弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     被告人三名を各罰金二千円に処する。
     右罰金を完納することができないときは、金二百円を一日に換算した期
間、当該被告人を労役場に留置する。
     但し、この判決確定の日より一年間、右各罰金刑の執行を猶予する。
     原審及び当審における訴訟費用は三分してその一ずつを被告人の負担と
する。
         理    由
 本件各控訴の趣意は、被告人らの弁護人大池竜夫作成名義の控訴趣意書及び補充
控訴趣意書に記載されたとおりであるから、ここにこれを引用し、これに対し当裁
判所は次のように判決する。
 控訴趣意中正当防衛の論旨について
 論旨は、被告人らの本件放水行為は、A絹糸紡績株式会社のいわゆる再建派に属
する従業員の団結権及び同派の従業員中ピケラインを張つていた者の生命身体を防
衛するためにやむことを得ざるに出でた正当防衛行為である、というにある。
 よつて按ずるに、原判決挙示の各証拠を綜合すれば、A絹糸労働組合は、昭和三
十三年初頃より原判示の再建派と本部派との二派に分れ相対立していたこと、被告
人三名は大垣市a町b丁目c番地A絹糸紡績株式会社大垣工場の工員で、A絹糸労
働組合大垣支部の組合員で右再建派に属していたこと、同年二月二十八日再建派
は、右大垣工場内において再建派臨時大会を開催するにあたり、右大会を阻止する
ため本部派の者が大挙押しかけて来ることを予知し、これに対処するため、労働組
合員でないいわゆる町の人であるBら十数名に応援を求め、又早朝から再建派組合
員三、四十名をして同工揚正門前にピケラインを張らせ、本部派の者が同工揚に入
ることを阻止する態勢を整えて待機していたこと、同日午前十時頃までに右正門附
近に約二百五十名位の本部派の者が来集し、本部派を代表してC副組合長外一名が
ピケラインを張つている再建派組合員に対し、ピケラインを解いて本部派の者を工
場内に入れるよう交渉したが、右再建派組合員においてこれに応ぜず、飽くまで本
部派の者の工場内に入ることを阻止する態度を示したので、勢い、本部派の者は実
力をもつて再建派組合員のピケラインを突破し工場内に入ることを図るようになつ
たこと、かくして、本部派の者二百五十名位はスクラムを組んでピケラインの再建
派組合員に衝突して行き、ピケラインの再建派組合員はこれに強く抵抗し、両者の
押し合いとなり、このようなことを三、四回繰り返し約一時間半を経た頃、本部派
の者の数は三百名位に増加し、これ等の者がピケラインを押し包むような態勢でピ
ケラインの再建派組合員に衝突して来たので遂に同組合員は正門の扉(角材を組立
て南内側に開くよう取付けられてあるのであるが、当日は通用門の部分を除き角
材、鉄線等により閉鎖してあつた)に押しつけられ、ピケラインが崩れるような情
勢になつたこと、被告人らは、正門の北側に接続した守衛所の屋根の上にあつて右
情勢を見るや、ピケラインの再建派組合員に助勢しピケラインの維持を図る目的
で、原判示のように、B、D、Eらと共同して、右屋上から消防用ホースをもつて
本部派の組合員であるF外十三名等の身体に対し、放水したものであること、を認
めることができる。本件記録を精査し、当審における事実取調の結果を検討する
も、右認定を左右する証左はない。
 <要旨>右認定したところによれば、ピケラインの再建派組合員と本部派の者との
押し合いは、右再建派組合員が本部派の者の工場に入ることを実力をもつて
阻止しようとし、他方本部派の者は実力をもつてピケラインを突破しようとしたこ
とによつて生じたものである。かような状態は多くの労働争議において往々行われ
る現象であると認められるが、このような状態の下において、被告人らが原判示原
審相被告人らと共謀して本部派組合員らに対し原判示のように守衛所の屋根のうえ
から消防用のホースを用いて放水するが如き行為はとうてい刑法第三十六条にいわ
ゆる急迫不正の侵害を受け自己又は他人の権利を防衛するため已むことを得ざるに
出でた行為ということを得ないこと明らかである。右と同趣旨の理由により、被告
人らの正当防衛の主張を排斥した原判決には、所論のような事実誤認の点はなく論
旨は理由がない。
 控訴趣意中錯覚防衛緊急避難の論旨について
 論旨は、被告人らの本件放水行為が、正当防衛に該当しないとするも、いわゆる
錯覚防衛(誤想防衛)をもつて論ぜられるか、或は緊急避難をもつて論ぜられるべ
きものである、というのである。
 しかし、前記認定のように、被告人らは、ピケラインの再建派組合員に助勢して
その劣勢を立ち直らせようとして本件放水行為に出でたものであつて、いわゆる喧
嘩闘争の一方の側に立つての反撃行為と同じように考えられるから、いわゆる錯覚
防衛、緊急避難をもつて論ぜられる場合に該らないこと明白で、原判決には所論の
ような事実認認の点はなく、論旨は採用できない。
 右のように、被告人らの弁護人の事実誤認の論旨は、採用できないものである。
 進んで、職権をもつて調査してみるに、本件記録を精査し、原審及び当審におけ
る証拠調の結果を仔細に検討すると、被告人らの本件放水行為は、前記認定のとお
りの事態において、たまたま守衛所の屋上にいた被告人らに対し下方より消防用ホ
ースの筒先を渡されたので、その場の雰囲気に昂奮していた被告人らが放水行為に
及んだものであり、犯行の動機において斟酌すべきものがあり、又放水時間も三、
四分程度で、水勢もそれ程強いものでなく、本件犯行の態様においてもとくに悪質
のものとは認め難いこと、被告人らはいずれも年若く、前科がないこと、特にA絹
糸労働組合は、現在においては本部派、再建派の対立も全く解消し、本件当時の両
派の抗争は、却つて、同組合の現在の発展に資するものであつたとさえ認め得られ
ることその他諸般の情状に鑑みると、原判決が被告人らに対し各罰金二千円に処
し、これに執行猶予を附さなかつたのは、量刑重きに過ぎ不当なものといわざるを
得ず、原判決はこの点において破棄を免れない。
 そこで、刑事訴訟法第三百九十七条第一項に従い原判決を破棄するが、本件は原
裁判所並びに当裁判所において取り調べた各証拠により当裁判所において直ちに判
決できるものと認められるので、同法第四百条但書により更に判決する。
 当裁判所が認定した被告人らに対する犯罪事実及びこれに対する証拠の標目は、
原判決に摘示するとおりであるから、ここにこれを引用する。
 法律に照すに、被告人らの判示各所為は暴力行為等処罰に関する法律第一条、刑
法第二百八条、第六十条罰金等臨時措置法第二条、第三条第一項第二号に該当する
ところ、右は一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから刑法第五十四条第一
項前段、第十条を適用し、判示旧中幸男に対する罪の刑に従い処断すべく、所定刑
中罰金刑を選択し、その金額の範囲内で量刑に関する所論に鑑み被告人らを各罰金
二千円に処し、右罰金を完納することができないときは刑法第十八条に従い、金二
百円を一日に換算した期間当該被告人を役労場に留置し、情状刑の執行を猶予する
を相当と認め、同法第二十五条第一項に従い、本判決確定の日から一年間右罰金刑
の執行を猶予すべく、なお、原審及び当審における訴訟費用は刑事訴訟法第百八十
一条第一項本文により主文第五項掲記のとおり被告人らにこれを負担せしめること
とし、主文のとおり判決する。
 (裁判長判事 小林登一 判事 成田薫 判事 布谷憲治)

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