弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件控訴を棄却する。
     当審における未決勾留日数中一八〇日を原判決の本刑に算入する。
         理    由
 本件控訴の趣意は、弁護人大石隆久の提出にかかる控訴趣意書(控訴趣意書訂正
書を含む。)に記載されているとおりであるから、これを引用し、これに対し当裁
判所は事実の取調を行つたうえ、次のとおり判断する。
 同第二点について。
 所論は、原判決は、被告人の原判示第三および同第四の各所為をいずれも窃盗罪
に問擬しているが、被告人の右各所為は、殺害後三時間ないし八六時間を経過した
後に、死体の存在しない居宅から持ち出しているからもはや甲の占有にあつたもの
とは認めることができない。しかも、被告人が原判示第三および同第四の各財物を
持ち出す際には、他にそれらを所持する者のなかつたことも明らかであるから、占
有離脱物横領罪に該当すると思料されるので、原判決には、法令の解釈適用を誤つ
た違法があるという旨の主張にほかならない。
 しかし、窃盗罪は、不法領得の意思をもつて、他人の事実上の所持を侵し、他人
所有の財物を自己の所持に移すことによつて成立するものである。原判決の認定し
たところによれば、被告人は、昭和三七年一二月初旬より浜松市a町b番地所在の
家屋(原判決挙示の検証調書によると、間口は、九メートル二〇センチ、奥行は、
五メートル六〇センチのトタン葺平屋二戸建一棟の東側である。)を借りて、その
情婦甲と同棲をしているうち、昭和三八年三月三〇日午後六時過頃、前同所におい
て、同女の背後から同女の頸部に寝巻の紐をかけて絞めつけ、窒息死に至らしめて
殺害し(原判示第一の事実)、次いで同日午後八時過頃、同女の死体を普通乗用自
動車に積載して、同所から静岡県浜名郡c村d区地先まで運び、右死体を海岸に投
げ棄てて、これを遺棄し(原判示第二の事実)同日午後九時過頃、再び同棲先に戻
り、同女所有のケース入り真珠金台指輪一個を窃取し(原判示第三の事実)、同年
四月三日午前八時過頃、右同所において、同女所有の腕時計一個、ネツクレス一
個、シリコンクロス一枚および現金二〇〇円を窃取し(原判示第四の事実)たとい
うのであつて、これらの事実は、原判決が掲げている各証拠により十分肯認するこ
とができる。また、原判決挙示の各証拠、とくに、司法警察員作成の検証調書、被
告人の司法警察員に対する昭和三八年四月一二日付、同月一六日付各供述調書およ
び当審の検証調書、当審証人乙、同丙に対する各尋問調書によれば、被告人が借り
受けたとされている前記家屋には、被告人とその情婦甲が居住していただけであ
り、右家屋の玄関硝子戸には、外側から開閉することのできる捻締錠が設けられて
おり、その鍵は二つあつて、被告人と右甲が一つづつを保管していたことが認めら
れる。
 <要旨>そして、人の財物に対する所持の保護は、もとよりその人の死亡により原
則的には、これを終結すべきものであるけれどもその生存から死亡への推移
する過程を単純に外形的にのみ観察し、あらゆる特殊的な事情に眼を覆つて、これ
を一律に決定するようなことは、法律評価上これを慎まなければならない。本件に
おいて、被告人は、甲を殺害し、みずから甲の死を客観的に惹起したのみならず、
さらに、その事実を主観的に認識していたのであるから、刑法第二五四条の占有離
脱物横領罪とは、その法律上の評価を異にし、かつ、被告人の奪取した本件財物
は、右甲が生前起居していた前記家屋の部屋に、同女の占有をあらわす状態のまま
におかれていて、被告人以外の者が外部的にみて、一般的に同女の占有にあるもの
とみられる状況の下にあつたのであるから、社会通念にてらし、被害者たる甲が生
前所持した財物は、その死亡後と奪取との間に四日の時間的経過があるにしてもな
お、継続して所持しているものと解し、これを保護することが、法の目的にかなう
ものといわなければならない。けだし、被害者から、その財物の占有を離脱させた
自己の行為の結果を利用し、該財物を奪取した一連の被告人の行為は、他人たる被
害者の死亡という外部的事実によつて区別されることなく、客観的にも主観的にも
利用意図の媒介により前後不可分の一体をなしているとみるのが相当であるから、
かかる行為全体の刑法上の効果を綜合的に評価し、もつて、被害者の所持を、その
死亡後と奪取との間に四日の時間的経過があるにしても、なお、継続的に保護する
ことが、本件犯罪の特殊な具体的実情に適合し、ひいては、社会通念に合致するも
のというべきである。したがつて、被告人の原判示第三および第四の各所為は、い
ずれも被害者甲の所持する財物を奪取したものとして、窃盗罪を構成するものとい
うべきであつて、原判決には、所論のような違法はないから論旨は理由がない。
 (その余の判決理由は省略する。)
 (裁判長判事 小林健治 判事 遠藤吉彦 判事 吉川由己夫)

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