弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     本件を東京地方裁判所に差戻す。
         理    由
 上告理由について、
 借家法第一条の二によれば、建物の賃貸人は正当の事由がある場合でなければ解
約の申入をなすことができないと定められており、右規定の趣旨は、賃貸人の一方
的意思によつて、賃貸借契約を解消させることのできるのを正当の事由がある場合
にのみ限定しているものであるから、右正当の事由は、解約申入のときに存在し、
かつ同法第三条所定の六ヶ月の告知期間終了のときまで存続することを要するもの
と解するを相当とする。
 従つて、解約による賃貸借の終了を原因として、建物の明渡を求める訴訟におい
ては、上記正当事由の有無については、解約申入のときから、六ヶ月の期間経過ま
での間に存在した事情(正当事由として主張された事実が将来具体的に発生するこ
とが確実なものをも含む)によつて判断すべきものであり、解約期間経過後に生じ
た事由は、正当事由の判断に加えてはならないのである。もつとも、解約申入当時
には正当の事由がなくとも、家屋の明渡を求める訴訟提起の際、又はその訴訟の係
属中に、正当の事由を具備するに至つた場合には、右訴訟の提起によつて賃貸借の
存続を欲しない意思であることが明らかに推測し得るのであるから、これによつて
新たな解約の申入がなされたものとみなし、右正当事由を具備したときから六ヶ月
を経過することによつて、賃貸借終了の効果を生ずるものと解するを相当とする。
 <要旨>当事者双方に存する諸事情に加えて、賃貸人が相当の立退料を支払うこと
によつて、はじめて正当の事由が具備せられる場合に、解約の申入の効果を
生ずるのは、右立退料を支払うべき旨の意思表示がなされたときと解するか、又は
現実にその履行がなされたときと解するかについては問題がある。しかしながら建
物の賃貸借解約の申入れは、正当の事由を具備することによつて形成的効果を生ず
るものであり、これに条件を附することは、解約の効力の発生を不確定にさせるも
ので、許されないのであるから、将来賃貸人が、賃借人が家屋を明渡すことを条件
として立退料を支払うということは、これを考慮して、解約申入の効果の発生を認
めることはできないものといわなければならない。上段判示のように、正当事由と
して主張された事実で、将来具体的に発生することが確実なものは、これを正当事
由の判断に加えることができるものであり、賃貸人が相当の立退料を支払う旨の意
思表示をなし、且つ、その支払と引換えに建物の明渡を求めているような場合に
は、賃貸人としては右のような立退料を支払つても、なおかつ建物の明渡を受ける
ことを欲求しているのであり、現時のような建物の明渡を求めることが極めて困難
な社会事情のもとでは、後日その意思を飜して立退料の支払をしないというような
ことは、とうてい考えられないことである。従つて右立退料は将来確実に支払われ
るのであるから、このような場合には、立退料の支払をなすことが他の諸事情と相
俟つて、客観的に相当と認められるときは、右申出立退料を支払う旨の意思表示を
なしたときにおいて正当の事由を具備するに至るものと解するのが相当である。こ
のように解すれば、賃貸人が立退料を支払う旨の意思表示をなしたときに正当の事
由を具備し、解約申入の効果を生ずることになるから、このときから口頭弁論終結
時までに六ヶ月の期間を経過しておれば、立退料の支払と引換えに家屋明渡の判決
をなすこととなり、右六ヶ月の期間が弁論終結後に到来する場合には、右期限の経
過後に、右と同趣旨の将来の給付を命ずる判決をなすこととなる。
 原判決によれば、原審は、その判示するような当事者双方に存する諸事清のほか
に、被上告人が昭和三十六年十一月三十日の第一審口頭弁論期日において、立退料
として上告人に対し金八〇、〇〇〇円を贈与する旨の意思表示をなし、さらに昭和
三十七年十一月十三日の原審口頭弁論期日において、被上告人は立退料を金一〇
〇、〇〇〇円に増額し、明渡を判決言渡から六ヶ月猶予し、なお延滞賃料明渡まで
の賃料相当額の損害金の支払を免除する旨の意思表示をなしたとの事実を認定した
上、これ等の事情を比較考量すれば、被上告人の本件解約の申入には正当の事由が
あり、本件賃貸借は、被上告人が昭和三十四年五月十七日到達の書面をもつて上告
人に対してなした解約申入後六ヶ月を経過した同年十一月十六日をもつて終了した
と判断している。そして右原判決の判示とその主文とを対照すれば、原審は、上記
被上告人が昭和三十七年十一月十三日の原審口頭弁論期日においてなした立退料金
一〇〇、〇〇〇円を支払い、かつ延滞賃料等を免除し、明渡を判決言渡後六ヶ月猶
予する旨の申出に重点をおいて被上告人の解約申入を正当の事由に基づくものと判
断したものであることが明らかである。しかしながら、上記原審の認定した立退料
支払等の申出は、いずれも、被上告人が解約の申入をなした昭和三十四年五月十七
日から六ヶ月の期間経過後になされたものであることは、原判文上明らかであるか
ら、上段判示の理由によりこれらの事由を右解約申入の正当事由の判断に加えるこ
とは許されないものといわなければならず、原審が右各事情を加えて被上告人が昭
和三十四年五月十七日になした解約申入が正当の事由に基づくものと判断し、右解
約申入期間後の同年十一月十六日をもつて、本件賃貸借契約は終了したとなしたの
は、借家法第一条の二の解釈適用を誤つた違法があるものといわなければならな
い。
 また原審は、上告人に対し、判決言渡後六ヶ月以内に被上告人から金一〇〇、〇
〇〇円の支払を受けるのと引換えに本件建物を明渡すべき旨の判決をなしている
が、右判決に対し上訴がなされ、その上訴中に右期間が経過した場合には右判決が
どんな効力を生ずるかは、はつきりしないし、これを文字通り解すれば、判決言渡
後六ケ月以内に建物を明渡さないときは金一〇〇、〇〇〇円の請求ができないよう
にも読めるが、右のような趣旨であれば右判決に対し上訴がなされた場合のことを
考えれば、全くその意のあるところを解するに苦しむから、この点においても原判
決が不当であることは言うを俟たない。それと同時に、原審は被上告人の申出た立
退料の額が当事者双方に存する諸事情を補強して正当事由ありとするに足りる相当
なものであるかどうかについても審理判断を尽くしていない。原判決には法令違
背、審理不尽の違法があり、右違法は原判決に影響を及ぼすことが明らかであるか
ら、原判決は全部破棄を免れず、論旨は理由がある。
 よつて、本件上告は理由があり、上記の諸点についてさらに審理する必要がある
ものと認め、民事訴訟法第四百七条により原判決を破棄し、本件を原審に差戻すこ
ととして、主文のとおり判決する。 (裁判長裁判官 村松俊夫 裁判官 杉山孝
 裁判官 山本一郎)

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