弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1原告らの請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
(目次別紙目次のとおり。)
第1請求
(主位的請求)
1被告は,原告Aに対し,2818万3131円及びこれに対する平成23
年11月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2被告は,原告Bに対し,2818万3131円及びこれに対する平成23
年11月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3被告は,原告Cに対し,3152万8483円及びこれに対する平成23
年11月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(予備的請求1)
1被告は,原告Aに対し,2818万3131円及びこれに対する平成23
年11月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2被告は,原告Bに対し,2818万3131円及びこれに対する平成23
年11月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3被告は,原告Cに対し,3152万8483円及びこれに対する平成23
年11月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(予備的請求2)
1被告は,原告Aに対し,2818万3131円及びこれに対する平成23
年3月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2被告は,原告Bに対し,2818万3131円及びこれに対する平成23
年3月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3被告は,原告Cに対し,3152万8483円及びこれに対する平成23
年3月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,原告らが,地方公共団体である被告に対し,被告の設置し運営する
保育所において保育を受けていた原告らの子らが平成23年3月11日に発生
した「平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震」(以下,この地震を
「本件地震」といい,本件地震による震災(東日本大震災)を「本件震災」と
いう。)後の津波により死亡したことについて,主位的に被告の保育委託契約
の債務不履行を主張し,予備的に同契約の付随義務である安全配慮義務の違反
(予備的請求1)又は国家賠償法上の違法及び過失(予備的請求2)を主張し
て,民法415条又は国家賠償法1条1項に基づき,損害賠償(原告A及び原
告Bは各2818万3131円,原告Cは3152万8483円)及びこれに
対する訴状送達の日の翌日である平成23年11月26日又は本件震災発生日
である同年3月11日から支払済みまでの民法所定の年5分の割合による遅延
損害金の支払を求める事案である。
1前提事実(認定根拠を示すほかは,当事者間に争いがないか,又は,明らか
に争いがない。)
(1)当事者等
ア原告Aは,亡D(平成20年5月27日生)の父であり,原告Bは,
Dの母である(以下,同原告らを併せて「原告AB夫婦」ともいう。)。
Dは,平成23年3月11日当時,F保育所の1歳児クラスに在籍し
ており,本件地震発生当時,F保育所において保育を受けていた。
イ原告Cは,亡E(平成16年7月19日生)の母である。
Eは,平成23年3月11日当時,F保育所の4,5歳児クラスに在
籍しており,本件地震発生当時,F保育所において保育を受けていた。
ウ被告は,宮城県内の地方公共団体であり,F保育所を設置し,保育士
等を雇用して,F保育所における保育業務を行っていた。
平成23年3月11日当時,F保育所には,所長G(以下「G所長」
という。),主任保育士H(以下「H主任」という。),調理員I(以
下「I調理員」という。)及び用務員J(以下「J用務員」という。)の
ほか,保育士としてK(以下「K保育士」という。),L(以下「L保
育士」という。),M(以下「M保育士」という。),N(以下「N保
育士」という。),O(以下「O保育士」という。),P(以下「P保
育士」という。),Q(以下「Q保育士」という。),R(以下「R保
育士」という。),S(以下「S保育士」という。)及びT(以下「T
保育士」という。)が在籍し,休暇を取得していたK保育士以外は,出
勤していた。なお,K保育士は,本件地震発生後に出勤した。
本件地震発生当時,F保育所では,62人の園児が保育を受けていた
(乙12)。
(2)山元町の位置関係,F保育所の場所等
山元町は,仙台市から南へ35キロメートルの地点に位置し,東西6.
5キロメートル,南北11.9キロメートルの広さがあり,東は砂浜海岸
となって太平洋,西は阿武隈山地を境に角田市,丸森町,南は福島県新地
町,北は亘理町に接している。
F保育所の所在地は山元町山寺字頭無a番bであったところ,被告の行
政区のうちの花釜区内にあって,東側海岸線から内陸に約1.5キロメー
トル入った地点に位置していた。本件震災前,F保育所から海側には住宅
地,JR常磐線,県道相馬亘理線,防風林等があり,海岸沿いには東京湾
平均海面(以下「T.P.」という。)+7.2メートルの高さの海岸堤
防が設けられていた。
F保育所は,1階建てで,保育室がある棟と職員室がある棟が渡り廊下
でつながっている構造であり,保育室がある棟の南側に園庭が設けられて
いた(乙12)。
(3)本件地震の発生及びその後の状況
ア平成23年3月11日午後2時46分頃(以下,時刻のみで示す場合
は,全て平成23年3月11日である。),三陸沖を震源とするマグニ
チュード9.0の本件地震が発生した。
イ被告は,本件地震発生直後,災害対策本部を設置した。被告の総務課
長U(以下「U総務課長」という。)は,災害対策本部の総務部長に就
任した。
ウ気象庁は,午後2時49分,宮城県などに対して「津波警報(大津
波)」を発表し,午後2時50分,「津波到達予想時刻・予想される津
波の高さに関する情報(情報第1号)」を発表し,その中で,宮城県に
おいて予想される津波の高さを6メートルとした(乙8。以下,上記の
各発表をまとめて「第1大津波警報」という。)。
エ被告は,第1大津波警報を受けて午後2時52分に避難指示(以下
「本件避難指示」という。)を発令し,「大津波警報が発令されました。
沿岸部にいる方は避難してください。」という文言で広報を実施すると
ともに,午後3時頃,広報車4台を沿岸部への本件避難指示の広報活動
に出動させた(甲12,乙11)。
オ気象庁は,午後3時14分,追加の津波警報等を発表するとともに,
「津波到達予想時刻・予想される津波の高さに関する情報(情報第6
号)」を発表し,その中で,宮城県において予想される津波の高さを1
0メートル以上とした(乙8。以下,上記の予想される津波の高さに関
する情報の発表を「第2大津波警報」という。)。
カ被告は,午後3時25分,亘理消防本部に対し,本件避難指示の放送
の実施を要請した(甲12)。これを受けて亘理消防本部から実施され
た無線放送は,「こちらは,亘理消防署です。亘理消防署からお知らせ
します。ただいま,宮城県沿岸に大津波警報が発令されました。万一に
備え避難できる準備をしてください。なお,テレビ・ラジオの情報に十
分注意してください。海岸付近にいる方は,直ちに海岸から離れてくだ
さい。」や「山元町沿岸の住民の方は大至急高台に避難してくださ
い。」というものであった。
キ午後3時55分,亘理消防署員が,山元町新浜区で津波の第1波を確
認し,その後,津波はF保育所にまで到達した(甲12,乙12)。最
終的に,F保育所付近の浸水深(津波高から地盤高を引いた当該地点の
水深)は,2.4メートルとなった(乙12)。
クD及びEは,津波により午後4時頃死亡し,Eは平成23年3月14
日に,Dは同年4月16日に,それぞれ発見された(甲1,2,乙1
2)。
第3当事者の主張
1請求原因
(1)保育委託契約の債務不履行に基づく損害賠償請求(主位的請求)
ア当事者等
第2の1(1)に同じ。
イ保育委託契約の締結
原告らは,平成23年3月11日の時点で,被告との間で,D及びEに
つき,F保育所における保育を委託する旨の契約(以下「本件保育委託契
約」と総称する。)を締結していた。
ウD及びEの死亡
被告は,本件保育委託契約に基づいて,平成23年3月11日,F保育
所において,D及びEを保育していたところ,D及びEは,本件地震発生
後の津波により午後4時頃死亡した。
エ本件地震発生からD及びEの死亡に至るまでの経緯
本件地震発生当日は休暇中であったが,本件地震発生直後に出勤してき
たK保育士は,午後3時25分頃,山元町役場に赴き,災害対策本部総務
部長であるU総務課長に対し,F保育所の保育士であることを伝えた上で,
園児の避難方法について指示を求めたところ,U総務課長は,「現状待
機」と答えた。
K保育士が,U総務課長に対して,園庭に待機し続けることでよいのか
と再度質問したところ,U総務課長は,重ねて「現状待機」と答えた(以
下,U総務課長の指示を「本件指示」と総称する。)。
K保育士は,車でF保育所に引き返し,午後3時35分頃までにF保育
所に到着して,G所長らに本件指示を伝えた。F保育所の保育士ら(以下
「本件保育士ら」という。)14人は,本件指示に従い,保護者による引
取りが未了の園児13人とともに,そのまま園庭での待機を続けた。
午後4時頃,S保育士が園庭からF保育所の南東約80メートル先付近
に津波が押し寄せてきているのを発見し,本件保育士らは,保護者の車や
F保育所前の駐車場に駐車していた本件保育士らの車に園児を分乗させて
避難を始めたが,D及びEが乗った車両は津波に流され,D及びEのほか
園児1人が死亡するに至った。
オ被告の責任
被告は,原告らと本件保育委託契約に基づいて,D及びEの保育委託を
受託したものであり,自らが設置するF保育所において,D及びEの生命
身体の安全の維持に努める義務があるところ,被告には具体的な注意義務
違反,すなわち,①U総務課長は,F保育所の園児の避難方法についての
指示を求められた際に避難を要する旨の指示をすべき義務があったのに,
それをせず,かえって,「現状待機」という本件指示をしたこと,②本件
保育士らは,園児らを避難させるべき義務があったのに,本件地震発生後
1時間15分以上も園児らを園庭に待機させたこと,③本件保育士らは避
難の際に少なくとも1人の保育士が1人の園児を誘導するなどの適切な方
法で避難すべき義務があったのにその義務を履行しなかったこと又はF保
育所のG所長は避難に際して適切な避難方法がとられるように指示すべき
義務があったのにその義務を履行しなかったことの各注意義務違反がある。
(ア)U総務課長は,F保育所の園児の避難方法についての指示を求めら
れた際に避難を要する旨の指示をすべき義務があったのに,それをせ
ず,かえって,「現状待機」という本件指示をしたこと
aU総務課長が,本件指示をK保育士に出した当時,F保育所は被告
による本件避難指示の対象範囲に入っていたこと(F保育所は津波
の被災の危険があると認識されていたこと)
(a)山元町の行政区は,山下村と坂元村が合併して山元町になった
という経緯,海岸に隣接する地域と山間部に接する地域があるとい
う地理的背景から,山下区,坂元区,沿岸地区の3つに分類するこ
とが一般的であるところ,山元町において「沿岸部」といえば,沿
岸6行政区(牛橋,花釜,笠野,新浜,中浜,磯)を意味するもの
である。
(b)山元町の行政区のうち,沿岸6行政区のみについては,「津波
時地区」として「津波発生の場合の指定避難所」が別途定められて
いる(乙4)。
(c)本件地震発生当時,被告は,「花釜区」を含む沿岸6行政区へ
の本件避難指示の広報活動を職員に指示しており,広報車は花釜区
において本件避難指示の広報活動を行っていた。無線機及びスピー
カーを搭載した防災車が,笠野から花釜方面の広報活動を行ってお
り,同車に乗車した職員の報告記録によれば,「笠野~花釜~牛橋
の順に避難呼びかけに行くよう指示を受けパト車で現地へ」とある。
(d)K保育士が避難方法の指示を求めて災害対策本部に赴いた午後
3時25分頃から30分頃の時点において,被告の災害対策本部か
ら依頼を受けた亘理消防本部は,防災無線で「山元町沿岸部の住民
の方は大至急高台に避難してください。」という文言で避難を呼び
かけていた。その際,被告作成の山元町地域防災計画(甲25。以
下「山元町地域防災計画」という。)にある「津波予報発表時に係
る避難勧告・指示の基準」にあるような「海浜」という表現は用い
られていなかった。
被告が出動させた広報車も,「海浜」及び「浸水予測区域」外
の住民に対しても広く避難を呼びかけていた。
(e)被告のウェブサイトによれば,被告の避難指示は,「牛橋区,
花釜区,笠野区,新浜区,中浜区,磯区の全域」に対して行われて
おり,ことさらに「海浜部」と範囲を特定した,あるいは沿岸行政
区の一部を除外していたというような事実はなかった(甲21)。
(f)平成22年2月27日のチリ中部沿岸沖地震(以下「チリ地
震」という。)に伴う津波における避難指示の対象は沿岸6行政区
であり,本件地震の際も同様に沿岸6行政区が避難指示の対象とさ
れていた(甲24)。
(g)以上(a)ないし(f)の各事実に照らせば,前記第2の1(3)エのとお
り,午後2時49分の第1大津波警報を受けて被告が発令した
「大津波警報が発令されました。沿岸部にいる方は避難してくだ
さい。」という本件避難指示の「沿岸部」や,午後3時25分以
降に行われた亘理消防本部による無線放送にある「山元町沿岸」
という文言を,被告が主張するように沿岸6行政区のうち一部を
意味するものであると捉えるのは妥当でない。本件避難指示の
「沿岸部」及び「山元町沿岸」というのは,F保育所があった花
釜区を含む沿岸6行政区全域を意味したものである。K保育士が
U総務課長の指示を受けた午後3時25分頃には,F保育所のあ
る花釜区は本件避難指示の対象区域となっていた。
b本件指示がされた時点で当初の予測を超える規模の津波が発生する
ことは,U総務課長において予見可能であったこと
(a)午後3時14分に気象庁が発令した第2大津波警報は,宮城県
において予測される津波の高さを10メートル以上としており,
平成16年の宮城県地震被害想定調査における想定の最大値であ
る「宮城県沖地震連動型の場合に本吉町で最大10メートル」を
上回ることが明らかとなり,また,山元町に隣接する南側の福島
県でも,被告が最大想定としていた4.4メートルを超える6メ
ートルの津波の高さになることが予報されていた。
(b)第2大津波警報の後,岩手県釜石市に設置されたロボットカメ
ラは,午後3時15分,岸壁と海岸との境界がわからなくなり,
トラックが流され,その3分後には,多数の車が水没し,5分後
の午後3時20分過ぎには,多数の車が押し流され,漁船が陸地
に向かって漂い始め,建物も流され始め,午後3時23分には,
海水面が盛り上がり,建物がのみ込まれる状況を映し出していた。
こうした実況は,テレビ中継と「T-Rスルー」という方法によ
りラジオでも流されており,アナウンサーはこうした状況を逐一
実況し,「早く高台に避難してください。」と幾度も訴えていた。
(c)被告の災害対策本部はワンセグ視聴やラジオによる情報収集が可
能な状態にあり,U総務課長がK保育士に本件指示を出した時点
までには,被告において,本件地震及びそれによる津波が宮城県
沖地震連動型を超える規模のものであるとの情報を入手すること
が可能であった。
(d)以上(a)ないし(c)の各事実に照らせば,U総務課長において,本
件指示がされた時点で,当初の予測を超える規模の津波が発生す
ることを予見することが可能であったといえる。
c本件指示がされた当時の宮城県の沿岸部の保育所においては,従前,
自治体の作成に係るハザードマップ等において浸水予測区域内とさ
れていたか否かを問わず,高台,高層階等への避難が標準的な行動
となっており,また,山元町の沿岸6行政区内の小学校等において
も高台,高層階等への避難が行われていたこと
(a)本件地震による津波で被災した公立・認可保育所のうち,被災
保育所は21箇所あり,その大部分が津波浸水予測区域外であっ
たにもかかわらず,高台,小学校・公民館などの近隣の高層階に
ある避難場所,高層部分のある園舎においては高層階,屋上等へ
園児を避難させた(甲78~93)。
(b)被告作成の「津波・洪水ハザードマップ」(乙3。以下「山元
町ハザードマップ」という。)における浸水区域内に位置してい
たW小学校では,津波警報等の報道を受けて,津波時の指定避難
場所のh中学校への避難は子供の足では無理であると判断し,ま
た,予想される津波の高さから校舎2階でも危険と判断し,全員
を屋上に避難させた結果,全員が無事であった。
山元町ハザードマップにおける浸水区域外に位置していたX小学
校では,「津波が来るんだぞ」という地元住民の声を契機に,午後
3時25分頃から30分頃には,児童を教職員の車に乗せて避難さ
せることを開始し,その結果,全員が無事であった。
(c)午後2時49分以降第1大津波警報発令に伴うサイレン吹鳴及
び広報が実施され,また繰り返し防災無線から放送が実施された
ことにより,山元町の「海浜部」にいた住民に止まらず,小学生
を含む多くの住民が役場敷地内に避難した。
(d)以上の(a)ないし(c)の各事実に照らせば,本件指示がされた当時
の宮城県沿岸部の保育所では,自治体の作成に係るハザードマッ
プ等において浸水予測区域内とされていたか否かを問わず,高台,
高層階への避難が標準的な行動となっており,山元町の沿岸6行
政区においても,海浜部に止まらない多くの住民が役場敷地内等
の高台等へ避難を始めていた。
dU総務課長において,津波が発生した場合の実際の浸水区域が海浜
部,平成16年に宮城県が発表した地震被害想定調査における津波
浸水予測域及び山元町ハザードマップにおける津波浸水予測区域に
とどまらないことを予見することができたこと
(a)F保育所の所在場所は,山元町ハザードマップ(乙3)の基と
なる平成16年に宮城県が発表した地震被害想定調査の津波浸水
予測域内に入っていないものの,同津波浸水予測図については,
「このシミュレーションは,1つのケースにすぎません。実際の
津波はこれ以上の高さになることも考えられます。」との断り書
きが付されていた(甲42)。
(b)被告の作成した山元町地域防災計画においても,宮城県の地震
被害想定調査について,「なお,これは想定であり,実際には早
く到達することや,より高い津波高になることなどもある。」と
評価していた(甲25)。
(c)本件地震発生当時,被告が策定中の津波避難計画は未完成であ
ったが,仙台管区気象台地震火山課防災官による講演を踏まえて
各行政区から提出された図面等の資料によれば,中浜地区の図面
では,「津波による予想される浸水深」を「0~1m」「1~2
m」「2~3m」に区分けし,0ないし1メートルの浸水深予想
区域はJR常磐線を越え,西側の広範囲にまで及んでいた(乙1
9)。
(d)チリ地震の際には,沿岸6行政区全てに避難指示が発令されて
いた(甲24)。
(e)海岸堤防のほとんどは高波や高潮対策を目的として設置されて
おり,海岸堤防の高さや強度の決定において地震や津波は考慮さ
れておらず,海岸堤防の津波対策には限界があることは,本件地
震発生前に指摘されていた学術的知見である(甲66)。
(f)海岸堤防の天端高から1.0メートル下程度まで水位が及ぶと,
海岸堤防が決壊することは,本件地震発生前に指摘されていた土
木科学上の知見である(甲54,55)。
(g)山元町の太平洋沿岸地帯は海抜0メートルに等しく,続く中央
耕地帯も平坦な地形となっている。
(h)以上の(a)ないし(g)の各事実に照らせば,被告において,T.P.
+7.2メートルの海岸堤防に6メートル程度の津波が押し寄せた
場合には海岸堤防が決壊し,山元町の地形が高低さのない平地であ
ることを踏まえると,海浜部,平成16年に宮城県が発表した津波
浸水予測域及びそれを基にして策定された山元町ハザードマップに
おける津波浸水予測区域を超えて津波が及ぶことを予見することが
できた。
e以上に示した各事情に照らせば,第2大津波警報発令以降,U総務
課長は,当初の予測の程度を超える規模の津波の発生を十分予見し
得たはずであり,F保育所に津波が来襲する危険を十分に予見して
いた,又は予見することができた。
そうであるとすれば,本件指示がされた時点において,U総務課長
には,F保育所の園児を速やかに避難させるべき義務があったところ,
U総務課長には,かえって本件指示をしたという義務違反がある。
(イ)本件保育士らは,園児らを避難させるべき義務があったのに,本件
地震発生後1時間15分以上も園児らを園庭に待機させたこと
本件保育士らは,適宜情報を収集し,収集した情報に基づいて適切に
判断すべき義務があり,当時の状況によれば,園児らを避難させるべき
義務があったのに,園児らを,本件地震発生後1時間15分以上も園庭
に待機させ,避難させなかった。
(ウ)本件保育士らは避難の際に少なくとも1人の保育士が1人の園児を
誘導するなどの適切な方法で避難すべき義務があったのにその義務を
履行しなかったこと又はF保育所のG所長は避難に際して適切な避難
方法がとられるように指示すべき義務があったのにその義務を履行し
なかったこと
a本件保育士らは,津波到来を受けて避難を開始する際,園児らの生
命身体を守るため,少なくとも1人の保育士が1人の園児を誘導す
べきであったのに,これをしなかった。
bまた,本件地震発生当時,F保育所の統括責任者であったG所長に
は,避難に際して,適宜指示をなし,保育士を適切に配置し,避難
をさせるべき義務があったにもかかわらず,G所長はそのような指
示を行わなかった。
カ損害
(ア)原告AB夫婦について各2818万3131円
aDの損害についての相続各2188万3131円
原告AB夫婦は,Dの父母として,次の①及び②を2分の1ずつ相
続した。
①逸失利益2176万6262円
(計算式)523万0200円(平成22年男性学歴計全年齢平均賃
金)×(1-0.5(生活控除率))×8.3233(2歳に適用するライ
プニッツ係数)=2176万6262円
②慰謝料(本人分)2200万円
b遺族固有慰謝料各300万円
原告AB夫婦は,Dの死亡により多大な精神的苦痛を被った。
c葬儀費用(原告AB夫婦で平等に負担した。)150万円
d弁護士費用(原告AB夫婦で平等に負担した。)510万円
原告AB夫婦は,本件に関して,訴訟手続による損害賠償請求を原
告ら代理人に委任した。弁護士費用は,賠償請求額の約1割である5
10万円が相当である。
(イ)原告Cについて3152万8483円
aEの損害についての相続2422万8483円
原告Cは,Eの母として,次の①及び②の2分の1を相続した。
①逸失利益2645万6966円
(計算式)523万0200円(平成22年男性学歴計全年齢平均賃
金)×(1-0.5(生活控除率))×10.1170(6歳に適用するラ
イプニッツ係数)=2645万6966円
②慰謝料(本人分)2200万円
b遺族固有慰謝料300万円
原告Cは,Eの死亡により多大な精神的苦痛を被った。
c葬儀費用150万円
d弁護士費用280万円
原告Cは,本件に関して,訴訟手続による損害賠償請求を原告ら代
理人に委任した。弁護士費用は,賠償請求額の約1割である280万
円が相当である。
キよって,原告らは被告に対し,保育委託契約の債務不履行に基づき,前
記第1(主位的請求)の各金員及びこれらに対する本訴状送達の日の翌
日(平成23年11月26日)から支払済みまで民法所定の年5分の割
合による遅延損害金の支払を求める。
(2)安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求(予備的請求1)
ア原告らは,前記(1)イのとおり,被告との間で保育委託契約を締結した。
被告は,同契約に付随して,保育を行うに当たり,園児の生命,身体及
び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務を負っていたものであ
る(保育委託契約に付随する安全配慮義務)。
イ具体的安全配慮義務違反の内容及び損害
前記(1)オ及び(1)カと同じ。
ウよって,原告らは被告に対し,保育委託契約に付随する安全配慮義務違
反に基づき,前記第1(予備的請求1)の各金員及びこれらに対する本訴
状送達の日の翌日(平成23年11月26日)から支払済みまで民法所定
の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(3)国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求(予備的請求2)
ア当事者等
(ア)被告は,原告らの子らが通所していたF保育所を設置し,その運営
・管理を行っている地方公共団体である。
また,被告は,町内において災害が発生し,または発生するおそれが
ある場合には,防災に関する応急対策を実施する災害対策本部を設置運
営する地方公共団体でもある。
(イ)U総務課長は,被告の公務員であり,本件地震発生後,災害対策本
部の総務部長として,災害対策事務の掌理及び町職員の指揮監督を行っ
ていた。
(ウ)本件地震発生当時,F保育所では,G所長以下,前記第21(1)ウ記
載のとおり,合計11人の保育士が保育業務に従事していた。なお,K
保育士は,本件地震発生当時は休暇中であったが,その後出勤してきた。
イU総務課長の過失
被告の災害対策本部総務部長であったU総務課長は,K保育士から避難
方法についての指示を求められた際に,避難を要する旨の指示をすべき義
務があったにもかかわらず,過失により,「現状待機」という本件指示を
行った。
なお,U総務課長の本件指示が,同人の過失による誤ったものであるこ
とを具体的に根拠づける事実は,1(1)オ(ア)のとおりである。
ウ保育士らの過失
(ア)本件保育士らは,園児らを避難させるべき義務があったにもかかわ
らず,過失により,本件地震発生後そのまま園児らを園庭に待機させ続
けた。
(イ)本件保育士らは,避難の際に適切な方法で園児らを誘導して避難す
べき義務があったにもかかわらず,過失により,不適切な避難行動を行
った。
なお,本件保育士らが園児らを待機させ続けた行為及び園児らに対す
る避難誘導行為が,同人らの過失による誤ったものであることを具体的
に根拠づける事実は,1(1)オ(イ)及び1(1)オ(ウ)のとおりである。
エ因果関係
前記第3の1(3)イ及び1(3)ウにより,原告らの子らは,本件地震発生
後,適切に避難をする機会を奪われ,死亡するに至った。
オ原告らの損害
原告らに発生した損害は,第31(1)カに同じである。
カよって,原告らの子らは,U総務課長の過失又は本件保育士らの過失に
より津波から避難することができず死亡するに至ったのであるから,災害
対策本部を設置・運営し,かつ,F保育所を設置・運営・管理していた被
告に対し,国家賠償法1条1項に基づき,前記第1(予備的請求2)の各
金員及びこれに対する平成23年3月11日から支払済みまで民法所定の
年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
2請求の原因に対する認否
(1)1(1)について
ア1(1)アについて
認める。
イ1(1)イについて
認める。
ウ1(1)ウについて
認める。
エ1(1)エについて
U総務課長が「現状待機」という本件指示を行ったことは,否認する。
K保育士とU総務課長との間の具体的なやりとりは不知。
K保育士とU総務課長との間で,本件地震の発生後,F保育所の職員の
今後の対応をめぐる何らかのやりとりがあったこと,そのやりとりの結果,
K保育士がU総務課長において現場で待機すべきである旨の発言をしたと
受け止めたこと及び前記趣旨の発言を含むU総務課長の話をF保育所にい
た本件保育士らに伝えたことについては,認める。
ただし,K保育士とU総務課長との間の具体的なやりとりはあくまで不
知である。
オ1(1)オについて
(ア)1(1)オ(ア)について
a1(1)オ(ア)aについて
(a)1(1)オ(ア)a(a)について
否認する。
山元町は,山下村と坂元村が合併して山元町になったという経緯
から,山下地区と坂元地区と大きく二つに分かれるが,この二つの
地区と並列的な地区として「沿岸地区」があるわけではない。
被告が「沿岸部」という用語を使用する場合には,海岸線を持つ
行政区のうち海岸線に近い地域一帯(すなわち当該行政区全体では
なく,行政区のうち海岸線に近い一部分)を意味するものとして使
用している。仮に,海岸線を含む当該行政区全体を意味する用語と
して「沿岸部」を用いるのであれば,被告の使用する意味とは異な
るが,山元町の「沿岸部」が沿岸6行政区を意味することは認める。
(b)1(1)オ(ア)a(b)について
認める。
ただし,沿岸6行政区の全域において,津波以外の災害時と津波
時とでは異なる避難場所が設定されているとするのは不正確である。
具体的には,沿岸6行政区のうち,牛橋地区の西側の地区は津波以
外の災害時及び津波時のいずれも避難場所はV小学校である(乙
4)。
(c)1(1)オ(ア)a(c)について
否認する。
被告が,本件地震発生後に出した本件避難指示の範囲は,「海浜
に居る,津波浸水予測区域内の住民等,沿岸付近の住民等」であ
る。
広報車による広報は,沿岸行政区全体ではなく,海浜部を対象と
して実施された(乙16)。広報車4台は,主に県道相馬亘理線を
走り,時折海浜に出て本件避難指示の広報活動を実施した。
(d)1(1)オ(ア)a(d)について
本件指示のあった午後3時25分頃から30分頃にかけて亘理消
防本部から,「山元町沿岸部の住民の方は大至急高台に避難してく
ださい。」という文言の防災無線がされたことについては認めるが,
その余については否認する。
被告による本件避難指示又は被告の要請を受けた亘理消防本部に
よる無線放送の内容は,行政区を挙げたものではなく,また,チリ
地震の際のように,沿岸部行政地区全部を対象とした文言は使用さ
れていない。
(e)1(1)オ(ア)a(e)について
被告のウェブサイト(甲21)に原告らが主張する記載があるこ
とは認める。
しかしながら,当該ウェブサイトは,本件地震発生後1か月近く
経過した平成23年4月10日に更新されたもので,本件地震発生
後「後付け」で作成されており,また,本件地震発生直後の避難指
示について,「津波が来襲する前の避難指示」と「津波が実際来襲
した後,来襲前の避難指示の範囲を拡張した避難指示」とが区別さ
れないで記載されており,本件地震発生直後の被告の本件避難指示
を正確に示すものではない。
(f)1(1)オ(ア)a(f)について
認める。
ただし,チリ地震の際の被告の避難指示には,①被告にとって初
めての大津波警報対応であったことから,避難指示の対象地域とし
て具体的線引きをしなかった,②地球の反対側で発生した地震であ
り,津波到達時刻までに相当の時間的余裕がある緊迫感に欠ける中
で,避難指示の対象範囲についての山元町地域防災計画にある避難
指示発令対象範囲との整合性をよく詰めないままに対象範囲を決定
した,③報道機関から避難指示についての問合せがある中で,照会
してきた報道機関の関心にも応えるかたちで避難指示を発令しなけ
ればならないといった影響を受け,山元町地域防災計画にある避難
指示発令の対象範囲との整合性をよく詰めないままに対象範囲の決
定を進めた,という経緯があり,指定範囲が広きに失するという問
題があった。したがって,チリ地震において避難指示が沿岸6行政
区全部を対象としたことが,本件地震の際に沿岸6行政区全部を避
難指示の対象とする理由となるものではない。
(g)1(1)オ(ア)a(g)について
争う。
次の各事実からすれば,U総務課長が,本件指示をK保育士に出
した当時,被告は,沿岸部を対象として本件避難指示を出していた
が,ここにいう沿岸部とは沿岸行政区域の一部に限定したものであ
り,F保育所は本件避難指示の対象範囲に含まれていなかった。し
たがって,F保育所が津波に被災する危険があるとは認識されてい
なかった。
ⅰ本件地震発生当日,被告は,前記第2の1(3)エにあるとおり,
本件避難指示を発令した。当時,被告における避難指示発令の
際の規定は,山元町地域防災計画にある「津波予報発表時に係
る避難勧告・指示の基準」であり,そこでは,「津波警報(大
津波)が発表されたとき」について「・海浜に居るものに対し,
避難指示を発表する。・津波浸水予測域内の住民等に対し,避
難勧告を発表する。」とされている(甲25)。
ⅱ被告は,本件震災前に,津波との関連でいえば,①宮城県沖地
震単独型(マグニチュード7.6),②宮城県沖地震連動型
(マグニチュード8.0),③昭和三陸地震型(マグニチュー
ド8.1)の三地震を震源モデルとして,宮城県地震被害想定
調査に関する報告書(乙1)を基に,山元町地域防災計画(甲
25),津波浸水予測図(乙2),山元町ハザードマップ(乙
3)を作成していた。
そして,被告が本件震災発生までに想定していた地震による
津波の浸水予測区域は,当該防災計画等に記載されていたもの
であるところ,当該資料によれば,F保育所から海岸線にかけ
ての地区において予想される浸水区域は,県道相馬亘理線やJ
R常磐線よりも東側であり,F保育所は浸水予測区域外に位置
していた。
ⅲ被告が,宮城県地震被害想定調査に関する報告書(乙1)を基
にして作成した山元町ハザードマップ(乙3)において想定し
ていた津波で最大のものの高さは,昭和三陸地震型の4.4メ
ートルであったところ,山元町の海岸線には,その想定を超え
る7.2メートルの高さの海岸堤防が築かれていた(乙5)。
ⅳ山元町のウェブサイトに記載された避難指示の対象範囲は,沿
岸6行政区全域とされているが,当該ウェブサイトは,平成2
3年4月10日に更新されたものであり,津波来襲の結果を踏
まえつつ,余震による津波再来等に備えるものとして設定され
たのであるから,本件指示がされた時点の状況を記載したもの
ではない。
b1(1)オ(ア)bについて
(a)1(1)オ(ア)b(a)について
認める。
(b)1(1)オ(ア)b(b)について
不知。
(c)1(1)オ(ア)b(c)について
被告が,ラジオ等を通じて,情報を認識し得たことは認める。
しかしながら,被告の災害対策本部の構成員は,庁舎崩壊のおそ
れがあったため,庁舎外のテントで災害対策本部を立ち上げていた
のであって,停電によりラジオ等も使用できず,詳細な情報を認識
していなかった。
(d)1(1)オ(ア)b(d)について
争う。
次の各事実からすれば,U総務課長において,本件指示がされた
時点でも,当初の予測を超える規模の津波が発生することを認識す
ることはできなかった。U総務課長が,本件地震発生から本件指示
までの間に入手し得た地震・津波の情報は,前記防災計画等におい
て想定していた宮城県沖地震連動型の規模の地震・津波にとどまる
ことをうかがわせるものであり,U総務課長が宮城県沖地震連動型
の規模の地震・津波を超える規模の地震・津波であることを認識す
るに足る情報を得たのは,F保育所に津波が来襲する直前の午後3
時54分過ぎであった。
ⅰ第2大津波警報により,宮城県において予想される津波の高さ
は10メートル以上とされたが,宮城県沖地震連動型,昭和三
陸地震型の津波の高さをもとにすると,宮城県内のいくつかの
自治体では10メートル以上が想定されても,山元町における
想定は,2.5メートルないし4.4メートルの高さにとどま
るから,第2大津波警報の情報それ自体から,従前の想定を超
える程度の津波の発生を予見することはできない。
ⅱ第2大津波警報に前後して気象庁から出されていた予想される
津波の高さ及び津波の観測情報から予測される地震や津波の規
模は,地震直後の気象庁の発表から推知される宮城県沖地震連
動型の規模を上回るものではなかった。
ⅲ本件地震発生当日に発表された地震の規模に関する情報は,午
後2時49分に発表されたマグニチュード7.9,同日午後4
時頃に修正発表されたマグニチュード8.4というものであり,
マグニチュード9.0という情報は,本件地震発生から2日後
である平成23年3月13日になって発表されたものである。
以上によれば,被告が本件指示の時点で知り得た地震の規模に
関する情報は,マグニチュード7.9というものであり,これ
は,被告が想定していた地震モデルのうち,宮城県沖地震連動
型の「8.0」を下回る程度のものであった。
ⅳ第2大津波警報(午後3時14分)や予報区の範囲を拡大する
旨の大津波警報(午後3時30分,以下,この警報を「第3大
津波警報」という。)と相前後して,気象庁から,次のとおり,
津波の予想高さ・到達予想時刻,あるいは到達した津波の観測
情報が発表され,NHKなどのマスコミを通じて報道されてい
た(甲40)。しかしながら,これらの情報は,地震直後の気
象庁の発表から推知される宮城県沖地震連動型の規模の地震・
津波に符合する,あるいは,むしろそれを下回る規模のもので
あった。以下,内の数字が観測された時間である(以下の記
載については24時間表記で示す)。
15時01分津波観測情報
石巻市鮎川第1波0.1m(14:46)
15時10分津波観測情報
石巻市鮎川0.5m(14:52)
宮古0.2m(14:54)
釜石0.2m(14:56)
大船渡0.2m(14:54)
15時14分第2大津波警報・津波警報
津波の予想高さ・到達時刻更新
15時17分津波観測情報
釜石沖6.8m(15:12)
15時25分津波観測情報
大船渡3.3m(15:15)
宮古2.8m(15:19)
石巻鮎川3.3m(15:20)
釜石4.2m(15:21)
15時30分第3大津波警報・津波警報
大津波警報の予報区の範囲の拡大
15時31分津波の予想高さ・到達時刻更新
このように,津波予想到達時刻を過ぎても津波の来襲がない場
合もあり(甲40),また,実際に到達した津波の高さが,前
記のとおり,宮城県沖地震連動型の想定で予測されていた津波
の高さや規模の範囲内の内容であった。
c1(1)オ(ア)cについて
(a)1(1)オ(ア)c(a)について
不知。
(b)1(1)オ(ア)c(b)について
ⅰW小学校に関する記述は認める。
ⅱX小学校に関する記述は,避難開始の時間については不知,そ
の余は認める。
(c)1(1)オ(ア)c(c)について
認める。
ただし,避難者の中には津波を避けること以外を目的とした者も
相当数存在しており,また,役場敷地内ではないところに避難した
者も相当数存在していた。したがって,避難者が全員津波を避ける
ために避難をしていたのではない。
(d)1(1)オ(ア)c(d)について
不知。
「標準的な行動」というのが,原告らが主張する避難行動をとる
のが常識である,あるいは,そうすべきであったというような規範
的意味を含むものであるならば,その規範的意味については否認す
る。
d1(1)オ(ア)dについて
(a)1(1)オ(ア)d(a)について
認める。
(b)1(1)オ(ア)d(b)について
認める。
(c)1(1)オ(ア)d(c)について
認める。
ただし,中浜区のJR常磐線はF保育所のある花釜区よりも海岸
線に近いところを通っており(海岸線から数100メートル),花
釜区においてはJR常磐線の西側まで浸水するなどということはお
よそ想定されていなかった。
(d)1(1)オ(ア)d(d)について
認める。
(e)1(1)オ(ア)d(e)について
原告らが指摘する知見があることは争わない。
しかしながら,あくまで一般的な知見にとどまるものであるから,
当該知見それ自体が,F保育所まで津波が来襲することを予見する
積極的な事情になるものではない。
(f)1(1)オ(ア)d(f)について
前記2(1)オ(ア)d(e)に同じ。
(g)1(1)オ(ア)d(g)について
認める。
(h)1(1)オ(ア)d(h)について
争う。
次の各事実からすれば,U総務課長において,津波が発生した場
合の実際の浸水区域が,海浜部,宮城県の第3次地震被害想定調査
における津波浸水予測域及び山元町ハザードマップにおける津波浸
水予測区域にとどまらないことを予見することはできなかった。
ⅰ(1)オ(ア)a(g)ⅱ記載のとおり,F保育所は浸水予測区域外に位
置しており,かつ,浸水予測区域からも離れたところに位置して
いる。
ⅱ(1)オ(ア)a(g)ⅲのとおり,被告が,宮城県地震被害想定調査に
関する報告書(乙1)を基にして作成した山元町ハザードマップ
(乙3)において想定していた津波で最大のものの高さは,昭和
三陸地震型の4.4メートルであったところ,山元町の海岸線に
は,その想定を超える7.2メートルの高さの海岸堤防が築かれ
ていた(乙5)。
ⅲ本件震災当時策定中であった被告の津波避難計画においても,
F保育所は避難対象地域から除外され,かつ,目的地となる避難
所も,F保育所から海側(東側)に位置する山下駅前広場とされ
ていた(乙17,19)。
ⅳチリ地震の際に被告が出した避難指示には,①被告にとって初
めての大津波警報対応であったことから,避難指示の対象地域と
して具体的線引きをしなかった,②地球の反対側で発生した地震
であり,津波到達時刻までに相当時間的余裕がある緊迫感に欠け
る中で,避難指示の対象範囲についての山元町地域防災計画にあ
る避難指示発令対象範囲との整合性をよく詰めないままに対象範
囲を決定した,③報道機関から避難指示についての問合せがある
中で,照会してきた報道機関の関心にも応えるかたちで避難指示
を発令しなければならないといった影響を受け,山元町地域防災
計画にある避難指示発令の対象範囲との整合性をよく詰めないま
まに対象範囲の決定を進めた,という経緯があり,指定範囲が広
きに失するという問題があった。
e1(1)オアeについて
争う。
(イ)1(1)オ(イ)について
本件地震発生後1時間15分程度園児らを園庭に待機させたことを認
め,本件保育士らが適宜情報を収集し,収集した情報に基づいて適切に
判断すべき義務があることは一般論としては認める。しかし,本件で当
時の状況によれば園児らを(園庭からさらに役場等結果的に津波が来な
かったところに)避難させる義務があったとの点は否認する。
(ウ)1(1)オ(ウ)について
原告ら主張の避難すべき義務や指示すべき義務は一般論としては認め
るが,本件の当時の状況において,同義務を認めることは不可能を強い
るものであって,当時の状況にあっては原告らの主張する義務の発生を
争う。
F保育所において,実際に避難を開始した時点においては,現認でき
るほどに津波が迫っていたのであり,そのような場合には,直ちに現場
から避難することをまずもって優先せざるを得なかった。F保育所は,
D及びEを,園児らが待機していた園庭に最も近い場所にエンジンをか
けて待機していた自動車に乗せたのであって,当該行為が不適切であっ
たとはいえない。また,当該避難時においては,一刻の猶予もなかった
のであるから,複数の園児が乗った車に保育士が1人しか乗り込まなか
ったことが,義務違反となるものではない。
カ1(1)カについて
不知。
(2)1(2)について
前記1(1)に対する認否と同様。
(3)1(3)について
ア1(3)アについて
認める。
イ1(3)イについて
否認する。
本件地震発生直後,U総務課長には避難を指示すべき義務はなかった。
また,U総務課長は,K保育士に対して,「現状待機」という本件指示を
行ってはいない。
ウ1(3)ウについて
(ア)1(3)ウ(ア)について
前記2(1)オ(イ)における認否に同じ。
(イ)1(3)ウ(イ)について
前記2(1)オ(ウ)における認否に同じ。
エ1(3)エについて
不知。
オ1(3)オについて
争う。
第4当裁判所の判断
1事実認定
前記第2の1の前提事実に証拠(甲1,2,5,10~12,16,21~
26,28,29,31~34,40~46,51,59~61,63,65,
66,71,73,77~93,乙1,3~8,11,12,15,17,1
9,27~29(いずれも,枝番のあるものは枝番を含む。以下同じ。),証
人Y,証人U,証人K,証人G)及び弁論の全趣旨を併せれば,次の事実を認
めることができる。
(1)山元町の地形及び地理的状況等
ア山元町は,仙台市から南へ35キロメートルの地点に位置し,東は砂浜
海岸となって太平洋,西は阿武隈山地を境に角田市,丸森町,南は福島県
新地町,北は亘理町に接しており,東西6.5キロメートル,南北11.
9キロメートル,面積は64.48平方キロメートルである(甲25)。
イ宮城県の北部においては,牡鹿半島を境に沿岸地帯がリアス式海岸で海
岸線が複雑となっているのに対し,宮城県の南部にある山元町の東部は,
低湿地で海抜0メートルに等しく,遠浅で白砂の海岸が単調な弧を描いて
いる(甲25,乙1)。
ウ山元町の海岸線の総延長は11.9キロメートルであり,本件震災前,
海岸には11キロメートルにわたり防潮堤が設置されていたが,一部の海
岸においては,未整備となっていた(甲25)。
エ山元町は,沿岸に6つの行政区を有しており,北から順に,牛橋区,花
釜区,笠野区,新浜区,中浜区,磯区となっている(乙4)。
(2)山元町における被災状況
ア山元町における本件地震の津波による浸水範囲は,沿岸6行政区全域及
びそれらよりも内陸にある丘通りの4行政区の一部であり,海岸線から最
大で3キロメートル以上に達し,特に,山元町の北部においては,海岸線
から3.5キロメートル以上に達した。浸水高は,海岸線から1キロメー
トル未満の地点で5.6ないし13.6メートル,2キロメートル以上離
れた地点でも4メートルを超え,場所によっては4.9メートルに達した。
遡上高(陸上を駆け上がった津波の高さをいう。)の最大値は,海岸線か
ら4キロメートル離れた地点で8.49メートルであった(甲5,40,
乙12)。
イ山元町では,本件震災により,618人が死亡又は行方不明となった
(平成23年11月1日時点)。このうち,F保育所のあった山元町山寺
字頭無において24人(F保育所における3人を含む。),頭無地区の北
にある山元町山寺字北頭無において14人,頭無地区の西にある山元町山
寺字西頭無において19人が死亡した(乙12)。
(3)F保育所の位置,周辺の状況等
アF保育所の所在地は山元町山寺字頭無a番bであり,被告の行政区のう
ちの花釜区内にあって,東側海岸線から内陸に約1.5キロメートル入っ
た地点に位置していた(乙12)。
イ本件震災前,F保育所から海側(東側)には住宅地,JR常磐線,県道
相馬亘理線,防風林等があり,海岸沿いにはT.P.+7.2メートルの
高さの海岸堤防が設けられていた(乙5)。
ウ山元町の海浜の標高は約5.0メートル,海岸線とF保育所の中間に位
置していたJR山下駅付近の標高は約3.0メートル,F保育所の標高が
約3.0メートルであり,海岸線からF保育所まではほとんど平坦な地形
が広がっていた(甲59~61,65)。
F保育所の西側には国道6号線が通っており,F保育所のあった花釜区
においては,国道6号線付近から標高が高くなっている(乙11)。
エF保育所は,1階建てで,保育室がある棟と職員室がある棟が渡り廊下
でつながっている構造であり,保育室がある棟の南側に園庭が設けられて
いた(乙12)。
オF保育所の西側に接する道路(以下「西側道路」という。)を挟んでF
保育所の駐車場(以下「F保育所駐車場」という。)が設けられており,
西側道路を北進すると,県道山下停車場線(以下「駅道路」という。)と
交差する。F保育所の北側には,民家が2軒並んでおり,これら2軒の民
家のさらに北側には,Z施設駐車場と空き地があり,この空き地のさらに
北側には,a店があり,駅道路と接していた。F保育所駐車場の南側には,
民家が2軒とb施設が並んでいた(乙12)。
(4)原告らと被告との間の保育委託契約
原告らは,平成23年3月11日の時点で,被告との間で,D及びEにつ
き,F保育所における保育を委託する旨の本件保育委託契約を締結していた。
(5)F保育所の被災状況
ア午後4時頃,F保育所の南東約80メートル先に津波が押し寄せてきて
いるのが発見された。その後,津波は,F保育所の北にある駅道路から西
側道路を南下してF保育所の北にある民家と駅道路との間にある空き地付
近に達し,また,F保育所の北にあるZ施設駐車場の東側からも押し寄せ,
F保育所にまで達した。F保育所付近の最終的な浸水深は,2.4メート
ルであった(乙12)。
イ津波がF保育所の南東約80メートル先に押し寄せた際,F保育所には
13人の園児と14人の本件保育士らがいた。本件保育士らは,園児らを
F保育所駐車場に駐車していた車に分乗させて避難したが,津波により,
D及びEを含め3人の園児が死亡した(乙12)。
(6)本件震災発生前に発表されていた津波及び津波災害対策に関する科学的
知見
本件震災前である平成21年11月13日に,公益社団法人cによって,
次の科学的知見を記載した文献が発行されていた(甲66)。
ア津波が拡大する要因としては水深や地形などがあり,水深が浅くなると
速度が遅くなって後ろからの波が覆い被さるようになって高さが大きくな
り,湾の幅が狭くなっても大きくなる。湾の形を大きく分類すると,袋型
湾,直線海岸,U字型湾,V字型湾となり,この順序で湾奥での津波の高
さが高くなる傾向にあり,したがって,リアス式海岸のようなV字形状に
開いた湾においては,湾の奥で津波の高さが高くなる。
イ津波に関するハザードマップは,過去の経験や最新の科学技術に基づい
て作成されるものであるが,浸水が予想される区域や地震から津波が来る
までの時間などは,あくまで想定されている地震が発生した場合の津波を
表したものであるから,想定よりも大きな津波が来て,浸水区域がハザー
ドマップに記された範囲よりも広範囲になったり,想定よりも早く津波が
来たりする可能性があることにも注意する必要がある。
ウ日本の海岸堤防の多くが,台風・低気圧による高波や高潮を想定して作
られており,地震に対応するよう作られたものは少ない。
(7)宮城県における第3次地震被害想定調査
ア宮城県は,昭和59年度ないし61年度(第1次),平成7年度及び8
年度(第2次)に実施した地震被害想定調査に加えて,国の地震調査研究
推進本部地震調査委員会が平成12年11月に発表した「宮城県沖地震の
長期評価」における新しい知見,学術上の進展,前回調査からの社会条件
の変化等を踏まえ,平成14年度及び15年度において第3次地震被害想
定調査を実施し(甲25),平成16年3月に「宮城県地震被害想定調査
に関する報告書」(乙1)を発表した。この報告書においては,①宮城県
沖地震(単独)(マグニチュード7.6,石巻から北上川沿いや古川の低
地,仙台平野等の軟弱地盤が分布する地域で震度6弱から6強となるも
の),②宮城県沖地震(連動)(マグニチュード8.0,県北部の鳴瀬町
から桃生町にかけての地域,小牛田町から南方町にかけての地域で震度6
強,これらの周辺で震度6弱となるもの),③昭和三陸地震を想定地震と
し,津波が到達する時間,津波の最高水位,最高水位が到達する時間及び
浸水面積についての予測を実施し,②宮城県沖地震(連動)を想定地震と
する津波浸水予測図が作成された。
その内容を詳しくみると,①宮城県沖地震(単独)の想定においては,
予測される津波の最高水位は,宮城県全域でほぼ2メートル未満とされて
おり,②宮城県沖地震(連動)の想定においては,予想される津波の最高
水位は宮城県北部ほど高く,本吉町で最大約10メートルとされており,
③昭和三陸地震の想定においては,予想される津波の最高水位は宮城県北
部ほど高く,唐桑町,歌津町(現南三陸町),北上町(現石巻市),雄勝
町(現石巻市)で最大10メートル以上とされていた。
山元町について想定された津波の最高水位は,②宮城県沖地震(連動)
の想定においては2.5メートル,③昭和三陸地震の想定においては4.
4メートルであった。また,山元町について想定された津波浸水予測域は,
②宮城県沖地震(連動)の想定においては,沿岸6行政区の海岸線に近い
地域とされており,沿岸6行政区のうちでも,南に位置する中浜区及び磯
区では,津波浸水予測域が一部海岸線から1キロメートル内陸に入った地
点に達する箇所もあり,山元町をほぼ南北に通っていたJR常磐線(ただ
し,南下するに従い東寄りを通り,中浜区及び磯区内では,海岸線からの
距離が1キロメートル未満となっていた。)以西においても浸水が予測さ
れている地域があるが,F保育所があった花釜区を含む新浜区以北におけ
る津波浸水予測域は,海岸線付近に限定されており,F保育所があったJ
R常磐線以西の地域において浸水が予測される地域はなかった。笠野区以
北の津波浸水予測域は別紙図面1のとおりであり,海岸線に沿った帯状の
津波浸水予測域の東西の幅(海岸線からの距離)は,おおむね200メー
トル以下であった。
イなお,宮城県は,そのウェブサイトにおいて宮城県の第3次地震被害想
定調査の津波浸水予測図を公表するに当たり,「このシミュレーションは,
1つのケースにすぎません。実際の津波は,これ以上の高さになることも
考えられます。地震が発生したら,まず避難しましょう。」との注意書き
を掲載していた(甲42)。
(8)本件震災当時の山元町における防災計画等
ア被告は,前記(7)でみた宮城県における第3次地震被害想定調査(乙
1)を踏まえ,平成16年10月,地震災害時における町民の指定避難所
及び一時避難所の位置図である「山元町指定避難所・一時避難所位置図」
(乙4。以下「避難所位置図」という。)を作成した。町内11箇所の指
定避難所は,飲料水等の備蓄がある場所として,学校,役場,公民館など
の公共施設が指定されており(証人U36頁),沿岸6行政区においては,
2箇所のみ(笠野区内にあるX小学校及び中浜区内にあるW小学校)が指
定避難所とされていたが,これらが海岸線から500メートル以内の位置
にあったことから,沿岸6行政区の津波発生時の指定避難所としては,そ
の他の9箇所の指定避難所のうち近い箇所が割り当てられていた。F保育
所があった花釜区においては,津波発生時の指定避難所として,g小学校,
i中学校,山元町役場及び中央公民館が定められていた(乙4)。
イ山元町地域防災計画は,災害対策基本法(昭和36年法律第223号)
42条の規定に基づく市町村地域防災計画として,山元町防災会議が策定
する計画であり,山元町における防災対策に関して,総合的かつ基本的な
性格を有し,平成20年4月に改訂された(甲25)。
ウこの山元町地域防災計画においては,前記(7)でみた宮城県における第
3次地震被害想定調査及びその際に作成された宮城県発表の津波予測の結
果を基に,山元町における津波予測を次のとおりとした。
すなわち,①宮城県沖地震(単独)の想定においては,津波の到達時間
58.2分,津波の最高水位1.4メートル,最高水位の到達時間64.
6分,予想浸水面積1.2平方キロメートル,②宮城県沖地震(連動)の
想定においては,津波の到達時間56.0分,津波の最高水位2.5メー
トル,最高水位の到達時間70.3分,予想浸水面積1.9平方キロメー
トル,③昭和三陸地震の想定においては,津波の到達時間76.1分,津
波の最高水位4.4メートル,最高水位の到達時間124.7分,予想浸
水面積4.9平方キロメートルとした。
エそして,この山元町地域防災計画においては,津波予報が発表された場
合又は津波による浸水が発生すると予測される場合は,速やかに的確な避
難勧告・指示を行い,関係機関の協力のもとに安全かつ効率的な避難誘導
を行うとしており,津波予報発表時に係る避難勧告・指示の基準は,「津
波警報(津波)が発表されたとき」に「海浜に居る者に対し,避難勧告を
発表する」とされ,「津波警報(大津波)が発表されたとき」に「海浜に
居る者に対し,避難指示を発表する。津波浸水予測域内の住民等に対し,
避難勧告を発表する」とされた。さらに,津波浸水域予測図等を基にして,
避難場所・避難経路などを明示した津波ハザードマップを作成し,これを
基にした避難計画の策定を行うとされていた(甲25)。
このような山元町地域防災計画に沿って,被告は,平成20年3月,
前記(7)でみた宮城県における第3次地震被害想定調査に基づく津波浸水
予測区域のほか,洪水の際の浸水区域,前記アでみた避難所位置図に示さ
れた指定避難所及び一時避難所の場所や対象地区などを示した山元町ハザ
ードマップ(乙3)を作成し,山元町の全世帯に配布した(甲22,証人
Y7頁)。
山元町ハザードマップにおいては,F保育所は,洪水の場合には0.5
メートル以上1.0メートル未満の浸水が想定される洪水浸水域内に入っ
ているが,津波の場合には津波浸水予測区域外とされていた(乙3)。
オ山元町の自主防災組織の一つであるd防火クラブの構成団体であるe防
火クラブが作成した花釜区防災マップ(甲26)においても,F保育所が
ある花釜区の指定避難所として,災害発生時についてX小学校,津波発生
時について中央公民館と記載されている(甲26)。
(9)チリ地震の際の避難指示等
ア地震の発生及び避難指示
平成22年2月27日,チリ中部沿岸を震源とするマグニチュード8.
6のチリ地震が発生し(乙15),気象庁が,翌28日,東北地方太平洋
沿岸に大津波警報を発令したことから,被告は,同日,沿岸6行政区に対
し,山元町地域防災計画に基づく避難指示を発令した(甲22)。
具体的には,気象庁が,同日午前9時33分,チリ地震の影響で宮城県
沿岸に予想される津波の高さを3メートルとする大津波警報を発令し,被
告は,同日午前11時45分,沿岸6行政区に対して,山元町ハザードマ
ップの津波発生時の指定避難所である,f小学校,g小学校,V小学校,
h中学校,i中学校,中央公民館,坂元支所,体育文化センターへの避難
指示を発令した(甲23,24)。
イ山元町住民の避難状況等
チリ地震の際,被告が沿岸6行政区に避難指示を発令したにもかかわら
ず,震源が遠く海外であったことなどから,山元町住民が指定避難所へ避
難した割合は3パーセントであった(甲22)。
ウ被告における検討
被告は,この経験により,同避難指示は山元町地域防災計画との整合性
が詰められていなかったこと,避難を要する地域を明確にし,めりはりを
付けるべきであったことなどを認識した(証人Y6頁)。
(10)被告における地域防災計画の改定作業
ア被告は,チリ地震の際の経験を踏まえ,平成22年度に,より実践的な
体制整備に向けて,沿岸6行政区の自主防災会による山元町津波避難計画
の策定を開始した。この計画は,山元町ハザードマップに示された津波浸
水予測区域を踏まえた避難勧告指示発令区域における避難の徹底,その際
の一時避難所,避難ルートなど,各自主防災会ごとのきめ細かな個別避難
計画なども盛り込むものとされており,本件震災発生当時,牛橋区以外の
行政区から資料が提出されており,まもなく完成する段階にあった(甲2
2,証人Y6頁以下)。
イこの山元町津波避難計画のうち,中浜区においては,JR常磐線の西側
にまで津波浸水区域が及ぶとの想定がされていたが,F保育所のあった
花釜区においては,避難対象区域についてJR常磐線以東の地域とされ,
F保育所は,津波発生時の避難対象区域に入っていなかった。また,津
波発生時の避難目標地点(一時避難所であり,津波の危険から避難する
ために,避難対象地域の外,若しくは,避難対象地域内であっても津波
による浸水の恐れが少ない高台などに定める場所(施設)をいい,自主
防災組織,住民等が設定するもので,生命・身体の安全を確保するため
に避難の目標とする地点をいうが,必ずしも避難場所と一致しないと定
義されている場所)について,F保育所があった花釜区頭無の一部にお
いては,野菜集荷場(泥沼地内)他近くの高台とされ,その余の花釜区
頭無においては,農政局跡地,j幼稚園,山下駅前広場他近くの高台と
され,避難場所(指定避難所であり,津波の危険から避難するために,
避難対象地域の外に定める場所をいい,町が指定するもので,情報機器,
非常食料,毛布等が整備されていることが望ましいと定義されている場
所)について,山元町中央公民館とされていた(乙17,19,証人Y
7頁)。
なお,山下駅前広場は,JR常磐線山下駅の西側駅前にあり,F保育所
よりも海側(東側)に位置していた。一方,山元町中央公民館は,国道6
号線よりも西側にあり,F保育所よりも西側に位置していた。
(11)宮城県内の他の自治体の防災計画等
仙台市及び多賀城市は,本件震災前に,地域防災計画等において,津波発
生時に避難を要する地域を定めており,その地域は,宮城県の第3次地震被
害想定調査において作成された津波浸水予測図に示された津波浸水予測域に
とどまらず,より広範囲のものであるが(甲43~46),山元町の海岸線
と同様に単調な弧を描く海岸線を有する地帯については,海岸線からおおむ
ね約800メートルの幅の帯状に定められていた(甲43)。
(12)F保育所の当時の防災計画等
ア被告は,F保育所の消防計画を作成し,その中で地震時の対策を定めて
いたが,津波が到達することを想定した対策は定めておらず,津波に対応
するためのマニュアルも作成していなかった(甲16,乙7)。
また,F保育所においては,地震を想定した避難訓練が実施されていた
が,津波を想定した避難訓練は実施されていなかった(甲16,証人G2
頁)。
イF保育所においては,災害発生時の第1次避難場所をF保育所内の園庭,
第2次避難場所をF保育所西側のF保育所駐車場,広域避難場所をF保育
所の東側に位置するX小学校としていた(乙7,12)。
(13)本件地震による津波の規模について被告において収集することが可能で
あった情報と被告の対応
ア午後2時46分から午後2時50分まで
ア地震の発生
午後2時46分,本件地震が発生し,立っていられないほどの揺れが
2分ないし3分間続いた。
(イ)災害対策本部の設置
午後2時47分,山元町役場における震度計の表示が震度6強であっ
たことから,山元町地域防災計画に定められた災害対策本部が自動的に
設置され,被告の町長が本部長,副町長が副本部長,U総務課長が総務
部長に就くなどし,被告役場の本庁舎が被災により危険であると判断さ
れたために庁舎前に設けられた仮設テントにおいて活動が開始された
(甲12,28,41,乙27)。
災害対策本部に非常用電源設備は整っていなかった(甲41)。
(ウ)2号配備
山元町地域防災計画においては,災害の規模に応じて災害応急対策に
当たる配備の段階を,レベルの弱いものから強いものに,順次,警戒配
備,特別警戒配備,1号配備,2号配備と区分しているところ,本件地
震においては,「町の全域にわたって災害が発生するおそれがあるとき
又は被害が特に甚大と予想されるとき,その他特に本部長が必要と認め
たとき」に当たるとして2号配備とされた。2号配備では,組織の全力
を挙げて応急対策を実施するものとして,全職員が配備に就くとされて
いる(甲12,25)。
(エ)第1大津波警報
気象庁は,本件地震の震源を三陸沖,マグニチュードを7.9と推定
し,午後2時49分,宮城県などに対して,「津波警報(大津波)」を
発表し,午後2時50分,「津波到達予想時刻・予想される津波の高さ
に関する情報(情報第1号)」を発表し,その中で,宮城県において予
想される津波の高さを6メートルとした(甲40,乙8)。
(オ)NHKの報道
NHKは,本件地震発生直後から津波に関する報道を開始し,大津波
警報を速報した後,繰り返し「海岸や川の河口付近には絶対に近づかな
いでください。」,「早く安全な高いところに避難してください。」な
どの津波警報の定型的表現を用いて避難の呼びかけを行った(甲40)。
(カ)サイレン吹鳴及び広報
午後2時49分,亘理町及び被告並びに亘理消防本部の三者間の取決
めに基づき,常備消防である亘理消防署による防災行政無線からの「大
津波警報」発令に伴うサイレン吹鳴及び広報が実施され,以後,繰り返
し放送が実施されたことにより,町民が被告の役場敷地内へ避難を始め
た(甲28)。
(キ)被告の職員らによる地震の体感
aU総務課長
本件地震発生時に山元町役場の2階にいたU総務課長は,昭和53
年に山元町内で経験した宮城県沖地震よりも揺れが大きく,長く続き,
これまで体験したことのないような地震が発生したと感じた。その後,
U総務課長は,被告の職員から,震度6強の地震が発生したとの報告
を受けた(証人U7及び8頁)。
b当時被告の総務課総務班兼安全対策班長の地位にあり災害対策本部
の総務部副部長に就いていたY(以下「Y班長」という。)
本件地震発生時に山元町役場の2階にいたY班長は,昭和53年に
山元町内で経験した宮城県沖地震よりも大きな地震が発生したと感じ
た(証人Y9頁)。
cG所長
本件地震発生時にF保育所内にいたG所長は,3分間近く揺れてお
り,昭和53年に山元町内で経験した宮城県沖地震よりも揺れが長く
大きな地震が発生したと感じた(証人G8及び9頁)。
dK保育士
本件地震発生時に中浜区にあった自宅にいたK保育士は,昭和53
年に仙台市内で経験した宮城県沖地震より揺れが長く,2分ないし3
分間続いたと感じた(証人K5及び6頁)。
イ午後2時52分
被告は,職員が所持する携帯電話のメールにより,第1大津波警報が発
令されたとの情報を得て,午後2時52分,山元町地域防災計画に基づい
て本件避難指示を発令し,「大津波警報が発令されました。沿岸部にいる
方は避難してください。」という文言で広報を実施することとなった。
本件避難指示について,U総務課長及びY班長は,その対象は,海浜に
いる釣り人やサーファー,津波浸水予測区域内の住民であると認識してい
た(甲28,乙27,28,証人Y2頁,証人U1頁)。
U総務課長は,本件避難指示の広報活動(広報車による沿岸住民及びレ
ジャー客や水産事業者等への情報伝達)について,災害対策本部に参集し
た職員から出動できる者を募り,午後3時頃,はくあい号(ボンゴバン),
防災車(エスクード,無線付き),3号車(ハイエース),6号車(エブ
リィ,無線付き)の4台の広報車に11人の職員が分乗して出動した。各
広報車が広報活動をした経路は別紙図面2に示すとおりであり,各広報車
の広報対象地域等は,はくあい号(ボンゴバン)が新浜区から磯区方面,
防災車(エスクード)が笠野区から北,3号車(ハイエース)が南から北
にかけての海岸,6号車(エブリィ)が北から南にかけての海岸であった
(甲28,29,31~34,乙11)。4台の広報車のうち,はくあい
号及び3号車は,広報活動中に津波の被害に遭って帰還できず,防災車及
び6号車のみが,午後4時10分頃,被告の災害対策本部に帰還した(甲
12,25,28,29,31~34,乙11)。
ウ午後3時14分
(ア)気象庁は,午後3時14分,津波予想高さについて,岩手県6メー
トル,宮城県10メートル以上,福島県6メートルとする第2大津波警
報を発令した(甲40,乙8)。
(イ)NHKは,リアス式海岸で従前より大津波の被害を受けている岩手
県釜石市の釜石港の中継映像を放送したが,その内容は,岸壁を乗り越
える津波の映像(午後3時14分),岸壁と海岸との境界がなくなりト
ラックが流される映像(午後3時15分),多数の車が水没する映像
(午後3時18分),多数の車が押し流され,漁船が陸地に向かって漂
い始め,建物が流され始める映像(午後3時20分過ぎ),海水面が盛
り上がり,建物がのみ込まれる映像(午後3時23分)というものだっ
た(甲40)。
エ午後3時17分
気象庁は,午後3時17分,午後3時12分に釜石沖でGPS波浪計
(海上に浮かべたブイの上下変動をGPS衛星を使って測定し,海面の高
さを観測する装置のこと)が6.8メートルの津波を観測したと発表した
(情報第8号)(甲40,乙8)。
オ午後3時25分
(ア)気象庁は,午後3時25分,午後3時15分に大船渡で3.3メー
トル,午後3時19分に宮古で2.8メートル,午後3時20分に石巻
鮎川で3.3メートル,午後3時21分に釜石で4.2メートルの津波
を観測したと発表した(情報第9号)(甲40,乙8)。
(イ)午後3時25分,災害対策本部のY班長が,亘理消防署に対し,山
元町内に本件避難指示の放送をするよう要請し,以降,亘理消防署から,
繰り返し,「こちらは,亘理消防署です。亘理消防署からお知らせしま
す。ただいま,宮城県沿岸に大津波警報が発令されました。万一に備え
避難できる準備をしてください。海岸付近にいる方は,直ちに海岸から
離れてください。」,「山元町沿岸の住民の方は大至急高台に避難して
ください。」との無線放送が行われた(甲28)。
カ午後3時25分頃から午後3時30分頃まで
午後3時25分頃から午後3時30分頃までの間,K保育士は,被告の
災害対策本部が設置されているテントを訪れ,U総務課長に対し,「東保
育所です,避難指示を下さい。」と述べたところ,U総務課長から,園児
たちがどのような状況で避難しているかを尋ねられ,園庭の中央に集まっ
て,ブルーシートの上で避難しており,パジャマの上にジャンパーを着せ
て毛布や布団でくるみ,防寒している旨を伝えた。そこで,U総務課長は,
「6メートルの津波だからなあ。」と首をかしげて2,3秒思案した後,
「現状待機で。」と発言し,K保育士から,「ここに来る車の中で,10
メートルの津波が来ると言っていましたが,どこに来るかは聞き取れませ
んでした。」と伝えられ,後ろを1,2秒振り返り,前に向き直り,もう
一度首をかしげて,「現状待機で。」と発言した(乙29,証人K14~
16頁)。
キ午後3時30分
気象庁は,午後3時30分,大津波警報の予報区の範囲を拡大する旨の
第3大津波警報を発令した(甲40,乙8)。
ク午後3時31分
NHKは,午後3時31分,第3大津波警報を速報し,岩手県から千葉
県の九十九里・房総にかけて10メートル以上の津波が予想されることを
画像と音声で報道した(甲40)。
ケ午後3時33分
NHKは,午後3時33分から,気仙沼港で流された桟橋に漁船が衝突
する様子や,津波にのみ込まれる石巻市内の様子を放送した(甲40)。
コ午後3時42分
消防車で避難の呼びかけをしていた亘理消防署山元分署員は,午後3時
42分,山元町南部の磯区にある磯浜漁港で2.5メートルの引き波を目
撃した(甲40)。
サ午後3時54分過ぎ
NHKは,午後3時54分過ぎ,津波が仙台市の名取川河口を遡上して
堤防を超え,住宅や田畑,農家のビニールハウスをのみ込んでいく映像を
放送した(甲40)。
シ午後3時55分
午後3時55分,被告の沿岸6行政区の一つである新浜区において,亘
理消防署員が,津波第1波を確認した(甲28)。
ス午後3時57分
午後3時57分,被告の災害対策本部に詰めていた警察署員の警察無線
に「大津波襲来」の入電があったとの報告がされた(甲28)。
セ午後3時59分
午後3時59分,被告の災害対策本部において,広報活動をしていた防
災車(エスクード)から,津波が県道相馬亘理線まで到達したとの無線連
絡を受信した(甲28)。
ソ午後4時
午後4時,気象庁は,本件地震のマグニチュードを7.9(速報値)か
ら8.4(暫定値)に変更して発表した(乙8,甲40)。
タ午後4時04分
午後4時04分,被告の災害対策本部において,広報活動をしていた防
災車(エスクード)から,津波がJR常磐線より西側にまで進行し,笠野
区所在の亘理清掃センター(F保育所のある花釜区に南接する笠野区にあ
り,F保育所のほぼ真南に位置する。)付近にまで到達したとの無線連絡
を受信した(甲28,乙3,4)。
チ午後5時30分
午後5時30分,気象庁は,本件地震のマグニチュードを8.4(暫定
値)から8.8に変更して発表した(乙8)。
ツ3月13日午後0時55分
3月13日午後0時55分,気象庁は,本件地震のマグニチュードを8.
8から9.0に変更して発表した(乙8)。
(14)被告の災害対策本部における情報収集状況
被告の災害対策本部における主な情報収集手段は,震度及び津波情報を得
るものとしてテレビ(ワンセグ),ラジオ,震度計であり,被害状況の情報
を得るものとして無線,防災無線(移動局),消防救急無線であった(甲4
1)が,災害対策本部の総務部長であったU総務課長又は同総務副部長であ
ったY班長において,テレビ(ワンセグ)やラジオによる情報収集が行われ
ていたことについての記憶はなく(証人U16頁,証人Y16,17頁),
実際に,Y班長は,第2大津波警報発令の情報を得ていなかったのである
(乙27)から,災害対策本部においてテレビ(ワンセグ)やラジオによる
情報収集は行われていなかったというべきである。
(15)余震の状況
本件地震発生後,F保育所に津波が押し寄せた午後4時頃までの間に,
震度5弱以上の余震が7回発生(いずれも本件地震発生から午後3時15分
までの約30分間に発生)し,そのうち,午後3時15分に発生した余震の
震度は震度6強であった(乙8)。
(16)山元町の住民や宮城県沿岸部の学校,保育所等における避難状況
ア山元町では,本件地震発生直後から,住民が指定された公民館や小学校
などに避難を始め,午後4時頃には,山元町役場は避難をしてきた町民で
混雑し始めた(甲40,63)。
イ海岸線から西に約300メートルの地点に位置しているものの,山元町
ハザードマップにおける津波浸水予測区域外に位置するX小学校では,本
件地震発生後,校長において,直ちに避難を開始するかについて思案し,
児童の保護者への引渡しなどを行っていたが,「あんたたち,何やってん
だ。津波がくるんだぞ。」との住民の声があったことを契機として,保護
者への児童の引渡しを中止して山元町役場への避難を開始した。校長は校
門の前に残り,児童が避難したことを知らずに迎えに来る保護者に対応し
ていたが,児童が避難してから15分ほど過ぎた後,100メートルほど
先に高さ10メートルほどの津波が押し寄せるのを発見し,校舎の2階に
駆け上がって難を逃れた(甲51)。
ウ海岸線から西に約500メートルの地点に位置し,山元町ハザードマッ
プにおける津波浸水予測区域内にあるW小学校では,午後2時50分頃,
職員室のテレビで津波到達予想時刻が約10分後の午後3時過ぎであるこ
とを確認した。W小学校の二次避難場所はh中学校とされていたが,校長
は,低学年の児童の足では20分以上かかるので避難が間に合わないと判
断し,児童等を2階建て校舎の屋上に避難させ,屋上付近まで押し寄せた
津波から難を逃れた(甲40)。
エ山元町と隣接する亘理町にあるk保育所は,第3次地震被害想定調査に
おいて宮城県が作成した津波浸水予測図における津波浸水予測域外に位置
していたが,午後3時20分頃,亘理地区の防災無線の広報を契機として
避難したために,難を逃れた(甲93,調査嘱託の結果)。
オo保育所は,第3次地震被害想定調査において宮城県が作成した津波浸
水予測図における津波浸水予測域外に位置していたが,本件地震発生後,
指定避難所ではなく高台に避難して難を逃れた(甲71,73)。
カF保育所以外に本件地震による津波で被災した宮城県内の公立・認可保
育所は,次のとおり21箇所ある(ただし,政令指定都市として統計が別
になる仙台市を除く。)(甲77~92)。
①l保育所(気仙沼市潮見町a-b所在)
②m保育園(気仙沼市本郷a-b所在)
③n保育所(南三陸町戸倉字沖田a所在)
④o保育所(石巻市門脇町a丁目b-c所在)
⑤p保育所(石巻市長浜町a-b所在)
⑥q保育所(石巻市湊a丁目b-c所在)
⑦r保育所(石巻市大宮町a-b所在)
⑧s保育所(石巻市雄勝町雄勝字寺a所在)
⑨t保育所(石巻市鮎川浜熊野a所在)
⑩u保育所(石巻市給分浜羽黒下a-b所在)
⑪v保育所(女川町女川浜字大原a-b所在)
⑫w保育所(東松島市大曲字下台a-b所在)
⑬x保育所(東松島市牛網字上四十八a所在)
⑭y保育所(東松島市野蒜字洲崎a-b所在)
⑮z保育所(東松島市小野字中央a-b所在)
⑯甲保育所(七ヶ浜町遠山a丁目b-c所在)
⑰乙保育所(多賀城市桜木a丁目b-c所在)
⑱丙保育所(名取市閖上a丁目b-c所在)
⑲丁保育所(岩沼市早股字小林a-b所在)
⑳戊保育所(亘理町荒浜字御狩屋a-b所在)
㉑k保育所(亘理町長瀞字南原a-b所在)
このうち,平成16年に第3次地震被害想定調査において作成された
宮城県の津波浸水予測図の津波浸水予測域内に含まれていた保育所は,①
③⑤⑥⑧⑫⑭の7箇所であり,七ヶ浜町以南の⑯⑰⑱⑲⑳㉑の6箇所の保
育所は全て津波浸水予測図の津波浸水予測域外に位置していた。
(17)本件地震発生後の本件保育士らの行動
ア午後2時46分
(ア)本件保育士ら(K保育士を除く)は,午後2時46分の本件地震発
生時,職員室のある棟から保育室のある棟に走り,当時昼寝中であった
園児らの頭を布団で守るなどしながら,地震がおさまるのを待ち,地震
がおさまった後,園児の安全を確認後,F保育所の第1次避難場所であ
る園庭中央に園児らを避難させた(乙12)。
(イ)本件地震の発生により,F保育所では,ホールの戸の外れや破損,
スピーカーの落下などの被害が発生した(証人G4頁)。
イ午後3時頃から午後3時25分頃まで
(ア)本件保育士らは,午後3時頃から,余震の合間に,各保育室から園
庭に,園児の着替えなどを運び,着替えをさせた。さらに,園庭にブル
ーシートを敷き,寒さをしのぐために布団で体を覆い保護者の迎えを待
ちながら待機していた。
その頃から,園児の保護者が迎えに訪れるようになり,本件保育士ら
は,迎えに来た保護者に園児を引き渡した(乙12)。
(イ)K保育士は,本件地震発生当日は週休を取っていたが,午後3時1
0分頃にF保育所に到着した。
本件地震により,防災無線やサイレンの設備が損壊し,ラジオやテレ
ビも停電により視聴不能となり,F保育所では情報収集が困難となって
いた。G所長は,自らの携帯電話で,被告の福祉課に状況を確認しよう
としたがつながらなかった(乙12,証人G3頁)。
このような状況の中で,K保育士は,午後3時15分頃から午後3時
20分頃までの間に,避難指示を得るべく被告の災害対策本部に車で赴
いたが,その途中,車内のラジオで第2大津波警報を聞き,宮城県にお
ける津波予想高さが10メートル以上とされたことを知った(乙12,
29,証人K12頁)。
ウ午後3時25分頃から午後3時30分頃まで
前記(13)カのとおり,K保育士は,被告の災害対策本部にいたU総務課
長から現状待機との本件指示を受けた。
エ午後3時30分過ぎ
K保育士は,午後3時30分過ぎ,F保育所に戻り,G所長に対して,
被告の災害対策本部において,10メートルの津波が来るかもしれないと
伝えて指示を求めたが,現状待機の指示を受けたと報告した(乙12,2
9,証人G6頁)。
オ午後3時40分
F保育所には,午後3時40分頃,13人の園児と14人の本件保育士
らがおり,本件保育士らは13人の園児の保護者に電話をかけ連絡を試み
ていたが,連絡が取れない保護者もいた(乙12,証人K22頁以下)。
カ午後4時頃以降
(ア)本件保育士らが13人の園児とF保育所の園庭で待機を続けていた
午後4時頃,S保育士がF保育所南東約80メートル先に津波が押し寄
せていることを発見して「津波~」と叫び,G所長も,F保育所の南東
方向の道路から赤色の車が水に浮かんで不自然な動きで進んでくるのを
見て津波と思い,「車で逃げて~」と指示をした(乙12,30)。
(イ)午後4時頃,F保育所駐車場には,本件保育士らと園児の保護者ら
の車が合計16台駐車していた。F保育所駐車場には車が東西に2列に
なって駐車しており,西側道路から離れた西側の列には北側から順に,
Q保育士,N保育士,R保育士,L保育士,I調理員,J用務員,T保
育士,S保育士,H主任,P保育士,G所長の車の計11台が,西側道
路に近い東側の列には北側から,M保育士,O保育士,K保育士,既に
帰宅していた園児の着替えを取りに来ていた保護者(以下「保護者1」
という。),当時F保育所にいた園児のうち2人の園児の祖母(以下
「保護者2」という。)の車の計5台が駐車していた。
保護者1の車は,ワゴンタイプで,F保育所の前の西側道路に最も近
い場所に,駅道路を向いて駐車しており,最も発車しやすい場所に位置
していた(乙12)。
これらの車のうち,10台が実際の避難に使用された(乙12)。
(ウ)避難に使用された車の乗車状況(乙12)
①K保育士の車
K保育士の車には,K保育士と,O保育士が抱き抱えて園庭から避
難をさせた園児3人が乗車した。O保育士は,G所長の車に乗り,K
保育士の車には乗らなかった。
②M保育士の車
M保育士の車には,園児の乗車はなく,M保育士のみが乗車した。
③G所長の車
G所長の車には,G所長と,I調理員及び同人が抱き抱えて園庭か
ら避難をさせた園児1人並びにO保育士が乗車した。
④N保育士の車
N保育士の車には,N保育士と,T保育士及び同人が抱き抱えて園
庭から避難をさせた園児1人並びにJ用務員が乗車した。
⑤Q保育士の車
Q保育士の車には,Q保育士と,R保育士及び同人が背負って園庭
から避難をさせた園児1人が乗車した。
⑥保護者1の車
保護者1の車には,保護者1と,D及びEを含む園児6人及びH主
任が乗車したが,うち園児1人は,保護者2が同人の車に乗せ換えた。
⑦保護者2の車
保護者2の車には,保護者2及びその友人の他に,園児2人(いず
れも保護者2の孫であり,S保育士が避難させた1人及びいったん保
護者1の車に乗せられた1人)が乗車した。
⑧S保育士
S保育士の車には,S保育士のみ乗車した。
⑨P保育士
P保育士の車には,P保育士のみ乗車した。
⑩L保育士
L保育士の車には,L保育士のみ乗車した。
(エ)避難に使用された車の発車状況等
避難に使用された車の発車状況等は次のとおりであり,正確な発車時
刻は判然としないが,K保育士の車,M保育士の車及びG所長の車のみ
が自走で山元町役場等に避難することができた(甲10,乙12)。
①K保育士,M保育士及びG所長の各車
西側道路に出て,北進し,駅道路との交差点で左折して駅道路を西
進した。
②N保育士の車
西側道路に出て,北進したが,駅道路から津波が押し寄せ,丸太も
流されてきたため,駅道路に出る手前から前進出来ず,Uターンして,
東側のa店の南側空き地に入った。N保育士が車を降りると同人の胸
の高さまで津波が来ており,流された後,同乗者とともにa店の南側
にある鳩小屋に避難した。
③Q保育士の車
N保育士の車に続いて発車したが,駅道路から津波が押し寄せ,駅
道路に出ることができず,N保育士の車の後を走ったが,東側からも
津波が押し寄せてF保育所北側の民家の1軒まで流され,Q保育士は,
同乗者とともに同民家の2階に避難した。
④保護者1の車
西側道路に出て北進したが,駅道路から津波とがれきが南下して来
たため,いったんa店の南側にある空き地に入ったが,南東側からも
津波が押し寄せたため,F保育所駐車場に戻った。後記キのとおり,
保護者1に乗車していた保護者1とH保育士及び園児らは流されて,
何人かはb施設に避難するなどした。
⑤保護者2の車
発車時にF保育所の北側の民家北側付近にまで津波が到達しており
1,2メートル進んだところで停止し,保護者2と同乗者及び園児2
人はb施設に避難した。
⑥S保育士,P保育士及びL保育士の各車
発車後すぐに,又は発車時に,F保育所駐車場まで津波が到達して
いたため,流され,各保育士は民家などに救助された。
キ保護者1の車のその後の状況
保護者1のほか,H主任並びにD及びEを含む園児5人が乗車していた
保護者1の車は,前記のとおり,いったん発車したのち,F保育所駐車場
に戻ったが,F保育所駐車場南側に駐車した時には津波が押し寄せていた。
H主任は,降車時に膝の高さであった津波がすぐに胸の高さにまで上がっ
て来た中,保護者1の車に乗っていた園児らを車の上に押し上げたりしな
がら,自らも水の中に沈んだり浮かんだりを繰り返しているうちに,抱い
ていたDが手から離れてしまい,H主任の後方にいたEともはぐれてしま
った。H主任は,その後,b施設の1階の庇につかまり,救助された(乙
12)。
(18)原告らの子らの死亡
原告Cの子であるEは,平成23年3月14日に,原告AB夫婦の子で
あるDは,平成23年4月16日に,それぞれ山元町山寺字頭無地区内にお
いて遺体で発見され,本件地震の津波により午後4時頃に死亡したことが確
認された(甲1,2,乙12)。
(19)遺族に対する説明会
アF保育所において,本件地震の津波により原告らの子ら2人を含む3人
の園児が死亡したことについて,被告は,平成23年4月27日から同年
9月30日までの間に,遺族に対する説明会を11回開催した(乙12)。
イ平成23年4月27日に開催された第1回遺族に対する説明会において,
被告の町長は,U総務課長のK保育士に対する本件指示についての「なぜ,
本部の№3が『現状待機』と言ったのか。役場の責任は100%ではない
か。」との遺族からの質問に対して,「当時の流れから考えてみても『現
状待機』と言ったとは考えられない。15時頃には避難指示のための広報
車を出しており,避難するよう車で回っている。」と答えた(甲11,証
人K20頁)。
また,同説明会においては,遺族からU総務課長に対して,「総務課長
は『現状待機』と言ったのか。」との質問がされたが,これに対し,U総
務課長は,「言っておりません。」と答えた後,再度,遺族から,本当に
言っていないのかと問われ,「覚えておりません。」と答えた(甲11)。
(20)山元町のウェブサイトの記載
山元町のウェブサイトには,平成23年12月3日午後6時時点の被害状
況等の概要が掲載されており,本件地震発生当日において,F保育所のある
花釜区が避難指示区域であった旨の説明がされている(甲21)。
(21)山元町の過去の津波による人的被害
慶長16年(1611年)10月28日に発生した津波では,宮城県で
1783人が溺死したとされ,山元町においてもそのうち相当数が含まれて
いたと考えられているが,具体的な記録は残されていない(乙6)。明治以
降については,明治29年6月26日に発生した約2メートルの津波の際に
負傷者1人,昭和8年3月3日に発生した約2.3メートルの津波の際に負
傷者18人(いずれも山元町南部の磯区,中浜区に相当する地域における被
害である。なお,宮城県内では死者三百数十人であるとされている。)とさ
れているが,その後の昭和27年3月4日(十勝沖地震)及び昭和35年5
月23日(チリ中部海岸で発生した地震による津波)における人的被害は報
告されていない(乙6)。
2事実認定についての補足
U総務課長による本件指示の具体的な表現については争いがあり,U総務課
長は,本件地震発生後にK保育士が災害対策本部を訪れた際の具体的なやりと
りの記憶がないと供述し,また,被告の町長は,第1回遺族に対する説明会に
おいて,当時の状況からみてU総務課長が現状待機との指示をしたとは考えら
れない旨の発言をしている。
しかしながら,K保育士は,避難指示を得るべく被告の災害対策本部に赴い
たにもかかわらず,U総務課長の指示を得てF保育所に戻った後は,G所長に
現状待機の指示であった旨を伝え,実際にも本件保育士ら及び園児らはF保育
所で待機していたのであって,このような経緯やU総務課長とK保育士のやり
とりの前後の言動からすれば,U総務課長が現状待機との指示をしたと考える
のが自然である。また,K保育士は,U総務課長の現状待機という指示に対し
て,10メートルの津波が来る可能性を示唆して確認したにもかかわらず,再
度,U総務課長から現状待機との指示があったと述べているのであって,K保
育士に聞き間違いや誤解があったとも考え難い。
以上から,前記1(13)カのとおり,U総務課長のK保育士に対する本件指示
は,現状待機との表現を用いてされたと認めることが相当である。
3保育委託契約の債務不履行に基づく損害賠償請求(請求原因(1))について
の検討
原告らは,①U総務課長において,F保育所の園児の避難方法についての指
示を求められた際に避難を要する旨の指示をすべき義務があったのに,それを
せず,かえって,現状待機という本件指示をしたこと,②本件保育士らにおい
て,園児らを避難させるべき義務があったのに,本件地震発生後1時間15分
以上も園児らを園庭に待機させたこと,③本件保育士らにおいて,避難の際に
少なくとも1人の保育士が1人の園児を誘導するなどの適切な方法で避難すべ
き義務があったのにその義務を履行しなかったこと又はF保育所のG所長にお
いて,避難に際して適切な避難方法がとられるように指示すべき義務があった
のにその義務を履行しなかったことから,被告には,原告らとの間の本件保育
委託契約の債務不履行責任がある旨を主張していることから,前記1の認定事
実を基に,以下,(1)において上記①について,(2)において上記②について,
(3)において上記③について,それぞれ検討する。
(1)U総務課長には,K保育士からF保育所の園児の避難方法についての指
示を求められた際に,避難を要する旨の指示をすべき義務があったかについ

ア本件指示がされた当時,F保育所は本件避難指示の対象範囲に入ってい
たかについて(請求原因(1)オアaについて)
原告らは,U総務課長が,K保育士に対して本件指示をした当時,被
告が山元町地域防災計画に基づき実施していた本件避難指示の対象区域は
沿岸6行政区であり,F保育所のある花釜区もその全域を含むものであっ
たと主張し,そうすると,被告において,当時,F保育所は津波の被災の
危険があると認識されており,避難を指示すべき義務が基礎付けられる旨
主張する。
ア検討
そこで,検討するに,前記1(13)イのとおり,本件避難指示は,山元
町地域防災計画に基づいて発令されたものであるが,山元町地域防災計
画における津波予報発表時に係る避難勧告・指示の基準は,前記1(8)
のとおり,津波警報(津波)発表時について,海浜にいる者に対する避
難勧告を発表し,津波警報(大津波)発表時について,海浜にいる者に
対する避難指示及び津波浸水予測区域内の住民等に対する避難勧告を発
表するというものであって,第3次地震被害想定調査における津波浸水
予測図やそれを基に作成された山元町ハザードマップで示された津波浸
水予測区域の表示なども踏まえれば,山元町地域防災計画に基づく避難
指示は,本来,上記津波浸水予測区域よりも範囲の狭い,海岸又はその
付近を対象とするものであり,行政区全体を対象とするものとは考えら
れていなかったと解されるところである。本件避難指示で用いられた
「沿岸部」という文言は,上記の山元町地域防災計画に定められたもの
とは異なるが,他に対象地域を画する基準なども認められない以上,そ
の意味するところに大きな差異はないというべきである。実際に,U総
務課長及びY班長も,前記1(13)イのとおり,本件避難指示の対象とし
て,海浜にいる者や津波浸水予測区域内の住民であると認識していたこ
とも,上記判断を裏付けるものといえる。また,前記1(13)イのとおり,
本件避難指示の広報活動を行った広報車が広報活動をした経路によれば,
いずれの広報車も主に県道相馬亘理線を使用し,県道相馬亘理線よりも
東側の海岸線に近い付近を中心として広報活動を実施していたのであっ
て,このことも,本件避難指示が海浜又はその付近にいる者を対象とし
ていたことと整合する。
U総務課長の供述には,本件避難指示の対象が海浜や津波浸水予測区
域内の住民であるとの認識を示しつつも,県道相馬亘理線より東側の住
民について広報活動を行う必要性を感じていた旨を示す部分もあり(乙
28),本件避難指示における沿岸部との表現は,海浜や津波浸水予測
区域よりも一定程度広い地域を意味するものとして用いられていたので
はないかが問題となり得るが,前記の事情を踏まえれば,本件避難指示
の対象地域は海浜及び津波浸水予測区域であったと解するのが相当であ
る(U総務課長の上記供述によっても,その範囲は,県道相馬亘理線よ
り西側にまで及ぶものではなかったことになる。)。
イ原告らの主張について
原告らは,山元町において「沿岸部」といえば沿岸6行政区を意味す
ること,被告の行政区のうち沿岸6行政区についてのみ,津波発生時の
指定避難所が別途定められていること,本件避難指示の広報活動の対象
は沿岸6行政区であったこと,亘理消防本部による防災無線においても
「沿岸」との文言が用いられ,「海浜」にいる者のみに対する呼びかけ
とはなっていなかったこと,被告のウェブサイトにおいて,本件地震発
生当日において,被告が沿岸6行政区の全域に対して避難指示を発令し
た旨を説明していること,チリ地震の際にも沿岸6行政区の全域に避難
指示が発令されたことを指摘して,本件避難指示は沿岸6行政区全域に
発令されたと主張する。
しかしながら,沿岸部との表現が一義的に沿岸6行政区を意味するも
のとして使用されていることを示す事情は認められず,また,沿岸6行
政区にのみ津波発生時の指定避難所が別途定められていることも,その
ことから,第1大津波警報を踏まえた本件避難指示において用いられた
沿岸部との表現が沿岸6行政区を意味することを導くことは困難である
(花釜区の指定避難所であったX小学校は,海岸線との近接性などを踏
まえて津波発生時の指定避難所とされていなかったことが考えられると
ころ,他に,飲料水等の備蓄がある公共施設など被告において指定避難
所と定めていた場所と同様の施設等が花釜区又は近接する他の沿岸6行
政区内にないことがうかがわれるのであって,津波発生時の指定避難所
が,花釜区又は他の沿岸6行政区内に設けられておらず,他の行政区内
に設けられていたことをもって,津波発生時に沿岸6行政区内全体に避
難指示を発令する前提であったということはできない。)。広報車の広
報対象地域についても前記のとおりであり,また,亘理消防本部の防災
無線において用いられた「山元町沿岸」という表現も「沿岸部」との表
現同様,一義的に沿岸6行政区全域を指すものと認めることはできない。
被告のウェブサイトにおける本件地震発生当日の避難指示範囲の説明
については,Y班長は,後日,実際の津波到達範囲を含めるものとして
作成されたものである旨述べており(証人Y4,5頁),津波到達前に
発令された本件避難指示の対象地域を示すものといえるかについては疑
義が残るところである。
チリ地震の際の被告の避難指示の対象は沿岸6行政区全域であったが,
前記1(9)ウのとおり,被告は,その際に,山元町地域防災計画と整合
しないものであったこと,対象地域にめりはりを付けるべきであったこ
となどを認識するに至り,その結果,きめ細かな避難計画を策定すべく,
前記1(10)のとおり,山元町津波避難計画を進めていたのであり,この
ような状況に照らせば,本件避難指示の対象地域について,チリ地震の
際の避難指示と同様であるとはいい難いというべきである。
ウ小活
以上から,本件避難指示の対象地域は,海浜及び津波浸水予測区域内
であったというべきであり,F保育所のあった場所を含むものではなか
ったから,本件避難指示の対象地域をもとに,被告においてF保育所に
ついて津波の被災の危険がある旨を認識していたことを導くことはでき
ない。
イU総務課長において,本件指示がされた当時,F保育所に津波が到達す
ることを予見し得たか(請求原因(1)オアbないしdについて)
原告らは,本件指示がされた当時,U総務課長において,当初の予測
を超える規模の津波が発生することや実際の浸水区域が第3次地震被害想
定調査における津波浸水予測域にとどまらないことを予見することができ,
また,宮城県の沿岸部の保育所等においては,従前,津波浸水予測域内と
されていたか否かを問わず,高台等へ避難することが標準的な行動となっ
ていたとして,U総務課長には,本件指示をした時点において,F保育所
に津波が到達する危険性を予見することができた旨主張する。
ア被告において収集することができた情報について
前記1(14)のとおり,当時の被告の災害対策本部においては,災害対
策本部に設置されたテレビ(ワンセグ)やラジオによる情報収集は行っ
ておらず,災害対策本部が行うべき情報収集の事務(災害対策基本法2
3条の2第4項1号)が適切に行われていたといえるかについては疑問
が残るところであって,その結果,本件指示がされた当時,被告が実際
に認識していた情報は限定的なものであった。もっとも,上記のとおり,
ワンセグ等の視聴による情報収集をすることは可能であり,それを行う
ことによって前記1(13)の情報を収集することができたのであるから,
以下,被告において本件指示がされるまでに収集することが可能であっ
た情報をも前提として,本件指示の際に,U総務課長において,F保育
所に津波が到達する危険性を予見することができたかについて検討する。
イ予見すべき危険性の程度
U総務課長において当初の予測を超える規模の津波が発生する危険性
や浸水区域が第3次地震被害想定調査における津波浸水予測域にとどま
らない危険性を予見することができたかを検討するについては,保育委
託契約に基づき園児を保護者に引き渡す義務を履行するに当たって考慮
すべき他の諸事情をも踏まえる必要があるというべきであり,ここで予
見すべき危険性は,避難を指示するとの選択肢を採用する義務を基礎付
ける程度のものでなければならないというべきである。すなわち,保育
委託契約に基づき園児を保護者に引き渡す義務の履行としては,周囲の
状況により園児を他所に移動させることについての危険性の有無,園児
を迎えに訪れる保護者による当該保育所等において引渡しを受けること
への期待,当該保育所等において園児を引き渡すことの確実性などの事
情をも考慮して,その方法を検討する必要がある。取り分け,本件地震
のように強い地震の発生後であれば,周囲の建物の倒壊等の危険,道路
の損壊状況,余震の状況などについても留意する必要があると解される
ところであり,実際に,本件地震発生後,大きな余震が頻繁に発生して
いたことは前記1(15)のとおりである。
このように考えると,本件においては,避難を指示するとの選択肢を
採用する義務を基礎付けるものとして,被告において,F保育所に津波
が到達し得ることにつき,危惧感を抱くにとどまらず予見することがで
きたかどうかという観点から検討する必要があると解される。
ウ午後2時46分から午後3時10分頃までの状況
そこで,まず,午後2時46分の本件地震発生から午後3時10分頃
までの状況をみると,前記1(13)ア(イ)のとおり,本件地震発生直後,山
元町役場の震度計の表示は震度6強であり,本件地震の体感として,前
記1(13)ア(キ)のとおり,U総務課長,Y班長,K保育士及びG所長は,
昭和53年に経験した宮城県沖地震と比較して揺れが大きくて長く,同
地震よりも大きい地震が発生したと認識していたものである。そして,
前記1(13)ア(エ)のとおり,気象庁から,午後2時49分に,震源を三陸
沖,マグニチュードを7.9と推定し,宮城県において予想される津波
の高さが6メートルであるとする第1大津波警報が発表されており,そ
の発表を受けたNHKにおいて,前記1(13)ア(オ)のとおり,午後2時4
9分から午後3時14分までの間に,「海岸や川の河口付近には絶対に
近づかないでください。」,「早く安全な高いところに避難してくださ
い。」などの津波警報の定型的表現を用いて避難の呼びかけを行ってい
た。加えて,前記1(13)ア(カ)のとおり,午後2時49分以降,被告の依
頼により,亘理消防署のサイレン吹鳴及び広報が実施されており,災害
対策本部の設置されていた役場前に避難する住民が現れていた。このよ
うな状況からすると,被告においては,本件地震が昭和53年の宮城県
沖地震よりも大きいものであり,より具体的には,震源,マグニチュー
ド,震度なども踏まえ,第3次地震被害想定調査において想定地震とし
たうちの宮城県沖地震(連動)と同等の地震が発生したと認識すること
ができたものと解される。もっとも,これ以上に,上記の宮城県沖地震
(連動)と同等の地震を超える規模のものであるとの認識を持ち得たと
いい得る状況は認められない。
エ午後3時10分頃から午後3時30分頃までの状況
次に,午後3時10分頃から本件指示のされた午後3時30分頃まで
の状況をみると,気象庁による大津波警報の発令等として,前記1(13)
ウア,エ,オア,キのとおり,午後3時14分に,宮城県において予
想される津波の高さを10メートル以上とする第2大津波警報を,午後
3時17分には,釜石沖でGPS波浪計が午後3時12分に6.8メー
トルの津波を観測したことを,さらに,午後3時25分には,観測され
た津波について,午後3時15分に大船渡で3.3メートル,午後3時
19分に宮古で2.8メートル,午後3時20分に石巻鮎川で3.3メ
ートル,午後3時21分に釜石で4.2メートルとの情報を,午後3時
30分には,大津波警報の予報区の範囲を拡大する旨の第3大津波警報
を,それぞれ発表したものである。また,NHKは,前記1(13)ウ(イ)の
とおり,午後3時14分から岩手県釜石港の中継映像を報道しており,
午後3時15分には岸壁と海岸との境界がなくなりトラックが流される
映像,午後3時18分には多数の車が水没する映像,午後3時20分過
ぎには,多数の車が押し流され,漁船が陸地に向かって漂い始め,建物
が流され始める映像,午後3時23分には海水面が盛り上がり,建物が
のみ込まれる映像を映し出していた。
このような,事態が刻一刻と悪化していることを示す状況に,予想さ
れる津波の高さをそれまでの6メートルから10メートル以上とするこ
とを内容とする第2大津波警報が第1大津波警報の発令から30分に満
たない短時間において発令されるに至っていることをも併せ考慮すると,
本件指示がされた当時,U総務課長において,第3次地震被害想定調査
における想定地震の一つである宮城県沖地震(連動)や,想定地震の中
で山元町に想定される津波高が最も大きい4.4メートルであった昭和
三陸地震よりも大きい地震であり,山元町にも昭和三陸地震を想定地震
として予測された高さを超える高さの津波が山元町に到達することを予
見することができた状況であったということができる。
(オ)避難を指示するとの選択肢を採用する義務を基礎付けるものとして,
U総務課長において,当初の予測を超える規模の津波が発生する危険性
や浸水区域が第3次地震被害想定調査における津波浸水予測域にとどま
らない危険性を予見し,F保育所に津波が到達し得る危険性を予見する
ことができたか
そこで,前記のとおり,本件指示がされた当時,被告において,第3
次地震被害想定調査における想定地震の一つである宮城県沖地震(連
動)や昭和三陸地震よりも大きい地震であり,山元町にも昭和三陸地震
を想定地震として予測された高さを超える高さの津波が山元町に来るこ
とを予見することができる状況であったことを踏まえ,U総務課長にお
いて,F保育所に津波が到達し得る危険性を予見することができたかに
ついて検討すると,前記1(7)及び(8)のとおり,宮城県の第3次地震被
害想定調査やそれを前提とした山元町地域防災計画における宮城県沖地
震(連動)を想定地震とする場合の山元町での津波浸水予測域ないし津
波浸水予測区域は,別紙図面1のとおりの東西の幅がおおむね200メ
ートル以下の海岸線に沿った帯状の区域にとどまっており,同地震より
も高い津波の発生が予測されている昭和三陸地震を想定地震とする場合
でも,予想浸水面積は,宮城県沖地震(連動)の想定の2.3倍程度の
4.9平方キロメートルであったから,宮城県沖地震(連動)や昭和三
陸地震の各想定における津波の高さを超える津波が到達することを予見
しても,それによる浸水範囲が内陸に広範囲に拡大することを予測し得
たと直ちにいうことはできないと解される。宮城県内の他の自治体にお
いては,前記1(11)のとおり,本件震災前に,宮城県の第3次地震被害
想定調査において作成された津波浸水予測図に示された津波浸水予測域
にとどまらず,より広範囲に,津波発生時に避難を要する地域を定めて
いたところもあったが,その定めるところにおいても,山元町の海岸線
と同様に単調な弧を描く海岸線を有する地帯については,海岸線からお
おむね約800メートルの幅の帯状の地域が定められていたにすぎない
ことからも,浸水範囲が更に内陸に広範囲に拡大することを予測し得る
とはいい難いというべきである。そして,前記1(21)のとおり,山元町
においては,過去の津波により人的被害が生じたことを示す明確な記録
はなく,慶長16年において発生した津波で相当数の者が死亡したこと
が推察される旨の記載はあるものの,明治以降の津波における人的被害
はない旨が示されていること,前記1(6)のとおり,津波は,直線海岸
よりもU字型湾やV字型湾において高さが高くなり,リアス式海岸のよ
うなV字形状に開いた湾においては湾の奥で津波の高さが高くなること,
そのような知見とも整合するように,前記1(7)のとおり,宮城県の第
3次地震被害想定調査において示された予想される津波の最高水位は,
リアス式海岸を形成している県北部ほど高くなっており,山元町につい
て予想される津波の最高水位の2倍以上の数値であることからすれば,
前記の収集し得た情報や山元町の沿岸6行政区の地形がほぼ平坦であっ
たことを前提にしても,U総務課長において,海岸線から1.5キロメ
ートルの地点にあったF保育所に津波が到達し得る危険性を予見するこ
とはできなかったというべきである。
なお,本件指示がされた当時,U総務課長とK保育士のやりとりにお
いて,予想される高さが10メートルの津波が来ることが言及されてい
るところ,前記のような宮城県の北部と山元町との海岸線の地形の違い
を踏まえると,上記やりとりにおいて言及された津波の高さの数値が山
元町に来る津波の高さをいうものであったかは判然としないが,仮に,
山元町に来る津波の高さをいうものとしてやりとりがされていたとして
も,更にいえば,実際の第2大津波警報の内容に従って,予想される津
波の高さが10メートル以上であるとしてやりとりがされていたとして
も,前記の各事情を考慮すれば,上記結論を左右するものではないと解
される。
カ原告らは,本件指示がされた当時の宮城県の沿岸部の保育所におい
ては,従前,自治体の作成に係るハザードマップ等において浸水予測区
域内とされていたか否かを問わず,高台,高層階等への避難が標準的な
行動となっており,山元町の沿岸6行政区内の小学校等においても高台,
高層階等への避難が行われていたことを指摘して,U総務課長において
もF保育所への津波の到達危険性を予見して同様の行動を行うことがで
きた旨を主張する。
宮城県の沿岸部の保育所並びに山元町のX小学校及びW小学校におい
て,前記1(16)のとおり,当時保育所や小学校にいた者については高台,
高層階等への避難を行い,津波による人的被害を防ぐことができたの
であるが,それぞれの位置関係や置かれた状況は区々であり,これら
の例をもって標準的な行動となっていたとまで評価することはできな
い(むしろ,X小学校では,校長において,地震発生直後に避難を開
始すべきか否かを思案していた状況があり,個々の状況において,各
種事情を考慮して避難行動をとっていたことがうかがわれるところで
ある。)。山元町の住民が山元町役場敷地内などの高台に避難してき
ていたことも,避難の理由等も明らかではなく,このことがF保育所
への津波到達の危険性の予見を基礎付けるということはできない。
キさらに,前記1(13)ウ(イ)でみた午後3時14分以降に放送されたN
HKによる釜石港の中継映像は,津波の威力を直接的に示すものであっ
たが,リアス式海岸で従前から大津波の被害を受けている釜石市におけ
る被害の状況であり,前記のとおり,科学的知見や想定において示され
ていた,リアス式海岸を形成する地域とそうでない地域との津波の高さ
についての差異などをも踏まえれば,上記映像により,直ちに,山元町
において津波により想定をはるかに超える範囲が浸水し,F保育所に津
波が到達することを予見することができたともいい難いと解される。
なお,前記1(13)サでみた午後3時54分過ぎにNHKにより放送さ
れた名取川河口を遡上する津波の中継映像は,リアス式海岸を形成す
る地区ではない場所における津波の被害を示すものとして,事態の深
刻さを明らかにしたものであったが,本件指示がされた後の事情であ
り,また,F保育所に津波が押し寄せる直前の事情であって,これに
基づいて本件指示の際のU総務課長の予見可能性を判断することはで
きないというべきである。
その他,前記1(13)シないしセでみた,午後3時55分以降,新浜区
で津波の第1波が確認され,警察無線で「大津波襲来」の入電があり,
被告の広報車から津波が県道相馬亘理線まで到達したとの無線連絡が
あったなどの事情は,上記と同様に,本件指示がされた後の事情であ
り,また,F保育所に津波が押し寄せる直前の事情であって,これに
基づいて本件指示の際のU総務課長の予見可能性を判断することはで
きない。
ウ以上の検討を踏まえると,本件指示をした当時,U総務課長において,
避難を要する旨の指示をすべき義務があったということはできない。
(2)本件保育士らに,園児らをF保育所から避難させるべき義務があったか
原告らは,本件保育士らにおいて,適宜情報を収集し,収集した情報に基
づいて適切に判断すべき義務があり,当時の状況によれば,園児らを避難さ
せる義務があったのに,園児らを,本件地震発生後1時間15分以上も園庭
に待機させ,避難させなかったとして,このことが被告の本件保育委託契約
上の債務不履行を構成する旨主張する。
本件保育士らは,本件保育委託契約に基づく保育を実際に担当する者とし
て,本件保育委託契約に基づき園児らを安全に保護者に引き渡すため,災害
発生時に情報を収集し,収集した情報を基に,避難をさせる等の義務がある
というべきであり,本件地震発生後に避難させる義務があったというために
は,F保育所に津波が到達する危険性を予見することができたことが必要で
あると解される。そして,ここでの危険性の程度,同危険性を予見すること
ができたかについては,前記(1)におけるU総務課長の予見可能性について
の検討と同様であり,その他,本件保育士らにおいて,F保育所に津波が到
達する可能性を認識し得る契機となる情報を入手し,又は入手し得たことを
うかがわせる事情はなく,かえって,K保育士が被告の災害対策本部に赴き,
災害対策本部の総務部長であったU総務課長から現状での待機,すなわち,
避難を要しない旨の本件指示を受けたのであるから,本件保育士らに,F保
育所に津波が到達する危険性を予見することができたということはできない。
(3)ア本件保育士らに,実際に避難をする際に少なくとも1人の保育士が1
人の園児を誘導するなどの適切な方法で避難すべき義務があったか
原告らは,本件保育士らにおいて避難を開始する際,園児らの生命身体
を守るため,少なくとも1人の保育士が1人の園児を誘導すべきであった
旨主張する。
しかしながら,本件保育士らが避難行動を開始したのは,前記1(17)カ
のとおり,午後4時頃,S保育士においてF保育所の南東約80メートル
先に津波が押し寄せていることを発見し,G所長において車が水に浮かん
で不自然な動きで進んでくるのを発見した時であり,既に津波がF保育所
の目前に迫っている状況であったことからすると,その時点において求め
られる避難行動は,各自が速やかに園児とともに津波から遠ざかることで
あり,その際に,園児1人につき保育士1人が誘導するなどの方法で避難
すべき義務があったとまでいうことはできないというべきである。
なお,本件においては,前記1(17)カ(ウ)のとおりの状況で避難行動を開
始し,結果的に保護者1の車において保育士の数に比べて園児が多く乗車
することとなったところ,保護者1の車がワゴンタイプで多くの人数が乗
車できる車であって,西側道路上のF保育所の前に駐車しており,発車し
やすい場所に位置していたことからすれば,同車に園児が多く乗車するこ
とになったとしても,そのこと自体が不合理なものであったということも
できない。
以上から,本件保育士らが,F保育所からの避難行動を開始した当時の
状況に照らせば,本件保育士らに実際に避難するに当たり少なくとも1人
の保育士が1人の園児を誘導するなどの方法で避難すべき義務があったと
いうことはできないというべきである。
イF保育所のG所長には避難に際して適切な避難方法がとられるように指
示すべき義務があったのにその義務を履行しなかったという義務違反が認
められるか
本件保育士らがF保育所からの避難行動を開始した午後4時頃は,F保
育所の南東約80メートル先に津波が迫っている状況にあったこと,他方
で,G所長は,その時点において,南東方向から津波が押し寄せてきてい
るということの他には,どの程度の高さの津波が,どの方向から,どの程
度の速度でF保育所に押し寄せているかというような情報を一切有してお
らず,津波が目前まで迫っているという危機迫る状況の中で,特段有益な
情報がないままに避難の指示をすべき状況にあったといえる。
F保育所は1階建てであり,屋上にも上ることが出来ない構造となって
いたことからF保育所の高い所に避難するという選択肢がそもそもなかっ
たこと,押し寄せてきている津波の高さが分からない状況の中で,F保育
所の近くにあるb施設の2階や民家の2階に避難するという判断ができる
状況にはなかったこと,他方で,F保育所の南東約80メートル先に津波
を発見した当時,F保育所駐車場には園児ら全員を乗車させることができ
る数の車が駐車されており,保育士らも園児よりも多い14人いたことか
ら,車を使えば園児ら全員を避難させることが可能と判断したことには一
定の合理性があることなどの状況からすると,園児らを車で避難させるよ
う指示したことに問題はない。
また,G所長は,前記1(17)カ(エ)のとおり,F保育所からの避難の際に
自ら運転する車を3番目に発進させており,他の保育士や園児らの避難を
見届けていないと考えられるところ,そうであるとしても,既に津波がF
保育所の目前に迫っている状況において,園児1人を含む3人が同乗する
車の運転者のとる避難行動としてやむを得ないものであったというべきで
ある。
以上から,G所長において避難に際して適切な避難方法がとられるよ
うに指示すべき義務に違反したことを認めることはできない。
(4)結論
以上によれば,被告による本件保育委託契約の債務不履行を認めることは
できない。
4安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求(請求原因(2))についての検討
原告らは,①U総務課長において,F保育所の園児の避難方法についての指
示を求められた際に避難を要する旨の指示をすべき義務があったのに,それを
せず,かえって,「現状待機」という本件指示をしたこと,②本件保育士らに
おいて,園児らを避難させるべき義務があったのに,本件地震発生後1時間1
5分以上も園児らを園庭に待機させたこと,③本件保育士らにおいて,避難の
際に少なくとも1人の保育士が1人の園児を誘導するなどの適切な方法で避難
すべき義務があったのにその義務を履行しなかったこと,④F保育所のG所長
において,避難に際して適切な避難方法がとられるように指示すべき義務があ
ったのにその義務を履行しなかったことをいって,被告には,本件保育委託契
約に付随して負う安全配慮義務の違反があると主張する。
これらの点についての判断は,前記3のとおりであり,被告の安全配慮義務
違反を認めることはできない。
5国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求(請求原因(3))についての検討
原告らは,前記4における①ないし④と同様のことをいって,被告の公務員
であるU総務課長又は本件保育士らに国家賠償法1条1項の過失があると主張
するが,これらの点についての判断も,前記3のとおりであり,U総務課長又
は本件保育士らの過失を認めることはできないというべきである。
第5結論
以上の次第で,原告らの請求はいずれも理由がないことに帰するから,これ
らを棄却することとして,主文のとおり判決する。
仙台地方裁判所第2民事部
裁判長裁判官山田真紀
裁判官近藤和久
裁判官尾田いずみ
別紙
【目次】
第1請求...............................................................1
第2事案の概要.........................................................2
1前提事実...........................................................2
(1)当事者等........................................................2
(2)山元町の位置関係,F保育所の場所等..............................3
(3)本件地震の発生及びその後の状況..................................4
第3当事者の主張.......................................................5
1請求原因...........................................................5
(1)保育委託契約の債務不履行に基づく損害賠償請求(主位的請求)......5
ア当事者等.......................................................5
イ保育委託契約の締結.............................................5
ウD及びEの死亡.................................................5
エ本件地震発生からD及びEの死亡に至るまでの経緯................5
オ被告の責任.....................................................6
(ア)U総務課長は,F保育所の園児の避難方法についての指示を求めら
れた際に避難を要する旨の指示をすべき義務があったのに,それをせず,
かえって,「現状待機」という本件指示をしたこと................7
aU総務課長が,本件指示をK保育士に出した当時,F保育所は被告
による本件避難指示の対象範囲に入っていたこと(F保育所は津波の
被災の危険があると認識されていたこと)......................7
b本件指示がされた時点で当初の予測を超える規模の津波が発生する
ことは,U総務課長において予見可能であったこと..............9
c本件指示がされた当時の宮城県の沿岸部の保育所においては,従前,
自治体の作成に係るハザードマップ等において浸水予測区域内とされ
ていたか否かを問わず,高台,高層階等への避難が標準的な行動とな
っており,また,山元町の沿岸6行政区内の小学校等においても高台,
高層階等への避難が行われていたこと.........................10
dU総務課長において,津波が発生した場合の実際の浸水区域が海浜
部及び平成16年に宮城県が発表した地震被害想定調査における浸水
予測区域にとどまらないことを認識することができたこと.......11
e..........................................................12
(イ)本件保育士らは,園児らを避難させるべき義務があったのに,本件
地震発生後1時間15分以上も園児らを園庭に待機させたこと.....12
(ウ)本件保育士らは避難の際に少なくとも1人の保育士が1人の園児を
誘導するなどの適切な方法で避難すべき義務があったのにその義務を履
行しなかったこと又はF保育所のG所長は避難に際して適切な避難方法
がとられるように指示すべき義務があったのにその義務を履行しなかっ
たこと........................................................13
カ損害..........................................................13
キ..............................................................14
(2)安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求(予備的請求).............15
(3)国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求(予備的請求)...........15
2請求の原因に対する認否............................................17
(1)1(1)について...................................................17
ア1(1)アについて...............................................17
イ1(1)イについて...............................................17
ウ1(1)ウについて...............................................17
エ1(1)エについて...............................................17
オ1(1)オについて...............................................17
(ア)1(1)オ(ア)について...........................................17
(イ)1(1)オ(イ)について...........................................27
(ウ)1(1)オ(ウ)について...........................................27
カ1(1)カについて...............................................28
(2)1(2)について...................................................28
(3)1(3)について...................................................28
第4当裁判所の判断....................................................28
1事実認定..........................................................29
(1)山元町の地形及び地理的状況等...................................29
(2)山元町における被災状況.........................................29
(3)F保育所の位置,周辺の状況等...................................30
(4)原告らと被告との間の保育委託契約...............................31
(5)F保育所の被災状況.............................................31
(6)本件震災発生前に発表されていた津波及び津波災害対策に関する科学的
知見..............................................................31
(7)宮城県における第3次地震被害想定調査...........................32
(8)本件震災当時の山元町における防災計画等.........................34
(9)チリ地震の際の避難指示等.......................................36
(10)被告における地域防災計画の改定作業............................36
(11)宮城県内の他の自治体の防災計画等..............................38
(12)F保育所の当時の防災計画等....................................38
(13)本件地震による津波の規模について収集することが可能であった情報と
被告の対応........................................................38
(14)被告の災害対策本部における情報収集状況........................45
(15)余震の状況....................................................45
(16)山元町の住民や宮城県沿岸部の学校,保育所等における避難状況....45
(17)本件地震発生後の本件保育士らの行動............................47
(18)原告らの子らの死亡............................................52
(19)遺族に対する説明会............................................52
(20)山元町のウェブサイトの記載....................................53
(21)山元町の過去の津波による人的被害..............................53
2事実認定についての補足............................................54
3保育委託契約の債務不履行に基づく損害賠償請求(請求原因(1))について
の検討..............................................................54
(1)U総務課長には,K保育士からF保育所の園児の避難方法についての指
示を求められた際に,避難を要する旨の指示をすべき義務があったかについ
て................................................................55
ア本件指示がされた当時,F保育所は本件避難指示の対象範囲に入ってい
たかについて(請求原因(1)オ(ア)aについて)......................55
イU総務課長において,本件指示がされた当時,F保育所に津波が到達す
ることを予見し得たか(請求原因(1)オ(ア)bないしdについて)......58
ウ..............................................................65
(2)本件保育士らに,園児らをF保育所から避難させるべき義務があったか6
(3)ア本件保育士らに,実際に避難をする際に少なくとも1人の保育士が1
人の園児を誘導するなどの適切な方法で避難すべき義務があったか...66
イF保育所のG所長には避難に際して適切な避難方法がとられるように指
示すべき義務があったのにその義務を履行しなかったという義務違反が認
められるか......................................................67
(4)結論...........................................................68
4安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求(請求原因(2))についての検討...68
5国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求(請求原因(3))についての検討.69
第5結論..............................................................69

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◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

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メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
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