弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

主文
1原判決中,主文第1項(2)を破棄する。
2前項の部分につき,被上告人の控訴を棄却する。
3上告人のその余の上告を棄却する。
4訴訟の総費用は,これを2分し,その1を上告人の
負担とし,その余を被上告人の負担とする。
理由
上告代理人星川勇二ほかの上告受理申立て理由第4について
1本件は,インターネット上の電子掲示板にされた書き込みによって権利を侵
害されたとする被上告人が,その書き込みをした者にインターネット接続サービス
を提供した上告人に対し,①特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び
発信者情報の開示に関する法律(以下「法」という。)4条1項に基づき,上記書
き込みの発信者情報の開示を求めるとともに,②上告人には裁判外において被上
告人からされた開示請求に応じなかったことにつき重大な過失(同条4項本文)が
あると主張して,不法行為に基づく損害賠償を求める事案である。
論旨は,被上告人の損害賠償請求に関する原審の判断のうち,上告人に重大な過
失があるとした判断の法令違反をいうものである。
2原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
(1)被上告人は,小学1年生から高校3年生までの発達障害児のための学校で
ある「A学園」を設置,経営する学校法人A学園の学園長を務めている。
(2)上告人は,電気通信事業を営む株式会社であり,「DION」の名称でイ
ンターネット接続サービスを運営している。
(3)平成18年9月以降,インターネット上のウェブサイト「2ちゃんねる」
の電子掲示板の「A学園Part2」と題するスレッド(以下「本件スレッド」とい
う。)において,被上告人及びA学園の活動に関して,様々な立場からの書き込み
がされた。本件スレッドにおいて上記のような書き込みが続く中で,平成19年1
月16日午後5時4分58秒,上告人の提供するインターネット接続サービスを利
用して,「なにこのまともなスレ気違いはどうみてもA学長」との書き込み(以
下「本件書き込み」という。)がされた。
(4)被上告人は,平成19年2月27日,上告人に対し,裁判外において,
「本件書き込みのきちがいという表現は,激しい人格攻撃の文言であり,侮辱に当
たることが明らかである」との理由を付し,法4条1項に基づき,本件書き込みに
ついての氏名又は名称,住所及び電子メールアドレス(以下「本件発信者情報」と
いう。)の開示を請求した。
(5)上告人は,平成19年6月6日付け書面をもって,被上告人に対し,本件
書き込みの発信者への意見照会の結果,当該発信者から本件発信者情報の開示に同
意しないとの回答があり,本件書き込みによって被上告人の権利が侵害されたこと
が明らかであるとは認められないため,本件発信者情報の開示には応じられない旨
回答した。
3原審は,上記事実関係の下で,次のとおり判断して,被上告人の損害賠償請
求を15万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で認容した。
対象となる人を特定することができる状況でその人を「気違い」であると指摘す
ることは,社会生活上許される限度を超えてその相手方の権利(名誉感情)を侵害
するものであり,このことは,特別の専門的知識がなくとも一般の社会常識に照ら
して容易に判断することができるものであるから,本件書き込みがこのような判断
基準に照らして被上告人の権利を侵害するものであることは,本件スレッドの他の
書き込みの内容等を検討するまでもなく本件書き込みそれ自体から明らかである。
したがって,上告人が被上告人からの本件発信者情報の開示請求に応じなかったこ
とについては,重大な過失がある。
4しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次
のとおりである。
(1)法は,4条1項において,特定電気通信による情報の流通によって自己の
権利を侵害されたとする者は,侵害情報の流通によって自己の権利が侵害されたこ
とが明らかであるなど同項各号所定の要件のいずれにも該当する場合,当該特定電
気通信の用に供される特定電気通信設備を用いる特定電気通信役務提供者(以下
「開示関係役務提供者」という。)に対し,その発信者情報(氏名,住所その他の
侵害情報の発信者の特定に資する情報であって総務省令で定めるものをいう。)の
開示を請求することができる旨を規定する一方で,同条2項において,開示関係役
務提供者がそのような請求を受けた場合には,原則として発信者の意見を聴かなけ
ればならない旨を,同条4項本文において,開示関係役務提供者が上記開示請求に
応じないことによりその開示請求をした者に生じた損害については,故意又は重過
失がある場合でなければ賠償の責任を負わない旨を,それぞれ規定している。
以上のような法の定めの趣旨とするところは,発信者情報が,発信者のプライバ
シー,表現の自由,通信の秘密にかかわる情報であり,正当な理由がない限り第三
者に開示されるべきものではなく,また,これがいったん開示されると開示前の状
態への回復は不可能となることから,発信者情報の開示請求につき,侵害情報の流
通による開示請求者の権利侵害が明白であることなどの厳格な要件を定めた上で
(4条1項),開示請求を受けた開示関係役務提供者に対し,上記のような発信者
の利益の保護のために,発信者からの意見聴取を義務付け(同条2項),開示関係
役務提供者において,発信者の意見も踏まえてその利益が不当に侵害されることが
ないように十分に意を用い,当該開示請求が同条1項各号の要件を満たすか否かを
判断させることとしたものである。そして,開示関係役務提供者がこうした法の定
めに従い,発信者情報の開示につき慎重な判断をした結果開示請求に応じなかった
ため,当該開示請求者に損害が生じた場合に,不法行為に関する一般原則に従って
開示関係役務提供者に損害賠償責任を負わせるのは適切ではないと考えられること
から,同条4項は,その損害賠償責任を制限したのである。
そうすると,開示関係役務提供者は,侵害情報の流通による開示請求者の権利侵
害が明白であることなど当該開示請求が同条1項各号所定の要件のいずれにも該当
することを認識し,又は上記要件のいずれにも該当することが一見明白であり,そ
の旨認識することができなかったことにつき重大な過失がある場合にのみ,損害賠
償責任を負うものと解するのが相当である。
(2)これを本件について検討するに,本件書き込みは,その文言からすると,
本件スレッドにおける議論はまともなものであって,異常な行動をしているのはど
のように判断しても被上告人であるとの意見ないし感想を,異常な行動をする者を
「気違い」という表現を用いて表し,記述したものと解される。このような記述
は,「気違い」といった侮辱的な表現を含むとはいえ,被上告人の人格的価値に関
し,具体的事実を摘示してその社会的評価を低下させるものではなく,被上告人の
名誉感情を侵害するにとどまるものであって,これが社会通念上許される限度を超
える侮辱行為であると認められる場合に初めて被上告人の人格的利益の侵害が認め
られ得るにすぎない。そして,本件書き込み中,被上告人を侮辱する文言は上記の
「気違い」という表現の一語のみであり,特段の根拠を示すこともなく,本件書き
込みをした者の意見ないし感想としてこれが述べられていることも考慮すれば,本
件書き込みの文言それ自体から,これが社会通念上許される限度を超える侮辱行為
であることが一見明白であるということはできず,本件スレッドの他の書き込みの
内容,本件書き込みがされた経緯等を考慮しなければ,被上告人の権利侵害の明白
性の有無を判断することはできないものというべきである。そのような判断は,裁
判外において本件発信者情報の開示請求を受けた上告人にとって,必ずしも容易な
ものではないといわなければならない。
そうすると,上告人が,本件書き込みによって被上告人の権利が侵害されたこと
が明らかであるとは認められないとして,裁判外における被上告人からの本件発信
者情報の開示請求に応じなかったことについては,上告人に重大な過失があったと
いうことはできないというべきである。
5以上と異なる見解の下に,上告人に重大な過失があるとして被上告人の損害
賠償請求を一部認容した原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令
の違反がある。この点をいう論旨は理由があり,原判決中,被上告人の損害賠償請
求を認容した部分は破棄を免れない。そして,以上説示したところによれば,第1
審判決中,上記請求を棄却した部分は正当であるから,同部分に対する被上告人の
控訴を棄却すべきである。
なお,発信者情報の開示請求に関する上告については,上告受理申立て理由が上
告受理の決定において排除されたので,棄却することとする。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官田原睦夫裁判官藤田宙靖裁判官堀籠幸男裁判官
那須弘平裁判官近藤崇晴)

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛