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裁判例


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○ 主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
○ 事実
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 控訴人が出生により日本国籍を有することを確認する。
3 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 控訴の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二 当事者の主張及び証拠
原判決事実摘示及び当審記録中書証目録記載のとおりである。
○ 理由
一 確認の利益について
ある人がある国の国籍を有することは、その人の有する諸々の権利の一である。本
件において、控訴人は日本国の国籍を有することを主張し、被控訴人はこれを争つ
ているのであるから、控訴人が自己の右権利について不安を抱くのは当然であり、
控訴人に確認の利益があることは明らかである。
二 請求原因について
控訴人は、自己が日本国籍を有することを主張するのであるから、他の権利を有す
ることを主張する場合と同様に、その取得原因事実を述べなければならない。控訴
人は、自己が日本国民である母から出生した、という事実を主張し、右事実を要件
として、憲法前文又は国籍法二条一号の適用により日本国籍を取得した旨主張する
ので、以下順次検討する。
1 控訴人は、憲法前文が「日本国民は・・・・われらとわれらの子孫のため
に・・・・この憲法を確定する」とうたつていることを根拠に、憲法は日本国民を
親として出生した子に対して生来的日本国籍取得権を保障しているものと主張す
る。しかし、憲法前文は憲法制定の由来と憲法の基本原理を述べたものであつて国
民に具体的権利を保障したものではない。のみならず、右の文章のうち、「われ
ら」とは現在の日本国民を指し、「われらの子孫」とは将来の日本国民を指すと解
すべきであつて、後者が前者の血統上の子孫を指すと解することはできない。従つ
て、日本国民を親として出生した子が右の憲法前文によつて日本国籍を生来的に取
得する権利を有するということはできない。
2 (一)次に、控訴人は、国籍法二条一号「出生の時に父が日本国民であると
き。」について、右規定は、憲法一三条、一四条一項、二四条二項に違反している
から、いわゆる合憲的解釈を行い、右規定中「父」とあるのを「父又は母」と解釈
すべきであると主張する。しかしながら、右規定は憲法に違反してはいない。なん
となれば、右規定は、端的に、父が日本国民であるときその子が日本国籍を取得す
ることを決めているに過ぎず、そのことだけを取上げてみるとき、これを禁ずる条
項ないし原理は憲法のどこにも存在しないからである。もし、右の規定が、日本国
民父の子は日本国民とするが、日本国民母の子は日本国民としないという趣旨の文
言で規定されているのであれば、違憲の問題は起こり得よう。しかし、その場合で
も、問題となるのは、後半の日本国民母の子は日本国民としないという部分だけで
あつて、前半の日本国民父の子は日本国民とするという部分ではないのである。
(二) そこで、控訴人の主張を善解すると、その真意は、「父が日本国民である
とき」という規定の存在が違憲であるということにあるのではなくて、「母が日本
国民であるとき」という規定の不存在が違憲であるということにあるのであろう。
或いは、更に進んで、そういう規定を欠いている国籍法全体な゜いしは日本国籍付
与制度自体が憲法の精神に反すると主張するのであろう。そして、右の制度の違憲
性を是正するために、裁判所に対して右の不存在の規定が存在するものとして裁判
することを求めているのである。
しかし、憲法によつて裁判所に与えられた違憲立法審査権は、存在する規定につい
てそれが違憲であるかどうかを審査し、違憲と判断したときにはこれを無効とし
て、つまりいわば存在しないものとして、適用しないことを本質とする。ある規定
が実定法上に存在しないとき、それがいかに憲法上望ましいものであろうとも、違
憲立法審査権の名の下に、これを存在するものとして適用する権限は裁判所に与え
ちれていないのである。
(三) 右に述べたように、本件において、裁判所は、違憲立法審査権の行使の一
結果としては、日本国民母の子は日本国民とする旨の規定を創造することはできな
いが、本件の場合はいわゆる法の欠缺の一場合と考えることができ、その場合に
は、裁判所としては、条理によつて欠缺を補うことが許される場合がある。本件に
おける控訴人の主張も、帰するところは、右の意味における法の欠缺を指摘し、憲
法の諸原則を中心とする条理に従つて、控訴人主張の規定によつて右の欠缺を補う
べきであるというにあるものと解される。そこで、この点について検討する。
確かに、国籍取得の基準として、血統主義を採り、かつ父又は母の一方のみの血統
を受けついだことをもつて足りるという主義(かりにこれを片親血統主義と呼ぶ。
その中には、父系優先主義、母系優先主義、父母両系平等主義の三つが考えられ
る。)を採つた場合に、その中の父系優先主義を採用することは、今日の社会的諸
条件の下においては、必ずしも充分に合理的であるとは云い難い。これをもつて明
らかに両性平等の原則に反するとする者が存するのも決して理由のないことではな
い。
そこで、もし、憲法が血統主義の中の片親血統主義を採用することを宣言している
のであれば、その前提に立つ限り、父母両系平等主義のみが両性平等の原則に合致
するのであるから、国籍法二条一号が「父」と規定しているとき、これを「父又は
母」と解することは、正しい類推解釈であり、決の欠缺の正しい補充であると云う
べきであろう。片親血統主義と両性平等原則の双方を満足させる規定は、父母両系
平等主義の「父又は母」しかあり得ず、立法者が法改正によつて法の欠缺を補おう
とする場合、他に選択の余地が考えられないからである。このような場合において
のみ、裁判所は条理に基づく法の欠缺の補充を行うことができると解すべきであ
る。
これに対して、立法者が法の欠缺の補正をするための法改正ないし新法制定をする
と仮定した場合に、立法政策上複数の選択肢が考えられる場合には、そのいずれを
選択するかは立法者に任せられるべきであり、条理の名によつて裁判所が選択決定
することは許されないものというべきである。ところで、既に述べたように、憲法
は国籍付与の基準として何等特定の主義を採るべきことを指示していないのであ
る。従つて、現在の立法者が、日本国民母の子の国籍取得の有無についての規定の
欠缺を補正しようとして国籍法の改正を考えるとき、右の欠缺の原因となつた片親
血統主義を維持するか否かはその自由であり、維持するとすれば、控訴人主張の趣
旨に沿つた法改正をする外はないが、維持しないとすれば、そのようにならないこ
とは明らかである。
例えば、この際、思い切つて生地主義を採用することも憲法上可能であり、国家が
特定地域内にのみ主権を及ぼすものであることを重視すれば生地主義にも充分に合
理性があると云えよう。又、血統主義を採るとしても、むしろ純血主義に徹して両
親血統主義を採り、「父及び母」がともに日本国民であることを要件とすることも
考えられる。勿論、控訴人の主張する片親血統主義中の父母両系平等主義を採り、
「父又は母」を要件とすることも有力な選択肢の一つである。しかし、この主義を
採る場合でも、親、殊に日本国民でない親に対して一定の国内居住年数その他の要
件を必要とすることも充分に検討に値しよう。
以上の諸基準はすべて憲法の諸原則に違反していない。従つて、国籍法改正に当つ
て、そのうちのどれを採用するかは立法府である国会の自由である。このような場
合には、司法府である裁判所は、条理の名によつて、特定の基準を採用してこれを
実在の法として適用することはできないものと云わなければならない。要するに、
国籍付与制度自体の違憲性を論じ、合憲の国籍法を制定するのは、国会の権限であ
りかつ義務であつて、裁判所の権限でもなく又義務でもないのである。
3 なお、控訴人主張の事情によれば、控訴人は母の有する日本国籍を取得するこ
とができないのみならず、父の有する米国国籍をも取得することができず、結局は
無国籍者とならざるを得ないことになる。誠に気の毒なことである。
しかし、このことの故をもつて国籍法二条一号ないし三号が憲法一三条及び一四条
に違反するとの控訴人の主張は採用することができない。なんとなれば、控訴人が
米国国籍を取得することができないのは、全く米国国籍法の規定の仕方によるもの
であつて、我が国の国籍法二条一号ないし三号の関知するところではないからであ
る。他国の法規の内容如何によつて、我が国の法規が合憲になつたり違憲になつた
りするなどということは有り得ないことである。
三 原判決の理由は、必らずしも以上に判示した当裁判所の理由と同一ではない
が、その結論において正当であるから、民訴法三八四条により本件控訴を棄却す
る。
なお、訴訟費用の負担につき、同法九五条八九条適用。
(裁判官 田中永司 武藤春光 安部 剛)
(原裁判等の表示)
○ 主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
○ 事実
第一 当事者の求めた判決
一 原告
原告が日本国籍を有することを確認する。
訴訟費用は被告の負担とする。
二 被告
主文同旨
第二 当事者の主張
(請求原因)
一 原告は、アメリカ合衆国(以下「米国」という。)の国籍を有する父Aと日本
の国籍を有する母Bの長女として、昭和五二年八月二四日東京都渋谷区<地名略>
において出生した。原告の両親は、同年一月二六日に婚姻しており、今後とも日本
に居住する予定であつて米国で生活するつもりはないので、原告を日本人として養
育することを決意し、原告の母が同年九月五日東京都港区長に対し、原告の出生届
をするとともに原告を自己の戸籍に入籍させるように申し出た。ところが、国籍法
(昭和二五年法律第一四七号)二条は、出生により日本国籍を取得する場合とし
て、「出生の時に父が日本国民であるとき」(一号)「出生前に死亡した父が死亡
の時に日本国民であつたとき」(二号)、「父が知れない場合又は国籍を有しない
場合において、母が日本国民であるとき」(三号)及び「日本で生れた場合におい
て、父母がともに知れないとき、又は国籍を有しないとき」(四号)のいずれかに
該当することを必要としているため、港区長は、同月一二日付書面をもつで、国籍
法二条各号の規定により原告は出生により日本国籍を取得できず母の戸籍に入籍さ
せられない旨を通知してきた。
二 しかし、国籍法二条一号ないし三号の規定は、以下のとおり、違憲である。
1 国籍法二条は、出生による日本国籍の取得について親子関係を基礎とするいわ
ゆる血統主義を原則とし(一号ないし三号)、補充的に出生地を基礎とするいわゆ
る生地主義を採用している(四号)が、その血統主義は、父母両系を平等に取り扱
うものではなく、正当な理由がないのに父系を優先させて母系を劣後させるもので
あり、国籍法二条一号ないし三号の規定はその点において性別による差別を禁止し
た憲法一四条に違反する。
2 国籍法二条の父系優先血統主義の規定の下において、外国人父と日本人母とが
その子に生来の日本国籍を取得させようと欲する場合には、子を非嫡出子として届
出をすることにより国籍法二条三号の「父の知れない場合」に該当させる方法によ
る以外にはない。しかし、これでは、父母は法律上の夫婦であるはずなのに内縁関
係という状態に、また、子は嫡出子であるはずなのに非嫡出子という状態に甘んじ
なければならない。このような公序良俗に反する結果を生じさせる国籍法二条一号
ないし三号の規定は、個人の尊重を定めた憲法一三条及び家庭生活における個人の
尊厳と両性の平等を定めた憲法二四条二項に違反する。
3 原告は、国籍法二条各号の規定により日本国籍を取得できないとされているに
とどまらず、次の事情により父の有する米国国籍をも取得できないため、結局のと
ころ無国籍者とならざるを得ない。日本人を母として出生した子に対してこのよう
な重大な不利益を生じさせる国籍法二条一号ないし三号の規定は、この点において
も個人の尊重を定めた憲法一三条及び一四条に違反する。
原告が父の有する米国国籍を取得できないのは以下の事情による。米国の一九五二
年移民及び国籍法三〇一条によれば、両親の一方を外国人とし他方を米国市民とし
て米国及びその海外属領以外で出生した者は、米国市民である親が子の出生に先立
ち米国若しくはその海外属領に通算一〇年以上(そのうち少なくとも五年以上は一
四歳に達した後であること)居住したのでなければ、出生により米国国籍(市民
権)を認められない、と規定している。ところが、原告の父は、昭和三年にハルピ
ンで出生し、同六年日本に、同八年旧満州に、同一一年日本に移住し、同三三年日
本の大学を卒業後同三五年米国に移住し、ニユーヨークでコロンビア映画会社に入
社し、社命により翌年日本に、同四〇年プエルトリコに赴任した。そして、同人
は、同四三年、プエルトリコ滞在中に米国への帰化を申請して同年五月二三日その
許可を受け、ついで右会社日本支社長を命ぜられて再度日本に移住し現在に至つて
いる。このように、原告の父の原告出生前における米国若しくはその海外属領での
居住期間は一〇年に満たないので、原告は出生により米国国籍を取得できないので
ある。
三 そこで、出生による日本国籍の取得については、父母の血統を平等に扱うべき
であり、国籍法二条一号は、出生の時に父又は母が日本国民であるとき、同条二号
は、出生前に死亡した父又は母が死亡の時に日本国民であつたとき、を意味するも
のとして解釈すべきである。したがつて、出生の時に母が日本国民である原告は、
出生により日本国籍を取得したものである。
四 よつて、原告が日本国籍を有することの確認を求める。
(請求原因に対する認否)
一 請求原因一のうち、原告の両親が今後とも日本に居住する予定であつて米国で
生活するつもりがなく、原告を日本人として養育することを決意したことは不知、
その余は認める。なお、原告の出生届は、港区長において、日本の国籍を有しない
者に関する届出として昭和五二年九月五日に受理している。
二 同二のうち、原告が出生により父の有する米国国籍を取得できない事情にある
ことは不知。その余は争う。
三 同三は争う。
(被告の主張)
一 出生による日本国籍の取得について定める国籍法の規定に関しては、次のとお
りそもそも憲法問題は生じない。
憲法は、国籍については、離脱の自由を定める(二二条二項)ほかは、「日本国民
たる要件は、法律でこれを定める」(一〇条)としているにとどまり、いかなる範
囲の者を出生により日本国民とするかについて何ら具体的な定めをしておらず、血
統主義の採用すらも命じていない。また、国際法においては、国家がその国の国民
たる資格要件を定めることはその国の専権に属するとされていて、出生による国籍
決定について国際法上も何らの要請もない。そうすると、憲法は、出生による日本
国籍の取得について全面的に国会の立法政策に委ねているのであり、日本人の親に
対し日本国籍を子に継承させる権利ないし法的地位とか、日本人を親とする子又は
日本国内で出生した子に対し生来的に日本国籍を取得する権利ないし法的地位とい
つたものを保障しているものではない、というべきである。したがつて、国籍法が
父系優先血統主義を採用しても、これについては立法政策上の当否が問われ得るに
とどまり、違憲ということはそもそも生じないのである。
また、子の国籍の取得につき平等原則違反を主張するためには、親に対する憲法一
四条の適用は問題となり得ず、子自身に対して同条が適用されなければならない
が、同条に定める平等保障は日本国民であつてはじめて享受し得るものであるか
ら、日本国籍を取得するか否かという憲法一四条適用以前のその前提問題を決する
際に、同条に違反するという事態が生じる余地は論理的にあり得ないのである。し
たがつて、同条の平等原則を婚姻及び家族に関する事項について具体化した憲法二
四条二項違反の問題も生じ得ない。
二 国籍法二条一号ないし三号の規定の趣旨は以下のとおりであつて、子の日本国
籍の取得につき父系と母系とを差別したものではなく、合理的根拠に基づくもので
ある。
1 国籍法が制定された昭和二五年当時、多くの諸外国、特に日本と密接な関係に
ある韓国及び中国(当時の中華民国)は原則的又は補充的に血統主義を採用し、か
つ父系の血統主義を基本としていたので、母が日本人たる嫡出子及び父が日本人た
る非嫡出子は少なくとも他方の外国人親の国籍を取得するのが通例であり、もし日
本が父母両系血統主義を採用するならば、右のような子は常に二重国籍者とならざ
るを得なかつた。また、この場合に、父が日本人たる嫡出子及び母が日本人たる非
嫡出子は逆に外国人親の国籍を取得しないのが通例であるから、これに目本国籍を
付与しないとすれば、そのような子は無国籍者とならざるを得なかつた。そこで、
国籍法二条は、専ら国籍の積極的抵触(重国籍)及び消極的抵触(無国籍)を防止
する見地から、嫡出子の場合には父系主義(一号及び二号)、非嫡出子の場合には
母系主義(三号)を採用したものである。
このように、国籍法二条一号ないし三号の規定は、親の国籍を子に継承させるとい
う考え方とは無縁なものであるから、右規定をもつて国籍の継承のさせ方の点にお
いて性別による差別を定めたというのは、前提を欠くというべきである。右規定
は、右のとおり国籍抵触防止の見地から、嫡出子につき父系主義(一号及び二
号)、非嫡出子につき母系主義(三号)を採用したものにすぎず、父母相互の法律
上の地位に差別を設けたものではない。
なお、右の立法趣旨並びに国籍法が旧国籍法(明治三二年法律第六六号)時代の夫
婦国籍同一主義及び親子国籍同一主義を廃止していること等から明らかなように、
国籍法二条一号ないし三号の父系主義は旧法時代の家父長制とは無縁のものであ
る。
2 右にみたとおり、国籍法二条一号ないし三号の規定は、国籍の積極的及び消極
的抵触の発生を防止しながら、日本人と外国人との間に生まれた子に日本国籍を付
与する方法としてやむを得ない合理的なものである。
もつとも、子が父又は母と国籍を共通にすることは親子双方にとつて利益であり、
更に、子が父母双方の国籍を取得して重国籍者となつても、双方の本国の保護を受
けられてかえつて利益であり、原告主張の父母両系血統主義は右の点で好ましいも
のである、との考えもあるかもしれない。しかし、個人の利益と国家の利益とは必
ずしも一致するものではなく、重国籍の発生防止という国益も正当に保護されなけ
ればならないのである。わが国では、旧国籍法時代以来、他国に例がないほどに重
国籍の防止に極めて忠実であり、国籍法四条五号、八条ないし一〇条の規定はその
表われである。
3 国益の見地からみて重国籍の発生を防止しなければならない所以は、まず、重
国籍が国際私法の準拠法について本国法主義を採用している諸国に対し準拠法の決
定を困難にするからである。また、それ以上に問題となるのは、外交保護権の衝突
と忠誠義務の衝突をもたらすことである。前者は、複数の国が同一個人に対し外交
保護権を行使できるか、殊に一方の国における個人に対する処遇について反対の利
害関係を有する他方の国がこれを行使できるか、という問題であり(この点につい
ては一九三〇年に成立した「国籍法の抵触についてのある種の条約」の四条で一応
の手当がされているが、これは未だ確定的な国際慣行とはなつていないといわれて
いる。)、後者は、同一個人が一方の国における兵役義務等の要請に従つたときに
他方の国において反逆罪等を理由に処罰されないか、という問題である。このよう
に、重国籍については外交上の紛議の種となるので各国ともその対策に努力してい
るが、わが国のように国籍の離脱を自由に認めるものは少なく、これにつき政府の
許可を必要としたり離脱できる者を制限したリしている国が多い。したがつて、重
国籍の発生を認めたうえで事後的にその解消を図るという方法は困難であり、各国
とも重国籍の発生自体を未然に防止する方向で努力しているのである。
なお、最近、ヨーロツパの一部やカナダ、メキシコ等の諸国が父母両系主義を採用
するに至つたが、これらの国も、もとより右主義によつてもたらされると予想され
る重国籍状態を望ましいとするものではなく、右主義を採用する一方で、国籍の喪
失、離脱、放棄及び多数国間ないし二国間の国際条約の締結(ヨーロツパ諸国間で
は、一九六三年に「重国籍の減少及び重国籍者の兵役義務に関する協定」が成立し
ている。)等の方法により、重国籍の防止に特段の配慮をしているのである。ま
た、父母両系主義を採用しながらも国籍唯一の原則を貫いている国(ソ連等)もあ
る。これに対し、わが国が最も考慮すべき相手国はその日本在留者数が約六六万人
に及ぶ朝鮮と同じく約五万人の中国であるが、両国はいずれも分裂国家的状態にあ
り、中国では国籍法も未だ定められていないから、両国との間に重国籍解消のため
の条約を締結することは困難である。
三 1原告は、親が子に自己の希望する国籍を取得させることができることを前提
に、国籍法二条一号ないし三号の規定の下において子に母の日本国籍を取得させよ
うとすれば、公序良俗違反の結果を生じさせるほかないから、右規定は違憲であ
る、と主張するが、そもそも、子の国籍の決定は子自身と国家の問題であり、親は
子の国籍を選択する固有の権利を有するものではない。したがつて、子の国籍に関
する父母の主観的な希望ないし意図は、子の出生による国籍の取得とは無関係であ
り、原告の主張は前提において失当である。また、原告が援用する憲法二四条二項
の規定は家族生活における個人の尊厳と男女の平等を定めたものであつて国籍の得
喪とは必然的な関係はなく、家族関係と国籍関係とを結びつける原告の主張は、夫
婦や親子の国籍の同一性を規定していた過去の考え方に通じるものである。
2 原告は、また、国籍法二条一号ないし三号の規定の故に原告が無国籍となるの
で、右規定は憲法一三条及び一四条に違反する、と主張するが、原告が無国籍とな
るのは、米国の国籍法規と日本の国籍法とがたまたま消極的に抵触するからであ
り、日本の国籍法の規定のみからもたらされる結果ではない。国籍法規は、諸国で
それぞれ独自に制定変更されるのであり、その世界的な統一が不可能である以上、
たまたま例外的に無国籍者が発生してもやむを得ないというはかなく、これだけで
直ちに憲法違反ということはできない。このような場合に日本国籍を取得しようと
すれば帰化の方法によればよいのであり、この帰化はほとんど無条件に近い(国籍
法六条二号)のである。
四 仮に、国籍法二条一号ないし三号の規定が違憲であるとしても、次のとおり、
そのことから直ちに原告が日本国籍を有するとの結論は導かれない。
1 裁判所の有する法令審査権は、裁判所がある法律の規定を憲法違反と判断した
場合に当該規定を適用して裁判をすることができないことを要請するにとどまる。
すなわち、それは立法に代わり無から有を生じさせる作用を営むことはできないの
である。したがつて、仮に国籍法二条一号ないし三号の規定が違憲であるとすれ
ば、日本人を父とする嫡出子であつても日本国籍を取得できないという結果が生じ
るだけで、原告が日本国籍を取得することになるわけではない。
2 また、国籍法二条一号ないし三号の規定が違憲であり、かつ、解釈によつてこ
れを是正できるとしても、原告主張の解釈だけが可能な唯一のものではない。元
来、国家がどの範囲の者を自国の構成員たる国民とすべきかは、各国のおかれた歴
史的事情、国内事情及び国際環境等に大きく左右されるものであつて、その意味か
ら極めて高度の政策的判断を要求されるのである。したがつて、例えば国籍法二条
一号の規定が違憲であるとしてこれを是正するとしても、原告主張のように「出生
の時に父又は母が日本国民であるとき」とするだけが唯一の途ではなく、「出生の
時に父及び母が日本国民であるとき」とすることも可能であり、更に、「出生の時
に父又は母が日本国民であるとき」とした場合でも、その「父又は母」を生来の日
本国民に限るとするか、一定の居住要件を要求するか、子の出生地が国内であると
きに限るか等について選択の余地があるのであり、また、国籍唯一の原則を貫くの
かどうか、重国籍防止のための諸規定(国籍法四条五号、八条ないし一〇条)を改
廃するかどうか等についても慎重な検討を必要とする。このような場合、国会が国
籍法を改正して政策上最も適当な立法をすれば問題はないが、裁判所が解釈の名の
下に右のような複数の選択肢の中から特定のものを選び出すことは司法権の性質上
許されないのである。以上のとおり、原告主張の父母両系血統主義を採用するには
国籍法の改正が必要なのであり、解釈によつて同じ目的を達成することはできない
のである。
(被告の主張に対する原告の反論)
一 出生による日本国籍の取得が憲法問題であることについて
今日の国際社会は複数の国家の集合から成り立つのであり、かつ、すべての個人
は、いずれかの国家に所属することによりはじめて市民的、文化的生活及び政治
的、経済的、社会的活動の自由を保障されるのであるから、単位国家の構成員とな
ることすなわち国籍の取得は、人間として生存し右の保障を享受するための不可欠
の要件であり、人間の尊厳に根ざす基本的権利の一つとして把握されるべきであ
る。民主主義体制下の法治国家においては、国民は市民権的個人的権利としての国
籍権を享有するのである。昭和五四年にわが国が批准した市民的及び政治的権利に
関する国際規約二四条も、「すべての児童は、国籍を取得する権利を有する。」と
規定し、国籍の権利性を宣言している。そして、諸国の立法が、子は血縁又は地縁
によつて連結された社会の構成員として教育を受けその文化を継承していくもので
あることに一つの根拠を置いて、血統的身分を基準とする血統主義又は地縁的身分
を基準とする生地主義のいずれかを採用していることに照らすと、少なくとも日本
と血縁又は地縁において結ばれて出生した子、とりわけ日本人を親とし日本で教育
を受けて成長する子にとつては、出生により日本国籍を取得することこそ人間に等
しく認められるべき前記の国籍取得という基本的権利の具体的内容であるというべ
きである。憲法前文が「日本国民は・・・・われらとわれらの子孫のため
に・・・・主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。」とうたつて
いることや、国籍法が血統主義の採用を表明していることからすると、憲法も、日
本国民を親として出生した子が日本国民となること、すなわち子にとつての生来的
日本国籍取得権利及び親にとつての日本国籍継承権を承認しているというべきであ
る。以上のとおりであるから、原告が出生により日本国籍を取得するか否かは、右
のような基本的権利が侵害されるか否かという点でまさに憲法問題である。
被告は、日本国籍取得基準は憲法上の制約なしに定めることができ、それは基本的
人権享受以前のことで憲法問題たり得ないと主張するが、立法はすべて憲法の制約
を受ける(憲法九八条一項)のであるから、日本国籍取得の基準を定めた国籍法
も、当然に憲法の制約を受け、その精神に背くことは許されないのであり、被告の
右主張は今日の国際社会において通用する余地のない見解である。被告の論法に従
えば、憲法に明文規定さえなければ国は主観的好悪によつて国籍を定めるという立
法も妨げられないこととなり、例えば、極端な独善的民族優越主義に基づく国籍決
定基準を定めても憲法上何ら問題が生じないという不当な結果が導かれるのであ
り、到底是認できない。
二 子が親の性別による差別の違憲性を主張できることについて
わが国の血統主義のように出生による子の国籍の決定を親の性別にかからせる限
り、子の国籍は常に親との関わり合いにおいて不可分的に生ずるものである。すな
わち、出生による日本国籍の決定について父母の性別によつて差別することは、結
果として子に差別をもたらすことになるのである。このような場合は、親と子を切
り離して無関係に論ずべきではなく、子は、親の性別による差別を子自身の受ける
「性による差別」として主張できるものである。
三 国籍法二条一号ないし三号の規定が父母を差別すろものであることについて
父系優先血統主義は、被告主張のようなイデオロギー的に無色の単なる法技術であ
るのではなく、父母の法律上の地位そのものを差別する思想に深く結びついている
ものである。沿革的には、父系優先血統主義は夫婦国籍同一主義と一体となつて家
父長制を支えるものであつた(この場合には、母子ともに父と同一国籍とな
る。)。その後、家父長制の崩壊、両性平等思想の発達等により、諸国で夫婦国籍
同一主義に代わり夫婦国籍独立主義が採用されることとなつたが、真の意味の家父
長制の廃止を実現するためには、この時に父系優先血統主義も父母両系血統主義に
とつて代わられるべきであつたのである。現に、父母両系主義の採用にまで到達し
た国は少なくなく、例えば、父系優先血統主義をとつていた西ドイツでは、既に一
九六三年(昭和三八年)の国籍法改正により「ドイツ人女の嫡出子はそうしないと
その者が無国籍となるときは出生により母の国籍を取得する。」との規定を設けた
が、連邦憲法裁判所は、一九七四年(昭和四九年)、この規定をもつてしてもなお
ドイツ基本法の平等原則に抵触すると判断し、同年国籍法はこれに沿つて再改正さ
れているのであり、そのほか、フランス、スイス、カナダ、デンマーク、スウエー
デン等においても父系優先血統主義を改めて両性平等原則に合致させる法改正が行
われている。ところが、わが国では、昭和二五年の国籍法制定時に夫婦国籍同一主
義を廃したものの、父系優先血統主義は残存させているのであり、これは、子を家
長たる父の系列下におくべきであるとのイデオロギーから脱却していないことを示
すものにほかならない。これを差別とは無縁な単なる法技術上の所産であると主張
するのは正しくない。
また、被告は、国籍は個人の権利ではないから差別の問題を生じないと主張する
が、これは、前記一で述べた国籍の権利性を看過したもので、基本的に受け入れ難
い。更に、被告は、国籍法二条一号ないし三号の規定が嫡出子の場合に父系主義、
非嫡出子の場合に母系主義を採用したものであるとして、あたかも平等原則違反が
ないかのごとき主張をするが詭弁である。なぜなら、異国籍者間に生まれた子につ
いて、日本人父は常にその子に日本国籍を継承させ得るが、日本人母は父が知れて
いる限りその子に日本国籍を継承させ得ないからであり、右規定はまさに父系優先
を定めているのである。
四 国籍法二条一号ないし三号の差別に合理性がないことについて
被告は、父系優先血統主義を採用する根拠として重国籍の防止を強調するが、それ
なら、何故、国籍法九条が二重国籍の発生を許してこれを放置しておくのか理解に
苦しむところである。のみならず、父系優先血統主義を採用しても、それにより重
国籍についても無国籍についてもその発生を完全に防止することはできないのであ
る。すなわち、生地主義国において日本人父から出生した子は二重国籍者となり、
また、父母両系血統主義国の母と日本人父との間に生まれた子も二重国籍者とな
る。逆に、日本国内で生地主義国の父と日本人母との間に生まれた子は無国籍者と
なるのであり、原告はこのような事例に該当するものである。
したがつて、国籍の抵触防止は父系優先血統主義の採用とは全く別の方法で解決す
べきであり、かつ、現実にそのための解決方法が存在し、父母両系主義を採用する
に至つた国では既に実現をみているのである。例えば、西ドイツでは、二以上の国
籍を有するドイツ人はドイツ国籍を放棄することができると定め、フランスでは、
両親の一方のみがフランス人であつてフランスで生まれなかつた子は、成年に達す
る前六か月間にフランス人の資格を放棄する権利を有すると定め、米国では、出生
によつて米国国籍及び外国国籍を取得した者がその外国国籍の恩恵を自発的に求め
たり主張した場合には、原則としてその外国に二二歳以後三年間引き続き居住する
ことによつて米国国籍を喪失するとしている。その他、人道主義的観点からの重国
籍解消のための国際的努力の表われとして、一九三〇年ハーグにおいて成立した
「国籍法の抵触についてのある種の問題に関する条約」にも留意すべきである。
以上のように、父系優先血統主義は、被告の強調する重国籍防止を実現し得ない無
力なものであり、かつ、時代の流れを無視した不当なものである。三で述べたよう
に諸国において父系優先血統主義の改正が行われている事実は、父系優先血統主義
による重国籍の回避という立法技術がもはや過去のものとなり、両性平等原則の前
に道を譲らざるを得なくなつたことを示しているものといえる。したがつて、憲法
一四条の平等保障条項に背いてまでこれを維持するだけの合理性は到底存在しない
のである。
なお、本件は帰化による国籍取得を取り上げているのではないが、被告がこれを主
張するので一言するに、国籍法上、帰化は権利としては認められず法務大臣の専権
的裁量とされており、また、実務上も被告がいうようにたやすく許可されないばか
りか、父が帰化を望まない場合には帰化の申請すら不可能である。したがつて、日
本人母の子が日本国籍を取得することができないときは帰化をすればよいとの被告
の議論は実務を無視したものというほかない。
五 国籍法二条一号ないし三号の規定が違憲であれば原告が日本国籍を取得するこ
とについて
原告が国籍法二条一号ないし三号の規定を憲法一四条に違反すると主張している趣
旨は、血統主義の具体的適用において父系を優先させ母系を補充的にしていること
が性別による差別であるということである。血統主義とは、子が親の国籍を生来取
得することをいうのであるから、その親を父だけに限定したことが違憲なのであ
り、「親」はこれを両親と解釈すべきである。このように、原告は、国籍法の右規
定そのものを無たらしめようとしでいるのではなく、右規定が本来あるべきように
合憲的に解釈、判断すべきことを主張しているものである。
被告は、国籍法二条一号ないし三号の規定が違憲とされた場合にもこれを是正する
手段が複数考えられるところ、裁判所がその中から特定のものを選び出すことは司
法権の性質上許されない、と主張するが、わが国の違憲立法審査権は、立法そのも
のの無効を宣言することはもぢろん、その後の合憲立法の制定を予期して経過措置
的手当を指示することも認められていないのであり、このことからすると、憲法
は、裁判所に対し、違憲法令の適用を排除したあと、当該事案について正当な権利
救済を図るための合憲的解釈をすべきことを要求しているものと解すべきである。
そうでないとすると、本件の場合には適用すべき法律が存在しないこととなり、原
告は日本人であるとも日本人でないともいえないこととなるが、日本人から生まれ
た子を日本国籍取得不明という状態で放置することは社会生活上も人道上も許され
ない。
第三 証拠(省略)
○ 理由
一 米国国籍を有するAと日本国籍を有するBとが昭和五二年一月二六日婚姻した
こと、原告が同年八片二四日東京都渋谷区<地名略>において右両名間の長女とし
て出生したものであること、原告の母が同年九月五日東京都港区長に対し原告の出
生届を提出し自己の戸籍に原告を入籍させるよう申し出たが、国籍法二条各号の規
定により原告が日本国籍を取得していないとの理由により右入籍を認められていな
いことは、当事者間に争いがない。
また、成立に争いのない甲第五号証の一、二、原本の存在と成立に争いのない甲第
六号証及び原告法定代理人A尋問の結果によれば、米国の移民及び国籍法(一九五
二年一二月二四日法律)三〇一条(a)項(7)号においては、両親の一方を外国
人とし他方を米国市民として米国及びその海外属領以外で出生した者は、米国市民
である親が子の出生に先立ち米国若しくはその海外属領に通算一〇年以上(そのう
ち少なくとも五年以上は一四歳に達した後であること)居住したのでなければ、出
生により米国国籍を取得するものではない、と定められているところ、原告の父A
は、無国籍者の子として昭和三年にハルピンで出生し、その後ほとんど日本で育
ち、日本の大学を卒業後米国に移住して米国の映画会社に入社し、勤務のために米
国及びその海外属領であるプエルトリコに通算約五年ほど居住して昭和四三年帰化
により米国国籍を取得し、昭和四四年ごろ以降は同社日本支社長として日本に居住
しているものであり、右条項に定める居住要件を満たさないため、その子である原
告は出生により米国国籍を取得しないことが認められ、これに反する証拠はない。
したがつて、原告は目下無国籍者として取り扱われているものであり、このことは
成立に争いのない甲第四号証によつて明らかである。
二 1国籍法二条は、出生により日本国籍を取得する場合として、「出生の時に父
が日本国民であるとき」(一号)、「出生前に死亡した父が死亡の時に日本国民で
あつたとき」(二号)、「父が知れない場合又は国籍を有しない場合において、母
が日本国民であるとき」(三号)及び「日本で生まれた場合において、父母がとも
に知れないとき、又は国籍を有しないとき」(四号)の四つの場合を定めている。
これによれば、国籍法が、出生による日本国籍の取得につき、親との血縁関係を基
礎とする血統主義を原則とし(同条一号ないし三号)、出生地との地縁関係を基礎
とする生地主義を補充的なものとする(同条四号)とともに、血統主義の適用に関
しては、父の国籍を第一次的基準とする父系優先主義、すなわち、父が日本人であ
る場合には、母が外国人であつても子に日本国籍を与えるが、父が外国人である場
合には、父が知れないか又は無国籍であるため子が父の国籍を取得できないときを
除き、母が日本人であつても子に日本国籍を与えないとする主義を採用しているこ
とは、明らかである。
2 右の父系優先血統主義は、それ自体としては、夫婦国籍独立主義の下で子が日
本国籍を取得するか否かについての一般的基準であるにすぎない。しかし、日本人
と外国人との間に生まれた子が日本国籍を与えられないときは、わが国において憲
法の定める基本的人権の保障を完全には享受し得ず、例えば、出入国及び在留の制
限(出入国管理令四条、二四条等、外国人登録法三条、一三条、一八条等)、参政
権及び公職の制限(公職選挙法九条、一〇条、地方自治法一二条、一三条、国家公
務員法二条七項、人事院規則八-一八第九条、同一-七、外務公務員法七条等)、
職業及び事業活動等の制限(公証人法一二条、弁理士法二条、水先法五条、電波法
五条等)、財産権の制限(外国人土地法一条、四条、鉱業法一七条、船舶法一条、
航空法四条、特許法二五条等)、社会保障の制限(生活保護法一条、二条、児童扶
養手当法四条、国民年金法七条、九条等)などを受けるに至るのであるし、また、
日本国籍を有しない子は日本人親の戸籍にも記載されないこととなつているため、
戸籍によつてその存在を証明し得ないことからくる不利益ないし不都合も少なくな
い(例えば、予防接種や就学の通知を受けられないなど)。このように日本国籍の
有無が社会生活における各種の関係において極めて重要な意義を有することにかん
がみれば、日本人の子が出生により日本国籍を取得するか否かは、当該子にとつて
のみならず、親にとつてもまた、その法律上の利害に密接な関係をもつ事柄である
と考えられる。
したがつて、国籍法二条一号ないし三号の規定が、親の国籍を基準として子の日本
国籍の取得を決定するにあたり、父の国籍を母の国籍より優先させているのは、単
に抽象的に日本国籍取得の基準を母の国籍ではなく父の国籍に求めたというにとど
まらず、これを子の立場からみれば、両親の一方のみを日本人とする子の中で日本
人親の性別のいかんにより日本人母をもつ子を日本人父をもつ子に対して差別する
ことであるとともに、親の立場からみても、日本人父は常に子と国籍を同じくする
ことができるのに対し、日本人母は原則としてこれが認められず実質的不利益を受
けることがあるという点で、子との関係における父母相互の地位に差別を設けるも
のであるといわなければならない。被告は、右規定は嫡出子について父系主義(一
号及び二号)を、非嫡出子について母系主義(三号)を採用したものであると主張
するが、非嫡出子の場合でも、日本人父は胎児認知(民法七八三条)をし又は子の
出生と同時にこれを認知するごとにより、出生時に法律上の父子関係を成立させ、
子に出生による日本国籍を取得させることができるのであつて、嫡出子か非嫡出子
かによつて父系主義と母系主義の適用が区分されているわけではないのである。
3 ところで、右に述べた父系優先血統主義は、父母の性別を基準とするものであ
つて、子の性別による差別ではない。しかし、父系優先血統主義の直接的効果とし
て、子は自己が生来的日本国籍を取得できるか否かを一方的に決定されるのであ
り、前記のような国籍の重要性を考えれば、子としては、右国籍決定基準の定め方
における父母の性別による差別の違憲性を主張するにつき実質的かつ具体的利益を
有するものである。また、父系優先血統主義が子の国籍決定に関する基準であるこ
とからいつても、その違憲性は子自身を当事者とする子の国籍に関する訴訟におい
てこれを争わせるのが最も適切であり、それ以外に母自らが独立の訴訟で右の違憲
性を主張することは理論上も実際上も不可能に近い。これらの点を考えると、右国
籍訴訟の当事者である子は、その訴訟において、父系優先血統主義をとる国籍法の
前記規定につき父母の性別による差別を理由としてその違憲性を主張することがで
きるものと解するのが相当である。
三 被告は、日本国籍取得の基準をいかに定めるかは立法政策の問題であつて、お
よそ憲法問題は生じないと主張する。
確かに、憲法は、日本国籍の取得につき、「日本国民たる要件は、法律でこれを定
める。」(一〇条)と規定するのみで、他に格別の定めをしていない。しかし、国
籍の得喪すなわち国民たる資格の決定の問題は、国家構成の基本に関するものとし
て、本来国の最上位法たる憲法をもつて規定すべき事項である。また、国籍は、国
と個人との間の個々の権利義務の集合体のごときものではないにしても、具体的内
容を伴わない単なる抽象的記号のごときものではなく、国籍の有無によつて基本的
人権の保障が直接左右されることもあり得るという意味で個人の憲法的利益に必然
的に関わりを有するものであり、恣意的な国籍得喪の定めの故に本来受けられるは
ずの右基本的人権の保障を受けられないという事態を招くことは、もとより憲法の
許容するところではないと考えられる。このような見地からすると、憲法一〇条の
前記規定は国籍の得喪についていかなる基準も法律で自由に定めることができると
しているものではなく、国籍の得喪に関する事項が憲法事項であるとの前提に立つ
たうえで、その内容の具体化を法律に委任したものであり、右立法による具体化に
あたつては、憲法の各条項及びそれらを支える基本原理に従いこれと調和するよう
に定めるべきことを要求しているものと理解すべきである。したがつて、国籍法の
規定が右の趣旨に違反するときは違憲の問題を生じることは当然というべきであ
る。
このように憲法の精神に反する国籍得喪の定めをすることは許されないが、このこ
とは、国籍の得喪につき個人が国籍法の規定をまつことなく当然に一定の内容の具
体的権利をもつことまでを意味するものではない。憲法の前文その他の規定をみて
も、日本人たる親がその子に日本国籍を継承させ、また、その子が親の日本国籍を
取得することをそれぞれの権利として憲法が直接保障しているものと解すべき十分
な根拠は認め難い。もともと、国籍は、主権、領土及び国民から成る政治的組織体
としての国家の構成員たる資格にほかならないから、いかなる要件を具えた者に当
該国家の国籍の保有を認めるかは、民族、宗教、政治、経済など国家成立の歴史的
背景に由来するそれぞれの国家の基本的性格や指導理念を基礎とし、更に人口問題
や国防上の要求等の政策目的をも考慮して決定されるものであり、その性質上立法
府に与えられている裁量の範囲が広汎なものであることは、これを認めなければな
らないのである。
また、被告は、憲法一四条の平等保障は日本国民であつてはじめて享受し得るもの
であるから、その前提問題である日本国籍の有無を定める国籍法の規定につき憲法
一四条違反を論じる余地はないと主張する。しかし、憲法一四条の趣旨は、特段の
事情の認められない限り、日本人以外の者に対しても類推されるべきものである
し、また、仮に、目本国籍を有することが同条の平等保障を享受するための前提を
なすものであるとしても、本件は、まさに右平等保障に違反する国籍法の規定によ
つて日本人の子が日本国籍の取得を妨げられでいるということが争いの対象となつ
ている場合であるから、当該子が右国籍法の規定によれば日本国籍を取得しないか
らといつて、右規定の平等保障違反が問題たり得ないと解すべきではない。
四 そこで進んで、国籍法二条一号ないし三号の規定が原告の主張するように憲法
の平等原則に違反する不合理なものであるか否かについて判断する。
1 威立に争いのない甲第七、第八号証、第一三号証の一ないし四並びに鑑定人
C、同D及び同Eの共同鑑定の結果によれば、出生による国籍の取得に関する立法
主義は、血統主義と生地主義とに大別され、世界の各国はおおむね右両主義のいず
れか一方を原則とし他方を何らかの形で補充的に取り入れた折衷的立法をしている
こと、そして、原則的あるいは補充的に血統主義を採用している諸国においては、
ヨーロツパ及びアジヤ地域を中心として父母の血統のうち父の血統を第一次的基準
とする父系優先主義をとる立法例が少なくなかつたが、近年フランス、西ドイツ、
スイス及びスウエーデン等において父母双方の血統を平等に取り扱う父母両系主義
に改めるに至つたことが認められる。
ところで、国籍の得喪に関する事項は、伝統的に各国の国内管轄事項であるとさ
れ、超国家的な統一原則が定立されないまま、各国ともそれぞれの歴史的沿革や国
策等に基づいて独自の立法をしているのが現状であるため、その当然の結果とし
て、異国籍者間に出生した子などについて国籍の積極的抵触(重国籍)又は消極的
抵触(無国籍)という事態が発生するのを避けられない。そして、重国籍の場合に
は、自国の国籍の存在を主張する各国家は、一方において、同一の個人に対して兵
役義務その他の国民としての義務の履行を要求し、当該個人をして去就の決定を不
可能ならしめ、これを著しく不利益な地位におくとともに、他方において、これら
の各国家は、当該個人に対する外交保護権の行使あるいは犯罪人引渡等をめぐつて
相互に対立し、国際紛争を惹起するおそれがあるばかりでなく、国際私法の対象と
なる渉外的要素の有無の判断や、その準拠法としての本国法の決定にも困難が生
じ、更に、重国籍の一方が自国籍であるときは、外国人に対する各種の権利制限を
定めた国内法を当該個人に適用し得るか否かを解決する必要にも迫られる。
他方また、無国籍の場合には、国籍を前提としてのみ享受し得る国内居住権や参政
権等がいずれの国においても保障されず、殊にその者の利益を最終的に保護すべき
国家がないことになるため、当該個人は常時不安定な生活を余儀なくされ、人権尊
重上極めて好ましくないことは、いうまでもない。
このように、現在の国際社会において国籍の抵触が不可避的に発生し、国際平和の
維持及び人権尊重の面からこれを放置しておくことができないため、国籍の抵触を
できるだけ防止して国籍唯一の原則を実現することは、国際的に承認された国籍立
法の理想とされているのである。
2 現行の国籍法は、昭和二五年に制定されたもので、旧国籍法と同じく父系優先
血統主義を採用しているが、立法の際の国会審議における政府当局の説明等によれ
ば、その当時において原則的あるいは補充的に血統主義を採用している各国の国籍
立法のうちで母系主義を原則とするものはその例がないため、もしわが国が父母両
系血統主義を採用すると、父が血統主義をとる外国の国民で母が日本人の場合には
常に子が重国籍となるので、主として国籍の抵触防止の見地から、父の国籍を優先
させたものであるとされている。国籍法が、旧国籍法と較べて重国籍の防止に相当
の考慮を払い、そのための規定として四条五号、八条ないし一〇条等を設けている
ことから考えると、父系優先血統主義を採用した主たる目的が右説明のとおり重国
籍を防止することにあつたとの点はこれを認めるべきである。
右のような重国籍防止の目的は、1で述べた重国籍の弊害からみて、国の重要な利
益に合致するものであるとともに、当該当事者個人にとつても結局のところ利益と
なるものである。重国籍当事国が友好関係にあり相互に重国籍の調整措置を設けて
いるような場合だけを想定するならば、重国籍の不都合はさして表面化しないけれ
ども、そうでない場合のことをも考えて一般的に論じる限り、重国籍の防止が重要
であることは明らかである。現実に重国籍が生じた場合の具体的な法律関係の処理
としては、例えば、重国籍の一方が自国籍であるときは本国法の決定につき自国籍
を優先させるとか、重国籍がともに外国籍のときは住居所所在地の国籍を基準とす
るといつた解決策が従来から若干の条約や立法等において採用されているが、それ
らは重国籍によつて生じる問題の一部を解決するものにすぎないし、また、それら
の解決策のすべてについて国際的承認が得られているわけでもないのである。した
がつて、そのような解決策があるからといつて、重国籍そのものの防止を図ること
の必要性を過小評価することはできない。
3 そこで、右重国籍防止の目的を達成するための手段としての面から父系優先血
統主義について検討する。
(一) 重国籍の防止方法としては、重国籍の発生を抑止する方法と、発生した重
国籍を事後的に解消させる方法とがある。重国籍者の意思により一方国籍の放棄あ
るいは選択をさせるのは後者の方法であるが、この方法は、いずれの重国籍国にお
いても国籍の離脱が自由に認められていることを前提とする。今日、国籍離脱の自
由の原則が国際的に一応承認されているとはいえ(憲法二二条二項、国籍法一〇条
参照)なお一定の場合(例えば、一定の年齢に達する前あるいは兵役義務を履行し
又は免除される前など)にはこれを禁止ないし制限する立法例もみられるのである
から、このような禁止ないし制限のある国の国籍と日本国籍とを有する重国籍者
は、日本国籍の保有を望む限り重国籍状態を継続していくほかはない。このため、
関係諸国との間において重国籍解消のための効果的な国際的取決めが成立するまで
は、重国籍の発生自体をできるだけ少なくする必要がある。
(二) もつとも、重国籍の発生を少なくする必要性があることは右のとおりであ
るとしても、各国の国籍立法に多様性が存在している国際社会の現実の下では、そ
の実現には一定の限界を免れない。すなわち、父が日本人で母が父母両系血統主義
をとる外国の国民である場合には、わが国が父系優先血統主義を採用しても、重国
籍の発生を防止できないし、また、生地主義をとる外国において父を日本人として
出生した場合にも同様である(ただし国籍法九条参照)。このように、父系優先血
統主義をとつたからといつて、重国籍の発生を完全に防止できるものではない。し
かし、それだからといつて、父系優先血統主義が重国籍を防止するための手段とし
て無力であるというのは早計である。なぜなら、父が父系優先又は父母両系の血統
主義を採用する外国の国民で母が日本人である場合に、わが国が原告のいうように
父母両系血統主義をとれば子が常に重国籍となるのに対し、父系優先血統主義によ
れば子が重国籍者とならないのであり、父系優先血統主義が重国籍の防止に寄与す
るからである。そして、原則的あるいは補充的に血統主義をとる国で父系優先主義
を採用している国は世界的になお少なからず存在し、殊にわが国における在留者数
等からいつて渉外的婚姻関係の生ずることが多い韓国をはじめアジア諸国がおおむ
ねそうである現実を考えると、わが国が父母系血統主義をとることによつて重国籍
が発生し、父系優先血統主義をとることによつてこれを防止し得るという事態は、
具体的に相当程度予測されるのであつて、決して単なる観念上の想定にすぎないも
のではない。この点で、父系優先血統主義は、わが国の現実の状況の下では、重国
籍の発生防止に相当効果のある措置ということができる。この父系優先血統主義に
代わつて、他の利益を損うことなく、かつ、これと同じ程度実効的に重国籍の発生
を防止し得る別の法手段を見出すことはむずかしい。
4 父系優先血統主義には右のような重国籍発生防止の効果がある反面、これによ
ると、日本人母の子は父が外国人である限り原則として生来的日本国籍を取得でき
ないこととなるばかりでなく、場合によつては無国籍となることがあり得る(生地
主義をとる外国の国民を父として日本で出生した場合など)。重国籍防止のために
無国籍を生じさせること自体行きすぎというべきであるし、また、個人の人権尊重
を第一とする近代の傾向からすれば、無国籍の防止は重国籍の防止よりも重要であ
り、もし両者が抵触し二者択一を迫られるときは、前者を優先させるべきものであ
ろう。
そこで、この点につき国籍法がいかに対処しているかをみるのに、国籍法は、右の
ような立場におかれた子につきいわゆる簡易帰化により日本国籍を取得する途を設
けている。すなわち、これらの子が日本国籍を有しないことによる不利益な効果
は、子が日本に存在し将来も日本で生活をしようとする場合に現実化するものと考
えられるところ、国籍法六条二号は、「日本国民の子(養子を除く。)で日本に住
所を有するもの」について、普通の場合に要求される帰化の条件を大幅に緩和し、
当該子が無国籍の場合には同法四条三号及び六号、外国国籍を有する場合には同条
三号、五号及び六号の各条件に適合すれば帰化をすることができるものとしてい
る。そして、右帰化によつて日本国籍を取得したときは、公法上及び私法上いかな
る点においても生来的日本国籍を有する者と差別されることはないのである。右法
定の帰化条件のうち、四条三号の「素行が善良であること」及び六号の「日本国憲
法施行の日以後において、日本国憲法又はその下に成立した政府を暴力で破壊する
ことを企て、若しくは主張し、又はこれを企て、若しくは主張する政党その他の団
体を結成に、若しくはこれに加入したことがないこと」という条件は、幼年の子に
ついては実際上問題となり得ないから、子が無国籍の場合には、その帰化は実質的
にほぼ無条件に近いことになる。これに対し、子が外国国籍を有する場合には、更
に同条五号の「日本の国籍の取得によつてその国籍を失うべきこと」という条件が
あるので、当該外国か他国への帰化による国籍の喪失を認めていないときは、日本
への帰化が制約されることになるが、右五号の定める帰化条件は、帰化によつて重
国籍が発生するのを防ぐためのものであるから、当該外国の法制において、他国へ
の帰化により自動的に国籍を喪失することとされている場合だけに限らず、例えば
帰化当事者から他の国籍を取得した旨の届出ないし意思表示があれば国籍を喪失す
ることとされている場合などをも含むものと緩かに解する余地があり、これを含め
ると、今日では、同号の存在が帰化の障害になる場合は諸国の立法例からみてさほ
ど多くはないのである。また、外国国籍を有する子が同号の規定によつて帰化を認
められない場合があり得るとしても、現に特定の外国国籍を有する以上は、自己の
権利義務の実現について最終的に当該国家の法的保障を受けることができるのであ
るから、人権尊重の見地からは右の法的保障が全くない無国籍者の場合と同列に論
じることはできない。
もつとも、国籍法上、帰化は個人の権利ではなく、その許否が国家の利益保障の見
地から法務大臣の裁量的判断にかかつているけれども、日本人の子につきその血縁
的及び地縁的関係を考慮して特別に日本国籍の取得を容易ならしめようとしている
趣旨に照らせば、よほど特別の事情のない限り、右の子が法定の帰化条件をみたし
ているにもかかわらず裁量によつて簡易帰化を不許可となし得る場合は考えられな
いところである。右制度の実際の運用がこれと異なつていると認めるべき資料はな
い。また、国籍法一一条の規定によれば、一五歳未満の者の帰化申請は法定代理人
が代わつてするものとされ、何びとが右の法定代理人となるかは法例二〇条の定め
る準拠法によることとなつているので、これにより法定代理人となり又はならなか
つた外国人父が子の帰化を望まないときは、日本人母が帰化を望んでも、法律上又
社事実上帰化の申請をすることができなくなることが考えられるが、幼年の子の帰
化については父母の一致した意見によらせることが一般的に子の福祉にかなうので
あるから、日本人母のみの意思による単独の帰化申請が許されていないからといつ
て、簡易帰化の制度を実効性のとぼしいものであるということはできない。
5 国籍法における国籍抵触防止の目的と父系優先血統主義との関連性及び父系優
先血統主義の採用に伴つて生ずる結果についての同法の対応策は、おおむね以上の
とおりである。これによつてみれば、国籍立法上、重国籍の発生を防止すべき必要
性は否定し難く、また、そのための措置としてわが国が父系優先血統主義をとるこ
とは、一定の限界があるにせよ、現実的に相当の効果を発揮するものであるという
ことができる。そして、このような父系優先血統主義に代わつて重国籍の発生その
ものを効果的に防止し得る他の手段が容易にあるわけではない。問題は、これらの
ことが父母の不平等取扱を正当化するに足りるものであるか否かである。
一般的にいえば、重国籍防止の理想は両性平等原則と調和的に実現すべきものであ
つて、重国籍を防止するためであれば父母を差別すること(その結果として無国籍
の子をも生ぜしめること)が当然に許容されると解することはできない。右に述べ
た父系優先血統主義の重国籍防止における必要性と有用性からみて、重国籍を防止
する立法技術としての父系優先血統主義の合理性を低く評価することは相当でない
が、その評価も、他の諸国において採用する立法主義のいかんや、両性平等原則の
具体的内容についての時代的要請などに応じて変遷することを免れないのであつ
て、現代における両性平等原則の意義と価値に照らすときは、単に重国籍防止にお
ける必要性と有用性を強調するのみでは、父系優先血統主義が憲法の精神に反する
ものでないことを基礎づけるにはなお不十分であるといわなければならない。
ところで、日本国籍は、生来のものであれ、帰化によるものであれ、その法律上の
効果に差異はなく、生来的取得と帰化とは、両者相まつて国籍法の日本国籍付与に
関する制度を構成しているものである。本件において原告が違憲と主張している父
系優先血統主義は、右のうち生来的取得に関するものであるが、生来的取得と帰化
とが右のような関係にあることからすれば、その制度としての合理性を判断するに
あたつては、生来的取得のみを孤立して論ずべきではなく、これを補完するものと
しての帰化に関する制度が存在することをも考慮に入れたうえで決定することが必
要である。そこで、この見地に立つて帰化に関する制度をみると、国籍法は、4で
述べたとおり、父系優先血統主義の結果、日本人母の子で田本国籍を取得できない
こととなる者について簡易帰化の途を開き、日本人父の子と差別のない地位を取得
することを可能ならしめている。この簡易帰化が完全には自由でなく、また、取得
する国籍が生来的のものであるか帰化によるものであるかの違いは心情面等におい
て微妙なものがあるにしても、父系優先血統主義による差別的不利益、殊に子が無
国籍になるという人権上の不利益は、これによつて結果的にかなりの範囲において
是正が図られているということができる。この点は、国籍法の定める日本国籍付与
に関する制度を全体としてみる場合に無視し得ないところである。
以上のことから、当裁判所は、国籍法の父系優先血統主義の父母の性別による差別
は、前述した重国籍防止における必要性及び有用性のほかに、右のような補完的な
簡易帰化制度を併せ伴う限りにおいて、立法目的との実質的均衡を欠くとまではい
えず、これを著しく不合理な差別であるとする非難を辛うじて回避し得るものであ
ると考える。もとより、一切の差別を設けず、かつ、国籍の抵触を生ぜしめない制
度が理想であることは当然であり、国籍法の制定当時から諸般の事情が相当に変化
している今日の状況下においては、父系優先血統主義に代えて重国籍を防止しなが
ら父母両系血統主義を採用することがなおできないかどうかは十分考慮に値するも
のであるが、現行の制度をもつて著しく不合理なものであるとまではいえない以
上、これを将来にわたりいかにするかは、諸般の多角的検討を経て慎重に決定され
るべき立法政策の問題であるといわざるを得ない。
結局、国籍法二条一号ないし三号の規定は、出生による日本国籍の取得につき父母
のいずれが日本人であるかによつて差別を設けるものではあるが、以上に述べた理
由によつて、これを憲法一四条及び同条の理念を基礎とする憲法二四条二項に違反
するものということはできない。
五 原告は、国籍法二条の前記規定の下で外国人父と日本人母の子に日本国籍を取
得させようとすれば、父母が内縁関係に甘んじなければならないほど公序良俗違反
の状態を生じさせるほかないから、右規淀は憲法一三条及び二四条二項に違反する
と主張する。
しかし、四で述べたとおり、国籍法が父系優先血統主義をとつて子の国籍を原則と
して父の国籍に従わせていることを著しく不合理とはいえないのであるから、それ
にもかかわらず当事者が子を母の国籍に従わせようとする場合のことを前提とし
て、同法の規定を非難するのは当たらないというべきである。
六 原告は、更に、右国籍法の規定によれば本件の場合に原告は無国籍となるが、
日本人の子を無国籍たらしめるような規定は憲法一三条及び一四条に違反すると主
張する。
重国籍防止のために無国籍を生ぜしめることは行きすぎであり、人権保障の見地か
ら無国籍の防止が要請されていることは明らかであるが、国籍法は、前述のように
無国籍者について無条件に近い簡易帰化の制度を設けていることを考えると、父系
優先血統主義の規定により、日本において日本人の子として出生した者が無国籍に
なることがあるとしても、それだけで直ちに右規定が憲法一三条及び一四条に違反
するということはできない。なお、日本人から生まれた子が憲法によつて日本国籍
の取得権を具体的に保障されていると解すべき根拠のないことは三で述べたとおり
である。
七 以上によれば、国籍法二条一号ないし三号の規定を違憲とする原告の主張はい
ずれも理由がないというべきである。
そして、右国籍法の規定と一に記載した事実によれば、原告は出生により日本国籍
を取得することができないものというほかはない。もつとも、同条三号の規定は、
父が知れない場合又は国籍を有しない場合に、父系主義によると子が父の国籍を取
得できず無国籍となるのを防ぐため、母の国籍に従つて日本国籍を取得させること
とした規定であるから、本件のように、形成的には父が知れない場合又は国籍を有
しない場合でなくても、何らかの事情により子が父の国籍を取得できず無国籍とな
るときは、右規定を類推ないし準用して、母の日本国籍を取得させるべきであると
の見解があり得ないではない。しかし、生地主義をとる外国の国民を父とし日本人
を母として日本で出生した場合には常に本件と同じく無国籍が発生するのであり、
このような当然発生が予想される事態について国籍法があえてこれを対象とした規
定を置いていない反面、日本人の子でも無国籍となる場合があり得ることを予想し
た規定(六条二号、四条五号前段)を置いていることから考えれば、本件について
も前記三号の規定を類推ないし準用することは相当でないと解すべきである。
八 よつて、原告の請求は失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の
負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決
する。

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