弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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     主          文
1 原判決主文一を次のとおり変更する。
 (1) 控訴人は,被控訴人に対し,金1億円及びこれに対する平成8年6月22日から支払
済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 (2) 被控訴人のその余の請求を棄却する。
2 訴訟費用は,第1,2審を通じてこれを2分し,その1を控訴人の,その余を被控訴人の
各負担とする。
     事          実
第1 当事者の求めた裁判
1 控訴の趣旨
(1) 原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。
(2) 被控訴人の請求を棄却する。
(3) 訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人の負担とする。
2 控訴の趣旨に対する答弁
 本件控訴を棄却する。
第2 事案の概要
 本件は,控訴人に全財産を引き渡して控訴人の活動に参画した被控訴人が,控訴人を
脱退した後,控訴人に対し,主位的請求として,不法行為に基づく損害賠償を求め,予備
的請求として,全財産引渡しの原因となった契約は信託設定契約若しくは消費寄託契約で
あるとして,その終了に基づく財産の返還又は全財産引渡しの原因となった契約の公序良
俗違反による無効,詐欺による取消し若しくは錯誤無効を理由とする不当利得の返還を求
めた事件であり,原判決は,主位的請求を棄却し,予備的請求を認容した(ただし,一部棄
却)。原判決に対しては控訴人のみが控訴を提起しているので,当審における争点は,被
控訴人の予備的請求の当否である。
1 前提となる事実
(1) ヤマギシ会は,昭和28年に山岸巳代蔵が提唱した理想社会の思想に共鳴した人々
が集まって結成され,現在に至っている社会活動体であり,ヤマギシズム社会と称される
理想の幸福社会(無所有共用一体社会)の実現を活動の目的として掲げている。控訴人
は,ヤマギシズム社会を実践する人々を構成員とする権利能力なき社団であり,全国39
箇所,海外7箇所のヤマギシズム社会実顕地(以下「実顕地」という。)の活動主体である。
(争いがない。)
(2) 被控訴人は,控訴人が開催したヤマギシズム特別講習研鑽会(以下「特講」という。)
及びヤマギシズム研鑽学校(以下「研鑽学校」という。)に参加した後,平成元年6月15
日,ヤマギシズム社会A実顕地(以下「A実顕地」という。)にある控訴人の本庁事務所にお
いて,控訴人に対し,参画申込書(乙1),出資明細申込書(乙2)及び誓約書(乙3)に署名
指印して提出し,長男,二女を連れて控訴人に参画すること(控訴人の構成員となること)
を申し込んだ。この参画申込書,出資明細申込書及び誓約書には,以下の記載がある。
(争いがない。)
ア 参画申込書
「 私及び私の家族は,最も正しいヤマギシズム生活を希望致しますので,ヤマギシズム
生活実顕地調正機関に参画申込み致します。」
イ 出資明細申込書
「 私は終生ヤマギシズム生活を希望致しますので,下記の通りいっさいの人財・雑財を出
資いたします。」
   ウ 誓約書
「 私は,此の度,最も正しくヤマギシズム生活を営むため,本調正機関に参画致します。
ついては,左記物件,有形,無形財及び権益の一切を,権利書,証書,添附の上,ヤマギ
シズム生活実顕地調正機関に無条件委任致します。
本財
 身・命・知・能・力・技・実験資料の一切
雑財
 田畑・山林・家・屋敷・不動産の一切
 現金・預金・借入金・有価証券・及び権益・位階・役職・職権等の一切
しかる上は,権利主張・返還要求等,一切申しません。
以後,私は調正機関の公意により行動し,物財は如何様に使用されても結構です。
調正機関の指定する研鑽学校へは何時でも無期限入学致します。」
(3) 被控訴人は,平成元年6月末から7月初めにかけて,控訴人に対し,現金,保険の解
約返戻金,預金通帳,年金手帳,年金証書,不動産権利証,実印等の財産を持参又は振
込みの方法により引き渡し(以下,この財産の引渡行為を「本件出捐行為」という。),控訴
人の参画者(控訴人の構成員)となった。(争いがない。)
(4) 被控訴人から控訴人に引き渡された不動産の売却代金,現金,保険の解約返戻金等
の合計金額から同不動産の売却手数料,固定資産税,譲渡所得税等の税金,被控訴人
の求めにより被控訴人に返還された4030万円等を控除した残額は,2億4815万4052
円である。(争いがない。)
 また,平成元年8月から平成6年12月までの間に控訴人の指定した銀行口座に入金さ
れた被控訴人の年金は,合計で319万3941円である。(甲30の1,被控訴人)
(5) 被控訴人は,平成6年12月14日,控訴人に対し,実顕地での生活から離脱し,控訴
人から脱退することを申し入れ,平成7年初め,控訴人から脱退した。(争いがない。)
(6) 控訴人は,参画者から受け取った財産については,持分権や返還義務を観念すること
はできないとの立場を堅持し,従来,控訴人からの脱退者に対しては,脱退後の当座の生
活に必要な資金を交付したことはあるが,出資割合に応じた清算金の返還はもちろん,参
画者から受領した金員の払戻し,返還は全く行っていない。(争いがない。)
2 争点
(1) 本件出捐行為の法的性質(信託財産返還請求権又は寄託財産返還請求権の有無。
争点1)
ア 被控訴人の主張
(ア) 被控訴人は,控訴人に参画するに際し,控訴人との間で,被控訴人の全財産を引き
渡し,その財産の管理を控訴人に委託する旨の信託設定契約(以下「本件信託契約」とい
う。)を締結した。
 被控訴人の控訴人への参画及び全財産の引渡しは,上下の階級及び権力者がなく,対
立や立場の違いがなく,村人全員が横一列の立場に立ち,個人を縛る統制や罰則もなく,
個人が最大限に尊重され,衣食住の心配もなく,安楽に一生幸福に生活することができる
という一定の目的(信託法1条)のために財産や参画後稼いだ労働の対価(賃金)の財産
管理を委託するものであり,信託法の適用を受ける。
(イ) 被控訴人は,参画前の説明と懸け離れた控訴人の実態に失望し,控訴人から脱退し
たが,これにより控訴人との間の信頼関係は消失して「信託の目的を達することが能わざ
るに至った」(信託法56条)ので,本件信託契約は,被控訴人が控訴人から脱退した時に
終了した。
(ウ) また,控訴人は,受託者の善管注意義務(信託法20条),分別管理義務(同法28
条),帳簿備付義務(同法39条1項),財産目録作成義務(同条2項)を怠り,委託者が帳
簿等の閲覧を請求し,信託事務の処理について説明を求める権利(同法40条2項)を妨
害している。そこで,被控訴人は,債務不履行を理由に,平成9年1月17日の原審口頭弁
論期日において,控訴人に対し,本件信託契約を解除する旨の意思表示をした。
  さらに,本件信託契約において被控訴人は委託者であると同時に受益者であるから,
被控訴人は,委託者が信託利益の全部を享受する場合においては委託者はいつでも信
託を解除できる旨定める信託法57条に基づき,平成9年1月17日の原審口頭弁論期日
において,控訴人に対し,本件信託契約を解除する旨の意思表示をした。
(エ) したがって,被控訴人は,控訴人に対し,本件信託契約に基づき合計2億5134万7
993円(前記前提となる事実(4)のとおり)の信託財産の返還請求権を有する。
(オ) 仮に控訴人と被控訴人との間に信託設定契約がなかったとしても,被控訴人は,上
記2億5134万7993円を控訴人に対して寄託したものとみるべきであるから,被控訴人
は,控訴人に対し,消費寄託契約に基づき上記寄託金の返還請求権を有する。
イ 控訴人の主張
(ア) 被控訴人の主張は,争う。
 被控訴人は,控訴人に財産を信託したのでもなく,寄託したのでもない。
(イ) 控訴人への参画に当たって参画者がする「人財(身・命・知・能・力・技・実験資料の一
切)」及び「雑財(田畑・山林・家・屋敷・不動産の一切と現金・預金・借入金・有価証券及び
権益・位階・役職・職権等の一切)」の「出資」とは,事業を営む資本として金銭その他の財
産,信用,労務等を自己もその構成員となる控訴人に出捐することであり,これにより「雑
財」の所有権は控訴人に移転し,参画者は「雑財」の帰属主体ではなくなり(「無所有」とな
る。),「雑財」は,「出資」した参画者の意向に左右されず,控訴人の公意に従って現在及
び将来の参画者によって「共用」されるべき対象となる。したがって,参画者には,顕在的
にも潜在的にもいわゆる「持分的権利」は観念されず,脱退しても「出資」の返還請求はで
きないものであり,本件出捐行為は「返還義務のない出資」なのである。
(ウ) 被控訴人は,控訴人の一員としてヤマギシズムを実践するために,財産のすべてを
控訴人に譲渡する意思で,これを控訴人に引き渡し,控訴人に参画したものである。した
がって,被控訴人は,参画すれば自らは「無所有」となること,「出資」した財産は将来脱退
することがあっても返還されないことを知っていたのである。
(2) 不当利得返還請求権の有無(争点2)
ア 被控訴人の主張
(ア) 公序良俗違反による無効
 仮に本件出捐行為が控訴人の主張するような「返還義務のない出資」であったとしても,
控訴人は,参画者の法的地位について説明することなく,特講の受講者にマインドコントロ
ールをかけて,自我の喪失に陥れ,それに乗じて参画を迫り,控訴人の用意した文書に署
名をさせたものであるから,そのような「返還義務のない出資」の原因となる参画契約は公
序良俗に反し無効であり,控訴人は,悪意の受益者である。
(イ) 詐欺による取消し
 控訴人の担当者は,被控訴人の全財産をだまし取る意図があるのにないように装い,
「だれの物でもない。」と被控訴人に申し向けて,控訴人に所有権が移転することはない旨
欺罔し,誤信状態のまま参画申込みに追い込まれた被控訴人に対し,参画申込書,出資
明細申込書及び誓約書に署名指印させて,全財産を控訴人に出捐させる「返還義務のな
い出資」をさせた。
 被控訴人は,平成11年10月25日の原審口頭弁論期日において,控訴人に対し,上記
「返還義務のない出資」を取り消す旨の意思表示をした。
(ウ) 錯誤による無効
 「すべてのものは,元来,だれの物でもない。」と考えるというのがヤマギシズムの根本的
な考え方(教義)であるから,そもそも「返還義務のない出資」により控訴人に所有権が移
転する余地はない。被控訴人も,参画申込書,出資明細申込書及び誓約書に署名した
際,「だれの物でもない。」,「無所有」などという抽象的なイメージしか抱いていなかった。
 したがって,仮に「返還義務のない出資」により控訴人に所有権が移転したとすると,被
控訴人はその旨の意識を有していなかったのであるから,意思表示の内容の重要な部分
に錯誤があることになり,上記「返還義務のない出資」の合意は,無効である。
(エ) 信義則違反
 仮に被控訴人が財産の返還請求をすることができないことを知っていたとしても,被控訴
人が控訴人から脱退した理由は,勧誘において標榜されていたことと実態との乖離(殊に
支配・被支配の事実,管理の事実,すべて研鑽により決定するとの事実のうそ等),不実
の事実の告知,重要情報の不開示,特講・研鑽学校における心理操作など社会的相当性
を欠く行為が控訴人の側に存在したためである。このような事情の下では,控訴人が脱退
者である被控訴人との間で財産の清算をしなくてよいという根拠はなく,被控訴人が参画
申込書,出資明細申込書及び誓約書に署名したことのみをもって財産を返還しないこと
は,信義則に反して許されない。
(オ) よって,被控訴人は,控訴人に対し,不当利得返還請求として,2億5134万7993
円(前記前提となる事実(4)のとおり)及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平
成8年6月22日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求め
ることができる。
イ 控訴人の主張
(ア) 被控訴人の主張は,いずれも争う。
 被控訴人が控訴人に参画したことにつき,欺罔や錯誤はない。被控訴人は,ヤマギシズ
ムを十分理解し,脱退しても出資された財産が返還されないことは承知の上で参画したの
である。控訴人の担当者の行為が社会的相当性を欠くとはいえない。
(イ) 控訴人に参画することは,終生ヤマギシズム生活をすることを目的として,実顕地に
身ぐるみ・家族ぐるみ・財産ぐるみで移住することであり,いったん参画すれば,実顕地に
おいては,出資の多寡に関係なく,食べること,着ること,寝ること,職業,慰安,結婚,育
児等衣食住生活一切は自分で心配せず,病気になっても老いて働けなくなっても,安楽に
一生を幸福に生活することができ,死後の憂いもなく,子孫まで安心して生活することがで
きるのである。したがって,控訴人に参画することで,生存の基礎は強固になるのであり,
控訴人への参画は,何ら公序良俗に反するものではない。
第3 証拠
 証拠関係は,本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから,これをこ
こに引用する。
     理          由
1 本件出捐行為に至る経緯等について
 前記前提となる事実に証拠(甲1,2,3の1ないし3,4,5の1ないし3,乙1ないし5,6
の1ないし3,7,19の1ないし4,22,33,35,51ないし53,56,57,60ないし69,7
3,74,84の1ないし3,被控訴人)及び弁論の全趣旨を総合すると,被控訴人が本件出
捐行為をするに至った経緯等について,以下の事実を認めることができる。
(1) 被控訴人の身分関係等
ア 被控訴人(昭和23年9月26日生)は,昭和46年に婚姻し,夫との間には,昭和47年
3月20日に長女,昭和49年9月22日に長男,昭和52年4月22日に二女がそれぞれ生
まれたが,夫は,昭和59年12月12日に胃癌により死亡した。
イ 被控訴人は,夫の死亡後,相続した土地の一部を売却し,その代金でアパートを建て,
その家賃収入で生計を立てていた。
(2) ヤマギシズムと控訴人との関係等
ア ヤマギシ会は,山岸巳代蔵が提唱した理想社会の思想であるヤマギシズムに共鳴し
た人々が集まって結成された社会活動体であり,ヤマギシズム社会と称される「無所有共
用一体社会」の実現を活動の目的として掲げている。
イ ヤマギシズムの目的とするところは,現在及び将来にわたるすべての人々が人間らしく
生きられ,戦争も諍いもなく,物の欠乏や心の貧しさで苦しむ人もいない幸福な社会を実現
することにあるとされ,そのためには「無所有共用一体社会」を実現することが必要である
と説かれている。すなわち,幸福な社会を実現するためには,すべての存在・自他が時間
的・空間的につながっており,一体であると認識し,それを前提として行動することが必要
であるところ,所有の観念は,物が必要な人によって合理的に使用されることを阻み,物の
争奪を理由とした紛争の原因となり,自他が一体となることを妨げるし,また,自分の持っ
ている観念への執着である我執も,人間同士が互いに仲良く生活することを妨げていると
して,この所有の観念と我執をなくすこと,すなわち,「無所有」と「無我執」こそが一体の理
念を実現するために必要であると説き,「無所有」及び「無我執」を実践しようとしている。
ウ 控訴人は,ヤマギシズム社会を実践する人々を構成員とする権利能力なき社団であ
り,全国に39か所,海外に7か所の「ヤマギシズム社会実顕地」と呼ばれる施設,すなわ
ち,実顕地を有しているが,この実顕地は,ヤマギシズム生活を志す人が最も正しくヤマギ
シズム生活をするための場として位置付けられており,「金の要らない仲良い楽しい村」と
も呼ばれている。実顕地には養鶏場,養豚場,牧場,畑などがあり,控訴人の構成員によ
って農産物やその加工品等が生産されている。控訴人の構成員は,原則として,実顕地で
働くとともに実顕地で生活することになっており,その生活に要する一切は控訴人(実顕
地)から支給される仕組みとなっている。この実顕地のうちの最大のものがA実顕地であ
り,ここに控訴人の本庁事務所が置かれている。
エ 控訴人においては,控訴人の一員として新たに加入することを「参画」と呼んでいるが,
控訴人に参画するためには,控訴人の開催する7泊8日の特講を受講し,さらに,2週間
の研鑽学校に入校してこれを終了する必要がある。もっとも,この特講や研鑽学校を終了
して参画を希望しても,控訴人から見て,参画希望が本人の一時的な気分の高揚によるも
ので熟慮が足りないと判断されたり,ヤマギシズムの理解度が足りないと判断される場合
には,参画を認められないこともある。参画を認められた者は,その全財産を「出資」と称し
て控訴人に引き渡し,実顕地に身を寄せて参画者となる。控訴人は,この「出資」をヤマギ
シズムの基本理念である「無所有」の実践の一つであるととらえている。なお,控訴人にお
いては,平成3年2月からは,新たに参画した者がヤマギシズム生活の基本を身に付ける
ために参画者予備寮を設け,ここで3か月ないし6か月生活した後,一般の実顕地での生
活に入る制度を作り,平成5年以降は,参画者予備寮に入寮中に参画を辞退した者に対し
ては,参画時に遡って参画を取り消し,「出資」された財産を原則としてほぼ全額返還する
扱いとなった。
オ 控訴人は,対外的に,実顕地の土地・建物・生産財を所有し,実顕地における農業,食
品加工等の経済活動を行う法的主体として,各地の実顕地に対応した農事組合法人を設
立していて,1審相被告であったヤマギシズム生活A実顕地農事組合法人は,A実顕地の
ほか5か所の実顕地に対応する農事組合法人である。
(3) 被控訴人の特講への参加
ア 被控訴人は,昭和58年ころから,実顕地の生産物を購入する近所のグループを通じ
て,週に1,2度実顕地で生産された牛乳を購入するようになった。
イ 昭和59年春ころ,被控訴人の夫が胃癌のため入院し,被控訴人の看病の甲斐もなく
同年12月に死亡したが,夫が入院したころから長女が非行に走り始め,夫が死亡した後
長女の非行は更に進んだ。
 被控訴人は,長女が非行に走ったのは夫の看病にかまけて子供たちの面倒を十分に見
ることができなかったためではないかと思い悩み,控訴人の特講を受けた経験のあるヤマ
ギシ会の地域会員に相談したところ,その地域会員から,「子供楽園村で農業や土に触れ
ることで子供らしさを取り戻せる。」,「子は群で育つ。」,「子供を親から放すことは,親が子
供から離れて距離をおいて冷静に子供のことを見る機会にもなる。」などと子供らをヤマギ
シズム子供楽園村に参加させることを勧められ,それと同時に,「子育てのことを考えるい
いチャンスになるし,悩みの解決につながる。とにかくあなたのためにいいと思うから行っ
てらっしゃい。」と被控訴人が控訴人の開催する特講に参加することを勧められた。そこ
で,被控訴人は,3人の子供をヤマギシズム子供楽園村に参加させ,自らは特講を受講す
ることにした。
ウ 被控訴人は,昭和60年8月1日から同月8日までの間に開催された控訴人の第113
6回特講に参加した。この特講の内容は,以下のようなものであった。なお,控訴人では,
特講をヤマギシズムの入門過程と位置付け,一度しか参加を認めないが,より進んだ内容
を体得することを目的とする後記の研鑽学校は参加者が納得するまで何回でも入校が可
能とされている。
(ア) 参加人数 150名程度
(イ) 場所   三重県阿山郡以下省略 B特講会場
((省略),バス停から約300メートル,最寄りの民家から約50メートル,JR関西本線C駅
から約1.5キロメートル)
(ウ) 1日のカリキュラム
 午前6時ころ起床
 ただし,起床時間は,前日の就寝時間が遅かった場合には,午前8時ころあるいは午前
10時ころになった。
 午前6時半ころ ラジオ体操,心境調正作業
 班ごとに分かれて,風呂・トイレ・部屋の掃除,洗濯干し,庭の草取りなどの作業を行っ
た。
 午前の研鑽会
 研鑽会は,参加者が三重の輪(班別の場合は,一重の輪)になって内向きに座り,中央
に進行係が座る態勢で行われた。
 午前11時半ころから午後1時ころ 第1回目の食事,昼寝
 午後の研鑽会
 午後五時ころから 入浴,第2回目の食事
 夜の研鑽会
 ただし,内容によっては,終了時刻が翌日の午前4時を過ぎることもあった。
 就寝
 1枚のセミダブルのほどの大きさの敷き布団に2名が一緒に寝た。
(エ) 研鑽会の内容
 第1日目
 自己紹介
 1,2名の世話係が付いた班ごとに分かれて,着替え・洗面用具以外の所持品の預入れ
をした後,自己紹介をした。
 夜 零位研鑽会
 山岸巳代蔵著「ヤマギシズム社会の実態」の「零位よりの理解」の章を読んで,感想を述
べ合った。
 第2日目
 午前 零位研鑽会の続き
 「ヤマギシズム社会の実態」の「宗教にあらず」及び「自己弁明」の章を読んで,意見を述
べ合った。
 午後,夜 怒り研鑽会
 腹が立ったときの実例を参加者が話すと,進行係が「なんで腹が立つのか。」と問い掛
け,参加者が意見を言うと,進行係は,さらに,「それならなんで腹が立つのか。」と繰り返
し問い掛けた。研鑽会は,午前2時過ぎまで続いた。
 第3日目(起床時刻は午前8時30分ころ)
 午前,午後,夜 怒り研鑽会の続き
 夜の研鑽会は,翌日の午前4時過ぎまで続いた。受講者の一人が「自分勝手に腹を立て
ていただけであり,腹を立てる理由はない。」と答えたのをきっかけに,被控訴人も,腹を立
てていた事実と腹を立てた感情は別であると気付き,「もう腹は立ちません。」と答えた。
 第4日目(起床時刻は午前10時ころ)
 午後 一体研鑽会
 衣服のつながり,身体の成り立ち,自分の成り立ち等について話し合った。
 夜 割り切り研鑽会
 翌日の午前2時過ぎまで続いた。進行係が,「特講終了後もこの場所に残れますか。」と
問い掛け,参加者が意見を言うと,「それであなたはここに残れますか。」と繰り返し問い掛
けた。被控訴人が夫の一周忌や子供がいることを理由に「残れない。」と答えると,その度
に進行係は,「それであなたはここに残れますか。」と同じ問いを繰り返した。多くの受講者
が「残れます。」と答える中で,被控訴人は,最後まで「残れます。」とは答えられなかった。
 第5日目(起床時刻は午前8時ころ)
 午前 差別研鑽会
 「ヤマギシズム社会の実態」の「悪平等を押しつけぬ社会」などの章を読み,参加者が差
別と感じた実例を挙げて意見を出し合った。
 午後,夜 所有研鑽会
 進行係が参加者のかばんを示して「このかばんは,だれの物ですか。」と問い掛ける。参
加者が意見を言うと,さらに,「このかばんは,だれの物ですか。」,「いつからあなたの物に
なりましたか。」と繰り返し問い掛け,参加者は,最後には「かばんはだれの物でもない。」
との結論に到達した。
 第6日目
 午前 幸福研鑽会
 「ヤマギシズム社会の実態」の「幸福一色快適社会」などの章を読んで,意見を出し合っ
た。
 午後 資料研鑽会・絵図研鑽会
 「ヤマギシズム社会の実態」を読み,意見を出し合ったり,絵を見て意見を述べ合ったりし
た。
 夜 懇親会(会食と余興)
 第7日目
 午前 資料研鑽会
 午後 会活動研鑽会
 バスでA実顕地に向かい,参観し,参画者と懇談した。
 第8日目
 午前 特講の感想を述べ合った。
 昼ころ 解散
エ 被控訴人は,特講第2日目及び第3日目の怒り研鑽会において,自分を見詰めるとい
う経験をしたと感じ,特講終了後には,悩まずに前向きに生きて自分を変えることにより長
女も変わると考えるようになった。
(4) 被控訴人の研鑽学校への参加
ア 特講を受けた後,被控訴人は,ヤマギシ会の地域活動に熱心に参加するようになった
が,長女は,ヤマギシ会の活動に熱心な被控訴人にかえって反発し,その非行は進むば
かりであった。そこで,被控訴人は,再びヤマギシ会の地域会員に相談したところ,研鑽学
校に参加することを勧められた。被控訴人は,自分の研鑽が足りないから長女が良くなら
ないのではないかと考え,長女の非行を解決する手だてを見付けたいとの思いで研鑽学
校に入校することにした。
イ 被控訴人は,昭和61年11月16日から同月30日までの間,控訴人が開催した第66
5回研鑽学校に参加した。
ウ 研鑽学校の内容は,以下のようなものであった。
(ア) 場所 D実顕地(三重県)
(イ) 1日のカリキュラム
 午前5時ころ 起床
 午前5時過ぎから同6時半ころ 心鏡調正作業
 午前6時半から同7時ころ ラジオ体操
 午前7時ころから同7時半ころ 整理研鑽会
 心鏡調正作業,ラジオ体操について話し合った。
 午前又は午後 研鑽作業
 豚舎清掃,豚移動,養鶏,畑の作業,牛移動等
 午前11時から午後1時ころ 食事,昼寝
 午前又は午後,夜 研鑽会
 研鑽会では,パネルを用いて,以下のテーマについて,参加者が意見を述べて話し合っ
た。
テーマ
 研鑽態度の研鑽,真の人間とその生き方,無我執研鑽,無所有研鑽,一体観と一体生
活,解放研鑽,愛情研鑽,機構と運営,真の幸福と幸福感,絶対的境地の研鑽,公人公器
としての公意行生活,Z革命とヤマギシズム運動諸機関,ゴールインスタート
 午後5時から同7時 入浴,食事
(ウ) 11日目 
 マンツーマン(参加者一人一人が控訴人の参画者にマンツーマンで付いて,実顕地での
作業を共にする。被控訴人は,A実顕地で豚舎での作業をした。)と呼ばれる作業があっ
た。
エ 被控訴人は,研鑽学校終了後,自分が真剣に生きている姿を見せるのが長女を立ち
直らせる最良の方法であると考えるようになったが,長女の非行は改まらず,一人で子育
てをすることに自信を失い,ヤマギシ会に助けてもらいたいとの気持ちで,昭和62年8月1
6日から同月30日までの間,再び研鑽学校(第694回)に入校した。しかし,参画について
は,控訴人から,長女の問題は他人に頼らず自分で立ち向かうように言われ,断られた。
オ その後も,長女は,被控訴人に反発するばかりで非行は修まらず,昭和63年には家
庭裁判所で(省略)を受けた。このため,被控訴人は,親として今やるべきことは何かを知
ろうと考え,平成元年6月1日から同月15日までの間に開催された研鑽学校(第758回)
に三度入校した。
 被控訴人は,この研鑽学校に参加中,参画者らの明るい人柄とその体験談にひかれ,自
分も控訴人に参画して真剣な生き方を子供らに見せることにより子供らも幸せになると考
え,控訴人に参画することを決意した。
(5) 控訴人への参画と全財産の引渡し
ア 3度目の研鑽学校に参加中に控訴人への参画を決意した被控訴人は,研鑽学校終了
日である平成元年6月15日,A実顕地にある控訴人の本庁事務所において,参画申込書
(乙1),出資明細申込書(乙2)及び誓約書(乙3)に署名指印の上,長男及び二女を連れ
て参画することを申し込んだ(これらの書面の記載内容は,前記前提となる事実(2)のとお
りである。)。被控訴人は,長女も連れての参画を望んだが,非行の進んでいた長女を連
れて参画することは控訴人から断られた。
イ 被控訴人は,前記前提となる事実(3)のとおり,平成元年6月末から7月初めにかけて,
控訴人に対し,現金,保険の解約返戻金,預金通帳,年金手帳,年金証書,不動産権利
証,実印等の財産を持参又は振込みの方法により引き渡し,控訴人の参画者となり,A実
顕地で生活を始めた。長男は,ヤマギシズム学園中等部(中学3年)に,二女は,学育舎
(小学6年)に入って生活した。なお,長女は,アパートを借りて一人暮らしを始め,その家
賃は控訴人から送金された。
ウ 被控訴人の不動産(鎌倉市(省略)所在の自宅及びアパートの土地建物)は,その後,
被控訴人の名義のまま,控訴人によって,平成2年1月29日までに合計3億0900万円で
売却された。
 そのころ,長女は,被控訴人に対し,父親から相続した分があるはずだとして300万円を
要求したため,被控訴人が控訴人にそのことを話したところ,控訴人は,上記不動産の売
却代金のうちから300万円と3000万円を長女の名義で定期預金にし,将来長女が必要
なときに渡す旨長女に話すよう被控訴人に申し向けた。
(6) 被控訴人の控訴人からの脱退
ア 被控訴人は,平成元年7月10日,A実顕地の第二次加工部に配置され,同月12日,
食生活部へ配置換えになった。
イ 被控訴人は,平成3年4月,長女が家庭裁判所で(省略)を受け,保護者と共に生活し
なければならなくなったのを契機に,横浜案内所に配置転換をしてもらい,実顕地を離れて
アパートで長女と同居生活を始めた。アパートの家賃1か月15万円と生活費(二十数万
円)は,控訴人から送金された。被控訴人は,横浜案内所で一般の人からの問い合わせに
答えたり,地域会員の活動の手伝いをした。
ウ 長男は,平成4年4月,ヤマギシズム学園高等部3年に進級したが,その前から他の
高等部生にいじめられており,学園を出たいと被控訴人に訴えていた。被控訴人は,長男
が手紙で死にたいとまで言うようになったため,同年8月,学園を辞めさせ,実顕地から被
控訴人のアパートに転居させ,被控訴人,長女及び長男の3人で同居生活を始めた。平成
5年1月,被控訴人は,千葉供給所へ配置換えされた。
エ 二女は,実顕地での生活を嫌がり,そのことを被控訴人の両親に訴えたため,被控訴
人の両親は,二女を実顕地から出そうとして,津家庭裁判所に被控訴人の親権喪失の審
判申立てを行ったが,被控訴人がこれに強く反対したため,審判されないまま,この審判事
件は取下げで終わった。しかし,二女は,中等部3年になって普通高校への入学を希望
し,平成5年3月,都立高校を受験して合格したため,実顕地を離れ,被控訴人らと同居生
活を始めた。このころ,長女は,(省略)を終了したため,藤沢市内のアパートで一人暮らし
をしていた。
オ 千葉供給所に配置された被控訴人は,他の職員との関係がうまくいかず,孤立するよ
うになったことから,次第にヤマギシズムの生活に疑問を持つようになり,控訴人から脱退
することを考えるようになった。そこで,被控訴人は,平成6年12月,控訴人に対し,長女
の分として定期預金された3300万円のほか,長男及び二女の分としてそれぞれ3000万
円合計9300万円を返還してもらって脱退したいと申し出たが(乙56),控訴人からは,長
女の分しか返せないと言われたため,やむなく長女の分だけ返してもらって脱退することに
した。
 控訴人は,平成7年2月6日に3000万円,同月15日に300万円と利息分730万円の
合計1030万円をそれぞれ被控訴人の銀行口座に振込送金をした。
2 争点1について
(1) 被控訴人は,控訴人への財産の引渡しは,信託設定契約又は消費寄託契約に基づく
ものであると主張するので,本件出捐行為の法的性質について判断する。
 前記1で認定した事実によれば,控訴人の活動の拠点ともいうべき実顕地は,控訴人の
構成員が共同で経済活動を行う場であるとともに共同で生活を行う場でもあるということが
できるところ,被控訴人は,控訴人の行う特講及び3回にわたる研鑽学校への参加の後,
控訴人へ参画の申込みをし,本件出捐行為をしたものである。そして,証拠(乙33,35,7
3,74)及び弁論の全趣旨によれば,特講及び研鑽学校では,所有研鑽会等の講習や実
顕地での生活の見学・体験を通して,控訴人がヤマギシズムの基本理念として掲げる「無
所有」の意味が繰り返し参加者に説明されていること,ここでいう「無所有」とはすべての物
はだれの物でもなく万人の利用に供されるべき物であることを意味し,無所有の生活をす
る者は,その前提として,すべての物はだれの物でもないという無所有の意識を実体として
表す必要があり,参画者は参画時に全財産を控訴人に引き渡すことが必要であるとされて
いることが認められる。そうすると,被控訴人も,特講や研鑽学校の講習や見学等を通し
て,控訴人に参画し,実顕地でヤマギシズム生活(無所有共用一体生活)をすることは,自
己が所有する財産を出捐し,物を持たない状態(無所有)で生活することであると理解して
いたものと認めるのが相当である。また,前記前提となる事実(2)のとおり,被控訴人が参
画に際して控訴人に提出した出資明細申込書(乙2)には,「終生ヤマギシズム生活を希望
しますので,下記の通りいつさいの人財・雑財を出資いたします。」との記載があり,誓約
書(乙3)には,「最も正しくヤマギシズム生活を営むため,本調正機関に参画致します。つ
いては,左記物件,有形,無形財,及び権益の一切を,権利書,証書,添附の上,ヤマギ
シズム生活実顕地調正機関に無条件委任致します。」及び「しかる上は,権利主張・返還
要求等,一切申しません。」との記載があるし,参画中,被控訴人が引き渡した財産の処
分,運用又は管理について控訴人に指示をしたり,その財産の現状等について報告を求
めたりした形跡はない。したがって,被控訴人は,参画時において,参画とそれに伴う控訴
人へのすべての財産の引渡しにより,それまで所有していた財産はすべて自分の物でなく
なり,以後その財産について何ら権利を有しなくなるとの認識を有し,控訴人から脱退をし
ても,引き渡した財産の返還を受けることはできないと認識していたものというべきである。
被控訴人が控訴人からの脱退に当たり当初は子供らの分しか財産の返還を求めていなか
ったことは前記1(6)オで認定したとおりであるが,これも,自分の分は返還請求することが
できないと認識していたことによるものと思われる。被控訴人は,その陳述書(甲1)や本人
尋問において,控訴人へ参画した時の認識として,財産の管理を任せた,預けたという意
識であった旨供述しているが,被控訴人は,気持ち・考え方の問題として財産を放す,無所
有になるということであり,少なくとも特講の時には参画というのは実顕地に財産を譲り渡
すことであると理解していた旨の供述もしているのであって,管理を任せた,預けたとの意
識であったとする上記供述は,にわかに信用し難いものといわざるを得ない。
 他方,証拠(乙6の2,7,9の1ないし4,10の1,2,118)及び弁論の全趣旨によれば,
被控訴人らの保険の解約返戻金や被控訴人名義の不動産の売却代金は,参画時に新た
に開設された被控訴人名義の口座にいったん入金された後,直ちに一括して控訴人代表
者名義と解される預金口座に次々と送金され,各実顕地の農事組合法人等への貸付けや
各実顕地への送金資金として用いられていることが認められ,また,控訴人は,参画者か
ら受け取った財産については,持分権や返還義務を観念することはできないとの立場を堅
持し,従来,控訴人からの脱退者に対しては,脱退後の当座の生活に必要な資金を交付
したことはあるが,出資割合に応じた清算金の返還はもちろん,参画者から受領した金員
の払戻しや返還は全く行っていないことは,前記前提となる事実(6)のとおりである。したが
って,控訴人としても,参画者から引き渡された財産を参画者のために運用したり,将来参
画者に返還することは考えていなかったものというべきである。
(2) 上記によれば,参画に際して本件出捐行為の対象となった財産については,被控訴
人及び控訴人のいずれもが将来被控訴人に返還されるものであることを予定していなかっ
たし,控訴人は被控訴人個人のために財産を保管・運用しようとは考えていなかったという
べきであり,そうだとすると,当該財産については,被控訴人が控訴人に信託したとか,あ
るいは寄託したとみることはできないというべきである。
 むしろ,上記によれば,被控訴人の財産は,被控訴人が参画によって控訴人の構成員と
なるに当たり,控訴人の目的とする事業の用に供されるべきものとして控訴人に対して引
き渡されたものであり,その法的性質は,出資明細申込書に「いつさいの人財・雑財を出資
いたします。」と記載されているとおり,控訴人に対する一種の出資とみるのが相当であ
る。そして,この出資(以下「本件出資」という。)は,参画申込書とは別に出資明細申込書
によりされてはいるが,前記のような参画の趣旨にかんがみれば,控訴人への参画と一体
のものとしてされたもので,参画の一内容となるものであり,被控訴人の参画申込みとこれ
に控訴人が応諾することによって成立する「参画契約」ともいうべき契約(以下「本件参画
契約」という。)の要素となっていたものというべきである。
(3) したがって,被控訴人の請求のうち控訴人との間に信託設定契約又は消費寄託契約
があったことを前提とする返還請求は,その余について判断するまでもなく,理由がないも
のというべきである。
3 争点2について
(1) 前記2で判断したとおり,被控訴人から控訴人に対する財産の出捐は,本件参画契約
に基づく控訴人への一種の出資と解すべきところ,出資であれば,脱退によりその原因と
なった法律関係が終了した場合には,通常,出資持分の払戻しなど出資額に応じた何らか
の清算がされるものである(民法681条,商法541条,89条,147条,消費生活協同組
合法21条等参照)。ところが,前記1で認定したところによると,参画の際に出捐される財
産は参画希望者の全財産ということであるから,その種類・金額等は人によって様々であ
ると解され,弁論の全趣旨によれば,出資の多寡は構成員としての地位に何ら影響を与え
るものではなく,構成員はすべて平等の地位を取得することになっているものと認められ
る。これに「無所有」となることがヤマギシズムの基本理念の一つであることも勘案すると,
本件参画契約においては,参画者は,控訴人に出資することによって,控訴人の財産に対
して出資額に応じた持分を取得することはなく,参画者が控訴人から脱退したとしても,そ
れによって出資額に応じた持分の払戻しを請求する権利を有しないものとされているもの
と解される。その意味では,控訴人の主張するように,本件参画契約上の出資は「返還義
務のない出資」ということができるが,かような契約もこれを当然に無効とまでいうことはで
きない。
 被控訴人は,本件出捐行為が「返還義務のない出資」とすると,それは被控訴人が控訴
人からだまされ,錯誤に陥ったことによるものであるとして詐欺による取消し及び錯誤によ
る無効を主張するが,前記1及び2でみたように,被控訴人は,財産を控訴人に引き渡す
に当たり,これによって当該財産が自分の所有でなくなることは認識していたものであり,
被控訴人に錯誤があったということはできないし,そのことにつき控訴人に欺罔行為があっ
たことを認めることもできない。
(2) 被控訴人は,本件出捐行為は控訴人の違法な行為の結果によるものであり,本件出
捐行為が「返還義務のない出資」とすると本件参画契約は公序良俗に違反すると主張する
とともに,参画申込書,出資明細申込書及び誓約書に署名したことのみをもって財産を返
還しないことは信義則に反すると主張する。
 そこで判断するに,前記1で認定したところによると,被控訴人が控訴人の特講や研鑽学
校に参加したのは,長女の非行に悩んだ被控訴人がヤマギシ会の地域会員に相談したと
ころ,同会員から特講や研鑽学校への参加を勧められたことにあるといえる。しかしなが
ら,地域会員の行った勧誘の態様は,いずれも長女の非行に悩む被控訴人からの相談に
対する一つの提案の形でされており,被控訴人の供述(甲1)するところによっても,参加を
強要したり,参加以外に選択の余地がないと考えさせるほど勧誘が執拗であったりした事
実は認められず,勧誘行為自体が社会的相当性を欠くとはいえない。被控訴人は,長女を
非行から立ち直らせたいという母親としての思いから3回も研鑽学校に参加しているとこ
ろ,2度目,3度目の研鑽学校については,1度目の参加によって自ら体験した後に進んで
参加しているのであって,特講や研鑽学校の在り方自体に問題があれば格別,そうでない
限り,違法・不当な勧誘の結果によるものとはいえないことは明らかである。
 また,ヤマギシズムは,「無所有共用一体」の理想社会の実現を目的とし,そのために
「無所有」及び「無我執」を基本理念としており,控訴人は,そのようなヤマギシズムを実践
しようとする人々からなる社団であるところ,ヤマギシズムの上記の基本理念は,これに賛
同する者が賛同している者ら同士の間で実践する限りにおいては,様々な自由や財産権
を保障し,個人の尊重をうたっている我が憲法下の法秩序の下においても,あえて公序良
俗に反するとまでいうことはできない。したがって,特講・研鑽学校への勧誘がヤマギシズ
ムへの理解を求め,これに賛同し,かつ,全財産の出捐を含めて実践をするよう働き掛け
ることを目的としたとしても,その目的のゆえに,そのような勧誘が社会的相当性を欠くとい
うことはできない。
 被控訴人は,特講・研鑽学校のカリキュラムはマインドコントロールの手法を駆使するも
ので,社会的相当性を著しく欠き違法であると主張するところ,証拠(甲1,39,乙51,84
の1ないし3,被控訴人)によれば,特講では,通常,世話係や進行係の間で,参加者の性
格や研鑽会における態度等の情報を収集し,それを基に特講の進め方について綿密な打
ち合わせがされていたこと,被控訴人が参加した特講についても同様であったこと,研鑽
会では,進行係が予定した一定の回答が参加者から出ないときには進行係が声を荒げた
り,厳しい物言いをすることもあったことが認められる。そして,ヤマギシズムの入門過程と
される特講の研鑽会においては,一般社会人がそれまで身に付けていた観念とは異なる
「無所有」や「無我執」というヤマギシズム独特の基本理念を教えるものであり,その方法と
して,上記のように参加者がどのような意見を述べても進行係が同じような問いを繰り返し
て参加者に再考と再回答を迫り,それが数時間にわたって,時には深夜にまで及んだとい
うのであれば,被控訴人を含めそうした思考方法に不慣れな者にとっては,ある程度の混
乱や不安感を覚えたであろうし,周囲の参加者の多くが一定の回答に達したときに自分独
りが取り残されたかのような心理的な負担を感じたこともあったであろうと推認されるところ
である。しかしながら,講習会を運営する側で参加者の性格や研鑽会における態度等の情
報収集をしたり,得られた情報に応じた働き掛けをしたりすることは,講習会を効果的に運
営する手段として,それ自体不相当なものとはいえず,また,研鑽会での進行係の態度に
ついても,被控訴人自身が「割り切り研鑽会」において最後まで「残れます。」とは答えなか
ったことからもうかがえるように,一定の回答をするまで解放せず答えを強要するというほ
どのものではなかったものと推認される。また,特講のカリキュラムの中では,参画や財産
の出捐が直接勧誘された形跡はなく,被控訴人が実際に財産を引き渡しての参画に至っ
たのは特講後に参加した3回の研鑽学校の後であり,それらの間にはそれぞれ1ないし2
年の時の経過があったことからすると,被控訴人が特講の研鑽会で感じた不安や心理的
負担が被控訴人の参画を招来したものということはできない。被控訴人が特講のカリキュ
ラムの詳細は知らされていなかったにしても,少なくとも特講がヤマギシ会が開催するもの
であること,泊まり込みの合宿形態であり,通常は途中で帰ったり,外出したりすることは
性質上予定されていない講習会であることを理解した上で参加しており,実際の特講の会
場も人里離れた場所というわけではない。また,甲1によれば,研鑽会が深夜まで続いた
のは8日間の特講期間中2,3日であったこと,その場合には翌日の起床時間が遅らされ
るなど一応の睡眠時間は確保されており,被控訴人自身は就寝の際すぐに眠りにつけた
こと,特講期間中には,被控訴人が経験した緊張や不安感を覚える研鑽会がある一方で
懇親会のような楽しい行事もあったことなどが認められるのであって,これらのことからす
ると,特講のカリキュラムの厳しさは,合宿形態の講習会を運営する上で通常付随する程
度のものであったものというべきである。したがって,特講のカリキュラムが社会的相当性
を欠く違法なものであると評価することもできないといわざるを得ない。研鑽学校について
も,同様である。
 被控訴人は,参画当時控訴人のマインドコントロール下にあり,正常な判断をすることが
できなかったかのように主張するが,被控訴人は,参画後間もなく実顕地での生活が控訴
人の提唱する「仲良い楽しい村」,「長はいない」といった姿からほど遠く,支配者の強制が
あり,一部の参画者が権力を握ってぜいたくをしていると思うようになって実顕地での生活
に失望するようになったと供述しているのであって,これによれば,被控訴人は,参画して
間もないころ,ヤマギシズムと控訴人,実顕地での生活について相当程度客観的に見るこ
とのできる状態にあったものと認められるから,参画当時,被控訴人が控訴人によって思
考を操作・支配されており,他の考え方を全く受け付けず,疑問を感じる姿勢が失われてい
た状態にあったとまで認めることはできない。
 被控訴人は,控訴人に参画するに際して全財産を控訴人に引き渡しているが,前記1で
認定したところによると,控訴人に参画することによって,以後は生活に要する一切を控訴
人から支給される仕組みとなっているのであるから,ヤマギシズムに賛同してヤマギシズ
ム生活をすることを希望する者にそのことを前提に全財産を控訴人に出捐させることも,そ
れ自体をもって社会的相当性を欠くものということはできない。控訴人を脱退した者に対し
て同人が控訴人への参画に当たって出資した財産が全く返還されなくてよいかどうかは,
これと別個の問題であり,その点については,後に判断するとおりである。
 また,弁論の全趣旨によれば,控訴人は,ヤマギシズムの実践意思を無くした構成員に
対しては,自由に脱退することを認めているものと認められるから,控訴人に参画させるこ
と自体も,不当に個人の自由を奪うものとはいえない。
 以上検討したところによると,本件では,被控訴人の特講・研鑽学校への参加,参画へと
続く一連の過程に関与した控訴人の担当者について,被控訴人が主張する社会的相当性
を欠く違法な行為があったと認めることはできず,参画への勧誘等がその目的・手段・結果
に照らして違法であるとはいえず,したがって,被控訴人に本件出捐行為をさせたこと自体
及びその原因となった本件参画契約自体が公序良俗に違反するということはできないし,
本件出捐行為をさせたことにつき控訴人に社会的相当性を欠く行為があったことを前提と
する被控訴人の信義則違反の主張も,採用することができない。
(3) しかしながら,控訴人に参画する者は全財産を控訴人に「出資」することが必要とされ
ること,その代わり,参画して控訴人の構成員となった者は以後生活に要する一切を控訴
人によって支給されることになっていることは前記1認定のとおりであり,これにヤマギシズ
ムの目的及び基本理念を併せ考慮すると,控訴人に参画する者は,当然のことながら,参
画の時点においては,ヤマギシズムの基本理念に賛同し,終生控訴人の下でヤマギシズ
ム生活を送ることを前提として,自らのためだけに使われるのではなく,他の構成員のため
にも共用され,さらには,控訴人の活動のためにも使用されることを承知の上で全財産を
出資するものということができる。このことは,被控訴人が参画時に提出した参画申込書
(乙1)に「最も正しいヤマギシズム生活を希望致しますので,ヤマギシズム生活実顕地調
正機関に参画を申込み致します。」と,出資明細申込書(乙2)に「終生ヤマギシズム生活
を希望しますので・・・下記の通りいつさいの人財・雑財を出資いたします。」と,誓約書(乙
3)に「最も正しくヤマギシズム生活を営むため,・・・ヤマギシズム生活実顕地調整機関に
無条件委任致します。」とそれぞれ記載されていることからも,明らかである。したがって,
被控訴人がヤマギシズムを実践してヤマギシズム生活を送る意思を喪失して控訴人を脱
退する場合には,出資の上記前提が失われることになり,また,控訴人において被控訴人
の出資した財産がそのままあるいは形を変えて残存しているにもかかわらず,何らの清算
もしないでそのすべてを保有し続けることができるとする実質的理由も失われることにな
る。
 また,控訴人に参画した被控訴人は,本件出資をした時点では,控訴人から脱退するこ
とがあり得ることまでを深く考えていなかったものと思われる。なぜならば,特講や研鑽学
校によってヤマギシズムの何たるかを理解し,これに賛同した者のみが控訴人によって参
画を認められることからすると,被控訴人がヤマギシズムに疑問を抱き,控訴人から脱退
することがあり得ると考えていたとしたら参画を認められなかったと思われるからである。ま
た,前述の出資明細書や誓約書にも,脱退する場合を想定した記載は何らない。誓約書
の前記文言も,脱退した場合のことを記載しているものとは直ちに認め難い。
 さらに,前述のような「無所有」及び「無我執」というヤマギシズムの基本理念は,個人主
義の思想と対立するものであり,これに疑問を抱く者に押し付けることはできないものであ
るところ,控訴人からの脱退の自由が認められているといっても,参画時にそれまで所有し
ていた全財産を控訴人に出資して無所有となった上,参画後の労働の対価までもが出資
の対象となっている構成員にしてみれば,ヤマギシズムに疑問を抱いて控訴人から脱退し
ようとしても,全く財産が返還されないのであれば,無一文で控訴人から出て行かなけれ
ばならず,かくては,控訴人から脱退することは,事実上著しく困難かつ制約されることに
なるものといわなければならない。したがって,本件参画契約についても,それが控訴人か
ら脱退しても参画時に出資した財産について全く返還請求をすることができない趣旨のも
のとすれば,ヤマギシズムを実践する意思を喪失し,控訴人を脱退しようとする被控訴人
に脱退することを断念させ,ヤマギシズムの「無所有共用一体生活」を強制することにもな
りかねず,実顕地における「無所有共用一体生活」が全人格的な思想実践の場であること
をも考慮すると,そのような事態は,思想及び良心の自由を保障している憲法19条及び結
社の自由を保障している憲法21条の趣旨にもとる結果にもなるものといえる。
 これらの諸点を総合考慮すると,本件参画契約のうち被控訴人が控訴人を脱退する場
合にいかなる事情があっても被控訴人の出資した財産を「一切」返還しないとする部分(以
下「不返還約定」という。)は,「一切」返還しないとする点において公序良俗に反するものと
いわなければならない。しかし,前記のとおり,被控訴人の出資した財産は自らのためだけ
に使われるのではなく,他の構成員のためにも共用され,さらには,控訴人の活動のため
にも使用されることを承知の上で出資されたものであり,この出資自体を社会的相当性を
欠くものということができないことは前判示のとおりであるから,不返還約定が当然に全部
公序良俗に反して無効であるとか,出資された財産から被控訴人のために使用され又は
既に被控訴人に返還された金額ないし財産を除いた残り全部を返還すべきであり,そうし
なければ公序良俗に反するとまでいうことはできない。不返還約定がどの範囲で公序良俗
に反するとされ,控訴人が被控訴人に対してどの範囲で財産を返還すべきかは,上に述
べた諸点からの考慮に加え,出資した財産の価額,控訴人に参画していた期間,参画中
に被控訴人が受けた利益の有無・程度,被控訴人の家族状況,年齢及び稼働能力,控訴
人の資産状況等の具体的事情を合わせ考慮して,慎重に判断する必要があるものといわ
なければならない。
 そして,前記前提となる事実及び前記1で認定した事実により認められる諸事情,とりわ
け,被控訴人の出資した財産の価額は税金等や長女の分として返還を受けた4030万円
を除いても約2億5000万円に上ること,被控訴人が控訴人に参画していた期間は約5年
6か月と比較的短いこと,控訴人は被控訴人が実顕地を離れてアパートで子供らと同居し
て生活をするようになった平成3年4月ころから被控訴人が脱退した平成7年1月までの間
被控訴人のためにアパートの家賃1か月15万円のほか毎月二十数万円の生活費その他
の費用を特別に負担していたこと,参画前被控訴人は所有するアパートの収入で生計を
立てていたが,そのアパートも控訴人に出資して既に無く,脱退後被控訴人は下着の訪問
販売によって生計を立てていること,脱退時被控訴人は無収入の長男及び二女と同居して
いたこと,控訴人は被控訴人に相当額を返還してもこれによってその事業活動に支障が生
ずる状態にはないことがうかがわれることを総合考慮すると,被控訴人の脱退に当たり,
控訴人をして既に返還した上記4030万円のほかに更に1億円を返還させるのが相当で
あり,本件参画契約中の不返還約定部分はこの1億円を返還しないとする範囲で公序良
俗に反するものとして無効とするのが相当である。したがって,控訴人は,被控訴人に対
し,1億円を返還すべきである。
4 結論
 以上によれば,被控訴人の控訴人に対する本件請求は,不当利得返還請求として,1億
円とこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな平成8年6月22日か
ら支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由が
あるからこれを認容し,その余は理由がないからこれを棄却すべきである。
 よって,当裁判所の上記判断と一部異なる原判決を変更することとして,主文のとおり判
決する。
    東京高等裁判所第20民事部
       裁 判 長 裁 判 官   石   井   健   吾
       裁     判    官   大   橋        弘
       裁     判    官   植   垣   勝   裕

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◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
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応募方法
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残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
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71期修習生 72期修習生 求人
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ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
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応募方法
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