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         主    文
     原判決を破棄する。
     本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
         理    由
 上告代理人木村澤東、同田村宏一の上告理由第六について
 一 原審の認定し、また当事者間に争いがないとされた事実関係は、次のとおり
である。
 1 上告人A1及び同A2は、D産婦人科医院を開業する医師である被上告人と
の間で、昭和四八年九月二〇日、上告人A2が出産のために右医院に入院する際、
分娩、分娩後の母子の健康管理及び仮に病的異常があればこれを医学的に解明し、
適切な治療行為を依頼する旨の診療契約を、同月二一日、上告人A3が出生した際、
同女の法定代理人として、上告人A3の健康管理及びその身体に病的異常があれば
これに対する適切な治療行為と治療及び療養方法についての指導を依頼する旨の診
療契約をそれぞれ締結した。
 2 上告人A2の出産予定日は昭和四八年一一月一日とされていたが、上告人A
2は、同年九月二〇日、被上告人経営の医院に入院し、翌二一日、吸引分娩により
上告人A3を未熟児の状態で出産した。同女の生下時体重は、二二〇〇グラムであ
り、前頭位であって、仮死状態ではなかったものの、娩出後少し遅れて泣き出し、
顔面はうっ(鬱)血状態を示していたが、それ以外には特に異常は認められなかっ
た。被上告人は、同日夕方から上告人A3を保育器に入れ、同月二三日まで酸素を
投与し、二四日には酸素投与を中止し、二五日には保育器から小児用寝台に移した。
 3 上告人A2は、長男のE、長女のFもともに被上告人の医院に入院して順次
出産したが、この二人のどちらにも黄疸が出たこと、上告人A3は三人目で、この
場合は黄疸が強くなると児が死ぬかもしれないと他人から聞かされ、母子手帳にも
血液型の不適合と新生児の重症黄疸に関する記載があったことなどから第三子であ
る上告人A3に黄疸が出ることを不安に思い、被上告人に上告人A3の血液型検査
を依頼した。被上告人は、これに応じて上告人A3の臍帯から血液を採取して血液
型の検査を行い、同女の血液型を母親と同じO型と判定し、その旨を上告人A2に
伝えた。しかし、この判定は誤りで、実際には上告人A3の血液型はA型であった。
 4 上告人A3の黄疸は、生後四日を経た同年九月二五日ころから肉眼で認めら
れるようになり、同月二七日に被上告人がイクテロメーター(黄疸計)で計測した
ところ、その値は二・五であったが、その後、退院する同月三〇日まで上告人A3
の黄疸は増強することはなかった。この黄疸についての被上告人の上告人A2らに
対する説明は、上告人A2らにとって、上告人A3には血液型不適合はなく黄疸が
遷延するのは未熟児だからであり心配はない、と理解される内容のものであった。
 5 被上告人は、同年九月三〇日、上告人A3には軽度の黄疸が残っており、体
重も二一〇〇グラムで生下時の体重を下回っていたが、食思は良好で一般状態が良
かったため、上告人A3を退院させた。右退院に際して、被上告人は上告人A2に
対して、何か変わったことがあったらすぐに被上告人あるいは近所の小児科医の診
察を受けるようにというだけの注意を与えた。
 6 上告人A3は、同年一〇月三日ころから黄疸の増強と哺乳力の減退が認めら
れ、活発でなくなってきた。そこで、上告人A2は、同月四日、たまたま自宅店舗
(時計店)に客として訪れた近所の小児科医に「うちの赤ちゃん黄色いみたいなん
ですけど、大丈夫でしょうか。」と質問したところ、右小児科医は、心配ならG病
院の診察を受けるよう勧めた。しかし、上告人A1が受診を急ぐことはないと反対
したことなどから、上告人A3を右病院に連れて行ったのは同月八日になってから
であった。
 7 上告人A3は、同年一〇月八日の午前一一時ころ、G病院で診察を受けたが、
その時点では、上告人A3の体温は三五・五度、体重は二〇四〇グラムで、皮膚は
柿のような色で黄疸が強く、啼泣は短く、自発運動は弱く、頭部落下法で軽度の落
陽現象が出現し、モロー反射はあるが反射速度は遅いという状態であり、また、血
清ビリルビン値測定の結果では、総ビリルビン値が一デシリットル当たり三四・一
ミリグラムで、そのうち間接(非抱合)ビリルビン値が三二・二ミリグラムであっ
た。
   上告人A3は、同病院医師Hにより核黄疸の疑いと診断され、同日午後五時
三〇分から午後七時三〇分にかけて交換輸血が実施された。しかし、上告人A3は、
核黄疸に罹患し、その後遺症として脳性麻痺が残り、現在も強度の運動障害のため
寝た切りの状態である。
 8(一) 核黄疸は、間接ビリルビンが新生児の主として大脳基底核等の中枢神経
細胞に付着して黄染した状態をいい、神経細胞の代謝を阻害するため死に至る危険
が大きく、救命されても不可逆的な脳損傷を受けるため治癒不能の脳性麻痺等の後
遺症を残す疾患である。核黄疸の発生原因としては、血液型不適合による新生児溶
血性疾患と特発性高ビリルビン血症とがあるが、いずれも血液中の間接ビリルビン
が増加することによって核黄疸になるものである。
  (二) 核黄疸の臨床症状は、その程度によって第一期(筋緊張の低下、吸啜反
射の減弱、嗜眠、哺乳力の減退等)、第二期(けいれん、筋強直、後弓反射、発熱
等)、第三期(中枢神経症状の消退期)、第四期(恒久的な脳中枢神経障害の発現)
の四期に分類されるのが一般であり(プラハの分類)、また、核黄疸の予防及び治
療方法としては、交換輸血の実施が最も根本的かつ確実なものであるが、この交換
輸血は右の第一期の間に行う必要がある。このような核黄疸についての予防及び治
療方法は、上告人A3の出生した昭和四八年当時も現在も変わらない。
  (三) 右の交換輸血の適応時機の決定に最も重要な意義をもつのは血清ビリル
ビン値であって、血清ビリルビン値の核黄疸発生に関する危険いき(閾)値は、一
般に成熟児では一デシリットル当たり二〇ミリグラム、未熟児では一五ミリグラム
とされているところ、昭和四八年当時は、独自に血清ビリルビン値の測定をする開
業医はほとんどなく、一般に肉眼及びイクテロメーターを用いて黄疸の程度を観察
し、黄疸が強ければ、血清ビリルビン値を測定できる医療機関に測定を依頼したり、
転医させるなどの措置を執るのが通常であった。また、血清ビリルビン値の測定を
行うべきか否かのイクテロメーターの限界値は、四・〇とされていた。
 二 原審は、右事実関係の下において、上告人A3にプラハの分類による第一期
症状が出始めたのは、退院の三日後である昭和四八年一〇月三日ころであり、同月
八日には既に第二期の症状を示していた、上告人A3の核黄疸は、原因は不明であ
るが被上告人の医院を退院した時に存在していた黄疸が遷延していたところに、退
院後に発生した感染症を基礎疾患とする哺乳力低下、脱水が加わり、黄疸が急速に
増強したことにより生じたものであると認定し、退院までの上告人A3の黄疸は軽
度であり、交換輸血の適応時機ではなかったから、被上告人には交換輸血を自ら実
施し、あるいはこれを実施できる他の医療機関への転医の措置を執るべき注意義務
はなく、また、上告人A3は未熟児であったが、黄疸の症状は軽度で、一般状態は
良かったことが確認されているから、被上告人が上告人A3を退院させたことに注
意義務違反はなかったと判断した上、上告人A3が退院する際の被上告人の措置に
関して、次のように判示した。すなわち、
  新生児特に未熟児の場合は、核黄疸に限らず様々な致命的疾患に侵される危険
を常に有しており、医師が新生児の看護者にそれら全部につき専門的な知識を与え
ることは不可能というべきところ、新生児がこのような疾患に罹患すれば普通食欲
の不振等が現れ全身状態が悪くなるのであるから、退院時において特に核黄疸の危
険性について注意を喚起し、退院後の療養方法について詳細な説明、指導をするま
での必要はなく、新生児の全身状態に注意し、何かあれば来院するか他の医師の診
察を受けるよう指導すれば足りるというべきところ、被上告人は、上告人A3の退
院に際し、上告人A2に対して、何か変わったことがあったらすぐに被上告人ある
いは近所の小児科医の診察を受けるよう注意を与えているのであるから、退院時の
被上告人の措置に過失はない。
 三 しかしながら、退院時の被上告人の措置に関する原審の右判断は、是認する
ことができない。その理由は、次のとおりである。
  人の生命及び健康を管理すべき業務に従事する者は、その業務の性質に照らし、
危険防止のために実験上必要とされる最善の注意義務を要求されるのであるが(最
高裁昭和三一年(オ)第一〇六五号同三六年二月一六日第一小法廷判決・民集一五
巻二号二四四頁参照)、右注意義務の基準となるべきものは、一般的には診療当時
のいわゆる臨床医学の実践における医療水準であるというべきである(最高裁昭和
五四年(オ)第一三八六号同五七年三月三〇日第三小法廷判決・裁判集民事一三五
号五六三頁、最高裁昭和五七年(オ)第一一二七号同六三年一月一九日第三小法廷
判決・裁判集民事一五三号一七頁参照)。ところで、前記の事実に照らせば、新生
児の疾患である核黄疸は、これに罹患すると死に至る危険が大きく、救命されても
治癒不能の脳性麻痺等の後遺症を残すものであり、生後間もない新生児にとって最
も注意を要する疾患の一つということができるが、核黄疸は、血液中の間接ビリル
ビンが増加することによって起こるものであり、間接ビリルビンの増加は、外形的
症状としては黄疸の増強として現れるものであるから、新生児に黄疸が認められる
場合には、それが生理的黄疸か、あるいは核黄疸の原因となり得るものかを見極め
るために注意深く全身状態とその経過を観察し、必要に応じて母子間の血液型の検
査、血清ビリルビン値の測定などを実施し、生理的黄疸とはいえない疑いがあると
きは、観察をより一層慎重かつ頻繁にし、核黄疸についてのプラハの第一期症状が
認められたら時機を逸することなく交換輸血実施の措置を執る必要があり、未熟児
の場合には成熟児に比較して特に慎重な対応が必要であるが、このような核黄疸に
ついての予防、治療方法は、上告人A3が出生した当時既に臨床医学の実践におけ
る医療水準となっていたものである。
  そして、(一) 上告人A2は、被上告人の医院で順次出産した長男や長女にも
黄疸が出た経緯があり、上告人A3は三人目で、この場合は黄疸が強くなると児が
死ぬかもしれないと他人から聞かされ、母子手帳にも血液型の不適合と新生児の重
症黄疸に関する記載があったことから、第三子である上告人A3に黄疸が出ること
を不安に思っていた、(二) そのため上告人A2は、被上告人に上告人A3の血液
型検査を依頼し、被上告人は、これに応じて血液型検査を行ったが、その判定を誤
り、実際には上告人A3の血液型はA型であったのに母親である上告人A2の血液
型と同じO型であるとした、(三) 体重二二〇〇グラムの未熟児で生まれた上告人
A3には、生後四日を経た昭和四八年九月二五日ころから黄疸が認められるように
なり、上告人A2らはこれに不安を抱いたが、被上告人は、上告人A3には血液型
不適合はなく黄疸が遷延するのは未熟児のためであり心配はない旨の説明をしてい
た、(四) 上告人A3の黄疸は同月三〇日の退院時にもなお残存していた上、上告
人A3の体重は退院時においても二一〇〇グラムしかなかったなどの事情があった
ことは、前述のとおりである。
  そうすると、本件において上告人A3を同月三〇日の時点で退院させることが
相当でなかったとは直ちにいい難いとしても、産婦人科の専門医である被上告人と
しては、退院させることによって自らは上告人A3の黄疸を観察することができな
くなるのであるから、上告人A3を退院させるに当たって、これを看護する上告人
A2らに対し、黄疸が増強することがあり得ること、及び黄疸が増強して哺乳力の
減退などの症状が現れたときは重篤な疾患に至る危険があることを説明し、黄疸症
状を含む全身状態の観察に注意を払い、黄疸の増強や哺乳力の減退などの症状が現
れたときは速やかに医師の診察を受けるよう指導すべき注意義務を負っていたとい
うべきところ、被上告人は、上告人A3の黄疸について特段の言及もしないまま、
何か変わったことがあれば医師の診察を受けるようにとの一般的な注意を与えたの
みで退院させているのであって、かかる被上告人の措置は、不適切なものであった
というほかはない。被上告人は、上告人A3の黄疸を案じていた上告人A2らに対
し、上告人A3には血液型不適合はなく黄疸が遷延するのは未熟児だからであり心
配はない旨の説明をしているが、これによって上告人A2らが上告人A3の黄疸を
楽観視したことは容易に推測されるところであり、本件において、上告人A2らが
退院後上告人A3の黄疸を案じながらも病院に連れて行くのが遅れたのは被上告人
の説明を信頼したからにほかならない(記録によれば、上告人A2は、一〇月八日
上告人A3をG病院に連れて行くに際し、上告人A1が上告人A3に黄疸の症状が
あるのは未熟児だからであり心配いらないとの被上告人の言を信じ切って同行しな
かったため、知人のIに同伴してもらったが、同病院のH医師から上告人A3が重
篤な状態にあり、直ちに交換輪血が必要である旨を告げられて驚愕し、Iを通じて
上告人A1に電話したが、急を聞いて駆けつけた同上告人は、H医師から直接話を
聞きながら、なお、その事態が信じられず、H医師にも告げた上で、被上告人に電
話したが、被上告人の見解は依然として変わらず、上告人A1との間に種々の問答
が交わされた挙句、H医師の手で上告人A3のため交換輸血が行われた経緯が窺わ
れるのである)。
  そして、このような経過に照らせば、退院時における被上告人の適切な説明、
指導がなかったことが上告人A2らの認識、判断を誤らせ、結果として受診の時期
を遅らせて交換輸血の時機を失わせたものというべきである。
  したがって、被上告人の退院時の措置に過失がなかったとした原審の判断は、
是認し難いものといわざるを得ない。そして、被上告人の退院時の措置に過失があ
るとすれば、他に特段の事情のない限り、右措置の不適切と上告人A3の核黄疸罹
患との間には相当因果関係が肯定されるべきこととなる筋合いである。原審の判断
には、法令の解釈適用を誤った違法があるものといわざるを得ず、右違法は原判決
の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨はこの趣旨をいうものとして理由
があり、原判決は破棄を免れず、更に審理を尽くさせるため、原審に差し戻すこと
とする。
 よって、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判
決する。
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    可   部   恒   雄
            裁判官    園   部   逸   夫
            裁判官    大   野   正   男
            裁判官    千   種   秀   夫
            裁判官    尾   崎   行   信

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