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平成29年(行ツ)第47号選挙無効請求事件
平成29年9月27日大法廷判決
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
理由
上告人兼上告代理人山口邦明,同國部徹,同三竿径彦及び上告人森徹の各上告理
由について
1本件は,平成28年7月10日施行の参議院議員通常選挙(以下「本件選
挙」という。)について,東京都選挙区及び神奈川県選挙区の選挙人である上告人
らが,公職選挙法14条,別表第3の参議院(選挙区選出)議員の議員定数配分規
定(以下,数次の改正の前後を通じ,平成6年法律第2号による改正前の別表第2
を含め,「定数配分規定」という。)は憲法に違反し無効であるから,これに基づ
き施行された本件選挙の上記各選挙区における選挙も無効であると主張して提起し
た選挙無効訴訟である。
2原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1)参議院議員選挙法(昭和22年法律第11号)は,参議院議員の選挙につ
いて,参議院議員250人を全国選出議員100人と地方選出議員150人とに区
分し,全国選出議員については,全都道府県の区域を通じて選出されるものとする
一方,地方選出議員については,その選挙区及び各選挙区における議員定数を別表
で定め,都道府県を単位とする選挙区において選出されるものとした。そして,選
挙区ごとの議員定数については,憲法が参議院議員につき3年ごとにその半数を改
選すると定めていることに応じて,各選挙区を通じその選出議員の半数が改選され
ることとなるように配慮し,定数を偶数として最小2人を配分する方針の下に,各
選挙区の人口に比例する形で,2人ないし8人の偶数の議員定数を配分した。昭和
25年に制定された公職選挙法の定数配分規定は,上記の参議院議員選挙法の議員
定数配分規定をそのまま引き継いだものであり,その後に沖縄県選挙区の議員定数
2人が付加されたほかは,平成6年法律第47号による公職選挙法の改正(以下
「平成6年改正」という。)まで,上記定数配分規定に変更はなかった。なお,昭
和57年法律第81号による公職選挙法の改正(以下「昭和57年改正」とい
う。)により,参議院議員252人は各政党等の得票に比例して選出される比例代
表選出議員100人と都道府県を単位とする選挙区ごとに選出される選挙区選出議
員152人とに区分されることになったが,この選挙区選出議員は,従来の地方選
出議員の名称が変更されたものにすぎない。その後,平成12年法律第118号に
よる公職選挙法の改正(以下「平成12年改正」という。)により,参議院議員の
総定数が242人とされ,比例代表選出議員96人及び選挙区選出議員146人と
された。
(2)参議院議員選挙法制定当時,選挙区間における議員1人当たりの人口の最
大較差(以下,各立法当時の「選挙区間の最大較差」というときは,この人口の最
大較差をいう。)は2.62倍(以下,較差に関する数値は,全て概数である。)
であったが,人口変動により次第に拡大を続け,平成4年に施行された参議院議員
通常選挙(以下,単に「通常選挙」といい,この通常選挙を「平成4年選挙」とい
う。)当時,選挙区間における議員1人当たりの選挙人数の最大較差(以下,各選
挙当時の「選挙区間の最大較差」というときは,この選挙人数の最大較差をい
う。)が6.59倍に達した後,平成6年改正における7選挙区の定数を8増8減
する措置により,平成2年10月実施の国勢調査結果による人口に基づく選挙区間
の最大較差は4.81倍に縮小した。その後,平成12年改正における3選挙区の
定数を6減する措置及び平成18年法律第52号による公職選挙法の改正(以下
「平成18年改正」という。)における4選挙区の定数を4増4減する措置の前後
を通じて,平成7年から同19年までに施行された各通常選挙当時の選挙区間の最
大較差は5倍前後で推移した。
しかるところ,当裁判所大法廷は,定数配分規定の合憲性に関し,最高裁昭和5
4年(行ツ)第65号同58年4月27日大法廷判決・民集37巻3号345頁
(以下「昭和58年大法廷判決」という。)において後記3(1)の基本的な判断枠
組みを示した後,平成4年選挙について,違憲の問題が生ずる程度の投票価値の著
しい不平等状態が生じていた旨判示したが(最高裁平成6年(行ツ)第59号同8
年9月11日大法廷判決・民集50巻8号2283頁),平成6年改正後の定数配
分規定の下で施行された2回の通常選挙については,上記の状態に至っていたとは
いえない旨判示した(最高裁平成9年(行ツ)第104号同10年9月2日大法廷
判決・民集52巻6号1373頁,最高裁平成11年(行ツ)第241号同12年
9月6日大法廷判決・民集54巻7号1997頁)。その後,平成12年改正後の
定数配分規定の下で施行された2回の通常選挙及び平成18年改正後の定数配分規
定の下で平成19年に施行された通常選挙のいずれについても,当裁判所大法廷
は,上記の状態に至っていたか否かにつき明示的に判示することなく,結論におい
て当該各定数配分規定が憲法に違反するに至っていたとはいえない旨の判断を示し
た(最高裁平成15年(行ツ)第24号同16年1月14日大法廷判決・民集58
巻1号56頁,最高裁平成17年(行ツ)第247号同18年10月4日大法廷判
決・民集60巻8号2696頁,最高裁平成20年(行ツ)第209号同21年9
月30日大法廷判決・民集63巻7号1520頁)。もっとも,上掲最高裁平成1
8年10月4日大法廷判決においては,投票価値の平等の重要性を考慮すると投票
価値の不平等の是正について国会における不断の努力が望まれる旨の,上掲最高裁
平成21年9月30日大法廷判決においては,当時の較差が投票価値の平等という
観点からはなお大きな不平等が存する状態であって,選挙区間における投票価値の
較差の縮小を図ることが求められる状況にあり,最大較差の大幅な縮小を図るため
には現行の選挙制度の仕組み自体の見直しが必要となる旨の指摘がそれぞれされる
など,選挙区間の最大較差が5倍前後で常態化する中で,較差の状況について投票
価値の平等の観点から実質的にはより厳格な評価がされるようになっていた。
(3)平成22年7月11日,選挙区間の最大較差が5.00倍の状況において
施行された通常選挙(以下「平成22年選挙」という。)につき,最高裁平成23
年(行ツ)第51号同24年10月17日大法廷判決・民集66巻10号3357
頁(以下「平成24年大法廷判決」という。)は,結論において同選挙当時の定数
配分規定が憲法に違反するに至っていたとはいえないとしたものの,長年にわたる
制度及び社会状況の変化を踏まえ,参議院議員の選挙であること自体から直ちに投
票価値の平等の要請が後退してよいと解すべき理由は見いだし難く,都道府県が政
治的に一つのまとまりを有する単位として捉え得ること等の事情は数十年間にもわ
たり投票価値の大きな較差が継続することを正当化する理由としては十分なものと
はいえなくなっており,都道府県間の人口較差の拡大が続き,総定数を増やす方法
を採ることにも制約がある中で,都道府県を各選挙区の単位とする仕組みを維持し
ながら投票価値の平等の要求に応えていくことはもはや著しく困難な状況に至って
いるなどとし,それにもかかわらず平成18年改正後は投票価値の大きな不平等が
ある状態の解消に向けた法改正が行われることのないまま平成22年選挙に至った
ことなどの事情を総合考慮すると,同選挙当時の最大較差が示す選挙区間における
投票価値の不均衡は,違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態にあった旨判示
するとともに,都道府県を単位として各選挙区の定数を設定する現行の方式をしか
るべき形で改めるなど,現行の選挙制度の仕組み自体の見直しを内容とする立法的
措置を講じ,できるだけ速やかに違憲の問題が生ずる上記の不平等状態を解消する
必要がある旨を指摘した。
(4)平成24年大法廷判決の言渡し後,平成24年11月16日に公職選挙法
の一部を改正する法律案が成立し(平成24年法律第94号。以下「平成24年改
正法」という。),同月26日に施行された(以下,同法による改正後,平成27
年法律第60号による改正前の定数配分規定を「本件旧定数配分規定」とい
う。)。平成24年改正法の内容は,平成25年7月に施行される通常選挙に向け
た改正として選挙区選出議員について4選挙区で定数を4増4減するものであり,
その附則には,同28年に施行される通常選挙に向けて,選挙制度の抜本的な見直
しについて引き続き検討を行い,結論を得るものとする旨の規定が置かれていた。
平成25年7月21日,本件旧定数配分規定の下での初めての通常選挙が施行さ
れた(以下「平成25年選挙」という。)。同選挙当時の選挙区間の最大較差は
4.77倍であった。
(5)平成25年9月,参議院において同28年に施行される通常選挙に向けた
参議院選挙制度改革について協議を行うため,選挙制度の改革に関する検討会の下
に選挙制度協議会が設置された。同協議会においては,平成26年4月に選挙制度
の仕組みの見直しを内容とする具体的な改正案として座長案が示され,その後に同
案の見直し案も示された。これらの案は,基本的には,議員1人当たりの人口の少
ない一定数の選挙区を隣接区と合区してその定数を削減し,人口の多い一定数の選
挙区の定数を増やして選挙区間の最大較差を大幅に縮小するというものであるとこ
ろ,同協議会において,同年5月以降,上記の案や参議院の各会派の提案等をめぐ
り検討と協議が行われた(上記各会派の提案の中には,上記の案を基礎として合区
の範囲等に修正を加える提案のほか,都道府県に代えてより広域の選挙区の単位を
新たに創設する提案等が含まれていた。)。そして,同協議会において,更に同年
11月以降,意見集約に向けて協議が行われたが,各会派の意見が一致しなかった
ことから,同年12月26日,各会派から示された提案等を併記した報告書が参議
院議長に提出された。
(6)このような協議が行われている状況の中で,平成25年選挙につき,最高
裁平成26年(行ツ)第155号,第156号同年11月26日大法廷判決・民集
68巻9号1363頁(以下「平成26年大法廷判決」という。)は,平成24年
大法廷判決の判断に沿って,平成24年改正法による前記4増4減の措置は,都道
府県を各選挙区の単位とする選挙制度の仕組みを維持して一部の選挙区の定数を増
減するにとどまり,現に選挙区間の最大較差については上記改正の前後を通じてな
お5倍前後の水準が続いていたのであるから,投票価値の不均衡について違憲の問
題が生ずる程度の投票価値の著しい不平等状態を解消するには足りないものであっ
たといわざるを得ず,したがって,平成24年改正法による上記の措置を経た後
も,選挙区間における投票価値の不均衡は違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等
状態にあった旨判示するとともに,都道府県を単位として各選挙区の定数を設定す
る現行の方式をしかるべき形で改めるなどの具体的な改正案の検討と集約が着実に
進められ,できるだけ速やかに,現行の選挙制度の仕組み自体の見直しを内容とす
る立法的措置によって上記の不平等状態が解消される必要がある旨を指摘した。
(7)選挙制度の改革に関する検討会は,前記(5)の報告書の提出を受けて協議を
行ったが,各会派が一致する結論を得られなかったことから,平成27年5月29
日,各会派において法案化作業を行うこととされた。そして,各会派における検討
が進められた結果,各会派の見解は,人口の少ない選挙区について合区を導入する
ことを内容とする①「4県2合区を含む10増10減」の改正案と②「20県10
合区による12増12減」の改正案とにおおむね集約され,同年7月23日,上記
各案を内容とする公職選挙法の一部を改正する法律案がそれぞれ国会に提出され
た。上記①の改正案に係る法律案は,選挙区選出議員の選挙区及び定数について,
鳥取県及び島根県,徳島県及び高知県をそれぞれ合区して定数2人の選挙区とする
とともに,3選挙区の定数を2人ずつ減員し,5選挙区の定数を2人ずつ増員する
ことなどを内容とするものであり,その附則7条には,平成31年に行われる通常
選挙に向けて,参議院の在り方を踏まえて,選挙区間における議員1人当たりの人
口の較差の是正等を考慮しつつ選挙制度の抜本的な見直しについて引き続き検討を
行い,必ず結論を得るものとするとの規定が置かれていた。
平成27年7月28日,上記①の改正案に係る公職選挙法の一部を改正する法律
案が成立し(平成27年法律第60号。以下「平成27年改正法」という。),同
年11月5日に施行された(以下,同法による改正後の定数配分規定を「本件定数
配分規定」という。)。同法による公職選挙法の改正(以下「平成27年改正」と
いう。)の結果,平成22年10月実施の国勢調査結果による人口に基づく選挙区
間の最大較差は2.97倍となった。
(8)平成28年7月10日,本件定数配分規定の下での初めての通常選挙とし
て,本件選挙が施行された。本件選挙当時の選挙区間の最大較差は3.08倍であ
った。
3(1)憲法は,選挙権の内容の平等,換言すれば,議員の選出における各選挙
人の投票の有する影響力の平等,すなわち投票価値の平等を要求していると解され
る。しかしながら,憲法は,国民の利害や意見を公正かつ効果的に国政に反映させ
るために選挙制度をどのような制度にするかの決定を国会の裁量に委ねているので
あるから,投票価値の平等は,選挙制度の仕組みを決定する唯一,絶対の基準とな
るものではなく,国会が正当に考慮することができる他の政策的目的ないし理由と
の関連において調和的に実現されるべきものである。それゆえ,国会が具体的に定
めたところがその裁量権の行使として合理性を有するものである限り,それによっ
て投票価値の平等が一定の限度で譲歩を求められることになっても,憲法に違反す
るとはいえない。
憲法が二院制を採用し衆議院と参議院の権限及び議員の任期等に差異を設けてい
る趣旨は,それぞれの議院に特色のある機能を発揮させることによって,国会を公
正かつ効果的に国民を代表する機関たらしめようとするところにあると解される。
前記2(1)においてみた参議院議員の選挙制度の仕組みは,このような観点から,
参議院議員について,全国選出議員(昭和57年改正後は比例代表選出議員)と地
方選出議員(同改正後は選挙区選出議員)に分け,前者については全国(全都道府
県)の区域を通じて選挙するものとし,後者については都道府県を各選挙区の単位
としたものである。昭和22年の参議院議員選挙法及び同25年の公職選挙法の制
定当時において,このような選挙制度の仕組みを定めたことが,国会の有する裁量
権の合理的な行使の範囲を超えるものであったということはできない。しかしなが
ら,社会的,経済的変化の激しい時代にあって不断に生ずる人口変動の結果,上記
の仕組みの下で投票価値の著しい不平等状態が生じ,かつ,それが相当期間継続し
ているにもかかわらずこれを是正する措置を講じないことが,国会の裁量権の限界
を超えると判断される場合には,当該定数配分規定が憲法に違反するに至るものと
解するのが相当である。
以上は,昭和58年大法廷判決以降の参議院議員(地方選出議員ないし選挙区選
出議員)選挙に関する累次の大法廷判決の趣旨とするところであり,基本的な判断
枠組みとしてこれを変更する必要は認められない。
(2)憲法は,二院制の下で,一定の事項について衆議院の優越を認める反面,
参議院議員につき任期を6年の長期とし,解散もなく,選挙は3年ごとにその半数
について行うことを定めている(46条等)。その趣旨は,立法を始めとする多く
の事柄について参議院にも衆議院とほぼ等しい権限を与えつつ,参議院議員の任期
をより長期とすること等によって,多角的かつ長期的な視点からの民意を反映さ
せ,衆議院との権限の抑制,均衡を図り,国政の運営の安定性,継続性を確保しよ
うとしたものと解される。そして,いかなる具体的な選挙制度によって,上記の憲
法の趣旨を実現し,投票価値の平等の要請と調和させていくかは,二院制の下にお
ける参議院の性格や機能及び衆議院との異同をどのように位置付け,これをそれぞ
れの選挙制度にいかに反映させていくかという点を含め,国会の合理的な裁量に委
ねられていると解すべきである。このことも,前記(1)と同様,累次の大法廷判決
が基本的な立場として承認してきたところである。
(3)前記(1)のとおり,投票価値の平等は,選挙制度の仕組みを決定する唯一,
絶対の基準となるものではなく,国会が正当に考慮することができる他の政策的目
的ないし理由との関連において調和的に実現されるべきものであり,また,前記
(2)のとおり,憲法が,国会の構成について二院制を採用し,衆議院と参議院の権
限及び議員の任期等に差異を設けている趣旨に鑑みれば,二院制の下での参議院の
在り方や役割を踏まえ,参議院議員につき衆議院議員とは異なる選挙制度を採用
し,国民各層の多様な意見を反映させて,参議院に衆議院と異なる独自の機能を発
揮させようとすることも,選挙制度の仕組みを定めるに当たって国会に委ねられた
裁量権の合理的行使として是認し得るものと考えられる。そして,具体的な選挙制
度の仕組みを決定するに当たり,一定の地域の住民の意思を集約的に反映させると
いう意義ないし機能を加味する観点から,政治的に一つのまとまりを有する単位で
ある都道府県の意義や実体等を一つの要素として考慮すること自体が否定されるべ
きものであるとはいえず,投票価値の平等の要請との調和が保たれる限りにおい
て,このような要素を踏まえた選挙制度を構築することが直ちに国会の合理的な裁
量を超えるものとは解されない。
平成24年大法廷判決及び平成26年大法廷判決は,上記のような選挙制度の構
築についての国会の裁量権行使の合理性を判断するに当たって,長年にわたる制度
及び社会状況の変化を考慮すべき必要性を指摘し,その変化として,参議院議員と
衆議院議員の各選挙制度が同質的なものとなってきており,国政の運営における参
議院の役割が増大してきていることに加え,衆議院については投票価値の平等の要
請に対する制度的な配慮として選挙区間の人口較差が2倍未満となることを基本と
する旨の区割りの基準が定められていることなどを挙げて,これらの事情の下で
は,昭和58年大法廷判決が長期にわたる投票価値の大きな較差の継続を許容し得
る根拠として挙げていた諸点につき,数十年間にもわたり5倍前後の大きな較差が
継続することを正当化する理由としては十分なものとはいえなくなっている旨を指
摘するとともに,都道府県を各選挙区の単位としなければならないという憲法上の
要請はなく,むしろ,都道府県を各選挙区の単位として固定する結果,上記のよう
に長期にわたり大きな較差が継続していた状況の下では,上記の都道府県の意義や
実体等をもって上記の選挙制度の仕組みの合理性を基礎付けるには足りなくなって
いたとしたものである。しかし,この判断は,都道府県を各選挙区の単位として固
定することが投票価値の大きな不平等状態を長期にわたって継続させてきた要因で
あるとみたことによるものにほかならず,各選挙区の区域を定めるに当たり,都道
府県という単位を用いること自体を不合理なものとして許されないとしたものでは
ない。
もとより,参議院議員の選挙について,直ちに投票価値の平等の要請が後退して
よいと解すべき理由は見いだし難く,参議院についても更に適切に民意が反映され
るよう投票価値の平等の要請について十分に配慮することが求められるものの,上
記のような憲法の趣旨,参議院の役割等に照らすと,参議院議員の選挙における投
票価値の平等は,憲法上3年ごとに議員の半数を改選することとされていることな
ど,議員定数の配分に当たり考慮を要する固有の要素があることを踏まえつつ,二
院制に係る上記の憲法の趣旨との調和の下に実現されるべきであることに変わりは
ないというべきである。
(4)本件選挙は,平成26年大法廷判決の言渡し後に成立した平成27年改正
法による改正後の本件定数配分規定の下で施行されたものであるところ,同法は,
従前の改正のように単に一部の選挙区の定数を増減するにとどまらず,人口の少な
い選挙区について,参議院の創設以来初めての合区を行うことにより,都道府県を
各選挙区の単位とする選挙制度の仕組みを見直すことをも内容とするものであり,
これによって平成25年選挙当時まで数十年間にもわたり5倍前後で推移してきた
選挙区間の最大較差は2.97倍(本件選挙当時は3.08倍)にまで縮小するに
至ったのである。
この改正は,長期間にわたり投票価値の大きな較差が継続する要因となっていた
上記の仕組みを見直すべく,人口の少ない一部の選挙区を合区するというこれまで
にない手法を導入して行われたものであり,これによって選挙区間の最大較差が上
記の程度にまで縮小したのであるから,同改正は,前記の参議院議員選挙の特性を
踏まえ,平成24年大法廷判決及び平成26年大法廷判決の趣旨に沿って較差の是
正を図ったものとみることができる。また,平成27年改正法は,その附則におい
て,次回の通常選挙に向けて選挙制度の抜本的な見直しについて引き続き検討を行
い必ず結論を得る旨を定めており,これによって,今後における投票価値の較差の
更なる是正に向けての方向性と立法府の決意が示されるとともに,再び上記のよう
な大きな較差を生じさせることのないよう配慮されているものということができ
る。
そうすると,平成27年改正は,都道府県を各選挙区の単位とする選挙制度の仕
組みを改めて,長年にわたり選挙区間における大きな投票価値の不均衡が継続して
きた状態から脱せしめるとともに,更なる較差の是正を指向するものと評価するこ
とができる。合区が一部にとどまり,多くの選挙区はなお都道府県を単位としたま
ま残されているとしても,そのことは上記の判断を左右するものではない。
(5)以上のような事情を総合すれば,本件選挙当時,平成27年改正後の本件
定数配分規定の下での選挙区間における投票価値の不均衡は,違憲の問題が生ずる
程度の著しい不平等状態にあったものとはいえず,本件定数配分規定が憲法に違反
するに至っていたということはできない。
4以上の次第であるから,本件定数配分規定が本件選挙当時憲法に違反するに
至っていたということはできないとした原審の判断は,結論において是認すること
ができる。論旨はいずれも採用することができない。
よって,裁判官木内道祥,同林景一の各意見,裁判官鬼丸かおる,同山本庸幸の
各反対意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
裁判官木内道祥の意見は,次のとおりである。
私は,本件定数配分規定が本件選挙当時憲法に違反するに至っていたということ
はできないとする結論において多数意見と同意見であるが,本件選挙当時,投票価
値の不均衡が違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態にあったか否かの点にお
いて異なる意見を持つ。
以下,その理由を述べる。
1投票価値の平等と憲法適合性審査
国会議員の選挙における投票価値は,国民が憲法上有する選挙権の内容をなすも
のであるから,それが平等であることは,国会を全国民の代表である議員により構
成するための基本原理として憲法が要求するところであり,選挙制度の決定に当た
って考慮されるべき最も重要かつ基本的な基準である。
憲法の下で選挙制度をいかなるものとするかは国会が法律によって定めるもので
あり,国会に立法に当たっての裁量権が存することは当然であるが,憲法上の価値
として認められている投票価値の平等に譲歩を求めることができる事由は,他の憲
法上の価値や不可避な技術的な制約などの合理的なものでなければならない。
投票価値の平等が選挙制度の仕組みの決定における唯一絶対の基準ではないとの
説示は昭和58年大法廷判決以来の参議院議員選挙に関する大法廷判決で踏襲され
ているが,この説示は,投票価値の平等が最も重要かつ基本的な基準であることを
否定するものではない。「議員数を選挙人の人口に比例して,各選挙区に配分する
ことは,法の下の平等の憲法の原則からいって望ましいところではあるが・・・各
選挙区に如何なる割合で議員定数を配分するかは,立法府である国会の権限に属す
る立法政策の問題」(最高裁昭和38年(オ)第422号同39年2月5日大法廷
判決・民集18巻2号270頁)というそれ以前の見解に対して,昭和58年大法
廷判決は「(憲法の定める)選挙権の平等の原則は,・・・選挙権の内容の平等,
すなわち・・・投票の有する価値の平等をも要求する」という原則を示し,その上
で,投票価値の平等が唯一絶対の基準ではないとの説示がなされたものであり,こ
れは,国会の立法に当たって投票価値の平等以外の要素を一切考慮してはならない
ということではないという趣旨で国会の裁量権を確認したにとどまるものと解され
る。
2選挙区の単位を都道府県とすることと投票価値の平等の関係
都道府県を「歴史的にも政治的,経済的,社会的にも独自の意義と実体を有し,
一つの政治的まとまりを有する単位」と評価するのは,昭和58年大法廷判決以来
のものである。同大法廷判決以降の参議院議員選挙に関する大法廷判決が都道府県
を選挙区とすることについて述べていることの概観は,平成26年大法廷判決の私
の反対意見2(2)において述べたとおりであり繰り返さないが,事実上の都道府県
代表的な要素を投票価値の平等の後退を求める要素として相当程度に評価している
昭和58年大法廷判決に対し,その後の大法廷判決では,都道府県を選挙区の単位
とすることが投票価値の不均衡の原因であることが指摘されるようになり,平成2
4年大法廷判決に至って「都道府県が地方における一つのまとまりを有する行政等
の単位であるという点は今日においても変わりはなく,この指摘(注昭和58年
大法廷判決の指摘)もその限度においては相応の合理性を有していたといい得る
が,これを参議院議員の選挙区の単位としなければならないという憲法上の要請は
なく,むしろ,都道府県を選挙区の単位として固定する結果,・・・投票価値の大
きな不平等状態が長期にわたって継続していると認められる状況の下では,上記の
仕組み自体を見直すことが必要になる」と指摘されるに至った。
このように,これまでの大法廷判決の上でも,都道府県が選挙区の単位であるこ
とが当然とはされておらず,選挙区の単位としての都道府県は,投票価値の平等と
いう憲法上の価値に譲歩を求め得る価値としては相当の後退を余儀なくされてい
る。
今回の多数意見においても,都道府県を政治的に一つのまとまりを有する単位と
して評価することは変わらないものの,その趣旨は「一定の地域の住民の意思を集
約的に反映させるという意義ないし機能を加味する観点」からのものである。
選挙区選挙とは,全国民を代表する議員が誰であるかを選挙区における投票によ
って定めるものである。その選挙区が議員を定めるに足りる一つのまとまりを有す
る単位であることは,選挙区選挙という制度から来る要請ではあるが,そこでいう
一つのまとまりを有する単位が当然に都道府県であるということにはならない。
多数意見は,都道府県の意義や実体等を一つの要素として考慮することが否定さ
れないとするが,それは,飽くまで一つの要素としての考慮であり,直ちに,各選
挙区の区域を定めるに当たり都道府県という単位を用いることが不合理ではないと
する結論に帰結することにはならないはずである。
32段階の憲法判断の枠組みとその考慮要素
当裁判所大法廷は,これまで,参議院議員選挙の定数配分規定について,①投票
価値の不均衡が違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態に至っているか否か
(違憲状態か否か),②この違憲状態が当該選挙までの期間内に是正されなかった
ことが国会の裁量権の限界を超えているか否か(裁量権の範囲内か否か)の2段階
の判断枠組みによって憲法判断を行ってきた。
①の違憲状態か否かの判断は,平成24年大法廷判決が「本件選挙当時,前記の
較差が示す選挙区間における投票価値の不均衡は,投票価値の平等の重要性に照ら
してもはや看過し得ない程度に達しており,これを正当化すべき特別の理由も見い
だせない以上,違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態に至っていた」とする
ように,選挙当時における選挙区間の較差で示される投票価値の不均衡についての
ものである。
平成24年大法廷判決は,平成22年選挙当時,参議院において選挙制度の仕組
み自体の検討が行われており,同選挙後に国会に提出された平成24年改正法の法
案の附則が選挙制度の抜本的見直しについて引き続き検討するとしていたことを,
同選挙時までに定数配分規定を改正しなかったことが国会の裁量権の限界を超える
か否かの問題として検討して,裁量権の限界を超えるものとはいえないとした。平
成26年大法廷判決も,平成24年大法廷判決の後,平成25年選挙までの間に上
記の附則を含む平成24年改正法が成立し,同選挙後も,附則の定めに従い,選挙
制度の仕組みの見直しを内容とする検討が行われていることを,同選挙までの間に
上記の見直しを内容とする法改正がされなかったことが国会の裁量権の限界を超え
るか否かの問題として検討して,裁量権の限界を超えるものとはいえないとしてい
る。
このように,選挙時までの国会の動向はもちろん,選挙後の国会の動向も考慮す
る要素とされているのは,上記②の国会の裁量権の範囲内か否かの判断は,選挙ま
での間に法改正がされなかったという国会の活動の方向性を対象とするものである
ことによるものである。
つまり,①の違憲状態か否かの判断は,当該選挙の時点における投票価値の不均
衡の状態についてのものであり,上記②の国会の裁量権の範囲内か否かの判断は,
選挙時点における国会の活動の方向性を測るものとして当該選挙の後の国会の動向
をも考慮対象とするものである。
4違憲状態であるか否か
前回選挙後に成立し,その下で本件選挙が行われた平成27年改正法による本件
定数配分規定は,4県2合区を含む10増10減を内容とするものであり,この改
正の結果,本件選挙時における選挙区間の最大較差は3.08倍であったが,その
附則7条は「平成31年に行われる参議院議員の通常選挙に向けて,参議院の在り
方を踏まえて,選挙区間における議員一人当たりの人口の較差の是正等を考慮しつ
つ選挙制度の抜本的な見直しについて引き続き検討を行い,必ず結論を得るものと
する。」として今後の方向性を示している。
平成24年大法廷判決は,都道府県を選挙区の単位とする仕組みを維持しながら
投票価値の平等の実現を図るという要求に応えることは著しく困難であることを指
摘した上で,その仕組みを変更することなく行われた選挙における投票価値の不均
衡を違憲状態とし,都道府県を単位として各選挙区の定数を設定する現行の方式を
しかるべき形で改めるなどの立法的措置が必要であるとした。
平成26年大法廷判決は,平成24年大法廷判決の後に成立し,その下で平成2
5年選挙が行われた平成24年改正法による定数配分規定は,制度の仕組みを維持
したものであり,違憲状態を解消するには足りないとしたものである。
それを踏まえると,本件選挙における投票価値の不均衡が,平成27年改正法に
よる本件定数配分規定によって違憲状態を解消したものといえるか否かについて
は,平成24年大法廷判決のいう,現行の方式を改める立法的措置の実現の有無が
重要な考慮要素となる。
平成27年改正法による本件定数配分規定は,選挙区の単位の全てが都道府県で
あるという従来の制度を合区によって改めたものであるが,それ自体は,2県を1
選挙区とする二つの合区を行い,4県4選挙区を4県2選挙区にしたものにすぎ
ず,選挙区の単位が都道府県であることはなお維持されている。本件定数配分規定
を定める時点で参照した平成22年国勢調査による人口では最大較差が2.97倍
であったところ,本件選挙当時には最大較差が3.08倍となったことに示される
ように,本件定数配分規定は,人口移動に対応して投票価値の不均衡に対処すると
いう「しかるべき形」の立法的措置とはいい難いものである。
本件選挙時における3.08倍という最大較差に示される投票価値の不均衡は,
従来の選挙時における最大較差より縮小したとはいえ,基本的な選挙区の単位を都
道府県とすることを維持した定数配分規定によるものであり,そのままでは更なる
拡大が懸念される。平成27年改正法の附則が,較差の是正等を考慮しつつ選挙制
度の抜本的な見直しについて引き続き検討を行い,必ず結論を得るとしていること
は,同改正法そのものは,なお見直しが必要なものであり,違憲状態を解消するに
足りないことを示しているということができる。
したがって,本件選挙時における投票価値の不均衡は,平成27年改正を経た後
も,違憲状態を脱していないというべきである。
5国会の裁量権の限界を超えたか否か
前記3で述べた②の国会の裁量権の範囲内か否かという判断基準については,従
来の大法廷判決では,平成27年改正前の定数配分規定が選挙区単位の全てを都道
府県とするものであり,それが違憲状態を生じさせる要因であることを当審が示し
たにもかかわらず,その点が法改正によっても全く是正されなかったことが問題と
されたことの関係上,当審の判断が示されてから(法改正のないままに行われた)
選挙時までの期間が法改正に十分であったか否かということが重点とされたのであ
るが,本件は,それと異なる事情がある。
平成27年改正法の附則7条は「平成31年に行われる参議院選挙の通常選挙に
向けて,・・・較差の是正等を考慮しつつ選挙制度の抜本的な見直しについて・・
・必ず結論を得る」とする。これは,較差の是正のための選挙制度の抜本的な見直
しを,今回の改正に引き続いて行い,平成31年に行われる通常選挙(以下「平成
31年選挙」という。)までに完成させるという趣旨である。
平成27年改正は,二つの合区を行い,都道府県を選挙区とする従来の選挙制度
を改めたものであり,二つの合区にとどまるとはいえ,選挙制度の抜本的な見直し
の実行の着手である。都道府県を選挙区とする制度を投票価値の平等の実現の要求
に応じて抜本的に見直すという課題の実現について,平成27年改正の時点でその
一部を行い,次回,つまり,平成31年選挙に向けての改正で完成させるという2
段階方式で実施するとしたのが,平成27年改正を行った国会の対応である。制度
の抜本的な見直しという課題の重さを考えると,本件選挙時までに一部の改正を実
現した上で,次回の選挙までに選挙制度の抜本的な見直しについて必ず結論を得る
とする国会の対応は,国会の裁量権の限界を超えるものとはいえない。
平成31年選挙に向けての制度の抜本的な見直しの実現については,今後のもの
であるとはいえ「必ず結論を得る」との附則が平成27年改正法に設けられてい
る。それ以前の平成24年改正法の附則においても「必ず」とはされていないもの
の,次回の平成28年に行われる通常選挙に向けて,選挙制度の抜本的な見直しに
ついて引き続き検討を行い,結論を得るものとするとされていたにもかかわらず,
それが実現しなかったとの経過から,選挙制度の抜本的な見直しの平成31年選挙
までの実現が危ぶまれるとの意見もあり得るが,今後における国会の具体的な立法
能力ないし立法意欲を国会の外から推し量ることは,司法が行うべきことではな
い。改正法に含まれる附則が「必ず結論を得る」としている以上,その実現は,国
会が現に約束したものなのである。
裁判官林景一の意見は,次のとおりである。
私は,結論として,本件選挙当時,本件定数配分規定は合憲であったとする点で
多数意見に同調するものであるが,幾つかの基本的な論点において趣を異にすると
ころがあるので,意見を以下のとおり簡潔に述べておきたい。
1多数意見は,平成27年改正後の本件定数配分規定について,長年5倍程度
であった選挙区間の最大較差が3倍程度に縮小したことと,平成27年改正法附則
にある更なる抜本的見直し条項をもって,違憲状態を脱したと評価するが,私は,
一人一票の原則及び投票価値の平等原則に照らした場合,一の選挙区の有権者の投
票価値が別の選挙区の有権者の投票価値の約3倍に達する状態について,そこまで
の評価を明言することにはためらいがあるため,多数意見に完全には与することが
できない。
もっとも,多数意見が指摘するように,平成27年改正法は,一部の選挙区を合
区するというこれまでにない手法を導入して長年5倍前後であった最大較差を3倍
程度まで縮小したものであり,附則を含めた同改正法に見られる国会の努力は高く
評価されるべきものである。そこで,私は,昭和58年大法廷判決が示した定数配
分規定の憲法適合性判断に係る基本枠組みの下,上記のような国会の努力や較差の
大幅縮小に向けた意見集約等の困難性等に鑑み,国会において,違憲の問題が生ず
る程度の著しい不平等状態が生じていることを認識し得た平成24年大法廷判決の
言渡し時から本件選挙までの間にその解消がなされなかったことが国会の裁量権の
限界を超えるとまではいえないと考え,結論として,「本件選挙の当時,本件定数
配分規定が憲法に違反するに至っていたということはできない」とする多数意見に
同調するものである。
2私が以上の見解に至った背景として,投票価値の平等原則について考えると
ころを述べておきたい。
(1)「全国民の代表」を選出するに当たっての一人一票の原則及び投票価値の
平等は,投票で民意を決定する民主主義制度の根幹である。憲法には投票価値の平
等という言葉自体は明記されていないが,投票価値の平等は,民主主義と平等原則
から直接導かれる憲法上当然の原則である。国際的な視点からも,我が国が昭和5
4年に批准し,法律よりも優位にあると解される市民的及び政治的権利に関する国
際規約(いわゆるB規約)では,全ての市民の権利として「普通かつ平等の選挙
権」が定められ,平等の原則は普通選挙と対をなす重要な原則とされていることが
うかがえる。また,例えば,これまで選挙区間の最大較差が比較的大きかった英国
でも,未施行ながら,「2011年議会投票制度及び選挙区法」において,下院選
挙に関し,原則として各選挙区の有権者数は全国の選挙区平均有権者数の95%以
上105%以下でなければならないとされている(すなわち,最大約1.1倍の較
差しか認められていない。)。このように,投票価値の平等の追求は,民主主義の
国際標準であり,国際的潮流であるといってよい。
(2)平等原則の下,最大較差3倍程度で合憲といえないとした場合,どの程度
まで較差を縮小すればよいのか,という問題提起があろう。原理としては,一人一
票の原則といわれることからも,最大較差がなるべく1.0倍に近くなければなら
ないということになるが,これは理想型であり,選挙区選挙という制度を選択する
場合,実際問題として,厳密な1対1という較差を実現するのは困難であるし,そ
のために過度に人工的な区割りをすることが適当とも思われない。しかし,一般的
には,一人二票というべき事態となることは原則として許容できないといえると考
える。
3次に,多数意見が,参議院における都道府県単位の選挙制度自体は,参議院
に独自性を与える観点から国会の合理的裁量の範囲内であるとの趣旨を改めて指摘
している点に関連し,平成27年改正法附則の中で,選挙制度の見直し作業が「参
議院の在り方を踏まえて」行うものとされていることもあり,以下の付言をしてお
きたい。
確かに,憲法は二院制を定めており,その趣旨を踏まえて,参議院に独自性を持
たせるという観点から,都道府県を選挙区の単位とすることにも一定の合理性はあ
る。よって,平成24年大法廷判決及び平成26年大法廷判決が参議院議員の選挙
区について都道府県を単位とすることは憲法上の要請ではないとしたからといっ
て,引き続き都道府県を単位として用いること自体が不合理であるとしたものでは
ないとの多数意見の指摘にも異論はない。しかしながら,このような単位を用いる
ことは憲法上の要請ではないのであるから,憲法の基本原理としては,参議院議員
が衆議院議員と同様,憲法43条にいう「全国民の代表」として選出されるもので
ある以上,選挙区割りが都道府県単位を基本とする場合にも,全国民の間の投票価
値の平等という憲法上の原則と調和する,すなわちこの原則を大きく損なわないよ
うなものでなければならない(あるいはプロセスとして考えれば,より投票価値の
平等を追求する方向に向かうものでなければならない)と考える。
4私は,今回結論において多数意見と同調するに当たり,以上のように,若干
の論点においてニュアンスを異にするものであるが,同時に,国会が,引き続き,
投票価値の平等原則の重みを十分に踏まえ,平成31年通常選挙に向けて,現状で
事足れりとすることなく,法律をもって約束した抜本的な見直しのための更なる検
討を通じて,近年の較差縮小のプロセスが継続されることを期待するものであり,
その点については多数意見と軌を一にするものと考えている。
裁判官鬼丸かおるの反対意見は,次のとおりである。
私は,多数意見とは異なり,本件定数配分規定は憲法に違反するものであり,そ
れに基づき施行された本件選挙も違法であると考える。
1憲法は,参議院議員の選挙においても,衆議院議員の選挙と同様に,国民の
投票価値につき,できる限り1対1に近い平等を基本的に保障していると考える。
その理由については,平成26年大法廷判決において私の反対意見1,2に述べた
ところであるから,それを引用する。参議院は衆議院と等しく国権の最高機関とし
て適切に民意を国政に反映する機関であることが憲法上予定されているのであり,
参議院議員の選挙区選挙であることが,投票価値の1対1に近い平等から遠ざかっ
てよいことの理由にはなり得るものではない。
2ところで,本件選挙に先立ち公職選挙法の一部改正が行われ,4県2合区を
含む10増10減案が可決成立し,本件選挙はこの改正法の下で実施された。その
結果,選挙時の投票価値の最大較差は3.08倍に縮小した。参議院議員選挙区選
挙で初めて一部合区がされ,投票価値の最大較差が大幅に縮小されたことからすれ
ば,投票価値に関する国会の努力の方向性は正しいと評することができよう。
3しかしながら,本件選挙における投票価値の最大較差の3.08倍という数
値自体からは,投票価値の平等を実現したとはいい難い。
さらに,以下のとおりの事情を総合考慮すると,本件定数配分規定は違憲の問題
が生ずる程度の著しい不平等状態にあったというべきであると考える。
(1)都道府県は政治的に一つのまとまりを有する単位として捉え得るものであ
るし,また平成24年大法廷判決及び平成26年大法廷判決は,都道府県を選挙区
の単位とすることを一切認めないと解すべきではないと考える。
しかし,都道府県数とその人口数を議員改選数と対比すると,参議院議員選挙区
選挙が憲法の半数改選の要請に応じて各選挙区の定数を偶数とする仕組みを採った
上で,本件定数配分規定のように大部分の都道府県を選挙区の単位として残存する
という制度を維持しながら1対1に近い平等の投票価値を目指すことは,既に不可
能というべき状況に達していたことは明白である。国会は,この事実を認識した上
で,平成24年改正法に平成28年に施行される通常選挙に向けて,選挙制度の抜
本的な見直しについて引き続き検討を行い,結論を得るものとする旨の附則を定め
たものと解される。
(2)一方,投票価値の平等は,国会が正当に考慮することができる他の政策目
的ないし理由との関連において調和的に実現されるべきものであることは,当審の
累次の判断に示されているところである。したがって,国会が選挙制度や定数配分
規定を改正するに当たって,憲法上保障されている選挙人の投票価値の平等を実現
できないこととなるときは,そのような結果を導く政策目的ないし理由が,国会が
正当に考慮でき,かつ,投票価値の平等の要請との関連において調和のとれたもの
であることを要する。
そこで,本件定数配分規定が約3倍となる投票価値の較差を生じさせていること
につき,いかなる政策目的ないし理由が存在したのか,投票価値の平等が国会が正
当に考慮することができる他の政策目的ないし理由との関連において調和的に実現
されたものであるかを検討したい。
(3)国会は,本件定数配分規定に基づいて本件選挙を施行すると投票価値の最
大較差が約3倍となることについて,その政策目的や理由を明示的に表明してはい
ない。しかし,過去の参議院地方選出議員の時代から前回の参議院選挙区選出議員
の時期まで一貫して都道府県が選挙区の単位となってきた事実,本件選挙に当たっ
て合区された県は隣接県も人口少数のため隣接県との合区が実現した4県のみであ
り,次いで議員1人当たりの人口が少なく合区するのに適した人口少数の隣接県が
存在しない複数の県については合区することができず,投票価値の最大較差が約3
倍となったこと,さらに選挙制度協議会において都道府県を選挙区の単位とするこ
とに拘泥しない投票価値を1倍強2倍未満とする複数の案が示されたが,国会はそ
れらの案を本件選挙の施行までに採用しなかったこと等を考え合わせれば,国会が
有した政策目的ないし理由は,都道府県を選挙区の基本とすることであり,その基
本を損なうことを最小限にとどめることであったとみることができる。
(4)一方,当審では,平成24年大法廷判決に続き,平成26年大法廷判決が
「都道府県を単位として各選挙区の定数を設定する現行の方式をしかるべき形で改
めるなど」と判示し,国会に対し,重ねて都道府県を選挙区の単位とすることをし
かるべき形で見直すように要請した。したがって,上記(3)で検討したとおり,国
会が平成27年改正法や本件定数配分規定を定めるに当たり,選挙区の単位として
都道府県を固持することを政策目的ないし理由とすることは,当審の示した判断と
は相容れないものである。
上記のとおり,国会は,憲法秩序下における立法権と司法権の関係性に照らし,
上記当審の判断に従い,都道府県を選挙区の単位と設定する方式を改めるなどして
投票価値の平等の実現に向け,参議院議員選挙制度等を改正すべきであったのに,
しかるべき形で見直すべきものとされた都道府県を選挙区の単位とすることを政策
目的ないし理由として投票価値の較差を改めなかったとみられるのであって,それ
は国会が正当に考慮することができるものとは認められず,投票価値の平等の要請
とも調和しないことといえよう。
4国会は,平成24年大法廷判決の言渡しがされた平成24年10月17日の
時点で,投票価値の不平等状態を解消する立法措置が必要であると具体的な指摘を
受けたのであるから,遅くとも同日,公職選挙法等を改正すべき義務を負ったこと
を認識したものである。以降本件選挙が実施されるまでには約3年9か月が経過
し,国会が選挙制度見直しの検討・法改正の手続や作業を了することは可能であっ
たから,本件選挙までの間に違憲状態の是正がされなかったことは,国会の裁量権
の限界を超えるものとの評価を免れず,本件選挙当時,本件定数配分規定は憲法に
違反したものであった。
5上記の帰結として,本件選挙を無効とする結論が考えられるところである。
従前の公職選挙法の一部改正法の附則にも,次回選挙までに選挙制度の抜本的な見
直しについて引き続き検討を行い結論を得る旨の条項がありながらその実現がされ
なかったという過去の経緯や,仮に本件選挙は無効という結論を採っても,本件選
挙によって選出された議員だけが議席を失うのであって参議院の機能は失われるこ
とがないから公の利益に著しい障害を直ちに生じさせないこと等を考えると,本件
選挙を全部無効とする結論も採り得ると考える。
しかしながら,平成27年改正法附則7条は,これまでの公職選挙法の一部改正
法に付された附則の文言に比べ格段に強い決意を「平成31年に行われる参議院議
員の通常選挙に向けて,参議院の在り方を踏まえて,選挙区間における議員1人当
たりの人口の較差の是正等を考慮しつつ選挙制度の抜本的な見直しについて引き続
き検討を行い,必ず結論を得るものとする。」と規定して表明していることからす
れば,国会において違憲状態の解消のための努力が今後も継続され,平成31年の
参議院議員通常選挙までには必ず投票価値の等価を基本とした抜本的な見直しがさ
れることが強く期待される。そうであれば,本件選挙は違法というべきであるが,
司法が直ちに選挙無効の結論を出すのではなく,まず国会自らが平成31年には必
ず結論を得る旨を確約した是正の結果について司法が検証するということが,憲法
の予定する立法権と司法権の関係に沿うものと考えるものである。
以上のことから,本件定数配分規定は違憲であるが,いわゆる事情判決の法理に
より請求を棄却した上で,本件選挙は違法であることを宣言すべきであると考える
ものである。
裁判官山本庸幸の反対意見は,次のとおりである。
1投票価値の平等は唯一かつ絶対的基準
日本国憲法は,その前文において「日本国民は,正当に選挙された国会における
代表者を通じて行動し,(略)主権が国民に存することを宣言し,(略)そもそも
国政は,国民の厳粛な信託によるものであつて,その権威は国民に由来し,その権
力は国民の代表者がこれを行使し,その福利は国民がこれを享受する。」とし,代
表民主制に支えられた国民主権の原理を宣明している。そして国を構成する三権の
機関のうち,国会が国権の最高機関であり,国の唯一の立法機関と規定する(41
条)。
したがって,このような民主国家の要となる国会を構成する衆議院及び参議院の
各議員は,文字どおり公平かつ公正な選挙によって選出されなければならない。憲
法43条1項が「両議院は,全国民を代表する選挙された議員でこれを組織す
る。」と規定するのは,この理を表している。その中でも本件にも関わる「公平な
選挙」は,憲法上必須の要請である。すなわち,いずれの国民も平等に選挙権を行
使できなければ,この憲法前文でうたわれている代表民主制に支えられた国民主権
の原理など,それこそ画餅に帰してしまうからである。例えば国政選挙に際して特
定の地域の一票の価値と他の地域の一票の価値とを比べて数倍の較差があったとす
ると,その数倍の一票の価値のある地域の国民が,もう一方の一票の価値が数分の
一にとどまる地域の国民に対して,その較差の分だけ強い政治力を及ぼしやすくな
ることは自明の理である。これでは,せっかく主権が国民に存するといっても,
「その権力は国民の代表者がこれを行使し,その福利は国民がこれを享受する。」
とはとてもいえないと考える。
その意味で,国政選挙の選挙区や定数の定め方については,法の下の平等(14
条)に基づく投票価値の平等が貫かれているかどうかが唯一かつ絶対的な基準にな
るものと解される。
22割超の較差のある選挙制度は違憲無効
なるほど多数意見のいうように「憲法は,国民の利害や意見を公正かつ効果的に
国政に反映させるために選挙制度をどのような制度にするかの決定を国会の裁量に
委ねているのであるから,投票価値の平等は,選挙制度の仕組みを決定する唯一,
絶対の基準となるものではなく,国会が正当に考慮することができる他の政策的目
的ないし理由との関連において調和的に実現されるべきものである。」として国会
の裁量を広く認める見解を採った上で,衆議院議員選挙の場合であれば2倍程度の
一票の価値の較差を許容する考え方もある。しかし,国民主権と代表民主制の本来
の姿からすれば,投票価値の平等は,他に優先する唯一かつ絶対的な基準として,
あらゆる国政選挙において真っ先に守られなければならないものと考える。これが
実現されて初めて,我が国の代表民主制が国民全体から等しく支持される正統なも
のとなるのである。
また,衆議院議員選挙の場合であれば2倍程度の一票の価値の較差でも許容さ
れ,これをもって法の下の平等が保たれていると解する考え方があるが,私は賛成
しかねる。というのは,一票の価値に2倍の較差があるといっても,例えばそれが
ある選挙では2倍であったが,次の選挙では逆に0.5倍になるなどと,何回かの
選挙を通じて巨視的に観察すれば地域間又は選挙区間でそうした較差の発生がおお
むね平均化しているというのであれば,辛うじて法の下の平等の要請に合致してい
るといえなくもない。ところが,これまでの選挙の区割りをみると,おおむね,人
口が流出する地域については議員定数の削減が追いつかずに一票の価値の程度は常
に高く,人口が流入する地域については議員定数の増加が追いつかずに一票の価値
の程度は常に低くなってしまうということの繰り返しである。これでは後者の地域
の国民の声がそれだけ国政に反映される度合いが一貫して低くなっていることを意
味し,代表民主制の本来の姿に合致しない状態が継続していることを示している。
したがって,私は,現在の国政選挙の選挙制度において法の下の平等を貫くため
には,一票の価値の較差など生じさせることなく,どの選挙区においても投票の価
値を比較すれば1.0となるのが原則であると考える。その意味において,これは
国政選挙における唯一かつ絶対的な基準といって差し支えない。ただし,人口の急
激な移動や技術的理由などの区割りの都合によっては1~2割程度の一票の価値の
較差が生ずるのはやむを得ないと考えるが,それでもその場合に許容されるのは,
せいぜい2割程度の較差にとどまるべきであり,これ以上の一票の価値の較差が生
ずるような選挙制度は法の下の平等の規定に反し,違憲かつ無効であると考える。
3平等な選挙制度の要請は参議院も同じ
他方,憲法上,内閣が解散権を有する衆議院に比べると,3年に一度の選挙が規
定されている参議院の特殊性からすれば,参議院の場合には一票の価値の較差があ
る程度生ずるのはやむを得ないとする考え方もあり得ないわけではない。しかしな
がら,参議院も衆議院並みに政党化が進んでいるほか,一時はいわゆる「ねじれ国
会」すなわち衆議院における多数派と参議院における多数派とが異なる国会の状況
が続いたことがあり,その間は憲法上,衆議院は参議院に優越する規定があるもの
の,実際にはそれとは逆に参議院が国政の鍵を事実上握るような事態が見受けられ
たのは周知の事実である。こうした経験を踏まえれば,国政における参議院の重要
性が再認識されたわけである。そうであれば,参議院の拠って立つ選挙制度も衆議
院の場合と同様,代表民主制にふさわしく,一票の価値の較差が生じないようにす
るべきであると考える。
4選挙無効の場合の経過措置
(1)事情判決の法理は明文の根拠なし
さきに述べたように一票の価値について原則は1.0であるが例外的に2割程度
の較差が生ずることはやむを得ないものの,これを超えた場合には当該選挙は無効
になると考える次第であるが,その場合,第一に「判決により無効とされた選挙に
基づいて選出された議員によって構成された参議院又は衆議院が既に行った議決等
の効力」及び第二に「判決により無効とされた選挙に基づいて選出された議員の身
分の取扱い」の二つが主に問題となる。
このような場合,いわゆる事情判決の法理を用いて,当該「選挙が憲法に違反す
る公職選挙法の選挙区及び議員定数の定めに基づいて行われたことにより違法な場
合であっても,それを理由として選挙を無効とする判決をすることによって直ちに
違憲状態が是正されるわけではなく,かえって憲法の所期するところに必ずしも適
合しない結果を生ずる判示のような事情などがあるときは,行政事件訴訟法31条
1項の基礎に含まれている一般的な法の基本原則に従い,選挙を無効とする旨の判
決を求める請求を棄却するとともに当該選挙が違法である旨を主文で宣言すべきで
ある。」(最高裁昭和49年(行ツ)第75号同51年4月14日大法廷判決・民
集30巻3号223頁の判決要旨)とする考え方がある。しかし,国政選挙という
代表民主制を支える最も重要な制度の合憲性が争われる争訟において,裁判所がこ
れを違憲と判断しながら当該選挙を無効とせずに単に違法の宣言にとどめるという
ことが,法律上の明文の根拠もなく許されるものであるかどうか,私には甚だ疑問
に思えてならない。現にこれまでの経緯を振り返ると,選挙区の区割りや定数に関
する幾たびかの法改正や国会における検討を経てもなお,一票の価値の平等という
代表民主制を支える根幹の原理が守られておらず,その改善は遅々として進まない
という状況にあって,選挙制度の憲法への適合性を守るべき立場にある裁判所とし
ては,違憲であることを明確に判断した以上はこれを無効とすべきであり,そうし
た場合に生じ得る問題については,経過的にいかに取り扱うかを同時に決定する権
限を有するものと考える。
(2)既に行った議決等の効力
例えば,先ほどの二つの問題のうち,第一の「判決により無効とされた選挙に基
づいて選出された議員によって構成された参議院又は衆議院が既に行った議決等の
効力」については,それが判決前にされた議決等であれば,裁判所による選挙無効
の判決の効力は将来に向かってのみ発生し,過去に遡及するものではないから,当
該議決等の効力に影響を及ぼす余地はなく,当該議決は当然に有効なものとして存
続することとなることは,いうまでもない。
それに加えて,判決後においても,裁判所による選挙無効の判断を受けて一票の
価値の平等を実現する新たな選挙制度が制定されこれに基づく選挙が行われて選出
された議員で構成される参議院又は衆議院が成立するまでの間を含めて,後述のと
おり一定数の身分の継続する議員で構成される院により議決等を有効に行うことが
可能となるので,その点で国政に混乱が生ずる余地はない。また仮に,判決の直後
に判決前と同じ構成の院が議決等を行ったとしても,国政の混乱を避けるために,
当該議決等を有効なものとして扱うべきである。
(3)無効な選挙で選出された議員の身分
次に,先ほどの二つの問題のうち,第二の「判決により無効とされた選挙に基づ
いて選出された議員の身分の取扱い」については,参議院の場合,本件のように全
選挙区が訴訟の対象とされているときは,その無効とされた選挙において一票の価
値(各選挙区の有権者数の合計を各選挙区の議員定数の合計で除して得られた全国
平均の有権者数をもって各選挙区の議員一人当たりの有権者数を除して得られた
数。以下同じ。)が0.8を下回る選挙区から選出された議員は,全てその身分を
失うものと解すべきである。なぜなら,一票の価値が許容限度の0.8より低い選
挙区から選出された議員がその身分を維持しつつ他の選挙区の議員と同様に国会の
本会議や委員会において議事に加わることは,そもそも許されないと解されるから
である。ちなみにそれ以外の選挙区から選出された議員については,選挙は無効に
なるものの,議員の身分は継続し,引き続きその任期終了までは参議院議員であり
続けることができる。参議院議員は3年ごとにその半数が改選される(憲法46
条)ので,このように解することにより,参議院はその機能を停止せずに活動する
ことができるだけでなく,必要な場合には緊急集会の開催も可能である(注1)
(注2)。
(注1)平成28年9月2日現在の選挙人名簿登録者(在外を含む。)の参議
院選挙区選出議員の定数146人中,一票の価値が0.8を下回る選挙区
の定数は,試算によると38人(今回の平成28年7月10日に施行され
た参議院議員通常選挙に限って言えば,参議院選挙区選出議員の定数73
人中,一票の価値が0.8を下回る選挙区の定数は,試算によると19
人)であり,これらの議員が欠けたとしても,院の構成には特段の影響は
ないものと考えられる。
(注2)他方,衆議院の場合,選挙無効の判決がされると,訴訟の対象とされ
た選挙区から選出された議員のうち,同じく一票の価値が0.8を下回る
選挙区から選出された議員は,全てその身分を失うが,それ以外の選挙区
から選出された議員は,選挙は無効になるものの,議員の身分は継続し,
引き続きその任期終了又は解散までは衆議院議員であり続けることができ
る。このように解することによって,衆議院は経過的に,一票の価値が
0.8以上の選挙区から選出された議員及び訴訟の対象とされなかった選
挙区がある場合にあってはその選挙区から選出された議員のみによって構
成されることになり,これらの議員によって構成される院で,一票の価値
の平等を実現する新しい選挙区の区割り等を定める法律を定めるべきであ
る。仮にこれらの議員によっては院の構成ができないときは,衆議院が解
散されたとき(憲法54条)に準じて,内閣が求めて参議院の緊急集会を
開催し,同緊急集会においてその新しい選挙区の区割り等を定める法律を
定め,これに基づいて次の衆議院議員選挙を行うべきものと解される。
5一票の価値の平等を実現する選挙制度
なお,一票の価値の平等を実現するための具体的な選挙区の定め方に関しては,
もとより新しい選挙区の在り方や定数を定める法律を定める際に国会において十分
に議論されるべき事柄であるが,都道府県又はこれを細分化した市町村その他の行
政区画などを基本単位としていては,策定が非常に困難か,事実上不可能という結
果となることが懸念される。その最大の障害となっているのは都道府県であり,ま
た,これを細分化した市町村その他の行政区画などもその大きな障害となり得るも
のと考えられる。
したがって,これらは,もはや基本単位として取り扱うべきではなく,細分化す
るにしても例えば投票所単位など更に細分化するか,又は細分化とは全く逆の発想
で全国を単一若しくは大まかなブロックに分けて選挙区及び定数を設定するか,そ
のいずれかでなければ,一票の価値の平等を実現することはできないのではないか
と考える。
(裁判長裁判官寺田逸郎裁判官岡部喜代子裁判官小貫芳信裁判官
鬼丸かおる裁判官木内道祥裁判官山本庸幸裁判官山崎敏充裁判官
池上政幸裁判官大谷直人裁判官小池裕裁判官木澤克之裁判官
菅野博之裁判官山口厚裁判官戸倉三郎裁判官林景一)

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