弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告論旨第一点は「原判決は本件病院全部の被上告人の占有を解き之を上告人の
委任する執行吏の保管に付する旨言渡しり。然れとも本件仮処分申請当時に於ても
将又現在に於ても大体上告人は本件病院の三階を、又被上告人は其の二階を占有使
用し、其の一階は双方に於て占有使用し居りたるものなることは本件記録上明白な
る事実なり。上告人は本件仮処分申請の際本件病院全部に付被上告人の占有を解き
執行吏の保管に付する旨を求めたるか如く記載したりと雖、是全く形式上の過誤に
基くものにして、上告人の真意は当時被上告人の占有使用したる部分に付仮処分を
求めたるものにして、上告人の占有使用の部分に付ても執行吏の保管に付する旨の
仮処分を求めたる趣旨に非ず。本件病院が上告人の所有に属するものなることは上
告人の始めより主張する所なれば、自己所有の病院中所有権に基き自己の占有使用
する部分までも執行吏の保管に付することを求むるが如き、自己に最も不利益なる
仮処分を求むる筈なきは、何人も首肯し得べき見易き道理なり。果せるかな原審判
決言渡後其の仮執行の宣言に基き、執行吏に於て上告人の現に占有使用せる一階の
事務室等の明渡を求め当事者間に意外の紛争を惹起し居る事実に徴するも之を看取
するに足るべし。然るに原審に於ては此の点に付上告人に対し何等釈明を求むるこ
となく、右形式上の記載を捉へて漫然上告人は本件病院全部の仮処分を求めたるも
のの如く速断し、上叙の如き判決を為したるは違法と謂はさるべからず。原審とし
ては宜しく上告人の申請の趣旨を釈明したる上、本件病院中上告人の占有使用する
部分を除きたる被上告人の占有使用の部分に付仮処分を為すべかりしものなり。即
ち原審は当然為すべき釈明権の行使を怠りたる結果、上告人の真意に反し且実験則
に副はさる判決を為すに至りたるものにして、到底破毀を免れざるものと信ず。」
と言うのである。
 しかしながら、上告人は、そもそも本件仮処分を申請した当初から、本件建物は
被上告人B1が病院経営者、被上告人B2が病院長として管理占有しているもので
あると主張し、さらに、一審、二審の口頭弁論においても、その主張を維持し、そ
の前提の下に、本件建物の全部についての仮処分を求めていたことは、記録にあら
われた弁論の全趣旨からみてきわめて明白である。しかして、右の占有関係につい
ては、被上告人側も一、二審を通じて、これを争わず終始当事間に争のない事実関
係として、とり扱われて来たことは、これまた弁論の全趣旨に徴し、疑のないとこ
ろである。(第一、二審判決参照)もつとも、本件仮処分執行の後において、上告
人が本件建物の一部を使用していたことは、原審において、疏明せられた事実とし
て、原判決の認めるところではあるが、これは前記仮処分によつて、保管を命ぜら
れた執達吏が上告人の申出により、その使用を許可したにもとづくものであつて、
本件仮処分の基礎たる事実として本件建物の占有は被上告人側にありとの当事者間
に争のない事実関係は、それがために何らの変更をも受けていないのである。この
ことは、本件の弁論において、きわめて明瞭であつて、原審が特に釈明権を行使す
るまでもない事柄である。この点について、原審に釈明権を行使せざる違法ありと
の論旨は理由がない。
 上告論旨第二点は「原判決は上告人の委任する執行吏をして、被上告人の申出あ
るときは被上告人の医業経営に必要なる限度に於て、被上告人に対し本件病院の使
用を許さざるべからざる旨言渡したり。右判断は一応不当の廉なきか如く見えざる
に非すと雖、仔細に之を考慮するに大戦中より優秀なる執行吏は続々経済事情より
して退職し、現に在職する執行吏は何れも無能他に職を求むること難き老朽の吏員
のみにして、而も収入不足の為国庫より補助を受け居るもの比々皆然りとする状態
に在ることは、全国を通じて洵に顕著なる事実に属す。然るに叙上病院使用の許否
の判断の如きは相当重大なる事項にして、豊富なる社会常識と鋭敏なる観察とを要
求せらるるや当然と謂ふべく、右の如き執行吏の到底適切妥当なる判断を為すに堪
へざるや敢て多言を要せさる所なりとす。上告人の信ずる所に依れば斯る判断は学
識経験ある有能なる判事の判断に任するを最も適切妥当なる処置なりと謂はさるを
得ず。原判決言渡後其の仮執行の宣言に基き執行吏の執りたる処置が極めて常規を
逸したるものありたる為、上告人は現に執行方法に対する異議の申立を為し居る事
実に徴するも、上告人の右所論の不当に非ざることを察知するに足らん。即ち原判
決は実験則に背反する不法の判決と謂ふべく、執行吏をして本件病院の保管を為さ
しむるは何等不当に非ざるも、被上告人をして本件病院を使用せしむる許否の判断
の如き重要事項は、須らく執行裁判所の判事をして之を為さしむべきものとす。然
らば原判決は此の点に於ても破毀すべきものと信ず。」と言うのである。
 よつて案ずるに、原判決が被上告人等の申出あるときは、執行吏は医業経営に必
要な限度において、被上告人等に対し本件建物の使用を許さなければならないとし
て、執行吏に医業経営に必要な限度の判断を委ねていることは上告人の言う通りで
あるが、右判断は唯本件建物の使用の範囲についてのみ為さるべき判断であつて、
極めて限定されているので甚しく複雑なものとは言えなく、普通の常識を具備する
ものにこれを求むるも決して不当ではないのであつて、執行に際して相当の範囲に
於て種々の判断を委かされている執行吏にこれを求むることは不当とは言えないも
のと解するのが相当である。従てこの見地で執行吏に前記判断を委ねた原判決には、
上告人の主張するような実験則に背反する不法はないものと言わねばならないから、
この点の上告論旨も理由がない。
 以上の理由により本件上告は理由がないから、民事訴訟法第四百一条第九十五条
第八十九条により主文の如く判決する。
 この判決は裁判官全員一致の意見によるものである。
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    霜   山   精   一
            裁判官    塚   崎   直   義
            裁判官    栗   山       茂
            裁判官    小   谷   勝   重
            裁判官    藤   田   八   郎

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