弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人渡辺忠雄の上告理由一、二について。
 控訴審がその判決の理由を記載するにあたつては一審判決の理由を引用すること
ができる(民訴法三九一条)のであるから、原審のした一審判決の引用に違法はな
く、また、所論指摘の主張は、ひつきよう、事実認定又は法律解釈についての主張
であつて、原審がこれにつき逐一判断を示さなければならないものではない。原判
決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
 同一、三ないし六について。
 所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして是認する
ことができる。
 ところで、普通株式を発行し、その株式が証券取引所に上場されている株式会社
が、額面普通株式を株主以外の第三者に対していわゆる時価発行をして有利な資本
調達を企図する場合に、その発行価額をいかに定めるべきかは、本来は、新株主に
旧株主と同等の資本的寄与を求めるべきものであり、この見地からする発行価額は
旧株の時価と等しくなければならないのであつて、このようにすれば旧株主の利益
を害することはないが、新株を消化し資本調達の目的を達成することの見地からは、
原則として発行価額を右より多少引き下げる必要があり、この要請を全く無視する
こともできない。そこで、この場合における公正発行価額は、発行価額決定前の当
該会社の株式価格、右株価の騰落習性、売買出来高の実績、会社の資産状態、収益
状態、配当状況、発行ずみ株式数、新たに発行される株式数、株式市況の動向、こ
れらから予測される新株の消化可能性等の諸事情を総合し、旧株主の利益と会社が
有利な資本調達を実現するという利益との調和の中に求められるべきものである。
 本件についてみるに、原審認定の前記事実によれば、株式会社D製作所(以下「
D」という。)発行にかかる本件新株(記名式額面普通株式、一株の金額五〇円)
の発行価額は、本件新株を買取引受の方式によつて引受けた証券業者である被上告
人らが昭和三六年一月七日にDに対して具申した意見に基づき、同月九日の取締役
会において右意見どおり決定されたものであるところ、右意見は、具申の前日であ
る同月六日の終値三六五円、前一週間(昭和三五年一二月二六日から昭和三六年一
月六日まで)の終値平均三五九円一七銭、前一か月(昭和三五年一二月七日から昭
和三六年一月六日まで)の終値平均三五〇円二七銭の三者の単純平均三五八円一五
銭から、新株の払込期日が期中であつたので、配当差二円四一銭を差引いた三五五
円七四銭を基準とし、Dの株式の価格動向としては人気化していたため急落する可
能性が強く、過去六年間における一か月以内の下落率の大勢は一〇ないし一四パー
セントに集中していたこと、その売買出来高が昭和三五年九月から同年一二月まで
一日平均一九万三〇〇〇株であるのに比べると本件公募株数は一五〇万株の大量で
あること、その他、当時における株式市況の見通し等を勘案すれば、本件新株を売
出期間中に消化するためには前記基準額を最低一〇パーセント値引する必要がある
等の事由による減額修正をして、発行価額としては一株あたり三二〇円をもつて相
当とするというのである。このように、右の意見が出されるにあたつては、客観的
な資料に基づいて前記考慮要因が斟酌されているとみることができ、そこにおいて
とられている算定方法は前記公正発行価額の趣旨に照らし一応合理的であるという
を妨げず、かつ、その意見に従い取締役会において決定された右価額は、決定直前
の株価に近接しているということができる。このような場合、右の価額は、特別の
事情がないかぎり、商法二八〇条ノ一一に定める「著シク不公正ナル発行価額」に
あたるものではないと解するのを相当とすべく、右価額が当該新株をいわゆる買取
引受方式によつて引受ける証券業者が具申した意見に基づきその意見どおり決定さ
れたとの前記事実も、右の意見の合理性が肯定できる以上、それだけで右の判断を
異にすべき理由にはならない。そして、本件新株の発行後Dの株価が値上りしたこ
とは原審の確定するところであるが、本件発行価額決定時点においてそのことが確
実であることを保証する事実が顕著であつたとはいえないとする原審確定の事実関
係のもとにおいては、右値上りの事実をもつて特別の事情と認めるには足りず、他
に特別の事情を認めるに足る事実関係のない本件においては、本件発行価額が「著
シク不公正ナル発行価額」であるということはできないのである。これと同旨の原
審判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、
採用することができない。
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主
文のとおり判決する。
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    江 里 口   清   雄
            裁判官    関   根   小   郷
            裁判官    天   野   武   一
            裁判官    坂   本   吉   勝
            裁判官    高   辻   正   己

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