弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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○ 主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
○ 事実
第一 当事者の求める裁判
一 原告
被告が昭和五四年八月七日付でした、原告の昭和四九年分所得税の更正の請求を棄
却する処分を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
との判決。
二 被告
主文と同旨の判決。
第二 当事者の主張
一 原告の請求原因
(一) 原告は、昭和四九年分(本件係争年分という)の所得税につき、所轄の阿
倍野税務署長に対し別表一の申告金額欄に記載のとおりの申告(昭和五〇年三月一
四日申告、同年一一月修正申告)をし、同表の合計所得税額欄記載の金額の納税を
した。
(二) 本件係争年分の長期譲渡所得金六億八、五八九万三、九五三円のうちは、
別紙目録(一)(イ)、(ロ)記載の土地建物(以下本件物件といい、(イ)の土
地を本件土地という)の売買代金五億〇、六四一万七、二〇〇円が含まれている。
(三) 譲渡代金回収不能の主張
1 原告は、昭和四九年一〇月八日ころ、同年四月五日付土地建物売買契約書(乙
第四号証)により、訴外帝塚山観光株式会社(以下帝塚山観光という代表取締役原
告)に対し、本件物件を別紙目録(一)(ハ)記載の土地(以下甲物件という)と
ともに合計金六億六、八三六万一、七〇〇円(そのうち本件物件の価格は五億〇、
六四一万七、二〇〇円)で売り渡す契約(以下本件売買契約という)をした。
2 ところで、本件物件には、主債務者を訴外阪本紡績株式会社(以下阪本紡績と
いう・代表取締役A)、権利者を訴外株式会社泉州銀行(以下泉州銀行という)と
する極度額四億円の、別紙目録(二)(イ)、(ロ)記載の根抵当権が設定されて
いたが、原告は、右根抵当権を残したまま本件物件を帝塚山観光に売却し、大阪法
務局中野出張所同年一〇月一一日受付第三九二九一号をもつて所有権移転登記手続
をするとともに、そのころ引渡しをすませた。
そこで、帝塚山観光は、売買代金のうち四億円の支払を留保した。
3 帝塚山観光は、昭和五二年八月一六日、訴外大阪市に対し、本件土地並びに外
二筆の土地を金一一億五、三七五万円(本件土地の売買価額八億五、二七七万九、
二〇〇円)で売却した。帝塚山観光は、同月一七日、右売買代金の内金九億五、〇
〇〇万円の売買代金債権を泉州銀行に譲渡し、同日その旨大阪市長宛通知した。大
阪市は、同年九月一四日、泉州銀行に対し九億五、〇〇〇万円を支払つた。泉州銀
行は、右受領金額のうち五億五、〇〇〇万円を当時帝塚山観光に対して有していた
債権に充当し、四億円について4同年一〇月一六日内金一億二、三五一万四、八九
一円を、更に昭和五三年九月三〇日残り二億七、六四八万五、一〇九円を泉州銀行
が大阪紡績に対して有する債権(四億円の根抵当権の被担保債権)に充当した。
帝塚山観光は、このように本件物件上の泉州銀行の担保権を抹消するために、阪本
紡績の泉州銀行に対する債務四億円を弁済した(ただし弁済方法として、帝塚山観
光は大阪市に対する売買代金債権を譲渡した)。その結果、帝塚山観光は、阪本紡
績に対する四億円の求償債権を取得した。
4 ところで、阪本紡績は、昭和五〇年四月二五日、当庁昭和四九年(ミ)第一二
号事件で会社更生手続開始決定をうけ、阪本紡績の子会社である常陸紡績株式会社
(以下常陸紡績という)も、そのころ、当庁昭和五〇年(ミ)第一号事件で会社更
生手続開始決定をうけた。
ところで、常陸紡績は、泉州銀行の阪本紡績に対する貸金債権につき物上保証をし
ていた関係上、裁判所は、右の会社更生手続では、両者を事実上一体の扱いにして
手続を進める方針をとり、債権届も阪本紡績に対する届出と常陸紡績に対する届出
とが金額の上で重複しないようにさせたので、本件根抵当権の被担保債権のうち常
陸紡績に対する債権届をした部分は、阪本紡績に対する債権としては届出されなか
つた。
5 そこで、泉州銀行は、会社更生手続上、右四億円については、本件根抵当権に
よつて担保される債権のうち、次の債権の弁済に充当することとし(なお、債務の
弁済の充当は泉州銀行が指定しても債務者は異議を述べない旨の合意があつた)、
昭和五四年三月三〇日付でこの旨を阪本紡績に対し通知した。なお、この通知は、
同年四月二日阪本紡績に到達した。弁済充当の内訳は、次のとおりである。
(イ) 三億〇、六六〇万円
泉州銀行が阪本紡績に対するものとして届け出た当庁昭和四九年(三)第一二号事
件の受付番号第担一八-二の劣後的更生債権(以下(イ)生債権という)。
(ロ) 九、三四〇万円
泉州銀行が常陸紡績に対するものとして届け出た当庁昭和五〇年(三)第一号事件
の受付番号三-五の劣後的更生債権金二億八、一〇〇万円のうち、発生時期の早い
ものから順次右金額に充つるまで。この債権は、阪本紡績の泉州銀行に対する債務
について常陸紡績が物上保証した関係上、更生管財人との打合せおよび裁判所の指
示により常陸紡績宛のものとして届出たもので、本件物件上の前記根抵当権により
担保されるものである(以下(ロ)の更生債権という)。
6 原告と帝塚山観光は、昭和五四年四月六日ころ、本件物件上の泉州銀行の四億
円の根抵当権の最終的な負担者が阪本紡績が倒産した上は原告である外はない点に
鑑み、帝塚山観光の阪本紡績に対する求償債権を原告に帰属させ、原告と帝塚山観
光間の債権債務関係一切は相互に請求しないこととして清算した。
原告は、この結果、本件売買代金のうち四億円に代るものとして、阪本紡績に対す
る(イ)の更生債権と常陸紡績に対する(ロ)の更生債権を取得した。
7 そこで、原告は、昭和五四年四月六日、当庁に対し、泉州銀行及び帝塚山観光
と連名で、右の各更生債権につき原告を債権者とする名義変更届を提出したとこ
ろ、裁判所は、これを受理し、更生管財人は、これを承認した。
8 ところが、昭和五四年四月二四日当庁に提出された阪本紡績及び常陸紡績の各
更生計画案によると、原告が取得した前記(イ)、(ロ)の更生債権はいずれも劣
後債権であるため弁済しない計画であつた。
そして、この計画案が同年中に債権者集会で可決され、当庁がこれを認可したか
ら、原告は、右債権の支払をうけることができないことがここに確定した。
9 そうすると、原告は、本件売買代金のうち四億円を回収することができず、本
件係争年分の譲渡所得の金額の基礎となる収入金額のうち四億円を回収することが
できなくなつたというべきであるから、所得税法六四条一項に基づき、所得金額の
計算上、この四億円はなかつたものとみなすべきである。
(四) 求償権行使不能の主張
1 原告は、阪本紡績の泉州銀行に対する銀行取引上の現在及び将来の債務につい
て、泉州銀行に対し連帯保証をしていたが、この連帯保証債務を履行するために、
昭和四九年一〇月八日ころ、帝塚山観光に対し本件物件を五億〇、六四一万七、二
〇〇円で売り渡したものである。
2 帝塚山観光は、昭和五二年九月一四日、泉州銀行に対し、原告に支払うべき売
買代金のうち四億円をもつて、原告の右連帯保証債務履行のため、原告に代つて弁
済した。その結果、原告は、阪本紡績に対し四億円の求償債権を取得した。
3 その後、原告は、右(三)4、5及び7の経緯によつて具体的に阪本紡績や常
陸紡績に対する届出更生債権の名義人となつたが、同8のとおりこの債権の支払を
うけることができなくなつた。
4 そうすると、原告は、保証債務を履行するために資産を譲渡したのに、その履
行に伴う四億円の求償権を行使することができなくなつたというべきであるから、
所得税法六四条二項に基づき、所得金額の計算上、この四億円はなかつたものとす
べきである。
(五) そこで、原告は、昭和五四年五月三〇日、原告の納税地を所轄する被告に
対し、別表一の更生請求金額欄に記載のとおり本件係争年分の所得税の更正を請求
したところ、被告は、同年八月七日付で右更正の請求を棄却する旨の処分(以下本
件処分という)をし、同月九日原告に通知した。
原告は、同年九月一四日、被告に対し異議の申立をしたが、その後三か月を経過し
てもこれに対する決定がなく、昭和五五年一月一六日、国税不服審判所長に対し審
査請求をしたが、三か月を経過してもこれに対する裁決がない。
(六) 結論
本件処分は、所得税法六四条一項、二項の適用を誤つたもので、内容に違法がある
から、取消しを求める。
二 請求原因に対する認否と被告の主張
(認否)
(一) 請求原因(一)、(二)の各事実は認める。
(二) 同(三)について
1 同1の事実は、契約日を除き、認める。
2 同2の事実は、帝塚山観光が売買代金のうち四億円の支払を留保したことを除
き、認める。
3 同3の事実は認める。
4 同4のうち、阪本紡績及び常陸紡績が原告主張のとおり会社更生手続開始決定
をうけたことは認め、その余の事実は不知。
5 同5、6の各事実は不知。
6 同7のうち、原告主張の変更届が裁判所で受理されたことは認めるが、その余
の事実は不知。
7 同8の事実は不知。
8 同9の主張は争う。
(三) 同(四)について
1 同1のうち、原告が原告主張の保証をしていたこと、原告が帝塚山観光に対し
本件物件を五億〇、六四一万七、二〇〇円で売り渡したことは認め、その余は争
う。
2 同2の事実は否認する。
3 同3については、(三)4、5、(1、及び8の認否と同じ。
4 同4の主張は争う。
(四) 同(五)の事実は認める。
(主張)
(一) 原告は、昭和四九年四月五日、帝塚山観光に対し本件物件を売り渡した。
原告は、売買契約日を同年一〇月八日ころと主張するが、当初、同年四月五日と主
張しておきながら、これを変更したものであり、自白の撤回にあたるから、異議が
ある。
(二) 帝塚山観光は、原告から本件物件及び甲物件を合計六億六、八三六万一、
七〇〇円で購入したが、昭和五〇年二月末日現在の本件物件等の購入仕訳表による
と、帝塚山観光は、原告に四億二、一三三万八、〇五一円の支払手形を交付すると
共に、帝塚山観光が原告に対して有する貸付金一億九、九九八万六、三五二円及び
その貸付金利息四、七〇三万七、二九七円(計二億四、七〇二万三、六四九円)を
右売買価額の残代金と相殺している。したがつて、帝塚山観光が四億円の支払を留
保したことはない。
また、帝塚山観光の原告に対する貸付金等は、別表二に記載のとおりである。原告
が売買代金を回収しないまま、帝塚山観光から利息付きの消費貸借をするのは不合
理であり、右貸付金等は実質的には売買代金であるとみるのが相当であるから、原
告は、遅くとも昭和五三年七月三一日までには本件売買代金を回収ずみである。
(三) 帝塚山観光から譲り受けた債権の回収不能は、所得税法六四条一項に該当
しない。すなわち、
1 右債権は、資産の譲渡代金の回収不能ではないから、同項が適用される余地が
ない。
2 また、同項が適用されるには、譲渡人の予期しない事情により譲渡代金が回収
不能となつたことが要件として必要である。
ところが、原告が帝塚山観光から譲り受けた債権は、更生債権の劣後債権として認
められているものであり、原告は右偵権の弁済がうけられないであろうことを知悉
していた筈である。一方、原告は、別表二に記載のとおり帝塚山観光からの借入全
等があるから、帝塚山観光から売買代金を回収しようとすればできたにもかかわら
ず、これを回収せずに、劣後債権を譲り受けたものである。
このような場合には、同項が適用される余地がない。
3 帝塚山観光が後日劣後債権となるものをもつて本件売買代金の支払に充当した
とすると、売買代金の債務不履行となるから、原告は改めて不足代金の支払を請求
することができ、譲渡代金が回収不能になつたとはいえない。
010)阪本紡績に対する求償権の行使不能は、所得税法六四条二項に該当しな
い。すなわち、
1 本件では、帝塚山観光は、本件物件の第三取得者として弁済したものであつ
て、原告に代つて弁済したものではないから、同項の問題は生じない。
2 また、同項が適用されるには、保証債務を履行するために資産を譲渡し、その
譲渡代金をその保証債務の履行に充てさせられたことが要件として必要である。
ところが、本件では、阪本紡績が会社更正手続開始の申立によつて被担保債権の期
限の利益を喪失したのは、昭和四九年九月一七日であるが、原告が本件物件を帝塚
山観光に譲渡したのは、これに先立つ同年四月五日である。しかも、帝塚山観光
は、当時いわゆる赤字会社であつて、速やかに売買代金が支払える状況にはなかつ
たし(同社の資産状況は別表三の(一)、(二)記載のとおり)、前述のとおり、
原告は借入金等名義で金員を受領しているのにこれをもつて保証債務の履行に充て
ていない。
したがつて、原告は、保証債権の履行のために本件物件を譲渡したのではなく、保
証債務の履行とは関係なしに譲渡したといわなければならない。
さらに、弁済に充てたのは、被担保債権の期限の到来した昭和四九年九月一七日か
ら三年も経過した昭和五二年九月一四日である。これでは、原告が他律的に他人の
債務の弁済に充てさせられたということはできない。
三 被告の主張に対する原告の反論
(一) 帝塚山観光で作成された四億二、一三三万八、〇五一円の支払手形は、そ
のまま経理担当者が金庫内に保管し、原告に交付しなかつた。そのため、決済が遅
くれたのである。
(二) 別表二に記載の帝塚山観光の原告に対する貸付金等は、本件とは別の不動
産の処分に関係するものや原告の家事費の立替払いなどである。
(三) 原告が、昭和四九年一〇月ころ本件物件を帝塚山観光に譲渡する時点で、
原告の立場から本件物件を評価すると、物件上に負担がないことを前提として定め
た五億〇、六四一万七、二〇〇円ではなく、根抵当権四億円を差し引いた一億〇、
六四一万七、二〇〇円が正当であつた。けだし、このときすでに阪本紡績は倒産史
に残る巨額の債務を負つて倒産しており、本件物件上の四億円の根抵当権を自らの
出損で抹消することはもはや経済的に不可能であると判断されており、また、原告
が四億円を泉州銀行に支払つてこれを抹消しても、阪本紡績に対し求償して弁済を
得る可能性はないと判断せざるを得ぬ状況であり、かつ、原告には、この四億円を
泉州銀行に支払う能力もなかつた。したがつて、買手がこの四億円を負担する条件
で、その代り四億円を減額して代金を一億〇、六四一万七、二〇〇円と定めるのが
合理的であつた。
しかし、譲渡所得の計算上、抵当不動産の売買価格は、抵当権を負担していること
とは無関係に不動産自体の価格をもつてする扱いであるから、原告は、所得税法上
のこの解釈に従つて不本意ながら、本件物件の価値を一億〇、六四一万七、二〇〇
円ではなく、五億〇、六四一万七、二〇〇円とし、これに対応する所得税を申告納
付した。
原告は、その後、所得税法の取扱いに従つて、結局実現しなかつたと認められる所
得金額について、更正請求をしているに過ぎない。被告の主張は、いたずらに民法
上の論理にこだわり、本件物件の売買取引を経済的にとらえることなく、また、所
得の実現と担税力の関係を無視するものである。
第三 証拠(省略)
○ 理由
一 原告が、本件係争年分の所得税について、請求原因(一)記載のとおり、申
告、納税したこと、原告の本件更正の請求、被告の本件処分及びその後の手続の経
緯が同(五)に記載のとおりであること、以上のことは当事者間に争いがない。
二 原告の本件係争年分の長期譲渡所得金額のうちには、本件物件の売買代金五億
〇、六四一万七、二〇〇円が含まれていることは、当事者間に争いがないところ、
原告は、所得税法六四条一項又は二項の適用によつて、右売買代金のうち四億円は
所得金額の計算上なかつたものとすべきであると主張するので、順次判断する。
三 譲渡代金回収不能(所得税法六四条一項)について
(一) 原告の主張は、次のように要約できる。すなわち、
原告は、帝塚山観光に対し本件物件を代金五億〇、六四一万七、二〇〇円で売り渡
したが、本件物件には主債務者阪本紡績、権利者泉州銀行とする極度額四億円の根
抵当権が設定されており、原告がこの根抵当権を抹消にないで帝塚山観光に本件物
件を売り渡したところ、帝塚山観光は、売買代金のうち四億円の支払を留保する一
方、本件物件の第三取得者として右担保権を抹消するために泉州銀行に四億円を弁
済して阪本紡績に対する四億円の求償債権を取得し、これを売買代金の弁済に代え
て原告に譲渡した(原告の請求素因(三)6の主張は、一種の代物弁済契約を主張
するものと解される)。右四億円の求償債権は、阪本紡績と常陸紡績との会社更生
手続の関係では、阪本紡績に対する三億〇、六六〇万円の劣後的更生債権((イ)
の更生債権)と常陸紡績に対する九、三四〇万円の劣後的更生債権((ロ)の更生
債権)として取り扱われたが、右各更生債権は弁済しないことにするとの内容の更
生計画案が可決認可された。その結果、原告は、右債権合計四億円の支払をうける
ことができなくなつた。したがつて、原告は、本件売買代金のうち四億円を回収す
ることの不可能であることが確定的になつた。
(二) ところで、所得税法六四条一項は、「各種所得の金額・・・の計算の基礎
となる収入金額・・・の全部若しくは一部を回収できないことになつた場合」に
は、「その回収することができないこととなつた金額・・・に対応する部分の金額
は、当該各種所得の金額の計算上、なかつたものとみなす」旨定めているが、その
趣旨は、有償譲渡の対価の全部又は一部がやむを得ない事情で回収不能となつたと
きには、回収不能となつた部分の金額だけ低い価額の対価で譲渡したのと同様にな
り、それだけ譲渡所得の金額も減縮されるべきであるというにある。
そうすると、譲渡代金の回収が不可能であることをはじめから知りながらあえて資
産を譲渡したような場合は、ここにいう「やむを得ない事情」に該当しないから、
同条項を適用することはできないと解するのが相当である。
そして、所得の金額計算の基礎となる収入金額が回収できない場合とは、資産の譲
渡代金それ自体が回収不能になつた場合だけではなく、譲渡代金の弁済に代えて給
付を受けた債権が回収不能になつた場合も含まれるが(したがつて、被告の主張
(三)1の見解は採用しない)、この場合も、弁済に代えて給付を受ける債権が回
収不能になることをはじめから予測しながらあえて代物弁済契約を締結したときに
は、自ら債権放棄をしたに等しいものであるから、同条項にいう「回収することが
できないこととなつた」場合には該当しないと解するのが相当である。
(四) そこで、本件についてこれをみると、原告が代物弁済をうけて回収不能に
なつたと主張する債権は、いずれも劣後的更生債権であつて、当初からその回収が
期待できないものであつたことは弁論の全趣旨(原告の反論(三)参照)によつて
明らかである。
(五) そうすると、原告の譲渡代金回収不能の主張は、その余の点について判断
するまでもなく、理由がない。
四 求償権行使不能(所得税法六四条二項)について
(一) 原告は、阪本紡績の泉州銀行に対する銀行取引上の現在及び将来の債務に
ついて連帯保証をしていたこと、原告は、帝塚山観光に対に本件物件を五億〇、六
四一万七、二〇〇円で売り渡したこと、以上のことは当事者間に争いがない。
(二) そして、成立に争いがない乙第四号証、証人Bの証言によると、原告は、
昭和四九年一〇月八日ころ、同年四月五日付売買契約書(乙第四号証)を作成し
て、帝塚山観光に対し本件物件を甲物件とともに売り渡したことが認められ、この
認定の妨げになる証拠はない(売買契約の日が契約書の日付と異なる事情は、後記
のとおりである)。
なお、被告は、原告が当初売買契約の日を同年四月五日と主張しながら後にこれを
変更したことが自白の撤回にあたると主張するが、もともと原告に立証責任がある
事項であるから、自白の成立する余地がない。
(二) ところで、原告は、本件売買契約が原告の連帯保証債務を履行するために
なされた旨主張するが、本件に顕れた証拠を仔細に検討しても、これを認めること
ができる的確な証拠はない。
却つて、証人Bの証言及び弁論の全趣旨によると次の事実が認められる。
1 阪本紡績は、昭和四九年九月一七日、会社更生手続開始の申立(事実上の倒
産)をし、被担保債権の期限の利益を喪失した。
2 そのころ、阪本紡績の債権者がその連帯保証人である原告の不動産を差し押え
るという情報があつたところ、訴外信用組合大阪商銀が同年一〇月四日本件物件に
仮差押をした。
3 原告は、他の債権者も次々に本件物件に対し差押の手続をとつてくることを懸
念して、本件物件の所有名義を帝塚山観光に移転することにした。しかし、原告
は、実体を伴わない名義だけの移転では債権者の追及をかわし切れないと考え、真
実の売買契約を締結した(もつとも、原告は、阪本紡績が倒産後、本件物件の所有
名義を帝塚山観光に変更したことを隠ぺいするため、売買契約の日を同年四月五日
に遡らせた契約書を作成した)。
4 しかし、帝塚山観光は、同年一〇月八日当時、売買代金を支払う資力がなく、
第三者に処分した時点で清算することが予定されていた。
右認定の事実によると、原告が帝塚山観光に本件物件を売り渡した主目的は債権者
の追及を回避することにあり、
保証債務を履行するために本件売買をしたものとは到低いえない。
(四) なお、原告が譲渡代金回収不能を主張する際に主張していた、帝塚山観光
が本件物件の第三取得者として泉州銀行に四億円を支払つたという事実を前提にす
ると、原告の泉州銀行に対する保証債務を帝塚山観光が原告に代つて履行するとい
う関係が生じないことになる。
(五) そうすると、原告の求償権行使不能の主張は、その余の点について判断す
るまでもなく、理由がない。
五 本件事案が所得税法六四条一項又は二項のいずれにも該当しない以上、原告の
本件係争年分の所得税の更正請求は理由がないことに帰着する。原告が実質的な所
得として四億円を確保することができない結果に終つたとしても、現行法上は、こ
れを原告の単なる損失として評価する外はない。
六 むすび
被告の本件処分は適法であり、原告の主張する違法はないから、原告の本件請求は
理由がない。
そこで、原告の本件請求を棄却することとし、行訴法七条、民訴法八九条に従い、
主文のとおり判決する。
(裁判官 古崎慶長 孕石孟則 出下 寛)
別表一~三の(二)、別紙目録(一)、(二)(省略)

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