弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
本件控訴を棄却する。
当審における未決勾留日数中60日を
原判決の刑に算入する。
理由
本件控訴の趣意は,弁護人堀江健太作成の控訴趣意書に,こ
れに対する答弁は,検察官伊藤俊行作成の答弁書に,それぞれ
記載されているとおりであるから,これらを引用する。
1事実誤認の控訴趣意について
論旨は,要するに,被告人は,原判示第1及び第2の殺人
未遂の犯人ではないのに,いずれの事実についても被告人を
犯人と認定して有罪とした原判決には,判決に影響を及ぼす
ことの明らかな事実の誤認がある,というのである。
そこで,検討するに,関係各証拠によれば,被告人が原
判示第1及び第2の殺人未遂の犯人であると認めた原判決
の認定は「争点に対する判断」の項で説示するところも含
めて正当であり,原判決に事実の誤認はない。所論に鑑み,
若干補足して説明する。
(1)原判示第1の殺人未遂について
関係各証拠によれば,本件犯行の約1か月半後の平成1
8年11月15日,被告人が使用していた普通乗用自動車
(以下「被告人車両」という。)の車内から血痕が発見さ
れ,その血痕のDNA型が被害者AのDNA型と一致する
可能性は4兆7000億人に1人の割合であること,被害
者Aは被告人と面識が全くなく,被告人車両に乗ったこと
もないこと,被告人は被告人車両内の血痕につき,車にい
ろいろな人を乗せることもあるし,仕事でよく手を切った
りするので,そういうことで付いたのではないかと思うな
どとあいまいな供述に終始していること,被告人車両は,
本件当時,被告人しか使っていなかったこと,被害者Aは,
被告人がまだ犯人として捜査線上に上っていなかった平成
18年10月24日に犯人は18歳から20代後半位の中
肉中背の若い男と警察官に供述し,たまたま犯人の後ろ姿
を目撃した被害者Aの妹も本件犯行日の翌日である同年9
月29日に犯人は身長170センチメートル位のやせ形の
男と警察官に供述しており,これら犯人の特徴と被告人の
性別,年齢,体格がほぼ一致することなどに照らすと,被
告人車両内から発見された血痕は被害者Aの血痕であり,
犯行時に犯人の身体等に付着した被害者Aの血が被告人車
両内に遺留されたとしか考えられず,以上によれば,被告
人が犯人であることを優に認定できる。所論は,①被告人
使用の軽トラックについては夜明けを待つことなくルミノ
ール反応検査を行っているのに被告人車両については一旦
翌朝まで検証を中断するという異なった取扱いをしており,
被告人車両に対する検証は不自然で適切に行われたとはい
えないし,②鑑定の際,鑑定資料が取り違えられた可能性
があるから,結局,DNA鑑定の結果は信用できない,と
いう。しかし,①については,B警部は,原審公判廷にお
いて,ルミノール反応検査は暗くないと反応が分からない
ところ,被告人車両内の2か所から反応が出たため,更に
付いている可能性を考慮し,自然光,すなわち,太陽の明
かりの中でじっくり肉眼で捜した方が捜しやすいというこ
とと,もし,更に血痕様のものが発見された際,ルミノー
ル溶液等をかけない状態で血痕様のものを採取した方がよ
り好ましいという科捜研担当者等の報告から,対策室に指
揮伺いをして,一旦中断し,日中再開することにした,他
方,軽トラックは,まず目視したが血痕様のものが見当た
らなかったため,次にルミノール反応検査を行うのである
が,日中やるときはブルーシートにより真っ暗にしなけれ
ばならないという作業が伴うので,夜間続けて行っても軽
トラック自体小さく狭いので,立会人の負担をかけずに終
了できると考えて,中断せずにそのまま行った旨供述し,
検証が中断と続行に分かれた理由を極めて合理的に説明し
ており,不自然な点は全く見受けられない。所論は,一旦
中断を決めた以上,まだ検証に着手していなかった軽トラ
ックについても同様に自然光の下で血痕の有無を確認する
というのが合理的な行動だというが,B警部の上記供述に
あるようにルミノール反応検査を容易にできる夜間のうち
に血痕様のものの有無をルミノール反応検査で遂げておこ
うと考えたことは極めて合理的な捜査方法といえるから①
の所論は採り得ない。②については,本件鑑定を行った科
学捜査研究所技術職員Cは,原審公判廷において,日頃か
ら取り違いや勘違いを徹底的になくすことを心がけて鑑定
しているが,本件鑑定では自ら鑑定所見をノートなどに取
って鑑定しており,鑑定資料の取り違えなどは考えられな
いと供述していること,本件鑑定資料は原判決「争点に対
する判断」2(1)ア(イ)に記載されているとおり採取場所
等が記載されたシールや資料番号等によって他の資料と明
確に区別がつくように管理されていたこと,仮に取り違え
があったとすると,本件鑑定資料が持ち込まれたのと同時
期に被害者Aの血が付着した鑑定資料が当該科学捜査研究
所に別に存在していたことになるが,それはあまりに考え
にくく,現にC技術職員もこのときに同時に鑑定の依頼を
受けたことはなかったと供述していることなどに照らし,
②の所論は到底採り得ない。
以上によれば,被告人が本件犯行の犯人であることは,
客観的な証拠からすでに明らかであるが,これに加え,被
告人には,後述のとおり本件犯行に及ぶ動機があり,しか
も,捜査段階において,本件犯行を自白していて,その自
白に任意性及び信用性が認められることに照らすと,その
他弁護人がるる主張する点を考慮検討しても,被告人が原
判示第1の殺人未遂の犯人であると認定した原判決に事実
の誤認はなく,論旨は理由がない。
(2)原判示第2の殺人未遂について
関係各証拠によれば,本件犯行の約10時間後,犯行現
場である被害者Dの自宅から約230メートル離れた地点
で無施錠のまま草地に放置されていた自転車1台(以下
「本件自転車」という。)が発見されたが,その地点は,
被害者Dが降りたバス停から同人の自宅までの帰宅経路上
にあること,被害者Dは,バスを降りて最初の交差点を過
ぎた辺りで後ろから自転車が近づいてくる音を聞き,男が
乗った自転車を見ていること,本件自転車から被告人の指
紋が検出されていることが認められ,これらに,本件犯行
が夜間一人歩きの若い女性に背後から近づき,後頭部等を
刃物で複数回力任せに突き刺すという原判示第1の犯行に
おける被告人の手口と酷似していること,原判示第1の犯
行も本件犯行も約3週間という比較的短い期間内に隣接地
域で起こったもので被告人は各犯行場所から近接した地域
に居住していること,被告人は原判示第1の犯行で盗難自
転車を使用しているが,被告人の指紋が検出された本件自
転車も同じa町で盗まれた自転車であり,被告人は自己の
指紋が検出された本件自転車が上記場所に放置されていた
理由につき不合理な説明に終始していることなどに照らす
と,被告人が本件犯行の犯人であることを強く推認できる。
所論は,①被告人が犯人であるなら本件自転車のハンドル
部からその指紋が検出されるはずなのに,被告人の指紋は
本件自転車の前輪ネック部の1個しか一致していないのは
不自然である,②原判決は,被告人が「移動手段」として
本件自転車を使う目的で盗んだと供述しながら,ゲームセ
ンターでは施錠しなかったと供述するなどその内容は不合
理であると判示するが,被告人は,鍵を忘れたため施錠で
きなかったに過ぎないし,そもそも本件自転車は拾った自
転車であり,さしたる愛着もなかったからすぐに盗まれる
こともないと思い,一旦持ち帰るくらいならとりあえず置
いておこうと考えるのは,むしろ自然である,という。し
かし,①については,採取された本件自転車の前輪ネック
部の1個が被告人の指紋と一致したほかは,他に採取され
た8個の指紋はいずれも対照不能だったというのであるか
ら,本件自転車のハンドル部から被告人の指紋が検出され
なかったことをもって被告人が犯人でないという論拠には
ならない。また,②については,確かに本件自転車を「移
動手段」として使う目的があったとしても,しょせんは拾
ったものだから直ちに鍵を取りに戻るまでの必要性を感じ
ず,ゲームセンター前に鍵のない状態で暫時とめておくこ
とにしたということはあり得ないではなく,原判決が原判
示の理由で被告人のこの供述の内容が不合理であるとした
点は直ちに首肯することはできない。しかし,その点を除
外しても,原判決が正当に指摘するように,被告人は,本
件自転車に被告人の指紋が付いていたことから殺人未遂の
被疑者として取調べを受けていることを認識しながら,捜
査段階で本件自転車を盗まれたことを全く述べていないの
は不自然というほかない。この点は,被告人は,原審公判
廷において,事件とは関係ないと思ったなどと供述してい
るが,到底納得できる説明とはいえず,結局,本件自転車
が盗まれたという被告人の供述は信用できない。
そうすると,被告人が本件犯行の犯人であることが強く
推認されることは前述のとおりであるが,これに加え,関
係各証拠を精査しても被告人が犯人でないことをうかがわ
せる証拠はなく,他方,被告人は,捜査段階において,約
4年間交際していた女性と別れ,孤独感や不遇感を募らせ
ていたところ,恋人がいたり友達がいたりして楽しく遊ん
でいる同年代の人達を見ると不満といら立ちが高まり,彼
らをナイフで刺して大けがをさせたり殺したりすれば,相
手だけでなく家族や恋人など周りの者も苦しみ,自分の気
持ちが晴れると考え,自分よりも非力な一人歩きの同年代
の女性を深夜狙って本件各犯行に及んだ旨自白していたも
のである。被告人は,平成18年9月初めころ,四,五年
間交際を続けてきた女性と別れ,以後付き合う女性がいな
かったことを原審公判廷でも認めており,被告人には本件
各犯行を犯す動機が認められ,本件各犯行が,深夜,被告
人と同年代の一人歩きの女性を狙った通り魔的事件であり,
いきなり背後から近づき,それぞれ刃物で十数か所をめっ
た刺しにして逃走するという態様は,不満やいら立ちを解
消するために同年代の女性を狙って各犯行に及んだという
捜査段階の自白に沿うものであって,被告人の自白は十分
に信用できる。所論は,被告人の自白には任意性も信用性
も認められない,という。しかし,原判決が「争点に対す
る判断」第2の2(2)イ及び同第3の2(2)イで認定・説示
するように,自白に至る経過,取調べ状況,弁護人との接
見状況等,ことに被告人は逮捕前の任意捜査の段階ですで
に自白し,逮捕後の取調べでも警察官のみならず検察官に
対しても自白していること,弁護人と接見しながらも自白
をほぼ維持していたことに照らすと被告人の自白には任意
性が認められ,上記の点に加え,原判決が「争点に対する
判断」第2の2(2)ア及び同第3の2(2)アで認定・説示す
るように自白の信用性も認められる。
以上によれば,被告人が本件犯行の犯人であることは,
優に認定できるのであって,その他弁護人がるる主張する
点を考慮検討しても,被告人が原判示第2の殺人未遂の犯
人であると認定した原判決に事実の誤認はなく,論旨は理
由がない。
2量刑不当の控訴趣意について
論旨は,要するに,被告人を懲役18年に処した原判決の
量刑は重すぎて不当である,というのである。
そこで,検討するに,本件は,被告人が,別の機会に女性
2人を殺害しようとしてそれぞれ刃物で突き刺したが,いず
れも傷害を負わせたにとどまり殺害の目的を遂げなかったと
いう殺人未遂2件の事案である。
所論は,仮に被告人が有罪だとしても本件はあくまで未遂
罪にとどまるのに,原判決は,あたかも殺人既遂罪2件のよ
うな重い量刑をしている,という。しかし,原判示第1の被
害者は入院加療約12日間,原判示第2の被害者は入院加療
約6週間のいずれも重傷を負っており,しかも,原判決が
「量刑の理由」で述べるように被害者らは傷がほんのわずか
でも深かったりずれていたら死亡していたというのであり,
未遂にとどまったとはいえ被害者らが死亡する危険性は極め
て高かったものである。加えて,本件は,交際相手と別れ,
孤独感や不遇感を募らせた被告人が不満やいら立ちを解消す
るために敢行したもので,身勝手かつ理不尽な動機に酌むべ
き事情は全くなく,深夜一人歩きの女性を狙ってその後を付
け,自転車で被害者を押し倒した上で,あるいは,背後から
近づき,いきなり所携の刃物で被害者らの後頭部や背部等を
力任せに十数回も突き刺しており,強固な殺意に基づいた執
ようかつ凶悪な犯行態様である。そして,被告人は,約3週
間の間に2度にわたって殺人未遂を犯している上,原審公判
廷において,事実を否認し,不自然不合理な弁解に終始して
おり,もとより被害者らに対する慰謝の措置は全く行ってい
ない。さらに,被告人は,平成13年9月に強制わいせつ罪
により懲役1年,3年間執行猶予に処せられた前科がある。
以上のような本件の動機,態様,結果,被告人の応訴態度に
加え,本件が夜間一人歩きの女性を狙った通り魔的犯行2件
であり,被害者ら及びその家族らはもとより地域社会に与え
た衝撃や不安は極めて大きいことなどを総合考慮すると本件
の犯情は相当に悪く,殺人既遂に至っていないとしても被告
人の刑事責任は極めて重いというべきである。所論は採り得
ない。
そうすると,被告人は,捜査段階で各犯行を認めていたこ
と,幸いにして殺人はいずれも未遂にとどまったこと,被告
人に服役前科はないことなど被告人のために酌むことのでき
る諸事情を十分に考慮しても,被告人を懲役18年に処した
原判決の量刑は,まことにやむを得ないところであって,こ
れが重すぎて不当であるとはいえない。論旨は理由がない。
よって,刑訴法396条により本件控訴を棄却することとし,
当審における未決勾留日数の算入につき刑法21条を適用して,
主文のとおり判決する。
平成20年3月13日
札幌高等裁判所刑事部
裁判長裁判官矢村宏
裁判官市川太志
裁判官水野将徳

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