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裁判例


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○ 主文
一 甲事件について
原告らの被告運輸大臣に対する訴をいずれも却下する。
二 乙事件について
原告らの被告国に対する請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、甲乙両事件について、原告らの負担とする。
○ 事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 甲事件について
被告運輸大臣が別紙目録記載の物件につき原告らに対してなした同日録記載の処分
はこれを取消す。
2 乙事件について
被告国は、原告らに対し、金三〇〇万円及びこれに対する昭和五三年五月一六日か
ら完済まで年五分の割合による金員並びに右同日から別紙目録記載の処分が失効す
るまで一か月金二〇万円の割合による金員を支払え。
3 両事件について
訴訟費用は被告らの負担とする。
4 右2につき仮執行宣言。
二 被告運輸大臣の本案前の申立
1 被告運輸大臣に対する訴をいずれも却下する。
三 請求の趣旨に対する被告らの答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 本件処分の存在
被告運輸大臣は原告らに対して別紙目録記載の処分(以下「本件処分」という。)
をなした。
2 当事者
(一) 原告ら
原告らはそれぞれ本件処分を受けた別紙目録記載の物件(以下「本件工作物」とい
う。)の所有者(原告三里塚芝山連合空港反対同盟、なお同原告を以下「原告反対
同盟」という。)及び管理者(原告A)であり、本件工作物をそれぞれ居住、宿泊
及び新東京国際空港(以下「新空港」ともいう。)建設反対運動の集会のための事
務連絡等に使用していた。
(二) 被告ら
(1) 被告運輸大臣は新東京国際空港の安全確保に関する緊急措置法(以下「緊
急措置法」という。)三条一項により新空港およびその周辺の一定の規制区域内に
所在する工作物等を同条項各号の用に供することを禁ずる権限を有する。
(2) 被告国は被告運輸大臣の違法行為につき国家賠償法により責任を負うもの
である。
3 本件処分の違憲性
(一) 緊急措置法は法制定の経緯・態様に照らして拙速を免れず、法全体として
違憲無効であるが、本件処分の根拠となつた同法三条一項は以下のとおり憲法二一
条一項、同二二条一項、二九条一項及び同条二項、同三一条、同三五条に違反する
から本件処分も違憲無効である。
(三) (憲法二一条一項違反)
緊急措置法三条一項はその一号において「多数の暴力主義的破壊活動者の集合の
用」に供され、または供されるおそれがあると認められるときを当該工作物の使用
禁止命令発動のひとつの要件としている。右は明らかに憲法二一条一項に定める集
会の自由の保障に反する。
(三) (憲法二二条一項違反)
緊急措置法三条一項一号は「多数の暴力主義的破壊活動者の集合の用」と定め、同
項三号は「(前略)暴力主義的破壊活動者による妨害の用」と定める。
これらは現に建物に居住している者の居住をも制限する適用を可能にし、憲法で定
める居住の自由を侵すことになる。
(四) (憲法二九条一項、二項違反)
憲法二九条一項は「財産権はこれを侵してはならない」と定める。所有者が所有物
件を自由に使用することができ、公権力の制限は許されないという原則を定めたも
のである。同条二項は「財産権の内容は公共の福祉に適合するように法律でこれを
定める」と規定し、前記の原則が制限される例外は公共の福祉と法律による定めの
二条件を満たしていることを要求する。
緊急措置法三条一項は所有者が物件の使用をなすことを制限するものであつて、何
ら合理性がなく、公共の福祉による制限の範囲に含まれず、かつ「暴力主義的破壊
活動(者)」(一ないし三号)、「妨害の用」(三号)、「供されるおそれ」(本
文)といつた不明確な要件の認定を運輸大臣に包括的に委任するもので法律による
定めとは言えない。従つて右条項は憲法二九条二項に適合せず、同条一項に違反す
る。
(五) (憲法三一条違反)
憲法三一条の適正手続の保障は刑事手続に限らず、行政手続にも要請されるもので
ある。緊急措置法三条の処分については告知、弁解、防禦の機会を与える規定を欠
き、かつそのような機会を与えた事実もないのであるから本件処分は憲法三一条に
違反し無効である。
また前項後段に主張したとおり緊急措置法三条一項は運輸大臣の認定基準が著しく
恣意的一般条項であり、これは明確性を欠き構成要件をあいまいにするものでこの
点からも憲法三一条に違反する。
(六) (憲法三五条違反)
憲法三五条は住居の不可侵と捜索、押収に対する保障を定める。同条は刑事手続に
限られず、本件処分にも適用されるところ、緊急措置法三条一項の使用禁止命令は
同法三条三項とあいまつて住居の不可侵を侵し、令状によらない捜索を許すもので
いずれも憲法三五条に違反する。
4 本件処分により生じた損害
本件処分は本件工作物を集合の用に供することを禁じ、その実効のために職員の無
令状の立入調査(緊急措置法三条三項)、封鎖措置(同条六項)、除去措置(同条
八項)、罰則(同法九条)を伴なうものであつた。
右の違法・違憲な本件処分により原告らには次のような損害が生じた。
(一) 慰謝料関係
(1) 原告らが本件処分の対象者とされたことは、緊急措置法当時の政府、各議
会内政党の論調からすれば原告らは「暴力主義的破壊活動者」と一体であり、即ち
「過激派」であつて、過激派が昭和五三年三月二五日の管制塔制圧をやつたために
成田空港の開港がおくれたのだから開港時期が遅れた責任は原告らにあるという社
会的評価を原告らに生じさせたことを意味する。しかしながら新空港の開港が延び
延びになつた理由は政府、公団の当初からの計画のズサンさ、現地農民との間で民
主的な手続を踏むことなく一切を警察力で処理しようとしたが、警察警備に失敗し
たことによるのであつて、決して原告らに責任があるわけではない。
ところが原告らを本件処分の対象者とすることは開港時期の遅れに関する政府・公
団の責任を原告らに転嫁し、それを社会的に評価付けさせるものであつた。
これにより原告らの名誉は著しく毀損されることになつた。
(2) 原告らは本件処分により平穏かつ自由な使用状況とは異なり不安な使用状
況にさらされることになつた。これは被告らからする原告らの本件工作物の所有
権・占有権に対する侵害である。
(ア) 原告Aらの居住の場は前述の立入調査等にいつ直面するかもわからない状
態にされた。即ち原告らはプライバシーの侵害の不断の危険にさらされることにな
つた。
(イ) また原告らが自己の意思でその動員規模を自由に決定して行なつてきた援
農作業も封鎖措置等の圧力から事実上制限せざるを得なくなり、その結果原告らの
意思に反する規模でしか援農ができなくなり、その点で精神的な苦痛を味わつたば
かりでなく、原告反対同盟の構成員にとつては本件工作物は貴重な農作業労働力の
集約の場でもあつたが、これが制限された結果農作業の遅れが生じ、そのことによ
り自己の農民としての生活に大きな不安を抱かざるを得なくなつた。
(原告反対同盟にとつてその構成員の生活不安は当然組織としての原告反対同盟の
不安でもある。)
(ウ) 原告らは職員の立入調査によつていつ踏み込まれるかも知れないという危
惧から討論・集会の設定を制限せざるを得なくなり、また討論・集会もそうした不
安の下で行なわざるをえなくなり、その結果自己の集会の自由を侵害され精神的な
苦痛を味うことになつた。
(エ) 同じく職貝の立入調査への不安から事務所としての機能を縮小せざるを得
なくなり、自由な事務所使用を妨げられた結果原告らは精神的な苦痛を被ることに
なつた。
(3) 原告反対同盟は新空港反対運動のやま場として再設定された開港田である
昭和五三年五月二〇日に向け全国から多数の労働者、学生、市民を結集させるべく
準備していたが、本件処分の対象とされたことにより広汎な労働者、学生、市民と
の関係を分断され、これを回復するにつき多大な努力を要することとなり、また本
件工作物の使用状況が右(2)のごとくなつたため本件建物の本来の目的である成
田空港建設反対運動の拠点としての効用を生かすことができなくなり、その結果反
対運動の団結が不当に侵害されることとなり、それにより精神的な苦痛を被ること
になつた。
(4) 以上(1)ないし(3)はいずれも原告らに慰謝料請求権を発生させるも
のであり、とりあえず原告らは慰謝料として金三〇〇万円を請求する。
(二) 利用の制限による物的損害
原告らは本件工作物の所有者・管理者として援農参加者や闘争参加者を本件建物に
宿泊させたり、集会場として利用させて来た。原告らはその際使用料名下で一人当
り一〇〇〇円を徴収しており、また一日当り最低一名の利用者があつたところ、本
件処分の結果右利用を制限せざるを得なくなり、使用料名下の金員を得ることがで
きなくなつた。
従つて原告らは本件処分による本件工作物の使用制限による得べかりし利益を喪失
することになつた。そこで原告らは右得べかりし利益のうちさしあたり賃料相当額
を参考とし、一か月金二〇万円を損害賠償として請求する。
5 結語
以上のとおり、本件処分は違憲、無効であるので、原告らは、甲事件について被告
運輸大臣に対し本件処分の取消を、乙事件について被告国に対し慰謝料金三〇〇万
円及びこれに対する昭和五三年五月一六日から完済まで民法所定の年五分の割合に
よる遅延損害金並びに右同日から本件処分が失効すろまで一か月金二〇万円の割合
による損害金の支払を求める。
二 被告運輸大臣の本案前の申立理由
本件処分は昭和五三年五月一六日被告運輸大臣により本件工作物の所有者、管理者
及び占有者に対し緊急措置法三条一項の規定に基づき昭和五四年五月一五日までの
間本件工作物を同項一号の用に供することを禁止するものとして発せられたもので
あるところ、本件処分は同日の経過とともに失効した。
そこで本件処分の取消を求める原告らの訴はその目的を失い、訴の利益を欠くに至
つたから却下されるべきである。
三 請求原因に対する被告らの認否及び主張
1 請求原因1は本件処分が「原告らに対して」なされたとの点を除き、その余は
認める。本件処分は本件工作物の所有者、管理者、占有者に対してなされたもので
ある。
2 同2の(一)は不知、(二)は認める。
3 同3の各主張はいずれも争う。
4 同4はいずれも否認する。
5 被告らの主張は次のとおりである。即ち、
(一) 本件処分を発するに至つた経緯
(1) 新東京国際空港は昭和四一年七月四日の閣議決定に基づきその建設が進め
られ、運輸大臣は昭和五二年一一月二八日に新空港の供用開始期日を昭和五三年三
月三〇日とする旨の告示(昭和五十二年運輸省告示第六百八号)を行い、以後各方
面において開港のための最終的準備が進められてきた。ところが昭和四三年頃から
革命的労働者協会(以下「革労協」という。)、革命的共産主義者同盟全国委員会
(以下「中核派」という。)、日本革命的共産主義者同盟(第四インター日本支
部、以下「第四インター」という。)、プロレタリア青年同盟全国協議会(以下
「プロ青同」という。)、共産主義者同盟(以下「共産同」という。)等の極左暴
力集団は新空港建設実力阻止を標ぼうし、新空港周辺地域において本件工作物を含
むいわゆる「団結小屋」又は「要塞」等を設け、これを拠点として過激な破壊活動
を繰り返し、昭和五三年三月二六日には第四インター、共産同戦旗派、プロ青同所
属の約一五〇〇名が新空港内に火炎車を突入させるとともに同空港内に乱入して火
炎びんを投げ、更に同空港管制塔内に乱入し、管制機器を破壊し、同月三〇日に予
定されていた新空港の開港を延期するのやむなきに至らしめたことは公知の事実で
ある。
(2) 極左暴力集団のこのような暴挙は法と秩序に対する重大な挑戦であり、法
治国家において許されないものであることはいうまでもなく、右の事態に対し政府
においては昭和五三年三月二八日「新東京国際空港の開港が極左暴力集団の破壊行
為により一時延期のやむなきに至つたことは極めて遺憾である。このような暴挙は
単なる地元一部農民による反対運動とは全く異質のもので、法と秩序の破壊であ
り、民主主義体制そのものに対する重大な挑戦であつて、断じて許すことはできな
い。政府はこの際極左暴力集団の徹底的検挙・取締りのため断固たる措置をとるこ
ととし、開港後を含めた長期警備体制の一層の強化を図るとともに管制塔をはじめ
空港を不法な暴力から完全に防護するため更に空港施設の整備を図る等各般にわた
る抜本的対策を強力に推し進める決意である。国民各位をはじめ広く内外関係者の
御理解と御協力をお願いする。」旨異例の声明を発し、また国会は衆議院において
は同年四月六日全会一致で、参議院においては同月一〇日全党一致で、「去る三月
二十六日の成田新東京国際空港における過激派集団の空港諸施設に対する破壊行動
は明らかに法治国家への挑戦であり、平和と民主主義の名において許し得ざる暴挙
である。よつて政府は毅然たる態度をもつて事態の収拾に当たり、再びかかる不祥
事をひき起こさざるよう暴力排除に断固たる処置をとるとともに地元住民の理解と
協力を得るよう一段の努力を傾注すべきである。なお政府は新空港の平穏と安全を
確保し、我が国内外の信用回復のため万全の諸施策を強力に推進すべきである。」
旨の「新東京国際空港に関する決議」をそれぞれ採択し、国民を代表して極左暴力
集団の暴力を非難する意思を明らかにした。
(3) そして被告運輸大臣は破壊された管制機器の修復の見込み、新空港の安全
確保措置の実現の見込み等を勘案し、昭和五三年四月七日付けをもつて改めて新空
港の供用開始期日を同年五月二〇日とする旨の告示(昭和五十三年運輸省告示第百
九十五号)を行い、政府は全力を傾けて新空港の安全の確保を図るための措置を講
ずることに努めるとともに、国会においても前記のような事態に対処し、新空港及
びその周辺における暴力主義的破壊活動を防止するため議員提案による緊急措置法
を成立(同年五月一三日公布、同日施行)させた。
(4) ところが極左暴力集団は右開港延期後も依然として「開港実力阻止」を叫
び、その機関紙等において「五・二〇三里塚開港爆砕へ」「三・三〇開港を爆砕!
空港完全爆砕へ!」(革労協機関紙「解放」昭和五三年四月一日・一五日号)、
「五・二〇「開港」を粉砕せよ」「完全廃港へ進撃せよ!」(第四インター機関紙
「週間世界革命」同月一〇日号)、「五・二〇「出直し開港」を実力阻止せよ、反
対同盟先頭に巨万の空港包囲-突入-占拠闘争を実現せよ」(同紙同月一七日
号)、「空港を破壊せよ」「死力を尽し五月決戦勝利へ、権力の治安弾圧を真向爆
砕し、無制限ゲリラ戦争の強襲を」(中核派機関紙「前進」同年四月一七日号)な
どと呼号し、空港開港阻止のためには新空港及び空港関連施設はもちろん政府諸機
関等に対するゲリラ活動をも辞さない構えを示し、広島県佐伯郡沖美町広島NDB
(無指向性無線標識施設)に放火し(昭和五三年五月二日)、千葉県成田市佐倉V
OR(超短波全方向式無線標識施設)に放火し、これを損壊する(昭和五三年五月
一三日)等過激万破壊活動を反復した。
このような状況からして緊急措置法の目的に照らし暴力主義的破壊活動者の集合の
用に供されるおそれがある本件工作物についてその用に供することを禁止する必要
があるものと認め、被告運輸大臣は本件処分を発するに至つた。
(二) 緊急措置法の憲法適合性
緊急措置法は前述のような事態にかんがみ、当分の間新空港若しくはその機能に関
連する施設の設置若しくは管理を阻害し、又は同空港若しくはその周辺における航
空機の航行を妨害する暴力主義的破壊活動を防止するためその活動の用に供される
工作物の使用の禁止等の措置を定め、もつて同空港及びその機能に関連する施設の
設置及び管理の安全の確保を図るとともに航空の安全に資することを目的として国
会において慎重審議の上、憲法に適合するものとして制定されたものである。
(1) 憲法二一条、二二条
憲法二一条一項が集会の自由を保障し、同法二二条一項が居住の自由を保障してい
るのは公共の福祉に反するような不当な目的又は態様のものでない限り集会及び居
住は国民の自由としてこれを保障しようとするものであつて、公共の安全を確保す
るために必要がある場合に合理的な範囲内においてこれらを制限することを許さな
いものではないと解すべきである。
しかして緊急措置法は前述のとおり新空港の安全確保等を目的とする法律であつ
て、その三条一項は所定の工作物について一号ないし三号に定めるような多数の暴
力主義的破壊活動者の集合等の用に供され、又は供されるおそれがあると認めると
き被告運輸大臣は当該工作物の所有者、管理者又は占有者に対して期限を付して当
該工作物をその用に供することを禁止することができる旨を淀めているのであり、
このような措置は公共の安全を確保するために必要かつ合理的な範囲内のものとい
うべきであり、これにより当該工作物における破壊活動者等の集会及び居住が制限
される結果になるとしても、それはなんら前記憲法二一条一項及び二二条一項の定
める集会及び居住の自由の保障に反するものでないことは明らかである。
(2) 憲法二九条
基本的人権といえども公共力福祉の要請から必要な限度で一定の制約を受けること
は憲法自体が是認しており、ことに財産権については憲法においても「財産権の内
容は、公共の福祉に適合するやうに法律でこれを定める。」(二九条二項)と明定
されており、公共の福祉に適合するように財産権の行使の仕方を法律で規制するこ
とは憲法上当然に許されるのである。
同条はまた「私有財産は正当な補償の下にこれを公共のために用ひることができ
る。」(三項)とも定めており、私有財産について正当な補償の下に制限を加える
ことを認めている。
そして緊急措置法三条一項はまさに前述のような異常な事態にかんがみ、新空港及
びその機能に関連する施設の設置及び管理の安全の確保を図るという同法の目的を
達するため一定の工作物及び物件について被告運輸大臣において財産権の制限がで
きる旨を定めているのであり、右の制限は合理的な制限というべきであるから憲法
二九条に違反するものではない。
(3) 憲法三一条
憲法三一条は元来、直接には刑事手続に関する保障を定めたものと考えられるが、
その底を流れる精神からして行政手続についてもそれが単に行政手続もあるとの理
由のみで当該手続における一切の強制がこれらの保障のわく外にあると考えるべき
ではないことはいうまでもない。しかし刑事手続と行政手続とはその性質におのず
から差異があり、行政手続にあつては処分の目的、性格や、それによつて制約を受
ける国民の権利の内容及び制約の程度・態様は多種多様であつて、必ずしも常に事
前の弁明や防禦の機会が保障されなければならないわけはなく、それぞれの処分の
目的、性格等に照らして合理的かつ適正と認められる手続によれば足りるものであ
り、また事情の明白性又は事態の緊急性のために通常の手続をふむ必要性ないしそ
の余地がないと合理的に認められるような場合にはその手続をふまなくてもよいこ
ととしても同条の精神に反することにはならないと考えるべきである。
緊急措置法はまさに前述のとおり異常かつ緊急な事態にかんがみ、新空港等の安全
を確保するために、これに必要かつ合理的な範囲で財産権を制限するものであり、
事前の弁明や防禦の機会を保障していないこともやむをえないものとして是認され
るべきものというべきである。また同法三条一項の定める要件も明確である。緊急
措置法三条一項及びこれに基づく本件処分はなんら憲法三一条に違反するものでは
ない。
(4) 憲法三五条
憲法三五条はもつぱら刑事手続に関するものであり、行政手続には直接適用はな
い。もつともそれぞれの性質に応じてその精神は生かされるべきであるから、緊急
措置法においてもその三条四項は三項の規定により当該工作物に立入りをする職員
はその身分を示す証明書を携帯し、関係者に提示しなければならないと定めている
のである。
したがつて緊急措置法三条一項の命令は同条三項とあわせてみても憲法三五条に違
反するものではない。
(三) 本件処分の適法性
本件処分は緊急措置法三条一項に基づき発せられたものであるが、以下に述べると
おり同項に規定する要件にいずれも該当する適法なものである。
(1) 本件工作物は千葉県成田市<地名略>上に所在する木造プレハブ二階建の
建築物(以下「小屋」という。)一棟及び木造、平家建の建築物一棟並びに木造や
ぐら一基であり、緊急措置法二条三項の規制区域内に所在している。
(2) 本件工作物は新空港設置に反対し、その実力阻止を唱え、過激な行動を繰
り返している極左暴力集団である革労協により昭和五二年七月に「三里塚における
わが解放派の一大拠点であると同時に、開港阻止に向けた不抜の前進基地として打
ち固められるであろう」ものとして建設されたもので、革労協では「木の根団結
砦」と称しており、その木造やぐらには「二期工事絶対阻止」の看板が掲げられ、
革労協はその機関紙「解放」(昭和五三年四月一・一五日号)において「五月二〇
日の開港を阻止し、空港完全爆砕に向けて突き進め」と呼号していた。
(3) 本件工作物には昭和五二年七月ころから同五三年五月ころにかけて数名な
いし数十名の者がたびたび出入りしているが、その中には新空港設置反対闘争に関
連して兇器準備集合罪、警察官に対する公務執行妨害罪等により検挙された者らが
いる。
(4) また昭和五三年三月二七、二八日ころには革労協及びそれに所属する全国
反帝学生評議会連合(反帝学評)等の着用する青色ヘルメツトを着用した約四〇人
の者が本件工作物の前あるいは敷地内においていわゆる武闘訓練や長さ三メートル
位の旗竿を用いた突撃訓練をしたり小屋内に入つたりしている。
(5) また昭和五三年五月一二日ころ本件工作物内には革労協所属の団体(反帝
学評、社青同、解放派)の名等を記したヘルメツト着用者を含む一一名がおり、同
種のヘルメツトが散乱し、多数の竹竿が保管されていた。
(6) 以上のような事実及び前述のような新空港をとりまく緊迫した諸情勢等か
ら、本件工作物は革労協に所属ないしこれに同調する多数の暴力主義的破壊活動者
の集合の用に供されるおそれがあるものと認められたのである。
第三 証拠(省略)
○ 理由
一 緊急措置法の合憲性
原告らは、緊急措置法は法全体として違憲無効であるとともに、同法のうち本件処
分の根拠となつた三条一項一号は、憲法二一条一項の集会の自由の保障、二二条一
項の居住の自由の保障、二九条一項、二項の財産権の不可侵、三一条の正当手続の
保障、三五条の住居の不可侵に反し、無効であると主張する。
まず、緊急措置法は法全体として違憲無効であるとの主張について判断するに、同
法は、同法一条及び原本の存在及び成立に争いのない乙第二ないし第六号証によつ
て明らかなように、昭和五三年三、四月当時新空港及びその周辺において暴力主義
的破壊活動が頻繁に行われていたという異常な事態にかんがみ、当分の間、新空港
もしくはその関連施設の設置もしくは管理を阻害し、又は新空港もしくはその周辺
における航空機の航行を妨害する暴力主義的破壊活動を防止するため、その活動に
供される工作物の使用禁止等の措置を定め、これによつて新空港及びその関連施設
の設置及び管理の安全の確保を図るとともに、航空の安全に資することを目的とし
て緊急に制定されたものであつて、目的自体に違憲性、反社会性がないことはいう
をまたないし同法はその目的、性質上、国会において短期間で迅速な審議によつて
成立したのであり、審議その他法制定の手続になんら法全体を無効とするような瑕
疵は認められない。
次に、緊急措置法三条一項一号が憲法二一条一項の集会の自由の保障に反するもの
であるとの主張について判断するに、確かに緊急措置法三条一項一号によつて所定
の工作物につき多数の暴力主義的破壊活動者の集合の用に供することを禁止された
ときは当該工作物で行われる集会の一部は法律上できなくなるが、同条項による禁
止命令は所定の工作物について同法の前記目的を達するため期限を付して多数の暴
力主義的破壊活動者の集合の用に供することに限つて禁止を命ずるものであつて、
暴力主義的破壊活動者についての緊急措置法二条一項、二項の厳格な定義規定によ
つて考えるならば、公共の安全を確保するため所定の工作物につき右のような暴力
主義的破壊活動者の定義に該当する者の集合の用に供することを禁止することはそ
れらの者の法によつて保護されるべき正当な権利、法益を侵害するものとはいえ
ず、なんら憲法二一条一項の集会の自由の保障に反するものでないことは明らかで
ある。ただし、緊急措置法三条一項一号にいう「多数の暴力主義的破壊活動者の集
合の用」の集合とは、暴力主義的破壊活動者の行う一切の集合を意味するのではな
く、これらの者が暴力主義的破壊活動に関連して行う集合を意味するものと解すべ
きであり、これらの者が暴力主義的破壊活動とは関連なく行う集合まで含ましめて
解すべきではない。
なお、緊急措置法三条一項一号は憲法二二条一項の居住の自由の保障に反するもの
でもない。けだしその物理的状況からして複数の者が寝起きし居住が可能な工作物
について多数の暴力主義的破壊活動者が暴力主義的破壊活動の目的でこれに居住す
ることは長期的継続的な集合といえるから、同法三条一項一号の禁止の対象とな
る。しかし公共の安全を確保するため、所定の工作物につき多数の暴力主義的破壊
活動者が暴力主義的破壊活動をすることに関連して居住することに限つて禁止する
ことは、当該工作物の使用者等が当該工作物に居住することについて法によつて保
護されるべき正当な権利、法益をなんら侵害するものではなく、また当該工作物に
つき他の本来的な居住の用に供することを禁止したものでもないからである。
つぎに緊急措置法三条一項一号が憲法二九条一項に定める財産権不可侵に反し、か
つ同条二項に定める「財産権の内容は、公共の福祉に適合するように、法律でこれ
を定める。」との趣旨に反するとの主張について判断するに、緊急措置法三条一項
一号は、前判示のように、所定の工作物につき多数の暴力主義的破壊活動者が暴力
主義的破壊活動に関連して行う集合の用に供することに限つて禁止しうる旨を定め
たものであり、当該工作物につきその通常の用途に従つて適法な集会、宿泊施設、
事務所等の用に供することを禁止しうる旨を定めたものではないから、所定の工作
物につきこれらの者の右のような集合に限つて禁止しうる旨の定めがその財産権の
正当な行使、利用を奪うものとはいえず、財産権の侵害に該当するものでないこと
は多言を要しない。また、原告らは同法三条一項一号にいう「暴力主義的破壊活動
(者)」が要件として不明確で、それらの認定を運輸大臣に包括的に委任すること
は、憲法二九条二項の「法律による定め」とはいえないと主張するが、緊急措置法
はその二条一項、二項で暴力主義的破壊活動(者)について厳格な定義と具体的な
要件を定めており、不明確な要件とはいえず、原告らの右主張は失当である。
つぎに緊急措置法三条一項一号は事前の弁明や防禦の機会の保障の規定を欠き憲法
三一条の正当手続の保障に反するとの主張について判断するに、緊急措置法の制定
の目的の公共性及び緊急性と同法三条一項一号による財産権制限の程度態様とを比
較して考えるならば、同法三条一項一号による禁止命令が事前の弁明や防禦の保障
をしていなくとも、これを是認することができ、憲法三一条に違反するものとはい
えない。なお、緊急措置法三条一項一号の要件が不明確でないことは前記に判示し
たとおりである。
つぎに、緊急措置法三条一項一号は同法三条三項の立入りを認める規定とあいまつ
て憲法三五条の住居の不可侵に反するとの主張について判断するに、憲法三五条の
住居の不可侵は本来主として刑事手続について司法による事前の抑制を要求したも
のであり、その精神はできるだけ行政手続についても必要に応じて尊重されるべき
であるが、当該行政手続の目的の公共性、緊急性、その強制の程度、態様、被立入
者の受けるべき不利益の内容等の諸点を総合勘案して裁判官の令状の要否が区別さ
れるべきものであり、同法三条三項によつて同条一項一号の禁止命令の発せられた
工作物に立入るには右の観点に照らし裁判官による令状を必要としないものと解す
るのが相当であり、人権に対する配慮としては同法三条四項が同条三項による職員
の右工作物への立入りに際し身分を示す証明書を携帯し、関係者に提示しなければ
ならないと定め、かつ特に同条五項で右立入りの権限は犯罪捜査のために認められ
たものと解釈してはならないとの規定を設けているのであり、これをもつて足るも
のと解せられる。同法三条一項一号、三項は憲法三五条ないしその精神に抵触する
ものではないというべきである。
二 甲事件に対する判断
被告運輸大臣の本案前の申立につき、判断するに、被告運輸大臣が昭和五三年五月
一六日本件工作物は緊急措置法三条一項一号の用に供されるおそれがあると認めら
れるとして、同項の規定に基づき昭和五四年五月一五日までの間本件工作物を同項
一号の用に供することを禁止する旨の処分、即ち本件処分をなしたことは当事者間
に争いがなく、原本の存在及び成立に争いのない乙第一号証並びに弁論の全趣旨に
よれば、本件処分は禁止を命ぜられるべき者を確知することができないとして本件
工作物の所有者、管理者及び占有者宛になされ、その旨の公告は同日付の新聞紙に
掲載することによつて行われたことが認められる。
右事実によれば、本件処分の効力は昭和五四年五月一五日の経過により失われたも
のということができ、かつ、原告らになお本件処分が取消されなければ回復されな
い法律上の利益があると解することもできない。してみると、原告らの本件処分の
取消を求める訴はその利益を欠くものとして却下を免れない。
三 乙事件について
次に原告らの被告国に対する損害賠償請求につきまず原告ら主張の損害について検
討する。
原告ら主張の損害とは、(1)原告らが本件処分の対象とされたことにより「暴力
主義的破壊活動者」と一体のいわゆる「過激派」であつて、過激派が昭和五三年三
月二五日管制塔を制圧したために空港開港が遅れたのであるから、その責任は原告
らにあるという社会的評価を原告らに生じさせて、原告らの名誉を著しく毀損さ
せ、(2)また原告らは本件工作物が立入調査によつていつ踏み込まれるかも知れ
ないというプライバシーの侵害の不断の危険にさらされて、その使用につき精神的
に躊躇を感じざるを得なくなり、援農作業の動員規模、討論、集会の設定を制限さ
れ、空港反対運動に向けての全国からの多数の労働者、学生、市民との関係を分断
されるなど、本件工作物の本来の目的である空港建設反対運動の拠点としての効用
を生かすことができなくなり、それにより精神的苦痛を被り、更に、援農参加者や
闘争参加者を本件工作物に宿泊させたり、集会場として利用させ、使用料名下で一
人当り一〇〇〇円を徴収しており、一日当り最低一名の利用者があつたところ、本
件処分により右利用を制限せざるを得なくなり、使用料を得ることができなくなつ
たというにある。
しかしながら、前認定のとおり(1)については、本件処分はこれを命ぜられるべ
き者を確知することができないために具体的名前を挙げることなく公告されたもの
であり、原告らと本件処分を受ける者との結びつきを公然と摘示したものではな
く、(2)については既に第一項で判示したところから明らかなように、本件処分
は本件工作物を一年間緊急措置法三条一項一号の用、即ち多数の暴力主義的破壊活
動者が暴力主義的破壊活動に関連して行う集合の用に供することを禁止したにすぎ
ないのであつて、原告らが本件工作物を右以外の用として、集会用、生活用、事務
所用、宿泊施設用等として一般的に使用することは全く制限されていない(なお、
原告らは本件処分後も本件工作物を自由に使用してきたことを自認している。)の
であるから原告らに財産上の損害が生じうる余地はない。
してみると、原告らの損害賠償を求める請求は、その余の点を判断するまでもな
く、理由がなく棄却を免れない。
四 以上の次第で、原告らの被告運輸大臣に対する請求はいずれも不適法として却
下し、被告国に対する訴はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき
民事訴訟法八九条、九三条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 朝山 崇 塚原朋一 小倉正三)
別紙目録(省略)

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