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平成29年9月21日判決言渡
平成29年(行ケ)第10050号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成29年9月7日
判決
原告株式会社ドクター中松創研
同訴訟代理人弁理士鮫島信重
被告特許庁長官
同指定代理人氏原康宏
平田信勝
山村浩
板谷玲子
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1原告の求めた裁判
特許庁が不服2015-11524号事件について平成28年12月27日にし
た審決を取り消す。
第2事案の概要
本件は,特許出願の拒絶査定不服審判請求に対する不成立審決の取消訴訟である。
争点は,進歩性判断(相違点の容易想到性の判断)の誤りの有無である。
1特許庁における手続の経緯
原告は,名称を「航空機等用安全安心リチウム電池システム」とする発明につき,
平成25年2月19日(以下,「本願出願日」という。)を出願日とする特許出願を
したが(特願2013-30484号,請求項の数1。甲1。以下,「本願」という。),
平成27年4月2日付けで拒絶査定を受けた(甲3)。
原告は,平成27年6月18日,拒絶査定不服審判請求をするとともに(不服2
015-11524号。甲7),特許請求の範囲を補正する手続補正をし(甲8),
平成28年10月28日付けで特許請求の範囲を補正する手続補正をしたが(甲1
1。以下,「本件補正」という。),特許庁は,平成28年12月27日,「本件審判
の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,平成29年1月23日,原
告に送達された(乙1)。
2本願発明の要旨
本件補正後の特許請求の範囲の請求項1記載の発明(以下,「本願発明」という。)
は,次のとおりである(甲11。以下,本願の願書に添付した明細書及び図面〔甲
1〕を「本願明細書」という。)。
【請求項1】
リチウム電池が内蔵されたリチウム電池外箱の複数箇所からバネでもってリチウム
電池を空中に浮かす状態で保持するか,リチウム電池外箱にウレタン部材を充填し,
その中にリチウム電池を封入して,リチウム電池に特に縦方向からの衝撃を与えな
いことを特徴とする航空機等リチウム電池システム。
3審決の理由の要点
(1)引用発明の認定
特許第3256700号公報(甲12。以下,「引用文献1」という。)には,次
の発明(以下,「引用発明」という。)が記載されている。
「内枠2と,外枠3と,複合防振機構4と,クランプ9,10との組合せからな
り,
複合防振機構4は,弾性体7と,粘弾性体8との組合せであり,
内枠2は,蓋板2aと,内箱2bとの組合せであり,内箱2bは,試料容器1を
収納し,蓋板2aは内箱2bを施蓋するものであり,
外枠3は,上部枠3aと下部枠3bとの組合せであり,
内箱2bは,四周面および底面をそれぞれ複合防振機構4で支えて下部枠3b内
に設置され,
蓋板2aは,複合防振機構4で吊り下げて上部枠3aに取付けられ,
下部枠3bに上部枠3aを結合することによって,内箱2bは,蓋板2aに施蓋
されるものであり,
クランプ9,10は,蓋板2aと内箱2bおよび上部枠3aと下部枠3bとを脱
着可能に結合するものであり,
試料容器1には,スポンジ6などを介装して試料5が装てんされ,
弾性体7はコイルばねが使用される,試料保護装置。」
(2)一致点の認定
本願発明と引用発明とを対比すると,次の点で一致する。
「保護対象物が内蔵された外箱の複数箇所から保護対象物を空中に浮かす状態で
保持することで,保護対象物に衝撃を与えない,保護装置。」
(3)相違点の認定
本願発明と引用発明とを対比すると,次の点が相違する。
(相違点)
本願発明は,保護対象物を「リチウム電池」とし,保護装置が「航空機等リチウ
ム電池システム」として構成されるものであって,その構造は,「リチウム電池が内
蔵されたリチウム電池外箱の複数箇所からバネでもってリチウム電池を空中に浮か
す状態で保持する」ことで「リチウム電池に特に縦方向からの衝撃を与えない」と
いうものであるのに対し,引用発明は,保護対象物を「試料5」とし,保護装置が
「試料保護装置」として構成されるものであって,その構造は,「試料5が装てんさ
れ」た「試料容器1」を,「内枠2と,外枠3と,複合防振機構4と,クランプ9,
10との組合せからな」る構成を用いて保持する点。
(4)相違点の判断
ア引用発明の「試料保護装置」は,飛行体又は走行体の発射,発振時〔判
決注・「発進時」の誤記と認める。〕,離陸及び帰還時あるいは停止時の激しい振動,
衝撃から飛行体又は走行体に搭載した試料を有効に保護するものであるところ,引
用文献1の記載によると,引用発明における「試料5」は,飛行体や走行体に搭載
される,例えば「生物試料」のほか,破損,故障を生ずるおそれがある「装置」,「機
器類」及び「各種実験器具」等も想定されるものであり,要は,飛行体や走行体に
搭載され,衝撃や振動から保護すべきものが該当するといえる。
そして,国際公開第2012/73439号(甲6,13。以下,「引用文献2」
という。)の記載(【0002】~【0004】)からも明らかなとおり,電池モジュ
ールは,種々の機器,車両等の電源及び家庭用電源として広く使用されており,限
られた空間へ搭載する際の自由度が向上するなど様々なメリットを有するが,通常
の使用条件の他に緊急事態に対してもあらかじめ対策を取っておく必要があること,
及び,車載用の二次電池としてリチウムイオン二次電池を用いた電池モジュールの
衝突時の安全対策は必要であり,リチウムイオン二次電池は外部からの衝撃によっ
て内部短絡してしまうと,電池内部が高温になって多量のガスが発生してしまうの
で,内部短絡を防ぐ必要があることは,当業者が技術常識として認識している事項
である。
そうすると,引用発明において,飛行体や走行体の電源としての搭載が想定され
るものであり,衝撃や振動により破損,故障を生ずるおそれのある「リチウムイオ
ン電池」を保護の対象とする動機付けは十分存在する。
イ引用文献1の「試料容器1は3軸方向に配された複合防振機構4によっ
て外枠3内に安定に保持されることになる。」との記載によると,引用発明において,
試料5が装てんされた試料容器1は,複合防振機構4によって「3軸方向」に保持
されるものであるところ,そのように「3軸方向」に保持される構造であれば,そ
れが「縦方向」からの衝撃にも対応した構造であることは,技術的に明らかである。
また,引用発明は,「飛行体又は走行体の発射,発振時〔判決注・「発進時」の誤
記と認める。〕,離陸及び帰還時あるいは停止時の激しい振動,衝撃から飛行体又は
走行体に搭載した試料を有効に保護する」ものであるから,特に,飛行体の発射,
離陸,帰還時に生じる「縦方向」の衝撃にも考慮した設計がなされ得ることも明ら
かであり,これは,引用文献1の「以上実施例において,3軸方向の複合防振機構
に用いた弾性体及び粘弾性体の組合せ並びに各々のばね常数やダンピングを各方向
について異ならせることにより,3軸方向の各方向毎に異なる振動環境にも対応で
きる。」との記載からも裏付けられる。
そして,引用発明の「複合防振機構4」は,「弾性体7と,粘弾性体8との組合せ」
で構成され,「弾性体7はコイルばねが使用される」ものであるところ,少なくとも
「コイルばね」によっても保護対象物である試料容器1を空間に保持する構造のも
のであるから,このようなコイルばねによる衝撃を吸収する機能・作用は,本願発
明のバネと同様であって,異なるものではない。
ウ本願明細書の【0009】の記載によると,本願発明は,リチウムイオ
ン電池の周りをバネで支えるようにして,例えば飛行機の離着陸時等に発生する衝
撃によりリチウム電池7が直接衝撃を受けないようにするという効果を奏するもの
と理解することができる。
他方,引用文献1の記載によると,引用発明は,航空機内のような限られたスペ
ースへの積載を可能ならしめ,しかも,発射時,帰還時等に生ずる激しい衝撃,振
動から試料を有効に保護するという効果を奏するものであるから,例えば航空機等
の離着陸時等に発生する衝撃から保護対象物が直接衝撃を受けないようにする点で,
本願発明と同様な効果を奏するものといえる。
さらに,リチウムイオン電池は,引用文献2にも記載されているとおり,外部か
らの衝撃によって内部短絡し,電池内部が高温になるという問題が指摘されている
ところ(【0004】),引用発明の試料保護装置を航空機等リチウム電池システムと
すれば,航空機等の離着陸等により発生する振動や衝撃からリチウムイオン電池は
保護されるのであるから,リチウムイオン電池の上記問題が解決されることも技術
的に明らかである。
したがって,本願発明の作用効果は,引用発明及び引用文献2に記載された技術
常識から当業者が予測し得る範囲内のものであって,格別なものとはいえない。
エ以上によると,本願発明は,引用発明,引用文献1に記載された事項及
び引用文献2に記載された技術常識に基いて当業者が容易に発明することができた
ものであるから,特許法29条2項の規定により,特許を受けることができない。
第3原告主張の審決取消事由(相違点の容易想到性の判断の誤り)
1審決は,引用発明において,「リチウム電池」を保護の対象とする動機付けが
あると判断したが,以下の理由から,誤りである。
(1)引用発明の試料5は,試料容器1,スポンジ6及び外枠3により密閉され
ているから,試料5に代えてリチウム電池を保護の対象とした場合,熱を逃がして
冷却することができず,発熱等による火災発生の危険性がある。
(2)引用発明の試料5の上方は,外枠3により密閉されているから,試料5に
代えてリチウム電池を保護の対象とした場合,配線ができず,電源供給(電源取り
出し)や充電ができない。
(3)引用発明の試料5の上方は,外枠3により密閉されているから,試料5に
代えてリチウム電池を保護の対象とした場合,メンテナンスが困難である。
(4)被告は,前記(1)に対し,引用文献1には「外気の供給が必要なときには試
料容器の外板と内枠の内箱に通気孔を開口すればよい」と記載されていると主張す
るが,引用文献1には通気孔の具体的説明がないし,一般的な通気孔は小さく,十
分な冷却は到底できないことは常識である。また,「試料容器の外板と内枠の内箱に
熱を逃がすに足りるだけの容量の通気孔」を開けると,一番内部に設けた保護対象
が実質的に保護されるだけの空間が壊れてしまうから,引用発明本来の目的,機能
が失われてしまうことになる。
被告は,引用発明は「箱型であることを要しない」から「密閉される構造とすべ
きことは要件とされていない」との解釈をしているが,引用発明はあくまで密閉が
基準である。
さらに,被告は「スポンジ6などを密閉された構造とすべきことなど要件とされ
るものではない」と主張するが,スポンジを使用する際の常識とかけはなれた強引
な解釈であるし,引用文献1が「通気孔を開口すればよい」(4頁7欄5行~11行)
と記載していることは,スポンジにより密閉していることを示すものである。
(5)被告は,前記(2)及び(3)に対し,「引用発明では,試料容器1や内枠2には
通気孔を開口することもできるのであるから,そのような開口によって配線,電源
供給及び充電を行い得ることは技術的に明らかである」と主張する。
しかし,引用発明は,宇宙ロケットに搭載するほどの小さい装置であるから,試
料容器1と内枠2を通気するための通気孔は絶対的に小さいものであり,冷却に不
十分であることはもちろん,このような小さな通気孔に配線,電源供給及び充電用
の配線をそれぞれ入れ込むことは実際には困難であるし,仮に通気孔に無理に電線
を通したとしても,これにより通気孔はふさがれて,冷却は到底できない。
また,被告は,本願発明の「リチウム電池外箱13の構成について,リチウム電
池7の上方が開放されていることはなんら特定されていない」と主張するが,本願
明細書の図2には,リチウム電池外箱の上面が開いていることが明確に示されてい
る。図2に示す構成を見ると,リチウム電池7の左右の側面と底面にはそれぞれバ
ネ20,22と21とが接続されていることが示されているのに対し,リチウム電
池7の上面にはバネは示されていないので,上面が開放されている。また,図2に
は,リチウム電池7の上面から配線8が接続されていることが図示されているから,
バネが取り付けられていると想定することは不可能であり,外箱13の上方は開放
されていることは明らかである。本願発明の実施例で,本願発明の構成を明確に示
しているから,特許請求の範囲に記載する必要はない。
2引用発明は,4方向からのバネであるが,本願発明は,3方向からのバネで
あり,支持方法が全く異なる。本願明細書の図2によると,バネは外箱の左右及び
底の3箇所に取り付けられていることが明らかである。本願発明の実施例で,本願
発明の構成を明確に示しているから,特許請求の範囲に記載する必要はない。
3引用文献2記載の発明は,衝撃に応じて,内部容器が陥没してそのエネルギ
を吸収するものであり,発熱や充電を考慮した本願発明とは全く関係がない。
これに対し,被告は,引用文献2は,「リチウム電池モジュールが幅広い分野で使
用されていること,及び,リチウムイオン電池を車両等に搭載する場合に,振動等
のために内部短絡を防ぐ必要があること」が技術常識であることを示すために引用
したものであると主張するが,技術常識を審決で述べる必要はないし,これによっ
て本願発明が否定されるものではない。すなわち,引用文献2は,一般論であって
何ら具体的な構造を示していないので,本願発明の引用例とはならない。
4引用文献1及び引用文献2が公知であったにもかかわらず,ボーイング78
7の1号機(ANA納入)がリチウム電池による発火事故を起こしたこと,ボーイ
ングの設計者がそのようなリチウム電池発火事故を起こす設計をしたことからする
と,引用文献1及び引用文献2は何らボーイング発火事故防止に影響を与えなかっ
たものであり,リチウム電池発火防止をする本願発明を否定する引用例とはならな
い。
本願発明は,リチウム電池が発火しないようにした新しい思想と今までにない具
体的な構造を示し,ボーイング787発火事故再発を防止するものであり,引用文
献1及び引用文献2があっても,本願発明が拒絶される理由は存在しない。
本願発明は,引用文献1及び引用文献2から容易に想到できるものではない。
第4被告の主張
1原告は,引用発明の試料5は,試料容器1,スポンジ6及び外枠3により密
閉されているから,試料5に代えてリチウム電池を保護の対象とした場合,熱を逃
がして冷却することができず,発熱等による火災発生の危険があることを理由とし
て,引用発明においてリチウム電池を保護の対象とする動機付けがあるとした審決
の判断は誤りであると主張する。
しかし,以下のとおり,原告の上記主張は理由がない。
(1)引用発明は,「試料容器1」及び「外枠3」を具備するとともに,上記「試
料容器1」には,「スポンジ6など」を介装して試料5が装てんされるものである。
ここで,引用文献1には,「外気の供給が必要なときには試料容器の外板と内枠の
内箱に通気孔を開口すればよい」(4頁7欄9行~11行)と記載されているように,
「試料容器1」には,必要に応じて,外気を供給する通気孔を設けることもでき,
密閉される構造とすべきことは要件とされていない。
また,引用文献1には,「外枠3は・・・内枠2の上下面及び各側面を個別に支持
できる構造のものであれば必ずしも箱型であることを要しない」(3頁6欄34行~
36行)と記載されているように,「外枠3」は,内枠2の上下面及び各側面を個別
に支持できる構造であれば足り,密閉される構造とすべきことは要件とされていな
い。
さらに,引用文献1には,「内枠2は要するに試料5をスポンジ6などを介装して
緩衝的に装てんする試料容器1の格納用箱体であり」(3頁5欄末行~6欄32行)
と記載されているように,「スポンジ6など」は,試料5を試料容器1に装てんする
際に用いる緩衝材として機能すれば足り,密閉される構造とすべきことまで要件と
されるものではない。上記のとおり,試料容器1には通気孔を開口することができ
るのであるから,その点からも「スポンジ6など」が密閉される構造でなければな
らないということはできない。
以上のとおり,引用発明は,「試料容器1」,「スポンジ6など」及び「外枠3」が
密閉される構造とされることが必須と解すべき合理性はなく,また,保護の対象に
応じて通気性を持たせることも可能とされているのであるから,リチウム電池を保
護の対象とした場合,熱を逃がして冷却することができず,発熱等による火災発生
の危険性があるというものではない。
したがって,原告の上記主張は,引用発明の構成について誤った解釈を前提とす
るものであるから,その前提において誤りである。
(2)引用文献1の「飛行体では・・・強大な衝撃,振動を生じ,これら強大な
衝撃や振動を受ける環境の下では例えば生物試料では正常な生存が阻害されること
がある。これは生物試料に限るものではない。装置,機器類にあっては破損,故障
を生ずるおそれがある。」(2頁3欄13行~18行)及び「勿論,試料容器内には
生物試料を収納する場合に限らず,各種実験器具を収納することもできる。」(4頁
7欄12行~13行)等の記載によると,引用文献1に接した当業者は,引用発明
における保護の対象として,「生物試料」のほか,「装置」,「機器類」及び「各種実
験器具」等もこれに該当することを当然認識するものということができる。
他方,リチウム電池を含む電池モジュールが,種々の機器,車両等の電源及び家
庭用電源として,幅広い技術分野で使用されていること,及び,特にリチウム電池
を車両等に搭載する場合には,振動や衝撃等により生じ得る内部短絡を防ぐ必要性
があることは,引用文献2,髙橋邦明ら「『エナジーデバイス』の信頼性入門」(日
刊工業新聞社,平成24年11月発行)62頁~69頁,121頁~123頁(乙
2),特開2001-185120号公報(乙3),特開2002-252023号
公報(乙4)にも記載されているとおり,本願出願日当時の当業者の技術常識であ
る。
そして,引用発明は,「飛行体又は走行体の発射,発振時〔判決注・「発進時」の
誤記と認める。〕,離陸及び帰還時あるいは停止時の激しい振動,衝撃から飛行体又
は走行体に搭載した試料を有効に保護する・・・保護装置」(引用文献1の2頁3欄
4行~7行)として位置付けられるものであり,さらに,「試料にとって有害な振動
のピーク値の谷間に弾性体の共振周波数を設定し,これに粘弾性体による適正なダ
ンピングを付与することにより共振点での振動加速度の増幅を低減し,生物試料を
含めて試料に有害とされる振動の影響を制限することができる」(引用文献1の3頁
5欄4行~9行)というものであるから,保護の対象として,有害とされる振動や
衝撃の影響があるとされる「リチウム電池」が排除されないことは明らかである。
以上によると,引用発明において「リチウム電池」を保護の対象とする動機付け
は十分存在するといえるから,同旨の審決の判断に誤りはない。
2原告は,引用発明の試料5の上方は,外枠3により密閉されているから,試
料5に代えてリチウム電池を保護の対象とした場合,配線ができず,電源供給(電
源取り出し)や充電ができないし,メンテナンスが困難であることを理由として,
引用発明においてリチウム電池を保護の対象とする動機付けがあるとした審決の判
断は誤りであると主張する。
しかし,以下のとおり,原告の上記主張は理由がない。
(1)前記1(1)のとおり,引用発明3の「外枠3」は,内枠2の上下面及び各側
面を個別に支持できる構造であれば足り,密閉される構造とすべきことは要件とさ
れていない。
また,前記1(1)のとおり,引用発明では,試料容器1や内枠2には通気孔を開口
することもできるのであるから,そのような開口によって,配線,電源供給及び充
電を行い得ることは技術的に明らかである。
さらに,引用文献1には,「試料容器1を脱着する際にはクランプ9及び10を取
外し,上部枠3aと下部枠3bとを上下に分離することにより試料容器1を簡単に
迅速に取外すことができる。」(4頁7欄5行~8行)とも記載されているように,
引用発明は,試料容器1を簡単に迅速に取り外すことができるのであるから,特に
メンテナンスが困難というものでもない。
このように,引用発明の「外枠3」の構造をして,配線ができず,電源供給(電
源取り出し)や充電ができず,さらにメンテナンスが困難であると解すべき合理性
はない。
したがって,原告の上記主張は,引用発明の構成について誤った解釈を前提とす
るものであるから,その前提において誤りである。
(2)原告の上記主張は,本願発明における「リチウム電池外箱」の構成が,リ
チウム電池7の上方が開放されている構成であることを前提とした主張と解される
が,本願発明の発明特定事項には,「リチウム電池外箱」の構成として,リチウム電
池7の上方が開放されていることは何ら特定されていない。
また,本願明細書には,「リチウム電池外箱」の構成について,「13はバネを支
える外箱・・・である。このように構成すれば,3次元方向からリチウムイオン電
池7をバネで保持するので,リチウムイオン電池7が衝撃を受けることがなくな
る。」(【0010】)と記載されているにとどまり,「リチウム電池外箱(外箱13)」
について,リチウム電池7の上方が開放されているとの明記はない。むしろ,本願
発明に係る実施例1の説明図である図2では,リチウム電池7を上下左右から囲む
ように配されたリチウム電池外箱(外箱13)が図示されているが,「リチウム電池
外箱(外箱13)」について,リチウム電池7の上方が開放されていないように見受
けられる。
したがって,原告の上記主張は,本願の特許請求の範囲及び本願明細書の記載に
基づかない主張である。
3原告は,引用発明は4方向からのバネであるが,本願発明は3方向からのバ
ネであり,支持方法が全く異なると主張する。
しかし,本願発明の発明特定事項には,「リチウム電池外箱の複数箇所からバネで
もってリチウム電池を空中に浮かす状態で保持する」と特定されているにとどまり,
本願発明について,リチウム電池を「3方向」からのバネで支持することは特定さ
れていないし,上記発明特定事項の「複数箇所」を「3方向」と限定解釈すべき理
由もない。
原告の上記主張は,本願の特許請求の範囲の記載に基づかない主張であり,失当
である。
4原告は,引用文献2記載の発明は,衝撃に応じて,内部容器が陥没してその
エネルギを吸収するものであり,発熱や充電を考慮した本願発明とは全く関係がな
いと主張する。
しかし,引用文献2は,本願出願日当時の技術常識を示すために例示したもので
ある。すなわち,引用文献2の「電池モジュールは,種々の機器,車両等の電源及
び家庭用電源として広く使用されている。」(【0002】),「一方,電気自動車の電
源としてこのような電池ブロックを用いる場合,通常の使用条件の他に緊急事態に
対してもあらかじめ対策を取っておくことが必要になる。」(【0003】)及び「特
に,車載用の二次電池として,・・・リチウムイオン二次電池を用いた電池モジュー
ルの衝突時の安全対策が必要になる。リチウムイオン二次電池は外部からの衝撃に
よって内部短絡してしまうと,電池内部が高温になって多量のガスが発生してしま
うので,内部短絡を防ぐ必要がある。」(【0004】)等の記載によると,①リチウ
ム電池を含む電池モジュールが,種々の機器,車両等の電源及び家庭用電源として,
幅広い技術分野で使用されていること(リチウム電池の用途),及び,②特にリチウ
ム電池を車両等に搭載する場合には,振動や衝撃等により生じ得る内部短絡を防ぐ
必要性があること(リチウム電池に内在する技術課題)が技術常識であることは明
らかである。審決は,引用文献2を,このような趣旨で引用したのであり,原告が
主張するような「衝撃に応じて,内部容器が陥没してそのエネルギーを吸収する」
という技術を示すために引用したものではない。
第5当裁判所の判断
1本願発明について
本願明細書には,以下の記載がある。
ア技術分野
【0001】
本発明は航空機用リチウム電池システムで発火や油漏れのトラブルが発生し,原
因不明であるが,本発明者の研究により,これを解決する発明である。
イ背景技術
【0002】
従来航空機は離着陸時に揚力を増大させるため,主翼に設けられたフラップを出
入する動作や燃料弁の動作など油圧を用いていた。このために,油圧駆動エネルギ
が必要となり,燃費の悪化を招いていた。
そこで,最新型の飛行機(ボーイング787)は,フラップその他油圧駆動をリ
チウムイオンバッテリーによる電動にして燃費を向上させる設計製造をしたが,リ
チウムイオンバッテリーが熱暴走,その原因は現時点では不明で,世界中の787
が飛行停止のトラブルが生じ,航空会社や乗客は多大の損害を受けている。
ウ発明が解決しようとする課題
【0003】
ボーイング787の現時点で原因不明のトラブルを解決するため,原因の究明を
本発明者が発見し,解決策を提案するものである。
【0004】
図1は従来の航空機のシステムの説明図である。図において,1は航空機本体,
2は主翼,4はフラップである。5が垂直尾翼,6が水平尾翼である。主翼2の下
にはジェットエンジン3が取り付けられている。主翼2には,飛行機の揚力を大き
くするためのフラップ4が取り付けられている。
【0005】
ボーイング787は,このフラップ4の出し入れや角度がリチウムイオンバッテリ
ー7から電線8により電力を電気モータに送り駆動機構(図示せず)により駆動さ
れ,調整され,最適な揚力を発生させることができる。図1は着陸する時の様子を
示す図であり,重力9により機体は地面10にたたきつけられ,車輪11,12に
より緩衝されるが,充分ではなく,リチウムイオンバッテリー7に衝撃を与える。
【0006】
本発明者は,リチウムイオン電池を長年研究してきたが,リチウムイオン電池は
衝撃を与えると,熱暴走を起こすことを発見した。
本発明はこのような課題に鑑みてなされたものであって,飛行機や自動車等の安
心安全なリチウムイオン電池システムを提供することを目的としている。
エ発明の効果
【0007】
本発明によりボーイング787が飛行停止を受け,航空会社,乗客が多大の影響
を受けており,その原因が787に搭載されたリチウムイオン電池が発火の原因が
不明であるのを本発明者が解決し,社会的に安全安心の多大な貢献をする大きな効
果がある。
オ発明を実施するための形態
【0009】
以下,図面を参照して本発明の実施例を詳細に説明する。
図2は本発明の実施例1の説明図である。図1と同一のものは,同一の符号を付
して示す。この実施例1は,ボーイング787のトラブルが離着陸時等の衝撃がリ
チウムイオン電池の熱暴走を起こすという本発明者の発見に基づき,リチウムイオ
ン電池の周りをバネで支えるようにして,例えば飛行機の離着陸等に発生する衝撃
によりリチウム電池7が直接衝撃を受けないようにしたものである。
【0010】
図において,7はリチウムイオン電池,8はリチウムイオン電池7からパワーを取
り出して,フラップ制御機構等に供給する電源ラインで,衝撃があってもフレクシ
ブルで断線せず結線している構造とする。20~22は複数方向からリチウムイオ
ン電池を保持するバネである。13はバネを支える外箱又は機体である。このよう
に構成すれば,3次元方向からリチウムイオン電池7をバネで保持するので,リチ
ウムイオン電池7が衝撃を受けることがなくなる。結線8は図2と同様,柔軟性を
持たせる。そのため,結線8をいったん端子部で受けて,該端子部から改めて電源
ラインを取り出すようにしている。
【0011】
図3は本発明の実施例2の説明図である。図1,図2と同一のものは,同一の符
号を付して示す。この実施例は,機体など固定部30からバネ31を介してリチウ
ムイオン電池7を吊り下げるようにしたものである。バネ31には相当な荷重がか
かるので,バネ定数Kは高めのものを用いる必要がある。この発明でも,リチウム
電池7は衝撃がバネ31で吸収されるので,衝撃を受けることがなくなる。
【0013】
図5は本発明の実施例4の説明図である。図に示す実施例は,リチウム電池7を
ウレタン等の衝撃を吸収する材料で保持するようにしたものである。図において,
7がリチウム電池,8が電源ラインである。40が前述したウレタン部材である。
41は外部よりウレタン部材40を保持する保持ボックス部である。衝撃吸収材は
ウレタンに限るものでないことは勿論である。その他の衝撃吸収材も用いることが
できる,本発明に含まれるものである。
【0014】
このような構成にすると,リチウム電池7が直接衝撃を受けることがなくなるの
で,リチウム電池7が発火するような事故は防げる。
カ産業上の利用可能性
【0015】
上述の実施例では,本発明を飛行機について用いた場合を例にとって説明したが,
本願発明はこれに限るものではなく,電車や自動車,耐震住宅等で衝撃からリチウ
ムイオンバッテリーを守り,その熱暴走を防止しているので,これら手段について
もあまねく利用することができるものであり,これらも全て,本願発明に含まれる。
2引用発明の認定
(1)引用文献1(甲12)には,以下の記載がある。
ア特許請求の範囲
【請求項2】内枠と,外枠と,複合防振機構と,クランプとの組合せからなり,
複合防振機構は,弾性体と,粘弾性体との組合せであり,
内枠は,蓋板と,内箱との組合せであり,内箱は,試料容器を収納し,蓋板は内箱
を施蓋するものであり,
外枠は,上部枠と下部枠との組合せであり,
内箱は,四周面および底面をそれぞれ複合防振機構で支えて下部枠内に設置され,
蓋板は,複合防振機構で吊り下げて上部枠に取付けられ,
下部枠に上部枠を結合することによって,内箱は,蓋板に施蓋されるものであり,
クランプは,蓋板と内箱および上部枠と下部枠とを脱着可能に結合するものである
ことを特徴とする試料保護装置。
イ産業上の利用分野
「本発明は航空機,ロケット,スペースシャトル,人工衛星などの無人宇宙飛翔
体,宇宙ステーションなどの飛行体による弾道飛行中の無重力環境あるいは軌道上
で行う宇宙実験において,飛行体又は走行体の発射,発振時〔判決注・「発進時」の
誤記と認める。〕,離陸及び帰還時あるいは停止時の激しい振動,衝撃から飛行体又
は走行体に搭載した試料を有効に保護する方法と,この方法に用いる保護装置に関
する。」(2頁3欄1行~7行)
ウ従来の技術
「航空機あるいはロケットの弾道卯飛行〔判決注・「弾道飛行」の誤記と認める。〕
を利用した無重力環境や軌道上での宇宙模擬環境を利用して種々の新しい科学実験
が行われるようになってきた。ところで,航空機,ロケット,スペースシャトル,
人工衛星などの無人宇宙飛翔体,宇宙ステーションのような高速の飛行体ではその
発射時,帰還時に強大な衝撃,振動を生じ,これら強大な衝撃や振動を受ける環境
の下では例えば生物試料では正常な生存が阻害されることがある。これは生物試料
に限るものではない。装置,機器類にあっては破損,故障を生ずるおそれがある。
従来,上述のような環境の下で使用される試料を保護する方法として弾性体を用
い,第3図に示すように防振したい周波数域の
以下に防振機構系の基本振動周波数を下げ,防振したい周波数域を防振領域に移行
させることが行われてきた。」(2頁3欄9行~25行)
エ発明が解決しようとする問題点
「しかしながら,このような方法によるときには低い周波数に対応させようとす
ると,基本振動周波数を極端に低く設定することになるため,防振機構のバネ定数
が非常に小さくなり,弾性体による支持が困難となり,また,系の振動が大きくな
るため,防振機構の収納空間を大きく確保しなければならないため,試料保護装置
の大型化は避けられないといった欠点がある。
本発明の目的は航空機,ロケットあるいはスペースシャトル内のような限られた
スペースへの積載を可能ならしめ,しかも,発射時,帰還時に生ずる激しい衝撃,
振動から試料を有効に保護しうる方法及びこの方法に使用する装置を提供すること
にある。」(2頁3欄27行~38行)
オ実施例
「以下に本発明の実施例を図によって説明する。
第1図は本発明装置の基本的構成を示す図である。
図において,本発明装置は試料容器1を格納する内枠2と,該内枠2を収納する
外枠3と,前記内枠2を外枠3内に3軸方向に個別に保持させる複合防振機構4と
の組合せからなっているものである。
内枠2は要するに試料5をスポンジ6などを介装して緩衝的に装てんする試料容
器1の格納用箱体であり,上蓋開閉式の箱を使用するのが好ましい。
外枠3は前記複合防振機構4を取付けて前記内枠2の上下面及び各側面を個別に
支持できる構造のものであれば必ずしも箱型であることを要しない。複合防振機構
4は弾性体7と粘弾性体8との組合せからなるものである。
実施例においては,コイルばねによる弾性体7と柱状の粘弾性体8とを交互に配
列して内枠2と外枠3との間の各面間に1列又は2列に取付けた例を示している。」
(3頁5欄44行~50行,3頁6欄32行~41行)
「具体例を第2図に示す。本実施例では外枠3を上部枠3aと下部枠3bとに2
分割し,また内枠2を蓋板2aと内箱2bとに2分割して内箱2bの四周面及び底
面をそれぞれ複合防振機構4で支えて下部枠3b内に設置するとともに蓋板2aを
複合防振機構4で上部枠3aの下面に吊下げて取付けたものである。なお,上部枠
3aには下部枠3bに固定するクランプ9を取次け〔判決注・「取付け」の誤記と認
める。〕,蓋板2aには内箱2bに結合するクランプ10をそれぞれ取付けている。
本実施例によれば,内箱2b内に試料容器1を格納し,上部枠3aを下部枠3b
に重ねてクランプ10を内箱2bに結合し,クランプ9を下部枠3bに結合すれば,
内箱2bは蓋板2aで施蓋され,上部枠3aと下部枠3bとが一体に結合され,試
料容器1は3軸方向に配された複合防振機構4によって外枠3内に安定に保持され
ることになる。試料容器1を脱着する際にはクランプ9及び10を取外し,上部枠
3aと下部枠3bとを上下に分離することにより試料容器1を簡単に迅速に取外す
ことができる。また,生物試料を搭載する場合のように酸素,外気の供給が必要な
ときには試料容器の外板と内枠の内箱に通気孔を開口すればよい。」(3頁6欄42
行~4頁7欄11行)
「勿論,試料容器内には生物試料を収納する場合に限らず,各種実験器具を収納
することもできる。例えば,試料容器内に加速度センサーを格納してこれを本発明
装置に搭載し,前記飛行体又は高速走行体の発振から停止に至る加速度の変化を測
定,記録すれば,本発明装置を用いた場合に試料に加えられる全工程の加速度の履
歴を知ることができ,そのデータの集積により各種試料についての実験の信頼性を
高めることができる。
以上実施例において,3軸方向の複合防振機構に用いた弾性体及び粘弾性体の組
合せ並びに各々のばね常数やダンピングを各方向について異ならせることにより,
3軸方向の各方向毎に異なる振動環境にも対応できる。」(4頁7欄12行~23行)
カ発明の効果
「以上のように本発明によるときには弾性体と粘弾性体との組合せによる複合防
振機構の特性を有効に利用して過小なばね常数の弾性体を用いることなく,試料容
器を安定に支持し,しかも,加振時の系の振幅が過大となることがないため,小型
化が可能となり,航空機,ロケット,スペースシャトルなどの限られた空間内に無
理なく搭載できる効果を有するものである。」(4頁8欄2行~8行)
(2)前記(1)の記載によると,引用発明は,前記第2の3(1)のとおり(以下に再
掲)であると認められる。
「内枠2と,外枠3と,複合防振機構4と,クランプ9,10との組合せからな
り,
複合防振機構4は,弾性体7と,粘弾性体8との組合せであり,
内枠2は,蓋板2aと,内箱2bとの組合せであり,内箱2bは,試料容器1を
収納し,蓋板2aは内箱2bを施蓋するものであり,
外枠3は,上部枠3aと下部枠3bとの組合せであり,
内箱2bは,四周面および底面をそれぞれ複合防振機構4で支えて下部枠3b内
に設置され,
蓋板2aは,複合防振機構4で吊り下げて上部枠3aに取付けられ,
下部枠3bに上部枠3aを結合することによって,内箱2bは,蓋板2aに施蓋
されるものであり,
クランプ9,10は,蓋板2aと内箱2b及び上部枠3aと下部枠3bとを脱着
可能に結合するものであり,
試料容器1には,スポンジ6などを介装して試料5が装てんされ,
弾性体7はコイルばねが使用される,試料保護装置。」
3本願発明と引用発明との対比
(1)本願発明と引用発明とを対比すると,次のとおりである。
ア本願発明の「リチウム電池」は,本願明細書の記載(【0001】,【00
06】,【0009】~【0011】,【0013】~【0015】)によると,飛行機,
電車,自動車などに搭載されるものであって,衝撃を受けないように保護すべきも
のである。
他方,引用発明の「試料」は,引用文献1の記載(前記2(1)イ~エ)によると,
航空機などの飛行体又は走行体に搭載されるものであって,飛行体又は走行体の発
射・発進時,離陸・帰還時等に生じる激しい振動,衝撃から保護すべきものである。
したがって,本願発明の「リチウム電池」と引用発明の「試料」とは,衝撃を受
けないように保護すべき「保護対象物」であるという限度で共通する。
イ引用発明の「外枠」は,「上部枠3aと下部枠3bとの組合せであり」,
引用文献1の第1図及び第2図に照らしても,箱状をなすものである。
したがって,本願発明の「リチウム電池外箱」と引用発明の「外枠」とは,「外箱」
であるという限度で共通する。
ウ引用発明は,「内枠2は,蓋板2aと,内箱2bとの組合せであり,内箱
2bは,試料容器1を収納し,蓋板2aは内箱2bを施蓋するものであり,外枠3
は,上部枠3aと下部枠3bとの組合せであり,内箱2bは,四周面および底面を
それぞれ複合防振機構4で支えて下部枠3b内に設置され,蓋板2aは,複合防振
機構4で吊り下げて上部枠3aに取付けられ,下部枠3bに上部枠3aを結合する
ことによって,内箱2bは,蓋板2aに施蓋されるもの」であり,「試料容器1には,
スポンジ6などを介装して試料5が装てんされ」,「複合防振機構4は,弾性体7と,
粘弾性体8との組合せであり」,「弾性体7はコイルばねが使用される」ものである
ところ,前記2(1)オのとおり,「試料容器1は3軸方向に配された複合防振機構4
によって外枠3内に安定に保持される」から,引用文献1の第1図に照らしても,
試料は,内枠,試料容器及びスポンジなどを介して,複合防振機構によって「3軸
方向」に保持されることにより,外枠内で空中に浮かす状態で保持されていること
が理解できる。
また,引用発明の試料は,上記のとおり,複合防振機構を構成する弾性体である
コイルばねによって直接支持されるものではなく,内枠,試料容器及びスポンジな
どを介して支持されるものであるが,本願発明は,「リチウム電池外箱の複数箇所か
らバネでもってリチウム電池を空中に浮かす状態で保持する」と特定するのみであ
り,その文理上も,あるいは,リチウム電池に特に縦方向からの衝撃を与えないと
いう技術的意義から見ても,リチウム電池がバネによって直接支持される態様に限
定するものとはいえないから,引用発明における試料の保持の態様も,本願発明の
リチウム電池の保持の態様に含まれるということができる。
したがって,そのような引用発明における試料の保持の態様と,本願発明の「リ
チウム電池が内蔵されたリチウム電池外箱の複数箇所からバネでもってリチウム電
池を空中に浮かす状態で保持する」こと,及び,「リチウム電池に特に縦方向からの
衝撃を与えない」こととは,前記ア及びイをも踏まえると,「保護対象物が内蔵され
た外箱の複数箇所からバネでもって保護対象物を空中に浮かす状態で保持する」こ
と,及び,「保護対象物に衝撃を与えない」ことという限度で共通する。
エ前記アのとおり,本願発明の「リチウム電池」は,飛行機,電車,自動
車などに搭載されるものであって,衝撃を受けないように保護すべきものであるか
ら,本願発明の「航空機等リチウム電池システム」は,飛行機,電車,自動車など
に搭載されるリチウム電池を衝撃から保護するシステムである。
他方,引用発明の「試料」は,飛行体又は走行体に搭載されるものであって,激
しい振動,衝撃から保護すべきものであるから,引用発明の「試料保護装置」は,
飛行体又は走行体に搭載した試料を,激しい振動,衝撃から保護するものであると
理解することができる。
したがって,本願発明の「航空機等リチウム電池システム」と引用発明の「試料
保護装置」とは,保護対象物を衝撃から保護する保護装置として,その機能が共通
するから,「保護装置」であるという限度で共通する。
(2)前記(1)によると,本願発明と引用発明とは,以下の一致点で一致し,相違
点1及び2において相違する。
ア一致点
保護対象物が内蔵された外箱の複数箇所からバネでもって保護対象物を空中に浮
かす状態で保持することで,保護対象物に衝撃を与えないことを特徴とする保護装
置。
イ相違点1
本願発明は,保護対象物が「リチウム電池」であり,保護装置が「航空機等リチ
ウム電池システム」であるのに対し,引用発明は,保護対象物が「試料5」であり,
保護装置が「試料保護装置」である点。
ウ相違点2
本願発明は,保護対象物に「特に縦方向からの衝撃を与えない」というものであ
るのに対し,引用発明は,保護対象物にいかなる方向からの衝撃を与えないとする
のか,特定されていない点。
4相違点の容易想到性について
(1)相違点2について
前記3(1)ウのとおり,引用発明において,試料5がスポンジ6などを介装して装
てんされた試料容器1は,コイルばねからなる弾性体7と粘弾性体8との組合せで
ある複合防振機構4によって,「3軸方向」に保持されるものであるところ,「3軸
方向」は,「縦方向」,「横方向」及び「奥行方向」を意味するから,「3軸方向」に
保持される構造であれば,それが「縦方向」からの衝撃にも対応した構造であるこ
とは明らかである。
そして,引用発明は,激しい振動,衝撃から飛行体又は走行体に搭載した試料を
保護するものであるから,飛行体の離着陸時に生じる「縦方向」の衝撃にも考慮し
た設計がされていることも明らかである。
したがって,相違点2は,実質的な相違点ではない。
(2)相違点1について
ア本願出願日(平成25年2月19日)当時の技術常識について
(ア)引用文献2(甲6,13。国際公開日・平成24年6月7日)には,
以下の記載がある。
【0002】
複数の電池をケースに収容して,所定の電圧及び容量を出力できるようにした電
池モジュールは,種々の機器,車両等の電源及び家庭用電源として広く使用されて
いる。中でも,汎用的な二次電池を並列・直列接続して,所定の電圧及び容量を出
力できるとともに充電をできるようにモジュール化し,この電池ブロックを種々組
み合わせることによって,多種多様な用途に対応可能とする技術が採用され始めて
いる。このモジュール化技術は,電池ブロックに収容する電池を高性能化すること
によって,電池ブロック自身の小型・軽量化が図られるため,電池モジュールを組
み立てる際の作業性が向上するとともに,車両等の限られた空間へ搭載する際の自
由度が向上するなど,様々なメリットも有する。
【0003】
一方,電気自動車の電源としてこのような電池ブロックを用いる場合,通常の使
用条件の他に緊急事態に対してもあらかじめ対策を取っておくことが必要になる。
このような緊急事態の一つとして自動車事故が考えられる。
【0004】
自動車が衝突したときの衝撃力は大きく,この衝撃力から乗員を守るためにエア
バッグが搭載されるようになっている。一方,自動車に駆動用電源として電池モジ
ュールを搭載するようになってからは日が浅く,電池モジュールの衝突時の安全対
策についてはあまり検討が成されていない。特に,車載用の二次電池として,高電
圧でエネルギー密度が高いリチウムイオン二次電池が注目されているので,リチウ
ムイオン二次電池を用いた電池モジュールの衝突時の安全対策が必要になる。リチ
ウムイオン二次電池は外部からの衝撃によって内部短絡してしまうと,電池内部が
高温になって多量のガスが発生してしまうので,内部短絡を防ぐ必要がある。
(イ)乙2(平成24年11月27日発行)には,以下の記載がある。
「モバイル機器用小型リチウムイオン電池は日本国内では法的に販売規制がかか
っている。2006年にノートパソコン用リチウムイオン電池の発火事故が複数起
こった。・・・
・・・2006年のリチウムイオン電池の市場トラブルに対応して策定された2つ
のガイドライン,つまり『ノート型PCにおけるリチウムイオン二次電池の安全利
用に関する手引書:(社団法人電子情報技術産業協会(JEITA)および電池工業
会(BAJ),2007年4月)と上述したJISC8714『携帯電子機器用リ
チウムイオン蓄電池の単電池及び組電池の安全性試験』では,事故の原因で最も多
く保護回路では防げない内部短絡試験は同様の方法であり,従来の金属の釘刺し試
験とは異なる新手法である。図2.27に示したように金属異物を電極群の内部に
挿入し圧力を加え強制的に内部短絡させる試験である。この試験方法は2006年
のノートPC用リチウムイオン電池の市場トラブルの原因を再現したものと考えら
れる。」(62頁19行~63頁12行)
「・・・JARIはNEDOプロジェクト(Li‐EADプロジェクト,2007
~2011年度)では国際標準化とは別に独自の受託研究テーマとして車載用電池
の安全性試験項目,試験方法を検討している。ここで提案されている電池の安全性
評価項目を表2.11に示す。」(66頁3行~6行)
「振動(陸海輸送時)」「振動(陸海空輸送時)」「輸送時加減速(急加減速,離着陸)」
「衝撃(落下,衝突,異物貫通)」(67頁「表2.11電気自動車用電池の安全
評価試験標準化項目の調査(NEDO2009年8月公開資料,日本自動車研究
所)」中の「使用状態」の欄に「輸送」と記載された項目の「想定される事象」の欄)
「リチウムイオン電池に代表される高エネルギー密度二次電池の適用用途は拡大
されており,今後10年~20年間で現状の500倍程度にリチウム電池材料市場
は成長するという経済予測もある。現在,モバイル機器の市場にさらに新市場が上
乗せになり,電気自動車,電動バイク,電動自転車,電車等の電動車両,負荷平準
化,パワーカット,停電バックアップ,光や風力発電と組み合わされた系統連携電
力供給システム(発電所,家庭用,スマートグリッドなど)等の発電装置,各種ロ
ボット,フォークリフト,飛行機,船等,そして宇宙,軍需等の特殊用途まで幅広
い電池適用用途が検討されている。」(121頁2行~9行)
(ウ)乙3(公開日・平成13年7月6日)には,以下の記載がある。
【0002】
【従来の技術】近年,リチウムイオン電池は,その高出力密度特性から電気自動車
用電池として注目され,大容量の電池が作製されている。・・・
【0006】
【発明が解決しようとする課題】ところで,図5に示す如き構造のリチウムイオン
電池を電気自動車に電源として搭載した場合,電気自動車の走行に伴って,リチウ
ムイオン電池には,大きな振動や衝撃力が繰り返し加えられることになる。巻き取
り電極体(4)は,その外周面を電池缶(1)の内周面に接触させて,或いは電池
缶(1)の内周面との間に絶縁スペーサ等を介在させて,電池缶(1)の内部に保
持されているが,その保持力は充分でなく,上述の如く大きな振動や衝撃力が繰り
返し加わった場合,巻き取り電極体(4)が電池缶(1)内で振動することになる。
これに伴って,巻き取り電極体(4)と電極端子機構(9)とを連結するリード(3
3)が屈曲,伸展を繰り返し,この結果,リード(33)が金属疲労を起こして,
亀裂が発生することになる。リード(33)に亀裂が発生すると,リード(33)
の抵抗が増大して,電池の出力が低下する。
【0007】そこで本発明の目的は,外部から加わる振動や衝撃力に起因する損傷
を効果的に防止することが出来る二次電池を提供することである。
(エ)乙4(公開日・平成14年9月6日)には,以下の記載がある。
【0002】
【従来の技術】二次電池には各種のものが知られているが,エネルギー密度が大き
な電池として,リチウムイオン電池等の非水電解液電池の利用が進められている。
非水電解液電池には,帯状の正極電極と負極電極をセパレータを介して巻回して製
造した円筒状の電池要素を電池缶に収納した円筒型電池,あるいは巻回して製造し
た電池要素を扁平に成形した後に角型の電池缶に収納した角型電池が,パソコン,
携帯電話等の携帯型の機器の電源として広く用いられている。また,こうした帯状
の正極電極および負極電極を用いた電池とともに,複数の平板状の正極電極および
負極電極をセパレータを介して積層し,それぞれの電極に接続した集電用タブを並
列に接続した積層型二次電池が知られている。
【0007】したがって,リチウムイオン電池において,大きさが異なる正極電極
と負極電極を正確に位置決めして積層することは極めて重要であり,位置ずれは電
池の性能に悪影響を及ぼすのみではなく,金属リチウムの析出による正極との短絡
等の危険性が生じることがあった。また,積層型二次電池においては,電池容器内
には正極電極および負極電極に取り付けた集電タブを電池蓋体等に設けた導電接続
端子に接合した後に,電池蓋体を電池缶の開口部に嵌合しているので,集電タブは
電池蓋体を嵌合した状態での電極と導電接続端子の距離に比べて長いものとするこ
と〔判決注・「とすることが」の誤記と認める。〕必要である。長さが長い集電タブ
を用いると極性が異なる集電タブ相互の接触,あるいは集電タブと極性の異なる電
極との接触等によって短絡が生じる可能性があった。特に移動用電源として用いら
れる電池においては,外部からの振動,衝撃によって短絡が生じる可能性が大きな
ものであった。
(オ)前記(ア)~(エ)の記載によると,本願出願日当時のリチウム電池に関する
技術常識として,①リチウム電池は,電気自動車や飛行機の電源としても使用され
ていたこと,②リチウム電池は,外部からの振動,衝撃によって内部短絡や損傷が
生じ得るものであり,これを防止する必要があったことを認めることができる。
イ容易想到性について
(ア)引用発明の「試料保護装置」は,激しい振動,衝撃から飛行体又は走
行体に搭載した試料を有効に保護するものであるところ,引用文献1の「航空機,
ロケット,スペースシャトル,人工衛星などの無人宇宙飛翔体,宇宙ステーション
のような高速の飛行体ではその発射時,帰還時に強大な衝撃,振動を生じ,これら
強大な衝撃や振動を受ける環境の下では例えば生物試料では正常な生存が阻害され
ることがある。これは生物試料に限るものではない。装置,機器類にあっては破損,
故障を生ずるおそれがある」(前記2(1)ウ)及び「勿論,試料容器内には生物試料
を収納する場合に限らず,各種実験器具を収納することもできる」(同オ)との記載
によると,引用発明における「試料」は,飛行体や走行体に搭載される「生物試料」
のほか,破損,故障を生ずるおそれがある「装置」,「機器類」,「各種実験器具」等
も想定されるのであるから,飛行体や走行体に搭載されるものであり,衝撃や振動
から保護すべきものをいうと理解することができる。
そして,前記アのとおり,本願出願日当時,リチウム電池は,電気自動車や飛行
機の電源としても使用され,飛行体や走行体に搭載されるものである一方,外部か
らの振動,衝撃によって内部短絡や損傷が生じ得るものであり,これを防止するた
めに衝撃や振動から保護すべき必要があることは,技術常識であったことが認めら
れる。
そうすると,そのような技術常識を有していた当業者には,引用発明において,
航空機(飛行体)や走行体に搭載されるものであり,衝撃や振動から保護すべきも
のである「試料」として,飛行体や走行体に搭載されるものであり,衝撃や振動か
ら保護すべき必要があることが知られていたリチウム電池を適用する動機付けがあ
ると認められる。
(イ)引用発明の試料としてリチウム電池を適用する場合,リチウム電池を
スポンジなどで介装して試料容器に装てんし,それをさらに内枠に収納する態様と
なるが,引用文献1には,「生物試料を搭載する場合のように酸素,外気の供給が必
要なときには試料容器の外板と内枠の内箱に通気孔を開口すればよい」(前記2(1)
オ)と記載されており,試料に対して外気の供給が必要なときには,通気孔を設け
ることが明記されている。
引用発明の試料としてリチウム電池を適用する場合には,電源であるリチウム電
池と外部との間に配線を行う必要があることが明らかであるが,上記記載によると,
試料と外部との間を,スポンジ,試料容器,内枠及び外枠を介して連通させる必要
があるときは,必要に応じて試料と外部との間を連通させる穴を設けることが示唆
されているといえるから,リチウム電池と外部との間を連通させる穴を設けて配線
を行うことは容易に想到し得るものということができ,引用発明の試料としてリチ
ウム電池を適用することを阻害するものとはいえない。
その他引用発明の試料としてリチウム電池を適用することを阻害すると認められ
る事情は,見当たらない。
(ウ)そうすると,引用発明における保護対象物を「リチウム電池」とし,
保護装置を「航空機等リチウム電池システム」として,相違点1に係る本願発明の
構成とすることは,当業者が容易に想到するものということができる。
(3)小括
以上によると,相違点2は実質的な相違点ではなく,相違点1に係る本願発明の
構成は当業者が容易に想到するものといえるから,本願発明は,当業者が引用発明
及び引用文献2等に記載された技術常識に基づいて容易に発明をすることができた
ものである。
したがって,これと同旨の審決に誤りはない。
5原告の主張について
(1)原告は,引用発明の試料5は,試料容器1,スポンジ6及び外枠3により
密閉されているから,試料5に代えてリチウム電池を保護の対象とした場合,熱を
逃がして冷却することができず,発熱等による火災発生の危険性があることを理由
として,引用発明において,リチウム電池を保護の対象とする動機付けがあるとは
いえないと主張する。
しかし,前記4(2)イ(イ)のとおり,引用文献1には,試料に対して外気の供給が必
要なときには,通気孔を設けることが明記されているから,引用発明の試料として
リチウム電池を適用する場合,外気を供給して熱を逃がす必要があるのであれば,
通気孔を設けて外気を供給し,リチウム電池から生じた熱を逃がして冷却すること
は容易に想到し得るものである。
また,リチウム電池において,振動や衝撃等による内部短絡によって発火事故が
生じることは格別,そのような振動や衝撃等による内部短絡が生じなくても,通気
孔による外気の供給だけでは足りないほどの発熱が生じることを認めるに足りる証
拠はない。
したがって,引用発明の試料をリチウム電池とすると発熱等による火災発生の危
険性があることを理由として,引用発明の試料をリチウム電池とすることに阻害要
因があるということはできない。
(2)原告は,引用発明は,宇宙ロケットに搭載するほどの小さい装置であるか
ら,通気孔は絶対的に小さいものであり,冷却には不十分であるし,通気孔に配線
をすることは実際上困難であり,配線をすると通気孔がふさがれて冷却できないし,
試料容器の外板と内枠の内箱に熱を逃がすに足りるだけの容量の通気孔を開けると,
保護対象物が実質的に保護されるだけの空間が維持できなくなってしまうなどと主
張する。
しかし,前記2(1)のとおり,引用発明は,宇宙ロケットに搭載されるものに限定
されておらず,航空機などの飛行体や走行体に搭載されることが広く想定されてい
るから,引用発明の試料保護装置が小さいといえるものではない上,この装置に必
要に応じて設けられる通気孔は,保護対象物の保護を図りつつ,通気孔を設ける目
的に応じた大きさ及び数のものが設けられると考えられるから,通気孔が絶対的に
小さいものであり,冷却には不十分であるとか,通気孔に配線をすることは困難で
あるとか,配線をすると通気孔がふさがれて冷却できないとか,通気孔を開けると
保護対象物が実質的に保護されるだけの空間が維持できなくなってしまうと認める
ことはできない。
したがって,引用発明の試料をリチウム電池とすることに阻害要因があるという
ことはできない。
(3)原告は,引用発明の試料5の上方は,外枠3により密閉されているから,
試料5に代えてリチウム電池を保護の対象とした場合,配線ができず,電源供給(電
源取り出し)や充電ができないことを理由として,引用発明において,リチウム電
池を保護の対象とする動機付けがあるとはいえないと主張する。
しかし,引用文献1には,試料と外部との間を,スポンジ,試料容器,内枠及び
外枠を介して連通させる必要があるときは,必要に応じて試料と外部との間を連通
させる孔を設けることが示唆されているから,リチウム電池と外部との間を連通さ
せる孔を設けて配線を行うことは容易に想到し得るものであり,リチウム電池と外
部との間に配線を行う必要があることは,引用発明の試料をリチウム電池とするこ
とを阻害するものとはいえないことは,前記4(2)イ(イ)のとおりである。
なお,原告は,この点に関し,本願発明は,リチウム電池の上方が開放されてい
ると主張するが,本願発明の要旨は,前記第2の2のとおりであり,リチウム電池
の上方が開放されていることは,本願発明の発明特定事項ではないから,この点に
おいて引用発明と相違するとはいえない。原告は,本願発明の実施例で,本願発明
の構成を明確に示しているから,特許請求の範囲に記載する必要はないと主張する
が,特許出願に係る発明の要旨認定は,特段の事情のない限り,願書に添付した特
許請求の範囲の記載に基づいてされるべきである(最高裁平成3年3月8日第二小
法廷判決・民集45巻3号123頁参照)から,本願発明について,特許請求の範
囲に記載されていない事項であるリチウム電池の上方が開放されていることが引用
発明の構成と対比すべき本願発明の要旨に含まれるということはできない。
(4)原告は,引用発明の試料5の上方は,外枠3により密閉されているから,
試料5に代えてリチウム電池を保護の対象とした場合,メンテナンスが困難である
ことを理由として,引用発明において,リチウム電池を保護の対象とする動機付け
があるとはいえないと主張する。
しかし,引用文献1には,「試料容器1を脱着する際にはクランプ9及び10を取
外し,上部枠3aと下部枠3bとを上下に分離することにより試料容器1を簡単に
迅速に取外すことができる」(前記2(1)オ)と記載されており,引用発明は,試料
容器1を簡単に迅速に取り外すことができるのであるから,試料容器1にスポンジ
6などを介装して装てんされた試料5のメンテナンスが格別困難であるとは認めら
れない。
したがって,引用発明の試料をリチウム電池とするとメンテナンスが困難である
ことを理由として,引用発明の試料としてリチウム電池を適用することに阻害要因
があるということはできない。
(5)原告は,引用発明は,4方向からのバネであるが,本願発明は,3方向か
らのバネであり,支持方法が全く異なると主張する。
しかし,本願発明の要旨は,前記第2の2のとおりであり,リチウム電池を保持
するバネについては「リチウム電池外箱の複数箇所からバネでもってリチウム電池
を空中に浮かす状態で保持する」と特定されているにとどまり,3方向からのバネ
であることは,本願発明の発明特定事項ではないから,この点において引用発明と
相違するとはいえない。原告は,本願発明の実施例で,本願発明の構成を明確に示
しているから,特許請求の範囲に記載する必要はないと主張するが,この主張に理
由がないことは,前記(3)と同様である。
(6)原告は,引用文献2記載の発明は,衝撃に応じて,内部容器が陥没してそ
のエネルギを吸収するものであり,発熱や充電を考慮した本願発明とは全く関係が
ないと主張する。
しかし,前記第2の3(4)のとおり,審決は,リチウム電池が車両の電源等として
広く使用されており,リチウム電池には外部からの衝撃による内部短絡を防止する
必要があったことが本願出願日当時の技術常識であったことを示すものとして,引
用文献2を引用したものである。引用文献2を含む刊行物から,審決と同旨の技術
常識を認定でき,これを踏まえると,引用発明における保護対象物を「リチウム電
池」とし,保護装置を「航空機等リチウム電池システム」として,相違点1に係る
本願発明の構成とすることを当業者が容易に想到し得ることは,前記4(2)のとおり
である。
原告の主張は,理由がない。
(7)原告は,引用文献1及び引用文献2が公知であったにもかかわらず,ボー
イング787の1号機(ANA納入)がリチウム電池による発火事故を起こしたこ
と,ボーイングの設計者がそのようなリチウム電池発火事故を起こす設計をしたこ
とからすると,引用文献1及び引用文献2は何らボーイング発火事故防止に影響を
与えなかったものであり,リチウム電池発火防止をする本願発明を否定する引用例
とはならないなどと主張する。
しかし,本願発明は,当業者が引用発明及び引用文献2等に記載された技術常識
に基づいて容易に発明をすることができたものであることは,既に判示したとおり
であって,ボーイング787に関する上記主張の事実によって,この判断が左右さ
れることはない。
6結論
以上によると,原告の請求は,理由がないから,これを棄却することとして,主
文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官
森義之
裁判官
永田早苗
裁判官
古庄研

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