弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人大竹たかしほかの上告受理申立て理由について
1原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1)被上告人らは,いずれも,広島市に投下された原子爆弾に被爆した者であ
り,昭和30年ころから同40年にかけてブラジル連邦共和国(以下「ブラジル」
という。)に移住した。
(2)昭和32年に原子爆弾被爆者の医療等に関する法律が,同43年に原子爆
弾被爆者に対する特別措置に関する法律(以下「原爆特別措置法」という。)がそ
れぞれ制定され,平成6年にこれらの法律を統合する形で原子爆弾被爆者に対する
援護に関する法律(以下「被爆者援護法」といい,原爆特別措置法と併せて「被爆
者援護法等」という。)が制定された。健康管理手当は,原爆特別措置法5条又は
被爆者援護法27条に基づき,造血機能障害,肝臓機能障害,循環器機能障害等の
疾病(原子爆弾の放射能の影響によるものでないことが明らかであるものを除
く。)にかかっている被爆者に支給される手当である。その支給に係る事務は,都
道府県知事が国の機関として主務大臣(厚生大臣)の指揮監督の下に処理すべき事
務とされていたが(地方自治法(平成11年法律第87号による改正前のもの)1
48条2項,150条,別表第3第1項(10の2),地方自治法(平成6年法律
第117号による改正前のもの)別表第3第1項(10の3),国家行政組織法
(平成11年法律第87号による改正前のもの)15条2項),その後,平成11
年法律第87号による地方自治法の改正に伴い,第1号法定受託事務に改められた
(同法2条9項1号,10項,別表第1)。
(3)厚生省公衆衛生局長は,昭和49年7月22日付けで,各都道府県知事並
びに広島市長及び長崎市長あての「原子爆弾被爆者の医療等に関する法律及び原子
爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律の一部を改正する法律等の施行につい
て」と題する通達(昭和49年衛発第402号。以下「402号通達」という。)
を発出し,原爆特別措置法に基づく健康管理手当の受給権は,当該被爆者が我が国
の領域を越えて居住地を移した場合,失権の取扱いとなるものと定めた。被爆者援
護法が制定された後も,厚生事務次官が平成7年5月15日付けで各都道府県知事
並びに広島市長及び長崎市長あてに発出した「原子爆弾被爆者に対する援護に関す
る法律の施行について」と題する通知(平成7年発健医第158号)に基づき,4
02号通達による上記の取扱いが継続されてきた。しかし,被爆者援護法等には,
健康管理手当の受給権を取得した被爆者が国外に居住地を移した場合に同受給権を
失う旨の規定は存在せず,402号通達の上記定め及びこれに基づく行政実務は,
被爆者援護法等の解釈を誤る違法なものであった。
(4)被上告人らは,いずれも,平成3年から同7年にかけて,ブラジルから一
時帰国し,被爆者援護法等に基づき,広島県知事から循環器機能障害等の疾病の認
定を受け,被上告人X及び同Xについては平成7年6月から同12年5月までの12
間,同Xについては同6年6月から同11年5月までの間をそれぞれ支給期間と3
する健康管理手当を支給する旨の健康管理手当証書の交付を受けた(以下,これら
の健康管理手当を併せて「本件健康管理手当」という。)。
(5)広島県知事は,被上告人らがその後間もなくブラジルに出国したことか
ら,402号通達を根拠として,被上告人Xについては平成7年7月分以降,同1
Xについては同年8月分以降,同Xについては同6年7月分以降の本件健康管理23
手当の支給をそれぞれ打ち切った。
(6)その後,被上告人らは,平成14年7月から12月にかけて,本件健康管
理手当の支払を求めて本件訴えを提起した。同15年3月1日,402号通達は廃
止され,原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律施行令及び原子爆弾被爆者に対
する援護に関する法律施行規則にも,被爆者健康手帳の交付を受けた者であって国
内に居住地及び現在地を有しないものも健康管理手当の支給を受けることができる
ことを前提とする規定が設けられるに至った。上告人は,これらの改正に伴い,被
上告人らに健康管理手当を支給したが,本件健康管理手当のうち,本件各提訴時点
で既に各支給月の末日から5年を経過していた分については,地方自治法236条
所定の時効により受給権が消滅したとして,その支給をしなかった。
2本件は,被上告人らが上告人に対し,原爆特別措置法5条又は被爆者援護法
27条に基づき,未支給の本件健康管理手当及びこれに対する遅延損害金の支払を
求める事案である。
3(1)被爆者援護法等に基づく健康管理手当は,原子爆弾の投下の結果として
生じた放射能に起因する健康被害が他の戦争被害とは異なる特殊の被害であること
にかんがみ,原子爆弾の放射能の影響による造血機能障害等の障害に苦しみ続け,
不安の中で生活している被爆者に対し,毎月定額の手当を支給することにより,そ
の健康及び福祉に寄与することを目的とするものである(原爆特別措置法5条,被
爆者援護法前文,27条参照)。前記事実関係等によれば,被上告人らは,その申
請により本件健康管理手当の受給権を具体的な権利として取得したところ,上告人
は,被上告人らがブラジルに出国したとの一事により,同受給権につき402号通
達に基づく失権の取扱いをしたものであり,しかも,このような通達や取扱いには
何ら法令上の根拠はなかったというのである。通達は,行政上の取扱いの統一性を
確保するために,上級行政機関が下級行政機関に対して発する法解釈の基準であっ
て,国民に対し直接の法的効力を有するものではないとはいえ,通達に定められた
事項は法令上相応の根拠を有するものであるとの推測を国民に与えるものであるか
ら,前記のような402号通達の明確な定めに基づき健康管理手当の受給権につい
て失権の取扱いをされた者に,なおその行使を期待することは極めて困難であった
といわざるを得ない。他方,国が具体的な権利として発生したこのような重要な権
利について失権の取扱いをする通達を発出する以上,相当程度慎重な検討ないし配
慮がされてしかるべきものである。しかも,402号通達の上記失権取扱いに関す
る定めは,我が国を出国した被爆者に対し,その出国時点から適用されるものであ
り,失権取扱い後の権利行使が通常困難となる者を対象とするものであったという
ことができる。
以上のような事情の下においては,上告人が消滅時効を主張して未支給の本件健
康管理手当の支給義務を免れようとすることは,違法な通達を定めて受給権者の権
利行使を困難にしていた国から事務の委任を受け,又は事務を受託し,自らも上記
通達に従い違法な事務処理をしていた普通地方公共団体ないしその機関自身が,受
給権者によるその権利の不行使を理由として支払義務を免れようとするに等しいも
のといわざるを得ない。そうすると,上告人の消滅時効の主張は,402号通達が
発出されているにもかかわらず,当該被爆者については同通達に基づく失権の取扱
いに対し訴訟を提起するなどして自己の権利を行使することが合理的に期待できる
事情があったなどの特段の事情のない限り,信義則に反し許されないものと解する
のが相当である。本件において上記特段の事情を認めることはできないから,上告
人は,消滅時効を主張して未支給の本件健康管理手当の支給義務を免れることはで
きないものと解される。
(2)論旨は,地方自治法236条2項所定の普通地方公共団体に対する権利で
金銭の給付を目的とするものは,同項後段の規定により,法律に特別の定めがある
場合を除くほか,時効の援用を要することなく,時効期間の満了により当然に消滅
するから,その消滅時効の主張が信義則に反し許されないと解する余地はないとい
うものである。
ところで,同規定が上記権利の時効消滅につき当該普通地方公共団体による援用
を要しないこととしたのは,上記権利については,その性質上,法令に従い適正か
つ画一的にこれを処理することが,当該普通地方公共団体の事務処理上の便宜及び
住民の平等的取扱いの理念(同法10条2項参照)に資することから,時効援用の
制度(民法145条)を適用する必要がないと判断されたことによるものと解され
る。このような趣旨にかんがみると,普通地方公共団体に対する債権に関する消滅
時効の主張が信義則に反し許されないとされる場合は,極めて限定されるものとい
うべきである。
しかしながら,地方公共団体は,法令に違反してその事務を処理してはならない
ものとされている(地方自治法2条16項)。この法令遵守義務は,地方公共団体
の事務処理に当たっての最も基本的な原則ないし指針であり,普通地方公共団体の
債務についても,その履行は,信義に従い,誠実に行う必要があることはいうまで
もない。そうすると,本件のように,普通地方公共団体が,上記のような基本的な
義務に反して,既に具体的な権利として発生している国民の重要な権利に関し,法
令に違反してその行使を積極的に妨げるような一方的かつ統一的な取扱いをし,そ
の行使を著しく困難にさせた結果,これを消滅時効にかからせたという極めて例外
的な場合においては,上記のような便宜を与える基礎を欠くといわざるを得ず,ま
た,当該普通地方公共団体による時効の主張を許さないこととしても,国民の平等
的取扱いの理念に反するとは解されず,かつ,その事務処理に格別の支障を与える
とも考え難い。したがって,本件において,上告人が上記規定を根拠に消滅時効を
主張することは許されないものというべきである。論旨の引用する判例(最高裁昭
和59年(オ)第1477号平成元年12月21日第一小法廷判決・民集43巻1
2号2209頁)は,事案を異にし本件に適切でない。
4原審の判断は,これと同旨をいうものとして是認することができる。論旨は
採用することができない。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官藤田宙
靖の補足意見がある。
裁判官藤田宙靖の補足意見は,次のとおりである。
私は,法廷意見に賛成するものであるが,地方自治法236条2項の規定にもか
かわらず,本件において消滅時効の成立を認めない理論的根拠について,若干の補
足をしておくこととしたい。
信義誠実の原則は,法の一般原理であって,行政法規の解釈に当たってもその適
用が必ずしも排除されるものではないことは,今日広く承認されているところであ
る。地方自治法236条2項の解釈・適用に当たってもこのことは変わらないので
あって,住民が権利行使を長期間行わなかったことの主たる原因が,行政主体が権
利行使を妨げるような違法な行動を積極的に執っていたことに見出される場合にま
で,消滅時効を理由に相手方の請求権を争うことを認めるような結果は,そもそも
同条の想定しないところと考えるべきである。その意味において,本件のようなケ
ースにおいては,同条2項ただし書にいう「法律に特別の定めがある場合」に準ず
る事情があるものとして,なお時効援用の必要及びその信義則違反の有無につき論
じる余地が認められるものというべきである。
(裁判長裁判官藤田宙靖裁判官上田豊三裁判官堀籠幸男裁判官
那須弘平)

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