弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1被告A及び被告Bは,相互に連帯し,かつ,被告C及び被告Dと,26
00万3934円及びこのうち2462万8934円に対する平成12年
11月5日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払の限度でそれ
ぞれ個別に連帯して,原告Eに対し,5200万7869円及びこのうち
4925万7869円に対する同日から支払済みまで年5分の割合による
金員を支払え。
2被告A及び被告Bは,相互に連帯し,かつ,被告C及び被告Dと,25
25万3934円及びこのうち2387万8934円に対する平成12年
11月5日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払の限度でそれ
ぞれ個別に連帯して,原告Fに対し,5050万7869円及びこのうち
4775万7869円に対する同日から支払済みまで年5分の割合による
金員を支払え。
3被告C及び被告Dは,それぞれ被告A及び被告Bと,2600万393
4円及びこのうち2462万8934円に対する平成12年11月5日か
ら支払済みまで年5分の割合による金員の支払の限度で連帯して,原告E
に対し,それぞれ2682万8934円及びこのうち2537万8934
円に対する同月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4被告C及び被告Dは,それぞれ被告A及び被告Bと,2525万393
4円及びこのうち2387万8934円に対する平成12年11月5日か
ら支払済みまで年5分の割合による金員の支払の限度で連帯して,原告F
に対し,それぞれ2607万8934円及びこのうち2462万8934
円に対する同月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
6訴訟費用は,これを5分し,その1を原告らの負担とし,その余を被告
らの負担とする。
7この判決の主文第1ないし第4項は,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
1被告A及び被告Bは,相互に連帯し,かつ,被告C及び被告Dと,2979
万3267円及びこのうち2841万8267円に対する平成12年11月5
日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払の限度でそれぞれ個別に連
帯して,原告Eに対し,5958万6533円及びこのうち5683万653
3円に対する同日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2被告A及び被告Bは,相互に連帯し,かつ,被告C及び被告Dと,2879
万3267円及びこのうち2741万8267円に対する平成12年11月5
日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払の限度でそれぞれ個別に連
帯して,原告Fに対し,5758万6533円及びこのうち5483万653
3円に対する同日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3被告C及び被告Dは,それぞれ被告A及び被告Bと,2979万3267円
及びこのうち2841万8267円に対する平成12年11月5日から支払済
みまで年5分の割合による金員の支払の限度で連帯して,原告Eに対し,それ
ぞれ3061万8267円及びこのうち2916万8267円に対する同月3
日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4被告C及び被告Dは,それぞれ被告A及び被告Bと,2879万3267円
及びこのうち2741万8267円に対する平成12年11月5日から支払済
みまで年5分の割合による金員の支払の限度で連帯して,原告Fに対し,それ
ぞれ2961万8267円及びこのうち2816万8267円に対する同月3
日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,G(平成11年10月26日死亡)の両親で,その相続人である原
告らが,第1に,H(平成12年1月24日ころ死亡)がGに対し,脅迫や交
際の強要をしたと主張して,Hの両親で,その相続人である被告C及び被告D
(以下,被告Cと被告Dを併せて「被告Cら」ということがある。)に対し,
不法行為に基づき,G及び原告らが被った損害の賠償及び損害額中,弁護士費
用を除く部分に対する遅延損害金の支払を求め(以下「第1事件」という。),
第2に,H,被告A及び被告Bらが共謀して,G及び原告Eに対する中傷行為
を行い,同人らの名誉を傷つけたと主張して,被告Cら,被告A及び被告Bに
対し,不法行為に基づき,G及び原告らが被った損害の賠償及び損害額中,弁
護士費用を除く部分に対する遅延損害金の支払を求め(以下「第2事件」とい
う。),第3に,H,被告A及び被告Bらが共謀して,Gを殺害したと主張し
て,被告Cら,被告A及び被告Bに対し,不法行為に基づき,G及び原告らが
被った損害の賠償及び損害額中,弁護士費用を除く部分に対する遅延損害金の
支払を求めた(以下「第3事件」という。)事案である。
1争いのない事実等(証拠等によって認定した事実は,末尾に認定に供した証
拠等を掲げる。その余の事実は当事者間に争いがない。)
(1)当事者等
アG及び原告ら
原告らはGの両親であり,原告Eは,平成11年当時,埼玉県大宮市
(平成11年当時の名称,現在の名称は「さいたま市」,以下同じ。)内
の会社に勤務する会社員であった。
Gは昭和53年〔以下省略〕に出生し,平成11年当時,原告らともに,
原告ら肩書住所地の自宅(以下「原告ら宅」という。)に居住する大学生
(同年4月以降2学年在学)であって,最寄駅である埼玉県桶川市内のJ
R桶川駅から電車を利用して大学に通っていた。(原告ら宅の所在地及び
最寄駅並びにGの学年につき甲第19,第31,第69号証,弁論の全趣
旨,その余は争いがない。)
イH,被告A,被告C及び被告D
被告C及び被告DはHと被告Aの両親である。被告AはHの兄であり,
平成11年当時,東京消防庁の職員であった。
(2)GとHの交際
GとHは,平成11年1月ころから同年6月ころまで交際をしていた。
(甲第23,第31,第51号証)
(3)G及び原告Eに対する中傷行為
ア本件中傷ビラの配布
平成11年7月13日の未明ころ,被告B,分離前の相被告I,同J,
同K,同L,同Mらは,「WANTED」,「G」,「この顔にピンとき
たら要注意」,「男を食い物にしているふざけた女です。不倫,援助交際
あたりまえ」,「泣いた男たちの悲痛な叫びです」などと記載され,Gの
顔写真等が印刷されているビラ(以下「本件中傷ビラ」という。)を,G
が通っていた大学の正門付近の看板や,同大学に近い東武東上線みずほ台
駅の構内及びコンコース付近,原告ら宅付近の立て看板等に合計数百枚貼
付し,同駅付近の集合住宅や原告ら宅付近の民家の郵便受けに多数枚投函
し,さらに,原告Eが勤務する会社の敷地内に大量に投げ込んだ(以下,
Iらの上記行為を「中傷ビラ配布行為」という。)。(甲第9,第15,
第20,第30号証,乙B第1号証,原告F本人尋問の結果,弁論の全趣
旨)
イ本件中傷カードの配布
平成11年7月20日ころ,被告B,I,J,K,Mらは,「現役女子
大生が作った援助交際サークルです!」,「大人の男性募集中!」,「で
んわしてね」などの文言や「〔省略(Gの名)〕」との名前及び原告ら宅
の電話番号が記載され,Gの顔写真が印刷されたカード(以下「本件中傷
カード」という。)を,東京都板橋区内の高島平団地の集合住宅の郵便受
けに,多数枚投函した(以下,Iらの上記行為を「中傷カード配布行為」
という)。(甲第9,第15,第27号証,乙B第1号証,原告F本人尋
問の結果,弁論の全趣旨)
ウ本件中傷文書の送付
平成11年8月22日深夜ころ,被告B,I,J及びMは,「Gはその
容姿と甘い言葉,思わせぶりな態度で次々と男性に近づき,交際を匂わせ
る。その上で交際をエサに宝飾品や高価なプレゼントをねだり,男性から
の貢ぎ物を手に入れる。そして男性が金銭的にパンクすると,・・・交際
を白紙に戻す。」,「最近ではこれらの男性から巻き上げた大量の金品で
はあき足らずに,女子大生というブランドを生かして,援助交際さえ行っ
ているのである。」,「Gの父親(E・・・),普段は品行方正,堅物と
思われているが,大のギャンブル好き。」,「金のために売春さえ厭わな
いようなモラルのない娘に育てたE氏の教育の問題,しつけの欠如でもあ
り,親として,人としての資質の欠落を指摘されてしかるべきであろ
う。」などと記載された文書(以下「本件中傷文書」という。)が封入さ
れ,宛名のシールを貼付した数百通の封筒を,郵便ポストに投函し,翌日
ころ,原告Eが勤務する会社及びその親会社に到達させた(以下,Iらの
上記行為を「中傷文書送付行為」といい,中傷ビラ配布行為,中傷カード
配布行為及び中傷文書送付行為を併せて「本件名誉毀損行為」という。)。
(甲第15号証,第16号証の1,第20,第69号証,乙B第1号証,
原告E本人尋問の結果,弁論の全趣旨)
(4)Jの刺突によるGの死亡
平成11年10月26日午後0時52分ころ,埼玉県桶川市〔以下省略〕
株式会社東武ストア桶川マイン南東側歩道上(以下「本件犯行現場」とい
う。)において,Jは,所携のナイフで,Gの右背部を1回突き刺し,振り
返ったGの左前胸部を1回突き刺した(以下,このJのGに対する刺突行為
を「本件刺突行為」という)。Gは,同日午後1時30分ころ,同県上尾市
〔以下省略〕医療法人社団愛友会上尾中央総合病院において,左前胸部刺創
による肺損傷に基づく失血により死亡した(以下,本件刺突行為によりGが
死亡した事件を「本件死亡事件」という。)。(甲第45,第49号証,弁
論の全趣旨)
なお,I及び被告Bは,同日,Jとともに本件犯行現場付近に赴いており,
Iは,原告ら宅の近くにいて,Gが自宅を出たことや本件犯行現場に近づい
たことをJに携帯電話で知らせ,他方,被告Bは,自己が運転する乗用車で,
Jを本件犯行現場付近に送り届けるとともに,本件刺突行為後は,Jをその
乗用車に乗せて逃走した。(甲第29号証の2,第45,第86号証)
(5)本件死亡事件後の経緯
被告A,被告B,I及びJは,平成11年12月に,Gを殺害した容疑で
逮捕された後,さいたま地方裁判所に,中傷ビラ配布行為の一部及び中傷文
書送付行為並びにGに対する殺人などの公訴事実(なお,中傷カード配布行
為は公訴事実に含まれていない。)により公訴提起され,同裁判所は,それ
らの事実をいずれも認めて,平成15年12月25日までに,被告B及びI
に対し懲役15年の,Jに対し懲役18年の,被告Aに対し無期懲役の,そ
れぞれ有罪判決を言い渡した。被告Aは,この第一審判決を不服として控訴
したが,平成17年12月20日,東京高等裁判所において,控訴棄却の判
決の言渡しを受け,現在は最高裁判所に上告中である。Jは,上記第一審判
決を不服として控訴したが,その後控訴を取り下げた。被告B及びIはいず
れも控訴せず,上記各第一審判決が確定した(以下,被告A,被告B,I及
びJ並びにその他の共犯者らを被疑者又は被告人としてなされた,上記犯罪
事実に係る一連の刑事事件手続を「本件刑事事件手続」と総称する。)。
(甲第14,第22,第49,第53,第91号証,乙A第2,第19,第
71号証,弁論の全趣旨)
他方,Hは,平成12年1月24日ころ,北海道において,自殺と考えら
れる態様で,死亡した。(甲第33号証,弁論の全趣旨)
2争点
本件の主な争点は,第1事件に関し,①HがGを脅迫し,交際を強要したか
否か(争点1),第2事件に関し,①被告Aが本件名誉毀損行為に関与したか
否か(争点2),②Hが本件名誉毀損行為に関与したか否か(争点3),第3
事件に関し,①被告BがGの殺害をJと共謀したか否か(争点4),②被告A
がJに対しGの殺害を依頼したか否か(争点5),③HがGの死亡につき不法
行為責任を負うか否か(争点6),第1ないし第3事件に関し,①G及び原告
らの損害(争点7)の7点である。
3争点についての当事者らの主張
(1)争点1(HがGを脅迫し,交際を強要したか否か)について
ア原告らの主張
GとHは,平成11年1月6日ころに交際を始めた。しかし,同年3月
中旬ころ,Hのマンションを訪れていたGが,ビデオカメラが仕掛けられ
ているのを発見した際,HがGを大声で怒鳴りつけたり,Gの顔すれすれ
に拳で壁を殴り付けたりしたため,Gは,恐怖心からHとの交際を終わら
せたいと述べた。そうしたところ,Hは,「俺に逆らうのか」,「100
万円払え」,「払わなければ風俗で働け」などとGを脅迫し,交際を続け
ることを強要した。
Gは,Hの暴力や脅迫のために,Hに殺されるのではないかと恐怖心を
抱くようになり,同年3月30日,Hに別れ話を持ち出したが,Hはやは
りこれに応じようとはしなかった。これ以降,Hは,Gに対し,電話等で,
「つき合いを戻せばよいが,自分と離れれば家族をめちゃめちゃにしてや
る」,「親父をリストラさせてやる」,「長男は浪人生だよな。次男はま
だ小学生だよね」などと脅迫し,自己との交際を強要し続けた。同年4月
中旬には,GはHの前で土下座をさせられ,交際を続けることを誓わされ
た上,他の友人との連絡を断つために携帯電話を壊すことも強要された。
その後も,Gは,何度もHと別れようとしたが,その都度,Hから「親
父をリストラさせてやる」,「一家崩壊させてやる」,「結婚詐欺で告訴
する」,「(別れるならば)金を払え。(金が払えないならば)風俗で働
け」などと脅迫された上,さらに,繰り返し「(別れるならば)精神的に
追い詰めて,お前に天罰を加えてやる」,「(別れるならば)お前は20
00年を迎えられない」,「金で動く奴はいくらでもいる」などと生命に
危害を加えることをほのめかされた。そのため,Gは,Hに殺されるので
はないかとの恐怖を受け続け,このようなHの脅迫により,自己及び家族
に危害が加えられることを恐れて,Hとの交際を継続した。
しかし,Gは,Hとの交際に耐えられなくなり,交際を絶つ決意をして,
同年6月14日,Hと会い,その決意をHに告げた。Hは,Gのこの言葉
に怒り,被告A及びLとともに,同日午後8時ころ,原告ら宅を訪れ,在
宅していたG及び原告Fに対し,被告AがHの勤務先の上司,Lが勤務先
の社長と偽って,「うちの社員(H)が会社の金を500万円横領した。
お宅のお嬢さんに物を買ってやって,その金を貢いだ。娘さんも同罪です。
誠意を示せ」,「こいつ(H)を精神的に不安定にした。病院に通ってい
て診断書があるんだ」などと述べ,1時間以上にわたり,脅迫を繰り返し
た。同日午後9時半ころ,原告Eが帰宅し,Hらに対し,「話があれば警
察で聞く。(警察へ)行こう」と反論したことから,Hらは退去した。
イ被告Cらの主張
不知又は争う。
(2)争点2(被告Aが本件名誉毀損行為に関与したか否か)について
ア原告らの主張
被告Aは,平成11年7月初めころ,Gを中傷するビラやカードを作成
し,これを多数配布することを計画し,Iと共謀して,本件中傷ビラ及び
本件中傷カードを業者に依頼して作成させた。
被告Aは,同月13日未明,I,J及び被告Bらと共謀して,中傷ビラ
配布行為に及んだ。その後同月20日ころ,被告Aは,Iに対して,先に
作成していた本件中傷カードを配布するように依頼し,Iらをして中傷カ
ード配布行為を行わせた。
さらに,被告Aは,同月下旬,G及び原告Eを中傷する文書を多数配布
して,同人らの名誉を毀損することを計画し,Iに対して,原告Eが会社
を辞めざるを得ないような文書を作成することを依頼した。そして,被告
Aは,Iに指示を与えて,本件中傷文書を完成させた上,同年8月21日
ころ,Iに対し,同文書を郵便ポストに投函するよう指示し,Iらをして
中傷文書送付行為を行わせた。
イ被告Aの主張
被告Aが,中傷ビラ配布行為のうち,原告Eが勤務する会社の敷地以外
の場所での,本件中傷ビラの配布行為に関与したことは認める。しかし,
被告Aは,Hから依頼されて,他の実行者らがきちんとビラ貼りをするか
どうかを見届け,その実行者らに対して,Hから預かった現金の中からア
ルバイト代を支払っただけである。
被告Aが,中傷カード配布行為,中傷文書送付行為に関与したことは否
認する。
(3)争点3(Hが本件名誉毀損行為に関与したか否か)について
ア原告らの主張
Hは,平成11年7月初めころ,被告Aとともに,Gを中傷するビラや
カードを作成して,これを多数配布することを計画し,Iに指示して,本
件中傷ビラ及び本件中傷カードを作成させた上,Iらに中傷ビラ配布行為
を実行させた。
同月中旬ころ,Hは,中傷ビラ配布行為によっても,Gが大学を辞めず,
原告Eも会社を辞めなかったことから,さらにGに対する嫌がらせを強め
ようと考え,その意思を被告Aに伝えたことにより,被告Aの指示に基づ
き,Iらが中傷カード配布行為を実行した。
さらに,Hと被告Aは,同月下旬,G及び原告Eを中傷する文書を多数
配布して,同人らの名誉を毀損することを計画し,被告Aが,Iに対して,
原告Eが会社を辞めざるを得ないような文書を作成することを依頼した。
その後,本件中傷文書が作成され,Iらによって,中傷文書送付行為が実
行された。
イ被告Cらの主張
不知。もっとも,証拠上,Hが本件名誉毀損行為に関与したことは否定
できない。
(4)争点4(被告BがGの殺害をJと共謀したか否か)について
ア原告らの主張
被告BとJがGの殺害を共謀し,その共謀に基づいてJがGを殺害した
のであるから,被告BはGの殺害につき不法行為責任を負う。
すなわち,平成11年10月20日ころ,Gの殺害を決意したJが,I
及び被告Bにその協力を求めたところ,Iと被告Bは,Jのこの依頼を承
諾し,三者間で謀議をして,JがGを殺害する役,IがGの行動をJに連
絡し,犯行後,被告AにGの死亡を伝える役,被告Bが犯行後にJを乗用
車に乗せて逃走する役という役割分担を決定した。そして,同月26日午
後0時52分ころ,本件犯行現場において,JがGを殺害し,その直後,
被告Bは,本件犯行現場付近でJを乗用車に乗せて,逃走した。
イ被告Bの主張
JがGを殺害する意思を有していたことは知らない。Iと被告BがJの
呼びかけに応じ,三者間で,Jが実行役,Iが連絡役,被告Bが運転手役
との役割分担を決定したこと,同月26日,JがGを死亡させた後,被告
BがJを乗用車に乗せて逃走したことはいずれも認める。
被告Bは,I及びJと,Gに傷害を負わせることにつき謀議をして役割
分担を決定したものであり,Gを殺害することについての謀議はしておら
ず,被告Bには,Gを殺害する意思を有していなかったから,被告Bの責
任は傷害致死の範囲に限られる。
(5)争点5(被告AがJに対しGの殺害を依頼したか否か)について
ア原告らの主張
被告Aは,Jに対し,Gを殺害することを依頼した。
すなわち,平成11年10月上旬ころ,被告Aは,Hとともに,もはや
Gを殺害するしかないと考えるようになり,被告Aは,同月14日ころ,
タクシーの車内で,Jに対し,Gの殺害を依頼した。Jはこの依頼を承諾
し,同月20日ころ,被告B及びIに協力を求め,三者間で,JがGを殺
害する役,IがGの行動をJに連絡し,犯行後,AにGの死亡を伝える役,
被告Bが犯行後にJを乗用車に乗せて逃走する役という役割分担を決定し
た。Iがこの役割分担を被告Aに伝えたところ,被告Aはこれを了解した。
その後,同月22日ころ,Jが,Iに対し,犯行に用いるために購入した
ミリタリーナイフを見せたところ,Iはその直後,被告Aに電話をかけて,
「Jさんから,すっごいナイフを見せられました」と伝え,被告Aは,こ
れに対し,「Jさんによろしく言っておいて」と答えた。同月23日ころ,
被告Aが,J,I及び被告Bに対し,「いつ行くの」などと催促したこと
から,Jら3人は同月25日に下見に行くことを決め,これをIが被告A
に連絡した。同月25日,J,被告Bとともに本件犯行現場付近の下見を
終えたIが,被告Aに対し,「いま下見が終わりました。明日やります」
と連絡したところ,被告Aは「あっ,そう。よろしくね」などと答えた。
Jは,同月26日午後0時52分ころ,本件犯行現場において,Gを殺害
した。
したがって,被告Aは,Jらに対し,Gの殺害を依頼していたことは明
らかであり,Jの実行行為によりGが死亡したことについて不法行為責任
を負う。
イ被告Aの主張
被告AがJに対し,Gの殺害を依頼したことはなく,Gに対する加害行
為を依頼したこともない。したがって,被告Aは,Gの死亡について責任
を負わない。
なお,J,I及び被告Bは,Gに傷害を与えるとの意図で本件犯行に及
び,Gを死亡させたのであり,本件死亡事件は傷害致死事件である。
(6)争点6(HがGの死亡につき不法行為責任を負うか否か)について
ア原告らの主張
平成11年10月上旬ころ,Hは,被告Aとともに,もはやGを殺害す
るしかないと考えるようになり,被告Aを通じて,同月14日ころ,Jに
対し,Gの殺害を依頼したのである。したがって,JによるGの殺害は,
Hが首謀者であり,被告AがそのHの指示を受けて,Jに実行させたもの
であって,Hは,Gの殺害について不法行為責任を負う。
Gの殺害がHの指示により行われたことは,Gの殺害後に被告Aが,H
が出資した1800万円をJやI,被告Bに渡したこと,本件死亡事件の
前後においてHと被告A,Iらとの間に相当回数にわたる電話連絡がなさ
れていること,J,I及び被告BはGと直接の面識がなく,被告Aについ
てもGとの関係はあくまで弟であるHの元交際相手というだけであって,
Gを殺害する動機を有するのはHしかいないこと,被告AがJ,I,被告
Bらに対し,「舎弟(H)にガンガン言われて困っている」,「舎弟
(H)がうるさいんだ」と再三述べていたことなどの事情からも明らかで
ある。
イ被告Cらの主張
HがIらに依頼し,指示したのは,Gを拉致監禁して強姦し,その強姦
場面をビデオ撮影することのみであり,Hには,Gを刃物で刺すという認
識はなかった。したがって,Jの刺突行為によってGが死亡したことはH
の意思に基づくものではなく,Hが,Gの死亡結果について責任を負うこ
とはない。
(7)争点7(G及び原告らの損害)について
ア原告らの主張
(ア)Hの脅迫,強要行為(Gの慰謝料)
Hは平成11年3月中旬から6月中旬までの間,Gに対し,執拗に脅
迫,強要行為を繰り返したのであり,これによって,Gは自己の生命の
危機を感じるまでの恐怖を受け続けた。このGの精神的苦痛を慰謝する
ための慰謝料は300万円が相当である。
(イ)本件名誉毀損行為
aGの慰謝料
H,被告A,I,J,被告Bらが行った本件名誉毀損行為によって,
Gはその人格に対する社会的評価を著しく傷つけられるとともに,多
大な屈辱感と精神的苦痛を味わった。これを慰謝するための慰謝料は
300万円が相当である。
b原告Eの慰謝料
原告Eは,H,被告A,I,J,被告Bらが行った中傷文書送付行
為によって,多大な精神的苦痛を受けた。この精神的苦痛を慰謝する
ための慰謝料は200万円が相当である。
(ウ)Gの殺害
aGの慰謝料
Hは,同人の不誠実さから交際を絶とうとしたGに対して,自らの
不誠実さを省みることなく,Gを逆恨みし,長期間にわたって恐怖を
与え続け,最後には見ず知らずの人物によってGを殺害させた。この
ようなHの行為及びこれに加担した被告A,J,I,被告Bの行為の
悪辣さは筆舌に尽くし難い。同人らの行為によって殺害されたGの無
念を考慮すれば,Gの精神的苦痛を慰謝するために相当な慰謝料の額
は3000万円を下回ることはない。
bGの逸失利益
Gは,平成11年10月26日当時,21歳の大学生であり,平成
14年3月には大学を卒業して,その後就労するはずであった。
したがって,平成9年賃金センサスによる産業計・企業規模計・大
卒・全年齢平均の女子労働者の平均年収額448万6700円を基礎
として,稼働期間を23歳時から67歳時までの44年間,生活費控
除率を30パーセントとし,ライプニッツ方式により年5分の中間利
息を控除して,Gの逸失利益を算定すると,その額は5547万30
65円となる。
c原告ら固有の慰謝料
Gの死亡によって原告らが受けた精神的苦痛は極めて大きく,本件
犯行の悪辣さに鑑みるならば,原告らの慰謝料は各1000万円が相
当である。
d原告らが負担したGの葬儀費用
Gの葬儀費用としては120万円(原告ら各60万円)が相当であ
る。
(エ)原告らの弁護士費用
被告らが上記損害の賠償を任意に行わないため,原告らは訴訟代理人
に本件訴訟の提起追行を委任せざるを得なかった。この原告らの弁護士
費用としては,上記(ア)のHの脅迫,強要行為について,原告ら各15
万円,上記(イ)の本件名誉毀損行為について,原告ら各25万円,上記
(ウ)のGの殺害について,原告ら各250万円とするのが相当である。
(オ)相続関係
原告らは,上記(ア),上記(イ)のa,上記(ウ)のa,bの各損害に係
るGの損害賠償請求権を各2分の1ずつ相続承継した。
また,被告C及び被告Dは,上記(ア)~(エ)のHの損害賠償義務を各
2分の1ずつ相続承継した。
(カ)まとめ
上記(ア)~(オ)によれば,原告Eの損害賠償請求権の額は,被告A及
び被告Bに対するものがいずれも5958万6533円,被告C及び被
告Dに対するものがいずれも3061万8267円であり,原告Fの損
害賠償請求権の額は,被告A及び被告Bに対するものがいずれも575
8万6533円,被告C及び被告Dに対するものがいずれも2961万
8267円である。
イ被告Aの主張
すべて不知又は争う。
ウ被告Bの主張
いずれも不知。
エ被告Cらの主張
すべて不知又は争う。
第3当裁判所の判断
1H,被告A及び被告Bらの関係等について
上記第2の1の争いのない事実等に,甲第14号証,第29号証の1,第3
9,第44,第58号証,乙A第21,第34,第43号証及び被告A本人尋
問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば,平成11年ころのH,被告A及び
被告B並びにその周囲の関係者らに関し,以下の事実が認められる。
(1)Hは,遅くとも平成9年ころから風俗店の営業を始め,平成11年当時,
東京都豊島区池袋周辺で,「ドリーム」,「花水樹」,「小町」,「ファー
スト」,「奥様恋愛倶楽部」などの風俗店(以下「本件風俗店」と総称す
る。)及び広告代理業を目的とする有限会社イーベックスコーポレーション
(以下「イーベックス」という。)を経営していた。
他方,被告Aは,東京消防庁に勤めるかたわら,平成10年ころから,本
件風俗店の業務に関わり始め,平成11年夏ころからは,Hの指示の下で,
店の業務を全般的に取り仕切るようになり,店の売上金を集めて管理したり,
従業員の給与を支払ったりしたほか,一部の店舗についてはHと共同出資を
したりして,各店舗の経営にも深く関わるようになった。被告Aは,その対
価として,月々数十万円から百数十万円の報酬を得ていた。
なお,本件風俗店に勤める従業員らから,Hはマネージャーと,被告Aは
オーナーと呼ばれることがあった。また,被告Aは,同従業員らの前で,H
のことを舎弟と称することがあった。
(2)被告Bは,以前にB工業という商号で外壁工事業等を営んでいた際,被
告Aと知り合い,B工業が経営不振となったため,被告Aに依頼して,平成
10年6月ころから本件風俗店で働くようになり,同年8月ころには花水樹
の店長となった。また,被告Bは,商業登記簿上,イーベックスの代表取締
役として登記されていた。
Iは,被告Bと幼稚園から高等学校まで同級であり,一時B工業に雇われ
ていたこともあったが,被告Bが本件風俗店に関わるようになったのに続い
て,平成10年夏ころ,小町の従業員となり,その後同店の責任者となった
ほか,イーベックスの従業員として,その事務所で,本件風俗店の各店舗の
日々の売上金を集めて,売上をグラフに集計するなどした上,定期的に売上
金をまとめて被告Aに手渡すなどの事務を行っていた。
Jは,平成10年2月ころ,求人広告を見て,本件風俗店に従業員として
入り,その後ドリームと奥様恋愛倶楽部の店長として稼働していた。Jはか
つて暴力団に所属していたことがあり,傷害罪等により懲役刑に処せられた
前科を有していた。
このほか,平成11年当時,Kはファーストの店長であり,Mは小町の店
長であった。また,Lは中古車販売業を営んでおり,平成7,8年ころから
H及び被告Aと交際があった。
2争点1(HがGを脅迫し,交際を強要したか否か)について
(1)上記第2の1の争いのない事実等及び上記1の認定事実に,甲第24号
証,第30ないし第32号証,第35,第51,第53,第69,第70,
第74号証,乙A第11号証及び原告E,原告F,被告A各本人尋問の結果
並びに弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実が認められる。
アGは,平成11年1月ころ,大宮市内のゲームセンターでHと知り合い,
その後間もなくHと交際するようになった。しかし,同年3月中旬ころ,
Gが,Hのマンションの居室で段ボール箱に隠されたビデオカメラを発見
し,これを確認しようとしたところ,Hが突然怒り出し,Gを大声で怒鳴
りつけた上,自己の拳で,Gの顔面すれすれに,部屋の壁を殴り付け,そ
の壁に穴を開けた。
このようなことから,Gは,Hとの交際を止めようと考え,Hに対し,
何度も別れ話を持ち掛け,特に,同年3月下旬ころには,自己の生命に危
険が及ぶことも覚悟し,自己の家族や友人に宛てて,遺書とも取れる内容
の文書を書き残した上,Hと会い,別れてくれるよう懇願したこともあっ
た。しかし,Hは,その都度,Gに対し,「貢いだ金を返せ」,「家族を
めちゃくちゃにしてやる」,「父親をリストラさせてやる」,「弟を学校
に通えなくしてやる」などと申し向けて脅迫し,交際を続けるよう強要し
た。また,Hは,Gに土下座をさせ,交際の継続を誓わせた上,他の友人
との連絡を断つために携帯電話を壊すことを強要したりもした。このよう
なHの脅迫により,Gは,自己及び家族に危害が加えられることを恐れて,
Hとの交際を続けざるを得なかった。
イ同年6月14日に至り,意を決したGがHに対し,これ以上の交際を拒
絶する旨告げたところ,これに怒ったHは,被告A及びLに依頼して,G
及び原告Eらに借用書を書かせることを企て,同日午後8時ころ,被告A
及びLとともに原告ら宅を訪れた。そして,応対したG及び原告Fに対し,
被告AがHの勤務先の上司,Lが勤務先の社長と偽った上,被告Aにおい
て,「うちの社員(注,Hのこと)が会社の金を500万円横領した」,
「お宅のお嬢さんに物を買ってやって,その金を貢いだ」,「娘さんも同
罪です」,「誠意を示せ」,「こいつ(注,Hのこと)が精神的におかし
くなり,病院に通っている」などと述べて,1時間以上にわたり,脅迫を
繰り返した。同日午後9時半ころ,原告Eが帰宅し,Hら3人に対し,
「話があれば警察で聞く」,「出て行け」などと言ったため,Hら3人は
原告ら宅から退去した。
ウGとHとの交際は,同日をもって終了した。
(2)上記(1)の認定事実によれば,平成11年3月中旬ころから同年6月14
日ころまでの間,Hが,当時既にHとの交際を終わらせようと考えていたG
に対し,同人及びその家族に危害を加える旨の言動によって,自己との交際
を継続することを強要し,同年6月14日にも,被告A及びLと共謀して,
Gを脅迫したことが認められ,かかるHの行為がGに対する不法行為に当た
ることは明らかである。
3争点2(被告Aが本件名誉毀損行為に関与したか否か)について
(1)中傷ビラ配布行為のうち,原告Eが勤務する会社の敷地以外の場所での
本件中傷ビラの配布行為に被告Aが関与したことは,原告らと被告Aとの間
に争いがなく,この事実及び上記第2の1の(3)の各事実に,甲第15号証,
第16号証の1,第26,第27号証,第29号証の1,第41,第44,
第62,第64,第65,第80,第88号証,乙A第26,第32,第8
2号証を総合すると,以下の事実を認めることができる。
アIは,平成11年6月終わりころ,被告Aから,ある女性を懲らしめる
ようなビラを作ってくれと依頼され,数日後,Gの写真などを受け取り,
業者に依頼して本件中傷ビラの作成を始めた。その途中,ビラの下刷りを
確認した被告AはIに対し,そこにGの名前を追加して記載した上,カラ
ー印刷で,2000枚のビラを作成するよう指示した。その後,Iは,被
告Aから,直接Gの自宅に電話がかかるようなものも作成するよう指示さ
れ,同じ業者に依頼して本件中傷カードの作成も始めた。同年7月12日
ころ,Iは,完成した本件中傷ビラ及び本件中傷カードを花水樹の事務所
に届けさせた。同日深夜,被告Aは,花水樹の事務所において,I,J,
被告B,K,M外数名とともに,本件中傷ビラを配布することを共謀した
後,4台の乗用車に分乗して,本件中傷ビラの配布に出発した。被告Aは,
Iらが,本件中傷ビラをみずほ台駅の構内及びコンコース付近,Gが通う
大学正門付近の立て看板などに貼付したり,同駅付近の集合住宅や原告ら
宅付近の民家の郵便受けに投函したりしている現場に立ち会って,その様
子をビデオカメラで撮影するなどしていた。その後,Iら数名は,被告A
と分かれて行動し,原告Eが勤務する会社の敷地内に本件中傷ビラを投げ
入れた。
イ中傷ビラ配布行為の数日後,被告AがIに対し,電話で「もう一つの方
はやってくれたか」と催促したため,Iは,同月20日ころ,J,被告B,
K,Mらを呼び集め,高島平団地の集合住宅の郵便受けに,本件中傷カー
ドを配布して,中傷カード配布行為を実行した。Iは,上記行為が終了し
た後,被告Aに対し,電話でその旨を報告した。
ウ平成11年8月初めころ,被告AはIに対し,Hの気が済まない,原告
Eの会社に文書を送りつけられないかなどと持ち掛けた。これを受けたI
は,Nと相談して,本件中傷文書の草稿を作り,これを被告Aに見せたと
ころ,被告Aは,原告ら宅の住所の一部や原告Eの名前の一部が欠けてい
る部分を補充して作成するよう指示した。その後,Iは,完成した本件中
傷文書1000枚をそれぞれ封筒に封入した上,同月22日ころ,J,被
告Bらと共同して,上記封筒約800通を郵便ポストに投函し,中傷文書
送付行為に及んだ。投函を終えたIは,その旨を被告Aに報告した。
以上の事実を認めることができる。
なお,上記認定に供した上掲各証拠は,甲第16号証の1(本件中傷文書
草稿)及び甲第80号証(被告Aの刑事控訴審における供述)を除き,本件
名誉毀損行為の全部又は一部を実行したI(甲第15,第41,第64号証,
乙A第32,第82号証),J(甲第62,第88号証,乙A第26号証),
被告B(甲第29号証の1,第65号証),O(甲第26号証),P(甲第
27号証)及びL(甲第44号証)の本件刑事事件手続における供述証拠で
あるところ,これらは,相互におおむね符合し,かつ,その供述内容に特に
不自然なところはないのみならず,本件名誉毀損行為が,計画,準備を経て,
実行された平成11年6月から同年8月当時,被告AがHの指示により本件
風俗店の業務を取り仕切っていたこと(上記1の(1)),Hは沖縄に滞在し
ており(甲第33,第52,第58号証),直接,Iらに対し具体的な指示
をすることができたとは考えにくいこと,被告Aが,その周囲のI,J,被
告Bらに対し,Hが納得しない,何度も電話をかけられて困っているなどと
漏らしており(甲第15,第62,第88号証,乙B第1号証),被告Aが,
Hの意を受けて実行者であるIらに対して具体的な指示を与えていたと推認
されること等,これらの供述内容の裏付けとなる事情の存在も認められるの
であって,十分に信用することができるものというべきである。
(2)上記(1)の認定事実によれば,本件名誉毀損行為に対する被告Aの関与は,
その自認に係る中傷ビラ配布行為の一部に止まるものではなく,本件名誉毀
損行為はいずれも被告Aの意思と指示に基づいて,I,J及び被告Bらによ
って実行されたものであることが認められる。したがって,被告Aは,その
実行行為の現場に立ち会ったか否かに関わらず,本件名誉毀損行為全体につ
いて,実行者の一人である被告Bと連帯して,損害賠償義務を負うことが明
らかである。
4争点3(Hが本件名誉毀損行為に関与したか否か)について
本件名誉毀損行為の実行がなされた当時,被告Aが,その周囲のI,J,被
告Bらに対し,Hが納得しない,何度も電話をかけられて困っているなどと漏
らしており,被告Aが,Hの意を受けて実行者であるIらに対して本件名誉毀
損行為についての具体的な指示を与えていたと推認されることは,上記3の
(1)のとおりである。また,甲第26号証,第29号証の1,第53,第55
号証及び乙A第11号証によれば,平成11年7月初めころ,Hが被告Aに対
して現金2000万円を預け,被告Aは,この現金の中から200万円程度を,
本件中傷ビラなどの印刷代や本件名誉毀損行為の実行者らに対する報酬に充て
たことが認められ,この事実によれば,上記現金の預託は,本件名誉毀損行為
の実行資金とすることを目的としたものと推認される。さらに,本件中傷ビラ
及び本件中傷カードには複数のGの写真が印刷されていた(上記第2の1の
(3)のア,イ)ところ,Gが,被告Aや,I,J,被告Bなどの本件名誉毀損
行為の実行者らと,直接の接点を有していた形跡はないから,上記写真の提供
者は,Gの交際相手であったHであると推認される。
加えて,本件中傷ビラ,本件中傷カード及び本件中傷文書は,いずれもGと
その父親である原告Eを誹謗中傷する内容である(上記第2の1の(3)のアな
いしウ)ところ,上記のとおり,被告Aや,I,J,被告Bなどの本件名誉毀
損行為の実行者らとGとが,直接の接点を有していた形跡はなく,その点は,
被告AやIらと原告Eとについても同様であって,その間に,被告AやIらが,
積極的に本件名誉毀損行為に及ぶような軋轢が生ずる要因も見当たらないのに
対し,上記1のとおり,交際相手であったGから交際の継続を拒絶されたHに
は,これを逆恨みし,G及びその父親である原告Eに対する中傷行為を行うべ
き動機が存在する。
上記各事実関係に照らせば,Hが,被告Aを通じて,Iや被告Bらに本件名
誉毀損行為を実行させたことを容易に推認することができる。
そうであれば,Hは,本件名誉毀損行為について,被告A及び被告Bと連帯
して,不法行為に基づく損害賠償義務を負うものというべきである。
なお,本件名誉毀損行為の実行者であるIらに対して,直接に指示を与えて
いたのは被告Aであって,Hは,その当時,沖縄に滞在していたことは上記3
の(1)のとおりであるが,このことは,上記認定を左右するに足りない。
5争点4(被告BがGの殺害をJと共謀したか否か)について
(1)平成11年10月20日ころ,Jの呼びかけに,Iと被告Bが応じ,三
者間で,Gに危害を加えること(それが殺害であるのか,傷害を負わせるこ
とに止まるのかについては,争いがある。)につき謀議をし,Jが実行役,
Iが連絡役,被告Bが運転手役との役割分担を決定したこと,同月26日,
JがGを死亡させた後,被告BがJを乗用車に乗せて逃走したことは当事者
間に争いがない。
しかるところ,原告らが,被告Bは,JとGの殺害を謀議し,その謀議に
基づいてJがGを殺害したのであるから,被告BはGの殺害につき不法行為
責任を負うと主張するのに対し,被告Bは,JがGを殺害する意思を有して
いたことは知らず,被告Bとしては,I及びJと,G殺害の謀議ではなく,
Gに傷害を負わせることについて謀議をしたものであって,Gを殺害する意
思を有していなかったから,被告Bの責任は傷害致死の範囲に限られると主
張する。
そこで,まず,本件刺突行為の実行者であるJがGに対する殺意を有して
いたか否か,次いで,被告BとI,Jとの間にG殺害の謀議があったか否か
について,順次検討する。
(2)Jの殺意の有無
ア甲第14,第45,第59,第60号証,乙A第1,第22号証,第4
7ないし第52号証によれば,Jは,平成11年12月19日にG殺害の
被疑事実によって逮捕されて以降,その刑事第一審の判決に至るまでの間,
一貫して,Gを確実に殺害するとの意思で本件刺突行為を実行した旨供述
していたことが認められ,また,甲第46,第48,第49号証,乙A第
1,第20,第35,第53,第86号証によれば,Jが本件刺突行為に
用いた凶器のナイフは,刃体の長さが約12.5センチメートルの,スミ
スアンドウェッソン社製の両刃のナイフ(以下「本件ナイフ」という。)
であったことが認められる。
そして,本件刺突行為の態様は,上記第2の1の(4)のとおり,Gの右
背部を1回突き刺し,さらに振り返ったGの左前胸部を1回突き刺したと
いうものであり,しかも,甲第48,第49号証,乙A第22,第48,
第51号証によれば,その刺突の際,Jが力を入れてナイフを突き刺し,
そのナイフの刃が根元近くまでGの体内に刺入されたことが認められる。
上記のJの殺意に関する供述内容,Jが使用した凶器の性状及び本件刺
突行為の生命侵害の危険性が極めて高いというべき態様に鑑みれば,Jが,
Gに対する強固な殺意を持って,本件刺突行為に及んだことが容易に推認
される。
イなお,乙A第2ないし第4号証によれば,Jは,平成13年7月17日
の第一審判決言渡し(甲第14号証)の後,控訴し,その控訴審の係属中
である平成14年2月から3月の間に,被告Aの刑事第一審公判期日に証
人として3回出廷したが,その際,従前の供述を翻して,Gに対し殺意を
抱いていなかったと供述し,また,凶器のナイフが本件ナイフではなく,
片刃のナイフであったと供述したこともあった(もっとも,最後に出廷し
た公判期日では,再び本件ナイフであったと供述するに至った)ことが認
められる。
しかしながら,Gに対する殺意を否認する上記のJの供述は,従前殺意
を認めていた理由に関しても,殺意がなかったのに上記のような生命侵害
の危険性が極めて高い本件刺突行為に出でた理由に関しても,不自然,不
合理といわざるを得ないものである上,一連の供述中で,犯行に使用した
凶器という重要な部分が変遷していること,さらに,乙A第4号証によれ
ば,Jが上記の被告Aの刑事第一審公判期日に証人として出廷する前に,
被告Aの弁護人からJに対し,控訴審では,おおむね上記供述に沿った内
容の主張をして争ったらどうかという趣旨の手紙が送付されたことが認め
られることを併せ考えると,Jの上記供述は,全体として到底信用し得る
ものではない(以下,本件刑事事件手続におけるJの供述を検討するに当
たっては,上記平成14年2月ないし3月の被告Aの公判期日における供
述(乙A第2ないし第4号証)は,これを除外することとする。)。
(3)被告BとI,Jとの間のG殺害の謀議の有無
ア平成11年10月20日ころ,Jの呼びかけに,Iと被告Bが応じ,三
者間で,Gに危害を加えることにつき謀議をし,Jが実行役,Iが連絡役,
被告Bが運転手役との役割分担を決定したことは,上記のとおりである。
そして,この事実に,甲第43,第45,第46,第48,第60号,第
86,第87号証,乙A第18,第31,第32,第35,第39,第7
9,第82号証を総合すれば,平成11年10月20日ころ,Jに呼ばれ
て,I及び被告Bが東京都豊島区池袋の喫茶店aに赴いたところ,その場
で,Jは,I及び被告Bに対し,「私がGを殺します」,「Gを刺しま
す」などと言ったこと,被告BはJに対し,「刺しては駄目です,切るだ
けにして下さい」などと述べたが,Jは,「切っても刺しても,死ぬこと
は同じ」などと言い返し,これに対しては,被告Bはもはや何も言わなか
ったこと,その後,Jが,Iに対し,Gの動向を見届けてJに連絡する役
を,被告Bに対し,Jを乗用車に乗せて逃走する役をやってくれるよう依
頼したところ,Iと被告Bは,いずれもこの依頼を了承したこと,以上の
事実を認めることができる。
イ上記アの事実によれば,被告BがJ及びIとの間で,Gを殺害すること
を共謀していたものと認められ,したがって,被告Bは,JがGを殺害し
たことにつき,不法行為責任を免れない。
ウ甲第29号証の1ないし5,第65号証によれば,被告Bは,その刑事
事件手続において,喫茶店aでは,JからはGを殺害するとの言葉は出て
おらず,Gをナイフで傷つけて傷害を負わせる謀議をしたとか,JはGを
ナイフで刺したりすることはできないが,切り付ける程度のことはするか
もしれないと思っていたなどと供述し,J及びIとの間で,Gを殺害する
ことについて共謀があったこと,被告BがGに対する殺意を有していたこ
とを否認していたことが認められる。
しかしながら,Jが,Gに対する強固な殺意を持って本件刺突行為に及
んだことは上記(2)のアのとおりである。また,甲第14,第43,第8
6,第87号証,乙A第31,第32,第35,第39,第71,第73,
第79,第82号証によれば,Iは,平成11年12月20日に逮捕され
た後,翌21日以降は,一貫して,JとGを殺害することを共謀したこと
を認め,喫茶店aでの謀議の際も,JがGを殺害すると言っていることを
理解していた旨供述していることが認められる。加えて,Iは,Jらとの
殺人の共謀を認定して,Iに対し懲役15年の刑を言い渡した刑事第一審
判決(甲第14号証)に対し控訴をしなかった(上記第2の1の(5))の
であるから,Iの上記供述が同人の認識に沿ったものであることは容易に
推認されるところである。そうすると,被告Bの上記供述に従えば,喫茶
店aでの謀議に加わり,かつ,その際に定められた役割分担に従ってGを
襲った者のうち,ひとり被告Bのみが,Gの殺害についての共謀もなく,
Gに対する殺意も有していなかったことになるが,それ自体が不合理であ
り,かつ,立場をほぼ同じくするIとの比較においても不自然であること
は明白である。これに加え,被告Bは,本件謀議の前の平成11年10月
18日と同月26日の本件刺突行為の直前に,Jが所持していた本件ナイ
フを見ているが,Jが,本件刺突行為に本件ナイフを使用することについ
て特に反対しなかったこと(甲第29号証の1ないし3,5),本件刺突
行為後,逃走中の乗用車内で,Jが,Gを2回突き刺したと言ったのに対
し,被告BはJを何ら非難したり,糾弾したりせず,その後,Gが死亡し
たことを知った後も,その結果についてJを責めたり,Iに対し不満を述
べたりしなかったこと(甲第29号証の2ないし4),被告Bは,Jらと
の殺人の共謀を認定して,被告Bに対し懲役15年の刑を言い渡した刑事
第一審判決(甲第22号証)に対し控訴をしなかったこと(上記第2の1
の(5))をも併せ考えれば,被告Bの上記供述は到底信用することができ
ない。
確かに,喫茶店aでの謀議の際,被告BがJに対し,「刺しては駄目で
す,切るだけにして下さい」などと述べたことに鑑みれば,被告Bが,G
を殺害することに積極的でなかったことが窺われ,内心では,JがGの殺
害に失敗し,傷害を負わせる程度に止まることを期待していた節も見受け
られるが,そうであるからといって,被告BがJ及びIとの間でGを殺害
することを共謀し,Gに対する殺意を有していたと認められることに毫も
影響を及ぼすものではない。
6争点5(被告AがJに対しGの殺害を依頼したか否か)について
(1)本件死亡事件に至る経緯及びその後の事情について
ア上記第2の1の争いのない事実等及び上記1ないし5で認定した事実関
係に,甲第15号証,第26ないし第28号証,第29号証の1ないし5,
第37ないし第40号証,第45ないし第48号証,第53,第54,第
56,第59号証,第61ないし第66号証,第74,第81,第86,
第87号証,乙A第12,第23号証,第31ないし第33号証,第36,
第37,第39,第42,第46,第64,第76,第82,第87,第
95,第98,第102号証を総合すれば,本件死亡事件の前後の経緯及
びその時々の被告Aの言動等につき,以下の事実が認められる。
(ア)被告Aは,平成11年6月14日,Hに依頼されて,Gやその家族
に借用書を書かせるために,H,Lとともに,原告ら宅を訪れ,Gと原
告Fに対し,脅迫行為を行った。(上記2の(1)のイ)
(イ)被告Aは,同年6月22日ころ,奥様恋愛倶楽部の事務所で,同店
の店長であったJ及び同店の従業員であったPに対し,殺して欲しい奴
がいる,やってくれたら2000万円出す,Hが苦しんでいるなどと発
言し,これに対し,Pが,不良中国人に頼めば50万円くらいでやって
くれますよなどと答え,Jが,私がやりますなどと答えた。(上記1,
甲第27,第39,第45,第63号証)
(ウ)被告Aは,同年7月から8月にかけて,Hの意を受けて,Iや被告
Bらを指揮し,本件名誉毀損行為を実行させ,実行者らに対し報酬を支
払った。(上記第2の1の(3),上記3,4)
(エ)被告Aは,同年7月13日の中傷ビラ配布行為の際,被告Aが乗る
乗用車を運転していたOに対し,会社の重役に頼まれて嫌がらせをやる,
お金がもらえる,ビラを撒いたら500万円,拉致強姦や穴を掘って首
まで埋めてしょんべんかけたところをビデオに撮影すれば1000万円
から2000万円,殺してくれたら1億円払ってくれるなどと発言した。
(甲第26号証)
(オ)Iは,被告Aから指示を受け,同年7月24日ころの深夜に,J,
被告Bとともに,原告らの飼犬をホウ酸入りのえさで殺したり,原告ら
の自家用車にペンキをかけたりしようと企て,原告ら宅に近づいたが,
上記飼犬に吠えられたために失敗した。この際,Iらは,被告Aの指示
で,その準備の様子をビデオカメラで撮影していた。(甲第15号証,
第29号証の1,第37,第62,第65,第81号証,乙A第102
号証)
(カ)被告AはLに対し,同年8月ころ,成功すれば金を払うと述べて,
Gを強姦し,その場面をビデオカメラで撮影してくれるよう依頼し,後
日,そのための道具として,スタンガン,催涙スプレー,ビデオカメラ
などを,Iを通じて,Lに渡した。Lは,同年9月ころ,被告Aの上記
依頼に基づいて,Qに対し,山小屋にGを監禁する,犯行には盗難車を
使う,Gを強姦してビデオに撮影するなどの具体的な指示をファクシミ
リ送信し,そのころ,Qの仲間である山神ことRに対し,上記ビデオカ
メラなどの道具を渡した。同年10月15日,Rとその仲間のS及びT
は,乗用車で原告ら宅近くに赴き,自宅から出てきたGを拉致しようと
したが失敗した。同日の夜,Q,S,Tは,再び乗用車で原告ら宅の前
に行き,乗用車のカーステレオから大きな音を発して,Gらに対する嫌
がらせを行った。(甲第28,第37,第53,第56,第74,第8
7号証)
(キ)被告Aは,同年7月下旬ころから,I,被告Bらに対し,Hが,結
果が出てないと言って毎日のように電話をかけてくるので困るなどと漏
らすようになり,同年8月中旬ころには,Jに対し,Gを拉致して,植
木ばさみで指でも切ってHに送れば,Hも納得するか,あれだけやって
るのに,Hから文句を言われて疲れた,あの女が邪魔でしょうがないな
どと発言した。同年9月末ないし10月上旬ころに至ると,被告Aは,
Iや被告Bに対し,Hがうるさいんだ,強姦とか顔に傷をつけるとか彼
女に直接危害を加えることができないか,それをビデオに撮影できない
かなどと何度も相談を持ち掛け,同年10月16日,喫茶店aで,Iと
被告Bに対し,何をしてもいいからどうにかできないか,Hがうるさい
んだ,拉致監禁,強姦,まわし(輪姦),何でもいい,ビデオに撮影し
てくれと強く依頼した。Iと被告Bは,被告Aのこの依頼を受けて,J,
Kと話し合い,同月18日にGを乗用車の中に連れ込むことなどを決め
た。Iがこの計画を被告Aに報告したところ,被告AはIに対し,自宅
にビデオカメラを取りに来るよう指示したため,翌17日,Iが,被告
Aの自宅を訪れ,当時の被告Aの妻Uからビデオカメラを受領した。I,
J,被告B及びKは,同月18日の朝から乗用車で原告ら宅近くに赴き,
午前10時ころ,Gが自宅から出てくるのを発見したが,いずれも躊躇
して,Gを車内に連れ込むことを実行できなかった。Iら4人は,同日
の夕方,Gが帰宅するのを狙って,再び実行しようとしたが,その時も,
相手を見間違えるなどしたために失敗に終わった。同日夜,被告Bが被
告Aに対し,電話で,この日の失敗を報告したところ,被告Aから,大
の大人が4人も行って何もできないで帰ってくるのかなどと怒られた。
(甲第15号証,第29号証の1ないし5,第38,第40,第62,
第64,第65,第87号証,乙A第32,第33,第37,第46,
第82,第98号証)
(ク)上記5の(3)のとおり,J,被告B及びIは,同年10月20日こ
ろ,喫茶店aで,Gの殺害を謀議し,役割分担を定めたが,同日,Iが
被告Aに対し,この役割分担を電話で報告したところ,被告Aは,ああ
そう,よろしくなどと答えた。同月22日ころ,イーベックスの事務所
で,JがIに対し,本件刺突行為のために準備した本件ナイフを見せた
ところ,Iは被告Aに,Jがすごいナイフを準備しましたなどと電話報
告をした。そして,そのころ,被告AがI,J,被告Bに対し,いつ行
くの,いつやるのなどと何度も実行を催促したため,Iら3人は相談の
上,同月25日,乗用車で,Gが通学で利用する桶川駅に赴き,駅周辺
を下見するとともに,実行場所を桶川駅に近い本件犯行現場付近と定め,
さらに,戻る途中の車内で,翌26日にGの殺害を実行することを決め
たところ,Iは被告Aに対し,下見に出かけることや,殺害を実行する
ことが決定された都度,そのことを被告Aに電話で報告した。被告Aは,
同月25日に,Iから翌26日にGの殺害を実行することを知らされる
と,明日は大変だから今日は早く上がっていいよと言って,同月25日
夜の本件風俗店の勤務を早く切り上げることを許可した。また,被告A
は,同日夜,Jに対しても,本件風俗店(ドリーム)を早く閉店してよ
いとの電話をした。(上記第2の1,上記5の(3),甲第15,第29
号証の2,5,第46,第86,第87号証,乙A第32,第33号証,
第46号証)
(ケ)上記第2の1の(4)のとおり,同月26日午後0時52分ころ,J
は,本件犯行現場において,Gに対する本件刺突行為に及んだが,Jの
刺突行為を確認したIが,同日午後1時05分,被告Aに対し,電話で
「Jが刺しました」と報告したところ,そのころKとともに川口駅付近
にいた被告Aは,「本当に」と少し驚いたように答えた。被告Aは,そ
の後,Iら3名と何度か電話で連絡を取り合い,同人らに東京都北区赤
羽所在のカラオケボックスに来るよう指示した上,埼玉県川口市内の自
宅に立ち寄って,Hから預かった2000万円の残金である約1800
万円(上記4)の中から1000万円を取り出し,これを携えて,上記
カラオケボックスに向かった。他方,Iら3名は,一旦本件風俗店が所
在する東京都豊島区池袋に戻った後,被告Aの指示に従って上記カラオ
ケボックスに向かい,同日午後4時過ぎころ到着して,被告A及びKと
落ち合ったが,このころには既に,Gが刺されて死亡したことがテレビ
等で報道されていた。被告Aは,Iらに対し,「大変なことになってし
まったが,やったことはしかたがない」,「舎弟に電話をしたら,えっ
死んじゃったのと言っていた」などと述べたが,Jが本件刺突行為に及
んだことについて憤った様子はなく,また,Jらに対し自首を勧めるよ
うなこともなかった。そして,被告Aは,Jに対しては,上記1000
万円の現金が入った紙袋を渡して,沖縄に赴くよう指示し,これに応じ
て,Iが同日夜の航空便の予約をしたが,その後,Hが沖縄を出ること
になりそうだからとする,被告Aの再指示により,Jは沖縄に行くこと
を中止した。また,被告Aは,同日午後10時ころ,Iを呼び出し,自
宅近くのカラオケボックスで上記2000万円の残金である約800万
円の現金を渡して,被告Bと分けるよう指示し,Iは,これに従って,
その夜,被告Bに対して,上記約800万円の中から400万円の現金
を分け与えた。さらに,被告Aは,後日,IやLに指示して,本件死亡
事件の際にJらが使用した2台の乗用車を処分させた。(上記第2の1
の(4),甲第29号証の2,3,第45,第47,第48,第59,第
61,第65,第66,第86号証,乙A第23,第31,第32,第
36,第42,第46号証)
イ上記認定に関連する被告Aの供述については,後に検討する。
(2)タクシー車内における被告AのJに対する働きかけ
ア本件死亡事件の前後の経緯,とりわけその時々の被告Aの言動等に関す
る上記(1)の認定事実に,甲第40,第45,第46,第48,第60,
第62,第65号証,乙A第28号証を総合すると,以下の事実を認める
ことができる。
(ア)平成11年10月14日ころの午後6時ないし8時ころ,ドリーム
の店内にいたJに対し,被告Aから「今夜飲みにいこう」という誘いの
電話があり,Jは,同日午後7時か8時ころ,待ち合わせ場所である花
水樹が入居するビルの下で,被告A及びその連れの被告Bと落ち合った。
そして,被告Aらは,池袋駅西口所在の被告Aの行きつけの店に行くこ
ととして,同駅東口の豊島区役所前からタクシーに乗車し,同駅西口の
同店が入っているビルに向かったが,その際,タクシーの助手席には被
告Bが,右後部座席にはJが,左後部座席には被告Aが座った。
(イ)同タクシー内で,被告AはJに対し,真剣な表情で,Jの手を握り
しめながら,「舎弟からがんがん言われて困っている」,「頼めるのは
あなたしかいない,他の人はこういうことを頼んでもみんなぶるってし
まう,ねえ分かるよね」,「本当に頼むからやってくれ」,「一生に一
度のお願い」などと,説得するように言った。Jは,被告Aが,直接的
にはGを殺せとの文言を使用しなかったものの,その言葉遣いや発言の
内容,被告Aの表情や仕草から,被告AがG殺害を依頼しているものと
理解した。
(ウ)被告Jとしては,Gを殺害する特別の理由はなかったが,被告Aに
雇われて本件風俗店で働き,歩合制で高い給料をもらっているし,それ
までにGらに対する中傷行為(本件名誉毀損行為)に加わっていたため,
いまさら引き返すこともできないと思い,さらに,自分がやらないと他
の者がやらざるを得なくなってしまうと考えて,被告Aの依頼に応じ,
Gを殺害しようと決意し,被告Aに対し「分かりました,やります」と
答えた。
(エ)同タクシーは,5分ほどで,目的のビルにつき,被告A,J及び被
告Bは,降車して,被告Aの行きつけのキャバクラに入り,同店で1時
間程度過ごした。
イ上掲甲第65号証のほか,甲第29号証の2,3,5によれば,被告B
は,本件刑事事件手続において,平成11年10月に,被告Aとともに,
Jを誘って,飲みに行ったことがあり,その際,池袋駅の東口から西口ま
でタクシーに乗車し,助手席には被告Bが,後部座席の運転席側にはJが,
助手席側には被告Aが座ったという限度で,上記認定に符合する(ただし,
タクシー内での被告AとJの会話は聞き取れなかったとする。)ものの,
飲食した店や時間につき,池袋西口のビルの5階のランジェリーパブに入
った後,3階のキャバクラに行って,深夜12時か1時ころまで飲んでい
たとか,その日は同年10月14日ではなかったなどとする,上記認定と
異なる供述をしていることが認められる。
しかしながら,上掲各証拠によれば,被告Bは,被告Aと飲食をともに
する機会がかなり多い上,そのような飲食の際に上記ランジェリーパブを
利用することや,その後,別の店に行って深夜12時か1時ころまで過ご
すこともよくあったことが認められるのであるから,飲食した店や時間に
ついての上記認定との齟齬は,被告Bが別の機会と混同していることによ
るものと考えられ,上記認定を左右するに足りない。
また,日時についての齟齬に関しては,被告Bが記憶している同月14
日の自己の行動(当日は東京都港区六本木に出かけ,午後8時ころに花水
樹の事務所に戻ってその後は仕事をしていたとし,また,被告Aと飲食中
は,私的な電話はしないが,当日は当時交際中の女性に何度か電話をして
いるとする。)や天候(当日は雨天であったが,被告A及びJと飲みに行
った際は雨が降っていなかったとする。)を根拠とするものであるが,甲
第29号証の5,乙A第46号証によれば,被告Bは,同月14日午後8
時51分に,その携帯電話から,花水樹(03-〔以下省略〕番)に電話
をかけていることが認められるから,少なくともその時刻には花水樹にい
なかったはずであって,同日午後8時以降は花水樹の事務所で仕事をして
いたという点は被告Bの記憶違いであることが明らかであるし,また,甲
第29号証の2によれば,被告Bは,同日夕方から夜にかけて,上記交際
中の女性に4度程電話をしていることが認められるが,上記アの(エ)のと
おり,被告A及びJと飲食をしていたのが午後8時ころから1時間程度で
あるとすれば,その間に電話したのは,午後8時23分ころの1度だけで
あって,被告Bが,被告Aと飲食中は,その電話さえできなかったものと
は考え難く,さらに,天候に関しては,同日午後8時以降,東京都豊島区
池袋において降雨があったと認めるに足りる証拠はないから,結局,日時
についての齟齬も,被告Bの思い違いによる可能性が高く,上記認定を左
右するに足りない。
ウ上記認定に関連する被告Aの供述については,次に検討する。
(3)上記(1)及び(2)の各アの各認定に関連する被告Aの供述について
ア上記(1)のアの認定に関連する供述
(ア)この点に関する被告Aの供述の大要は,以下のとおりである。
a捜査段階における供述(甲第53,第54,第56号証)
被告AがGに会ったのは平成11年6月14日の1回だけである。
その日まで,HとGの交際を知らなかった。被告Aは中傷ビラ配布行
為には参加したが,中傷文書送付行為には関与していない。Hは,G
を強姦してビデオに撮影してくれる奴がいないか,成功報酬を出すと
言っており,同年7月5日ころ,被告AはHから,その成功報酬とビ
ラの印刷代などとして2000万円を受け取った。被告Aは,同年8
月か9月上旬に,Lに対し,Gを強姦しビデオに撮影してくれるよう
依頼し,同年10月上旬に,Iに対しても同様の依頼をした。その後,
Iがやり方を変えるなどと言っていたので,I,J,被告Bの3人で
Gを痛めつけるのだと思った。同年10月24日の夜,Iから被告A
に明日行ってきますと連絡があり,この時も,被告Aは,Iら3人が
Gを痛めつけにいくのだと思った。同月25日午前10時か11時こ
ろIから電話があり,桶川に来ていると言われたので,Iら3人がG
の住んでいる桶川に行って,事件を起こすつもりだと知った。同日午
後2時ころ,Iから電話があり,今日はだめですと言ったので,被告
Aが,もう計画を諦めろと言ったところ,Iはもう1回やってみます
と答えた。同月26日午後1時か2時ころ,Iから被告Aに,JがG
を2回刺したとの連絡があり,被告Aが公衆電話でHに伝えたところ,
Hは,弁護士費用として金を渡して自首させてくれと言った。その後,
赤羽のカラオケボックスに集まった際,被告AがJを怒ったところ,
Jは謝っていた。被告Aは,自宅から持ってきた1000万円をJに
渡した。同月27日午後9時半ころ,被告AはIに対し,弁護士費用
だと言って,半分は被告Bに分けるよう指示し,800万円が入った
紙袋を渡した。
b刑事事件第一審における供述(甲第30号証,乙A第10ないし第
12号証,第16号証)
Hに強制されて中傷ビラ配布行為の一部に関与したが,中傷文書送
付行為には関与していない。被告AがI,J及び被告Bらに対し,G
の殺害はもちろん,強姦なども依頼したことはない。HがI,J及び
被告Bらに対し,拉致監禁や強姦などGに危害を加えることを依頼し
ていたのは知っていたが,被告Aがそれに関与したことはない。
被告Aは,平成11年6月22日,奥様恋愛倶楽部の店内で,Jと
Pに,下の不良外国人をどうにかしろ,1000万円くらいで殺して
くれるのかなどと言ったが,Gのことを指して,殺したい奴がいると
言ったことはない。中傷ビラ配布行為の途中,Oに対して,本件中傷
ビラを作るのに200万円くらいかかった,HがGを強姦してくれな
どと言って2000万円を置いていったが,今回で終わりだという発
言をしたものの,それ以上に,ビラを撒いたら500万円,拉致強姦
などすれば1000万円から2000万円,殺してくれたら1億円な
どという発言はしていない。中傷文書送付行為については,後日にH
から電話で聞いて知り,実行したIを怒った。同年7月27日,花水
樹の店内で,被告Bが,Hに頼まれて,原告ら宅の犬を殺しに行った
が,犬に吠えられて帰ってきたと言っていたので,被告Aは被告Bに
対し,Hと関わるなと注意した。同年9月上旬に,被告AがLに対し,
渡してあるビデオカメラ等を返すように言ったところ,同年10月5
日にLからビデオカメラ等が戻されたので,この時点でGに対する強
姦の計画は終わったものと考えていた。被告Aが,10月16日に喫
茶店aで,Iと被告Bに,Gの拉致監禁や強姦などを依頼したことは
ない。その日,被告Aは,午前中長女の授業参観に行き,午前11時
ころから,IとKに手伝ってもらいながら,自宅の小屋のニス塗りや
庭の植木の手入れなどをして,午後7時ころまでは自宅にいた。なお,
この日の午後から同月18日の夜まで,090-〔以下省略〕番の携
帯電話を,Iに預けていた。同月17日,Hから電話があり,被告B
の子供の運動会のためにビデオカメラを貸してやってくれと言われた。
被告Aは,同月18日に,I,被告B,KらがGの拉致や強姦に行っ
たことは知らなかったし,同日,被告Bからその失敗を聞かされて怒
った事実もない。同日夜,被告Aは,Kとともに居酒屋や西川口のキ
ャバクラに行ったが,その際,Kは強姦に行ったなどとは言わなかっ
た(同月18日夜の行動については,刑事第一審で平成14年3月1
2日に提出された陳述書(甲第30号証)記載のもの,なお,平成1
5年7月8日の刑事第一審被告人質問における供述(乙A第16号
証)では,同日午後7時ころから,埼玉県川口市西川口所在の「b」
という飲食店のホステスであるVとともに横浜までドライブをし,午
後11時ころまで横浜にいたが,そのドライブの途中に,Hから電話
があり,横浜のホテルに泊まっていると聞いたとされている。)。平
成11年10月24日は,IとKが被告Aの自宅に小屋のニス塗りな
どの手伝いに来ていたが,Iから,翌日に桶川の下見に行くという話
は聞かなかった。同月25日は,昼ころにJから電話があり,午後か
ら半休を取らせてもらいますと言ったので,被告Aが,どうぞと答え
たが,Iからの電話はなかった。同月26日,被告Aは,正午ころか
ら,Kとともにパチンコをしていたが,Kは,同日のJや被告Bの行
動を知らないと言っていた。午後1時ころ,パチンコをしている最中
に,Iの携帯電話(電話番号の末尾が119のもの。)から被告Aの
携帯電話にものすごい回数の電話がかかり,初めは留守番電話機能に
なったが,そのうち留守番電話機能の件数を超えて,着信を示すバイ
ブレーションが止まらない状態になってしまったので,何かあったの
かと思い,電話を取ったところ,Iが,大変なことになった,JがG
を刺したと言った。被告Aが,川口駅付近の公衆電話で,Hに電話し
たところ,Hは,俺は強姦しか頼んでない,Jのやつ俺の店を潰しや
がって,弁護士費用を渡して自首させてくれなどと言っていた。被告
AはKの運転する自動車で自宅に戻り,現金を携えて赤羽に行った。
赤羽のカラオケボックスで,被告AがJに対し,どうしてそんなこと
をやったんだと怒ると,Jは,申し訳ありません,これくらいやらな
いとHが納得しないと思ったと答えた。被告Aは,Jに自首するよう
勧め,現金を渡すとともに,Hから教えられた弁護士の電話番号をJ
に伝えた。この時,Jは,使用したナイフは片刃のもので,使用後に
植え込みに隠してきたと言っていた(ナイフの隠匿に関しては,平成
14年3月12日の刑事第一審被告人質問における供述(乙A第12
号証)によるもの,但し,平成15年7月8日の刑事第一審被告人質
問における供述(乙A第16号証)では,Jは,偽装工作として,使
用していない両刃のナイフを隠し,使用した片刃のナイフは帰路の途
中で団地のゴミ置き場に捨てたと言っていたとされている。)。Iは,
JにはHに報告するために沖縄に行ってもらいますと言っていたので,
被告Aは,検問があるから無理だよなどと答えた。この日,被告Aは,
西川口でIに800万円を渡した。
c刑事事件控訴審における供述(甲第80号証)
中傷文書送付行為による名誉毀損の事実も認める。本件死亡事件に
ついても傷害致死の限度で責任を認める。Gが死亡した事件は専らH
の意思と指示でなされたものであるが,被告Aは,Hの手足として,
I,J,被告B及びKと,Gを強姦することや輪姦することを共謀し
ていた。ただし,Gを刺すとか切るとかの話には関与してない。
平成11年6月30日,喫茶店cに,H,被告A,I,Nが集まっ
た際,HがNに対し,Gの父親を懲らしめたい,ぶっ飛ばしてやりた
い,Gの髪が二度と生えないよう,顔が二目とみれないようにしたい,
Gを強姦してそのビデオを撮って欲しいと言っており,その場で謀議
した計画がY計画と名付けられた。同年7月1日,被告AとIがHの
マンションに呼ばれた際,HがIに対して,Gを強姦してビデオを撮
影して欲しいと依頼し,そのために,探偵に調べさせたGの情報が記
載された紙片やビデオプリンターをIに渡していた。その後しばらく
して,花水樹に,HがIに渡した道具が入っている段ボール箱が置か
れていて,その箱の中にはバタフライナイフも入っていた。同年9月
初めころ,被告AはJに対し,Gの強姦とビデオ撮影をよろしくと依
頼した。被告Aが,同年10月16日に,Iや被告Bらに対し,Gの
拉致監禁や強姦の依頼をしたことはないが,同月5日に,喫茶店aで,
I,J,被告Bらに向かって,Gに対し直接的な危害を加えることが
できないかという趣旨の相談をした。この時,強姦とビデオ撮影のこ
とを主に話し,そのほかに拉致監禁やまわしという言葉も入っていた
と思う。これは,同月2日に大阪でHに会った際に,Hから指示され
たので,パイプ役として,伝えたものである。同月半ばに,被告Aは
Iから,Gを強姦してビデオを撮る際の役割分担を聞き,あっそうと
答えた。同月16日午後4時前ころ,Hから被告Aの自宅に電話があ
り,近日中に行くからお前も付き合えと言われた。同月17日,Hか
ら電話があり,明日行くから付き合え,ビデオカメラを貸せと言われ
たが,被告Aは,協力はできないが,ビデオカメラは貸してやると答
えた。同月18日の夜,横浜にVと行った際,そこでHに会い,Hか
ら,Iや被告Bらがこの日Gの拉致に失敗し,Hが被告Bを叱りつけ
たという話を聞いた。同月20日ないし22日ころに,Iから役割分
担の報告やナイフを見たという報告はなかった。同月22日にHのマ
ンションに泊まった際,Hが被告Aに,Y計画を実行に移すと言って
いたが,刃物で刺すという話はなかった。同月25日に,Jから,半
休を下さいとの電話があり,被告Aは,どうぞと答えたが,Iから,
明日決行するという電話はなかった。同月26日午前11時ころに川
口駅に到着し,正午ころ,Kと会った。Kは,店の売上金を被告Aに
渡すとともに,被告Aに対して,今日Y計画を実施することになった,
Hから被告Aを呼んでこいと言われて来た,H,J,Iが人混みに紛
れてGの顔か尻を切り付けるらしいと話した。この日,Hは東京にい
た。同日午後3時ころに,被告Aが,赤羽の駐車場でHに会ったとこ
ろ,Hは,Gに対する刺突行為をしたJを誹謗中傷し,俺の店を潰し
やがってと怒っており,今日は桶川に行っていた,預けた金をJに渡
して,自首させてくれと言った。事件後にJが沖縄に行くことになっ
たのは,Hが沖縄にいたからではない。
d本件訴訟における陳述(被告A本人尋問の結果)
Gに対する傷害致死の範囲で責任を認める。その首謀者はHであり,
被告Aはパイプ役だった。被告AがHに協力せざるを得なかったのは,
Hから,被告Aが風俗店の経営に関わっていることを勤務先である消
防庁に告げ口すると脅されたからである。また,刑事第一審でHのこ
とを話さなかったのは,Hのことを話すと自分が共犯になってしまう
と考えたからである。
平成11年5月3日,Hから,Hの風俗店で働いている女性として
Gを紹介された。同年6月にHが病院に入院していた時,被告Aは,
見舞いに来たGと会った。同年7月12日,被告Aが花水樹の事務所
に行ったところ,そこに,Hから届けられたスタンガンなどが入った
段ボール箱が置かれていた。刑事控訴審では,その中にバタフライナ
イフがあったと供述したが,実際は鉄のかたまりが見えただけで,そ
れがバタフライナイフだったかどうかは分からない。同年10月5日,
喫茶店aに,I,J,被告Bらと集まり,被告AがIと被告Bに対し,
Hが言った強姦やビデオ撮影ができないかな,本当にY計画できるの
かと言ったが,Gに直接危害を加えるという言葉は使わなかった。同
月18日の夜,横浜でHと会った時,Hから,その日桶川に陣頭指揮
を執りにいっていたこと,Lのグループが桶川駅周辺で拉致監禁等を
計画し,Iと被告BらがGの自宅周辺だったと聞いた。Lのグループ
による拉致監禁し強姦するという計画は同月26日まで続いていた。
同月26日,Iから連絡をもらった後,公衆電話でHに電話をしたこ
とはない。Hの方からKの携帯電話に電話がかかってきて,金を持っ
て赤羽に来るように指示されたので,赤羽の駐車場でHに会った。H
は,Iらが実際に拉致監禁などを実行するか確かめるために,桶川に
見にいったと言っていた。
(イ)しかしながら,上記(ア)の被告Aの供述は,刑事第一審の段階では,
中傷文書送付行為への関与を否認し,Gの殺害はもちろん,強姦等の危
害を加えることについての関与も否認していたのに対し,刑事控訴審に
移行すると,中傷文書送付行為への関与及びGに対し強姦等の危害を加
えることについての共謀に加わったことを認め,Gの死亡につき傷害致
死の範囲で責任を認めた点で大きく変更されたほか,細部においても多
数の変遷があることを看取することができる。
また,同供述は,全体として,上記(1)のアの各事実の認定に供した
I,J,被告Bらの供述と著しく齟齬するのみならず,以下のとおり,
客観的な証拠関係(乙A第46号証添付の電話による通話の記録,以下
「本件通話記録」という。)と整合しない点も存在するものである。
すなわち,①被告AがIや被告Bに対しGの拉致監禁,強姦等を依頼
した平成11年10月16日(上記(1)のアの(キ))について,被告A
の供述では,昼前からIとKが被告Aの自宅に来ており,被告A自身も
午後7時ころまでは自宅にいたとされている(上記(ア)のb)が,本件
通話記録によれば,同日午後4時56分に,被告Aがその携帯電話(0
90-〔以下省略〕番のもので,被告AがこのころIに預けていたと供
述する携帯電話(上記(ア)のb)とは異なるものである。)で,自宅に
電話をかけ,2分以上通話していることが認められることからすれば,
この時刻に被告Aが自宅にいたものとは考え難い。②Gの拉致に失敗し
たことを被告Aに報告した被告Bが,被告Aから怒られた同月18日の
夜(上記(1)のアの(キ))について,被告Aの供述では,当日は横浜に
行っており,同日夜,横浜でHと会ったとされている(上記(ア)のc)
が,本件通話記録によれば,Hは,同日午後3時ころまで神奈川県内に
いたものの,午後7時ころにはすでに沖縄県内に戻っていたものと認め
られるから,同日の夜に被告Aが横浜でHと会ったものとは認められな
い。③被告Aの供述では,本件刺突行為が敢行された同月26日の午後
3時ころ,Hが赤羽にいたとされている(上記(ア)のc,d)が,本件
通話記録によれば,同日午後1時過ぎころから午後9時過ぎころまでの
Hの携帯電話の受信地及び発信地が沖縄エリアとなっていることは明ら
かであるから,午後3時ころにHが赤羽にいたということはあり得ない。
④さらに,被告Aの供述では,同日,午後1時ころ,Iの携帯電話(電
話番号の末尾が119のもの。)から被告Aの携帯電話に多数回の電話
があり,留守番電話機能の件数を超えてしまったとされている(上記
(ア)のb)が,本件通話記録によれば,同日午後0時から2時までの間
に,Iが使用していた携帯電話(090-〔省略〕-3119番)から
被告Aの携帯電話に電話があったのは,午後1時05分の1回のみであ
る(なお,通話先の携帯電話で留守番電話機能が働いて応答がなされれ
ば,その時点で,その通話が記録に残るはずである。)。
イ上記(2)のアの認定に関連する供述
(ア)甲第30,第80号証,乙A第12,第15,第16号証,被告A
本人尋問の結果によれば,この点に関する被告Aの供述の大要は,以下
のとおりである。
a被告Aは,平成11年10月14日は,終日埼玉県内にいた。同日
午後,浦和市(現さいたま市)南浦和所在の「d」という喫茶店に行
き,また,夜は飲食店b(埼玉県川口市西川口所在)に赴いて深夜ま
で飲食店bにいた。
b同日,Jとタクシーに乗ったことはない。同年9月上旬,大橋書店
のパーティーに赴く際,被告A,J及び被告Bの3人でタクシーに乗
ったことがあり,この時は,タクシーの助手席に被告B,右後部座席
にJ,左後部座席に被告Aが座った。このタクシーの中で,被告Aは
Jに対し,店の客数の連絡をよろしくお願いしますと頼んだ。
(イ)しかしながら,被告Aの上記供述は,まず,同年10月14日に喫
茶店dを経て飲食店bに赴くまでの行動につき,同日午後,Wと喫茶店
dに行き,夜8時ころ同人と飲食店bに行ったとする供述(平成14年
3月12日付陳述書(甲第30号証))から,午後5時か6時ころWと
喫茶店dに行き,その後,飲食店bのホステスであるVをそのマンショ
ンまで迎えに行って,午後7時ころWと別れ,Vと食事をした後,同人
と同伴して飲食店bに行ったとする供述(平成15年6月27日刑事第
一審被告人質問(乙A第15号証)),さらには,平成11年10月1
4日は昼からVのマンションにおり,夕方前に同人と喫茶店dで夕食を
ともにした後,同人と同伴して飲食店bに行ったとする供述(被告A本
人尋問の結果)に変わり,また,飲食店bを出てから後の行動につき,
飲食店bの閉店までいて,Vのマンションに泊まり,始めて性交渉を持
ったとする供述(平成17年6月9日刑事控訴審被告人質問(甲第80
号証))から,夜12時ころ飲食店bを出て自宅に帰ったとする供述
(被告A本人尋問の結果)に変わるなど,主要な点で変遷が認められ,
また,平成11年9月上旬,大橋書店のパーティーに赴く際,被告A,
J及び被告Bの3人でタクシーに乗ったという点は,被告Bがそのよう
な事実の存在を否定している(甲第29号証の3)。
ウ上記(1)のアの認定(本件死亡事件に至る経緯及びその後の事情)に関
連する被告Aの供述(上記アの(ア))は,同(イ)のとおり,J,被告Bら
の供述と著しく齟齬し,本件通話記録と整合しない点が存在し,かつ,中
傷文書送付行為やGに対する加害行為への関与の有無について大きく変更
されたほか,細部においても多数の変遷が看取されるものであって,そこ
には,それが自己の記憶に基づき真摯になされた供述であることを窺わせ
るような形跡は片鱗もなく,専ら,自己の刑事責任を免れ,またはこれを
軽減させる目的により,虚実を織り交ぜて言い逃れようとする態度に終始
したものといって過言ではない。したがって,これを信用することは到底
できない。
このことは,上記(2)のアの認定(タクシー車内における被告AのJに
対する働きかけ)に関連する被告Aの供述(上記イの(ア))についても同
様であって,同(イ)のとおり,平成11年10月14日の自己の行動に係
る主要な点について変遷が認められる同供述は,これを単なる言い逃れと
評されてもやむを得ないものといわざるを得ず,これを信用することもで
きない。
なお,乙A第12,第46号証によれば,同日午後7時39分に,Wか
ら,被告Aが通常使用していた携帯電話(090-〔以下省略〕番)に架
電があり,その受信地が埼玉エリアであったこと,同日午後10時05分
に,同携帯電話からIの携帯電話に架電があり,その発信地が埼玉エリア
であったことがそれぞれ認められる。しかしながら,南浦和ないし西川口
からJR線を利用して池袋に至るまでの所要時間が20分もかからないこ
とは当裁判所に顕著な事実であり,そうすると,たとえ,同日午後7時3
9分及び午後10時05分に被告Aが南浦和ないし西川口にいたとしても,
同日午後8時過ぎころに池袋に到着し,1時間以上滞在した後,西川口に
戻ることは十分に可能であるから,上記(2)のアの認定が覆るものではな
い。
(4)そこで,上記(1),(2)の各アの事実関係に基づき,被告AがJに対しG
の殺害を依頼したか否かを検討する。
ア上記(1)のアの各認定事実によれば,以下のようにいうことができる。
(ア)被告Aは,平成11年6月14日に原告ら宅でGに会った後,同年
7月ころから,I,J,被告Bらに指示して,Gに対する中傷行為を実
行させたり,原告ら宅の飼犬を殺すことや原告らの自家用車を損壊する
ことを計画させたりしたほか,そのころ,周囲の者に対して,殺して欲
しい奴がいるとか,Gが邪魔だなどと漏らすようになり,その後,同年
8月ころには,Lに対して,成功すれば金を払うと言って,Gを拉致監
禁して強姦することなどを依頼するとともに,Jに対して,Gの指を切
ることなどを相談し,さらに,同年9月末ないし10月初めころには,
Iや被告Bに対し,Gを強姦したり,顔に傷を付けたりすることを依頼
するようになり,かつ,その依頼に基づく実行も試みられたのであるか
ら,このような被告Aの言動の推移に照らし,同年6月ころから10月
ころにかけて,被告AのGに対する害意が確定的なものになっていくと
ともに,その加えようとする害悪の内容もより凶悪なものとなっていっ
たことを認めることができる。
(イ)そして,被告Aは,同年10月20日ころ,喫茶店aで,J及び被
告BとG殺害の役割分担を定めたIから,当該役割分担や,Jがナイフ
を準備したことなどの報告を受けた上,Jら3人に対して,いつやるの,
いつ行くのなどと実行を促していたのであるから,このころ,被告Aが,
Jら3人がGの殺害を企てていることを認識していなかったとは到底考
え難い。
(ウ)また,同年10月26日,JがGを殺害した直後に,被告Aは,上
記3名を呼び寄せた上,特に怒ったりすることもなく,Jに対して10
00万円を与えて,沖縄へ行くよう指示したほか,同夜,実行を手助け
したIに対して,被告Bと分けるよう指示して,約800万円を与えた
のであるから,被告Aが,JによるGの殺害を当然に容認していたもの
と推認することができる。
イ他方,Jは,上記のとおり,同年10月20日ころ,喫茶店aで,被告
B及びIとGの殺害を謀議し,役割分担を定めたところ,この謀議自体,
Jが被告B及びIに呼びかけて行われたものであり,かつ,G殺害の直接
の実行行為(刺突行為)をJが引き受けたものであって,JはGに対し強
固な殺意を有していた(上記5)ものであるが,JとGとの間に個人的な
繋がりや軋轢があったことを認めるに足りる証拠は全くないから,このよ
うにJがGに対する強固な殺意を抱くに至ったのは,その日までに,第三
者からG殺害の依頼や働きかけがあったためであると考えざるを得ない。
しかるところ,上記(2)のアの認定事実によれば,被告AはJに対し,
同月14日ころ,タクシーの車内で,助手席の被告Bにははっきりと聞こ
えない程度の声で,Jの手を握りしめながら,「舎弟からがんがん言われ
て困っている」,「頼めるのはあなたしかいない,他の人はこういうこと
を頼んでもみんなぶるってしまう,ねえ分かるよね」,「本当に頼むから
やってくれ」,「一生に一度のお願い」などと言ったことが認められるの
であるから,その言葉の内容やことさら秘密めかした言い方に照らして,
そのように言った被告Aにとっても,それを聞いたJにとっても,その際
の被告AのJに対する頼み事が,尋常なものではなく,Iや被告Bらには
実行不可能であるため,Jにしか頼めないような特別なものであるという
認識が生じていたことは明白であり,上記のとおり,それまでに,被告A
が,J,I,被告B,Lらに,Gに対する拉致監禁,強姦,手指切断や顔
面への傷害など,それ自体でも極めて凶悪な加害行為を依頼し,その実行
が試みられてもいた経緯をも踏まえれば,それ以上に凶悪な加害行為とし
ての殺害の依頼がなされたこと,そして,Jはこの依頼に基づいて,G殺
害を決意したことは明白であり,同日以降の被告Aの言動もこれを裏付け
るものということができる。
ウなお,上記(1)のアの(キ)のとおり,被告Aは,同月16日にIと被告
Bに対してGの拉致監禁や強姦などを依頼した事実が認められるが,当該
依頼は,拉致監禁や強姦に限定したものではなく,それらを例に挙げて,
何をしてもいいとするものであったことも上記(1)のアの(キ)のとおりで
あるから,当該依頼の事実が,Jに対するG殺害の依頼と矛盾するもので
はない。
また,被告Aが,同月26日に,Iから,JがGを刺したとの報告を受
けた際,「本当に」と少し驚いたように答えたこと,同日,赤羽のカラオ
ケボックスで落ち合ったJ,被告B及びIらに対し,「大変なことになっ
てしまった」と言ったことは上記(1)のアの(ケ)のとおりである。しかし
ながら,「本当に」とか「大変なことになってしまった」等の文言は,全
く予期していない事態が出来したことを意味するものとは限られないので
あり,被告AがJにGの殺害を依頼していたからといって,それが必ず実
行されるとは限らないのであるから,実際に殺害行為が実行されたことを
知った場合に,多少の驚きと動揺を伴って,「本当に」と返答することは
何ら不自然なことではなく,また,Gの死亡が判明したことにより,重大
な刑事責任を問われる立場に陥ったことに改めて思いを致し,そのことを
Jらに確認させる趣旨も含めて「大変なことになってしまった」などと言
うことも十分に考えられるところである。したがって,被告Aの上記発言
や反応も,被告AがGの殺害を依頼したことと矛盾することはない。
このほか,甲第33,第37号証,乙A第8,第12号証によれば,被
告Aは,同年7月ころ,Lに依頼して,H宛てに電話をさせ,原告らの自
家用車を損傷したなどと虚偽の報告をさせたり,同じころ,自らHに対し,
Gの顔に傷を付けたなどという虚偽の報告をしたことが認められ,また,
同年8月ころ,Iに依頼して,上尾警察署の警察官を名乗らせて,Hの母
親である被告D宛てに電話をさせたりしたことも窺われるところ,被告A
は,そのような方法によって,Gに対する加害行為を企図しているHを抑
止しようとしていたのではないかと考えられなくもない。しかしながら,
被告Aのかかる行動は,Gへの加害行為についてのHからの執拗な要求に
対する一時しのぎとして,虚偽の報告でHを納得させようとしたものとも
考えられる上,その時期が同年7月ないし8月ころであることからすれば,
仮にそのころ被告AがHの行動を抑止しようと試みていた事実があったと
しても,同年10月に至ってなお被告AがHの行動を抑止しようとしてい
たとは言い切れず,むしろ,Hが,これらの報告が虚偽であることを知っ
た場合には(なお,乙A第46号証によれば,Hが同月20日に,Gが在
籍する大学に電話をかけていることが認められるところ,そうであれば,
Hが被告Aの報告を鵜呑みにしないで,自らGの安否等を確認していたこ
とも窺われる。),Hが被告Aに対し,さらに強硬にGへの加害等を要求
したことも十分に考えられるから,上記のように,被告Aが同年7,8月
にHに対して虚偽の報告等をした事実があったとしても,それが,同年1
0月に至って,被告AがGの殺害をJに依頼した事実と何ら矛盾すること
はない。
(5)上記(4)のとおり,被告Aが,平成11年10月14日ころ,タクシーの
車内で,Jに対しGの殺害を依頼したことが認められる。そして,Jは,被
告Aの上記依頼によってGの殺害を決意し,被告BやIと共謀してこれを実
行したのであるから,被告Aは,同人らと共謀してGを殺害したものという
べきであり,Gの死亡につき,被告Bと連帯して損害賠償義務を負うことは
明らかである。
7争点6(HがGの死亡につき不法行為責任を負うか否か)について
(1)Jが,被告Aの依頼に基づいて,Gを殺害したことは上記6のとおりで
ある。
しかるところ,原告らは,JによるGの殺害は,被告AがそのHの指示を
受けて,Jに実行させたものであって,Hは,Gの殺害について不法行為責
任を負うと主張するのに対し,被告Cらは,Hが,Gを拉致監禁して強姦し,
その強姦場面をビデオ撮影することを指示したことは認めつつ,HがGの殺
害を指示したことはなく,JによるGの殺害はHの意思に基づくものではな
いと主張するので,被告AのJに対する依頼が,Hの指示に基づくものであ
ったか否かを検討する。
(2)Gの殺害についてのHの指示の有無について
アHの関与を推認させる事情について
(ア)Hからの指示についての被告Aの発言
被告Aが,平成11年7月から10月にかけて,その周囲の者らに対
し,HがGに対する嫌がらせ行為の結果が出ないことに納得していない,
毎日のように電話をかけてきて困っている,Hから文句を言われて疲れ
たなどと漏らしており,同年10月16日に,Iと被告Bに対して,強
姦などを強く依頼した際にも,Hがうるさいんだと述べていたことは,
上記6の(1)のアの(キ)のとおりであり,また,被告Aが,同月14日
に,タクシーの車内で,Jに対し,Gの殺害を依頼した際にも,Hから
がんがん言われて困っていると述べたことは,同(2)のアの(イ)のとお
りであるから,被告Aは,I,J及び被告Bらに対して,中傷行為,強
姦等及び殺害を依頼するに当たって,それらがいずれもHの指示である
ことを表明していたことが認められる。
(イ)本件名誉毀損行為についてのHの関与
Hが,本件名誉毀損行為を,被告Aを通じて,Iらに実行させたこと
は上記4のとおりである。
(ウ)G等に対する加害行為についてのHへの報告
被告Aが,原告ら及びGに対する加害行為を実行した旨の虚偽の報告
をHにしていたことは,上記6の(4)のウのとおりである。
また,被告Aは,Iらに依頼して,原告らの飼犬を殺したり,原告ら
の自家用車を損傷しようとしたときに,その様子をビデオ撮影しようと
したこと,また,I,L,被告BらにGの強姦や傷害を依頼したときに,
併せてその様子をビデオ撮影するよう指示したことは,上記6の(1)の
アの(オ)ないし(キ)のとおりであるところ,これらのビデオ撮影は,そ
の首尾をHに対し報告するためのものであると推認される。
(エ)Hの動機
Hが,平成11年1月ころにGに出会い,交際を始めたものの,同年
3月ころからは,交際を止めようとするGを脅迫して,交際の継続を強
要するようになり,結局,同年6月14日に,Gとの交際を終えるに至
ったことは上記2の(1)のとおりである。
このような,GとHの交際の経緯に鑑みれば,Gとの交際を絶たれた
Hが,その後,Gに逆恨みし,ついにはGを殺害することを企図するよ
うになったとしても不自然ではない。無論,意思に反して交際を終えた
者が,元の交際相手に対して憎しみを抱くことはあっても,それが現実
の殺害行為にまで至ることは希有なことではあるが,ことHに関する限
り,上記(イ)のとおり,現に,Gとその家族に対する執拗な中傷行為や
嫌がらせ行為(本件名誉毀損行為)を実行したほか,Gを拉致監禁して
強姦し,その強姦場面をビデオ撮影することを指示したことは被告Cら
の自認するところであるから,かかる経過の末に,HのGに対する害意
が殺意にまで発展したとしても,何ら異とされるものではない。
他方,被告AとGとの間に,Hとの関係を離れて個人的な繋がりや軋
轢があったことを認めるに足りる証拠は全くなく,本件名誉毀損行為も
Hの指示を受けて,Iらに実行させていたのである(上記(イ))から,
被告Aが,Hの指示の範囲を超えて,Gに対する殺意を抱くことは想定
し難い。
(オ)本件死亡事件前の多数回の通話の存在
被告AからGの殺害を依頼されたJが,平成11年10月20日ころ,
Iと被告BとともにGの殺害を共謀し,同日ころから同月25日の間に,
G殺害の計画を具体化していくとともに,Iがそれを頻繁に被告Aに報
告していたことは,上記6の(1)のアの(ク)のとおりであるところ,乙
A第46号証によれば,上記20日から25日までの間に,Hの携帯電
話と被告Aの携帯電話との間で,同月20日に1回,同月22日に2回,
同月23日に3回,同月24日に5回,同月25日に7回の通話がなさ
れたことが認められる。このように被告AとHとの間で頻回の通話がな
され,かつ,それが同月26日の殺害実行日に近づくにつれて増加して
いっていることに照らせば,被告AからHに対し,JらによるG殺害の
計画の存在,及びその進捗状況が詳しく報告されていたことが推認され
る。
(カ)本件死亡事件後のHの態度
本件死亡事件後,被告Aが,G殺害を実行したJ及びそれに協力した
Iと被告Bに,Hから預かっていた2000万円のうちの残額である約
1800万円の現金を渡したことは上記6の(1)のアの(ケ)のとおりで
あるところ,この現金はそもそもHのものであるから,被告Aが上記の
ような多額の金員の処分を行うについては,当然,Hの指示があったも
のと推認される。
また,本件死亡事件直後に,被告A,J,Iの間で,JがHのいる沖
縄へ行くことが話し合われ,航空便の予約がなされたが,Hが沖縄を出
ることになりそうだからという理由で,それが取りやめになったことも,
上記6の(1)のアの(ケ)のとおりであるところ,この事実によれば,G
の殺害がHと密接に関係するものであることが推認される。
イ上記アの(ア)ないし(カ)のとおり,被告Aは,Iらに対し,G等への中
傷行為や嫌がらせ行為(本件名誉毀損行為)の実行を指示し,強姦を依頼
し,あるいは殺害を依頼するに当たっては,それらがHの指図に基づくも
のであることを表明していたところ,現に本件名誉毀損行為はHの指示で
実行され,また,Hは強姦も指示していたのであるから,Gの殺害につい
ても,同様に,Hの指示があったものと考えるのが合理的であること,被
告Aと異なり,HにはGの殺害を意図してもおかしくない十分な動機があ
ったこと,本件死亡事件前のHと被告Aの通話状況に照らし,Hと被告A
がGの殺害について話し合っていたと推認されること,本件死亡事件後の
Hの態度からは,Hが,JによるGの殺害の結果を容認し,Jらに対しそ
の報酬を与えたものと考えられることに照らせば,被告AによるJに対す
るG殺害の依頼は,そもそもHの指示に基づいてなされたものであると推
認される。
ウこれに対し,被告A本人尋問の結果中には,本件死亡事件後に,Hが,
Gのことを今でも好きだから,好きな女を殺せと指示できるわけがないと
言っていたとの供述部分があるが,被告Aの本件死亡事件に関する一連の
供述が信用し得ないことは上記6の(3)のとおりである上,仮に,Hが被
告Aに対し上記の発言をした事実があったとしても,上記のとおり,Hが
Gの強姦を指示していたことに照らせば,かかるHの発言が同人の真意で
あるとは到底認め難い。
また,甲第33号証によれば,平成12年1月24日ころ,Hが,自分
に対する疑いは全くの冤罪であるとか,Gや原告らの話は狂言であるなど
と記載したメモを遺して,死亡したことが認められるが,上記メモの記載
内容が事実に反するものであることは明らかであって,上記メモの内容は
信用することができない。
(2)上記(1)の認定説示によれば,Hは,その指示によって,被告Aを通じ,
JにGを殺害させたものということができる。
したがって,Hは,不法行為に基づき,被告A及び被告Bと連帯して,G
の死亡に係る損害を賠償すべき責任がある。
8争点7(G及び原告らの損害)について
(1)Hの脅迫,強要行為
HがGに対して行った一連の脅迫や強要の態様,その言動の内容,それに
よってGが受けたであろう恐怖と屈辱の程度を斟酌すれば,このGの精神的
苦痛を慰謝するために必要な慰謝料は300万円が相当というべきである
(Hの単独債務)。
(2)本件名誉毀損行為
本件中傷ビラ,本件中傷カード及び本件中傷文書の記載内容並びにそれら
の文書等が配布された枚数,その配布の態様等を考慮し,それらの中傷行為
によって侵害され,傷つけられたG及び原告Eの社会的評価と名誉感情の程
度を斟酌すれば,本件名誉毀損行為に関する慰謝料の額は,Gについて30
0万円,原告Eについて150万円をもって相当とする(それぞれH,被告
A及び被告Bの不真正連帯債務)。
(3)Gの殺害
アGの慰謝料
Gは,複数人による執拗かつ悪辣な嫌がらせ行為によって長期間にわた
って被害を受け続けた挙句,理不尽かつ残虐な犯行によって突然にその生
を絶たれたものであるところ,かかる凶行により21歳という若さで生命
を奪われ,その後のあらゆる希望と可能性を失ったGの無念さは,筆舌に
尽くし難いというべきであり,これまでに認定説示したGの殺害に至る経
緯,加害者らの共謀の態様,殺害行為の態様をも総合して斟酌すれば,同
人の精神的苦痛を慰謝するための慰謝料の額は2500万円が相当である
と解される(H,被告A及び被告Bの不真正連帯債務)。
イGの逸失利益
Gは,平成11年10月26日当時,21歳の大学2年生であった(上
記第2の1の(1)のア)から,平成14年3月に大学を卒業して,その後
就労することが期待できたと認められる。
そうすると,Gの逸失利益は,平成9年賃金センサスによる産業計・企
業規模計・大卒・全年齢平均の女子労働者の平均年収額448万6700
円を基礎として,稼働期間を23歳時から67歳時まで(2年後から46
年後まで)の44年間,生活費控除率を30パーセントとし,ライプニッ
ツ方式により年5分の中間利息を控除して(ライプニッツ係数は,46年
間の係数17.8800から2年間の係数1.8594を控除した16.0206)算定するの
が相当であり,その額は5031万5738円となる(H,被告A及び被
告Bの不真正連帯債務)。
ウ原告ら固有の慰謝料
Gとともに執拗で陰湿な攻撃を受け続けた末,我が子を奪われた原告ら
の悲嘆と苦痛も察して余りあるものであるところ,かかる原告らの精神的
苦痛を慰謝するための慰謝料の額は,上記アと同様の事実関係及びG本人
の慰謝料額をも斟酌し,それぞれ800万円をもって相当とする(それぞ
れH,被告A及び被告Bの不真正連帯債務)。
エGの葬儀費用
甲第84(枝番を含む。),第85号証によれば,原告らが,Gの葬儀
に関連して120万円を超える費用を支出したことが認められるところ,
Gの死亡と相当な因果関係を有するものとして,原告らそれぞれにつき6
0万円(合計120万円)の損害を認める(それぞれH,被告A及び被告
Bの不真正連帯債務)。
(4)相続関係
上記第2の1の(1)の各事実及び弁論の全趣旨によれば,Gの死亡により,
その両親である原告らが,Gの損害賠償請求権(上記(1),(2),(3)のア,
イ,Hに対し8131万5738円,被告A及び被告Bに対し7831万5
738円)を各2分の1(Hに対し各4065万7869円,被告A及び被
告Bに対し各3915万7869円,但し,Hに対する額のうち3915万
7869円と被告A及び被告Bに対する額の全部は,H,被告A及び被告B
の不真正連帯債務)ずつ相続し,その結果,原告ら固有の損害賠償請求権
(原告Eにつき上記(2),(3)のウ,エ,原告Fにつき(3)のウ,エ)と併せ,
原告Eの損害賠償請求権は,Hに対し5075万7869円,被告A及び被
告Bに対し4925万7869円となり(Hに対する額のうち4925万7
869円と被告A及び被告Bに対する額の全部は,H,被告A及び被告Bの
不真正連帯債務),原告Fの損害賠償請求権は,Hに対し4925万786
9円,被告A及び被告Bに対し4775万7869円となった(Hに対する
額のうち4775万7869円と被告A及び被告Bに対する額の全部は,H,
被告A及び被告Bの不真正連帯債務)こと,Hの死亡により,その両親であ
る被告C及び被告Dが,上記Hの原告らに対する損害賠償債務を各2分の1
ずつ(原告Eに対し2537万8934円,原告Fに対し2462万893
4円,但し,原告Eに対する額のうち2462万8934円と,原告Fに対
する額のうち2387万8934円は,被告C又は被告Dと被告A及び被告
Bの不真正連帯債務)相続したことが認められる。
(5)弁護士費用
上記(1)ないし(4)に基づく原告らの被告らに対する損害賠償請求権の額な
どを考慮して,原告E及び原告Fの弁護士費用として,Hの不法行為と因果
関係を有する額としてそれぞれ290万円,被告A及び被告Bの不法行為と
因果関係を有する額としてそれぞれ275万円(相続により被告C及び被告
Dに対する額はそれぞれ145万円ずつ,但し,このうち137万5000
円ずつは被告C又は被告Dと被告A及び被告Bの不真正連帯債務)を認める。
(6)遅延損害金
遅延損害金は,原告らの請求に係る限度に従い,弁護士費用を除く額につ
き,それぞれ訴状送達の日の翌日(不法行為後の日,被告A及び被告Bにつ
き平成12年11月5日,被告C及び被告Dにつき同月3日)から支払済み
まで民法所定の年5分の割合によって認める。
9以上によれば,原告らの請求は,主文第1ないし第4項掲記の限度で理由が
あり,その余は理由がない。
よって,訴訟費用の負担について民事訴訟法64条本文,65条1項本文,
61条を,仮執行宣言につき同法259条1項をそれぞれ適用して主文のとお
り判決する。
さいたま地方裁判所第1民事部
裁判長裁判官石原直樹
裁判官近藤昌昭
裁判官足立拓人

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