弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人諌山博の上告理由第一点ないし第四点について。
 論旨は、要するに、被上告会社の就業規則(以下たんに就業規則という)八条所
定の所持品検査には靴の中の検査が含まれるとして、上告人が所持品検査にあたり
脱靴を拒否したことが就業規則の右条項に違反し、五七条、五八条の懲戒解雇事由
に該当するとした原審の判断が、これら就業規則条項の解釈適用を誤り、憲法一一
条ないし一三条、三一条、三五条に違反するものである、という。
 おもうに、使用者がその企業の従業員に対して金品の不正隠匿の摘発・防止のた
めに行なう、いわゆる所持品検査は、被検査者の基本的人権に関する問題であつて、
その性質上つねに人権侵害のおそれを伴うものであるから、たとえ、それが企業の
経営・維持にとつて必要かつ効果的な措置であり、他の同種の企業において多く行
なわれるところであるとしても、また、それが労働基準法所定の手続を経て作成・
変更された就業規則の条項に基づいて行なわれ、これについて従業員組合または当
該職場従業員の過半数の同意があるとしても、そのことの故をもつて、当然に適法
視されうるものではない。問題は、その検査の方法ないし程度であつて、所持品検
査は、これを必要とする合理的理由に基づいて、一般的に妥当を方法と程度で、し
かも制度として、職場従業員に対して画一的に実施されるものでなければならない。
そして、このようなものとしての所持品検査が、就業規則その他、明示の根拠に基
づいて行なわれるときは、他にそれに代わるべき措置をとりうる余地が絶無でない
としても、従業員は、個別的な場合にその方法や程度が妥当を欠く等、特段の事情
がないかぎり、検査を受忍すべき義務があり、かく解しても所論憲法の条項に反す
るものでないことは、昭和二六年四月四日大法廷決定(民衆五巻五号二一四頁)の
趣旨に徴して明らかである。
 いま、これを本件についてみるのに、被上告会社は、電車、バス等による陸上運
輸業を営むものであり、かねてから、乗務員による乗車賃の不正隠匿を摘発、防止
する目的をもつて、就業規則に八条として、「社員が業務の正常な秩序維持のため
その所持品の検査を求められたときは、これを拒んではならない。」との規定を設
け、右の「所持品」とは身に着けている物のすべてをいうとの見解のもとに、乗務
員の鞄等の携帯品や着衣、帽子および靴の内部にわたつて検査を行ない、相当の成
果を納め、隠匿箇所も、着衣、鞄、靴の中が目立つて多かつた。ところが、昭和三
三年八月頃、所持品検査の際における一検査員の態度が問題となつたところから、
被上告会社と上告人の所属するD株式会社労働組合北九州地区支部との間において、
同年九月下旬から一〇月下旬頃までの間三回にわたり話合いが行なわれ、その席上、
右支部組合によつて所持品検査の際には脱靴すべきものとの従来の方針があらため
て確認され、続いて昭和三五年三月四日、被上告会社から右支部組合に対し、従来
靴の中の検査は必ずしも画一的に実施されてきたわけではないが、以後検査場の施
設を改善することによつて規定どおり励行するから協力されたい旨を申し入れ、組
合側もこれを了承し、なお、両者間において、右の旨を組合員に周知させる猶予期
間を置くため実施は同月七日以降とすること、検査にあたつては乗務員の人権を尊
重し、感情に走ることがないよう、会社側において監督者の教育を十分に行なうこ
と、人権問題が生じたときは労使協議会で話し合うこと等の申合せがなされ、組合
側は、同月四日付けの機関紙にこれらの事項を掲載し、上告人を含む全組合員にそ
の旨を周知徹底させた。そして、上告人の勤務する到津電車営業所においては、と
りあえず、検査場に当てられている補導室のコンクリート床上に踏板を敷き並べ、
入口の部分を除いて同室を板張りのようにして、検査員から指示がなくても自然に
脱靴せざるを得ないような仕組みに改め、会社側提案の前記方法による所持品検査
が、まず同月七日約四〇名の乗務員に対し、次いで同月一一日上告人ら四六名の乗
務員に対して実施された。上告人は、被上告会社の電車運転士であつて、同日午後
一一時二〇分頃の乗車勤務終了直後、同営業所乗客係Eより所持品検査を受けるよ
う指示を受け、補導室に赴いたが、靴は所持品ではない、本人の承諾なしに靴の検
査はできない筈だといつて、上司たる検査員Fの指示があつたにもかかわらず、踏
板の上に帽子とポケツト内の携帯品を差し出しただけで、ついに脱靴には応じなか
つた。なお、右Fは検査の直前、その上司から靴の中の検査も実施するよう指示さ
れると同時に、行き過ぎや被検査者に対する感情の刺激のないよう、とくに注意さ
れ、右検査の際も上告人の感情を刺激しないように努めたもので、上告人のほか、
所持品検査において脱靴を拒否した者はいなかつた。被上告会社は、上告人の脱靴
の拒否が就業規則八条に違反し、五八条三号の「職務上の指示に不当に反抗し……
職場の秩序を紊したとき」に該当するとして、同年七月二一日付けで上告人を懲戒
解雇処分に付した。以上の事実は、原判決およびその引用する第一審判決の適法に
確定するところである。
 そして、脱靴を伴う靴の中の検査は、所論のごとく、ほんらい身体検査の範疇に
属すべきものであるとしても、右の事実関係のもとにおいては、就業規則八条所定
の所持品検査には、このような脱靴を伴う靴の中の検査も含まれるものと解して妨
げなく、上告人が検査を受けた本件の具体的場合において、その方法や程度が妥当
を欠いたとすべき事情の認められないこと前述のとおりである以上、上告人がこれ
を拒否したことは、右条項に違反するものというほかはない。また就業規則五八条
三号にいう「職務上の指示」について、所論のごとく脱靴を伴う所持品検査を受け
るべき旨の指示をとくに除外する合理的な根拠は見出し難い。そして、懲戒解雇処
分にいたるまでの経緯、情状等に関する原審確定の事実に徴すれば、上告人の脱靴
の拒否が就業規則五八条三号所定の懲戒解雇事由に該当するとした原審の判断も、
所論の違法をおかしたものとは認めえない。
 原判決には叙上と理由を異にする点はあるが、その結論は正当であり、論旨は、
排斥を免れない。
 同第五点について。
 論旨は、本件懲戒解雇は解雇権を濫用したもので無効であるという。
 しかし、原判決およびその引用する第一審判決の確定した事実関係のもとにおい
て、解雇権の濫用は認められないとした原審の判断は是認することができ、論旨は
採用できない。
 なお、上告人提出の上告理由書の記載は民事訴訟規則所定の方式を備えないので、
判断を加えない。
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文の
とおり判決する。
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    奥   野   健   一
            裁判官    草   鹿   浅 之 介
            裁判官    城   戸   芳   彦
            裁判官    石   田   和   外

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