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平成27年12月24日判決言渡
平成27年(ネ)第10046号損害賠償等請求控訴事件
(原審東京地方裁判所平成24年(ワ)第33981号)
口頭弁論終結日平成27年9月29日
判決
控訴人(一審原告)株式会社読売新聞東京本社
訴訟代理人弁護士南賢一
細野敦
大賀朋貴
紺田哲司
藤浩太郎
桑田寛史
復代理人弁護士髙木楓子
被控訴人(一審被告)Y
訴訟代理人弁護士吉峯康博
高橋拓也
大井倫太郎
大河原啓充
中村栄治
朴鐘賢
吉峯真毅
吉峯裕毅
主文
1本件控訴を棄却する。
2控訴人の当審における予備的請求をいずれも棄却する。
3当審における訴訟費用は,すべて控訴人の負担とする。
事実及び理由
用語の略称及び略称の意味は,本判決で付するもののほか,原判決に従い,原判決で付され
た略称に「原告」とあるのを「控訴人」に,「被告」とあるのを「被控訴人」と読み替え,適宜
これに準じる。
第1控訴の趣旨
1原判決中控訴人敗訴部分について
(1)原判決主文第4項中,不正競争防止法違反に基づく請求,所有権に基づく
引渡請求及び不法行為に基づく損害賠償請求を棄却した部分を取り消す。
(2)不正競争防止法違反に基づく請求について
ア被控訴人は,原判決別紙第一目録記載の各原稿に記載された情報の全部
又は一部を使用し,又は第三者をして使用させてはならない。
イ被控訴人は,原判決別紙第一目録記載の各原稿に記載された情報の全部
又は一部を,第三者に開示してはならない。
ウ被控訴人は,①原判決別紙第一目録記載の各原稿,②同原稿に記載され
た情報の全部又は一部を記録したフロッピーディスク又はコンピュータファイル等
の磁気媒体,③同原稿の全部又は一部を印字した紙媒体,及び④同原稿の全部又は
一部を記録した磁気媒体又は紙媒体ではない媒体を廃棄せよ。
(3)所有権に基づく引渡請求について
被控訴人は,控訴人に対し,原判決別紙第二目録記載の各物件を引き渡せ。
(4)不法行為に基づく損害賠償請求について
被控訴人は,控訴人に対し,1070万円及びこれに対する平成22年12月1
4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2当審における予備的請求(不正競争防止法違反〔同法2条1項7号〕に関す
る請求及び不正取得行為を異にする不正競争防止法違反〔同法2条1項4号〕
の請求)
いずれも,上記1(2)と同旨。
3訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人の負担とする。
4仮執行宣言。
第2事案の概要
1事案の要旨
(1)本件請求の要旨
本件は,株式会社読売新聞グループ本社(読売新聞グループ本社)の子会社であ
る控訴人が,読売新聞グループ本社の子会社である株式会社読売巨人軍(巨人軍)
の球団代表等であった被控訴人に対し,長嶋茂雄読売ジャイアンツ終身名誉監督(長
嶋監督)に関連する取材やインタビュー等に係る原稿(長嶋関連原稿)の内容が,
控訴人が著作権を有する著作物であり,かつ,控訴人の営業秘密であるとして,①
著作権に基づき,長嶋関連原稿の一部である本件各原稿(甲48の枝番号に従って,
「本件原稿1」・・・「本件原稿55」)の複製物である原判決別紙第一目録記載の本
件各送信原稿(同目録記載の番号に従い,「本件送信原稿1」・・・「本件送信原稿1
6」)の複製,頒布の差止めと本件各送信原稿及びこれを記録した媒体の廃棄を求め,
②不正競争防止法2条1項4号違反の不正競争に基づき,本件各送信原稿に記載さ
れた情報である本件各情報(原判決別紙第一目録記載の番号に従い「本件情報1」・・・
「本件情報16」)が営業秘密であるとして(本件営業秘密),この使用,開示の差
止めと,本件各送信原稿及びこれを記録した媒体の廃棄を求め(著作権に基づく廃
棄請求と不正競争防止法違反に基づく廃棄請求とは選択的併合),③動産(プリンタ
用紙)の所有権に基づく物権的返還請求権として,本件各原稿を印字した紙媒体で
ある原判決別紙第二目録記載の本件各物件(同目録の記載の番号に従い,「本件物件
1」・・・「本件物件58」)の引渡しを求め,④著作権侵害及び不正競争防止法違反
の不法行為に基づく損害賠償請求として,無形損害1000万円及び弁護士費用1
00万円の合計1100万円並びにこれに対する最終の不法行為の日である平成2
2年12月14日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支
払を求める事案である。
(2)原審の判断
原判決は,①本件各送信原稿が控訴人において著作権を有する著作物であると認
め,本件各送信原稿の複製,頒布の差止めと本件各送信原稿並びにこれらを記録し
た磁気媒体及びこれらを印刷した紙媒体の廃棄を命じる限度で,控訴人の著作権に
基づく請求を認容し,その余の請求を棄却し,②非公知性を欠如するので本件各情
報が営業秘密であるとは認められず,また,本件各情報を被控訴人が不正に取得し
たとも認められないとし,控訴人の不正競争防止法違反(同法2条1項4号)に基
づく請求をすべて棄却し,③本件各物件を被控訴人が占有しているとは認められな
いとし,控訴人の所有権に基づく請求を棄却し,④控訴人に無形損害が生じたとは
認められないとし,弁護士費用30万円と附帯金の支払を命じる限度で,控訴人の
不法行為に基づく損害賠償請求を認容し,その余の請求を棄却した。
これに対し,控訴人のみが控訴をし,原判決の上記②~④の判断に対して不服を
申し立てた。また,控訴人は,当審において,不正競争防止法違反(同法2条1項
7号)に基づく請求と原審において主張したものとは異なる行為を不正取得行為と
する不正競争防止法違反(同法2条1項4号)に基づく請求とをそれぞれ追加した。
したがって,当審における審理の範囲は,[1]不正競争防止法違反(同法2条1項
4号)に基づく請求の当否(原審と当審追加分),[2]不正競争防止法違反(同法2
条1項7号)に基づく請求の当否(当審追加分),[3]所有権に基づく引渡請求の当
否,[4]不法行為に基づく損害賠償請求の当否に限られる。
2前提となる事実
本件の前提となる事実は,次のとおり補正するほかは,原判決の「事実及び理由」
欄の第2(事案の概要)の「2前提となる事実」に記載のとおりである。
①原判決6頁15行目の「株式会社日本経済新聞株式会社」を「株式会社日本
経済新聞社」に改め,同24行目の「甲48の1ないし55」の次に「,111の
1ないし10」を加える。
②原判決7頁17行目の「提出している。」を「作成している。」に改め,同2
1行目の「『7月15日18時14分●秒』」の次に「(●は記憶がないとの趣旨であ
る。以下同じ。)」を加える。
③原判決8頁1行目の「係属している。」を「提起された。」に,同3行目の「原
告読売巨人軍,被告Y」を「第39107号事件原告巨人軍外1名,同被告被控訴
人第39996号事件原告被控訴人,同被告A外2名」にそれぞれ改める。
3当審における争点
当審における争点は,次のとおりである。項番号は原審における争点の番号を引
き継いで付した(原審における争点(1)は,当審では審理の対象外である。)。
(2)原審における不競法違反(同法2条1項4号)の請求について
ア本件各情報の秘密管理性の有無
イ本件各情報の有用性の有無
ウ本件各情報の非公知性の有無
エ平成22年12月における不正取得行為,不正開示行為の有無
オ営業上の利益の侵害のおそれの有無
(3)本件各物件の存否及び占有の有無
(4)不法行為に基づく損害賠償請求の成否
ア違法性及び故意過失の有無
イ損害の発生及び額
(5)当審における不競法違反(同法2条1項7号)の請求について
平成22年12月における不正開示行為の有無
(6)当審における不競法違反(同法2条1項4号)の請求について
平成23年11月における不正取得行為の有無
第3当事者の主張
当事者の主張は,下記1に原審請求に関する当事者の補充主張を,同2に当審請
求に関する当事者の主張を加えるほかは,原判決の「事実及び理由」欄の第3(争
点に関する当事者の主張)に記載のとおりである。ただし,原判決26頁22行目
の「被告は,」の次に「控訴人の運動部長を務めていた平成16年7月当時,記事編
集機から長嶋関連原稿を紙媒体に印刷し,さらに,」を加える。
1原審請求に関する当事者の補充主張
(1)控訴人
ア本件各情報の一体としての営業秘密性(争点(2)イウ)
本件各情報の一部が既に新聞記事や書籍等で公になっていることは否定しないが,
本件各情報は,多数の原稿を時系列,トピックごとに関連付けたり,執筆者(記者)
に応じた仮見出しを付したりするなどして,体系立てて集積,整理されていたもの
であり,複数の情報の総体としての価値があり,予定原稿(最終稿の基礎となる原
稿)であり,また,未公表原稿でもある。本件各情報は,控訴人が,膨大な労力,
時間,費用をかけて集積,整理し得たものであり,控訴人の管理下以外で一般に入
手することのできないものである。
したがって,本件各情報には,非公知性,有用性がある。
イ被控訴人による本件各物件の占有(争点(3))
①本件各物件は,平成19年から平成20年12月にかけて行われた記事編集
機のシステムの変更前の旧モニターから印刷したものであり,控訴人は,直接には,
それがどのようなものであるかを証拠により明らかにできない。しかしながら,本
件各物件の体裁は,上記システム変更前に印刷され保管されていた甲113のよう
な形式となっており,その内容は,それぞれ,甲48の1~55及び甲111の1
~10のとおりである。
②控訴人が,B法務部長(B部長)作成の報告書(甲88,B報告書)を当初
より証拠として提出しなかったのは,本件仮処分執行が違法執行,探索的執行とい
う批判がされることを懸念していたからにすぎない。また,B報告書は,読売新聞
グループ本社や巨人軍の幹部に本件仮処分執行の状況を報告するための配布資料と
して作成されたものであり,手順を踏んで決裁を受けるような性質のものではない。
さらに,B報告書の電磁データが存しないのは,B部長の使用するパソコンを平成
26年1月に更新した際に,陳述書(甲41)のデータは移行したものの,B報告
書のデータは移行しなかったからである。
ウ無形損害の存在(争点(4)イ)
被控訴人による不正取得行為により,控訴人は本件訴訟提起を余儀なくされ,そ
して,原判決が言い渡された結果,控訴人運動部が蓄積していた長嶋関連原稿の電
子データが第三者に漏洩されたとの事実が報道され,公となった(甲117)。この
ことにより,控訴人は,取材した内容が掲載される前に流出するような新聞社であ
るとの認識が世間に広がり,信用が毀損され,又は,信用毀損の危険にさらされて
いる。
これが,控訴人に生じた無形損害である。
(2)被控訴人
ア本件各情報の一体としての営業秘密性(争点(2)イウ)に対して
控訴人運動部の記者は,各自バラバラに記事編集機内にデータを投げ入れていた
だけであり,記事編集機内の原稿は体系立てて集積,整理などはされていない。ま
た,それぞれの記事についても,せいぜい受信日時と送信日時が記録されている程
度である。いずれにせよ,長嶋関連原稿は,既に新聞記事,書籍等で利用され外部
に公表済みのものや,記事として掲載するに耐え得ないなどの無価値な情報であり,
これらを合わせてみたところで無価値であることに変わりはない。
イ被控訴人による本件各物件の占有(争点(3))に対して
①本件各原稿が控訴人の主張するように重要なものであれば,旧モニター使用
時において,紙媒体でも保存しておいてしかるべきであり,その写しを提出できな
いはずはない。
②デジタル・フォレンジックを用いたり,ワックで仮処分執行を行うなど網羅
的探索的に,ありとあらゆる手段を駆使している控訴人が,B報告書に限って,批
判に及び腰になって証拠提出を控えたというのは不自然である。また,控訴人は,
当初,B報告書は上司への報告のために作成したとしており,配布資料として作成
したなどとはしていなかった。さらに,B部長の陳述書(甲41)のデータを新パ
ソコンに移行したにもかかわらず,B報告書のデータだけ移行できなかったという
のは不自然である。
ウ無形損害の存在(争点(4)イ)に対して
控訴人自身が,「原稿漏洩訴訟Y氏に廃棄命令」などとして自社発行の読売新聞
で大々的に原判決の内容を報道している(乙77)。また,控訴人は,原判決前から,
被控訴人が控訴人の保有する大量の未掲載原稿を不正に入手し,海外在住の知人に
漏洩させたと主張する新聞記事を掲載してきたところである(乙78,79)。自ら
先んじて報道しておきながら,他社発行の新聞が同様の内容の報道したら信用毀損
又は信用毀損の危険が発生するなどというのは,荒唐無稽な主張である。
2当審請求に関する当事者の主張
(1)控訴人
ア平成22年12月における不正開示行為(争点(5))
仮に,被控訴人に本件各情報の不正取得行為がないとしても,被控訴人は,C巨
人軍広報部参与(C参与)から送付された本件各送信原稿に含まれる本件各情報が,
控訴人の記事編集機から取得されたものであって営業秘密に該当することを認識し
ており,また,被控訴人が本件各送信原稿の内容をDに漏洩したのは,本件各情報
を用いて執筆をするという不正の利益を図る目的によるものである。
したがって,被控訴人の上記Dへの本件各送信原稿の開示は,本件営業秘密の不
正開示行為(不競法2条1項7号)に該当する。
イ平成23年11月における不正取得行為(争点(6))
被控訴人は,平成23年11月8日,控訴人から業務用に貸与を受けていたヒュ
ーレット・パッカード製デスクトップパソコン(本件デスクトップ型パソコン)に
保存されていた合計4万2497通のメール(OutlookExpress)をMicrosoft
Outlookに移行し,さらに,これをUSBフラッシュメモリ等の外部記録装置にコ
ピーした。このメールの中には,本件各送信原稿を添付した第1のメール~第3の
メール(甲7の1~3)が含まれている(甲105別添資料2№8700~870
2)。そして,平成23年11月8日当時,被控訴人は,巨人軍の取締役を解任され
る可能性を認識していた。
したがって,被控訴人の上記メールの外部媒体へのコピーは,本件営業秘密の不
正取得行為(不競法2条1項4号)である。
(2)被控訴人
ア平成22年12月における不正開示行為(争点(5))に対して
本件各情報は,控訴人の記事編集機から取得されたものではない。
仮に,本件各情報が控訴人の記事編集機から取得されたものであったとしても,
被控訴人はそのことを知らなかった。また,被控訴人は,本件各情報を用いて現に
執筆をしていないし,また,その計画があることを明らかにする証拠もない。そも
そも,被控訴人は,控訴人の取材結果を利用した個人的な執筆活動や書籍出版をし
たことはない。
以上のとおり,被控訴人には,不正の利益を得る目的はないから,不正開示行為
は成立しない。
イ平成23年11月における不正取得行為(争点(6))に対して
被控訴人は,控訴人が主張するような事実には記憶がなく,不知である。
被控訴人は,平成24年6月ころ,自身が保有する電子データを一括して外付け
ハードディスクに移行し,さらに,その全データを当時シンガポールに在住してい
たDのパソコンに保存した。しかるに,シンガポールにおけるアントンピラ命令の
執行の際に,Dのパソコンから控訴人が主張するデータは発見されていない。本件
デスクトップ型パソコンから外部記録装置へのコピーをしたのが被控訴人であるこ
とには,強い疑念がある。
以上のとおり,被控訴人は,第1のメール~第3のメールの移行行為をしていな
いから,本件各送信原稿の不正取得行為はない。
第4当裁判所の判断
当裁判所は,当審において控訴人がるる主張立証するところを踏まえても,控訴
に係る原審請求及び当審請求は,いずれも棄却すべきものと判断する。
その理由は,次のとおりである。
1前提事実
次のとおり補正するほかは,原判決の「事実及び理由」欄の第4(当裁判所の判
断)の1(1)~(18)に記載のとおりである。
①原判決30頁23行目から同31頁1行目までを次のとおり改める。
「1前記第2,2の前提となる事実と証拠(甲1ないし120,乙1ないし79,
原審証人C,原審証人B,原審の被控訴人本人)及び弁論の全趣旨により認め
られる事実は,次のとおりであり,この認定を覆すに足りる的確な証拠はない。」
②原判決34頁16行目の次に次のとおり加える。
「(3)の2平成17年3月13日発行の読売新聞解説部『時代の証言者3』(乙7
1の1)には,川上哲治元読売ジャイアンツ監督(川上元監督)が,『ドジャース
の戦法』という本を参考にし,チームプレーを重視したこと,報道関係者の取材
を制限したことにより『哲のカーテン』と言われたこと,選手を大リーグのドジ
ャースの本拠地であるベロビーチでのキャンプに参加させたことが掲載され,平
成7年2月1日発行のE著『父の背番号は16だった』(乙71の2)には,川
上元監督が,選手を大リーグのドジャースの本拠地であるベロビーチでのキャン
プに参加させたことが掲載され,平成15年8月10日発行の川上哲治著『遺言』
(乙72の2)には,川上元監督が,試合後のミーティングで長嶋監督を人前で
叱ったことから,選手達が,長嶋監督ですら怒られるとの緊張感を持ったことが
掲載され,昭和36年10月29日の報知新聞第1面(乙73の1)には,南海
との日本シリーズが雨天により中止になった際に,川上元監督が,土砂降りの中,
多摩川グラウンドで打撃練習を行わせたことが掲載され,上記『父の背番号は1
6だった』(乙73の2,74の2)には,この練習の際,炭火の上に鉄板を敷い
て,そこで濡れたボールを乾かしたこと,また,川上元監督が,終戦後の一時期
に農業をしていたが,その際,農業のやり方を研究し,堆肥を舐めて堆肥の熟成
度を知ろうとするなど農業に打ち込んだことが掲載されている。これと同旨の内
容の記載が本件送信原稿15(甲46の15)の『川上監督』とする原稿中にあ
る。なお,本件送信原稿15のうち,末尾10行の記載が控訴人の記事編集機の
中にあった原稿に基づいて作成されたものであることを認めるに足りる証拠はな
い。」
③原判決37頁6行目から同8・9行目の「作成した。」までを次のとおり改め
る。
「C参与は,本件各原稿の一部(甲48の37ないし39)のテキストファイル
から適宜の箇所を取り出して,それらを切り貼りし,さらに,多数の文字化けを
修正した上,末尾に10行を加え,『川上監督』と題する本件送信原稿15(甲4
6の15)を作成した。」
④原判決39頁1行目の次に次のとおり加える。
「(8)の2被控訴人は,平成23年11月8日,控訴人から業務用に貸与を受けて
いた本件デスクトップ型パソコンに保存されていたOutlookExpressのメール
(合計4万2497通のメール)をMicrosoftOutlookにインポートし,さら
に,これをバックアップファイル(Outlook.pst)にエクスポートし,このバッ
クアップファイルを外部記録媒体にコピーした。バックアップされたメールの中
には,本件各送信原稿を添付した第1のメール~第3のメール(甲7の1~3)
が含まれていた。〔甲65の1ないし4,89,105〕」
⑤原判決42頁4行目及び同8行目の「の総額」を削る。
⑥原判決43頁17・18行目を次のとおり改める。
「(15)平成25年4月15日,控訴人とDとの間で,前記アントンピラ命令の執
行等に関するシンガポールにおける訴訟について,和解が成立した。〔甲58の
1・2〕」
⑦原判決44頁16行目の「秘密に該当する原稿については,」を「相当期間に
わたって保存すべき原稿は,」に改める。
2原審における不競法違反(同法2条1項4号)の請求について
(1)争点(2)エ(平成22年12月における不正取得行為,不正開示行為の有無)
について
ア検討
控訴人は,平成22年12月11日ないし同月14日に被控訴人がC参与から本
件各送信原稿の送信を受けたことが,本件各情報を不正の手段により取得したもの
であり,同月14日に被控訴人が本件各送信原稿をDに転送したことが本件各情報
を不正に開示したものである旨を主張する。
不競法2条1項4号にいう不正取得行為とは,窃盗,詐欺,強迫その他刑罰法規
違反に該当する行為や社会通念上それと同視し得る程度の違法性が認められる行為
であり,同号の不正開示行為とは,上記の不正取得行為による取得した営業秘密を
第三者に開示する行為である。したがって,被控訴人が本件各情報を上記の意味で
不正取得していなければ,同号の不正競争が成立する余地はない。
そこで,これを前提に本件についてみると,被控訴人が本件各送信原稿を取得し
た経緯は,前記認定のとおり,控訴人から出向中のC参与が,部長の代理として部
の業務を統括する立場にある(甲69)F控訴人運動部筆頭部次長(F次長)から
控訴人記事編集機の操作方法を教わり,C参与が同編集機を操作して同人の業務用
パソコンに本件原稿1~本件原稿55を送信し,C参与においてこれらを加工して
本件各送信原稿とし,これらを被控訴人の業務用パソコンに送信したというもので
ある。そして,C参与の原審証言によれば,C参与は,被控訴人から,特に目的を
告げられず,長嶋関連原稿をメールで送付するよう申し向けられ(原審証人Cの尋
問調書5頁,14頁,40頁参照),そこで,C参与は,F次長に対し,これをその
とおりに告げ,F次長も,このことだけを前提に,C参与が記事編集機から長嶋関
連原稿を取得し,これを被控訴人に渡すことを了承した(原審証人Cの尋問調書7
頁,10頁,41頁参照)というものである。そして,控訴人は,F次長の上記行
為に業務執行範囲を逸脱するところはないとしているのである(平成26年10月
31日付け控訴人原審最終準備書面40頁,控訴理由書19頁参照)。
しかも,被控訴人は,本件各送信原稿が被控訴人に送信された平成22年12月
当時,巨人軍の球団代表等という要職にあり,広報を含む球団業務の全般を統括す
る者であり,そのような立場にある者が長嶋監督に関する情報を取得したとしても
不自然ではない。そして,被控訴人が巨人軍の取締役や球団代表等を解任・解職さ
れたのは,それよりも約1年も後のことであり,その原因は,本件各送信原稿を被
控訴人が取得した後に生じたものである。したがって,平成22年12月当時に被
控訴人が内心の不正な意図を秘して長嶋監督に関する情報を欲したとは想定し難く,
関係各証拠からもそのようなことを推認させるに足りる事情は認められない。結局,
上記C参与の供述に基づいたとしても,被控訴人の欺罔行為も,C参与の欺罔行為
も,F次長の錯誤も認められず,ただ単に,通常の業務の執行過程において被控訴
人が本件各送信原稿を取得したというにすぎない。
イ控訴人の主張に対して
控訴人は,被控訴人には本件各情報を用いて執筆をするなどの自己の利益を図る
目的があった旨を主張する。
しかしながら,控訴人は,本件各送信原稿がDに転送されたことを除いては,平
成22年12月当時に被控訴人に上記図利目的があったことを裏付けるに足りる具
体的な主張立証をしていない。そして,本件各送信原稿がDに転送された際の被控
訴人とDとのやり取りは,前記認定のように,次のとおりのものである。
①第1のメール転送時の被控訴人作成のメール文(平成22年12月14日1
6時14分)
「僕の部下のメモを出させたのです。面白いので君に転送して感想を聞きたいと
思いました。」(甲7の1,8,47)
②第2のメール転送時の被控訴人作成のメール文(同日16時17分)
「これもどうじゃ”!」(甲7の2,47)
③第3のメール転送時の被控訴人作成のメール文(同日16時18分)
「またまたどうじゃ」(甲7の3,47)
④第1のメールに対するD作成の返信メール文(同日21時58分)
「Y代表大変興味深いメモをお送りいただきありがとうございます。つい先
ほど帰宅しメールを拝見したため,まだすべてを読ませていただいたわけではな
いのですが,いくつかおうかがいをさせていただきたく,後ほどお電話にてお話
できますでしょうか?新しい企画には,ついわくわくしてしまいますね。」(甲
8,47)
上記①のメール文を素直に読めば,被控訴人が本件各送信原稿を取得した主たる
目的が,Dに本件各送信原稿を送付するためでないことは一見して明らかであり,
また,被控訴人が,具体的な執筆,出版計画を有していないことも明らかである。
そうであれば,帰宅直後に,本件各送信原稿をいまだ読んでもいない状態で上記④
のメールを返信したDの「新しい企画」なる文言も,さしたる意味もなく,これを
もって被控訴人とDとが具体的な執筆,出版を以前から計画していたと推論するこ
とは困難である。
そして,控訴人は,平成24年10月及び11月にシンガポール高等裁判所のア
ントンピラ命令に基づいて,シンガポール在住のDのパソコン内(メールサーバー
からダウンロードされたメールを含む。)の情報に対して包括的な捜索押収を行った
が,本件各送信原稿は発見されていない(甲57,58の1・2,60の1~4)。
上記命令は,長嶋関連原稿を捜索押収対象に含み,検索キーワードにも「長嶋」「C」
「長嶋語録」等本件各送信原稿を念頭にしたものが多数あったから(甲56の1・
2),本件各送信原稿がDの上記パソコン内に保存されていれば,これが発見され
るものと推測される。また,被控訴人が,本件各送信原稿を転送した平成22年1
2月から平成23年11月に巨人軍の取締役,球団代表等を解任,解職されるまで
の間に,本件各送信原稿に基づいて何らかの執筆,出版活動に取り掛かったことを
認めるに足りる証拠もない。
以上からすると,被控訴人とDの関係など,控訴人のるる主張立証するところに
よっても,被控訴人が,本件各送信原稿をC参与から取得した時点以前に,単独で
又はDと共に本件各送信原稿を利用して執筆,出版するなどして個人的な利益を図
る目的を有していたものとは認められない。
控訴人の上記主張は,採用することができない。
(2)小括
上記(1)によれば,その余の点について判断するまでもなく,控訴人の原審におけ
る不競法違反(同法2条1項4号)の請求は理由がないことが明らかである。
3当審における不競法違反(同法2条1項7号)の請求について(争点(5)〔平
成22年12月における不正開示行為の有無〕)
控訴人は,平成22年12月14日に被控訴人が本件各送信原稿をDに転送した
ことが,本件各情報を不正に開示したものである旨を主張する。
不競法2条1項7号にいう不正開示行為は,営業秘密を適法に取得した場合であ
っても,不正の利益を得る目的又は営業秘密の保有者に損害を加える目的で,その
営業秘密を使用又は開示する行為を不正競争とするものである。
しかるに,上記2のとおり,被控訴人に利益を図る目的があったことを認めるに
足りる証拠はないから,その余の点について判断するまでもなく,控訴人の当審に
おける不競法違反(同法2条1項7号)の請求は,理由がない。第三者への開示が
控訴人の内部規則違反に該当する可能性があるとしても,そのことから直ちに不正
競争法上の図利加害目的があるといえるものではない。控訴人は,被控訴人がDに
他の記事や単行本の執筆の補助をさせたか否かに関して主張立証を重ねるが,この
ことにより上記判示が左右されるものではない。
4当審における不競法違反(同法2条1項4号)の請求について(争点(6)〔平
成23年11月における不正取得行為の有無〕)
控訴人は,平成23年11月8日に被控訴人において本件各送信原稿を添付した
ファイルを外部記憶媒体に記録したことが,本件各情報を不正に取得したものであ
る旨を主張する。本主張は,第一審の争点となった行為とは時期も態様も全く異な
る行為を控訴審において不正競争行為として追加するものであり,時機に後れて提
出された攻撃方法と解する余地もあるが,被控訴人の応訴状況にかんがみて,訴訟
の完結を遅延させるものではないと認められる。
そこで,以下,検討する。
(1)争点(2)ウ(本件各情報の非公知性の有無)について
ア検討
不競法2条6項にいう「公然と知られていない」とは,当該情報が保有者の管理
に置かれており,一般に取得することができないものであることをいうものと解さ
れ,いわゆる公知の事実ではないこと,すなわち,広く一般公衆に知れ渡っていな
いことをいうものではない。本件のように,報道機関において特に着目される著名
人に関し,報道対象になり得るその言動について,報道機関が保有する営業秘密と
して非公知性があるとするには,当該情報が他の報道機関の通常の業務執行過程で
は知られていないとする客観的状況が必要である。
本件各情報が記録されている原稿は,長嶋監督が選手・監督時代を回想した発言
や長嶋監督に対するインタビューを記録した取材メモ(原判決別紙第一目録1~6,
8),オリンピックに関する長嶋監督のインタビューを記録した取材メモ(同14),
王貞治元読売ジャイアンツ監督が選手時代を回想した発言を記録した取材メモ(同
7),テレビプロデューサーの発言を記録した取材メモ(同9),巨人軍広報担当の
発言を記録した取材メモ(同10),打撃という観点から長嶋監督の発言や成績など
を取りまとめた原稿(同11),長嶋監督と大リーグのバリー・ボンズ選手との対談
録(同12),長嶋監督と柔道の井上康生選手との対談録(同13),川上哲治元読
売ジャイアンツ監督(川上元監督)の言動をまとめた原稿(同15)並びに長嶋監
督の記者に対する発言を取り集めた取材メモ(同16)である。
控訴人は,本件各情報それ自体が控訴人の営業秘密である旨の主張をするが,取
材の対象者が,本件各情報について,控訴人に対して何らかの秘匿義務を負ってい
ると認めるに足りる証拠はなく,各対象者が,関係する本件各情報の内容やその取
得過程に関し,広言することを制限をされていたような事情は認められない。また,
本件各情報は,各対象者の奥深いプライバシーに関するような事項はなく,性質上
秘匿とされるものではない。さらに,本件各情報が,控訴人記者のみが知り得たと
する事情についての具体的な主張立証はない。
他方,前記1(2)(原判決引用部分)に認定のとおり,長嶋監督の回想や野球に対
する考え方等についての包括的な記事が,日本経済新聞において31回にわたり「私
の履歴書」として連載され,さらに,これらの記事は「野球は人生そのものだ」と
して単行本化されており,同書籍は,本件各送信原稿の元となっているC参与の取
材メモをC参与が日本経済新聞に提供したことによるものといえる(C尋問調書3
5頁,42頁)。そのほか,前記1(3)(原判決引用部分)及び同(3)の2(当審補正
部分)で認定したとおり,本件送信原稿12や本件送信原稿13の内容の一部は東
京読売新聞に掲載されており,本件送信原稿15の内容の一部は,川上元監督やそ
の身内,読売新聞東京本社が刊行物に記載しているほか,控訴人は,本件送信原稿
15と情報としては同一といえる本件情報37~39に基づいて,平成25年10
月31日に新聞記事を掲載している(甲70。控訴人は不競法違反に基づく差止請
求をしているから,非公知性は事実審口頭弁論終結時まで存することを要する。)。
しかも,本件送信原稿16は,明らかに,試合後のインタビューや記者会見におけ
る長嶋監督の発言などである。このように,本件各送信原稿の中には,現に公知の
事実とまで化している部分が多数存する。そして,控訴人は,本件各情報のどれが
記事として既に利用されているのかを明らかにせず,本件各情報のすべてに非公知
性があると主張する。
以上のような主張立証からすれば,本件各情報は,全体を一括して,公知性を欠
くものと認められる。
したがって,本件各情報が不競法2条6項所定の秘密管理性及び有用性を有する
か否かを検討するまでもなく,同項の非公知性についての立証はないというべきで
ある。
イ控訴人の主張に対し
控訴人は,本件各情報は,体系立てて集積,整理されたものであり,個々の情報
に非公知性がないとしても,全体としては非公知性がある旨を主張する。
しかしながら,本件各情報は,分量的には,反訳に近い特定人との対談録が相当
の部分を占め,長嶋監督の回想に関する発言を記録した部分の分量は限られており,
第三者の視点から見た長嶋監督に関する発言も限られた数であり,「長嶋語録」(本
件送信原稿16)も時系列に並んでいるだけである。したがって,本件各情報は,
質,量の両面からみて,著名人のいわゆる一代記の素材としての包括性・網羅性が
あるとは認められない。また,本件各情報を全体としてみた場合,関連する情報が
1か所に集約されている点で検索の便に資するという一定の利便性を有するのみで
あり,本件各情報が個別の情報を離れて全体として独自の価値を有するものとはい
えない。
しかも,本件各情報の内容は前記認定のとおりであり,記事形式でまとめられた
ものはほとんどないところ,インタビューや対談の際の発言内容がそのままの形で
全部記事になるとも考え難い。また,実際の記事の内容や構成は,紙面の都合によ
ることが想定され,これらが現段階において定まっているとはいえないから,結局,
本件各情報は,単なる素材であって,そのまま記事とできるような原稿であるとは
認められない。
なお,報道各社が著名人■■■■■の準備をしていることは,少なくとも報道業
界においては周知の事項と認められるから(甲98の2),控訴人が■■■■■■■
■■■■■■■■■■の準備をしたことは,本人に対して秘匿すべきであるとして
も,一般的に営業秘密であるとはいえない。
控訴人の上記主張は,採用することができない。
(2)小括
上記(1)によれば,本件各情報は営業秘密とは認められないから,その余の点につ
いて判断するまでもなく,控訴人の当審における不競法違反(同法2条1項4号)
の請求は,理由がないことが明らかである。
5争点(4)(本件各物件の存否及び占有の有無)について
控訴人は,本件各物件を被控訴人が占有しているとして,その引渡しを求める。
控訴人の本請求の根拠は,本件各物件の所有権であるから,本件各物件は,平成1
6年7月に控訴人の記事編集機に接続されたプリンタ内のトレイにあった用紙その
ものでなければならない。加えて,控訴人が本件各物件を被控訴人が占有している
とする根拠は,本件仮処分執行時にそれらの一部が目撃されたとする点だけであり,
主としてB部長の陳述又は供述に基づくものである。控訴人は,その供述等の信用
性を裏付けるとする補強証拠は提出しているものの(ただし,控訴人は,現場でメ
モをとる等したとの主張立証はしていない。),本件各物件が存したこと及びこれを
被控訴人が占有していることを推認させる客観的な裏付け証拠は提出していない
(なお,被控訴人は,被控訴人が控訴人運動部長であった平成16年6月から8月
までの間に,紙媒体に印刷された長嶋関連原稿の少なくとも一部を見ていることを
自認しているが〔被控訴人尋問調書40頁,74頁参照〕,これが本件各物件と同一
のものか否か,また,仮に,本件各物件に含まれるものであるとして,いずれのも
のに該当するのかは不明である。)。
(1)検討
ア控訴人の証拠関係
前記認定のとおり,B部長(ただし,本件仮処分執行当時は部次長)作成の平成
25年3月21日付け陳述書(甲41)には,平成24年5月26日の本件仮処分
執行の際,①被控訴人の机の引出しや机の周辺の段ボール箱の中が調べられていた
ところ,G控訴人法務部主任(G主任)が被控訴人が使っていた机の上に厚さ2~
3センチの束で大型のクリップに挟まれた原稿のモニターを見付けたこと,②B部
長がそれを見たところ,原稿の字詰め,行数表示,見出し,ヘッダー部分の「受信」
「出力」といった表示などは,読売新聞東京本社の記事編集機から印刷した場合の
特有の形式だったこと,③原稿モニターには,「長嶋C1」などの見出しが印刷され
ていたこと,④読売新聞東京本社の記事編集機から直接プリントアウトされた原稿
モニターとすぐに分かったのは,被控訴人のパソコンを調べた結果,被控訴人が長
嶋関連原稿を第三者に送信していることが判明したので,事前に記事編集機に保存
されていた長嶋関連原稿をプリントアウトして原稿モニターの形で確認したためで
あること,⑤原稿モニターの「出力」の部分に「7月15日18時14分●秒」と
印字されていたものがあったこと,⑥原稿モニターの紙の色がくすんでおり,かな
り以前に印刷されたものと分かったこと,⑦原稿モニターの一番上のページに鉛筆
で「88」「89」「90」「91」などの数字が縦に並んで書き込まれており,原稿
の行数計算をしたものと考えられたこと,⑧原稿モニターの中には青い万年筆で線
を引いている箇所もあったこと,との相当に子細にわたる記載内容が認められる。
そして,B部長は,原審において上記に沿う供述をするほか,控訴人は,B部長が
本件仮処分執行当日に同執行状況を上司へ報告するために作成した(証拠説明書の
記載)とする平成24年5月26日付け報告書(甲88,B報告書)を提出し,そ
の中には上記と同旨の記載がある。
イ証拠の評価
ところで,上記②④の記載を総合すれば,B部長が事前に(平成22年12月以
降)見た原稿モニターと細部まで一致する原稿モニターが被控訴人の使用する机の
上にあったものと理解されるところ,控訴人運動部においては,平成20年12月
までには旧モニターから新モニターに変更されているから(甲112,弁論の全趣
旨),B部長が事前に確認したという原稿モニターは新モニターのものとなるはずで
あり,被控訴人が所持していたとする平成16年7月に印刷された原稿モニターが,
細部まで新モニターの形式と一致することは不自然である。しかも,B部長は,見
付けたという原稿が,新モニターのものか旧モニターのものなのかについて陳述書
で触れていない。さらに,引出しや机の周辺のわきにあった段ボールの中の書類の
調査の後に,机の上(他の書類に紛れ込んでいたという状況ではないとする〔原審
B尋問調書4頁,13頁,18頁参照〕。)にあった原稿モニターが見付かっている
こと,被控訴人が控訴人運動部の部長であった平成16年当時に印刷されたとする
紙が,8年程度でくすんでいること,「88」「89」「90」「91」という連番が,
原稿の行を数えたものであれば原稿モニターに5行毎に行番号が振られているとこ
ろと合致しないことなど,事実関係にもやや不自然な点が認められる。したがって,
B部長の陳述又は供述が,現場の状況に関する記憶を,どの程度明瞭かつ正確に反
映するものなのか,判然としない。
また,B報告書(甲88)は,本件仮処分執行の状況を報告するために本件仮処
分執行の日に作成されたとするものであるが,本件各物件に関する記載が半分近く
を占め,他の文書と対比して突出した記載量となっており,不自然である上,同じ
く本件仮処分執行の状況を述べるものでありながら,長嶋関連原稿に一切触れてい
ない別件訴訟のB陳述書(乙31)の記載方法とも整合しない。
仮に,B報告書が,専ら長嶋関連原稿の存在を明らかにすることを目的とした文
書であるならば,訴訟の当初から証拠提出して然るべきところ,実際には,B部長
の証人尋問終了後に提出するに至ったものである。しかも,B報告書のデータを用
いてB部長の陳述書(甲41)を作成して上書をしたので,そのデータを消去して
しまった(乙70〔10頁〕)などという極めて粗雑な扱いは不合理である(なお,
控訴人は,B報告書のデータがない理由について,パソコン交換の際に移行をしな
かったためであるとの主張もしており,一貫していない。)。
結局,B報告書は,その記載内容の不自然さや原データが滅失したとする理由か
らみて,B部長の陳述書及び供述等を裏付けるものとはいえない。
以上からすると,B部長が本当に本件各物件を現認したかは疑問であり,B報告
書,B部長の陳述書及び供述等によっても,被控訴人が本件各物件を占有していた
とは認められず,そのほか,本件各物件の存在及び被控訴人が本件各物件を占有し
ていることを認めるに足りる証拠はない。控訴人は,当審においてB部長の陳述書
(甲110)を提出するが,同陳述書の記載も上記認定判断を左右しない。
(2)控訴人の主張に対して
控訴人は,訴訟の当初にB報告書を提出しなかったのは,本件仮処分執行が違法
執行,探索的執行という批判がされることを懸念していたからにすぎない旨を主張
する。しかしながら,B報告書と同旨の内容のB部長の陳述書(甲41)によって
も,控訴人が主張する懸念は生じるのだから,より直截なB報告書を早期に提出し
ない合理的な理由は見当たらない。
控訴人の上記主張は,採用することができない。
そのほか,控訴人は,被控訴人が巨人軍の内部文書を大量に持ち出している,被
控訴人が控訴人の業務として行われた取材の結果を無断利用して執筆,出版活動を
したことがある旨を累々主張立証するが,本件各物件との関連性を欠いた単なる悪
性格立証では,上記(1)の判断を左右するものではない。
(3)小括
以上によれば,控訴人の所有権に基づく引渡請求は,理由がない。
6争点(4)(不法行為に基づく損害賠償請求の成否)
事案にかんがみて,争点(4)イ(損害の発生及び額)について判断する。
当裁判所は,原判決が認定した弁護士費用30万円とこれに対する附帯金を超え
る損害が控訴人に発生したものとは認められず,控訴人の損害は,原判決の認定す
るところを超えないものと判断する。
その理由は,原判決の「事実及び理由」欄の第4(当裁判所の判断)の9(争点
(4)イ〔不法行為に基づく損害賠償請求につき,原告の損害の有無及びその額〕につ
いて)に記載されたとおりであるから,これを引用する。ただし,原判決58頁2
4行目の「4年」を「5年近く」に改める。
控訴人は,被控訴人が長嶋関連原稿を第三者に流出したことが他社に報道された
ことにより,信用毀損又は信用毀損の危険という損害が生じた旨を主張する。
しかしながら,本件各送信原稿は,非公知性を欠くので控訴人の営業秘密ではな
く,控訴人からの入手方法も違法ではないデータであるから,その複製行為よって
控訴人の著作権が侵害されたとの記事内容で判決が報道された(甲117)として
も,このことにより控訴人のいかなる権利利益が害されたことになるのか,控訴人
の主張からは不明である。この記事からは,著作権侵害の被害者が専ら控訴人であ
るとの印象しか生じないものと認められる。
控訴人の上記主張は,採用することができない。
以上から,その余の点について判断するまでもなく,不法行為に基づく損害賠償
請求が,原判決の認定判断するところを超えるものではないことは明らかである。
第5結論
よって,原判決は相当であって,本件控訴は理由がないから棄却することとし,
当審における新請求は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官
清水節
裁判官
中村恭
裁判官
中武由紀

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