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平成27年4月28日判決言渡同日判決原本交付裁判所書記官
平成26年(ワ)第4号特許権侵害差止等請求事件
口頭弁論終結日平成27年1月30日
判決
原告株式会社日研工作所
同訴訟代理人弁護士三山峻司
同清原直己
同訴訟代理人弁理士伊藤英彦
同竹内直樹
被告津田駒工業株式会社
同訴訟代理人弁護士黒田健二
同笹倉興基
同門松慎治
主文
1原告の請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1被告は,別紙被告製品目録記載の装置を製造,販売,販売の申出をしては
ならない。
2被告は,別紙被告製品目録記載の装置を廃棄せよ。
3被告は,原告に対し,金3億8590万円及び内金7570万円に対する
平成18年12月1日から,内金6050万円に対する平成19年12月1
日から,内金6200万円に対する平成20年12月1日から,内金237
0万円に対する平成21年12月1日から,内金3110万円に対する平成
22年12月1日から,内金4390万円に対する平成23年12月1日か
ら,内金5530万円に対する平成24年12月1日から,内金3370万
円に対する平成25年9月1日から,それぞれ支払済みまで年5分の割合に
よる金員を支払え。
第2事案の概要等
1事案の概要
本件は,原告が,被告に対し,別紙被告製品目録記載の装置(以下「被告
製品」という。)が原告の有する特許権を侵害するとして,特許法100条
1項,2項に基づき,被告製品の販売等の差止め,廃棄を求めるとともに,
同法102条2項により,被告が受けた利益を原告の受けた損害と推定し,
不法行為(民法709条)に基づく損害賠償の支払を求めた事案である。
2前提事実(証拠及び弁論の全趣旨より前提として認められる事実。証拠の
記載のないものは,争いがないか弁論の全趣旨より認められる。)
(1)当事者
ア原告は,工具保持具,切削工具および治工具並びに工作機械周辺機器
およびその付属品の製造販売などを目的とする株式会社である(甲1)。
イ被告は,工作機械ならびに工作機械完成部品の製造販売などを目的と
する株式会社である(甲2)。
(2)原告の特許権(甲3,4,5)
ア原告は,次の特許(以下「本件特許」といい,本件特許に係る発明を
「本件特許発明」という。また,本件特許の審決公報による訂正後の特
許請求の範囲を以下単に「本件特許請求の範囲」,その明細書及び図面
をあわせて「本件明細書」という。)に係る特許権(本件特許権)を有
している。
特許番号第3713190号
発明の名称円テーブル装置
出願日平成12年7月11日(特願2000-20997
0)
登録日平成17年8月26日
訂正審判請求日平成22年4月1日
審判番号訂正2010-390030
訂正の審決平成22年5月7日
審決確定日平成22年5月17日
特許請求の範囲(訂正後のもの,下線部は訂正部分)
【請求項1】
回転軸(5)の軸方向一端にワーク取付部を備え,駆動機構により回
転軸(5)を回転させ,クランプ機構により所定回転角度で回転軸を固
定する円テーブル装置において,
前記駆動機構は,回転軸(5)に設けたウォームホイール(11)と
該ウォームホイール(11)に噛み合うウォーム軸(12)により構成
されると共に,ウォーム軸(12)とウォームホイール(11)はオイ
ルバス内に収納され,
前記クランプ機構は,前記ウォームホイール(11)に固着されたブ
レーキディスク(15)と,該ブレーキディスク(15)を軸方向の両
側から解除可能に挟圧する固定側クランプ部材(20)及び可動側クラ
ンプ部材(21)と,可動側クランプ部材(21)を軸方向の固定側ク
ランプ部材(20)側に加圧する流体圧ピストン(25)と,前記流体
圧ピストン(25)を軸方向移動可能に嵌合させているシリンダ形成部
材(31)と,該流体圧ピストン(25)と前記可動側クランプ部材(2
1)と前記シリンダ形成部材(31)との間に介在すると共に軸方向及
び径方向に移動可能なボール(26)とカム面(28,29,40)よ
りなる増力機構とを,備え,
前記可動側クランプ部材(21)は,リターンばね(30)により,
軸方向のアンクランプ側に付勢され,
前記増力機構は,ボール(26)を介してシリンダ形成部材(31)
のテーパー面(40)に対向している流体圧ピストン(25)の第1段
用テーパーカム面(28)のカム作用による第1段増力部と,ボール(2
6)を介してシリンダ形成部材(31)のテーパー面(40)に対向し
ている可動側クランプ部材(21)の第2段用テーパーカム面(29)
のカム作用による第2段増力部を有することを特徴とする円テーブル装
置。
【請求項2】
前記流体圧ピストンは,回転軸を取り囲む環状に形成されている請求
項1記載の円テーブル装置。
イ本件特許発明は,次のとおり構成要件に分説することができる(以下
「構成要件A」などという。)。
【請求項1】
A回転軸(5)の軸方向一端にワーク取付部を備え,駆動機構により
回転軸(5)を回転させ,クランプ機構により所定回転角度で回転軸
を固定する円テーブル装置において,
B前記駆動機構は,回転軸(5)に設けたウォームホイール(11)
と該ウォームホイール(11)に噛み合うウォーム軸(12)により
構成されると共に,ウォーム軸(12)とウォームホイール(11)
はオイルバス内に収納され,
C前記クランプ機構は,
C1前記ウォームホイール(11)に固着されたブレーキディスク
(15)と,
C2該ブレーキディスク(15)を軸方向の両側から解除可能に挟
圧する固定側クランプ部材(20)及び可動側クランプ部材(2
1)と,
C3可動側クランプ部材(21)を軸方向の固定側クランプ部材(2
0)側に加圧する流体圧ピストン(25)と,
C4前記流体圧ピストン(25)を軸方向移動可能に嵌合させてい
るシリンダ形成部材(31)と,
C5該流体圧ピストン(25)と前記可動側クランプ部材(21)
と前記シリンダ形成部材(31)との間に介在すると共に軸方向
及び径方向に移動可能なボール(26)とカム面(28,29,
40)よりなる増力機構とを,備え,
D前記可動側クランプ部材(21)は,リターンばね(30)により,
軸方向のアンクランプ側に付勢され,
E前記増力機構は,
E1ボール(26)を介してシリンダ形成部材(31)のテーパー
面(40)に対向している流体圧ピストン(25)の第1段用テー
パーカム面(28)のカム作用による第1段増力部と,
E2ボール(26)を介してシリンダ形成部材(31)のテーパー
面(40)に対向している可動側クランプ部材(21)の第2段用
テーパーカム面(29)のカム作用による第2段増力部を有する
Fことを特徴とする円テーブル装置。
【請求項2】
G前記流体圧ピストンは,回転軸を取り囲む環状に形成されている請
求項1記載の円テーブル装置。
(3)被告の行為
被告は,遅くとも平成19年8月ころから(開始時期については当事者
間で争いがある。),被告製品の製造,販売及び販売の申出をしている。
3原告の請求
原告は,被告製品が本件特許発明の技術的範囲に属するとして,特許法1
00条1項,2項に基づき,被告製品の製造,販売等の差止め及び被告製品
の廃棄を求め,また,同法102条2項の推定により,被告製品の売上高は
128億7900万円を下らず,被告の利益等から考え,原告は金3億85
90万円を下らない損害を蒙っているとして,前記第1の3記載の金員の支
払を求めた。
4争点
(1)被告製品は本件特許発明の技術的範囲に属するか(構成要件D及びE2
の充足。争点1)
(2)本件特許発明につき無効理由が存するか(争点2)
(3)原告の損害(争点3)
第3争点に対する当事者の主張
1争点1(被告製品は本件特許発明の技術的範囲に属するか)について
【原告の主張】
(1)被告製品の構成
ア被告製品は,次の構成を有する。
(請求項1に係る発明との対比)
a回転軸の軸方向一端にワーク取付部を備え,駆動機構により回転軸
を回転させ,クランプ機構により所定回転角度で回転軸を固定する円
テーブル装置において,
b前記駆動機構は,回転軸に設けたウォームホイールと該ウォームホ
イールに噛み合うウォーム軸により構成されると共に,ウォーム軸と
ウォームホイールはオイルバス内に収納され,
c前記クランプ機構は,
c1前記ウォームホイールに固着されたクランプディスクと,
c2該クランプディスクを軸方向の両側から解除可能に挟圧するフ
レーム及びクランプリングと,
c3クランプリングを軸方向のフレーム側に加圧するクランクピス
トンと,
c4前記クランクピストンを軸方向移動可能に嵌合させているクラ
ンプシリンダと,
c5該クランプピストンと前記クランプリングと前記クランプシリ
ンダとの間に介在すると共に軸方向及び径方向に移動可能な鋼球と
カム面よりなる増力機構とを,備え,
d前記クランプリングは,板ばねにより,軸方向のアンクランプ側に
付勢され,
e前記増力機構は,
e1鋼球を介してクランプシリンダのテーパー面に対向しているク
ランプピストンの第1段用テーパーカム面のカム作用による第1段
増力部と,
e2鋼球を介してクランプシリンダのテーパー面に対向しているク
ランプリングの第2段用テーパーカム面のカム作用による第2段増
力部を有する
fことを特徴とする円テーブル装置。
(請求項2に係る発明との対比)
g前記クランプピストンは,回転軸を取り囲む環状に形成されている。
イ対比
被告製品の構造は,下記図のとおりであり,図内の符号は次のものを
指し,括弧内に記載された本件特許発明の部分と対応する。
【図】
符号1回転軸
同2ワーク取付部
同3ウォームホイール
同4駆動用ウォーム軸
同5オイルバス
同6クランプディスク(ブレーキディスク)
同7フレーム(固定側のクランプ部材)
同8クランプリング(可動側のクランプ部材)
同9クランプピストン(流体圧ピストン)
同10鋼球(ボール)
同11板ばね(リターンばね)
同12クランプシリンダ(シリンダ形成部材)
ウ構成要件充足性
構成要件AないしGは,それぞれ被告製品の構成aないしgに相当し,
被告製品の構成aないしgが,本件特許発明の構成要件AないしGを充
足することは明らかである。
以上により,被告製品は,本件特許発明の技術的範囲に属するもので
ある。
エ作用効果
被告製品は,本件特許発明と同一の作用効果を奏する。
(2)構成要件Dについて
アリターンばね
(ア)「前記可動側クランプ部材(21)は,リターンばね(30)によ
り,軸方向のアンクランプ側に付勢され,」との特許請求の範囲の記
載(構成要件D)によれば,可動クランプ部材(被告製品のクランプ
リング)が,「リターンばね」の手段・方法により,軸方向のアンク
ランプ側に付勢されることが要件となっている。
(イ)構成要件Dの構成は,回転位置決め精度及び駆動機構の耐久性の向
上(本件明細書【0030】)に寄与している。
クランプ状態となった後,空気圧を減圧してクランプを解除しても,
クランプシリンダ(シリンダ形成部材)とクランプリング(可動側ク
ランプ部材)によって形成されるカム面に増力された力で強く押し込
まれたボールは,空気圧を減圧しクランプピストン(流体圧ピストン)
を戻しただけでは抜けないまま,押し込まれた状態でクランプ状態が
保持されてしまう。このような状態が生じると,過負荷により装置が
停止するという事態に陥る。このような状態は,駆動機構の耐久性に
悪影響を及ぼす。
また,アンクランプ時にピストン25をアンクランプ側に後退させ
ても,くさび状に対向面に食い込んだボール26は食い込み状態のま
まで停止しており,可動側クランプ部材は依然としてブレーキディス
クに圧力を付与した状態のままとなり,円滑に作動せず,「回転位置
決め精度」が大きく落ちる。
そこで,長期間にわたり継続的に安定したクランプ動作及びアンク
ランプ動作を行うようにするためには,アンクランプ時にピストン2
5をアンクランプ側に後退させるだけでは不十分で,「リターンばね」
30の付勢力によって可動側クランプ部材21を強制的にアンクラン
プ側に後退させることが必要となる。
したがって,「リターンばね」は,「クランプ状態を解除する際に,
すなわち,クランプからアンクランプ動作に入る時に,可動側クラン
プ部材を軸方向のアンクランプ側に付勢して,可動クランプ部材がブ
レーキディスクをクランプしているのを確実に解除するもの」である。
(ウ)このような「リターンばね」について,クランプ機構に関するとい
う点が記載されているだけで,設置場所や形状についての限定はされ
ていない。
イ被告製品の構成
部材11(板ばね)は,クランプリング8とクランプシリンダ12の
間に設置され,板ばね(平板状の形状のもので力がかかって曲げられた
り撓ませられたりすると,元の平板状の形態に戻る弾性力を発揮する。)
を二枚重ねた円環状の平板状ディスクである。部材11上には,穴が複
数空いている。それらの穴に互い違いにクランプリング8とクランプシ
リンダ12とを結合させているので,クランプ時及びアンクランプ時に
は図示すれば,それぞれ次のようになる。
(ア)クランプ時
鋼球10の動きでクランプリング8が回転軸芯方向の正面部に前進
し,クランプシリンダ12との間に隙間ができて,板ばね11が広が
る(下記右図の8側にあるは,通し穴でボルトがこの中を通り,1
2側にあるは,ボルトの頭が入る穴が開けられており,は雌ネジが
きってあるねじ穴を示す)。
(イ)アンクランプ時
板ばね11が復元力をもって元の平板な状態に戻ろうとし,クラン
プリング8が回転軸芯方向の背面部に後退する。
ウ被告製品の構成要件充足性
可動側クランプ材に相当するクランプリング8が回転軸芯方向に移動
する結果,シリンダ形成部材に相当するクランプシリンダ12と離れて
しまうところ,部材11(板ばね)の一部は,可動側クランプ材に相当
するクランプリング8にねじ止めされているために,可動側クランプ材
に相当するクランプリング8と共に回転軸芯方向に移動する。
他方,シリンダ形成部材に相当するクランプシリンダ12は移動しな
いので,シリンダ形成部材に相当するクランプシリンダ12とねじ止め
されている部材11(板ばね)の一部はシリンダ形成部材に相当するク
ランプシリンダ12と結合された状態のままとなる。それゆえ,部材1
1(板ばね)は,元の平坦な円環状ディスクに戻ろうとする力が働く。
すなわち,アンクランプ側に力が働くこととなる。
よって,部材11(板ばね)は,クランプ時に可動側クランプ部材に
相当するクランプリング8をアンクランプの状態に戻そうとする力を,
可動側クランプ部材に相当するクランプリング8にかけている。クラン
プ力を増大する目的のものではないことは明らかである。
以上から,被告製品の「クランプリングは,クランプリングとクラン
プシリンダの間に位置し,クランプリングの軸方向下面部にネジ通し穴
を通じてネジ止めされると共にクランプシリンダ軸方向上面部にもネジ
通し穴を通じて交互にネジ止めされた板ばねにより,軸方向のアンクラ
ンプ側に付勢され」(被告製品の構成d)ているので,「可動側クラン
プ部材に相当するクランプリングは,部材11(板ばね)により,軸方
向のアンクランプ側に付勢され」ているという構成要件Dを満たす。
エ被告の主張に対する反論
被告は,「リターンばね」がアンクランプ時に付勢によりボール26
と第1段用テーパーカム面28が当接した状態を保つものに限る旨主張
する。
本件明細書【0025】は,クランプ解除時,リターンばねが可動側
クランプ部材を軸方向のアンクランプ側に付勢し,アンクランプ方向に
力を働かせることで可動側クランプ部材がブレーキディスクをクランプ
しているのを確実に解除することを説明した記載であり,実施例を示し
たものである。確実に解除すると,ボールがフリーになり,クランプピ
ストンに当接する結果となる。ボールはロック状態からフリーになるこ
とに意味があり,クランプピストンに当接しているか当接していないか
ということ自体は問題ではない。被告は,当接する場合の技術的意義を
述べるが,構成要件Dの技術的意義は上記のとおりクランプの確実な解
除(アンクランプの確実な実現)にあり,被告の主張は構成要件Dの充
足性とは無関係である。
(3)構成要件E2について
ア「テーパーカム面」の意義
(ア)構成要件E2における「テーパーカム面(29)」は,「テーパー」
を付加して限定したものではなく,不可分一体の用語である。「テー
パーカム面」とは,力の伝達を介する面を指しており,シリンダ形成
部材テーパー面40と対向してセットになる,カム作用を生じさせる
面であり,入力面ないし出力面である。可動側クランプ部材のテーパ
ーカム面29に傾斜角度がつけられていることは必須ではない(特許
請求の範囲には,その傾斜角度の記載はない。)。
可動側クランプ部材のテーパーカム面29とシリンダ形成部材のテ
ーパー面40は,ボール26を介して上記の両面の距離が一定でない
周辺の対向面を形成しており,その両面によってボール26に作用す
ることをカム作用と称しているものである。
(イ)本件明細書において,シリンダ形成部材31に形成されたボール2
6と接する面については「テーパー面(40)」と記載されている(【0
017】【0021】)のに対し,ピストン側のボールが接する面あ
るいは可動側クランプ部材のボールが接する面については,「カム面
(28,29)」(【0007】【0013】【0027】)及び「テ
ーパーカム面」(【0016】~【0018】,【0022】,【0
023】,【0029】)と記載されており,明確に書き分けられて
いる。
このことから,ボールが当接する3面のうち,①ピストン側のボー
ルが接する面(28)及び可動側クランプ部材のボールが接する面(2
9)と,②シリンダ形成部材31に形成されたボール26と接する面
(40)とは,別のカテゴリーに属することが分かる。本件特許発明
における増力機構は,上記①②における3つの面(28,29,40)
とボールによって増力される仕組みとなっているところ,ピストン側
の面(28)を,押圧力を入力する「第1段用テーパーカム面」,出
力側である可動側クランプ部材に形成された面(29)が「第2段用
テーパーカム面」と指称されている。これによれば,「テーパーカム
面」とは,3つの面を用いた増力機構において,シリンダ形成部材の
テーパー面とカム作用を利用した入力面及び出力面を表現したもので
あり,「シリンダ形成部材テーパー面40と対向してセットになる,
カム作用を生じさせる面」ということになる。
したがって,「テーパーカム面」は,回転軸芯と垂直のものであっ
たとしても,上記カム作用を生じさせるもので,これを排除するもの
ではない。
イ「テーパー」の意義
(ア)本件特許発明における「テーパー」とは,ピストン側のボールと接
する面及び可動側クランプ部材の面がシリンダ形成部材とセットにな
って第1段増力部,第2段増力部として勾配が形成されていることを
示している。
これを図示すると,下記の図のように,左のものは,被告製品と同
等のものであり,右のものは本件特許の実施例である図面と同等のも
のである。可動側クランプ部材のボールと当接する面が,傾斜を有す
る場合であっても回転軸と垂直であっても,第2段増力部は,シリン
ダ形成部材「テーパー面」とセットとなり,2面間で勾配を形成して
いる。
【図】
(イ)本件明細書【0018】に基づく主張
【0018】の記載は,実施例にすぎず,本件特許発明の技術的範
囲が【0018】で開示された内容に限定されるものではない。
構成要件C5及びEの記載,前記ア(イ)に記載の増力機構の技術的意
義に照らせば,ピストンに形成された面(28)は,シリンダ形成部
材に形成されたテーパー面(40)とボールによって増力作用を生じ
させるような傾斜を有することが必要不可欠であるから,面(28)
におけるα1の角度が0°ということはあり得ない。他方,可動側ク
ランプ部材のテーパーカム面(29)におけるα3については,0°
でもカム作用を受けることが可能であるばかりか,0°の場合にF3
が最大となる。これは,【0018】においてα1のみ「テーパー角」
の記載もあることからすれば,α3について0°を排斥するものでは
ない。
(ウ)当業者である被告の認識理解
被告は,平成20年2月1日に,発明の名称を「インデックステー
ブルのクランプ装置の増力装置」とする特許を出願し(特許第509
3805号,以下「被告特許」という。),その中で本件特許発明を
引用文献として記載している(【0011】)。
被告特許の特許公報中図9は,本件特許の増力装置を示していると
ころ,明らかに本件特許の可動側クランプ部材とボールとの当接面を
回転軸芯方向に垂直な面として記載している。
よって,本件特許発明における「第2段用テーパーカム面」は回転
軸芯に直角な面を含むと解釈するのが,技術常識に照らしても普通の
解釈であるといえる。
(エ)被告主張の不自然さ
本件特許発明における増力は,α1ないし3が可変数であるが,構
成要件E2中の「テーパーカム面」が「テーパー」状であるか否かに
影響を与えるのは,α3のみである。
α3について検討すると,0°付近において最大に増力された力は
連続的に変化するもので,α3の角度の変化に対して,増力比は連続
的に変化しており,α3が少しでも角度を有すると,回転軸芯に対し
て垂直にはならないが,その場合の増力率はα3が0°の場合とほと
んど違いがない。外観的にも差異がなく,技術的にも等価である。そ
れにもかかわらず,α3が0°である場合の1点のみを排除する解釈
は「自然法則を利用した技術的思想」を示した特許発明の解釈として
は不自然きわまりない。
また,本件明細書【0018】には,α3について「傾斜角度」と
記載されているところ,当業者において「傾斜角度」とは,0°を含
む概念として通常使用されている。
したがって,「傾斜角度」α3に0°も含まれると考えることが技
術常識であり,当業者は「第2段用テーパーカム面」には回転軸芯に
対して垂直な面を含むものと解釈することが技術常識に適う。
ウ被告製品の構成要件E2の充足性
構成要件E2における「テーパーカム面」は,上記アのとおりである
から,被告製品の可動側クランプ部材に相当するクランプリング8の鋼
球10に接する面が回転軸芯と直角な面であっても,被告製品の「鋼球
を介して回転軸芯と直角な面に対して約25度の傾斜角度を有するクラ
ンプシリンダのテーパー面に対向している回転軸芯と直角のクランプリ
ングのカム作用による第2段増力部を有する」(被告製品の構成e-2)
は,「ボール(26)を介してシリンダ形成部材(31)のテーパー面
(40)に対向している可動側クランプ部材(21)の第2段用テーパ
ーカム面(29)のカム作用による第2段増力部を有する」の構成要件
E2を充足する。
【被告の主張】
(1)被告製品の構成要件充足性等
被告製品の構成が,構成要件D及びE2を充足することは否認ないし争
う。被告製品は,原告の主張する本件特許発明の作用効果を得るために必
要とされる構成の一部を欠き,同一の作用効果を奏するとはいえないから,
本件特許の技術的範囲に属しない。
(2)構成要件Dについて
被告製品は,構成要件Dを充足しない。
ア構成要件Dの内容
本件明細書の記載(【0014】,【0019】~【0025】),
図1等によれば,「リターンばね」は,クランプ部材20,21の間に
縮設され,縮設された反発力により,可動側クランプ部材21をアンク
ランプ側に押した状態とするばねを指すものと解される。
イ被告製品に「リターンばね」がないこと
(ア)原告の主張する被告製品の構造によれば,本件特許発明の固定側ク
ランプ部材20に対応するフレーム7と,本件特許発明の可動側クラ
ンプ部材21に対応するクランプリング8との間には,ブレーキディ
スクに対応するクランプディスク6があるのみであり,縮設されてア
ンクランプ側にクランプリング8を押した状態とする部材は全く存在
しない。
原告が被告製品において「リターンばね」に当たると主張している
のは,クランプ部材20,21の間に縮設されたリターンばね30に
相当するものではなく,可動側クランプ部材21に相当する「クラン
プリング」8と,シリンダ形成部材31に相当するクランプシリンダ
12との間にある部材11である。
部材11は,平坦な円環状のディスクであり,原告の主張するよう
な波打ったばね様の曲面形状を有するものではない。部材11は,ク
ランプ力を増大させる目的でねじ止めされているもので,形状が平坦
である以上縮設もされておらず,縮設により「クランプリング」8を
付勢しているものでもない。
(イ)本件明細書の記載(【0025】)によれば,「リターンばね(3
0)」は,アンクランプ時において,可動側クランプ部材21をアン
クランプ方向に付勢し,ボール26が「第1段用テーパーカム面28
に当接した状態を保つ」作用を有するものである。
「当接した状態を保つ」ことは,発明の「作用」欄(本件明細書【0
019】~【0025】)に含まれる【0025】に記載されている
ことから,単なる一実施例ではなく,「リターンばね(30)」は,
「当接した状態を保つ」作用を果たすものであり,「付勢」の態様と
しては「当接した状態を保つ」ように常時付勢するものであると理解
できる。
(ウ)しかし,部材11は,少なくともアンクランプ時には本来の形状に
戻った安定状態にあり,何ら付勢力を持たないから,上記「リターン
ばね(30)」の作用を実現することができないものである。
本件特許発明においては,可動側クランプ部材のテーパーという特
殊な構成を持つため,リターンばねが常時付勢し「当接した状態を保
つ」ものでない限り,可動側クランプ部材の変位(流体圧ピストンの
面28と可動側クランプ部材の面29との距離(相対位置関係)が全
周にわたって同じ状態とならない場合)が生じ,クランプによっても
押圧力が全周において均一とならず,結果として「強固かつ確実な」
固定という,本件発明の効果(本件明細書【0027】)を得ること
ができないおそれがあることになる。
したがって,常時付勢するリターンばねには,均一なクランプがで
きるという重要な技術的意義があるもので,構成要件Dの権利範囲の
解釈としても,リターンばねは,常時付勢のものとして理解されるべ
きである。
ウよって,被告製品は,「前記可動側クランプ部材(21)は,リター
ンばね(30)により,軸方向のアンクランプ側に付勢され」を充足
しない。
(3)構成要件E2について
被告製品は,構成要件E2を充足しない。
ア「テーパーカム面(29)」
「テーパーカム面」は,それ自体が,回転軸芯と直角な面に対して3
0°以下の緩やかな傾斜角度(α3)を有する面であって,「シリンダ
形成部材テーパー面(40)と対向してセットになる,カム作用を生じ
させる面」という意味で,不可分一体の用語であるとする原告の主張は
争う。
(ア)カム機構
カム機構の一般的な特徴は,次のとおりである。
①特定の輪郭曲線を持つ原動節,単純な形状の従動節及びその両者
を回転対偶または直進対偶で支持する静止節からなる。
②原動節のことを「カム」といい,その形状を「カム輪郭」などと
いう。
③原動節の所定の周期での回転運動又は直線運動を,従動節の各種
の運動に変換する役割を有する。
④原動節と従動節とは,常に直接接触している。
⑤一般的なカム機構が(請求項に現れている)「増力」という効果
をもたらすとの説明は,必ずしも見当たらない。
(イ)「テーパー」の意義
a「テーパー」とは,円錐状に先細りになっていること,また,そ
の先細りの勾配をいうところ,本件特許のような回転軸芯を中心と
した円テーブルの構造が問題となっているものである以上,下記本
件特許の図2のような断面図において,回転軸芯方向を基準として
α1の角度を有することや,回転軸芯と直角な面を基準としてα2
及びα3といった傾斜角度を有することである。
回転軸芯に対してα1の角度を持つテーパー面28は,ピストン
25の円錐状の凸部を形成する。回転軸芯と直角な面に対してα2
の角度を有するテーパー面40及びα3の角度を有するテーパー面
29は,円錐の凹部を形成する。このように,テーパー面は,立体
的に見れば,まさに回転軸芯を中心とした円錐状の形状を持つこと
になる。
以上のとおり,テーパーとは,基準となる面に対して一定の実質
的な傾斜を持つことであり,α3が0°であるような平坦な円上の
面は「テーパー」とはいえない。また,本件明細書【0018】に
は,「30°以下の緩やかな傾斜角度」という説明があるとおり,
「傾斜」が0°を含まないことは自明である。「第1段用テーパー
カム面(28)」と「第2段用テーパーカム面(29)」とは,本
件特許請求の範囲及び本件明細書を通じて一貫して同様に記載され
ていることから,α3を,0°を含まないα1と同様に解すること
は,用語の普通の意味から考えて自然である。仮にα3が実質的に
0°も含むのであれば,同様のα1についても0°であることがあ
りうることになるが,そうすると,ピストンの動きや力をボールに
伝えることが不可能となることからも,実質的に0°を含まないこ
とは明らかである。
【図2】
b特許法の規定(36条6項4号,特許法施行規則24条の4及
び「様式第29の2」)に基づき,「テーパー」という用語につ
き,特に定義がない以上,その有する普通の意味で使用されたも
のと考えるべきであるから,「テーパーカム面」は,「カム面」
あるいは「面」に「テーパー」という用語を付加することにより
限定したものということができる。E2における「テーパーカム
面(29)」は構成要件C5においては単に「カム面」と記載さ
れていること等からも,原告の主張するような「テーパーカム面」
という不可分一体の語ということはできない。
c訂正前の特許請求の範囲等から把握される「増力部」の意義か
らしても,α3=0°が技術的範囲に含まれないことが明らかで
ある。
すなわち,本件訂正前明細書等に基づく「第2増力部」は,面
29とボール26との接点P2において,横方向への押圧力F2
を受け取り,それとは直角の方向である上方向の押圧力F3とい
うF2より強い力に力を増して伝達するものであるところ,α3
が0°の場合,P2において横方向への押圧力F2を受け取るこ
とができないため,「第2増力部」の意義を充たすことができず,
訂正前の権利範囲には含まれない。そして,訂正により権利範囲
が拡がることはないため(特許法126条6項),訂正後の本件
特許発明の構成要件Dにおいても,α3に0°は含まれない。
dさらに,原告は,本件特許の出願経過における平成17年2月
7日付け拒絶理由通知書に対する同年7月14日付け手続補正書
(方式)において,「構成要件Eのうち,クランプ機構の構成部
材である可動側クランプ部材の端面を,増力機構のカム面として
利用する構成は具備していない。」旨記載し,可動側クランプ部
材の端面(ボールと接する面)がテーパーでないものは,訂正前
の構成要件E2′における「第2段用のテーパーカム面(29)」
には当たらないと明示していた。
また,原告の被告に対する通知書においても,「クランプ時に
クランプリングが傾斜することは明らかであり,本件特許の技術
的範囲に含まれる」旨の記載をしており,クランプリング8には
もともと「傾斜」がないことを認めた上で,クランプ時にはクラ
ンプリング8が鋼球10を介してクランプピストン9に押されて
「傾斜」し,このクランプ時の「傾斜」があるために被告製品(当
時)は本件特許の技術的範囲に含まれると主張していたといえ,
原告自身も「テーパー」とは一定の円錐状の「傾斜」を有するも
のであることを前提としていたことが明白である。
イ被告製品の構成
原告は,被告製品のクランプリング8における鋼球10に接する面が,
構成要件E2の「第2段用テーパーカム面(29)」にあたると主張す
るが,クランプリング8の前記部分は,回転軸芯と直角な面として形成
され,傾斜角度を有しない設計となっている。
ウ対比
両者を比較すると,被告製品のクランプリング8における鋼球10に
接する面は「テーパー」ではないから,被告製品には,構成要件E2の
「第2段用テーパーカム面」がないことになる。
エ結論
以上から,被告製品は本件特許の構成要件E2を充足しない。
2争点2(本件特許発明につき無効理由が存するか)について
【被告の主張】
(1)無効理由1(新規性欠如1)
ア本件特許発明は,本件特許の出願日(平成12年7月11日)前の公
知刊行物(乙16,以下「乙16文献」という。)に記載された発明と
同一であり,特許法29条1項3号の規定に該当し,特許無効審判によ
り無効とされるべきものであるから(同法123条1項2号),本件特
許権に基づく権利行使は許されない(同法104条の3)。
イ乙16文献
(ア)公開日
乙16文献は,ドイツの特許公報であり,1991年(平成3年)
9月26日に公開されたものである。
(イ)技術分野
乙16文献に開示された発明(以下「乙16発明」という。)が対
象としているものは,「ロータリインデックステーブル」であり,本
件特許発明が対象としている円テーブルの一形態である。
(ウ)乙16発明の内容
乙16文献が開示している内容は,以下のとおりである(括弧内「」
の記載は,本件特許において相当する部分である。)。
aスピンドル12(「回転軸(5)」)の軸方向一端に作業テーブ
ル13(「ワーク取付部」)を備え,ウォームホイール15及びウ
ォーム16(「駆動機構」)によりスピンドル12を回転させ,ク
ランプ機構により各位置決め工程後に作業テーブル13(及びスピ
ンドル12)を固定するロータリインデックステーブル10(「円
テーブル装置」)において,
b前記駆動機構は,スピンドル12に設けたウォームホイール15
(「ウォームホイール11」)と,該ウォームホイール15にかみ
合うウォーム16(「ウォーム軸12」)により構成されると共に,
ウォーム16とウォームホイール15はオイルバス内に収納され,
c前記クランプ機構は,
c-1前記ウォームホイール15と相対回転不能に接続された制動
ディスク17(「ブレーキディスク15」)と,
c-2制動ディスク17を回転軸線方向の両側から挟む環状支持部
42(「固定側クランプ部材20」)並びに環状ディスク31
及び締付けディスク27の縁部(「可動側クランプ部材21」)
と,
c-3環状ディスク31及び締付けディスク27の縁部を回転軸線
方向の環状支持部42側に押し付ける環状ピストン24(「流
体圧ピストン25」と,
c-4環状ピストン24を回転軸線方向移動可能に嵌合させている
支持カバー26(「シリンダ形成部材31」)と,
c-5環状ピストン24と環状ディスク31及び締付けディスク2
7の縁部と支持カバー26の間に介在するとともに回転軸線方
向及び径方向に移動可能な球体30(「ボール26」)と押圧
斜面43,44及び環状ディスク31の面(「カム面28,2
9,40」)よりなる増力機構とを,備え,
d環状ディスク31及び締付けディスク27の縁部は,締付けディ
スク27(縁部を除いた部分,「リターンばね30」)により,回
転軸方向のアンクランプ側に付勢され,
e-1球体30を介して支持カバー26の押圧斜面44(「テーパ
ー面40」)に対向している環状ピストン24の押圧斜面43
(「第1段用テーパーカム面28」)による増力部と,
e-2球体30を介して押圧斜面44に対向している環状ディスク
31の面(「第2段用テーパーカム面29」)のカム作用によ
る第2段増力部を有する
fことを特徴とするロータリインデックステーブル10。
g環状ピストン24は,回転軸を取り囲む環状に形成されているロ
ータリインデックステーブル10。
ウ結論
以上のとおり,乙16発明のaないしgは,本件特許発明の構成要件
AないしGに相当するため(e-2については,原告が構成要件E-2
に相当すると主張する構成を開示している。),乙16文献は本件特許
発明と同一の構成を開示しているといえる。したがって,本件特許発明
は,特許法29条1項3号の規定に該当し,特許無効審判により無効に
されるべきである。
(2)無効理由2(進歩性欠如1)
ア仮に,原告が主張するとおり,乙16文献に,構成要件B「オイルバ
ス」又は構成要件D「リターンばね(30)」について,相当する構成
が開示されていないとしても,下記のとおり,本件発明は,乙16発明
に周知技術を適用するか,適宜設計変更をすることにより,当業者であ
れば容易に想到可能であり,本件特許には進歩性欠如の無効理由があり,
本件特許権に基づく権利行使は許されない(特許法104条の3)。
イ構成要件Bにおける「オイルバス」の構成
(ア)公然実施品
本件特許の出願日(平成12年7月11日)よりも前に公然と販売
されていた被告製の円テーブル製品「TRNC-151」において,
ウォーム軸13とウォームホイール12がオイルバス内に収納される
構成が備えられていた。他にも,本件特許の出願日よりも前の他社製
円テーブル製品において,オイルバスが備えられており,また,オイ
ルバスを備えた円テーブルを開示した公知文献が多数存在した。
(イ)容易想到性
ウォーム駆動方式の円テーブル装置において,ウォーム軸とウォー
ムホイールの潤滑のためにオイルバスを用いることは,前記(ア)のとお
り,当業者の技術常識であり,少なくとも,周知技術である。
したがって,乙16発明における給油栓と廃油栓を開示した図1の
記載に触れた当業者が,かかる技術常識に基づき,オイルバスが開示
されているものと理解するのは当然のことではあるが,仮にそれが明
示的といえなくとも,乙16発明の構成において,ウォーム軸とウォ
ームホイールを潤滑することは必須であり,技術常識ないし周知技術
であるオイルバスを適用することについては,何らの阻害要因もなく,
少なくともかかる構成に至ることは当業者にとって容易である。
ウ構成要件Dにおける「リターンばね(30)」
乙16文献において,本件特許発明にいうリターンばねに相当する構
成は開示されている。仮に,乙16発明の構成がリターンばねと相違す
る可能性があるとしても,単なる設計変更の範疇にすぎない。
仮に乙16発明の締付けディスク27の縁部以外の部分が,アンクラ
ンプ側に付勢するものではないという理由で本件特許発明のリターンば
ね(30)と相違する可能性があるとしても,リターンばねは技術常識
ないし周知技術であり,また,乙16発明にこれを適用することに阻害
要因がないばかりか,当業者にとってこれを試みることは当然であると
いう動機付けが存在したといえるから,かかる構成に至ることは当業者
にとって極めて容易である。
エ結論
以上から,本件特許発明の全ての構成が乙16文献に明確に開示され
ていないとしても,本件特許の出願日前において,乙16発明及び周知
技術に基づいて本件特許発明に想到することは,当業者にとって容易で
ある。
(3)無効理由3(新規性欠如2)
ア本件特許発明は,本件特許の出願日前に公然実施された発明と同一で
あるから,特許法29条1項2号の規定に該当し,特許無効審判により
無効とされるべきものであるから(同法123条1項2号),本件特許
権に基づく権利行使は許されない(同法104条の3)。
イ公然実施
被告は,前記(2)イ(ア)の「TRNC-151」(以下「公然実施品」
という。)を,平成4年ころから製造し,購入者に対し,メンテナンス
のために機械を分解して内部構造を見ることを禁止せず,また,何らの
秘密保持義務を課さないまま販売しており,遅くとも平成12年2月に
は,何らの秘密保持義務を負わない顧客(荻野工業株式会社)が購入し
ていることから,当該機械の内容が公然知られる状況又は公然知られる
おそれのある状況で実施されている。
ウ公然実施品の構成等
(ア)公然実施品の構成は,下記のとおりである(括弧内「」の記載は,
本件特許において相当する部分である。)。
a回転軸10の軸方向一端にテーブル面11(「ワーク取付部」)
を備え,ウォームホイール12+ウォーム軸13(「駆動機構」)
により回転軸10(「回転軸(5)」)を回転させ,クランプ機構
により所定回転角度で回転軸を固定する円テーブル装置において,
b前記駆動機構は,回転軸10に設けられたウォームホイール12
(「ウォームホイール(11)」)と該ウォームホイール12に噛
み合うウォーム軸13(「ウォーム軸(12)」)により構成され
ると共に,ウォーム軸13とウォームホイール12はオイルバス内
に収納され,
c前記クランプ機構は,
c-1前記ウォームホイール12に固着されたクランプディスク1
4(「ブレーキディスク(15)」)と,
c-2該クランプディスク14を回転軸芯方向の両側から解除可能
に挟圧するフレーム15(「固定側クランプ部材(20)」)及び
クランプリング16(「可動側クランプ部材(21)」)と,
c-3クランプリング16を回転軸芯方向のフレーム15側に加圧
するクランプピストン17(「流体圧ピストン(25)」)と,
c-4前記クランプピストン17を回転軸芯方向に移動可能に嵌合
させているクランプシリンダ23(「シリンダ形成部材(31)」)
と,
c-5該クランプピストン17と前記クランプリング16と前記ク
ランプシリンダ23との間に介在すると共に回転軸芯方向及び径方
向に移動可能な鋼球21(「ボール(26)」)とクランプピスト
ン17のテーパー面,クランプリング16の鋼球21との当接面,
及びクランプシリンダ23のテーパー面(「カム面(28,29,
40))よりなる増力機構とを,備え,
d前記クランプリング16は,リターンスプリング22(「リター
ンばね(30)」)により,回転軸芯方向のアンクランプ側に付勢
され,
e前記増力機構は,
e-1鋼球21を介してクランプシリンダ23の鋼球21との当接
面(「テーパー面(40)」)に対向しているクランクピストン1
7の鋼球との当接面(「第1段用テーパーカム面(28)」)のカ
ム作用による増力部と,
e-2鋼球21を介してクランプシリンダ23の鋼球21との当接
面に対向しているクランプリング16の鋼球21との当接面(「第
2段用テーパーカム面(29)」)のカム作用による第2段増力部
を有する
fことを特徴とする円テーブル装置。
g前記流体圧ピストンは,回転軸を取り囲む環状に形成されている
請求項1記載の円テーブル装置。
(イ)上記(ア)aないしgの構成は,本件特許発明の構成要件AないしGに
相当する(eないしe-2については,原告が構成要件Eに相当する
と主張する構成を開示しており,乙16発明と同様の増力機構を有し
ているといえる。)。
ウ結論
以上のとおり,公然実施品の構成aないしgは,本件特許発明の構成
要件AないしGに相当するため,乙16文献は本件特許発明と同一の構
成を開示しているといえる。したがって,本件特許発明は,特許法29
条1項3号の規定に該当し,特許無効審判により無効にされるべきであ
る。
(4)無効理由4(進歩性欠如2)
ア前記(3)の公然実施品において,リターンスプリング22が本件特許発
明のリターンばね(30)と形状や設置場所その他何らかの点で相違す
る可能性があると仮定しても,両者の違いは設計変更の範疇にすぎない
し,上記の当業者の技術常識等からすれば,いずれにせよ,本件特許の
出願時において公然実施品に基づき,本件発明に想到することは容易で
ある。
イよって,本件特許発明は,進歩性を欠き無効である。
【原告の主張】
(1)無効理由1(新規性欠如1)について
ア乙16文献の記載内容
(ア)乙16文献が本件特許発明の構成要件A,E,F及びGを開示して
いることは認める。
(イ)構成要件B
乙16文献には,「前記駆動機構は,回転軸5に設けたウォームホ
イール11と該ウォームホイール11に噛み合うウォーム軸12によ
り構成される」ことの開示はあるが,「ウォーム軸12とウォームホ
イール11はオイルバス内に収納され」ることは開示されていない
(「オイルバス」の開示はない。)。
したがって,本件特許発明における構成要件Bを開示していない。
(ウ)構成要件C
乙16の「環状ディスク31+締付けディスク27の縁部」が本件
特許発明の可動側クランプ21に対応する旨主張するが,可動側クラ
ンプ21に対応するのは,「環状ディスク31+締付けディスク27」
である。
(エ)構成要件D
乙16は,可動側クランプ部材(環状ディスク31+締付けディス
ク27)を軸方向のアンクランプ側に付勢する「リターンばね」を開
示していない。
イ本件特許発明の新規性
乙16文献には,「オイルバス」,「リターンばね」が開示されてお
らず,乙16発明は,本件特許発明の構成要件B,Dを欠くもので,特
許法29条1項3号に該当せず,特許無効理由を有さない。
(2)無効理由2(進歩性欠如1)について
ア乙16文献には,リターンばねを設けることの示唆・動機付けがない。
イ流体圧で動作する円テーブル装置のクランプ機構にボールとカム面と
による増力機構を組み込んで安定した動作を行うとともに高いクランプ
力を得るため,アンクランプ時にピストンをアンクランプ側に後退させ
るだけでなく,リターンばねの付勢力により可動側クランプ部材を強制
的にアンクランプ側に後退させることが必要であり,リターンばねを備
えることで,その効果が奏される。
ウ被告が引用する公知文献(乙28ないし34)に開示された技術のう
ち,円テーブル装置を示しているのは乙第28号証のみであり,その外
の文献は,円テーブル装置とは全く異なる分野のものである。いずれの
引用文献における発明の課題も,本件特許発明の課題との共通性はなく,
これを解決するための技術思想も異なるものである。したがって,これ
らの公知文献を考慮しても,乙16発明に,可動側クランプ部材を軸方
向のアンクランプ側に付勢するリターンばねを付加することについての
動機付けはなく,当業者は本件特許発明を容易に想到することができな
い。
(3)無効理由3(新規性欠如2)について
ア被告の主張する公然実施品の構成については,被告が提出する書証(乙
35ないし39)によっては立証がされていない。
イ上記の点を措いても,公然実施品と称するものは,その図面上,可動
側クランプ部材を軸方向のアンクランプ側に付勢するリターンばねを備
えておらず,本件特許発明と同一とはいえないから,特許法29条1項
2号の規定に該当しない。
(4)無効理由4(進歩性欠如2)について
ア被告の主張する公然実施品は,本件特許発明におけるリターンばねを
備えていない点で相違する。
イ両者の違いは,その作用効果においても大きな影響を及ぼすもので,
単なる設計変更の範疇ではない。被告が提出した書証(乙28ないし3
4)には,ばねが開示されているが,流体圧で動作する円テーブル装置
の増力機構の可動側クランプ部材の付勢に適用することへの示唆・動機
付けはない。
したがって,公然実施品において,クランプピストン17(流体圧ピ
ストン)を付勢するリターンスプリング22に加えて,クランプリング
16(可動側クランプ部材)を軸方向のアンクランプ側に付勢するため
のリターンばねを設けることは,当業者が容易に想到しうるものではな
い。
3争点3(原告の損害)について
【原告の主張】
被告は,遅くとも,平成17年9月ころから平成25年8月末まで侵害を
継続しているところ,被告の事業規模等を考慮すれば,これまでの被告製品
の売上高は,128億7900万円を下らない。被告製品の販売による利益
等を考慮し,被告の侵害行為により原告が被った損害は,極めて控えめに見
積もって3億8590万円を下らない。
【被告の主張】
否認ないし争う。
第4当裁判所の判断
1争点1(被告製品は本件特許発明の技術的範囲に属するか)について
被告は,被告製品が構成要件A,B,C1〜5,E1,F及びGを充足す
ることについて争うことを明らかにせず,構成要件D及びE2の充足性につ
いてこれを争うことから,まずこの点について検討する。
(1)構成要件D(「前記可動側クランプ部材(21)は,リターンばね(3
0)により,軸方向のアンクランプ側に付勢され,」)について
ア原告は,被告製品の部材11がリターンばねに相当する旨主張し,被
告は,被告製品にはリターンばねが存在しないとして争っているため,
「リターンばね(30)」の意義について検討する。
イ本件明細書には,次の記載がある(甲4,5,下線部は訂正による変
更部分)。
【0005】
【発明が解決しようとする課題】
しかし上記のように高い作動圧の油圧ピストンを備えた構造では,油漏
れ対策のため,高圧用のシール機構及びシール部材が必要となり,部品
コストがかかると共に,メンテナンスにも手間がかかる。
【0006】
【発明の目的】
本願発明は,円テーブル装置において,空気圧のような低圧で使用する
流体圧ピストンでも,充分に回転軸をクランプできると共に,部品コス
ト及びメンテナンスコストが節約できるクランプ機構を提供することを
目的としている。
【0014】
ブレーキディスク15は1対の取付リング16間に挟持され,ボルト2
7によりウォームホイール11に固着されている。上記1対のクランプ
部材20,21のうち,一方のクランプ部材20は装置本体1と一体に
形成され,軸方向移動不能となっており,他方のクランプ部材21は,
装置本体1の内周面に軸方向移動可能に嵌合し,可動側クランプ部材と
なっている。両クランプ部材20,21間にはリターンばね30が縮設
され,可動側クランプ部材21をアンクランプ側(矢印A2側)に付勢
している。
【0025】
アンクランプする場合は,図1のアンクランプ用空気室33に空気を圧
入すると共に,クランプ用空気室32から排出することにとより,ピス
トン25を矢印A2方向に移動し,クランプ部材21,20によるクラ
ンプを解除する。その時,可動側クランプ部材21はばね30により矢
印A2方向に押され,ボール25は回転軸芯側へ戻り,第1段用テーパ
ーカム面28に当接した状態を保つ。
【0027】
【発明の効果】
以上説明したように本願発明によると,
(1)円テーブル装置において,クランプ機構として,回転軸に一体的
に設けられたブレーキディスクと,該ブレーキディスクを挟圧するクラ
ンプ部材と,該クランプ部材を加圧する流体圧ピストンと,該流体圧ピ
ストンを嵌合させているシリンダ形成部材とを備えると共に,流体圧ピ
ストンとシリンダ形成部材と可動側クランプ部材との間に,軸方向及び
径方向に移動可能なボールとカム面よりなる増力機構を介在させている
ので,低い作動圧でも,強固にかつ確実に,回転軸を所定回転角度で固
定することができ,ワーク等の保持機能が向上すると共に,高圧用のシ
ール機構及びシール部材が必要なくなることにより,部品コストの低減
及びメンテナンスの容易化も達成できる。
【0029】
(3)増力機構として,ボールを介してシリンダ形成部材のテーパー面
に対向している流体圧ピストンの第1段用テーパーカム面のカム作用に
よる第1段増力部と,ボールを介してシリンダ形成部材のテーパー面に
対向している可動側クランプ部材の第2段用テーパーカム面のカム作用
による第2段増力部を有していると,増力機構のコンパクト性を維持し
ながらも,回転軸の保持力が一層向上する。
【0030】
(4)駆動機構を,回転軸に設けたウォームホイールと該ウォームホイ
ールに噛み合うウォーム軸により構成すると共に,ウォーム軸とウォー
ムホイールを,オイルバス内に収納していると,駆動機構のコンパクト
性を保ちながら,回転位置決め精度及び耐久性が向上する。
【0031】
なお,ウォーム軸を超硬等硬い材質で形成し,ウォームホイールを焼
き入れされた硬い材質で形成すると,耐久性がさらに向上する。
ウ「リターンばね(30)」の意義
(ア)本件特許請求の範囲の記載「前記可動側クランプ部材(21)は,
リターンばね(30)により,軸方向のアンクランプ側に付勢され,」
(構成要件D)からすれば,リターンばねは,可動側クランプ部材2
1を軸方向のアンクランプ側に付勢する作用を有するものと解される。
(イ)被告は,さらに,明細書(【0014】,【0025】)の記載か
ら,「リターンばね」は,クランプ部材20,21の間に縮設され,
その反発力により可動側クランプ部材21をアンクランプ側に押した
状態とするばねであり,「面28に当接した状態を保つ」ようにアン
クランプ時において可動側クランプ部材21を,アンクランプ側に付
勢し続けるものでなければならない旨主張する。
(ウ)本件明細書にはクランプ部材20,21の間に縮設されている旨の
記載があるが(【0014】),同記載は,【発明の実施の形態】(段
落【0011】以下)として本件明細書図1の説明をしているもので
ある(甲4,5)。本件特許発明の内容が当該実施形態のみに限定さ
れるものではないこと,本件特許請求の範囲において,リターンばね
について場所の限定もないことからすれば,クランプ部材20,21
の間に縮設されたものとの限定があるとまで解することはできない。
(エ)また,本件明細書には,【0019】から【0025】段落に【作
用】として図1による円テーブル装置の具体的な稼働状況が記載され
ており(甲4,5),クランプを解除した際,「可動側クランプ部材
21はばね30により矢印A2方向に押され,ボール25が回転軸芯
側へ戻り,第1段用テーパーカム面28に当接した状態を保つ。」(【0
025】)との記載がある。被告は,ボール25が面28に当接した
状態にない場合,「強固にかつ確実に」回転軸を固定し,ワーク等の
保持機能が向上するという効果を奏することができなくなるおそれが
あるなどと主張する。
この点,本件特許発明は,これまでの油圧ピストンを備えた構造に
よると,高圧用のシール機構及びシール部材が必要となりコスト,メ
ンテナンスの手間がかかることから(【0005】【発明が解決しよ
うとする課題】),空気圧のような低圧で使用する流体圧ピストンで
も十分に回転軸をクランプできると共に,部品コスト及びメンテナン
スコストが節約できるクランプ機構を提供することが目的とされてい
る(【0006】)。流体圧ピストンとクランプ部材との間に,軸方
向及び径方向に移動可能なボールとカム面よりなる増力機構を介在さ
せていることにより,低い作動圧でも強固にかつ確実に,固定するこ
とができるという本件特許発明の効果は(【0027】【発明の効果】),
低圧で使用する流体圧ピストンによる2段の増力機構によるものであ
る。このような軸方向及び径方向に移動可能なボールとカム面からな
る増力機構が適切に動作するためには,クランプ後,ボールが移動可
能となるように,クランプが確実に解除されることが必要であるとい
えるものの,上記本件明細書に記載されている課題,目的及び奏する
効果からすれば,それ以上に,解除後のボールが可動側クランプ部材
に常に当接していることが,当然に求められているとまでは認められ
ない。
また,本件特許請求の範囲に常に付勢することが明示されていない
以上,「面28と当接した状態を保つ」という本件明細書の記載によ
り,リターンばねが常に付勢していなければならないとまで解するこ
とはできない。
(オ)したがって,構成要件Dの「リターンばね(30)」は,可動側ク
ランプ部材21を軸方向のアンクランプ側に付勢する作用を有すれば
足り,構成要件Dの意味内容として,リターンばねの付勢により,ボ
ール26が第1段用テーパーカム面28に当接した状態を保つことま
では必要でないと解される。
エ被告製品の構成要件D充足性
(ア)被告製品の構成
証拠(甲15,17,弁論の全趣旨)によれば,次の事実が認めら
れる。
a被告製品は,クランプ機構を有する円テーブル装置であり,クラ
ンプピストンの回転軸芯方向力を機械的な増力機構で増力してクラ
ンプディスクを挟圧し,円テーブル装置の回転軸を停止保持させる
装置である。その増力機構は,クランクピストン9,クランプシリ
ンダ12及びクランプリング8との間にボール10を介在させて構
成されている。
被告製品には,クランプリング8とクランプシリンダ12との間
に,円環状の平板状の金属製ディスク(2枚重ね)である部材11
が設置されており,部材11は,クランプリング8の軸方向下面部
及びクランプシリンダ12の軸方向上面部に,ネジ通し穴を通じて
交互にネジ止めされている。
bクランプ時には,クランプピストン9が軸方向に前進し,鋼球1
0の動きにより,クランプシリンダ12に対向するクランプリング
8が回転軸芯方向の正面部に前進して,フレーム7との間で主軸と
一体的に回転するクランプディスク6を挟圧し,その回転を停止す
るが,前進するクランプリング8と動かないクランプシリンダ12
との間に隙間ができる。
そうすると,クランプリング8と結合している部材11は,ネジ
止めしている部分が引っ張られる状態となるが,クランプシリンダ
12とネジ止めされている部分はクランプシリンダ12に結合され
たままの状態となるため,部材11は交互に引っ張られて拡がる状
態となり,金属の弾性により復元力が働く。
cアンクランプ時には,クランプピストン9が後退し,鋼球10に
よる加圧がなくなれば,部材11が元の平板な状態に戻ろうとする
復元力によって,クランプリング8が回転軸芯方向の背面部に後退
し,クランプディスク6が挟圧より解放され,回転可能な状態とな
る。
クランプディスク6の後退に伴って鋼球10も後退するが,部材
11が平板な状態に復元し,クランプリング8と部材11,部材1
1とクランプシリンダ12がそれぞれ当接すれば,クランプピスト
ン9がそれ以上に後退した場合に,鋼球10をクランプピストン9
に当接させる力は働かない。
(イ)充足性の判断
上記のような被告製品の構成からすれば,部材11は,アンクラン
プ時に,クランプリング8を軸方向のアンクランプ側に付勢すること
から,構成要件Dの「リターンばね(30)」に相当するものといえ,
「可動側クランプ部材に相当するクランプリング8は,リターンばね
に相当する部材11により,軸方向のアンクランプ側に付勢され」て
いるということができるから,被告製品は,構成要件Dを充足する。
前記ウで検討したところによれば,被告製品が,アンクランプ時に,
鋼球10がクランプピストン9に当接する状態を保つものでないこと
は,上記判断を左右するものではない。
(2)構成要件E2(「ボール(26)を介してシリンダ形成部材(31)の
テーパー面(40)に対向している可動側クランプ部材(21)の第2段
用テーパーカム面(29)のカム作用による第2段増力部を有する」)に
ついて
ア原告は,被告製品におけるクランプリング8の鋼球10に接する面が,
「可動側クランプ部材21」の「テーパーカム面(29)」に相当する
旨主張するが,被告がこれを争うため,「テーパーカム面」の意義につ
いて検討する。
イ後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(ア)本件明細書には,次の記載がある(甲4,5)。
【0018】
シリンダ形成部材31のテーパー面40及び可動側クランプ部材21
のテーパーカム面29は,回転軸芯と直角な面に対して,30°以下
の緩やかな傾斜角度α2,α3となっており,また,ピストン25の
テーパーカム面28のテーパー角α1も,30°以下の緩やかな傾斜
角となっている。
(イ)「テーパー」とは,「円錐状に直径が次第に減少している状態。ま
た,その勾配」であり,「カム」とは,「回転軸からの距離が一定で
ない周辺を有し,回転しながらその周辺で他の部材に種々の運動を与
える装置」である(甲13,14)。
ウ「テーパーカム面(29)」の意義
(ア)「テーパーカム面」の意義について,本件特許請求の範囲や本件明
細書に具体的な記載はないところ,原告は,「テーパーカム面」は,
不可分一体の用語であり,シリンダ形成部材テーパー面40と対向し
てセットになるカム作用を生じさせる面であり,傾斜角度がつけられ
ていることは必須ではない旨主張するのに対し,被告は,「テーパー」
で限定された「面」あるいは「カム面」である旨主張する。
(イ)原告は,本件明細書において,「テーパー面(40)」と,「カム
面(28,29)」及び「テーパーカム面」は明確に書き分けられて
いると指摘し,「カム面」を,カム作用を生じさせる面であるとして,
前記のとおり主張する。
しかし,構成要件C5は,「カム面(28,29,40)よりなる
増力機構」と記載し(「40」は,訂正により加えられている。),
ボールを介した増力機構における面40,面28及び面29を「カム
面」として同列に記載していることからすれば,原告が主張するよう
な明確な書き分けがされているとまではいえない。
また,本件明細書において,面28,29及び40については「カ
ム面」との用語を使用しながら,構成要件E2において「テーパーカ
ム面(29)」との用語を使用しているということは,当該面それ自
体が,「カム」としての性格または機能と「テーパー」としての性格
または機能を有する趣旨と解するのが自然である。
(ウ)原告は,「テーパー」の意味として,ピストン側のボールと接する
面(28)及び可動側クランプ部材の面(29)と,シリンダ形成部
材との各2両面で勾配を形成していることのように主張する。
しかし,本件明細書には,回転軸芯と面28とのなす角度α1を「テ
ーパー角」,「シリンダ形成部材31のテーパー面40及び可動クラ
ンプ部材21のテーパーカム面29は,回転軸芯と直角な面に対して
30°以下の緩やかな傾斜角度α2,α3」となっている旨の記載が
あり(【0018】),ボール26を囲む面の有する勾配については,
回転軸芯ないしは回転軸芯と直角な面に対する勾配であることを前提
としていることが認められるものの,複数の面の相関関係によって円
錐状の勾配が形成されるとの意味で「テーパー」が用いられていると
解し得る記載は存しない。
そして,本件特許は回転軸芯を中心とした円テーブル装置であり,
その構造に関する本件特許請求の範囲の記載を解釈するものであるこ
とをあわせ考慮すれば,「テーパー」とは,回転軸芯あるいは回転軸
芯と直角な面を基準として,傾斜角度を有することと解するのが相当
である。
この点,原告は,面29の回転軸芯と直角な面に対する角度(α3)
が0°の場合も含む旨主張し,当業者の認識理解や,α3が0°の場
合のみ除くのは不自然であることなどを指摘するが,上記「テーパー」
の意義からすれば,原告の上記主張は採用できないというべきである。
(エ)前述のとおり,構成要件E2の「テーパーカム面」は,面29それ
自体が,「テーパー」としての性格または機能と「カム」としての性
格または機能を有すべきところ,前記イ(イ)によれば,「カム」の典型
的機能は,回転運動を直線運動に変換することであるから,広義では,
方向等を変換しつつ力を伝達する部材と解する余地がある。
また,上記検討したところによれば,「テーパー」は,回転軸芯あ
るいは回転軸芯と直角な面を基準として傾斜角度(0°を含まない。)
を有するとの意味になる。
ウ被告製品の構成要件E2充足性
以上を前提に,被告製品が,構成要件E2を充足するかにつき検討す
るに,前記認定によれば,クランプリング8の鋼球10と当接する面は,
増力機構の一部として,鋼球10を介し,クランプピストン9の前進に
よる力をクランプリング8に伝達するのであるから,カム面としての性
質を有しているということはできる。
しかしながら,被告製品において,クランプリング8の鋼球10と当
接する面が回転軸芯と直角であること(α3=0°)は争いがなく(原
告は,この面が傾斜している旨を主張するものではなく,この面の傾斜
角度が0°であっても,テーパーカム面に該当する旨を主張する。),
「テーパー」について前記イのとおり解する以上,この面は「テーパー
カム面」に該当せず,結局,被告製品は構成要件E2を充足しない。
(3)よって,被告製品は本件特許発明の技術的範囲に含まれず,被告製品の
製造等が本件特許権の侵害にあたるとの原告の主張は理由がない。
第5結論
以上検討したところによれば,その余の点について判断するまでもなく,
原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用の
負担につき民事訴訟法61条を適用し,主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第21民事部
裁判官
田原美奈子
裁判官
松阿彌隆
裁判長裁判官谷有恒は,転補のため署名押印することができない。
裁判官
田原美奈子
別紙
被告製品目録
スタンダードタイプRNA-160
RNARNA-200
RNA-250
RNA-320
モーター後方取付タイプRNA-160R,B
RNA-BRNA-200R,B
RNA-250R,B
RNA-320R,B

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