弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1原告らの主位的請求をいずれも棄却する。
2被告らは,原告Aに対し,連帯して385万円及びこれに対
する平成25年8月14日から支払済みまで年5分の割合によ
る金員を支払え。
3被告らは,原告Bに対し,連帯して385万円及びこれに対
する平成25年8月14日から支払済みまで年5分の割合によ
る金員を支払え。
4原告らのその余の予備的請求をいずれも棄却する。
5訴訟費用は7分し,その1を被告らの負担とし,その余は原
告らの負担とする。
6この判決は,第2,3項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
1被告らは,原告Aに対し,連帯して2750万7300円及びこれに対する
平成25年8月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2被告らは,原告Bに対し,連帯して2750万7300円及びこれに対する
平成25年8月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
原告らの子である亡C(平成元年生まれで,当時24歳。)は,平成25年8
月14日,被告特定非営利活動法人D(以下「被告法人」という。)が開催し,
被告法人の当時の代表者であった被告E(昭和26年生まれ)が指導を担当した
水泳教室(以下「本件水泳教室」という。)において,練習中に意識を消失し,
緊急搬送先の病院で死亡した(以下,この事故を「本件事故」という。)。本件
は,原告らが,被告らに対し,(1)主位的には,被告Eが亡Cの体調を管理す
べき注意義務等に違反したために亡Cが死亡した,(2)予備的には,仮に上記
注意義務違反と亡Cの死亡との間の因果関係が認められないとしても,亡Cが死
亡しなかった相当程度の可能性を侵害されたなどとして,被告法人については特
定非営利活動促進法8条・一般社団法人及び一般財団法人に関する法律78条又
は債務不履行に基づき,被告Eについては不法行為に基づき,逸失利益等の損害
賠償金及びこれに対する本件事故日から支払済みまで民法所定の年5分の割合に
よる遅延損害金の連帯支払を求める事案である。
1前提事実(証拠等の掲記がない事実は当事者間に争いがない。)
(1)当事者等
ア亡Cは,平成元年生まれの男性で,生後9箇月時に結節性硬化症(母斑
症の1つ。遺伝性疾患であり,顔面血管線維腫・てんかん・精神発達遅滞
の症状が特徴である。)と診断され,同疾患によって併発する自閉傾向・
中等度精神遅滞等の精神障害があり,平成22年9月7日に精神保健及び
精神障害者福祉に関する法律施行令6条3項所定の障害等級1級(日常生
活の用を弁ずることを不能ならしめる程度のもの)と記載された精神障害
者保健福祉手帳の交付を受けた(甲5,弁論の全趣旨)。
原告らは,亡Cの父母である。なお,原告Aは,平成21年3月29日
~平成24年4月1日,被告法人の理事であった(甲2)。
イ被告法人は,平成18年6月に設立された特定非営利活動法人である。
被告法人は,特定非営利活動に係る事業として,①障害者に対するスポー
ツのインストラクト事業,②障害者及びそれらに係る者のストレス緩和の
ための各種教室・講座開催事業,③スポーツに関する各種イベントの企画
・運営・管理事業,④スポーツ教室等への指導者の派遣及び選手育成事業
を行っており,障害者に対する水泳教室や剣道教室を開催している。なお,
被告法人は,プールを所有しておらず,市町村等が設置・管理するプール
を利用するなどして上記水泳教室を開催していた(甲2,3,弁論の全趣
旨)。
被告Eは,平成25年8月当時,被告法人の代表者であり,被告法人が
開催する有償の水泳教室の指導者であって,平成18年6月から同水泳教
室の指導を行っていた。被告Eは,一般財団法人日本スイミングクラブ協
会のA級インストラクターの資格を有しており,平成10年頃に公益財団
法人日本障害者スポーツ協会公認の上級障害者スポーツ指導員(以下「上
級障害者スポーツ指導員」という。)の資格を取得した(乙11,被告E
本人)。
(2)水泳教室への入会等
亡Cは,平成19年頃,被告法人が開催する水泳教室に入会した。被告E
は,亡Cが水泳教室に入会した当初から亡Cの指導を担当していた(甲6,
乙11)。
上記水泳教室には,月会費として9000円,月に4回以上参加する場合
には月会費とは別に3000円が必要であり,また,それらの費用とは別に
プールの使用料金も必要であった(甲4,原告A本人)。
(3)本件事故の概要
ア亡Cは,平成25年8月14日午後6時頃からFアリーナで行われた本
件水泳教室に参加した。本件水泳教室(担当指導員は被告E)には,亡C
のほか,練習生として,G(当時20代),H(当時20代),Iが参加
しており,また,原告らとJ(Hの母)が練習に立ち会っていた(乙3,
14)。
H及びIは,平成24年に知的障害者水泳連盟の国際大会強化選手に選
出される程度の泳力があった。亡Cは,平成25年7月に開催されたジャ
パン・パラリンピックの100mバタフライの予選で1分17秒の記録(標
準記録1分15秒)を出す程度の泳力があった。Gは,亡Cよりも泳力が
あった(甲40,41,49,乙1,3,被告E本人)。
イ亡Cは,本件水泳教室での練習中,被告Eから指示された泳法と異なる
泳法で泳ぎ始めた。その後,亡Cは,プールの中にいた他の練習生によっ
てプールサイドに引き上げられたが,意識はなく,けいれんが認められた
(原告B本人,被告E本人)。
ウFアリーナの担当者は,平成25年8月14日午後7時頃,救急搬送を
依頼し,同日午後7時9分頃,救急車が現場に到着した。亡Cは,同日午
後7時33分頃,K病院に搬送されたが,同日午後8時21分に亡Cの死
亡が確認された(甲12~14)。
亡Cについての死体検案書には,てんかん重積症が直接死因であると記
載されている(甲15)(ただし,亡Cの死因については,後記争点(3)
のとおり当事者間に争いがある。)。
(4)てんかんについての知見
アてんかんとは,大脳の神経細胞が過剰に興奮することによって様々な発
作を引き起こす病気である。てんかん発作は,特段の誘因がなく発症する
ことが多いが,睡眠不足・疲労・精神的ストレス・運動が誘因となること
もある(甲20,30の1)。
イてんかん発作は,①強直間代発作,②間代発作,③強直発作,④脱力発
作等に分類される。①強直間代発作は,てんかん大発作とも呼ばれ,意識
がある状態での発作を経ずに突然意識を消失し,強直けいれん(筋肉に力
が入って硬くなったままの状態のけいれん),間代けいれん(筋肉に力が
入って硬くなった状態と力が抜けた状態を規則的に繰り返すけいれん)を
起こす発作,②間代発作は,全身に間代けいれんを起こす発作,③強直発
作は,意識がある状態での発作を経ずに意識を消失し,身体の中心線に近
い部位の強直けいれんを起こす発作,④脱力発作は,意識がある状態での
発作を経ずに意識を消失し,全身の力が抜ける発作である(甲30の1)。
ウてんかん重積症とは,てんかん発作が長時間続いたり,意識を回復しな
いまま何度も繰り返したりする状態である。てんかん重積症は,けいれん
の有無によって,けいれん性てんかん重積症と非けいれん性てんかん重積
症に分類されている。そして,けいれん性てんかん重積症で,意識が回復
せずに3回以上の強直間代発作を繰り返すか,又は10分以上けいれんを
持続する場合には,救急搬送を依頼する必要があるとされている(甲30
の1,甲52の文献11)。
2争点
(1)被告Eの体調管理についての注意義務違反の有無
(2)被告Eの救護処置についての注意義務違反の有無
(3)因果関係
(4)相当程度の可能性の侵害の有無
(5)損害額
(6)過失相殺
3争点についての当事者の主張
(1)争点(1)(被告Eの体調管理についての注意義務違反の有無)につ
いて
(原告らの主張)
ア被告Eが負っていた注意義務違反の内容
次の(ア)~(カ)の事実等に照らせば,被告Eは,本件水泳教室において,
亡Cの体調を慎重に管理し,練習環境を確認した上で,熱中症が発生する
危険性を検討し,熱中症の発症を警戒すべき暑熱環境下においては,通常
よりも軽度の練習にとどめたり,定期的に十分な休憩時間を設けて休憩さ
せたり,強制的に水分補給をさせたりするなどの積極的な措置をとるべき
注意義務を負っていた。
(ア)一般に,運動する者を監督する指導者は,天候の特徴(急に暑くなっ
たか,特に蒸し暑いか等)や練習を行う環境が,「熱中症予防運動指針」
中の5段階(運動は原則中止,厳重警戒,警戒,注意,ほぼ安全)のど
の段階に該当するかを確認した上で練習メニューを検討すべきである
(甲31)。また,精神障害者のスポーツ指導に当たっては,身体不調
や体調の変化を訴えない者が少なくないことから,運動中の表情等(チ
アノーゼ,発汗の様子等)を見ながら運動量を加減することが必要であ
る(甲32)。
(イ)亡Cは,精神障害があったため,自らの体調不良を訴えたり,自ら練
習内容を調整するなどして熱中症を予防することは困難であった。
(ウ)被告Eは,上級障害者スポーツ指導員であり,長年にわたって,有償
で,障害者の水泳指導を行っていた。
(エ)被告Eは,亡Cに対して指定居宅介護等のサービスを提供していた有
限会社Lの代表取締役兼契約担当者であり,同社の業務を通じて知り得
た亡Cに関する情報を利用し得る立場にあった(甲7~11)。
(オ)平成25年8月14日午後6時時点におけるFアリーナの外気温は3
7.2℃,プール室温は36.0℃,プール水温(水中温度)は32.
7℃であり,環境省熱中症予防情報サイトにおいて開示されているWB
GT(暑さ指数)は25.3℃であって,熱中症を警戒すべき状況であ
った(甲16,17の1・2)。
(カ)被告Eは,平成25年1月頃から,練習生に対して罰金の制度を課し
ており,同年8月10日には練習生を叱責して練習の途中で帰るなどし
た。これにより,同月14日の練習(本件水泳教室)は,練習生が被告
Eに対して練習内容に異議を述べたり,自由なタイミングで休憩・水分
補給をすることがはばかられる状況で行われた。
イそれにもかかわらず,被告Eは,平成25年8月14日に行われた本件
水泳教室において,亡Cの体調を慎重に管理した上で,通常よりも軽度の
練習にとどめたり,定期的に十分な休憩時間を設けて休憩させたり,強制
的に水分補給をさせたりするなどの積極的な措置をとっておらず,上記注
意義務に違反した。
ウこれに対し,被告らは,平成25年8月14日の練習前に亡Cに体調不
良等を申告させるようにしていた旨主張するが,被告法人開催の水泳教室
でそのような申告の機会が設けられたことはなく,仮にそのような機会が
設けられていたとしても,中等度精神遅滞等の精神障害を有する亡Cが自
らの体調不良を訴えることは困難であり,自己申告による体調管理に意味
はない。
また,被告らは,平成25年8月14日の練習メニューが過酷ではなか
った旨主張するが,ウォーミングアップの後すぐに2000mの距離を僅
かな休憩を挟みながら全力で泳ぎ続けることは相当過酷な練習であったと
いうべきである。
(被告らの主張)
ア被告Eが,平成25年8月14日当時,スポーツ指導者として,亡Cの
体調を管理すべき抽象的な義務を負っていたことは認める。
イしかし,次の(ア)~(ウ)の事実等に照らせば,被告Eに上記注意義務違反
はなかったというべきである。
(ア)亡Cが被告Eの指示と異なる泳法で泳ぎ始めたのは1800mを泳い
だ時点であるが,亡Cは平成25年当時2時間の練習時間内に5000
mを泳ぐこともあったのであるから,当日の練習が過酷であったとはい
えない。
(イ)被告Eは,平成25年8月14日,練習が一区切りつくたびに練習生
に休息をとらせており,30分おきに休息をとらせていた。
(ウ)被告Eは,平成25年8月14日,プール到着後,ロビーでの待ち時
間を利用して,練習生の体調不良等についての申告を受けるようにして
いた。亡Cは,同日,体調不良を訴えることはなかった。
(2)争点(2)(被告Eの救護処置についての注意義務違反の有無)につ
いて
(原告らの主張)
ア被告Eが負っていた注意義務違反の内容
次の(ア)~(カ)の事実等に照らせば,被告Eは,亡Cがプールサイドに引
き上げられ,意識がない状態でのけいれんが認められた時点で,亡Cが熱
中症を発症していることを疑い,速やかに,救急車を要請した上で,亡C
を涼しいところに運び,身体冷却を行うなどの応急処置を行うべき注意義
務を負っていた。
(ア)一般に,暑い時期の運動中に熱中症が疑われるような症状がみられた
場合,まずは熱中症を発症しているか否かを判断する必要があり,応答
が鈍い,言動がおかしいなどの意識障害が少しでもみられた場合には,
速やかに救急搬送を依頼した上で,対象者を涼しいところに運び,身体
冷却を行うことが必要である(甲31)。
(イ)公益財団法人日本障害者スポーツ協会が編集する『障害者スポーツ指
導教本初級・中級〈改訂版〉』(平成24年)(甲32)では,暑い環
境下で生ずる不具合については「熱中症」を疑うことが大切なポイント
であるとされており,意識障害・けいれん・運動障害・高体温が認めら
れた場合には上記(ア)のような応急処置をとるべきであるとされている。
(ウ)被告Eは,上級障害者スポーツ指導員であり,長年にわたって,有償
で,障害者に対する水泳の指導に当たっていた。
(エ)平成25年8月14日午後6時時点におけるFアリーナの外気温は3
7.2℃,プール室温は36.0℃,プール水温(水中温度)は32.
7℃であり,環境省熱中症予防情報サイトにおいて開示されているWB
GT(暑さ指数)も25.3℃であり,熱中症を警戒すべき状況であっ
た。
(オ)亡Cは,意識がない状態でのけいれんが発生する直前,①シャドース
トロークを行っていた際に大量の汗をかいて息切れし(亡Cが大量の汗
をかいていたことは,K病院で行われた血液検査の結果からも推測され
る。),②被告Eの指示に対する反応が鈍くなり,③近くに置かれてい
たボトルからスポーツドリンクを飲んだ後,少し離れた位置にあるウォ
ータークーラーまで水を飲みに行き,④被告Eから指示された泳法とは
異なる泳法で泳いだりするなどしていたが,これらの行動等は熱中症を
疑わせるものであった。
(カ)亡Cには,プールサイドに引き上げられた際,体温の上昇,けいれん
及び意識消失の症状が認められた。
イそれにもかかわらず,被告Eは,亡Cがプールサイドに引き上げられた
際,亡Cが熱中症を発症していることを疑わず,速やかに救急搬送を依頼
したり,亡Cを涼しいところに運んだり,身体冷却を行ったりすることを
しておらず,上記注意義務に違反した。
ウこれに対し,被告らは,亡Cのけいれんがてんかんによるものだと疑っ
た旨主張する。しかし,暑熱環境下における運動中にけいれんが発生した
場合,まずは熱中症の発症を疑うべきであって,てんかん発作によるけい
れんであると即断すべきではない。また,平成25年8月14日に亡Cに
認められたけいれんの態様は,強直間代発作の態様(甲30の2参照)と
は異なるものであり,同日以前の練習中に亡Cに生じたてんかん発作の態
様とも異なっていた。
(被告らの主張)
ア被告Eが,平成25年8月14日当時,スポーツ指導者として,亡Cに
対し,熱中症に対応した救急処置を行うべき抽象的な義務を負っていたこ
とは認める。
イしかし,次の(ア)~(ウ)の事実等に照らせば,被告Eは,平成25年8月
14日当時の具体的状況下において,亡Cに対して熱中症に対応した救急
処置を行うべき注意義務を負っていなかったというべきである。
(ア)原告らは,亡Cがプールサイドに引き上げられた際に体温上昇があっ
た旨主張するが,少なくとも亡Cがプールサイドにいた段階において,
体温上昇は認められなかった。
(イ)原告らは,亡Cがプールサイドでシャドーストロークを行っていた際
に大量の汗をかいていた旨主張するが,そのような事実はなかった。
(ウ)被告Eは,プールサイドに引き上げられた亡Cのけいれんをてんかん
発作から生じたものと考えた。そして,被告Eは,平成23年以降,亡
Cが練習中に強直間代発作を起こした様子を数回見ており,上記けいれ
んがてんかん発作から生じたものと考えたことも当然であった。
ウまた,被告Eは,亡Cの異変に気付いてからは直ちに原告Aに対して亡
Cを止めるように呼び掛け,亡Cを引き上げてからは直ちに救急搬送を依
頼しようとした(この救急搬送の依頼は,原告らの意向で行われなかった。)
のであって,その当時に行うことができることは全て行った。
(3)争点(3)(因果関係)について
(原告らの主張)
ア亡Cの死因
亡Cの直接の死因は,本件水泳教室での練習中に発症した熱中症であり,
てんかん重積症が直接死因であるとの死体検案書(甲15)の記載は誤り
である。
イ争点(1)の注意義務違反と亡Cの死亡との間の因果関係
一般に,熱中症は,適切な措置を講じることによって予防することがで
き,平成25年の時点で,熱中症の予防法が広く提唱されていた。そうす
ると,仮に,被告Eが,亡Cの体調を慎重に管理し,練習環境を確認した
上で熱中症が発生する危険性を検討し,通常よりも軽度の練習にとどめた
り,定期的に十分な休憩時間を設けて休憩させたり,強制的に水分補給を
させたりするなどの積極的な措置をとっていたならば,亡Cが熱中症を発
症することはなく,亡Cが死亡することもなかった。
ウ争点(2)の注意義務違反と亡Cの死亡との間の因果関係
現場における熱中症への応急処置の方法は,平成25年の時点で,既に
確立していた。そうすると,仮に,被告Eが,亡Cの意識がない状態での
けいれんが認められた際に速やかに救急搬送を依頼し,亡Cを涼しいとこ
ろに運び,身体冷却を行っていたならば,亡Cが死亡することはなかった。
(被告らの主張)
ア亡Cの直接死因はてんかん重積症である(甲15)。亡Cが熱中症を発
症していたこと,熱中症が亡Cの死亡に影響したことが立証されていない。
イ仮に,亡Cの死亡が熱中症を原因とするものであったとしても,被告E
の争点(1)及び(2)の注意義務違反と亡Cの死亡との間の因果関係は
立証されていない。
(4)争点(4)(相当程度の可能性の侵害の有無)について
(原告らの主張)
仮に,被告Eの争点(1)及び争点(2)の注意義務違反と亡Cの死亡と
の間の因果関係が認められないとしても,平成25年当時において熱中症の
発症や重篤化を予防するための方法が定着していたことからすれば,被告E
の争点(1)及び争点(2)の注意義務違反がなかったならば,亡Cが平成
25年8月14日午後8時21分時点で生存していた相当程度の可能性があ
った。
そして,上記の亡Cの相当程度の生存可能性は,保護法益として認められ
るべきである。
(被告らの主張)
原告らの主張は否認し,又は争う。
(5)争点(5)(損害額)について
(原告らの主張)
上記各注意義務違反と相当因果関係のある原告らの損害額は,次のア~エ
のとおり,合計5501万4601円である。
ア亡Cの損害額
本件患者の損害額の合計は4251万4601円であり,原告らは,法
定相続分に応じて亡Cの被告らに対する損害賠償請求権を承継した。
(ア)死亡逸失利益
亡Cは死亡当時24歳であり,就労可能年数は43年である。本件患
者の死亡当時の年収は,116万1185円であった。また,亡Cは,
年額78万6500円の国民年金(障害基礎年金)を受給しており,7
9歳(平均余命)までの55年間にわたって上記国民年金を受給し続け
ていたはずである。そして,亡Cの生活費控除率は50%が相当である。
したがって,亡Cの死亡逸失利益は,1751万4601円(=11
6万1185円×17.5459〔43年のライプニッツ係数〕×0.
5+78万6500円×18.6334〔55年のライプニッツ係数〕
×0.5)である。
(イ)死亡慰謝料
亡Cが被った精神的苦痛を慰謝するためには,2500万円が相当で
ある。
イ葬儀費用
原告らは,亡Cの葬儀費用として,それぞれ75万円の損害を被った。
ウ原告ら固有の慰謝料
原告らが被った精神的苦痛を慰謝するためには,それぞれ300万円が
相当である。
エ弁護士費用
原告らが請求することができる弁護士費用は,それぞれ250万円が相
当である。
(被告らの主張)
原告らの主張は否認し,又は争う。
(6)争点(6)(過失相殺)について
(被告らの主張)
次のア~キの事実等に照らせば,仮に,被告Eに注意義務違反があるとさ
れる場合であっても,原告らの過失を考慮して,損害賠償の額が定められる
べきである。
ア原告らは,本件水泳教室に先立って,被告Eに対し,亡Cに熱中症の既
往症があったことについて詳しい報告をしていなかった。
イ原告らは,本件水泳教室に先立って,被告Eに対し,亡Cに対して処方
されているてんかんの治療薬によって熱中症類似の症状が出現することが
ある旨を申告していなかった。
ウ本件水泳教室は,原告らの要望を受けて行われたものであった。
エ原告Bは,亡Cがシャドーストローク中に大量に発汗しているのを見た
などと供述する。仮にそれが事実であれば,原告Bは,被告Eに対し,亡
Cに対して休憩や給水をさせるように進言すべきであったが,そのような
進言をしなかった。
オ原告Bは,亡Cが被告Eの指示と異なった泳法で泳ぎ始めた時点で,被
告Eに対し,亡Cを積極的に止めるように進言すべきであったところ,原
告Bはそのような進言をしなかった。
カ原告らは,亡Cがプールサイドに引き上げられた後,救急搬送の依頼を
一度断った。
キ原告らは,本件水泳教室に立ち会っていたのであるから,亡Cの体調等
を管理すべき義務を負っていた。
(原告らの主張)
被告らの主張は否認し,又は争う。
第3当裁判所の判断
1認定事実
前記前提事実並びに後掲の各証拠及び弁論の全趣旨により認められる事実
は,次のとおりである。
(1)亡Cの障害の状態及びその程度等
ア亡Cは,生後9箇月時に結節性硬化症と診断され,同疾患によって併発
する自閉傾向,中等度精神遅滞等の精神障害があり,障害等級は1級であ
った。
イ亡Cは,平成4年頃から,結節性硬化症の治療を目的として,M病院に
通院していた(同年頃~平成25年6月頃は主に小児科を受診し,同月頃
以降は主に神経科精神科を受診した。)(甲21,22)。
亡Cは,平成25年当時,抗不安薬(セルシン)や抗てんかん薬(マイ
スタン)を服用していた。
M病院の小児科の担当医師は,平成25年6月頃,同病院の神経科精神
科の担当医師に対し,亡Cの症状について,生後9箇月頃に全身けいれん
発作があったが,幼少期から同月頃まではけいれんは認められず,泳いで
いる途中で動かなくなることがあるのみであった旨伝達した(同病院の診
療録には,同月13日に全般強直間代発作の治療を開始した旨の記載があ
るが,上記伝達内容を踏まえて検討すると,上記記載は,亡Cについて,
同日以前に強直間代発作が認められたことを示す趣旨の記載ではないと解
される。)(甲22)。
ウ亡Cは,平成23年5月以降,被告法人が開催する水泳教室において,
シュノーケルを用いた練習中に沈んだり,練習中に指示を聞かなくなった
り,泳法が途中で変わったり,泳いでいる途中で立ち止まったりすること
があった(甲35~38,乙5,12,14,証人J,原告B本人,被告
E本人)。
(2)被告Eの知識等
ア被告Eは上級障害者スポーツ指導員の資格を有する者であるが,障害者
スポーツ指導員は,その資格を取得しようとする者が,公益財団法人日本
障害者スポーツ協会に対して申請を行い,同協会から推薦を受けて取得す
る資格である。初級障害者スポーツ指導員の資格を取得するためには,実
技を含む講習を4日間程度受ける必要があり,中級障害者スポーツ指導員
の資格を取得するためには,初級障害者スポーツ指導員の資格を取得して
から2年以上が経過した後,実技を含む講習を80時間程度受ける必要が
ある。そして,上級障害者スポーツ指導員の資格を取得するためには,中
級障害者スポーツ指導員の資格を取得してから2年以上が経過した後,講
習を10日間程度受ける必要がある(被告E本人)。
イ被告Eは,平成23年1月16日,大阪障害者スポーツ指導者協議会が
主催する,発汗時の脱水とその対処法についての知識の取得を目的とする
研修会に参加した(乙11,13の1・2,被告E本人)。
被告Eは,平成25年当時,暑熱環境下での運動に際して熱中症の発症
に注意しなければならないこと,水泳は発汗量が多い運動であるため水分
補給が特に重要であること等の知識を有していた(甲32,乙11,被告
E本人)。
(3)練習状況等
ア亡Cは,平成19年頃,被告法人が開催する水泳教室に入会した。被告
Eは,亡Cが水泳教室に入会した当初から,亡Cの指導を担当していた。
イ亡Cは,平成25年頃,被告法人が開催する水泳教室に週4回(基本的
に火曜日・木曜日・金曜日・土曜日)参加していた。上記水泳教室は,毎
回約2時間行われ,練習生は,1回の練習で3000~4000mの距離
を泳ぐことが多かったが,5000mの距離を泳ぐこともあった(甲42,
乙1,2の1~6)。
また,原告Bは,上記水泳教室の終了後,亡Cと共にプールに残り,亡
Cに居残り練習をさせることがあった(原告B本人)。
ウ被告Eは,平成22年頃から練習中にため息をついた練習生に対して5
0円の罰金を課していたところ,平成25年1月頃には「金ブタのルー
ル!」という題の紙を練習生に渡すなどして,練習生に対し,「無理」,
「しんどい」等の「マイナスの言葉」を用いた場合には50円,「無断欠
席」,「無断遅刻」には200円の罰金をそれぞれ課していた(甲49,
58,原告B本人)。
(4)平成25年7月下旬~8月下旬の気象状況等
平成25年は例年にない猛暑で,同年7月下旬~8月下旬にかけて,降水
量も少なく,気象庁も「高温注意情報」を発表し,新聞やテレビにおいても
熱中症への注意が呼び掛けられていた(甲18,50)。
(5)平成25年8月1日~同月12日の練習状況等
ア平成25年8月1日の練習状況等
亡Cは,平成25年8月1日午後6時頃~午後8時頃,被告法人が大阪
市a区所在のNプールで開催した水泳教室に参加し,合計5200mを泳
いだ。上記水泳教室が開催されていた時間帯のNプールは,室温が約30.
5℃,湿度が約70%,水温が約29℃であった(甲43の1,55,5
6,乙1,2の3,4の8)。
イ平成25年8月2日の練習状況等
亡Cは,平成25年8月2日午後6時頃~午後8時頃,被告法人がNプ
ールで開催した水泳教室に参加し,合計4400mを泳いだ。上記水泳教
室が開催されていた時間帯のNプールは,室温が約29.8℃,湿度が約
64%,水温が約28.8℃であった(甲43の2,乙1,2の4,4の
8)。
ウ平成25年8月4日の練習状況等
亡Cは,平成25年8月4日午後5時頃~午後7時頃,被告法人がNプ
ールで開催した水泳教室に参加し,合計3520mを泳いだ。上記水泳教
室が開催されていた時間帯のNプールは,室温が約30.0℃,湿度が約
64%,水温が約28.8℃であった(甲43の3,乙1,2の5,4の
8)。
エ平成25年8月6日の練習状況等
亡Cは,平成25年8月6日午後7時15分頃~午後8時15分頃,被
告法人がOスポーツセンターのプールで開催した水泳教室に参加した(乙
1,4の8)。
オ平成25年8月8日の練習状況等
亡Cは,平成25年8月8日午後6時頃~午後8時頃,被告法人がFア
リーナのプールで開催した水泳教室に参加した。上記水泳教室が開催され
ていた時間帯のFアリーナのプールは,室温が約34.5℃,水温が約3
1.5℃であった(甲44の1,乙1,4の8)。
亡Cは,平成25年8月8日,被告Eの指導の下,ウォーミングアップ
として200mを約5分間かけて泳ぎ,次に,クロールで100mを10
本泳ぐ練習(2分間で1本泳ぎ,余った時間は休憩することができる。),
その次に専門種目(亡C及びIの専門種目はバタフライ)で100mを1
0本泳ぐ練習(約2分間で1本泳ぎ,余った時間は休憩することができる。)
を行うなど,合計4500mの距離を泳いだ(以下「本件練習メニュー」
という。乙2の6)。
平成25年8月8日の水泳教室には,元高校体育教師であるP(以下「P
コーチ」という。)がコーチとして参加し,Pコーチが上記練習メニュー
を考案した。練習生は,同日,上記練習メニューを十分にこなすことがで
きなかった(甲49,乙11,原告B本人,被告E本人)。
カ平成25年8月9日の練習状況等
亡Cは,平成25年8月9日午後5時頃~午後7時頃,被告法人がNプ
ールで開催した水泳教室に参加した。上記水泳教室が開催されていた時間
帯のNプールは,室温が約31.0℃,湿度が約63%,水温が約29.
0℃であった(甲43の4,乙1,4の8)。
キ平成25年8月10日の練習状況等
亡Cは,平成25年8月10日午前10時40分頃~午後1時頃,被告
法人がFアリーナのプールで開催した水泳教室に参加した。上記水泳教室
が開催されていた時間帯のFアリーナのプールは,室温約34.5℃,水
温約31.5℃であった(甲44の2,乙4の8)。
被告Eは,平成25年8月10日の水泳教室において,遅刻してきたI
を叱責して,同日午後0時30分頃,練習に立ち会っていた原告Bにその
後の練習の監督を依頼し,上記水泳教室に参加していた練習生(H,I,
G,Q,亡C)を残してその場を立ち去った。被告Eが水泳教室の練習の
途中でその場を立ち去ったのは,同日が初めてであった(甲49,被告E
本人)。
被告Eは,平成25年8月10日午後1時30分頃,同日の水泳教室を
途中で帰ったことについて,原告Bを含む練習生の親(J,R,S,T)
に対し,①練習生がだらけているとしか考えられない,②練習生には,被
告Eをコーチとして受け入れることができないのであれば,他のコーチを
探しなさいと伝えているので,家で話し合ってみてほしい,③年甲斐もな
くとも思ったが,この時間を過ごすことができればいいかという気持ちは
持ち合わせておらず,後の練習を原告Bに任せて帰った旨を記載した電子
メールを送信した(甲45,49)。
上記電子メールに対し,Tは,平成25年8月10日午後2時頃,被告
Eに対し,①被告Eに水泳指導以外のこともお願いしていて申し訳ないと
思っている,②被告Eの考えに沿わないことがあればはっきりと言っても
らいたい旨の電子メールを返信した。また,原告Bは,同日の夕方,Sに
対し,①練習の前半に出し切っていなかった練習生は,いくら反省しても
練習の後半にペースアップすることはできず,同日の練習の後半は,ただ
20本を泳いだだけという印象である,②ほんの序の口のインターバル練
習で弱音を吐く練習生(亡Cを含む)の心技体をどのように導くか,被告
Eも試行錯誤しているのだろうと思う旨を記載した電子メールを送信した
(甲46,乙9,原告B本人)。
ク平成25年8月12日の練習状況等
亡Cは,平成25年8月12日,機具を用いた筋力トレーニングを1時
間程度行った(乙4の8)。
亡Cを含む練習生は,平成25年8月12日の上記トレーニング終了後,
Jから被告Eに再度コーチをお願いするかどうかを尋ねられ,被告Eに対
して土下座をした(甲49,50,原告A本人,原告B本人)。
(6)本件水泳教室の状況,本件事故の状況
ア平成25年8月14日に練習を行うことになった経緯
被告法人が開催する水泳教室は,例年,8月14日頃には開催されてい
なかったが,亡Cが平成25年8月17日になみはやマスターズ水泳選手
権(健常者と障害者が一緒に泳ぐ大会)に出場する予定であり,Iも同日
からINAS(アイナス:国際知的障害者スポーツ連盟)がニューカレド
ニアで開催する大会に出場する予定であったことから,同月14日,Fア
リーナにおいて本件水泳教室が開催された(乙4の8,11,証人J,原
告B本人,被告E本人)。
イ亡Cの平成25年8月14日の体調
亡Cは,平成25年8月14日の朝,体調に変わったところはなく,職
場を出て同日午後6時頃にFアリーナのプールに到着した際にも,少なく
とも外観上,体調不良は認められなかった(甲50,乙3,証人J,原告
A本人)。
ウ本件水泳教室の練習内容等
(ア)参加者等
本件水泳教室(指導担当者は被告E)には,亡Cの他に,練習生とし
て,G,H,Iが参加しており,練習生の親として原告らとJが練習に
立ち会っていた。
亡Cは,本件水泳教室に参加した練習生の中で,Gに次いで泳力があ
った(被告E本人)。
(イ)練習環境
平成25年8月14日午後6時頃のFアリーナのプールは,外気温が
約37.2℃,室温が約36.0℃,水温が約32.0℃であった。ま
た,Fアリーナのプールでは湿度が計測されていなかったが,同プール
が温水プールであること,同じく温水プールであるNプールの平成25
年8月1日,2日,4日,9日の湿度が60~70%であったことから
すれば,同月14日のFアリーナのプールの湿度も相当程度に高かった
ものと推測される(甲16)。
被告Eは,本件水泳教室の練習メニューを決める際,Fアリーナのプ
ールの水温が他のプールと比較して高めに設定されていること,室温が
高いことを認識していた。なお,Fアリーナのプールでは,平成25年
8月14日時点で,水温・室温の表示はされていなかった(乙11,被
告E本人)。
(ウ)練習メニュー等
被告Eは,本件水泳教室において,Pコーチが後日練習に参加した際
に練習生が本件練習メニューをこなすことができるようにするため,平
成25年8月8日に練習生がこなすことができなかった本件練習メニュ
ーを行わせることとした。被告Eは,本件水泳教室において,水分補給
を禁止することはなく,水分補給をするように声を掛けることはあった
が,休憩をするための時間を設けるなどの措置はとっていなかった(乙
2の6,11,被告E本人)。
エ本件水泳教室の練習状況等
(ア)亡Cは,本件水泳教室において,被告Eの指導の下,ウォーミングア
ップとして200mを約5分間かけて泳ぎ,次に,クロールで100m
を10本泳ぐ練習(2分間で1本を泳ぎ,余った時間は休憩することが
できる。),その次に専門種目(亡C及びIの専門種目はバタフライ)
で100mを10本泳ぐ練習(2分間で1本を泳ぎ,余った時間は休憩
することができる。)(本件練習メニュー)を行った(乙11,被告E
本人)。
本件水泳教室においては,別紙の斜線部分のコースが使用された。そ
して,練習開始時,原告B,被告E,Jは,別紙の①の位置におり,原
告Aは,別紙の②の位置にいた(乙3,証人J,原告A本人,原告B本
人,被告E本人)。
(イ)被告Eは,亡C及びIが専門種目(バタフライ)の6~7本目を泳い
だ辺りで,亡C及びIに対し,リズムが遅いのでフォームを修正するよ
うになどと言って,プールサイドでシャドーストロークを行うように指
示した。亡C及びIは,被告Eの上記の指示に従い,プールサイドでシ
ャドーストロークを行った。亡Cは,別紙の③の位置でシャドーストロ
ークを行った(乙3,11,証人J,被告E本人)。
(ウ)被告Eは,G及びHが専門種目の10本目をスタートした時点で,亡
C及びIに対し,シャドーストロークを中断してバタフライで100m
を泳ぐように指示した。Iは,被告Eの上記指示を受けてすぐに準備を
始めた。これに対し,亡Cは,被告Eの上記指示を受けたにもかかわら
ず,近くに置いてあったボトルからスポーツドリンクを少し飲んだ上で,
プールサイドに設置されていたウォータークーラーで水を飲むなどして
いた。その後,原告Bは,コースに戻ってきた亡Cに対し,「Iはもう
行ったで。」などと声を掛けた。亡Cは,原告Bの呼び掛けには反応せ
ず,プールに入り,被告Eから指示されたバタフライではなくクロール
で泳ぎ始めた(甲49,乙11,原告B本人,被告E本人)。
(エ)被告Eは,亡Cが指示した泳法とは違う泳法で泳ぎ始めたことを受け,
原告Bに対し,「あれっ,発作かな。」などと言った。これに対し,原
告Bは,亡Cが指示された泳法で泳ぎ始めた原因がてんかん発作だった
かどうかは分からなかったため,明確な回答はせず,「いつもより速い」
などと言った(甲49,乙11,原告B本人,被告E本人)。
(オ)亡Cは,プールの対岸でターンして合計100mを泳いだ辺りでプー
ルの中にいた練習生に止められ,プールサイド(別紙の④の位置)に引
き上げられた。亡Cは,プールサイドに引き上げられた際,意識がなく,
仰向けに寝て,肘のところで手を90度くらい曲げ,足を伸ばし,小刻
みに震えるような様子であった。プールサイドに横たわっている亡Cに
対し,原告Bは,亡Cの顔の近くで亡Cの体を触りながら「C,C,大
丈夫。」などと声を掛け,被告Eは,けいれんがてんかん発作によるも
のであると考え,亡Cの胸と腕をさするなどしており,原告A及びJは,
亡Cの足をさするなどしていた。また,原告Bは,亡Cに対し,スポー
ツドリンクを飲ませようとしたが,亡Cがむせたため,スポーツドリン
クを飲ませることはできなかった。なお,被告Eは,亡Cの体温の確認
などは行わなかった(甲49,50,乙3,11,証人J,原告A本人,
原告B本人,被告E本人)。
オ救急搬送が依頼されるまでの経緯
亡Cがプールサイドに引き上げられた直後(平成25年8月14日午後
6時58分頃),Fアリーナの監視員が,原告らに対し,救急車を呼ぼう
かなどと声を掛けた。これに対し,原告Bは,ちょっと待ってくださいな
どと発言した。その後,被告Eは,Fアリーナのコーチ室に行き,同日午
後7時頃,救急搬送が依頼された(甲12,49,乙11,原告B本人,
被告E本人)。
(7)救急車要請後の経緯
ア救急隊員が現場に到着した際の状況
救急隊は,平成25年8月14日午後7時9分頃,亡Cが倒れている現
場に到着した。救急隊が現場に到着した際,亡Cは,JCS(ジャパン・
コーマ・スケール)300(刺激をしても覚醒しない状態で,痛み刺激に
全く反応しない状態)で,プールサイドに仰向けの状態で横になっており,
けいれんが認められた(甲13)。
イ亡Cの救急搬送時の状況等
亡Cは,平成25年8月14日午後7時13分頃,救急車に乗せられ,
同日午後7時33分頃,K病院に搬送された。亡Cは,K病院に搬送され
るまで,JCS300の状態でけいれんが継続しており,搬送中の体温は
39.5℃,K病院搬送時の体温は41.9℃であった。亡Cは,同日午
後7時44分頃,心停止となった(甲13,14)。
ウ亡Cの検査数値
亡Cは,平成25年8月14日午後7時43分頃,K病院において,血
液検査(以下「本件血液検査」という。)を受けた。本件血液検査の結果
は,次のとおりであった(甲14,52,57)。
(ア)Na(血清ナトリウム:脱水症状の有無の検査に有効な指標)150
mEq/ℓ(基準範囲:134.5~148.4mEq/ℓ)
(イ)AST(肝機能障害の有無の検査に有効な指標)64u/ℓ(基準範囲
:7~38u/ℓ)
(ウ)LDH(肝機能障害の有無の検査に有効な指標)300u/ℓ(基準範
囲:101~202u/ℓ)
(エ)Cr(CRE:腎機能障害の有無の検査に有効な指標)2.3㎎/dℓ
(基準範囲:0.75~1.24㎎/dℓ)
(オ)CK(CPK:筋原性酵素)611μ/ℓ(基準範囲:50~200μ
/ℓ)
(カ)Dダイマー(血液凝固異常の有無の検査に有効な指標)1.16μg/
mℓ(基準範囲:0~0.72μg/mℓ)
エ亡Cの死亡
亡Cは,平成25年8月14日午後8時21分,死亡した(甲14)。
オ亡Cの解剖
U医師は,平成25年8月15日午前8時10分頃,V警察署の担当警
察官から依頼を受け,亡Cの解剖を行った。U医師は,上記解剖の結果,
亡Cの直接死因はてんかん重積症であると判断した(甲15)。
(8)熱中症についての知見等
ア熱中症の分類及びそれに応じた対処方法等
熱中症とは,暑熱環境で発生する障害の総称であり,日本救急医学会に
おいて,その重症度に応じてⅠ度~Ⅲ度(Ⅲ度が最も重症)に分類されて
いる。各重症度の内容は次のとおりである(甲51の1・2,52,乙1
7,22)。
(ア)重症度Ⅰ度(臨床症状からは,熱けいれん・熱失神に分類される。)
症状として,めまい,立ちくらみ,生あくび,大量の発汗,筋肉痛,
筋肉の硬直(こむら返り)が認められ,意識障害が認められない状態で
ある。現場での治療で対応可能とされる。
(イ)重症度Ⅱ度(臨床症状からは,熱疲労に分類される。)
症状として,頭痛,嘔吐,倦怠感,虚脱感,集中力・判断力の低下が
認められる。医療機関での診察が必要であるとされる。
(ウ)重症度Ⅲ度(臨床症状からは,熱射病に分類される。)
中枢神経症状(意識障害,小脳症状,けいれん症状),肝・腎機能障
害(入院経過観察・入院加療が必要な程度の肝又は腎障害),血液凝固
異常のうちいずれかに該当する場合である。入院加療(場合によっては
集中治療)が必要とされる。重症度Ⅲ度の熱中症(熱射病)は,体温調
節が破綻し,過度に体温が上昇(40℃以上)し,脳機能に異常が生じ
た状態であり,死亡事故につながることもある(甲31)。
イWBGT(暑さ指数)について
WBGT(暑さ指数)とは,暑さに関する環境因子のうち気温,湿度,
輻射熱の3因子を取り込んだ指標であり,熱中症予防の温度指標として有
効であるとされている(甲17の1,31)。
ウ熱中症予防・対処についての一般的な知見
公益財団法人日本体育協会は,スポーツ活動中の熱中症による死亡事故
等が発生していることを踏まえ,その防止を目的として,平成3年に「ス
ポーツ活動における熱中症事故予防に関する研究班」を設置し,その研究
成果を踏まえ,平成6年に「熱中症予防運動指針」を作成・発表した。ま
た,公益財団法人日本体育協会は,同年,上記指針に解説を付した『スポ
ーツ活動中の熱中症予防ガイドブック』を発行した。同ガイドブックにお
いては,気温・湿度が高いほど熱中症の危険は高くなるため,環境条件に
応じて運動強度を調節し,適宜休息をとり,適切な水分補給を行うことが
大切であるとされており,自由に水分補給をすることができる環境を整え
ることが大切であるとしている。また,暑い時期の運動中に熱中症が疑わ
れるような症状がみられた場合,応答が鈍い,言動がおかしいなどの意識
障害が少しでもみられた場合には,速やかに救急搬送を依頼し,対象者を
涼しいところに運び,身体冷却を行うことが必要であるとされている(甲
31)。
また,運動中の水分補給の方法について,練習生の好きなときに給水す
ることができるようにする方法(自由飲水)と給水のための時間を設けて
強制的に給水させる方法(強制飲水)があるが,自由飲水は練習生が熱中
症に対する知識を持っていることが前提となるため,熱中症予防の観点か
らは,強制飲水の方が安全であるとする指摘もされている(甲54)。
エ水泳指導についての一般的な知見
公益財団法人日本水泳連盟が作成し,平成22年4月1日から施行され
ているプール公認規則によれば,公認プール(公益財団法人日本水泳連盟
が公式競技会及び公認競技会に使用する適格があると認めたプール〔プー
ル公認規則2条〕)の条件として,水温が競技中を通じて常に25~28
℃に保たれるような設備が必要とされている(プール公認規則31条)(甲
52の文献9)。
公益財団法人日本水泳連盟は,平成14年5月,『水泳指導教本〔初版〕』
を発行し,平成17年5月,『水泳指導教本〔第2版〕』(以下「水泳指導
教本」という。甲52の文献10)を発行した。水泳指導教本では,水温
について,多くのプールの水温は約30℃に設定されているが,競技を行
う際のプールの水温としては約27℃が適温であるとしており,屋外プー
ルについて,「水温+気温」が,①40℃以下は不適,②40~45℃は
やや不適,③45~50℃はやや適,④50~55℃は適,⑤60℃前後
は最適,⑥65℃以上は不適(日射病や熱射病に注意)とされている(甲
52の文献10)。
オ知的障害者のスポーツ指導についての一般的知見等
知的障害者のスポーツ指導に関し,休憩時間について「休む」というこ
とが理解し難い者も多く,情緒の安定には具体的な指導者の動きと指示が
必要であるとされる。また,知的障害者の中には,身体不調や変化を訴え
ない者も少なくなく,運動展開中の表情(チアノーゼ,発汗の様子等)を
観察しながら運動量を加減することが必要であるとされている(なお,身
体所見は,熱中症の治療に当たって注意すべき点の1つであるとされてい
る。)(甲32,52の文献4)。
2事実認定の補足説明
(1)亡Cに大量の発汗があったか否かについて
原告らは,亡Cが本件水泳教室でシャドーストロークを行っていた際に大
量の汗をかいていた旨主張し,原告Bも同旨の供述をする。そして,本件血
液検査の結果,Na(血清ナトリウム)値が基準範囲を超えており,本件血
液検査前に亡Cが発汗していたことが推測される(前記認定事実(7)ウ,
甲51の1・2)。
しかし,上記の検査結果によっても,亡Cがどの段階でどの程度発汗して
いたかを推測することができず,仮に亡Cが本件水泳教室中に相当量の汗を
かいていたとしても,シャドーストローク中ではなく,水泳中に発汗してい
た可能性がある。また,原告Bは,亡Cがシャドーストロークを行っていた
際に大量に汗をかいていた旨供述するが,亡Cは,その時点において,プー
ルから上がったばかりであって,体についていた水滴と汗とを明確に区別す
ることは困難であったと考えられる。
したがって,亡Cがシャドーストローク中に大量の汗をかいていたこと
は,これを認めるに足りない。
(2)亡Cのけいれんの態様について
証人Jは,プールサイドに引き上げられた際の亡Cのけいれんの態様につ
いて,右手左手が15秒間程度小刻みに震えた後,全身が硬直し,その後に
左手右手が15秒間程度小刻みに震えるという態様であった旨証言する。し
かし,上記の証言は,現場で亡Cのけいれんを見ていた原告A・原告B・被
告Eのいずれの供述内容とも整合していないこと等に照らし,採用すること
ができない。
3争点(1)(被告Eの体調管理についての注意義務違反の有無)について
(1)ア被告Eは,平成10年頃に上級障害者スポーツ指導員の資格を取得
し,平成18年6月頃から障害者の参加する水泳教室の指導を担当してお
り,平成25年当時,暑熱環境下での運動に際して熱中症の発症に注意し
なければならないこと,水泳を行うに当たっては水分補給が特に重要であ
ること等の知識を有していた(前記認定事実(2)イ)。
イ(ア)平成25年は例年にない猛暑で,同年7月下旬~8月下旬にかけて,
降水量も少なく,気象庁も「高温注意情報」を発表し,新聞やテレビに
おいても熱中症への注意が呼び掛けられていた(前記認定事実(4))。
そして,本件水泳教室の練習環境は,外気温が37.2℃,室温が36.
0℃,水温が32.0℃であり,湿度も相当高かった(前記認定事実(6)
ウ(イ))。水泳指導教本では,屋外プールでの競技について,プールの水
温と気温の合計が65℃以上であれば,競技を行う環境としては「不適
(日射病や熱射病に注意)」とされており(前記認定事実(8)エ),
プール室温とプール水温の合計が68℃になる本件水泳教室の環境は,
競技に近い強度の水泳の練習を行うには適さない環境であったといえ
る。
そして,被告Eは,平成25年8月14日のFアリーナのプールの水
温が他のプールよりも高く設定されていること,同日の室温が高かった
ことを認識していた(前記認定事実(6)ウ(イ))。
(イ)亡Cの大会でのタイム(100mバタフライで1分17秒)等からす
ると(前記前提事実(3)ア),本件水泳教室で実施された本件練習メ
ニューは,亡Cにとって練習強度が相当高いものであったことを推認す
ることができる。被告Eは,本件練習が亡Cにとって練習強度が相当高
いものであったことを認識していた(被告E本人)。
(ウ)また,被告Eは,平成25年1月頃から,被告法人が開催する水泳教
室の練習生に対し,「金ブタのルール!」と題する罰金の制度を課して
おり,同年8月10日には,遅刻してきた練習生を叱責して,水泳教室
の監督を原告Bに任せてその場を去り,同日,原告Bを含む練習生の親
に対し,コーチを辞めることも考えていること等を記載した電子メール
を送信した(前記認定事実(5)キ)。亡Cを含む練習生は,同月12
日,被告Eに対し,土下座をして,コーチを続けてもらえるように懇願
した(前記認定事実(5)ク)。以上の事実を総合すれば,本件水泳教
室において,亡Cを含む練習生は,被告Eの指示に異議を述べたり,指
示された練習の途中で適宜休憩したりすることなどはし難い状況であっ
たことを推認することができる。
(エ)そして,平成25年当時,一般に,熱中症の危険性が認識され,熱中
症予防のための「熱中症予防運動指針」が示され,練習生に適宜休息を
とらせて自由に水分補給をすることができる環境を整えることの重要性
が認識されるなどしており,特に,障害者スポーツ指導においては,練
習生に対して具体的な指示を出して休息させることの重要性が指摘され
ていた(前記認定事実(8)オ)。
ウ以上の事実等に照らせば,本件水泳教室において精神障害者である亡C
の指導に当たっていた被告Eは,本件水泳教室の指導に当たり,亡Cに対
し,その生命・身体の安全を確保するよう配慮すべき義務の一環として熱
中症予防に努めるべき注意義務を負っており,具体的には,一定時間ごと
に強制的にプールから上げて給水させるなどの措置をとるべき注意義務を
負っていたというべきである。
(2)それにもかかわらず,被告Eは,本件水泳教室において,一定時間ご
とに亡Cを含む練習生を強制的にプールから上げて給水させるなどの措置を
とっておらず(前記認定事実(6)ウ(ウ)),上記注意義務に違反した。
(3)なお,原告らは,本件水泳教室の練習環境等からすれば,被告Eは,
本水泳教室において,通常よりも軽度の練習にとどめるべき注意義務を負っ
ていた旨主張する。しかし,①亡Cが平成25年8月8日に本件水泳教室と
ほぼ同じ練習環境で本件練習メニューの練習を行っていたこと(前記認定事
実(5)オ),②Fアリーナのプールは同月14日の時点で水温・室温の表
示はされておらず,被告Eは,本件水泳教室の練習メニューを決める際,F
アリーナのプールの水温が他のプールと比較して高めに設定されているこ
と,室温が高いことを認識していたことにとどまること(前記認定事実(6)
ウ(イ)),③本件水泳教室開始時,亡Cの体調に特段の異変が認められなかっ
たこと(前記認定事実(6)イ),④同月8日にこなすことができなかった
本件練習メニューを再度行うことによって亡Cを含む練習生の泳力強化を図
るという目的(前記認定事実(6)ウ(ウ))それ自体は,不合理なものとはい
い難いことに照らせば,被告Eが本件水泳教室において本件練習メニューを
実施したこと自体は,法的な注意義務に違反したとまではいえない。
4争点(2)(被告Eの救護処置についての注意義務違反の有無)について
原告らは,被告Eは,亡Cがプールサイドに引き上げられて意識がない状態
でのけいれんが認められた時点で,亡Cが熱中症を発症していることを疑い,
速やかに救急搬送を依頼した上で,適切な応急処置を行うべきであった旨主張
する。
しかし,亡Cは,平成23年以降,被告法人が開催する水泳教室において,
複数回てんかん発作(主として脱力発作であると思われる。)を起こしており,
練習中に指示を聞かなくなったり,泳法が途中で変わったりすることがあった
(前記認定事実(1)ウ)。そして,本件水泳教室において亡Cが被告Eの指
示とは異なる泳法で泳ぎ始めたこと等は,従前のてんかん発作の症状と一部共
通するものであるといえる。また,原告らは,本件水泳教室で亡Cに認められ
たけいれんの態様がてんかん発作におけるけいれんの態様とは異なるものであ
った旨主張するが,一般に,けいれんの態様の違いによってその原因を判断す
ることは必ずしも容易ではなく,本件の現場において,亡Cのけいれんがてん
かん発作によるものか熱中症によるものかを見分けることは困難であったとい
える(現に,原告Bも亡Cの救急搬送を一度断っている〔上記認定事実(6)
オ〕)。そうすると,本件の現場における判断として,被告Eが亡Cのけいれ
んがてんかん発作によるものであると考えたことはやむを得ないというべきで
あり,原告らの上記の主張は理由がない。なお,被告Eは,亡Cがプールサイ
ドに引き上げられてから約2分後に救急搬送を依頼し,亡Cがプールサイドに
引き上げられてから約10分後には救急隊員が現場に到着したのであるから,
相応の対処をしていたといえる。
したがって,原告らの上記の主張は理由がない。
5争点(3)(因果関係)について
(1)亡Cの死因
ア亡Cは,けいれんを起こす直前,わざわざ遠くのウォータークーラーま
で水を飲みに行ったり,被告Eの指示と異なる泳法で泳ぎ始めたりするな
どしたが,これらの事情は,せん妄状態や奇異行動といった熱中症の前駆
症状であった可能性がある。また,本件血液検査の結果,肝機能異常(A
ST,LDHが基準値よりも高い値を示している。),腎機能異常(Cr
が基準値よりも高い値を示している。),CK及びDダイマーが基準値よ
りも高い値を示していることが認められ,これらの所見は,重症度Ⅲ度の
熱中症の典型的な所見であるといえる。そして,本件水泳教室の練習環境
及び練習メニューは,熱中症を誘発しやすいものであったといえる。さら
に,てんかん重積症の予後因子として,てんかん重積症の原因(急性脳炎
や脳症であること),発作持続時間(少なくとも45分間以上発作が持続
したこと)等があるところ,亡Cは急性脳炎や脳症を発症しておらず,け
いれん発生から50分足らずで心停止に至ったという経緯からすれば,て
んかん重積症が直接死因とは考え難い。以上の事情等を総合すれば,亡C
の死因は熱中症であったことを推認することができる(W医師作成の意見
書〔甲51の2〕は,その判断の前提としている事実とその評価について
特段の誤りはなく,判断に用いられている医学的知見が他の文献〔甲52
の文献4~6〕とも整合していること等に照らし,十分に信用することが
できる。)。
イこれに対し,被告らは,亡Cの死因はてんかん重積症である旨主張し,
死体検案書(甲15)及びU医師作成の回答書(甲34の1~3)にはこ
れに沿う記載がある。しかし,上記死体検案書及び上記回答書は,亡Cに
普段からけいれん発作が認められていたことを前提としているところ,亡
Cに普段からけいれん発作が認められていたという事実はない(前記認定
事実(1)イ)。また,仮にてんかん重積症が亡Cの直接死因であったと
すると,本件血液検査の結果が熱中症の典型的な所見であったことやけい
れん発生から50分足らずで心停止に至ったことを合理的に説明すること
ができない。そうすると,上記死体検案書及び上記回答書の上記記載部分
を採用することはできず,他に上記認定を覆すに足りる証拠はない。した
がって,被告らの上記の主張は理由がない。
(2)因果関係の有無
原告らは,練習生に強制的に給水させるなどの措置をとることが熱中症予
防に有効であることが一般に認識されていることなどからすれば,仮に,被
告Eが,本件水泳教室において,亡Cに対し,一定時間ごとに強制的にプー
ルから上げて給水させるなどの措置をとっていたならば,亡Cが熱中症を発
症することもなく,亡Cが死亡することもなかった旨主張する。
しかし,一般に,強制的に給水させることは熱中症予防のために有効な方
策の1つではあるものの,熱中症発症には練習環境や運動強度も関係してお
り(前記認定事実(8)ウ),強制的な水分補給によって確実に熱中症を回
避することができたとまではいい難い。さらに,本件で,亡Cには,突如と
してせん妄状態や奇異行為が認められ,その直後に意識がない状態でのけい
れんがあり,そこから50分足らずで心停止に至っている(前記認定事実
(6),(7))。このような熱中症の急激な発症・進行からすれば,仮に,
被告Eが,本件水泳教室の練習環境下において本件練習メニューを実施する
中で,練習生を強制的にプールから上げて給水させるなどの措置をとってい
たとしても,亡Cの熱中症の発症及び死亡を回避することができたことが高
度の蓋然性をもって認められるとはいい難い。そうすると,被告Eの前記3
の注意義務違反と亡Cの死亡との間の因果関係は認められない。
6争点(4)(相当程度の可能性の侵害の有無)について
本件水泳教室に練習生として参加した精神障害者である亡Cの生命・身体の
安全は本件水泳教室の指導を担当していた被告Eにその大部分が委ねられてい
たものといえることに照らせば,被告Eは,本件水泳教室において,亡Cに対
し,亡Cの生命・身体を保護すべき注意義務を負っていたというべきである。
そして,上記のような被告Eと亡Cとの関係,特に被告Eの専門性,亡Cの被
告Eに対する依存性等に照らせば,被告Eが適切な熱中症対策措置を講じてい
たならば亡Cがその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性
は,法律上保護される利益であるということができる。
ところで,一般に,強制的に給水させることは,熱中症予防のために有効な
方策の1つであるとされており,熱中症予防に一定の効果が認められている(前
記認定事実(8)ウ)。上記の知見を前提にして前記認定事実,特に亡Cがプ
ールに戻る直前の状況(前記認定事実(6)エ(ウ))等を総合すれば,仮に,被
告Eが,本件水泳教室において,亡Cに対し,一定時間ごとに強制的にプール
から上げて給水させるなどの措置をとっていたならば,亡Cがその死亡の時点
においてなお生存していた相当程度の可能性があったことを推認することがで
きる。そうすると,被告Eの前記3の注意義務違反により亡Cがその死亡の時
点においてなお生存していた相当程度の可能性が侵害されたというべきであ
る。
7争点(5)(損害額)について
(1)亡Cの損害額について
被告Eの注意義務違反の内容・程度,亡Cが死亡当時25歳であって普段
水泳をするなどしていたことその他本件に現れた一切の事情を考慮すると,
亡Cの精神的苦痛に対する慰謝料は,700万円が相当である。
そして,原告らは,亡Cの死亡によって,各自の法定相続分に応じて,そ
れぞれ350万円の損害賠償請求権を承継した。
なお,前記のとおり被告Eの注意義務違反と亡Cの死亡との間の因果関係
は認められないから,亡Cに生じた損害として逸失利益を認めることはでき
ない。
(2)葬儀費用について
上記のとおり被告Eの注意義務違反と亡Cの死亡との間の因果関係は認め
られないから,亡Cの葬儀費用の賠償は認められない。
(3)原告ら固有の慰謝料について
上記のとおり被告Eの注意義務違反と亡Cの死亡との間の因果関係は認め
られないから,原告ら固有の慰謝料は認められない。
(4)弁護士費用について
原告らは本件訴訟の進行を弁護士に委任しているところ,本件事案の難易,
請求額,認容額その他諸般の事情を総合考慮すると,原告らが被告らに対し
て請求することができる弁護士費用は,原告らそれぞれについて35万円が
相当である。
8争点(6)(過失相殺)について
被告らは,仮に,被告Eに注意義務違反があるとされる場合であっても,原
告らの過失を考慮して,損害賠償の額が定められるべきである旨主張する。そ
して,原告らが練習生の親として本件水泳教室に立ち会って本件事故及びその
前後の状況を目撃していたことが認められる(前記前提事実(3),前記認定
事実(6))。
しかし,本件水泳教室においてどのようにして練習生に休憩させるかなどの
事項は,専ら本件水泳教室の指導を担当した被告Eが検討・判断すべきことで
あるといえることに照らせば,原告らが本件水泳教室に立ち会っていたこと等
から直ちに過失相殺を認めることは相当でない。また,その他諸般の事情を考
慮しても,過失相殺を認めるべき事情は認め難い。
したがって,被告らの上記の主張は理由がない。
9結論
よって,原告らの主位的請求は,理由がないからこれを棄却し,原告らの予
備的請求は,被告らに対して770万円及びこれに対する本件事故日である平
成25年8月14日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害
金の連帯支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余の予備的請
求は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第19民事部
裁判長裁判官山地修
裁判官藪田貴史
裁判官若林慶浩

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