弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。
     本件を東京地方裁判所に移送する。
         理    由
 上告代理人佐長彰一の上告理由について。
 論旨は、原判決およびその是認引用する第一審判決が、本件離婚請求の相手方た
る被上告人(被告)がわが国に渡来したこともなく、したがつてわが国に最後の住
所をも有しない者であるとの一事をもつて、上告人(原告)の提起した本件離婚訴
訟はわが国の裁判管轄権に属しないとしたのは、正義公平に反する法律判断であつ
て、離婚の国際的裁判管轄権についての解釈を誤つたものであると主張する。
 ところで、本件は朝鮮人(韓国人)夫婦間の離婚訴訟であるが、上告人の主張に
よると、妻たる上告人はもと日本国民であつたところ、昭和一五年九月当時中華民
国上海市において朝鮮人である被上告人と婚姻し、同市において同棲をつづけた後、
昭和二〇年八月終戦とともに朝鮮に帰国し被上告人の家族と同居するに至つた、し
かし上告人は慣習、環境の相違からその同居に堪えず、昭和二一年一二月被上告人
の事実上離婚の承諾をえて、わが国に引き揚げてきた、爾来被上告人から一回の音
信もなく、その所在も不明である、というのである。
 思うに、離婚の国際的裁判管轄権の有無を決定するにあたつても、被告の住所が
わが国にあることを原則とすべきことは、訴訟手続上の正義の要求にも合致し、ま
た、いわゆる跛行婚の発生を避けることにもなり、相当に理由のあることではある。
しかし、他面、原告が遺棄された場合、被告が行方不明である場合その他これに準
ずる場合においても、いたずらにこの原則に膠着し、被告の住所がわが国になけれ
ば、原告の住所がわが国に存していても、なお、わが国に離婚の国際的裁判管轄権
が認められないとすることは、わが国に住所を有する外国人で、わが国の法律によ
つても離婚の請求権を有すべき者の身分関係に十分な保護を与えないこととなり(
法例一六条但書参照)、国際私法生活における正義公平の理念にもとる結果を招来
することとなる。
 本件離婚請求は上告人が主張する前記事情によるものであり、しかも上告人が昭
和二一年一二月以降わが国に住所を有している以上、たとえ被上告人がわが国に最
後の住所をも有しない者であつても、本件訴訟はわが国の裁判管轄権に属するもの
と解するを相当とする。それ故、本件訴を不適法として却下した第一審判決を是認
した原判決には、判決に影響をおよぼすこと明らかな法令の違背があり破棄を免れ
ず、論旨は理由がある。
 もっとも、本件訴訟がわが国の裁判管轄権に属するといつても、如何なる第一審
裁判所の管轄に属するかは別個の問題であつて、上告人は原告の住所地の地方裁判
所の管轄に属するものとして本訴を提起しているが、本訴は人事訴訟手続法一条三
項、昭和二三年最高裁判所規則第三〇号の定めるところにより、東京地方裁判所の
管轄に専属すると解するのが相当である。
 よつて、民訴四〇七条一項、三八六条、三八八条、三九〇条により、本件訴を不
適法として却下した第一審判決を是認した原判決を破棄し、第一審判決を取り消し、
本件を東京地方裁判所に移送することとして、裁判官奥野健一の意見があるほか、
全裁判官一致の意見により、主文のとおり判決する。
 裁判官奥野健一の意見は次のとおりである。
 憲法三二条は、「何人」もわが裁判所において裁判を受ける権利を奪われないと
規定しているから、わが国に住所を有する外国人も、日本人と同様にわが国の裁判
所において裁判を受ける権利は憲法により、保障されているものと言うべきである。
そして、わが国に住所を有する外国人についての離婚その他の身分関係の得喪変更
は、住所国たるわが国としても重要関係を有するが故に、わが裁判所は、かかる外
国人に関する離婚訴訟について裁判権を有するものと解せられる。このことは、法
例一六条但書、裁判所法三条の規定からも肯定することができる。
 外国人に関する離婚訴訟について国際的裁判管轄の規定の存しない以上、人事訴
訟手続法に準拠する外はないのであつて、同法一条三項によれば、離婚訴訟におい
て相手方が、たとえわが国に住所も居所もなく、また最後の住所もないときでも、
わが裁判所に出訴し得ることは明白であるから、本件においてわが国に住所を有す
る原告が外国に住所を有する夫を被告としてわが国の裁判所に出訴し得るものと解
するのが相当である。
 もとより、わが裁判所の裁判は、外国人たる被告の本国法、住所国法が、その効
力を承認しない限り、いわゆる跛行婚の発生を避けることはできないけれども、多
数意見によつてもまた同様である。のみならず多数意見の如く、原則として被告の
住所国にのみ裁判管轄権ありとしながら、例外として原告が遺棄された場合、被告
が行方不明である場合その他これに準ずる場合に限り、原告の住所地であるわが国
に裁判管轄権を認めようとすることは立法論としては格別、明文のない場合におけ
る解釈論としては行き過ぎであると言わねばならない。
 若し日本人が原告として夫婦の一方である外国人(現行国籍法は夫婦同一国籍主
義を採つていない)に対し離婚訴訟を提起した場合には、被告が外国に住所を有す
ると否と、またその主張の離婚原因が遺棄、行方不明等に限定することなく、その
出訴自体は許さるべきであることは憲法三二条、法例一六条、人事訴訟手続法一条
により、殆ど疑を容れないところであると思われる。然らば日本人と同様に、憲法
三二条により出訴権を保障されているわが国に住所を有する外国人に対しこれが出
訴権を否定することは違憲の疑ありと言わねばならない。
 以上の理由により結局原判決は破棄を免れない。
     最高裁判所大法廷
         裁判長裁判官    横   田   喜 三 郎
            裁判官    入   江   俊   郎
            裁判官    奥   野   健   一
            裁判官    石   坂   修   一
            裁判官    山   田   作 之 助
            裁判官    五 鬼 上   堅   磐
            裁判官    横   田   正   俊
            裁判官    斎   藤   朔   郎
            裁判官    草   鹿   浅 之 介
            裁判官    長   部   謹   吾
            裁判官    城   戸   芳   彦
            裁判官    石   田   和   外
            裁判官    柏   原   語   六

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