成10年)には600万台を超えることが予
想されるなど急速に拡大した。このような状況の中で,日本の多数のパ
ソコンメーカーの販売に係るパソコンに,被告製品であるMPUが使用
されていることを示す「intelinside」の文字を円状輪郭
で囲んだロゴ・マークを表示した結果,このロゴ・マークを目にしたパ
ソコンのエンド・ユーザーは,当該パソコンに被告製のMPUが搭載さ
れていることを知り得たと同時に,MPUメーカーとしての被告の知名
度もエンド・ユーザーの間においても急速に高まった。
以上のような事情から,被告の略称である「INTEL」は,本件商
標が出願された平成14年(2002年)6月12日時点及び登録査定
がされた平成15年2月19日の各時点において,パソコン関連の商品
及び役務を取り扱う業界においてはもとより,パソコンを職場や家庭等
において使用する我が国の一般消費者の間においても被告の略称を表示
するものとして広く認識されている。
(2)事案に鑑み,法4条1項8号における「含む」の意義の観点から,審決
の当否について判断する(取消事由2)。
ア本件商標の内容は,前記のとおりであり,文字部分「INTELLA
SSET」のうち冒頭の5文字は被告の略称である「INTEL」と同
一であるから,本件商標は物理的には被告略称を含んでいることになる。
しかし,法4条1項8号が,他人の肖像又は他人の氏名,名称,著名
な略称等を含む商標はその他人の承諾を得ているものを除き商標登録を
受けることができないと規定した趣旨は,人の肖像,氏名,名称等に対
する人格的利益を保護すること,すなわち,人(法人等の団体を含む)は,
自らの承諾なしにその氏名,名称等を商標に使われることがない利益を
保護することにあるところ(最高裁平成17年7月22日第二小法廷判決
・裁判集民事217号595頁),問題となる商標に他人の略称等が存
在すると客観的に把握できず,当該他人を想起,連想できないのであ
れば,他人の人格的利益が毀損されるおそれはないと考えられる。そ
うすると,他人の氏名や略称等を「含む」商標に該当するかどうかを判
断するに当たっては,単に物理的に「含む」状態をもって足りるとする
のではなく,その部分が他人の略称等として客観的に把握され,当該他
人を想起・連想させるものであることを要すると解すべきである。
イかかる見地からみると,本件商標は,前記のとおり図形部分と「IN
TELLASSET」の文字部分から成るものであるところ,図形部分
は青い縁取りのある正方形内の中央に欧文字の「I」を白色で表し,
「I」の文字の背景には全体として青色と白色とが混ざり合った色彩が
施されており,「I」の文字の左側部分は青色が勝っているものの,同
右側部分は上部において白色が青色をぼかしたように白色が強調されて
描かれており,白色で表された「I」の文字は右上部から中間部にかけ
て背景と同じような色から成る図形である。一方,「INTELLAS
SET」の文字部分は,このような図形の下部に,黒字の活字体で大き
く明瞭に,各文字を同一の書体・同一の大きさ・同一の間隔で配置され
ている。
そして,本件商標の文字部分が,黒色の活字体で大きく明瞭に,かつ
各文字を同一の書体・同一の大きさ・同一の間隔で表されていること
に照らすと,「INTELLASSET」の文字部分は外観上一体とし
て把握されるとみるのが自然である上,「INTELLASSET」が
日本においてなじみのない語であり,一見して造語と理解されるもので
あって,特定の読み方や観念を生じないと解される(本件商標中の図形
部分を考慮しても同様である。)。したがって,被告の略称である「I
NTEL」は,文字列の中に埋没して客観的に把握されず,被告を想
起・連想させるものではないと認めるのが相当である。
そうすると,本件商標は物理的には被告の略称である「INTEL」
を包含するものの,「他人の氏名・・・の著名な略称を含む商標」
(法4条1項8号)には当たらないというべきであり,原告主張の取
消事由2は理由がある。
ウなお,被告は,本件商標の文字部分の後半「ASSET」は,「資産,
財産」を意味する,日本人にとって馴染みのある英単語であるから,容易
に「アセット」と称呼でき,「インテル・アセット」の称呼が生じ,被
告の略称である「INTEL」と「ASSET」に容易に分割称呼され
て,「インテル・アセット」として被告の略称を含むものと評価される
し,かつ「インテルの資産,財産」の観念が生じるから,被告の著名な
略称である「INTEL」を含むというべきであると主張する。
この点,前記のとおり,原告は各種事業及び各種企業に対する経営上の
諸問題に対する総合的な研究調査の受託及び経営相談等を業とする株式会
社であり(甲136の1ないし15,176,弁論の全趣旨),本件商標
は事業の管理又は運営に関するコンサルティング等を指定役務とし,「I
NTELLASSET」は,知的資産を意味する英語「intellectualase
tt」を組み合わせた造語として考案されたものであるところ,前記のとお
り,「INTELLASSET」の文字部分は同一の書体・同一の色・
同一の大きさ・同一の間隔で表されており,「INTELL」と「AS
SET」の間に空白(スペース)はないうえ,「ASSET」の部分の
「A」の文字が他の文字よりも大きいなど他の文字と異なる特徴を有して
いることはないことに鑑みると,本件商標を見た者が「INTELLAS
SET」の文字部分のうち「ASSET」の部分を独立して認識すること,
ひいては「INTELL」ないし「INTEL」の部分を独立して認識す
ることは困難というべきであって,本件商標から「インテル・アセット」
の称呼が生じたり,「インテルの資産,財産」の観念が生じることもない
というべきである。
また,被告は,別件商標において,冒頭の「I」だけでなく中間部分の
「A」も大文字となっているのは,原告が別件商標の出願時,「INTE
LL」部分と「ASSET」の部分に分割して認識,称呼されるべきもの
であるということを認識していたからであるとも主張する。しかし,原告
の商号が株式会社「インテラセット」であって,日本語(片仮名)の表記
から「インテル(INTELL)」の部分と「アセット(ASSET)」
の部分を分割して認識,称呼することはできないこと,本件商標において
は「A」の文字が他の文字に比べて大きな文字とはなっておらず,「AS
SET」の部分を独立又は分割して認識させるような表記とはなっていな
いこと等からすると,被告の上記主張は採用することができない。
エそうすると,その余(取消事由1)について判断するまでもなく,法4条
1項8号該当性を肯定した審決の判断は誤りであり,その誤りは結論に影響
を及ぼすものである。
3結語
よって,原告の請求は理由があるから認容して,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官中野哲弘
裁判官今井弘晃
裁判官真辺朋子

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