弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
被告人を懲役23年に処する。
未決勾留日数中130日をその刑に算入する。
大阪地方検察庁で保管中の作業用安全靴1足を没収する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,相手が死亡するかもしれないとしても,通行人を鉄パイプで殴打して
金品を強取しようと企て,平成20年2月22日午前6時15分ころ,大阪府寝屋
川内の路上において,同所を徒歩で通行中のA(当時28歳)に対し,同人が死亡
するに至るかもしれないことを認識しながら,あえて,その背後から両手で持った
鉄パイプ(長さ約85センチメートル,直径約4.3センチメートル,重量約2.
6キログラム)を振り下ろして同人の右側頭部から右後頭部を1回殴打し,同人を
路上に転倒させ,さらに,同人の左側頭部を作業用安全靴(先端部分がABS樹脂
製)を履いた左足で1回足蹴にする暴行を加え,その反抗を抑圧した上,同人所有
に係る折りたたみ傘等55点在中の手提げ兼ショルダーバッグ1個(時価合計約1
万8725円相当)を強取したが,同人に全治の見込みのない四肢不全麻痺及び言
語障害を伴う右急性硬膜下血腫及び左急性硬膜外血腫等の傷害を負わせたにとどま
り,同人を殺害するに至らなかった。
(事実認定の補足説明)
第1本件の主要な争点
弁護人は,被告人は被害者を気絶させてその間に金品を奪取する意思で,同
人の右後頭部を鉄パイプで殴打したのであり,その際,力の入れ方を加減して
いるし,同人に対する足蹴も,利き足ではない左足で同人の顔面を小突くよう
に蹴っただけであり,それ自体が直接傷害を生じさせるものではなかったから,
被告人には未必の殺意もなく,本件においては強盗傷人罪が成立するにとどま
る旨主張し,被告人も,これに沿う供述をするので,被告人には未必の殺意が
あったと認定し,強盗殺人未遂罪の成立を認めた理由を補足して説明する。
第2争点に対する判断
1関係証拠によれば,本件の凶器及び被害者の受傷状況等として,以下の事実
が認められる。
(1)本件で用いられた鉄パイプ(以下「本件鉄パイプ」という)は,両端。
に鉤状の突起がある全長約85センチメートル,直径約4.3センチメート
ル,重量約2.6キログラムのものであり,これを持つと相当の重量感があ
る。被告人は,本件当日午前6時過ぎころ,建築工事現場で本件鉄パイプを
見つけ,これを手に取ってその重みを感じるとともに,以前とび職をしてい
た経験から,それが建築工事の足場に使われるものであることを認識した。
また,本件当時,被告人が履いていた作業用安全靴(以下「本件安全靴」
という)の先端部分(先芯)はABS樹脂製であり,先端が尖った重さ2。
0キログラムの錘を3センチメートルの高さから落下させたときの衝撃に耐
えることができる。被告人は,鉄筋工として仕事をする際,本件安全靴を履
いており,その先端部分が硬い材質であることを認識していた。
(2)被害者は,本件当日午前7時前に病院に搬送されたが,当時,両眼の瞳
孔が散大した意識不明の状態であり,体表部の外傷として,左眉の上の左前
額部に皮膚が裂けて骨が露出する裂創(縦約4センチメートル,横約3セン
チメートル,右耳介前方から右後頸部にかけて帯状の打撲創が認められ,)
2回にわたるCT検査の結果,右側頭部の急性硬膜下血腫,左右側頭部の頭
蓋骨骨折,左側頭部の急性硬膜外血腫が発見された(なお,左側頭部の急性
硬膜外血腫は,2回目のCT検査で新たに発見された。。)
2本件鉄パイプによる殴打行為について
,(1)関係証拠によれば,被告人は,路上を歩行中の被害者に背後から近付き
本件鉄パイプの一方の端辺りをバットを握るように両手で持ち,その両手が
被告人の顔の前辺りに来る状態まで本件鉄パイプを振り上げ,これを右斜め
右上から左斜め下の方へ振り下ろして,もう一方の端に近い部分で被害者の
「本件殴打行為」という,側頭部から右後頭部を1回殴打したこと(以下。)
これにより被害者は,路上に転倒して動かなくなったことが認められる(な
お,被告人は公判廷で,本件鉄パイプの端を持ったのではなく,全体の長さ
を10とした場合,端から2と3の間の辺りを両手で握った旨供述するが,
被告人は,検察官調書において,野球で右打ちをするときのように右手と左
手をくっつけて,本件鉄パイプの一方の端を持った旨具体的に供述し,これ
に先立つ犯行再現実況見分〔写真撮影報告書〕においても,同様の状況を再
現しているのであって,そのような持ち方がより自然であると考えられるこ
とに照らしても,被告人の前記公判供述は信用できない。。)
このように被告人は,相当の重量がある本件鉄パイプの端辺りを両手で持
ち,もう一方の端が被告人の頭上に来るように振り上げてから,これを振り
下ろして,その端に近い部分で被害者のを殴打したの右側頭部から右後頭部
であり,回転運動をする鉄パイプ自体の重量や落差からしても,同人の頭部
には相当強い衝撃が加わったと推認できる。
被害者に対する1回目のCT検この点について,法医学教室の医師Bは,
意見書及び証言(以下,両者を合わせて「B意見」査の写真等を資料とした
という)において,被害者の右耳介前方から右後頸部にかけて帯状の打撲。
創があり,右側頭部に頭蓋骨線状骨折,硬膜下血腫があることなどからして,
比較的重量のある角陵のない棒状の物で,右斜め上から左斜め下に振り下ろ
右側頭部から右後頭部に加わったと推認され,前記傷害はす相当強い打撃が
本件鉄パイプで殴打したことによって形成されたと考えて矛盾はない旨述べ
るところ,このようなB意見は,法医学的な専門的知見に基づく合理的なも
のであって,その信用性に疑いを入れる事情はうかがわれない。そうすると,
前記の推認は,前記のB意見によって裏付けられているといえる。
そして,被告人は,本件鉄パイプを持ったときの感触から,これに相当の
重量があることを十分認識していたと推認できる(なお,被告人は公判廷で,
以前とびの仕事をしているときに,本件鉄パイプと同じものをいつも持って
いたので,本件鉄パイプが重いとは感じなかった旨供述するが,本件鉄パイ
プの重量に照らして信用できない)し,前記のような本件殴打行為の態様。
からして,これを行った被告人は,被害者の頭部に相当強い衝撃が加わるこ
とも十分認識していたと推認できる。いうまでもなく頭部は生命維持機能を
司る脳がある身体の枢要部であり,バイクの運転者や工事現場の作業員がヘ
ルメットを着用することなどからも,頭部に強い衝撃が加わった場合には生
命に相当の危険が生じることは,通常人であれば十分認識している事柄であ
り,被告人は,生命に相当の危険がある本件殴打行為をそのような行為であ
ると認識しながらあえて行ったと認められる。
(2)これに対し,被告人は,捜査公判を通じて殺意を否認し,被害者を気絶
させようとして本件殴打行為に及んだ旨供述し,公判廷において,思い切り
殴る力を10とすれば2か3くらいの力で殴打した旨供述する。しかしなが
ら,前記のような被害者の受傷状況にも照らすと,被告人が手加減をしたよ
うな形跡はうかがえない上,相当の重量がある本件鉄パイプを振り下ろすと
いう本件殴打行為の態様からして,気絶はさせても生命への危険が及ばない
ように衝撃をコントロールすることはおよそ困難と考えられる。そして,本
件殴打行為の態様からすれば,振り下ろされる本件鉄パイプ自体の重量によ
推認でって,被害者の頭部に相当強い衝撃が加わることは十分認識できたと
きるのであって,被告人が被害者の生命への危険を認識していなかったとは
考え難い。したがって,被告人の前記供述はいずれも信用できない。
なお,弁護人は,本件当時,被告人は精神的パニックに陥っており,自ら
が行おうとしている殴打行為の程度や結果に対する十分な判断力が備わって
いなかった旨主張するが,関係証拠により認められる本件犯行前後の被告人
の行動に照らすと,被告人が本件殴打行為の危険性を認識できないような精
神的状態にあったとは考え難い。
3左足による足蹴行為について
(1)この点について,被告人は,検察官調書において「体の左側を下にし,
た状態で倒れた被害者の両目が開いていて,自分の方を見ているようだった
ので,まだ気絶をしていないと思い,被害者を気絶させるためにその顔面を
蹴り上げた。その際は,右足を軸にして左足を浮かせ,左膝を曲げて,左足
をいったん体の後ろに持ち上げてから,被害者の顔面目掛けて左足を勢いよ
く前に突き出し,顔面を蹴り上げた。どれくらいの力を入れたかははっきり
覚えていないが,全く力を入れていないということはなく,小突く程度でも
なかった」旨供述し,第1回公判期日の冒頭手続においては「被害者の。,
左顔面を蹴ったことは間違いないが,その場所が左前額部という認識はな
い」旨陳述し,被告人質問においては「体の左側面を下にして横向きに。,
倒れた被害者の顔が自分の方を見ていたので,こちらを見るなとの思いから,
被害者の顔の向きを変えるために,利き足ではない左足のつま先で,その顔
面を小突いてそのまま押すような感じで蹴った。顔の向きが変わればいいと
思っていたが,体全体が仰向けになった。被害者の左側頭部は地面とくっつ
いていたので,そこを蹴ってはいない」旨供述しており,足蹴行為に関す。
る供述が変遷している。
(2)検察官は,被害者の前額部の裂創,左側頭部の頭蓋骨骨折,硬膜外血腫
は被告人の足蹴行為によって生じたものであると主張する(なお,検察官は,
本件公訴事実では足蹴による攻撃部位を「左前額部」としているが,後記の
B意見を踏まえ,論告ではこれを「左側頭部」と主張している)ところ,。
これらの傷害が生じた機序について,B意見は,以下のような所見を述べて
いる。
ア左側頭部の「く」の字状の頭蓋骨骨折(証人尋問調書添付の写真2−1
3,以下「本件骨折」という)は,この部分(以下「本件打撃点」とい。
う)に集中して打撃力が加わったことを示しており,左前額部の裂創。
(以下「本件裂創」という)は,本件打撃点に集中して打撃力が加わっ。
哆開してた際,頭部の可動範囲が狭いことから,少し離れた部分の皮膚が
裂創の部分に直接打撃力が加わったものではな生じたものであって,本件
い。なお,基礎資料としたCT写真では左側頭部に著明な硬膜外血腫の存
在は確認できないが,これが存在するのであれば,左からの直接的な外力
による打撃によって生じたと推認できる。
骨折及び本件裂創は,相当強い外力の打撃が加わったことにより直イ本件
接あるいは間接的に生じたものであり,具体的には,体重を乗せて左側頭
部を手加減なく蹴り上げたと推認される。本件安全靴のつま先部分に比較
的重量のあるものが入っていれば,これでトーキックをすればピンポイン
トの打撃になる。
ウ骨折及び本件裂創は,ピンポイントの打撃により直接あるいは間接本件
的に生じたのであり,被害者が転倒した際,左側頭部をコンクリート地肌
(実況見分調書添付の写真)に打ち付けることによって生じたものではな
い。
法医学的な専門的知見に基づく合理的なものであっ(3)前記(2)のB意見も,
て,その信用性に疑いを入れる事情はうかがわれない。
これに対し,弁護人は,B意見は限られた資料を基礎としたものであるか
ら,その信用性には限界があるとして,①B医師は,本件安全靴を見たこと
トーキックをすればピンがなかったのに,公判廷でこれを一目見ただけで,
ポイントの打撃になると証言しているが,意見書では「体重を乗せて左側頭
部を手加減なく蹴り上げた」と記載していたのであり,その時々で内容に矛
盾がある,骨折及び本件裂創②B意見は,被害者が倒れたときの衝撃で本件
が生じた可能性を否定しているが,本件現場の状況を何ら見分しないで前記
可能性を否定している点で疑問がある,と主張する。しかしながら,①につ
骨折及び本件裂創がいては,B意見は,左側頭部を強く足蹴したことで本件
生じたと推認されるという趣旨では一貫しており,その時々で実質的な内容
②については,B医師は公判廷で,本件現場が変わっているとはいえない。
(実況見分調書添付の写真)を見た上で,前記(2)の所見は動かないの写真
という趣旨を証言しているのであって,弁護人の主張は前提を欠くというべ
きである。
(4)そうすると,骨折,本件裂創及び左側頭部の硬膜外血腫(以下「本本件
。,件骨折等」と総称する)は,本件鉄パイプで殴打されて転倒した被害者が
その左側頭部をコンクリート地肌に打ち付けたことにより生じたものではな
く,本件打撃点に相当強い外力の打撃が加わったことにより生じたものと認
められる。さらに,関係証拠によれば,本件現場は早朝の住宅地であって未
だ人通りが少なく,被告人が被害者を襲った約5分後には通行人が仰向けに
倒れている被害者を発見していること(Cの検察官調書)に照らすと,被告
人以外の者が被害者に攻撃を加えた結果,本件骨折等が生じたとも考え難い
ところであり,被告人が前記検察官調書で,被害者の顔面を左足で勢いよく
蹴ったことを認めていたことなどにも照らすと,骨折等は,被告人が本本件
件安全靴を履いた左足で被害者の左側頭部を相当強い力で蹴ったことにより
生じたと推認できる。
これに対し,被告人は公判廷で,前記(1)のとおり供述するが,自分の方
を見るなとの思いでありながら,被害者の顔が上方向を向くように小突いて
また,弁護人は,①利き足では押したというのは不自然との感を免れない。
ない左足で蹴ったという点は,被告人が捜査段階から一貫して供述している
顔面を小突いてそのまま押すような感じで蹴ったという被ところ,被害者の
告人の公判供述は,利き足でない左足での蹴り方として自然であるのに対し,
利き足ではない左足で,B意見がいうように体重を乗せて手加減なく蹴り上
本件鉄パイプで頭部を殴打された被害者は,自分げることは困難である,②
の体の左側面を下にして横向きに倒れ,その際,被害者の左側頭部は地面に
ついた状態であったから,そのような被害者の左側頭部を足蹴にすることは
不可能である,と主張する。しかしながら,①については,先端部分が相応
の強度を有する本件安全靴を被告人が履いていたことにも照らすと,足蹴行
為の態様の詳細が前記検察官調書のとおりであったかはともかく,倒れてい
本件骨折等の傷害を生じさせる程度の強い力で蹴るこて動かない被害者を,
とは,左足でも可能であったと認められる。②についても,被告人が捜査段
階で再現した被害者の転倒状況(写真撮影報告書抄本)からすると,被害者
の左側頭部を足蹴にすることが不可能とはいえない。なお,被告人は公判廷
で,被害者の顔は前記状況よりも下を向いていたと供述するが,その裏付け
はなく,前記のとおり,本件打撃点にピンポイントの打撃があったことはB
意見によって動かし難いところであるから,被告人の前記公判供述をそのま
ま信用することはできない。
(5)そして,被告人が本件鉄パイプで被害者の頭部を殴打した際に未必の殺
意を有していたことは前記2のとおりであるところ,被告人は,本件殴打行
為により倒れ込んだ被害者に対し,同じ頭部に強い衝撃を与える足蹴行為を
生命に相当の危険がある足蹴行為をそのようしたのであるから,ここでも,
な行為であると認識しながらあえて行ったと認められる。
第3結論
以上の検討によれば,検察官が主張するとおり,本件犯行時,被告人には未
必の殺意があったと認められる。殺意の存在を争う弁護人の主張は採用できな
い。
(量刑の理由)
本件は,被告人が,通行人を鉄パイプで襲って現金等を奪おうと企て,被害者が
死亡するかもしれないことを認識しながら,早朝,路上を通行中の同人の頭部を鉄
パイプで殴打するなどして,同人からを強取したが,同人に全バッグとその在中品
治の見込みのない四肢不全麻痺と言語障害の後遺症を伴う右急性硬膜下血腫等の傷
害を負わせたにとどまり,同人を殺害するに至らなかったという強盗殺人未遂の事
案である。
本件の経緯等を見ると,被告人は,鉄筋工として稼働し,月額30万円前後の給
料を得ていたところ,いわゆるパチスロに興じて消費者金融から借入れをするよう
になり,平成18年11月に結婚した後,妻からパチスロをしないように言われた
が,妻に隠れてパチスロをしていたため小遣いが足りず,他方で,消費者金融への
返済に追われ,平成20年1月にはいわゆる闇金融からも借金をするようになり,
本件の数日前から妻の携帯電話機や被告人の勤務先に取立ての電話等が来るように
なったので,妻子とともに妻の叔母の家に身を寄せていた。被告人は,妻や親など
に借金のことを隠しており,取立ての電話等についても理由が分からないなどと言
い繕っていたところ,本件前日の夜に残り少ない所持金の大半をパチスロに費消し
てしまい,このままでは4日後の給料日まで生活できないと考えたが,妻に現金が
必要であるとは言い出せず,かといって他に借金のあてもないと考えたことから,
目先の現金欲しさに通行人を襲って現金を奪おうと決意し,本件犯行に及んだもの
である。このような経緯に照らすと,本件の原因は被告人自身が招いたものという
べきであるし,当面必要であったのは数日分の生活費等であって,大金が必要であ
ったわけではないから,他に取り得る手段は幾らでもあったと考えられるのに,被
告人は短絡的に本件犯行に及んでいるのであって,本件の経緯や動機に酌量すべき
事情はない。
弁護人は,前記のとおり殺意の存在を争うほか,強盗の犯意の発生時期について
も,もともと被告人には恐喝の犯意しかなく,建築工事現場から本件鉄パイプを持
ち出したときも,これを脅迫の道具にする意思であったのであり,本件現場におい
て,被害者を待ち伏せているときに,同人に顔を見られたり,場合によっては強い
反撃を受けたりして,すぐに捕まるのではないかと考え,とっさに強盗の犯意を生
じて,背後から同人を襲うことに切り替えた旨主張し,被告人も公判廷でこれに沿
う供述をする。しかしながら,本件鉄パイプの形状・重量からすると,脅かした相
手が逃げようとした場合には,これを持って追いかけることが容易でないなど,本
件鉄パイプが脅迫の道具として適しているとは考えにくいし,被告人が強盗に切り
替えることにした理由として供述するところも,本件現場に臨んで被害者を狙うこ
とに決める以前から十分想定できるところであって,本件鉄パイプを持ち出してか
ら本件犯行に及ぶまでの間に,被告人の主観面に影響を及ぼすような格別の事情が
生じたとはうかがわれないことや,本件鉄パイプに指紋が付着しないようゴム手袋
を着用するなど,被告人が冷静とも思える行動をとっていたことにも照らすと,少
なくとも本件鉄パイプを持ち出した時点で,被告人にはこれで通行人を襲って現金
等を奪うという強盗の犯意があったと認められる。加えて,被告人が本件鉄パイプ
を用意して,人通りの少ないと思われる場所で通行人を探し,通行中の被害者を追
尾した上で犯行に及んでいることからすると,本件犯行には一定程度の計画性が認
められる。
また,弁護人は,前記の経緯で被告人は精神的に追い詰められ,パニック状態に
なって本件犯行に及んだものであり,自己の置かれた状況を冷静に判断できない被
告人の精神的未熟さが本件犯行の主要因となったとして,この点を被告人のために
斟酌すべきである旨主張するが,前記のとおり,被告人がこのような窮状に陥った
のは自らの責任であるし,被告人が本件犯行に及んだことについては,当時21歳
であった被告人の精神的未熟さが影響していることは否定できないようにも思われ
るが,他に取り得る手段は幾らでもあったのに,最悪の手段で現金を得ようとして
重大な本件犯行に及んでいることからすると,本件の経緯や動機に酌量すべき事情
はないという基本的評価は動かない。
犯行態様も,路上を通行中の被害者に背後から近付き,約2.6キログラムの重
量があり,これで頭部を殴打した場合には強い衝撃を与えることが明らかな本件鉄
パイプを振り下ろして,無防備な同人の頭部を1回殴打し,さらに,本件殴打行為
により転倒して動けない同人の頭部を先端部分の硬い本件安全靴で強く足蹴にして,
倒れた同人の傍らにあったバッグを持ち去るという卑劣かつ非情なものである。被
害者の頭部に2回にわたって強い打撃を加えているところからは,生命に対する一
片の配慮もうかがわれず,危険性の高い悪質な犯行というべきである。
そして,何よりも本件の結果は誠に重大である。すなわち,被害者は,前記のよ
うな殴打・足蹴行為により急性の右硬膜下・左硬膜外血腫,頭蓋骨骨折等の瀕死の
重傷を負って意識不明に陥り,本件直後の病院搬送時には,生命に高度の危険が及
ぶ状態であったのであり,緊急の開頭手術により一命を取り留めたものの,遷延性
の意識障害や右上下肢の重篤な機能障害等によって長期間の入院を余儀なくされて
いる。本件から約半年後の時点で,被害者は,ある程度の意思疎通が可能になって
いるが,感情のコントロールが十分にできない状態にあり,予後についても全治の
見込みのない四肢(とりわけ右上下肢)不全麻痺,言語障害の後遺症が残り,日常
生活を送る上で介助が必要となることが確実な状況にある。被害者は妻や3人の子
供らと平穏な生活を送りながら真面目に勤務していたところ,通勤途上に本件被害
に遭ったのであり,被害者に落ち度は全くない。本件被害に遭い,入院生活を余儀
なくされたことによる被害者の身体的・精神的苦痛はもとより,今後,意識の清明
さが改善していくことに伴って,理不尽な犯行により自己や家族の人生を狂わされ
たとの思いを強くすることによる精神的苦悩は筆舌に尽くしがたいものと察せられ
る。また,病院搬送時の被害者の姿を目の当たりにした同人の妻の精神的衝撃は大
きく,被害者の快復を含めた今後の生活に大きな不安を抱いている。被害者の妻は
公判廷で,これまでに知らされた本件犯行の動機や態様を踏まえ「この人(被告,
人)に八つ当たりされたみたいな感じですね。本件直後の夫(被害者)の姿を見て,
何で頭なんやろうと思った」などと,やりきれない怒りの心情を吐露しており,。
その処罰感情は峻烈である。さらに,元気なときとは程遠い入院中の被害者の姿に
接した子供たちの衝撃も大きかったことがうかがわれ,同人らの今後の成長に及ぼ
す精神的影響等も看過することはできない。このように,本件犯行が被害者やその
家族に与え,あるいは今後与えていくであろう有形無形の影響は甚大である。
これに対し,現在まで被告人側からはみるべき慰謝の措置は講じられていない。
そればかりか,被告人は公判廷で,犯意等について場当たり的とも思える不合理な
弁解をしており,そこに真摯な反省の態度を見出すことはできない。被告人は公判
廷で,被害者やその家族に対する謝罪や反省の言葉を述べているが,前記のような
状況の中で発せられたそれらの言葉は,被告人の謝罪や反省を示すものとして被害
者側には受け止められていない。なお,当初の弁論終結後,弁護人において,被告
人の親族が用意した約100万円を弁済供託する手続をとっているが,被害者側に
生じた損害に比して些少なものであり,被害者側の理解が得られていないことにも
照らすと,これをもってみるべき慰謝の措置が講じられたと評価することはできな
い。
さらに,本件は,被告人がたまたま現場を通行していた無関係の被害者を狙って
敢行した通り魔的な犯行であり,これが地域住民に与えた不安も大きく,量刑判断
にあたっては,一般予防の見地も考慮する必要がある。
以上によれば,被告人の刑事責任は誠に重大である。
他方,①幸いにして被害者が一命を取り留めたこと,②殺意が未必的なものにと
どまること,③被告人が公判廷で謝罪と反省の言葉を述べ,拘置所で毎日反省文を
書いていること,④被告人は現在22歳と若く,前科がないこと,⑤被告人には扶
養すべき妻子がいること,⑥家族が被告人の更生に助力する意向であることなど,
量刑上有利に考慮することができる事情もある。もっとも,①及び②については,
本件犯行の危険性が高く,前記のとおり被害者は重大な傷害を負って長期間の入院
治療を余儀なくされている上,後遺症が残ること,③について全治の見込みのない
は,被告人に謝罪と反省の気持ちがあることを否定することはできないが,他方で,
罪体に関して不合理な弁解をしており,真摯な反省をしているとはいえないこと,
④のうち前科がない点については,被告人は犯行時21歳と成人してからの期間が
比較的短いのに対し,少年時代に窃盗罪等の非行歴があり,うち1回は保護観察処
分になっていることが指摘できるのであって,これらの事情を量刑上有利に考慮す
るにしても,自ずから限度があるというべきである。
そこで,以上の量刑事情を総合考慮して,被告人を懲役23年に処することが相
当であると判断した。
(求刑懲役30年,主文同旨の没収)
平成20年11月14日
大阪地方裁判所第8刑事部
中里智美裁判長裁判官
末弘陽一裁判官
中畑洋輔裁判官

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