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平成20年12月16日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成19年(ワ)第29768号補償金請求事件
口頭弁論終結日平成20年9月9日
判決
東京都府中市<以下略>
原告A
同訴訟代理人弁護士谷村正人
同鈴木正勇
東京都千代田区<以下略>
被告株式会社日立製作所
同訴訟代理人弁護士古城春実
同堀籠佳典
同玉城光博
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告は,原告に対し,1億1632万4000円及びこれに対する平成19
年11月21日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による
金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,被告の元従業員である原告が,別紙特許目録記載1ないし4の各特
許権に係る発明(以下「本件発明」という。)は,原告が被告在職中にした光
ディスク装置に関する職務発明であり,その日本国特許及び外国特許の特許を
受ける権利を被告に承継させたものであると主張し,特許法(平成16年法律
第79号による改正前のもの。以下「改正前特許法」という。)35条3項に
基づき(外国特許については類推適用),上記承継の相当の対価として,1億
1797万4000円から受領済みの補償金165万円を控除した1億163
2万4000円及びこれに対する平成19年11月21日(訴状送達の日の翌
日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を請求
する事案である。
1争いのない事実
(1)当事者
原告は,昭和45年4月に被告に入社し,主に被告の研究所の研究員とし
て勤務し,平成13年3月31日に被告を退社した者である。
被告は,光技術製品を含む電気関連製品の開発,製造及び販売等を行う総
合電器メーカーである。
(2)被告の特許権
被告は,本件発明につき,別紙特許目録記載1ないし4の各特許権を有し
ている。
(3)本件発明
本件発明は,別紙特許目録記載1の特許権(以下「本件特許権」といい,
その明細書を「本件明細書」という。別紙特許公報参照)の特許請求の範囲
に記載の次のとおりのものである。
特許請求の範囲
「1レーザ共振器にレーザ光が戻つて来た時に生じるノイズレベルが,
活性層を異なる屈折率をもつ結晶で埋め込んだタイプの屈折率ガイド型
半導体レーザに比べて低く,レーザ共振器の実効屈折率が分布を持つて
おり,レーザ共振器内でレーザ波面が円筒状になる,ナローストライプ
型の半導体レーザと,光デイスクと,上記半導体レーザから射出された
レーザビームを上記光デイスク上に集光する光学系とからなり,上記光
学系が
を満足するレンズを有する,
但し,NAは上記レンズの開口数
ΔZは上記半導体レーザの有する非点隔差
λは上記半導体レーザの波長
ことを特徴とする光デイスク装置。
2上記非点隔差が20μm以上40μm以下であることを特徴とする
特許請求の範囲第1項記載の光デイスク装置。」
2争点
(1)原告の発明者性
(2)被告の貢献度
(3)共同発明者間における原告の貢献度
(4)相当の対価の額
第3争点に関する当事者の主張
1争点(1)(原告の発明者性)について
〔原告の主張〕
(1)本件発明に至る経緯等
ア原告は,昭和43年3月に東京大学工学部物理工学科を卒業し,同年4
月に同大学大学院工学系研究科物理工学修士課程に進み,昭和45年4月
に同修士課程を修了した。大学院在籍時の研究テーマは,「クリプトンイ
オンレーザに関する研究」である。
原告は,昭和45年4月に被告に入社し,被告の中央研究所(以下「中
NA≦
ΔZ
λ
(以下,NA≦
ΔZ
λ
の条件式を「本件条件式」という。)
央研究所」という。)に配属となり,昭和50年には,中央研究所のレー
ザプリンタ開発グループに所属し,レーザプリンタの研究開発に従事して
いた。
原告は,昭和54年に,「レーザビーム光学系の収差論とその応用」と
いう名称の論文で,東京大学の工学博士号の学位を取得した。
原告は,本件発明に関連する光ディスクについて,多数の研究業績を有
している(甲7)。
イ原告は,昭和52年ころから,半導体レーザの大きさが水平方向と垂直
方向とで異なり,左右上下において対称でない共振器の構造から,半導体
レーザにおいては,気体又は固体のレーザには存在しない非点隔差(半導
体レーザの構造上生じる,接合面に垂直方向と平行方向のビームウエスト
位置の間隔。甲5の4欄17行ないし32行参照)が存在すること,非点
隔差が存在する半導体レーザの中でも,ゲインガイド型半導体レーザとイ
ンデックスガイド型半導体レーザとでは構造が異なっているため,非点隔
差の大きさにも違いが生じること,非点収差(上記非点隔差により半導体
レーザからのレーザビームを対物レンズで絞り込んでもスポットサイズが
大きくなってしまうという現象。甲5の2欄5行ないし21行参照)の存
在により光ディスク等の使用上の問題が生じることなどを予測し,その問
題を解決する必要があると考えていた。
本件発明の共同発明者であるBは,中央研究所の光メモリ開発グループ
に所属し,昭和52年末ないし昭和53年ころ,原告の所属するレーザプ
リンタ開発グループに配属となった。Bがレーザプリンタ開発グループに
配属されたとき,既に同グループ内での研究テーマの担当が決まっていた
ため,Bは,配属されてから約3か月間,研究テーマがない状態にあった。
そこで,原告は,昭和53年ころ,Bに対し,半導体レーザにおける非点
隔差の存在の確認及び分析とその使用上の問題の解決という研究テーマを
与え,Bと共同して上記研究テーマに関する研究(以下「共同研究」とい
う。)を行うこととなった。
Bは,以前所属していた光メモリ開発グループで,シングルモードレー
ザであるインデックスガイド型半導体レーザを用いた光ピックアップ装置
の研究開発を行っていた。インデックスガイド型半導体レーザは,発光点
形状がほぼ左右上下に対称となっており,非点隔差が生じにくいものであ
るため,Bは,共同研究に着手した時点では,非点隔差の存在に全く気付
いていなかった。また,Bは,共同研究の過程において,レーザの温度が
変化した場合や光帰還があった場合にモードが変化し,光出力も大きく変
化して,光ディスクにおいて不可欠なスポット制御に大きな乱れが生じる
ことについて言及したこともなかった。
ウ原告は,非点収差を除去するための解決手段を考える前提として,半導
体レーザの非点隔差を正確に測定する必要があると考え,測定手段として
干渉計を用いることとした。
まず,原告は,干渉計を用いて半導体レーザの非点隔差を測定すること
が可能であるか否かを確認するため,Bに対し,干渉計を用いて三次元物
体のホログラムの撮影を行うことを提案した。原告とBは,ホログラムの
撮影を共同して行い,干渉計を用いて非点隔差を測定することが可能であ
ることを確認した(甲13)。
次に,原告は,半導体レーザの非点隔差を測定するため,シアリング干
渉計を用いることを提案し,Bと共同して実験を行ったものの,半導体レ
ーザの非点隔差を示す干渉縞をうまく確認することができなかった。そこ
で,Bは,シアリング干渉計に代わる干渉計として,光源波面干渉計を使
用することを原告に提案した。原告は,Bの上記提案を検討し,光源波面
干渉計が非点隔差の測定に適していると判断して,Bとともに光源波面干
渉計を用いて半導体レーザの非点隔差を測定したところ,ゲインガイド型,
インデックスガイド型及びCSP型等の各半導体レーザについて,それぞ
れの非点隔差を示す干渉縞を確認することができた。
原告は,共同研究の他にプリンタ開発にも携わっていたことから,共同
研究における具体的作業は,他に研究テーマのないBを中心として行われ
たものの,上記の一連の実験は,原告とBとが共同して行った。
原告とBは,非点隔差の測定結果に基づき,非点収差の除去のための解
決手段を複数検討し,その中で,Bが,本件条件式を導出し,これを非点
収差の除去の解決手段として使うことを原告に提案した。原告は,Bの上
記提案を検討し,本件条件式が非点収差の除去の解決手段として有効であ
ることを確認した。
エ被告は,本件発明につき,我が国において特許出願をしたものの,拒絶
査定を受けたため,拒絶査定不服審判を請求した。同審判手続において,
本件条件式を適用すべき半導体レーザをゲインガイド型半導体レーザに属
するナローストライプ型半導体レーザに限定する補正(以下「本件補正」
という。)を行うかどうかが被告の社内で問題となり,原告は,本件補正
の是非についての意見を求められた。
インデックスガイド型半導体レーザでは,非点隔差が発生する割合は低
いものの,レーザの温度が変化した場合や光帰還があった場合にモードが
変化し,光出力も大きく変化するという問題が生じる。そこで,数百M
Hzの高周波重畳方式により強制的にマルチモード発振をさせるという解
決策が考えられるものの,その場合,外部の電気回路を付加することにな
るため,価格の安いCDやレーザディスク等に用いることはできない。こ
れに対し,ゲインガイド型半導体レーザでは,マルチモード発振をするた
め,光出力の変動は極めて少なく,上記の問題は生じないものの,非点隔
差が大きいことから,その補正が必要となる。しかし,本件発明によれば,
極めて簡単な光学系で非点収差の補正を行うことができ,価格の安いCD
やレーザディスク等に使用することができる。そのため,CDやレーザデ
ィスク等の開発において本件発明を回避することはできないから,本件発
明をナローストライプ型半導体レーザに限定しても,本件発明の意義が損
なわれることはない。原告は,以上のように考えて,本件補正を行うこと
に問題はない旨の意見を申し出た。原告が上記意見を申し出ることができ
たのは,非点隔差とモード変化の両方について高度な知見を有していたか
らである。
そして,原告の上記意見に基づいて本件補正がされ,本件特許権は登録
に至った。
(2)原告の発明者性
アBが本件条件式を導出したことは認める。
イしかし,本件発明においては,原告が,半導体レーザに非点隔差が存在
すること,非点隔差の大きさが半導体レーザの種類によって異なること,
非点収差により光ディスク等の使用上の問題が生じることを予測し,その
問題を解決する必要があるとの着想を有していたことが最も重要である。
原告とBが共同研究に着手したころは,半導体レーザを用いたCDやレー
ザディスクは販売されておらず,販売された製品から具体的な問題点を抽
出することができない状況にあり,上記着想を有することは極めて困難で
あった。この時期に上記着想を有していなければ,他社に先駆けて,半導
体レーザの非点収差の解決手段を見出すことはできなかった。
また,本件条件式は,半導体レーザの非点隔差の量と関係なく導出され
たものではなく,非点隔差の量を正確に測定し,その測定結果から非点収
差を除去することができる値を見出して,その範囲内に収まるようにした
ものであり,非点隔差を正確に測定することができたからこそ,Bは本件
条件式を導出することができたのである。このことは,本件明細書におい
て,「例えば20μmの非点隔差をもつ半導体レーザを使用する場合には,
レーザの波長を780nmとすれば,対物レンズの開口数NAは
となり,この値よりも小さい開口数をもつようにしなければならない。」
(甲5の6欄41行ないし7欄5行)と記載されていることからも明らか
である。したがって,原告がBに与えた,半導体レーザにおける非点隔差
の存在及び確認とその使用上の問題の解決という研究テーマは,本件発明
の着想となり得るような具体的な内容を有している。
さらに,原告は,Bとの共同研究の過程において,半導体レーザの非点
隔差の量を測定する手段として干渉計を用いることを提案し,実験もBと
共同して行い,本件条件式が非点収差の補正に有効であることも確認して
いる。原告が,半導体レーザの非点隔差の測定方法として干渉計を用いる
ことを提案したからこそ,光源波面干渉計による測定がされ,半導体レー
ザの非点隔差の正確な量を測定することができ,その測定結果に基づき,
非点収差の除去の解決手段として本件条件式を導出することができたので
ある。
以上によれば,原告は,本件発明の重要な部分を担った発明者であり,
本件発明は,原告とBの共同発明であるというべきである。
ウ本件発明の特徴は,解決困難なモード変化の問題があるインデックスガ
イド型半導体レーザではなく,非点隔差は大きいものの,モード変化の問
題がないゲインガイド型半導体レーザに属するナローストライプ型半導体
レーザを選択し,非点収差については本件条件式により補正することによ
り解決することとした点にあり(甲5の4欄1行ないし13行,6欄28
行ないし37行,乙9の10の「補足説明」),本件条件式により非点収
差を補正することのみにあるのではない。本件条件式に発明の本質がある
NA=
0.78
20
=0.1975
のであれば,非点隔差の小さい半導体レーザについて,非点収差を補正し
つつ十分な光利用効率を得ることができる公知技術が存在していたとして
も,本件発明の特許性は認められ,非点隔差の大きい半導体レーザに限定
する補正を行う必要はなかったはずである。拒絶理由通知書(乙9の4)
において,「光学系のNAを本願のもののような値以下とすることは当業
者が容易に行なうことのできる設計上の事項にすぎないものと認められ
る。」と記載されていることからも,本件条件式に格別の意味は認められ
ないというべきである。
このように,本件発明は,本件補正を行ったことにより本質的な技術的
意義を有するに至ったものであるから,非点隔差とモード変化についての
高度な知見に基づき,本件補正を行うことに問題はない旨の意見を申し出
た原告は,本件発明の発明者というべきである。
エ本件明細書において,原告とBが共同発明者とされていること,共同研
究の成果の一つである実用新案に係る考案についても,原告とBが共同考
案者とされていること(乙1の2),共同研究の過程で作成された甲第1
3号証及び甲第14号証の研究論文でも,原告とBが共同執筆者とされて
いること,被告は,原告に対し,本件発明に関し,Bと同額の実績報奨金
を支払ってきたこと,以上の点につき,被告やBから異議が出されたこと
がないことなどから,原告が本件発明の共同発明者であることは明らかで
ある。
(3)被告の主張に対する反論
ア被告は,Bが,光源波面干渉計を発明したにもかかわらず,特許出願を
することができなかったため,その代替案として,光源波面干渉計の発明
で得た着想を発展させ,光源波面干渉計を半導体レーザの非点収差の除去
の解決手段に応用しようと考え,本件発明をした,と主張する。
しかし,非点隔差の干渉計による測定は,非点収差の除去の解決手段を
検討するための前提として行われたものであり,当初から,非点隔差の正
確な測定を行い,その測定結果に基づいて非点収差の除去の解決手段を検
討することが予定されていたものであって,光源波面干渉計の発明が,非
点収差の除去という目的と関係なく行われたということはない。メーカー
の研究開発において,単に半導体レーザの非点隔差を測定することだけを
目的として研究を行うことは,不自然かつ不合理である。
イ被告は,本件明細書に記載のある「BellSystemTechnicalJournal58
No.91909(1979)」(甲5の2欄下から3行以下)や公開実用新案公報
(乙1の2)によれば,半導体レーザに非点隔差が存在することは公知の
事実である,と主張する。
しかし,原告が,半導体レーザにおける非点隔差の存在の確認及び分析
とその使用上の問題の解決という研究テーマをBに与え,原告とBが共同
研究に着手したのは,昭和53年のことであり,この時点では,上記各文
献は公開されていない。また,上記実用新案に係る考案と本件発明は,同
じ着想の下でされた共同研究の過程で生み出されたものであり,同考案の
出願が本件発明より先にされたものにすぎない。
被告は,昭和50年に刊行された乙第8号証の論文によれば,半導体レ
ーザの種類により非点隔差の大きさが異なることは,本件発明の出願日の
6年前から公知であった,と主張する。
しかし,上記論文には,ゲインガイド型半導体レーザに非点隔差がある
ことが記載されているだけである。仮に,乙第8号証の論文に,半導体レ
ーザの種類によって非点隔差の大きさが異なることが記載されているとし
ても,非点隔差が具体的な実験により確認されたものでもなければ,非点
隔差の具体的な値が記載されているものでもなく,本件発明の着想となる
ようなものではない。
〔被告の主張〕
(1)本件発明の経緯
アBは,昭和48年に被告に入社し,昭和51年ころから,中央研究所に
おいて,インデックスガイド型半導体レーザを用いた光ピックアップ装置
の研究開発を行っていた。
中央研究所では,昭和51年ころから,インデックスガイド型半導体レ
ーザの研究開発と並行して,CSP型半導体レーザの研究開発が進められ
ていた。昭和52年,被告の研究員により,CSP型半導体レーザから発
せられる楕円スポットを補正して円形スポットを形成する装置に関する発
明がされ,同発明につき特許出願(特願昭52−111399号)がされ
た。それ以降,光ピックアップ装置の研究開発は,上記発明をした研究員
が担当することとなったため,Bの研究テーマは,光ピックアップ装置の
研究開発から,レーザプリンタの光源に対する半導体レーザの適用という
テーマに変わった。
イBは,上記研究テーマに関連して,原告から,CSP型半導体レーザに
おける非点隔差の有無をシアリング干渉計で調べておいた方がよい,との
アドバイスを受けた。
Bは,シアリング干渉計で実験を行ったものの,シアリング干渉計では,
半導体レーザの非点隔差を示す干渉縞をうまく観察することができなかっ
た。そこで,Bは,昭和53年の秋ころ,マッハ・ツェンダー干渉計を改
良して光源波面干渉計を発明した。光源波面干渉計は,二つの光束をそれ
ぞれ独立に操作し,一方の光束にビームエキスパンダを置き,ビーム径を
拡大することによって,参照光の波面収差を低減させ,中心部分のフラッ
トな波面を使用することで,光源の波面収差を測定することができるとい
うものである(乙2の18頁及び19頁)。この光源波面干渉計により半
導体レーザの干渉縞を観測することが可能となった。
ウBは,光源波面干渉計の発明の特許出願をするため,「光源収差測定装
置」の名称で明細書を執筆し,被告の特許部に提出した。しかし,特許部
の担当者から,「日立は光計測装置をビジネスにしていないから,そのよ
うな出願をする必要はない。」と言われたため,Bは,上記発明の特許出
願を取りやめた。
昭和56年ころ,Bは,光源波面干渉計や半導体レーザのホログラム応
用等に関する一連の研究結果を論文にまとめて投稿することとした。被告
においては,発明を社外に発表するに当たり,権利化できる発明は特許出
願をしなければならないこととなっていた。Bは,光源波面干渉計の発明
については,上記のとおり,被告の特許部から特許出願を拒否されたこと
から,その代替案として,光源波面干渉計を発明する際に得た,ビームエ
キスパンダでビームを拡大することによって参照光の波面収差を許容範囲
に抑えるという着想を,半導体レーザの非点収差の補正に応用することを
思い付き,本件条件式を導出した。
エ本件条件式の導出に至る経緯は,以下のとおりである。
(ア)乙第3号証(久保田広「応用光学」岩波全書)65頁によると,デ
フォーカス(焦点ずれ)Zによって発生する波面収差の最大値は左辺で
あり,その許容値は右辺で与えられる。
ここで,aは開口半径,fは焦点距離,|Z|はデフォーカス量の絶対
値,λは波長である。
(イ)上記の(1)式を,半導体レーザの非点収差の補正という観点から見
直すと,|Z|(デフォーカス量)は半導体レーザの非点隔差ΔZとみな
すことができる。
(ウ)開口数NAは,定義から,NA=a/fである。
2f2
a2
Z≦
λ

・・・(1)
(エ)したがって,上記の(1)式は,以下のようになる。
(オ)ここで,波面収差は,「非点隔差ΔZを有する半導体レーザの最小
錯乱円の位置D(見かけの光源の大きさが最小,強度が最大になる位置
で,端面1bよりΔZ/2だけ内側に入った位置)を中心部とし,これ
とレンズ3の瞳の中心3aまでの距離Rを半径とする参照球面4と,実
際の波面2とのずれ」と定義することができる(甲5の5欄15行ない
し23行,乙4の702頁,乙9の9)。
よって,上記の式(2)は,以下のようになる。
(カ)上記の式(3)を開口数に対する条件に書き直せば,
となり,本件条件式となる。
オレンズの収差論を半導体レーザの非点収差補正の観点から見直すという
着想及び本件条件式の導出は,Bが,収差を許容範囲に抑えるようにレン
ズの開口数を選ぶことでより簡単に半導体レーザの非点収差を補正するこ
とができないか,という問題意識に基づき,すべて一人で行ったものであ
る。Bは,出願依頼書兼譲渡証(乙6)及び本件明細書の原案(乙7)も
一人で作成した。
(2)原告の発明者性
ア改正前特許法35条の相当の対価を請求し得る発明者であるか否かは,
特許請求の範囲の記載に基づいて発明の技術的思想を把握した上で,その
技術的思想の創作に貢献している者であるか否かによって判断すべきであ


(NA2ΔZ)≦
λ

・・・(2)


(NA2ΔZ)≦
λ

・・・(3)
NA≦
ΔZ
λ
る。そして,技術的思想の創作に貢献した者とは,新しい着想をした者,
あるいは同着想を具体化した者の少なくともいずれかに該当する者でなけ
ればならず,特許請求の範囲の記載に基づいて定められる技術的思想の創
作自体に関係しない者,例えば,部下の研究者に対し,具体的着想を示さ
ずに単に研究テーマを与えたり,一般的な助言や指導を行ったりしたにす
ぎない者は,発明者となり得ない。
本件発明は,半導体レーザの非点収差の補正に関する発明であり,その
着想は,レンズの収差論を半導体レーザの非点収差の補正の観点から見直
し,非点収差を許容範囲に抑えることができるようにレンズの開口数を選
ぶことで,より簡単に半導体レーザの非点収差を補正する,というもので
ある。そして,同着想の具体化は,レンズの収差論に基づき,本件条件式
を導出する作業によって行われた。Bは,光源波面干渉計を発明したにも
かかわらず,特許出願をすることができなかったため,その代替案として,
光源波面干渉計の発明で得た着想を発展させ,光源波面干渉計を半導体レ
ーザの非点収差の除去の解決手段に応用しようと考え,本件発明をしたも
のである。本件発明の着想及びその具体化は,すべてB一人によるもので
あり,原告の関与は一切ない。したがって,本件発明は,Bの単独発明で
あって,原告は,本件発明の発明者ではない。
イ本件発明に関する原告の関与は,上記(1)のとおり,Bに対し,CSP
型半導体レーザの非点隔差について調査する必要性を指摘した点にしか存
在しない。半導体レーザに非点隔差が存在することは,本件明細書に記載
のある「BellSystemTechnicalJournal58No.91909(1979)」(甲5
の2欄下から3行以下)や公開実用新案公報(乙1の2)に記載されてお
り,本件発明の出願日の数年前から公知であった。また,半導体レーザの
種類により非点隔差の大きさが異なることについても,昭和50年に刊行
された論文(乙8)において,インデックスガイド型半導体レーザに比べ,
ゲインガイド型半導体レーザには相対的に大きな非点隔差が存在する旨の
記載がされており,本件発明の出願日の約6年前から公知であった。この
ように,公知の事実について調査の必要性を指摘したにすぎない原告が,
新たな着想をした者や同着想を具体化した者に該当しないことは明らかで
ある。したがって,原告は,本件発明の発明者ではない。
(3)原告の主張に対する反論
ア原告は,半導体レーザに非点隔差が存在すること,半導体レーザの種類
により非点隔差の大きさが異なること,非点収差により使用上の問題が生
じることを予測し,その問題を解決する必要があるとの着想を有していた
ことが最も重要である,と主張する。
しかし,半導体レーザに非点隔差が存在すること及び半導体レーザの種
類により非点隔差の大きさが異なることは,上記(2)イのとおり,Bが本
件発明の着想を得た昭和56年ころにおいて,公知の事実であった。また,
本件条件式は,非点隔差の大きさにかかわらず,半導体レーザの非点収差
の補正を可能とするものであるから,半導体レーザの種類により非点隔差
の大きさが異なることは,本件発明において特段の意義を有しない。
原告は,半導体レーザにおける非点隔差の存在の確認及び分析とその使
用上の問題の解決が本件発明の着想である,と主張する。
しかし,発明の着想とは,課題とその解決手段ないし方法が具体的に認
識され,技術に関する思想として具体的に概念化されたものでなければな
らない。半導体レーザにおける非点隔差の存在の確認及び分析とその使用
上の問題の解決は,原告やBが取り組んでいた抽象的な研究テーマにすぎ
ず,発明の着想となり得るような具体的な内容を有していない。
イ原告は,本件発明の解決手段は,非点隔差の正確な量を把握できて初め
てなし得るものであり,また,原告が共同研究における実験をBと共同し
て行った,と主張する。
しかし,本件条件式は,レンズの収差論に基づき導出されたものであっ
て,実験や非点隔差の正確な測定結果がなくても導き出すことができる
ものである。実験や非点隔差の正確な測定結果は,半導体レーザを用い
た光ディスク装置やレーザビームプリンタ等の個々の製品の設計段階で
意味を持つものであり,本件発明と直接結び付くものではない。
そもそも,非点隔差の正確な測定は,Bが光源波面干渉計による測定方
法を開発したことによって初めて可能となったものである。原告は,B
に対し,非点隔差を正確に測定することの必要性を示唆したにとどまり,
光源波面干渉計による測定方法の開発に全く関与していない。Bは,光
源波面干渉計の発明を行い,各種半導体レーザの非点隔差の大きさを一
人で測定しており,原告がBと共同して実験を行ったことはない。
ウ原告は,本件発明は,本件補正を行ったことにより本質的な技術的意義
を有するに至ったものであるから,非点隔差とモード変化についての高度
な知見に基づき,本件補正を行うことに問題はない旨の意見を申し出た原
告は,本件発明の発明者というべきである,と主張する。
しかし,本件条件式は,本来,半導体レーザの非点隔差の大小にかかわ
らず,また,モード変化が生じにくい半導体レーザであるか否かにかかわ
らず,レンズの開口数を選ぶことにより半導体レーザの非点収差を補正す
ることを可能とするものであること,ナローストライプ型半導体レーザを
用いる例は,あくまで発明の一実施例として出願当初の明細書(乙9の
1)に記載されていたこと,本件特許権の出願過程でナローストライプ型
半導体レーザに限定する補正を行ったのは,非点隔差の小さい半導体レー
ザについては,収差を補正しつつ十分な光利用効率を得ることができる公
知技術が存在したため,審判官の提案を受けて,非点隔差の大きいナロー
ストライプ型半導体レーザに限定せざるを得なかったからであり,補正を
通じて新たな技術的知見が加えられたわけではないことからすると,ナロ
ーストライプ型半導体レーザに限定する補正を行ったとしても,その補正
自体に発明としての創作行為がないことは明らかである。
エ本件明細書において,Bのみならず,原告も本件発明の発明者であると
されていることは認める。しかし,原告が本件発明の発明者と記載されて
いるのは,Bが,原告からCSP型半導体レーザの非点隔差を調査する必
要性について示唆を受けたことから,出願依頼証兼譲渡証を作成する際,
同じ研究ユニットに所属し上輩の研究者であった原告を共同発明者とした
からにすぎない。
また,被告が,原告に対し,Bと同額の実績報奨金を支払ってきたこと
も認める。しかし,被告が原告に実績報奨金を支払ってきたのは,当時,
被告の社内規程には,出願依頼書兼譲渡証に発明者として記載されている
者が真の発明者であるか否か,発明者として記載されている者が複数存在
する場合に発明者間の寄与度をどのようにして決定するかについての定め
がなく,また,多数の特許出願を扱う被告の特許部門が上記の点について
自発的に厳密な審査を行うことは極めて困難であり,さらに,B及び原告
から特段の申し出がなかったからにすぎない。
2争点(2)(被告の貢献度)について
〔原告の主張〕
被告の貢献度は,80パーセントを超えることはない。
本件発明においては,原告の個人的な着想が最も重要であり,本件発明にお
ける原告の貢献度は極めて大きいのに対し,被告は,共同研究に対して実質的
には何らの貢献もしていない。共同研究は,グループリーダーの承諾は得てい
たものの,原告が自主的に始めたものであり,また,被告から特別に施設や資
金の提供を受けることなく,使用済みの器具等を用いて極めて低廉な費用にお
いて行われたものである。本件発明が完成する前に,被告から何らかの指示や
示唆を受けたこともなかった。
〔被告の主張〕
原告の上記主張は争う。
3争点(3)(共同発明者間における原告の貢献度)について
〔原告の主張〕
共同発明者間における原告の貢献度は,50パーセントを下回ることはない。
このことは,被告が,原告とBの二人を発明者とし,両名に対し,同額の実
績報奨金を支払っており,Bもそのことについて異議を述べたことがなかった
ことからも明らかである。
〔被告の主張〕
原告の上記主張は争う。
4争点(4)(相当の対価の額)について
〔原告の主張〕
被告の元従業員が,特許第1547005号の発明(以下「別件発明」とい
う。)に関し,被告に対し補償金を請求した事件(東京地方裁判所平成10年
(ワ)第16832号,同平成12年(ワ)第5572号,東京高等裁判所平成1
4年(ネ)第6451号,最高裁判所平成16年(受)第781号)において,別
件発明の特許を受ける権利の承継の対価の算定の基礎となる,改正前特許法3
5条4項の「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」が,11億79
74万円であると認定された。
本件発明は,多くの場合,別件発明とともにライセンスがされており,①本
件発明は,別件発明と同様に,被告における過去の膨大な特許の中で,戦略特
許金賞を受賞した数少ない発明であること,②被告が昭和58年10月にフィ
リップスに対しCDプレーヤに関する特許合計5件の実施許諾をした際,本件
発明と別件発明が,同社から「回避不可」として高く評価されたこと,③被告
は,被告が有している有償開放特許のうちCD特許について代表的な7件の特
許を掲載した「日立特許・技術のご案内CD特許編」と題するカタログの中
で,本件発明が別件発明とともに掲載されていることからすると,本件発明は,
別件発明と同等の価値,貢献度を有する。
以上から,原告が被告から本件発明の承継の対価として受けるべき金員は,
1億1797万4000円(11億7974万円×発明者の貢献度20%×共
同発明者間における原告の貢献度50%)となる。被告は,原告に対し,社内
の補償基準に基づき,実施料収入報奨金として165万円を支払っているので,
被告が原告に支払うべき補償金の額は,1億1632万4000円(1億17
97万4000円−165万円)となる。
〔被告の主張〕
原告の上記主張は争う。
第4当裁判所の判断
1発明とは,自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいい
(特許法2条1項),特許発明の技術的範囲は,特許請求の範囲の記載に基づ
いて定めなければならないから(同法70条1項),発明者は,当該特許請求
の範囲の記載に基づいて定められた技術的思想の創作行為に現実に関与した者,
すなわち,新しい着想をした者,あるいは新しい着想を具体化した者のいずれ
かに該当する者でなければならず,技術的思想の創作行為自体に関与しない者,
例えば,部下の研究者に対し,具体的着想を示さずに,単に研究テーマを与え
たり,一般的な助言や指導を行ったりしたにすぎない者,研究者の指示に従い,
単にデータをまとめたり,実験を行ったりしたにすぎない者,発明者に資金や
設備を提供するなどし,発明の完成を援助又は委託したにすぎない者は,発明
者とならない。
2本件明細書には,以下の記載がある。
(1)従来の技術について
「半導体レーザを光デイスクの情報記録用あるいは再生用の光ヘツドの光
源として使用する場合,半導体レーザに非点収差が存在すると,記録の場合
には,記録の最小単位であるビツト(小さい穴)の形状が,回折限界で決る
サイズよりも大きくなり,1枚のデイスク当りの記録密度が低下してしまう。
また,光の利用率が低下するため,光デイスクの記録材料の感度,あるいは
半導体レーザの光出力に無理を強いることになる。更に,半導体レーザを光
デイスクの再生用ヘツドの光源とした時,再生用のスポツトサイズは1μm
φ(半値幅)程度であることが必要である。しかしながら,半導体レーザに
非点収差が存在すると,非点収差がない場合と同一の開口数を有する対物レ
ンズで絞り込んでも,スポツトサイズが大きくなつてしまい,光デイスクか
らの再生信号の変調度が低下し,再生画質や音声に劣化が生じてしまう。
このような半導体レーザの非点収差を補正する方法としてシリンドリカル
レンズを使う方法がある・・・(以下省略)。」(甲5の2欄5行ないし2
5行)
(2)発明が解決しようとする課題について
「半導体レーザの非点収差を補正するため,シリンドリカルレンズを用い
る方法では,シリンドリカルレンズの分だけ,部品点数が増加し,調整箇所
も増え,光デイスクヘツドをコンパクト,低コストにする上で不利である。
しかも,この方法では,半導体レーザの発光部と,シリンドリカルレンズ位
置の調整のトレランスが厳しく,かえつて補正用のシリンドリカルレンズで
非点収差が生じてしまう恐れがある。しかも,シリンドリカルレンズは,光
軸に対して回転対称になつておらず,半導体レーザの非点収差の生じる方向
に対して厳しい回転の調整が必要となる。また,シリンドリカルレンズは工
作上の精度が出にくく,高価であり,光ヘツド全体に対してシリンドリカル
レンズのコストが占める割合が高くなり,不利である。
本発明は上述の欠点を解消するためになされたものであり,極めて簡素な
構造で,半導体レーザの非点収差を補正し,回折限度の絞り込みスポツトを
得ることができ,もつてより高密度の記録あるいはより高い信号対雑音比で
再生できる光デイスク装置を提供することを目的とするものである。」(甲
5の3欄4行ないし25行)
(3)本件条件式の導出の過程
「第2図に示すように,非点隔差ΔZを有し,出射光の波長がλで,その
強度分布の垂直方向の拡がり角がθで与えられる半導体レーザ1からのビー
ムが,対物レンズ3の瞳面上で示す波面収差はθの関数として,
で与えられる。明らかなようにθが大きい程(光軸から離れる程)は
大きい。但し,波面収差は,上記の様にレンズの収差論を焼き直し,
上記非点収差ΔZを有する半導体レーザ1の最小錯乱円の位置D(見かけの
光源の大きさが最小,強度が最大になる位置で,この場合端面1bよりΔZ
/2だけ内側に入つた位置)を中心部とし,これとレンズ3の瞳の中心3a
までの距離Rを半径とする参照球面4と,実際の波面2とのずれとして定義
する。・・・(以下省略)
このような波面収差を有するビームを対物レンズ3で集光する場合,
その開口数をNAとすれば,第1図,第2図でNA=sinθであるからこの
対物レンズを通過した後の波面5の持つ波面収差は
で与えられる。すなわち,光軸より離れた波面収差の大きな光束の部分が制
限され,波面収差の最大値は低下する。
一方,RayleighCriterionによれば,波面収差が
を満たす時,この波面を絞り込めば,回折限界の絞り込みスポツトが得られ
ΔV0
ΔV0=


ΔZsin2θ(1)
ΔV0
ΔV0
ΔV0
ΔV
最大ΔV=


ΔZ・NA2(2)
ΔV
ΔV≦
λ

(3)
る・・・(以下省略)。
従つて,(2)式と(3)式より
が得られる。すなわち,非点隔差ΔZ,波長λ,の半導体レーザ1からのビ
ームを対物レンズ3で集光する場合,対物レンズ3の開口数NAとして(4)
式を満たすべく選べば,これを通過後のビームの波面収差はビームのいずれ
の部分でもλ/4以下であり,回折限界の絞り込みでスポツトを得ることが
可能となる。・・・(以下省略)」(甲5の5欄7行ないし6欄13行)
3以上の記載によれば,本件発明の課題は,極めて簡単な構造で,半導体レー
ザの非点収差を補正することにあるということができ,上記本件発明の課題に
対応する解決手段は,光学系が本件条件式を満足するレンズを有すること,す
なわち,開口数NAが,半導体レーザの非点隔差ΔZ及び波長λとの間で本件
条件式に規定される関係を有するレンズを挿入することにより,半導体レーザ
の非点収差を補正することであると認められる。
そうすると,本件発明の発明者は,半導体レーザの非点収差を補正するため,
開口数NA,非点隔差ΔZ及び波長λとの関係を規定した本件条件式の完成に
現実に関与した者であるというべきである。
本件についてみると,Bは,レンズの収差論を半導体レーザの非点収差の補
正の観点から見直し,非点収差を許容範囲に抑えることができるようにレンズ
の開口数を選択することで,より簡単に半導体レーザの非点収差を補正する,
という着想の下に,上記2(3)に記載のとおり,レンズの収差論に基づき,本
件条件式を導出したものであり,このことにつき,当事者間に争いはない。一
方,本件全証拠によっても,原告が,半導体レーザの非点収差の補正の観点か
ΔV=


ΔZ・NA2≦
λ

∴NA≦
ΔZ
λ
(4)
らレンズの収差論を見直すとの着想を有していたこと,上記2(3)に記載の本
件条件式の導出の過程に現実に関与していたことを認めるに足る証拠はない。
したがって,本件発明の発明者は,上記具体的着想を有し,本件条件式を導出
したBであり,原告を本件発明の発明者であると認めることはできないという
べきである。
4原告の主張について
(1)原告は,半導体レーザに非点隔差が存在すること,非点隔差の大きさが
半導体レーザの種類によって異なること,非点収差により光ディスク等の使
用上の問題が生じることを予測し,その問題を解決する必要があるとの着想
を有しており,Bに対し,半導体レーザにおける非点隔差の存在の確認及び
分析とその使用上の問題の解決という研究テーマを与えたものであり,上記
着想を有していなければ,半導体レーザの非点収差の解決手段を見出すこと
はできなかった,と主張する。
しかしながら,本件発明における技術的課題の具体的な解決手段は,上に
述べたとおり,開口数NAが,半導体レーザの非点隔差ΔZ及び波長λとの
間で本件条件式に規定される関係を有するレンズを挿入することにより,半
導体レーザの非点収差を補正する,という点にある。原告が,半導体レーザ
の非点収差の存在により生じる光ディスク等の使用上の問題を解決する必要
があるとの着想を有し,Bに対し上述のような研究テーマを与えたとしても,
抽象的な技術的課題を設定したにとどまり,半導体レーザの非点収差を補正
するための具体的な解決手段の着想に関与したということはできない。
原告の上記主張は,採用することができない。
(2)原告は,非点隔差を正確に測定することができたからこそ,本件条件式
が導出されたのであり,原告がBに与えた,半導体レーザにおける非点隔差
の存在及び確認とその使用上の問題の解決という研究テーマは,本件発明の
具体的な解決手段の着想となり得るものである,と主張する。
しかしながら,本件発明の着想は,上に述べたとおり,半導体レーザの非
点収差の補正の観点からレンズの収差論を見直すというものであり,同着想
さえあれば,レンズの収差論を応用することにより本件条件式によって非点
収差が許容範囲以下になることを理論的に予測することができるから,本件
条件式を導出するためには,非点隔差の正確な測定は必要ではないというこ
とができる。本件明細書において,「例えば20μmの非点隔差をもつ半導
体レーザを使用する場合には,レーザの波長を780nmとすれば,対物レ
ンズの開口数NAは
となり,この値よりも小さい開口数をもつようにしなければならない。」
(甲5の6欄41行ないし7欄5行)と記載されている点は,一定量の非点
隔差が存在すると仮定した場合に,本件条件式によって開口数の値が導かれ
る過程を示したものにすぎず,非点隔差の正確な測定が本件条件式の導出に
必要であることを意味するものではない。
原告の上記主張は,採用することができない。
(3)原告は,Bとの共同研究の過程において,半導体レーザの非点隔差の量
を測定する手段として干渉計を用いることを提案し,実験もBと共同して行
い,Bが提案した本件条件式が非点収差の補正に有効であることを確認した
ことを根拠に,本件発明は原告とBの共同発明である,と主張する。
しかしながら,仮に,原告が,Bと共同して干渉計を用いて半導体レーザ
の非点隔差の量を測定する実験を行ったとしても,半導体レーザの非点隔差
の量の測定が直ちに本件条件式の導出に結び付くものではないことは,上で
述べたところから明らかである。原告において,Bが提案した本件条件式の
有効性を確認したとする点も,本件発明は,上記のとおり,半導体レーザの
非点収差の補正の観点からレンズの収差論を見直すとの着想の下,本件条件
NA=
0.78
20
=0.1975
式を導出したことにより完成したということができるものであるから,事後
的に本件条件式の有効性を確認したというだけでは,原告が本件条件式の創
作に関与したということはできない。
原告の上記主張も,採用することはできない。
(4)原告は,本件発明は,本件補正を行ったことにより本質的な技術的意義
を有するに至ったものであるから,非点隔差とモード変化についての高度な
知見に基づき,本件補正を行うことに問題はない旨の意見を申し出た原告は,
本件発明の発明者というべきである,と主張する。
証拠(乙9の1ないし11)及び弁論の全趣旨によれば,本件特許権が登
録に至る経緯は,次のとおりであると認められる。
ア半導体レーザは,横方向の光ガイドがゲインのみによるゲインガイド型
半導体レーザと屈折率(インデックス)によるインデックスガイド型半導
体レーザとに分けられる。前者の一種としてナローストライプ型半導体レ
ーザがあり,後者の例としては活性層を異なる屈折率をもつ結晶で埋め込
んだBH型や基板に溝を設けたCSP型がある。ナローストライプ型半導
体レーザに代表されるゲインガイド型半導体レーザは,インデックスガイ
ド型に比して,戻り光が存在するときのノイズレベルが格段に低いが,非
点隔差が大きいという特徴がある(甲5の6欄16行ないし38行参照)。
イ出願当初の明細書(乙9の1)では,特許請求の範囲において,本件条
件式を適用する半導体レーザの種類が限定されておらず,また,実施例と
して,ナローストライプ型半導体レーザを用いる例が記載されていた。
ウその後,被告は,本件条件式を適用すべき半導体レーザを,「非点隔差
は大きいが,戻り光によるノイズが小さい半導体レーザ」(乙9の2)に
限定する補正をするなどして,出願審査請求をしたものの,拒絶査定がさ
れた(乙9の3及び6)。
エ被告は,上記拒絶査定を受けて,拒絶査定不服審判を請求した(乙9の
7)。
被告は,上記審判手続の中で,本件条件式を適用すべき半導体レーザに
つき,「レーザ共振器にレーザ光が戻って来た時に生じるノイズレベルが
活性層を異なる屈折率をもつ結晶で埋め込んだタイプの屈折率ガイド型半
導体レーザに比べて低く,レーザ共振器の実効屈折率が分布を持っており,
レーザ共振器内でレーザ波面が円筒状になる,ナローストライプ型の半導
体レーザ」に限定する特許請求の範囲の補正をし(乙9の12),同補正
の結果,本件発明につき,原査定を取り消し,特許査定をする審決がされ
た(乙9の11)。
以上によれば,出願当初の明細書では,本件条件式を適用すべき半導体レ
ーザが限定されていなかったのであるから,本件条件式は,本来,半導体
レーザの非点隔差の大小にかかわらず適用することが可能なものであると
認められる。また,ナローストライプ型半導体レーザを用いる例は,出願
当初の明細書に記載されていたのであるから,本件発明の出願時点におい
て,既にナローストライプ型半導体レーザを用いる発明は完成していたと
いうことができる。事後的な補正により,本件条件式を適用すべき半導体
レーザをナローストライプ型半導体レーザに限定したことをもって,具体
的な解決手段の創作行為があったということはできない。
原告の上記主張は,採用することができない。
(5)原告は,本件明細書において原告とBが共同発明者とされていること,
被告が本件発明に関して原告とBに同額の実績補償金を支払ってきたこと
などから,原告が本件発明の共同発明者である,と主張する。
しかしながら,原告が本件条件式の創作に関与しておらず,原告を本件発
明の発明者であると認めることができないことは,上記3で述べたとおり
であること,弁論の全趣旨によれば,被告において,出願依頼書兼譲渡証
(乙6)に発明者として記載されている者が真の発明者であるか否かにつ
き厳密に審査をしていないことが認められることに照らすと,原告主張の
上記各事情によっても,上記判断は左右されないというべきである。
原告の上記主張も,採用することはできない。
5結論
以上のとおりであるから,原告を本件発明の発明者であると認めることはで
きないというべきである。したがって,原告は,改正前特許法35条3項に基
づき,被告に対し,本件発明につき特許を受ける権利を被告に承継させたこと
の相当の対価を請求する権利を有しない。
よって,原告の本訴請求は,その余の点について判断するまでもなく理由が
ないから,棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条を適用
して,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第47部
裁判長裁判官阿部正幸
裁判官平田直人
裁判官瀬田浩久
特許目録
1日本国特許
発明の名称光ディスク装置
発明者B,原告
出願日昭和56年5月29日
出願番号特願昭56−81053号
出願公告日平成5年2月24日
登録日平成6年8月8日
登録番号特許第1861590号
2アメリカ特許
発明の名称半導体レーザー用光学装置
発明者B,原告
優先日1981年5月29日
出願日1982年5月24日
登録日1986年1月14日
特許番号第4564268号
3イギリス特許
発明の名称半導体レーザー用集光光学装置
発明者B,原告
優先日1981年5月29日
出願日1982年5月27日
登録日1983年1月6日
特許番号GB2100880号
4ドイツ特許
発明の名称半導体レーザー用光学装置
発明者B,原告
優先日1981年5月29日
出願日1982年5月28日
登録日1985年7月11日
特許番号DE3220216号
(別紙特許公報添付省略)

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