弁護士法人ITJ法律事務所

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平成17年11月16日宣告 
平成15年(わ)第801号 殺人,死体遺棄被告事件
判決
主文
被告人を懲役15年に処する。
未決勾留日数中620日をその刑に算入する。
理由
(犯行に至る経緯)
被告人は,平成12年暮れころ,A(以下「被害者」という。)と知り合い,肉体関係を持つ
ようになったが,平成13年春ころ,Bと交際を始めて同女の妊娠をきっかけに同年6月こ
ろ同女と結婚したため,被害者に対し,もう会うことができない旨の電子メールを送り,被
害者との関係を絶ったものの,平成14年4月ころから,再び被害者と肉体関係を持つよう
になった。その後,被害者が他の男性と交際するようになったため,被告人と被害者との
関係が一時途絶えたが,被告人は,同年10月ころ,被害者との交際を再開し,不倫関係
を復活させた。
被告人は,月に数回程度,被害者と肉体関係を持っていたところ,平成15年2月6日こ
ろに妊娠検査薬を使用して妊娠したことを知った被害者から電子メールで妊娠したとの連
絡を受けた。そのため,被告人は,被害者と妊娠や出産について話を始め,そのような
中,同月18日の仕事帰りに被害者宅を訪れ,被害者から,産婦人科で妊娠7週と2日目
との診断を受けた旨述べられたので,妊娠した子は被告人の子なのかなどと尋ねたりし
たところ,被害者から,被告人が妻や子供と別居しているのは嘘で同居しているだろうと
詰られ,また,同月19日ころにも,出産するかどうかで被害者と揉め,被害者に対して,
子供を産んでもらったら困るし,産んでも認知はできない,妻と別居しているのに子供がで
きたなど言えないなどと言っていたが,同月20日ころから同月21日ころまでの間に,別
居が嘘であることを認めた。
被告人は,同月22日午前零時22分ころ,被害者に電話をかけて,被告人の勤務先に
呼び出し,同日午前1時ころ,被害者がやってきた。
被告人は,修理していた自動車の横に被害者が座り込んで泣き,話ができない状態が
数十分ほど続いた後に,被害者に対し,「車の中で話そう。」と言い,被害者が興奮してい
たこともあり,同人を被告人の普通乗用自動車の後部座席に乗せ,被告人は運転席に乗
車して勤務先から出発し,北九州市a区bc丁目d番e号C工場跡地北側路上まで行って同
車を停めた。
被告人は,同所において,被害者に対し,「落ち着いた。」などと声をかけるだけで,両
者の間には,10分くらい沈黙が続き,その後,被害者から,「あんたの嫁さんや子供が許
されん。」と小さな声で言われたので,「嫁さんや子供は関係ないやないか。」と答えたとこ
ろ,何度も被害者が同じことを繰り返すので,右手の平手で被害者の顎付近を1回殴った
が,すぐに謝った。
再び,両者の間に沈黙が続き,被害者が,「あんたの嫁さんや子供が許されん。」と怒
鳴ってきて,さらに続けて,「あんたの嫁さんや子供を刺し殺してやる。会社も燃やしてめ
ちゃくちゃにしてやる。実家にいる妹の子供を殺してやる。」などと何度も言ってきたので,
被告人は,そのようなことを言う被害者のことが恐ろしいと思い,そんなことはさせられな
いし,そのようなことを言う被害者を許すことができず,言い続けさせることもできないと思
い,被害者を殺害して,黙らせるしかないと思い,運転席から自身の身体を左側にひねっ
て後部座席の方に乗り出した。
(犯罪事実)
被告人は,
第1 平成15年2月22日午前1時ころから同日午前2時ころまでの間,同所に停車中の
普通乗用自動車内において,不倫関係にあったA(当時30歳)に対し,殺意をもっ
て,その前頸部を右手で強く扼し,よって,そのころ,同所において,同女を窒息死さ
せて殺害した
第2 前記犯行を隠蔽するため,同日午前5時ころ,福岡県築上郡f町大字gh番地D自動
車工業株式会社廃車置場に置かれていた普通乗用自動車のトランク内に前記Aの
死体を投棄し,もって死体を遺棄した
ものである。
(証拠)
(事実認定の補足説明)
被告人は,各公訴事実に関わったことはない旨述べ,弁護人も被告人は無罪である旨
主張する。当裁判所は,被告人が,判示の経緯から,被害者を殺害し,その死体を遺棄し
たと認定した。
被告人が犯人であることを認定する直接の証拠としては,犯行を認める被告人の検察
官調書があるが,弁護人及び被告人がその任意性及び信用性を争っている。
そこで,以下においては,本件の判断の前提となる事実をみた上で,被告人の自白の
任意性についての判断をした後,被告人の自白を離れて,情況証拠から被告人と本件犯
行との結び付きの有無が認められるかどうかについて検討するとともに,被告人の自白
の信用性を検討して,被告人を犯人と認定した理由を補足して説明する。
第1 前提となる事実関係
 1 被告人と被害者の交際状況
   平成15年2月21日までの被告人と被害者の交際状況は,犯行に至る経緯で認定し
たとおりである。
 2 被害者の死体が発見されるまでの状況
   被害者は,平成15年2月22日,勤務時間になっても勤務先に出勤せず,以後無断
欠勤となった。被害者が使用していた自動車は,日頃使用していた駐車場に駐車さ
れていた。
   被害者の安否を心配した両親は,被害者の知人から被害者が被告人と交際してい
た旨聞いて,同年3月1日及び同月2日,被告人と会って,被害者の消息について問
い質したが,被告人は,被害者と交際していたことを認めた上,2月22日午前4時こ
ろまでお腹の子供の父親が被告人であるとする被害者と話し合いをし,妊娠7週目
ならばそのころには肉体関係はなかったので,自分の子供ではないと説得したとこ
ろ,被害者がお腹の子供はお金のことで相談していた人の子だと思う旨言い出した,
被害者宅の合い鍵は2月半ばに返したなどと話した。
 3 被害者の死体の発見及び発見場所等
 被害者は,平成15年3月27日,福岡県築上郡i町にある判示第2の廃車置場(以
下「廃車置場」という。)にあった廃車のトランク内で,死体の状態で発見された。死体
の近くには被害者の携帯電話は残っておらず,被害者の携帯電話は未発見である。
廃車置場は,被告人の実家の近くで,被告人の幼なじみの友人が経営する会社のも
のであり,被告人は付近の状況を以前から知っていた。
4 被害者の死因等
 被害者の死因は,被害者の頸部には手指や腕によって生じたと考えられる扼痕が
あることから,扼頸による窒息であり,死後間もない時間から約6時間以内にはトラ
ンクに遺棄されたものと認められた。また,死亡推定時刻は,平成15年2月下旬ころ
であると推定された。
 被害者の子宮内には長さ約2センチメートル弱の胎児があった。被告人のDNA鑑
定型は,被害者の心臓血及び胎児の一部を検体として鑑定した結果から推定される
父親のDNA型の類型の中に含まれている。
5 被告人の車両トランクから発見された毛髪について
 平成15年4月24日に行われた,被告人が日頃から乗用していた自動車の検証に
より,同車トランク内後側から5本,トランク内前側から4本の毛髪様のものが採取さ
れ,そのうちの3本につきDNA鑑定等が行われ,うち1本は被害者の毛髪と同一で
あり,うち1本はDNA型が抽出できなかったことから同一性を確定することができ
ず,残りの1本は別人のものであることが認められた。
6 被告人の逮捕・勾留等
  被告人は,平成15年8月29日,本件各公訴事実と同一性を有する被疑事実により
逮捕され,同月31日,代用監獄E警察署留置場を勾留場所として勾留され,同年9
月19日,本件各公訴事実により起訴された。
第2 被告人の捜査段階における自白の任意性
1 はじめに
  弁護人は,被告人の捜査段階における自白調書について任意性がないものである
から証拠能力がなく,証拠排除すべきである旨主張し,その理由として,①逮捕当初
から深夜に及ぶ長時間の取調べが行われたこと,②死体の写真を見せられ,ほとん
ど食事や睡眠をとることができない状態で取調べが行われたこと,③そのため疲労
している被告人に対して,机を撤去して肉体的苦痛を与えて自白を迫ったこと,④取
調官による脅迫により精神的に追いつめられて自白をしたこと,⑤自白前日,病院
から戻った後,翌日2時に至るまで取調べが行われていたことなどを主に主張する。
そこで,以下,被告人の自白の任意性について検討するが,その検討に当たって
は,被告人が否認から自白に転じた時期である平成15年9月10日及び同月11日
の取調べ状況が最も重要であるので,その点からまず検討する。
2 同年9月10日及び同月11日の取調べ状況等は,次のとおりであったと認められ
る。
(1) 同年9月10日の取調べ状況
 被告人の取調べを担当していたE警察署のF刑事は,同月10日夜の取調べに
おいても,いつものように本件について被告人を追及していた際,被告人に対し,
被告人の妻も本当の話をすることを望んでいる旨述べ,その旨記載した調書もあ
ると述べたところ,被告人は,弁護士に接見したときに,妻も子供も元気にやって
おり,死んでも認めないでとの妻のファクシミリ文書を見せてもらったから,そんな
はずはない,妻の調書を見せてくれと答えた。
 そこで,F刑事は,被告人の妻の同年9月10日付け警察官調書を手元に取り寄
せた上,同日午後9時ころ,被告人に対し,被告人の妻の調書を読み聞かせた
が,被告人がその調書を見せてほしい旨述べたので,その調書を被告人に見せ
た。
 その調書には,やっているなら仕方ない,被告人の妻と子供はちゃんとやってい
く,やっているなら男らしく堂々として,罪に服して,きれいな体で帰ってきてほしい
旨が記載してあった。
 被告人は,被告人の妻の調書を読み終わると,泣き崩れて,30分ほど号泣し,
号泣しながら「BとGをよろしくお願いします。」などと言い,床にふさぎ込むようにし
て倒れ込み,お腹を押さえながら吐く動作をした。
 F刑事及びH刑事は,倒れた被告人に対し,大丈夫かと声をかけていたが,最終
的には,F刑事が判断して,留置管理係の担当者と当直者に依頼して,同日午後
10時45分ころ,被告人をI病院に連れていってもらった。
 被告人は,I病院でも泣きっぱなしで,後頭部打撲及び急性胃炎と診断され,同
月11日午前零時5分ころ,両脇を抱えられる状態でE警察署に戻ってきた。
 F刑事は,被告人が戻ったとの連絡を受けると,H刑事に対し,被告人に対し,こ
のまま休むか,このまま取調べに応じるかどうかの意思を確認するように指示し
た。H刑事は,留置管理係の主任を通じた被告人の意思を確認し,被告人が取調
べに応じる旨述べているとの連絡を受けたことから,被告人をそのまま取調室へ
連れていった。
 F刑事は,被告人が取調室へ来ると,最初は,被告人を部屋の奥に座らせ,自
身は被告人と向かい合うように座り,H刑事は,F刑事の後ろに被告人と向かい合
うように座ったが,その後,被告人,F刑事及びH刑事の3人が取調室の窓に向か
うように座った。
 F刑事は,被告人に対し,もう休むか,どうするか,もうちょっと話をするかと聞い
た。その際,H刑事は,被告人がショックを受けた様子だったので,被告人のショッ
クを和らげるつもりで,自身の身の上話をしたりして世の中にはいろいろショックな
ことがあるなどと話したところ,被告人は,下を向いて,うつむいて,ほとんど黙っ
て聞いていた。
 そして,F刑事は,被告人に対し,被告人の妻の心境がファクシミリ文書のときと
同年9月10日付け調書のときでは変化しているようだが,その点についてどう思う
かについて尋ねたが,被告人は,ただ黙って聞いているだけだった。
 F刑事は,さらに続けて,被告人に対し,被告人の妻は,何かきっかけがあって
そのような心境の変化があったのではないかなどと語りかけ,被告人の妻は,被
告人に本当のことを言うのを望んでいるのではないかと繰り返し言った。
 また,F刑事は,被告人に対し,同年9月8日の調書に署名しなかったことにも触
れ,弁護士から署名しなくていいと言われたから署名しないというからじゃなく,被
告人がなぜ署名しなかったかの本意を知りたいなどの話もした。
 さらに,F刑事は,被告人に対し,被害者が妊娠した子供が被告人の子供であれ
ば,認知を巡って揉めて当然ではないのか,被害者との間で何があったか話して
くれないか,裁判で明らかにするなら,取調べで明らかにして,それから裁判に臨
めばいいのではないかなどと話しかけた。
 しかし,被告人は,F刑事の話に対し,返答せず,時折うなずくだけだった。
 被告人が前日までとは違う態度であったので,F刑事は,被告人に対し,今まで
に述べた話を繰り返したり,話が二転三転するようでは被告人のどの話を信じて
よいか分からないので,誰もが納得できる話をしなさいと言っていた。
 F刑事及びH刑事は,被告人と話をしていたが,気付くと同月11日午前2時ころ
になっていたので,被告人を留置場に戻した。
(2) 同年9月11日の取調べ状況
F刑事及びH刑事は,前夜のこともあり多少の睡眠時間の余裕を持たせて,同
月11日午前10時ころから,被告人の取調べを開始した。
H刑事は,被告人が以前に比べて極端に口数が少なくなっていたため,被告人
が戸惑っていて,すぐにでも自白をするのではないかと思っていたが,同日午前中
は,被告人は,本件犯行を自白することはなかった。
H刑事は,同日午後零時45分ころから始まった被告人の取調べ中,F刑事が
席を外したため,被告人と雑談を始めた。
そこで,H刑事が,被告人に対し,「相手(被害者)から,女房,子供をどうするか
とか,嫌ごとでも言われたのか」などと話を振ったところ,被告人は,「女房,子供
だけなら自分で守りますよ。Jの実家の甥っ子のことや会社のことまでめちゃくちゃ
に,・・・」などと言い,泣き始め,しばらく泣いていた。
H刑事が,被告人に対し,「やったんか。」と聞くと,被告人はうなずいたので,被
告人に,「検事さんの取調べがあるから,もう何もかも話してしまえ。」と言った。
これに対し被告人が,「明日,弁護士の先生と会うようになっていますから,Gと
Bのことを頼んで,それからにします。」と答えたので,H刑事は,「明日になると,
また気が変わるかも分からんし,せっかく今決心したんやから,もう気が変わらん
うちに言ってしまえ。」と言ったところ,被告人は黙ったままだった。
その後,同日の検察官による被告人の取調べの際に,被告人は本件犯行を自
白した。
F刑事は,K検察官から,被告人が自白をしたことを聞き,H刑事に対し,被告
人が自供したから取調室に行ってほしいと言った。そこで,H刑事が,取調室に行
くと,被告人が,立ち上がって,「すみません,すみません,何度も言おうと思った
んですけども」と泣きながら言っていたので,H刑事は,被告人の正面に立ち,「こ
れでよかったんや,今まで苦しんだやないか。後は時が解決してくれる。」などと言
いながら,両手で被告人を掴み,もらい泣きをした。
F刑事及びH刑事は,同日午後8時ころから,被告人の取調べを行った。被告
人は,同日午後9時30分ないし午後10時ころから,被告人が被害者をLの工業
団地内の道路上に停車した被告人の自動車内で被害者を殺害し,被害者を遺棄
現場に遺棄し,その後,被害者の携帯電話から友人にメールを送信して,携帯電
話をM橋のN側料金所近くのゴミ箱に捨てた旨の申立書を自分で作成し,それと
並行して,F刑事及びH刑事によって申立書と同様の内容の警察官調書も作成さ
れた。
(3) 上記(1)及び(2)の認定は,被告人の取調べに当たっていた証人F及び同Hの供
述によるものであるが,まず,証人Hの供述は,平成15年9月10日から11日に
かけての被告人の心情や様子の変化を具体的かつ詳細に述べるもので,体験し
た事実を供述しているとうかがえる自然なものであって信用することができるもの
であるし,したがって,それと概ね符合するF刑事の供述も同様に信用することが
できるものである。他方,これと異なる被告人の供述は,捜査官からの脅迫等が
あったことなどを内容とするものであるが,捜査官が否認している被疑者に対して
裏付け捜査を行う旨指摘することは当然であって,現に被告人は選任していた私
選弁護人との接見の際にも捜査官から不当な取調べをされていることを訴えてい
ないのであるから,結局,被告人はそのような通常の取調べで行われる内容を誇
張して供述しているに過ぎないと解されるのであり,その他取調べ状況に関する
被告人の供述は後に指摘するように客観的事実に整合しない点があることに照ら
しても,被告人の供述を採用することはできない。
3 任意性についての検討
 被告人及び弁護人は,平成15年9月10日には,被告人が病院から戻った後翌日
の午前2時に至るまで異常な取調べが行われていたと主張するが,前記認定によれ
ば,病院から戻った後の取調べは,被告人に取調べの意思を確認した上で行われ
たものであるから,このことだけをもって被告人の自白の任意性に疑い抱かせる事
情であるとはいえない。そして,関係各証拠によると,逮捕後,被告人は,当初は午
前9時半ころから午後9時ころまで,勾留後は概ね午前9時半ころから午後10時30
分ころまで取調べを受け,勾留期間が延長された後は,取調べが午後11時を過ぎ
ることもあったことが認められるが,他方,取調担当官のF刑事は,被告人に,取調
中,お茶等の飲物を飲ませ,たばこなどを自由に吸わせて,また,体調が優れないと
きにはいつでも休憩をとるよう申し出るように告知して,被告人の精神状態に配慮
し,現に同年9月12日の取調べの際には,被告人の申し出により取調べを中断し
て,被告人を留置場に戻し休憩を取らせていること,そして,被告人が倒れたりした
場合には,留置場の担当者に連絡して,取調べを中断して病院に連れていっている
ことも認められることからすれば,長時間の取調べのみをもって被告人の供述の任
意性に疑いを抱かせる事情であるとはいうことはできない。
 次に,被告人及び弁護人は,捜査機関から,被害者の死体の写真を見せられた旨
述べるけれども,仮に,そのようなことがあったとしても,取調べの手法として,上記
のような写真を見せることが不当な取調べの方法であるとか,任意性に疑いを抱か
せるような取調べであるとは認められない。
 さらに,被告人及び弁護人は,疲労している被告人に対して,捜査機関は,机を撤
去するといった肉体的苦痛を与えて自白させた旨主張するが,証人F及び同Hの供
述によると,机の撤去は被告人の身体の安全確保のためであると認められ(関係証
拠から認められる当時の被告人の体調に照らして,上記各証人の机を撤去したこと
の理由の説明は合理的である。),また,前記のとおりF刑事は,被告人に体調が不
良であれば申し出るよう告知していて,被告人は休憩を申し出ることができたのであ
るから,机の撤去それ自体が被告人の自白の任意性に疑いを抱かせる事情には当
たらないというべきである。
 なお,被告人及び弁護人は,検察官によって被告人の足を踏まれるという暴行が
あったと主張するが,被告人の取調べ状況に関する供述は信用性が乏しく,被告人
の供述をそのまま採用することはできないから,上記主張は前提を欠くというべきで
ある。
 加えて,被告人及び弁護人は,9月18日前後の取調べにおいて,疲労困憊し意識
を失っている被告人に対し,取調官が被告人の指を持って指印を押させられた調書
や訳が分からずに指印した調書があるとして不当な方法での取調べや調書の作成
が行われていたと主張するが,関係各証拠によれば,被告人は,逮捕勾留中に,捜
査段階の弁護人と2,3日おきに接見し,現に9月18日の取調べ前にも接見してお
り,以前の接見時に供述調書に署名押印を拒否することができると言われて,現に9
月8日付け調書のように調書の内容に不満な場合には署名押印を拒否したことが認
められるのであるから,弁護人らが主張するような不当な方法での取調べが行われ
ていたのであれば,捜査段階の弁護人から何らかの申入れや行動があってもよい
のに,何らそのようなことがされていないことからしても,弁護人及び被告人の主張を
採用することができない。
かえって,9月16日付けの検察官調書において,被告人が訂正の申立てをして,
訂正された内容の調書が作成されていること,9月19日付けの検察官調書におい
て,検察官から,被害者のバッグの処分状況や被害者宅に3000円を置くという偽
装工作をしたのではないかとの追及に対して,被告人がその追及を否定し,その旨
の調書が作成されていることが認められるのであるから,これらの事実は,被告人が
取調べに当たって供述するかどうかの自由を与えられていたことを示すものである。
 これらの事情及び前記認定に照らせば,被告人は,9月10日に被告人の当時の
妻の供述調書を見せられ,自白と否認との間で揺れ動き,ついには同月11日には
自白するに至ったものであり,その自白に至る経過は不自然ではなく,むしろ,否認
していた被告人が悔悟の念に基づいて自白に転じたものとして合理的なものであ
る。また,その他,被告人の自白調書の任意性に疑いを抱かせる事情は証拠上ない
というべきである。
したがって,被告人の捜査段階における自白調書の任意性がなく,証拠排除すべ
きであるとする弁護人の主張は採用することができない。
第3 被告人の犯人性について
1 情況証拠による検討
 (1) 本件の事案にかんがみ,まず,被告人の自白を離れて,情況証拠によって被告
人と本件各犯行との結び付きが認められるかどうかについて検討するが,犯行日
時前後の被告人及び被害者の行動等につき既に認定した事実のほか,次の事実
を認めることができる。
ア 被告人と被害者の接触状況等
  被告人と不倫関係にあった被害者は,平成15年1月始めころ,被告人と性交
渉を持ったが,同年2月6日,検査薬により,妊娠したことが分かった。
   被害者は,同月18日,産婦人科を受診し,妊娠7週と2日目と判明し,被告人
にその事実を告げ話し合ったところ,被告人から産めとは言われなかった。被
害者は,翌19日も被告人と話をしたが,産むか産まないかで揉め,さらに翌20
日から21日にかけて,被告人と話し合ったが,平行線のままであった。
   被告人は,同月21日,北九州市j区kl丁目m番n号所在の稼働先である有限会
社Oの仕事に従事し,車検の手続などを行い,午後8時ころからチューンナップ
した車のテスト走行のため,同僚のPと共に高速道路を走るなどし,午後11時
過ぎ,稼働先の整備工場に戻り,同人と別れた。
   被害者は,翌22日午前1時ころ,上記整備工場を訪れた。被告人は,そのころ
被害者と会った後,実家のあるJ町まで自分の車で出かけ,朝方自宅に戻っ
た。
   被害者は,同日の勤務時間になっても勤務先に出勤せず,以後,無断欠勤とな
った。
   被告人は,被害者の携帯電話に対して,同年2月3日に1回,同月10日に2
回,同月18日に1回,同月19日に1回,同月20日に1回,それぞれメールを
送信していたが,それ以降は同月中にメールを送信していない。
 イ 被害者と友人とのやり取り及び被害者の携帯電話から発信されたメールの内
容等
 被害者は,友人のQやRと頻繁に携帯電話のメールのやり取りをしていたが,
被害者は,携帯電話のメールのやり取りの際は,題名に「Re」は使わず,本文
も北九州弁で入力していた。
 被害者は,平成15年1月末ころ以降,RやQに対して,被告人の子供を妊娠
したかもしれない旨相談したり,妊娠検査薬の結果や産婦人科での診察結果を
告げたり,被告人とのやり取りの内容を報告したりし,RやQからは,被告人と
の対応の仕方等について助言を受けていた。
 同月22日午前4時ころ,被害者の携帯電話から,Qの携帯電話に対し,題名
に「Re」と,本文に「子供はS(被告人)の子じゃなかった。私,最悪な女。」との
趣旨のメールが届いた。
 その後,同日午前4時9分ころ,被害者の携帯電話から,Rの携帯電話のメー
ルアドレス中の「y」が抜けたメールが送信されようとしたが,エラーとなって送信
されなかった。
同日午前4時10分ころ,被害者の携帯電話から,Rの携帯電話に,題名に
「Re」と,本文に「今まで話し合って分かったことがあった。S(被告人)の子じゃ
なかった,私,最低(又は最悪)な女。」という趣旨のメールが届いた。
Qは,同日の朝起床して被害者の携帯電話からのメールに気付き,同日午
前7時40分ころ,被害者からそのような相談を受けていなかったので,「どうい
うこと。」との返事のメールを被害者の携帯電話へ送った。その後,Qは,被害
者の携帯電話に電話をかけたが,急に留守応答となった。
Rも,同日の朝起床してから被害者の携帯電話からのメールに気付き,同日
午前10時47分ころ,「話し合って分かるようなことなの。誰の子なん。」という趣
旨のメールを被害者の携帯電話に送信した。
同日正午ころ,被害者の携帯電話から,Qの携帯電話に,「黙っていたけど,
お金のことで相談している人がいて,その人に何度か抱かれたの。子供はその
人の子供で,なんか訳分からんね。また連絡するね。」との内容のメールが届い
た。
同日午後零時1分ころ,被害者の携帯電話から,Rの携帯電話に,「借金の
ことで相談していた人がいて,その人に抱かれた。落ち着いたらまた連絡す
る。」という内容のメールが届いた。
(2) 検討
 ア 被告人が平成15年2月22日午前零時22分の被害者の携帯電話への発信し
て通話した後は被害者への連絡等の接触を試みていないこと
    被告人は,前記認定のとおり,被害者に対し,メールについては,同年2月3日
に1回,同月10日に2回,同月18日の1回,同月19日に1回,同月20日に1
回,それぞれ送信していたが,それ以降は同月中に送信していないところ(証拠
上は,平成15年2月分のデータがあるのみである。),捜査段階及び公判段階
を通じて,平成15年2月22日午前1時ころに被害者と接触した後には,被害者
の携帯電話に電話をかけたり,メールを送ったりした旨を何ら具体的に供述して
おらず,被害者への連絡を試みた形跡は見当たらない。被告人は,被告人の
子供を妊娠したとする被害者との間で,話し合いをしていたのであり,当時妻子
のあった被告人としては,被害者が出産するかどうかは,被告人が被害者と不
倫関係にあったことを妻子や親族に知られるだけでなく,出産した場合には,生
まれた子供の認知や養育の問題にまで発展して家庭の不和を招くなど,自らの
立場や将来に極めて重大な影響を及ぼすことであることが明らかである。そう
すると,仮にお腹の子供の父親が被告人でないなどとする言葉が被害者から
発せられたことがあったとしても,話し合い自体が決着したわけではないのであ
るから,被害者からの接触がなくとも,自ら連絡をとって話し合いの決着を図ろ
うとするのが自然な行動であると考えられる。また,被告人が当時そのような行
動をとっていたのであれば,同年3月1日及び同月2日に被害者の両親から被
害者の消息を問い質された際にも,連絡をとろうとしても連絡がつかないなど
と,被害者との接触を試みていることを説明してもよさそうなものであり,さらに,
捜査段階及び公判段階においては,なおさら被害者への接触を試みていたこと
を具体的に説明してもしかるべきであるのに,このような説明をしていないので
ある。これらのことは,被告人が平成15年2月22日午前1時ころに被害者と接
触した後は,被害者と連絡をとろうとしていなかったことを示している。
    そして,このように被告人が平成15年2月22日午前1時ころに被害者と接触し
た後は,被害者と連絡をとろうとしていなかったことは,被告人が本件各犯行の
犯人であることを強く推認させる,極めて不自然な行動と認められる。
    すなわち,前示のような立場にあった被告人としては,上記のとおり,平成15年
2月22日午前1時ころに被害者と接触した後も,被害者から連絡がなくても被
告人の側から話し合いのための接触を求めるのも自然であると考えられるにも
かかわらず,被害者と連絡をとろうとしなかったのは,平成15年2月22日以
降,被害者に連絡を試みても意味のないこと,あるいは,被害者の携帯電話に
メールを送信したり電話をしたりしても意味のないことを被告人が知っていたこ
とをうかがわせるというべきである。
    また,被告人がそのようなことを知ったのは,被告人が被害者と最後に接触して
以降に被害者の消息に関する情報を入手する機会がないと考えられることに
照らして,被告人が被害者と最後に接触した平成15年2月22日であると考え
るのが自然であり,これに加えて,被害者が同日から行方不明になり,その後,
死体で発見されたところ,前記のとおり,死後間もない時間から約6時間以内に
はトランクに遺棄されたもので,死亡推定時刻は,平成15年2月下旬ころであ
ると推定されるというのであるから,このような客観的情況のみからみても,被
害者が死亡したことについて,被告人が何らかの関与をしていたことが強く推認
されるというべきである。
 イ 偽装メールを送ったのは被告人と認められること
前記認定の事実によると,被害者は,友人の携帯電話へのメールには,題
名欄に「Re」や標準語を使わないこと,及び平成15年2月22日午前4時ころに
Rの携帯電話のメールアドレスを入力ミスをしたと思われるエラーメールが作
成・送信されていることが認められるのであるから,このことだけからも,同日午
前4時以降の被害者の携帯電話から題名欄に「Re」を用い,標準語で内容が
記載されたメールは,被害者以外の者が作成・送信した可能性が高いというこ
とができる。
 加えて,前記認定の鑑定の結果等からすると,被告人が被害者が妊娠した子
供の父親である可能性が高く,そのほか,前示の被害者と被告人との交際の
状況,被害者のそれまでの友人に対する相談内容,被害者と被告人との平成1
5年2月22日までの話し合いの内容,被告人の応対等を総合すると,被告人が
父親であると認められ,被害者が妊娠した子供の父親が被告人ではないとする
上記のメールの内容は,明らかに事実と異なり,被害者自身が,同年2月18日
に産婦人科で受診して妊娠の事実を確認して以降に妊娠した子供の父親が誰
であるのかについての客観的確認をして,子供の父親が被告人でないとの認
識を持つに至ったこともないと考えられることにも照らすと,到底,被害者が上
記メールを作成・送信したとは考えられない。なお,被害者がその認識とは異な
る内容のメールを送信することを許容していたとは考えられないことからする
と,被害者は平成15年2月22日午前4時ころまでには,被害者の携帯電話
は,被害者の手を離れていたものと推認するのが相当である。
そして,上記のとおり,子供の父親が被告人でないとする認識を被害者が持
っていた可能性がないと考えられるのに,被告人が,平成15年3月1日及び同
月2日に被害者の両親に対して,被害者がお腹の子供はお金のことで相談して
いた人の子だと思う旨言い出したなどと上記メールと同趣旨の内容のことを話
していることは,被告人が上記メールを作成・送信したことを強く疑わせるもので
ある。
もっとも,被告人については,被害者との話し合いの過程で,興奮した被害者
から上記メールのようなでたらめの内容を告げられた可能性もなくはなく,被告
人も捜査段階で否認していた段階や公判段階において,その趣旨の供述をし
ているところ,仮に,被害者が被告人に対して,そのような内容を告げたとして
も,それと同様の内容をそれまで親身になって相談に乗ってくれていた友人で
あるQやRにまで告げるとは考えにくいのであるから,少なくとも友人への上記メ
ールは,被害者が作成・送信したものではないことは明らかである。そして,前
示のとおり,平成15年2月22日午前1時ころに被害者と話し合いをしていて,
被告人が被害者が死亡したことについて,何らかの関与をしていたことが強く推
認され,かつ,同日午前4時ころまでには被害者の携帯電話が被害者の手を離
れていたと推認され,その携帯電話を手にすることができた可能性が高いのは
直前まで被害者と接触していた被告人であることは明らかであるところ,被害者
が妊娠した子供の父親が誰であるかについては,被告人も密接な利害を有し,
被告人が父親であることが否定されることは,被告人が被害者の死亡について
関与したことを隠蔽する上で極めて重要で意味があることに照らすと,やはり,
被告人が上記メールを作成・送信したものと認めるのが相当である。
なお,弁護人及び被告人は,平成15年2月22日正午ころのメールについ
て,被告人は,同日正午ころ,職場にいて,同僚のPや税理士と話していたので
あるから,M橋から偽装メールを送信することができないと主張するが,同僚の
Pは,捜査段階において,当初は,被告人が同日正午から午後1時までの間に
子供を連れて職場に来たと述べ,その後,正午からの昼休みが始まって,15
分か20分くらい経ったころに被告人が来た旨述べ,当公判廷で,正午前後に
被告人が来たと述べる部分もあるものの,被告人からの電話の時間から推測し
て午後零時15分ころに来た旨述べていることからすれば,Pの供述から偽装メ
ールを送信した時間とされる同日正午ころに被告人が職場にいた可能性があ
ると認めることはできず,弁護人及び被告人の主張は採用することができない。
そうすると,被告人が上記メールを作成・送信した目的は,被害者がメール送
信の時点でいまだ生存していることを偽装するとともに,被告人が被害者の死
亡について関与したことを隠蔽するためであると考えられ,そのことは,とりも直
さず被告人が被害者の死亡について関与したことを強く示す事情であるという
べきである。
 ウ その他の事情
  前記認定の事実を総合すると,被害者は,平成15年2月22日午前1時過ぎこ
ろに,被告人がその所有する自動車で来ていた勤務先の整備工場で被告人と
会った以後,消息が不明となったこと,そのことと前記認定の鑑定の結果を併
せると,その時刻ころに被害者が死亡した可能性があること,犯行方法である
扼殺による殺害は,被告人が自動車整備をする男性であり,被害者が身長15
5センチメートルの女性であることからしても,被告人が実行することが可能なも
のであること,被告人が被害者との接触を持ったときから,被告人が自らの自
動車に乗り自宅に帰るまでに約5時間あるが,時間的にみても,犯行時刻とさ
れるころに,被告人が上記整備工場付近において被害者を殺害し,その死体を
J町の遺棄現場に車で運んで遺棄することが十分可能で,殺害及び遺棄の時
間に関する鑑定の結果とも矛盾しないこと,場所的にみても,遺棄現場はJ町
内で,被告人がその付近の地理に詳しいところでもあり,かつ,現にそのころJ
町へ自動車で出かけていることを被告人自身が認めていることからすると,殺
害の現場や具体的な犯行態様は不明であるとしても,被告人には,被害者の
殺害及び死体遺棄の犯行を行う機会があり,その手段による犯行を実行する
可能性があったことは明らかであり,逆に,被害者が被告人と接触した後,被告
人とは別の第三者によって首を絞められて殺され,廃車置場にその死体を遺棄
されるという犯行がなされることの可能性も考えにくいこと,死体発見後1か月く
らいしてから,被害者の毛髪が被告人の自動車の後部トランク内から発見さ
れ,そこに被害者が生きたまま閉じこめられていたような痕跡もなかったことか
ら,遺棄される前に被害者の死体がそのトランク内に入れられた可能性が高く,
そのことは被告人の犯行関与を強くうかがわせること,被告人と被害者は,犯
行直前まで被害者が妊娠した子供を産むか産まないか等で意見が対立してい
たという経緯からすると,その決裂が不倫関係の発覚や被告人の家庭の不和
につながることはたやすく予想できることであり,これが被告人にとって被害者
殺害の遠因ないし動機の一つとなる可能性は十分あること等の事実が認めら
れ,これらによれば,被告人が本件各犯行の犯人であるとの疑いを強く生じるも
のである。
エ まとめ
  上記アないしウの検討からは,被告人の自白をまつまでもなく,情況証拠から
被告人と本件各犯行の強い結び付きを認めることができる。
 2 被告人の捜査段階における自白の信用性
  (1) 弁護人は,仮に被告人の捜査段階における自白調書に任意性が認められるとし
ても,その自白には信用性がないと主張し,その理由として,①自白調書が,捜査
官の誘導によって作成されたこと,②殺害場所やメール送信といった重要な事実
について供述の変遷があること,③被害者の乗車位置や殺害後の行動について
不自然な点があることなどを挙げている。
 しかしながら,上記のとおり,被告人の自白をまつまでもなく,情況証拠から被告
人と本件各犯行の強い結び付きを認めることができるから,これと符合する被告
人の自白は基本的に信用できると考えられることに加えて,前記認定の被告人が
捜査段階で自白に転じた際の状況,とりわけ,否認していた被告人が妻の供述調
書を読ませてもらい,そのなかに「やっているなら男らしく堂々として,罪に服して,
きれいな体で帰ってきてほしい」旨記載されていたことから,泣き崩れ,当夜は,自
白にまでは至らなかったけれども,翌日の取調べにおいても,H刑事からの問い
かけを受けて泣き始め,「何もかも話してしまえ。」とか「気が変わらんうちに言って
しまえ。」などと説得された後の検察官の取調べにおいて自供したというのであっ
て,その自白は悔悟の念に基づくものと考えられるのであるから,これらの事情を
考慮すると,被告人の捜査段階の自白は,基本的に信用性が高いものということ
ができるが,以下,その内容の詳細をみていくこととする。
 (2) 自白調書の内容をみると,以下のとおり,他の客観的証拠とよく符合していること
が認められる。
ア 殺害方法及び殺害状況
 被告人は,検察官に対する供述調書において,殺害状況につき,被告人の自
動車の後部座席に乗ってもらった被害者に対し,運転席から体を左側にひねっ
て乗り出し,被害者の首を右手で掴んで,後部座席の背もたれに押さえつけて
力一杯締め付けた旨供述しているところ,この供述は,前記のとおり,被害者の
死因は,被害者の頸部には手指や腕によって生じたと考えられる扼痕があるこ
とから,扼頸による窒息であるとする鑑定結果と一致しており,殺害態様の供述
も,具体的であり,特に不合理なところもない。
イ 死体の移し替え及び運搬方法
 被告人は,検察官に対する供述調書において,被害者を殺害後,被告人の自
動車のトランクに被害者の死体を移し替えた旨供述し,さらに,検察官に対する
供述調書において,死体の運搬について,「平成15年2月22日の午前4時ころ
には,自動車のトランクの中にAさんの遺体を入れて,勤務先のO付近から出
発し,実家があるJ方面に取りあえず車を進めて行った。」と供述するが,これ
は,先に認定したとおり,被告人所有の自動車(チェイサー)のトランク内から,
被害者の毛髪が検出されたことと符合し,当日の被告人の行動とも矛盾しない
ものである。
 この点について,弁護人は,被害者の毛髪が,前記被告人の自動車のトラン
ク内から検出されたとしても,被害者着用の衣類を前記トランク内に入れること
によって衣類に付着した毛髪が前記トランク内に遺留されることもあるから不自
然ではない旨主張するところ,確かに,前記トランク内には,被害者のものでは
ない毛髪が入っていたことが認められるのであるから,前記トランク内に何らか
の理由で人の毛髪が入る可能性を否定することはできず,そのことだけから被
告人の犯人性を強く推認することは避けるのが相当であるけれども,上記事実
は,被告人の自白内容と符合するものであることは間違いない上,Qの検察官
調書謄本によれば,被告人は,被害者宅に来て,30分くらいでエッチして,すぐ
帰っていくなどと被害者がQに述べていたことが認められることからすれば,前
記トランク内に被害者着用の衣類を入れることは想定し難いし,その他,被害
者の衣類を前記トランクに入れたと推定させる証拠はないから,弁護人の主張
は採用することができない。
ウ 遺棄の方法及び遺棄現場の状況
被告人は,検察官に対する供述調書,被害者の死体を運搬して実家付近ま
で来たところ,近くにD自動車の廃車置場があったことが頭に浮かび,廃車置場
の前に行って車を停め,1台の廃車のトランクにAさんの死体を入れることにし
て,死体をその廃車の中に入れたことや廃車置場付近が真っ暗であったことな
どを供述するが,これは,関係証拠によると,廃車置場付近には照明等の設備
はなく,夜になると真っ暗な状態であると認められる遺棄現場の状況や死体の
遺棄状況と合致するものである。また,遺棄の犯行態様も具体的であり,不合
理なところはうかがえない。
エ 被害者殺害から遺棄までの時間
 被告人は,被害者を殺害した時刻について,検察官に対する供述調書におい
て,午前1時半ころから午前2時までの間だったと思う旨,被害者を遺棄現場に
遺棄した時刻について,検察官に対する供述調書において,被害者の友達に
偽装のメールを打った時間から考えて平成15年2月22日の午前5時前後のこ
ろのことだと思う旨それぞれ供述して,被害者殺害から遺棄までの時間は約3
時間から3時間半であるとするが,これは,被害者が死後間もない時間から約6
時間以内にはトランクに遺棄されたものとする鑑定結果とも整合する。
オ 偽装メールの発信状況
被告人は,検察官に対する供述調書において,被害者の携帯電話から,Q
及びRにメールを送信したことについて,被害者の死体をトランクに入れて,捨
てに行く途中に,被害者の携帯電話に気付き,自動車の運転中や信号停止中
にメールを作成して,平成15年2月22日の午前4時ころ,一人の女性に妊娠し
た子供が被告人の子供ではなかった旨のメールを送信後,メールアドレスを変
えて,もう一人の女性に同じ文章を発信しようとしたが,アドレスを間違えたかエ
ラーとなり,受信メールを使い,再送信したと供述し,さらに,その後同日正午こ
ろ,Oに向かう途中のM橋を通る際に料金所の横にある公衆便所のところで,2
人の女性に「お金のことで相談している人がおって何度か抱かれた。落ち着い
たら連絡する。」内容のメールを送信したと供述するが,これは,先に認定したと
おり,送信時間やメールの内容が被害者の携帯電話のメール発信履歴やQ及
びRの各証言と符合するものである。
カ 動機について
  被告人は,家庭を壊される不安から被害者が邪魔になったのではなく,被告人
の車のなかで,被害者が「あんたの嫁さんや子供を殺す。」,「会社も燃やして
めちゃくちゃにしてやる。」,「実家にいる妹の子供も殺してやる。」などと何度も
言われ,本当に実行されるのではないかと被害者のことが恐ろしくなり,そのよ
うなことを言う被害者を許せなくなって殺害を決意した旨述べるが,それ自体了
解可能な動機であり,動機形成過程も,本件のような計画性に乏しい衝動的な
犯行態様とも整合するものであるし,否認から自白に転じ,自白を始めようとし
たときの被告人の言動とも一致するなど一貫しているものである。
キ まとめ
 以上のとおり,被告人の捜査段階の自白調書は,上記(1)で述べたとおり,基
本的に信用性が認められるところ,その内容において詳細かつ具体的であり,
客観的証拠とも整合しており,その信用性は高いものである。
(3) 弁護人及び被告人の主張について
  ア 弁護人及び被告人は,被告人の捜査段階の自白調書について,捜査官の誘導
によって作成されたものであり,信用性が認められないと主張するが,自白内
容の変遷についての経緯をみても,F刑事らが証拠との矛盾を追及したところ
はあっても,捜査官が描いた犯行態様を認めさせるように誘導した事実はなか
ったものと認められる。
 イ また,弁護人は,被告人の捜査段階の自白調書には殺害場所や被害者の携
帯電話を使って偽装メールを送信した状況について変遷があるから信用性が
低い旨主張する。
(ア) そこで,まず,殺害場所の変遷について検討するに,9月11日付けの申
立書では,「Lの工業団地の中を走っている道路に止めた,私の車であるチェ
イサーの後部座席でAさんの首をしめて殺し,」との記載となっており,9月1
2日付けの警察官調書では,「殺した場所は,図に書いて説明した,私の勤
務先のOから車で2分くらい走ったTボート場の裏側の道路上に停めた私の
車です。」との記載に変わり,その供述は,9月16日付けの検察官調書でも
維持されており,変遷の理由として,9月15日付けの警察官調書では,「特
に理由はありませんが,思い出すのが怖かったことや,最初はAさんを乗せ
て前に書いた図面の場所に行くつもりでした。Aさんを殺した場所を思い出す
のがつらくて,その近くの最初に行こうと思っていた場所を書いてしまったの
です。」との記載がある。
 被告人は,殺害した場所を思い出すのがつらかったので,当初は,違う場
所を述べていたが,取調官からの裏付けの結果,追及を受けて,真の殺害
場所を供述したと説明しているが,犯行全体を自白して認めながらも,さほど
重要とは思えない事実について,何らかの理由から一部虚偽を述べることは
あり得ないことではなく,本件でも被告人が述べる嘘をついた理由も一応了
解しうるものであること,駐車場所について供述に若干の変遷があったこと
が,本件犯行の自白において,本質的で重要な事項の変遷であるとは言い
難いことからすると,この点が被告人の自白の信用性を低下させるものとは
ならない。
(イ) 次に,被害者の携帯電話を使って偽装メールを送信した点について検討
する。
弁護人は,平成15年2月22日正午ころに被害者の携帯電話から送信さ
れたメールについて,9月11日付け供述調書では,「自宅を出て,Oに行く途
中の昼過ぎ」となっているのに,同月15日付けの警察官に対する供述調書
では,OからM橋を渡って帰る途中となり,同月16日の検察官調書や同月1
7日の警察官調書では,OからM橋を通る際となって,変遷しており,信用で
きないと主張する。
しかるに,被告人が上記メールを作成・送信したものと認められることは前
記のとおりであるから,送信場所についての供述に多少の変遷があったとし
ても,その供述の信用性に影響を及ぼすものとも考え難いところ,上記の点
について,同月16日の検察官調書では,「どうして行きはM橋を通って行っ
たのに,帰りはM橋を通らないのですか。」との検察官の問いに対し,被告人
は,「その日はJの実家に行く予定にしており,早くOに行きたいと思って,最
初M橋を通ったのですが,昼過ぎころに妻から連絡があり,『掃除が済んでい
ないのでゆっくり帰ってきて』と言われたことから,帰りはM橋を通らないコー
スで帰ったのでした。」と答えていることが認められる。この被告人の答えは
不自然ではなく合理的であるし,犯行時から約半年以上経過しており,多少
の曖昧さが出ることも予想されたため,捜査官からの確認を受けた結果,記
憶を喚起することができて,供述を変えたものともいえるから,このことをもっ
て信用性がないとはいうことができない。
 この点について,被告人は,当公判廷で,F刑事は,K検事からの指示を受
けて,それまでの調書の内容と違う調書を作成した旨主張するが,取調べ経
過の認定に照らしてそのような事実は認められず,採用することができない。
さらに,被告人は,捜査官から,被害者の携帯電話のメール発信のログを見
せられ,そのログで場所が分かり,2月22日正午ころのメールはM橋近くで
発信されたものと言われて,それに沿うような形で調書が作成されたと当公
判廷で述べるが,「iモードメール通信ログ」の中には,メールの発信地が特
定できるデータはないことが認められることから,誘導されて供述したという
被告人の供述は到底信用することができない。
 そのほかに弁護人が変遷があると主張する点は,それ自体変遷とまではい
い難いものであって,被告人の自白の信用性を低下させる事情とは認められ
ない。
ウ 弁護人は,自白では,被告人が被害者の車両を駐車場に戻した後に乗車した
とされるタクシーが裏付け捜査によって発見されていないことから,被告人の自
白には信用性に疑いがある旨主張するが,そのタクシーを発見するための端緒
となる情報が少なく,また,犯行時から時間が経過していたために裏付けがとれ
なかったに過ぎないと考えられ,このタクシーが特定できなかったからといって,
被告人の自白が信用できないとはいえない。
エ 弁護人は,その他縷々主張するが,いずれも,自白の信用性に疑いを抱かせ
る程度のものではなく,それらの主張は採用することができない。
3 小括
  上記1及び2の検討によると,被告人の自白をまつまでもなく情況証拠から被告人と
本件各犯行との結び付きが強く推認される上,被告人の捜査段階の自白の信用性
も高いことが明らかである。
第4 結語
以上の検討によると,被告人の捜査段階の自白には任意性及び信用性が認めら
れ,被告人が犯人であることを強く推認させる情況証拠が存し,捜査段階での自白
の信用性も高いことが認められるから,判示のとおり,本件殺人及び死体遺棄が被
告人の犯行であることは合理的疑いがなく認めることができる。
(法令の適用)
 罰       条
判示第1の所為    行為時においては平成16年法律第156号による改正前の
刑法199条に,裁判時においてはその改正後の刑法1
99条に該当するが,これは犯罪後の法令によって刑の
変更があったときに当たるから刑法6条,10条により軽
い行為時法の刑による。
判示第2の所為    刑法190条
 刑種の選択   有期懲役刑を選択(第1)
 併合罪の処理   刑法45条前段,47条本文,10条により重い判示第1の罪の刑に同
法47条ただし書の制限内で法定の加重
 未決勾留日数の算入   刑法21条
 訴訟費用の不負担   刑事訴訟法181条1項ただし書
(量刑の理由)
本件は,被告人が,判示の経緯で,被害者を殺害し(第1),その死体を遺棄した(第2)
事案である。
被告人は,判示の経緯のとおり,被害者と不倫関係を続けていたところ,被害者に妊娠
させた子供の出産を巡って意見が対立し,解決がつかないままに,車内で話し合っていた
際,被害者から,自己の家族らを殺害するなどの暴言を吐かれたことに畏怖し,かつ立腹
したことから殺意を持って被害者の頸部を右手で扼して同人を窒息死させ,犯跡を隠蔽す
るために,被害者の死体を廃車置場の廃車トランク内に遺棄したものであり,その身勝手
かつ短絡的で,思慮浅薄な犯行の動機には酌量の余地はない。
態様も,車の後部座席に無防備に座っていた被害者に対し,運転席側から振り向き,
いきなり頸部を右手で扼してのど元を締め付け,事切れるまで力を込め続けたもので,強
固な確定的殺意に基づく,残忍かつ悪質な犯行である。
死体遺棄の犯行も,その殺人の犯行を隠すためのものであり,これもまた悪質である。
さらに,被告人は,犯行後,狡猾にも被害者の友人に偽装メールを送るなどして犯行隠
蔽工作を続けており,犯行後の情状も悪い。
そして,被害者の死亡という結果が極めて重大なのはいうまでもなく,被害者は,愛して
いた被告人から,30歳の若さで,被告人の血を引く胎児と共に突然その生命を絶たれた
のであり,殺害時に特段の抵抗の様子もなかったことからすると,頸部を圧Fされながらも
まさか本気ではなかろうと思い,抵抗することなく意識を失ってしまい,そのまま死に至っ
た余地もあり,信頼していた人から裏切られ,騙され,酷い仕打ちを受ける形で亡くなった
被害者の心情を思うと悲しく,哀れであり,被害者にとってもそのような人生の結末は受け
入れ難いものであったことは想像に難くなく,その無念さは察するに余りあるものである。
また,被害者を失った遺族らの被害感情は当然のことながら強く,被告人が当公判廷に
おいて犯行を否認し,弁解に終始して,無関係を装う態度をとり続けることをみて,被害感
情も峻烈となっており,被告人の厳罰を希望しているところである。
そのような被告人の公判での態度は,捜査段階では,本件犯行を認めて,涙を流して
後悔したことがあるとしても,無責任で,規範意識に乏しく,自己保身に走るものというべ
きで,その反省の情は十分とはいえない。
以上によれば,被告人の刑事責任は相当に重いものがある。
他方,本件殺人は衝動的な犯行であったこと,被告人には,前科がないこと,離婚した
妻との間に扶養すべき子がいることなどの被告人にも酌むべき事情もある。
したがって,以上の諸情状を総合考慮して,主文のとおり量刑した。
(求刑 懲役18年)
平成17年11月16日
福岡地方裁判所小倉支部第1刑事部
裁判長裁判官   野島秀夫
裁判官   森岡孝介
裁判官   中 直也

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