弁護士法人ITJ法律事務所

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主文
本件控訴を棄却する。
理由
第1本件控訴の趣意は,検察官作成の控訴趣意書に,これに対する答弁は弁護人
提出の答弁書に各記載のとおりであるから,これらを引用する。
,,,,,論旨は要するに原判決は公訴事実中住居侵入・窃盗の点については
被告人が犯人であると認定するには合理的な疑いが残るとして無罪を言い渡し
たが,その事実認定には,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある
というものである。
すなわち,本件公訴事実は「被告人は,金品窃取の目的で第1平成1,
6年11月5日午前1時50分ころ,大分県大分郡A町(現在の由布市A町)
B番地のCにあるD旅館(以下「本件旅館」という)104号室において,。
宿泊客が不在中,同室の無施錠の出入口扉を開けて同室内に侵入し,宿泊客E
所有のキャッシュカードなど3点在中の財布1個(時価約3000円相当)を
窃取した。第2前記日時ころ,宿泊客が在室する前記旅館105号室の無施
錠の出入口扉を開けて,同所から同室内に侵入しようとしたが,前記Eに発見
されたためその目的を遂げなかった」というものであるところ,原判決は,。
同第2の事実については有罪と認定したものの,同第1の事実については,被
告人の犯人性を推認する複数の間接事実を認定しながら,個々の情況証拠につ
いて,およそ現実性に乏しい抽象的可能性を殊更問題として各情況証拠の価値
を不当に低く評価し,さらに,情況証拠の積み重ねによる総合的,全体的事実
認定を行うことなく結論を導いていて,事実認定の手法を誤った結果,事実を
誤認したものであり,原審で取り調べられた関係各証拠を総合すれば,被告人
が同第1事実(以下「本件犯行」という)の犯人であることについて合理的。
疑いを容れる余地はない,というのである。
第2そこで,記録を調査し,当審における事実取調べの結果を併せて検討する。
1原判決挙示の関係各証拠によれば,次の事実が認められる。
本件旅館の所在地,構造,客室や宴会場等の位置関係及び原判示第1の被害
があった客室と外部との出入りの状況,被告人が平成16年10月6日,前刑
,,,,,の執行を終えて以降の生活状況等平成16年11月4日被害者EFG
H以下EFGHと略称するら4名のグループ以下E(「」,「」,「」,「」。)(「
ら」ともいう)を含む14名の宿泊客が本件旅館に宿泊していた状況,Eら。
4名が,同日午後9時ころまでに宴会場で夕食をとり,それぞれの部屋で入浴
するなどした後,午後11時ころから104号室に宿泊していたEとFが,G
とHが宿泊していた105号室を訪れた状況,同月5日午前1時50分ころ,
被告人が105号室出入口ドアの外に立っていた状況,被告人がその場から立
ち去った後,104号室に置いたEのズボンのポケットに入れられていたキャ
ッシュカード等在中の財布(以下「本件財布」という)が紛失しているのに。
Eが気付き,被告人の後を追ったところ,付近県道上で被告人を発見し,被告
人と共に本件旅館に戻って来た状況,当時,本件旅館に勤務中であった従業員
から連絡を受けて到着した本件旅館責任者Iが警察に事件の発生を通報し,被
告人がJ警察署に任意同行されて逮捕されるに至った状況,同日,被告人が警
察に行くまで座っていた本件旅館のソファの下からペンライト1本(乾電池2
本を内蔵)が,逮捕時の被告人の所持品から同ペンライトに適合する乾電池2
本(上記ペンライトに内蔵されていたものと同一メーカーのもの)が,それぞ
れ発見された状況,本件旅館に面した町道に設置されている側溝の構造やその
水路の状況,本件財布が同日午後3時30分ころ,本件旅館から北西約100
メートルの水路内(本件旅館から見れば下流にあたる)で滞留しているのが。
発見された状況については,おおむね原判決が「事実認定の補足説明「第2」
公訴事実第2(105号室内への住居侵入未遂)の点について」の1のな
いし及び「第3公訴事実第1(104号室内への住居侵入,窃盗)の点に
ついて」の1のないしで認定,説示しているとおりである。
2原判決の判断
原判決は,上記の客観的事実等を認定し,公訴事実第2については,犯行前
日,K駅を出た被告人が本件旅館に到着し,105号室のドアを開けたこと,
本件旅館で警察官を待つ間,所持していたペンライトをソファの下に投棄した
こと,本件当時,生活費にも窮している状態で,犯行動機があること及び被告
人の前科からすれば,被告人は窃盗目的で105号室に侵入しようとしたこと
は明らかであるとして犯行を認定したが,同第1の事実(104号室での侵入
盗)については,本件犯行及び本件財布を投棄する機会及び犯行動機の存在が
認められ,また,被告人の行動には不自然な点が多く,その供述にも不自然か
つ不合理な部分があることなど,被告人の犯人性を推認する方向に働く複数の
間接事実が認められ,被告人が本件犯行をした疑いは相当程度認められるもの
,,,,の一方被告人以外の者による犯行の可能性も否定することはできずまた
被告人以外の者が本件犯行をした場合にも,本件財布を投棄する機会は存在し
たこと,さらに,証拠上,被告人が本件旅館から逃走する過程で本件財布を側
溝等に投棄したのであれば,本件財布が本件発見現場までたどり着かなかった
可能性が相当程度残り,被告人が本件財布を投棄したかどうかは不明であり,
本件財布以外のものが盗まれていない事実は,被告人の犯行動機とは矛盾する
点があることから,なお,被告人が犯人であると認定するには,合理的な疑い
が残るとして被告人に対し無罪の言渡しをした。
3これに対し,検察官は,おおむね,①原判決が,被告人以外の者が本件財布
,),を盗み取った可能性を否定できないとしている点についてはⅰ本件旅館は
L温泉街の中心部から離れた比較的閑静な場所にあり,同旅館に面した町道の
犯行時間帯の通行量は,歩行者については稀であり,車両も少ないこと,ⅱ)
本件当時,本件旅館には,Eらを含めた14名の宿泊客が居たが,いずれも家
族,知人と同伴の予約客である上,高額な宿泊料を支払っている者ばかりであ
り,また,本件当時,本件旅館の仮眠室で仮眠していた本件旅館の従業員は,
Eからの連絡により,直ちに警察に通報するなどの適切な措置を執っているこ
と,ⅲ)Eらは,被告人以外の不審者を見ておらず,不審者が本件旅館敷地内
に侵入した形跡も見当たらないこと,ⅳ)平成10年から本件当時までに認知
,,されたA町内における旅館荒らしのうち犯人を特定し得ない未解決のものは
年間0件ないし3件と極めて少ないこと,ⅴ)本件旅館において,宿泊客以外
の客が大浴場又は家族露天風呂を利用できる時間帯は各日午前10時から午後
3時までに限定されている上,本件旅館では入浴のみの利用客は半年に1組程
度しかなく,さらに,部外者による大浴場等の無断使用事案も過去には一度も
なかったことを総合すれば,被告人以外の者が本件財布を盗み取った具体的可
能性は否定される。また,②原判決が,被告人の逃走経路上から本件財布が投
棄されたとすると,それが本件財布の発見現場までたどり着かなかった可能性
が相当程度残るとした点についても,ⅰ)本件当時,相当程度の降水量があっ
たことは容易に推認し得るし,本件排水升が設置されている地点と本件財布発
見地点との間にも本件排水升と同様の排水升が複数存在しているにもかかわら
ず,仮想被害品がそれらの排水升を通過して本件財布発見現場まで到達してい
ることが実証されており,これは,ⅱ)原判決後に行った実験結果によっても
確認されている(当審証人Mの証言)から,この点に関する原判決の認定判断
は誤りである,としている。
,,),そして③その他ⅰ原判決も認定している公訴事実第2の犯行実行前に
本件犯行現場に隣接する103号室の出入口扉を開けようとした不審者がいた
こと,ⅱ)被告人には,本件犯行当時,金品窃取の動機があること,ⅲ)被告
人は住居侵入,窃盗,常習累犯窃盗等の前科20犯を有するところ,そのほと
んどがすべてが深夜の侵入盗等で,本件同様,旅館の宿泊客を狙った犯行であ
る上,直近前科にかかる住居侵入,窃盗未遂の犯行は,本件旅館とそれほど離
れていないL温泉街の宿泊施設に侵入した上での犯行であって,その際も,被
告人はペンライトを所持していたことをも併せ考慮し,全証拠及びこれらによ
り認定し得る間接事実を総合評価して全体的な判断をすれば,被告人が本件犯
行に及んだと認定するについて合理的疑いを容れる余地はないと主張してい
る。
4そこで検討するに,本件犯行が行われたのは,EとFが104号室を出て1
05号室を訪れた平成16年11月4日午後11時ころから,被告人が105
号室前でEと出会った翌5日午前1時50分ころまでの間と考えられるとこ
ろ,被告人は窃盗の目的で同室の出入口扉を開けて侵入しようとしていたので
あり,その際,手袋をし,ペンライトを所持していたこと,105号室に侵入
しようとするのを発見されたEに対し,不自然,不合理な弁解をしてその場か
ら立ち去ったこと,被告人が105号室前から立ち去った後,本件旅館敷地を
出て逃走した経路からすると,被告人が逃走途中,本件財布を側溝の覆い蓋の
隙間等から投棄し,それが水路の流れに乗って被害品発見現場に流れ着いた可
能性も十分に認められること,すなわち,本件当時,被告人が窃盗目的で本件
旅館に来ていたと推認され,時間的,場所的に本件犯行をする可能性も十分に
あったといえる。
しかし,本件で取り調べた証拠関係においては,被告人と本件犯行との直接
的結びつき(例えば,104号室に立ち入った形跡,被害品との関わりなど)
は何ら立証されていない。このような証拠関係において,被告人が本件窃盗の
犯人であることを事実上推定するためには,被告人がその犯人であると疑われ
る状況にあったというだけでは足りず,他に犯人がいる可能性が否定され,あ
るいは,極めて少ないことが立証されなければならない(被告人と本件との結
,,びつきが立証されることは同時に別人が独立して犯行をした可能性を排除し
あるいは狭める関係にある。窃盗事件における盗品の近接所持の意義はそこに
ある。しかるに,本件においては,本件被害者ら以外の宿泊客の本件犯行が。)
可能な時間帯における動静がほとんど明らかにされておらず,本件旅館の構造
上,外部からの出入りが容易であり,他に外部侵入者がいないとは言い切れな
い上,本件犯行が可能な時間の幅が3時間弱もあり,財布を窃取した後,これ
を前記水路に捨てることが可能な時間帯も十数時間の幅があって,被告人が1
05号室前から帰って行った時間に限定されない(なお,103号室に宿泊し
ていたNは,11月5日午前1時30分ころから午前2時ころ,出入口扉を外
から開けようとする「ガチャッ」という音が1回聞こえた旨証言しているが,
それが被告人によるものであるかは不明であるし,やはり30分ほどの時間的
幅があり,本件犯行の直前のことであったと限定することまではできない。。)
そうすると,上記3時間弱の犯行可能時間帯において,別の犯人が本件犯行を
した可能性は排除されていないというほかない。したがって,前記3で要約し
た検察官の主張を検討しても,本件証拠関係において,被告人が本件窃盗の犯
人であると断定するには,なお,合理的な疑いを差し挟む余地を残していると
いうべきである。
以上のとおりであるから,本件犯行の犯人は被告人であるとする所論は採用
できない。したがって,原判決に所論の事実誤認はなく,論旨は理由がない。
第3よって,刑訴法396条により本件控訴を棄却することとして,主文のとお
り判決する。
(裁判長裁判官虎井寧夫裁判官松尾嘉倫裁判官中牟田博章)

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