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判決言渡日平成20年12月15日
平成20年(行ケ)第10144号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成20年12月8日
判決
原告ニプロファーマ株式会社
訴訟代理人弁護士近藤惠嗣
同森田聡
同重入正希
被告富田製薬株式会社
訴訟代理人弁護士岩坪哲
同神原浩
訴訟代理人弁理士三枝英二
同田中順也
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が無効2007−800033号事件について平成20年3月13日
にした審決を取り消す。
第2事案の概要
1被告は,発明の名称を「重炭酸透析用人工腎臓潅流用剤の製造方法及び人工
腎臓潅流用剤」とする特許第2769592号の特許権者であるが,原告にお
いて上記特許の請求項9及び10について無効審判請求をしたところ,特許庁
が請求不成立の審決をしたことから,これに不服の原告がその取消しを求めた
事案である。
2争点は,①平成6年法律第116号による改正前の特許法36条4項(いわ
ゆる実施可能要件),及び同条5項1号(いわゆるサポート要件)違反の有
無,②上記請求項9,10に係る発明が,特開平2−311419号公報(発
明の名称「血液透析用製剤およびその製造方法」,出願人テルモ株式会社,
公開日平成2年12月27日,甲2。以下「甲2文献」という。)に記載さ
れた発明との関係で新規性及び進歩性を有するか(特許法29条1項3号,2
9条2項),である。
<判決注,平成6年法律第116号による改正前の特許法36条4項,同条5項
は,次のとおりである(以下特許法「旧36条4項」,「旧36条5項」とい
う。)。>
「4項:前項第3号の発明の詳細な説明には,その発明の属する技術の分野に
おける通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度
に,その発明の目的,構成及び効果を記載しなければならない。
5項:第3項第4号の特許請求の範囲の記載は,次の各号に適合するもので
なければならない。
1特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであ
ること。
2,3〈省略〉」
第3当事者の主張
1請求原因
(1)特許庁における手続の経緯
ア被告は,平成4年12月14日,名称を「重炭酸透析用人工腎臓潅流用
剤の製造方法及び人工腎臓潅流用剤」とする発明につき特許出願(特願平
4−353965号)をし,平成10年4月17日,特許庁から特許第2
769592号として設定登録を受けた(請求項の数10,甲9。以下
「本件特許」という。)。
イこれに対し原告から,平成19年2月22日,本件特許の請求項9,1
0に係る発明につき特許無効審判請求がなされたので,特許庁はこれを無
効2007−800033号事件として審理し,その中で被告は発明の詳
細な説明に関する訂正請求(段落【0041】及び【表8】の誤記の訂
正。以下「本件訂正」という。)をしたところ,特許庁は,平成20年3
月13日,本件訂正を認めるとした上,「本件審判の請求は,成り立たな
い。」旨の審決をし,その謄本は同年3月26日原告に送達された。
ウなお,ニプロ株式会社は,本件特許の請求項7∼10につき無効審判請
求をしたところ,特許庁の審決により,平成20年6月20日確定登録時
までに,請求項7及び8は無効であり,請求項9及び10は請求不成立で
ある旨が確定している。
(2)発明の内容
原告から無効審判請求された本件特許の特許請求の範囲の請求項9及び1
0に係る発明(以下「本件特許発明9」,「本件特許発明10」という。)
の内容は,以下のとおりである。
「【請求項9】塩化ナトリウム粒子の表面に塩化カリウム,塩化カルシウ
ム,塩化マグネシウム及び酢酸ナトリウムからなる電解質化合物及びブド
ウ糖を含むコーティング層を有し,かつ,複数個の塩化ナトリウム粒子が
該コーティング層を介して結合した造粒物からなる顆粒状乃至細粒状の重
炭酸透析用人工腎臓潅流用剤。
【請求項10】さらに酢酸を含有してなる請求項9に記載の重炭酸透析用
人工腎臓潅流用剤。」
(3)審決の内容
審決の内容は,別添審決写しのとおりである。
その理由の要点は,本件訂正明りょうでない記載の釈明で,当初明細書の
範囲内であるから適法であるとした上,下記無効理由は認めることができな
い,としたものである。

・無効理由1(記載不備)
本件訂正後の特許明細書の発明の詳細な説明は,請求項9及び10に関
して,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易
にその実施をすることができる程度にその発明の目的・構成及び効果を記
載していない(特許法旧36条4項違反),又は特許請求の範囲の記載
は,発明の詳細な説明に記載されていない発明を記載したものである(旧
36条5項1号違反)。
・無効理由2(新規性又は進歩性の欠如)
本件各特許発明は,甲2文献(特開平2−311419号公報)に記載
された発明と実質的に同一(特許法29条1項3号違反),又は甲2文献
に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたもの
である(特許法29条2項違反)。
(4)審決の取消事由
しかしながら,審決には,以下に述べるとおり誤りがあるので,審決は違
法として取り消されるべきである。
ア取消事由1(旧36条4項,旧36条5項1号違反性についての判断の
誤り)
(ア)本件各特許発明は物の発明であるところ,本件特許明細書(甲9〔特
許公報〕。ただし,本件訂正〔甲13〕による訂正後のもの。以下同
じ)には,具体的な物の構成に関する記載はなく,実施例によって得ら
れた造粒物がブドウ糖を含むコーティング層を有し,そのコーティング
層を介して塩化ナトリウム粒子が結合していることを確認した記載もな
い。
そこで,本件特許明細書中に記載された本件各特許発明に関する唯一
の実施例である「実施例3」(以下「本件実施例3」という。)により
本件各特許発明の「ブドウ糖を含むコーティング層を有し,かつ,複数
個の塩化ナトリウム粒子が該コーティング層を介して結合した造粒物」
という構成を有する造粒物が得られるかどうかが検討されるべきであ
る。
(イ)ところが,実際には,本件実施例3記載の製造方法によっても,ブド
ウ糖を含むコーティング層は得られず,当該コーティング層を介して塩
化ナトリウム粒子が結合することもない。
このことは,本件実施例3の記載を注意深く読めば容易に分かること
である。すなわち,本件実施例3記載の製造方法は,①「先ず塩化ナト
リウム823.69kgを二重缶式攪拌混合機(蒸気加熱)に入れ,攪
拌しながら加熱し内容物温度を73℃とした。」,②「次に塩化カリウ
ム26.53kgを入れ,更に塩化カルシウム36.63kg及び塩化
マグネシウム21.71kgを入れて加熱混合した。」,③「この内容
物に純水17リットル(後で添加する酢酸ナトリウム100重量部に対
して24重量部)を入れ,更に酢酸ナトリウム70.07kgを添加し
て加熱混合した。」,④「酢酸ナトリウム添加の15分後に内容物はや
や白色を増し,更に加熱混合を続けると内容物に特異な粘りが生じ内容
物の粒子同士が付着し始めた。」,⑤「次に,ブドウ糖213.55k
gを添加して混合し,更に加熱混合をつづけると,内容物の粘りは更に
増し,その後,内容物が乾燥して,さらさらした顆粒状乃至細粒状の粉
体が得られた。」,⑥「この粉体を冷却した後,酢酸21.37kgを
添加して30分間混合し,製品1191kgを回収した。」(甲9,段
落【0039】及び【0040】)というものである。
このように,上記③の段階で添加される水は僅か17リットルであ
り,全体の約1.7重量%にすぎない。そして,上記④の段階で既に
「内容物に特異な粘りが生じ内容物の粒子同士が付着し始めた」とされ
ていることから,仮にコーティング層と呼ぶべきものが形成されるとす
れば,この段階で形成されているものである。ところが,ブドウ糖が添
加されるのはその後の上記⑤の段階であり,添加されたブドウ糖は既に
付着している粒子の外側から付着すると考えられる。
したがって,上記⑤の段階で添加されたブドウ糖が,上記②の段階で
添加された各電解質化合物と共にコーティング層を形成することはない
というべきである。
(ウ)以上について実験を通じて明らかにするために,本件実施例3記載の
方法に基づいて製造を実施し,製造物の成分分析,粒子表面分析を行っ
た結果が,甲1(ニプロ株式会社医薬品研究所製剤研究室長・A作成の
平成19年1月15日付け実験報告書。以下,この報告書に記載された
実験を「甲1実験」という。)である。これにより,本件実施例3記載
の方法に基づいて製造を実施しても,本件各特許発明の「ブドウ糖を含
むコーティング層を有し,かつ,複数個の塩化ナトリウム粒子が該コー
ティング層を介して結合した造粒物」という構成を有する物が得られな
いことが実験上示された。
しかるに,審決は,「…甲第1号証の実験1,2では,原料の仕込量
を約1000分の1にスケールダウンしたにも拘わらず,加熱等の造粒
条件がスケールダウンした原料の量に適合しておらず,そのために乾燥
が速く進行し,ブドウ糖を添加した段階ではこれを溶解する水が実質的
に存在しない状態となり,ブドウ糖がコーティング層中に取り込まれな
かったと考えられ,…」という被請求人(被告)の主張をそのまま受け
入れて,「…甲第1号証の実験1,2は本件特許明細書記載の実施例3
の正しい追試実験であるとは認められない」(8頁21行∼32行)と
した。
しかし,前記(イ)で述べたとおり,そもそも本件実施例3記載の製造
方法では,加えられる水の量が全体重量に対して少なく,ブドウ糖を溶
解する水は実質的に存在しないのであるから,ブドウ糖がコーティング
層に取り込まれなかったのは必然的な結果である。
また,本件実施例3記載の製造方法においては,酢酸ナトリウムを一
定量の水の存在下で加熱して溶融状態に置くことが本質であり,ブドウ
糖や電解質化合物を水溶する目的で水が添加されるものではない。これ
については,本件特許明細書に「…本発明のA剤の製造方法において
は,酢酸ナトリウム100重量部に対して10重量部以上好ましくは2
0重量部以上更に好ましくは20∼70重量部の水を使用する。水の使
用量が少なすぎると酢酸ナトリウムを溶融状態にすることが困難となり
均一なコーテイング層を形成させにくくなる。…また,本発明において
は,得られる混合物を50℃以上好ましくは60℃以上更に好ましくは
65∼100℃に加熱することによって酢酸ナトリウムを一時溶融状態
にする。…また,結晶水を有する酢酸ナトリウムを使用する場合は,該
結晶水は,別途に添加する水と同等の作用をはたす。…」(甲9,段落
【0014】)と記載され,酢酸ナトリウムとの関係で水の量が規定さ
れていることが明らかである。
このように,本件実施例3の記載から当業者が読みとれるのは,溶融
状態にある酢酸ナトリウムに電解質化合物が混合したものにさらにブド
ウ糖を添加して付着させることであり,甲1実験はこの点を再現したも
のである。
(エ)また審決は,「…被請求人は,…市販の局方仕様の塩化ナトリウム
(平均粒径約310μm)と,同じく局方仕様のブドウ糖(平均粒径約
250μm)を試料とし,二重缶式攪拌混合機に対する材料の仕込量を
本件特許明細書の【表7】のとおりとした試験を実施例3の再現試験と
して行うとともに,比較のためにブドウ糖を予め食紅で着色したものの
追試を行い,反射イメージング法によるマッピングをも実施した結果を
乙第5号証(実験報告書(被請求人従業員B作成)として提出してい
る。これに対して,請求人は,弁ぱく書第6頁において,ブドウ糖がコ
ーティング層に含まれることにはならない,或いは,ブドウ糖を含むコ
ーティング層を介して複数の塩化ナトリウム粒子が結合する構造が存在
しないことは明らかであると主張するが,【写真1】∼【写真5】を見
ると,【写真2】では,造粒物が一様に赤く染まっており,また,【写
真1】,【写真2】では,粒子同士が結合しており,実施例3の追試実
験として特に不自然なものではない」(10頁7行∼19行)とした。
しかし,上記審判乙5(富田製薬株式会社医薬品事業開発室長・B作
成の平成19年5月10日付け実験報告書,本訴甲8。以下,この報告
書に記載された実験を「甲8実験」という。)は,本件実施例3記載の
製造方法によって本件各特許発明の「ブドウ糖を含むコーティング層を
有し,かつ,複数個の塩化ナトリウム粒子が該コーティング層を介して
結合した造粒物」という構成を有する造粒物が得られることを証明する
ものではない。
aすなわち,甲8実験報告書では,添加するブドウ糖を予め食紅で着
色して製造された造粒物が一様に赤く染まって見えること(【写真2
】),赤外線照射によりブドウ糖特有の反射スペクトルを確認できた
部分を視覚化(マッピング)した結果,コーティング層に含まれる酢
酸ナトリウムの分布とブドウ糖の分布がほぼ重なり合っていること
(【写真6】)をもってブドウ糖がコーティング層に取り込まれてい
ることの証左であるとしている。
しかし,本件実施例3記載の製造方法自体が,ブドウ糖がコーティ
ング層の内部に取り込まれることのできないものであることは前記(イ
)で述べたとおりである。
また,塩化ナトリウム粒子の表面に各電解質化合物から成るコーテ
ィング層が形成され,これを介して複数の塩化ナトリウム粒子が結合
した後,その塊状物の表面にブドウ糖の粒子が散らばって付着した場
合には,ブドウ糖がコーティング層の内部に取り込まれたといえない
が,このような場合でも甲8実験報告書に記載されたのと同様の結果
が得られるものである。
bまた,本件各特許発明は「複数個の塩化ナトリウム粒子が該コーテ
ィング層を介して結合した造粒物」という構成を有するものであるか
ら,ブドウ糖を含むコーティング層を介して塩化ナトリウム粒子が結
合していなければならない。
ところが,仮に被告主張のように「造粒物の表面全域においてブド
ウ糖がくまなく均一に付着した造粒物,すなわち表面のコーティング
層中にブドウ糖が含まれた造粒物」が甲8実験により得られるとして
も,塩化ナトリウム粒子が電解質化合物によるコーティング層を介し
て結合し,その造粒物全体の表面がブドウ糖を含む「表面コーティン
グ層」によってさらにコーティングされていることが示されているに
すぎず,ブドウ糖を含むコーティング層を介して塩化ナトリウム粒子
が結合していることの裏付けとはならないものである。
なお,甲8実験の原料として使用された塩化ナトリウム粒子とブド
ウ糖粒子の写真(5頁【写真3】∼【写真5】)と実験の結果得られ
た造粒物の写真(4頁【写真1】,【写真2】)を比較しても,原料
粒子の粒径に比べて非常に大きな粒径の造粒物が得られており,電解
質化合物によるコーティング層を介して多数の塩化ナトリウム粒子が
結合してできた大きな造粒物の表面にブドウ糖が付着したものが上記
【写真1】,【写真2】の造粒物であると解しても何ら不自然ではな
い。
(オ)以上のように,本件実施例3記載の製造方法を実施しても,本件各特
許発明の構成を有する造粒物は得られないものであるから,発明の詳細
な説明の記載が不備であるか,あるいは発明の詳細な説明に記載されて
いない発明が特許請求の範囲に記載されているかのいずれかであり,本
件各特許発明は旧36条4項あるいは旧36条5項1号に違反して特許
されたものである。
イ取消事由2(新規性,進歩性の判断の誤り)
(ア)前記アに述べたとおり,本件実施例3記載の製造方法によって得られ
る造粒物はブドウ糖がコーティング層の内部に取り込まれているのでは
なく,その表面に付着したにすぎないものであるが,仮にこのような造
粒物も本件請求項9における「ブドウ糖を含むコーティング層を有し…
た造粒物」に当たると解するのであれば,本件特許発明9は甲2文献
(特開平2−311419号公報)に記載された発明と同一であるか,
少なくともこれに基づいて当業者が容易に発明できたものである。
すなわち,甲2文献には「…塩化ナトリウム以外の透析用固体電解質
の0.8∼20倍,好ましくは1.5∼5倍の水に溶解させ,得られる
水溶液を,塩化ナトリウムおよびブドウ糖の混合粉末を流動層造粒機内
で流動させ,その流動層内に噴霧しながら造粒し」て得られる造粒物
(4頁左上欄14行∼19行)が記載されている。
流動層造粒法では,核となる粒子を熱風で流動させ,その上部で水溶
液をスプレーする。水溶液が核となる粒子を凝集させつつ,水分が蒸発
することにより,水溶液中の成分が核となる粒子をコーティングして造
粒が行われる。そして甲2文献の上記記載には,核となる粒子として塩
化ナトリウム粒子とブドウ糖粒子を用い,水溶液の成分として電解質化
合物を使用することが示されている。
したがって,上記方法により得られる造粒物は,塩化ナトリウム粒子
がコーティング層を介して結合し,かつコーティング層の内部にブドウ
糖粒子が含まれているものであり,本件特許発明9の「ブドウ糖を含む
コーティング層」という構成を有しているということができる。
そして,甲2文献に本件特許発明9のその余の構成(「塩化ナトリウ
ム粒子の表面に塩化カリウム,塩化カルシウム,塩化マグネシウム及び
酢酸ナトリウムからなる電解質化合物…を含むコーティング層を有し,
かつ,複数個の塩化ナトリウム粒子が該コーティング層を介して結合し
た造粒物からなる顆粒状乃至細粒状の重炭酸透析用人工腎臓潅流用
剤」)が開示されていることは明らかであるから,甲2文献に記載され
た発明は本件特許発明9と同一である。
(イ)また,本件特許発明10は,本件特許発明9の構成に「酢酸を含有」
するという構成を加えたものであるところ,甲2文献には「…得られた
造粒物をバーチカルグラニュレータに供給し,更に酢酸41.5部を加
えて撹拌混合した」(5頁左上欄12行∼14行)と記載されているか
ら,甲2文献には本件特許発明10も記載されているものである。
ウなお,被告は,本件訴訟における取消事由の主張は実質的な審理の蒸し
返しであると主張する。
しかし,特許法167条は「何人も,特許無効審判…の確定審決の登録
があつたときは,同一の事実及び同一の証拠に基づいてその審判を請求す
ることができない。」と規定しており,特許無効審判の確定審決の登録前
に新たな無効審判請求をすることは禁じていない(最高裁平成12年1月
27日第一小法廷判決・民集54巻1号69頁参照)。
本件無効審判請求は,ニプロ株式会社による無効審判請求(無効200
2−35452号)に対する審決について確定審決の登録がされた平成2
0年6月18日(甲14)より前の平成19年2月22日になされたもの
である(甲10)。
また,実質的にも,本件訴訟における取消事由2の主張は,上記のとお
り,仮に本件実施例3記載の製造方法によって得られる造粒物も本件請求
項9の「造粒物」に当たると解されるのであれば本件特許発明9は甲2文
献との関係で新規性,進歩性を有しないというものであり,ニプロ株式会
社による上記無効審判請求に関しては本件請求項9に関する上記のような
解釈を前提とした判断がなされたものではないから,本件訴訟の取消事由
2は新たな争点についての判断を求めるものである。
2請求原因に対する認否
請求原因(1)∼(3)の各事実は認めるが,同(4)は争う。
3被告の反論
審決の判断は正当であり,原告主張の取消事由は理由がない。
(1)取消事由1に対し
原告は,旧36条4項,旧36条5項1号違反性についての審決の判断の
誤りを主張するが,以下のとおり審決の判断は正当である。
ア本件特許明細書(甲9)には,本件各特許発明の造粒物を得るための製
造方法が当業者に十分理解される程度に記載されており(甲9,段落【0
014】及び【0022】参照),現にその方法を用いて本件各特許発明
に係る造粒物が得られたことが記載されている。したがって,当業者であ
れば,本件特許明細書の記載に従って本件各特許発明の構成を有する造粒
物を製造することが可能である。
イこれに対し原告は,本件実施例3記載の製造方法では本件各特許発明の
構成を有する造粒物を製造することができないと主張する。
(ア)しかし,本件特許明細書の「酢酸ナトリウム添加の15分後に内容物
はやや白色を増し,更に加熱混合を続けると内容物に特異な粘りが生じ
内容物の粒子同士が付着し始めた。次に,ブドウ糖213.55kgを
添加して混合し,更に加熱混合をつづけると,内容物の粘りは更に増
し,その後,内容物が乾燥して,さらさらした顆粒状乃至細粒状の粉体
が得られた」(甲9,段落【0040】)との記載は,酢酸ナトリウム
が一時融解状態となり,コーティング及び造粒が開始されたことを物性
上の変化として認識できたときにブドウ糖を添加することを意味してい
るのであって,このようにすることでブドウ糖をコーティング層に取り
込ませているものに他ならない。
そして,上記記載のように,ブドウ糖を添加した後「内容物の粘りは
更に増し」ているのであるから,ブドウ糖添加後も,ブドウ糖を層中に
含むコーティング層の形成に向けて内容物の物性が変化し続けているの
である。
(イ)また原告は,本件実施例3においてはブドウ糖を溶解するほどの量の
水は存在していないと主張するが,本件特許明細書においてはブドウ糖
があたかも砂糖水のように水に溶解してブドウ糖水溶液になるなどと開
示されているものではなく,少なくともブドウ糖がコーティング層に含
まれるのに必要な程度の水が存在していればよいことが示されている。
すなわち,コーティング層を形成する成分である塩化カリウム等の電
解質化合物及びブドウ糖は,いずれも親水性が高く相互に高い親和性を
有しているため,本件実施例3においても,水の存在下で一時溶融状態
に置かれた酢酸ナトリウムに対して,同じく溶融状態に置かれている電
解質化合物とブドウ糖が均一に分散し,あるいは取り込まれ,これらが
撹拌混合を続けることにより一体となって均質化され,核粒子である塩
化ナトリウムの表面にコーティング層が形成されるものである。
ウ以上について実験によって裏付けるため,被告は,本件実施例3につい
て追試実験を行った(甲8〔B作成の実験報告書〕。なお,乙3は,特に
写真部分について正確な内容を示すため,甲8と同じ実験報告書を被告に
おいて提出したものである。)。
(ア)甲8実験では二つの実験が行われたが,いずれも本件実施例3に記載
されたとおりに二重缶式攪拌混合機を用い,各試料の分量,添加の順序
・時期など,全て記載の方法・条件に従って実施された。なお,実験1
においては無着色のブドウ糖を使用し,実験2においてはブドウ糖を食
紅(食用赤色102号〔三栄原エフ・エフ・アイ製〕)により着色した
上で使用した。
その結果,成分分析におけるブドウ糖の標準偏差(SD)は本件特許
明細書(甲13の訂正請求書)の表8の記載と整合するものであり,顕
微鏡観察においては,粒子同士が結合して造粒物となり,単独で存在す
る粒子は殆ど見られないことが確認される(甲8,4頁【写真1】【写
真2】)と共に,粒子表面のほぼ全域において,塩化ナトリウム表面に
コーティング層を形成するべく配合された酢酸ナトリウムとブドウ糖が
ほぼ同一形状で存在することが確認された(甲8,6頁【写真6】)。
このように,上記実験の結果,造粒物の表面全域においてブドウ糖が
くまなく均一に付着した造粒物,すなわち表面のコーティング層中にブ
ドウ糖が含まれた造粒物が安定的に得られることが明らかとなってい
る。
(イ)これに対し原告は,ブドウ糖がコーティング層に含まれず,塊状物の
表面に付着したにすぎない場合であっても,上記【写真2】,【写真6
】と同様の結果が得られると主張する。
しかし,甲8実験の実験2において着色されたブドウ糖を用いて製造
した造粒物が一様に赤く染まっている(上記【写真2】)のは,水溶性
のブドウ糖が食用赤色102号と共に水溶し,コーティング層に取り込
まれて塩化ナトリウムをコーティングしたことを示すものである。
また,ブドウ糖が酢酸ナトリウムとほぼ重なって分布しているのは,
ブドウ糖が酢酸ナトリウム等の電解質化合物を含むコーティング層の中
に取り込まれ,コーティング層に含まれている状態を示している。
(ウ)また原告は,甲8実験で得られた造粒物においてブドウ糖がコーティ
ングに関与しているとしても,塩化ナトリウム粒子が結合した塊状物の
表面をコーティングしているにすぎず,ブドウ糖を含むコーティング層
を介して塩化ナトリウム粒子が結合するという本件各特許発明の構成を
有しないと主張する。
しかし,上記に述べたように本件実施例3記載の製造方法は,粘りを
生ずる酢酸ナトリウム等の電解質化合物にブドウ糖を投入してさらに粘
りを増すというものであるから,溶融状態に置かれたブドウ糖と電解質
化合物とが溶け合って塩化ナトリウム粒子の表面にコーティング層を形
成することは自明である。
エまた,原告は,自らの主張を裏付けるものとして甲1(A作成の実験報
告書)を提出するが,この実験は本件実施例3の追試実験として明らかに
適切性を欠くものである。
(ア)すなわち,甲1実験においては,試料の仕込量を本件実施例3の記載
と比べて約1000分の1にスケールダウンしたにもかかわらず,加
熱時間等の造粒条件は全く調整されていない。二重缶式攪拌混合機にお
いて,加熱等の造粒条件が全く同じであれば,加熱混合される内容物の
量が少ないほど乾燥に要する時間も短くなることは自明であり,そのた
め上記実験においては,本件実施例3の場合に比べて乾燥が早く進行
し,ブドウ糖を添加した時点ではブドウ糖を溶解する水が殆ど存在しな
い状態となっていたものと推測される。
このことは,甲1実験の結果を示す写真(6頁【写真2】)におい
て,ブドウ糖を着色した食用赤色102号がブドウ糖以外の造粒物を全
く染色していないことからも裏付けられる。ブドウ糖は水溶性であるか
ら,ブドウ糖を添加した時点で水が存在していれば着色されたブドウ糖
が水に溶解して他の造粒物を染色すると理解されるのに,上記実験にお
いて他の造粒物に全く色移りしていないことは極めて不自然である。
(イ)また,甲1実験に用いられた塩化ナトリウム粒子,ブドウ糖粒子を示
す写真(6頁【写真3】【写真4】)によれば,ブドウ糖粒子の大きさ
は概ね1200μmで,塩化ナトリウム粒子の2倍以上の大きさである
上,市販の医薬用ブドウ糖に比べても大きなものである。ブドウ糖粒子
の粒径は塩化ナトリウム粒子の粒径よりも小さい方がコーティング層に
含まれやすくなるから,わざわざ上記のように大きな粒径のブドウ糖を
選択することは不自然である。
(2)取消事由2に対し
原告は,新規性,進歩性についての審決の判断の誤りを主張するが,以下
のとおり審決の判断は正当である。
アすなわち,発明の要旨認定は,特段の事情のない限り特許請求の範囲の
記載に基づいて行われるところ,本件各特許発明は複数個の塩化ナトリウ
ムがコーティング層を介して結合した造粒物であって,そのコーティング
層に電解質化合物及びブドウ糖が含まれているものであることは本件請求
項9及び10の記載から一義的に明らかである。
また,発明の詳細な説明の記載を参酌するとしても,「…塩化ナトリウ
ム粒子の表面に…微量の電解質化合物及びブドウ糖を含むコーティング層
を有し,かつ,複数個の塩化ナトリウム粒子が該コーティング層を介して
結合した造粒物からなる…重炭酸透析用人工腎臓灌流用剤」(段落【00
11】),「…本発明のA剤においては,塩化ナトリウム粒子の表面に,
他の電解質化合物及び必要に応じて使用されるブドウ糖が付着して均一な
組成のコーティングを形成しており,…」(段落【0013】)との記載
があり,上記解釈を裏付けるものである。
イ他方,甲2文献(特開平2−311419号公報)の実施例2には,ブ
ドウ糖を塩化ナトリウムとの混合粉末として流動層造粒機内で造粒するこ
と,すなわちブドウ糖を塩化ナトリウムと共に流動層造粒法における核粒
子として用いることが記載されており(5頁左上欄2行∼12行),ブド
ウ糖をコーティング層に含むという本件各特許発明の構成は全く開示され
ていない。
ウしたがって,本件各特許発明は甲2文献に記載された発明と同一のもの
ではなく,甲2文献に記載された発明に基づいて当業者が容易になしうる
ものでもない。
(3)実質的な紛争の蒸し返しについて
原告が主張する取消事由は,原告の関連会社であるニプロ株式会社が過去
2回にわたり主張したものであるところ,いずれも裁判所により明確に排斥
されたものであって,本訴は実質的に同一論点を蒸し返す3度目の訴訟であ
る。
すなわち,ニプロ株式会社がした特許無効審判請求(無効2002−35
452号)に係る第2次審決に対する取消訴訟(平成17年(行ケ)第10
736号)において知的財産高等裁判所は,特開平2−311419号公報
(本訴甲2文献)に記載された発明は本件特許発明9の技術的効果と実質的
に相違するものであると判断している(乙1の1)。
また,第3次審決に対する取消訴訟(平成19年(行ケ)第10347
号)において知的財産高等裁判所は,本件実施例3記載の製造方法について
「…塩化ナトリウム粒子の周囲に電解質化合物によるコーティング層が生じ
始めた段階の後であっても,ブドウ糖の水溶性の高さを考慮すると,適宜の
粒径のブドウ糖を添加して混合し,更に加熱混合すれば,コーティング層に
ブドウ糖が含まれるようになると考えられる…」(乙2,46頁18行∼2
2行)と判断している。
したがって,原告が本件訴訟において取消事由とする主張については,既
に裁判所における判断がなされているものである。
第4当裁判所の判断
1請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)(審
決の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。
2取消事由1(旧36条4項,旧36条5項1号違反性)について
(1)原告は,本件特許明細書記載の方法によっても本件各特許発明の構成を有
する造粒物は得られないから,発明の詳細な説明の記載が不備であるか,あ
るいは発明の詳細な説明に記載されていない発明が特許請求の範囲に記載さ
れているものである,と主張する。
(2)そこで検討すると,本件特許明細書(甲9及び13)の発明の詳細な説明
には,次の記載がある。
ア産業上の利用分野
・「本発明は,重炭酸透析用人工腎臓灌流用剤及びその製造方法に関する。」
(甲9,段落【0001】)
イ従来の技術
・「重炭酸透析用人工腎臓灌流剤(以下,重炭酸透析液という)として,一般に
は,塩化ナトリウム,塩化カリウム,塩化カルシウム,塩化マグネシウム及び
酢酸ナトリウムの各電解質と必要に応じて添加されるブドウ糖とからなる通常
A剤と称する人工腎臓灌流用剤と,粉末状の重炭酸ナトリウム又はこれの水溶
液からなる通常B剤と称する人工腎臓灌流用剤とを混合した水溶液が使用され
ている。参考のため一般に使用されている重炭酸透析用人工腎臓灌流剤10リ
ットルに含まれる各成分の量を表1に示す。」(甲9,段落【0002】)
・「【表1】
B剤については,溶液状のものも,粉末状のものも開発されており,適宜選
択して使用することができる。一方,A剤については,多数の成分からなる混
合物であるため均一な組成の粉剤を得ることが困難である。そのため,現状で
は,工場において水溶液とし,10リットル程度のポリエチレン容器に包装し
て,使用場所である病院や透析センターに輸送している。しかし,水溶液とし
たA剤は,重量及び容積が大きいため輸送コスト及び病院等での保管スペース
の点から望ましくない。また,包装に使用するポリエチレン容器の使用後の廃
棄物処理問題の点からも望ましくない。」(甲9,段落【0003】)
・「なお,A剤の粉剤化技術としては,各電解質化合物を混合・粉砕して造粒す
る乾式造粒法及び各電解質化合物をスラリーとして造粒・乾燥する湿式造粒法
が知られている。しかし,これらの物理的な粉砕・造粒方法には,粉砕工程や
造粒工程において装置の摩擦によって異物が混入し,電解質化合物を汚染しや
すいという問題がある。」(甲9,段落【0004】)
・「また,公知の乾式造粒法により得られる粉剤は,各々の電解質化合物の硬度
が異なり,混合・粉砕の際に,それぞれ,粉砕されやすいものとされにくいも
の,造粒物になりやすいものとなりにくいものがあるため,造粒物として回収
されるものの成分と造粒されずに粉末として残存するものの成分との間に大き
なバラツキが生じやすい。すなわち,各電解質化合物の原料としての添加割合
と,造粒物の成分組成とが一致しにくく,場合によっては,造粒後に,各電解
質化合物の組成を補正するため特定の電解質化合物を添加混合する必要があ
る。この問題点を解決する方法として,各電解質化合物を微粉末化することに
よって,造粒物の硬度を上げる方法即ち粉末として残存するものの量を低減す
る方法も知られている。しかし,電解質化合物を微粉末化するためには面倒な
操作を必要とするし,粉末として残存するものの量を低減するためには繰り返
し造粒する必要があり,粉砕・造粒装置の摩擦などによる異物の混入で電解質
化合物が汚染されやすくなるという問題がある。」(甲9,段落【0005
】)
・「さらに,湿式造粒法については,乾燥時の固結により塊状物が発生しやすい
ため,製品とする際の整粒の前に破砕等の操作を必要とする等,製造工程が煩
雑であるため大量生産することが難しいという問題がある。」(甲9,段落【
0006】)
ウ発明が解決しようとする課題
・「本発明の目的は,…成分組成が均一な粉末状(顆粒状乃至細粒状)のA剤を
提供することにある。」(甲9,段落【0007】)
エ課題を解決するための手段
・「本発明者は上記現状の問題点を踏まえ,重炭酸透析液を構成する電解質化合
物の溶解度,熱溶融時の特性を巧みに利用した加熱混合によれば,物理的な造
粒方法によらず即ち特殊な造粒設備を必要とせず且つもともと純粋な電解質化
合物を汚染することなく造粒できることを見出して本発明を完成した。」(甲
9,段落【0008】)
・「すなわち,本発明は,重炭酸透析用人工腎臓灌流剤(重炭酸透析液)を調製
するための,塩化ナトリウム,塩化カリウム,塩化カルシウム,塩化マグネシ
ウム,及び酢酸ナトリウムの各電解質化合物,酢酸並びに必要に応じてブドウ
糖を含む人工腎臓灌流用剤(A剤)の製造方法において,各電解質化合物を,
酢酸ナトリウム100重量部(無水塩として)に対して10重量部以上好まし
くは20重量部以上の水(酢酸ナトリウムに結合している結晶水も含む)の存
在下で混合し,且つ,得られる混合物を50℃以上好ましくは60℃以上に加
熱して酢酸ナトリウムを一時溶融状態においた後,該混合物に酢酸を混合する
ことを特徴とする重炭酸透析用人工腎臓灌流用剤の製造方法にある。」(甲
9,段落【0009】)
・「以下,本発明について詳細に説明する。」(甲9,段落【0012】)
・「本発明の人工腎臓灌流用剤(A剤)は粉末状であって,塩化ナトリウム,塩
化カリウム,塩化カルシウム,塩化マグネシウム及び酢酸ナトリウムの各電解
質化合物を必須成分として含有し,必要に応じてブドウ糖を含有する。該人工
腎臓灌流用剤(A剤)はさらに酢酸を含んでいてもよい。本発明のA剤におい
ては,塩化ナトリウム粒子の表面に,他の電解質化合物及び必要に応じて使用
されるブドウ糖が付着して均一な組成のコーティングを形成しており,該コー
ティングの作用によって複数の塩化ナトリウム粒子が結合して造粒物を形成し
ている。本発明のA剤においては,各造粒物を形成する各成分の割合はほぼ一
定で特定の値にある。そのため,特定量のA剤を特定量の水に溶解して得られ
る溶液の各電解質化合物の濃度の割合は常に特定の所望の値になるという特徴
がある。従って,本発明の粉末状のA剤を使用する際即ち水溶液にする際に,
特定の電解質化合物の濃度を改めて補正する必要がない。」(甲9,段落【0
013】)
・「このような本発明のA剤は,各電解質化合物又は各電解質化合物とブドウ糖
とを特定量の水の存在下で混合し,且つ,電解質化合物の内,少なくとも酢酸
ナトリウムを一時溶融させることによって製造することができる。そして,本
発明のA剤の製造方法においては,酢酸ナトリウム100重量部に対して10
重量部以上好ましくは20重量部以上更に好ましくは20∼70重量部の水を
使用する。水の使用量が少なすぎると酢酸ナトリウムを溶融状態にすることが
困難となり均一なコーテイング層を形成させにくくなる。一方,必要以上に多
くしても効果に差はなく,逆に後工程での乾燥に時間がかかるという問題が発
生する恐れがある。また,本発明においては,得られる混合物を50℃以上好
ましくは60℃以上更に好ましくは65∼100℃に加熱することによって酢
酸ナトリウムを一時溶融状態にする。加熱温度が低すぎると酢酸ナトリウムを
実質的に溶融状態にすることができない。一方,必要以上に高くしても効果に
差はなく,必要以上に多量のエネルギーを消費することになる。なお,ブドウ
糖を使用する場合には,加熱温度は60∼80℃とするのがよい。また,結晶
水を有する酢酸ナトリウムを使用する場合は,該結晶水は,別途に添加する水
と同等の作用をはたす。また,一般に結晶水を有する酢酸ナトリウムを57∼
59℃以上に加熱すると,酢酸ナトリウムが結晶水に溶解する現象に対して,
ここでは,酢酸ナトリウムを含む混合物を加熱することによって,酢酸ナトリ
ウムの少なくとも一部をその結晶水又は別途に添加した水に溶解させることを
もって『酢酸ナトリウムを一時溶融状態におく』という。」(甲9,段落【0
014】)
・「本発明のA剤の製造方法における塩化ナトリウム,塩化カリウム,塩化カル
シウム,塩化マグネシウム,酢酸ナトリウム,ブドウ糖及び水の混合手順につ
いては特に限定はなく,公知の一般的な混合方法を採用できる。ただし,各成
分の混合に使用する撹拌混合機としては,内容物を外部から間接的に蒸気加熱
でき且つ乾燥もしやすい二重缶式のものが便利である。また,塩化ナトリムの
表面に,他の電解質化合物のコーティングを効率よく形成させる点から以下の
手順で行うのがよい。」(甲9,段落【0015】)
・「(4)得られた混合物について必要に応じて乾燥して水の量を調整した後,
酢酸ナトリウムを混合する。この際,水の量は,混合する酢酸ナトリウム10
0重量部に対して20重量部程度に調整するのがよい。そして,酢酸ナトリウ
ムを混合した後,該混合物の温度を50℃以上好ましくは60℃以上に維持す
ると,酢酸ナトリウムが溶融状態になって混合物に粘りが生じ,造粒物が形成
される。」(甲9,段落【0020】)
・「本発明のA剤の製造方法においては,前記(4)のようにして得られた造粒
物に更に酢酸を混合する。この場合,酢酸を混合する前又は混合した後に該造
粒物を乾燥することによってさらさらした顆粒状もしくは細粒状の粉体とする
ことができる。」(甲9,段落【0021】)
・「なお,ブドウ糖を使用する場合,ブドウ糖の均一分散性及び造粒性の向上の
点からブドウ糖は前記(4)の工程又は酢酸を混合する工程において混合する
のがよい。」(甲9,段落【0022】)
オ作用
・「本発明のA剤の製造方法においては,溶融した酢酸ナトリウムが,塩化カル
シウム,塩化カリウム,塩化マグネシウム等の微量の電解質化合物又はこれら
の電解質化合物及びブドウ糖と均一に分散し,また,これら微量の電解質化合
物を取り込んだ酢酸ナトリウムが塩化ナトリウムの結晶粒子の表面に付着して
コーティング層を形成し,さらに,該コーティング層が結合剤となって複数の
塩化ナトリウム結晶粒子の間で結合が繰返されて造粒物,すなわち,本発明の
人工腎臓灌流用剤が形成される。得られた造粒物に酢酸を加えれば,酢酸を含
有する本発明の人工腎臓灌流用剤となる。」(甲9,段落【0023】)
カ発明の効果
・「本発明の製造方法によれば,特殊な造粒操作を行うことなく,塩化ナトリウ
ムの結晶表面に微量電解質化合物のコーティング層を形成し且つ該コーティン
グ層を結合剤として塩化ナトリウム粒子同士を結合させることによって顆粒状
又は細粒状の混合粉体(A剤)を得ることができる。また,本発明の製造方法
によれば,乾式造粒機,湿式造粒機,コーティング装置を必要とせず,簡易の
混合装置のみでコーティング及び造粒が行なえ,しかも均一性に優れた製品を
大量且つ安価に生産することができる。さらに,その結果,装置の摩擦等によ
る異物混入の問題も発生しにくい。」(甲9,段落【0026】)
・「本発明のA剤は,重量,容積とも小さい粉末製剤であり且つその組成が均一
であるので,本発明のA剤によれば,従来の溶液製剤と同等の品質(電解質化
合物含有量の均一性)を保持したままで,輸送コストの低減,病院等での保管
スペースの削減が図れる。さらに簡易な包装材料を使用できるので,ポリエチ
レン容器等の廃棄物処理問題を解決する手段として,医療機関のみならず社会
的にも極めて有用である。」(甲9,段落【0027】)
キ実施例
・「実施例3
表7に示す各原料(1213.55kg)を使用した。なお,本実施例では,
表3に示す電解質イオン濃度で且つブドウ糖濃度1.5g/lのA剤を基準と
して,A剤の製造を行なった。」(甲9,段落【0038】)
「【表7】・
先ず塩化ナトリウム823.69kgを二重缶式攪拌混合機(蒸気加熱)に
入れ,攪拌しながら加熱し内容物温度を73℃とした。次に塩化カリウム2
6.53kgを入れ,更に塩化カルシウム36.63kg及び塩化マグネシウ
ム21.71kgを入れて加熱混合した。この内容物に純水17リットル(後
で添加する酢酸ナトリウム100重量部に対して24重量部)を入れ,更に酢
酸ナトリウム70.07kgを添加して加熱混合した。」(甲9,段落【00
39】)
・「酢酸ナトリウム添加の15分後に内容物はやや白色を増し,更に加熱混合を
続けると内容物に特異な粘りが生じ内容物の粒子同士が付着し始めた。次に,
ブドウ糖213.55kgを添加して混合し,更に加熱混合をつづけると,内
容物の粘りは更に増し,その後,内容物が乾燥して,さらさらした顆粒状乃至
細粒状の粉体が得られた。この粉体を冷却した後,酢酸21.37kgを添加
して30分間混合し,製品1191kgを回収した。」(甲9,段落【004
0】)
・「得られた製品からランダムに5個の検体を抜き取って試験を行なった。試験
は検体8.524gを水に溶解し,更に重炭酸ナトリウム2.52gを溶かし
て350mlとした。各検体についてこの液を調製し,各液のブドウ糖の濃度
を測定した。試験結果を表8に示す。…」(甲13,段落【0041】)
・「実施例1∼3で得られたA剤(製品)は,いずれも長期に安定なさらさらし
た顆粒状乃至細粒状の粉体であった。また,その試験結果(表5,表6,表
8)から,組成の均一性において極めて良好であることが判った。すなわち,
各検体を水に溶解した際の各電解質イオン濃度が,いずれも,基準となるA剤
の各電解質イオン濃度(表3)から実用上問題がない範囲内にあり,且つ,各
電解質イオン濃度の各検体間でのバラツキ(SD)が極めて小さい。」(甲
9,段落【0042】)
(3)以上によれば,本件特許明細書(甲9及び13)の発明の詳細な説明に
は,本件各特許発明について次の内容が記載されていることが認められ
る。
ア本件各特許発明は,重炭酸透析用人工腎臓潅流用剤,特に塩化ナトリウ
ム,塩化カリウム,塩化カルシウム,塩化マグネシウム及び酢酸ナトリウ
ムの各電解質化合物とブドウ糖とから成る人工腎臓潅流用剤(A剤)に関
するものである。このA剤は重炭酸ナトリウムから成る人工腎臓潅流用剤
(B剤)と混合して使用されるものであるが,単一成分であるB剤と異な
り多数の成分から成る混合物であるため均一な組成とすることが困難であ
り,そのため従来から水溶液として輸送されてきたが,輸送コストや保管
スペース等の点から好ましくなく,A剤の粉剤化が図られてきた。ところ
が,従来の乾式造粒法では,各電解質化合物の硬度等が異なるため造粒さ
れずに粉末として残存する成分があり,各電解質化合物の原料としての添
加割合と造粒物の成分組成が一致しにくく,造粒後に各電解質化合物の組
成を補正する必要があった。
イそこで,本件各特許発明では,塩化ナトリウム粒子の表面に,他の電解
質化合物及びブドウ糖が付着して均一な組成のコーティング層を形成し,
該コーティング層の作用によって複数の塩化ナトリウム粒子が結合して造
粒物を形成するという構成とした。
このような構成を採用することにより,各造粒物を形成する成分の割合
はほぼ一定の特定のものとなり,特定量のA剤を特定量の水に溶解して得
られる溶液における各電解質化合物及びブドウ糖の濃度の割合は常に特定
の所望の値となる。
ウ本件各特許発明に係る造粒物は,次のような方法により製造することが
できる。
(ア)すなわち,A剤の原料となる各電解質化合物とブドウ糖を特定量の水
の存在下で混合し,かつ,各電解質化合物のうち少なくとも酢酸ナトリ
ウムを溶融させる。酢酸ナトリウムを溶融させるためには,酢酸ナトリ
ウム100重量部に対して10重量部以上好ましくは20∼70重量部
の水量となるように調整し,得られる混合物を50℃以上好ましくは6
0∼80℃に加熱する。
(イ)酢酸ナトリウムが溶融状態となると,混合物に粘りが生じ,造粒物が
形成される。具体的には,溶融した酢酸ナトリウムが,塩化カルシウ
ム,塩化カリウム,塩化マグネシウム等の微量の電解質化合物及びブド
ウ糖と均一に分散し,これらを取り込んだ酢酸ナトリウムが塩化ナトリ
ウムの結晶粒子の表面に付着してコーティング層を形成し,さらに,該
コーティング層が結合剤となって複数の塩化ナトリウム結晶粒子の間で
結合が繰り返されて造粒物が形成される。
(ウ)原料となる各電解質化合物,ブドウ糖及び水の混合手順については特
に限定はなく,公知の一般的な混合方法(二重缶式撹拌混合機の使用を
含む)を採用することができるが,成分の均一分散性及び造粒性の向上
の点から,酢酸ナトリウム以外の各電解質化合物を混合した後,適量の
水が存在する状態下で酢酸ナトリウムを混合し,さらにその段階におい
てブドウ糖を混合することが,好ましい手順の例として挙げられる。
(エ)さらに,具体的な製造方法の例として,本件実施例3に,①各原料の
分量(特に酢酸ナトリウム70.07kgに対して17リットルの水を
添加すること),②加熱温度を73℃とすること,③各原料の添加順序
及びタイミング(特に酢酸ナトリウムを添加した後,内容物に特異な粘
りが生じ内容物の粒子同士が付着し始めた段階でブドウ糖を添加するこ
と)等が示されている。
(4)以上のとおり,本件特許明細書の発明の詳細な説明には,本件各特許発明
の目的,構成及び効果が記載されると共に,かかる構成を有する造粒物を形
成する方法が当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有
する者)が容易に実施できる程度に記載されているということができる。
(5)以上に対し原告は,本件実施例3記載の方法によっても本件各特許発明の
造粒物は得られないと主張する。
アしかし,そもそも本件実施例3の記載を参照するまでもなく,本件特許
明細書の発明の詳細な説明には,上記のとおり,原料となる各電解質化合
物とブドウ糖を混合し,各電解質化合物のうち酢酸ナトリウムを溶融させ
ることが記載されているから,当業者であれば,溶融した酢酸ナトリウム
に他の電解質化合物及びブドウ糖を均一に分散させ,これを主成分である
塩化ナトリウム粒子の表面に付着させてコーティング層を形成し,このコ
ーティング層を結合剤として複数の塩化ナトリウム粒子を結合させること
は,工夫により適宜なしうることである。
さらに,発明の詳細な説明においては,酢酸ナトリウムを溶融させるた
めの水の量・加熱温度等の条件や,原料となる各電解質化合物及びブドウ
糖を混合する好ましい方法・手順が上記のとおり示されており,それに加
えて本件実施例3に具体的な製造例が示されているのであるから,当業者
がこれら記載の方法を参照して本件各特許発明の造粒物を得ることは容易
になしうるものである。
イ原告は,本件実施例3において添加される水の量が17リットルであ
り,全体の約1.7重量%にすぎないことを主張するが,ブドウ糖が酢酸
ナトリウム等と共にコーティング層を形成するためには,混合されるブド
ウ糖が完全に溶解するまでの必要はなく,溶融した酢酸ナトリウムと一体
となって取り込まれ,均一に分散すれば足りるのであるから,水の量が上
記の程度であることをもってブドウ糖がコーティング層を形成することを
否定することはできない。
ウまた原告は,本件実施例3において酢酸ナトリウムを添加した混合物に
特異な粘りが生じ粒子同士が付着し始めた後にブドウ糖が添加されている
ことを根拠として,コーティング層はブドウ糖が添加される前に既に形成
されている,あるいはブドウ糖がコーティング層に含まれるとしても複数
の塩化ナトリウム粒子が結合した造粒物の表面をコーティングしているも
のにすぎないと主張する。
しかし,本件実施例3の記載は,「酢酸ナトリウム添加の15分後に内
容物はやや白色を増し,更に加熱混合を続けると内容物に特異な粘りが生
じ内容物の粒子同士が付着し始めた。次に,ブドウ糖213.55kgを
添加して混合し,更に加熱混合をつづけると,内容物の粘りは更に増し,
その後,内容物が乾燥して,さらさらした顆粒状乃至細粒状の粉体が得ら
れた。…」(甲9,段落【0040】)というものであるから,ブドウ糖
が添加されるのは塩化ナトリウム粒子同士の付着が始まった当初の段階で
あり,ブドウ糖が添加された後,さらに塩化ナトリウム粒子同士の付着が
続くものと理解することができる。
したがって,ブドウ糖が添加される段階においてはコーティング層の形
成は未だ完了していないから,添加されたブドウ糖は溶融して粘りを生じ
た酢酸ナトリウムと一体となって取り込まれ,コーティング層の一部とな
ると考えられる。また,このようにしてブドウ糖を含むようになったコー
ティング層が結合剤となって塩化ナトリウム粒子同士を付着させているの
であるから,ブドウ糖が添加される以前に付着した塩化ナトリウム粒子が
一部に存在するとしても,製造された造粒物を全体としてみれば,ブドウ
糖を含むコーティング層を介して複数の塩化ナトリウム粒子が結合してい
るということができる。
エまた原告は,本件実施例3記載の方法に基づいて行われた甲1実験の結
果,本件実施例3記載の方法によっては本件各特許発明の造粒物は得られ
ないことが判明したと主張する。
しかし,甲1の実験報告書の記載によれば,本件実施例3に記載された
各原料の分量に対して,甲1実験における仕込量は下記【表1】のとおり
であることが認められる。

処方(特許第号,実施例3による)【表1】2769592
kgg*実施例3の仕込量()仕込量()
NaCl823.691000.0
KCl26.5332.21
CaCl2HO36.6344.4722

MgCl6HO21.7126.3622

CHCOONa70.0785.073
CHCOOH21.3725.943
CHO213.55259.266126
HO1720.642
:実施例の仕込量をもとに,本実験機のスケールに換算し仕込量を設定した*3
このように,甲1実験においては各原料の分量につき,本件実施例3に
記載された分量の約800分の1としており,添加する水の量も同様に約
800分の1としていることが認められ,水の絶対量が少なくなった状態
で本件実施例3と同様の条件下での加熱が行われたために,本件実施例3
における造粒の進行に比べて乾燥が早く進行し,ブドウ糖が添加された段
階では既に水分が失われ,酢酸ナトリウムは粘りを有する状態ではなかっ
たと推測される。
したがって,甲1実験の結果をもって原告主張のように本件実施例3記
載の方法に基づき本件各特許発明の造粒物が得られないことの根拠とする
ことはできない。
オ他方,甲8の実験報告書によれば,被告において実施した甲8実験によ
り,本件各特許発明の造粒物が得られたことが認められる。
(ア)甲8実験における実験1及び2は,本件実施例3における各原料の分
量と同一の仕込量をもって,本件実施例3と同じ方法(ただし,実験2
では予め食用赤色102号で表面を着色したブドウ糖を添加)により行
われた。
(イ)成分分析(実験1で得られた造粒物1187kgのうち5箇所からそ
れぞれ8.524gをランダムにサンプリングし,成分含量を分析し
た)の結果は下記【表2】①のとおりであり,いずれのサンプルにおい
ても各電解質化合物及びブドウ糖がほぼ均等に含まれていることが認め
られた。

①単位(,ブドウ糖のみ)【表2】mEq/Lg/L
ブドウ糖NaKCaMgClCHCOO++2+2+‐‐
n=1108.082.623.381.40112.278.471.51
n=2107.022.563.361.42111.058.381.48
n=3107.412.563.381.41111.598.391.50
n=4106.142.453.471.44110.418.601.55
n=5105.612.423.511.47109.388.681.56
106.852.523.421.43110.948.501.52平均
SD0.990.080.070.031.110.130.03
CV0.923.321.941.871.001.532.22
(ウ)また,顕微鏡観察(実験2〔着色したブドウ糖を添加〕で得られた造
粒物のサンプルを光学顕微鏡〔×50倍〕により観察した)の結果は下
記【写真2】のとおりであり,実験2で得られた造粒物の表面は一様に
赤く染まっていることが観察された。

【写真2】
(エ)また,反射イメージング法による粒子表面分析(フーリエ変換赤外分
光分析法〔測定機器:〕を用いて予め測定した酢酸ナトリウSpotligt300
ムとブドウ糖の反射スペクトルを,実験1で得られた造粒物の反射スペ
クトルと比較することにより,実験1で得られた造粒物における酢酸ナ
トリウムとブドウ糖の分布状態を視覚化〔マッピング〕した)の結果は
下記【写真6】のとおりであり,実験1で得られた造粒物の存在するほ
ぼ全域において,酢酸ナトリウムとブドウ糖のいずれもほぼ同一形状で
存在することが確認された。

【写真6】
可視像
酢酸ナトリウム分布像ブドウ糖分布像
(オ)上記(イ)∼(エ)の成分分析,顕微鏡観察,粒子表面分析の結果を総合す
ると,ブドウ糖は実験で得られた造粒物中に均質に含まれ,その分布は
酢酸ナトリウムの分布とほぼ一致していることが認められ,これらの結
果はブドウ糖が酢酸ナトリウム等と共にコーティング層を形成している
ことをうかがわせるものである。
(カ)これに対し原告は,上記実験結果からはブドウ糖が造粒物の表面に存
在することが認められるだけであってコーティング層に含まれているか
どうかは明らかでない等と主張するが,上記のとおり本件特許明細書の
発明の詳細な説明の記載からは,溶融して粘りを生じた酢酸ナトリウム
にブドウ糖が混合されることによって,ブドウ糖は酢酸ナトリウム等の
混合物と一体となって取り込まれ,コーティング層を形成することが理
解されるのであり,甲8実験はこれを実験によって裏付けるものにほか
ならない。そして,甲8実験により得られた上記結果は,発明の詳細な
説明の記載と矛盾するものではなく,これを裏付けるのに十分なものと
いえる。
カそうすると,本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載された方法では
本件各特許発明の造粒物を得られないという原告の主張は採用することが
できない。
(6)したがって,本件特許明細書の発明の詳細な説明には原告主張の記載不備
があるということはできず,また,特許請求の範囲に記載の本件各特許発明
が発明の詳細な説明に記載されていることは上記のとおり明らかであるか
ら,本件各特許発明は旧36条4項,旧36条5項1号のいずれにも違反せ
ず,原告主張の取消事由1は理由がない。
3取消事由2(新規性,進歩性)について
(1)原告は,本件特許発明9は甲2文献(特開平2−311419号公報)と
の関係で新規性,進歩性を有しないと主張する。
(2)しかし,原告の上記主張は,ブドウ糖がコーティング層の内部に含まれ
ず,コーティング層の表面に付着したにすぎない場合も本件特許発明9の造
粒物に当たるという解釈を前提としたものである。
この点,本件請求項9は「…ブドウ糖を含むコーティング層…」と記載し
ており,また発明の詳細な説明の記載は前記2(2)のとおりであって,その
記載を参酌してもブドウ糖がコーティング層の表面に付着したにすぎない場
合を含むものと解すべき余地はないから,原告の上記主張は本件請求項9に
関する独自の解釈を前提としたものであり,その前提において採用すること
ができない。
(3)また,甲2文献に記載の造粒方法は,「塩化ナトリウム以外の透析用固体
電解質の各成分の水溶液を流動層内の塩化ナトリウムおよびブドウ糖の混合
粉末に噴霧しながら造粒」する(3頁右上欄18行∼左下欄1行)というも
のであって,塩化ナトリウム粒子及びブドウ糖粒子を核として,これらの粒
子に塩化ナトリウム以外の電解質化合物によるコーティング層を形成する点
で,ブドウ糖をコーティング層に含ませる本件特許発明9とは発想が異なる
ものである。
(4)したがって,本件特許発明9は甲2文献に記載された発明と同一であると
いうことはできず,またこの発明に基づいて当業者が容易に想到しうるもの
であるともいえないから,原告主張の取消事由2は理由がない。
4結語
以上のとおりであるから,原告主張の取消事由は全て理由がない。
よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官中野哲弘
裁判官森義之
裁判官今井弘晃

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