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平成15年(ワ)第10882号 特許権侵害差止等請求事件
口頭弁論終結の日 平成16年6月2日
          判         決
       原      告    株式会社日新
       訴訟代理人弁護士    藤 本   徹
       同           近 藤 幸 夫
       訴訟代理人弁理士    東 尾 正 博
       同           鳥 居 和 久
       同           田 川 孝 由
       同           北 川 政 徳
       補佐人弁理士      鎌 田 文 二
       被      告    株式会社ジャストコーポレーション
       訴訟代理人弁護士    安 原 正 之
       同           佐 藤 治 隆
       同           小 林 郁 夫
       同           鷹 見 雅 和
       補佐人弁理士      平 崎 彦 治
          主         文
   原告の請求をいずれも棄却する。
   訴訟費用は原告の負担とする。
          事実及び理由
第1 請求
 1 被告は、別紙物件目録(1)記載の物件を製造し、販売し、又は販売の申し出を
してはならない。
 2 被告は、その占有に係る別紙物件目録(1)記載の物件を廃棄せよ。
 3 被告は、原告に対し、2100万円及びこれに対する平成15年10月29
日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
   本件は、ケースに関する特許権を有する原告が、被告によるDVD貸出用ケ
ースの製造販売等が、上記特許権を侵害すると主張して、その差止め等と損害賠償
を請求した事案である。
 1 前提となる事実(当事者間に争いがない。)
  (1) 原告は、ビデオ、DVD等のレンタルショップで使用する貸出用のケース
等の製造販売を業とする株式会社である。
    被告は、ビデオ、CDショップ向け業務用設備の販売等を業とする株式会
社である。
  (2) 原告は、下記の特許権を有している(以下、この特許権を「本件特許権」
といい、その特許請求の範囲の請求項4記載の発明を「本件発明」という。)。
     発明の名称    ケース
     出願日      平成11年6月21日
     出願番号     特願平11-212589号
     公開日      平成13年1月9日
     公開番号     特開2001-2101号
     登録日      平成15年1月31日
     特許番号     第3394728号
     特許請求の範囲の請求項4は、別紙特許公報の該当欄記載のとおり
    上記請求項の構成要件は、以下のとおり分説される。
     A 側面に商品の出し入れ用の開口を有する箱体と、この箱体の下縁側
に適宜のヒンジを介し前記開口を開閉するように設けた蓋体と、この蓋体と前記箱
体とのそれぞれの側壁の上縁から連なって上方に突出すると共に、延長を内方に7
字状に屈曲した屈曲壁によって設けた並列係合溝とで構成したケースと、
     B 前記係合溝に連結板を介し対向する両側板の上縁部を前記ケースの
閉鎖状態維持の係合状態に、かつ抜き差し自在に差し込んだスライダとからなり、
     C 上記スライダと上記ケース或いは係合溝との対向面に前記スライダ
の差し込みにともない押し戻され、かつ差し込み終了にともない係合関係になるよ
うな係止手段を設けた
     D ことを特徴とするケース。
  (3) 被告は、別紙物件目録(1)添付の図1ないし8(ただし、付された番号部
分を除く)記載のとおりの、商品名を「DVDクイックレンタルロックケースVe
r.III」という、DVD等のレンタルショップで使用するDVD貸出用ケース(以
下「被告製品」という。)を製造販売し、販売の申し出をし、また、現に占有して
いる(ただし、被告製品の構造の説明については後記のとおり当事者間に争いがあ
る。)。
 2 争点
  (1) 本件発明の技術的範囲は出願当初の特許請求の範囲の記載に基づいて定め
られるべきか
   〔被告の主張〕
    後記(3)の被告の主張のとおり、本件特許権には違法な補正に基づいて特許
されたという無効理由が存在する。したがって、本件特許権が有効性を維持するた
めには、少なくとも補正前、すなわち出願時の特許請求の範囲の記載による必要が
ある。
    本件発明についての、出願当初の特許請求の範囲は、「側面に商品の出し
入れ用の開口を有する箱体と、この箱体の下縁側に適宜のヒンジを介し前記開口を
開閉するように設けた蓋体と、この蓋体と前記箱体との上縁に設けた並列係合溝と
で構成したケースと、前記係合溝に前記ケースの閉鎖状態維持の係合状態に、かつ
抜き差し自在に差し込んだスライダとからなり、上記スライダと上記ケース或いは
係合溝との対向面に前記スライダの差し込みにともない押し戻され、かつ差し込み
終了にともない係合関係になるような係止手段を設け、この係止手段を挟んで対向
する面間に前記係止手段の係合解除用解除具の差し込み間隙を設けたことを特徴と
するケース。」というものであり、この構成要件は、以下のとおり分説される。
     a 側面に商品の出し入れ用の開口を有する箱体と、この箱体の下縁側
に適宜のヒンジを介し前記開口を開閉するように設けた蓋体と、この蓋体と前記箱
体との上縁に設けた並列係合溝とで構成したケースと、
     b 前記係合溝に前記ケースの閉鎖状態維持の係合状態に、かつ抜き差
し自在に差し込んだスライダとからなり、
     c 上記スライダと上記ケース或いは係合溝との対向面に前記スライダ
の差し込みにともない押し戻され、かつ差し込み終了にともない係合関係になるよ
うな係止手段を設け、
     d この係止手段を挟んで対向する面間に前記係止手段の係合解除用解
除具の差し込み間隙を設けた
     e ことを特徴とするケース
    本件発明の技術的範囲は、上記の出願当初の特許請求の範囲の記載に基づ
いて定められるべきであり、被告製品が本件発明の技術的範囲に属するか否かも、
上記構成要件を充足するか否かによって判断されるべきである。
   〔原告の主張〕
    特許発明の技術的範囲は、特許登録された特許請求の範囲の記載に基づい
て定められるべきことは当然であり、補正前の特許請求の範囲の記載によるべき理
由はない。
  (2) 被告製品の構成要件充足性
   〔原告の主張〕
   ア 被告製品の構成は、別紙物件目録(1)記載のとおりである(なお、本項に
おいて、被告製品の部材の番号及び名称は、別紙物件目録(1)記載のものを用い
る。)。
   イ 被告製品において、DVDを出し入れする開口を有しDVDを収容する
ための空間7を備える本体1は、構成要件Aの「側面に商品の出し入れ用の開口を
有する箱体」に該当し、本体1の下縁に継手部4を介して本体1の開口を開閉可能
に被う蓋2は、構成要件Aの「箱体の下縁側に適宜のヒンジを介し前記開口を開閉
するように設けた蓋体」に該当し、本体1の壁面114と蓋2の壁面115は、構
成要件Aの「蓋体と箱体のそれぞれの側壁」に該当し、壁面114の上方には壁面
118が、壁面115の上方には壁面120が、それぞれ連続して設けられてお
り、これらは構成要件Aにいう「側壁の上縁から連なって上方に突出する」もので
ある。
     被告製品の壁面118と、この上方に内向きに設けられた壁面110
と、壁面110の前後両端部、その中間部に壁面118に対し平行に設けられた下
向きのガイド片108aは、構成要件Aの「7字状に屈曲した屈曲壁」に該当し、
これらは溝形状を呈している。同様に、被告製品の壁面120と、この上方に内向
きに設けられた壁面112と、壁面112の前後両端部、その中間部に壁面120
に対し平行に設けられた下向きのガイド片108bも、構成要件Aの「7字状に屈
曲した屈曲壁」に該当し、これらは溝形状を呈している。これらの7字状に屈曲し
た壁面の溝形状部分は、互いに対面し、この溝形状部分に、ロック板10の上縁部
26aとロック板10の壁面26bとが差し入れられて、本体1と蓋2とが閉鎖状
態に維持されるから、これらの溝形状部分は構成要件Aの「延長を内方に7字状に
屈曲した屈曲壁によって設けた並列係合溝」に該当する。
     したがって、被告製品は構成要件Aを充足する。
     なお、上記7字状の屈曲壁は、部分的であっても、箱体と蓋体を閉鎖状
態に維持するために必要な部分に設けられていれば足り、被告製品においても、本
体1と蓋2を閉鎖状態に維持するために必要な部分であるロック板収容部8a、8
bの前後両端部及び中間部に設けられているから、被告製品が構成要件Aを充足す
ることに変わりはない。
   ウ 被告製品において、ロック板10の上縁部26aと壁面26bは、ガイ
ド端部背面14の上方両側に対向するように連続して形成されており、壁面が構成
要件Bの「連結板」に、上縁部26aと壁面26bが構成要件Bの「連結板を介し
対向する両側板」に該当し、上縁部26aと壁面26bは、ロック板収容部8a、
8bの溝形状部分に差し入れられて係合して本体1と蓋2が開かないように閉鎖状
態に維持し、またロック板収容部8a、8bの溝形状部分に対して抜き取り可能で
あるから、ロック板10は構成要件Bの「両側板の上縁部をケースの閉鎖状態維持
の係合状態に、かつ抜き差し自在に差し込んだスライダ」に該当する。
     したがって、被告製品は構成要件Bを充足する。
   エ 被告製品において、ロック板10のガイド端部背面14には、金属製の
板バネで構成された前後2個のロックツメ18が、ガイド端部背面14の下面側に
突出するように設けられている。また、蓋2の上方に設けられたロック板収容部8
bの壁面120には、ロック板10の差し込みにともなってロックツメ18が引っ
掛かる係止部28が、ロックツメ18に対面するように形成されている。これら
は、構成要件Cの「スライダとケース或いは係合溝との対向面にスライダの差し込
みにともない押し戻され、かつ差し込み終了にともない係合関係になるような係止
手段を設けた」ものである。
     したがって、被告製品は構成要件Cを充足する。
     なお、構成要件Cにおいて、「係止手段」は、「スライダ」と「ケース
或いは係合溝」との間の係合関係を形成するものであるから、「スライダ」の「係
止手段」を構成する部材と、「ケース或いは係合溝」の「係止手段」を構成する部
材とが、対向面に設けられれば足りるものである。
     被告製品においては、係止部28は、蓋2の壁面120に一体に形成さ
れ、この係止部28の上面にロックツメ18に係合する部分が形成されているた
め、係止部28の上面がロック板10のガイド端部背面14に対向する面となり、
この面がロック板10と係合関係を構成する相手側部材であるケース側に設けられ
ている。
     したがって、被告製品における「係止手段」は、「スライダとケース或
いは係合溝との対向面」に設けられたものといえ、構成要件Cを充足するものであ
る。
   オ 以上のとおりであるから、被告製品は本件発明の構成要件をすべて充足
しており、本件発明の技術的範囲に属するものである。
   〔被告の主張〕
   ア 被告製品の構成は、別紙物件目録(2)記載のとおりである(なお、本項に
おいて、被告製品の部材の番号及び名称は、別紙物件目録(2)記載のものを用い
る。)。
   イ 前記(1)の被告の主張のとおり、本件発明の技術的範囲は、特許出願当初
の特許請求の範囲の記載に基づいて解すべきであるところ、以下のとおり、被告製
品はその構成要件(aないしe)のすべてを充足するものではない。
    (ア) 被告製品において、本体ケース1が「箱体」に、蓋2が「蓋体」に
該当するとしても、被告製品にはそれぞれの「上縁に設けた並列係合溝」が存在し
ない。
      すなわち、本件特許の出願当初の明細書の発明の詳細な説明の記載に
よれば、上記「並列係合溝」は、「蓋体」及び「箱体」の上端部かつ周壁の外側に
形成されるものと解すべきであるが、被告製品では、本体ケース1の上端部である
本体ケース上面110及び蓋2の上端部である蓋上面112の外側にはいかなる構
造も有さない。
      また、「溝」と称するためには、連続した凹形の断面構造を有しなけ
ればならないところ、ガイド片108は本体ケース上面110及び蓋上面112の
内側部分のごく一部分から内方に僅かに突出しているにすぎないものであるから、
このようなガイド片108によっては、被告製品は溝の構造を有することにはなら
ず、「係合溝」は存在しない。
      したがって、被告製品は構成要件aを充足しない。
    (イ) 上記(ア)のとおり、被告製品は「係合溝」を有しない。
      また、被告製品において、閉鎖状態を維持する方法は、ロック板10
を「係合溝」に「係合状態に」差し込むことによって行うものではなく、ロック板
10を、本体ケース側面111及び蓋側面113の切り欠き部分からガイド片10
6ないし108にガイドされて本体内部の所定位置まで挿入し、この状態では、①
ロック板10の嵌合凸部204が本体ケースの嵌合穴103に嵌入しかつ蓋の係合
片102と係合する状態にあり、②ロック板10の平板部11下部が本体ケースの
挟持片105と本体ケース底面114との間に挟み込まれ、かつ2つあるロック板
10の嵌合凸部202がそれぞれ2つある蓋の嵌合穴101に嵌合し、③2本ある
ロック板10の挟持ツメ203が本体ケースのポール104を挟み込む状態にある
ことによって行うものである。
      さらに、ロック板10は、本体に挿入完了時点で有するロックツメ1
8が本体の係止部28と噛み合わさることによって係止状態に置かれるものであ
り、この状態ではロック板10は解除具Aを用いなければ本体から離脱させること
はできないから、「抜き差し自在に」差し込まれるものでもない。
      したがって、被告製品は構成要件bを充足しない。
    (ウ) 構成要件cの、「上記スライダと上記ケース或いは係合溝との対向
面に・・・係止手段を設け」の意味について、本件特許の出願当初の明細書の発明
の詳細な説明の記載や図面を参照すれば、スライダとケース又は係合溝との双方が
相対向する面を有していて、それぞれの面に係止手段が設けられているものをいう
と解釈するのが相当である。
      被告製品では、ロック板10の係止手段は、ガイド端部背面14に設
けられたロックツメ18であり、これに対し、ケース側の係止手段は、蓋上面11
2よりも蓋2の内部方向に入った箇所に、蓋2の正面115にそれぞれ独立した形
で2か所の係止部28が設けられている。そして、ガイド端部背面14と蓋2の正
面115は、対向面にはないから、係止手段がスライダとケース或いは係合溝との
対向面に設けられたものとはいえない。
      したがって、被告製品は構成要件cを充足しない。
    (エ) 構成要件dの、「係止手段を挟んで対向する面」とは、蓋体又は箱
体のいずれかの上面と、これと対向するようなスライダの面とを意味すると解釈す
るのが相当である。
      被告製品では、係止手段は本体ケース上面110又は蓋上面112に
設けられていない。
      しかも、ロック板10のガイド端部背面14と本体ケース上面110
又は蓋上面112の間にも、ロック板10のガイド端部背面14と係止部28の間
にも、「係止手段の係合解除用解除具の差し込み間隙」は設けていない。
      したがって、被告製品は構成要件dを充足しない。
   ウ 仮に、本件発明の技術的範囲を、特許登録された特許請求の範囲の記載
に基づいて解すべきとしても、以下のとおり、被告製品はその構成要件(Aないし
D)のすべてを充足するものではない。
    (ア) 被告製品には「蓋体と箱体とのそれぞれの側壁の上縁から連なって
上方に突出すると共に、延長を内方に7字状に屈曲した屈曲壁によって設けた並列
係合溝」が存在しない。
      すなわち、被告製品において、蓋体と箱体の側壁とは、それぞれ底面
114及び正面115にあたり、側壁の上縁とは、底面114と本体ケース上面1
10とが接する部分及び正面115と蓋上面112とが接する部分にあたる。そし
て、被告製品は、本体ケース上面110及び蓋上面112の上方には何ら構造を有
さず、本体ケース1及び蓋2の側壁上縁からさらに上方に突出する屈曲壁は存在し
ない。
      また、上記イ(ア)のとおり、被告製品のガイド片108によっては、
被告製品は溝の構造を有することにはならず、「並列係合溝」を構成するような
「7字状に屈曲した屈曲壁」も存在しない。
      さらに、被告製品において、「7字状」を呈する部分はごく僅かの部
分であり、大部分は単なる蓋と本体との噛み合わせ形状である。
      したがって、被告製品は構成要件Aを充足しない。
    (イ) 上記(ア)のとおり、被告製品は「係合溝」を有しない。
      また、「連結板を介し対向する両側板」とは、少なくとも同程度のス
ケールの板状の2枚の側板を別の板状部材で連結した構造を有するものを意味する
ところ、被告製品のロック板10は、その大部分が平板部11によって構成される
ものであり、その平板部11の上端部分にガイド端部背面14を介してガイド端部
26を形成しているものにすぎないから、「連結板を介し対向する両側板」を有す
るものとはいえない。
      さらに、上記イ(イ)のとおり、被告製品において、閉鎖状態を維持す
る方法は、ロック板10を「係合溝」に「係合状態に」差し込むことによって行う
ものではなく、ロック板10は「抜き差し自在に」差し込まれるものでもない。
      したがって、被告製品は構成要件Bを充足しない。
    (ウ) 構成要件Cの、「上記スライダと上記ケース或いは係合溝との対向
面に・・・係止手段を設け」の意味について、本件特許の登録時の明細書の発明の
詳細な説明の記載や図面を参照すれば、スライダとケース又は係合溝との双方が相
対向する面を有していて、それぞれの面に係止手段が設けられているものをいうと
解釈するのが相当である。
      被告製品では、上記イ(ウ)のとおり、係止手段がスライダとケース或
いは係合溝との対向面に設けられたものとはいえない。
      したがって、被告製品は構成要件Cを充足しない。
   エ そもそも、本件発明は、その特許請求の範囲の記載によっても、明細書
の図面によっても、「箱体」と「蓋体」というケースの本体部分が存在し、その外
側に「並列係合溝」を形成した技術であるというべきである。
     これに対し、被告製品は、本体ケース1及び蓋2の外側には、何ら構成
部材を有せず、ロック板10も本体ケース部分の内側に設けられたロック板嵌入空
間8に収納されるものである。
     このように、被告製品は、本件発明と根本的な設計思想を全く異にする
ものであるから、本件発明の技術的範囲に属しないことは明らかである。
   オ 以上のとおりであるから、被告製品は本件発明の技術的範囲に属しな
い。
  (3) 本件特許権についての明白な無効理由の有無①(違法な補正)
   〔被告の主張〕
    本件特許権には以下のとおり無効理由があることが明白であり、このよう
な本件特許権に基づく本件請求は権利の濫用として許されない。
    すなわち、本件特許は出願後、特許庁審査官による平成14年6月18日
の拒絶理由通知に対し、平成14年7月29日に出願人である原告による補正(以
下「本件補正」という。)がされ、その後さらに1回の補正(ただし、特許請求の
範囲の請求項4に関わる補正ではない。)を経て特許査定に至ったものである。
    出願当初の特許請求の範囲の請求項4は、前記(1)の被告の主張に記載のと
おりのものであったところ、本件補正において、登録された特許請求の範囲の記載
に補正されたものであるが、この補正において、出願当初の特許請求の範囲の記載
に存在した「この係止手段を挟んで対向する面間に前記係止手段の係合解除用解除
具の差し込み間隙を設けた」という記載を削除している。
    上記本件補正は、出願当初においては、スライダについて「この係止手段
を挟んで対向する面間に前記係止手段の係合解除用解除具の差し込み間隙を設け
た」という記載により、係合解除用解除具の差し込みのための間隙を設けたものと
いう制限が加えられていたにもかかわらず、この制限を削除したものである。とこ
ろが、明細書添付の図面には、全てのスライダは係合解除用解除具の差し込みのた
めの間隙が存在するものしか記載されておらず、係合解除用解除具の差し込みのた
めの間隙を有しないスライダに関しては、出願当初の明細書には記載されていな
い。したがって、上記本件補正は、願書に最初に添付した明細書又は図面に記載し
た事項から当業者が直接的かつ一義的に導き出すことができない補正を行い、スラ
イダとしての出願当初の技術的範囲を拡大したものであって、特許法17条の2第
3項に違反するものである。
    それにもかかわらず、本件特許は、同法49条1号に違反して特許査定さ
れたものであるから、無効理由が存在するものである。
    なお、原告は、本件特許権に係る発明においては、係合解除具の構成を何
ら限定していないと主張するが、原告が引用する明細書の記載は、係合解除用解除
具の差し込み間隙の存在を前提とした係合解除具に関するものであって、スライダ
に存在する係合解除用解除具の差し込み間隙の構成に関するものではないから、上
記原告の主張は当を得ないものである。
   〔原告の主張〕
    特許請求において、請求項には、出願人が特許を受けようとする発明を特
定するために必要と認める事項を記載すればよく、明細書に記載された実施例だけ
に発明特定事項が限定されるわけではない。
    本件特許の出願当初の明細書の発明の詳細な説明には、「係合解除具22
は、上記の構成に限定されず」と記載しており、本件特許権に係る発明において
は、係合解除具の構成を何ら限定していない。
    したがって、発明特定事項から係合解除具の構成を削除する補正が、特許
法17条の2第3項の要件を満たさないとはいえず、被告が主張するような無効理
由は存在しない。
  (4) 本件特許権についての明白な無効理由の有無②(発明未完成)
   〔被告の主張〕
    本件特許権には以下のとおり無効理由があることが明白であり、このよう
な本件特許権に基づく本件請求は権利の濫用として許されない。
   ア すなわち、本件特許権の明細書の発明の属する技術分野の項には、「こ
の発明は、陳列や販売以外に貸し出しケースになると共に、収納商品の盗難を防止
するケースや、ケースの開放阻止スライダ及びケースに対するスライダの係合関係
解除具に関する。」と記載されているにもかかわらず、特許請求の範囲の各請求項
にはスライダの係合関係解除具に関する記載は一切ない。
   イ また、本件特許権の明細書に記載に照らせば、本件特許権に係る発明の
内容は、盗難防止のため、差し込んだスライダが係止状態になるような係止手段を
設けたためにスライダが容易には抜けず、ケースの開放が困難になるような構造を
有することであり、このようなケースを実際に使用するに際しては、スライダの係
止状態を解除する解除器具も必要であるにもかかわらず、特許請求の範囲の各請求
項にはスライダの係止関係を解除する器具に関する記載は一切ない。このような発
明では実際に使用することができないものであるから、本件特許権に係る発明は未
完成のものである。
   ウ さらに、本件特許権の明細書の発明の効果の項には、「この発明の係る
ケース及びスライダは、・・・スライダを介しケースの開放が阻止されてケースに
収納してある商品の盗難を防止することができると共に、店側の解除具によってス
ライダとケースとの係止手段の係合関係を解除して、引き抜いたスライダを店側に
残すため、ケースを販売或いは貸出しケースとして使用することができる。」と記
載されているにもかかわらず、特許請求の範囲の各請求項にはスライダの係止手段
の係合関係を解除する解除具に関する記載はなく、スライダの係止状態を解除する
方法は請求項には示されていない。したがって、本件特許権に係る発明は、上記の
ような作用効果を有するものではなく、未完成のものである。
   エ 加えて、本件発明は、構成要件Bで、スライダを係合溝に「抜き差し自
在に」差し込まれるものとしつつ、構成要件Cで、スライダの「差し込み終了にと
もない係合関係になる」係止手段を設けるものとしている。この両者は両立し得な
いものであり、このように、本件発明はそれ自身矛盾を含むものであるから、未完
成のものである。
   オ 以上のとおり、本件発明は、未完成のものであり、無効理由が存在する
ものである。
   カ なお、原告は、本件発明について、特別な係合解除具は必ずしも必要で
はないと主張するが、そのような緩やかな係合関係しか生じない係止手段では、盗
犯防止効果を生じさせることができないことは明らかである。
     しかも、原告の上記主張によっても、係合解除具を必要とするものにつ
いては、上記エの矛盾が残る上、上記アないしウの問題は解消されない。
     原告の主張が、係合解除具を用いなければスライダの係合関係を解除で
きないものは本件発明の技術的範囲に含まれないということを意味するのであれ
ば、被告製品は、スライダの係合関係の解除に係合解除具を必要とするものである
から、本件発明の技術的範囲に含まれないこととなる。
   〔原告の主張〕
    本件発明は、蓋体と箱体のそれぞれの側壁の上縁から連なって上方に突出
すると共に、延長を内方に7字状に屈曲した屈曲壁によって設けた並列係合溝に、
スライダを抜き差し自在に差し込むという構成により、防犯効果を得ることを特徴
とするものである。このような構成により、係合状態に差し込むスライダがケース
の表面に露出せず、箱体と蓋体内に隠れるため、スライダが箱体や蓋体の外面に露
出するものに比べ、スライダを抜き取ろうとする意識が格段に芽生え難くなるもの
であり、防犯効果としては、スライダの係合手段を強固にするよりも高い。
    したがって、本件発明において、スライダの係合解除具は、必須のもので
はなく、特別な係合解除具を必要としないで、スライダの係合関係を解除できる場
合も、防犯効果を奏するものであり、係合解除具の構成が記載されていないからと
いって、本件発明は未完成のものではないし、構成要件BとCの間に矛盾も存在し
ない。
    以上のとおりであるから、被告が主張するような無効理由は存在しない。
  (5) 本件特許権についての明白な無効理由の有無③(新規性・進歩性欠如)
   〔被告の主張〕
    本件特許権には以下のとおり無効理由があることが明白であり、このよう
な本件特許権に基づく本件請求は権利の濫用として許されない。
    すなわち、本件特許出願以前である平成7年6月2日に発行された実開平
7-29692号公開実用新案公報(乙3)に実用新案登録請求の範囲の請求項4
として記載された発明は、本件発明と同一である。また、平成6年当時、上記実用
新案登録請求の範囲の請求項4の実施品が出願人により製造販売されていた。した
がって、本件特許権は、特許法29条1項各号に違反して特許されたものである。
    仮に、本件発明に新規性が認められるとしても、上記のとおり、平成6年
当時に、上記実用新案登録請求の範囲の請求項4の実施品が製造販売されていたの
であるから、当業者にとって、本件発明に想到することは容易であった。したがっ
て、本件特許権は、特許法29条2項に違反して特許されたものである。
    以上のとおり、本件特許権には無効理由が存在する。
   〔原告の主張〕
    本件発明は、蓋体と箱体のそれぞれの側壁の上縁から連なって上方に突出
すると共に、延長を内方に7字状に屈曲した屈曲壁によって設けた並列係合溝に、
スライダを抜き差し自在に差し込むという構成により、係合状態に差し込むスライ
ダがケースの表面に露出せず、箱体と蓋体内に隠れるので、スライダが箱体や蓋体
の外面にそのまま露出するものに比べ、スライダを抜き取ろうとする意識を芽生え
難くするという効果を奏する。
    実開平7-29692号公開実用新案公報に実用新案登録請求の範囲の請
求項4として記載された発明や、被告がその実施品と主張する物件は、ロック部材
が外面にそのまま露出する構造であり、上記の本件発明の構成について開示すると
ころがない。したがって、これらは本件発明と同一ではなく、これらから本件発明
に容易に想到することもできない。
    以上のとおりであるから、被告が主張するような無効理由は存在しない。
  (6) 損害
   〔原告の主張〕
    被告による被告製品の売上は、平均で1か月当たり1750万円を下らな
いから、本件特許権が設定登録された平成15年1月31日以降の被告製品の総売
上は、1億0500万円を下らない。
    被告の利益率は、売上高の20パーセントを下らないから、特許法102
条2項により原告の損害と推定される、被告製品の販売により被告が受けた利益
は、2100万円を下らない。
   〔被告の主張〕
    否認ないし争う。
第3 当裁判所の判断
 1 争点(1)(本件発明の技術的範囲は出願当初の特許請求の範囲の記載に基づい
て定められるべきか)について
   被告は、本件特許権には、違法な補正に基づいて特許したという無効理由が
存在することを前提として、これを回避して本件特許権が有効性を維持するために
は、補正前の特許請求の範囲の記載に基づいて本件発明の技術的範囲を定める必要
があると主張する。
   しかしながら、仮に、被告が主張するような無効理由が存在するのであれ
ば、その特許権は無効審判により無効とすべきものであり、その存在が明らかであ
れば、本件のような侵害訴訟においてもその権利行使は権利の濫用として許されな
いものであって、発明の技術的範囲を定めるにあたって補正前の特許請求の範囲の
記載に基づくべきものとは解されない。
   したがって、本件発明の技術的範囲は、特許登録された特許請求の範囲に基
づいて定めるべきものである。この点についての被告の主張は採用することができ
ない。
 2 争点(2)(被告製品の構成要件充足性)について
  (1) 構成要件Aについて
   ア 本件特許権の特許公報である甲第2号証によれば、本件特許権の明細書
には、発明の実施の形態の項において、「この発明の第1の実施形態のケースA
は、図1及び図2に示すように、側面に商品の出し入れ用の開口1を有する箱体2
と、この箱体2の下縁側にヒンジ3を介し開口1を開閉するように設けた蓋体4と
で構成されている。上記の箱体2は、図示の場合側壁5と、この側壁5の各辺縁か
ら連なって側壁5の裏面側に突出する周壁6とで構成され、蓋体4は、図示の場合
側壁7と、この側壁7の下辺以外の辺縁から連なって側壁7の裏面方向に突出する
と共に、周壁8とで構成され、ヒンジ3は、図示の場合側壁7の下辺と周壁6との
連結部分にハーフカットにより設けたが、他のヒンジを用いることもあり、合成樹
脂を素材とした成形などで設ける。勿論、周壁6、8などの一部に収納商品の抜き
取りができない切欠きなどを設けることもある。また、箱体2と蓋体4との上縁
(ヒンジ3に対向する辺側)には、側壁5、7の上縁から連なって上方に突出する
と共に、延長を内方から下方に屈曲した7字状の屈曲壁10を形成して並列係合溝
9、9が設けられてある。上記のように構成すると、箱体2に例えばレンタルショ
ップにあっては、レンタル商品を収納したのち、蓋体4によって開口1を閉鎖す
る。このとき、係合溝9、9は、図2に示すように並列状になる。」(段落【00
12】ないし【0015】)と記載されていることが認められ、この記載に照らせ
ば、本件発明の構成要件Aにいう「箱体」とは、収納すべき商品を収納する部材を
いい、「蓋体」とは、箱体の開口を開閉する部材をいうものと解するのが相当であ
る。
     ところで、被告製品を表す図面であることについて当事者間に争いのな
い別紙物件目録(1)添付の図1ないし8及び被告製品である検甲第1号証によれば、
被告製品において、商品が収納される空間は、原告が主張するところの壁面114
及びその左右両辺縁から連なって突出する壁面111a、111bの内側に形成さ
れ、壁面111a、111bの突出方向に開放している空間7であり、壁面114
の下辺縁と継手部4を介して設けられた壁面115及びその左右両辺縁から連なっ
て突出する壁面113a、113bは、上記壁面114、111a、111bから
形成される空間7の内側の開放部分を開閉するように設けられていることが認めら
れる。そして、被告製品において、収納すべき商品は、壁面115の側については
リブ116の上縁線とその延長線より下方に、壁面114の側については閉鎖時に
リブ116の上縁線とその延長線に対向する線(概ねガイド片106とその延長線
付近である。)より下方に収納されることも認められる。
     以上によれば、被告製品の、原告が主張するところの壁面114、11
1a、111bから構成される本体1は、構成要件Aにいう「側面に商品の出し入
れ用の開口を有する箱体」に該当し、継手部4は、構成要件Aにいう「箱体の下縁
側」の「ヒンジ」に該当し、壁面115、113a、113bから構成される蓋2
は、構成要件Aにいう「開口を開閉するように設けた蓋体」に該当すると認められ
る。
     したがって、被告製品において、「箱体」に該当する本体1の「側壁」
に該当するのは原告が主張するところの壁面114であり、「蓋体」に該当する蓋
2の「側壁」に該当するのは壁面115であると解すべきである。
   イ 上記アのとおり、本件発明の構成要件Aにいう「箱体」とは、収納すべ
き商品を収納する部材をいい、「蓋体」とは、箱体の開口を開閉する部材をいうも
のと解すべきであり、被告製品において、収納すべき商品は、原告が主張するとこ
ろの壁面115の側についてはリブ116とその延長線より下方に、壁面114の
側については閉鎖時にリブ116とその延長線に対向する線より下方に収納される
ことからすれば、「蓋体」の「側壁」の「上縁」は、壁面115におけるリブ11
6の上縁線とその延長線の部分であり、「箱体」の「側壁」の「上縁」は、壁面1
14における閉鎖時にリブ116の上縁線とその延長線に対向する線の部分である
ということができる。
     したがって、被告製品において、構成要件Aにいう「蓋体と箱体とのそ
れぞれの側壁の上縁から連なって上方に突出する」「壁」には、原告が主張すると
ころの壁面118及び壁面120がそれぞれ該当する。
     ところで、原告が主張するところの、それぞれ3個ずつ存在するガイド
片108a及びガイド片108bについて、いずれもロック板10の挿入口に近い
ものから順に、ガイド片108aイ、108aロ、108aハ及びガイド片108
bイ、108bロ、108bハと呼ぶとすると、別紙物件目録(1)添付の図1ないし
8及び検甲第1号証によれば、壁面118及び壁面120は、いずれも、その上端
の一部が、ガイド片108aイ及びガイド片108bイとして内側に屈曲してお
り、その部分の断面は、いずれも7字状となっていること、蓋2の閉鎖時には、上
記7字状を形成した部分が並列となり、さらにロック板10の挿入時には、上記7
字状を形成した部分にロック板10の上縁部26aと壁面26bが差し入れられる
ことが認められる。
     したがって、被告製品において、原告が主張するところの壁面118及
び壁面120は、構成要件Aにいう「延長を内方に7字状に屈曲した屈曲壁」に該
当し、これによって設けられた上記7字状を形成した部分が、構成要件Aにいう
「並列係合溝」に該当するということができる。
   ウ 以上のとおり、被告製品のうちロック板10を除いたケース部分は、本
件発明の構成要件Aを充足する。
   エ 被告は、被告製品において、被告が主張するところの底面114及び正
面115が構成要件Aにいう「蓋体と箱体とのそれぞれの側壁」に該当し、底面1
14と本体ケース上面110とが接する部分及び正面115と蓋上面112とが接
する部分が「側壁の上縁」に該当すると主張し、これを前提に、被告製品には「側
壁の上縁から連なって上方に突出する」「屈曲壁」が存在しないと主張するが、上
記アのとおり、本件発明の構成要件Aにいう「箱体」とは、収納すべき商品を収納
する部材をいい、「蓋体」とは、箱体の開口を開閉する部材をいうものと解すべき
であるから、被告が主張するところの底面114及び正面115も、蓋体と箱体の
それぞれの側壁に該当する部分と、それ以外の部分、すなわち側壁の縁部から連な
って突出する壁の部分に区分することができるというべきである。したがって、被
告の上記主張は採用することができない。
     また、被告は、「溝」と称するためには、連続した凹形の断面構造を有
しなければならないと主張し、また、被告製品において、「7字状」を呈する部分
はごく僅かであるとも主張するが、本件発明の特許請求の範囲の記載によれば、
「係合溝」とは「スライダ」の「連結板を介し対向する両側板の上縁部を」差し込
むべき箇所であるとされるものの(構成要件B)、これ以上の限定はなく、本件特
許権の特許公報(甲2)によって認められる本件特許権の明細書の記載にも、「係
合溝」についてこれ以上の限定はないから、構成要件Aにいう「係合溝」というた
めには、スライダの連結板を介し対向する両側板の上縁部に相当する部材を差し込
むに足りる凹形構造があれば足り、これが連続することまでは要せず、また「係合
溝」を上記のとおり解する以上、「7字状に屈曲」した部分も、当該屈曲壁の縁部
全体にわたって存在することまでは要せず、その一部に存在することで足りると解
すべきであるから、被告の上記主張も採用することができない。
  (2) 構成要件Bについて
   ア 被告製品を表す図面であることについて当事者間に争いのない別紙物件
目録(1)添付の図1ないし8及び被告製品である検甲第1号証によれば、被告製品に
おいて、原告が主張するところのロック板10は、平板部11の上縁部26aと、
壁面26bが対向して設けられ、平板部11と壁面26bがガイド端部背面14と
壁面123によって連結された構成を有していることが認められる。
     そして、上記(1)イのとおり、蓋2の閉鎖時にケース部分にロック板10
を挿入する際には、ケース部分の並列係合溝にロック板10の上縁部26aと壁面
26bが差し入れられ、ケース部分の上記並列係合溝を形成するガイド片108a
イ及びガイド片108bイの外側に、ロック板10の上縁部26aと壁面26bが
存在することによって、ケース部分の閉鎖状態が維持されることも認められる。
     さらに、ロック板10は、解除具Aを用いることにより、ケース部分と
の関係において抜き差し自在であることもまた認められる。
     以上によれば、被告製品の、原告が主張するところのロック板10のガ
イド端部背面14は、構成要件Bにいう「連結板」に該当し、ロック板10の上縁
部26aと壁面26bは、構成要件Bにいう「連結板を介し対向する両側板の上縁
部」に該当すると認められる。
     そして、上記のとおり、ロック板10の上縁部26aと壁面26bは、
「係合溝」に該当する部分に、ケース部分の閉鎖状態維持の係合状態に、抜き差し
自在に差し込まれるものであるから、ロック板10は、「前記係合溝に連結板を介
し対向する両側板の上縁部を前記ケースの閉鎖状態維持の係合状態に、かつ抜き差
し自在に差し込んだスライダ」に該当するものであり、本件発明の構成要件Bを充
足する。
   イ 被告は、「連結板を介し対向する両側板」とは、少なくとも同程度のス
ケールの板状の2枚の側板を別の板状部材で連結した構造を有するものを意味する
と主張し、これを前提として、被告製品のロック板10は「連結板を介し対向する
両側板」を有するものとはいえないと主張するが、本件特許権の特許公報(甲2)
によって認められる本件特許権の明細書の記載をみても、「連結板を介し対向する
両側板」を被告主張のように限定的に解すべき記載は存在しないから、被告の上記
主張はその前提において採用することができない。
     また、被告は、被告製品において、閉鎖状態を維持する方法は、ロック
板10を「係合溝」に「係合状態に」差し込むことによって行うものではなく、他
の方法によるものと主張するが、被告が主張するように他の方法によっても閉鎖状
態が維持されるとしても、上記アのとおり、ロック板10をケース部分の並列係合
溝に係合状態に差し込むことによっても閉鎖状態が維持されるのであるから、被告
の上記主張も採用することができない。
     なお、被告は、ロック板10は、挿入完了時点で係止状態に置かれ、解
除具Aを用いなければ本体から離脱させることはできないから、「抜き差し自在
に」差し込まれるものでもないとも主張するが、スライダとケースあるいは係合溝
との間に係止手段を設けることが構成要件Cのとおり本件発明の要件となっている
ことに照らせば、スライダの本体からの離脱のために解除具を用いることが必要だ
としても、「抜き差し自在」であるということを妨げないというべきである。何故
ならば、仮に、解除具を用いなければスライダを本体から離脱させることができな
いのであれば「抜き差し自在」ではないと解するならば、解除具を用いずともスラ
イダを本体から離脱させることができるという構成(構成要件B)と、スライダと
ケースあるいは係合溝との間の係止手段という構成(構成要件C)を両立させるこ
とができなくなり、本件発明は実施することができないものとなるからである。被
告は、この点を捉えて、本件発明は矛盾を含むものであり、本件特許権には無効理
由が存在するとも主張する(争点(4)の被告の主張エ)。しかし、一般に、発明の内
容を解釈する際には、特許請求の範囲の記載全体を通じて、矛盾が生じないように
解釈することができるのであれば、そのように解釈すべきものであるところ、本件
特許権の特許公報である甲第2号証によれば、本件特許権の明細書には、「この発
明の第3の実施形態では、・・・スライダBと第1の実施形態のケースA或いは係
合溝9との対向面には、・・・係止手段21が、また係止手段21を有する対向面
間に係止手段21の係合解除具22の差し込み間隙23が設けてある。」(段落
【0021】)、「上記係止手段21の係合関係を解除するための間隙23に差し
込む係合解除具22は、図9、図10及び図11に示すように間隙23に差し込む
板状体31と、・・・長尺片32と、・・・短尺片33を並設して形成する。その
際、長尺片32は、図10に示すようにスライダBから突出するガイド34によっ
て前方の係止片25の下側センターに案内されるように長尺片32を屈曲させ、そ
して係止片25の一側縁から下向きに突出するガイド片35によって長尺片32の
先を係止片25の下面センターに案内する。一方短尺片33は、先端を先細り状に
して、係止片25の両側縁から下向きに突出する並列ガイド片36間に嵌入して係
止片25の下面センターに案内する。ただし、係合解除具22は、上記の構成に限
定されず、係止手段21が1個の場合、一枚の板状体を用いて行なう。」(段落
【0030】ないし【0033】)として、スライダを本体から離脱させるために
用いる解除具及びこれを用いた解除の方法が具体的に記載されていることが認めら
れるから、上述のとおり、必要があれば解除具を用いることを前提として、本件発
明の特許請求の範囲の中の「抜き差し自在」との用語を解釈すべきである。したが
って、被告の上記主張もまた、採用することができない。
     この点に関連して、被告は、本件特許権に係る発明は、差し込んだスラ
イダが係止状態になるような係止手段を設けたためスライダが容易に抜けないの
に、スライダの係止状態を解除する方法が特許請求の範囲の請求項に示されていな
いから、本件特許権に係る発明は未完成であるとも主張する(争点(4)に関する被告
の主張アないしウ)。しかし、本件特許権に係る発明は、解除具の使用が予定され
ているケースの発明として理解することができ、前記のとおり解除具及びこれを用
いた解除の方法も具体的に記載されているから、これを特許請求の範囲に記載しな
くても、発明が未完成となるものではない。
  (3) 構成要件Cについて
   ア 構成要件Cの、「上記スライダと上記ケース或いは係合溝との対向面
に」、「係止手段を設けた」という構成については、本件特許権の特許公報(甲
2)によって認められる本件特許権の明細書には特段の記載はないが、通常の用語
の解釈としては、上記の構成は、「スライダ」における「係止手段」を設けた
「面」と、「ケース或いは係合溝」における「係止手段」を設けた「面」とが、ス
ライダを係合溝に差し込んだ際に対向することを意味すると解するのが相当であ
る。
     本件特許権に係る発明は、解除具の使用が予定されているケースの発明
として理解することができることは前示のとおりである。ところで、本件特許権の
明細書及び図面に、解除具として記載されているものは、係止手段を有する対向面
間の間隙23に差し込む一枚の板状体や、これに長尺片32と短尺片33を並設し
たものであって、スライダとケース或いは係合溝の対向面に係止手段を設け、同対
向面間に係止手段の解除具の差し込み間隙を設けておくことで、解除具が、スライ
ダとケース或いは係合溝に上下から挟まれた状態で上記間隙(差し込み間隙)に導
かれて係止手段に至り、係止手段の解除を行うように図示されている。そうだとす
ると、本件特許権の明細書及び図面において、係止手段をスライダとケース或いは
係合溝の対向面に設けていることには技術的に意味があるものであって、上記本件
特許権の明細書及び図面を考慮した場合にも、通常の用語の解釈と同様、構成要件
Cの「上記スライダと上記ケース或いは係合溝との対向面に」、「係止手段を設け
た」という構成は、「スライダ」における「係止手段を設けた」面と、「ケース或
いは係合溝」における「係止手段」を設けた面とが、スライダを係合溝に差し込ん
だ際に(解除具を係止手段に導くことが可能なように)対向するとの意味と理解さ
れる。
     勿論、本件特許権に係る発明の技術的範囲内に含まれるケースであれ
ば、これに用いられる解除具の種類にかかわらず、本件特許権を侵害することにな
るのはいうまでもないけれども、その技術的範囲を定めるにあたって、本件特許権
の明細書及び図面を考慮すれば、上記のとおり解されるのである。
   イ 被告製品において、ケース部分とロック板10とが、ケース部分に設け
られた係止部28とロック板10に設けられたロックツメ18とが噛み合うことに
よって係止されることは当事者間に争いがないから、被告製品における「係止手
段」は、ケース部分における係止部28とロック板10におけるロックツメ18が
これに該当すると認められる。
     ここで、被告製品を表す図面であることについて当事者間に争いのない
別紙物件目録(1)添付の図1ないし8及び被告製品である検甲第1号証によれば、ロ
ックツメ18は、ロック板10のガイド端部背面14に、その下面側に突出するよ
うに設けられており、係止部28は、原告が主張するところの壁面120(被告が
主張するところの壁面115。以下同様。)に、その内側に突設され、係止部28
の上側がロックツメ18と噛み合うように形成されていることが認められる。
     したがって、被告製品において、構成要件Cにいう、「係止手段を設け
た」「上記スライダと上記ケース或いは係合溝」の「面」とは、ロック板10にお
けるガイド端部背面14と、ケース部分における壁面120がそれぞれこれに該当
するというべきである。
     ところが、別紙物件目録(1)添付の図1ないし8及び検甲第1号証によれ
ば、被告製品において、ロック板10をケース部分に挿入した場合に、ガイド端部
背面14と、壁面120は対向する面とはならないことが認められる。
     したがって、被告製品は、構成要件Cのうち、「上記スライダと上記ケ
ース或いは係合溝との対向面に」、「係止手段を設けた」との部分を充足しない。
   ウ 原告は、被告製品において、係止部28の上面にロックツメと係合する
部分が形成されているから、係止部28の上面がロック板10のガイド端部背面1
4に対向する面となり、この面がケース側に設けられているから、「係止手段」は
「対向面」に設けられたものといえる旨主張する。
     しかしながら、上記アのとおり、本件発明において、対向すべきは係止
手段が設けられた面同士であり、係止手段を設けた面と係止手段に存在する面とが
対向すべきものでも、係止手段に存在する面同士が対向すべきものでもない。そし
て、上記イのとおり、被告製品における「係止手段」としては係止部28がこれに
該当するというべきであるから、その上面は係止手段に存在する面であり、係止手
段が設けられた面ではないというべきである。
     したがって、原告の上記主張は採用することができない。
  (4) 以上のとおり、被告製品は本件発明の構成要件のすべてを充足するものと
は認められない。したがって、被告製品が本件発明の技術的範囲に属するとは認め
ることができない。
 3 結論
   以上のとおりであるから、その余の点について判断するまでもなく、原告の
主張は理由がないことが明らかである。
   よって、主文のとおり判決する。
      大阪地方裁判所第26民事部
            裁判長裁判官    山  田  知  司
               裁判官    中  平     健
               裁判官    守  山  修  生
(別紙)
物件目録(1)図1図2図3図4図5図6・7図8物件目録(2)図1図2図3図
4図5図6

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