弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
    本件上告を棄却する。
    上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人鬼頭忠明の上告理由一について
 満期白地の手形の補充権の消滅時効については、商法五二二条の規定が準用され、
右補充権は、これを行使しうべきときから五年の経過によつて、時効により消滅す
ると解すべきことは、当裁判所の判例とするところであり(最高裁昭和三三年(オ)
第八四三号同三六年一一月二四日第二小法廷判決、民集一五巻一〇号二五三六頁、
同昭和三七年(オ)第六四五号同三八年七月一六日第三小法廷判決、裁判集(民事)
六七号七五頁参照)、今これを変更する必要をみない。したがつて、これと同一の
見解に立つ原審の判断は正当であつて、論旨は採用できない。
 同二について。
 原判決中の所論判示部分は、事実摘示部分と合わせ考えると、白地補充権行使に
ついての合意を認めることはできないとの趣旨であることは明らかであり、その挙
示する証拠関係によれば、その判断も肯認することができるから、原判決に所論の
違法はない。したがつて、論旨は採用できない。
 同三について。
 上告人の予備的請求原因事実は認められない旨の原判決の判断は、その拳示する
証拠関係に照らして肯認することができ、原判決に所論の違法はない。所論は、ひ
つきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実認定判断を非難するに帰し、
論旨は採用できない。
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官大隅健一郎の意見があ
るほか、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
 裁判官大隅健一郎の意見はつぎのとおりである。
 本判決の結論には異論はないが、しかし、私は、満期白地の手形の白地補充権の
消滅時効期間は三年と解すべきものと考えるので、多数意見が上告理由一について
述べているところには賛成することができない。
 多数意見は、昭和三六年一一月二四日の当裁判所第二小法廷判決を引用して、満
期白地の手形の白地補充権は、これを行使しうべきときから五年の経過によつて、
時効により消滅するものと解すべきであるとしている。右の判決は、白地小切手の
補充権の時効に関するもので、直接白地手形の補充権の時効に関するものではない
が、同判決が白地小切手の補充権の消滅時効期間を五年と解しその理由としてあげ
ているところは、すべて白地手形の補充権にも及ぼしうるものであつて、多数意見
がこれを援用していることは理由のないことではない(多数意見の引用する昭和三
八年七月一六日第三小法廷判決が支持した原判決も、同じく昭和三六年一一月二四
日の第二小法廷判決を援用している。)。しかしながら、卑見によれば、それらの
理由はいずれも、実は、白地手形の補充権の消滅時効期間を五年と解する見解より
も、むしろこれを三年(白地小切手の補充権については六月)と解する見解を根拠
づけるものにほかならないのであつて、私は、右の判決とほぼ同様の理由により、
満期白地の手形の白地補充権は、これを行使しうべき時(通常は振出の時であるが、
原因関係上の事情から補充権を行使しうべき時期につき別段の合意があると認めら
れるときはその時)から三年の経過によつて、時効により消滅するものと解するの
が妥当であると考える。
 前記の判決が、白地小切手の補充権の消滅時効期間を五年と解する理由として掲
げるところを白地手形に当てはめていえば、つぎのとおりである。すなわち、(1)
補充権授与行為は本来の手形行為ではないけれども、商法五〇一条四号所定の「手
形に関する行為」に準ずるものと解して妨げないこと、(2)白地手形の補充は手形
債権発生の要件をなすものであること、(3)手形法が手形上の権利に関しとくに短
期時効の制度を設けていること、がこれである。まず、補充権授与行為は商法五〇
一条四号所定の「手形に関する行為」に準ずるものと解して妨げなく、したがつて、
補充権が商行為によつて生じた債権に準じて考えうることは右の判決のいうとおり
であるが、しかし、これによつてただちにその消滅時効期間が五年と解されること
にはならないのであつて、かえつてこれを三年と解すべきことになると考える。け
だし、商法五二二条は、商行為によつて生じた債権の消滅時効期間を原則として五
年と定めると同時に、他の法令によりこれより短い時効期間の定めがあるときはそ
の規定に従うものとしているところ、「手形に関する行為」によつて生ずる手形債
権(手形の主たる債権)については手形法に三年の短期時効の定め(手形法七〇条
一項、七七条一項八号)が存するのであるから、白地手形の補充権授与行為を「手
形に関する行為」に準ずるものと解する以上、これによつて生ずる補充権の消滅時
効期間も、五年ではなくして、手形債権に準じて三年と解すべきが当然だからであ
る。つぎに、前記の判決が白地手形の補充が手形債権発生の要件であることをあげ
ているのは、補充権は形成権であるが、形成権でもその行使によつて債権が発生す
る場合にはその債権に準じて時効を考うべきであることを示唆しているものと推測
されるが、そうであるとすれば、補充権の行使によつて生ずるのは手形債権である
から、補充権も手形債権と同様三年の時効に服するものと解するのが相当といわざ
るをえない。そして、手形法が手形上の権利につきとくに三年の短期時効の制度を
設けているゆえんを合わせ考えるならば、補充権の消滅時効期間をこれと同様三年
と解する見解の妥当なことが、いつそう明らかになるであろう。
 以上のようにして、いずれの点からみても、満期白地の手形の白地補充権の消滅
時効期間は三年と解するのが妥当であると考えられる。元来、白地手形の補充権は
白地手形行為の当事者の手形外の合意によつて発生するものであるにしても、補充
権はその行使によつて生ずる手形上の権利と不可分的な関係にあるのであるから(
したがつて、満期の記載のある白地手形については、手形債権と別に補充権の時効
を問題とする余地はない)、補充権についてその時効消滅を認める以上、その時効
期間は手形債権と同様に考えるのが、当然の帰趨であるといわざるをえない。そし
て、これを手形取引の実際からみても、補充権がその行使によつて生ずる手形債権
よりも長期の時効に服すべきものとする必要は見出しがたいであろう。
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    長   部   謹   吾
            裁判官    入   江   俊   郎
            裁判官    松   田   二   郎
            裁判官    岩   田       誠
            裁判官    大   隅   健 一 郎

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