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判決言渡平成22年3月31日
平成21年(ネ)第10033号特許権侵害差止等請求控訴事件(原審・大阪地
裁平成18年(ワ)第11429号。以下,パナソニック電工株式会社控訴に係る
部分[大阪地裁平成21年(ワネ)第493号]を「A事件」,富士高分子工業株
式会社控訴に係る部分[大阪地裁平成21年(ワネ)第498号]を「B事件」と
いう。)
口頭弁論終結日平成22年3月3日
判決
A事件控訴人・B事件被控訴人パナソニック電工株式会社
(一審原告)(旧商号松下電工株式会社)
訴訟代理人弁護士井窪保彦
同北原潤一
訴訟復代理人弁護士米山朋宏
補佐人弁理士加藤志麻子
A事件被控訴人・B事件控訴人
(一審被告)富士高分子工業株式会社
訴訟代理人弁護士山上和則
訴訟代理人弁理士池内寛幸
同若月節子
主文
1A事件につき
控訴人パナソニック電工株式会社の控訴を棄却する。
2B事件につき
控訴人富士高分子工業株式会社の控訴に基づき,原判決を次のとお
り変更する。
(1)原判決中,一審被告富士高分子工業株式会社敗訴部分を取り消
す。
(2)上記に係る一審原告パナソニック電工株式会社の請求を棄却す
る。
3訴訟費用は,第1,2審とも,一審原告パナソニック電工株式会社
の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1一審原告パナソニック電工株式会社(A事件)
(1)原判決を次のとおり変更する。
ア一審被告は,原判決別紙物件目録記載の放熱シートを製造し,販売して
はならない。
イ一審被告は,前項記載の放熱シートを廃棄せよ。
ウ一審被告は,一審原告に対し,1800万円及びこれに対する平成18
年11月9日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
エ一審被告は,一審原告に対し,1億0400万円及びこれに対する平成
18年11月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2)訴訟費用は,第1,2審とも,一審被告の負担とする。
(3)仮執行宣言
2一審被告富士高分子工業株式会社(B事件)
(1)原判決中,一審被告の敗訴部分を取り消す。
(2)一審原告の請求をいずれも棄却する。
(3)訴訟費用は,第1,2審とも,一審原告の負担とする。
第2事案の概要
【以下,略称は原判決の例による。】
1一審原告は,合成樹脂及びその他の化学工業製品の製造並びに販売等を業と
する株式会社である。旧商号は「松下電工株式会社」であり,平成20年10
月1日の商号変更により「パナソニック電工株式会社」となった。
一審被告は,有機硅素化合物及びその他の高分子化合物を原料とする合成ゴ
ム成形加工並びにその販売等を業とする株式会社である。
2平成18年10月30日付けで提起された本件訴訟は,平成11年8月3日
に公開された下記内容の特許権の公開公報(補正前のもの)を前提として一審
原告から実施許諾を受けていた一審被告が,平成14年3月22日付けで登録
された上記特許権(補正後のもの)の技術的範囲に被告製品は含まれないとし
て,同契約を解除し実施料支払を終了したことを契機に,上記特許権を有する
一審原告が原判決別紙物件目録記載の放熱シート(被告製品)を製造・販売す
る一審被告に対し,一審被告の上記製品は一審原告の上記特許権の請求項1及
び5を侵害するとして,①上記製品の製造販売禁止,②上記製品の廃棄,③平
成12年10月1日に締結し平成15年10月1日に終了した下記内容の実施
許諾契約に基づき,未受領である平成14年6月1日から平成15年10月1
日までの実施料1800万円(売上高の3%)及びこれに対する訴状送達の翌
日である平成18年11月9日から支払済みまで年6分の割合による遅延損害
金の支払,④上記特許権侵害による損害賠償として,平成15年10月2日か
ら平成18年9月30日までの分として1億0400万円(売上高の8%)及
びこれに対する訴状送達の翌日である平成18年11月9日から支払済みまで
年5分の割合による遅延損害金の支払を各求めたものである。

(1)特許権
ア経過
出願平成10年1月27日(特願平10−14565号)
・発明の名称「熱伝導性シリコーンゴム組成物」
・請求項の数4
公開平成11年8月3日(特開平11−209618号)
補正平成14年2月4日
・発明の名称「熱伝導性シリコーンゴム組成物及びこの熱伝導性
シリコーンゴム組成物によりなる放熱シート」
・請求項の数5
登録平成14年3月22日(特許第3290127号)
異議申立て平成14年11月27日及び同年12月9日(異議200
2−72874号)
訂正請求平成15年6月2日(請求項2を中心としたもの)
異議決定平成16年2月23日(訂正を認める。特許第329012
7号の請求項1ないし5に係る特許を維持する。)
なお,本件訴訟提起後の平成19年3月2日付けで富士高分子工業株式
会社(一審被告)から上記請求項1∼5につき特許庁に無効審判請求(無
効2007−800043号)がなされたが,平成19年9月27日付け
で請求不成立の審決がなされ,これに不服の一審被告から審決取消訴訟
(平成19年(行ケ)第10373号)が提起されたが,平成20年6月
4日請求棄却の判決がなされ,同判決は確定している。
イ請求項1(下線部は,平成14年2月4日付け補正により付加された箇
所。以下「本件特許発明1」という。)
「シリコーンゴムに,下記一般式(A)で示されるシランカップリング
剤で表面処理を施した熱伝導性無機フィラーを分散させて成り,熱伝導性
無機フィラーが熱伝導性シリコーンゴム組成物全量に対して40vol%
∼80vol%であることを特徴とする熱伝導性シリコーンゴム組成物。
【化1】
YSiX(A)3
X=メトキシ基又はエトキシ基
Y=炭素数6個以上18個以下の脂肪族長鎖アルキル基」
ウ請求項5(以下「本件特許発明2」という。)
「請求項1乃至4のいずれかに記載の熱伝導性シリコーンゴム組成物を
成形して成ることを特徴とする放熱シート。」
エ上記イ・ウの構成要件の分説(A∼D)は,原判決4頁記載のとおりで
ある。
(2)特許実施許諾契約(平成12年10月1日付け)
「松下電工株式会社(以下甲という。)と富士高分子工業株式会社(以下
乙という。)とは,次の通り合意し,本契約を締結する。
第1条(目的)
本契約は,以下に定義された許諾特許について,甲が乙に実施権を許諾す
ることに関する甲乙間の合意を証するものである。
第2条(定義)
本契約において次の用語の意味は次の通りとする。
(1)許諾特許とは,甲所有の下記の特許出願及びこれに係る特許権並び
にその分割又は変更に係る新たな出願に基づく権利をいう。
・特開平11−209618(発明の名称:熱伝導性シリコーンゴム
組成物及び該組成物によりなる放熱シート)
(2)許諾製品とは,許諾特許の技術的範囲に属する熱伝導性シリコーン
ゴム組成物よりなる放熱シートをいう。
(3)〈省略〉
第3条(実施権の許諾)
甲は,乙に対し,許諾製品を日本国内において製造,使用及び販売する非
独占的,譲渡不可,かつ再実施権なしの権利(以下実施権という。)を許
諾する。
第4条(実施料)
1乙は,第3条第1項に基づき許諾された実施権の対価として,次の契
約一時金及び継続実施料(以下総称した実施料という)並びにこれら
に課される消費税等を,甲から乙への請求書発行日より30日以内
に,甲の指定する甲の銀行口座宛てに現金振込にて支払う。
(1)契約一時金:〈省略〉
(2)継続実施料:許諾製品の正味販売価格の1%(但し,許諾特許に
ついて特許権が成立した日の属する月の翌月以降については,3%
とする)
2本契約に基づいて乙から甲になされたあらゆる支払いは,許諾特許の
無効,本契約の解約その他いかなる理由によっても乙に返還されない
ものとする。
〈第5条以下は省略〉」
3原審における争点は,次のとおりのものであった(原判決7頁∼8頁)。
(1)被告製品は構成要件Bを文言上充足するか(争点1)。
(2)被告製品(ただし,GR−n及びGR−iは除く。)は本件各特許発明
と均等なものとしてその技術的範囲に属するか(争点2)。
(3)約定実施料及び損害の額(争点3)
(4)相殺の抗弁の成否(争点4)
4原審の大阪地裁は,平成21年4月7日,構成要件Bにおける「熱伝導性無
機フィラー」とは構成要件Aと同じく「シランカップリング剤で表面処理を施
した熱伝導性無機フィラー」をいうと解釈した上,「被告製品のうち『GR−
n』は,本件特許発明1及び2の各技術的範囲に属するが,その余の放熱シー
トは本件特許発明1及び2の各技術的範囲に属しない」等と判断し,また,相
殺の抗弁は契約書第4条に不返還条項があること等を根拠に理由がない等と判
断して,一審原告の請求を,①被告製品のうち「GR−n」の製造,販売の差
止め及び廃棄,②平成14年6月1日から平成15年10月1日までの「GR
−n」の約定実施料98万7345円及びこれに対する平成18年11月9日
から支払済みまで年6分の割合による遅延損害金の支払,③平成15年10月
2日以降の「GR−n」に関する損害額526万0134円及びこれに対する
平成18年11月9日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払
を求める限度で認容し,その余を棄却した。
そこで,これに不服の当事者双方が本件各控訴を提起した。
5当審においても,原審における上記争点(1)ないし(4)が争われたが,当審に
おいて新たに,一審原告は予備的主張1(GR−b等の熱伝導性無機フィラー
は全量がカップリング処理されていること)を主張し,上記争点(2)の主張を
予備的主張2としたほか,一審被告は,新たな特許無効理由(明確性要件違反
等−争点5)を主張した。
第3当事者の主張
当事者双方の主張は,次のとおり付加するほか,原判決「事実及び理由」中
の「第3争点に関する当事者の主張」記載のとおりであるから,これを引用
する。
1当審における一審原告の主張
(1)構成要件Bの「熱伝導性無機フィラー」は「シランカップリング剤で表
面処理を施した熱伝導性無機フィラー」と限定解釈すべきではない−争点1
に関し
ア本件各特許発明の構成要件Bにおける「熱伝導性無機フィラー」の意味
については,少なくとも,その文言上,これをカップリング処理された熱
伝導性無機フィラーと限定解釈する手掛かりはない。そこで問題となるの
は,同要件の文言以外の何らかの理由(明細書の記載や出願経過等)によ
り,この「熱伝導性無機フィラー」を「カップリング処理された熱伝導性
無機フィラー」と限定解釈することができるかということである。つま
り,構成要件Bの解釈問題は,クレーム文言上は一義的に明確である「熱
伝導性無機フィラー」との文言についての限定解釈の可否であり,もし限
定解釈すべき特段の事情が認められない限りは,文言通り,特段の限定の
付されていない「熱伝導性無機フィラー」と解釈されるべきであるという
ことである。
しかるところ,以下に述べるとおり,本件明細書の記載からも,出願経
過からも,構成要件Bの「熱伝導性無機フィラー」を「カップリング処理
された熱伝導性無機フィラー」と限定解釈すべき事情は認められず,「熱
伝導性無機フィラー」は,文字通り,「熱伝導性無機フィラー」と解釈さ
れるべきである。むしろ,このような解釈こそ,本件明細書に記載された
本件各特許発明の本質と構成要件Bの技術的意義に則したものといえる。
以下においては,まず,「イ」で本件各特許発明の内容を改めて説明
し,「ウ」で構成要件Bの技術的意義を述べ,「エ」で構成要件Bの「熱
伝導性無機フィラー」の意味をまとめ,さらに,「オ」で原判決の判断の
誤りを述べる。
イ本件各特許発明の内容
本件各特許発明の本質的特徴については,次のとおり要約することがで
きる。すなわち,従来の熱伝導性シリコーンゴム組成物においては,高い
熱伝導性を得るためにシリコーンゴム組成物における熱伝導性無機フィラ
ーの充填量を増加させた場合には,①粘度上昇による成形加工性の低下を
招くおそれが大きい,②この組成物を成形してなる放熱シートにおいて,
圧縮永久歪みが大きい,引裂強度が低い,ゴム硬度が高い,高温放置によ
る機械的特性の低下が大きい,といった問題(以下「本件課題」とい
う。)が生じていた。これに対し,本件各特許発明は,特定のシランカッ
プリング剤で表面処理をした熱伝導性無機フィラーをシリコーンゴムに分
散させたことにより,たとえシリコーンゴム組成物における熱伝導性無機
フィラーの充填量を40vol%∼80vol%にしても,本件課題が解
決できることを,発明の本質的特徴とするものである。なお,充填率が4
0%以上であるということは,フィラー粒子がぎっしり密に詰まった状態
である。
ウ構成要件Bの技術的意義
(ア)上記イで述べた本件各特許発明の本質的特徴を踏まえると,本件各
特許発明は,構成要件Bによって特定される基本的な組成(シリコーン
ゴムと熱伝導性無機フィラーによって構成される熱伝導性シリコーンゴ
ム組成物において,当該熱伝導性無機フィラーの量が当該組成物全量に
対して40vol%∼80vol%であること)を有する熱伝導性シリ
コーンゴム組成物において,構成要件Aという解決手段(構成要件Aで
規定するカップリング剤[以下「本件カップリング剤」という。]で表
面処理された熱伝導性無機フィラーをシリコーンゴムに分散させている
こと)を備えることにより,本件課題の解決を図るものということがで
きる。
(イ)本件各特許発明の本質的特徴からみて,構成要件Bの技術的意義が
本件各特許発明の熱伝導性シリコーンゴム組成物の基本的な成分の一つ
である熱伝導性無機フィラーの量を規定したものであるとの上記理解
は,同要件における「40vol%∼80vol%」という数値範囲の
技術的意義を具体的に述べる本件明細書(甲2,3)の「発明の詳細な
説明」の次の記載からも裏付けられるところである。
「【0015】また熱伝導性無機フィラー1としては,アルミナ,シ
リカ,酸化マグネシウム,酸化ベリリウム,酸化チタン等の金属酸化
物,窒化アルミニウム,窒化ホウ素,金属アルミニウム,銅粉等を用い
ることができるが,金属酸化物を用いると,カップリング剤の処理効率
が高くなるものであり,上記フィラーの表面の一部又は全部を酸化させ
ることにより,カップリング剤の処理効率を向上することもできる。ま
たこの熱伝導性無機フィラー1の形状としては,特に限定するものでは
なく,球状であっても針状であっても板状であっても構わないものであ
る。ここで熱伝導性シリコーンゴム組成物中の熱伝導性無機フィラー1
の配合割合は,熱伝導性シリコーンゴム組成物全量に対して40vol
%∼80vol%とするものであり,40vol%に満たないと高い熱
伝導率を得ることが困難であり,80vol%を超えると熱伝導性シリ
コーンゴム組成物の硬化成形物がさらに硬く脆くなる恐れがあって好ま
しくない。」
すなわち,上記段落では,本件各特許発明における「熱伝導性無機フ
ィラー」について説明しているが,「熱伝導性シリコーンゴム組成物中
の熱伝導性無機フィラー1の配合割合は,熱伝導性シリコーンゴム組成
物全量に対して40vol%∼80vol%とするものであり」と記載
されているとおり,配合割合が「40vol%∼80vol%」である
主体は,「熱伝導性シリコーンゴム組成物中の熱伝導性無機フィラー
1」であって,「シランカップリング剤で表面処理を施された」熱伝導
性無機フィラーに限定されないことは,その文言上明らかである。そし
て,「40vol%」という数値範囲の下限を設定した理由について,
「40vol%に満たないと高い熱伝導率を得ることが困難であり」と
記載されているように,本件各特許発明の熱伝導性シリコーンゴム組成
物においては,高い熱伝導性を有することが当然の前提となっており,
「熱伝導性無機フィラーの量を40vol%以上」にするということ
は,このような当然の前提を実現するための手段とみるのが合理的であ
る。
また,この記載は,本件明細書(甲2,3)の「発明の詳細な説明」
の「従来技術」の説明の箇所における,「しかし熱伝導率を上昇させる
ために単にシリコーンゴムに対する熱伝導性無機フィラー充填量を増加
させると」(【0004】),「また熱伝導性無機フィラーの充填率が
高い場合には」(【0006】)の場合に相当する。つまり,上記の
「40vol%以上」という数値は,熱伝導性シリコーンゴム組成物に
高い熱伝導性という効果を実現するための必要条件を規定する要件であ
って,それ自体,本件課題(このような必要条件を備えた熱伝導性シリ
コーンゴム組成物に生じる課題)の解決手段を規定したものではない。
さらに,上記【0015】と同趣旨の記載は,本件明細書(甲2,
3)の「発明の詳細な説明」の【0055】にもみられる。すなわち,
「また熱伝導性無機フィラーが熱伝導性シリコーンゴム組成物全量に対
して40vol%以上であることで高い熱伝導率を得ると共に,80v
ol%以下であることから熱伝導性シリコーンゴム組成物の硬化成形物
が硬く脆くなることを防止することができるものである。」との記載で
ある。
以上のとおり,本件各特許発明の構成要件Bにおける「40vol%
∼80vol%」という数値範囲は,熱伝導性無機フィラーの量の範囲
を示したものであることが明らかである。
(ウ)構成要件Bの「熱伝導性無機フィラー」を「カップリング処理され
た熱伝導性無機フィラー」と限定解釈した場合の著しい不合理
仮に,一審被告が主張するように,構成要件Bにおける「40vol
%∼80vol%」という数値範囲はカップリング処理された熱伝導性
無機フィラーの量(カップリング剤込みの量)を示すものであると解す
ると,次のとおり,著しい不合理が生じる。
a上記解釈によると,「40vol%」という最低値は,熱伝導性無
機フィラー自体の量ではなく,これと本件カップリング剤の合計量と
いうことになるが,そうすると,熱伝導性無機フィラー自体の量につ
いては,40vol%未満であってもよいことになる。例えば,熱伝
導性無機フィラーと本件カップリング剤の合計量が40vol%の場
合,フィラー自体の量は,39vol%(カップリング剤が1vol
%)でも37vol%(カップリング剤が3vol%)でも35vo
l%(カップリング剤が5vol%)でも30vol%(カップリン
グ剤が10vol%)でも構わないということになる。
bしかし,そもそもシリコーンゴム組成物の熱伝導性に影響を与える
因子は熱伝導性無機フィラー自体の量であって,本件カップリング剤
の量は熱伝導性とは全く関係がない。したがって,高い熱伝導率を得
るという目的との関係でいえば,熱伝導性無機フィラーと本件カップ
リング剤の合計量の最低量を定めても全く意味はなく,高い熱伝導率
を得るために必要な最低量を規定するのであれば,それは熱伝導性無
機フィラー自体の量以外にはありえないはずである。
同様のことは,「80vol%」という数値にもいえる。すなわ
ち,仮に,当該数値が,本件カップリング剤処理済みの熱伝導性無機
フィラーの量の上限値を定めるものであって,未処理の熱伝導性無機
フィラーについては,80vol%以下の量の処理済みフィラーに加
えてさらに無制限にこれを添加することができるとするならば,処理
済みフィラー60vol%,未処理フィラー30vol%の比率で混
合させることも可能となる。しかし,硬化成形物が硬く脆くなる原因
が熱伝導性無機フィラーそのものに起因するという技術常識からする
と,処理済みフィラーを60vol%含むとはいえ,総量が90vo
l%の熱伝導性無機フィラーと,シリコーンゴム10vol%からな
る熱伝導性シリコーンゴム組成物の硬化成形物が,硬く脆くならない
はずがないから,「80vol%以下」の数値限定をすることの技術
的意味が没却されることになる。
エ構成要件Bの「熱伝導性無機フィラー」の意味のまとめ
以上のとおり,構成要件Bの技術的意義は,組成物における熱伝導性無
機フィラーの配合量を組成物全量に対する体積分率(vol%)で規定す
るものである。そうである以上,同要件の「熱伝導性無機フィラー」と
は,文字通り,「熱伝導性無機フィラー」を意味するものと解すべきであ
って,これを「カップリング処理された」ものと限定解釈する合理的理由
はない。
オ原判決の判断とその誤り
(ア)原判決は,構成要件Bにいう「熱伝導性無機フィラー」とは「カッ
プリング処理された熱伝導性無機フィラー」と限定解釈しつつ,同要件
にいう「40vol%∼80vol%」という数値限定の対象は「熱伝
導性無機フィラー」であると判断した。しかし,この判断には,構成要
件Bの「熱伝導性無機フィラー」との用語を,文字通りの「熱伝導性無
機フィラー」と,「カップリング処理された熱伝導性無機フィラー」と
いう二重の意味に解釈するという矛盾をおかしているとの点(第1
点),及び,「カップリング処理された熱伝導性無機フィラー」との限
定解釈については合理的根拠がないとの点(第2点),という二つの誤
りがある。以下,これらについて述べる。
(イ)原判決の誤り(第1点)
a原判決は,構成要件Bの「40vol%∼80vol%」という数
値限定の対象は「熱伝導性無機フィラー」であると判断した(59頁
14行∼60頁7行)が,これは正当な判断である。
b上記判断によれば,構成要件Bの「熱伝導性無機フィラー」とは文
字通り「熱伝導性無機フィラー」を意味するとの結論が導かれるはず
である。ところが,原判決は,正反対の結論を導いた(60頁9行∼
61頁5行)。
cしかし,上記説示は意味不明といわざるをえない。原判決は,「も
っとも,そうであるからといって,構成要件Bの『熱伝導性無機フィ
ラー』が構成要件Aのカップリング処理を施した熱伝導性無機フィラ
ーを指すとの前記(2)の判断を左右するものではない。」(60頁
9行∼12行)との判断の根拠として,「熱伝導性無機フィラーと本
件カップリング剤とはもともと別の成分であること」や「インテグラ
ルブレンド法においては,熱伝導性無機フィラーと本件カップリング
剤とを熱伝導性シリコーンゴムを組成する別の成分として捉えるのが
通常と考えられる」ことを挙げる(60頁12行∼20行)。しか
し,これは理由になっていない。むしろ,原判決がいう,「熱伝導性
無機フィラーと本件カップリング剤とはもともと別の成分であるこ
と」や「インテグラルブレンド法においては,熱伝導性無機フィラー
と本件カップリング剤とを熱伝導性シリコーンゴムを組成する別の成
分として捉えるのが通常と考えられる」ことなどは,「カップリング
処理された熱伝導性無機フィラー」を規定した構成要件(構成要件
A)と,「単なる(カップリング処理の有無を問わない)熱伝導性無
機フィラー」を規定した構成要件(構成要件B)が本件各特許発明の
構成要件として並存しうることを肯定する根拠になるというべきであ
る。
d構成要件Bは「ある物の量を数値で特定した数値限定要件」,すな
わち,ある物(「熱伝導性無機フィラー」として表現されたもの)の
熱伝導性シリコーンゴム組成物全量に対する量を「40vol%∼8
0vol%」と数値で特定したものであり,それ以外の意味はない。
つまり,「数値限定以外との関係」なるものは存在しない。したがっ
て,このような構成要件Bの解釈として,当該数値限定を離れて「熱
伝導性無機フィラー」の意味内容が問題になることはありえないはず
であり,「40vol%∼80vol%」という数値限定との関係
で,同要件の「熱伝導性無機フィラー」の意味内容が,文字通りの
「熱伝導性無機フィラー」であることが確定された以上,同要件の
「熱伝導性無機フィラー」とは,このような意味の「熱伝導性無機フ
ィラー」を指すとしか解釈しようがない。
e原判決の上記解釈は,構成要件充足性の判断においても不合理な事
態を生じさせる。
原判決は,「構成要件Bにおける『熱伝導性無機フィラー』は構成
要件Aの熱伝導性無機フィラーと同じもの,すなわちカップリング処
理を施した熱伝導性無機フィラー(ただし,その体積分率の算定に当
たっては本件カップリング剤を含まない量を基準とする。)と解する
のが相当である。」(61頁1行∼5行)と述べた後,構成要件Bの
充足性の判断について,次のとおり述べている。
「なお,本件明細書ではカップリング処理された熱伝導性無機フィ
ラーと未処理のものとを混合使用することについて許容も禁止もされ
ていないから,未処理の熱伝導性無機フィラーを加えたからといっ
て,直ちに本件各特許発明の技術的範囲に含まれなくなるという訳で
はなく,あくまで,カップリング処理された熱伝導性無機フィラーの
体積分率が構成要件Bの範囲内にあるか否かによって判断することに
なる。」(61頁5行∼10行。以下「説示①」という。)
この説示によると,例えば,「熱伝導性シリコーンゴム組成物中に
カップリング処理された熱伝導性無機フィラーが60vol%(ただ
し,カップリング剤を含まない量),未処理の熱伝導性無機フィラー
が30vol%含まれる場合」には,「カップリング処理された熱伝
導性無機フィラーの体積分率が構成要件Bの範囲内にあるか否かによ
って判断する」ことになり,カップリング処理された熱伝導性無機フ
ィラーが構成要件Bの範囲内にある「60vol%」であることか
ら,構成要件Bを充足し,本件各特許発明の技術的範囲に含まれるこ
とになる。
他方,原判決は,一審原告の「段落【0015】の『40vol%
に満たないと高い熱伝導率を得ることが困難であり,80vol%を
超えると熱伝導性シリコーンゴム組成物の硬化成形物がさらに硬く脆
くなる恐れがあって好ましくない』との記載や,段落【0055】の
『熱伝導性無機フィラーが熱伝導性シリコーンゴム組成物全量に対し
て40vol%以上であることで高い熱伝導率を得ると共に,80v
ol%以下であることから熱伝導性シリコーンゴム組成物の硬化成形
物が硬く脆くなることを防止することができる』との記載等に基づ
き,構成要件Bの『熱伝導性無機フィラー』は,シリコーンゴムに充
填する熱伝導性無機フィラーの総量を意味する。」との主張に対し
て,「しかし,上記記載は,『たとえ熱伝導性無機フィラー全量をカ
ップリング処理しても,80vol%を超えてこれをシリコーンゴム
に充填すると,熱伝導性シリコーンゴム組成物の硬化成形物がさらに
硬く脆くなる恐れがあって好ましくない』というように解することも
できるのであり(本件明細書上,カップリング処理を施した熱伝導性
無機フィラーであれば80vol%を超えて充填しても硬く脆くなら
ないことを窺わせる記載も認められない。),前記特許請求の範囲の
記載,発明の効果及び実施例の記載とも併せ考慮すれば,むしろこの
ように解するのが自然といえる。」(51頁13行∼21行。以下
「説示②」という。)と述べている。
このような説示①及び説示②によると,「熱伝導性シリコーンゴム
組成物中にカップリング処理された熱伝導性無機フィラーが60vo
l%(ただし,カップリング剤を含まない量),未処理の熱伝導性無
機フィラーが30vol%含まれる場合」(事例1)は,構成要件B
を充足する(説示①からの帰結)が,「熱伝導性シリコーンゴム組成
物中にカップリング処理された熱伝導性無機フィラーが90vol%
(ただし,カップリング剤を含まない量)含まれる場合」(事例2)
は,構成要件Bを充足しない(説示②からの帰結)ということになる
が,純粋技術的な見地からみて,全量処理でありながら熱伝導性無機
フィラーが90vol%である事例2が構成要件Bを充足せず,本件
各特許発明を実施するものではないと解する一方,事例2と同じく熱
伝導性無機フィラーが90vol%でありながら,カップリング処理
された熱伝導性無機フィラーが60vol%である事例1が構成要件
Bを充足し,本件各特許発明を実施するものであると解する原判決の
上記解釈が不合理であることは一目瞭然である。
(ウ)原判決の誤り(第2点)
原判決が構成要件Bの「熱伝導性無機フィラー」を「カップリング処
理された熱伝導性無機フィラー」と限定解釈した理由として挙げる以下
の諸点は,以下のとおり,いずれも限定解釈の合理的根拠たりえない。
a特許請求の範囲の記載
原判決は,特許請求の範囲の記載に関して,「…構成要件Bの『熱
伝導性無機フィラー』が構成要件Aのそれとは別の物である,すなわ
ちカップリング処理されていないものも含めた熱伝導性無機フィラー
の総量と解する根拠となる積極的な記載も認められない。」(42頁
15行∼18行),「…構成要件Bが構成要件Aの直後に配置され,
しかも,『熱伝導性無機フィラー』との文言が構成要件Aのそれと近
接して使用されている」(42頁18行∼20行)との二つの理由を
挙げて,「…構成要件Aのカップリング処理された熱伝導性無機フィ
ラーを指すと読むのがどちらかといえば自然な解釈といえる。」(4
2頁下6行∼下4行)と述べる。
しかし,上記の「どちらかといえば自然な解釈」という説示にどれ
ほどの意味があるのかは不明であるが,上記の二つの理由についてみ
れば,第1の理由については,構成要件Bには「熱伝導性無機フィラ
ー」と明記されており,構成要件Aの「シランカップリング剤で表面
処理を施した熱伝導性無機フィラー」を受けることを示す「同」,
「当該」又は「該」といった接頭語が付されていないことからすれ
ば,構成要件Bの「熱伝導性無機フィラー」は文字通りの「熱伝導性
無機フィラー」を意味すると読むほうがはるかに自然である。また,
第2の理由については,類似の文言が前後に近接して用いられている
といって,両者を同じ意味に解するのが自然であるとはいえない。い
ずれにせよ,上記二つの理由は,構成要件Bの「熱伝導性無機フィラ
ー」という文言を限定解釈する根拠としては極めて薄弱というほかな
い。
b「発明の詳細な説明」の記載
(a)原判決は,「このように,段落【0015】は,本件各特許発
明の目的を解決する手段を開示した段落【0013】を受け,そこ
に記載されている熱伝導性無機フィラーに好適な素材(金属酸化
物)を示し,これを用いるとカップリング剤の処理効率が高くなる
ことを開示しているから,段落【0015】の上記記載は,熱伝導
性無機フィラーの全量にカップリング処理することを前提としたも
のであると理解することができる。」(48頁13行∼18行)と
述べる。
しかし,段落【0013】の「【発明の実施の形態】以下,本発
明の実施の形態を説明する。本発明の熱伝導性シリコーンゴム組成
物は,シリコーンゴムに,シランカップリング剤にて表面処理され
た熱伝導性無機フィラーを分散させたものである。」との記載は,
本件各特許発明に特有の課題解決手段(構成要件Aに対応する)を
簡潔に述べたものであり,熱伝導性シリコーンゴム組成物にカップ
リング処理されていない熱伝導性無機フィラーが含まれていてはい
けないことを述べたものではない。
また,段落【0013】に続く段落【0014】では,「シリコ
ーンゴムとしては,二液型や一液型の液状タイプのシリコーンゲル
やシリコーンゴム,熱加硫型のシリコーンゴム等の各種のタイプを
使用することができる。」として,熱伝導性シリコーンゴム組成物
の一成分であるシリコーンゴムについて説明している。さらに,段
落【0015】に続く段落【0016】では,シランカップリング
剤について説明している。このような記載順序,すなわち,段落【
0013】は本件各特許発明の本質的な構成(課題解決手段)を記
載し,段落【0014】は熱伝導性シリコーンゴム組成物の一成分
であるシリコーンゴムについて,段落【0016】は熱伝導性シリ
コーンゴム組成物の別の成分であるシランカップリング剤につい
て,それぞれ記載していることからすると,段落【0014】と段
落【0016】の間に記載された段落【0015】にいう,「熱伝
導性無機フィラー」も,熱伝導性シリコーンゴム組成物の一成分で
ある熱伝導性無機フィラーそのものを意味するものと解するのが自
然である。
したがって,段落【0015】の記載が段落【0013】の記載
を受けたものであるとしても,そのことは決して,熱伝導性無機フ
ィラーが全量カップリング剤で処理されたものであると解する根拠
にはならない。
なお,原判決は,段落【0015】に,熱伝導性無機フィラーと
して「金属酸化物を用いると,カップリング剤の処理効率が高くな
る」との記載があることをもって全量処理の根拠としている(48
頁下11行∼下9行)が,理解しがたい。「処理効率の向上」と
は,金属酸化物からなる熱伝導性無機フィラーはカップリング剤と
の反応性が良好であることを意味するにすぎず,全量処理の有無と
は無関係である。
(b)原判決は,「そして,同じ段落【0015】の中で,『ここで
熱伝導性シリコーンゴム組成物中の熱伝導性無機フィラー1の配合
割合は,熱伝導性シリコーンゴム組成物全量に対して40vol%
∼80vol%とするものであり』と記載されているから,ここで
示された配合割合は,カップリング処理された熱伝導性無機フィラ
ーの上記組成物に対する配合割合を示すものと解するのが自然であ
る。」(48頁18行∼23行)と述べる。
しかし,原判決自身,他の部分(59頁16行∼21行,60頁
2行∼7行))では,段落【0015】における「40vol%∼
80vol%」という記載は,熱伝導性シリコーンゴム組成物中の
熱伝導性無機フィラーそのものの適正な含有量を熱伝導性や高硬度
化の観点から議論しているものであり,カップリング処理の有無,
しかも全量処理の有無とは無関係である。
(c)原判決は,「…かかる効果はいずれも熱伝導性無機フィラーを
カップリング処理することによる相溶性の向上によってもたらされ
るものと解される。そうすると,かかる記載に接した当業者は,未
処理の熱伝導性無機フィラーを混合使用することについて直ちには
想到せず(本件証拠上,想到し得たことを窺わせる公知技術も認め
られない。),むしろ,未処理の熱伝導性無機フィラーの表面は疎
水性の長鎖のアルキル基で覆われていないのであるから,シリコー
ンゴムと熱伝導性無機フィラーとの相溶性を十分に向上させること
ができず,上記発明の効果が低減すると考えるのが自然である。よ
って,本件各特許発明は熱伝導性無機フィラーの全量をカップリン
グ処理した上,シリコーンゴムに充填するものと解するのが通常と
考えられる。」(49頁16行∼下1行)と述べ,「…実施例にお
いても,熱伝導性無機フィラー全量をカップリング処理してシリコ
ーンゴムに充填することが示されており,全量未処理のものと比較
することにより,その効果を確認しているのであり,カップリング
処理したものと未処理のものを混合使用した場合にも同じ効果が得
られることは何ら開示されていない。よって,当業者としては,本
件各特許発明はシリコーンゴムに充填する熱伝導性無機フィラー全
量をカップリング処理するものと理解すると考えられる」(50頁
12行∼19行)と述べた後,まとめとして,「このように,本件
明細書における発明の効果及び実施例に関する各記載は,一貫して
シリコーンゴムに充填する熱伝導性無機フィラー全量をカップリン
グ処理することを前提としており,ここに未処理の熱伝導性フィラ
ーを充填することは,何らの開示も示唆もされていないのであるか
ら,本件各特許発明はあくまでシリコーンゴムに充填する熱伝導性
無機フィラー全量をカップリング処理するものと解するほかない。
そうすると,構成要件Bの『熱伝導性無機フィラー』も,カップリ
ング処理した熱伝導性無機フィラーと解するのが相当である。」
(50頁20行∼51頁1行)と結論付ける。
しかし,まず,「本件各特許発明は熱伝導性無機フィラーの全量
をカップリング処理した上,シリコーンゴムに充填するものと解す
るのが通常と考えられる。」との判断は明らかに誤りである。本件
明細書(甲2,3)の段落【0019】,【0022】,【002
3】にフィラーをカップリング処理する方法として明記されている
ドライコンセントレート法やインテグラルブレンド法は,シリコー
ンゴムへの充填後にカップリング処理されるものであって,「カッ
プリング処理した上,シリコーンゴムに充填する方法」とは異なる
方法であるからである。ドライコンセントレート法は,カップリン
グ剤を大量に粉体(フィラー)に吸着させておいて,シリコーンゴ
ム原料と未処理フィラーに混合して用いる方法であって(甲50[
フィラー研究会編「機能性フィラーの最新技術」1990年(平成
2年)1月26日株式会社シーエムシー発行264頁∼274頁
],甲51[永江利康著「粉体のシランカップリング剤による表面
処理」「顔料」26巻2号9頁∼15頁1982年(昭和57年)
2月発行]),乙15(一審被告訴訟代理人作成に係る平成19年
5月18日付け技術説明書)図7に記載のGR−b等の製造方法と
同じように,未処理フィラーをあえて使用する方法なのである。ま
た,インテグラルブレンド法は,シリコーンゴム原料と未処理のフ
ィラーとを混合する際にカップリング剤を直接添加するもの(上記
甲50,51)であり,この方法も熱伝導性無機フィラーの全量を
カップリング処理した上,シリコーンゴムに充填するものとは全く
別の方法である。
次に,原判決のように,熱伝導性無機フィラーをカップリング処
理することによる相溶性の向上によって本件各特許発明の効果が奏
されることを根拠として,熱伝導性シリコーンゴム組成物中の熱伝
導性無機フィラーが全量処理されていることが必須であるというの
は,論理の飛躍というほかない。本件各特許発明の効果をもたらす
相溶性の向上にとって本質的なことは,「本件カップリング剤とい
う特有のシランカップリング剤で表面処理をした熱伝導性無機フィ
ラーをシリコーンゴムに分散させること」であって,シリコーンゴ
ム組成物中の熱伝導性無機フィラーのうち,全てが(換言すれば,
全てのフィラー粒子が),本件カップリング剤で処理されているこ
と」ではないからである。この点につき,原判決は,「むしろ,未
処理の熱伝導性無機フィラーの表面は疎水性の長鎖のアルキル基で
覆われていないのであるから,シリコーンゴムと熱伝導性無機フィ
ラーとの相溶性を十分に向上させることができず,上記発明の効果
が低減すると考えるのが自然である。」(49頁下7行∼下3行)
というが,「発明の効果が低減されるかどうか」ということと「発
明の効果が発現されるかどうか」ということは同義ではない。たと
え未処理フィラーが含まれることで,当該フィラーについては相溶
性の向上が図られず,そのことにより発明の効果が低減されること
があり得たとしても,フィラーの系とシリコーンゴムの系との関係
を全体的に捉えたときに相溶性の向上が図られ,本件各特許発明の
効果が依然として発現されている限り,そのような構成は本件各特
許発明が想定する実施態様の一つと解するのが合理的である。
(d)本件明細書(甲2,3)の段落【0018】の記載は,次のと
おりである。
「ここで熱伝導性無機フィラー1に対する上記のシランカップリ
ング剤の処理量は,〔熱伝導性無機フィラーの添加量(g)〕×
〔熱伝導性無機フィラーの比表面積(m/g)〕÷〔熱伝導性無2
機フィラーの最小被覆面積(m/g)〕の式で示される熱伝導性2
無機フィラー1の表面にシランカップリング剤の単分子層を形成す
るのに必要なシランカップリング剤量の,0.1∼15倍とするの
が好ましいものである。ここで0.1倍に満たないと,シランカッ
プリング剤による処理効果が少なくなる。また15倍を超えるとシ
ランカップリング剤のコストが大きくなり,また熱伝導性シリコー
ンゴムの加熱処理を行う際にメタノールの発生に起因すると思われ
るボイドが発生する恐れがある。」
この記載の「熱伝導性無機フィラー1の表面にシランカップリン
グ剤の単分子層を形成するのに必要なシランカップリング剤量」
は,あるカップリング剤の単分子層で,組成物に含まれるフィラー
の全表面積を覆うことを試みた場合に,どれだけの量のカップリン
グ剤が必要になるかを示すものといえるから,上記記載は,本件各
特許発明の効果を得るための本件シランカップリング剤による処理
の程度について,組成物に含まれるフィラーの全表面積の0.1倍
(10%)以上がカップリング剤の単分子層で覆われるようにする
ことが好ましいことを示しているものである。
このように,段落【0018】の記載を当業者が読めば,本件各
特許発明の効果の発現において重要な要素は,シリコーンゴム組成
物に含まれるフィラーの重量や体積とカップリング処理との関係,
すなわち,どの程度の重量や体積のフィラーがカップリング処理さ
れているかではなく,組成物に含まれるフィラー全体の表面積とカ
ップリング処理との関係,すなわち,組成物中のフィラーの全表面
積のうちどの程度の範囲がカップリング処理されているかという点
にあることが容易に理解できる。
段落【0018】に基づく上記の理解は,シリコーン樹脂とフィ
ラーとの界面における相溶性の向上(シリコーン樹脂とフィラーと
がよく混じり合うこと)が本件各特許発明の効果発現の重要なファ
クターであることを述べる本件明細書(甲2,3)の記載(段落【
0028】,【0029】,【0055】等)とも整合的である。
以上のとおり,段落【0018】の記載は,本件各特許発明にお
いて,熱伝導性無機フィラーの全量処理が必須でないことを示して
いる。
これに対し,原判決は,「原告は,段落【0018】の記載か
ら,シリコーンゴム組成物中の熱伝導性無機フィラーの全表面積の
0.1倍,つまり10%の表面が本件カップリング剤で覆われてい
れば,本件各特許発明の効果を奏するのに十分であるとも主張す
る。しかし,同段落の記載は,カップリング処理に使用するカップ
リング剤の量比を示したものであって,熱伝導性無機フィラーの全
表面積の0.1倍の量のカップリング剤を使用し,その全量が熱伝
導性無機フィラーの表面に結合した場合には,全ての熱伝導性無機
フィラーの表面の平均10%がカップリング剤で覆われることにな
るのであり,その結果,あくまで全量がカップリング処理された熱
伝導性無機フィラー(表面の一部が処理されたもの)になるのであ
って,カップリング処理が全くされていない熱伝導性無機フィラー
を混合使用することが示されているとはいえない。」(52頁18
行∼53頁3行)と述べて,異論を唱えている。しかし,段落【0
018】の記載が,個々のフィラー粒子レベルではなく,フィラー
の系のレベルでの表面状態(どの程度,カップリング剤で覆われて
いるかどうかということ)を議論するものであることは上述したと
おりであり,同段落の「0.1倍から15倍」との記載に従い,フ
ィラーの全表面積の一部の範囲(例えば,90%)を覆う量のカッ
プリング剤を使用する場合,これを個々のフィラー粒子レベルで見
たときには,全てのフィラー粒子のそれぞれについて表面の90%
部分がカップリング剤で覆われているというケース(処理フィラー
のみのケース)もあれば,ある粒子は表面の100%がカップリン
グ剤で覆われ,別の粒子は50%のみが覆われ,さらに別の粒子で
は全く覆われていないというケース(処理フィラーと未処理フィラ
ーが混在するケース)もあることは,当業者であれば容易に理解で
きる。少なくとも,後者のケースが段落【0018】の教示に反す
るものでないことは明らかである。したがって,当業者の理解によ
れば,段落【0018】は,処理フィラーと未処理フィラーとが混
在するケースを実質的に許容しているとみるべきであり,同段落に
はカップリング処理が全くされていない熱伝導性無機フィラーを混
合使用することが示されているとはいえないとの原判決の上記理解
は誤りである。
なお,原判決は,相溶性に関して,「この点に関連して,原告は
相溶性との関係で重要なのはカップリング処理された熱伝導性無機
フィラー表面積であり,体積分率ではない旨主張するが,熱伝導性
無機フィラー1個当たりの大きさが同じであれば,その表面積と体
積が相関関係を有するのは自明であるから,この点をもって構成要
件Bの『熱伝導性無機フィラー』全量がカップリング処理されるこ
とを要しないとは到底いえないものというほかない。」(53頁3
行∼9行)とも述べるが,この指摘は意味不明である。そもそも,
本件各特許発明においては,無機フィラーの一つ一つの大きさが規
定されているものではないし,全ての無機フィラーが同じ大きさで
あることも何ら要求されていないから,「熱伝導性無機フィラー1
個当たりの大きさが同じであれば」という仮定に基づき議論するこ
とはできない。相溶性が良好であるか否かは,組成物中のフィラー
の系全体の表面がシリコーン樹脂とどのような関係にあるかによっ
て左右される。したがって,相溶性の向上には,「カップリング処
理されたフィラーの体積がどれだけであるか」ではなく,「シリコ
ーンゴム組成物に含まれるフィラーの全表面積のうちのどれだけが
カップリング剤で表面処理されているか」が重要な意味を有するの
であり,原判決のように,カップリング処理されたフィラーの体積
比率に注目して相溶性を議論することはナンセンスである。加え
て,相溶性は,個々のフィラー粒子とシリコーンゴムとの相互作用
の問題ではなく,フィラーの系全体とシリコーンゴムの系全体との
相互作用の問題であるから,たとえ原判決のように表面積と体積が
相関関係を有していると考えたとしても,そのことから,フィラー
の系を構成する全てのフィラー粒子の表面の全部又は一部がカップ
リング剤で覆われていなければならないとの結論が導かれるもので
もない。
(e)原判決は,本件明細書(甲2,3)の段落【0055】の「8
0vol%以下」の技術的意味について,「しかし,上記記載は,
『たとえ熱伝導性無機フィラー全量をカップリング処理しても,8
0vol%を超えてこれをシリコーンゴムに充填すると,熱伝導性
シリコーンゴム組成物の硬化成形物がさらに堅く脆くなる恐れがあ
って好ましくない』というように解することもできるのであり…」
(51頁13行∼17行)と述べる。
しかし,このように解するのであれば,カップリング処理してい
ないフィラーをさらに混合することは禁止されなければならないは
ずである。しかし,原判決は,「なお,本件明細書ではカップリン
グ処理された熱伝導性無機フィラーと未処理のものとを混合使用す
ることについて許容も禁止もされていないから,未処理の熱伝導性
無機フィラーを加えたからといって,直ちに本件各特許発明の技術
的範囲に含まれなくなるという訳ではなく,あくまで,カップリン
グ処理された熱伝導性無機フィラーの体積分率が構成要件Bの範囲
内にあるか否かによって判断することになる。」(61頁5行∼1
0行)と述べているのであり,論理的に一貫していない。
(f)原判決は,「むしろ,前記ウのとおり,未処理の熱伝導性無機
フィラーは,その表面が疎水性の長鎖アルキル基に全く覆われてい
ないのであるから,これを加えた場合に本件各特許発明と同様の効
果が得られるとは容易に想到できないと考えられる。」(52頁7
行∼10行)と述べる。
しかし,上記(d)で述べたとおり,相溶性は,シリコーンゴムの
系と熱伝導性無機フィラーの系との相互作用の問題であり,個々の
フィラー粒子のレベルの問題ではない。熱伝導性無機フィラーの系
の中に表面が疎水性の長鎖アルキル基に全く覆われていないフィラ
ー粒子が存在していたとしても,系全体として全体の表面のうち所
定の範囲がカップリング剤で覆われていれば相溶性が良好になるこ
とは,段落【0018】の記載から容易に理解できるのであるか
ら,原判決の上記指摘は当たらない。
(g)原判決は,「この点,原告は,自ら実験した結果(甲6)を基
に…しかし,特許請求の範囲の解釈(均等侵害の成否は別論)にお
いて,明細書の記載のほか,出願経過及び公知技術を参しゃくする
ことを超えて,当業者にとって自明でない実験結果を考慮すること
はできないというべきであるから,同実験結果の信用性にかかわら
ず,これを根拠とすることはできない。」(52頁10行∼17
行)と述べる。
しかし,一審原告としては,当該実験結果そのものから構成要件
Bの解釈を導こうとしたのではなく,一審原告が主張する解釈が,
明細書に記載された発明の作用効果との関係においても矛盾しない
ことを確認的に述べたものであり,上記の判示は主張との関係では
正しくない。
c出願経過
原判決は,「…構成要件Bは,本件拒絶理由通知を受けた本件補正
によって,後から加えられたものであるところ,本件拒絶理由通知が
明らかにするよう求めている『各成分の配合量』とは,当初明細書の
特許請求の範囲【請求項1】に記載にあった『シリコーンゴム』と『
カップリング剤で表面処理を施した熱伝導性無機フィラー』の各配合
量を指すものと解するのが自然であるし,このことは,本件拒絶理由
通知において,『全ての配合量について同等の効果を奏するものとは
認められない』と指摘されていることからも窺える。そうすると,か
かる拒絶理由通知に対する応答としてなされた本件補正によって加え
られた構成要件Bは,『熱伝導性シリコーンゴム組成物全量』に対し
て,『カップリング剤で表面処理を施した熱伝導性無機フィラー』の
配合量を定めたものと解するのが自然であり,このことは本件意見書
において『「熱伝導性無機フィラーが熱伝導性シリコーンゴム組成物
全量に対して40vol%∼80vol%」である点で限定されてい
るので,請求項1に係る発明は明確になった。』と述べられているこ
ととも符合する。」(56頁9行∼下3行)と述べた上で,結論とし
て,「以上からすると,本件補正における原告の主観的意図はともか
く,少なくとも構成要件Bを加えた本件補正を外形的に見れば,カッ
プリング処理された熱伝導性無機フィラーの体積分率を限定したもの
と解するのが相当であり,自らかかる補正をしておきながら,後にな
ってこれと異なる主張をすることは,本件補正の外形を信頼した第三
者の法的安定性を害するものであり,禁反言の法理に抵触し許されな
いというべきである。」(57頁下9行∼下3行)と判示する。
しかし,以下に述べるとおり,この判断は誤りである。
(a)出願人(一審原告)が,本件補正において,「本件カップリン
グ剤で表面処理を施した熱伝導性無機フィラー」の配合量を規定し
ようと意図したのであれば,「シリコーンゴムに,下記一般式
(A)で示されるシランカップリング剤で表面処理を施した熱伝導
性無機フィラーを40vol%∼80vol%分散させて成ること
を特徴とする熱伝導性シリコーンゴム組成物。」と記載すれば必要
にして十分であったはずであり,敢えて,本件補正のように,「シ
リコーンゴムに,下記一般式(A)で示されるシランカップリング
剤で表面処理を施した熱伝導性無機フィラーを分散させて成り,熱
伝導性無機フィラーが熱伝導性シリコーンゴム組成物全量に対して
40vol%∼80vol%であることを特徴とする熱伝導性シリ
コーンゴム組成物。」などと記載する必要はなかった。
一審原告は,本件補正に際して,本件各特許発明の本質的特徴
が,当初明細書の特許請求の範囲の請求項1と同様,「シリコーン
ゴムに特定のシランカップリング剤で表面処理を施した熱伝導性無
機フィラーを分散させる」ことにあるとの認識を持っており,この
認識に立った上で,各成分の配合量(組成比)の記載がない旨の拒
絶理由通知の指摘に答えて,熱伝導性シリコーンゴム組成物の基本
的な成分である無機フィラーの配合量を規定することを意図して,
本件補正を行った。だからこそ,その補正内容は,「シリコーンゴ
ムに,下記一般式(A)で示されるシランカップリング剤で表面処
理を施した熱伝導性無機フィラーを分散させて成り,」というよう
に,発明の本質を規定する構成要件を従前どおり維持した上で,
「熱伝導性無機フィラーが熱伝導性シリコーンゴム組成物全量に対
して40vol%∼80vol%」という構成要件を新たに追加す
る内容となったものである。
したがって,この追加された構成要件が,「本件カップリング剤
で表面処理を施した熱伝導性無機フィラー」の配合量を規定したも
のでないことは明らかである。
(b)また,このことは,「40vol%∼80vol%」という数
値範囲の根拠となった当初明細書(公開特許公報,乙1)の記載か
らみても明らかである。すなわち,当初明細書において,「40v
ol%∼80vol%」を記載した箇所は,段落【0012】だけ
であり,「ここで熱伝導性シリコーンゴム組成物中の熱伝導性無機
フィラー1の配合割合は,熱伝導性シリコーンゴム組成物全量に対
して40vol%∼80vol%とするものが好ましいものであ
り,40vol%に満たないと高い熱伝導率を得ることが困難であ
り,80vol%を超えると熱伝導性シリコーンゴム組成物の硬化
成形物がさらに硬く脆くなる恐れがあって好ましくない。」と記載
されていたが,ここで「40vol%∼80vol%」という数値
範囲が指すものは,熱伝導性無機フィラー自体の配合量であり,本
件カップリング剤で処理済みの熱伝導性無機フィラーの量(本件カ
ップリング剤込みの量)でないことは明らかである。したがって,
この記載を根拠とする本件補正での「40vol%∼80vol
%」という数値範囲の追加が,熱伝導性無機フィラー自体の配合量
を規定したものであることは明らかである。
(c)さらに,平成14年2月4日付の意見書(乙4)においても,
一審原告は,「40vol%∼80vol%」とは「本件カップリ
ング剤で表面処理を施した熱伝導性無機フィラー」の配合量(本件
カップリング剤込みの量)を定めたものであるとは述べていない。
上記意見書(乙4)中の「熱伝導性無機フィラーの表面が疎水性の
長鎖のアルキル基に覆われてシリコーンゴムとの相溶性が向上
し,」との記載(1頁下3行∼下1行)によれば,「相溶性が向上
し」という効果は,「長鎖アルキル基を有する本件カップリング剤
を採用したこと」(「40vol%∼80vol%」という数値範
囲とは無関係に)によって得られる効果であることが表明されたと
解するのが,客観的かつ素直な解釈である。しかも,上記意見書
(乙4)においては,「40vol%∼80vol%」との数値範
囲とその効果に関して,「また熱伝導性無機フィラーが熱伝導性シ
リコーンゴム組成物全量に対して40vol%以上であることで高
い熱伝導率を得ると共に,80vol%以下であることから熱伝導
性シリコーンゴム組成物の硬化成形物が硬く脆くなることを防止す
ることができる,という効果を奏したものである。」(2頁12行
∼16行)との記載がある。この記載によれば,「40vol%∼
80vol%」との数値範囲が設定された目的が,熱伝導性無機フ
ィラー自体の配合量を規定することにあったのは明らかである。
(d)したがって,本件特許の出願経過から包袋禁反言が成立するこ
とはなく,むしろ構成要件Bについての一審原告主張の解釈,すな
わち,「40vol%∼80vol%」は熱伝導無機フィラー自体
の配合量を定めたものであるとの解釈が正当であることを裏付けて
いるというべきである。
d以上のとおり,特許請求の範囲の記載,「発明の詳細な説明」の記
載,出願経過のいずれも,「熱伝導性無機フィラー」を「カップリン
グ処理された熱伝導性無機フィラー」と限定解釈する根拠にはなりえ
ない。
(2)被告製品のうちGR−b,GR−d,GR−i,GR−k,GR−l及
びGR−m(GR−b等)の熱伝導性無機フィラーについても全量がカップ
リング処理されている(予備的主張1)−争点1に関し
ア被告製品のうちGR−b等の構成について,一審被告は,当該製品は,
原判決別紙「被告製品の組成」,「カップリング剤処理フィラー(vol
%)」,「フィラーのみ」欄記載の各数値の本件カップリング剤で処理さ
れたフィラー(以下「処理フィラー」という。)及び上記「被告製品の組
成」,「未処理フィラー(vol%)」欄記載の各数値の本件カップリン
グ剤で処理されていないフィラー(以下「未処理フィラー」という。)を
含むと主張し,原判決はこれを認めた。
しかし,上記「フィラーのみ」欄記載の各数値は,GR−b等の製造方
法(乙15の図7に記載のもの。以下「本件製法」という。)の工程にお
いて投入された処理フィラーの量を示すものにすぎず,製造完了後のGR
−b等におけるカップリング処理されたフィラーの量を示すものではな
い。現実には,本件製法においては,本件明細書にカップリング処理の方
法として開示されたドライコンセントレート法やインテグラルブレンド法
と同様のメカニズムによって,処理フィラーに吸着した本件カップリング
剤が脱離し,これが未処理フィラーとして投入されたものに移行・吸着す
る結果,当該未処理フィラーを含むフィラーの全量がカップリング処理さ
れるのである(以下,この事実を「本件事実」ということがある。)。し
たがって,仮に,構成要件Bを原判決のとおりに解釈したとしても,GR
−b等は構成要件Bを充足する。
以下,本件事実について主張する。
イ本件事実の立証構造
本件事実は,間接事実による推認により立証される。間接事実とそれに
よる本件事実の推認プロセスは次のとおりである。
(ア)GR−b等の分析結果によると,同製品の中には未反応の本件カッ
プリング剤が多量に存在する。このカップリング剤は,もともと処理フ
ィラーに吸着していたものに由来するものであり,本件製法におけるA
液スラリー,B液スラリーそれぞれの「計量,混合工程」又は「A液+
B液混合スラリー作成工程」での処理フィラー,未処理フィラー及びシ
リコーンゴム原料の攪拌・混合において,多量の本件カップリング剤が
処理フィラーから脱離することが明らかである。
(イ)上記(ア)の事実によると,上記「計量,混合工程」又は「A液+B
液混合スラリー作成工程」においては,同一の容器内に未処理フィラ
ー,本件カップリング剤(処理フィラーから脱離したもの),シリコー
ンゴム原料が同時に投入・混合されているものと評価できるところ,こ
れはカップリング処理の方法として本件明細書に記載されたドライコン
セントレート法やインテグラルブレンド法と実質的に同じである。
「シリコーンゴム原料,未処理フィラー及びカップリング剤による混
合スラリーを作成すれば必然的にカップリング剤が未処理フィラーの表
面に吸着され,これが本件各特許発明にいう『カップリング処理』に該
当すること」は,一審被告自身が原審,本件特許の無効審判手続及び審
決取消訴訟において自認するところであるから,本件製法によって製造
されるGR−b等においてフィラーの全量がカップリング処理されるこ
とは,一審被告も認めざるを得ないはずである。
(ウ)処理フィラーから未処理フィラーに対して容易にカップリング剤の
脱離・移行が生じることは一般的な現象であり,これは一審原告が実施
した実験によっても実証されている。
処理フィラーから未処理フィラーに対して容易にカップリング剤の脱
離・移行が生じるという一般的現象に加え,特に,GR−b等において
は,フィラーの充填率はいずれも50vol%を超え,かなり密な充填
状態(フィラーがぎっしり詰まった状態)であり,本件製法の攪拌・混
合工程において処理フィラーと未処理フィラーが万遍なく衝突し得る状
態にある。
本件製法中のA液スラリー,B液スラリーそれぞれの「計量,混合工
程」工程においては,混合,攪拌を2∼5時間行う(乙15・9頁)。
上記(ア)の分析結果によれば,検出されたカップリング剤の分子の数
は,本件製法における投入時の未処理フィラーの粒子数とは比較になら
ないほど圧倒的に多く,このことは,本件製法中のA液スラリー,B液
スラリーそれぞれの「計量,混合工程」又は「A液+B液混合スラリー
作成工程」において,処理フィラーから脱離した未反応のカップリング
剤が,未処理フィラーの全部をカップリング処理するのに十分すぎるほ
ど存在していたことを示している。
さらに,被告製品が本件各特許発明の効果を享受する点に関しては,
甲11∼13(一審原告従業員A作成に係る平成19年7月2日付け,
同月6日付け及び同月2日付け各実験報告書)の実験において立証済み
である。すなわち,投入前のフィラーの半分の体積分率のフィラーに対
してのみシランカップリング処理を行い,乙15に記載された一審被告
の処理法に準じてA剤,B剤の混合スラリーを形成した場合であって
も,そのスラリー粘度は,投入前のフィラー全量に対してシランカップ
リング処理した場合とほぼ同程度となり,また,当該スラリーを用いて
作成したゴムシートの各物性も,投入前のフィラー全量に対してシラン
カップリング処理をしたゴムシートの物性とほぼ同程度となることが判
明している。本件各特許発明の効果というのは,これらの物性が,未処
理フィラーのみを用いた場合に比して向上するということであるから,
当該実験結果からは,投入前において未処理フィラーが体積分率で半分
以上であっても本件各特許発明の効果を十分奏しうるということがいえ
る。
被告製品においては,未処理フィラーを大粒子としたことによって,
フィラーに対する被覆表面積で見た場合には,92.2∼98.4%の
表面積に対してカップリング剤による処理がされている(甲76[一審
原告作成に係る「技術説明プレゼンテーション」]5頁)。そして,シ
リコーン樹脂へのフィラー投入後の間接処理によって,わずか1.6∼
7.8%の処理が実現できれば,全量処理が完了する。このように,被
告製品は,カップリング処理をしないフィラーを大粒子とすることで,
シリコーン樹脂投入前の時点であっても限りなく全量処理に近い状態が
実現できている。
(エ)以上によれば,本件製法によって製造されるGR−b等において,
未処理フィラーの全量がカップリング処理されることは明らかである。
ウGR−b等の中には多量の未反応カップリング剤が存在すること及びこ
のカップリング剤は本件製法において投入された処理フィラーから脱離し
たものであること
(ア)一審原告が依頼した複数の第三者機関(株式会社ダイヤ分析センタ
ー(現在の名称:株式会社三菱化学アナリテック)及び株式会社松下電
工解析センター(現在の名称:パナソニック電工解析センター株式会
社)において,GR−b等に該当するサンプル(GR−k)をガスクロ
マトグラフ質量分析法(GC−MS)で分析したところ,本件カップリ
ング剤に該当する下記の図の(A)構造のカップリング剤が検出された
(甲46∼48)。
(イ)上記分析で検出された本件カップリング剤に該当するカップリング
剤は,n−ヘキシルトリエトキシシランであり,その検出量(ppm[
μg/試料1g])は,株式会社ダイヤ分析センターの分析においては
「35ppm」,株式会社松下電工解析センターの分析においては「5
8ppm」であった。
(ウ)この分析結果によれば,次のことがわかる。
a一般に未反応のカップリング剤の検出は極めて困難であり,上記サ
ンプルから検出されたカップリング剤の量である数十ppmというレ
ベルは,熱伝導性シリコーンゴムの成形品に含有される未反応カップ
リング剤の分析値としては非常に高い値である。このような多量のカ
ップリング剤が検出されたということは,カップリング剤が上記サン
プル中に多量に存在していたことを裏付ける。そして,このカップリ
ング剤は,本件製法において投入された処理フィラーに吸着していた
ものに由来するとしか考えられないし,カップリング剤は,一旦フィ
ラーと化学反応した後においては脱離することがない。そうすると,
検出されたカップリング剤は,本件製法において投入された処理フィ
ラーにもともと吸着しており,かつ,フィラーと化学反応していなか
ったものが脱離したものと考えられる。
bそして,上記サンプルを含むGR−b等の製造方法たる本件製法で
は,一審被告の主張によると,乙15の図7のとおりであり,その内
容は,A液スラリー,B液スラリーそれぞれの「計量,混合工程」,
「A液+B液混合スラリー作成工程」,「成形工程」及び「加熱硬化
工程」からなるところ,上記カップリング剤は,これらの各工程の全
部又は一部,特に,A液スラリー,B液スラリーそれぞれの「計量,
混合工程」や「A液+B液混合スラリー作成工程」での処理フィラ
ー,未処理フィラー及びシリコーンゴム原料の攪拌・混合において,
処理フィラーから脱離が生じた可能性が極めて高いというべきであ
る。
(エ)一審原告は,GR−kのほか,一審被告から入手したGR−m,G
R−HFdについても,複数の第三者機関(株式会社日東分析センター
及び株式会社松下電工解析センター[現在の名称:パナソニック電工解
析センター株式会社])による分析に供している(甲65)。そのデー
タを示せば次のとおりである。
<日東分析センターの分析結果(甲63)>
検出物質検出量ppm(μg/試料1g)
GR−mn−ヘキシルトリエトキシシラン0.66
n−オクチルトリエトキシシラン92
GR−HFdn−ヘキシルトリエトキシシラン3.3
n−オクチルトリエトキシシラン57
<松下電工解析センターの分析結果(甲64)>
検出物質検出量ppm(μg/試料1g)
GR−mn−ヘキシルトリエトキシシラン3
n−オクチルトリエトキシシラン395
GR−HFdn−ヘキシルトリエトキシシラン13
n−オクチルトリエトキシシラン157
以上のように,GR−m,GR−HFdのいずれからも,多量の本件
カップリング剤(GR−mでは合計92.66ppm∼398ppm,
GR−HFdでは合計60.3ppm∼170ppm)が検出されてい
るのであり,製品中に多量の未反応の本件カップリング剤が含まれるの
はGR−kに限られない(甲74,75の分析結果も同様である。)。
よって,GR−kについて述べたところは,他の品番のGR−b等にも
当てはまるというべきである。
処理フィラーに存在する未反応カップリング剤の実際の量は,上記甲
63,64の結果よりもかなり多いと予想できる。なぜなら,処理フィ
ラーに存在する未反応カップリング剤の定量に当たっては,①処理フィ
ラーの段階では存在していた未反応カップリング剤のうちの一部が,シ
ート成型時あるいは測定時の熱によって反応するため,検出される分子
の量が処理フィラーの段階よりも少なくなること,②未反応カップリン
グ剤のうち一部は加熱脱着GC分析で検出できない二量体を形成するた
め,検出できる分子の量が実際よりも少なくなることを考慮する必要が
あるからである。
なお,一審被告は,上記の一審原告が依頼した分析において相当量の
ヘキシルトリエトキシシランとオクチルトリエトキシシランが検出され
たのは,加熱脱着GC分析においては,まずリファレンス試料(ヘキシ
ルトリエトキシシランとオクチルトリエトキシシランそのもの)の分析
の後に目的試料の分析を行うのが常であるところ,リファレンス分析後
における加熱脱着装置のトラップ部の洗浄が不足しており,目的試料の
分析の際にも当該リファレンス試料が検出されたためである旨主張す
る。しかし,甲63,75の実験手順につき当該分析を行った株式会社
日東分析センターに問い合わせたところ,これらの実験は,①ブランク
試験→②GR−m,GR−HFdの分析→③エタノールブランク試験→
④ヘキシルトリエトキシシランとオクチルトリエトキシシランのリファ
レンス試験の順に行われたとの回答を得た(甲78,79)。①のブラ
ンク試験とは,装置内に測定対象物質が存在しないかどうか確認するた
めに,何も試料を入れない状態で行う試験である。また,③のエタノー
ルブランク試験とは,④のリファレンス試験においては検量線作成のた
めに濃度の異なるヘキシルトリエトキシシランとオクチルトリエトキシ
シランをエタノール溶媒を用いて作成する必要があるところ,当該エタ
ノール中にも測定対象物質(ヘキシルトリエトキシシランとオクチルト
リエトキシシラン)等が存在しないかどうか確認するための試験であ
る。以上のとおり,上記分析においては,リファレンス試験をGR−
m,GR−HFdの分析の前に行っていないのであるから,リファレン
ス分析で用いた残渣としてのヘキシルトリエトキシシランとオクチルト
リエトキシシランがGR−m,GR−HFdの分析で測定されるはずな
どない。上記甲63,75の実験結果が正しいことを確認するために,
一審原告は,当該実験を行った株式会社日東分析センターに依頼して未
反応カップリング剤の再測定を行った(甲80)。再測定においては,
さらに慎重を期すべく,上記②の工程において,GR−HFdを先に測
定し,次いでブランク試験を行い,その後GR−mを測定するという手
順を採用した。その結果,GR−HFd,GR−mの双方から甲63,
75と同様に相当量のヘキシルトリエトキシシランとオクチルトリエト
キシシランが検出された。この実験結果により,GR−m及びGR−H
Fdに未反応のヘキシルトリエトキシシランとオクチルトリエトキシシ
ランが存在するとの当初の実験結果が何ら誤りではないことが明らかと
なった。
また,一審被告は,GR−HFdにつきオクチルトリエトキシシラン
は使用していないと主張する。しかし,一審原告が実験に使用したGR
−HFdのサンプルは一審原告社員が一審被告より直接入手したもので
あり(甲65),しかも,一審原告の甲63,75,80の実験におい
ては,当該サンプル以外からオクチルトリエトキシシランが混入する余
地はないから,一審被告の上記主張及び実験に誤りがあるとしか考えら
れない。
(オ)一審被告が依頼した分析結果(乙61,62)によれば,GR−k
及びGR−dに用いられた処理フィラーからは,未反応カップリング剤
は検出されなかったとのことであるが,ここで採用された方法は,処理
フィラーを試料とし,これを加熱脱着ガスクロマトグラフィー(以下
「加熱脱着GC」という)分析にかけて未反応のシランカップリング剤
を定量するというものである。
しかし,加熱脱着GC分析は,試料を高温(一審原告・一審被告の実
験では250℃)で加熱することにより脱離した分子を捕捉(トラッ
プ)して測定する定量分析であるから,分析時の加熱によって測定対象
となる分子に新たな反応が生じ,未反応のシランカップリング剤の量が
激減するようであっては正確な定量ができないことになる。一審被告の
分析では,分析時の加熱によって新たな反応が促進された結果,未反応
カップリング剤が検出されなかった可能性があると考え,これを立証す
るべく新たな実験を行った(甲77[一審原告従業員A作成に係る平成
22年1月25日付け実験報告書])。
甲77の実験においては,n−ヘキシルトリエトキシシラン2%で処
理したフィラーと,当該フィラーを用いて作成したシリコーンゲルシー
トを試料として用意し,加熱脱着GC分析によりn−ヘキシルトリエト
キシシランの量を測定した(250℃,10分の条件)。その結果,処
理フィラーを試料として用いて測定した場合には,被告製品のシートを
試料とした場合に比べてn−ヘキシルトリエトキシシランの検出量がか
なり少なくなることが確認された。処理フィラーを試料として用いた場
合に,シートを試料として用いた場合に比べて検出量が少なくなる理由
としては,①未反応シランカップリング剤を測定対象とする本実験の場
合,いずれの試料を用いた場合であっても,測定時の熱により,フィラ
ーと未反応シランカップリング剤の反応が促進されるため,未反応シラ
ンカップリング剤の量が少なく測定されるが,特にフィラーを試料とし
て分析を行った場合には,フィラーが直接加熱されるため,測定時の加
熱の影響をより受けやすくなること,②フィラーと未反応カップリング
剤の反応における第1段階の反応は加水分解反応であり,反応が生じる
には水の存在が不可欠であるが,フィラー表面には水素結合された水の
分子が何層にもわたって存在しているため,上記加熱による反応が促進
されやすくなるのに対し,シートを試料として用いた場合には,シリコ
ーンポリマーの存在によって,直接の加熱が妨げられたり,処理フィラ
ーがシリコーンポリマーに囲まれる結果,フィラー界面に存在する水分
子が処理フィラーそのものに比べて少なくなっていることが考えられ
る。いずれにしても,フィラーの処理に用いるシランカップリング剤以
外の成分からn−ヘキシルトリエトキシシランが新たに生成する余地が
ないことからすると,シートを試料として分析したほうが,未反応カッ
プリング剤の量はより実体に近い値となるといえる。
以上のことからすると,シートを試料として分析したほうが,処理フ
ィラーに存在する未反応カップリング剤の量をより適切に定量すること
ができるといえるから,乙61,62に基づく一審被告の主張は失当で
ある。
なお,一審被告が依頼した乙79(2009年12月1日付け株式会
社日東分析センターの分析結果報告書)の実験において,被告製品のシ
ートからヘキシルトリエトキシシラン及びオクチルトリエトキシシラン
が実質的に検出されなかったのは,シート製造後の保管の仕方に問題が
あり反応が過度に進んでいるためであると解さざるを得ないが,さらな
る可能性としては,分析前に何らかの意図的な熱処理を行い,反応を過
度に進行させている,被告製品とは内容の異なるものを測定対象シート
として用いていることも十分考えられる。
(カ)一審被告は,甲46,47の未反応カップリング剤量の測定値(3
5ppm,58ppm)について,GR−kの仕込みカップリング剤量
(2000ppm)に基づけば,仕込み量の1.8wt%,3wt%が
未反応だったことになり,反応率にして98%,97%であるところ,
直接処理法によるカップリング処理において,このような反応率はあり
得るから,上記未反応カップリング剤の検出量はさほど多くないかのよ
うに主張する。しかし,反応率についての一審被告の上記理解は誤りで
ある。すなわち,甲46,47で35ppm,58ppm検出されたも
のは,最も脱離しやすい(A)構造のカップリング剤のみであるから,
これだけの量の(A)構造のカップリング剤が検出されたということ
は,当該試料中には,もっと多量のカップリング剤があったことが明ら
かである。
仮に,一審被告のいうように1.8∼3wt%のカップリング剤が未
反応のまま存在していたとしても,この量は未処理フィラーをカップリ
ング処理するのに十分な量である。
さらに,乙15(一審被告訴訟代理人作成に係る平成19年5月18
日付け技術説明書)によると,被告製品においてカップリング処理され
ていないと一審被告が主張するのは大粒径のフィラーであり,中小粒径
のフィラーがカップリング処理されていることは一審被告も認めてい
る。しかるところ,大粒径のフィラーと中小粒径のフィラーの表面積の
比率は,甲10(一審原告従業員B作成に係る平成19年7月10日付
け報告書)によると,例えばGR−kの場合,大粒径が1.6%,中小
粒径が98.4%である。カップリング剤の仕込み量全体(2000p
pm)を仮にインテグラルブレンド法で添加した場合,大粒径のフィラ
ー表面処理に用いられる量は,1.6%分(2000ppm×0.01
6=32ppm)であり,中小粒径のフィラーの表面処理に用いられる
量は,98.4%分(2000ppm×0.984=1968ppm)
である(甲69[一審原告従業員A作成に係る平成21年8月17日付
け陳述書]3頁)。この大粒径のフィラーの表面処理に用いられる32
ppmと比較すれば,被告製品から検出された未反応カップリング剤の
量である1.8∼3wt%(35∼58ppm)は,被告製品における
大粒径のフィラーをカップリング処理するのに十分な量であることが明
らかである。
一審被告は,カップリング剤の反応率が70%や82%というのはあ
り得ないと主張する。しかし,この数値はフィラーがアルミナであり,
カップリング剤が本件各特許発明で用いられるカップリング剤のような
長鎖炭化水素基を有するものである場合には,十分にあり得る数値であ
る(甲69,2頁)。
エ本件製法は,ドライコンセントレート法やインテグラルブレンド法と実
質的に同じであること
(ア)本件製法は,上記のとおり,A液スラリー,B液スラリーそれぞれ
の「計量,混合工程」,「A液+B液混合スラリー作成工程」,「成形
工程」及び「加熱硬化工程」からなるところ,特に,上記「計量,混合
工程」及び「A液+B液混合スラリー作成工程」においては,同一の容
器内で未処理フィラー,本件カップリング剤(処理フィラーから容易に
脱離しうる状態のもの及び既に脱離したもの)並びにシリコーンゴム原
料が長時間にわたり攪拌・混合される。
(イ)他方,本件明細書(甲2,3)にカップリング処理の方法として記
載されたインテグラルブレンド法は,カップリング剤をシリコーンゴム
原料とフィラーとを混合する際に直接添加するものであり,また,ドラ
イコンセントレート法は,カップリング剤を大量に粉体(フィラー)に
吸着させておいて,シリコーンゴム原料と未処理フィラーに混合して用
いる方法である(甲50,51)。
(ウ)そうすると,本件製法におけるA液スラリー,B液スラリーそれぞ
れの「計量,混合工程」及び「A液+B液混合スラリー作成工程」は,
攪拌で容易に脱離するカップリング剤が未反応の状態で大量に吸着して
いる状態において,処理フィラー(投入時)を,シリコーンゴム原料と
未処理フィラーに混合するものであるから,ドライコンセントレート法
そのものといえる。また,カップリング剤が処理フィラーから脱離した
後においては,当該カップリング剤がシリコーンゴム原料と未処理フィ
ラーと混合される点において,インテグラルブレンド法と同視できる。
このように,本件製法は,ドライコンセントレート法やインテグラル
ブレンド法と実質的に同じものであるから,未処理フィラーとして投入
されたものがカップリング処理されることは明らかである。
(エ)本件製法のA液スラリー,B液スラリーそれぞれの「計量,混合工
程」及び「A液+B液混合スラリー作成工程」のように,シリコーンゴ
ム原料,未処理フィラー及びカップリング剤が容易に脱離しうる態様で
吸着した処理フィラーによる混合スラリーを作成し,カップリング剤が
処理フィラーからシリコーンゴム原料中に脱離すれば必然的にカップリ
ング剤が未処理フィラーの表面に吸着され,これが本件各特許発明にい
う「カップリング処理」に該当することは,一審被告自身が,次のとお
り,原審,本件特許の無効審判手続及び審決取消訴訟において,実質的
に自認するところである。
a「シリコーンゴム原料に,直接シランカップリング剤と熱伝導性フ
ィラーを加えると,混合しているスラリーの状態で,熱伝導性フィラ
ーの表面にシランカップリング剤が吸着されてしまい,本件発明のイ
ンテグラルブレンド法と同一の現象が起こるであろうことは,当業者
であれば容易に理解できることである。」(原審における「第9準備
書面(被告)」9頁16行∼20行,13頁17行∼21行)
b「なお,原告は,架橋剤を添加して混合スラリーを作成する際に,
架橋剤はフィラー表面に吸着されるから,シランカップリング剤とし
て用いたのと同様の結果となると主張し,甲8(原告社員Cの平成1
9年7月23日付け実験報告書)を提出する…」(本件特許の無効審
判の審決に対する審決取消訴訟[知財高裁平成19年(行ケ)第10
373号]の判決[甲45]95頁18行∼21行)
c一審被告は,100℃/10分の硬化条件の下で,本件明細書(甲
2,3)の段落【0032】記載の直接処理法とインテグラルブレン
ド法を比較してほとんど同一の組成物が得られたことを示す実験報告
書(乙25,上記bの甲8)を提出している(なお,同号証では「直
接処理法」を「前処理法」と称している)。
(オ)以上のとおり,本件製法は,ドライコンセントレート法やインテグ
ラルブレンド法と実質的に同じであり,投入された未処理フィラーはそ
の全量がカップリング処理されていることになる。
(カ)なお,インテグラルブレンド法は,カップリング処理の中では最も
一般的でよく用いられている手法であり,確立された技術であること
は,本件明細書の記載からも明らかであり,インテグラルブレンド法に
よればボイドが発生してしまい製品にならないという一審被告の主張
は,事実に反する。一審被告のいう「ボイドの発生」は,シランカップ
リング剤を非常に大量に添加した場合や加熱硬化方法いかん(例えば,
揮発分が発泡しやすい加熱方法をとった場合)によって生じ得る現象に
すぎず,インテグラルブレンド法によると常にボイドが発生して製品に
ならないとの主張は極端である。実際,上記乙25にはインテグラルブ
レンド法ではボイドが発生し製品にならないとの記載は一切なく,かえ
ってインテグラルブレンド法により本件明細書(甲2,3)の段落【0
032】記載の直接処理法(乙25記載の「前処理法」)と同一の組成
物が得られたことが記載されている。また,ドライコンセントレート法
でもインテグラルブレンド法と同様の理由によりシリコーンゴムにボイ
ドが発生することはない。被告製品の製法(乙15,8頁図7)におけ
る「計量・混合工程」及び「A液+B液混合スラリー作成工程」はドラ
イコンセントレート法そのものと評価できるが,このような工程を含む
製法により製造された被告製品が,実際に製品として販売されているの
であるから,ボイドの発生をいう一審被告の主張は,この点からみても
事実に反する。
(キ)また,一審被告は,カップリング剤の脱離・移行がありえないこと
の理由として,カップリング剤が熱伝導性無機フィラーと化学結合(シ
ロキサン結合)をすると主張する。確かに,化学結合をしたカップリン
グ剤が容易に脱離しないことはそのとおりであるが,通常のカップリン
グ処理では,フィラーと100%化学結合させることは不可能であり,
化学結合しないカップリング剤は,未反応のまま物理吸着するにとどま
るのである。
これに対し,一審被告は,「シランカップリング剤が簡単に外れるよ
うな『表面処理』はそもそも本件各特許発明の『表面処理』には含まれ
ない。」と主張する。しかし,この主張は,以下のとおり失当である。
a一般に,無機フィラー表面でのシランカップリング剤の作用機構と
しては,化学結合(共有結合),水素結合,物理吸着,架橋構造から
の鞘状物の形成,表面からの水の排除などが考えられている。このこ
とは,前記甲50・265頁,前記甲51・10頁右欄,甲66(フ
ィラー研究会編「フィラー活用事典」平成6年5月31日株式会社大
成社発行)265頁に記載されている上,一審被告も乙54として提
出する伊藤邦雄編「シリコーンハンドブック」1990年8月31日
日刊工業新聞社発行の59頁1行∼4行(甲67)にも,「シラノー
ルを生成することができない非水系においてもシランは効果を示すこ
とにより,共有結合形成による機構以外の,アルコキシ基の基体表面
への吸着,あるいは水素結合の形成による効果も考慮されなければな
らない。」と記載されている。したがって,カップリング処理とは化
学結合を生じる場合に限られず物理吸着をも含む概念であることは,
当業者の常識である。
b一審被告は,カップリング処理が化学結合を意味するとの主張の根
拠として,本件明細書(甲2,3)の【化3】【図1】が化学結合を
示していることを挙げる。しかし,これらは,熱伝導性無機フィラー
の表面が本件カップリング剤の疎水性長鎖アルキル基で覆われる一態
様を模式的に示したものであり,無機フィラーとカップリング剤が化
学結合しなければならないことを示すものではない。本件各特許発明
におけるカップリング処理(表面処理)の本質は,疎水性長鎖アルキ
ル基を有する本件カップリング剤が無機フィラーの表面を覆うこと
で,親水性の無機フィラーの表面を疎水化することにより,シリコー
ンゴムとの相溶性を著しく向上させることにあるから,カップリング
剤による無機フィラーの表面処理の態様が化学結合に限定されなけれ
ばならない理由はない。そして,カップリング処理(表面処理)にお
いては必然的に未反応のカップリング剤(簡単に外れる表面処理剤)
が残ることは技術常識であり,このことは,甲46,47において,
被告製品から未反応のカップリング剤が検出されたことからも裏付け
られる。
c物理吸着した本件シランカップリング剤が処理フィラーの表面のみ
に存在し,樹脂及び未処理フィラーに全く存在しない状態というの
は,系として不均一であり,界面自由エネルギーの観点からして非常
に不安定である。このため,まず,処理フィラーの界面から物理吸着
した本件カップリング剤の脱離が生じる。そして,物理吸着した本件
シランカップリング剤が脱離して樹脂中に存在するようになると,樹
脂中の本件シランカップリング剤は優先的に未処理フィラーに物理吸
着するようになる。このことは以下の原理により説明できる。すなわ
ち,もともと無機フィラーの表面は親水性でありシリコーン樹脂の表
面は疎水性であるから,両者の親和性は低く,無機フィラーの全面が
シリコーン樹脂に覆われている状態では界面自由エネルギーは高い状
態(つまり,不安定な状態)にある(このことは,本件各特許発明の
目的が無機フィラーとシリコーン樹脂の相溶性改善にあることからも
明らかである)。他方,本件シランカップリング剤は,無機フィラー
の表面となじむ親水基とシリコーン樹脂となじむ疎水基を有している
から,本件シランカップリング剤の親水基が無機フィラーに吸着し,
疎水基が樹脂側に向いているほうが,圧倒的に安定する(つまり界面
自由エネルギーが低くなる)。したがって,シリコーン樹脂中で,本
件シランカップリング剤の物理吸着による表面処理が実現される。
d一審被告は,上記(エ)cのとおり,乙25において,100℃/1
0分の硬化条件によるインテグラルブレンド法により作製したシート
と,直接処理法による処理フィラーを用いて作製したシートが,ほと
んど同一といえることを立証している。他方,一審被告は,乙58
(D教授の見解書)5頁18行∼22行における「被告の加熱硬化工
程は連続法であるから(乙15の図7)シリコーンゴムの硬化温度
(例えば甲2【0033】では120℃)で数分間に過ぎない。この
ような条件下で,未処理フィラーに吸着したシランカップリング剤が
未処理フィラーとの間で十分な化学結合を生じるとは考えられな
い。」というD教授の見解を援用している。しかし,「120℃/数
分間」の硬化条件で十分な化学結合を生じるとは考えられないのであ
れば,乙25の「100℃/10分」の硬化条件の場合にも,十分な
化学結合を生じるとは考えられないはずであり,そうすると,乙25
では,一審被告の主張によれば十分な化学結合が生じない条件,すな
わち物理吸着にとどまる表面処理をした場合でも,本件各特許発明の
作用効果を奏するとの結果が得られていることになる。したがって,
一審被告自身が提出する乙25の結果に照らしても,本件各特許発明
にいう「表面処理」(カップリング処理)は,必ずしも十分な化学結
合を生じないものも含む,つまり,物理吸着にとどまるものも含むと
解するのが合理的である。
e一審原告が行った実験結果(甲83[一審原告従業員A作成に係る
平成22年1月18日付け実験報告書])によれば,フィラーに対し
て直接法によりシランカップリング剤を付与し,さらに加熱したフィ
ラーを用いた場合であっても,インテグラルブレンドによりシランカ
ップリング剤を付与した場合であっても,未処理のスラリーに比して
同程度の粘度の低下(すなわち相溶性の向上)が確認されている。す
なわち,少なくとも一部のカップリング剤については物理吸着が存在
していると思われるインテグラルブレンドによる表面処理であって
も,その効果は,直接処理のものとほとんど変わらない。
fしたがって,化学結合せず物理吸着にとどまる「表面処理」はそも
そも本件各特許発明の「表面処理」には含まれないという一審被告の
主張は失当である。
g一審原告は,本件特許の出願経過や無効審判及びその審決取消訴訟
において,「表面処理には物理吸着は含まれない」などと主張したこ
とは一度もない。しかも,無効審判及びその審決取消訴訟において,
本件特許の有効性が認められたのは,一審被告が証拠として提出した
いずれの文献にも本件各特許発明に係るシランカップリング剤の開示
がなかったからであり,有効性の判断において,表面処理の定義など
は一切問題とされていない。したがって,一審原告が,本件各特許発
明における「表面処理には物理吸着」が含まれると主張することが,
禁反言又は信義則違反に当たるとする理由はない。
オ処理フィラーから未処理フィラー全部へのカップリング剤の脱離・移行
の実証
(ア)処理フィラーから未処理フィラーに対して容易にカップリング剤の
脱離・移行が生じることは,ドライコンセントレート法におけるカップ
リング処理のメカニズムからも明らかであるところ,この点は,一審原
告が実施した実験(甲49[一審原告従業員A作成に係る平成21年5
月30日付け実験報告書])によっても実証される。すなわち,甲49
の実験において,一審原告は,カップリング処理のみ又は同処理に加え
て熱処理を行った各種の処理フィラー(いずれも水に浮く性質を有す
る)と未処理フィラー(水に沈む性質を有する)とを50:50(処理
フィラー100g,未処理フィラー100g)の比率で混合・攪拌する
ことにより,未処理フィラーの上記性質がどのように変わるか(又は変
わらないか)を検証した。その結果,上記いずれの処理(カップリング
処理のみのもの及び同処理に熱処理を追加したもの)を施した処理フィ
ラーと混合した場合であっても,上記未処理フィラーは水に浮くように
なることが確認された。その際の混合時間については,5秒,3分,1
0分の3通りを実施したところ,3分と10分の場合は,混合後,水に
沈んだフィラーは皆無であった。また,わずか5秒の混合時間の場合で
あっても,混合後,水に沈んだフィラーはわずか20%程度にすぎなか
った。この結果は,カップリング処理に熱処理を加えることによってフ
ィラーとカップリング剤の反応を促進させカップリング剤(未反応のカ
ップリング剤)の脱離がより生じにくくなるよう工夫した処理フィラー
を用いた場合でも,同様であった。
上記の実験結果によれば,処理フィラーと未処理フィラーを混合すれ
ば,極めて容易に処理フィラーに吸着したカップリング剤が脱離して未
処理フィラーに移行し,同フィラーがカップリング処理されることが明
らかである。また,本実験でのカップリング処理条件の最小被覆率約8
0%,熱処理100℃2時間という条件は,通常のカップリング処理条
件としては,化学反応が促進し未反応成分が残りにくい条件と考えられ
る。そのような条件下でもこのように容易にフィラー同士の接触でカッ
プリング剤の移行が生じることは,本件カップリング剤がいかに脱離し
やすく吸着しやすい種類のものであるかということを裏づけるものでも
ある。
なお,一審被告は,甲49は,処理フィラーが凝集して内部に空気を
含み,空気の浮力により浮いている現象を示しているだけであると主張
する。しかし,一般に凝集度が高いフィラーは空気を囲い込みやすいこ
とから,かさ(嵩)高い(かさ密度の低い)ものとなる。未処理フィラ
ーのかさ(嵩)高さは,処理フィラーのそれと比べて非常に大きく,処
理フィラーは,凝集度がかなり低いことが明らかである。このように,
凝集度が高くかさ(嵩)高い未処理フィラーが水に沈んで,凝集度の低
い処理フィラーが水に浮くという現象は,凝集度の大小からは説明がつ
かない。未処理フィラーの方が凝集度が高く空気の囲い込みが大きいと
推定されるにもかかわらず,水に沈み,処理フィラーの方が凝集度が低
く空気の囲い込みが小さいにもかかわらず,水に浮くことは,巻き込ま
れた空気を加味した凝集体の比重がフィラーの浮き沈みを決定する要因
ではないことを意味する。もし凝集体としての比重が原因ということで
あれば,凝集度が高く空気の囲い込みが大きい未処理フィラーの方が浮
きやすいはずだからである。以上によれば,処理フィラーが水に浮くの
は,凝集体としての比重によるのではなく,カップリング処理によりフ
ィラーの表面がカップリング剤で覆われることにより,撥水性が付与さ
れ表面張力が増大したことによると考えるのが合理的である。
一審被告は,処理フィラーを水に加えて激しく振ると,フィラーの一
部が沈むことを示している(乙50[一審被告従業員E作成に係る平成
21年6月25日付け陳述書(10)]図(8))が,この現象は次の
ように説明できるのであり,一審被告の主張の裏付けとなるものではな
い。すなわち,処理フィラーは極めて疎水性の強いフィラーである。さ
らに水は文字通り親水性である。水中で激しく振ると,フィラーはもと
もと水をはじく性質があることから,水には分散せずに水を含んだ汚泥
状の大きな塊を形成し,その重量によって沈みやすくなる。一審被告
は,水に沈む原因が凝集体の破壊であるかのように主張するが,乙50
の(8),(9)実験(振とう実験)を追試し,未処理フィラーサンプ
ルについて同様の振とう実験を実施したところ,処理フィラーと混合フ
ィラーの双方には汚泥状の大きな塊が形成され,その一部が沈んでいる
のに対し,未処理フィラーにおいては汚泥状の塊が全く存在しない(甲
70[一審原告従業員A作成に係る平成21年8月17日付け陳述書
],甲71の1・2[一審原告従業員A作成に係る実験報告書及びその
実験をDVDに収録したもの])。このように,処理フィラーと混合フ
ィラーについては,一審被告の主張(沈降の原因が凝集体の破壊である
こと)とは全く逆の現象が生じていることが明らかである。
(イ)GR−b等におけるフィラーの充填率はいずれも50vol%を超
えているところ,そのような充填率においては,フィラーの充填状態は
極めて密(シリコーンゴム原料スラリー中にフィラーがぎっしり詰まっ
た状態)であり,本件製法における攪拌・混合工程において処理フィラ
ーと未処理フィラーは万遍なく衝突しうることが明らかである。ガラス
玉による充填状態のモデルは,以下のとおりである。
このようなシリコーンゴム原料スラリー中のフィラー充填の度合いを
みれば,フィラーの充填率が50vol%前後かそれ以上であるGR−
b等の本件製法,特に,A液スラリー,B液スラリーそれぞれの「計
量,混合工程」及び「A液+B液混合スラリー作成工程」における攪拌
・混合工程において,投入時の処理フィラーと未処理フィラーが混ざり
合うことにより,未反応のカップリング剤が脱離し,まさにドライコン
セントレート法やインテグラルブレンド法が実現され,投入時に未処理
フィラーであったものがカップリング処理されることは,明らかであ
る。
なお,上記ガラス玉のモデルに対し,一審被告は,ガラス球とガラス
球の間には必ず水分子が存在しており,実際の放熱シートでもシリコー
ンポリマーが存在しているからこれらは攪拌時の力で排除できるはずは
ないなどと主張する。しかし,シリコーンポリマーが介在し攪拌時に排
除できないという指摘は筋違いである。イメージモデルの示すところは
粒子同士が接触する(百歩譲って接近する)機会が非常に多いというこ
とを示したにすぎないからである。たとえシリコーンポリマーの介在と
いう事実があるにしても,カップリング処理の方法としてインテグラル
ブレンド法やドライコンセントレート法が存在し,これらの方法では,
シリコーンポリマーの介在を前提として,未反応カップリング剤により
未処理フィラーが表面処理されることを考えれば,一審被告の指摘が当
を得ないことは明らかである。また,一審被告は,現実には処理フィラ
ーも未処理フィラーも2次凝集体や3次凝集体で存在していると主張
し,混合時において2次凝集構造は破壊されにくいと主張している。し
かし,一審被告は,前記乙15において,未処理フィラーの粒子径は4
0∼50μmの大粒子であることを認めているが,粒子径がこれほど大
きな粒子の場合,凝集はほとんど起こりえない。一般的に,粒子の凝集
は,粒径が1∼数μm程度またはそれ以下の微粒子フィラー(顕著なも
のとしてアエロジルやカーボンブラックなど)の場合に議論されるもの
である。したがって,混合時における処理フィラーと未処理フィラーの
様子は,以下のようなものと考えるべきである。
このように,未処理フィラーは凝集しておらず,すでに1次粒子であり
処理フィラーとは常に接触する環境にさらされている。乙53(一審原
告従業員F・G著「フィラーを含有する樹脂液の高効率攪拌設計法」)の
図4には,微粒子フィラーを従来の撹拌方法で撹拌した場合における,
分散率と相対分散時間(混合時間の設計時間の目安)の関係が示されて
いるが,相対分散時間の0.25(約25%)の時間ですでに99.6
%の分散率となっている。分散率というのはこの場合,ほぼ1次粒子化
された状態(混合の終了時点)を100としたときの2次粒子の解砕度
合いである。このように,微粒子(凝集の大きい小粒径フィラー)の分
散においても混合時間の1/4程度の時間で99.6%程度までフィラ
ーの凝集は解砕されるということは,残り時間である(相対分散時間
の)3/4が経過した時点ではほとんどのフィラーが接触の機会を有す
ることになる。
(ウ)上記ウで示した分析結果に基づき検出されたカップリング剤の分子
数を計算すると,未処理フィラーの粒子数とは比較にならないほど圧倒
的に多いことが判明する。この事実は,GR―b等の製造方法の攪拌・
混合工程においてドライコンセントレート法やインテグラルブレンド法
と実質的に同一のメカニズムでカップリング処理が行われる際に使われ
る未反応のカップリング剤の分子数が,未処理フィラーの粒子数と比べ
て圧倒的に多いことを示すものであり,未処理フィラーの全部がカップ
リング処理されていることを一層裏付けるものである。
この点を説明したものが甲52(一審原告従業員A作成に係る平成2
1年6月19日付け陳述書)であり,これによれば,GR−k1gに含
まれる未処理フィラーの粒子数は,1.3×10個(130万個)で6
あるのに対し,未反応カップリング剤の分子数は,8.5×10個16
(8京5千兆個)であり,未処理フィラーの粒子数と検出された未反応
カップリング剤の分子数の相対関係は,「未反応カップリング剤の数/
未処理フィラーの数=(8.5×10)/(1.3×10)=6.166
5×10(650億倍)」となる。10
以上のとおり,GR−b等においては,脱離・移行を起こしやすい未
反応(フリー)のカップリング剤の分子数が未処理フィラー(投入時)
の粒子数とは比較にならないほど圧倒的に多いことから,本件製法にお
ける攪拌・混合の工程において,処理フィラーに吸着した本件カップリ
ング剤が脱離・移行することにより,全ての未処理フィラーがカップリ
ング処理されることは紛れもない事実である。脱離した未反応カップリ
ング剤が未処理フィラーの一部のみをカップリング処理し,その結果と
して処理フィラーの体積分率が40vol%未満にとどまるという可能
性は,およそ考えられない。
この点につき,甲53(一審原告従業員A作成に係る平成21年6月
19日付け陳述書)において,GR−kにおける処理フィラーと未処理
フィラー(いずれも投入時)の割合が,未処理フィラー15.4vol
%,処理フィラー34.4vol%であることに基づき,8.5×10
個の未反応のカップリング剤が,処理フィラーから脱離して1.3×16
10個の未処理フィラーの一部のみに移行し,その結果,移行後の処6
理フィラーの合計量が40vol%未満になる確率を計算したところ,
「(4.7×10/1.3×10)=0」となっ5685000000000000000
た。すなわち,移行後の処理フィラーの合計量が40vol%以上にな
ることは確率的にも疑問の余地がないといえるのである。
(エ)一審被告は,乙72(一審被告従業員E作成に係る平成21年11
月30日付け陳述書(18))に基づいて,甲52,53に基づく一審
原告の上記主張を争うが,以下のとおり失当である。
a一審被告は,当初乙72に記載されていた,GR−kの未処理フィ
ラーの物性に関する記載を以下のとおり修正している。
<修正前>
「被告はGR−k(他のGR−d,GR−mも同様)にそのような
大粒子は使用していない。無処理フィラーとしては粒子径で3∼5μ
m程度,比表面積で0.5m/g程度の中粒子を使用している」2
<修正後>
「被告は,GR−kにそのような大粒子は使用していない。GR−
kで使用している無処理フィラーは,平均粒子径が8μm,比表面積
が2m/g,比重が2.42の粒子である」2
専門家による陳述書において,被告製品に使用したフィラーの物性
を大きく誤ること自体ありえないことであるが,粒径や比表面積の値
が修正前後でこれだけ大きく異なるのに,その他の陳述の内容がほと
んど変わらないというのは不可解である。しかも,修正前の粒子径
は,「3∼5μm」であり,乙15・4頁の表に照らすと「中粒子」
に当たるものであるが,修正後の「平均粒子径が8μm」というの
は,その範囲を逸脱しているから,専門家がこのような重大な差異に
気づかないまま陳述を行うなどということはありえない。したがっ
て,乙72は信用できない。
b乙72において,一審被告は,「大粒子は使用していない」と主張
しているが,乙15においては,一審被告は,自ら,粒子径につき,
大粒子:40∼50μm,中粒子:3∼5μm,小粒子:0.3∼
0.5μmと定義づけた上で(乙15・4頁),被告製品において
「大粒子フィラーはシランカップリング剤処理をしなくて良い理由」
について述べている(乙15・7頁)。同様に,原審における第8準
備書面(被告)12頁において,一審被告は,「表面処理した小∼中
粒径フィラーと無処理の大粒径フィラーを併用すること」を「被告特
有の技術」と主張し,また,乙24(一審被告従業員E作成に係る平
成19年9月27日付け陳述書)においても,被告製品における「無
処理大フィラー」の表面メカニズムについて説明している。このよう
な主張等を繰り返しておきながら,訴訟提起から3年以上経過した段
階になって初めて,「大粒子は使用していない」などと主張すること
は許されるべきではない。
c甲52,53は,その標題にあるとおり,「未反応カップリング剤
分子数及びフィラー粒子数の相対関係」について考察するものであ
り,未反応カップリング剤分子数がフィラー粒子を表面処理(被覆)
するのに十分であるかどうかを検証しようとするものではない。甲5
2,53において論じられているのは,「検出された未反応カップリ
ング剤の分子数を基準としたとしても,その数は未処理フィラーの数
に比べて桁外れに多く,しかもこれらの分子はまんべんなく未処理フ
ィラーに移行しうる」ということである。以上の趣旨に照らすと,乙
72において一審被告が主張するヘキシルトリエトキシシランの量
(0.03ppm)及び未処理フィラーの物性(粒径,比表面積,比
重)を仮に採用したとしても,甲52,53に基づく一審原告の主張
には影響を与えない。なぜなら,乙72においては,未反応カップリ
ング剤の分子数が,未処理フィラー数の57万倍であることを認め,
しかも,フィラーにまんべんなくカップリング剤が移行することにつ
いても認めているからである(乙72,4頁∼5頁)。
(オ)乙70(一審被告従業員E作成に係る平成21年11月27日付け
陳述書(16))において,一審被告は,GR−mに用いられた処理フ
ィラーに存在する未反応カップリング剤で未処理フィラーを被覆した場
合の被覆率は最小被覆面積の5.3%となると結論づけているが,当該
結論を導くに至る実験及び計算には,以下のとおり種々の誤りがある。
aまず,一審被告は,処理アルミナ2から検出された未反応カップリ
ング剤の量960ppmに基づいて計算を行っているが,そもそも当
該未反応カップリング剤の量が誤っている。一審被告の未反応カップ
リング剤の測定方法は,乙61,62と同様に処理フィラーを試料と
して測定するものであるが,既に述べたとおり,このような方法で
は,測定対象となるヘキシルトリエトキシシラン及びオクチルトリエ
トキシシランの量が極めて少なく測定される。したがって,実際の未
反応カップリング剤は,処理アルミナ2の場合には,960ppmよ
りもかなり多いと解される。また,処理アルミナ1及び処理アルミナ
3からも本来であれば相当量のヘキシルトリエトキシシラン又はオク
チルトリエトキシシランが検出されるはずである。さらに,実験条件
を最適にして測定したとしても,二量体など測定されない未反応カッ
プリング剤も存在するから,これらを考慮すると,GR−mの処理フ
ィラーに存在する未反応カップリング剤の量はさらに多くなると考え
られる。
b一審被告は,被覆率の計算においては,「フリーオクチルトリエト
キシシランは無処理アルミナ及び処理アルミナ3の未処理部分並びに
酸化鉄に移行するはずである」として,これら3種類のフィラーにフ
リーオクチルトリエトキシシランが等しく移行することを前提として
計算を行っている。しかし,処理アルミナ3の表面には既に66%の
処理がされており,このようなフィラーと未処理フィラーとでは,
「フリーオクチルトリエトキシシランが等しく移行する」とはいえな
いから,このような前提に基づいて計算することも正しくない(甲8
1[一審原告従業員A作成に係る平成22年1月12日付け陳述書
])。
c乙70に示されているGR−mのフィラー組成も,乙72と同様に
信用できない。乙70・8頁の記載によれば,無処理アルミナの比表
面積は0.52m/gであるとされているが,この数値を乙15・2
4頁に挙げられた表に照らすと,この無処理アルミナは「中粒子」に
位置づけられることになる。すなわち,乙70に示されるGR−mも
未処理フィラーとして大粒子を用いていないのである。この記載も,
一審被告の従来からの主張,すなわち,「被告製品は,大粒子にはカ
ップリング処理をしないものである」との主張と齟齬するものであ
り,信用できないものである。
(カ)一審被告は,本件各特許発明における表面処理の作用効果を奏する
には最小被覆面積の20%の被覆率が必要であると主張する。しかし,
この考察は,以下のとおり誤りである。
a一審被告は,まず,乙65(一審被告従業員E作成に係る平成21
年11月11日付け陳述書(14))の実験結果に基づいて「20%
の被覆率の必要性」が導き出せるとしている。しかし,一審被告が乙
65の実験において採用した水への浮き沈みを目視により判別する実
験は,一審原告が甲49において行った実験をなぞらえたものである
が,甲49の実験は,「処理フィラー」と「未処理フィラー」では水
に投入した場合の挙動が全く異なること及び「処理フィラー」と「未
処理フィラー」を混合すると処理フィラーのシランカップリング剤が
容易に移行し,水に投入した場合に全体として「処理フィラー」と同
じ挙動を示すようになることを視覚的に示すために行った簡易実験に
すぎず,当該実験によって定量的な評価が行えるというものではな
い。しかも,一審被告が立証しようとしているのは,「本件各特許発
明における表面処理の作用効果を奏するにはどの程度の被覆率が必要
か」ということであるが,乙65の実験において用いられているサン
プルは,本件各特許発明の対象となる「シリコーン樹脂組成物」では
なく,シリコーン樹脂のない処理フィラーなのであるから,このよう
なサンプルを用いた乙65の実験によって本件各特許発明の作用効果
の臨界点を検証しようとすること自体おかしい。
b一審被告は乙68(一審被告従業員C作成に係る平成21年11月
26日付け実験報告書)の実験結果からも「20%の被覆率の必要
性」が導けると主張する。しかし,本件各特許発明は,特定のカップ
リング剤を用いてフィラーを表面処理することによって,相溶性を改
善し,粘度及び成形品の種々の物理的性質を向上させたものであるか
ら,本件各特許発明の作用効果を検証する際には,「未処理フィラ
ー」を用いたサンプルとの対比ができなければ意味がない。ところ
が,乙68の実験において作成された未処理(すなわち被覆率0%)
のサンプルは,粘度が測定不能であり,成形しても未硬化状態であ
り,物性の測定ができないのであるから,被覆率を変更したサンプル
との作用効果を比較しようとしても,そもそも比較自体ができない。
このような不適切なサンプルとなっているのは,一審被告が選択した
フィラーに原因がある。一審被告が乙68で用いたフィラーは,アド
マテックス社AO502(平均粒子径0.6μm,比表面積7.7m
/g)であるが,これは乙15・4頁に示される分類からすると,2
「小粒子」の条件に近いものである。そして,このように非常に細か
く比表面積の大きいフィラーのみを採用すれば,粘度が飛躍的に高く
なることを利用して,一審被告は,低い被覆率で粘度が「測定不可
能」となるように,しかも,「硬化」と「未硬化」が被覆率20%を
境に分かれるように,フィラーの種類と添加量を意図的に調整したと
推測できる。また,乙68・3頁の記載によれば,「硬化」の定義は
「成形用のフィルムを剥がしたときにフィルムに材料が残らない状
態」であるのに対し,「未硬化」の定義は「固まっていない状態」で
あり,二つの定義にはかなりの飛躍がある。そうすると,「硬化」と
「未硬化」の差異が明確に生じているかどうかについても甚だ疑問が
あるといえる。
c乙65の実験において一審被告が導き出した「臨界点」と,当該実
験とは条件の全く異なる乙68の実験により導き出した「臨界点」が
一致するというのは,不可解である。この一致の理由を合理的に理解
しようとするならば,一審被告が自己に都合のよい結論を導くべく実
験条件を意図的に操作したと考えざるを得ない。
d本件各特許発明の作用効果を奏するための被覆率の臨界点などとい
うものはそもそも存在せず,被覆率が上昇するに従って,本件シラン
カップリング剤の表面処理による作用効果がよりよく現れるという関
係が存するだけである。このことは,一審被告が示したデータを図式
化しただけでもある程度把握できる(甲82[一審原告従業員A作成
に係る平成22年1月18日付け陳述書])が,この点をより具体的
に示すために,一審原告は,一審被告が用いたアドマテックス社AO
502をフィラーとして敢えて採用して,再実験を行った(ただし,
フィラー体積充填率を下げて,未処理フィラーを用いた場合の物性を
測定できるような条件を採用した。甲82)。その結果,被覆率の上
昇に伴って,スラリー粘度,硬度が共に低下し,本件シランカップリ
ング剤の表面処理による作用効果がよりよく現れることがわかった。
そして,一審被告が主張するような「被覆率20%」の臨界点などは
存在せず,被覆率が10%(あるいはそれ以下)であっても,十分に
優れた効果を奏することが明らかとなった(甲82)。
(キ)一審被告は,本件明細書に,フィラーを表面処理する際のシランカ
ップリング使用量は「0.1倍以上」と明記されているとも主張する
が,本件各特許発明におけるフィラーのカップリング処理の効果という
ものは,フィラー表面の実効表面積を本件カップリング剤がどの程度覆
ったかによって決まる。例えば,GR−kにおいては,前記甲10に示
されるように,すでにフィラー全表面積の0.984倍(98.4%)
が最低でも被覆されているし,被告製品の他の品番においても,全て実
効表面積の90%以上が被覆されている。このように,被告製品におい
ては,実効表面積の90%以上が本件カップリング剤で覆われているこ
とが明らかであるから,実効表面積の10%未満を占める未処理フィラ
ーの表面積の0.1倍以上が本件カップリング剤で被覆されることは,
本件各特許発明の作用効果を発現するために必要とはいえない。
カ結論
以上に述べたとおり,GR−b等においては,その製法たる本件製法中
のA液スラリー,B液スラリーそれぞれの「計量,混合工程」及び「A液
+B液混合スラリー作成工程」における攪拌・混合において,ドライコン
セントレート法やインテグラルブレンド法と実質的に同一のメカニズムで
カップリング処理が行われ,投入時の処理フィラーのみならず,未処理フ
ィラーの全量もカップリング処理されている。
したがって,仮に,構成要件Bを原判決のとおりに解釈したとしても,
GR−b等は,そのフィラーの全量がカップリング処理されており,ま
た,当該フィラー(カップリング剤を除いたもの)の体積分率は「40v
ol%∼80vol%」の範囲内にあるから,構成要件Bを充足する。
(3)GR−nの組成に関する一審被告の主張に対する反論−争点1に関し
ア一審被告は酸化鉄を着色剤として添加しており,熱伝導性の目的で添加
しているのではないと主張する。このことは,「被告としては酸化鉄を熱
伝導性無機フィラーとして捉えていなかったのではないかという疑念が払
拭できない。」との原判決の指摘が正にその通りであったことを意味する
のであり,乙28と一審被告の主張の矛盾が解消されていないことは明ら
かである。
したがって,乙26,27の内容については何ら合理的な説明が存在し
ないものというほかなく,これらの信用性を認めることはできない。
さらには,酸化鉄が一般的に熱伝導性無機フィラーとしての用途を有す
るというのであれば,その熱伝導率の数値が広く知られているはずである
が,そのような事実もない。この点からも,被告製品において,酸化鉄が
熱伝導性無機フィラーとして用いられていないことは明らかである。
イ一審被告は,争いのないGR−nの実際の製品の比重である3.355
∼3.358が,一審被告の主張するGR−nの比重(3.4029)と
相違していることについて,「両者が相違する原因としては,次のことが
考えられる。①シリコーンゴム製造工程に不可避的に含まれる気泡の影響
がある。②重量で約95%(体積割合で80.6vol%)添加している
酸化アルミフィラー中に凸凹や空洞があり,この中に気泡が含まれる。」
と主張する。しかし,乙26,27の信用性がそもそも認められず,一審
被告の主張の前提である「原料の仕込量」が事実に合致していることの客
観的な裏付けがない以上,このような前提に基づく比重の計算や,実際の
製品の比重との相違の理由として挙げる上記①及び②は無意味というほか
ない。
一審被告は,「シリコーンゴム内には1vol%以上の気泡が存在する
ことは明らかである。」とも主張するが,単なる憶測の域を出るものでは
なく,認められない。一審被告は,ここにおいて,「微細な気泡の定量
は,現在の分析装置によっても容易なことではなく,一審被告も最善を尽
くして定量を試みたが成功していない。」と自認しているのであるから,
「1vol%以上の気泡が存在することが明らかである」などといえない
ことは明らかである。
ウ一審被告は,乙11に熱重量測定チャートを追加した乙46に基づき,
GR−nの熱伝導性無機フィラー量は80vol%を超えることが示され
たと主張する。
しかし,乙11の実験では,窒素雰囲気下で熱分解させる方法によって
測定しているところ,一審被告は,強熱残渣にはシリコーン由来の固形成
分はほとんど含まれていないと主張する(原審における被告「第8準備書
面」4頁26行∼5頁1行)が,伊藤邦雄編「シリコーンハンドブック」
1990年8月31日日刊工業新聞社発行(乙19)の773頁に「(な
お試料によってはシリコーンの熱分解が十分に進まないことがある)」と
記載されていることからみても,窒素雰囲気下で熱分解させる方法であれ
ば強熱残渣にシリコーン由来の固形成分(残渣)が含まれないなどと断定
できないことは明らかである。この点,乙20(一審被告従業員E作成に
係る平成19年9月27日付け陳述書)においては,3頁の図5(乙19
・300頁の図9.14と同じ)に基づいて,「窒素中400℃になる
と,15時間で90%以上が減少した。この程度の温度では明確な実験デ
ータにはなってないが,分析で用いる条件(乙11では30℃から600
℃まで30℃/分の昇温条件)では,ほぼ全量のシリコーンが分解・揮発
する。」(乙20・4頁3行∼5行)との意見が述べられている。しか
し,400℃で15時間加熱しても10%もの残渣が生じるのに,30℃
から600℃まで30℃/分の昇温条件,すなわち,30℃∼600℃で
19分という条件で加熱しただけの乙11の実験において,なぜ,ほぼ全
量のシリコーンが分解・揮発するなどといえるのか甚だ疑問であり,当該
意見は客観性を欠いている。
一審被告は,乙21(株式会社テルム作成に係る試験報告書)のIRス
ペクトル測定の結果によっても,乙11の実験において生じた残渣には,
シリコーン成分やSiOが残っていないことが確認されている旨主張す2
る(原審における被告「第8準備書面」5頁19行∼21行)。しかし,
乙21の実験は,2007年(平成19年)5月14日付けの乙11の実
験における残渣を用いて2007年(平成19年)9月6日に新たに報告
された実験結果であるところ,約4か月も前にフィラー量測定のために行
った乙11の実験の残渣を保管しておいて実験したこと自体疑わしく,乙
21の実験はそもそも信用できない。また,乙21の実験結果を採用した
としても,残渣にシリコーンあるいはSiOが残っていないことのみが2
示されているにすぎず,残渣にフィラー以外のものが含まれていないこと
が立証されているとはいえない。IRは有機物の分析には適しているが,
検出感度が必ずしも高くないために,無機物である残渣の分析に用いるこ
とは適切ではない。乙21の実験においても,シリコーン由来の残渣成分
として,シリコーンやSiOだけではなく,アルミナの赤外吸収ピーク2
に隠れて現れない物質や,検出感度が不十分でIRのチャートからは見出
すことができない物質が生成されている可能性を否定できない。
以上のとおり,熱重量測定チャートが追加された乙46を見ても,乙1
1についての上述の疑問点は何ら解消されていないから,乙11,46に
より,GR−nの熱伝導性無機フィラー量が80vol%を超えることが
示されたとはいえない。
さらに,一審原告は,乙11,46の条件で熱処理を行った場合,残渣
中にアルミナ以外の成分が含まれることを,分析によって確認した(甲5
9,60,73[(株)三菱化学アナリテック作成に係る測定分析結果報
告書],甲61[一審原告従業員A作成に係る平成21年8月17日付け
陳述書])。したがって,乙11,46における95%の残渣成分にはシ
リコーン残渣が含まれていることになる。
ところで,一審被告は,乙46,11のデータ,すなわち,アルミナ9
5wt%をもとにフィラーの体積%を算出しているが,例えば乙47によ
れば,減量が5%(0.05)(有効数字1桁),信頼限界0.045∼
0.055であることを考慮すると
減量フィラーvol%
0.04584.2%
0.05082.5%
0.05580.7%
というように,最大値と最小値の間に84.2−80.7=3.5%の差
が生じている。さらに,試料の比重(3.35∼3.45)も考慮する
と,4.0%の差が生じる(甲61)。しかし,これは重大な問題であ
る。フィラー量(カップリング剤を含まず)が79vol%(一審原告)
か80.6vol%(一審被告)であるかを争っている1%の差の議論に
おいて4%の差が生じても有効数字はどうでもいいという主張はあまりに
乱暴である。加えて,乙47は,そもそも誤ったアルミナの定量値(95
wt%)に基づき有効数字の議論をしているから,この点においても誤り
である。
乙30で一審被告が主張する,アルミナフィラーの重量(3970.1
g),シート全体重量(4213.1g)のデータを用いてアルミナの重
量割合をあえて算出すれば,94.2wt%となる(甲61・3頁)が,
これを一審被告が乙47で示した式(フィラー体積%=(1−0.058
×3.4/0.97)×100)に適用すると,この場合,フィラーの体
積%は,いずれも80vol%以下となる(甲61・4頁)。
エ乙36・7頁は,カップリング剤を含めた熱伝導性無機フィラーの値を
示している。カップリング剤を含めない場合は,原審における原告「第1
3準備書面」3頁に示したとおりであって,80vol%以下である。
オ本件各特許発明は,「組成物発明は,重量で示すのが一般である。」と
一審被告が述べるところに反して,熱伝導性無機フィラーの量と組成物と
の関係を,「重量」ではなく「体積」(分率)で示している発明であるか
ら,もし組成物全体の体積中に有意な量の空気が占める部分があるのであ
れば,これを熱伝導性無機フィラーの体積分率の算定において無視するこ
とはできない。このことは,例えば,組成物が膨らました風船のような中
空体であり,その体積の大半の部分が空気によって占められる場合に,組
成物に含まれる空気以外の成分が当該中空体の組成物全体に占める体積割
合を求めるのに,空気の占める部分を無視して算定することが不自然であ
ることを考えてみれば明らかである。逆に,もしGR−n中の気泡の量が
作用効果にも全く影響を与えず,無視できる程度のものであるとすれば,
その成分たる熱伝導性無機フィラーの体積分率を算定するときも当該気泡
を無視するのがむしろ自然であり,計算に当たって気泡の存在を考慮して
いない甲25,26に対する一審被告の批判は理由がないことに帰着す
る。結局,原判決が述べるとおり,一審被告の主張は一貫性を欠くものと
いうほかない。
なお,乙48による計算(3頁)について見るに,気泡が1vol%の
場合における気泡を含めずに計算されるフィラーの体積分率は,0.80
451(同頁11行),すなわち,80.451vol%であるが,小数
点以下を四捨五入すると「80vol%」であり,本件各特許発明の構成
要件Bの「40vol%∼80vol%」を充足することになる。このよ
うに,GR−nの気泡の量が1vol%であることの客観的な裏付けはな
いものの,仮にこの点を肯定したとしても,フィラーの体積分率は「80
vol%」ということになるのであり,一審被告の主張によっても構成要
件Bの充足性が裏付けられているのである。
(4)被告製品(ただし,GR−n及びGR−iは除く。)は均等侵害の第5
要件を充足している(予備的主張2)−争点2に関し
ア原判決は,「本件補正をするに当たっての原告の主観的意図はともか
く,少なくとも構成要件Bを加えた本件補正を外形的に見れば,カップリ
ング処理された熱伝導性無機フィラーの体積分率を限定したものと解され
る。したがって,原告は,熱伝導性無機フィラーの体積分率が『40vo
l%∼80vol%』の範囲内にあるもの以外の構成を外形的に特許請求
の範囲から除外したと解されるような行動をとったもの」(79頁13行
∼18行)と判断し,均等侵害の第5要件である「対象製品等が特許発明
の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当
たるなどの特段の事情もない」ことという要件を充たさないことを理由
に,均等侵害の主張を排斥した。
イしかし,本件補正を外形的に見る限り,構成要件Bは,「熱伝導性無機
フィラーが熱伝導性シリコーンゴム組成物全量に対して40vol%∼8
0vol%」というものであり,「上記熱伝導性無機フィラーが…」,
「当該熱伝導性無機フィラーが…」,又は「該熱伝導性無機フィラーが
…」といったように,「カップリング処理された熱伝導性無機フィラー」
が「40vol%∼80vol%」である主体であるとは理解できない。
また,本件拒絶理由通知の「請求項1に記載の発明は組成物に係る発明と
認められるが,各成分の配合量(組成比)が記載されていない(すべての
配合量(組成比)について同等の効果を奏するものとは認められない)」
との指摘部分の趣旨が,当初明細書の特許請求の範囲【請求項1】に記載
のあった「シリコーンゴム」と「カップリング剤で表面処理を施した熱伝
導性無機フィラー」の各配合量を示すことを示唆するものであったとして
も,本件補正で付加された構成要件Bは,「上記熱伝導性無機フィラーが
…」,「当該熱伝導性無機フィラーが…」又は「該熱伝導性無機フィラー
が…」といったように,「カップリング処理された熱伝導性無機フィラ
ー」を指すことが明らかな表現が使われていないのであるから,当業者の
目からこの出願人(控訴人)の対応を客観的に見れば,出願人はむしろ本
件拒絶理由通知での指摘に素直に従っていないことが理解されるのであ
る。したがって,本件補正を外形的に見る限り,「カップリング処理され
た熱伝導性無機フィラーで体積分率が40vol%∼80vol%の範囲
にあるもの」以外の構成を除外したと解される行動をとったものと評価す
ることはできないのであって,GR−b等に対して均等侵害の主張をする
ことは,最高裁平成10年2月24日第三小法廷判決(民集52巻1号1
13頁)のいう「特許権者の側においていったん特許発明の技術的範囲に
属しないことを承認するか,又は外形的にそのように解される行動をとっ
たものについて,特許権者がこれと反する主張をする」場合には当たらな
いというべきである。
また,一審原告は,本件補正に関して,構成要件Bにいう「熱伝導性無
機フィラー」がカップリング処理された熱伝導性無機フィラーを意味する
旨を表明したことは一度たりともなかった。その上,特許庁が,本件補正
に基づき,構成要件Bの意味内容について,「熱伝導性無機フィラー」が
カップリング処理された熱伝導性無機フィラーを意味するとの解釈を前提
として審査し,本件特許査定がなされたことを裏付ける証拠はないし,か
えって,本件特許に対する無効審判事件において,一審被告は,「熱伝導
性無機フィラー」に限定はないとの解釈を前提として新規性欠如及び進歩
性欠如を理由とする無効主張(特に,熱伝導性無機フィラー自体の含有量
についての,本件各特許発明と引用例との一致点の主張)を行い,特許庁
は,この解釈を前提として審決をし,審決取消訴訟においても,この解釈
を前提とした判断がなされている(甲45)。したがって,たとえ裁判所
のクレーム解釈の結果,構成要件Bについて「熱伝導性無機フィラー」が
カップリング処理された熱伝導性無機フィラーを意味するとの解釈が採用
されたとしても,そのような事後的評価によって,均等侵害の主張をする
ことが,均等侵害に関する第5要件が前提とする矛盾挙動に当たるという
ことはない。
ウ以上のとおり,第5要件を充足しないとした原判決の判断は誤りという
ほかない。
(5)実施料相当の損害額について−争点3に関し
一審原告は,「8%」が妥当な数字であると考えているが,仮にこれが認
められないとしても,原判決が認定した「6%」を下回ることはありえな
いというべきである。
(6)相殺の抗弁の成否について−争点4に関し
原判決の判断に誤りがあるとはいえない。
(7)明確性要件違反等を理由とする新たな無効理由はない−争点5に関し
ア一審被告は,新たに平成14年法律第24号による改正前の特許法36
条6項2号違反の無効理由を主張するが,意味不明であるから,「審理を
不当に遅延させることを目的として提出されたもの」と認めるほかなく,
特許法104条の3第2項に基づき却下されるべきである。また,これら
の主張は理由がないものである。
イ一審被告は乙7に基づく無効理由を主張するが,乙7に基づく無効理由
が成り立たないことは,知財高裁平成20年6月4日判決(甲45)の確
定により決着済みである。
一審被告は,一審原告が乙25の事実を認めたと主張し,これを前提と
すれば,乙7に基づく無効の抗弁を再度主張できるとしているが,乙7に
基づく無効理由が成り立たなかった理由は,乙7に本件各特許発明のシラ
ンカップリング剤が開示されていなかったという点に尽きる(甲45,9
5頁下5∼下3行)。これに対し,乙25は,一審被告が,乙7に本件各
特許発明のシランカップリング剤が開示されているとの前提を設けてイン
テグラルブレンド法と直接処理法の物性対比を行った実験報告書である。
そうすると,乙25に対して一審原告が何を言及したとしても,乙7に関
する判決の上記認定は覆ることはない。
2当審における一審被告の主張
(1)構成要件Bの「熱伝導性無機フィラー」は「シランカップリング剤で表
面処理を施した熱伝導性無機フィラー」と限定解釈すべきである−争点1に
関し
ア一審原告は,構成要件Bの「熱伝導性無機フィラー」は,シランカップ
リング剤で表面処理を施した熱伝導性無機フィラーと限定解釈する手掛か
りがないと主張し,構成要件Bの「熱伝導性無機フィラー」は,「カップ
リング処理された熱伝導性無機フィラー」に限定解釈されないと主張す
る。
しかし,原判決には,「また,構成要件Bが構成要件Aの直後に配置さ
れ,しかも,『熱伝導性無機フィラー』との文言が構成要件Aのそれと近
接して使用されていることからすれば,後者が前者を指している,すなわ
ち構成要件Bの『熱伝導性無機フィラー』が構成要件Aのカップリング処
理された熱伝導性無機フィラーを指すと読むのがどちらかといえば自然な
解釈といえる。」(42頁18行∼23行)と判示されている。第三者
は,「どちらかといえば自然な解釈」というよりは,むしろ「後者が前者
を指している」と理解するのが通常であろう。本件特許の請求項1は短い
文章であり,特別の定義がない限り,後者は前者を指すのが自然な解釈で
ある。異なった意味というのであれば,クレーム中に明確な定義が必要で
ある。加えて,本件明細書(甲2,3)中には,処理フィラーと未処理フ
ィラーを混合してもよいとの記載はない。かえって,段落【0008】に
は,「シランカップリング剤で表面処理を施した熱伝導性無機フィラー1
を分散させて成り,熱伝導性無機フィラー1が熱伝導性シリコーンゴム組
成物全量に対して40vol%∼80vol%である」と記載されてお
り,同一符号まで付与しているのであるから,後者は前者を指すとしか理
解できない。段落【0008】は「課題を解決するための手段」の段落で
あるから,クレームと同じように重要な箇所であり,この定義は明細書全
文及び図面全部に及ぶ。実施例も,全量処理フィラーが60vol%(【
0032】)であるから,第三者は,後者は前者を指すとしか理解できな
い。
一審原告が主張するように,構成要件Bの「熱伝導性無機フィラー」
が,「処理フィラーに限定解釈されない」というのであれば,例えば,1
vol%の処理フィラーと59vol%の未処理フィラーとを混合した場
合も,本件各特許発明の技術的範囲に属することになる。しかし,そのよ
うなケースの作用効果は,本件各特許発明の作用効果を満足しないであろ
うことは,一見して誰にでも分かることである。
本件明細書のどこを精査しても,構成要件Bの「熱伝導性無機フィラ
ー」が「処理フィラーに限定解釈されない」との解釈は成り立たない。例
えば,本件明細書(甲2,3)の段落【0004】及び【0006】の問
題を解決するための段落【0007】に記載の目的は,「シランカップリ
ング剤で表面処理を施した熱伝導性無機フィラーを熱伝導性シリコーンゴ
ム組成物全量に対して40vol%∼80vol%分散」させて初めて達
成できる。処理フィラーが1vol%では,目的は達成できない。また,
本件明細書の段落【0055】の効果も,「シランカップリング剤で表面
処理を施した熱伝導性無機フィラーを熱伝導性シリコーンゴム組成物全量
に対して40vol%∼80vol%分散」させて初めて達成できる。処
理フィラーが1vol%では,効果は達成できない。加えて,実施例は全
量処理フィラーが60vol%である(【0032】)。
一審原告のような解釈をするのであれば,本件特許は,サポート要件
(特許法36条6項1号),実施可能要件(同36条4項1号),明確性
要件(同36条6項2号)に違反して無効である。
以上のとおり,構成要件Bの「熱伝導性無機フィラー」は,全量シラン
カップリング剤で表面処理を施した熱伝導性無機フィラーとしか解釈でき
ない。
イ「構成要件Bの技術的意義」につき
(ア)一審原告は,構成要件Aと構成要件Bの各々に対応する課題は異な
ると主張している。しかし,一審原告がいう本質的特徴は,構成要件B
の「熱伝導性無機フィラー」を全量シランカップリング剤で表面処理を
施した熱伝導性無機フィラーと解釈して,初めて成り立つ。このこと
は,一審原告が,構成要件Bの「熱伝導性無機フィラー」は,シランカ
ップリング剤で表面処理を施した熱伝導性無機フィラーであることによ
り,顕著な効果を奏する,と自認していることからも明らかである。
(イ)一審原告は,カップリング剤量が10vol%までの極端な例を挙
げて,構成要件Bにおける数値範囲は,カップリング剤込みの量と解釈
することは不合理であると主張している。
しかし,構成要件Bにおける数値範囲は,争点になっていない。原判
決(57頁下2行∼61頁5行)においては,構成要件Bにおける数値
範囲は,熱伝導性無機フィラーの量を示すと判示されている。加えて,
実用的には,カップリング剤を多く使用すると未反応物が多くなり,シ
リコーンゴムにボイドが発生してしまい(本件明細書[甲2,3]段落
【0018】),製品にはならない。一審原告の主張は,実用的には実
現できもしない極端な例を挙げて誤導しようとするものである。
また,一審原告は,処理済みフィラーが60vol%,未処理フィラ
ーが30vol%という配合の例を挙げて主張している。しかし,この
ような配合では,どのようにしても本件各特許発明の放熱シートを実現
することはできない。
ウ「原判決の判断とその誤り」の主張につき
(ア)「原判決の誤り(第1点)」の主張に対し
a一審原告は,原判決が構成要件Bの数値範囲は「シランカップリン
グ剤を含まない熱伝導性無機フィラー」と解釈したことを根拠に,構
成要件Bの「熱伝導性無機フィラー」はシランカップリング剤処理フ
ィラーに限定されないと主張している。
しかし,原判決は,一審原告主張の「数値範囲は,本件カップリン
グ剤と熱伝導性無機フィラーとの合計量を示すものではなく,熱伝導
性無機フィラーの総量の下限値及び上限値を各々示す」(原判決14
頁1行∼3行参照)を採用したものである。
b一審原告は,合計フィラー量が90vol%の例を挙げるが,この
ような配合では,どのようにしても本件各特許発明の放熱シートを実
現することはできない。
(イ)「原判決の誤り(第2点)」の主張に対し
a特許請求の範囲の記載
原判決(42頁18行∼23行)の判示は妥当であり,第三者は,
「後者が前者を指している」としか理解できない。
b「発明の詳細な説明」の記載
(a)本件明細書(甲2,3)の段落【0015】は段落【0013
】を受けたものであり,原判決(48頁13行∼18行)の認定は
正しい。
(b)原判決(48頁18行∼23行,48頁24行∼51頁1行)
についても,正しい認定である。本件明細書(甲2,3)の実施例
は全量処理フィラーが60vol%(段落【0032】)であるか
ら,第三者は,全量シランカップリング剤処理されたフィラーとし
か解釈できない。
(c)本件明細書(甲2,3)の段落【0018】の記載にも,処理
フィラーと未処理フィラーを混ぜてもよいなどという記載はない。
比表面積の記載は,単一粒径の粒子についての記載であり,「熱伝
導性無機フィラー1の表面にシランカップリング剤の単分子層を形
成するのに必要なシランカップリング剤量の,0.1∼15倍とす
るのが好ましいものである」は,量的な記載であり,混合してもよ
いとは解釈できない。
(d)その他,本件明細書の「発明の詳細な説明」の記載に基づく原
判決の認定に誤りはない。
c出願経過
(a)一審原告は,平成13年11月27日付けの拒絶理由通知書
(乙2)に対して提出した,平成14年2月4日付けの手続補正書
(乙3)は,構成要件Bの「熱伝導性無機フィラー」を「カップリ
ング処理された熱伝導性無機フィラー」に限定したものではないと
主張する。
しかし,シランカップリング剤処理フィラーが1vol%では,
目的も作用効果も達成できないから,特許庁の拒絶理由通知は正当
であり,これに応答した一審原告の手続補正書(乙3)及び意見書
(乙4)を見れば,第三者は,構成要件Bの「熱伝導性無機フィラ
ー」は構成要件Aのカップリング処理された熱伝導性無機フィラー
を指すとしか理解できない。
(b)一審原告は,本件補正において特許請求の範囲に構成要件Bを
加えたものであり,40vol%未満と80vol%を超える範囲
は,自ら意識的に削除したものである。
当初明細書(乙1)の段落【0011】には,「本発明の熱伝導
性シリコーンゴム組成物は,シリコーンゴムに,シランカップリン
グ剤にて表面処理された熱伝導性フィラーを分散させたものであ
る。」と記載されており,段落【0012】の記載は段落【001
1】の記載を受けたものであるから,「40vol%∼80vol
%」とは,全量がカップリング処理された熱伝導性フィラーの体積
分率を指すものと解すべきである。
一審原告は,平成14年2月4日付けの本件意見書(乙4)にお
いて,カップリング処理された熱伝導性無機フィラーの量が「40
∼80vol%」の範囲であると,「相溶性が向上し」,「成形加
工性を挙げることができる」と主張している。しかし,このような
作用効果は,熱伝導性無機フィラーをカップリング処理したことに
よるものであり,カップリング処理されていない熱伝導性無機フィ
ラーを含むと主張することは包袋禁反言として許されない。
平成15年6月2日付けの一審原告作成「意見書」(特許異議の
申立てにおける特許庁審判官による取消理由通知に対する意見書。
甲5)21頁表の「熱伝導フィラー」,「体積分率(%)」の欄に
は,全量シランカップリング処理したフィラー40∼80vol%
の例が記載され,「…熱伝導性無機フィラーをシランカップリング
剤で処理することによって,圧縮永久歪みの改善,引裂強度の向
上,ゴム硬度変化の低減の効果が得られることも確認される。」
(22頁2行∼4行)と記載されている。この記載は,40∼80
vol%の熱伝導性無機フィラー全量をカップリング処理すること
を表明するものである。
(2)被告製品のうちGR−b等の熱伝導性無機フィラーについても全量がカ
ップリング処理されているとの主張(予備的主張1)に対する反論
ア時機に後れた攻撃防御方法却下の抗弁
一審原告の予備的主張1は,甲46(測定分析結果報告書),甲47
(結果報告書)を重要証拠としている。しかも,一審原告の予備的主張
1,甲46,47は,原審では一度も主張立証されておらず,控訴審にな
って初めて主張立証したものである。
しかるところ,甲46の作成日は平成19年4月25日であり,甲47
の作成日は平成19年4月9日であり,いずれも2年以上も前に作成され
ているから,一審原告は,原審で十分に,予備的主張1を主張立証できた
にもかかわらず,控訴審になって初めて主張立証してきた。これは時機に
後れた主張立証であるといわざるを得ない。
したがって,本件においても時機に後れた攻撃防御方法却下の抗弁(民
訴法157条)が適用されるべきである。
イ「GR−b等の中には多量の未反応カップリング剤が存在すること及び
このカップリング剤は本件製法において投入された処理フィラーから脱離
したものであること」の主張に対し
(ア)一審原告は,被告製品のGR−kから未反応シランカップリング剤
が甲46では35ppm,甲47では58ppm検出されたことをもっ
て,非常に高い値であり,未反応シランカップリング剤が多量に存在し
ていたと主張している。
(イ)しかし,甲63を作成した分析会社と同一の分析会社(株式会社日
東分析センター)が作成した2009年8月26日付けの分析結果報告
書(乙61)によれば,GR−kに添加しているシランカップリング剤
処理フィラーにおける「ヘキシルトリエトキシシラン」は,定量下限値
未満であり,検出されなかった。また,平成21年9月∼10月に納入
された一審被告の保有する最も新しいGR−k用及びGR−d(GR−
HFd)用表面処理フィラーについて,同様の分析をしたところ,「ヘ
キシルトリエトキシシラン」及び「オクチルトリエトキシシラン」は,
いずれも定量下限値未満であり,実質的に存在していない(乙62[株
式会社日東分析センターが作成した2009年11月11日付けの分析
結果報告書])。なお,一審被告がこれらに「オクチルトリエトキシシ
ラン」を使用している事実はないので,検出されないのは当然である。
(ウ)また,原判決別紙「被告製品の組成」によれば,GR−kの仕込み
カップリング剤は体積分率で0.6vol%,重量分率にすると0.2
wt%,すなわち2000ppmである。したがって,硬化後のGR−
k中のフリーのカップリング剤が35ppm,58ppmであったとい
うことは,それぞれ,仕込みの1.8wt%(=35/2000×10
0),3wt%(=58/2000×100)が未反応だったことにな
る。反応率にして98%(=100−1.8),97%(=100−
3)である。一審被告が用いている直接処理法におけるフィラーの表面
処理条件は,100∼150℃で1時間乾燥であるから(本件明細書[
甲2,3]の段落【0020】∼【0021】),そのような条件で行
っているシランカップリング剤によるフィラーの表面処理において,9
7∼98%という反応率はあり得る(乙49[一審被告従業員E作成に
係る平成21年6月25日付け陳述書(9)]2頁20行)。加えて,
甲48に記載されているように,例えば検出量の10倍のフリーカップ
リング剤が含有されているなら,それは仕込量の18wt%,30wt
%がGR−kに含有されていること,すなわち,シランカップリング剤
の反応率は82wt%,70wt%ということになり,これは常識から
いってあり得ない反応率である(乙49,2頁22行∼25行)。
以上からすると,甲46,47の結果が正しいとしても,シランカッ
プリング剤処理フィラーを製造する際に,1.8∼3wt%程度の未反
応シランカップリング剤が残り,これが甲46,47で検出されただけ
のことである。すなわち,熱伝導性フィラーであるアルミナ粒子には表
面に微細な凸凹や内部に空洞があるものもあるから,これらに取り込ま
れた未反応シランカップリング剤はそのまま残り,これが甲46,47
で検出されただけのことである。
したがって,一審原告の「非常に高い値」,「多量に存在していた」
との推論は誤っている。そして,この推論による一審原告の「脱離が生
じた可能性が極めて高い」との主張もまた誤りである。
(エ)一審被告の依頼により株式会社日東分析センターが作成した200
9年11月26日付けの分析結果報告書(乙69)によれば,被告製品
の「GR−m」に添加しているシランカップリング剤処理フィラーにお
ける「ヘキシルトリエトキシシラン」は,0.6∼1.4ppm(平均
1.0ppm),「オクチルトリエトキシシラン」は910∼1000
ppm(平均960ppm)であった。960ppmの全量が未処理フ
ィラーに反応すると,「被覆率5.3%」になる(乙70,8頁10
行)。
本件明細書(甲2,3)の段落【0018】には,「0.1倍(被告
注:被覆率10%)に満たないと,シランカップリング剤による処理効
果が少なくなる」と記載されており,この記載からしても,上記「被覆
率5.3%」は低い値である。
ところで,本件各特許発明の作用効果とは,スラリー粘度の低下,柔
軟性(アスカー硬度Cを低く維持),引っ張り強さと引き裂き強さの向
上及び圧縮永久歪みを低減することである。しかし,本件明細書(甲
2,3)には,未処理フィラーに対してどの程度のシランカップリング
剤を化学結合させたら作用効果を奏するのか,具体的データは開示され
ていない。そこで一審被告は,未処理フィラーに対してどの程度のシラ
ンカップリング剤を化学結合させると,本件明細書(甲2,3)の実施
例(表1∼2)に記載の作用効果を奏するのかを追試したところ,被覆
率が20%以上,添加量でいうと4880ppm(約5000ppm,
0.5wt%)以上で初めて,本件各特許発明の作用効果が発揮される
ことが分かった(乙68[一審被告従業員C作成に係る平成21年11
月26日付け実験報告書]3頁表1)。次に一審被告は,一審原告が甲
49で提唱する撥水性(フィラーが水に浮くか否か)で検証してみたと
ころ,被覆率が20%以上,添加量で言うと5000ppm(0.5w
t%)以上ではじめて,撥水性が出ることがわかった(乙65[一審被
告従業員E作成に係る平成21年11月11日付け陳述書(14)]2
頁表2)。そうすると,被覆率が20%以上,添加量でいうと5000
ppm(0.5wt%)以上が,本件各特許発明に必須の構成と判断で
きる。上記「被覆率5.3%」では,本件各特許発明の作用効果を奏し
ない。なお,一審原告は,甲82に基づき,一審被告が主張するような
「被覆率20%」の臨界点などは存在せず,被覆率が10%(あるいは
それ以下)であっても,十分に優れた効果を奏することが明らかとなっ
たと主張するが,甲82では,初期のスラリー粘度,ゴム硬度,硬化性
の試験しか行っておらず,本件明細書の実施例及び効果の欄で確認して
いる全物性を測定していない。そこで,一審被告は,本件明細書の実施
例及び効果の欄で確認している全物性を測定した。その結果,ゴム硬
度,引っ張り強さ,引き裂き強さ,圧縮永久歪み,150℃のエージン
グ試験のすべてにおいて,被覆率が20%以上ないと,本件明細書でい
うカップリング剤の作用効果が発揮されず,表面処理の作用効果はない
ことを確認した(乙84[一審被告従業員C作成に係る平成22年2月
16日付け実験報告書])。
(オ)一審原告主張の依頼に係る測定(甲46,47,63,64,7
4,75,80)は,ゴムシートを熱脱着ガスクロ装置によって分析し
ている。しかし,このような方法で分析したのでは,未処理フィラーが
表面処理された状態にあるか否かが分からない。また,この分析装置に
は,加熱槽で揮発した試料をキャリヤーガスで運んで集めるためのトラ
ップ槽があるところ,この部分にはシランカップリング剤が残りやすい
という特有の問題がある。シランカップリング剤が残りやすいのは,沸
点が高く,高温での洗浄がしにくいからである。したがって,上記測定
においては,トラップ槽の洗浄不足によって前の分析残渣が残っている
可能性がある。
また,一審原告主張の依頼に係る上記測定結果は,データのばらつき
が大きく,信用できない。
さらに,一審原告の依頼に係る測定で分析した試料は,一審被告の3
製品とも同一のロットに限られていた。異なるロットの製品や,入手時
期の異なる製品を分析して同じような結果を得ることは,分析結果の信
用度を高めることになるはずである。一審原告は,一審原告自身が購入
しているだけでなく,一審原告の多数のグループ会社で,本件訴訟の対
象となっている多くの製品を購入しているから,一審原告は,いつで
も,自ら購入した被告製品とか,グループ会社から入手した被告製品を
利用して,容易に分析できる立場にある。それにもかかわらず,一審原
告は,同一のロットの製品しか分析していない。
その上,一審原告は,分析方法について,一審原告自身が「信頼度が
低いこと」を認めている「205℃加熱着脱GC/MS法」に固執して
きた。
(カ)一審原告は,加熱脱着GC分析は,分析時の加熱によって測定対象
となる分子に新たな反応が生じ,未反応のシランカップリング剤の量が
激減するようであっては正確な定量ができないことになると主張する。
しかし,加熱脱着GC分析においては,試料を高温で加熱するが,同時
に,ヘリウムによるキャリヤーガスを流しており,試料のガス成分は,
加熱と同時にキャリヤーガスにより外部に急速に運び出されてしまうか
ら,未反応シランカップリング剤の反応が大きく起こるとは考えられな
い。
甲77(一審原告従業員Aの平成22年1月25日付け実験報告書)
に示されている実験結果は,以下に述べる理由により,信用できない。
a甲77で作成されたシートは,被告製品とは全く異なる,気泡を含
む試料である。また,甲77の実験においては,「各サンプル作製後
はすぐにアルミ袋に入れて冷凍庫(−20℃以下)で保管を行う」操
作を行っている。この操作は,一審被告における製品製造中では,系
外に揮発除去される物質(空気を含む)を密閉系内に留めておくこと
を意味し,その点でも,被告製品の製造工程とは異なっている。この
ような密封操作をすると,被告製品シートの本来の製造方法なら系外
に揮発排出されるはずの物質がシート内に残存して,予期しない反応
が起こり得る。典型例が,エチルアルコールの残存であり,エチルア
ルコールが残存すると,シランカップリング剤によるフィラー表面処
理で生じる化学結合が解離する。
b甲77の3頁表1のデータは「フィラー単独」よりも「シート」の
カップリング剤量が異常に多く,不自然である。一方,GR−mを一
審被告が分析した結果によると,特定の「フィラー単独」では,「9
60ppm」(乙69の5頁表1)であるが,「シート」では,
「6.4ppm」(乙79の5頁表1)に過ぎなかった。これは,常
識的に見て妥当なデータである。
c一審原告は,「フィラーを試料として分析を行った場合には,フィ
ラーが直接加熱されるため,測定時の加熱の影響をより受けやすくな
る」と主張する。
しかし,フィラーを分析する場合とシートを分析する場合とを比較
すると,シートはフィラー間にゴム成分が介在しているから,ガス成
分があると仮定しても,ゴム成分に邪魔されて外部に出にくい。それ
ゆえ,シートのほうが加熱の影響をより受けやすくなる。また,フィ
ラーを分析する場合には,フィラーとキャリヤーガスは常に接してい
るので,加熱温度で,ある程度の蒸気圧を有する化合物ならば,速や
かに揮発してトラップ部に運ばれる。一方,シートを分析する場合,
分析対象は,フィラー表面とポリマー相の全体であるから,キャリヤ
ーガスはポリマー相の表面だけ測定試料と接することになり,キャリ
ヤーガスは,ポリマー内部とは接していないし,ポリマーで被覆され
たフィラー表面とも接していない。それゆえ,キャリヤーガスは,試
料に含まれる揮発性化合物の拡散移行を加速することができない。し
たがって,加熱脱着GC分析する場合,加熱部に長く滞留して副反応
などを起こしやすいのは,フィラーよりはシートの方であると考える
のが自然である。
d一審原告は,「フィラーと未反応カップリング剤の反応における第
1段階の反応は加水分解反応であり,反応が生じるには水の存在が不
可欠である」と主張する。
しかし,フィラーと未反応カップリング剤の直接反応(脱アルコー
ルによる縮合反応)もあるから,水の反応は必ずしも必要でない。
また,一審原告は,「フィラー表面には水素結合された水の分子が
何層にもわたって存在しているため,加熱による反応が促進されやす
くなるのに対し,シートを試料として用いた場合には,シリコーンポ
リマーの存在によって,直接の加熱が妨げられたり,処理フィラーが
シリコーンポリマーに囲まれる結果,フィラー界面に存在する水分子
が処理フィラーそのものに比べて少なくなっていることが考えられ
る」と主張する。しかし,被告製品で表面処理して使用している熱伝
導性フィラーであるαアルミナは,水酸化アルミニウムを焼成して作
られ,かつ,平滑な表面となるため比表面積が小さく,水分吸着量も
少ないのが特徴である。また,甲77で測定したのは表面処理アルミ
ナ(被覆率80%)であるが,この被覆率のアルミナは水に浮く,す
なわち,疎水性表面を有しているから,フィラー表面に水分子が吸着
していない。したがって,本件訴訟で問題となっている表面処理フィ
ラーについて,「フィラー表面には水素結合された水の分子が何層に
もわたって存在している」とは考えられない。
ウ「本件製法は,ドライコンセントレート法やインテグラルブレンド法と
実質的に同じであること」の主張に対し
(ア)一審被告が採用している製造方法は,本件明細書(甲2,3)の段
落【0032】に記載されている「直接処理法」である。このことは,
乙28(一審被告取締役H作成に係る平成19年11月13日付け陳述
書)の2頁表2∼3中の番号2∼4に「シランカップリング剤処理熱伝
導性フィラー」と記載されていることからも明らかである。乙28は,
一審被告のGR−nについての製造方法の説明書であるが,他の製品に
ついても,処理フィラーは全量「直接処理法」で製造されたものであ
る。その理由は,「直接処理法」以外の方法は,シランカップリング剤
をフィラーに所定量正確に反応させることができないうえ,シリコーン
ゴムにボイドが発生してしまい(本件明細書[甲2,3]段落【001
8】),製品にはならないからである。
(イ)加えて,本件明細書(甲2,3)の段落【0019】に記載されて
いる「インテグラルブレンド法」,「ドライコンセントレート法」につ
いては,具体的実施例はなく,本件特許発明1の構成と作用効果が得ら
れるのか確かめられていない。
「インテグラルブレンド法」は,シランカップリング剤モノマーをそ
のまま直接シリコーンゴム原料に添加して混合するだけである(本件明
細書[甲2,3]段落【0023】)ので,熱伝導性フィラーとは反応
せず,シリコーンゴム原料の加熱硬化工程においてボイドが発生してし
まい(本件明細書[甲2,3]段落【0018】),本件各特許発明の
放熱シートは得られない。
「ドライコンセントレート法」とはいかなる方法かについて,本件明
細書中に説明はないが,一審原告が主張する「ドライコンセントレート
法」は,「多量のシランカップリング剤を無機フィラーに吸収させてお
いて,未処理の無機フィラーで希釈して用いる方法である」(甲50,
268頁25行∼26行)。一審被告が使用している表面処理フィラー
に物理吸着しているカップリング剤の量は,たとえ存在してもごく少量
(最大でも960ppm)である。それゆえ,甲50のドライコンセン
トレート法の説明とは一致しない。過剰の未反応シランカップリング剤
を多量に含む処理フィラーをシリコーンゴム原料に加えると,加熱処理
の際にメタノールの発生に起因するボイドが発生し,ゴムは得られない
(本件明細書[甲2,3]段落【0018】)。
(ウ)一審被告は,シリコーンゴム原料に直接カップリング剤を添加して
いないし,処理フィラーから脱離したもの,又は,容易に脱離しうる態
様で吸着したカップリング剤を存在させていない。
被告製品に使用されている処理フィラーは,全量「直接処理法」で製
造されたものであり,これは本件明細書(甲2,3)の段落【0025
】∼【0027】(【化3】)及び【図1】(b)記載のように安定し
た結合であるから,脱離しないし,容易に脱離しうる態様でもない。す
なわち,本件明細書(甲2,3)の【図1】(b)には,フィラーの表
面に「−O−Si−」と記載されており,これはシロキサン結合であ
り,ガラスやシリコーンゴムの結合と同一であるから,一旦形成された
シロキサン結合は安定であり,簡単には分解しない。そして,本件明細
書(甲2,3)の段落【0025】,【0027】には,本件各特許発
明でいう「表面処理」とは,化学結合の一つであるシロキサン結合によ
って,シランカップリング剤を熱伝導性無機フィラーに結合させること
である旨が記載されているから,シランカップリング剤が簡単に外れる
ような「表面処理」は,そもそも本件各特許発明でいう「表面処理」に
含まれず,本件各特許発明の実施例(本件明細書[甲2,3]の段落【
0032】∼【0054】)を当業者は追試できず,本件各特許発明の
作用効果(本件明細書[甲2,3]の段落【0055】∼【0059
】)も奏しない。すなわち,未処理フィラーにシランカップリング剤が
「物理吸着」しても,シランカップリング剤は容易に脱離してしまうか
ら,未処理フィラー同士の凝集が起こってしまい,未処理フィラー同士
の凝集が起こると,再分散はしにくいから,本件各特許発明の作用効果
は発揮できないことになる。したがって,本件各特許発明の技術的範囲
に属しない。
なお,甲83(一審原告従業員Aの平成22年1月18日付け実験報
告書)の実験においては,第1のフィラー系で,カップリング剤を被覆
率にして166%,第2のフィラー系で,被覆率にして142%を使用
しているところ,フィラーの表面処理に効果を発揮するカップリング剤
は,被覆率で100%までであり,それ以上の量(過剰量)は,シリコ
ーンと混合した組成物の系の粘度を低下させる効果のみを発揮するか
ら,このような組成物系で,粘度を判定基準にして,直接法とインテグ
ラルブレンド法を比較するのは正しくなく,また,直接法とインテグラ
ルブレンド法の比較を粘度だけで行っていることも正しくない。そこ
で,乙85では甲83で提示された配合でシートを作成し,そのシート
のゴム硬度,引っ張り強さ,引き裂き強さ,圧縮永久歪みを測定し,さ
らに,被覆率毎に作成したシートの150℃エージング試験を行ったと
ころ,インテグラルブレンド法は,無処理フィラーによる組成物に比べ
て,若干の効果は認められるが,多くの特性では,直接処理法とはかけ
離れ,むしろ,無処理フィラーの場合に近くなることが分かった(乙8
5[一審被告従業員C作成に係る平成22年2月23日付け実験報告書
])。
エ「処理フィラーから未処理フィラー全部へのカップリング剤の脱離・移
行の実証」の主張に対し
(ア)一審原告は,甲49(一審原告従業員Aの平成21年5月30日付
け実験報告書)により,カップリング剤の脱離・移行が起こると主張し
ている。しかし,以下のとおり,この主張は失当である。
a甲49は,カップリング剤の脱離・移行が起こっている現象を示し
ているのではない。処理フィラーが凝集して内部に空気を含み,空気
の浮力により浮いている現象を示しているだけである。
未処理フィラー凝集体の場合,フィラー表面は親水性であるから,
水に接すると,水は空気と置換するように凝集構造内部に浸透して行
くため,速やかに水中に沈降する(乙50[一審被告従業員E作成に
係る平成21年6月25日付け陳述書(10)],図3)。
一方,処理されたフィラーの表面は撥水性なので,水と接してもフ
ィラー表面で水が撥かれ,さらに水は表面張力が大きいので凝集構造
の内部に入ることができない。そこで,処理フィラーの凝集構造内部
の空気は水と置換し得ず,その結果,表面処理フィラー凝集体の密度
は水よりも軽くなって浮かぶ(乙50,図4)。
処理フィラーと未処理フィラーをポリエチレン袋内で混合すると,
3次凝集体が生成し,この構造の中に含まれる空気によって密度が水
よりも小さくなる。表面処理フィラーの2次凝集構造が未処理フィラ
ーの2次凝集構造の外側を取り囲む構造となり,表面処理フィラーの
2次凝集構造による撥水効果によって,水は3次凝集構造中に入り込
むことができない状態となる。すなわち,空気を排出することができ
ない。そのために水面に浮く(乙50,図5)。
そのような3次凝集構造は,水中で激しく振れば破壊され,大半は
処理フィラーの2次凝集体と未処理フィラーの2次凝集体になる。そ
の結果,処理フィラーの2次凝集体は水中に分散(浮遊)するもの
の,未処理フィラーの2次凝集体は速やかに沈降する(乙50,実験
(9))。甲49は,水の上に粉体を軽く置き,激しく振っていない
ので,粉体は3次凝集構造のまま保持され,内部に水が入り込めず,
内部に空気を多量に含むため,水に沈降しないのである。
以上のとおり,甲49は,カップリング剤の脱離・移行が起こって
いる現象を示しているのではない。
b甲49は,各々の処理フィラーにはどの程度の未反応カップリング
剤が存在していたのかについて,分析はされていない。未反応カップ
リング剤がどの程度含まれているか不明であるにもかかわらず,未処
理フィラーと混合すると水に浮いたから,結果的にすべてのフィラー
が処理フィラーに容易に転換されるというのは,飛躍しているとしか
いいようがない。
一審被告は実験1として,甲49のサンプル③及び④に相当する処
理フィラーの未反応シランカップリング剤(ヘキシルトリエトキシシ
ラン)を定量したところ,③につき0.43ppm,④につき0.2
8ppm検出され,次に実験2として,シランカップリング剤をどの
程度反応させたら撥水性になるかを調べたところ,一審原告がいう撥
水性は,熱伝導性フィラーに対してシランカップリング剤を5000
ppm以上を処理させた場合に発現し,4000ppm以下では撥水
性は発現しないことがわかった(乙65[一審被告従業員E作成に係
る平成21年11月11日付け陳述書(14)])。このことは,万
一,わずかな未反応シランカップリング剤がシリコーンゴム原料中に
存在したとしても,未処理フィラーが本件各特許発明でいう「表面処
理」されたことにはならないことを意味する。
c本件明細書(甲2,3)の段落【0020】及び【0021】に
は,「100∼150℃で1時間乾燥させる」と記載され,段落【0
027】には,「更に熱伝導性無機フィラー1の表面の水酸基と反応
して,熱伝導性無機フィラー1の表面は図1に示すような,疎水性の
長鎖のアルキル基2で覆われるものである」と記載されているよう
に,フィラーの表面にカップリング剤を反応させるためには加熱が必
要である。しかし,甲49の実験は加熱しておらず,反応させていな
いことは明らかである。したがって,甲49は本件明細書に支持され
ていない勝手な実験というべきであり,信用できない。
(イ)一審原告は,処理フィラーと未処理フィラーは極めて密であり,万
遍なく衝突し,未処理フィラーもカップリング処理されると主張してい
る。
しかし,一審原告のモデルはあまりにも簡略化しすぎており,本質か
ら外れている。
第1の疑問は,ガラス玉とガラス玉の間には水分子は存在しないの
か,という点である。「ガラス玉は重いから,攪拌中にガラス玉間の水
は排除されるはず」などというのは,科学を無視した乱暴な議論であ
る。熱伝導性シリコーン組成物では粒子間のマトリックスは,水より粘
度が数百倍∼数千倍高いシリコーンポリマーである。そのような高粘度
のポリマーを攪拌時の力でガラス玉とガラス玉の間から排除できるはず
はない。
第2の疑問は,ポリマーマトリックスへのフィラーの混合のメカニズ
ムを無視している点である。フィラーは,一審原告が主張するモデルの
ようなガラス玉ではない。ポリマー原料に添加される前に,個々のフィ
ラー粒子同士は凝集しているのである。処理フィラー及び未処理フィラ
ーをシリコーンゴム原料に混合した直後の3次凝集体は,初めから弱い
吸着力ながらもフィラー粒子同士が接触しているが,3次凝集体の間に
はシリコーンポリマーが存在する点が重要である。ここで混合を続けて
行くと,3次凝集体の粒子間に存在するシリコーンポリマーを介して伝
えられる剪断力によって,3次凝集体は破壊して2次凝集体となる。こ
こでも,処理フィラーの2次凝集体の中で処理フィラーの1次粒子同士
は接触しているが,処理フィラーと未処理フィラーは接触する機会がほ
とんどないことが重要である。最終的に組成物の中で2次凝集体が完全
に破壊されるかは,フィラーの性質や粒子径によって異なるので一概に
はいえないが,ここでも,1次粒子間にはシリコーンポリマーが介在し
ている。そして,もうひとつ重要なのは,フィラーの単一粒子径は0.
5∼50ミクロン程度であるのに対し,シリコーンポリマーの断面直径
は0.001ミクロン程度しかないことである。したがって,たとえ粒
子同士が接触しているように見えても,実際にはその間にシリコーンポ
リマーが介在し,排除されることはない。
ポリマーへのフィラーの分散プロセスを図示すると,以下のとおりで
ある。
一審原告が主張するガラス玉のモデルは,シリコーンポリマー内での
フィラーの詰まり具合を示すという試み自体を否定はしないが,それだ
からといって,「フィラー同士が常に衝突するような状態である」とい
う結論が正しいとは思えない。加えて,衝突したからカップリング処理
されるとの結論を導くことは,飛躍という以外に無い。
(ウ)一審原告は,甲52(一審原告従業員Aの平成21年6月19日付
け陳述書)を根拠に,GR−kから検出されたシランカップリング剤の
含有量をGR−kシート1グラム中のシランカップリング剤分子数に換
算し,それと未処理フィラーの数を比較して論じている。
しかし,被告製品のシランカップリング剤処理フィラーは,シランカ
ップリング剤が脱離したり移行することは無いから,前提からして誤り
である。
加えて,このような議論は,本件各特許発明の技術思想と矛盾してい
る。本件明細書(甲2,3)の段落【0018】には,「熱伝導性無機
フィラー1の表面にシランカップリング剤の単分子層を形成するのに必
要なシランカップリング剤量の,0.1∼15倍とするのが好ましいも
のである。ここで0.1倍に満たないと,シランカップリング剤による
処理効果が少なくなる。」と記載されており,フィラーを表面処理する
際のシランカップリング使用量は「0.1倍以上」と明記されている。
したがって,GR−k中のフリーのシランカップリング剤分子が,未処
理フィラーの表面を「0.1倍以上」覆っているのかを論じるべきであ
る。しかるに,甲52では,未処理フィラー表面をどの程度覆えるかで
はなく,シランカップリング剤の分子数と,未処理フィラーの粒子数を
論じている。シランカップリング剤の分子数と,未処理フィラーの粒子
数との関係は,本件明細書には記載が一切なく,どの程度の範囲であれ
ば本件各特許発明の作用効果が奏されるかは不明であるから,論じるこ
と自体ができない。かえって,甲52は,一見して「0.1倍」にはは
るかに至らないことを示しているが,これでは,本件各特許発明の作用
効果は発揮されない。
さらに,大粒径フィラーが真球であると仮定し,GR−k用処理フィ
ラーから,ヘキシルトリエトキシシランが最大0.03ppm存在する
と仮定し,この全部が未処理フィラーに「化学結合」したと仮定した場
合,粒子1個当たりカップリング剤分子は,57万個(a)になる(乙
72[一審被告従業員E作成に係る平成21年11月30日付け陳述書
(18)],10頁16行∼17行)。被覆率100%に必要なカップ
リング剤分子数は,約15.5億個(b)である(乙72,10頁13
行∼14行)。a/bは,0.00037となるから,被覆率で示す
と,0.037%である(乙72,10頁21行)。被覆率0.037
%は,きわめて僅少と言わざるを得ない。しかし,同じ体積の物体の表
面積は,物体が球の時に最小となる。そして,実際の大粒径フィラーの
比表面積は,真球であると仮定した表面積よりはるかに大きいのであ
る。そこで,実際の比表面積の数値を使用して,被覆率を計算し直した
ところ,被覆率は0.0019%となり,乙72の1/20程度になっ
た。なお,乙15は被告製品の一般的な技術説明をしたものであって,
GR−kの個別具体的技術を説明したものではないから,大粒径フィラ
ーをGR−kが使用していないからといって,非難される筋合いのもの
ではない。
オ一審原告の乙25に基づく主張に対し
一審原告は,乙25(一審被告従業員Cの平成19年7月23日付け実
験報告書)に基づき,本件各特許発明にいう「表面処理」には物理吸着に
とどまるものも含むと主張するが,この主張は,以下のとおり禁反言の法
理又は信義則に違反し,許されない。
(ア)本訴の乙25は,本件各特許発明が乙7(特開平9−111124
号公報)から進歩性がないことを実証するために,一審被告が無効審判
事件(無効2007−800043)において提出した実験報告書(無
効審判事件における甲8)である。
(イ)乙7には,「表面処理」することは直接記載されていないが,シラ
ンカップリング剤(オクタデシルトリメトキシシラン)をシリコーンゴ
ム原料に添加することが記載されており,一審被告は,乙25により,
本件各特許発明の実施例のシリコーンゴム原料に,乙7に記載のシラン
カップリング剤(オクタデシルトリメトキシシラン)を添加すれば,本
件明細書(甲2,3)の【0055】に記載されている作用効果と同様
の作用効果が得られることを実証した。
したがって,熱伝導性シリコーンゴム組成物にオクタデシルトリメト
キシシランを架橋剤として添加すれば,オクタデシルトリメトキシシラ
ンは熱伝導性充填剤に物理吸着し,物理吸着も本件各特許発明にいう
「表面処理」というのであれば,処理フィラーに該当することになる。
架橋剤がフィラーの表面処理剤としても反応することは,本件特許出願
前から当業者には自明であった(乙86[特開平5−105813号公
報],乙87[特開平8−269334号公報])。
(ウ)一審原告は,無効審判事件の平成19年5月18日付け「審判事件
答弁書」(乙64)14頁下4行∼15頁3行において,「…甲3発明
(被告注:乙7に記載されている発明)において,『オクタデシルトリ
メトキシシラン』は架橋剤として添加されるものであることは,甲3の
記載から明らかであるところ,架橋剤とは,樹脂に三次元架橋構造を付
与するための添加剤であって,架橋反応に使われた架橋剤は,ポリマー
分子中にとりこまれる。したがって,架橋剤として添加されるオクタデ
シルトリメトキシシランは,架橋反応に使われ,ポリマー分子中にとり
こまれるものであり,充填剤の表面処理に使われるものではない。」と
主張し,審決もこれを支持し(甲21,35頁9行∼32行),審決取
消訴訟判決もこれを支持し(甲45,95頁18行∼24行),上記審
決は確定した。上記の「充填剤の表面処理に使われるものではない。」
は,「充填剤の物理吸着に使われるものではない。」と同義である。
(エ)このような経緯があるにもかかわらず,本件訴訟において,一審原
告が乙25を持ち出し,本件各特許発明にいう「表面処理」には物理吸
着にとどまるものも含むと主張することは,無効審判における上記主張
と相反するものというほかない。
したがって,一審原告が上記主張をすることは,禁反言の法理又は信
義則に違反し,許されないものというべきである。そして,このように
解することは,特許法70条1項とは無関係に導き出されるものであ
り,同条項があるからといって,このような主張が許容されるものでな
い。
(3)GR−nの組成に関する原判決の認定の誤り−争点1に関し
ア原判決の「算定方法①」についての判示(61頁下6行∼65頁4行)
につき
(ア)原判決は,一審被告の製造方法について,「被告は,特許法104
条の2に基づき,GR−nの製造方法を記載したものとして製造標準処
方(乙26,27)を提出するところ,これが信用できるものであれ
ば,これに基づいてGR−nの組成を算出する方法(算出方法①)が最
も直截な方法といえる。そこで,まず製造標準処方の信用性について検
討する。」とした上,「被告は,自ら提出した製造標準処方はGR−n
のものであることに間違いない旨主張する。しかし,製造標準処方には
『用途』として『GR−n』との記載があるものの,原材料名は製造メ
ーカー名も含めて全て黒塗りされており,他にも黒塗り部分が少なから
ず存在し,その内容を窺い知ることができないから,これらの書証の信
用性をにわかに肯定することはできないというべきである。」と認定し
ている(61頁22行∼62頁6行)。
しかし,乙26,27には,原料メーカー及び商品名を含む重要なノ
ウハウが記載されているから,原審において,一審被告はマスキングの
ある書類を提出し,マスキングのない書類は,弁論の際に裁判所に開示
した。一審原告は他の会社にも本件特許のライセンスを許諾していると
のことであるから,一審被告にとって,乙26,27は重要な技術ノウ
ハウとして開示できないという事情は現在に至っても何ら変っていな
い。
加えて,乙28(一審被告従業員H作成に係る平成19年11月13
日付け陳述書)の2頁表2及び表3には,乙26及び27の内容を説明
している。それにもかかわらず,「内容を窺い知ることができない」と
の原判決の批判は,理解に苦しむ。
(イ)原判決は,「…『添加剤−A∼Cは顔料等であり,熱伝導性に影響
するものではありません。』と述べられている。そうすると,乙28陳
述書によれば,シリコーンポリマー(Siキャタリストを含む。)に配
合された材料は,カップリング処理された熱伝導性無機フィラーのほ
か,熱伝導性に関係のない顔料である添加剤AないしCのみであるか
ら,未処理の熱伝導性無機フィラーは充填されていないことになる。し
かし,被告は,GR−nには0.1vol%の未処理の熱伝導性無機フ
ィラーが充填されていると主張しているのであるから(別紙被告製品の
組成),乙28陳述書の内容は被告の主張と矛盾することになる。」
(62頁下3行∼63頁7行)と認定し,「…被告としては酸化鉄を熱
伝導性無機フィラーとして捉えていなかったのではないかという疑念が
払拭できない。そうすると,乙28陳述書の添加剤B及びC(酸化鉄)
が被告の主張する未処理の熱伝導性無機フィラーに当たるものとして,
乙28陳述書と被告の主張との上記矛盾が解消されたといえるのかどう
かについても,少なからず疑問の残るところといわざるを得ない。」
(64頁7行∼12行)と認定している。
しかし,GR−nに配合しているFeOとFeOはいずれも酸化3423
鉄粉(乙26と乙27における「FSG7185A」のNo.7と「F
SG7185B」のNo.6,乙30[一審被告従業員H作成に係る平
成19年12月11日付け第2陳述書]の2頁表4の添加剤BとC)で
あり,その熱伝導率は,鉄(約80W/m・K。乙42[日本化学会編
「化学便覧基礎編Ⅱ」丸善株式会社昭和54年3月20日第4刷発行
985頁])に比べ,およそ1/2∼1/6程度小さい値を示すとされ
ている(乙41[秋山友宏ほか「緻密な酸化鉄成型体の熱伝導率」鉄と
鋼第77年第2号(平成3年2月)]の46頁右欄下3∼下2行,49
頁左欄下5∼下4行)。また,アルミナの熱伝導率は,約36W/m・
K(上記乙42)である。そうすると,酸化鉄粉も「熱伝導性フィラ
ー」といえる。
被告製品のGR−nには0.1vol%の未処理の熱伝導性無機フィ
ラー(酸化鉄粉)が充填されており(原判決の別紙「被告製品の組
成」),乙28陳述書の内容は誤記であった。誤記の理由は,一審被告
は酸化鉄を着色剤として添加しており,熱伝導性の目的で添加している
のではないからである。なお,一審被告は酸化アルミのみで80.6v
ol%添加しており(原判決の別紙「被告製品の組成」のGR−nの
欄),酸化鉄顔料を含めなくても,本件各特許発明の技術的範囲に属し
ない。
(ウ)原判決は,「…乙28陳述書に示されるGR−nの組成(乙28陳
述書の【表4】)に基づいてGR−nの比重を計算すると,3.403
1(4213.100÷1238.01=3.4031:ただし,被告
の主張によれば3.4029。)となるところ,かかる結果は,争いの
ない事実としてのGR−nの比重(3.355∼3.358)と異なる
ことになる。」(64頁13行∼17行)と認定し,「以上からする
と,GR−nの製造標準処方やこれを説明する乙28陳述書及び乙30
陳述書は,これを信用することができないというべきであり,これに依
拠する被告の主張は採用できない」(65頁2行∼4行)として,一審
被告の主張を排斥している。
しかし,乙28は原料の仕込量から求めた計算値であり,甲8(一審
原告従業員A作成に係る平成19年6月22日付け「実験報告書」),
甲23(株式会社ダイヤ分析センター作成に係る報告書)及び甲24
(株式会社住化学分析センター作成に係る報告書)は製品から測定した
比重であるから,完全に同一にならないのは当然である。
両者が相違する原因としては,次のことが考えられる。
①シリコーンゴム製造工程に不可避的に含まれる気泡の影響があ
る。
②重量で約95%(体積割合で80.6vol%)添加している酸
化アルミフィラー中に凸凹や空洞があり,この中に気泡が含まれ
る。
上記①の事実を確認するため,乙43(一審被告従業員C作成に係る
平成21年6月2日付け実験報告書)を提出する。同報告書によれば,
シリコーンゴム製造時に脱泡処理を強化することにより,シリコーンゴ
ムの比重は高くなることが確認されている。このことは,シリコーンゴ
ム中に微細な気泡があることを証明している。また,気泡は不可避的に
発生したと思われ,通常の生産条件では完全に除去することは困難であ
る。さらに,脱泡を強化しても,仕込計算値までの高い値(約3.40
3)は得られず,真空による脱泡処理では取ることができない酸化アル
ミフィラー中の微細な凸凹や空洞中に含まれる気泡の存在があると推認
される。
上記②の事実は,乙35(東研X線検査株式会社作成に係る2008
年2月18日付け「X線検査報告書」)2枚目の図1及び乙37(一審
被告従業員E作成に係る平成20年2月27日付け陳述書(5))3頁
図1から明らかである。同図には,シリコーンゴム内に黒色の泡のよう
に見えるミクロンオーダーの微細な気泡が観察される。さらに,乙37
の4頁2行∼3行には,「…画像の気泡の量から考えて,1vol%以
上は存在するものと思われた。」と記載され,また,同頁9行∼10行
には,「…画像の気泡の量及びその面積比から1vol%以上は存在す
ると推認される。」と記載されている。
また,シリコーンゴム内に気泡が存在することは,フィラーが凝集し
たままであると水に浮くという事実(乙50,51)からも説明でき
る。
以上からすると,シリコーンゴム内には1vol%以上の気泡が存在
することは明らかである。
加えて,原料の例えば熱伝導性フィラーは粉体であり,多量の空気を
含んでいるが,計量時には空気の重さは測定しない。空気の重さは,地
上においては計ろうとしても計れない。シリコーンゴム原料を計る場合
も,同様に空気の重さは計らないから,仕込量からの計算値には空気の
重さは入っていない。ところが,製品から比重を出すには,まず製品の
重さを計量し(A[g]),次に,製品を4℃の水の中に入れ,多くな
った水の体積を求め(B[cm]),計算式「A/B」によって比重3
を出す。ここで,製品に気泡を含む場合,全く気泡を含まない製品に比
べて水を押しのける体積(B[cm])が大きくなるから,比重は軽3
いものとなる。したがって,気泡が存在する場合は,その存在を無視す
ることはできず,原料の仕込量から求めた比重と,製品から測定した比
重とが異なることは当然である。
(エ)原判決は,「…空気は断熱性の高いものであるから,これを1vo
l%も含むものは熱伝導性シリコーンゴムとして不良品ではないかとい
う疑問が生じる…」と認定している(64頁20行∼22行)。
しかし,乙45(一審被告従業員E作成に係る平成21年6月2日付
け陳述書(6))のとおり,一審原告が甲5(一審原告が平成15年6
月2日付けで特許庁に提出した意見書)15頁8行∼14行において引
用したMaxwell-Euckenの式によれば,シリコーンゴム製造工程におい
て,不可避的に気泡が含まれても,その程度の量では熱伝導性には影響
しないことは明らかである。加えて,粒子表面が微細な凸凹で,表面に
気泡が存在したとしても,粒子同士が接触していれば熱伝導には影響し
ない(乙15,2頁図1)。
原判決64頁22行∼23行においては,「…甲第27号証による軟
X線写真検査装置による観察でも気泡の存在は見受けられない。」と認
定している。
しかし,甲27は倍率を「6倍」(甲27[一審原告従業員A作成に
係る平成20年1月17日付け陳述書3],2頁下4行)としており,
この倍率では小さすぎて気泡は見えない。甲27で用いた装置は,「最
大拡大率300倍」(乙38の「仕様」の欄6段目)であり,一審原告
は,意図的に気泡が見えない倍率を選択している。
(オ)原判決は,「…GR−nには1vol%以上の気泡が存在すると推
認される旨結論づける乙第37号証についても,仮に乙第37号証で検
証された試料が不良品ではないGR−nであったとしても,気泡含有量
の計算を行わないで,画像のみから気泡が1vol%以上存在するとは
即断し難い。」と認定している(64頁23行∼65頁1行)。
しかし,微細な気泡の定量は,現在の分析装置によっても容易なこと
ではなく,一審被告も最善を尽くして定量を試みたが成功していない。
原判決が微細な気泡の定量まで求めているのは,酷というものである。
イ原判決の「算定方法②」についての判示(65頁5行∼68頁5行)に
つき
(ア)原判決は,「…乙11報告書では,試料の加熱前の重量及び加熱後
の残渣重量が全く記載されておらず,唐突に5wt%という結論しか記
載されていない。しかも,5wt%という数値の有効数字は1桁にすぎ
ず,本件では,これに分析サンプルNの比重3.4及びシリコーンゴム
の比重0.97(いずれも有効数字は2桁)を用いて乗除演算している
のであるから,結論として導き出された『82.5』という数値の有効
数字も1桁であることに変わりはない。」(67頁16行∼22行)と
認定している。
しかし,乙11に熱重量測定チャートを追加した乙46(株式会社テ
ルムによる乙11の再発行試験報告書)最終頁のチャートの左上欄「S
ample」に「59.212mg」と記載され,これが加熱前の試料
の重量である。また,このチャートの中央下側に「−4.900%」と
記載されており,この値は減量%を示している。すなわち,「1−0.
049=0.951」が試料の加熱後の残渣の割合であり,上記試料の
加熱前の重量「59.212mg」を乗じると「59.212mg×
0.951=56.3106mg」となる。これが試料の加熱後の残渣
重量である。したがって,乙46には試料の加熱前の重量及び加熱後の
残渣重量は示されている。
また,乙47(一審被告従業員E作成に係る平成21年6月2日付け
陳述書(7))によれば,減量が5%(0.05)(有効1桁)であっ
たということは,信頼範囲は0.045∼0.055であることを意味
する。この範囲の値をWeightLossに代入してフィラー体積を計算する
と,次のとおりとなり,いずれも80体積%を超え,本件各特許発明の
技術的範囲(40∼80vol%)に属さないという結論が得られる。
減量フィラーvol%
0.04584.2%
0.05082.5%
0.05580.7%
(イ)なお,一審原告は,甲59∼61により,残渣中にアルミナ以外の
成分が含まれると主張する。
a甲59は,シリコーンゲルの熱重量分析結果を示し,甲61はその
考察である。
しかし,乙60(一審被告従業員E作成に係る平成21年9月7日
付け陳述書(12))の「以上のとおり,甲59は,フィラーを含ま
ないシリコーンゲル(東レダウコーニング製SE1885)を窒素雰
囲気下で熱重量分析しており,この分析データを使用して乙46の残
渣成分にシリコーン残渣が含まれているとの甲61の2頁10行目の
結論は誤りである。この理由は,上記グラフから明らかなとおり,フ
ィラーを含むシリコーンゲルの熱分解残渣量の検量線に,フィラーを
含まないシリコーンゲルの熱分解残渣量は乗らないからである。」
(2頁14行∼19行)の記載から明らかなとおり,甲59の数値を
用いること自体が誤りであり,甲61の考察もまた誤りである。
b甲60には,どのような加熱をしたのかを示すチャートがついてい
ない。熱分析をするに当たっては,例えば,甲59の2枚目の赤色線
データ,乙46の3枚目のデータが必須である。甲60にはこのよう
なデータがないから,どのような加熱をしたのか不明である。乙60
の「上記グラフの600℃は,シリコーン分子の熱安定性を大きく超
える温度である。酸素が存在しないから600℃であっても酸化分解
は起こらない。しかしこの温度条件では,有機基の分解,特にC−H
結合の分解が無視できなくなると思われる。このC−H分解が起こる
とシリコーンは最終的にケイ素と酸素と炭素からなる無機物質にな
り,900℃まで加熱してもそれ以上分解しない可能性が高い。60
0℃での熱分解にはこのような疑問が大いにある。原告は,窒素雰囲
気下での熱重量分析の残渣にケイ素成分が残ることを証明したいはず
である。それならば,『乙46に準じた熱分解』ではなく,『乙46
と同一条件での熱重量分析』の残渣についてICP分析をすべきであ
る。」(3頁のグラフ下の1行∼9行)との指摘のとおりである。
また,甲73では,組成上90%以上をアルミナが占めるGR−n
の中でケイ素成分が0.14%残存したという結果が示されているか
ら,シリコーン組成物の分析技術を持つ技術者ならば,その前処理方
法を疑うはずである。前処理方法の適否を調べる最初の方法は,甲7
3で前処理した焼成後の重量を測定し,再現性を確認することであ
る。しかし,甲73では,焼成後の残渣重量の記録がなく,「焼成」
条件の適否を確認する方法がない。また,分析に供したGR−nの重
量の記載がなく,不明である。さらに,甲73では,熱重量分析装置
で「焼成」を行ったとは記載されていないから,別の装置で「焼成」
を行ったのではないかとの疑いが残る。以上のように,甲73の内容
は疑わしい点が多く,証明力に欠ける。
c一審原告は,甲61の4頁の計算によれば,フィラーは80vol
%以下になると主張する。
しかし,一審原告は,乙30で開示した組成からアルミナフィラー
の重量だけを取り出しているだけであって,他の添加物を無視してい
る。添加剤Bと添加剤Cは金属酸化物である。熱重量分析で加熱して
も金属酸化物に重量変化がないことは,アルミナと同様である。さら
に,添加剤Aは金属元素を含む化合物である。添加剤Aが熱重量分析
で全量残ることはないが,金属元素は酸化物として残る。それらを考
慮すれば,乙47のベースになる熱重量分析の残渣である95wt%
(誤差を考慮して94.5∼95.4wt%)が信用性に乏しいとは
いえない。
ウ原判決の「算定方法③」についての判示(68頁6行∼77頁18行)
につき
(ア)原判決は,70頁1行∼12行において,最終製品から分析するこ
との妥当性を是認し,「被告は,甲25陳述書は気泡が存在しないとい
う前提で行っているが,GR−nには1vol%以上の気泡が存すると
主張するところ,前記(1)エのとおり,GR−nに1vol%以上もの
気泡が存するとは即断し難い(ただし,乙第37号証によれば,気泡が
存在する可能性も完全に否定することはできない。)」と認定している
(70頁14行∼18行)。
しかし,前記乙43(実験報告書)及び乙37によれば,シリコーン
ゴム中には気泡が1vol%以上存在していることは明らかである。
(イ)原判決は,「…他方で,被告が主張する『1.0273』という比
例定数は,被告が主張するGR−n中の処理フィラーの体積分率と未処
理フィラーの体積分率から求めた値であるところ(82.8÷80.6
=1.0273),本件においては処理フィラーと未処理フィラーの各
体積分率が争いになっているのであるから,被告の主張する数値を前提
に比例定数を導き出しても,客観的な裏付けのある数値にはならないと
いうべきである。」と認定している(71頁4行∼9行)。
しかし,処理前の熱伝導性無機フィラーが80.6vol%,シラン
カップリング剤が2.2vol%,これらの合計が82.8vol%か
ら導き出せる「比例定数1.0273」は事実である。一審原告が,こ
れに代わるべき比例定数を使用せず,処理フィラーの体積分率として
「V2+0.022」(甲25[一審原告従業員A作成に係る平成20
年1月17日付け陳述書1]の2頁6行)を使用したことは誤りであ
る。なぜならば,万一,処理前の熱伝導性無機フィラーの量が変われ
ば,それに比例してシランカップリング剤の量も変わるからである。
(ウ)原判決は,「…気泡の存在自体は完全に否定できないが,1vol
%以上存在するとまでは認め難いことから,この点をもって甲26陳述
書の信用性を完全に覆滅させるものとまではいえない。」と認定してい
る(72頁下1行∼73頁3行)。
しかし,前記乙43,37によれば,シリコーンゴム中には気泡が1
vol%以上存在していることは明らかである。
(ウ)原判決は,乙36陳述書の上記計算結果によっても本件カッ
プリング剤を除く熱伝導性無機フィラーの体積分率は80vol%を下
回る,と認定している(74頁12行∼下1行)。
しかし,乙36(一審被告従業員E作成に係る平成20年2月27日
付け陳述書(4))は,その1頁下2行∼2頁2行に書いたように,①
気泡の有無問題とは無関係である甲25,26の基本的誤りを指摘して
おり,また,②GR−n中に気泡が含まれていないという一審原告の主
張を認めているのではなく,気泡が含まれていないと仮定しても成り立
たないことを立証したのである。このような仮定の計算式は,GR−n
中に気泡が1%程度以上含まれていることが明らかになれば,当然に成
り立たない。
(エ)原判決は,76頁16行∼77頁14行において,甲28陳述書に
ついて認定し,「そもそも,被告は,甲25陳述書については,気泡の
存在を考慮していないとして,その信用性を争い,他方において,甲2
8陳述書については,気泡を計算に入れたことを論難しているのであっ
て,その主張は一貫性を欠くものといわざるを得ない。」(77頁14
行∼18行)と結論付けている。
しかし,得られるGR−n中の処理フィラー体積%を計算するに際し
て,甲28のように気泡の重さも含めた体積%を結論として採用した点
は,受け入れることはできない。組成物発明は,重量で示すのが一般的
である。ポリマーとフィラーから構成される組成物もしかりである。そ
のような組成物に空気が持ち込まれることを防ぐことは非常に難しく,
実際にはいくつかの例外を除いて空気を含有したままになっている。通
常このような空気は組成物の構成成分としては扱われない。GR−nに
おける気泡(空気)も同じである。甲28で仮定した気泡の体積分率が
1vol%でも,2vol%でも,3vol%でもよいが,フィラー体
積%は空気を含めずに計算しなければならない。甲28の2頁表1の最
下段では,空気の真比重(重量)まで計算式に加えているが,この空気
の真比重(重量)は,宇宙空間の無重力状態と,地球の海面とを比較し
たときに初めて必要になるのであり,このような計算式はおかしい。そ
こで,空気を含めずに計算してみると,乙48(一審被告従業員E作成
に係る平成21年6月2日付け陳述書(8))のようになり,分析値か
ら計算しても,空気を重量組成に含めずにGR−n中のフィラー体積%
を計算すれば,たとえ気泡の体積%が1vol%であっても,GR−n
中のフィラー体積%は80%を下回ることは決してない。
なお,一審原告は,乙48による計算について,気泡が1vol%の
場合における気泡を含めずに計算されるフィラーの体積分率は,80.
451vol%であるから,小数点以下を四捨五入すると「80vol
%」であり,本件各特許発明の構成要件Bの「40vol%∼80vo
l%」を充足することになると主張するが,この主張は,一審原告が,
本件特許の出願経過において「40vol%∼80vol%」と限定し
たことに照らすと,禁反言に反する主張である。
(4)被告製品(ただし,GR−n及びGR−iは除く。)は均等侵害の第5
要件を充足しているとする主張(予備的主張2)に対し−争点2に関し
ア原判決の別紙「被告製品の組成」に記載されているように,被告製品の
GR−b,GR−d,GR−k,GR−l及びGR−mは,カップリング
剤処理フィラーの量が,いずれも「40vol%∼80vol%」から大
きく外れている。その上,カップリング剤を除いたカップリング剤処理フ
ィラーの量は,さらに低いものとなる。
このように,数値が大きく外れている場合は,均等論が適用される余地
はない。
イ一審原告は,平成14年2月4日付けの手続補正書(乙3)において,
本件明細書(甲2,3)の段落【0008】につき,「シランカップリン
グ剤で表面処理を施した熱伝導性無機フィラー1を分散させて成り,熱伝
導性無機フィラー1が熱伝導性シリコーンゴム組成物全量に対して40v
ol%∼80vol%である」と記載したから,これは,シランカップリ
ング剤で表面処理を施した熱伝導性無機フィラー1が熱伝導性シリコーン
ゴム組成物全量に対して40vol%∼80vol%であるとの意識的限
定をしたものにほかならない。加えて,一審原告は,平成14年2月4日
付けの意見書(乙4)において,「40vol%∼80vol%」の構成
を加えたことによる特有の作用効果,例えば,「相溶性」,「スラリー粘
度の上昇防止」,「成形加工性の向上」を主張している。これも意識的限
定に当たる。したがって,均等論の第5要件(意識的限定等の特段の事情
がないこと)に該当しない。
ウなお,本件各特許発明の「表面処理」は,本件各特許発明の本質的部分
であり,「物理吸着」では,フィラーからカップリング剤が簡単に外れて
しまうから,本件明細書の段落【0055】に記載の作用効果を奏するこ
とはない。そうすると,均等論の第1要件(特許発明の本質的部分)及び
第2要件(作用効果の同一性)に該当しない。
(5)実施料相当の損害額について−争点3に関し
特許法102条3項の実施料相当の損害額については,一審原告が「8
%」を主張し,一審被告が「3%」を主張したのに対し,原判決は「6%」
と認定した。
しかし,①警告も受けていないのに,一審被告の方から自発的・自主的に
実施許諾を求めていったこと,②原判決の認定によっても,補正書提出の消
極的な通知義務があると認められる事案であり,「6%」は,約定実施料
(3%)に比べて余りにも高額に過ぎる。せいぜい「5%」が妥当である。
(6)相殺の抗弁を否定した原判決の誤り−争点4に関し
原判決が判示する各理由への反論は次のとおりである。
ア一審被告の第2次的主張及び第3次的主張に対する判断(原判決83頁
下6行∼86下5行)につき
(ア)原判決は,「本件実施契約締結時点では本件特許は未だ出願段階で
あったから,補正により特許請求の範囲が減縮されることがあり得るこ
とは当然に想定できたはずであるのに,本件実施契約書上,特許請求の
範囲が補正により減縮された場合について何らの定めもされていな
い。」という(84頁16行∼19行)。
しかし,「実施契約書上,何の定めもない」ということは,実質的理
由たり得ない。
(イ)原判決は,「…未だ出願段階であるが故に特許出願が拒絶された
り,補正により特許請求の範囲が減縮されることもあり得ることを前提
として,実施料率が特許権発生後に比して低率(1%)に抑えられてい
ると解され,これとの均衡においても,特許出願が拒絶された場合や特
許請求の範囲が減縮された場合のリスクは被許諾者において負担すべき
である。」という(84頁20行∼24行)。
特許出願中の発明が出願公開された後に出願人に付与される補償金請
求権(特許法65条1項)は,特許法が特に認めた請求権であるとする
のが通説であり,不法行為法上の損害賠償請求権ではない。また,請求
権を行使するには原則として警告を要し,さらに,補償金も実施料相当
額にとどまる。以上のことは,上記公開中の出願人の地位が,登録後に
比して本質的に脆弱であることを示している。
したがって,出願中の発明の実施料が特許登録後の実施料よりも低率
なのは当然であって,そのことと,クレームの減縮に伴う既払実施料の
返還請求の可否という問題とは次元の異なる事柄であって,論理的必然
性はない。
(ウ)原判決は,「…補正によって確定的に減縮の効果が生じるわけでは
なく,その後の補正によっても変動し得るものであるから,補正を出願
の一部取下げと同視することはできず,本件補正書の提出日に遡って減
縮の効果が生じると解することはできない。」という(85頁4行∼7
行)。
「その後の補正によっても変動し得るものである」ことは原判決のと
おりであるが,現実に,補正により特許請求の範囲を減縮したことは,
一部取下げと同視することに何ら支障はない。
(エ)原判決は,「…被告は,最高裁判所平成4年(オ)第364号同5
年10月19日第三小法廷判決を引用するが,同判例は減縮の遡及効に
ついて判断したものではないから,本件に適切でない。」という(85
頁15行∼17行)。確かに,当該最高裁判決は,減縮の遡及効につい
て判断したものではないが,減縮の将来効については論じている。した
がって,本件についていえば,被告の第3次的主張(既払実施料の一部
に係る不当利得返還請求権)には関係するものであり,最高裁判決の判
旨から,「補正後については,実施料の支払義務がない」との結論が導
かれる。
(オ)原判決は,「(不返還条項)の文言上,契約締結後に生じたあらゆ
る事由がこれに含まれることになるから,本件における特許請求の範囲
の減縮も,文言上『その他いかなる理由』に含まれることになる。」と
いう(85頁下1行∼86頁3行)が,この点は形式的理由に過ぎな
い。
(カ)原判決は,「…本件実施契約上,被告が原告に対して実施品の態様
を開示する義務は定められておらず,基本的に被告の責任において当該
実施品が『許諾製品』に該当するかを判断することが前提されている
…」という(86頁6行∼9行)。
この点は原判決が指摘するとおりである。しかし,だからといって,
「特許権が発生している以上,被告の支払う実施料を受領することは,
むしろ通常のことといえる。」(86頁9行∼10行)という結論に飛
躍することは誤りであって,その間に,「許諾者である原告が,補正手
続の事実と補正内容とを被告に通知した場合には」という前提条件が入
らなければならない。
被許諾者が補正の通知を受けた際に,①依然として侵害と考え,実施
料の支払を継続したが,後に無効特許と判明することもあれば,②非侵
害と考え,実施料の支払を中止したが,クレーム解釈で判断が一致せ
ず,許諾者が勝訴することがあるかもしれない。①又は②のいずれの場
合にせよ,このような場合には,被許諾者が,補正の通知に対する判断
リスクを負うのである。
イ第4次主張に対する判断(原判決86頁下4行∼88頁12行)につき
(ア)原判決は,「…原告が本件補正書を提出したというだけでは直ちに
本件実施契約上の権利義務に影響を及ぼすものではないから,そもそも
補正の事実を通知する実益に乏しく,信義上,かかる義務を認めること
はできない。」という(86頁下1行∼87頁3行)。
しかし,本件補正の場合,一部取下げと同視できるものであり,「非
侵害」として補償金請求のおそれもなく,一審被告も実施料を支払わず
に済んだわけである。また,限定された数値ぎりぎりの微妙な被告製品
については,①製造販売を中止するとか,②全く紛れのない数値の製品
に設計変更することも可能であった。このように,まさに「実施契約上
の権利義務に影響を及ぼすもの」なのである。したがって,許諾者にと
っては,「通知する実益に乏しい」かもしれないが,被許諾者にとって
は,「大いに実益がある」のである。
そして,本件実施契約には,許諾者(一審原告)にとってのみ利益が
ある不返還条項が規定されているのであるから,そのこととのバランス
上,許諾者に,補正の事実を通知すべき信義則上の義務が課せられると
解すべきである。
(イ)原判決は,「(実施)契約書外において通知義務を認める旨の合意
の存在を推認させる具体的事情は何ら認められない…」という(87頁
16行∼17行)が,「信義則上ないし条理上,通知義務がある」とい
うのが一審被告の主張である。
(ウ)原判決は,補正により特許請求の範囲が減縮されることは「当然に
想定できる事柄」であるという(87頁下6行∼下4行)。しかし,
「誤記の訂正」とか,「明瞭でない記載の釈明」の補正のケースはそれ
なりにあるとして,「請求項の削除」や「特許請求の範囲の減縮」の補
正のケースは,必ずしも「当然」とはいえないのではないか。
また,原判決は,「…減縮があった場合に許諾者から通知して欲しい
のであれば,その旨を契約書に明記しておくべき…」という(87頁下
4行∼下2行)が,それをいうなら,許諾者としても,「補正をして
も,通知する義務を負わない」旨の同意を被許諾者から取り付けて,契
約書に明記すべきといえるのではないか。
さらに,原判決は,「かかる交渉を経ずに許諾者一般にかかる義務を
負わせることはむしろ許諾者に予期しない不利益を被らせるおそれがあ
る。」という(87頁下2行∼下1行)。しかし,「許諾者に予期しな
い不利益」として,具体的にどのようなものが考えられるのか。「何も
ない」と,一審被告は考える。かえって,被許諾者こそ,「予期しない
不利益」を被るおそれがある。例えば,本件において,もし一審被告が
「40vol%∼80vol%」との減縮補正を補正書の提出時点で通
知されておれば,第1に,①GR−nシリーズのような,上限数値付近
の紛らわしい製品の製造販売を中止するとか,②全く疑義の生じないも
のへの設計変更をするといった対応策をとることは十分可能だったし,
また,第2に,警告も受けていないのに自発的・自主的に出願中の発明
のライセンスを求めている一審被告のことであるから,当然,上記①又
は②のような対策をとっていたはずである。
(エ)原判決が許諾者への問合せとか特許公報等の参照を要求する(87
頁下1行∼88頁3行)のは,被許諾者に酷である。原判決に従えば,
被許諾者(一審被告)は,毎日のように,許諾者への問合せとか,厖大
な特許公報を参照しなければいけない,ということになり,非現実的で
あるし,被許諾者の負担が大き過ぎる。
他方,許諾者(一審原告)にとっては,一審被告以外の者との実施契
約は他に存在してもせいぜい1∼2社であろうから,ほんの一挙手一投
足の労力で済むことである。仮に,原判決のように,被許諾者が自ら許
諾者に問い合わせるべきであるというのであれば,許諾者は,被許諾者
から,毎日のように補正の有無の問い合わせを受けることとなろうが,
許諾者にとっても,その方が煩瑣であって,本件実施契約の両当事者い
ずれにとっても合理的とはいえない。
(7)明確性要件違反等を理由とする本件各特許発明の新たな無効理由−争点
5に関し
ア原判決は,70頁1行∼12行において,最終製品から分析することの
妥当性を是認した。
しかし,既に(3)で述べたように,熱伝導性シリコーンゴム製造時には
不可避的に気泡が含まれてしまい,気泡を含んだ熱伝導性シリコーンゴム
製品の比重から分析することは,不可能である。加えて,原判決76頁1
6行∼77頁18行では,甲28を採用してGR−nの組成を特定してい
るが,甲28の2頁表1の最下段の「X5」は「空気の真比重」,3頁①
式右端の「X5×V5」は空気の重さであり,宇宙の無重力空間と地上と
の比較をしている。本件各特許発明を実施するのは地上であるから,宇宙
の無重力空間と比較することは誤りであり,このような式でないと物を特
定できないのであれば,本件各特許発明は不明瞭である(平成14年法律
第24号による改正前の特許法36条6項2号違反)。
イ本件特許発明1は,「物の発明」であり,その物自体から分析できなけ
ればならない。
ところが,本件特許発明1の構成要件Bの「40vol%∼80vol
%」は,その物自体からは分析できないという重要な欠陥がある。すなわ
ち,当業者には理解できないという不明瞭さがある(平成14年法律第2
4号による改正前の特許法36条6項2号違反)。
本件特許発明2は,本件特許発明1に従属しているので,本件特許発明
2についても同様の欠陥がある。
ウ本件特許発明1の構成要件Bの「熱伝導性無機フィラー」は,構成要件
Aの「シランカップリング剤で表面処理を施した熱伝導性無機フィラー」
を示すのではないとすれば,本件明細書中には処理フィラーと未処理フィ
ラーを混合してもよいとの記載はなく,かえって,本件明細書(甲2,
3)の段落【0008】には,「シランカップリング剤で表面処理を施し
た熱伝導性無機フィラー1を分散させて成り,熱伝導性無機フィラー1が
熱伝導性シリコーンゴム組成物全量に対して40vol%∼80vol%
である」と記載されており,同一符号まで付与しているのであるから,後
者は前者を指し,「40vol%∼80vol%」も「シランカップリン
グ剤で表面処理を施した熱伝導性無機フィラー1」を指すとしか理解でき
ない。段落【0008】は「課題を解決するための手段」の段落であるか
ら,クレームと同じように重要な箇所であり,この定義は明細書全文及び
図面全部に及ぶ。実施例も全量処理フィラーが60vol%(段落【00
32】)であるから,第三者は,後者は前者を指すとしか理解できない。
したがって,本件特許発明1は,サポート要件(平成14年法律第24
号による改正前の特許法36条6項1号),実施可能要件(同36条4
項),明確性要件(同36条6項2号)に違反して無効である。
エ本件特許発明1の構成要件Aの「一般式(A)で示されるシランカップ
リング剤で表面処理を施した熱伝導性無機フィラー」は,どのようにして
分析できるのか,本件明細書中には記載がない上,現在の科学技術でも分
析することができない。一審原告は,「一般式(A)で示されるシランカ
ップリング剤で表面処理を施した熱伝導性無機フィラー」を分析すること
ができないから,「間接事実による推認により立証する」というのであ
り,直接立証はしていない。直接立証ができないからである。
本件明細書(甲2,3)の段落【0025】∼【0027】には,次の
ように記載されている。
「ここで,上記のようにしてシランカップリング剤にて表面処理が成さ
れた熱伝導性無機フィラー1の表面の様子は,図1に示すようになる。す
なわち,シランカップリング剤としてYSi(OMe)3(OMeはメト
キシ基,Yは炭素数6以上の脂肪族長鎖アルキル基を示す)を用いるとす
ると,シランカップリング剤は,下記の式のようにYSi(OH)3まで
加水分解された後,数個の分子が脱水反応によりオリゴマー化する。
【化3】
更に熱伝導性無機フィラー1の表面の水酸基と反応して,熱伝導性無機
フィラー1の表面は図1に示すような,疎水性の長鎖のアルキル基2で覆
われるものである。」と記載されている。このように,本件明細書に明確
に記載されているのであるから,被告製品が上記【化3】のようになって
いることを,一審原告は直接立証すべきである。
したがって,本件特許発明1は,サポート要件(平成14年法律第24
号による改正前の特許法36条6項1号),実施可能要件(同36条4項
1号),明確性の要件(同36条6項2号)に違反して無効である。
オ乙7には,熱伝導性シリコーンゴム組成物にオクタデシルトリメトキシ
シランを架橋剤として添加すること,熱伝導性無機フィラーの量はシリコ
ーンゴム組成物全量に対して18.6∼75.5vol%であることが記
載されており,オクタデシルトリメトキシシランをシリコーンゴム原料と
共に混合すれば,オクタデシルトリメトキシシラン(シランカップリング
剤)は熱伝導性無機フィラーに物理吸着する。そうすると,本件特許発明
1と乙7に記載された発明とは,「表面処理」の点を除き,すべての構成
が一致する。
乙7には,本件特許発明1の「表面処理」は直接記載されていない点が
相違するが,一審原告は,物理吸着も本件特許発明1にいう「表面処理」
であると主張し,シリコーンゴム製造時に組成物中にシランカップリング
剤が存在すれば未処理フィラーを含むフィラーの全量がカップリング処理
される(「本件事実」)と自白するのであるし,架橋剤がフィラーの表面
処理剤としても反応することは,本件特許出願前から当業者には自明であ
った(乙86[特開平5−105813号公報],乙87[特開平8−2
69334号公報])から,本件特許発明1は進歩性のみならず新規性も
欠如して無効である。
乙7の段落【0047】の「実施例5」において,「メチルトリメトキ
シシラン」に代えて,段落【0026】に記載の「オクタデシルトリメト
キシシラン」を使用したシリコーンゴムから6ppmのオクタデシルトリ
メトキシシランが検出された(乙66[株式会社日東分析センターが作成
した2009年11月13日付けの分析結果報告書],乙67[一審被告
従業員E作成に係る平成21年11月13日付け陳述書(15)])。こ
の事実は,甲46,47,63,64及び74と同じであり,シリコーン
ゴムにシランカップリング剤が存在すれば「フィラーの全量がカップリン
グ処理される」という一審原告の主張と同一である。
乙7には,放熱シートが記載されており(段落【0034】,【003
5】),本件特許発明2を充足するから,本件特許発明2も新規性,進歩
性が欠如して無効である。
なお,前記(2)オのとおり,無効審判事件について請求不成立審決が確
定しているが,一審原告の当審における「予備的主張1」は,乙25(本
件各特許発明が乙7から進歩性がないことを実証するために提出した実験
報告書)の事実を認めることを前提としているから,上記無効審判事件と
は「同一の事実」ではない。また,上記のとおり,実験に用いたシリコー
ンゴムからシランカップリング剤が6ppm検出された(乙66,67)
ので,この証拠は,上記無効審判事件とは「同一の証拠」にも該当しな
い。
カ既に述べたとおり,「物理吸着」ではシランカップリング剤がフィラー
からは脱離しやすく,離脱すると未処理フィラー同士は凝集してしまい,
本件各特許の作用効果を奏しないことになる。
したがって,本件各特許発明の「表面処理」に「物理吸着」を含むとす
ると,本件各特許は,サポート要件(平成14年法律第24号による改正
前の特許法36条6項1号),実施可能要件(同36条4項),明確性要
件(同36条6項2号)に違反して無効である。
第4当裁判所の判断
1当裁判所は,一審原告の本訴請求の一部を認容した原判決と異なり,本訴請
求は全て理由がないと判断する。その理由は,以下に述べるとおりである。
なお,一審原告の本訴請求は,①被告製品の製造販売禁止(請求の趣旨第1
項),②被告製品の廃棄(同第2項),③平成14年6月1日から平成15年
10月1日までの未払実施料等の支払(同第3項),④平成15年10月2日
から平成18年9月30日までの特許権侵害を理由とする損害賠償等の支払
(同第4項)を各求めるものであるところ,上記①・②・④の各請求は被告製
品が本件各特許発明の技術的範囲に属することを前提とするものである。一
方,上記③の未払実施料等の請求は,平成12年10月1日に締結された実施
許諾契約(本件実施契約)の解釈適用に関するものである。
そこで,以下の2において被告製品が本件各特許発明の技術的範囲に属する
かについて検討し,次いで3において本件実施契約の解釈適用について検討す
ることとする。
2被告製品は本件各特許発明の技術的範囲に属するか
(1)構成要件Bの「熱伝導性無機フィラー」の解釈
一審被告及び原判決は,構成要件Bの「熱伝導性無機フィラー」は「シラ
ンカップリング剤で表面処理を施した熱伝導性無機フィラー」と限定解釈す
べきであると主張又は判断し,これに対し一審原告は上記のような限定解釈
をすべきでないと主張するので,まず上記構成要件Bの「熱伝導性無機フィ
ラー」の解釈について判断する。
ア特許請求の範囲の記載
(ア)a一審原告が平成10年1月27日に出願し(特願平10−145
65号),平成11年8月3日に公開された公開特許公報(特開平1
1−209618号,乙1)における本件特許の請求項1は,下記の
とおりのものであった。

「【請求項1】シリコーンゴムに,下記一般式(A)及び(B)で
示されるシランカップリング剤から選択されたシランカップリング剤
で表面処理を施した熱伝導性無機フィラーを分散させて成ることを特
徴とする熱伝導性シリコーンゴム組成物。
【化1】
YSiX(A)3
YSiX(B)22
X=メトキシ基又はエトキシ基
Y=炭素数6個以上の脂肪族長鎖アルキル基又はフェニル基」
bその後,一審原告は,平成13年11月27日付けで特許庁審査官
から拒絶理由通知(乙2)を受け,その中で請求項1の組成物に関し
各成分の配合量(組成比)が記載されていない等の指摘を受けたこと
から,平成14年2月4日付けで明細書全文の補正(乙3)を行っ
た。上記補正後の【請求項1】は,前記第2,2(1)のとおり,下記
のようなものであった(下線部は補正部分)。

「【請求項1】シリコーンゴムに,下記一般式(A)で示されるシラ
ンカップリング剤で表面処理を施した熱伝導性無機フィラーを分散さ
せて成り,熱伝導性無機フィラーが熱伝導性シリコーンゴム組成物全
量に対して40vol%∼80vol%であることを特徴とする熱伝
導性シリコーンゴム組成物。
【化1】
YSiX(A)3
X=メトキシ基又はエトキシ基
Y=炭素数6個以上18個以下の脂肪族長鎖アルキル基」
c一審原告の上記出願は,上記bの補正後の内容に基づいて平成14
年2月26日に特許査定を受け,平成14年3月22日に登録された
(甲2)。
なお,本件各特許発明の構成要件Bは,上記【請求項1】のうち
「熱伝導性無機フィラーが熱伝導性シリコーンゴム組成物全量に対し
て40vol%∼80vol%である」との部分である。
(イ)上記のとおり,構成要件Bの「熱伝導性無機フィラー」の文言の前
に「同」,「当該」又は「該」といった,構成要件Aの「シランカップ
リング剤で表面処理を施した熱伝導性無機フィラー」であることを示す
接頭語は付されていない。しかし,同記載において,構成要件Bの「熱
伝導性無機フィラー」が構成要件A(「シリコーンゴムに,下記一般式
(A)で示されるシランカップリング剤で表面処理を施した熱伝導性無
機フィラーを分散させて成り,」「YSiX(A)X=メトキシ基3
又はエトキシ基Y=炭素数6個以上18個以下の脂肪族長鎖アルキル
基」)のそれとは別の物である,すなわちカップリング処理されていな
いものも含めた熱伝導性無機フィラーの総量と解する根拠となる積極的
な記載も認められない。また,構成要件Bが構成要件Aの直後に配置さ
れ,しかも,「熱伝導性無機フィラー」との文言が構成要件Aのそれと
近接して使用されていることからすれば,後者(構成要件B)が前者
(構成要件A)を指している,すなわち構成要件Bの「熱伝導性無機フ
ィラー」が構成要件Aのカップリング処理された熱伝導性無機フィラー
を指すと読むのがどちらかといえば自然な解釈といえる。
イ発明の詳細な説明の記載等
(ア)証拠(甲2,3)によれば,本件明細書の「発明の詳細な説明」及
び「図面」には,以下の記載があることが認められる。
a発明の属する技術分野
「本発明は,トランジスター,コンピューターのCPU(中央演算
処理装置)等の電気部品と放熱器との間に配置され,電子・電気部品
から発生する熱を放熱器に伝導する放熱シートを形成するために好適
な熱伝導性シリコーンゴム組成物及びこの熱伝導性シリコーンゴム組
成物にて成形された放熱シートに関するものである。」(段落【00
01】)
b従来の技術
・「近年パソコン,ワークステーション等のクロック数の増加や,
集積度の増加に伴い,電子部品4からの発熱量が増加している。ま
たパワーIC等の発熱も様々な問題を抱えている。これらの電子部
品4からの発熱を効率よく放熱するためには,図2(a)に示すよ
うに半田バンプ等の実装用電極8を介して基板6に実装された電子
部品4に放熱器5を設けることが一般的に行なわれている。ここで
電子部品4と放熱器5との間に図2(c)のように空隙7が生じた
場合,この空隙7が熱伝導の大きな抵抗となるため,放熱器5と電
子部品4との間に放熱シート3を配置し,図2(b)のように放熱
器5と電子部品4の接合面の微妙な反りやうねりに放熱シート3を
沿わせることによって,空隙7が生じることを防ぎ,電子部品4か
ら発する熱を放熱器5に効率良く伝導させるようにしている。」
(段落【0002】)
・「従来このような放熱シート3のための材料として,柔軟性を持
ったゴムシート,両面に接着剤をコーティングしたテープ,あるい
は接着剤やグリース等のような形態のものが用いられており,いず
れの形態のものにおいても熱伝導性フィラーをマトリックス樹脂に
混合分散することが行なわれている。この場合マトリックス樹脂と
しては,耐熱性,耐寒性に優れ,広い温度範囲で良好な圧縮復元性
を有するシリコーンゴムが用いられることが多く,また熱伝導性フ
ィラーとしては,アルミナ,酸化マグネシウム,窒化ホウ素等の高
熱伝導性の無機フィラーを用いるものであり,この熱伝導性無機フ
ィラーをマトリックス樹脂に高充填量で混合分散することによって
得られる熱伝導性シリコーンゴム組成物を加熱成形して放熱シート
3を形成することが行なわれている。ここで,熱伝導性フィラーは
放熱シート3の熱抵抗をできる限り低減するために用いられるもの
であり,電子機器の小型化,放熱器5の小型化,更には電子部品4
の発熱量の増加の傾向に伴い,電子部品4から発生した熱をできる
限り効率よく放熱器5から放熱させようとするものである。」(段
落【0003】)
c発明が解決しようとする課題
・「しかし熱伝導率を上昇させるために単にシリコーンゴムに対す
る熱伝導性無機フィラー充填量を増加させると,熱伝導性シリコー
ンゴム組成物の成形スラリー粘度が上昇し,成形加工性が低下した
り,成形したシートの硬度が高硬度化することになる。このように
放熱シート3が高硬度化すると,電子部品4や放熱器5の接合面の
微妙なうねりや反りに対しての追随性が低下し,放熱器5と電子部
品4との間の空隙7を充分に埋めることができないという問題が発
生する。またこのような高硬度の放熱シート3を微妙なうねりや反
りに追随させようとすると,電子部品4と放熱シート3の間にかな
りの荷重を掛ける必要があり,電子部品4に対して大きなダメージ
を与える恐れがある。」(段落【0004】)
・「このような放熱シート3の高硬度化の問題に対しては,樹脂中
の主剤と硬化剤との組成比を変えることにより,すなわち樹脂の架
橋密度を下げることにより,低硬度化と高充填化を両立することが
可能であるが,そのような場合,放熱シート3のゴム弾性を低下さ
せ,圧縮永久歪み測定では歪みが著しく大きくなったり,引裂強度
が低下したりという新たな問題が生じることになる。」(段落【0
005】)
・「また熱伝導性無機フィラーの充填率が高い場合には,ゴムの機
械物性の耐熱信頼性を著しく低下させる。例えば150∼200℃
で長時間放置する際の機械特性変化のデータを測定してみると,熱
伝導性無機フィラーの充填率を大きくすると,ゴム硬度が大きく上
昇すると共に,材料が脆化する(硬く脆くなる)。従って熱伝導性
無機フィラーの充填率を大きくすると,ゴム硬度が大きくなると共
に,引裂強度,引張強度が低下するものである。」(段落【000
6】)
・「本発明は上記の点に鑑みてなされたものであり,熱伝導性無機
フィラーを高充填化しても,成形物に柔軟性と耐熱機械特性が付与
される熱伝導性シリコーンゴム組成物及び放熱シートを提供するこ
とを目的とするものであり,更に具体的には,成形スラリーの粘度
低下,成形物の圧縮永久歪みの低下(ゴム弾性の付与)及び引裂強
度の向上の効果をもたらす熱伝導性シリコーンゴム組成物及び放熱
シートを提供することを目的とするものである。」(段落【000
7】)
d課題を解決するための手段
・「本発明の請求項1に記載の熱伝導性シリコーンゴム組成物は,
シリコーンゴムに,上記一般式(A)で示されるシランカップリン
グ剤で表面処理を施した熱伝導性無機フィラー1を分散させて成
り,熱伝導性無機フィラー1が熱伝導性シリコーンゴム組成物全量
に対して40vol%∼80vol%であることを特徴とするもの
である。」(段落【0008】)
・「また本発明の請求項5に記載の放熱シートは,請求項1乃至4
のいずれかに記載の熱伝導性シリコーンゴム組成物にて成形される
ことを特徴とするものである。」(段落【0012】)
e発明の実施の形態
(a)・「以下,本発明の実施の形態を説明する。本発明の熱伝導性
シリコーンゴム組成物は,シリコーンゴムに,シランカップリン
グ剤にて表面処理された熱伝導性無機フィラーを分散させたもの
である。」(段落【0013】)
・「シリコーンゴムとしては,二液型や一液型の液状タイプのシ
リコーンゲルやシリコーンゴム,熱加硫型のシリコーンゴム等の
各種のタイプを使用することができる。」(段落【0014】)
・「また熱伝導性無機フィラー1としては,アルミナ,シリカ,
酸化マグネシウム,酸化ベリリウム,酸化チタン等の金属酸化
物,窒化アルミニウム,窒化ホウ素,金属アルミニウム,銅粉等
を用いることができるが,金属酸化物を用いると,カップリング
剤の処理効率が高くなるものであり,上記フィラーの表面の一部
又は全部を酸化させることにより,カップリング剤の処理効率を
向上することもできる。またこの熱伝導性無機フィラー1の形状
としては,特に限定するものではなく,球状であっても針状であ
っても板状であっても構わないものである。ここで熱伝導性シリ
コーンゴム組成物中の熱伝導性無機フィラー1の配合割合は,熱
伝導性シリコーンゴム組成物全量に対して40vol%∼80v
ol%とするものであり,40vol%に満たないと高い熱伝導
率を得ることが困難であり,80vol%を超えると熱伝導性シ
リコーンゴム組成物の硬化成形物がさらに硬く脆くなる恐れがあ
って好ましくない。」(段落【0015】)
・「ここで熱伝導性無機フィラー1に対する上記のシランカップ
リング剤の処理量は,〔熱伝導性無機フィラーの添加量(g)〕
×〔熱伝導性無機フィラーの比表面積(m/g)〕÷〔熱伝導性2
無機フィラーの最小被覆面積(m/g)〕の式で示される熱伝導2
性無機フィラー1の表面にシランカップリング剤の単分子層を形
成するのに必要なシランカップリング剤量の,0.1∼15倍と
するのが好ましいものである。ここで0.1倍に満たないと,シ
ランカップリング剤による処理効果が少なくなる。また15倍を
超えるとシランカップリング剤のコストが大きくなり,また熱伝
導性シリコーンゴムの加熱処理を行う際にメタノールの発生に起
因すると思われるボイドが発生する恐れがある。」(段落【00
18】)
・「以下に本発明の熱伝導性シリコーンゴム組成物を形成する方
法を説明する。熱伝導性無機フィラー1へのシランカップリング
剤による表面処理は,熱伝導性無機フィラー1への直接処理法,
インテグラルブレンド法,ドライコンセントレート法等を用いる
ことができる。直接処理法には,乾式法,スラリー法,スプレー
法等があり,インテグラルブレンド法としては,直接法,マスタ
ーバッチ法等があるが,このうち乾式法,スラリー法,直接法が
良く用いられる。」(段落【0019】)
・「乾式法にて処理を行なう場合は,例えば所定量のシランカッ
プリング剤を水又はアルコール水溶液(水/アルコール=1/
9)で2∼5倍に希釈したものを均一になるまで攪拌する。一方
所定量の熱伝導性無機フィラー1をヘルシェンミキサー等の装置
に仕込んで攪拌し,この攪拌されている熱伝導性無機フィラー1
に上記のシランカップリング剤溶液を数十分かけて滴下又はスプ
レー噴霧する。シランカップリング剤全量を添加したら,この状
態のまま10分間攪拌を続ける。このようにして処理した熱伝導
性無機フィラー1を浅いトレー等に均一に拡げ,100∼150
℃で1時間乾燥させる。乾燥後,熱伝導性無機フィラー1によっ
ては凝集するのでボールミル等で粉砕する。」(段落【0020
】)
・「またスラリー法にて処理を行なう場合は,例えば所定量の熱
伝導性無機フィラー1に水又はアルコール水溶液(水/アルコー
ル=1/9)を加えてスラリー状にし,所定量のシランカップリ
ング剤をスラリー状の熱伝導性無機フィラー1に添加する。添加
後数十分攪拌を続けた後,デカンテーション又は濾過を行い,シ
ランカップリング剤で処理した熱伝導性無機フィラー1を取り出
す。このようにして処理した熱伝導性無機フィラー1を浅いトレ
ー等に均一に拡げ,100∼150℃で1時間乾燥させる。乾燥
後,熱伝導性無機フィラー1によっては凝集するのでボールミル
等で粉砕する。」(段落【0021】)
・「またインテグラルブレンド法の直接法にて処理を行なう場合
は,シリコーンゴム中に熱伝導性無機フィラー1を混練する際に
シランカップリング剤を同時に配合するものであるが,この場合
はスラリー法や乾式法等の直接処理法の場合よりもシランカップ
リング剤の添加量を多くすることが好ましい。」(段落【002
2】)
・「シリコーンゴムと熱伝導性無機フィラー1を混練する際,シ
リコーンゴムとして一液型のものを用いる場合は,予めシランカ
ップリング剤によるカップリング処理を施した熱伝導性無機フィ
ラー1を混練機を用いてシリコーンゴムと混練することができ,
このようにして熱伝導性シリコーンゴム組成物を形成することが
できる。また上記のようにインテグラルブレンド法の直接法のよ
うに,未処理の熱伝導性無機フィラー,シランカップリング剤,
及びシリコーンゴムをインテグラルブレンドすることもできる。
またシリコーンゴムとして二液型のものを用いる場合は,予め主
剤と硬化剤にそれぞれ目的量の熱伝導性無機フィラー1を混合し
てスラリーを形成しておき,その主剤スラリーと硬化剤スラリー
を混練して熱伝導性シリコーンゴム組成物を形成することができ
るものであり,また主剤と硬化剤を混合した後,熱伝導性無機フ
ィラー1を添加してもよい。」(段落【0023】)
・「上記のようにして形成される熱伝導性シリコーンゴム組成物
は,スラリー状に形成されるものである。この熱伝導性シリコー
ンゴム組成物をシート状にプレス成形した後,加熱硬化させるこ
とによって,放熱シート3を形成することができる。またこのよ
うにコンパウンドの状態で成形する他,ガラス布等の基材にシリ
コーンゴム組成物を含浸させた後成形したものを,加熱硬化させ
ることもできる。このようにして形成される放熱シート3は,図
2(a)に示すように基板6上に半田バンプ等からなる実装用電
極8を介して実装されたIC,電源モジュール,パワートランジ
スタ,CPU等の電子部品4と,ヒートシンク,ヒートパイプ,
筺体等の放熱器5と間に配置され,図2(b)のように放熱器5
と電子部品4の接合面の微妙な反りやうねりに放熱シートを沿わ
せることによって,放熱器5と電子部品4の接合面に図2(c)
に示すような熱抵抗の大きい空隙7が生じることを防ぎ,電子部
品4から発する熱を放熱器5に効率良く伝導させるようにしてい
る。」(段落【0024】)
・「ここで,上記のようにしてシランカップリング剤にて表面処
理が成された熱伝導性無機フィラー1の表面の様子は,図1に示
すようになる。すなわち,シランカップリング剤としてYSi
(OMe)(OMeはメトキシ基,Yは炭素数6以上の脂肪族3
長鎖アルキル基を示す)を用いるとすると,シランカップリング
剤は,下記の式のようにYSi(OH)まで加水分解された3
後,数個の分子が脱水反応によりオリゴマー化する。」(段落【
0025】)
・「【化3】

(段落【0026】)
・「更に熱伝導性無機フィラー1の表面の水酸基と反応して,熱
伝導性無機フィラー1の表面は図1に示すような,疎水性の長鎖
のアルキル基2で覆われるものである。このように親水性の熱伝
導性無機フィラー1の表面が疎水性の長鎖のアルキル基2で覆わ
れることにより,熱伝導性無機フィラー1とマトリックスのシリ
コーンゴムとの相溶性が著しく向上するものである。上記の式
(A)中にYで表されているアルキル基の炭素数は,大きければ
大きいほど熱伝導性無機フィラー1とマトリックスのシリコーン
ゴムとの相溶性が向上するものであるが,現時点ではこのアルキ
ル基の炭素数が18のものまでが,安定に存在することが確認さ
れており,Yで表されているアルキル基の炭素数の上限は18と
なっている。」(段落【0027】)
・「上記のように本発明の熱伝導性シリコーンゴム組成物では,
熱伝導性無機フィラー1とマトリックスのシリコーンゴムとの相
溶性を向上することができるため,熱伝導性を高めるためにマト
リックスのシリコーンゴムに熱伝導性無機フィラー1を高充填化
しても,スラリー状の熱伝導性シリコーンゴム組成物の成形スラ
リー粘度が上昇して成形加工性が低下するようなことがなく,熱
伝導性無機フィラー1を高充填化して熱伝導性を高めた熱伝導性
シリコーンゴム組成物の成形加工性を向上することができる。」
(段落【0028】)
・「またシリコーンゴムとの相溶性を向上させたことにより,熱
伝導性無機フィラー1同士の凝集を防ぎ,シリコーンゴムのマト
リックス中での熱伝導性無機フィラー1の二次凝集の少ない良好
な分散状態を可能とすることができ,従って熱伝導性シリコーン
ゴム組成物の硬化成形物の柔軟性が向上し,ゴム弾性が向上する
と共に,引張強度,引裂強度,圧縮永久歪み特性を著しく改善す
ることができる。」(段落【0029】)
・「またシリコーンゴムとの相溶性を向上すると耐熱エージング
(高温放置)によるシリコーンゴムの酸化を起こしにくくさせ,
またこのときの熱伝導性無機フィラー1同士の凝集も,上記のよ
うに起こりにくいことから,この熱伝導性シリコーンゴム組成物
の硬化成形物の,耐熱試験における機械特性変化を低減すること
ができるものである。」(段落【0030】)
・「従って本発明の熱伝導性シリコーンゴム組成物で放熱シート
3を形成する際の成形性を向上することができるものであり,ま
た形成された放熱シート3はゴム弾性が高いと共に強度が高いた
め,放熱器5と電子部品4との間に配置する際,電子部品4に強
い荷重を掛けなくても放熱器5と電子部品4の接合面の反りやう
ねりを容易に埋めることができ,放熱器5と電子部品4の間に熱
抵抗が高い空隙7が形成されることがなく,かつこの放熱シート
3は熱伝導性が高いので,電子部品4から放熱器5への熱伝導効
率を向上し,電子部品4からの発熱を容易に放熱することができ
るものである。また耐熱試験における機械特性変化が低いため,
電子部品4からの発熱による機械特性の変化が小さく,長期間に
亘って安定して使用することができるものである。このように本
発明の熱伝導性シリコーンゴム組成物は,放熱シート3を形成す
るために好適なものである。」(段落【0031】)
(b)実施例
・「以下,本発明を実施例によって詳述する。
(実施例1)
シリコーンゴムとして,主剤と硬化剤の二液よりなる付加反応
型シリコーンゲル(東レダウコーニング社製,品番「SE188
5」)を,熱伝導性無機フィラー1としてアルミナ(昭和電工社
製)を,シランカップリング剤としてn−ヘキシルトリメトキシ
シランをそれぞれ用い,熱伝導性無機フィラー1に上記の直接処
理法の乾式法にて,シランカップリング剤を,熱伝導性無機フィ
ラー100重量部に対して0.5重量部の割合で処理し,シリコ
ーンゴムの主剤と硬化剤のそれぞれに,この表面処理を施した熱
伝導性無機フィラー1を,熱伝導性無機フィラー1の体積分率
(Vf)が60%となるように配合した。この混練物の主剤と硬
化剤を一対一の比率で混練して,スラリー状の熱伝導性シリコー
ンゴム組成物を得た。」(段落【0032】)
・「またこの熱伝導性シリコーンゴム組成物を離型フィルムで挟
み込み,プレス成形により2mm厚のシート状に成形し,これを
120℃,2hの条件下で硬化させて,放熱シート3を形成し
た。
(実施例2∼8,比較例1∼9)
シランカップリング剤及びその処理量を下記のようにした他
は,実施例1と同様に行なった。」(段落【0033】)
・「実施例2n−ヘキシルトリメトキシシラン
1.0重量部(対フィラー100重量部)
実施例3n−ヘキシルトリエトキシシラン
0.5重量部(対フィラー100重量部)
実施例4n−ヘキシルトリエトキシシラン
1.0重量部(対フィラー100重量部)
実施例5n−オクチルトリエトキシシラン
0.5重量部(対フィラー100重量部)
実施例6n−オクチルトリエトキシシラン
1.0重量部(対フィラー100重量部)
実施例7n−デシルトリメトキシシラン
0.5重量部(対フィラー100重量部)
実施例8n−デシルトリメトキシシラン
1.0重量部(対フィラー100重量部)
比較例1シランカップリング剤未処理
比較例2メチルトリメトキシシラン
0.5重量部(対フィラー100重量部)
比較例3メチルトリメトキシシラン
1.0重量部(対フィラー100重量部)
比較例4メチルトリエトキシシラン
0.5重量部(対フィラー100重量部)
比較例5メチルトリエトキシシラン
1.0重量部(対フィラー100重量部)
比較例6ジメチルジメトキシシラン
0.5重量部(対フィラー100重量部)
比較例7ジメチルジメトキシシラン
1.0重量部(対フィラー100重量部)
比較例8ジメチルジエトキシシラン
0.5重量部(対フィラー100重量部)
比較例9ジメチルジエトキシシラン
1.0重量部(対フィラー100重量部)
(実施例9∼11,比較例10∼12)
実施例9∼11ではシランカップリング剤としてn−デシル
トリメトキシシランをフィラー100重量部に対して1.0重
量部処理し,比較例10∼12ではシランカップリング剤は未
処理とし,熱伝導性無機フィラー1として下記のものを用いた
以外は,実施例1と同様に行なった。」(段落【0034】)
・「実施例9シリカ(龍森(株)製)
実施例10酸化マグネシウム(協和化学(株)製)
実施例11酸化チタン(石原産業(株)製)
比較例10シリカ(龍森(株)製)
比較例11酸化マグネシウム(協和化学(株)製)
比較例12酸化チタン(石原産業(株)製)
上記の各実施例及び比較例について,下記のような評価試験
を行なった。
(成形スラリー粘度測定)
各実施例及び比較例のスラリー状の熱伝導性シリコーンゴム
組成物について,レオメーターにより,せん断速度5(1/
S)の条件で粘度を測定した。
(圧縮永久歪み測定)
各実施例及び比較例の放熱シート3を50%圧縮し,120
℃で10h処理した後,圧縮分の何%が歪みとして残ったかを
測定した。
(引裂強度測定)
各実施例及び比較例の放熱シート3について,JISK6
301により,2号型A型に準拠して測定した。
(ゴム硬度測定)
各実施例及び比較例の放熱シート3について,JISK6
301Aに準拠して測定した。また各実施例及び比較例の放熱
シートを150℃で1000h処理した後,同様にゴム硬度を
測定し,加熱後のゴム硬度の変化を測定した。」(段落【00
35】)
・「…実施例1乃至11のものは,比較例1乃至12のものに対
して全体的に,圧縮永久歪みの低減,引裂強度の向上,及び加熱
後のゴム硬度変化の低減が生じていることが確認できた。」(段
落【0040】)
f発明の効果
・「上記のように本発明の請求項1に記載の熱伝導性シリコーンゴ
ム組成物は,シリコーンゴムに,上記一般式(A)で示されるシラ
ンカップリング剤で表面処理を施した熱伝導性無機フィラーを分散
させて成り,熱伝導性無機フィラーが熱伝導性シリコーンゴム組成
物全量に対して40vol%∼80vol%であるため,熱伝導性
無機フィラーの表面が疎水性の長鎖のアルキル基に覆われてシリコ
ーンゴムとの相溶性が向上し,熱伝導性を高めるためにマトリック
スのシリコーンゴムに熱伝導性無機フィラーを高充填化しても,ス
ラリー状の熱伝導性シリコーンゴム組成物の成形スラリー粘度が上
昇して成形加工性が低下するようなことがなく,熱伝導性無機フィ
ラーを高充填化した熱伝導性シリコーンゴム組成物の成形加工性を
向上することができるものであり,また熱伝導性無機フィラー同士
の凝集を防ぎ,シリコーンゴムのマトリックス中での熱伝導性無機
フィラーの二次凝集の少ない良好な分散状態を可能とすることがで
き,熱伝導性シリコーンゴム組成物の硬化成形物の柔軟性が向上
し,ゴム弾性が向上すると共に,引張強度,引裂強度の向上及び圧
縮永久歪みを低減することができるものであり,また耐熱エージン
グ(高温放置)によるシリコーンゴムの酸化を起こしにくくさせる
と共に上記のように熱伝導性無機フィラー同士の凝集も起こりにく
いものであって,この熱伝導性シリコーンゴム組成物の硬化成形物
の,耐熱試験におけるゴム硬度変化等の機械特性変化を低減するこ
とができるものである。また熱伝導性無機フィラーが熱伝導性シリ
コーンゴム組成物全量に対して40vol%以上であることで高い
熱伝導率を得ると共に,80vol%以下であることから熱伝導性
シリコーンゴム組成物の硬化成形物が硬く脆くなることを防止する
ことができるものである。」(段落【0055】)
・「また本発明の請求項2に記載の熱伝導性シリコーンゴム組成物
は,請求項1の構成に加えて,上記熱伝導性無機フィラーとして金
属酸化物,金属窒化物,及び金属単体から選択されたものを用いる
ため,熱伝導性シリコーンゴム組成物の熱伝導性を効率良く向上す
ることができると共に,熱伝導性無機フィラーに対して容易にシラ
ンカップリング処理を施すことができるものである。」(段落【0
056】)
・「また本発明の請求項3に記載の熱伝導性シリコーンゴム組成物
は,熱伝導性無機フィラーとしてアルミナを用いるため,熱伝導性
無機フィラーとシランカップリング剤との反応性が良く,熱伝導性
無機フィラーに対するシランカプリング剤の処理効率を向上すると
ができるものであり,また熱伝導性無機フィラーのコストを安くす
ることができ,熱伝導性無機フィラーの充填量を多くできるもので
ある。」(段落【0057】)
・「また本発明の請求項4に記載の熱伝導性シリコーンゴム組成物
は,熱伝導性無機フィラーとしてシリカを用いるため,熱伝導性無
機フィラーとシランカップリング剤との反応性が良く,熱伝導性無
機フィラーに対するシランカプリング剤の処理効率を向上すること
ができるものであり,また熱伝導性無機フィラーのコストを安くす
ることができ,熱伝導性無機フィラーの充填量を多くできるもので
ある。」(段落【0058】)
・「また本発明の請求項5に記載の放熱シートは,請求項1乃至4
のいずれかに記載の熱伝導性シリコーンゴム組成物を成形したた
め,放熱シートを形成する際の成形性を向上することができるもの
であり,またこの放熱シートはゴム弾性が高いと共に強度が高いた
め,放熱器と電子部品との間に配置する際,電子部品に強い荷重を
掛けなくても放熱器と電子部品の接合面の反りやうねりを容易に埋
めることができ,放熱器と電子部品の間に熱抵抗が高い空隙が形成
されることがなく,かつこの放熱シートは熱伝導性が高いので,電
子部品から放熱器への熱伝導効率を向上し,電子部品からの発熱を
容易に放熱することができるものである。また耐熱試験における機
械特性変化が低いため,電子部品からの発熱による機械特性の変化
が小さく,長期間に亘って安定して使用することができるものであ
る。」(段落【0059】)
g【図1】(本発明の実施の形態の一例を示すものであり,(a)は
シランカップリング剤で表面処理を施された熱伝導性無機フィラーを
示す模式図,(b)は(a)の一部拡大した模式図)
(イ)本件特許請求の範囲【請求項1】及び【請求項5】の記載に,上記
(ア)の記載を総合すると,本件各特許発明は,トランジスター,コンピ
ューターのCPU(中央演算処理装置)等の電気部品と放熱器との間に
配置され,電子・電気部品から発生する熱を放熱器に伝導する放熱シー
トを形成するための熱伝導性シリコーンゴム組成物及びこの熱伝導性シ
リコーンゴム組成物にて成形された放熱シートに関するものであって,
本件各特許発明の構成を採用することにより,①熱伝導性無機フィラー
のシリコーンゴムとの相溶性が向上するので,シリコーンゴムに熱伝導
性無機フィラーを高充填化しても,スラリー状の熱伝導性シリコーンゴ
ム組成物の成形スラリー粘度が上昇して成形加工性が低下することがな
い,②熱伝導性無機フィラー同士の凝集を防ぎ,シリコーンゴム中での
熱伝導性無機フィラーの二次凝集の少ない良好な分散状態を可能とする
ことができるので,熱伝導性シリコーンゴム組成物の硬化成形物の柔軟
性,ゴム弾性が向上し(圧縮永久歪みの低下),引張強度,引裂強度が
向上する,③熱伝導性無機フィラーのシリコーンゴムとの相溶性が向上
することによって,耐熱エージング(高温放置)によるシリコーンゴム
の酸化が起こりにくくなるとともに,上記のように熱伝導性無機フィラ
ー同士の凝集も起こりにくくなるので,熱伝導性シリコーンゴム組成物
の硬化成形物の耐熱試験におけるゴム硬度変化等の機械特性変化を低減
することができる,④熱伝導性無機フィラーが熱伝導性シリコーンゴム
組成物全量に対して40vol%以上であることで高い熱伝導率を得る
とともに,80vol%以下であることから熱伝導性シリコーンゴム組
成物の硬化成形物が硬く脆くなることを防止することができる,という
ものであると認められる。
(ウ)ところで,上記(ア)dのとおり,本件明細書の段落【0008】
(課題を解決するための手段)には,「本発明の請求項1に記載の熱伝
導性シリコーンゴム組成物は,シリコーンゴムに,上記一般式(A)で
示されるシランカップリング剤で表面処理を施した熱伝導性無機フィラ
ー1を分散させて成り,熱伝導性無機フィラー1が熱伝導性シリコーン
ゴム組成物全量に対して40vol%∼80vol%であることを特徴
とするものである。」と記載されている。この記載によれば,「熱伝導
性シリコーンゴム組成物全量に対して40vol%∼80vol%であ
る熱伝導性無機フィラー」には,「1」という符号が付されているとこ
ろ,「上記一般式(A)で示されるシランカップリング剤で表面処理を
施した熱伝導性無機フィラー」にも,「1」という符号が付されてお
り,この記載から,「熱伝導性シリコーンゴム組成物全量に対して40
vol%∼80vol%である熱伝導性無機フィラー」は,「上記一般
式(A)で示されるシランカップリング剤で表面処理を施した熱伝導性
無機フィラー」であるとしか解することができない。
また,上記(ア)e(a)のとおり,本件明細書の段落【0015】は,
熱伝導性無機フィラー1に好適な素材(金属酸化物)を示した上,「こ
こで熱伝導性シリコーンゴム組成物中の熱伝導性無機フィラー1の配合
割合は,熱伝導性シリコーンゴム組成物全量に対して40vol%∼8
0vol%とするものであり」と記載されているから,ここでも,「熱
伝導性シリコーンゴム組成物全量に対して40vol%∼80vol%
である熱伝導性無機フィラー」は,「1」という符号が付された「熱伝
導性無機フィラー」であることが示されており,やはり,「熱伝導性シ
リコーンゴム組成物全量に対して40vol%∼80vol%である熱
伝導性無機フィラー」は,「上記一般式(A)で示されるシランカップ
リング剤で表面処理を施した熱伝導性無機フィラー」であるとしか解す
ることができない。
(エ)のみならず,本件明細書(甲2,3)には,熱伝導性無機フィラー
の表面をシランカップリング剤で処理することによって,上記(イ)①∼
③の作用効果を奏することの記載があるのみであって,シランカップリ
ング剤で表面処理を施した熱伝導性無機フィラーと未処理の熱伝導性無
機フィラーを混合使用することの記載は全くなく,カップリング処理し
たものと未処理のものを混合使用した場合にも本件各特許発明の効果が
得られることは何ら開示されていない。本件明細書に記載された実施例
においては,上記(ア)e(b)のとおり,カップリング処理した熱伝導性
無機フィラーを,シリコーンゴムの主剤と硬化剤のそれぞれに熱伝導性
無機フィラーの体積分率(Vf)が60%となるように配合し,その混
練物の主剤と硬化剤を1対1の比率で混練して熱伝導性シリコーンゴム
組成物を作成する実施例(実施例1)が示され,カップリング剤の種類
や,カップリング剤の対熱伝導性無機フィラーの重量割合を変えて熱伝
導性シリコーンゴムを作成する実施例(実施例2∼8)及び熱伝導性無
機フィラーの素材を変えた実施例(実施例9∼11)が示されており,
これらの実施例とカップリング処理をしない比較例等を比較して,成形
スラリー粘度測定,圧縮永久歪み測定,引裂強度測定及びゴム強度測定
をそれぞれ行い,本件各特許発明の効果が確認されている。このよう
に,実施例においても,熱伝導性無機フィラー全量をカップリング処理
してシリコーンゴムに充填することが示されており,全量未処理のもの
と比較することにより,その効果を確認している。したがって,当業者
(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)として
は,本件各特許発明はシリコーンゴムに充填する熱伝導性無機フィラー
全量をカップリング処理するものと理解すると考えられる。
なお,一審原告は,自ら実験した結果(甲6)を基に,熱伝導性無機
フィラーの半量を処理した場合であっても,本件各特許発明の効果を奏
するに十分であると主張する(原審における原告第3準備書面15頁6
行∼16頁9行)。しかし,特許請求の範囲の解釈において,明細書の
記載のほか,出願経過及び公知技術を参しゃくすることを超えて,当業
者にとって自明でない実験結果を考慮することはできないというべきで
あるから,同実験結果の信用性にかかわらず,これを根拠とすることは
できない。
また,一審原告は,上記(ア)e(a)の段落【0018】の記載から,
シリコーンゴム組成物中の熱伝導性無機フィラーの全表面積の0.1
倍,つまり10%の表面が本件カップリング剤で覆われていれば,本件
各特許発明の効果を奏するのに十分であるとも主張する。しかし,同段
落の記載は,カップリング処理に使用するカップリング剤の量比を示し
たものにすぎず,カップリング処理が全くされていない熱伝導性無機フ
ィラーを混合使用することが示されているとはいえない。
以上述べたところからすると,本件各特許発明の構成要件には,シリ
コーンゴムに充填する熱伝導性無機フィラー全量をカップリング処理す
るとの明示的な限定はないものの,本件各特許発明は,シリコーンゴム
に充填する熱伝導性無機フィラー全量をカップリング処理するものに限
られるというべきであり,構成要件Aの「下記一般式(A)で示される
シランカップリング剤で表面処理を施した熱伝導性無機フィラー」はそ
のように解すべきである。
(オ)小括
上記(イ)④のとおり,「熱伝導性無機フィラー」が「熱伝導性シリコ
ーンゴム組成物全量に対して40vol%∼80vol%である」こと
の技術的な意義は,「熱伝導性無機フィラーが熱伝導性シリコーンゴム
組成物全量に対して40vol%以上であることで高い熱伝導率を得る
とともに,80vol%以下であることから熱伝導性シリコーンゴム組
成物の硬化成形物が硬く脆くなることを防止することができる」という
ものである(本件明細書の段落【0015】,【0055】参照)が,
シリコーンゴムに充填する熱伝導性無機フィラー全量をカップリング処
理するのであれば,そのような全量処理された熱伝導性無機フィラーが
「熱伝導性シリコーンゴム組成物全量に対して80vol%以下」であ
る場合には,それ以外には熱伝導性無機フィラーはないのであるから,
上記の「熱伝導性シリコーンゴム組成物全量に対して80vol%以
下」とする技術的な意義が達成できると考えられる。この点に関連し
て,一審原告は,「熱伝導性シリコーンゴム組成物中にカップリング処
理された熱伝導性無機フィラーが60vol%,未処理の熱伝導性無機
フィラーが30vol%含まれる場合」(事例1)は,構成要件Bを充
足するが,「熱伝導性シリコーンゴム組成物中にカップリング処理され
た熱伝導性無機フィラーが90vol%含まれる場合」(事例2)は,
構成要件Bを充足しないということは不合理であると主張するが,本件
各特許発明は,シリコーンゴムに充填する熱伝導性無機フィラー全量を
カップリング処理するものに限られると解すれば,一審原告が主張する
ような不合理な事態が生ずることはなく,このような不合理な事態を生
じさせないためにも,本件各特許発明は,シリコーンゴムに充填する熱
伝導性無機フィラー全量をカップリング処理するものに限られると解す
べきである。
また,シリコーンゴムに充填する熱伝導性無機フィラー全量をカップ
リング処理したとしても,そのような全量処理された熱伝導性無機フィ
ラーが「熱伝導性シリコーンゴム組成物全量に対して40vol%以
上」である場合には,一審原告が主張するとおり,「熱伝導性無機フィ
ラー」自体は,「熱伝導性シリコーンゴム組成物全量に対して40vo
l%以上」でない場合が考えられる(原判決が採用したように,構成要
件Bの解釈において,体積分率の算定に当たって本件カップリング剤を
含まない量を基準とすれば,このようなことは起こらないが,後記エの
とおり,そのような解釈を採用することはできない。)。しかし,前記
(ア)e(b)のとおり,本件明細書の実施例においては,熱伝導性無機フ
ィラー100重量部に対してシランカップリング剤0.5∼1重量部で
カップリング処理されるのであって,この割合と異なる割合が技術常識
であるとの証拠もないから,それぞれの比重を考慮したとしても,カッ
プリング処理による体積分率の変動が大きいものとはいえず,また,そ
もそも「熱伝導性シリコーンゴム組成物全量に対して40vol%以
上」という数値に臨界的な意義があるともいえないから,「熱伝導性シ
リコーンゴム組成物全量に対して40vol%以上である熱伝導性無機
フィラー」が「シランカップリング剤で表面処理を施した熱伝導性無機
フィラー」であると解したとしても,その技術的な意義が達成できなく
なるとまでは考えることができない。
仮に,一審原告が主張するように,本件各特許発明は,シランカップ
リング剤で表面処理を施した熱伝導性無機フィラーと未処理の熱伝導性
無機フィラーを混合使用したものを含み,かつ,「熱伝導性シリコーン
ゴム組成物全量に対して40vol%∼80vol%である」熱伝導性
無機フィラーを「熱伝導性無機フィラー」自体と解すると,熱伝導性シ
リコーンゴム組成物全量に対して40vol%∼80vol%である
「熱伝導性無機フィラー」のうち,シランカップリング剤で表面処理を
施した熱伝導性無機フィラーが1%,未処理の熱伝導性無機フィラーが
39%∼79%でもよいということになり,上記(イ)認定に係る本件各
特許発明の作用効果を奏することができないもののも含まれてしまうお
それがあるから,相当でない。
ウ出願経過
本件において,構成要件Bは前記のとおり本件出願後の補正(本件補
正)によって加えられたものであることから,本件特許の出願経過につい
ても検討する。
(ア)事実関係
a当初明細書の記載
一審原告は,平成10年1月27日に本件出願をしたものであると
ころ,当初明細書には以下の記載のあることが認められる(乙1)。
(a)特許請求の範囲
「【請求項1】シリコーンゴムに,下記一般式(A)及び
(B)で示されるシランカップリング剤から選択されたシランカッ
プリング剤で表面処理を施した熱伝導性無機フィラーを分散させて
成ることを特徴とする熱伝導性シリコーンゴム組成物。
【化1】
YSiX(A)3
YSiX(B)22
X=メトキシ基又はエトキシ基
Y=炭素数6個以上の脂肪族長鎖アルキル基又はフェニル基」
(b)発明の詳細な説明の記載
・「また熱伝導性無機フィラー1としては,アルミナ,シリカ,
酸化マグネシウム,酸化ベリリウム,酸化チタン等の金属酸化
物,窒化アルミニウム,窒化ホウ素,金属アルミニウム,銅粉等
を用いることができるが,金属酸化物を用いると,カップリング
剤の処理効率が高くなるものであり,上記フィラーの表面の一部
又は全部を酸化させることにより,カップリング剤の処理効率を
向上することもできる。またこの熱伝導性無機フィラー1の形状
としては,特に限定するものではなく,球状であっても針状であ
っても板状であっても構わないものである。ここで熱伝導性シリ
コーンゴム組成物中の熱伝導性無機フィラー1の配合割合は,熱
伝導性シリコーンゴム組成物全量に対して40vol%∼80v
ol%とするものが好ましいものであり,40vol%に満たな
いと高い熱伝導率を得ることが困難であり,80vol%を超え
ると熱伝導性シリコーンゴム組成物の硬化成形物がさらに硬く脆
くなる恐れがあって好ましくない。」(段落【0012】)
・「【発明の効果】上記のように本発明の請求項1に記載の熱伝
導性シリコーンゴム組成物は,シリコーンゴムに,上記一般式
(A)及び(B)で示されるシランカップリング剤から選択され
たシランカップリング剤で表面処理を施した熱伝導性無機フィラ
ーを分散させて成るため,熱伝導性無機フィラーの表面が疎水性
の長鎖のアルキル基又はフェニル基に覆われてシリコーンゴムと
の相溶性が向上し,熱伝導性を高めるためにマトリックスのシリ
コーンゴムに熱伝導性無機フィラーを高充填化しても,スラリー
状の熱伝導性シリコーンゴム組成物の成形スラリー粘度が上昇し
て成形加工性が低下するようなことがなく,熱伝導性無機フィラ
ーを高充填化した熱伝導性シリコーンゴム組成物の成形加工性を
向上することができるものであり,また熱伝導性無機フィラー同
士の凝集を防ぎ,シリコーンゴムのマトリックス中での熱伝導性
無機フィラーの二次凝集の少ない良好な分散状態を可能とするこ
とができ,熱伝導性シリコーンゴム組成物の硬化成形物の柔軟性
が向上し,ゴム弾性が向上すると共に,引張強度,引裂強度の向
上及び圧縮永久歪みを低減することできるものであり,また耐熱
エージング(高温放置)によるシリコーンゴムの酸化を起こしに
くくさせると共に上記のように熱伝導性無機フィラー同士の凝集
も起こりにくいものであって,この熱伝導性シリコーンゴム組成
物の硬化成形物の,耐熱試験におけるゴム硬度変化等の機械特性
変化を低減することができるものである。」(段落【0046
】)
b本件拒絶理由通知の内容
一審原告は,平成13年11月27日付けで特許庁審査官より本件
拒絶理由通知(乙2)を受けた。これには「請求項1に記載の発明は
組成物に係る発明と認められるが,各成分の配合量(組成比)が記載
されていない(すべての配合量(組成比)について同等の効果を奏す
るものとは認められない)」として,特許請求の範囲の記載が特許法
36条6項2号に規定する要件を充たしていないと記載されていた。
c本件補正
本件拒絶理由通知に対し,一審原告は,平成14年2月4日に本件
補正書(乙3)を提出し,当初明細書の特許請求の範囲【請求項1】
に構成要件Bを加えるなどの本件補正をした。本件補正によって,上
記段落【0012】は段落【0015】となり,上記段落【0046
】は段落【0055】となった(上記段落【0015】と上記段落【
0055】の補正後の内容は,前記のとおり)。また一審原告が同日
特許庁審査官に提出した本件意見書(乙4)には発明の効果に係る説
明として,上記段落【0055】と同じ記載があるほか,本件拒絶理
由通知に対する意見として以下の記載がある(3頁11行以下)。
「審査官殿は,『請求項1に記載の発明は組成物に係る発明と認め
られるが,各成分の配合量(組成比)が記載されていない(すべての
配合量(組成比)について同等の効果を奏するものとは認められな
い)。』とのご認定である。これに対して,本意見書と同日付けで提
出する手続補正書による補正後の請求項1の記載では,既述のように
『熱伝導性無機フィラーが熱伝導性シリコーンゴム組成物全量に対し
て40vol%∼80vol%』である点で限定されているので,請
求項1に係る発明は明確になったものと思料する。」
(イ)検討
上記(ア)認定のとおり,構成要件Bは,本件拒絶理由通知を受けた本
件補正によって,後から加えられたものであるところ,本件拒絶理由通
知が明らかにするように求めている「各成分の配合量」とは,当初明細
書の特許請求の範囲【請求項1】に記載のあった「シリコーンゴム」と
「カップリング剤で表面処理を施した熱伝導性無機フィラー」の各配合
量を指すものと解するのが相当であるし,このことは,本件拒絶理由通
知において,「全ての配合量について同等の効果を奏するものとは認め
られない」と指摘されていることからもうかがえる。
そうすると,このような拒絶理由通知に対する応答としてなされた本
件補正によって加えられた構成要件Bは,「熱伝導性シリコーンゴム組
成物全量」に対して,「カップリング剤で表面処理を施した熱伝導性無
機フィラー」の配合量を定めたものと解するのが相当であり,このこと
は,本件意見書において「『熱伝導性無機フィラーが熱伝導性シリコー
ンゴム組成物全量に対して40vol%∼80vol%』である点で限
定されているので,請求項1に係る発明は明確になった」と述べられて
いることとも符合する。
この点,一審原告は,本件補正においてカップリング処理を施した熱
伝導性無機フィラーの配合量を規定しようと意図したのであれば,本件
特許発明1のようには記載しないと主張するが,特許請求の範囲をどの
ように記載するかについて,その具体的表現には相当の幅があるのであ
り,本件においても,カップリング処理を施した熱伝導性無機フィラー
の配合量を規定する場合に,本件特許請求の範囲のような記載にはなり
得ないとはいえない。
また,一審原告は,当初明細書の段落【0012】の「40vol%
∼80vol%」という数値範囲が指すものは熱伝導性無機フィラー自
体の配合量であると主張するが,同段落は本件明細書の段落【0015
】とほぼ同じであり,同段落の「熱伝導性無機フィラー」がカップリン
グ処理を施した熱伝導性無機フィラーを指すと解されることは,前記イ
(ウ)で説示したとおりである。
さらに,一審原告は本件意見書における記載をもって,本件補正の目
的が熱伝導性無機フィラー自体の配合量を規定することにあったと主張
するが,一審原告が指摘する記載は本件明細書の段落【0055】と同
じ内容であり,段落【0055】の記載を考慮しても,「熱伝導性シリ
コーンゴム組成物全量に対して40vol%∼80vol%である熱伝
導性無機フィラー」がカップリング処理を施した熱伝導性無機フィラー
を指すと解されることは,前記イ(オ)で説示したとおりである。
(ウ)以上からすると,構成要件Bを加えた本件補正を外形的に見れば,
カップリング処理された熱伝導性無機フィラーの体積分率を限定したも
のと解するのが相当である。
エ構成要件Bの「熱伝導性無機フィラー」の解釈に関する当裁判所の結論
以上のア∼ウで述べたところを総合すると,構成要件Bの「熱伝導性無
機フィラーが熱伝導性シリコーンゴム組成物全量に対して40vol%∼
80vol%であること」の「熱伝導性無機フィラー」は,「シランカッ
プリング剤で表面処理を施した熱伝導性無機フィラー」と解するのが相当
である。そして,その場合,「シランカップリング剤で表面処理を施した
熱伝導性無機フィラー」の「熱伝導性シリコーンゴム組成物全量」に対す
るシランカップリング剤を含む割合が「40vol%∼80vol%」で
あると解することが,文言上全く無理のない解釈であり,そのように解し
てもその技術的意義に反することがないことは,前記イ(オ)で述べたとお
りである。したがって,構成要件Bは,「シランカップリング剤で表面処
理を施した熱伝導性無機フィラー」の「熱伝導性シリコーンゴム組成物全
量」に対するシランカップリング剤を含む割合が「40vol%∼80v
ol%」であると解するのが相当である。
なお,原判決が,構成要件Bの解釈において,「熱伝導性無機フィラー
が熱伝導性シリコーンゴム組成物全量に対して40vol%∼80vol
%であること」の「熱伝導性無機フィラー」は「シランカップリング剤で
表面処理を施した熱伝導性無機フィラー」であると解したのは相当である
が,この体積分率の算定に当たって本件カップリング剤を含まない量を基
準とした点は相当でない。
(2)被告製品の本件各特許発明の構成要件該当性の有無
被告製品のうち,GR−b,GR−d,GR−i,GR−k,GR−l,
GR−m(これらのうち,製造販売されていないGR−iを除く各製品を前
記のとおり「GR−b等」という。)の各組成が,原判決別紙の「被告製品
の組成」のうち「カップリング剤処理フィラー(vol%)」中の「フィラ
ーのみ」欄の各数値(ただし,被告製品の製造時にシランカップリング剤で
表面処理が施された熱伝導性無機フィラーとして製造工程に投入されたフィ
ラーの量)及び「未処理フィラー(vol%)」欄の各数値のとおりである
ことは,当事者間に争いがない。
この当事者間に争いがない事実に弁論の全趣旨を総合すると,これらの被
告製品は,カップリング剤で表面処理を施したフィラーと未処理フィラーか
ら成るものであり,GR−iを除く各製品(GR−b等)はカップリング剤
で表面処理が施されたフィラーとして製造工程に投入されたフィラーの組成
物全量に対するカップリング剤を含む体積分率が40vol%に満たないこ
とが認められ,これらの点から,これらの被告製品が本件各特許発明の構成
要件に該当すると認めることはできない。
また,GR−nについては,組成に争いがあるものの,シランカップリン
グ剤で表面処理を施したフィラーの組成物全量に対するシランカップリング
剤を含む体積分率が40vol%∼80vol%であることを認めるに足り
る証拠はない。一審原告は,GR−nについて,「熱伝導性無機フィラーが
熱伝導性シリコーンゴム組成物全量に対して40vol%∼80vol%で
ある」と主張するが,一審原告の主張は,当裁判所が採用する構成要件Bに
ついての解釈,すなわち,「シランカップリング剤で表面処理を施した熱伝
導性無機フィラー」の「熱伝導性シリコーンゴム組成物全量」に対するシラ
ンカップリング剤を含む割合が「40vol%∼80vol%」であるとの
解釈に基づくものではないから,採用することができない。
(3)被告製品のうちGR−b等の熱伝導性無機フィラーについても全量がカ
ップリング処理されているとの主張(予備的主張1)について
ア時機に後れた攻撃防御方法却下の抗弁に対する判断
一審被告は,「一審原告は,原審で十分に,予備的主張1を主張立証で
きたにもかかわらず,控訴審になって初めて主張立証してきたのは,時機
に後れた主張立証である」と主張する。
しかし,予備的主張1は,当審において,原判決に対する控訴理由を審
理する際に,それと共に審理することができるものであり,訴訟の完結を
遅延にさせるとは認められないから,民訴法157条1項により却下すべ
きものとは認められない。
イ構成要件Aの解釈との関係
本件各特許発明の構成要件Aは,前記のとおり「シリコーンゴムに,下
記一般式(A)で示されるシランカップリング剤で表面処理を施した熱伝
導性無機フィラーを分散させて成り,」等というものであって,シランカ
ップリング剤で表面処理する方法については,限定されていない。しか
も,前記(1)イ(ア)e(a)のとおり,本件明細書の「発明の詳細な説明」
の「発明の実施の形態」は,シランカップリング剤で表面処理を施す方法
として,直接処理法,インテグラルブレンド法,ドライコンセントレート
法が例示されているところ,前記(1)イ(ア)e(a)の本件明細書の記載に
証拠(甲50[フィラー研究会編「機能性フィラーの最新技術」1990
年(平成2年)1月26日株式会社シーエムシー発行264頁∼274頁
],甲51[永江利康著「粉体のシランカップリング剤による表面処理」
「顔料」26巻2号9頁∼15頁・1982年(昭和57年)2月発行
])を総合すると,①直接処理法は,シランカップリング剤を熱伝導性無
機フィラーに直接処理した後,シリコーンゴムに添加する方法であるこ
と,②インテグラルブレンド法は,シリコーンゴムと未処理の熱伝導性無
機フィラーとを混合する際にシランカップリング剤を添加する方法であ
り,直接処理法より多くのシランカップリング剤を添加する必要があるこ
と,③ドライコンセントレート法は,多量のシランカップリング剤を熱伝
導性無機フィラーに吸着させておいて,未処理の熱伝導性無機フィラーで
希釈して用いる方法であり,シランカップリング剤の品質を変えずに熱伝
導性無機フィラーに吸着させることと製品のライフの点で難しさがあるこ
とが認められる(なお,一審被告は,インテグラルブレンド法とドライコ
ンセントレート法は,実用的な方法でないかのように主張するが,上記の
本件明細書の記載及び証拠に照らし採用できない)。そうすると,本件各
特許発明においてシランカップリング剤で表面処理する方法には,熱伝導
性無機フィラーに吸着させたシランカップリング剤が離脱し,未処理の熱
伝導性無機フィラーに移行するような態様で処理されるものも含むものと
認められる。
また,本件各特許発明の構成要件Aは,シランカップリング剤で表面処
理する方法について上記のとおり限定していない上,証拠(甲50,5
1,甲66[フィラー研究会編「フィラー活用事典」平成6年5月31日
株式会社大成社発行264頁∼265頁],甲67[伊藤邦雄編「シリコ
ーンハンドブック」1990年(平成2年)8月31日日刊工業新聞社発
行55頁∼59頁],甲86[「最新フィラー技術全集」株式会社技術情
報協会2008年(平成20年)8月29日発行19頁・22頁∼25頁
・28頁∼29頁],甲87[中村吉伸・永田員也編「シランカップリン
グ剤の効果と使用法」2006年(平成18年)6月20日サイエンス&
テクノロジー株式会社発行12頁∼15頁])によれば,無機フィラー表
面でのシランカップリング剤の作用機構には,化学結合のみならず,物理
吸着も含まれると認められるから,構成要件Aにおける表面処理には物理
吸着も含まれるものと認められる。なお,本件明細書の【化3】【図1】
は,前記(1)イ(ア)e(a)及びgのとおりのものであって,これらは,無
機フィラー表面でシランカップリング剤が化学結合することを示してお
り,また,本件明細書の段落【0025】には,前記(1)イ(ア)e(a)の
とおり,表面処理について,上記【化3】【図1】を引用して記載され,
本件明細書の段落【0027】には,前記(1)イ(ア)e(a)のとおり,
「更に熱伝導性無機フィラー1の表面の水酸基と反応して,熱伝導性無機
フィラー1の表面は図1に示すような,疎水性の長鎖のアルキル基2で覆
われるものである。」と記載されているが,これらは表面処理の1実施態
様を示したものと解され,シランカップリング剤が化学結合しなければな
らないことまでも示すものではないと解される。また,一審被告は,未処
理フィラーにシランカップリング剤が「物理吸着」しても,シランカップ
リング剤は容易に脱離してしまうから,未処理フィラー同士の凝集が起こ
ってしまい,未処理フィラー同士の凝集が起こると,再分散はしにくいか
ら,本件各特許発明の作用効果は発揮できないことになると主張するが,
「物理吸着」であれば常にそのような凝集が起こることを認めるに足りる
証拠はないから,上記認定が左右されることはない。また,乙77(一審
被告社員Cの平成22年1月21日付け実験報告書)や乙88(一審被告
社員Cの平成22年2月27日付け実験報告書)も,一定の条件の下で物
理吸着表面処理フィラーと化学結合表面処理フィラーとを比較したものに
すぎず,さらに,フィラーに物理吸着する化合物として乙77,88で用
いられているポリオクチルメチルシロキサンは,化学結合で用いられてい
るオクチルトリエトキシシランと同じものであるともいえないから,上記
認定を覆すに足りるものということはできない。
そして,前記(1)イ(オ)のとおり,本件各特許発明の構成要件Aは,シ
リコーンゴムに充填する熱伝導性無機フィラー全量をカップリング処理す
るものに限られると解すべきところ,GR−b等について,一審原告が主
張するように,熱伝導性無機フィラーに吸着させたシランカップリング剤
が離脱し,未処理の熱伝導性無機フィラーに移行することによって,熱伝
導性無機フィラー全量がカップリング処理されるのであれば,構成要件A
を充足し,さらに,構成要件Bも充足すると解する余地がある。
そこで,GR−b等について,一審原告が主張するように,熱伝導性無
機フィラーに吸着させたシランカップリング剤が離脱し,未処理の熱伝導
性無機フィラーに移行することによって,熱伝導性無機フィラー全量がカ
ップリング処理されるかどうかについて,以下判断する。
ウGR−b等において熱伝導性無機フィラー全量がカップリング処理され
るかどうかにつき
(ア)GR−b等中に含まれる本件カップリング剤の量
a一審原告の依頼による測定結果
(a)一審原告が株式会社ダイヤ分析センター(現在の名称:株式会
社三菱化学アナリテック)及び株式会社松下電工解析センター(現
在の名称:パナソニック電工解析センター株式会社)に,被告製品
GR−k中の本件カップリング剤の定量を依頼したところ,株式会
社ダイヤ分析センターの定量結果は,n−ヘキシルトリエトキシシ
ラン35μg/試料1gであり,株式会社松下電工解析センターの
定量結果は,n−ヘキシルトリエトキシシラン58μg/試料1g
であったことが認められる(甲46[平成19年4月25日付け株
式会社ダイヤ分析センターの測定分析結果報告書],甲47[20
07年4月9日付け株式会社松下電工解析センターの結果報告書
])。
(b)一審原告が株式会社日東分析センター及び株式会社松下電工解
析センター(現在の名称:パナソニック電工解析センター株式会
社)に,被告製品GR−m,GR−HFd中の本件カップリング剤
の定量を依頼したところ,その結果は,次のとおりであったことが
認められる(甲63[2007年3月23日付け株式会社日東分析
センターの分析結果報告書],甲64[2007年2月23日付け
株式会社松下電工解析センターの結果報告書])。
<日東分析センターの分析結果>
検出物質検出量ppm(μg/試料1g)
GR−mn−ヘキシルトリエトキシシラン0.66
n−オクチルトリエトキシシラン92
GR−HFdn−ヘキシルトリエトキシシラン3.3
n−オクチルトリエトキシシラン57
<松下電工解析センターの分析結果>
検出物質検出量ppm(μg/試料1g)
GR−mn−ヘキシルトリエトキシシラン3
n−オクチルトリエトキシシラン395
GR−HFdn−ヘキシルトリエトキシシラン13
n−オクチルトリエトキシシラン157
(c)一審原告が株式会社日東分析センター及び株式会社松下電工解
析センター(現在の名称:パナソニック電工解析センター株式会
社)に,被告製品GR−m,GR−HFd中の本件カップリング剤
の定量を依頼したところ,その結果は,次のとおりであったことが
認められる(甲74[2009年10月6日付け株式会社パナソニ
ック電工解析センターの結果報告書],甲75[2009年11月
2日付け株式会社日東分析センターの分析結果報告書])。
<日東分析センターの分析結果>
検出物質検出量ppm(μg/試料1g)
GR−mn−ヘキシルトリエトキシシラン1.2
n−オクチルトリエトキシシラン210
GR−HFdn−ヘキシルトリエトキシシラン5.7
n−オクチルトリエトキシシラン170
<パナソニック電工解析センターの分析結果>
検出物質検出量ppm(μg/試料1g)
GR−mn−ヘキシルトリエトキシシラン検出せず
n−オクチルトリエトキシシラン277
GR−HFdn−ヘキシルトリエトキシシラン10
n−オクチルトリエトキシシラン203
(d)一審原告が株式会社日東分析センターに,被告製品GR−m,
GR−HFd中の本件カップリング剤の定量を依頼したところ,そ
の結果は,次のとおりであったことが認められる(甲80[201
0年1月25日付け株式会社日東分析センターの分析結果報告書
])。
検出物質検出量ppm(μg/試料1g)
GR−mn−ヘキシルトリエトキシシラン1.5
n−オクチルトリエトキシシラン240
GR−HFdn−ヘキシルトリエトキシシラン6.9
n−オクチルトリエトキシシラン160
b一審被告の依頼による測定結果
(a)一審被告が株式会社日東分析センターに,被告製品GR−kに
添加しているシランカップリング剤処理フィラー中のヘキシルトリ
エトキシシランの定量を依頼したところ,その結果は,「検出せ
ず」であったことが認められる(乙61[2009年8月26日付
け株式会社日東分析センターの分析結果報告書])。
(b)一審被告が株式会社日東分析センターに,被告製品GR−kと
GR−dに添加しているシランカップリング剤処理フィラー中のヘ
キシルトリエトキシシランとオクチルトリエトキシシランの定量を
依頼したところ,その結果は,「検出せず」であったことが認めら
れる(乙62[2009年11月11日付け株式会社日東分析セン
ターの分析結果報告書])。
(c)一審被告が株式会社日東分析センターに,被告製品GR−mに
添加しているシランカップリング剤処理フィラー中のヘキシルトリ
エトキシシランとオクチルトリエトキシシランの定量を依頼したと
ころ,その結果は,次のとおりであったことが認められる(乙69
[2009年11月26日付け株式会社日東分析センターの分析結
果報告書])。
検出物質検出量ppm(μg/試料1g)
処理アルミナ2ヘキシルトリエトキシシラン0.6∼1.4
オクチルトリエトキシシラン910∼1000
処理アルミナ3ヘキシルトリエトキシシラン検出せず
オクチルトリエトキシシラン0.55
(d)一審被告が株式会社日東分析センターに,被告製品GR−d,
GR−HFd,GR−m中のヘキシルトリエトキシシランとオクチ
ルトリエトキシシランの定量を依頼したところ,その結果は,次の
とおりであったことが認められる(乙79[2009年12月1日
付け株式会社日東分析センターの分析結果報告書])。
検出物質検出量ppm(μg/試料1g)
検出せずGR−dヘキシルトリエトキシシラン
検出せずオクチルトリエトキシシラン
GR−HFdヘキシルトリエトキシシラン痕跡程度
検出せずオクチルトリエトキシシラン
GR−mヘキシルトリエトキシシラン痕跡程度
オクチルトリエトキシシラン5.5∼7.3
c上記a(a)とb(a),(b)によれば,一審原告の依頼により被告製
品(GR−k)を分析した結果(甲46,47)は,同じ製品に用い
たフィラーを一審被告の依頼により分析した結果(乙61,62)と
整合しない。
この点について,一審原告は,処理フィラーを試料として用いて測
定した場合には,被告製品のシートを試料とした場合に比べてn−ヘ
キシルトリエトキシシランの検出量がかなり少なくなることが確認さ
れたと主張し,甲77(一審原告従業員A作成に係る平成22年1月
25日付け実験報告書)を提出する。そして,甲77には,n−ヘキ
シルトリエトキシシラン2%で処理したフィラーと,当該フィラーを
シリコーンポリマーと混合しシートに成形したものを試料として用意
し,加熱脱着GC−MS分析によりn−ヘキシルトリエトキシシラン
の量を測定した(250℃,10分の試料加熱条件)ところ,処理フ
ィラーを試料として用いた場合には,シートを試料とした場合に比べ
てn−ヘキシルトリエトキシシランの検出量がかなり少なくなること
が示されている(なお,一審被告は,甲77の実験では,エチルアル
コールがシート内に残存し,これがシランカップリング剤をフィラー
から解離する反応を起こす旨主張するが,甲77によれば,当該シー
トは,製造後すぐに−20℃で保管されているので,直ちに一審被告
が主張するような反応が起こると認めることはできない)。しかし,
上記b(d)のとおり,一審被告の依頼により被告製品(GR−m,G
R−HFd)を分析した結果(乙79)は,同じ製品の一審原告の分
析結果(上記a(b)∼(d))とは異なっている。この点について,一
審原告は,乙79の実験において,被告製品のシートからヘキシルト
リエトキシシラン及びオクチルトリエトキシシランが実質的に検出さ
れなかった理由として,シート製造後の保管の仕方に問題があり反応
が過度に進んでいるためである,分析前に何らかの意図的な熱処理を
行い,反応を過度に進行させている,被告製品とは内容の異なるもの
を測定対象シートとして用いていると主張するが,そのような事実を
認めるに足りる的確な証拠はない。したがって,上記の一審原告の主
張を直ちに採用することはできない。
他方,一審被告は,①一審原告の依頼による測定結果は,トラップ
槽の洗浄不足によって前の分析残渣が残っている可能性があり,②デ
ータのばらつきが大きく,信用できない,③一審原告は,同一のロッ
トの製品しか分析しておらず,同じ分析方法に固執していると主張す
る。しかし,上記a(d)の測定は,トラップ槽に前の分析残渣が残る
ことがないように十分に確認した上で行われたと認められる(甲8
0)ところ,この測定結果が上記a(b),(c)の測定結果と大きく異
ならないことからすると,一審被告の上記①の主張を採用することは
できず,また,上記aの測定結果程度のばらつきであれば,特にばら
つきが大きいということもできないから,上記②の主張を採用するこ
ともできない。さらに,同一のロットの製品しか分析していないこと
や同じ分析方法を採っていることもその信用性を否定する理由とはな
り得ない。
dさらに,一審原告は,試料中には,一審原告の依頼による測定で検
出されたものより多量のシランカップリング剤があったことが明らか
であると主張し,甲48には,検出量の数倍から数十倍は存在してい
るものと考えられるとの記載がある。しかし,仮に試料中に一審原告
の依頼による測定で検出されたものより多くのシランカップリング剤
があるとしても,甲48の上記記載は,その裏付けとなる根拠に乏し
く,どの程度多くのカップリング剤があったかを示す他の証拠もな
い。
e以上のとおり,一審原告の依頼によるものと一審被告の依頼による
ものとで測定数値が異なっている理由は,必ずしも明らかでない点が
あるものの,一審原告の依頼による測定結果を積極的に信用できない
とまでいう事情も認められないので,以下,この測定結果に基づき検
討することとする。
(イ)処理フィラーから未処理フィラーに対するシランカップリング剤の
脱離・移行
a証拠(甲56∼58,乙54,57,58,74)及び弁論の全趣
旨によれば,①シランカップリング剤が熱伝導性無機フィラーに化学
結合した場合には,その結合は安定しており,容易に脱離することは
ない,②熱伝導性無機フィラーに化学結合しなかったシランカップリ
ング剤は,処理フィラーから脱離し,未処理フィラーに物理吸着をす
ることがあり得る,③物理吸着は,吸着速度及び脱離速度が比較的大
きいことが認められる。
b一審原告は,①処理フィラーから未処理フィラーに対して容易にカ
ップリング剤の脱離・移行が生じるという一般的現象に加え,特に,
GR−b等においては,フィラーの充填率はいずれも50vol%を
超え,かなり密な充填状態(フィラーがぎっしり詰まった状態)であ
り,本件製法の攪拌・混合工程において処理フィラーと未処理フィラ
ーが万遍なく衝突し得る状態にある(甲55),②本件製法では,処
理フィラーと未処理フィラーの混合,攪拌を2∼5時間にわたって行
う,③検出されたカップリング剤の分子の数は,本件製法における投
入時の未処理フィラーの粒子数とは比較にならないほど圧倒的に多
く,このことは,処理フィラーから脱離した未反応のカップリング剤
が,未処理フィラーの全部をカップリング処理するのに十分すぎるほ
ど存在していたことを示している(甲52,53)と主張する。
ところで,乙15(一審被告訴訟代理人作成に係る平成19年5月
18日付け技術説明書)によれば,被告製品の製法(本件製法)は,
①「シリコーンゴム原料A液,シランカップリング剤処理フィラー,
未処理フィラー,添加物,白金系硬化触媒」からなるA液スラリー
と,「シリコーンゴム原料B液,シランカップリング剤処理フィラ
ー,未処理フィラー,添加物」からなるB液スラリーを,別々に室温
で長時間(2∼5時間)かけて混合する,②A液スラリーとB液スラ
リーを室温で混合して,混合スラリーを作成する,③混合スラリーを
室温でシート成形し,続いてシート成形物を加熱硬化し,所定の大き
さに切って製品となる,というものであると認められる。
GR−b等におけるフィラーの充填状態が一審原告が主張するよう
なものであるとしても,フィラーの間には,シリコーンゴム原料が存
在していると考えられるから,必ずしも一審原告が甲55(前記第
3,1(2)オ(イ)の写真)で主張するようなものとは解されない。こ
の点について,一審原告は,未処理フィラーは凝集しておらず,すで
に1次粒子であり処理フィラーとは常に接触する環境にさらされてい
ると主張する。この主張は,乙15の記載に基づき,未処理フィラー
がすべて大粒子であることを前提としているところ,乙15は,一審
被告代理人が被告製品について一般的な技術を説明したものであっ
て,実際の個々の製品がこの記載に合致しているかどうかは明らかで
ない。乙72(一審被告従業員E作成に係る平成21年11月30日
付け陳述書(18))には,GR−kについて,大粒子は使用してお
らず,平均粒子径は8μmであると記載されている(なお,この数値
は,乙72提出後訂正されたものであるが,大粒子を使用していない
という点では一致しており,そのことによって信用性がないとまでい
うことはできない。)。
また,一審原告の依頼した測定結果(上記(ア)a(a))によれば,
カップリング剤の分子の数が,一審原告が主張するようなものである
としても,未処理フィラーが表面処理されるかどうかは,必ずしも分
子の数のみで決まるものではないと考えられる上,一審原告の計算
(甲52,53)は,被告製品においては,未処理フィラーは大粒径
フィラーのみであるとの前提で計算されているところ,未処理フィラ
ーの粒子径が異なると,上記計算も異なる結果となる。
そうすると,前記(ア)の一審原告の依頼による測定結果を基にした
としても,上記各証拠から直ちにGR−b等において,熱伝導性無機
フィラーに化学結合しなかったシランカップリング剤が,処理フィラ
ーから脱離し,未処理フィラーが全量カップリング処理されるとまで
認めることは困難である。一審原告の主張には論理の飛躍があるとい
わざるを得ない。
cこの点について,一審原告は,「もともと無機フィラーの表面は親
水性でありシリコーン樹脂の表面は疎水性であるから,両者の親和性
は低く,無機フィラーの全面がシリコーン樹脂に覆われている状態で
は界面自由エネルギーは高い状態にある。他方,本件シランカップリ
ング剤は,無機フィラーの表面となじむ親水基とシリコーン樹脂とな
じむ疎水基を有しているから,本件シランカップリング剤の親水基が
無機フィラーに吸着し,疎水基が樹脂側に向いているほうが,圧倒的
に安定する,つまり界面自由エネルギーが低くなるから,シリコーン
樹脂中で,本件シランカップリング剤の物理吸着による表面処理が実
現される。」と主張する。しかし,仮に,そのようなことがいえると
しても,それは,処理フィラーから脱離したシランカップリング剤が
未処理フィラーに物理吸着する原理を示したにとどまり,一審被告製
品において未処理フィラーが全量カップリング処理されるとまで認め
ることができるものではない。
また,一審原告は,甲49の実験に基づき,カップリング処理のみ
又は同処理に加えて熱処理を行った各種の処理フィラー(いずれも水
に浮く性質を有する)と未処理フィラー(水に沈む性質を有する)と
を50:50(処理フィラー100g,未処理フィラー100g)の
比率で混合・攪拌することにより,未処理フィラーは水に浮くように
なることが確認されたが,この実験結果から,処理フィラーと未処理
フィラーを混合すれば,極めて容易に処理フィラーに吸着したカップ
リング剤が脱離して未処理フィラーに移行し,同フィラーがカップリ
ング処理されることが明らかになったと主張する。しかし,この実験
結果については,一審被告が主張するように,撥水性のある処理フィ
ラーが凝集して,(カップリング処理されていない)未処理フィラー
とともに内部に空気を含み,空気の浮力により浮いている現象を示し
ているだけである可能性があり(乙50),直ちに一審原告の主張を
裏付けるものと認めることはできない。なお,この点について,一審
原告は,凝集度が高くかさ(嵩)高い未処理フィラーが水に沈んで,
凝集度の低い処理フィラーが水に浮くという現象は,凝集度の大小か
らは説明がつかないのであり,カップリング処理によりフィラーの表
面がカップリング剤で覆われることにより,撥水性が付与され表面張
力が増大したことによると考えるのが合理的であると主張するが,こ
の主張は,一審被告の上記説明を覆すに足りるものではない。
さらに,一審原告は,処理フィラーから未処理フィラーに対するシ
ランカップリング剤の脱離・移行が生じることは,インテグラルブレ
ンド法やドライコンセントレート法に照らしても明らかであると主張
するが,前記イのとおり,これらは,多量のシランカップリング剤を
用い,各方法に適した条件の下で混合することによって実施されるも
のであって,それらの方法が用いられているからといって,被告製品
において未処理フィラーが全量カップリング処理されるとまで認める
ことはできない。
なお,本件明細書記載の直接処理法(段落【0032】)とインテ
グラルブレンド法を比較してほとんど同一の性質を有する物が得られ
たことを示す実験報告書(乙25)及び直接処理法とインテグラルブ
レンド法を比較してほとんど同一のスラリー粘度を有する物が得られ
たことを示す実験報告書(甲83),インテグラルブレンド法によっ
て処理したフィラーから,直接処理法によって処理したフィラーの6
0%のヘキサンが検出されていることを示す実験報告書(甲92,9
3)があるが,これらは,直接処理法とインテグラルブレンド法とで
ほとんど同一の性質を有する物が得られること及びインテグラルブレ
ンド法でも化学結合が生じていることを示すのみであり,被告製品に
おいて未処理フィラーが全量カップリング処理されるとまで認めるこ
とはできない。
d一審原告は,甲11∼13(一審原告従業員A作成に係る平成19
年7月2日付け,同月6日付け及び同月2日付け各実験報告書)に基
づき,投入前において未処理フィラーが体積分率で半分以上であって
も本件各特許発明の効果を十分奏しうるということがいえると主張す
るが,そうであるからといって,そのことが直ちに被告製品において
未処理フィラーが全量カップリング処理されることと結びつくという
ことはできない。
また,一審原告は,被告製品は,カップリング処理をしないフィラ
ーを大粒子とすることで,シリコーン樹脂投入前の時点であっても限
りなく全量処理に近い状態が実現できていると主張し,甲94(一審
原告従業員A作成に係る平成22年2月24日付け実験報告書)に
は,カップリング処理に関しては,小・中粒子への処理効果が大き
く,大粒子の寄与が小さいことが記載されているが,これらも,被告
製品において未処理フィラーが全量カップリング処理されることと直
接結びつくものではない。
(ウ)以上のとおりであるから,GR−b等において熱伝導性無機フィラ
ー全量がカップリング処理されていると認めることはできず,したがっ
て,一審原告の予備的主張1は理由がない。
(4)被告製品(ただし,GR−n及びGR−iは除く。)は均等侵害の第5
要件を充足しているとの主張(予備的主張2)について
ア最高裁平成10年2月24日第三小法廷判決(民集52巻1号113
頁)は,特許請求の範囲に記載された構成中に対象製品等と異なる部分が
存する場合に,なお均等なものとして特許発明の技術的範囲に属すると認
められるための要件の一つとして,「対象製品等が特許発明の特許出願手
続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特
段の事情もない」旨を掲げており,この要件が必要な理由として,「特許
出願手続において出願人が特許請求の範囲から意識的に除外したなど,特
許権者の側においていったん特許発明の技術的範囲に属しないことを承認
するか,又は外形的にそのように解されるような行動をとったものについ
て,特許権者が後にこれと反する主張をすることは,禁反言の法理に照ら
し許されないからである」と判示している。
そうすると,第三者から見て,外形的に特許請求の範囲から除外された
と解されるような行動をとった場合には,上記特段の事情があるものと解
するのが相当である。そこで,本件において上記特段の事情が認められる
かどうかについて検討する。
イ前記(1)で述べたところからすると,一審原告は,本件特許の出願経過
において,本件補正によって,本件各特許発明は,シリコーンゴムに充填
する熱伝導性無機フィラー全量をカップリング処理することを前提とし
て,「シランカップリング剤で表面処理を施した熱伝導性無機フィラー」
のシランカップリング剤を含む「熱伝導性シリコーンゴム組成物全量」に
対する割合が「40vol%∼80vol%」である旨の構成要件Bを付
加したものであるから,一審原告が,その範囲を超えて本件各特許発明の
技術的範囲の主張をすることは,外形的に特許請求の範囲から除外された
と解されるものについて技術的範囲に属すると主張することになり,上記
特段の事情に該当するというべきである。
ウこれにつき一審原告は,「本件補正に関して,構成要件Bにいう『熱伝
導性無機フィラー』がカップリング処理された熱伝導性無機フィラーを意
味する旨を表明したことは一度たりともなかったし,特許庁が,本件補正
に基づき,構成要件Bの意味内容について,『熱伝導性無機フィラー』が
カップリング処理された熱伝導性無機フィラーを意味するとの解釈を前提
として審査し,本件特許査定がなされたことを裏付ける証拠はない,かえ
って,本件特許に対する無効審判事件において,一審被告は,『熱伝導性
無機フィラー』に限定はないとの解釈を前提として新規性欠如及び進歩性
欠如を理由とする無効主張を行い,特許庁は,この解釈を前提として審決
をし,審決取消訴訟においても,この解釈を前提とした判断がなされてい
る」旨主張する。
しかし,一審原告が,構成要件Bにいう「熱伝導性無機フィラー」がカ
ップリング処理された熱伝導性無機フィラーを意味する旨を明示的に表明
したことがなく,特許査定において特許庁がその点をどのように解したか
が明らかでないとしても,本件補正が上記のとおり解される以上,上記特
段の事情に該当すると解することができるのであって,無効審判及び審決
取消訴訟の経過も,その点を左右するものではない。
エ以上のとおり,GR−b等について,「対象製品等が特許発明の特許出
願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなど
の特段の事情もない」ことという要件を充たさないから,これらを本件各
特許発明の技術的範囲に属すると認めることはできない。したがって,一
審原告の予備的主張2も理由がない。
(5)まとめ
以上の(1)ないし(4)によれば,被告製品はいずれも一審原告の有する本件
各特許発明の技術的範囲には属しないことになる。
そうすると,その余の争点について判断するまでもなく,一審原告の本訴
請求のうち,被告製品の製造販売禁止請求(請求の趣旨第1項),被告製品
の廃棄請求(同第2項),平成15年10月2日から平成18年9月30日
までの損害賠償等の請求(同第4項)は,理由がないことになる。
3本件実施契約の適用として一審被告は未払実施料(平成14年6月1日から
平成15年10月1日までの分1800万円等)の支払義務を負うか
(1)証拠(甲4,乙10)及び弁論の全趣旨を総合すれば,本件特許実施許
諾契約の締結及びその後の事情は,以下のとおりであったことが認められ
る。
ア一審原告と一審被告は,平成12年10月1日,一審原告が一審被告に
対し,本件特許に係る出願及び本件特許権の技術的範囲に属する熱伝導性
シリコーンゴム組成物からなる放熱シートを日本国内において製造,使用
及び販売することについて非独占的実施を許諾し,一審被告から一審原告
に対し,許諾製品の正味販売価格の1%(ただし,本件出願に係る特許権
が成立した日の属する月の翌月以降については3%)を実施料として支払
うこと等を内容とする特許実施許諾契約(本件実施契約)を締結した。
イ上記契約書の第2条においては,用語の意味について次のとおり定めら
れている。
「(1)許諾特許とは,甲所有の下記の特許出願及びこれに係る特許権並
びにその分割又は変更に係る新たな出願に基づく権利をいう。
・特開平11−209618(発明の名称:熱伝導性シリコーンゴム
組成物及び該組成物によりなる放熱シート)
(2)許諾製品とは,許諾特許の技術的範囲に属する熱伝導性シリコー
ンゴム組成物よりなる放熱シートをいう。
(3)〈省略〉」
ウ一審被告は,本件実施契約に基づき,遅くとも平成12年10月より原
判決別紙物件目録記載の放熱シート(被告製品)の製造,販売を開始し,
その後,平成14年5月までの被告製品の販売について,その売上高の1
%相当の実施料を一審原告に支払った。その詳細は,原判決36頁記載の
とおり合計729万5377円であることが認められる。
なお,一審被告は,現在,被告製品のうち,GR−i,GR−Hi,G
R−Fi及びGR−HFiを製造販売していない。
エ一審被告は,本件特許が登録された後の平成14年7月17日,被告製
品が本件各特許発明の技術的範囲に属さず,許諾製品に該当しないとし
て,実施料の支払を拒絶する旨を一審原告に通知し,同年12月13日,
本件実施契約を解除する旨の意思表示をした。これにより,本件実施契約
は,平成15年10月1日をもって終了した。
オ一審原告が本訴の請求の趣旨第3項において求めているのは,実施料の
支払がなされていない平成14年6月1日以降の分で,解除により実施契
約が終了した平成15年10月1日までの分1800万円(売上高6億円
の実施料率3%)と遅延損害金である。
(2)ところで,上記未払実施料1800万円等の支払請求は,本件実施契約
に基づく契約債権によるものであると解され,支払義務の有無及び金額等
は,第1次的には契約の定め方により決せられるものであるところ,上記契
約に基づき一審被告が一審原告に実施料を支払う法的義務を負うに至るの
は,契約書第2条(2)に「許諾製品とは,許諾特許の技術的範囲に属する熱
伝導性シリコーンゴム組成物よりなる放熱シート」と記載されていることか
らして,一審被告の製造販売した製品が許諾特許の技術的範囲に属すること
を要すると解される。そして,一審被告が現実に製造販売している被告製品
は全て一審原告が特許権を有する本件各特許発明の技術的範囲に属するもの
ではないことは,前記2で述べたとおりであるから,一審被告は一審原告に
対して上記未払実施料1800万円等を支払う法的義務はないことになる
(なお,だからといって,一審被告が既に支払った729万5377円を一
審原告に返還請求できるものでもないことは,原判決も説示するとおり,同
契約第4条2項に「本契約に基づいて乙から甲になされたあらゆる支払い
は,許諾特許の無効,本契約の解約その他いかなる理由によっても乙に返還
されないものとする。」と定められていることからも明らかである。)。
そうすると,未払実施料1800万円等の支払を求める本訴請求(請求の
趣旨第3項)も理由がない。
4結論
以上のとおりであるから,一審原告の本訴請求は理由がない。
よって,一審原告の本訴請求を一部認容した原判決はこれを変更することと
し,一審原告勝訴部分の拡張を求めるA事件控訴人パナソニック電工株式会社
の控訴は理由がないから棄却し,一審原告勝訴部分の取消しを求めるB事件控
訴人富士高分子工業株式会社の控訴は認容することとして,主文のとおり判決
する。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官中野哲弘
裁判官森義之
裁判官澁谷勝海

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