弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
       事実及び理由
第一 請求
一 原告
1 被告が原告に対し平成六年九月二六日付け船公園第二三二号をもってした公文
書非公開決定処分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 被告
 主文と同旨
第二 事案の概要
 原告は、船橋市公文書公開条例(以下「本件条例」という。)に基づいて、被告
(船橋市長)に対し、買収した土地の不動産鑑定評価書の公開を求めた。これに対
し、被告は、原告が公開を求めた文書を特定した上で、当該文書が本件条例一〇条
二号及び八号の非公開文書に該当するとして、非公開決定(以下「本件非公開処
分」という。)をした。本件は、原告が本件非公開処分の取消しを求めた事案であ
る。
一 当裁判所が認定した前提となる事実等
1 当事者
(一) 原告は、船橋市の住民である。
(二) 船橋市は、本件条例を制定しており、被告は、本件条例の実施機関である
(本件条例二条二項)。
2 本件条例
 本件条例の内、本件に関係する規定は、以下のとおりである。
第一条 この条例は、市民の公文書の公開を請求する権利を明らかにするととも
に、公文書の公開に関し必要な事項を定めることにより、市政に対する市民の理解
と信頼を深め、市民の市政への参加をより一層推進し、もって公正で民主的な開か
れた市政の発展に寄与することを目的とする。
第二条 この条例において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めると
ころによる。
一 公文書 (略)
二 実施機関 市長、教育委員会、選挙管理委員会、公平委員会、監査委員、農業
委員会及び固定資産評価審査委員会をいう。
三 公文書の公開 実施機関がこの条例の定めるところにより、公文書を閲覧に供
し、又は写しを交付することをいう。
第三条 実施機関は、市民の公文書の公開を請求する権利を十分に尊重してこの条
例を解釈し、運用するものとする。この場合において、実施機関は、個人に関する
情報がみだりに公にされることのないよう最大限の配慮をしなければならない。
第五条 次に掲げるものは、実施機関に対して公文書の公開(略)を請求すること
ができる。
一 市内に住所を有する者
二~五 (略)
第六条 前条の規定により公文書の公開を請求しようとするものは、実施機関に対
して、次に掲げる事項を記載した請求書を提出しなければならない。
一 氏名又は名称及び住所又は事務所若しくは事業所の所在地並びに法人その他の
団体にあってはその代表者の氏名
二 公開を請求しようとする公文書を特定するために必要な事項
三 前二号に掲げるもののほか、実施機関が定める事項
第七条 実施機関は、前条に規定する請求書を受理したときは、当該請求書を受理
した日から起算して一五日以内に、公開の請求に係る公文書を公開する旨又は公開
しない旨の決定をしなければならない。
2 実施機関は、前項の決定をしたときは、前条に規定する請求書を提出したもの
(以下「請求者」という。)に対し、速やかに、書面により当該決定の内容を通知
しなければならない。
3 (略)
4 実施機関は、第一項の規定による公開しない旨の決定(略)をしたときは、第
二項の書面にその理由を記載しなければならない。この場合において、当該理由が
消滅する期日をあらかじめ明示することができるときは、その期日を同項の書面に
記載しなければならない。
第一〇条 実施機関は、次の各号の一に該当する情報が記録されている公文書につ
いては、当該公文書の公開をしないことができる。一 (略)
二 個人に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く。)であっ
て特定の個人が識別され、又は識別され得るもの。ただし、次に掲げる情報を除
く。
イ 法令等の定めるところにより、何人でも閲覧することができる情報
ロ 実施機関が作成し、又は取得した情報で公表を目的としているもの
ハ 法令等に基づく許可、届出等の際に実施機関が作成し、又は取得した情報で、
公開することが公益上必要であると認められるもの
三 法人その他の団体(国及び地方公共団体を除く。以下「法人等」という。)に
関する情報又は事業を営む個人の当該事業に関する情報であって、公開することに
より、当該法人等又は当該事業を営む個人の競争上若しくは事業運営上の地位に不
利益を与え、又は社会的信用を損なうと認められるもの。ただし、次に掲げる情報
を除く。
イ 事業活動によって生じ、又は生ずるおそれがある危害から人の生命、身体及び
健康を保護するために、公開することが必要であると認められる情報
ロ 違法若しくは不当な事業活動によって生じ、又は生ずるおそれがある支障から
人の財産及び生活を保護するために、公開することが必要であると認められる情報
ハ イ又はロに掲げる情報に準ずる情報であって、公開することが公益上必要であ
ると認められるもの
四~七 (略)
八 実施機関が行う監査、検査、入札、交渉、争訟、試験、人事等の事務事業に関
する情報であって、当該事務事業の性質上、公開することにより、実施機関と関係
者との信頼関係が損なわれると認められるもの、当該事務事業若しくは将来の同種
の事務事業の実施の目的が失われるおそれのあるもの又は当該事務事業若しくは将
来の同種の事務事業の公正若しくは円滑な執行に著しい支障が生ずると認められる
もの
第一二条 実施機関は、第七条第一項の決定について、行政不服審査法(昭和三七
年法律第一六〇号)の規定に基づく不服申立てがあった場合は、当該不服申立てを
却下するとき、又は当該不服申立てに係る公文書を公開しない旨の決定を取り消す
ときを除き、速やかに、船橋市公文書公開審査会に諮問し、その答申を尊重して、
当該不服申立てについての決定をしなければならない。
3 原告は、被告に対して、平成六年九月一四日、本件条例六条に基づき、船橋市
が平成五年二月八日に買収した船橋市<以下略>の土地の不動産鑑定評価書並びに
平成六年一月一二日に買収した船橋市<以下略>、<以下略>及び<以下略>の土
地の不動産鑑定評価書の各公開を求めた(以下「本件公開請求」という。)(甲
二)。
4 被告は、本件公開請求に対し、平成六年九月二六日付け船公園第二三二号をも
って、本件公開請求にかかる各不動産鑑定評価書(以下、まとめて、「本件鑑定評
価書」という。)は本件条例一〇条二号及び八号に定める公開をしないことができ
る文書に該当するとして、公開しないこととした(本件非公開処分)(甲三)。
5 原告は、被告に対し、平成六年一一月四日、本件非公開処分について異議を申
し立てたが、被告は、船橋市公文書公開審査会に諮問し、同審査会の平成八年五月
一七日付け「本件非公開処分は妥当である。」との答申を受けた上、同年六月七
日、右異議申立てを棄却した(甲四ないし一二)。
二 原告の主張
 本件非公開処分は、本件条例の解釈を誤った違法なものであるから、取り消され
るべきである。
三 被告の主張
1 本件鑑定評価書は、本件条例一〇条二号、三号及び八号に該当するものである
から、本件非公開処分は適法である。
2(一) 本件条例一〇条二号該当性
 本件鑑定評価書には、鑑定の対象となった不動産の所有者名等のほか、その近隣
の特定の不動産の所有者名や売買価格等が記載されている。また、本件鑑定評価書
には取引事例が記載されているが、その場所の特定はきわめて容易であって、これ
によってその取引事例の売買価格や売買当事者名を知ることができる。
 したがって、本件鑑定評価書は、「個人に関する情報であって特定の個人が識別
され又は識別され得る」情報が記載されているものということができ、本件条例一
〇条二号に該当する。
(二) 本件条例一〇条三号該当性
 本件鑑定評価書は株式会社富井総合鑑定によって作成され、そこには株式会社富
井総合鑑定の鑑定手法等が記載されているから、本件鑑定評価書は、「法人に関す
る情報」が記載された公文書ということができる。
 さらに、本件鑑定評価書は、ほとんどの鑑定評価書と同様に、対象不動産付近の
取引事例を挙げて評価の参考とするという方法によっているが、この取引事例は、
不動産鑑定士の多年の営業活動から知り得た不動産業者や不動産鑑定士個人の知人
等の人脈に基づいて入手したものであって、この取引事例の取得及び取得の可能性
は、不動産鑑定士のノウハウの一つであるといわなければならない。したがって、
本件鑑定評価書を公開すれば、それは株式会社富井総合鑑定の「事業運営上の地位
に不利益を与え」ることとなるのである。
 したがって、本件鑑定評価書は、本件条例一〇条三号に該当する。
(三) 本件条例一〇条八号該当性
(1) 本件鑑定評価書は、買収交渉に関連する情報を記載した文書であるから、
「実施機関が行う交渉に関する情報」を記載した公文書である。
(2) ところで、船橋市においては、用地を買収するにあたり、国庫補助を受け
る事業にあっては二人の不動産鑑定士に鑑定を依頼し、船橋市独自の事業にあって
は一人の不動産鑑定士に鑑定を依頼している。そして、この鑑定評価額を基準とし
てそれ以下の価格で予定価格を設定し、この予定価格で売買契約を成立させるべく
被買収者と交渉を行っている。鑑定評価額と予定価格との差を「歩切り」といい、
この差をどのように決めるかは難問であるが、担当者は、過去の経緯や将来の見通
しあるいは公共事業に対する協力に伴う譲渡所得税等の優遇措置等を考慮して決め
ていくのである。担当者は、買収代金が市民の税金によるものであることから、最
少の経費で最大の効果を上げるべく努力している。
 仮に本件鑑定評価書が公開されることとなれば、右の「歩切り」が明らかとな
り、それを知った被買収者は、自己の売却価格が鑑定評価額よりどの位低いかを知
り、場合によっては船橋市に対して不信の念を抱くに至るおそれがある。また、本
件鑑定評価書は、長津川緑地保全事業及びアンデルセン公園建設事業に関するもの
であるところ、長津川緑地保全事業及びアンデルセン公園建設事業はいずれもなお
数年にわたって継続され、用地買収はさらに続くのであって、もし本件鑑定評価書
が公開されれば、今後の被買収予定者は近隣の土地の鑑定評価額を知り、どの位の
「歩切り」がなされているかを知って、本来最終価格であるはずの鑑定評価額をス
タートラインにして交渉を開始しようとしたり、船橋市の提案以上の価格を強行に
主張したりして、船橋市の用地買収交渉に著しい支障をもたらすのであり、それに
よって、買収交渉に手間取り、売買代金額が不当に高くなり、ひいては長津川緑地
保全事業及びアンデルセン公園建設事業自体が遅れることあるいは達成できなくな
ることとなるのである。さらに、船橋市は毎年多額の費用を投じて道路用地や各種
施設(公民館、福祉会館、市民会館、公園、保育園など)の用地買収を行っている
が、もし本件鑑定評価書が公開されれば、今後買収のたびに、既になされた近隣の
土地の不動産鑑定評価書の公開が請求され、それによって、買収交渉は長引き、市
民のための公共事業の円滑な執行は著しく阻害されるのである。
 したがって、本件鑑定評価書は、その公開により「当該事務事業若しくは将来の
同種の事務事業の公正若しくは円滑な執行に著しい支障が生ずると認められるも
の」というべきである。
 また、本件鑑定評価書は非公開を前提としてこれを不動産鑑定士から受け取って
いるのであって、仮にこれが公開されれば、船橋市とその不動産鑑定士との信頼関
係は崩れてしまい、「実施機関と関係者との信頼関係が損なわれると認められる」
結果となるのである。
 さらに、本件鑑定評価書の公開によって「歩切り」が明らかとなれば、買収の効
果は上がらず、そのため当初目的としていた事業も達成できなくなるおそれがあ
り、「当該事務事業若しくは将来の同種の事務事業の実施の目的が失われるおそ
れ」もあるものである。
(3) 以上のとおり、本件鑑定評価書は、本件条例一〇条八号に該当するもので
ある。
四 原告の反論
1 本件条例の解釈基準
 情報公開請求権の具体的な内容等は当該条例の定めによる。したがって、当該条
例自体に、例えば、情報公開の有用性にかんがみ公文書の公開を原則とするとか、
「知る権利」を最大限に保障するものであるとか、住民の公文書請求権を十分に尊
重するものであるとかの、当該条例の制定の趣旨・目的等が明示されている場合に
は、適用除外条項の解釈にあたっては、このような趣旨・目的等を十分に参酌した
上で、情報公開制度全体の構造ないし趣旨に即した合理的な解釈をなすべきであ
る。
 本件条例は、その第一条において、公文書の公開を請求する権利を明らかにする
ことによって市政に対する市民の理解と信頼を深めもって公正で民主的な開かれた
市政の発展に寄与することを目的とすると規定し、また、第三条では、実施機関は
市民の公文書の公開を請求する権利を十分に尊重してこの条例を解釈し運用するも
のとするとしており、情報公開についての積極的な姿勢を読みとることができる。
したがって、具体的な情報公開請求権の有無や範囲等を判断するにあたっては、こ
のような本件条例の趣旨・目的等を十分に参酌した上で合理的な解釈を行うべきで
ある。
2(一) 「本件条例一〇条二号該当性」に対して
 被告は、本件鑑定評価書中の取引事例の記載が個人情報であることをもって本件
条例一〇条二号に該当すると主張する。
 しかし、取引事例の記載は個人を離れた土地に関するものであるから、「個人に
関する情報」とはいえない。
 仮に取引事例の記載が「個人に関する情報」であるといえるとしても、その記載
は、土地の所有者、駅からの距離、公法上の規制、不動産の価値等であって、登記
簿や公表された路線価等によって明らかになっているものであるから、保護すべき
情報とはいえない。
 また、これらの情報が仮に「個人に関する情報」として保護に値するとしても、
問題が個人が識別され得ることにあるとすれば、個人が識別され得る情報だけを非
公開とすればよいのであって、本件鑑定評価書の全体を非公開とする理由にはなら
ない。
(二) 「本件条例一〇条三号該当性」に対して
 本件非公開処分においては、本件条例一〇条三号はその理由としてあげられてい
なかった。本件条例七条四項において、非公開処分には理由を記載しなければなら
ないとされているのであるから、本件訴訟において被告が突然に本件条例一〇条三
号に該当することを主張することは許されない。
 本件鑑定評価書は本件条例一〇条三号に該当しない。たしかに、不動産の鑑定評
価をどのように行うかは不動産鑑定士のノウハウではあるが、不動産鑑定評価書に
はそのノウハウ自体が記載されるわけではない。記載されるのはその結果にすぎな
い。また、被告が主張する「事業運営上の地位に不利益」を与えるとの点も抽象的
にすぎ、どのようなものか判然としない。
(三) 「本件条例一〇条八号該当性」に対して
 被告は、本件鑑定評価書が公開されると「歩切り」の率が分かってしまい今後の
買収が困難になると主張するが、「歩切り」はあらゆる不動産購入において日常的
に行われているところであり、行政機関のみの秘密ではない。また、被告は、不動
産鑑定評価額よりも低額で購入することが市民の利益になるというが、それは、知
識不足により低額での譲渡を余儀なくされる市民に不当に不利益を押しつける結果
となるだけである。公正に評価された価格を大幅に上回る買収を要求する被買収者
に対しては、買収を拒否すればよいのである。なお、被告は、用地買収交渉中の鑑
定評価書の公開には支障がある旨を主張するが、本件鑑定評価書の公開請求はその
土地買収が終了した後になされたものであるから、それが今後の土地買収に支障を
生じさせるとは考えられない。
 また、被告は、本件鑑定評価書の公開により「将来の同種の事務事業の公正若し
くは円滑な執行に著しい支障が生ずる」と主張するが、以前に行われた不動産鑑定
評価がその後に行われる買収に大きな影響を与えることはないから、先になされた
不動産鑑定評価書を公開してもその後の買収には著しい支障は生じないものであ
る。
 さらに、被告は、本件鑑定評価書を公開すると「実施機関と関係者との信頼関係
が損なわれる」と主張するが、本件鑑定評価書は、公にしないことを条件に提出さ
れたものではないし、また、任意に提出されたものでもない。不動産鑑定士は、本
件鑑定評価書を公開しないことについて船橋市から保証されて提出したわけではな
く、その公開によって船橋市が今後不動産鑑定評価書を入手できなくなるわけでも
ない。
第三 当裁判所の判断
一 証拠(甲一三ないし一七、二三、二四、乙一、二の1ないし3、三の1ないし
4、四の1ないし4、五、六、九、一〇、証人A、同B、原告本人)及び弁論の全
趣旨によれば、次の事実が認められる。
1 船橋市は、「ふなばしのみどり二〇〇一計画」の一環として長津川緑地を将来
的に保全するため、その内の約〇・五五ヘクタールを収用することとし、平成四年
五月一三日付けで、「船橋都市計画緑地事業4号長津川緑地」の施行につき都市計
画事業認可申請書を千葉県知事に提出し(事業施行期間は県報告示の日から平成六
年三月三一日まで)、同年六月一二日付けで千葉県知事の事業認可を得た(乙二の
1、2)。
 船橋市は、長津川緑地保全事業の施行として、船橋市<以下略>四八六七平方メ
ートル等を買収することとし、平成四年度において、不動産鑑定士二名(その氏名
は本件証拠上明らかでない。)に対し、それぞれ、前後二回にわたり、右五九四番
一の土地の価格の鑑定を委託し、不動産鑑定評価書の提出を受けた(甲一六、一
七、証人A、被告の平成九年五月九日付け準備書面)。
 船橋市は、平成五年二月八日、右船橋市<以下略>四八六七平方メートルの一部
三八〇五・八八平方メートルを代金六億五八四一万円余で買い受け、これを同番六
として分筆した上、同年三月一二日、所有権移転登記を経由したが、収用予定地の
残部一七二四・四四一平方メートル(分筆後の五九四番一山林一〇六二平方メート
ル(実測面積一五七六・一一平方メートル)及び九三七番一四八・三三平方メート
ル)は買収することができず、その所有者の好意によりこれを無償で借り受けるに
とどまった。船橋市においては、この無償借地部分一七二四・四四平方メートルを
以後の買収予定地とするとともに、その周辺の土地をも長津川緑地保全区域に組み
入れて保全区域を拡張したいと考えていた(甲一六、一七、乙三の4、九、証人
A、弁論の全趣旨)。
 船橋市は、本件非公開処分時(平成六年九月二六日)、この無償借地部分につい
てそれを買収することを予定しており、その準備を進めていたが、前記のとおり、
この無償借地部分の所有者の一部は右既買収部分の所有者と同一人であった。
 長津川緑地保全事業は、その後平成八年一〇月ころ、その緑地保全区域が前記約
〇・五五ヘクタールから約〇・七三ヘクタールに拡張された(乙三の一ないし
4)。
 平成一〇年一月現在において、船橋市は、右無償借地部分について、これを買収
すべく所有者と交渉中である(乙九)。
2 船橋市は、先に買収した市有地に新たに買収する土地を加えて、市民の憩の場
としての約二六ヘクタールの総合公園「アンデルセン公園」を建設することとし、
平成六年四月一九日付けで、「船橋都市計画公園事業5・5・2号アンデルセン公
園」の施行につき都市計画事業認可申請書を千葉県知事に提出し(事業施行期間は
県報告示の日から平成一三年三月三一日まで)、同年五月一三日付けで千葉県知事
の事業認可を得た(乙四の1、2、五)。
 船橋市は、右公園建設事業の一環として、公園周辺の交通渋滞の緩和及び快適な
公園利用を図る目的で、駐車場用地として、船橋市<以下略>山林四九六〇平方メ
ートル(実測面積四九五七・四七平方メートル)、同番二畑二九七五平方メートル
(実測面積三一二一・一九平方メートル)及び同番四山林一一〇四平方メートル
(実測面積一一〇五・二四平方メートル)を買収することとし、千葉市に所在する
株式会社富井総合鑑定(代表者C)に対し、右五〇八番四の土地の平成五年八月一
日現在の価格の鑑定を代金二〇万円で委託し、その後、不動産鑑定評価書の提出を
受けた(甲一三ないし一五、二四、弁論の全趣旨)。
 被告は、平成六年一月一二日、右五〇八番一、同番二及び同番四を代金合計六億
五七六六万五五〇五円で買い受け、同月一三日、所有権移転登記を経由した(甲一
三ないし一五、弁論の全趣旨)。
 右公園建設事業は、本件非公開処分時(平成六年九月二六日)、未だ完成してお
らず、なお公園用地の買収を残しており、その後平成八年一〇月二五日にアンデル
セン公園の一部が開園されるに至った時点においても、なお約二万二〇〇〇平方メ
ートルの公園用地が未買収であり(被告の平成八年一二月一三日付け準備書面、乙
四の4)、さらに、平成一〇年四月現在においても、なお約一万二五〇〇平方メー
トルの公園用地が未買収であって、その買収は平成一二年度まで続けられる予定で
あり、そのほかに、別の駐車場用地も未買収であり、アクセス道路についても買収
交渉中である(乙四の4、一〇、弁論の全趣旨)。
3 ところで、地方自治体が土地を買収するにあたっては、地方自治法二三四条及
び同法施行令一六七条の二に基づき、随意契約によることができるが、船橋市は、
随意契約により土地の買収を行うに際してその実施の公正を期するため、船橋市財
務規則(以下「規則」という。)を制定しており、同規則は、「施行令第一六七条
の二第一項の規定により随意契約によるときは、第一〇一条の規定に準じてあらか
じめ予定価格を定めなければならない」(一一二条二項)、「決裁責任者は、入札
に付する事項について、当該事項に関する仕様書、設計図書等により予定価格を設
定し、これを封筒に入れて封印しなければならない」(一〇一条一項)、「課長
は、公有財産を取得しようとするときは、あらかじめ当該公有財産に関し必要な調
査をし、物権の設定その他特殊な義務があるときは、必要な措置をとらなければな
らない」(一六六条一項)と規定している(乙一)。
 不動産鑑定評価書には、不動産の鑑定評価に関する法律施行規則三五条一項によ
り、その不動産の鑑定評価の対象となった土地若しくは建物又はこれらに関する所
有権以外の権利(以下「対象不動産等」という。)の表示、依頼目的その他その不
動産の鑑定評価の条件となった事項、対象不動産等について鑑定評価額の決定の基
準とした年月日及びその不動産の鑑定評価を行った年月日、鑑定評価額の決定の理
由の要旨、その不動産の鑑定評価に関与した不動産鑑定士又は不動産鑑定士補の対
象不動産等に関する利害関係又は対象不動産等に関し利害関係を有する者との縁故
若しくは特別の利害関係の有無及びその内容が記載されている。船橋市では、不動
産鑑定評価書を規則に定める予定価格を設定するための「仕様書、設計図書等」
(規則一〇一条一項)に準ずるものとして扱い、また、その作成を「必要な調査」
(規則一六六条一項)に該当するものとして扱っている。
 そして、船橋市では、提出された不動産鑑定評価書の鑑定結果たる評価額を買収
のための上限価格と考え、それを下回る価格をもって「予定価格」とし、その予定
価格を基準として被買収者と交渉をし、最終的な買収価格を決定している。なお、
鑑定結果たる評価額と右予定価格との差を「歩切り」と呼び、「歩切り」の額ない
し率については、過去の経緯や将来の見通し等を考慮した上でケース・バイ・ケー
スに決めている。
 船橋市では、市民の税金を有効活用するために、買収価格を低く押さえることを
目的として、買収価格が不動産鑑定評価書の評価額を下回る結果となるように交渉
している。
4 本件鑑定評価書は、長津川緑地保全事業及びアンデルセン公園建設事業におい
て土地買収のための予定価格を定めるために船橋市の依頼により不動産鑑定士が作
成した前記1及び2記載の鑑定評価書である。
 本件鑑定評価書には、それが証拠として提出されていないため断定はできない
が、①対象不動産の所有者の氏名、地番、地目、地積、結論たる評価額、②価格時
点、評価条件等、③右評価額決定の理由の要旨として、一般的要因、近隣地域の状
況、対象不動産の状況、そして評価(近隣地域の標準的使用における標準価格の査
定(基準地の標準価格に比準した価格、取引事例比較法を採用して求めた価格、収
益還元法を採用して求めた価格)及び対象不動産の鑑定評価額の決定)、等が記載
されているほかに、本件鑑定評価書を作成した不動産鑑定士の氏名や住所などが記
載されている(甲一一)。
5 被告(船橋市長)は、本訴係属中の平成一〇年五月、原告からの公文書公開請
求により、前記2記載の株式会社富井総合鑑定に対する鑑定評価依頼書及び不動産
鑑定手数料についての支出命令書を公開した(甲二四)。
以上の事実が認められる。
二 判断
1 本件条例一〇条八号該当性について
(一) 本件条例一〇条八号は、非公開とすることができる公文書の一つとして、
その公文書に記載された内容(情報)が、①実施機関の行う監査、検査、入札、交
渉、争訟、試験、人事等の事務事業に関する情報であること(以下、この要件を
「八号①の要件」という。)、②かつ、次のaないしcのいずれかに該当するこ
と、すなわち、a当該事務事業の性質上、公開することにより、実施機関と関係者
との信頼関係が損なわれると認められるもの、b当該事務事業の性質上、公開する
ことにより、当該事務事業若しくは将来の同種の事務事業の実施の目的が失われる
おそれのあるもの、c当該事務事業の性質上、公開することにより、当該事務事業
若しくは将来の同種の事務事業の公正若しくは円滑な執行に著しい支障が生ずると
認められるもの(以下、この要件を「八号②cの要件」という。)、を要件として
いる。
 本件条例一〇条八号は、交渉や争訟に関する情報には、行政機関内部での事前検
討等の過程で出された提案や方針等の数々の意見が含まれている場合があり、この
ような情報を公開すると、市民に無用の誤解を与えたり混乱を招いたりすることが
あり、また、行政機関内部における自由闊達な意見の交換が妨げられることにもな
って、ひいて最終的な交渉の妥結あるいは争訟の解決が困難となるおそれがあるこ
とから定められたものである。そもそも、交渉や争訟の方針は内密を要するもので
あって、交渉や争訟の相手方にそれを知られてしまっては、交渉や争訟は成り立た
ないものである。
(二) そこで、本件鑑定評価書について検討すると、本件鑑定評価書が土地買収
という売買契約締結のための「交渉」に関する情報であることは明らかであるか
ら、本件鑑定評価書は八号①の要件をみたすものである(この点は、原告も争わな
い。)。
(三) 八号②cの要件該当性について
(1) 船橋市が本件条例に関して作成した「公文書公開制度の手引」(乙六)に
は、「当該事務事業若しくは将来の同種の事務事業の公正若しくは円滑な執行に著
しい支障が生ずると認められるもの」とは「用地買収計画のように、継続又は反復
して実施する事務事業であって、公開することにより、事務事業の公正又は円滑な
執行に著しい支障が生ずる情報をいう。」と記載されている。
(2) 前記一の1及び2で認定したとおり、長津川緑地保全事業については、船
橋市は平成五年度において収用予定地約〇・五五ヘクタールの内の三八〇五・八八
平方メートルを買収したものの、なお一七二四・四四平方メートルを未買収で残し
ており、本件非公開処分時(平成六年九月二六日)、船橋市はこれを買収予定地と
して土地所有者と買収交渉を行う予定であったのであり(現在、買収交渉中)、ま
た、アンデルセン公園建設事業についても、本件非公開処分時(平成六年九月二六
日)、なお公園用地の買収交渉中ないしは買収予定中であったのであり、その買収
は平成一二年度まで続く予定であったのである(現在、買収交渉中)。
(3) そうとすれば、本件非公開処分時において、長津川緑地保全事業及びアン
デルセン公園建設事業はいずれも未だ完了していないものというべく、そして、前
記認定のような船橋市における予定価格の設定方法に徴すると、そのような段階で
本件鑑定評価書を公開すれば、「歩切り」の額ないしは率や鑑定評価額が明らかと
なり、そのため、買収予定地の所有者において同じ「歩切り」の率を要求したりあ
るいはそれより有利な率を要求したりすることともなり、さらには、個々の買収予
定地の個別条件や鑑定時点等の鑑定条件の異なることを無視して、公開された鑑定
評価書を自己に有利に用いて買収価格を主張したりあるいはそれと同じ単価かそれ
以上の単価で買い取ることを要求したりすることにもなりかねず、特に地価が下落
している状況下においてはその傾向は顕著であろうと推知され、結局のところ、船
橋市の用地買収交渉に不要不当な支障や出捐を生じさせることとなるのである。
 本件非公開処分時において、長津川緑地保全事業及びアンデルセン公園建設事業
が未完成でなお買収予定地がある以上、本件鑑定評価書を公開することにより「当
該事務事業の公正若しくは円滑な執行に著しい支障が生ずると認められるもの」と
いうべきである。
 本件鑑定評価書を非公開とした被告の本件非公開処分は適法である。
2 もっとも、本件条例一条及び三条の趣旨にかんがみ、被告(船橋市長)が本件
鑑定評価書をその裁量により公開することは可能であるが、それは、本件鑑定評価
書が本件条例一〇条八号にあたるか否かとは別個の問題である。
第四 結論
 よって、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がない
から、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事
訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(口頭弁論終結の日 平成一〇年一〇月九日)
千葉地方裁判所民事第三部
裁判長裁判官 原田敏章
裁判官 小宮山茂樹
裁判官 大濱寿美

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