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判決 平成14年11月26日 神戸地方裁判所 平成12年(ワ)第1132号 
損害賠償請求事件
            主         文
 1 被告は,原告に対し,330万円及びこれに対する平成12年6月7日から
支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 2 原告のその余の請求を棄却する。
 3 訴訟費用は,これを10分し,その1を原告の負担とし,その余は被告の負
担とする。
 4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
   被告は,原告に対し,360万円及びこれに対する平成12年6月7日から
支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,原告が,いきなり警察官らから暴行を加えられて転倒させられ,こ
れに引き続き,警察官らにより,同意なき所持品検査,意思に反する連行,返答の
強制,同意なき携帯電話のチェック,同意なき写真撮影が行われたと主張して,上
記警察官らの属する公共団体である被告に対し,国家賠償法1条1項に基づき,慰
謝料及び弁護士費用並びにこれらに対する遅延損害金の支払を求める事案である。
 1 争いのない事実
(1) 当事者
原告は,関西学院大学社会学部教授である。
(2) 誘拐事件の発生
平成12年4月20日,横浜市a区において,クリーニング店従業員の長男
が下校途中に誘拐される事件(以下「本件誘拐事件」という。)が発生し,兵庫県
警察本部刑事部機動捜査隊(以下「機捜隊」という。)警察官及び兵庫県西宮警察
署(以下「西宮署」という。)警察官が本件誘拐事件の捜査に当たっていた。原告
は,本件誘拐事件に何らの関わりもなかった。
(3) 本件の経緯
原告は,同月24日午後3時43分ころ,さくら銀行西宮支店に赴き,現
金自動預払機を用いて原告名義の預金口座から現金を引き出し,同支店を出ようと
した。原告は,同支店内において転倒した。同支店内には,他の利用客がいた。
警察官は,原告に対し,同支店の外において,住所を尋ね,キャッシュカ
ード,ATM機利用明細書,携帯電話の提示を求めたところ,原告は,これに応
じ,身分証明書,キャッシュカード,ATM機利用明細書,携帯電話を提示し,原
告が本件誘拐事件の犯人ではないことが判明した。警察官は,原告に対し,西宮署
に来るように求め,原告は,捜査用車両に乗り,西宮署に行った。原告が同車両に
乗った際,テレビ放送局の関係者が近くにいた。
原告は,西宮署において,警察官に対し,「なぜこのようなことをしたの
か。」と説明を求めた。原告は,警察官から背景事情の説明と口頭による謝罪を受
けた。
2 主要な争点
(1) 逮捕行為,所持品検査,意思に反する連行,返答の強制の有無
(2) 警察官らの公権力の行使(逮捕行為,所持品検査,意思に反する連行,返
答の強制,同意なき携帯電話のチェック,同意なき写真撮影)の違法性の有無
3 当事者の主張
(1) 原告の主張
ア 事実の経緯
(ア) 平成12年4月24日午後3時43分ころ,さくら銀行西宮支店に
入店した原告(乙2の4)は,ATMを利用し,現金3万円を引き出した(原告本
人)。
ATMの利用を終えた原告が同支店の出口に向かって歩き始めたとこ
ろ,右前方から近づいた警察官1名(A警察官)(乙2の335)と前方から現れ
た警察官複数名(B警察官ら)(乙2の334)が,いきなりその場で原告の腕を
抱え込み,原告を仰向けに引き倒した(乙2の345,346,350,356及
び357,原告本人)。警察官らは,原告に対し,声をかけたりすることはなかっ
た(原告本人)。また,警察官らは,自ら警察官であると名乗ることもなかった
(乙5,証人A)。
原告が押し倒された瞬間から,同支店内にいた客が一斉に原告が押し
倒されていることに気づき,振り返った(乙2の357ないし359)。
(イ) 原告は,約13秒間,同支店内の床に転倒させられていた(乙2の
357ないし405)。その間,C巡査長が原告の身体を触り,所持品検査を行っ
た(乙2の361,367,368,372,378,379,383,389,
390及び394)。
その後,警察官らは,原告を引き起こして(乙2の405,原告本
人),原告の意思に反して同支店外に連行した(乙2の411,416,422,
427,433及び444,原告本人)。原告が同支店から連行される間,B,C
巡査長らから「重大事件なんだ。」「お前はどこから来たんだ。」「CDだという
ことは分かってるんだ。」と口々に怒鳴られた(甲1,原告本人)。
原告は,4名の警察官らに取り囲まれたままで,同支店の隣の駐車場
に連行された。原告は,そこで,C巡査長から強い口調で「住所は?」と聞かれ,
自分の住所を答えた。さらに,原告は,「キャッシュカード,CD機利用のレシー
トを見せろ。」と言われて警察官にそれらを提示した(証人A,原告本人)。原告
は,早く解放してもらいたいと考え,自分の身分を明らかにしようと考え,自ら身
分証明書を提示した(原告本人)。
この時点で,原告が犯人でないことは分かっていたはずであるが,C
巡査長は,原告に携帯電話の提示を求め,携帯電話の着信履歴,発信履歴,アドレ
ス帳等を原告の同意もなくチェックした(乙4,原告本人)。また,警察官の1人
が原告の同意なくデジタルカメラで原告の写真を2枚撮影した(乙4,証人A,原
告本人)。
原告は,これ以前に警察官らから同支店内で引き倒されていたため,
警察官らのこれらの行為に対して,抗議ができる状態ではなかった。
(ウ) その後,B警部補が「ちょっと来てください。」と言いながら原告
の上腕部をつかんで引っ張り,原告は抵抗する間もなく,駐車場の前に止められて
いた自動車にまで引っ張って行かれた(原告本人)。原告は,その日の午後の間に
すべき用事があり,また,連行される理由も分からなかったので,警察官らに対
し,なぜ連行するのかの説明を求めようとした。しかし,警察官らは,「いいから
乗ってくれ。」と言って原告の腕を取り,無理矢理に自動車に乗せた。原告が腕を
取られてから車に乗せられるまではあっという間であった(原告本人)。なお,原
告は,現場にいた西宮署長から名乗られたことはなく,西宮署長に気づくことはな
かった(原告本人)。
原告は,車に乗ってからも警察官らに「なぜ行くのか。」「どこに行
くのか。」と連行の場所,理由を何度も聞いたが,警察官らは,「我々は上から指
示されているだけなので分からない。」と言うのみで,はっきりとは答えなかった
(原告本人)。
(エ) 原告は,西宮署に連行された。原告は,参考人室(取調室の近くに
あり,内部は取調室と変わりない。)に通され,そこでB警部補,D署長から事情説
明を受けたが,納得のいくものではなかった(原告本人)。
原告は,D署長に対し,「最初になんで説明しないんですか。警察だ
と言わなかったでしょう。絶対に問題にしますよ。」(乙5)と言って警察の違法
行為について抗議をした(証人D)。
イ 警察官らの行為の違法性
(ア) 原告は,同支店内において,いきなり警察官らから暴行を加えら
れ,転倒させられた。これに引き続き,警察官らにより原告に対し,同意なき所持
品検査,意思に反する同支店外への連行,同支店外駐車場における返答の強制,同
意なき携帯電話のチェック,同意なき写真撮影,更に意思に反する西宮署への連行
が行われた。
(イ) 本件警察官らの原告の拘束は,憲法・刑訴法の令状主義に違反す
る。
a 逮捕とは,捜査機関又は私人が被疑者の身体の自由を拘束し,引き
続き抑留することをいうが,本件では,警察官が原告を引き倒して押さえつけた
上,原告を引き起こしてからも,原告の右腕を1人の警察官が抱え込み,もう1人
の警察官が原告のベルトをしっかりつかんで,大勢の警察官で原告を取り囲み,同
支店外に連れ出した。その上で,嫌がる原告を車に乗せて警察署に連れていくとい
うものであった。
この行為が,捜査機関が原告の身体の自由を拘束し,引き続き抑留
するものであることには疑いがない。
b そして,短期に身柄を拘束する強制処分である逮捕行為は,憲法上
令状が必要とされ,刑訴法上の適法要件を満たす必要があるところ,本件警察官ら
の一連の行為は,何らの司法的手続も取られておらず,違憲違法な逮捕行為であ
る。
(ウ) 同支店外への連行とその後の行為は,警察官職務執行法(以下「警
職法」という。)2条3項に違反する。
a 警職法2条3項は,2項に定める職務質問の対象該当者に対しても
「刑事訴訟に関する法律の規定によらない限り,身柄を拘束され,又はその意に反
して警察署,派出所・・・に連行され,若しくは答弁を強要されることはない。」
と規定する。
b しかしながら,本件において,原告は,4名の警察官らに囲まれ,
右腕を抱えられた状態で,同支店の隣の駐車場に連行された。これは,同条項で禁
止される「身柄の拘束」であることは疑いない。
c さらに,原告は,駐車場の一番奥の隅まで連れていかれたが,原告
は,駐車場の壁際に追いつめられ,前方と左右の周囲を警察官に取り囲まれてい
た。この状態で原告はC巡査長らから強い口調で数回「住所は?」と聞かれ,「キ
ャッシュカード,CD機利用のレシートを見せろ。」と言われたのである。
結局,原告はこれらに応じたが,従前警察官らに引き倒される暴行
を受けた上,体をつかまれて連行され,駐車場の壁際に追いつめられた上に多数の
警察官らに周囲を囲まれている状態であり,心理的に大きな圧力がかけられていた
のである。
このような客観的状況からすれば,警察官らがした原告に対する発
問は,「答弁を強要」したものである。
d その後,原告は,B警部補から原告の上腕部をつかんで引っ張ら
れ,抵抗する間もなく,駐車場の前に止められていた自動車にまで引っ張っていか
れたのである。
これは,「意に反した連行」以外の何ものでもない。
(エ) 被告は,本件における警察官らの原告に対する暴行を「職務質問に
伴う相当な有形力の行使」であり,違法性はないと主張し,かつ,その後の行為に
ついても何ら違法はない旨主張している。
a 職務質問の対象としたこと自体が不適切である。
① 職務質問の対象とするためには「異常な挙動その他周囲の事情か
ら合理的に判断して何らかの犯罪を犯し・・・ていると疑うに足りる相当な理由の
ある」ことが必要であるところ(警職法2条),原告は,後ろから2名の警察官に
のぞかれながらも特に後ろを振り返ったりすることなく現金自動預払機から預金を
引き出しているのみであり,証拠上原告が特に挙動不審であるとは認められない。
② また,被告は,「年齢40歳くらい,身長170cmくらい,頭
髪長め,黒色ジャンパー様,黒色野球帽,白色マスク着用,カバン様の物携行の男
性」との手配指示を受けていたが,原告は,CD機を使用していた際,「黒色野球
帽」も「白色マスク」も着用していなかった。
③ さらに,本件警察官らが同支店に到着した時点で,いまだ真犯人
が同支店内にいるとの判断をしたこと自体に大きな誤りがあったというべきであ
る。
すなわち,C巡査長が同支店に入店してきた時点で,真犯人が現
金を引き出してから少なくとも6分経過していたが,通常,真犯人が現金を引き出
してから,その同じ銀行店内に6分もとどまるはずがない。原告が現金を引き出し
てCD機から離れようとした時点では,真犯人が最初に現金を引き出してから8分
が経過していたのである。
b 職務質問で有形力を行使する際の「必要性」と「相当性」
① 有形力を行使するための「必要性」とは「対象者の抵抗」であ
り,「緊急性」とは「逃走のおそれ」を念頭に置く概念であり,事件の重大性は有
形力行使の範囲や程度をゆるめるものにはならない。
被告は,本件警察官の有形力の行使も「事件の重大性」から「適
法である」旨を強調する。しかし,事件の重大性をもって有形力行使の必要性が高
まる,又は有形力行使の緊急性が高まるということは論理のすり替えである。
② 有形力の行使を許容した判例は,「被質問者が少なくとも逃走し
ようとする」具体的事情の下で有形力を行使している事案ばかりである。
本件において,原告は,何らの逃げる気配すらなく,かつ,逃げ
られるような客観的な状況もなかった(腕を抱え込まれ,前にも警察官がおり,取
り囲まれていたのである。)。このような原告に対しては,少なくとも「逃げよう
とした」ことから有形力を行使している判例は全く当てはまらない。
③ また,本件において行使されている有形力の程度は,職務質問の
本質からも許容できないものである。
警職法が「停止措置」を認めているのは,あくまでも質問実施の
ための手段としてである。したがって,質問に対する応答意思の存否をおよそ問題
としないような態度が警察官の当該行動に現れている場合には,停止措置としての
限界を超えているというべきである。
本件において原告に対してされた「引き倒す」という行為は,も
はや質問をすることを不可能ならしめる行為であり,「質問のために認められてい
る停止行為」自体が持つ限界を大きく逸脱しているというほかなく,職務質問の範
囲を超え,明らかに違法である。
ウ 損害
(ア) 身体的損害,精神的損害
原告は,本件警察官らの逮捕行為により,重大な傷害は負わなかった
にせよ,いきなり引き倒され,身体を拘束されるという損害を受けた。
また,原告は,警察官らから突然引き倒されるという行為を受けたこ
とにより,大変な恐怖を感じた。
原告は,このときの恐怖感のため,事件後約1年間,外出したり,銀
行に近づいたりすることに対し,恐怖を感じ続けるというトラウマ(心的外傷)を
負うに至った。
さらに,公衆の面前で犯人さながらに逮捕され,連行されることは,
原告に屈辱感,強大な公権力を前にした無力感を味わわせるものであった。
(イ) 名誉権の毀損
本件警察官らの原告に対する本件逮捕行為,その後の連行行為は,衆
人環視のもと行われ,特に,身柄拘束をされたまま犯人さながらに連行されること
は,原告の名誉を著しく毀損するものである。
(ウ) プライバシー権の侵害
本件警察官らは,原告の携帯電話の着信履歴等をその同意を得ずにチ
ェックしており,これは,憲法上保障される原告のプライバシー権を侵害するもの
である。
(エ) 肖像権の侵害
本件警察官らは,原告の同意なく,原告の写真をデジタルカメラで撮
影しており,これは,自らの意に反してその姿をカメラなどで撮影されない自由と
して憲法上保障される肖像権の侵害に当たる。
(オ) 損害額
a 慰謝料   300万円
b 弁護士費用  60万円
(2) 被告の主張
ア 事実の経緯
(ア) 原告のさくら銀行西宮支店到着状況
原告は,平成12年4月24日午後3時43分ころ,さくら銀行西宮
支店に到着した(乙2の4,15及び20)。原告は,その後,「④」の番号が付
された現金自動預払機を使用した(乙2の45以下)。
(イ) 機捜隊巡査長C(以下「C巡査長」という。)及び同巡査長A(以
下「A巡査長」という。)の同支店到着後の状況
C巡査長は,同時44分ころ,同支店内に入ってきた(乙2の19
1)。A巡査長も,同分ころ,同支店内に入ってきた(乙2の213)。
C巡査長及びA巡査長は,「犯人がさくら銀行西宮支店の「152番
のCD機」を使用中」との指令を受けていたことから,同番号のCD機を確認しよ
うとしたが,「152」の番号が付されたものはなく,「152番のCD機」がど
の機械を指すのかは直ちに判明しなかった。
さらに,C巡査長及びA巡査長は,CD機利用客のうち,手配指示の
あった「年齢40歳位,身長170センチ位,頭髪長め,黒色ジャンパー様,黒色
野球帽,白色マスク着用,カバン様の物携行の男性」との情報と合致する人物につ
いて観察することとした(乙2の212ないし322)。
A巡査長は,「④」の番号が付されたCD機を利用中の男性(原告)
が年齢,身長,着衣,携行品において手配対象者に酷似し,更にCD機利用中,手
が小刻みにふるえていたこと,捜査員の方に対して振り返るなどの行動を示したた
め,不審に思い,原告に対して職務質問を実施することとした(乙2の324,乙
3の2)。
(ウ) 本件職務質問実施状況
A巡査長は,同時45分ころ,CD機の利用を終えて出口方向に向か
った原告の右斜め前方あたりから原告に近寄って(乙2の335,乙3の5),
「ちょっと,すいません。」と声をかけて,原告の右腕をつかもうとして,手を差
し伸ばした(乙2の339,乙3の6)。
ちょうどこのころ,機捜隊警部補B(以下「B警部補」という。)が
同支店に到着した(乙2の334,乙3の4)。さらに,西宮署巡査長E(以下
「E巡査長」という。)及び同巡査長F(以下「F巡査長」という。)も順次同支
店に到着した(乙2の334,乙3の4)。
A巡査長が原告に声をかけたところ,原告は,驚いたためか,身体を
開くような形でよろけるように後ずさりし,更にバランスを崩して腰砕けのように
なって,後方に転倒しそうな状態になった(乙2の346,乙3の8)。
このため,A巡査長は,原告が転倒しないようにその右腕を抱えて引
き上げるようにして支え(乙2の345及び350,乙3の7及び9),更にB警
部補が原告の背後に回って背中あたりを支えようとした(乙2の350及び35
7,乙3の9及び11)。また,F巡査長は,原告の左側に回り,原告の左腕ない
し背中あたりを支えようとした(乙2の350及び357,乙3の9及び11)。
しかしながら,本件警察官らが上記のように原告が転倒しないように
その身体を支えたが及ばず,原告は,同支店の床に尻もちをつくように座り込んで
しまった(乙2の357及び361,乙3の11及び12等)。
原告は,その後,床に座ってすぐに「何だ,何なんだ。」と言い,B
警部補がすかさず「警察です。ちょっと話を聞かせてもらえませんか。」と原告に
告げた。
原告は,「何だ警察か。」とつぶやくように述べたが,放心したよう
に座り込んでいた。
原告は,「どういうことか説明してほしい。」との趣旨のことを述べ
たので,B警部補らが「大きな事件があったのです。ご協力願えますか。」との趣
旨を告げ,更に原告と二言,三言会話をしたところ,原告が興奮し始め,「こんな
ことをして間違いでは済まされない。」「新聞社に友人がいる。新聞社に言う。」
などと声を荒げ始めた(乙2の360ないし400)。
そして,他のCD機利用客も振り返ってこれらの状況を見ているよう
な状態となったため,C巡査長が原告に「ちょっと表で話を聞かせてもらえます
か。」と告げたところ,原告はこれに同意し,立ち上がろうとして手を差し出した
ので,本件警察官らがこれを支えて助け起こし(乙2の405及び411,乙3の
24及び25),本件警察官らは,原告の腕や着衣を持って同支店外へ出ていった
(乙2の416ないし444,乙3の27ないし32)。
機捜隊警察官らは,同支店外部の駐車場において,原告の身分等を確
認し,更に,犯人が使用していると思われるキャッシュカードや携帯電話を原告が
所持しているかどうかを確認するため,原告に対し,キャッシュカード,ATM機
利用明細書及び携帯電話の提示を求めた。原告は,これに対し,身分証明書,キャ
ッシュカード,ATM機利用明細書及び携帯電話を提示した。機捜隊警察官らが原
告が提示した上記身分証明書等を確認した結果,原告は本件誘拐事件に関係しない
ことが判明した。
(エ) その後の状況
原告は,職務質問の間中も抗議をしていたが,機捜隊警察官らが協力
に対し謝意を述べ,迷惑をかけたことを謝罪したが,原告は,立腹,興奮した状態
であり,機捜隊警察官らの説明等に全く納得しなかった。
西宮署警視正D(以下「D署長」という。)は,職務質問が終了した
ころに制服姿で現場に到着したが,原告が機捜隊警察官らの説明にも納得せず,興
奮した状態であったことから,これ以上の現場での説得は困難と判断し,原告に対
し,D署長自らが「警察署で説明します。来てくれますか。」と申し向けたとこ
ろ,原告は,「警察署へ行く。すぐに連れて行け。」と述べ,西宮署への来署に同
意し,自ら捜査用車両に乗り込んだ。
原告らは,同時55分ころ,西宮署に到着し,D署長やB警部補が原
告に本件誘拐事件が発生したこと等の事情を説明し,迷惑をかけたことについて謝
罪したが,原告は全く納得しなかった。
原告が別の銀行に行く予定がある旨申し述べたことから,D署長は,
西宮署の車両を手配し,原告は,同日午後4時25分ころ,西宮署警察官の運転す
る車両で西宮署を出発した。西宮署警察官は,原告所用の銀行を経由した後,原告
を原告宅まで送り届けた。
イ 被告の無責
被告の警察官は,適法かつ妥当な職務質問を行ったものであり,原告主
張の違法行為は全くない。
(ア) A巡査長らが原告に対し職務質問を行ったのは,本件誘拐事件の捜
査に関し,原告の身体,着衣等の特徴や原告の挙動,その他諸般の背景事情から,
原告と本件誘拐事件との関連を疑うに足りる相当な理由があり,又は原告が何らか
の事情を知っていると認められると判断したからであり,その判断は合理的かつ相
当である。
そして,その質問方法も,具体的な背景事情に見合った相当な方法で
行われており,何ら違法,不当な点はない。
(イ) A巡査長らは,職務質問の際に原告の手を持つなどの行為をしてい
るが,これら有形力の行使は,必要かつ相当な方法で行われたもので,職務質問に
付随して認められる範囲内のものである。
職務質問は,被質問者の意思に基づいた任意的手段により実施される
ものであるが,質問を開始する際,又は質問にかかわらずその場を立ち去ろうとす
る者に対して停止を求めるに際し,一切の有形力の行使も認められないとするのは
妥当でない。すなわち,職務質問が被質問者の全くの自由意思に依存するものとす
ると,特に容疑者的立場にある者については,自発的な応答は到底期待し得ず,職
務質問に実効性が伴わなくなる。かかる観点より,職務質問に付随してされるある
程度の実力行使を伴った警察官からの働きかけは,強制にわたらない程度において
認め得るとするのが判例,通説の立場である。
そして,職務質問に付随する行為として許容される強制にわたらない
程度の実力行使とは,当該実力行使の必要性と行使の態様,事案の緊急性,これに
よって制限される個人の法益と保護されるべき公共の利益との権衡などを考慮し,
個々具体的状況のもとで相当と認められる限度において適法と解すべきである。
本件においては,A巡査長の行為は,原告に停止を促すための行為で
あり,更に,この時点においては,原告が本件誘拐事件の犯人であるか否かも判明
しておらず,その可能性もあったのであるから,仮に犯人であれば,警察官の停止
を振り切って逃走したりすることが予想されたのであり,これを防止する意味にお
いて,腕を軽くつかむ程度の有形力を行使して停止を求めることは最小限度必要な
行為というべきである。
さらに,これに引き続く本件警察官らの行為については,原告が転倒
しないように支えたものにすぎず,違法性は全くない。
そして,本件職務質問は,本件誘拐事件の捜査の一環として行われた
ものであり,早期に人質を保護しなければならない緊急の必要性と,犯人らに警察
の捜査状況を察知されてはならない秘匿性,密行性が要請されていたのである。こ
のような特殊な事情も,本件警察官らの行為の適否を判断するに当たって十分考慮
されなければならない。
原告は,警察官が原告を羽交い締めにしたり,引き倒したかのごとく
主張するが,かかる事実は全くない(ビデオテープの映像を見れば明らかであ
る。)。
(ウ) B警部補とA巡査長が原告の腕ないしは着衣をつかんで原告を助け
起こし,銀行外に出ているが,これら警察官の行為は,原告を助ける,ないしは,
その行為を促すものである。そして,原告は,自らの意思に基づいて銀行外に出た
ものである。
B警部補らは,被質問者の意思に反するような行為はしておらず,何
ら違法な点はない。
また,当時点においても,原告が本件誘拐事件と関係を有するか否か
はいまだ判明しておらず,逃走等の不測の事態が生じる可能性も否定できなかった
ものであり,手や衣服をつかむ程度の行為がこれらの事態に備えるために有効かつ
最小限度の措置といえる一方,被質問者に対しても特段の不利益を生じさせるもの
ではなく,数秒程度の一時的なものにすぎないから,比較衡量の観点からも,同行
為は相当な範囲内のもので,適法ということができる。
(エ) 原告が西宮署に来署したのは,事情の説明を求める原告自身の意思
に基づくものであり,警察官が原告を西宮署に強制的に連行した事実は一切ない。
原告を逮捕したような事実はないのである。
D署長らは,西宮署において,原告に事情を説明し,謝意を述べ,迷
惑をかけた点について謝罪し,理解を求めたが,原告が一切納得しなかったもので
ある。
第3 当裁判所の判断
 1 本件の経緯について
   前記争いのない事実,後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認
められる。これに反する証拠は,後掲各証拠に照らし,採用することができない。
(1) 平成12年4月20日,横浜市a区において,本件誘拐事件が発生し,機
捜隊警察官及び西宮署警察官が本件誘拐事件の捜査に当たっていた。原告は,本件
誘拐事件に何らの関わりもなかった。
(2) 原告は,同月24日午後3時43分ころ,さくら銀行西宮支店に赴き,現
金自動預払機を用いて原告名義の預金口座から現金を引き出した。C巡査長及びA
巡査長は,本件誘拐事件の犯人が同支店内において現金を引き出しているとの情報
を得て,同時44分ころ,順次同支店内に入った(甲2,3の5,乙1,2の19
1及び213,乙5,証人A)。C巡査長及びA巡査長は,原告がその年齢,身
長,着衣,所持品等から本件誘拐事件の犯人ではないかと疑い,その動静を注視し
ていた(甲2,3の2ないし4,乙1,2の280,282,289,291,2
93,298,300,302,304及び324,乙3の2,乙5,証人A)。
(3) 原告は,同時45分ころ,同支店を出ようとして出入口に向かって歩き始
めた(甲1,2,3の2,乙1,2の335,乙3の5,原告本人)ところ,A巡
査長は,原告の右前方から近付いて左手で原告の右腕をつかみ(甲1,2,3の
1,甲4の1,乙1,2の339,乙3の6,乙5,証人A,原告本人),左腕で
原告の右腕を抱えた(甲2,3の1,甲4の2及び4,乙1,2の345及び35
0,乙3の7及び9,原告本人)。B警部補は,同支店内に入って原告の正面から
原告に近付き(甲2,3の1及び5,甲4の1,乙1,2の334及び339,乙
3の6,原告本人),原告の左側に立って右腕を原告の背中から肩のあたりに回し
た(甲2,3の1,甲4の4,乙1,2の350,乙3の9,原告本人)。A巡査
長が左腕で原告の右腕を抱えたころ,F巡査長及びE巡査長が順次同支店内に入っ
た(甲2,3の5,甲4の2,乙1,2の345,乙3の7)。A巡査長は,右足
を原告の右足の後ろに伸ばして原告の右足に掛けた(甲2,3の1,甲4の4,乙
1,2の350,乙3の9)。B警部補は,左腕を原告の首に回し,原告を仰向け
に引き倒した(甲1,2,3の2,甲4の6,乙1,2の357,乙3の11,原
告本人)。その際,F巡査長は,原告の左前方から右腕を原告の背中から肩のあた
りに回していた(甲2,3の2,甲4の6,乙1,2の357,乙3の11)。そ
の後,機捜隊警視Gが同支店内に入ってきた(甲2,3の1,甲4の5及び13,
乙1,2の356及び383,乙3の10及び16)。
(なお,このとき,C巡査長は,原告の右前方に立って前屈みになり,左
手を原告の体に向けて伸ばしていたが(甲2,3の1,2及び5,甲4の8,11
ないし15,乙1,2の367,378,379,383,389及び390,乙
3の16ないし20),その事実によってはC巡査長が所持品検査をしたものと推
認するに足りず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。)。
(4) A巡査長及びB警部補らは,原告を引き起こし,A巡査長は原告の右側か
ら左手で原告のジャンパーの後ろをつかみ,B警部補は原告の左側から右手で原告
のベルトをつかんで,原告を同支店の外に連れ出した(甲1,2,3の1,2及び
5,甲4の18ないし20,22ないし27,乙1,2の401,405,41
1,416,422,427,433,444及び455,乙3の23ないし2
5,27ないし32,原告本人)。C巡査長は原告の前方を歩き,F巡査長は原告
の後方を歩いていた(甲2,3の1及び5,甲4の23ないし27,乙1,2の4
22,427,433,444及び455,乙3の28ないし32)。
(5) 当時同支店内において現金自動預払機を利用していた客7名は,原告が倒
された直後,一斉に振り返り,上記7名とその後に同支店内に入ってきた客3名
は,原告が倒されている様子や同支店の外に出ていく様子を見ていた(甲2,3の
1及び2,甲4の7,9,10,13,16,18,19,21,22及び24,
乙1,2の358,359,361ないし366,368ないし370,372な
いし381,383ないしないし392,394ないし399,401ないし40
3,405ないし410,412ないし414,416ないしないし425,42
7ないし430,432ないし436,438ないし443,445ないし44
7,449ないし452,454,456ないし458,460ないし463,4
65,468,471ないし476,478ないし480,482ないし485,
乙3の12,14ないし21,23,24,26ないし29)。
(6) 上記警察官らは,原告を同支店南側駐車場の北西角の壁際に連れて行った
(甲1,乙5,6,証人A,原告本人)。その周辺には,他にも数名の警察官がい
た(乙4,証人A)。
C巡査長らは,原告に対し,住所を尋ね,原告は,住所を答えた(甲1,
乙5,証人A,原告本人)。A巡査長は,原告に対し,キャッシュカード及びAT
M機利用明細書の提示を求めたところ,原告は,これに応じてキャッシュカード及
びATM機利用明細書を提示し,A巡査長は,これらを確認した(乙5,証人
A)。C巡査長は,原告に対し,携帯電話の提示を求めたところ,原告は,これに
応じて携帯電話を提示し,C巡査長は,携帯電話の発着信履歴を確認した(乙4,
5,証人A,原告本人)。さらに,原告は,A巡査長に対し,自ら身分証明書を提
示し,A巡査長は,これを確認した(甲1,乙5,証人A,原告本人)。西宮署警
察官は,原告の同意を得ずに,原告の容ぼう・姿態をデジタルカメラで撮影した
(甲1,乙4,証人A,原告本人)。
A巡査長がキャッシュカード及びATM機利用明細書が原告名義であるこ
とを確認し,また,C巡査長が携帯電話の発着信履歴から携帯電話がすべて西宮市
内で用いられていたことを確認した時点で,原告が本件誘拐事件の犯人であるとの
疑いはほぼ晴れていたが,機捜隊指揮係から,本件誘拐事件の犯人が現在電話をし
ているとの連絡がB警部補の携帯電話に入り,原告が本件誘拐事件の犯人ではない
ことが判明した(乙5,証人A)。
(7) B警部補は,原告の右腕をつかんで原告を捜査用車両のドアのところまで
連れて行き,原告に対し,同車両に乗るように促したところ,原告は,その理由を
尋ねたが,B警部補に「いいから乗ってください。」と言われ,しぶしぶ同車両の
後部座席に乗り,また,B警部補が同車両の助手席に,西宮署警察官が同車両の後
部座席にそれぞれ乗り,A巡査長が同車両を運転して原告を西宮署に連れて行った
(甲1,証人A,原告本人)。原告は,上記警察官らに対し,同車両内において,
なぜ連れて行くのかを説明するように求めたが,上記警察官らは,「署で詳しい説
明をする。」「我々は,上から命令されているだけなので,何も言えない。」など
と答えた(甲1,原告本人)。
(8) 原告は,同時55分ころ,西宮署に到着し,2階の参考人応接室に通さ
れ,B警部補らに対し,「なぜこのようなことをしたのか。」と説明を求めたとこ
ろ,B警部補から,本件誘拐事件の捜査の過程で生じた出来事であるとの説明を受
けた(甲1,乙5,8の1及び3,証人A,原告本人)。その後,D署長が同室に
来て,原告に対し,B警部補と同様の説明をするとともに,謝罪をしたが,原告
は,これに納得せず,原告に対する警察官らの前記認定の行為((3),(4),(6)及
び(7))について抗議をした(甲1,乙5,7,証人A,証人D,原告本人)。
(9) 原告は,結局D署長の説明に納得することができず,これ以上話をしても
らちがあかないと考え,本来は三和銀行に行く予定であったので,D署長に対し,
車で三和銀行に寄ってから自宅に送ってもらいたいと申し出たところ,D署長は,
これに応じ,西宮署警察官に対し,捜査用車両で原告を自宅に送るように指示し,
指示を受けた警察官は,捜査用車両を運転し,三和銀行を経由して,原告を自宅に
送った(甲1,乙7,原告本人)。
2 上記警察官らの公権力の行使の違法性について
(1) 逮捕行為の違法性
前記認定のとおり,A巡査長は左腕で原告の右腕を抱え,B警部補は原告
の左側に立って右腕を原告の背中から肩のあたりに回し,A巡査長は右足を原告の
右足の後ろに伸ばして原告の右足に掛け,B警部補は左腕を原告の首に回して原告
を仰向けに引き倒したものであり,また,A巡査長及びB警部補らは原告を引き起
こし,A巡査長は原告の右側から左手で原告のジャンパーの後ろをつかみ,B警部
補は原告の左側から右手で原告のベルトをつかんで,原告を同支店南側駐車場の北
西角の壁際に連れて行き,数名の警察官が原告を取り囲んだものである。
上記行為は,原告の身柄を拘束する逮捕行為であり,これが許容されるよ
うな事由の主張立証もないから,上記行為は,憲法33条に違反する違法な公権力
の行使に当たるものというべきである。
なお,上記行為が本件誘拐事件という人の生命・身体にかかわる重大事件
の捜査の一環として行われたものであるからといって,その違法性の程度はいささ
かも減じられるものではない。
(2) 答弁の強要の違法性
前記認定のとおり,C巡査長らは,原告に対し,住所を尋ね,原告は,住
所を答えたものであり,これは職務質問として行われたものとみることができると
ころ,前記(1)のとおり,それ以前に原告の身柄を拘束する逮捕行為が行われ,その
時点で原告の意思が制圧されていたものと推認されることに照らすと,原告が任意
に住所を答えたものとみるのは相当でないから,C巡査長らが住所を尋ねた行為
は,実質的にみて,原告に対し,答弁を強要したものとみるのが相当である。
したがって,上記行為は,職務質問の要件を満たしているか否かについて
判断するまでもなく,警職法2条3項に違反する違法な公権力の行使に当たるもの
というべきである。
(3) 検証の違法性
前記認定のとおり,A巡査長は,原告に対し,キャッシュカード及びAT
M機利用明細書の提示を求めたところ,原告は,これに応じてキャッシュカード及
びATM機利用明細書を提示し,A巡査長は,これらを確認したものであり,ま
た,C巡査長は,原告に対し,携帯電話の提示を求めたところ,原告は,これに応
じて携帯電話を提示し,C巡査長は,携帯電話の発着信履歴を確認したものである
が,前記(2)と同様,原告が任意にキャッシュカード,ATM機利用明細書及び携帯
電話を提示したものとみるのは相当でない。
そして,A巡査長がキャッシュカード及びATM機利用明細書を確認した
行為並びにC巡査長が携帯電話の発着信履歴を確認した行為は,その性質上,いず
れも検証に当たるものであり,これが許容されるような事由の主張立証もないか
ら,上記行為は,刑訴法218条1項前段に違反する違法な公権力の行使に当たる
ものというべきである。
なお,前記認定のとおり,原告は,A巡査長に対し,自ら身分証明書を提
示し,A巡査長は,これを確認したものであるが,これはA巡査長が提示を求めた
ものではなく,原告が,前記認定の逮捕行為による意思の制圧とは関係なく,任意
に身分証明書を提示したものとみるのが相当であるから,A巡査長が身分証明書を
確認した行為は,適法な実況見分に当たるものというべきである。
(4) 写真撮影の違法性
前記認定のとおり,西宮署警察官は,原告の同意を得ずに,原告の容ぼ
う・姿態をデジタルカメラで撮影したものである。
ところで,何人も,その承諾なしに,みだりにその容ぼう・姿態(以下
「容ぼう等」という。)を撮影されない自由を有するものであり,警察官が,正当
な理由もないのに,個人の容ぼう等を撮影することは,憲法13条の趣旨に反し,
許されないものと解され(最高裁判所昭和40年(あ)第1187号同44年12月
24日大法廷判決・刑集23巻12号1625頁参照),本件において原告の容ぼ
う等を撮影することが許容されるような事由の主張立証もないから,上記行為は,
憲法13条に違反する違法な公権力の行使に当たるものというべきである。
(5) 連行の違法性
前記認定のとおり,B警部補は,原告の右腕をつかんで原告を捜査用車両
のドアのところまで連れて行き,原告に対し,同車両に乗るように促したところ,
原告は,その理由を尋ねたが,B警部補に「いいから乗ってください。」と言わ
れ,しぶしぶ同車両の後部座席に乗り,また,B警部補が同車両の助手席に,西宮
署警察官が同車両の後部座席にそれぞれ乗り,A巡査長が同車両を運転して原告を
西宮署に連れて行ったものである。
そして,上記行為の態様や前記(2)で説示したところに加え,前記認定のと
おり,原告は本来三和銀行に行く予定であったことをも併せ考慮すると,原告が任
意に西宮署に行ったものとみるのは相当でないから,A巡査長及びB警部補らが原
告を西宮署に連れて行った行為は,実質的にみて,原告をその意に反して警察署に
連行したものとみるのが相当である。
したがって,上記行為は,職務質問の要件を満たしているか否かについて
判断するまでもなく,警職法2条3項に違反する違法な公権力の行使に当たるもの
というべきである。
(6) そして,前記認定の違法な公権力の行使について,上記警察官らに故意が
認められることは明らかである。
3 損害について
(1) 慰謝料
原告は,前記認定の違法な公権力の行使により,精神的苦痛を被ったもの
と認められる。
ことに,原告は,本件誘拐事件に何らの関わりもなかったにもかかわら
ず,本件誘拐事件の犯人と疑われ,衆人環視のもと,突如警察官らに引き倒されて
連行されたことにより,原告は,著しい恐怖感と屈辱感を抱くとともに,名誉感情
を侵害され,その後約1年間にわたり,いつ何をされるか分からないという恐怖感
が持続したものである(甲1,原告本人)。
また,原告は,携帯電話の発着信履歴を確認されたことにより,通信の秘
密(憲法21条2項後段)を侵害されたものである。
さらに,原告は,その容ぼう等がデジタルカメラで撮影されたことによ
り,みだりにその容ぼう等を撮影されない自由を侵害されたものである。
以上の諸点や違法性の顕著さ,その他本件に顕れた一切の事情を考慮する
と,原告の精神的苦痛を慰謝するために要する金額は,原告の主張のとおり,これ
を300万円と認めるのが相当である。
(2) 弁護士費用
本件事案の性質,前記損害認容額,本件訴訟の経過や難易等を考慮する
と,本件における弁護士費用は30万円と認めるのが相当である。
4 被告の主張に対する検討
(1) 被告は,A巡査長が,原告に対して職務質問を実施するため,原告に声を
かけて原告の手を持ったところ,原告は,驚いたためか,身体を開くような形でよ
ろけるように後ずさりし,更にバランスを崩して腰砕けのようになって,後方に転
倒しそうな状態になったため,A巡査長は,原告が転倒しないようにその右腕を抱
えて引き上げるようにして支え,更にB警部補が原告の背後に回って背中あたりを
支えようとし,また,F巡査長は,原告の左側に回り,原告の左腕ないし背中あた
りを支えようとしたが及ばず,原告は,同支店の床に尻もちをつくように座り込ん
でしまったと主張する。
そして,証人Aは,原告を停止させて注意を引こうと思い,原告に「ちょ
っとすみません。」と声を掛けて,右手で原告の右手首を握ったところ,原告は,
非常に驚いた様子で,とっさに手を引っ込めると同時に,のけぞってよろけるよう
な形になり,転倒しそうになったので,左手で原告の右腕を抱えたり,背中のあた
りを下から支えたりしたが,原告は,そのまますとんと尻もちをついた旨証言し,
これと同旨のA作成の陳述書(乙5)がある。
しかしながら,証拠(甲2,3の1,2及び5,甲4の2ないし4,乙
1,2の345,346及び350,乙3の7ないし9)によれば,A巡査長が左
腕で原告の右腕を抱えた時点では,原告は上半身をやや前方に傾けた形で直立して
いたことが認められ,そのままの姿勢であれば原告が後ろに転倒することはあり得
ないといえるから,原告が転倒しそうになったので左手で原告の右腕を抱えたりし
たが,原告はそのまますとんと尻もちをついた旨の証人Aの証言は,それ自体不自
然である上に,客観的証拠とも合致せず,明らかに虚偽であるというべきであり,
これと同旨の上記陳述書(乙5)の該当部分も含め,およそ信用することができな
い。
そうすると,被告の上記主張は,客観的事実を歪曲しようとするものと評
するほかはなく,採用の限りでない。
(2) 被告は,D署長が,原告に対し,「警察署で説明します。来てくれます
か。」と申し向けたところ,原告は,「警察署へ行く。すぐに連れて行け。」と述
べ,西宮署への来署に同意し,自ら捜査用車両に乗り込んだと主張する。
そして,証人Aは,原告が本件誘拐事件の犯人ではないことが判明した
後,原告が説明を強く求め,D署長が,原告に対し,「ここではなんですから,き
ちんと署で説明させてもらいます。来てもらえますか。」と言ったところ,原告
は,「どこにでもすぐ連れて行け。」と言い,自ら車に乗った旨証言し,A作成の
陳述書(乙5)には,上記証言と同旨の記載に加え,D署長が捜査用車両の後部座
席のドアを開けて「どうぞ。」と原告を促した旨の記載がある。また,証人Dは,
D署長が捜査用車両の後部座席のドアを開け,原告が後部座席に座った旨証言し,
D作成の陳述書(乙7)にも,上記各証言及び上記陳述書(乙5)と同旨の記載が
ある。
しかしながら,証人Aは,前記(1)のとおり虚偽の証言をしたものであり,
原告が自ら車に乗った旨の証言についても,その信用性に疑念を抱かざるを得な
い。そうすると,これと同旨の証人Dの上記証言及び上記陳述書(乙5,7)の該
当部分も,その信用性は乏しいものというべきである。
他方,原告は,B警部補が,原告の右腕をつかんで原告を捜査用車両のド
アのところまで連れて行き,原告に対し,「いいから乗ってください。」と言い,
原告が「なんでなんだ。」と言ったら,B警部補に「いいからいいから。」と言わ
れ,仕方なく同車両の中に入った旨供述するところ,原告の上記供述は自己の体験
した事実を真摯に述べたものと評することができ,原告の供述全体を通じて特段の
不自然,不合理な点は見当たらないから,原告の上記供述の信用性は高いものとい
うべきである。
したがって,原告の上記供述に反する他の証拠(乙5,7,証人A,証人
D)は,いずれも信用することができない。
以上によれば,被告の上記主張もまた理由がない。
5 結論
したがって,原告は,被告に対し,国家賠償法1条1項に基づき,損害金合
計330万円及びこれに対する違法な公権力の行使の日の後であり,かつ,訴状送
達の日の翌日であることが記録上明らかな平成12年6月7日から支払済みまで民
法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。
第4 結語
   よって,原告の本訴請求のうち,損害金合計330万円及びこれに対する違
法な公権力の行使の日の後であり,かつ,訴状送達の日の翌日であることが記録上
明らかな平成12年6月7日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延
損害金の支払を求める限度において理由があるから,これを認容し,その余は理由
がないから,これを棄却することとし,訴訟費用の負担について民訴法61条,6
4条本文を,仮執行の宣言について同法259条1項をそれぞれ適用して,主文の
とおり判決する。
   神戸地方裁判所第六民事部
       裁 判 長 裁 判 官     松村 雅司
   裁 判 官水野 有子
   裁 判 官増田 純平

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