弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     本件を名古屋高等裁判所に差し戻す。
         理    由
 弁護人西村諒一の上告趣意について
 所論にかんがみ職権をもて調査すると、原判決には、以下の理由により、判決に
影響を及ぼすべき法違反があり、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと
認める。
 一 原判決は、被告人の本件行為は自己の権利を防衛するためにしたものとは認
められないから、第一審判決がこれを過剰防衛行為にあたるとしたのは事実誤認で
あるとして、第一審判決を破棄し、自ら次の事実を認定判示した。
 被告人は、昭和四八年七月九日午後七時四五分ころ、友人のAとともに、愛知県
西尾市a町bcのd付近を乗用車で走行中、たまたま同所で花火に興じていたB(
当時三四年)、C、Dらのうちの一名を友人と人違いして声を掛けたことから、右
Bら三名に、「人違いをしてすみませんですむと思うか。」、「海に放り込んでや
ろうか。」などと因縁をつけられ、そのあげく酒肴を強要されて同県幡豆郡e町の
飲食店「E」でBらに酒肴を馳走した後、同日午後一〇時過ぎころ、右Fの運転す
る乗用車でBらを西尾市a町gh番地G方付近まで送り届けた。ところが、下車す
ると、Bらは、一せいに右Fに飛びかかり、無抵抗の同人に対し、顔面、腹部等を
殴る、蹴るの暴行を執拗に加えたため、被告人は、このまま放置しておけば、右F
の生命が危いと思い、同人を助け出そうとして、同所から約一三二〇メートル離れ
た同市i町jk番地の自宅に駆け戻り、実弟H所有の散弾銃に実包四発を装てんし、
安全装置をはずしたうえ、予備実包一発をワイシヤツの胸ポケツトに入れ、銃を抱
えて再び前記l方前付近に駆け戻つた。しかしながら、FもBらも見当たらなかつ
たため、Fは既にどこかにら致されたものと考え、同所付近を探索中、同所から約
三〇メートル離れた同市a町gc番地付近路上において、Bの妻Iを認めたので、
Fの所在を聞き出そうとして同女の腕を引つ張つたところ、同女が叫び声をあげ、
これを聞いて駆けつけたBが「このやろう。殺してやる。」などといつて被告人を
追いかけてきた。そこで、被告人は、「近寄るな。」などと叫びながら西方へ約一
一・二メートル逃げたが、同所m番地付近路上で、Bに追いつかれそうに感じ、B
が死亡するかも知れないことを認識しながら、あえて、右散弾銃を腰付近に構え、
振り向きざま、約五・二メートルに接近したBに向けて一発発砲し、散弾を同人の
左股部付近に命中させたが、加療約四か月を要する腹部銃創及び左股部盲管銃創の
傷害を負わせたにとどまり、同人を殺害するに至らなかつたものである。
 二 原判決は、被告人の右行為が自己の権利を防衛するためのものにあたらない
と認定した理由として、被告人が銃を発射する直前にBから「殺してやる。」とい
われて追いかけられた局面に限ると、右行為は防衛行為のようにみえるが、被告人
が銃を持ち出して発砲するまでを全体的に考察し、当時の客観的状況を併せ考える
と、それは権利を防衛するためにしたものとは到底認められないからであると判示
し、その根拠として、(一)被告人は、Bらから酒肴の強要を受けたり、帰りの車
の中でいやがらせをされたりしたうえ、友人のFが前記l方付近で一方的に乱暴を
されたため、これを目撃した時点において、憤激するとともに、Fを助け出そうと
して、Bらに対し対抗的攻撃の意思を生じたものであり、Bに追いかけられた時点
において、同人の攻撃に対する防禦を目的として急に反撃の意思を生じたものでは
ないと認められること、(二)右l方付近は人家の密集したところであり、時刻も
さほど遅くはなかつたから、被告人は、Fに対するBらの行動を見て、大声で騒い
だり、近隣の家に飛び込んで救助を求めたり、警察に急報するなど、他に手段、方
法をとることができたのであり、とりわけ、帰宅の際は警察に連絡することも容易
であつたのに、これらの措置に出ることなく銃を自宅から持ち出していること、(
三)被告人が自宅へ駆け戻つた直後、Fは独力でBらの手から逃れて近隣のJ方へ
逃げ込んでおり、被告人が銃を携行してl方付近へきたときには、事態は平静にな
つていたにも、かかわらず、被告人は、Bの妻の腕をつかんで引つ張るなどの暴行
を加えたあげく、その叫び声を聞いて駆けつけ、素手で立ち向つてきたBに対し、
銃を発射していること、(四)被告人は、殺傷力の極めて強い四連発散弾銃を、散
弾四発を装てんしたうえ、予備散弾をも所持し、かつ、安全装置をはずして携行し
ていることを指摘している。
 三 しかしながら、急迫不正の侵害に対し自己又は他人の権利を防衛するために
した行為と認められる限り、その行為は、同時に侵害者に対する攻撃的な意思に出
たものであつても、正当防衛のためにした行為にあたると判断するのが、相当であ
る。すなわち、防衛に名を借りて侵害者に対し積極的に攻撃を加える行為は、防衛
の意思を欠く結果、正当防衛のための行為と認めることはできないが、防衛の意思
と攻撃の意思とが併存している場合の行為は、防衛の意思を欠くものではないので、
これを正当防衛のための行為と評価することができるからである、しかるに、原判
決は、他人の生命を救うために被告人が銃を持ち出すなどの行為に出たものと認定
しながら、侵害者に対する攻撃の意思があつたことを理由として、これを正当防衛
のための行為にあたらないと判断し、ひいては被告人の本件行為を正当防衛のため
のものにあたらないと評価して、過剰防衛行為にあたるとした第一審判決を破棄し
たものであつて、刑法三六条の解釈を誤つたものというべきである。
 なお、原判決がその判断の根拠として指摘する諸事情のうち、前記(一)、(二)、
(四)は、いずれも被告人に攻撃の意思があつたか否か、又は被告人の行為が已む
ことを得ないものといえるか否か、に関連するにとどまるものであり、また、同(
三)も、Fの所在を聞き出すためにした行為であるというのであるから、右諸事情
は、すべて本件行為を正当防衛のための行為と判断することの妨げとなるものでは
ない。
 四 以上のとおり、原判決には、判決に影響を及ぼすべき法令違反があり、これ
を破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。よつて、所論に対し判断
を示すまでもなく、刑訴法四一一条一号により原判決を破棄し、同法四=二条本文
に従い、本件を原審である名古屋高等裁判所に差し戻すこととする。
 この判決は、裁判官江里口清雄の補足意見及び裁判官天野武一の反対意見がある
ほか、裁判官全員一致の意見によるものである。
 裁判官江里口清雄の補足意見は、次のとおりである。
 私は、被告人の本件行為が自己の権利防衛のためにしたものとは認められないと
した原審の判断は刑法三六条の解釈を誤つたものと考えるが、急迫不正の侵害の点
について意見を付加する。
 原判決は、検察官の控訴趣意に対する説示において、「被告人が銃を発射する直
前にBから、殺してやる」といわれ、追いかけられたことが、その局面に限ると、
Bの被告人に対する急迫不正の侵害の如く見えるけれども、本件被告人の行為を、
被告人が銃を持ち出してから発砲するまで、全体的に考察し、当時の客観的状況を
併せ考えると、それが権利防衛のためにしたものであるとは、到底認められない」
と判示して、その理由を詳細に掲げている。右判示の「被告人に対する急迫不正の
侵害の如く見えるけれども」の文言が、急迫不正の侵害のように見えるがその存否
の点はしばらく措いてという趣旨か、急迫不正の侵害の存在を認定したものかは、
措辞適切を欠いて、必ずしも明確ではないが、これに続く部分を併せ判読すれば、
後者のように受けと、れる。しかし、私は、右Bの行為を被告人に対する急迫不正
の侵害であると断ずることに、ちゆうちょを感ずる。
 原判決が認定した事案の概要は、被告人が自宅から銃を携行して友人Fの被害現
場に駆け戻つたときには、Fは、すでに独力でBらの手をのがれ、近隣の家に逃げ
込んでいて、Bらの姿も見当たらなかつた。被告人は、Fがどこかにら致されたと
考え、付近を探索中、同所から約三〇メートル離れた路上でBの妻を認め、Fの所
在を聞き出そうとして同女の腕をつかんで「ちよつとこい。」と引つ張つたところ、
同女が悲鳴をあげ、これを聞いてBが駆けつけ、「このやろう殺してやる。」など
といつて被告人を追いかけてきた。被告人は、「近寄るな。」などと叫びながら約
一一メートル逃げたが、追いつかれそうに感じ、Bが死亡するかも知れないことを
認識しながら、あえて銃を腰付近に構え、振り向きざま、約五メートルに接近した
Bに発砲命中させた、というのである。すなわち、被告人が銃を持つて引き返した
ときにはFやBらの姿はなく、事態は平静に復し、Fに対する急迫不正の侵害は、
すでに去つていたのである。被告人の発砲行為はその後にされたもので、Fを救出
するためのものではない。その直接の誘因は、被告人がBの妻の腕をつかんで引つ
張つたことにある。
 ところで、午後一〇時過ぎの路上で、銃を持つた壮年の男から腕を引つ張られた
妻の悲鳴を聞き、その夫が駆けつけ、「このやろう。」などといつて追いかけてく
ることは、夫として当然の所為ではあるまいか。その際「殺してやる。」といつた
ことは穏やかではないが、Bは特に凶器を持つていたわけではない。実弾を装てん
し安全装置をはずした銃を持つた被告人が「近寄るな。」などと叫んで一一メート
ル余り逃げ、Bがこれを追いかけたからといつて、また当夜それまでのBらの無法
な行動を考慮にいれても、Bの右行為を正当防衛の要件である急追不正の侵害とす
るには、疑問の余地があるのではあるまいか。本件を全体的に考察するとき、私は、
被告人の行為が正当防衛ひいては過剰防衛にあたらないとする原審の結論には、む
しろ、賛意を覚えるものである。多数意見は、被告人の本件行為が自己の権利防衛
のためにしたものとは認められないとする原審の判断について、法令の解釈を誤つ
たとするものであつて、急迫不正の侵害などについては、何ら言及していない。い
わんや、急迫不正の侵害の存在を是認するものではない。私は、差戻し後の控訴審
において、この点についても審理をつくすことを希望するものである。
 裁判官天野武一の反対意見は、次のとおりである。
 私は、以下の理由により、多数意見に反対し、本件は上告を棄却すべきものと考
える。
 一 多数意見においては、原判決は、他人(友人F)の生命を救うために被告人
が銃を持ち出すなどの行為に出たものと認定しながら、侵害者(B)に対する攻撃
の意思があることを理由として、これを正当防衛のための行為にあたらないと判断
したものである、と解し、原判決が第一審判決の認めた過剰防衛行為を否定する根
拠として指摘する「諸事情」は本件行為を正当防衛のための行為と判断することの
妨げとなるものではないとの見解のもとに、刑法三六条の解釈を誤つていると論じ
て、原判決を破棄し原審に差し戻すべきものとするのである。
 二 しかしながら、私は、原判決の真意を理解する仕方において多数意見と立場
を異にし、原判決は、前記Bに対する被告人の対抗的攻撃の意思ないし対抗的攻撃
意図を強調するの余り、多数意見のいわゆる諸事情の説示に文言の多くを費して判
文の内容に解釈の余地を残したことを免れないにしても、本件事案に即してその文
意を実質的に検討すれば、その全文を貫く趣旨は、次のように理解してこれを読み
とることができるのである。すなわち、
 (一)まず、前記友人Fに対する関係における急迫不正の侵害は、すでに去つて
いること。
 (二)Bの被告人に対する関係では、「殺してやるといわれ、追いかけられた局
面に限ると、急迫不正の侵害の如くに見えるけれども、本件被告人の行為を、被告
人が銃を持ち出してから発砲するまで、全体的に考察し、当時の客観的状況を併せ
考えると、それが権利防衛のためにしたものであるとは、とうてい認められない。」
旨の判示部分が示すとおり、原判決は、被告人の発砲行為が急迫不正の侵害に対し
て行われたものではなく、したがつて、やむことを得ないでしたものではない、と
判断しているのであつて、この場合には、防衛意思の存在が否定されることによつ
て、正当防衛も過剰防衛も成立することはないとの見解に立つていること。
 (三)かくして、原判決が「結局、被告人の本件行為には、正当防衛の観念をい
れる余地はないといわねばならない。そして被告人の行為が正当防衛行為に該らな
いとする以上、防衛の程度を超えたかどうかを問題とする過剰防衛行為が成立し得
ないことは、いうまでもないところである。」とする結論が、正しい意味をもつこ
とになること。
 しかも、この結論は、記録に徴し、原判決の主文とともに肯認するに足るという
べきである。
 三 思うに、急迫不正の侵害を欠くところに刑法三六条にいう防衛はあり得ない。
それゆえ、原判決としては、急迫不正の侵害を欠く場合であることを一層明確に判
示しさえすれば必要にして十分であつたのであり、そうであれば、被告人の行為の
非防衛性の面をくりかえし強調するまでもなく過剰防衛行為の不成立を説き得たの
であつた。しかるに、原判決の文脈は被告人の行為の攻撃性の解明に重点をおくこ
とをもつてすべてに答え得るものとするかのような印象を与えてしまい、その結果、
多数意見をして防衛意思の存否に関する判文の判断に疑念を生ぜしめ、本件に対し
破棄差戻しによる審理反覆の措置を執らしめるに至つたものであることに想到せざ
るを得ない。しかし、私によれば、原判決は、上記のとおり、急迫不正の侵害が欠
如する趣旨の判断を含めていわゆる諸事情をくわしく記述しつ、かかる判文の構成
に及んだものと見るほかはないのである。
 四 よつて、私は、本件上告は理由がなく、これを棄却すべきものとするのであ
るが、仮りに急迫不正の侵害に対して本件行為がされたものであるとした場合にお
ける防衛意思に関する刑法三六条の解釈については、多数意見の見解にしたがう。
 検察官 山根治 公判出席
  昭和五〇年一一月二八日
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    関   根   小   郷
            裁判官    天   野   武   一
            裁判官    坂   本   吉   勝
            裁判官    江 里 口   清   雄
            裁判官    高   辻   正   己

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