弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決及び第一審判決を破棄する。
     被告人を懲役一年六月に処する。
     但し、この裁判確定の日から五年間右刑の執行を猶予し、その期間中被
告人を保護観察に付する。
         理    由
 (上告趣意に対する判断)
 弁護人関孝友の上告趣意のうち、憲法三一条違反をいう点は、実質は単なる法令
違反の主張であり、その余の点は、量刑不当の主張であつて、いずれも刑訴法四〇
五条の適法な上告理由にあたらない。
 (職権による判断)
 しかし、所論にかんがみ、職権により、次のとおり判断する。
 一 まず、第一審裁判所がいつたん宣告した判決の内容を主文を含めて変更し、
あらためてこれを宣告したことは、違法ではなく、変更後の判決は、有効なものと
いうことができる。
 (一) 原判決の認定によると、第一審の単独裁判官は、昭和五〇年四月一六日
の判決宣告期日において、併合審理していたA、B、Cの三名の共同被告人ととも
に、被告人に対し判決の宣告をした際、いつたん懲役一年六月、五年間の保護観察
付き刑の執行猶予とする旨の主文を朗読した後、前刑の執行猶予期間が既に経過し
ているので保護観察付き刑の執行猶予にしたものであること及び執行猶予期間中は
善行を保持しなければならないことなどを説示し、控訴期間等の告知をしたところ、
列席の裁判所書記官から、被告人の犯行が前刑の保護観察期間中のものである旨指
摘されたこともあつて、他の共同被告人に対し判決の宣告を終つた旨を告げてこれ
を退廷させたうえ、被告人を在廷させたまま記録を検討し、約五分後に、先に宣告
した主文は間違いであつたので言い直すと告げて改めて懲役一年六月の実刑を宣告
した、というのである。
 記録によると、第一審の判決書には、右の変更後の判決の主文及びこれに応じた
適用法条が記載されており、罪となるべき事実として、「被告人は、第一 C、A、
Dと共謀のうえ、昭和四九年一月一七日午前一時ころ、神奈川県横浜市a区b町c
番地先E駐車場において、株式会社E所有にかかる普通貨物自動車一台(時価五七
万円相当)を窃取し、第二 C、B、Aと共謀のうえ、同年四月二九日午前〇時三
〇分ころ、同県鎌倉市de丁目f番g号先駐車場において、駐車中の普通乗用自動
車内から、F管理にかかるカメラ一台および同人所有にかかるカメラ一台、サング
ラス一個、たばこ五個(合計時価四万三、九〇〇円相当)を窃取し、第三 同年九
月九日ころ、同市de丁目f番h号G方新築現場において、H所有にかかるトラン
ジスターラジオ一台、電気ドリル一個、電気溝切機用一式(時価合計二万八、〇〇
〇円相当)を窃取した」旨が認定されていること、被告人は、昭和四七年二月二九
日静岡地方裁判所沼津支部において、窃盗罪、詐欺罪により、懲役一年六月、三年
間の保護観察付き刑の執行猶予、未決勾留日数八四日算入の判決を宣告され、同年
三月一五日に判決が確定し、本件各犯行は、いずれもこの保護観察付き刑の執行猶
予の期間中に犯されたものであるが、第一審の判決宣告期日以前に右の執行猶予の
期間が経過していることが、明らかである。
 第一審判決に対し被告人から控訴があり、宣告により内部的にも外部的にも成立
した判決の内容を変更したのは判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令
違反であると主張されたが、原判決は、右の変更は適法であるとしてこれを斥け、
控訴を棄却した。
 (二) 判決は、公判廷において宣告によりこれを告知し(刑訴法三四二条)、
宣告によりその内容に対応し一定の効果が生ずるものと定められている(刑訴法三
四二条ないし三四六条等)。そうして、判決の宣告は、必ずしもあらかじめ判決書
を作成したうえこれに基づいて行うべきものとは定められていない(最高裁昭和二
五年(れ)第四五六号同年一一月一七日第二小法廷判決・刑集四巻一一号二三二八
頁、刑訴規則二一九条参照)。これらを考えあわせると、判決は、宣告により、宣
告された内容どおりのものとして効力を生じ、たとい宣告された内容が判決書の内
容と異なるときでも、上訴において、判決書の内容及び宣告された内容の双方を含
む意味での判決の全体が法令違反として破棄されることがあるにとどまると解する
のが、相当である。
 また、決定については一定の限度で原裁判所の再度の考案による更正が認められ
ているのに対し(刑訴法四二三条二項)、判決については、上告裁判所の判決に限
り、一定の限度でその内容の訂正が認められているだけであつて(刑訴法四一五条)、
第一審及び控訴審の裁判所の判決については、判決の訂正の制度が設けられていな
い。このことは、第一審及び控訴審の裁判所の判決は、その宣告により、もはや当
の裁判所によつても内容そのものの変更が許されないものとなることを意味する。
 ところで、判決の宣告は、裁判長(一人制の裁判所の場合には、これを構成する
裁判官)が判決の主文及び理由を朗読し、又は主文の朗読と同時に理由の要旨を告
げることによつて行うものであるが(刑訴規則三五条)、裁判長がいつたんこれら
の行為をすれば直ちに宣告手続が終了し、以後は宣告をし直すことが一切許されな
くなるものと解すべきではない。判決の宣告は、全体として一個の手続であつて、
宣告のための公判期日が終了するまでは、完了するものではない。また、判決は、
事件に対する裁判所の最終的な判断であつて、宣告のための公判期日が終了するま
では、終局的なものとはならない。そうしてみると、判決は、宣告のための公判期
日が終了して初めて当の裁判所によつても変更することができない状態となるもの
であり、それまでの間は、判決書又はその原稿の朗読を誤つた場合にこれを訂正す
ることはもとより(最高裁昭和四五年(あ)第二二七四号同四七年六月一五日第一
小法廷判決・刑集二六巻五号三四一頁参照)、本件のようにいつたん宣告した判決
の内容を変更してあらためてこれを宣告することも、違法ではないと解するのが相
当である。このように解することの妨げとなる法令の定めのないことはいうまでも
なく、また、このように解することにより被告人その他の当事者に不当な不利益を
与えたり、手続の明確性・安定性を害するものでもない。
 (三) 本件についてみると、第一審裁判所の裁判官は、いつたん保護観察付き
刑の執行猶予の判決を宣告した後、その内容を変更して実刑の判決を宣告したが、
その変更は、判決宣告のための公判期日が終了する以前にこれを行つたことが明ら
かであるから、変更後の判決が第一審裁判所の終局的な判断であつて、その内容ど
おりの判決が効力を生じたものというべきであり、かつ、変更後の判決内容にそつ
た判決書が作成されているのであるから、第一審判決及びこれを是認した原判決に
はなんら法令の違反はない。
 二 しかしながら、第一審裁判所の量刑は、本件の諸般の事情、ことに第一審の
裁判官がいつたん宣告した主文を変更するに至つた経過を考慮するときは、甚しく
不当なものというべきであつて、同判決及びこれを是認した原判決を破棄しなけれ
ば著しく正義に反するものと認められる。
 すなわち、(一) 被告人には、前記のとおり、保護観察付き刑の執行猶予の懲
役刑の前刑があつたが、第一審の判決宣告期日以前に執行猶予期間が経過し、刑の
言渡しが効力を失つていたため、本件において被告人に対し刑の執行猶予を言い渡
すことには法律上の支障はなかつた(最高裁昭和四八年(あ)第一三四九号同年一
〇月二三日第三小法廷決定・刑集二七巻九号一四三五頁参照)。(二) 前記の経
過に照らすと、第一審裁判官が保護観察付き刑の執行猶予を実刑に変更したのは、
前者が実質的にみて妥当でないとの判断に基づくものではなく、前刑の保護観察中
に犯した犯行であるため法律上執行猶予とすることが許されないとの誤解に基づく
ものと解するほかはない。(三) 被告人には、前刑の保護観察期間中に同種の犯
行を繰り返したことなど責められるべき点があるが、他面、第一審判決において最
も重いとされている同判決の判示第三の罪を含む犯行の手口が特に悪質なものでは
ないこと、被害品はすべて被害者に返還されていること、兄が被告人の監督を誓つ
ていることなどの情状もあり、これらと犯行の動機、被告人の年齢・生活歴・性格、
共犯者の量刑など諸般の事情をあわせて考慮するときは、第一審裁判官が当初被告
人に対して宣告した保護観察付き刑の執行猶予が必ずしも不当なものであるとはい
いがたい。(四) 被告人は、原裁判所においては量刑不当の主張をしなかつたた
め量刑についての判断を受ける機会を失したが、上述した事件の経過からすると、
右の主張をしなかつたことについて被告人を責めるのは妥当ではない。これらの諸
点を総合して考察するときは、第一審裁判官が当初に宣告した刑をもつて被告人に
臨むのが正義にかなうものというべきであり、第一審判決及び原判決はいずれも破
棄を免れない。
 (結論)
 よつて、刑訴法四一一条二号により原判決及び第一審判決を破棄し、同法四一三
条但書により直ちに判決をする。
 第一審判決の掲げる証拠によると、前記犯罪事実を認めることができるので、同
判決の掲げる法令のほか、刑法二五条一項、二五条の二第一項前段を適用して、裁
判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
 検察官大堀誠一 公判出席
  昭和五一年一一月四日
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    団   藤   重   光
            裁判官    下   田   武   三
            裁判官    岸       盛   一
            裁判官    岸   上   康   夫

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