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平成13年(行ケ)第469号 実用新案登録取消決定取消請求事件(平成15年
5月12日口頭弁論終結)
          判        決
       原      告   北辰工業株式会社
       訴訟代理人弁理士   庄 子 幸 男
       被      告   特許庁長官 太田信一郎
       指定代理人      相 馬 多美子
       同          麻 野 耕 一
       同          大 野 克 人
       同          宮 川 久 成
同          伊 藤 三 男
          主        文
      原告の請求を棄却する。
      訴訟費用は原告の負担とする。
          事実及び理由
第1 請求
   特許庁が異議2000-74016号事件について平成13年8月31日に
した決定を取り消す。
第2 当事者間に争いのない事実
 1 特許庁における手続の経緯
   原告は,名称を「粘性液体ダンパー」とする実用新案登録第2604241
号考案(平成5年1月26日出願,平成12年2月18日設定登録,以下「本件実
用新案登録」という。)の実用新案権者である。
 本件実用新案登録につき実用新案登録異議の申立てがされ,異議2000-
74016号事件として特許庁に係属した。
 原告は,平成13年5月15日付け訂正請求書により本件実用新案登録出願
の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)の実用新案登録請求の範
囲等の訂正を請求(以下「本件訂正請求」という。)した。
 特許庁は,同実用新案登録異議の申立てについて審理した上,同年8月31
日,「訂正を認める。登録第2604241号の請求項1ないし2に係る実用新案
登録を取り消す。」との決定(以下「本件決定」という。)をし,その謄本は,同
年9月25日,原告に送達された。
 2 本件訂正請求により訂正された本件明細書の実用新案登録請求の範囲の記載
【請求項1】内部に粘性液体が封入された容器本体と蓋部とから構成される熱
可塑性樹脂製密閉容器から少なくとも構成された粘性液体封入ダンパーであって,
 該密閉容器本体と蓋部は熱融着されており,
 該蓋部に,熱可塑性樹脂からなり固定部材の空間に押し込むだけで嵌着する
係合部を備えた装着部が一体に設けられていることを特徴とする粘性液体封入ダン
パー。
【請求項2】該蓋部の粘性液体接触面に凸部が設けられている請求項1記載の
粘性液体封入ダンパー。
(以下【請求項1】,【請求項2】に係る考案を「本件考案1」,「本件考案
2」という。)
 3 本件決定の理由
   本件決定は,別添決定謄本写し記載のとおり,本件考案1,2は,いずれも
実願昭61-35755号(実開昭62-147747号)のマイクロフィルム
(甲3,以下「刊行物1」という。)及び特開平4-34239号公報(甲4,以
下「刊行物2」という。)記載の各考案に基づいて,当業者がきわめて容易に考案
をすることができたものであるから,本件実用新案登録は,実用新案法3条2項の
規定により実用新案登録を受けることができないものであり,拒絶の査定をしなけ
ればならない実用新案登録出願に対してされたものとして,特許法等の一部を改正
する法律(平成6年法律第116号)附則9条7項に基づく特許法等の一部を改正
する法律の施行に伴う経過措置を定める政令(平成7年政令第205号)3条2項
の規定により取り消されるべきものであるとした。
第3 原告主張の本件決定取消事由
 本件決定は,本件考案1と刊行物1記載の考案との一致点の認定を誤り(取
消事由1),本件考案1と刊行物1記載の考案との相違点についての判断を誤り
(取消事由2),本件考案2の容易想到性の判断を誤った(取消事由3)ものであ
り,違法として取り消されるべきである。
 1 取消事由1(本件考案1と刊行物1記載の考案との一致点の認定の誤り)
 本件決定は,「刊行物1(注,甲3)の考案の・・・『挿入されて取り付け
られる中央の凸部と凸部の側方の回転防止用突起』は,本件考案1の・・・『押し
込むだけで嵌着する係合部を備えた装着部』に相当し,両者は,『内部に粘性液体
が封入された容器本体と蓋部とから構成される密閉容器から少なくとも構成された
粘性液体封入ダンパーであって,該蓋部に,固定部材の空間に押し込むだけで嵌着
する係合部を備えた装着部が一体に設けられていることを特徴とする粘性液体封入
ダンパー。』の考案で一致」(決定謄本7頁対比)すると認定するが,誤りであ
る。
刊行物1(甲3)のダンパーは,ゴム製であり,そのゴム製のダンパーを側
壁に取り付けるには,ハウジング底部の中央に設けられた凸部32を側壁に形成さ
れた孔に差し込んで行うものである。この際,孔への差し込みは,ゴム製の凸部の
弾性を利用して押し込まれるものであり,しかも,それだけではダンパーが回転す
るために,凸部の側方に回転防止用の突起を形成し,この二つの凸部によって孔へ
の取り付けがされる。ところが,ゴム製の凸部の弾性を利用して孔に押し込んだダ
ンパーは,孔に対して強固に固着することはあり得ず,外力を与えると簡単に離脱
してしまうものである。この現象はダンパーがゴム製であることに起因するもので
あり,ダンパーの凸部がゴム製である限りにおいて,構造にかかわらず,強固な固
着は望めない。これに対し,本件考案1のダンパーは,容器本体も蓋部も全体が熱
可塑性樹脂によって構成され,当然蓋部に一体に形成される係合部も熱可塑性樹脂
で形成されており,その係合部が,この熱可塑性樹脂で形成されているからこそ,
固定部材の空所に押し込むだけで,強固に固着,すなわち「嵌着」することができ
るものである。「嵌着」とは,固定部材の空間に係合部をはめ込むだけで強固に固
着できる形態を意味する当業者の技術用語であり,「嵌着」したものは,刊行物1
のゴム製のダンパーのように,外力によって簡単に外れるようなものではない。し
たがって,刊行物1の「挿入されて取り付けられる中央の凸部と凸部の側方の回転
防止用突起」の構成が,本件考案1の「押し込むだけで嵌着する係合部を備えた装
着部」に相当することを前提に,両者は,『内部に粘性液体が封入された容器本体
と蓋部とから構成される密閉容器から少なくとも構成された粘性液体封入ダンパー
であって,該蓋部に,固定部材の空間に押し込むだけで嵌着する係合部を備えた装
着部が一体に設けられていることを特徴とする粘性液体封入ダンパー。』の考案で
一致」(決定謄本7頁対比)するとした本件決定の一致点の認定は誤りである。
2 取消事由2(本件考案1と刊行物1記載の考案との相違点についての判断の
誤り)
 本件決定は,本件考案1と刊行物1記載の考案との相違点として,「(1)
本件考案1では、密閉容器の材料は熱可塑性樹脂製であって、本体と蓋部が熱融着
して接合されるのに対して、刊行物1の考案ではゴム製であって、接合手段が記載
されていない点」(以下「相違点(1)」という。)及び「(2)蓋部及び押し込
むだけで嵌着する係合部を備えた装着部の材料が、本件考案1では熱可塑性樹脂製
であるのに対して、刊行物の1考案ではゴム製である点」(以下「相違点(2)」
という。)(決定謄本7頁対比)を認定した上,これらの相違点について,刊行物
1,2記載の各考案に基づいて,当業者がきわめて容易に考案をすることができた
ものであると判断するが,誤りである。
 本件考案1は,ダンパーを構成する容器本体及び蓋体が,共に熱可塑性樹脂
で構成されていることばかりでなく,熱可塑性樹脂で形成される蓋部に係合部も一
体に形成されていることが重要な特徴である。熱可塑性樹脂製の係合部を有するこ
とによって,固定部材とダンパーの固着が,簡単かつ確実なものになる。熱可塑性
樹脂で形成される蓋体に,係合部を一体に形成することによって,ダンパーを固定
部材の空所に押し込むだけで「嵌着」し,強固に固着できるようにするとの効果
は,本件考案1に特有のものであり,刊行物1,2には,これを示唆する記載はな
い。本件考案1は,熱可塑性樹脂から成る係合部を蓋体に一体に形成したことによ
って,従来より,ダンパー組立時に多くの工程を要した問題点を,固定部材の空所
にダンパーを押し込むだけで強固に「嵌着」し,組立時の固定部材とダンパーの固
着を簡単かつ確実にすることができたものであり,その効果は顕著なものというべ
きである。
 3 取消事由3(本件考案2の容易想到性の判断の誤り)
 本件決定は,「本件考案2では,蓋部の粘性液体接触面に凸部が設けられて
いる点で,刊行物1の考案からさらに相違するが,・・・刊行物2(4)には,第
二体の蓋体48に攪拌部22と可撓部26とを設けた構成が記載されており,これ
らは本件考案(注,「本願考案」とあるのは誤記と認める。)2の凸部に相当する
部材であり,刊行物1及び刊行物2に記載された考案は、粘性液体封入ダンパーで
共通するものであるから、これらを寄せ集めることで、刊行物1の考案において、
蓋部の粘性液体接触面に凸部を設けた構成とすることは、きわめて容易に推考する
ことができた」(決定謄本8頁第3段落)と判断するが誤りである。本件考案2
は,本件考案1の従属考案であり,蓋部の粘性液体接触面に凸部が設けられている
だけでなく,請求項1に規定された熱可塑性樹脂製の係合部が一体に形成されてい
ることが必須の要件である。したがって,刊行物2の第2図に示された蓋体48が
仮に凸部を形成した点で本件考案2と類似性が認められるとしても,上記2のとお
り,本件考案1が,刊行物1に基づいてきわめて容易に考案をすることができたも
のでない以上,蓋体の凸部の構成の類非だけを論ずることは無意味なことである。
第4 被告の反論
   本件決定の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由はいずれも理由がな
い。
 1 取消事由1(本件考案1と刊行物1記載の考案との一致点の認定の誤り)に
ついて
 「嵌着」とは,特許,実用新案の明細書において慣用的に使用されている用
語で,実願昭62-74804号(実開昭63-184513号)のマイクロフィ
ルム(乙1),実公平2-32901号公報(乙2)及び実願昭63-10033
0号(実開平2-20894号)のマイクロフィルム(乙3)に見られるように,
はめて取り付けることを意味し,原告主張のように強固に固着することを意味する
用語ではない。本件考案1の請求項には,「押し込むだけで嵌着する係合部」につ
いて,具体的な構成の記載がなく,刊行物1記載の考案の「挿入されて取り付けら
れる中央部の凸部」は,「挿入されて取り付けられる」のであるから,本件考案1
と同様に,他の固着部材を必要としない「押し込むだけで嵌着する係合部」に相当
する。「押し込むだけで嵌着」する取り付け手段は,発明協会発行の「技術動向シ
リーズ 特許からみた機械要素便覧〔固着〕」(乙4)に見られるように周知慣用
であり,刊行物1記載の考案の「挿入されて取り付けられる中央部の凸部」が,特
に具体的な構成を特定しない本件考案1の「押し込むだけで嵌着する係合部」に相
当するとした本件決定の一致点の認定に誤りはない。
 2 取消事由2(本件考案1と刊行物1記載の考案との相違点についての判断の
誤り)について
(1)刊行物2(甲4)には,容器本体と蓋体が硬質樹脂(熱可塑性樹脂)によ
り形成され,両者が熱融着されたダンパーについて,イ.「(1)容器内部に突入
するとともに自身の穴部に支持部材又は被支持部材の軸体を嵌入させる攪拌部と,
該攪拌部を浮動状態に弾性支持する薄肉の可撓部とを備えた,全体として密閉の容
器体を成す部材であって内部に高粘性流体が封入され,該攪拌部による該粘性流体
の攪拌作用に基づいて,支持部材と被支持部材との間で振動吸収する粘性流体封入
ダンパーにおいて,該ダンパーを,第一体と前記可撓部を含む第二体とに分割した
上これを一体化した形態と成し,該第二体の可撓部をゴム材,軟質樹脂材等の軟質
材料で形成するとともに,該可撓部の周囲の固着部を硬質樹脂材で形成する一方,
少なくとも第二体の対応する固着部を硬質樹脂材で形成したことを特徴とする粘性
流体封入ダンパー」(1頁2.特許請求の範囲),ロ.「(従来の技術)例えば車
両等に搭載されるCDプレーヤ等においては,車体の振動がそのままCDプレーヤ
ーに伝達されると音飛び等を生じることから,これを防止すべく,粘性液体封入ダ
ンパーを介してCDプレーヤーを防振支持することが行われている。
ここで粘性液体封入ダンパーは,一般に密閉容器体を成していて内部に高粘性流体
が封入され,その高粘性流体の流動抵抗に基づいて振動吸収するようになってい
る。ところで従来のこの種ダンパーは,第一体と第二体との分割形態とされ,内部
に高粘性流体を封入する状態にそれら第一体と第二体とが互いに合わされて固着さ
れ,一体化されている。そしてその固着手段として,接着剤による方法が一般的に
採用されている。その理由は次の通りである。即ちこの種ダンパーにあっては,可
撓部において攪拌部を十分な浮動状態に支持できるように,かかる可撓部を含む第
二体側を軟質材料(通常はゴム材)で形成することが行われており,そしてかかる
ゴム等の軟質材料の固着方法として,接着剤による方法が最も良好であるからであ
る。(発明が解決しようとする課題)しかしながら,このように第一体と第二体と
を接着剤を用いて固着する場合,それらの合せ面にオーバーフローした高粘性流体
により,或いはその他の理由によって合せ面に付着した高粘性流体により,接着剤
の接着反応が阻害され,これにより第一体と第二体とが接着剥離を起こす恐れのあ
る問題があった」(2頁左上欄~右上欄),ハ.「(作用及び発明の効果)このよ
うに本発明は,容器の構成体である第一体と第二体との互いの固着部を硬質樹脂材
で形成し,それら硬質樹脂材同士を固着するようにしたものである。かかる本発明
においては,第一体と第二体との固着手法として種々の方法を採用することができ
るが,特にかかる樹脂同士を一旦溶かして互いに固着する溶着手法(熱溶着或いは
超音波溶着等)を用いることが可能となる。而してこのような溶着により第一体と
第二体とを固着した場合,たとえそれらの合せ面に高粘性流体が付着したとして
も,特に支障なくそれらを強固に固着することができる」(2頁左下欄~右下
欄),ニ.「(実施例)次に本発明の実施例を図面に基づいて詳しく説明する。第
1図において,10は密閉容器状を成す粘性流体封入ダンパーであって(図はダン
パーを組立時の向きで表している),内部に高粘性流体12が封入されている。こ
のダンパー10は,第一体14と第二体16との分割形態を成し,それらが互いに
固着されて容器体,つまりダンパー10が構成されている。尚,この例では第一体
14が蓋体として,また第二体16が容器本体として構成されている。第二体16
は,また,ゴム製の第一部材18と,硬質樹脂(熱可塑性樹脂)
製の第二部材20とから成っている。ゴム製の第一部材18は,その中央部におい
て容器内方へと突入する攪拌部22を備えている。攪拌部22には,行止り穴形態
の穴部24が設けられており,この穴部24に,支持部材又は被支持部材から延び
出す軸体が嵌入されるようになっている。・・・この第二部材20は,基端部が外
方に突出する鍔状部32とされ,この鍔状部32が,硬質樹脂(熱可塑性樹脂)に
て形成された第一体14に固着されている。このダンパー10は,容器本体として
の第二体16を第1図に示す向き,即ち開口が上側にくる向きに配して,その内部
に高粘性流体12を充填し,しかる後蓋体としての第一体14を第二体16の上に
乗せて固着することにより一体に組み付けることができる。ここで第一体14と第
二体16とは,様々な手法により固着することができるが,それらを樹脂同士の固
着により,例えば熱溶着或いは超音波溶着により固着した場合,次の種々利点が生
ずる」(第3頁左上欄~第3頁左下欄)との記載がある。
(2)相違点(1)について
 上記(1)のロには,第一体とゴム等の第二体との接着剤を用いての固着に
問題があったこと,同ニ.には,熱可塑性樹脂同士を熱溶着或いは超音波溶着によ
り固着することにより上記問題を解決したことが記載されおり,刊行物1記載の考
案における「ダンパ装置」は,上記ロ.で指摘された問題のあるゴムのハウジング
の上面部と底部である以上,ゴム同士の固着部の問題を解決するため,刊行物2に
記載された熱可塑性樹脂同士の熱融着による構成を採用することは,きわめて容易
に推考できる。
(3)相違点(2)について
 刊行物1記載の考案における「挿入されて取り付けられる中央部の凸部と
凸部の側方の回転防止用突起」は,ハウジングの底部と一体にゴムで形成される
が,ゴムの係合部(軟質)も熱可塑性樹脂の係合部(硬質)も周知であることは,
発明協会発行の「技術動向シリーズ 特許からみた機械要素便覧〔固着〕」(乙
4)に示されているとおりであり,刊行物2には,熱可塑性樹脂(硬質)の材料か
らなるダンパ装置が記載されており,刊行物1の考案におけるハウジングの底部を
熱可塑性樹脂で形成し,本件考案1に係る係合部をも一体に熱可塑性樹脂で形成す
ることが,示唆されている。
(4)したがって,本件考案1と刊行物1記載の考案との相違点(1)及び同
(2)について,刊行物1,2記載の各考案に基づいて,当業者がきわめて容易に
考案をすることができたものであるとした本件決定の判断に誤りはない。
 3 取消事由3(本件考案2の容易想到性の判断の誤り)について
 本件考案2は,本件考案1を引用する考案であり,本件考案2に記載の凸部
の形状が刊行物2に記載されている以上,本件考案2も刊行物に記載された考案か
らきわめて容易に考案できたものである。
第5 当裁判所の判断
 1 取消事由1(本件考案1と刊行物1記載の考案との一致点の認定の誤り)に
ついて
(1)原告は,「嵌着」とは,固定部材の空間に係合部をはめ込むだけで強固に
固着できる形態を意味する当業者の技術用語であり,「嵌着」したものは,刊行物
1のゴム製のダンパーのように,外力によって簡単に外れるようなものではないか
ら,刊行物1の「挿入されて取り付けられる中央の凸部と凸部の側方の回転防止用
突起」の構成が,本件考案1の「押し込むだけで嵌着する係合部を備えた装着部」
に相当することを前提に,両者は,『内部に粘性液体が封入された容器本体と蓋部
とから構成される密閉容器から少なくとも構成された粘性液体封入ダンパーであっ
て,該蓋部に,固定部材の空間に押し込むだけで嵌着する係合部を備えた装着部が
一体に設けられていることを特徴とする粘性液体封入ダンパー。』の考案で一致」
(決定謄本7頁対比)するとした本件決定の一致点の認定は誤りであると主張す
る。
 そこで,「嵌着」の語の意味について検討するに,実願昭62-7480
4号(実開昭63-184513号)のマイクロフィルム(乙1)には,車両用灯
具など車体の外側に取り付けられる部品に配線を行うときに車体内の防水を行う目
的で,車体の開口部に取り付けられるグロメットに関する技術について,「【従来
の技術】従来この種のグロメット20の構造を示すものが第3図であり,このグロ
メット20は全体が一体にゴムなど弾性に富む部材を用いて形成され,周縁部に車
体21の板厚と開口部の径にほぼ合致する摺割溝が設けられて嵌着部20aとさ
れ,中心部に電線22を通過させるための適宜数の電線孔20bが設けられて電線
保持部とされるもので,車体21に嵌着するときはこのグロメット20が形成され
た部材の弾性を利用して前記嵌着部20aを変形させて行うものである。【考案が
解決しようとする問題点】しかしながら,前記した従来の構造のグロメットは,第
一に取付作業のときに形成された部材がゴムなど極度に軟質であることで嵌着時の
手応えに乏しく確認が困難で,この理由によりしばしば不完全な取付状態とされる
作業上の問題点」(2頁第2段落~3頁第1段落),「グロメット1は・・・樹脂
部材で形成された嵌着部2とゴムなどの弾性に富む部材で形成された電線保持部3
との二体に分割されて形成され,車体4に設けられた開口部4aに取付けられてい
る」(4頁第2段落)との記載がある。上記記載によれば,従来の軟質ゴムによる
「嵌着」は弱く,これを樹脂構造に変えることで強度を増し,クリック感などの手
応えを増すとの内容を読み取ることができる。すなわち,上記記載においては,
「嵌着」という用語は,「開口部にはまり合って取り付ける」との結合形態を表し
ているだけで,その結合状態の強弱には無関係に使用されていることが明らかであ
り,結合部の素材を変更したために結合状態は強くなったとしても,そのような
「強い結合状態」のみを表現するために「嵌着」の語を用いているということはで
きない。
 次に,実公平2-32901号公報(乙2)には,「嵌着」の語が,閉鎖
部材23(ゴム製)の細径部23aが補助部材22の穴22bへの取付け,及び補
助部材22(ゴム製)と閉鎖部材23(ゴム製)の中間の溝Aの支持母材10の保
持穴10aへの取付けの2箇所において使用されている。そして,同公報では,上
記記載に加え,袋体21の補助部材22の筒状部22a内への取付けに「装着」の
語が,袋体22の補助部材22の穴22bへの取付けに「嵌装」の語が使用されて
いる。そして,上記「嵌着」されている部材はいずれも原告が「結合力が弱い」と
するゴム製であるから,強固な固定が意図された部分として「嵌着」の語を使用し
ているものと解することはできない。
 また,実願昭63-100330号(実開平2-20894号)のマイク
ロフィルム(乙3)には,ディスク再生装置における振動を遮断するためのインシ
ュレート装置について,「該インシュレータは弾性材で形成してあるため,前記取
付孔へ膨拡部及び嵌合部を圧入した後に圧縮を解除すれば,膨拡部が膨張して再び
元の形状に復帰し,前記嵌合部と取付孔の孔壁面とが密嵌して当該インシュレータ
が嵌着される。而して,前記メインシャーシの開口部へ一定に間隙を有し,且つ,
インシュレータを介して取付シャーシを弾着できるので,外部からの振動を遮断し
て,ピックアップ送り機構部への伝導を防止することができる」(5頁)との記載
があり,同記載においては,「嵌着」という用語は,「はめて取り付ける」意味で
使用されているものと認められる。
 以上検討したところによれば,「嵌着」は,一般に素材の弾性変形を利用
して取付部を支持部材に挿入して取り付けるという状態をいうものと解され,特に
取り付け強度が強固なもののみに対して用いられるということはできず,取付強度
とは無関係に,上記のような取付構造ないし状態を意味するものとして使用されて
いる語であるということができるから,「嵌着」が強固な固着状態のみを表現する
用語として通常用いられているとの原告の主張は採用することができない。
(2)次に,本件明細書において,「嵌着」の語がどのように使用されているか
について検討する。
 本件明細書(甲5添付)には,「内部に粘性液体が封入された容器本体と
蓋部とから構成される熱可塑性樹脂製密閉容器から少なくとも構成された粘性液体
封入ダンパーであって,該密閉容器本体と蓋部は熱融着されており,該蓋部に,熱
可塑性樹脂からなり固定部材の空間に押し込むだけで嵌着する係合部を備えた装着
部が一体に設けられていることを特徴とする粘性液体封入ダンパー」(【請求項
1】),「粘性液体封入ダンパーの蓋部に係合部を備えた装着部を設け,固定部材
に前記係合部に対応する空間部を形成させておき,該係合部を該固定部材の空間部
に押し込むだけで嵌着させることができ,ダンパーを簡単に固定することを可能と
したものである。例えば,図2を用いて説明すると,装着部(2)は,固定部材
(3)内の空間部(4)に嵌着される」(段落【0007】),「前記凸部(3
4)は,空間部内に形成された溝に沿って移動し,凹部(43)内に到着し,該凹
部にて嵌着され(図4-b,c),前記粘性液体ダンパーが固定される」(段落
【0008】),「粘性液体ダンパーの装着部が固定部材の空間部に嵌着され固定
される」(段落【0009】),「該粘性液体封入ダンパーを固定部材に固定する
際にも,ダンパーに一体に形成されている係合部を備えた装着部を固定部材内に設
けられた空間部に押し込むだけで嵌着させることができ,簡単な操作にて,強固に
固定することができる」(【考案の効果】)との記載があり,これらの記載から,
本件考案1が,「係合部を構成する素材の弾性変形を用いて固定部材に固定する
際,その固定強度を強化する」との目的を持つものであることは看取することがで
きるが,【考案の目的】欄に「簡単な方法で短時間に固着することができる粘性液
体封入ダンパーを提供することを目的とする」(段落【0004】)とあるとお
り,「嵌着」の語が,特に「強い強度での固定」を意図して用いられていると読み
取ることはできない。他方,本件明細書には,結合強度の向上について,「【問題
点を解決するための手段】本考案は,前記目的を達成するために提案されたもので
あり,粘性液体封入ダンパーの密閉容器を構成する素材として熱可塑性樹脂を採用
することにより,振動吸収能に優れ,かつ成形性にも優れた粘性液体ダンパーが短
時間で得られるという知見と,該ダンパーを爪などの係合部を備えた装着具を利用
し,固定部材の係合部を押し込むだけで,簡単にしかも強固に粘性液体封入ダンパ
ーを固定部材へ固定することができるという知見に基づくものである」(段落【0
005】)との記載があり,接合強度の向上が,熱可塑性樹脂の採用によってもた
らされたものであることを示唆している。さらに,本件明細書ではダンパーの固定
方法について,「固定」「固着」の語も,「嵌着」と特に区別されることなく使用
されていることが認められる。
 以上から,本件実用新案登録請求の範囲において,「嵌着」は装着部2が
弾性変形した上で固定部材3の空間部に挿入され,結合されるという装着態様を表
すものであり,これを特に強固な固定状態をいうものと認めることはできない。
(3)したがって,「嵌着」の語が,特に強固な固定状態をいうものと認めるこ
とができないことは上記のとおりであるから,本件考案1と刊行物1記載の考案の
取付構造ないし状態に着目して,刊行物1の「挿入されて取り付けられる中央の凸
部と凸部の側方の回転防止用突起」の構成が,本件考案1の「押し込むだけで嵌着
する係合部を備えた装着部」に相当することを前提に,両者は,『内部に粘性液体
が封入された容器本体と蓋部とから構成される密閉容器から少なくとも構成された
粘性液体封入ダンパーであって,該蓋部に,固定部材の空間に押し込むだけで嵌着
する係合部を備えた装着部が一体に設けられていることを特徴とする粘性液体封入
ダンパー。』の考案で一致」(決定謄本7頁対比)するとした本件決定の一致点の
認定に誤りはない。
2 取消事由2(本件考案1と刊行物1記載の考案との相違点についての判断の
誤り)について
(1)相違点(1)について
 刊行物2(甲4)には,被告主張のとおりの記載があり,特に,「第一体
14が蓋体として、また第二体16が容器本体として構成されている。第二体16
は、また、ゴム製の第一部材18と、硬質樹脂(熱可塑性樹脂)製の第二部材20
とから成っている」(3頁右上欄)、「この第二部材20は、基端部が外方に突出
する鍔状部32とされ、この鍔状部32が、硬質樹脂(熱可塑性樹脂)にて形成さ
れた第一体14に固着されている。・・・蓋体としての第一体14を第二体16の
上に乗せて固着することにより一体に組み付けることができる。ここで第一体14
と第二体16とは,様々な手法により固着することができるが,それらを樹脂同士
の固着により,例えば熱溶着或いは超音波溶着により固着した場合,次の種々利点
が生ずる」(同頁左下欄)との記載に照らせば,粘性液体封入ダンパーの蓋体と本
体とを樹脂同士の熱融着等の固着方法で結合させることが開示されていることが明
らかである。そうすると,本件決定のいうとおり,「刊行物1の考案におけるゴム
製のハウジングを熱可塑性樹脂の密閉容器とし,本体と蓋部が熱融着されたものと
することは,きわめて容易に推考できる」(決定謄本7頁下から第2段落)という
ことができる。
(2)相違点(2)について
 刊行物2(甲4)には,「この例では第一体14が蓋体として、また第二
体16が容器本体として構成されている」(3頁右上欄),「第二部材20は,基
端部が外方に突出する鍔状部32とされ,この鍔状部32が,硬質樹脂(熱可塑性
樹脂)にて形成された第一体14に固着されている」(同頁左下欄)との記載があ
り,容器本体に対する蓋体を熱可塑性樹脂製とすることが開示されており、さら
に、同一部材として一体に形成される部材を同一樹脂で構成することは、技術常識
である。そして,刊行物1記載の考案における「挿入されて取り付けられる中央部
の凸部と凸部の側方の回転防止用突起」は,ハウジングの底部と一体にゴムで形成
されるが,ゴムの係合部(軟質)も熱可塑性樹脂の係合部(硬質)も周知であるこ
とは,発明協会発行の「技術動向シリーズ 特許からみた機械要素便覧〔固着〕」
(乙4)に示されているとおりであるから,刊行物1記載の考案におけるゴムで形
成された一体の部材を、熱可塑性樹脂製とすることは、刊行物2の記載からきわめ
て容易に推考できるということができる。
(3)以上によれば,本件考案1と刊行物1記載の考案との相違点(1)及び同
(2)について,刊行物1,2記載の各考案に基づいて,当業者がきわめて容易に
考案をすることができたものであるとした本件決定の判断に誤りはない。
3 取消事由3(本件考案2の容易想到性の判断の誤り)について
 原告は,本件考案2は,本件考案1の従属考案であり,本件考案1が,刊行
物1に基づいてきわめて容易に考案をすることができたものでない以上,蓋体の凸
部の構成の類非だけを論ずることは無意味なことであると主張する。しかし,本件
考案1は,刊行物1,2記載の各考案に基づいて,当業者がきわめて容易に考案を
することができたものであることは上記2のとおりであるから,原告の取消事由3
の主張は,その前提において失当であり,採用することができない。
4 以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,他に本件決定を
取り消すべき瑕疵は見当たらない。
   よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決
する。
     東京高等裁判所第13民事部
         裁判長裁判官 篠  原  勝  美
    裁判官 岡  本     岳
    裁判官 長  沢  幸  男

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