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裁判例


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平成17年9月28日宣告
平成14年(わ)第227号,第302号,第430号,第843号,第941号(認定罪名は傷害
致死),第1169号,平成15年(わ)第56号,第125号,第201号,第485号 監禁致
傷,詐欺,強盗,殺人被告事件
 判          決
主          文
        被告人両名をいずれも死刑に処する。
理          由
【犯罪事実】 
第1 A事件(殺人)
 被告人両名は,北九州市a区cd丁目e番f号所在のマンションAにおいて,A(当時34
歳)を支配下に置き,浴室に閉じ込めるなどしてその自由を制約していたものであるが,
同人は肝機能障害及び腎機能障害を伴う内臓疾患に罹患し,平成8年1月上旬ころ,
身体が痩せ細る,顔色が悪い,腕が上がりにくい,動作が緩慢,異常な言動をする,言
葉が出にくい,四肢がむくむ,四肢に多数の痒疹が生じるなどの症状が現れ,医師によ
る適切な医療を要する状態に陥ったところ,被告人両名は,上記のような症状からして,
Aが死亡するに至るかもしれないことを認識しながら,共謀の上,あえて,そのころから
同年2月26日ころまでの間,同人を同室内の浴室内に閉じ込め,厳寒の時期に,身体
の保温に必要にして十分な寝具及び暖房器具を与えないまま同浴室の洗い場で就寝
することを強制した上,その生存に必要にして十分な食事を与えない,長時間起立ある
いはそんきょの姿勢をとらせる,同人の身体に電気コードの針金に装着した金属製クリ
ップを取り付け,同電気コードの差込プラグと,家庭用交流電源に差し込んだ延長コード
の差込口とを接触させて同人の身体に通電する,栄養ドリンクの空瓶で同人の脛等を
殴打するなどの暴行,虐待を加え続け,これにより,上記肝機能障害及び腎機能障害を
伴う内臓疾患を悪化させ,よって,同日ころ,上記マンションAにおいて,同人を多臓器
不全により死亡させて殺害した。
第2 乙女事件(詐欺)
 被告人Aは,平成7年8月ころ,福岡県北九州市内において,別紙1「被害者目録」記
載の乙女(当時34歳)と知り合い,「村上博幸と称する独身者で,京都大学を卒業し,今
はX塾の講師をし月収は100万円であるが,将来は学者や小説家も目指している。」な
どと,その氏名及び学歴等を詐称して交際し,平成8年1月ころには,同市内において,
真実は婚姻する意思がないのにこれがあるかのように装い,同女に対し,「結婚してくだ
さい。一緒に住もう。子供さんの面倒はきちんと見ますから。」などと申し向けて婚姻を申
し込み,同女をして被告人Aとの婚姻を決意させ,同年7月20日ころには,同市内にお
いて,「森田」と名乗る被告人Bを同被告人Aの実姉として同女に引き合わせた。被告人
両名は,乙女から婚姻生活の準備資金名下に金員を詐取しようと企て,共謀の上,
 l 同月29日ころ,同市b区cd番地所在の飲食店「g」店内において,被告人Aが,同女
に対し,消費者金融会社名を記載したメモを示しながら,「自分は,小説家としてやって
いくつもりだ。一緒に住む家を探したり,当面一緒に生活していくためのお金が必要だか
ら用立てて欲しいんだけど。こういうところがあるんだけど。借りて来て欲しいんだけ
ど。」などと,さらに,被告人Bが,同女に対し,「こういうことは全部弟に任せとったらええ
んよ。心配はいらんから。」などと,交々言葉巧みに嘘をつき,同女に婚姻生活の準備
資金名目で現金を交付するよう申し向け,同女をしてその現金が真実被告人Aとの婚姻
生活の準備のために必要な資金であると誤信させて,消費者金融会社からの借入れを
行わせ,よって,同月30日ころ,同市a区ef番g号所在の「h健康センター」6階614号室
において,被告人Bが,同女から現金100万円の交付を受け,次いで同年8月l日ころ,
同市b区hi丁目j番k号所在の飲食店「i」店内において被告人Bが,同女から現金150
万円の交付を受け,
 2 同年9月13日,同市a区内において,被告人Aが,同女をして同被告人との婚姻生
活を営む新居として同市b区kl丁目m番n号所在のアパートCの賃借を申し込ませ,同
被告人との婚姻生活が間近になったとの期待を抱かせた上,同月23日ころ,上記「i」店
内において,被告人Aが,同女に対し,「小説家としてやっていくので当面の生活資金が
足りない。まだお金がいるので借りてくれないか。」などと言葉巧みに嘘をつき,同女をし
て更に誤信させて,消費者金融会社からの借入れを行わせ,よって,同月24日ころ,上
記「i」店内において,被告人両名が,同女から現金110万円の交付を受け,
もって,乙女を欺いて財物を交付させた。
第3 乙女事件(強盗)
 被告人両名は,平成8年10月22日ころから,前記第2記載のアパートCにおいて,別
紙1「被害者目録」記載の乙女(当時35歳)及びその次女(当時3歳)と同居し,同月下
旬ころから連日のように,同所において,乙女に対し,電気コードの針金に装着した金属
製クリップで同女の身体を挟み,同電気コードの差込プラグと,家庭用交流電源に差し
込んだ延長コードの差込口を接触させて,同女の身体に通電し,激しい電気ショック状
態を起こさせる暴行を繰り返していたものであるが,共謀の上,同女から金員を強取し
ようと企て,別紙2「犯罪(強盗)事実一覧表」記載のとおり,同年12月29日ころから平
成9年3月10日ころまでの間,前後7回にわたり,同所において,同女に対し,前同様に
その身体に通電する暴行を加え,又は,暗に要求に従わなければ同女の身体に通電す
る旨脅迫して,いずれの場合も反抗を抑圧し,同表記載のとおり,「母親から70万円の
金を引き出せ。パソコンを買うお金がいるから貸して欲しいと言え。」などと命令し,よっ
て,同表記載のとおり,平成8年12月30日ころから平成9年3月10日ころまでの間,前
後7回にわたり,上記アパートCほか4か所において,同女から現金合計198万9000
円を交付させて,強取した。
第4 乙女事件(監禁致傷)
 被告人両名は,共謀の上,平成8年12月30日,前記第2記載の「アパートC」2階20
3号室において,別紙1「被害者目録」記載の乙女(当時35歳)を同室内4畳半和室に
入室させ,その出入口扉を南京錠で施錠した上,以後連日のように,同和室等におい
て,電気コードの針金に装着した金属製クリップで同女の腕等を挟み,同電気コードの
差込プラグと,家庭用交流電源に差し込んだ延長コードの差込口とを接触させて,同女
の身体に通電する暴行を加え,暗に逃走を図れば同女の身体に前同様に通電する旨
脅迫して,同日から平成9年3月16日午前3時ころまでの間,同女が上記203号室から
脱出することを著しく困難にして同女を不法に監禁し,その際,同女をして,同日時ころ,
恐怖心の余り同和室窓から室外に飛び降りて逃走することを余儀なくさせ,それにより,
その腰部及び背部等を地面に強打させ,よって,同女に対し,入院加療約133日間を
要する第1腰椎圧迫骨折及び左肺挫傷等の傷害を負わせた。
第5 B事件(傷害致死)
 被告人両名は,共謀の上,平成9年12月21日ころ,前記第1記載のマンションAにお
いて,被告人Bの実父であるB(当時61歳)に対し,電気コードの針金に装着した金属
製クリップで同人の両乳首を挟み,又は同クリップで同人の上下唇を挟み,かつその口
に折り畳んだ紙を噛ませた上,同電気コードの差込プラグと,家庭用交流電源に差し込
んだ延長コードの差込口とを接触させて,同人の身体に通電する暴行を加え,よって,
そのころ,同所において,同人を電撃死するに至らせた。
第6 C事件(殺人)
 被告人両名は,D及びEと共謀の上,被告人Bの実母であるC(当時58歳)を殺害しよ
うと決意し,平成10年1月20日又は同月23日ころ,前記第1記載のマンションAにおい
て,DがCの頸部を電気コードで絞め付け,Eが両手でCの足を押さえ,よって,そのこ
ろ,同所において,同人を窒息死させて殺害した。
第7 E事件(殺人)
 被告人両名は,Dと共謀の上,被告人Bの実妹で,Dの妻であるE(当時33歳)を殺害
しようと決意し,平成10年2月10日ころ,前記第1記載のマンションAにおいて,DがE
の頸部を電気コードで絞め付け,D・E夫婦の長女で,被告人両名を恐れる余り被告人
両名の指示に逆らえない状態にあったG(当時10歳)をして両手でEの足を押さえさせ,
よって,そのころ,同所において,同人を窒息死させて殺害した。
第8 D事件(殺人)
 被告人両名は,平成9年11月ころから平成10年4月初めころまでの間,前記第1記
載のマンションA及び北九州市a区gh丁目i番j号所在のマンションBにおいて,Eの夫で
あるD(当時38歳)を支配下に置き,その身体に通電する,その生存に必要な食事を十
分に与えないなどの暴行,虐待を繰り返し,同人を栄養失調の状態に陥れ,同月8日こ
ろには,上記マンションAの浴室内に横臥したまま自ら立ち上がることもできず,飲食物
を与えてもことごとく嘔吐するなど,明らかに医師の適切な治療を要するほどに衰弱させ
た。Dは,そのころ,高度の飢餓状態に基づく胃腸管障害を発症し,更に腹膜炎を併発
し,あるいはその危険がある状態に陥っていた。被告人両名は,同人をこのまま放置す
れば近く死亡するに至ることを認識していたのであるから,直ちに同人に医師の適切な
治療を受けさせて同人の生命身体を保護すべき作為義務があったのに,医師の診察を
受けると,Dに上記暴行,虐待を加えた事実等が発覚することをおそれ,共謀の上,殺
意をもって,同人に医師の適切な治療を受けさせることなく,そのころから,上記マンショ
ンAの浴室内に閉じ込めたまま放置して衰弱するに任せ,よって,同月13日ころ,同所
において,同人を上記胃腸管障害による腹膜炎により死亡させて殺害した。
第9 F事件(殺人)
 被告人両名は,共謀の上,D・E夫婦の長男であるF(当時5歳)を殺害しようと決意し,
平成10年5月17日ころ,前記第1記載のマンションAにおいて,被告人両名を恐れる余
り被告人両名の指示に逆らえない状態にあったG(当時10歳)をしてFの頸部を布製の
帯状の紐で絞め付けさせ,上記同様の状態にあった別紙1「被害者目録」記載の甲女
(当時13歳10か月)をしてFの両足首辺りを押さえさせ,被告人BがFの両腕を押さえ,
よって,そのころ,同所において,同児を窒息死させて殺害した。
第10 G事件(殺人)
 被告人両名は,共謀の上,D・E夫婦の長女であるG(当時10歳)を殺害しようと決意
し,平成10年6月7日ころ,前記第1記載のマンションAにおいて,Gを仰向けにしてそ
の両手両足をすの子に帯状の紐で縛り付けた上,電気コードの針金に装着した金属製
クリップで同児の身体を挟み,同電気コードの差込プラグと,家庭用交流電源に差し込
んだ延長コードの差込口とを接触させて,同児の身体に通電する暴行を加え,さらに,
被告人両名を恐れる余り被告人両名の指示に逆らえない状態にあった別紙1記載の甲
女(当時13歳11か月)をして,被告人Bと共にGの頸部を布製の帯状の紐で絞め付け
させ,よって,そのころ,同所において,同児を電撃死又は窒息死させて殺害した。
第11 甲女事件(監禁致傷)
 被告人両名は,共謀の上,平成14年2月15日午前5時ころ,別紙1「被害者目録」記
載の甲女(当時17歳)の手首を?むなどして,同女を前記第8記載のマンションBに連れ
込んだ上,引き続き,同所において,同女に対し,「今度逃げたら,お父さんのところに
連れて行くよ。簡単なことなんぞ。」,「逃げても,探偵を使って探し出すよ。見付けたら打
ち殺すよ。」などと申し向け,同女に命じて,「生活養育費として被告人Bから借用した2
000万円につき,利息と元金最低5万円の合計金額を毎月支払う。逃走した場合借用
金は4000万円になる。」旨の金銭借用証書を作成させ,同所において,電気コードの
針金に装着した金属製クリップを同女の身体にガムテープで固定するなどし,同電気コ
ードの差込プラグと,家庭用交流電源に差し込んだ延長コードの差込口とを接触させ
て,同女の身体に通電し,さらに,同月19日ころ,前同様の方法で同女の身体に通電
し,同女の腕,太股を数回足蹴にし,「血判状を書いてもらわないといけんね。カッターで
指を切って,血で『もう逃げません。』と書いて。切らんのやったら,電気を通すよ。」など
と申し向け,同女をして自らその右手示指をカッターナイフで切らせ,その血で「もう二度
と逃げたりしません。」などと書いた誓約書を作成させ,「5分以内に右足親指の爪を剥
げ。」,「あと1分しかないぞ。」などと申し向け,同女をして自らラジオペンチでその右足
親指の爪を剥離させ,同女の首を洗濯紐で絞め,その後も連日のように,同所におい
て,前同様の方法で同女の身体に通電するなどし,よって,同月15日午前5時ころから
同年3月6日午前6時ころまでの間,上記一連の暴行,脅迫により,同女が同所から脱
出することを著しく困難にして同女を不法に監禁し,その際,上記一連の暴行により,同
女に対し,同日以降の加療に約1か月間を要する右側上腕部打撲傷皮下出血,頸部圧
迫創及び右側第1趾爪甲部剥離創の傷害を負わせた。
【証拠】(省略)
【事実認定の補足説明】
第1部 本件各犯行に至るまでの経緯等
第1 被告人Aと被告人Bが知り合い交際した経緯(甲56,241ないし248,29
1,310,311,318,335,339,340,354,355,357,480,490ないし492,
494,496,497,乙110,111,296ないし299,被告人B8,11,30,34,35,6
0回,被告人A14,15回)
 1 被告人Aと被告人Bは,A高校の同級生であり,高校時代に個人的な交流はなかっ
たが,卒業後の昭和55年夏ころ,被告人Aが卒業アルバムを見て被告人Bに電話をか
けて連絡を取ったことをきっかけに,二人で会って話をするようになった。
 被告人Aは,昭和57年1月25日,かねて交際していたH(以下,「前妻」という。)と結
婚したが,同年10月ころ,被告人Bと肉体関係をもった。被告人Bはそのころから被告
人Aに好意を抱くようになり,たびたび被告人Aからの連絡を受けて被告人Aと会い,交
際を密にしていった。
 2 被告人Bは,被告人Aが既に結婚していた上,自分は農業を営むB家の長女であ
り,養子をとって家を継がなければならない身だと考え,両親等もそのように期待してい
たため,当初被告人Aとの結婚は考えていなかったが,被告人Aは,被告人Bに対し,
「妻とは仲が悪い。好きで結婚した訳じゃない。別れる準備をしている。妻は自分(被告
人A)の財産を目当てに離婚に応じない。事業を起こすときに妻の父に多額の支援をし
てもらったので,別れたいけど別れられない。」,「(被告人Bを)愛している。(被告人B
が)家の犠牲にされるのはおかしい。家を出られないなら,自分が仕事を辞めて養子に
行く。」などと話したため,被告人Bの被告人Aに対する恋愛感情は次第に真剣なものと
なり,被告人Aとの結婚も考えるようになった。
 3 被告人Bは,昭和59年秋ころ,叔母Iに,「妻子ある男性と交際している。」などと被
告人Aとの交際を打ち明けた(甲335)。そのことから,両親のBとCは被告人Bと被告
人Aの交際を知るに至り,妻子ある男性との交際は問題があるなどとして交際に反対し
た。被告人Bは,同年夏ころ,被告人AをBとCに引き合わせたところ,Bは,被告人Bと
被告人Aの交際に賛成しなかったが,Cは被告人Aと懇意になり,親族らに対しても被告
人Aを評価する言葉を口にするようになり,被告人Aと被告人Bの交際に強く反対しなく
なった(甲339,被告人A14回53ないし85項等)。
 4 被告人Bは,被告人Aとの間で,被告人Aと被告人Bが婚約しできるだけ早く結婚
することなどを確認する旨の婚約確認書(昭和59年8月29日付けと同年10月29日付
けの2通)を作成するなどした(甲241,242)。
 ところが,被告人Aは,昭和59年秋ころから,被告人Bが友人に被告人Aとの交際を
話したことや,Cが興信所を使って被告人Aの身上等を調査したことなどを理由として,
被告人Bに対し,「お前のせいで妻に交際がばれた。お前のせいで結婚できなくなった。
お前のせいで俺の人生は滅茶苦茶になった。」,「どうして俺を疑うんだ。俺を愛していな
いのか。俺のことを信用していないのか。」などと責めるようになった。さらに,昭和59年
11月ころから,被告人Bの過去の男性との交際や交遊関係等を執拗に問い詰めなが
ら,「(被告人Bが)自分を信用していない。」などとして,被告人Bに対し,身体を殴打し
たり足蹴りしたり,頭髪をつかんで振り回したりするなどの暴力を振るうようになった。被
告人Bは,「何とかして被告人Aに自分を信用してもらいたい。自分が被告人Aに信用さ
れないのは自分が悪いからだ。」などと考え,被告人Aの暴力や被告人Aから言われる
ことを黙って受け入れ,また,被告人Aから言われるままに,親戚や友人に執拗に嫌が
らせの電話をかけるなどし,自ら親戚や友人との関係を絶っていった。
 被告人Aは,昭和59年終わりころ,被告人Bの男性関係を追及するなどし,「自分を信
用して欲しい。」と言う被告人Bに対し,「本当に自分に対して愛情があるのなら,身体に
印を付けてもいいだろう。」などと言い,これを受け入れる態度を示した被告人Bの右胸
に煙草の火を近づけ,火傷の痕で「被告人A」と刻した。また,被告人Aは,そのころ,被
告人Bの右大腿部に安全ピンと墨汁で「被告人A」と入れ墨をした。
 5 被告人Bは,①被告人Aから,「被告人Bのせいで人生を駄目にした。」などと責め
られたり,暴力を振るわれたりしたこと,②被告人Aに自分の気持ちを理解してもらおうと
自分なりに必死に努めたが,被告人Aの態度が変わらなかったこと,③被告人Aとの交
際を親族らに受け入れてもらえず,また,自ら親族や知人との関係を絶ち,孤立感を深
めていたことなどから,一人思い悩むようになった。被告人Bは,肉体的にも精神的にも
疲れ果て,「自分などいなくなった方がいい。」などと思い詰め,昭和60年2月初めころ,
勤務先の幼稚園で貧血で倒れた(甲491,492)。そして,同月13日,自宅で睡眠薬数
錠を服用した上,左手首を切って自殺を図った。しかし,被告人Bは病院に搬送され一
命をとりとめた(甲480)。
 6 被告人Aは,昭和60年2月15日,被告人Bを病院から連れ出して,福岡県三潴郡
o町所在の自己が経営する有限会社B(以下,「B社」という。)の従業員用のアパート
(以下,「o町のアパート」という。)に連れて行った。被告人Aは,同所で,被告人Bに対
し,いきなり顔を殴りつけ,「自殺は狂言だろう。自殺すると関係者が疑われ警察に呼ば
れる。」などと責めるとともに,「残された家族がどんな思いをすると思うか。」などと諭す
ように言った。被告人Bは,このときから,被告人Aに対し,それまでの愛情に加えて,被
告人Aが人間的に自分より大きな存在であるとの敬意さえ覚え,自分の生き方は間違っ
ていたなどと考えるようになった。被告人Bは,ますます被告人Aに惹かれていき,両親
と暮らす気はなくなり,被告人Aと一緒に生きていこうと考えるようになった。被告人B
は,BやCの反対を押し切って,そのままo町のアパートに住むようになり,昭和60年2
月28日ころには勤務先の幼稚園も退職した(甲491,492)。
 7 被告人Bは,実家を離れて被告人Aとの交際を続けるために,昭和60年3月,被
告人Aと共に実家を訪れ,CとBに対し,実家と絶縁したい旨を申し向けた。BやCは,当
初,被告人Bの絶縁に反対したが,被告人Bは,「念書をもらえなければまた自殺する。
ソープで働く。」などと申し向けて絶縁を求め,被告人Aも,「自殺するような人をおいて
おくのは迷惑だけど,このまま放っておいたらまた自殺するかもしれないし,もっと堕落
する。被告人Bは私の言うことはよくきくので,私に預けていただければ責任は持ちま
す。」などと申し向け,強く絶縁を求めたので,BとCは,「被告人Bとの縁を切り,今後一
切,被告人Bとは関わりを持たない。」旨記載した書面(甲243ないし246)を作成し,被
告人BはBの戸籍から分籍した。
 8 被告人Aは,昭和60年4月ころ,被告人Bをo町のアパートから,被告人B名義で
借りた福岡県久留米市p町所在のアパート(以下,「p町のアパート」という。)に移らせ,
自らは同県柳川市所在のB社の事務所兼自宅に住み,p町のアパートを2日に1回くら
いの割で訪れた(被告人A14回210ないし223項)。被告人Bは,p町のアパートにおい
て,仕事をせず,被告人Aに養われて生活していた。被告人Bは,被告人Aの計らいを
有難く思い,被告人Aに対する愛情を深めた(乙297ないし299)。被告人Bは,被告人
Aから外出を控えるように指示され,他人との接触が殆どなくなったが,そのような指示
も自分のための助言だなどと理解して,それに従った。
 9 他方で,被告人Bは,被告人Aとの交際に理解を示さない親族らに対し,不満や反
発を感じたが,被告人Aは,そのころ,被告人Bを煽り,そそのかすなどして,被告人Bを
して,親族や知人らに対し,執拗に脅しや嫌がらせの電話をかけさせた(甲311,318,
335,354,355,357,491,492,乙296,被告人B30回446ないし463項)。
 10 小 括
 以上のとおり,被告人Bは,昭和60年ころには,被告人Aに対し,「被告人Aが自分に
は不釣り合いなほど大きな存在である。」との尊敬や憧れの念を抱き,被告人Aの暴力
さえも自分への愛情や優しさの表れと受け取るほど深く心酔した。
 被告人Bは,自殺未遂後,被告人Aに対する愛情を一層深め,被告人Aと一緒に生き
ていきたいと強く考えるようになったが,他方で,親族らが世間体を気にするなどして被
告人Aとの交際を理解せず,これに反対する,あるいは,快く思わないとし,親族らに対
しては不満や反発の念を抱くようになった。被告人Aは,そのような被告人Bを煽り,そ
そのかすなどして,被告人Bをして,親族らに嫌がらせの電話をかけさせて離間させ,実
家からも絶縁させた。
 もっとも,被告人Bは,形式的には実家と絶縁したものの,その後も,実家を頼り続け,
BやCらとも何度か会い,同人らに対し,金を無心したり,B社のために寝具の購入や借
金を依頼したりするなどし,BやCも親としての愛情からこれに応じるなどした(被告人B
34,35回,乙297ないし299)。
第2 B社の経営の実態及び被告人AがB社を破綻させ逃走した経緯等(甲
404ないし446,494,613,614,乙111,被告人A14回263ないし277項)
 1 被告人AによるB社の経営とその実態
 (1) 被告人Aは,昭和56年5月ころ,福岡県柳川市内でB社を設立し,自らが実質的
な経営者となり,J(以下,「J」という。),K(以下,「K」という。)らを従業員として布団販
売業を営んだ。被告人Aは,従業員らに指示し,親戚や知人に電話をして面会し,「会社
が潰れそうなので助けてくれ。」などと頼み込んで泣き落としたり,これを断られると因縁
を付けて脅したりして,高価な布団を強引に売り付けさせた。被告人Aは,このような強
引な方法で,従業員の親戚や知人等に対し,代金回収の見込みの有無に関わらず高
額な寝具を購入させて販売実績を伸ばし,設立後一,二年間は毎月1000万円くらいを
売上げた。しかし,寝具を購入させる親戚や知人等が乏しくなり販売実績が上がらなくな
ったことや,顧客のローン又は立替金の支払が滞り信販会社から加盟店契約を解除さ
れたことなどから,昭和59年ころからB社の経営は傾いた。
 (2) 被告人Aは,販売実績が上がらなくなると,従業員らをして,その親戚や知人等に
頼み込み,実際には布団を販売していないのに,その名義を借りて信販契約を締結さ
せたり(以下,「名義貸契約」という。),架空人名義で信販契約を締結させたり(以下,
「架空人名義契約」という。)して売上を仮装した上,信販会社に対しては,従業員に自
己又は親戚や知人名義で多額の借金をさせるなどして金を工面させ,ローン又は立替
金の支払をさせるようになった。
 (3) また,被告人Aは,B社と加盟店契約を締結していた信販会社の柳川営業センタ
ー所長であったLを,頻繁にB社の事務所に呼び付けて接待し,昼間から飲酒させてそ
の姿を写真やビデオに撮影して弱みを握り,Lに対し,「写真を本社に送る。」などと脅し
た上,同信販会社がB社の顧客の信用審査を甘くしたりB社関係の信販契約の決裁を
早くしたりするように働きかけた。
 (4) 被告人Aは,Jの依頼により名義貸契約の保証人となったM(以下,「M」とい
う。),Jの依頼により信販契約を締結した後にクーリングオフで解約したN(以下,「N」と
いう。),Nの依頼により名義貸契約を締結したO(以下,「O」という。)らに対し,同人ら
の行為により会社が損害を被ったなどと因縁を付け,同人らをB社の事務所などに寝泊
まりさせて従業員として稼働させ,布団を親戚や知人に売り付けさせたり,名義貸契約
や架空人名義契約を締結させるなどした。
 (5) 被告人Aは,昭和60年4月ころ,銀行から父親名義で約5000万円の借金をして
B社の事務所兼自宅ビルを新築し,複数の女性と交際するなどの派手な生活をしてい
たが,B社の経営はますます苦しくなり,多額の借金を重ねた。被告人Aは,B社の資金
繰りのために,従業員らに指示して,名義貸契約や架空人名義契約を繰り返させ,ま
た,従業員ら自身や親族,知人名義で複数の金融機関等から多額の借金をさせ,B社
の債務の支払に充てさせた。
(6)被告人Aは,昭和61年ころから被告人BをB社で事務員として稼働させるようにな
り,被告人Aの前妻と共にB社の事務所兼自宅ビルに居住させた。被告人Bも,被告人
Aのために役に立ちたいとの思いから,B社のために,自ら複数の金融機関から多額の
借金をしたほか,両親や親族らに対し,金を無心したり寝具の購入や名義貸契約を締結
させたりした。
 2 被告人Aが従業員らに暴行,虐待を加え,従業員らを支配した状況
 (1) 被告人Aは,B社の事務所等で,Kと共に,M,N及びOら従業員らに対し,販売実
績が上がらないなどの理由で,手拳,電話帳,バット等で殴る,足蹴りするなどの暴行を
加えたほか,正座させた状態で足を踏み付ける,喉に手刀を打ち付ける,「四の字固め」
をかける,指を反らす,白米やインスタントラーメンだけの食事を強いる,大量の白米を
無理に食べさせる,食事時間を制限する,3日間くらいの絶食を強いる,水風呂に入れ
るなどの暴行や虐待を,日常的に繰り返した。被告人Bも,被告人Aや被告人Aの指示
を受けた従業員から暴力を振るわれたが,被告人Aの指示を受けたときはそれに従い,
従業員らに対し暴行や虐待を加えた。
 (2) また,被告人Aは,昭和60年5月ころ,NがOに対し電気コードを二股に割き,む
き出しにした針金を腕等に当てて通電したと聞き知るや,自らも同様の方法で,N,M,
Oら従業員らに対し,その手足,胸,背中,肩,顔面等に通電したり,従業員ら相互に通
電させたりするようになった。
 (3) 従業員らは,被告人Aを怖れ,常に被告人Aの機嫌を窺って行動するようになり,
また,被告人Aが従業員相互に暴力を振るわせたり,互いに監視させたりしたことから,
従業員らは相互不信に陥り,互いに密告を怖れて共同して被告人Aに反抗することがで
きなかった。このように,B社の従業員らは被告人Aに逆らうことができず,被告人Aは従
業員らを意のままに従わせて支配した。
 3 従業員らの離反とB社の破綻,柳川市内からの逃走
 (1) B社の従業員らは,このような被告人Aの暴力等に耐えかね,昭和59年10月こ
ろにはJが,昭和60年8月ころにはMが,昭和61年4月ころにはKが,昭和63年5月こ
ろにはNが,次々にB社から逃走したため,B社には被告人両名とOしかいなくなった。
 (2) 被告人Aは,B社の経営が不振となり資金繰りに窮すると,P(以下,「P」とい
う。),Qらの知人等に対し,「借金を肩代わりしてやるから金を貸して欲しい。」,「返済は
こちらでするから金を貸して欲しい。」などと甘言を用いて騙したり,「会社に対する債務
を連帯保証した。」などと一方的な理由を付けたりして多額の金を要求し,知人等をし
て,自己又はその親戚や知人名義で消費者金融会社等から繰り返し借金をさせた上,
これらをすべて被告人両名に交付させた。その際,被告人Bは,被告人Aの指示を受け
て,知人等に働きかけて借金をさせたり,知人等から現金を受け取ったりして積極的に
協力した。
(3)また,被告人Aは,Oの実家に相当の財産があることを知り,Oに指示して,たびた
び実家から送金を受けさせ,平成4年12月上旬ころまでの間,Oから多額の現金を受
け取った。
 (4) さらに,被告人両名は,B社の資金繰りに窮し,共謀の上,①平成4年7月1日,P
の母に対し,B社がPに対し貸金を有している旨を申し向け,その借金の肩代わり名下
に,Pの母から約352万円をだまし取った詐欺事件,②同月31日,C信用金庫D支店に
押し掛けて約束手形の支払猶予を迫り,同支店職員に対し,共同して脅迫し,器物を損
壊した暴力行為等処罰に関する法律違反事件を敢行し,①につき平成7年7月31日,
②につき平成5年6月4日に,それぞれ福岡県柳川警察署による指名手配を受けた(甲
439)。
 (5) 被告人Aは,平成4年8月ころ2度目の手形不渡りを出し,B社を破綻させると,債
権者や警察の追及を逃れるため,平成4年10月上旬ころ,被告人B,Oを伴って,いっ
たん石川県七尾市内に逃走したが,すぐに福岡県久留米市内に戻り,北九州市内に来
た(乙111,被告人A14回264ないし277項)。
第3 被告人両名の北九州市内での逃走生活(甲423,447ないし450,452
ないし456,458ないし461,乙29,108,111,被告人B9,11回,被告人A14,15
回等)
 1 被告人両名は,前記第2のとおり,B社を破綻させて多額の借金を負うとともに,B
社の従業員らに暴行や虐待を繰り返したり,知人等から多額の金を騙し取ったりした挙
句,共謀の上での詐欺及び暴力行為等処罰に関する法律違反の各罪を犯したことで,
警察に追われる身になった(後に指名手配された。)。そこで,被告人両名は,債権者に
よる追及,B社で重ねた悪事の発覚や警察による逮捕を免れるために,前記各犯罪の
時効期間が経過するまで警察の追及を逃れて生活しようと考えた。そのため,被告人両
名は,人目を避け,自ら仕事をして金を稼ぐこともせず,適当な金づるを捜し,これに可
能な限りの金を提供させて生活資金や逃走資金にしようと考えた。かくして,被告人両
名は,B社の従業員であったO,被告人Aの交際相手であったR(以下,「R」という。),A
(以下,「A」という。),乙女らに甘言を弄して接近し,これを取り込み,同人らに多額の
金を提供させて生活することになった。(乙29)
 2 被告人両名は,平成4年10月10日ころ,北九州市a区内の不動産会社E(以下,
「E社」という。)の従業員であったAの仲介で,同区st丁目所在のアパートE(以下,「ア
パートE」という。)を賃借し,Oと3人で共同生活をするようになった。しかし,被告人両名
がOに対し暴行や虐待を繰り返したため,Oはこれに耐えかね,平成5年1月中旬ころ,
アパートEから逃走した(甲423)。
 3 Rを金づるとして利用した経緯等
 (1) 被告人Aは,昭和60年ころ,Rと交際していたが,同女は,昭和63年11月8日に
Sと結婚し,その実家で暮らし,平成3年10月27日,三つ子を出産した。
 (2) 被告人両名は,Oが逃走したことや,被告人Bが平成5年1月24日に長男を出産
したことなどで生活費等に窮したことから,再びRに接近し,被告人Aに好意を寄せるR
から,同年1月19日から同年4月2日までの間,4回にわたり,合計240万円を入手し
た(甲447・11頁)。
 (3) 被告人両名は,平成5年4月6日ころ,Aの仲介によりR名義で賃借した北九州市
a区qr丁目所在のマンションFに転居した。
 (4) 被告人Aは,平成5年4月下旬ころ,Rをそそのかし,三つ子を連れて家出させ,同
月20日ころAの仲介によりR名義で賃借した北九州市b区s町所在のマンションGに居
住させた上,被告人両名も同室に転居した。
 (5) そして,被告人両名は,Rをして,同女の父や別居中の夫に三つ子の養育費等の
名目で金を無心させ,平成5年6月10日ころから同6年3月9日ころまでの間,合計11
40万円をRを通じて受け取った。その間の同5年7月13日には,Rを別居中の夫と協議
離婚させた。
 (6) 平成5年10月29日,マンションGに居たRの次女(当時3歳)が急死したことから,
被告人両名は,急きょRらと共に,マンションGから北九州市a区tu丁目所在のマンショ
ンHに転居し,同年11月ころ,Rに対し,同女の残る2子を久留米市内の託児所に預け
させた上,同女の元夫に引き取らせた。
 (7) 平成6年3月31日,Rは大分県の別府湾で溺死した。
 (8) 被告人両名は,Rの死亡につき警察から事情聴取を受けることなどをおそれ,平
成6年4月,かねてAの仲介により賃借していたマンションIに転居した。
第2部 A事件
第1 検察官,被告人A弁護人及び被告人B弁護人の各主張並びに争点
 1 検察官
 被告人両名の行為は殺人の実行行為に当たり,かつ被告人両名には殺意があったか
ら,殺人罪が成立する。
 (1) 被告人両名は,Aを金づるとして利用するために接近し,取り込んだ上,その自由
を制約して支配下に置き,同人に対し,通電したり食事制限を課したりするなどの暴行,
虐待を繰り返し,平成8年1月上旬ころには,同人を医師による適切な治療を要する重
篤な状態に陥らせた。
 (2) それにもかかわらず,被告人両名は,その後も,Aに対し,浴室に閉じ込めたり,
過酷な食事制限を課したり,通電したりする暴行,虐待を加え続け,同人を肝機能障害
又は腎機能障害等による多臓器不全により死亡させた。
 (3) 被告人両名が平成8年1月上旬ころからAに対して行った前記のような暴行,虐待
行為は,殺人の実行行為に当たる。また,被告人両名には,Aに対する殺意(確定的殺
意)が認められる。
 2 被告人A弁護人
 被告人両名の行為は殺人の実行行為に当たらず,かつ被告人両名には殺意及び共
謀がなかった。
 (1) 被告人両名は,Aを金づるとして利用したことはなく,その自由を制約して支配下
に置いたことはない。Aに対し,通電するなどの暴行,虐待を加えたことはあるが,被告
人両名はAの生命を侵害するほどの行為をしていない。また,Aに対しては十分に栄養
のある食事を与えた。被告人両名の行為によって,Aが医師の治療を要するような重篤
な状態に陥ったことはない。
 Aは,死亡直前ころ,医師の治療を要する重篤な状態に陥っていたとする点は争う。被
告人Aにはその認識もない。
 (2) Aの死因は不明であり,被告人両名がAに対し行ったとされる種々の行為とAの死
亡との間の因果関係も不明である。
Aが肝機能障害又は腎機能障害等による多臓器不全により死亡した点は争う。
 Aは,浴室で転倒して左頭部を壁及び床に強打したこと,あるいは,Aがかねて患って
いた脳疾患が悪化したことによって死亡した可能性がある。
 (3) 被告人両名に殺人罪はもちろん,傷害致死罪も成立せず,せいぜい傷害罪が成
立するにとどまる。
 3 被告人B弁護人
被告人両名の行為によってAを死亡させたことは認めるが,被告人両名には殺意及び
共謀がなかったので,殺人罪は成立せず,傷害罪若しくは傷害致死罪が成立するにと
どまる。
 (1) 前記1(1)と同旨
(2) Aは死亡前日まで十分な食欲があり,下痢,嘔吐,腹痛等も見られず,同人が衰
弱その他の原因で死亡するような様子はなかったから,被告人Bには,Aが死亡するま
で,同人が医師の治療を要する重篤な状態に陥っていたとの認識はなかった。
 4 争 点
 A事件に関する検察官,被告人A及び被告人Bの各主張の要旨は前記1ないし3のと
おりであるから,本件の主な争点は次の4点である。
 (1) Aの死因とその機序
 (2)被告人両名の行為とAの死亡との因果関係,及び被告人両名の行為は殺人の実
行行為に当たるか。
 (3)被告人両名に殺意があったか。
 (4) 被告人両名の共謀関係の存否,内容
第2 A事件に関する判断の全体構造
 1 被告人両名がAと知り合ってからAが死亡するまでの経緯についての被告人A,被
告人B及び甲女の各供述状況 
(1)前記の各争点を判断するための前提事実となる,被告人両名がAと知り合い,北
九州市a区cd丁目e番f号所在のマンションA(以下,「マンションA」という。)で同居する
ようになり,AがマンションAで死亡するに至るまでの経緯,その間の被告人両名とAと
の関係,マンションAでの生活の実態等に関する事情を認定する。
 ところで,前記の事情を詳細に知る者は,Aが同居してから死亡するまでの間を通じて
マンションAで同居生活をしていた被告人A,被告人B及び甲女だけであり,同人らの各
公判供述は前記の事情を認定する有力な証拠となり得る。その他には,前記の事情を
認定し得る有力な証拠はない。
 (2) そこで,被告人A,被告人B及び甲女の各供述を極大まかに要約してみると,被告
人Bは,「被告人Aは,Aを金づるとして利用するために接近し,取り込んだ上,その自由
を制約して支配下に置き,同人に対し,通電したり食事制限を課したりするなどの暴行,
虐待を繰り返し,同人を重篤な状態に陥らせた挙句,死亡させた。」旨供述するのに対
し,被告人Aは,「Aを金づるとして利用したことはなく,その自由を制約して支配下に置
いたことはない。Aは自分の自由な意思で被告人両名と同居していた。Aに対し,通電す
るなどの暴行,虐待を加えたことはあるが,それによってAが重篤な状態に陥ったことは
ない。」旨供述しており,両供述は大きく相反している。そして,甲女は,「被告人両名
は,Aを意のままに従わせ,同人に対し通電したり食事制限を課したりするなどの暴行,
虐待を繰り返し,同人を重篤な状態に陥らせた挙句,死亡させた。」旨供述しており,細
部についてはともかく,大筋においては被告人Bの供述に沿う供述をしている。
 2 A事件の詳細な経緯等を認定するための方法
 前記のような本件の証拠構造の特質及び被告人A,被告人B及び甲女の各供述状況
に照らし,A事件の詳細な経緯等の認定は,次の方法で行う。
 (1) まず,争いが少なく,客観的証拠,甲女以外の第三者の供述調書,被告人A,被
告人B及び甲女の各公判供述等によって容易かつ明らかに認められる前提事実を認定
する。
 (2) 次に,前記(1)で認定した前提事実に基づいて,動かし難く,かつ本件に特徴的な
事情として何が浮かび上がってくるか,すなわち前提事実が指し示す方向性を明らかに
する。
 (3) さらに,前記(1),(2)を重要な基礎として,被告人A,被告人B及び甲女の各公判供
述の内容について検討する。そして,いずれが前記(2)に符合するかを検討し,基本的な
信用性を判断した上,これに基づき更に詳細なA事件の経緯等を認定する。
第3 A事件に関する前提事実
次の事実は争いが少なく,前掲関係の捜査報告書,捜査関係事項照会回答書,検証
調書等の客観的証拠,甲女以外の第三者の供述調書並びに甲女,被告人A及び被告
人Bの公判供述等によって,容易かつ明らかに認められる事実である。
 1 被告人両名がAと知り合い,マンションAに同居させるに至った経緯等
 (1) 被告人両名がAと知り合った経緯等(甲135,136,167,168,被告人B9,11
回,被告人A15回等)
 ア 被告人両名は,平成4年10月10日ころ,北九州市内に転居し,アパートEを賃借
した際,これを仲介したE社の営業員であったAと知り合った(甲135,136,167,16
8)。
 イ 被告人両名は,警察の追及を逃れるためには複数の生活拠点を持つ必要がある
との考えから,平成4年10月ころから平成5年10月ころまでの間,被告人Aが被告人B
に指示するなどし,Aの仲介により,北九州市内に他人名義で複数の居室を賃借した
(甲135,136)。
 ウ 被告人両名が居室を賃借する際は,被告人Bが被告人Aの指示を受けてAと交渉
したが,被告人Aは,被告人BからAとの交渉について報告を受けるうち,Aには他人名
義での賃貸借契約の仲介に応じるなど,甘い面があることを知った。
 エ 被告人両名は,Aの仲介で,平成5年11月5日,当時被告人Aが交際していたR
名義でマンションHを賃借し,同所でRと同居していたが,Rは平成6年3月31日大分県
内の別府湾で溺死した。被告人両名は,当時指名手配を受け警察に追われる身であ
り,Rの死亡の経緯等につき警察から事情聴取を受けることなどをおそれたことから,平
成6年4月,マンションHを退去し,x名義で賃借したマンションIに転居した(甲136,被
告人A15回36ないし68項)。
 オ 被告人両名は,Rを金づるとして利用し,同女に金を提供させて生活していたが,
同女が平成6年3月31日に死亡したので,新たに被告人両名の金づるとなる人物を必
要としていた。
 カ Aは,被告人Bに対し,借金を抱えていることを打ち明けたり,「いい金儲けの話は
ないですかね。」などと話しかけ,金銭的に苦境にある旨話していたが,他方で,Aが平
成6年3月ころE社から株式会社F(以下,「F社」という。)に転職するに際し,Aは,「新し
い会社を立ち上げる。自分はE社から引き抜かれた。会社の役員になる。」などと自慢げ
に話したので,被告人Bはこのことを被告人Aに報告した。
 キ 被告人Aは,被告人Bを通じて,自己(被告人A)をAに紹介させ,Aに会った。被告
人Aは,Aに対し,「宮崎」と名乗り(被告人Bは「田中」),「自分はコンピューター関係の
仕事をしている。」などと嘘を言い,コンピューターで競馬の予想をして儲ける投資話を
持ちかけた(被告人A15回69ないし85項)。被告人Aは,その後もAと頻繁に会い,一緒
に飲食するなどして,関係を深めた。
 (2) 甲女をマンションAで同居させるに至った経緯及び状況等(甲11,136,178,被
告人B9,13回,被告人A15回等)
 ア Aは,当時,内妻T(以下,「T」という。),その子供及びAの子である甲女と一緒
に,北九州市a区u所在のマンションJに住んでいたが,被告人Aは,平成6年7月10
日,Aをして,マンションKを賃借させ,同室を競馬予想の事業の事務所にするなどとし
て,コンピューター,ホワイトボード,テーブル等を運び入れるなどした(甲136,被告人
A15回111ないし125項)。Aは,そのころ,上記マンションJを出てマンションKに転居し
た。
 イ Aは,同年10月ころ,甲女を当時同女が通っていた小学校から連れ出してTの下
から引き離し,マンションKで同居させた(甲11)。
 ウ 被告人両名は,平成6年10月ころ,Aから甲女を預かり,A名義(保証人はU《以
下,「U」という。》。のち借主と保証人を入れ替えた。)で賃借したマンションAに転居して
甲女と同居し,Aに対しては,甲女の養育費等の名目で金を要求するようになった。
 (3) 被告人両名がAをマンションAで同居させるに至った経緯等(甲159ないし162,
164,167,169,甲女20,25,31,32回,被告人B9,12,13回,被告人A15回
等)
 ア Aは,甲女が被告人両名と同居するようになってからも,マンションKに単身で住ん
でいたが,被告人Aは,仕事を終えたAを毎日のようにマンションAに呼び寄せ,翌日明
け方ころまで一緒に飲酒して過ごした。
 イ 事実関係証明書の存在・内容及びその作成経緯等
 被告人Aは,Aと飲酒しながら,Aが過去にF社で悪事を働いたことを聞き出すや,それ
らを書面に記載するように申し向け,①平成6年12月18日,「F社の顧客から受け取っ
た消毒代金を着服した。」旨(甲159)の,②同月23日,「F社で発生した窃盗事件の犯
人である。」旨(甲160)の,各事実関係証明書を作成させた。その際,被告人Bもその
場に居合わせて,立会人として事実関係証明書に「確かに話を聞いた。」などと記載して
署名した。
 また,被告人Aは,③平成7年3月22日,甲女をして,「Aが甲女に対し頻繁に性的な
嫌がらせをした。」旨を事細かに記載した書面(ただし,表題上は「事実関係証明書」で
はない。甲162)を作成させた上で,④同月24日,Aをして,「甲女に対して性的いたず
らをした。」旨を自認する事実関係証明書(甲161)を作成させた。
 前記①ないし④の事実関係証明書等の具体的な内容は,別紙3「事実関係証明書一
覧表」のとおりである。
 ウ Aは,平成7年2月16日,F社を退職すると,そのころマンションKを退去し,マンシ
ョンAで被告人両名及び甲女と同居するようになった(甲167,169)。
 2 被告人両名がAに多額の現金を要求して工面させ,これを受け取った状況等(甲4
0,48,88,165,166,168ないし174,176,180,被告人B9,12回等)
 (1) 被告人両名は,Aに対し,甲女の養育費として毎月16万円を要求したほか,Aの
マンションAでの飲食費,生活費等の様々な名目を付けては現金を要求した。Aは,被
告人両名に要求されるままに,次のとおり,親族や知人らから多額の現金を工面して
は,被告人両名に渡した。
 ア 被告人両名は,平成6年7月27日から平成7年7月28日までの間,Aに,消費者
金融会社から,少なくとも24回にわたり合計約184万円を借り入れさせ,これをすべて
受け取った。
 イ 被告人両名は,Aに,F社の同僚であるV(以下,「V」という。)から,①平成6年8月
か9月ころから同年10月ころまでの間,数回にわたり,合計50万円から60万円を,②
平成6年11月ころ,合計200万円をそれぞれ借り受けさせ,これをすべて受け取った
(甲168)。
 ウ 被告人両名は,Aに,実母であるW(以下,「W」という。)に対し借入れを申し込ま
せ,平成6年12月13日から平成7年10月31日までの間,12回にわたり,同人がA名
義の普通預金口座に振り込んだ合計145万5000円をすべてAから受け取った(甲16
5,180)。
 エ 被告人両名は,平成7年4月28日から同年10月16日までの間,Aに,実父であ
るXから,8回にわたり,合計約423万円を借り受けさせ,これをすべて受け取った(甲1
71ないし173)。
 オ 被告人両名は,Aに,姉であるUに対し借入れを申し込ませ,平成7年7月5日から
同年9月21日までの間,3回にわたり,同人がA名義の普通預金口座に振り込んだ合
計15万5000円をすべてAから受け取った(甲165)。また,Aに,平成7年10月下旬
か11月上旬ころ,Uから40万円を借り受けさせ,これを受け取った(甲40,170)。
 カ 被告人両名は,Aに,高校時代の同級生であるY(以下,「Y」という。)に対し借入
れを申し込ませ,平成7年4月10日から同年9月21日までの間,3回にわたり,同人が
A名義の普通預金口座に振り込んだ合計22万円をすべてAから受け取った(甲165)。
 キ 被告人両名は,平成7年11月17日ころ,Aに,当時Yの妻であった乙女から,現
金40万円を借り入れさせ,これを受け取った(甲176)。
 ク 被告人両名は,平成7年12月11日ころ,Aに,元勤務先のG社の同僚であったZ
(以下,「Z」という。)から,10万円を借り受けさせ,これを受け取った(甲174)。
 (2) Aは,平成7年11月ころWから70万円の借金の申込みを断られ(甲180),平成
7年12月ころYから借金の申込みを断られるなどし(甲88),次第に借金を申し込む相
手を失い,同年12月11日ころ,Zから10万円を工面したのを最後に,親族や知人らか
らの借入れが絶えた。
 (3) 以上のとおり,被告人両名が,Aをして消費者金融会社,親族,知人から借入れを
させ,Aから受け取った現金の総額は,少なくとも約1083万円であった。
 (4) なお,Aには,Tと暮らすようになった平成4年5月ころ,銀行,消費者金融会社等
から,既に合計700万円くらいの借金があった(甲48)。
 3 Aの親族,知人らが認識したAの様子,金の無心,Aとの最終接触状況
 (1) T(甲48,178)
 ア Tは,Aの元内妻であり,平成4年5月3日から一時期,3人の子供と共にA及び甲
女と一緒に暮らした。Aは,平成6年3月ころからF社に勤務し,午前8時前ころ出勤し,
午後9時過ぎには帰宅し,生活態度は真面目だった。Aは,Tの子供らに対しては甲女
に対してと同様に優しく接し,休日には一緒に遊んだり食事に連れて行ったりした。A
は,健康で表情も生き生きとしており,言葉もはっきり話していた。服装やかつらの手入
れもきちんとしていた。
 イ Aは,平成6年4月ころから,「宮崎」(被告人A),「田中」(被告人B)と付き合うよう
になり,同人らが毎日のように自宅に来たり,同人らと居酒屋で飲食したりするようにな
った。Aは,平成6年6月ころ,「宮崎さんたちと一緒にパソコンを使って競馬の予想をし
て儲ける会社を始める。」などと言って,マンションKを賃借した。Tは,そのころ,Aから,
「パソコンで競馬の予想をする会社を作るから金が要る。」などと頼まれ,Aに30万円を
渡してやったり,「パソコンが必要だ。」と言われ,Aに70万円くらいのパソコンを購入し
てやったりした。
 ウ その後の平成6年7月初めころから,Aの様子が突然おかしくなった。Aは,午前5
時か6時ころまで帰宅しないことが多くなり,目は充血し,表情がきつくなったが,朝まで
帰宅しない理由は何も言わなかった。また,Aは,Tに対し,「お前は自分の子供ばかり
可愛がる。俺の子供と差別している。お前は腹の底で何を考えているのか分からん。裏
で何をしよるか分からん。お前は腹黒い女よ。」などと大声で怒鳴りつけるようになった。
また,服装やかつらの手入れもしなくなり,一見してだらしない格好をするようになった。
このような状態が毎日のように続き,Tとの関係は悪くなり,平成6年7月末ころ,Aは甲
女を連れてT宅を出て行った。
 エ Tは,平成6年12月末ころ,Aから電話で頼まれて,F社の事務所にいるAに弁当
を届けた。このときAは顔に血の気がなく,目は充血し視線が定まらず虚ろであり,全く
覇気がなかった。服装もかつらも手入れしておらず,だらしない格好をしていた。その後
はAとの接触や連絡はない。
 (2) V(甲168)
 ア VはAのE社(F社の前の勤務先)時代の同僚であった。Aは,温厚で人当たりがよ
く,付き合いやすい人柄だった。Aは,E社の営業社員として勤務していたが,勤務態度
は真面目であり,欠勤や遅刻はなく,営業成績も良かった。Vは,AとともにF社を設立
し,平成6年3月下旬ころから業務を開始した。
 イ 平成6年初めころから,「田中」と名乗る女性(被告人B)が,E社やF社にAを訪ね
て来たり,電話をかけてきたりした。Aは,平成6年5月か6月ころ,マンションKを賃借し
たが,そのことにつき,「Tと喧嘩したから寝る場所として借りた。」,「コンピューターに詳
しい男を住まわせている。」などと言っていた。Aは,平成6年5月か6月ころ,突然,Vに
対し,「コンピューターを使って競馬の予想をする。」,「コンピューターにものすごく詳しい
男がいる。絶対儲かるから投資しないか。」などと投資話を持ちかけてきたが,Vはこれ
を断った。
 ウ Aは,平成6年8月か9月ころ,目の下に隈を作って出勤してくるなど,おかしな様
子がみられた。VがAにわけを尋ねると,Aは,「寝ていない。Tともめている。Tが自分の
借金を肩代わりしたが,Tから借金を返せと言われている。ヤクザを入れて脅されてい
る。だから,その金を貸してくれないか。」などと言った。VがAから借金を申し込まれた
のはそのときが初めてだった。Vは,Aに対し,数回にわたり合計50万円ないし60万円
を貸した。Aは,平成6年11月ころも,Vに対し借金を申し込んだので,Vが「いくらあれ
ば借金の問題は解決するのか。」と尋ねたところ,Aが「200万円」と答えたので,Vは,
平成6年11月15日,Aに対し,和幸ファイナンスから借り入れるなどして用意した200
万円を貸してやった。Aは,F社を辞めるまでは,Vに対し,毎月7万円を現金で返済して
いたが,その後は,A名義で現金が送金されてきたり,Vの銀行口座に振り込まれたりし
て,平成11年3月まで毎月7万円が返済されていた。
 エ Vが最後にAに会ったのは,平成7年夏ころ,Aが自分宛てに届いた郵便物をF社
に取りに来たときである。その後はAとの接触や連絡はない。
 (3) U(甲40,170)
 ア UはAの姉である。平成6年夏より後で平成7年夏より前,Aから,「200万円の借
金をするからy君(Uの当時の夫)に保証人になってもらいたい。俺が自分で返せるから
心配しなくていい。誰にも迷惑をかけない。」などと頼まれ,夫に相談することなく同人を
保証人にすることを了解した。
 イ Uは,平成7年10月21日,ファミリーレストランでAと被告人Aに会った。その後の
平成7年10月下旬か11月上旬ころ,Aから電話があり,「どうしても金が要るから40万
円貸してくれ。」と頼まれた。その後2回に分けて20万円ずつを振り込んだ。その後は,
Aとの接触や連絡はない。
 ウ 平成9年8月上旬ころ,被告人両名及び甲女から,AのVに対する借金の返済を依
頼され,155万円を受け取り,平成11年3月まで,Vに毎月7万円を振り込み返済して
いた。
 (4) W(甲33,180)
 ア WはAの実母である。Aは甲女と一緒にTと同居していた。Tは甲女を自分の子供
のように可愛がっており,甲女もTを慕っていた。Aは健康であり,明るく優しい性格だっ
た。
 イ Aは,突然Tと別れ,その後しばらくして何度か金を無心するようになったが,その
理由は言わなかった。Wは,Aの頼みに応じて,平成6年12月13日から平成7年11月
2日までの間,12回にわたり合計145万5000円をAの口座に振り込んだ。Aがそれま
でに金を無心したことはなかった。
 ウ Wは,平成7年11月2日より後,Aから電話で呼び出され,小倉駅付近の喫茶店
で会ったが,その際,Aは,Wに対し,金の使途は言わずに,「70万円貸して。誰か工面
つかんやろか。どうかならんやろか。」などと何度も頼んだ。Wは,そのときははっきり断
らずにAと別れたが,その後Aから電話があり,「あんた,約束したのに嘘言って。人に恥
かかせて。」などと文句を言われた。その後はAとの接触や連絡はない。
 (5) Y(甲88)
 ア Yは乙女の元夫であり,Aの高校時代の同級生である。平成7年になってAから突
然連絡があり,Aが週1回くらいY宅を訪れて飲食するようになった。Aは老け込み,やつ
れた様子だった。「福岡市に住み,空調関係の仕事をしている。」と言っていた。「村上」
と名乗る男(被告人A)を連れてきて,「元京都大学の教授で,今は自分と一緒に空調関
係の設計をしている。」などと紹介し,その後も何度か被告人Aを交えて飲食するように
なった。被告人Aは,Aを「所長」と呼び,「所長と一緒に営業して仕事を取っている。」な
どと言っていた。
 イ その後,YはAから借金を申し込まれ,乙女がAに40万円を貸してやった。平成7
年12月ころ,Yは,三萩野の居酒屋でA,被告人Aと3人で飲食した。その際,Aが,「事
業の関係で金が要るから,金を貸してくれないか。」などと頼んできた。その後はAとの
接触や連絡はない。
 (6) 乙女(甲176)
 ア 乙女はYの元妻である。Yを通じてAと知り合った。平成7年11月17日より前ころ,
Aは,乙女に対し,「とても苦労している。苦労してこんなに髪が薄くなった。」などと言
い,自分でかつらを外したことがあった。
 イ 乙女がAと最後に会ったのは,平成7年12月終わりころ,被告人Aを交えて3人で
レストランの駐車場で会ったときである。乙女は,被告人Aに対し,「Yと離婚したいので
相談に乗って欲しい。」旨を話したところ,被告人Aは,「知り合いに弁護士がいるからい
つでも相談に乗ってあげる。」などと言い,Aは「何かあったら村上に相談するといい。」
などと言っていた。Aは,寒い時期なのに薄手のジャンパーを着ていた。その数日後の
平成7年12月終わりころ,乙女はAから電話を受け,「村上の父親が癌で倒れて入院し
たので,村上は広島の実家に帰った。村上から,しばらく会えないと伝えてくれと言われ
た。」と言われた。その後はAとの接触や連絡はない。
 ウ 平成8年1月下旬ころ,被告人Aとデートしているとき,被告人AにAの所在を訪ね
たところ,被告人Aは,「所長は彼女ができた。今は福岡にアパートを借りて彼女と一緒
に住んでいる。」と言った。その後,被告人Aは,乙女に対し,「所長から脅されている。
所長から,二人が付き合っていることをYにばらすと言われて600万円要求されてい
る。」などと言ったので,乙女はそのとおり信じ込んでいた。
 4 甲女の小学校への登校状況等(甲50ないし52)
 (1) 甲女は,マンションAに転居する前の小学一,二年生時は,おとなしく目立たず,
学力も平均的な児童であり,欠席も特に多くなかった(1年生時は出席すべき日数238
日のうち12日欠席,2年生時は出席すべき日数212日のうち3日欠席。甲50)
 (2) 甲女は,小学4年生時の平成6年10月20日にH小学校からI小学校に転校した。
甲女は,小学四,五年生時は,おとなしかったが,気の合う友達とは楽しそうに過ごし
た。甲女は,学校での生活態度に特に問題はみられず,学習態度はよく,理解力もあっ
たが,非常に欠席が多かったため(4年生時の10月20日から3月までの間,37日を欠
席し,5年生時の平成7年4月から平成8年3月まで,出席すべき日数215日のうち90
日を欠席した。),成績は芳しくなかった。甲女は,授業中よく眠たそうにしていた。
 (3) 甲女の父親(A)は,下校時刻につき異常にうるさく,毎日連絡帳に下校予定時刻
を記載するように求めるなどした。甲女が欠席するときは必ず父親が電話で連絡してき
た。父親は頻繁に学校や担任教師の自宅にまで電話をかけ,下校時刻をしつこく尋ね
たり欠席の連絡をしたりした。甲女も常に下校時刻を気にしている様子だった。
 (4) Aは,4年生時の平成6年11月ころも5年生時の平成7年4月も,担任教師の家
庭訪問を断り,学校で担任教師と面談した。その際,Aは,甲女のことを,「嘘をついたり
万引きをしたりする。」などと悪く言った。
 (5) Aは,担任教師に対し,「学校に甲女の住所等を問い合わせる者がいても,答えな
いで欲しい。」などと言った。
 (6) 平成7年4月中旬か下旬ころ,甲女の祖母と「前の母親」が学校を尋ねてきたが,
担任教師はAから言われていたとおり,甲女とは面会させなかった。その後の4月26
日,甲女の祖母と「前の母親」が再び学校を訪れたが,そのときはAが学校に来て,祖
母や「前の母親」と話した。
 (7) 甲女は,家庭のことを語りたがらない様子であり,担任教師が尋ねても笑って答え
ないような態度をとった。
 5 AのマンションAでの生活の実態,Aに対する暴行,虐待(甲128,乙18,被告人B
9ないし13回,甲女20ないし25,27ないし33回,被告人A15ないし19回等)
 (1) マンションAの間取り等
 マンションAは,別紙4「マンションAの現場見取図」のとおり,6畳の北側和室,6畳の
南側和室,台所,洗面所,浴室,土間等の各部屋から成る賃貸住宅(マンション)の一室
である。被告人両名は,北側及び南側和室と台所の窓全面を遮光カーテンや布で覆
い,玄関の覗き窓は内側から鍋敷き布で覆い,新聞受け取出口は段ボール,ガムテー
プ等で目張りをしていた(甲128)。
 (2) 被告人両名がAに対し暴行や虐待を加えるようになった状況
 ア 被告人両名は,Aが同居するようになった平成7年2月ころから同人が死亡した平
成8年2月26日ころまでの間,Aに対し,事ある毎に,身体に通電したり,食事,姿勢,
睡眠及び排泄等,生活全般にわたり制約を課したりするなどの暴行,虐待を加えた(な
お,被告人両名による暴行,虐待の具体的な方法,態様,頻度等については,被告人
A,被告人B及び甲女の各供述が食い違う部分も少なからずあるが,被告人両名がAに
対し暴行,虐待を加えたこと自体については,各供述は一致している。)。
 上記Aに対する暴行,虐待の具体的内容及び方法は,概ね次のとおりである。
 (ア) 身体に通電する。
 被告人両名は,電気コードを二股に割き,その針金の各先端に金属製の鰐口クリップ
(以下,「クリップ」という。)を取り付けたものを作り,Aを立たせ,又はそんきょの姿勢
(尻を床に付けないでつま先立ちでしゃがんだ状態)をとらせた状態で,クリップをAの身
体(手足,手足の指先,乳首,顔面すなわち,顎,眉,唇,頬,耳等)の2か所に取り付
け,その電気コードのプラグと家庭用コンセントに接続した延長コードのプラグの差込み
口を瞬時に接触させる方法で通電し,これを断続的に繰り返した。通電の理由はささい
な事柄であり,Aが横着な態度をとったり(口答えをする,口数が多い等),被告人Aが決
めたルールを破ったりすると,一方的に説教したり質問したりしながら通電した。また,
暗にAに金を要求しながら,あるいは,Aが被告人Aの要求どおりに金を支払わないこと
を理由にして,Aに対し通電した。
 (イ) 栄養ドリンクの空き瓶で脛等を叩く。
 (ウ) 身体をペンチで挟んだりつねったりする。
 (エ) 身体を手拳で殴打したり,甲女に噛み付かせたりする。
 (オ) ベニヤ板等で「領土」と称するものを作り,台所でのAの居場所を狭い「領土」の上
に制限し,そこ以外では台所の床に尻を付けて座ることを許さず,そんきょの姿勢を強
いる。また,長時間にわたる起立を強いる。
 (カ) 自由に食事をさせず,食事の内容や回数等(具体的には後記のとおり争いがあ
る。)を厳しく制限し,粗末な食事を与え,しかも短い制限時間を課してその時間内にす
べて食べさせる(以下,「食事制限」というときは,上記のような内容をすべて包含す
る。)。
 (キ) Aの就寝場所を制限し,マンションAの玄関の土間,台所に設置した木材を組み
合わせて作った箱様の工作物の中,浴室等で寝かせる。なお,マンションAには和室が
南北に2室あり,うち1室は被告人両名が使うとしても,他の1室をA親子に提供すること
は可能であった。
 (ク) 平成7年12月終わりころAをマンションAの浴室内で寝かせるようになってから
は,浴室内だけでの起居を強いた。浴室の出入口ドアには掛け金を取り付け,南京錠で
施錠できるようにした(甲128写真146)。
 (ケ) Aを裸にし,シャワーで冷たい水道水をかける。
 (コ) 毎日三,四時間しか眠らせない。
 (サ) 大便の回数を制限する。また,小便のためにトイレを使用させず,ペットボトルの
容器の中に小便をさせる。
 (シ) 甲女に指示して,Aの身体を叩かせたり噛み付かせたりする。
 イ Aは,以上のように,被告人両名から一方的に虐待や暴行を受けていたが,被告
人両名に対し,逆らったり,抵抗したり,マンションAから逃げ出そうとしたりしたことは全
くなかった。
 6 Aに現れた身体・精神症状等(甲156,619,乙116,被告人B9ないし11,13
回,甲女20,22,23,26,28,29回,被告人A15ないし19回,a58回等)
 (1) 痩せ
 ア A(昭和36年12月13日生)は,平成2年6月12日ころ,身長が163.8センチメ
ートル,体重が60.5キロくらいであり,平成2年11月7日ころ,体重が60キロくらいで
あり,健康状態は良好であった(甲619)。
 イ Aは,平成6年末ころ,丸顔で太り気味の感はあるものの,表情は生気はつらつと
しており,食欲旺盛で健康状態に特に異常はなかった。
 ウ しかし,Aは,被告人両名と同居するようになってから痩せていき,平成7年夏ころ
には,外見上も明らかに分るほどひどく痩せた。
 (2) 平成8年1月上旬ころからのAの心身の状態
 ア 平成8年1月上旬ころ撮影されたAの写真(甲156写真1ないし9)から窺える当時
のAの心身の状態は,次のようなものである。
 (ア) Aは,すのこの上でそんきょの姿勢をとり,両手を膝の上に置いている。右手には
包帯と見られる布片が巻かれている。
 (イ) その表情を見ると,頬がこけ,眼窩部は窪んで隈ができており,生気がなく,目は
虚ろである。
 (ウ) 甲156写真1ないし7(平成6年6月27日ころから平成7年2月26日ころにかけて
撮影)と同写真8・9(平成8年1月上旬ころ撮影された写真)を比較すると,平成7年2月
26日ころから平成8年1月上旬ころまでの約10か月間で,Aが急激に著しく痩せたこと
が,外見上も明らかである。顔面の痩せの進行の程度からすると,身体全体も急激に痩
せたことが窺える(甲156,a58回)。
 (エ) 四肢露出部には大小の淡暗赤褐色の変色部が見られ,顔色が悪く(顔色が悪い
のは,シャツの襟首から見える前・左側頚部の皮膚色と比べても明らかである。),暗褐
色調を呈しており,左上肢には浮腫状の腫脹が見られる。
 イ また,Aには,平成8年1月上旬ころ,両腕が上がりにくい,身体の動作が緩慢,異
常な言動をする,言葉が出にくいなどの異常な症状が現われていた。
 7 Aの死亡時の状況(被告人B10ないし13回,被告人A18,19回等)
(1) Aは平成8年2月26日ころマンションAで死亡した。
 被告人両名は,同日,Aが浴室内で大便をしたことに気付いたので,午後4時か4時3
0分ころ甲女が学校から帰宅すると,甲女に浴室内を掃除させた。甲女は,浴室の床に
敷いてあった雑誌を袋に入れて片づけたり,床や壁をシャワーで洗い流したりして浴室
を掃除していたところ,Aは,浴室内で,あぐらをかいたまま上半身を前屈させ,額を床
に着けた状態で動かなくなり,突然いびきをかき始め,死亡した。
 (2) 人が死亡直前にいびきをかく現象が見られるのは,重篤な受傷又は疾病により生
命機能が極度に低下し,舌根部が沈下することによるものであるところ(もっとも,特定
の死因とは結びつかない。a58回267ないし270項),前記のようなAの死亡前後の状態
及びその経過等に照らすと,Aは,いびきをかき始めた時点で既に生命機能が極度に
低下しており,間もなく死亡したと認められる。
 8 死体解体状況(省略)
 9 A死亡後の状況
 (1) 被告人両名は,平成11年3月まで,Vに対し,AがVから借りた200万円の返済を
続け,毎月7万円をA名義で送金したり銀行口座に振り込んだりした(甲168,189)。
 (2) 被告人両名は,平成14年2月15日ころ,甲女に指示して,「平成8年2月26日マ
ンションAで実父のAを殺意をもって殺害した。」旨の事実関係証明書を作成させた(甲1
8,163,654)。
第4 A事件に関する前提事実が指し示す方向性
 1 前記第3の前提事実によると,A事件について,次のような事情が,動かし難く,か
つ特徴的な事情として,浮かび上がってくるというべきである。
 (1) Aは,平成6年10月から甲女を被告人両名のもとに預け,平成7年2月からは勤
務先を辞めて自らもマンションAで被告人両名と同居するようになったが,Aは無職にな
った上,既に多額の借金を抱えていたのに,消費者金融会社,親戚,知人らから更に多
額の借金を重ねた上,工面した金をすべて被告人両名に渡したものであり,これ自体極
めて不自然である。
 (2) 事実関係証明書は,その存在自体はもとより,その内容,体裁を見ても,極めて
異常なものであるが,Aはこのような事実関係証明書を被告人Aに指示されるままに作
成し,被告人両名に保管させた。事実関係証明書の記載内容は,いずれもAにとっては
極めて不名B,不利益で,他人には決して知られたくない個人的な秘事である。それに
もかかわらず,Aは自らそのような事実を,被告人両名の面前で,詳細に生々しく告白し
ているが,このような事実を他人の面前で話すだけでなく,それを詳細に記載した書面
を作成して他人に預けておくこと自体が極めて異例であり,通常考えられないことであ
る。また,事実関係証明書の末尾には,Aの署名,押印がなされ,甲女や被告人Bも立
会人として署名するなどしており,作成の真正や内容の正確性を殊更に強調するような
体裁がとられていることは,いかにも不自然さを感じさせる。そうすると,事実関係証明
書は,Aが自由な意思で作成したものとは到底考え難く,被告人AがAに強制的に作成
させたもので,Aは自己の意思に反して事実関係証明書を作成したことが強く推認され
る。
 (3) 被告人両名は,Aに対し,長期間にわたり,一方的に身体に通電するなどの凄惨
な暴行や生活全般にわたる不条理な虐待を日常的に繰り返した。
 (4) Aは,被告人両名と同居するうちに,急激な痩せ,四肢の変色痕,浮腫,顔色が悪
い,腕が上がりにくい,動作が緩慢,異常言動,言葉が出にくいなどの身体,精神の異
常な症状が外見上顕著に現われた。
 (5) Aは被告人両名に抵抗したり被告人両名のもとを離れようとしたりする態度を全く
示さず,死亡するに至るまで被告人両名との同居を続けた。
 (6) 被告人両名は,Aの死亡後,Aの死体を解体して処分し,Aが死亡した痕跡を徹底
的に消し去り,Aの親戚,知人に対しては,Aが生きているかのように装った。
 2 前記1のような事情のもとでは,Aにとって被告人両名との同居生活は何の利益も
なく,ただ苦痛に満ちたものでしかなかったはずであり,Aが自ら被告人両名との同居生
活を続けることを望んだとは到底考えられない。そうすると,マンションAでの同居生活
は,被告人両名がAに強制したものであり,Aは被告人両名に逆らうことが著しく困難な
状況に陥っていたため,死亡するまで被告人両名のもとを離れることができず,自己の
意に反して被告人両名のもとでの過酷な生活を続けざるを得なかったことが強く推認さ
れる。
第5 A事件に関する被告人A,被告人B及び甲女の各公判供述の基本的
な信用性の検討 
 1 以上のA事件に関する前提事実(前記第3)及び上記前提事実が指し示す方向性
(前記第4)を重要な基礎として,A事件に関する被告人A,被告人B及び甲女の各公判
供述の基本的な信用性を検討する。そして,上記前提事実が指し示す方向性に沿い,
これと同一方向の供述は基本的に信用性が高い。すなわち,A事件に関する前提事実
から浮かび上がる動かし難くかつ特徴的な事情を正面から受け止め,その背景,経緯,
状況及び結果等の詳細について,自己に不利益な事実を含め,有りのままを具体的か
つ率直に供述し,供述に変遷が少なく,A事件の真相の解明を前進させることとなる供
述は,基本的に信用できるといわなければならない。
 他方,上記前提事実が指し示す方向性に反し,これと方向性を異にする供述は基本
的に信用性が低い。すなわち,上記A事件の動かし難くかつ特徴的な事情を正面から
受け止めず,その背景,経緯,状況及び結果等の詳細について,具体的かつ率直に供
述せず,自己に不利益な事実を供述するのを避け,あるいはこれを曖昧にしたり,歪曲
したりする傾向があり,供述に変遷が多くて,A事件の真相の解明を遠ざけることとなる
供述は,基本的に信用し難いといわなければならない。
 2 被告人Bの公判供述について
 (1) 被告人Bの公判供述の概略は,次のようなものである。
 ア 被告人両名は,北九州市内に転居してから,賃貸住宅を仲介したAと知り合った。
被告人Aは,被告人Bを通じて何度かAと交渉を重ねるうち,Aは金の誘惑に弱く,金の
ためなら多少の悪事もしかねないようないい加減さがあることに目を付け,Aを金づると
して利用することを目論んだ。被告人両名は,Aに対し,嘘の儲け話をもちかけるなどし
て関心を引き,Aと頻繁に飲食して話をするうち,Aが過去に勤務先の金を横領したこと
などを聞き出した。被告人Aは,Aを取り込むために,Aに働きかけ,当時同居していた
内妻と別れさせ,甲女を被告人両名に預けさせてマンションAで同居させ,その養育費
名目等でAに多額の金を要求した。また,Aを追及して過去に犯した悪事等を告白させ,
それらを書面に記載させて事実関係証明書を作成させ,それを被告人両名に預けさせ
て弱みを握った。Aは,被告人両名に対して全く逆らわず,被告人両名の意のままに従
うようになった。Aは,平成7年2月ころ,勤務先を辞めてマンションAで被告人両名や甲
女と同居するようになった。
 イ 被告人Aは,Aに対し種々の名目を付けては多額の金を要求し,Aに親族や知人
から借金をさせては,その金を受け取った。また,被告人Aは,マンションAにおいて,A
に対し,事ある毎に,ささいなことに理由を付けて,身体に通電するなどの暴行を加え,
食事,姿勢,睡眠及び排泄等,日常生活のすべてにわたり不条理な制限を課するなど
して虐待した。
 ウ Aは,遅くとも平成8年1月上旬ころには,著しく痩せる,腕が上がりにくい,異常な
言動をする,動作が緩慢,言葉が出にくい,常に無表情でいるなどの異常な症状が見ら
れるようになった。しかし,被告人両名は,その後も,Aに対し,通電したり,一日中浴室
内に閉じ込めたり,食事制限を課したりするなどの暴行,虐待を続けた。
 エ Aは,同年2月26日ころ,浴室で大便をしたので,浴室を掃除するため一旦台所に
出されたが,再び浴室内に戻されると,間もなくあぐらをかいたまま身体を前屈させた状
態で動かなくなり,死亡した。
 (2) 以上の被告人Bの公判供述は,A事件の動かし難くかつ特徴的な事情を正面から
受け止め,その背景,経緯,状況及び結果等の詳細について,自己に不利益な事実を
含め,有りのままを具体的かつ率直に供述している。捜査及び公判段階を通じ,供述の
変遷が少ない。したがって,被告人B供述はA事件の真相の解明を前進させるものであ
り,基本的な信用性が高い。
 3 甲女の公判供述について
 (1) 甲女の公判供述の概略は,次のようなものである。
 ア 甲女は,平成6年10月ころから,当時同居していたAの内妻のもとから離され,マ
ンションAで被告人両名と同居させられた。Aは,毎日仕事を終えるとマンションAに来て
被告人両名と飲食して話をするなどしたが,被告人両名に対しては頭が上がらず,被告
人両名の言いなりになった。被告人両名は,Aが常に着用していたかつらを外させ,Aか
ら過去に犯したという悪事等を聞き出し,それを理由にAを通電するなどしながら責め,
過去に犯したという悪事等を書面に記載させた。被告人Aは,甲女に対しても,Aの欠点
や悪事を見付け出して報告するように強制し,甲女を脅し,ときには嘘の報告をもさせ
て,そのことを理由にAを責めた。Aは,平成7年2月ころ,勤務先を辞め,マンションAで
被告人両名や甲女と同居するようになった。
 イ 被告人Aは,Aに対し,親族や知人から借金をさせた。
 ウ 被告人Aは,マンションAにおいて,Aに対し,事ある毎に,ささいなことに理由を付
けて,身体に通電するなどの暴行を加えたり,食事,姿勢,睡眠及び排泄等,日常生活
のすべてにわたり不条理な制限を課するなどして虐待した。
 エ Aは,遅くとも平成8年1月上旬ころには,著しく痩せる,腕が上がりにくい,異常な
言動をするなどの異常な症状が見られるようになった。しかし,被告人両名は,その後
も,Aに対し,通電したり,一日中浴室内に閉じ込めたり,食事制限を強いたりするなど
の暴行,虐待を続けた。
 オ Aは,同年2月26日ころ,浴室で大便をしたので,甲女が浴室を掃除していたとこ
ろ,浴室内であぐらをかいたまま身体を前屈させた状態でいびきをかき出し,そのまま動
かなくなり死亡した。
 (2) 以上の甲女の公判供述は,同人がAと共にマンションAに居住させられ,被告人
両名によるAに対する暴行,虐待を間近で観察し,自らも被告人両名による暴行,虐待
を受けたという立場を反映して,A事件の動かし難くかつ特徴的な事情に完全に一致す
る。被告人両名の行為を弾劾する立場から,その背景,経緯,状況及び結果等の詳細
について,自己に不利益な事実を含め,有りのままを具体的にかつ鋭く供述している。
捜査及び公判段階を通じ,供述の変遷が少ない。したがって,甲女供述は,A事件の真
相の解明に寄与するものであり,基本的な信用性は高い。
 4 前記2,3によれば,被告人B及び甲女の各公判供述は基本的に信用することがで
きる。したがって,Aは,おおよそ被告人B及び甲女が供述するような経過で死亡するに
至ったことが強く推認される。
 5 被告人Aの公判供述について
 (1) 他方,被告人Aの公判供述の概略は,次のようなものである。
 ア Aが同居した経緯
 被告人両名は,賃貸住宅を仲介したAと知り合った。被告人Aは,Aと交渉を重ねてい
た被告人Bを通じて,Aの金回りがよくなったように聞いたので,Aに対し競馬の予想をし
て儲ける投資話を持ちかけるなどし,頻繁に会って飲食するなどして親しくなった。そう
するうち,Aは,被告人Aに対し,「子供がいると煩わしい。一人で住みたい。女性を部屋
に呼べない。」などと言い,甲女を預かって養育してくれないかと持ちかけてきたので,
被告人両名は甲女を預かりマンションAで同居させることにした。被告人両名は,Aに対
し,養育費,生活費等の名目で多額の現金を要求して金を工面させ,これを受け取っ
た。Aは,仕事を終えると毎日マンションAに来て被告人両名と飲食するなどして過ごし
たが,被告人Aは,Aと話をするうち,Aから,過去に勤務先の金を横領したなどと聞いた
ので,Aが悪事を繰り返せば,被告人両名も警察から事情を聞かれるなどして巻き添え
になるおそれがあることや,Aに反省を促す必要があることから,Aをして,過去に犯した
悪事等を書面に記載させ,事実関係証明書を作成させた。その際,被告人両名がAに
対し通電等の暴行を加えて強制したことはなく,Aは自分で納得して事実関係証明書を
作成し,被告人両名に預けた。Aは,平成7年2月ころ勤務先を辞めると,マンションAで
被告人両名や甲女と同居するようになった。
 イ Aに対する暴行,虐待の内容,方法,態様,程度 
 被告人両名は,マンションAにおいて,Aに対し,通電するなどの暴行,虐待を繰り返し
た。被告人両名がAに対し通電するなどの暴行を加えたのは,Aが口で注意しても言う
ことを聞かなかったので,AにマンションAで生活する上での規則を守らせる必要があっ
たからである。また,被告人両名がAに対し生活,行動の全般にわたり種々の制約を課
するなどしたのは,被告人両名は警察からの逃走生活を送っていたので,生活に規律
が必要だと考えたからである。Aもそのことを納得して通電を受けたり種々の制約に服し
たりした。
 被告人両名は,Aが同居するようになってから,Aに対し,食事として,めん類(ラーメン
かうどん)1杯,ご飯400から500グラム,生卵1個,キャベツ茶碗1杯を与えたが,平
成7年8月か9月ころから死亡するまでの間は,「栄養満点スペシャルメニュー」と称し
て,毎日,カロリーメイト三,四箱分,バナナ二,三本,牛乳300㏄,砂糖大さじ一,二
杯,レバンコンクキャップ1杯を与えた。Aはそれでいいと納得して食べた。
 ウ Aの心身に現れた症状
 Aは痩せ,心身に異常が現れた。Aの体重は,同居開始ころは約78キロくらいであり,
平成7年8月か9月ころには約50キロくらいに減ったが,死亡するころには約63キロま
で回復した。また,Aは,平成7年12月ころから,異常な言動が見られるようになり,常
に酔っ払ったような状態で言葉もはっきり言うことができず,まっすぐ歩けないような状態
になった。
 エ Aが被告人両名との同居を続けた理由
 Aは,死亡するころまで,自分(A)の意思で被告人両名との同居生活を続けた。その
理由は,Aは,F社で窃盗をし,また,借金を抱えてもいたので,マンションAにいれば自
分の所在が警察や債権者に分からないだろうと考えたことや,知人から金を借りるため
に被告人Aの知恵を利用したいと考えたことから,被告人両名との同居生活を続けるこ
とを望んだためである。
 オ Aの死亡時の状況
 Aは,平成8年2月26日ころ,浴室内で大便をした。被告人Aは,甲女が帰宅すると,
甲女に浴室を掃除させた。Aは,甲女が浴室内の掃除をする間,浴室内で立っており,
被告人Aと話をしたが,突然倒れ,左側の壁に頭をぶつけ,その後前向きに倒れた。A
は倒れた後一旦自分で立ち上がり,浴室出入口の方に向かってこようとしたが,しゃが
みこんで前屈みになり,額を洗面所の床に付け,大きないびきをかき始めた。被告人A
は,被告人Bと共にAを台所に運び,しばらく様子を見たが,15分くらい経つと,いびき
が止まり,Aは死亡した。
 (2) 被告人Aの公判供述の信用性について
被告人Aは,Aと知り合い,AがマンションAに同居するようになってからマンションAで
死亡するに至るまでの間,被告人B,A及び甲女とマンションAで生活を共にしたのであ
るから,その間,Aの身に何が起きたのかを直接間近で目撃したはずであり,その真相
を具体的かつ合理的に説明することを当然期待できる立場にある。
ところが,被告人Aの公判供述は,前記A事件の動かし難くかつ特徴的な事情を正面
から受け止めたものとはいえない。すなわち,その背景,経緯,状況及び結果等の詳細
について,自己に不利益な事実を含め,有りのままを具体的にかつ率直に供述している
とはいえない。そして,①Aが甲女を被告人両名がいるマンションAに同居させ,法外と
思われる多額の養育費等をAに要求しながら,上記同居の理由について,被告人AはA
は一人で気楽にマンションKに住みたかったからである旨の現実離れした供述をしてい
ること,②Aが過去に犯した悪事等を内容とする事実関係証明書は,その内容に照ら
し,Aがその作成,保管に任意に応じたとは到底考えにくいのに,被告人AはいずれもA
が納得して作成に応じ,被告人両名に預けた旨供述していること,③被告人両名がAに
対し加えた暴行,虐待は,その内容,方法,態様及び程度に照らし,およそ何らかの規
律維持のための合理的なものであったと考える余地などない理不尽なものであったの
に,被告人Aはそれらは逃走生活上必要な規律維持のためであった旨供述しているこ
と,④被告人Aは,上記暴行,虐待につき,Aは納得して受けた旨供述していること,⑤
被告人両名がAに与えた食事は栄養のバランスを欠いた極めて粗末なものであるの
に,被告人AはAは納得して食べた旨供述していること,⑥Aに与えた食事について,被
告人Aは「栄養満点スペシャルメニュー」などと,誇張した,あるいは茶化すような呼称を
して憚らないこと,⑦平成7年12月ころからAの心身に異常な症状が現れたことを自認
しながら,死亡直前には体重が大きく回復したなどと医学上考え難い内容の供述をして
いること,⑧AにとってマンションAで被告人両名と同居することは苦痛でしかなかったは
ずなのに,被告人AはAは警察や債権者からの追及を避けるには都合が良いとして,上
記生活はAが望んだものである旨供述していること,⑨被告人AはAは死亡当日浴室で
転倒して頭を打った旨,傍らにいた被告人B及び甲女が全く供述していない内容の供述
をしていること,以上のような諸点に照らすと,被告人Aの公判供述は,自己に不利益な
事実を供述するのを避け,あるいはこれを曖昧にしたり,歪曲したりする傾向が強いとい
わなければならない。ただし,A事件に関する限り,捜査及び公判段階を通じ,供述の変
遷は少ない。
 A事件(後記B一家事件も同様である。)のような物的証拠に乏しく,事実認定の主要
な部分を関係者の供述に頼らざるを得ない事件においては,供述の信用性の比較検討
が極めて重要であり,その際,供述者の供述態度の真摯性,換言すれば,自己に利益
か不利益かにかかわらず,とにかく自己の記憶に忠実に供述しようとしているか否か,
という点の比重が極めて高くなるのは必然であるから,被告人Aの公判供述に指摘され
る前記の問題点は,供述の信用性を損なう要素として看過し難い。
以上によれば,被告人Aの公判供述には,A事件の真相の解明を遠ざけることとなる
要素があり,信用性には基本的に問題があるというべきである。
6以上のとおりであるから,被告人Aの公判供述をもって,前記被告人B及び甲女の
各公判供述によって推認されるAが死亡した経過の少なくとも基本部分を覆すことは困
難であるといわざるを得ない。
7もっとも,以上は,A事件に関する被告人A,被告人B及び甲女の各公判供述の基
本的な信用性に関する判断に過ぎない。A事件の争点について判断するためには,前
提事実(前記第3)の認定だけでは足りず,A事件の詳細な経緯等の認定が不可欠であ
るが(後記第6),その際,改めて被告人A,被告人B及び甲女の各公判供述の細部の
信用性の比較,検討が必要になるのである。しかし,それは上記詳細な経緯等の認定
のあと,後記第7において,補足説明をするなかで行う。
第6 被告人B及び甲女の各公判供述に基づくA事件の詳細な経緯等の認

 被告人B及び甲女の各公判供述によると,被告人両名がAと知り合いマンションAで同
居させるに至った経緯,マンションAでの生活の実態,被告人両名がAに加えた暴行,
虐待,Aに現れた症状,Aの死亡時の状況等について,次のとおり認定することができ
る。
 なお,その認定事実のうち,被告人A,被告人B及び甲女の各公判供述が食い違う点
については,必要な限りで,後記第7において,そのように認定した理由を示す。
 1 被告人両名がAと知り合い,マンションAに同居させるに至った経緯等
 (1) 被告人両名がAと知り合った経緯等(被告人B9,11回,被告人A15回等)
 ア 被告人両名は,Aの仲介で,平成5年11月5日,当時被告人Aが交際していたR
名義でマンションHを賃借し,同所でRと同居するようになったが,Rは平成6年3月31
日大分県内の別府湾で溺死した。被告人両名は,当時指名手配を受け警察に追われ
ており,Rの死亡の経緯等につき警察から事情聴取を受けることなどをおそれたことか
ら,直ちにマンションHを退去しようとしたが,退去時に求められる居室の点検への立会
を避けたいと考えた。そこで,被告人Aは,被告人Bに指示し,Aに対し,「謝礼に敷金等
の金を与えるから,被告人両名が退去時の居室点検に立ち会わずに済むように計らっ
てほしい。」などと頼んだところ,Aはこれを了承し,Aの計らいで被告人両名は居室点検
に立ち会うことなく退去することができた。そのようなことから,被告人Aは,そのころ,被
告人Bに対し,「Aは金のためならできる範囲のことはするんじゃないか。」などと話した。
 イ Aは,被告人Bに対し,借金を抱えていることを打ち明けたり,「いい金儲けの話は
ないですかね。」などと話しかけ,金銭的に苦境にある旨話していたが,平成6年3月こ
ろE社を辞めてF社に転職するに際し,Aは,「新しい会社を立ち上げる。自分はE社から
引き抜かれた。会社の役員になる。」などと自慢げに話したので,被告人Bはこのことを
被告人Aに報告した。被告人Aは,Aは金回りが良くなったと感じ,Aを騙して金を提供さ
せようと考え,被告人Bに対しAに虚偽の儲け話を持ちかけるように指示した。
 ウ 被告人Bは,平成6年5月ころ,Aに対し,「一口50万円だが,あなたも一口乗りま
せんか。足りない分は私が出してあげてもいい。」などと虚偽の投資話をもちかけるとと
もに,現金50万円を見せるなどして羽振りが良いように振る舞い,Aから現金30万円を
出させて受け取った。
 エ 被告人Aは,被告人Bに,「この前の30万円の投資の配当には時間がかかるの
で,手っ取り早く儲けたいなら,私よりもいい人を紹介するよ。」などと,自己(被告人A)
をAに紹介させ,Aに会った。被告人Aは,Aに対し,「宮崎」と名乗り(被告人Bは「田
中」),「自分はコンピューター関係の仕事をしている。」などと嘘を言い,コンピューター
で競馬の予想をして儲ける投資話を持ちかけるなどした(被告人A15回69ないし
85項)。
 オ被告人Aは,Aと頻繁に会い,一緒に飲食しながら,Aの仕事振りや私生活等につ
いて詳しく聞き出した。被告人Aは,Aから,勤務先のF社で顧客から依頼された居室の
消毒作業を行わずに,顧客から受け取った代金を着服したことなどを聞き出した。
 (2) 甲女をマンションAで同居させるに至った経緯及び状況等(甲178,甲女20回,
被告人B9,13回等)
 ア 被告人Aは,Aを金づるとして取り込む目的で,Aに働きかけてTに対する不満を煽
り,Tと別れるように唆すとともに,Tを慕っていた甲女に対しても,「Tが嫌いだった。」な
どとTの面前で言わせるなどし,A親子とTを別れさせ,そのころA親子をマンションKに
転居させた。
 イ さらに,被告人Aは,Aを金づるとして取り込むために,Aに対し,当時小学4年生で
あった甲女を被告人両名に預けるように働きかけてこれを承諾させた。
 (3) 被告人両名がAを同居させるに至った経緯及び状況等(甲19,159ないし162,
164,572,被告人B9,12,13回,甲女20,21,25,31,32回等)
 ア 被告人Aは,毎日のように,仕事を終えたAをマンションAに呼び寄せ,翌日明け方
ころまで一緒に飲酒し,Aをおだてるなどして,親密の度を深める一方で,Aから仕事振
りや私生活上の事柄を聞き出した。
 イ 事実関係証明書の存在・内容,作成経緯等
 (ア) 被告人Aは,飲酒しながらAと話をする中で,Aが過去にF社で悪事を働いたことを
聞き出すや,Aの弱みを握り,負い目を負わせ,金づるとして一層強くAを取り込むため
に,これを執拗に問いただし,書面に記載するように申し向け,①平成6年12月18日,
「F社の顧客から受け取った消毒代金を着服した。」旨(甲159)の,②同月23日,「F社
で発生した窃盗事件の犯人である。」旨(甲160)の,各事実関係証明書を作成させた。
その際,被告人Bもその場に居合わせて,立会人として事実関係証明書に「確かに話を
聞いた。」などと記載して署名した。
 (イ) 被告人Aは,甲女に対し,「Aの悪いところを10個書いて報告しろ。そうしないと電
気を通す。」などと言って,Aの欠点や悪事を見付けて報告するように強制し,そのため
のノート(「ちくりノート」)を常に携帯させた。被告人Aを恐れていた甲女は常にAの行動
を監視し,被告人Aに対し,虚偽ないし真偽の疑わしいものを含むAの欠点や悪事を内
容とする報告をした。
 被告人Aは,甲女の報告をもとにしてAを執拗に追及して,Aに「マンションAで被告人
両名のバッグの中から現金を盗んだ。」旨の事実関係証明書を作成させた。その一部始
終は次のとおりである。すなわち,甲女は,被告人Aに対し,「AがマンションAで被告人
両名のバッグから現金を盗んだ。」旨の虚偽の報告をした。被告人Aは,これに基づいて
Aを追及したが,Aは否定した。甲女は,そのとき,嘘を言ったとしてAに左頬を拳骨で殴
られたが,その後,被告人Aは,甲女を浴室に連れて行き,甲女に対し,「嘘をつくなら,
最後までつき通さな。」などと言った。被告人Aは,マンションAの北側和室で,水を入れ
た洗面器を床に置いた上,甲女を正座させて,その顔を洗面器の水に押し付けようとし
ながら,Aに対し,「あんたが言わんとこの子の顔を水につける。」などと,甲女が報告し
たとおり盗みをしたことを認めるように強要したので,Aは,「認めます。」などと答え,被
告人Aのバッグから現金を盗んだことを認めた。
 (ウ) さらに,被告人Aは,平成7年3月22日には,甲女をして,「Aが甲女に対し頻繁に
性的な嫌がらせをしていた。」旨,甲女やAに身に覚えのない事柄を事細かに記載した
書面(甲162)を作成させ,同月24日には,Aをして,「甲女に対して性的いたずらをし
た。」旨を自認する事実関係証明書(甲161)を作成させた。
 (エ) 被告人Aは,被告人Bと示し合わせ,他方,Aにも働きかけて,Aが被告人Bに性
行為に及ぶように仕向けるなどして,強姦未遂事件を仕立て,そのことにつきAを責め
て,「被告人Bに対して強姦未遂を犯した。」旨の事実関係証明書を作成させた。
 ウ 被告人Aは,このように様々の卑劣な手段を弄してAに悪事等を認めさせたばかり
か,殊更に事実関係証明書を作成させて,これを被告人両名が保管し,それをどのよう
に使うかは被告人A次第という状況を作り出した。そして,Aに対し,口止め料,慰謝料
等の名目で,多額の金を要求した。その一方で,被告人Aは,Aと甲女を正面や横から
写真撮影し,同人らに対し,「逃げたら探す。これを警察に出す。」,「やくざを呼んで追い
かけ回す。」などと申し向けて,同人らが被告人両名から逃げないように脅した(甲1
9・16頁,572写真7・8《平成7年2月ころ撮影》。甲女21回128ないし136項,25回412な
いし439項)。これらの結果,Aと甲女は相互不信に陥り,自由に会話ができない状態に
置かれ,互いに気遣い慰め合うなどの親子らしい会話や交流は全くなくなり,常に互い
に不信の目を向け,警戒し合うような非情な間柄になったばかりか,Aは,被告人Aに対
してすっかり頭が上がらず,被告人Aの要求や指示に従わざるを得ない立場に追い込ま
れた。
 エ Aは,平成7年2月16日,F社を退職すると,そのころマンションKを退去して,マン
ションAで被告人両名や甲女との同居を開始した。
 2 マンションAでの同居生活の実態,Aに対する暴行,虐待
 (1) 同居生活の実態(甲128,被告人B10,11,13回等)
 ア 被告人Aは,Aと甲女を被告人両名の住むマンションAに同居させ,Aを金づるとし
て更に強く自らの支配下に取り込むとともに,当時指名手配を受け人目を避けて生活し
ていた被告人両名に代わり,Aに来訪者の応対をさせるなどして,Aを被告人両名の盾
として利用しようなどと企てた。
 イ 被告人Aは,AがマンションAで同居し始める際には,Aの預金通帳(残高は殆どな
かった。)や印鑑を預かり,それらを被告人Bに管理させ,また,Aが持ち込んだ衣類,所
持品,家財道具等は取り上げて換金した。
 ウ 被告人Aは,Aと甲女に対し,被告人両名が指名手配を受け逃走中の身であるこ
とを教えなかったが,Aと甲女の所在について,「住所を教えたら,親族が突然訪ねて来
たりして迷惑なので,教えてはいけない。」などと言って,Aの父母,姉(U),T,知人らに
対しても,これを知らせないように指示した。
 エ 被告人両名は,玄関のドアチェーンのたるみをなくした上,ドアチェーンに南京錠を
かけて施錠し,南京錠を外さなければドアチェーンが外れず,室内からもドアが開かな
いようにした。被告人Bは,マンションAの和室の壁に鍵をかけておくなどして南京錠の
鍵を管理し,必要に応じて南京錠を外して玄関ドアを開け閉めした。被告人両名は,外
部から室内の様子が見えたり声や音が外部に漏れたりしないように,北側及び南側和
室と台所の窓全面を遮光カーテンや布で覆い,玄関の覗き窓は内側から鍋敷き布で覆
い,新聞受け取出口は段ボール,ガムテープ等で目張りした(甲128)。
 オ 被告人両名は,昼間はできるだけ音を立てず,そのため炊事さえ控え,外出しない
ようにして過ごし,来訪者に対しては居留守をつかうなどした。被告人両名は,甲女が登
校した後の午前8時過ぎころから三,四時間眠り,日が暮れてから活動を始めた。買い
物や炊事等の家事は被告人Bの役目であり,被告人Bは夜遅い時間に近くのスーパー
に毎日買い物に出掛けた。外出する際は携帯電話機を使って被告人Aと何度も連絡を
取り合い,警察等の動きを常に警戒した。被告人両名は,殆ど毎日,夜から明け方まで
飲酒した。被告人両名は,当初はAにも一緒に飲酒させたが,平成7年4月ころ(Aを虐
待するようになったころ)から,次第にその量を減らした。
 (2) 被告人両名によるAに対する暴行,虐待(甲128,137,138,156,190,55
4,568,571,572,575,580,582,648,649,乙18,被告人B9ないし13,1
9,20回,甲女20ないし25,27ないし33回,被告人A15ないし19回等)
 ア 被告人両名がAに対し暴行,虐待を加えるようになった状況
 (ア) 被告人Aは,①Aを金づるとして取り込み,意のままに支配し,可能な限りの金を
作らせるため,②指名手配を受け逃走中の身である被告人両名が警察から逃げ切るた
めには,同居者の通報,逃走を防ぐ必要があったため,さらに,③かねて目に付いてい
たAの言動,しぐさ,癖等に不快感や嫌悪感を募らせていたため,Aを同居させた後,遅
くとも平成7年4月ころから,Aに対し,事ある毎に,身体に通電するなどの暴行を加えた
り,食事,姿勢,睡眠及び排泄等,生活全般にわたり常軌を逸した過酷かつ非人間的な
諸々の制約を課して虐待したりするようになった。
 (イ) 被告人Bも,かねてからAに好感を持っておらず,Aと同居する前及び同居後しば
らくの期間,しばしばAを小突いたり叩いたりしたことがあったが,その回数は被告人Aと
同程度であった。被告人AがAに対し通電等の暴行や虐待を加えるようになった後,被
告人Aの指示を受けたときは,唯々諾々とこれに従い,その指示どおりに,何ら手加減
をすることなく,仮借のない暴行や虐待を加えた。自らの意思のみでは,Aに対し,積極
的に通電等の過酷な暴行や虐待を加えることはしなかったが,被告人Aに指示されてA
に通電しているとき,被告人Bの判断でAに通電したことはあった。また,被告人Bは,被
告人AがAに暴行や虐待を加えるときに,被告人Aを制止したり,Aを庇ったりしたことは
全くなく,被告人Aがいないときでも,Aの心身を気遣ったり励ましたりする態度を示した
ことは全くなかった(甲女32回300項)。
 (ウ) Aに対する暴行や虐待は,平成7年6月ころからひどくなった。
 (エ) 被告人Aは,被告人Bが被告人Aの意にかなわない言動をしたときなどは,被告
人Bに対しても,殴る蹴るの暴力を振るったり通電したりしたが,Aと同居していたころ,
通電の回数は平成9年4月以降のそれと比べ少なかった。他方,被告人Aは,被告人
B,A,甲女から,通電等の暴行や虐待を受けたことは全くなく,その地位は常に他の者
に優越し,侵し難いものであった(被告人B10,13回,甲女25回等)。
 イ 被告人両名がAに対し加えた暴行,虐待の具体的状況
 (ア) Aに対し通電した状況(被告人B9,11ないし13回,甲女22,24,25,32回,
被告人A15ないし17,19回,乙18等)
 a 被告人Aは,自ら又は被告人Bに指示して同人に行わせる方法で,Aが同居するよ
うになった平成7年2月ころから,Aに対し通電するようになった。Aに対する通電の継続
時間や回数は次第に増え,同年6月ころからひどくなった。
 b Aに対する通電は,平成7年秋ころ最もひどくなった。そのころ,被告人A及び被告
人Aの指示を受けた被告人Bは,殆ど毎日,午後9時か10時ころから翌日午前4時か5
時ころまで,台所で飲酒するなどしながら,Aを立たせたまま,又はそんきょの姿勢をとら
せた状態で,Aに対し断続的に通電を繰り返した。
 c Aは,顔面に通電されて気絶したことが二,三回あり,そのときは,被告人AがAの
顔を平手で叩いたり,Aに人工呼吸をしたりすることによって,意識を取り戻していた(甲
女22回354ないし359項,28回382ないし398項)。
 d Aは,何度も繰り返し通電を受けるうち,右手人指し指の肉が落ちて骨が見えるほ
どの怪我(火傷)をした。被告人両名は,マキロンやオキシドールを塗るなどしてAの怪
我を治療したが,Aの怪我は死亡するころまで治らなかった(甲156写真8,甲女21,2
8,31回)。
 e 「電気のボクシング」(甲女22回360ないし394項)
 被告人Aは,何度か,「電気のボクシング」と称して,Aと甲女に指示して,被告人Aと被
告人Bの面前で,通電用に加工した電気コードの針金やクリップを握らせた上,互いの
身体に通電し合うことをさせて面白がった。
 f すのこの檻に入れた上での通電等の暴行,虐待(甲女23,25,30回)
 被告人Aは,被告人Bと甲女に手伝わせて,すのこを解体した木材(幅四,五センチメ
ートルくらい)を組み合わせて木ねじで固定し,縦80センチメートル,横50センチメート
ル,高さ90センチメートルくらいの檻を作った。檻の柵には開閉できる出入口を設け,施
錠できるようにした(甲190)。
 被告人Aは,この檻をマンションAの台所に置いておき,何回かAを檻の中に入れ,し
ゃがませて両腕だけを檻の柵の上から出させた状態で,両腕に通電した。Aは通電され
ると腕をはね上げて苦しそうにした。
 Aの腕が不自由になったころ,被告人AはAを檻の中で通電しなくなった。
 g Aに対する通電は,平成8年2月初めころまで続いた。
 (イ) 栄養ドリンクの空き瓶でAの脛等を叩いた状況(被告人B9,11回,甲女24,30
回,被告人A16,18回等)
 被告人Aは,自ら又は被告人Bや甲女に指示して同人らに行わせる方法で,平成8年
2月初めころからAが死亡する二,三日前までの間,通電に代えて,栄養ドリンク(C10
00タケダ,甲580写真17)の空き瓶又は栄養ドリンクの空き瓶に三,四十センチメート
ルの柄を取り付けた道具を使って,Aの足の甲,膝,脛等を続けて何回か叩く暴行を頻
繁に加えた。平成8年2月初めころ,Aに対する通電がなくなり,代わって空き瓶叩きを
するようになったのは,通電するためにはAを浴室から台所に出さなければならないが,
後記第6の3のとおりそのころAに異常な言動が現れていたので,Aを浴室から台所に
出すことに不安があったからである(空き瓶叩きならばAを浴室に閉じ込めたまま行うこ
とができた。被告人B11回130項)。被告人Aは,その都度,叩く理由を付け,被告人B
や甲女に部位,回数等を具体的に指示して,Aを叩かせた。
 (ウ) Aの身体をペンチで挟んだりつねったりした状況(被告人B9回,被告人A16回
等)
 被告人Aは,自ら又は被告人Bや甲女に指示して同人らに行わせる方法で,Aの指や
爪をペンチで挟んだり,手足の柔らかい部分をラジオペンチで挟んだりつねったりした。
被告人Aは,被告人Bや甲女に対し,「ペンチの先端で少しだけつまみ,ねじ切るように
回すように。」などと指示した。被告人Aは,平成8年2月中旬からAが死亡するころまで
の間,「カニの爪」と称する大型のペンチを使い,被告人Bや甲女に対し,「爪をつぶすよ
うな気持ちで挟め。」などと指示し,Aの足の指を上下から強く挟ませた。
 (エ) Aの顔面を手拳で殴打するなどした状況(被告人B9回,甲女20,25,31回,被
告人A16回,乙18等)
 被告人Aは,自ら又は被告人Bや甲女に指示して同人らに行わせる方法で,Aの顔面
を手拳で殴打したり,足を蹴ったりし,また,甲女に指示して,Aの身体に噛み付かせた
りした。
 (オ) Aにそんきょの姿勢や長時間の起立等を強制した状況(被告人B9,19回,甲女2
0回,被告人A16回等)
 被告人Aは,平成7年4月ころからAが死亡するころまでの間,ベニヤ板等で「領土」と
称するものを作り,台所でのAの居場所を狭い「領土」の上に制限し,独特の清潔感か
ら,そこ以外ではAが台所の床に尻を着けて座ることを許さず,そんきょの姿勢を強制し
た。そして,台所を素足で歩くことを禁じ,下駄状の物を履かせた。
 また,被告人Aは,制裁等を理由として,Aに対し,浴室や台所で長時間にわたり起立
し続けることを強制することも多かった。
 被告人Aは,Aと甲女を前記すのこの檻の中に入れ,互いに向き合わせ,あるいは共
に正面を向かせた状態で,長時間の起立を強制した(甲女23,25,30回)。
 (カ) Aの食事を制限した状況(甲648,649,被告人B9ないし12回,甲女21,23な
いし25,27,28,31ないし33回等)
 a 被告人Aは,Aと同居し始めた後,平成7年4月ころから,Aが死亡するまでの間,
被告人Bに指示し,Aに対しては,一日1回,丼に山盛り1杯(多くて3合半くらい,約12
00グラム)の白米を与え(殆ど毎回,ラードを何回か円を描くようにたっぷりかけた。),
時々,うどん(五木のうどん1食分,約200グラム),又はラーメン(マルタイラーメン1食
分,約82グラム)1人前を添えたり,白米に代えてめん類を与えたり,白米やめん類に
卵を添えたりした。肉類,魚類,野菜等の副食は全く与えなかった。被告人Bが被告人A
に内緒でAにおかずを作ったことも全くなかった。Aは深夜午前1時ころから3時ころ食事
を与えられることが多かった。被告人Aが食事内容を決め,その指示に従って被告人B
が食事を用意して盛りつけるなどしてAに与えた(甲女についてもほぼ同じ。甲女21,3
1,32,33回)。
 もっとも,被告人Aは,Aに対し,平成7年9月ころ及び平成8年にそれぞれ何回か,白
米に代えてカロリーメイトを1回につき四,五箱(16本から20本くらい),牛乳,レバンコ
ンク,バナナと混ぜるなどして与えた可能性も否定し切れない。
いずれにせよ,Aの食事は極めて粗末なものであるが,被告人両名がB社の債権者や
警察の追及から逃亡中の身で,無職,無収入であったことを考慮に入れても,被告人両
名がAに通常の食事を与えることができないほど,困窮していたわけではない。現に,A
は平成6年7月から平成7年12月までの約1年半の間に被告人両名に合計約1083万
円以上の多額の現金を渡したのであるから(前記第3の2),その極一部を食事代に回
すだけでも,Aに通常の食事を提供できたことは明らかである。
 b 被告人Aは,マンションAの台所で,Aを「領土」に座らせるか,あるいはそんきょの
姿勢をとらせ,新聞紙や広告紙を敷いた床の上に食器を置いて食事をさせた(浴室で食
事させることもあった。)。被告人Aは,Aの食事時間を10分から15分くらいに制限し,
被告人Bや甲女にキッチンタイマーで時間を計らせて大急ぎで食事をさせた。食事時間
の制限は甲女にもあった。Aが制限時間内に食事を食べきれないと,制裁として通電し
た(甲571写真23《平成7年2月19日ころ撮影》)。
 被告人Aは,Aが制限時間内に食事を食べきれなかった際,丼に残ったご飯の上に山
盛りの塩をかけ,Aに対し,これを急いで食べるように強要し,Aがこれを食べたところ,
口の端からよだれを垂らし気を失ったことがあった(甲女28,29,32回)。
 c 被告人Aは,制裁等の理由により,Aと甲女に食事はもちろん,水さえも与えない日
があった(甲女24回266ないし285項)。被告人Aは,ときには,Aに対し,1週間くらい食
べ物を与えず水だけしか与えなかったり,3日間くらい食べ物も水も与えず完全に絶食さ
せたりした(甲女27回412ないし423項)。
 d 被告人A,被告人B及び長男は,平素,肉類,魚類(焼き魚,煮魚,刺身),野菜等
を食べ,A及び甲女の食事内容を被告人両名の食事内容,特に被告人Aのそれと明ら
かに区別し,Aと甲女には前記のように極めて粗末な食事を与えた(甲女21回355ない
し429項,22回1ないし5項)。食事時間の制限も被告人両名にはなかった。ただし,被告
人Aは,後述のG事件後,被告人Bに対し食事時間の制限を課すようになった(被告人A
16回287項,17回205項)。
 (キ) Aの就寝場所等を制限した状況(被告人B9ないし13,19回,甲女21,22,2
8,29,32回,被告人A18回等)
 a 被告人Aは,平成7年2月ころにAがマンションAで同居するようになった当初だけ
は,Aを和室で寝かせたが,その後間もなく,台所,玄関の土間(玄関の土間にすのこを
敷き甲女と二人で1組の布団を与えて寝かせた。)で寝かせるようになった。平成7年夏
ころからは,台所に設置した,木材を組み合わせて作った箱様の物(「二段ベッド」)の上
段,下段にそれぞれ甲女とAを入れて,外側から施錠し,布団を与えずに寝かせた。そ
の際,被告人Aは,Aのいびきがうるさいとして,通電用の電気コードの先に取り付けた
クリップを,Aの足にガムテープで取り付け,就寝中のAに対しても通電したことがある
(甲女22回68ないし86項,甲582写真3)。さらに,平成7年10月か11月ころからは,
台所に設置した,すのこを組み合わせ,紐で縛って作った囲いの中にAを入れ,体育座
りの姿勢で,両手首を紐で縛り,囲いのすのこにくくりつけて顔面くらいの高さに吊った
状態で寝かせた。Aを「二段ベッド」やすのこの囲いの中で寝かせたころは,Aに掛け物
を与えなかった。
 b 平成7年12月終わりころからAが死亡するまでの間は,Aを浴室内で寝かせた。A
は,浴室の洗い場の上にすのこを敷き,又はすのこの上に更に雑誌を敷いた状態で,そ
の上に寝かされた。掛け物として,平成7年12月終わりころから平成8年1月5日ころま
では毛布が与えられ,同日ころから一時期はコートを掛けることが許されたが,同年2月
初めころからは,何枚かの新聞紙だけが与えられた。浴室の床全面には,雑誌が二,三
冊重ねて敷き詰めてあった。
 c 被告人Aは,平成7年秋ころから死亡するまでの間,AがマンションAで着る物とし
て,長袖カッターシャツ,短いズボン(一時期おむつ),ジャンパーだけを許し,トランクス
は穿かせたが,肌着は与えなかった。裾や袖を長くしておくと汚れて不衛生だとして,常
に裾と袖をまくり上げさせた(甲582写真2,甲156写真8)。
 d 被告人Aは,浴室内の暖房のため,主には布団乾燥機を,何回かはセラミックファ
ンヒーターをマンションAの浴室内に設置したが,セラミックファンヒーターはともかく,布
団乾燥機では浴室は暖まらなかった。被告人Aは,それらを浴室内に設置した際も,A
がスイッチやタイマーを操作することを禁じた。
 e 被告人両名は和室で長男と一緒に布団を敷いて寝,暖房器具として電気ストーブ,
反射式灯油ストーブを使った(甲554,568,572,575)。
 (ク) Aを浴室内に閉じ込めた状況(被告人B9ないし13回,甲女21回等)
 被告人両名は,平成7年12月終わりころAを浴室内で寝かせるようになってからは,A
を通電するために台所に出すときや,被告人両名が入浴するときのほかは,Aを浴室内
に閉じ込めた。
 浴室の出入口ドアには掛け金が取り付けてあり(甲128写真146),掛け金をかけてお
けば,これを南京錠で施錠しなくても,浴室内からは出られなかった(出入口ドアには鍵
がかけられた。甲女21,32回等)。また,浴室の窓には補助錠が取り付けてあり,鍵が
なければ窓を開けられなかった(甲137,138)。
 平成8年2月上旬ころ(被告人両名がAに通電しなくなったころ)からは,被告人両名が
入浴するときのほかは,Aを浴室内に閉じ込めた。被告人両名は,Aが死亡する二,三
日前からは入浴せず,その間Aを浴室内に閉じ込め続けた。
 (ケ) Aに浴槽で入浴させず,シャワーで冷たい水道水をかけた状況(被告人B9,11,
12回,甲女22,30回等)
 被告人Aは,平成7年4月ころからAが死亡するまでの間,Aを浴槽で入浴させることは
なく,温水も使わせず,殆ど毎日,裸のAに対しシャワーで冷たい水道水をかけた。その
際,被告人Aは,殊更に首の後辺りを狙って水をかけるなどした。
 (コ) Aの睡眠時間を制限した状況(被告人B10回,甲女21,22等)
 被告人Aは,Aを,午前3時か4時ころから午前7時ころまでの三,四時間しか眠らせな
かった。Aは常に寝不足の様子であり,被告人両名と話をしている途中でもいびきをか
いて眠ってしまうことが何度かあった。
 (サ) Aの排泄を制限した状況(被告人B9,11,12回,甲女21回221項,25,30回
等)
 a 被告人Aは,平成7年4月ころからAが死亡するまでの間,Aの大便,小便を制限し
た。
 b 被告人Aは,平成7年4月ころから,Aが小便,大便をする際には,その都度,Aに
被告人Aの許可を受けさせた。
 c 被告人Aは,Aを浴室で寝かせるようになった同年12月終わりころからAが死亡す
るまでの間は,浴室内でペットボトルに小便をさせた。また,被告人Aは,Aの大便の回
数が多いとして,同年秋ころから大便を一日1回に制限し,それ以上大便をしようとする
と制裁を加えることがあった。被告人Aは,Aにトイレで大便をさせるときは,全裸になら
せた上,浴室からトイレまでの床に新聞紙を敷き詰めて移動させ,13分の制限時間を
課し,便座に腰をかけることを禁じて中腰の姿勢をとらせ,ドアを開けたまま,被告人B
をして用便の様子を監視させるなどした。Aが用便をした後は,被告人Bが,Aの尻やA
が尻を拭いたトイレットペーパーを確認し,Aを浴室に戻し,床に敷いた新聞紙を片付
け,便器,トイレや洗面所の床を拭いて掃除した。
 d Aは,便意を我慢できずに大便を漏らすことが何回かあった。被告人Aは,Aが大便
を漏らすとして,Aに何回か紙おむつをはかせた。また,被告人Aは,Aが大便を漏らし
たとき,何度か,被告人Bに指示し,Aの尻やトランクスに付いた大便をトイレットペーパ
ーでふき取らせた上,Aにトイレットペーパーごと口に入れて食べさせたり,大便の付い
たトランクスに口を付けて吸わせたりした。そのとき,Aは大便の付いたトイレットペーパ
ーをなかなか飲み込めず,被告人Aが水を与えて飲み込ませたことがあった(被告人A
16,17回,甲女21回)。
 (シ) Aにかさぶたを食べさせた状況(被告人B9回,甲女23,32回等)
被告人Aは,平成8年1月初めころ,「Aはかさぶたに触ってはがす癖があるが,そうす
ると治りが悪いから,その癖をやめさせなければならない。」などと理由を付け,Aに対
し,「つ(かさぶたのこと)が落ちとるけ食べろ。汚い。お前のやけ食べろ。」などと申し向
け,浴室の床等に落ちたかさぶたを甲女やAに拾い集めさせ,Aに食べさせた。
 (ス) 甲女にAの身体を噛み付かせた状況(被告人A16回,甲女20,25,31回)
 被告人Aは,平成7年2月ころから,甲女に命じて,Aの腕や太股に噛み付かせた。被
告人Aは,甲女に手加減をさせず思い切り噛み付かせたので,Aの身体には噛み痕が
残るほどだった。
 (セ) 甲女によるAの監視,報告(甲女20回456ないし508項)
 甲女は,被告人Aから,Aを監視して気付いた事柄を「ちくりノート」に書いて被告人Aに
報告するように指示された。被告人Aは甲女に「Aは借金するのが仕事,甲女はAの悪
いところを見付けるのが仕事。」などと言った。甲女は被告人Aの上記指示を忠実に守っ
た。甲女の報告は,Aに対する被告人両名の暴行,虐待の端緒の一つとなった。
 3 Aに現れた身体・精神症状等
 (1) 痩せ(被告人B9回,甲女20回116ないし158項,23回394ないし422項等)
 Aは,平成8年1月上旬ころから更に痩せていき,死亡するころになると,首は細くな
り,首の正面には2本くらい縦の筋がはっきりと浮き上がって見え,腹はへこみ,足は肉
が落ちて細くなり,膝の骨が浮き出て見え,目は力なくぎょろっと飛び出したようになり,
頬はこけ,裸になったときに腰骨が浮き出て見えるような状態であった。
 (2) Aの腕が上がりにくくなった状況(被告人B9ないし11,13回,甲女22,26,28
回,被告人A16,18回等)
 ア Aは,平成7年11月終わりころか12月ころ(すのこの囲いの中で寝ていたころ)か
ら,両腕が上がりにくくなった。
 イ Aの両腕の状態はその後更に悪くなり,腕を上げられる高さが次第に低くなってい
った。Aが死亡する直前ころになると,Aは両腕を水平の高さまで持ち上げられなくなり,
腕を曲げたり手を握ったりすることができず,手首から先をいつもだらりと垂らしていた。
 ウ Aは食事,排泄等を自分で行うことができなくなったので,甲女が,食事の際はス
プーンで食事をAの口に運んで食べさせたり,用便の際はAのパンツの上げ下ろしをし
たりした。また,甲女は,被告人Aから,「(Aの)手を動かすようにせんと,あんたも通電
するよ。」などと言われたので,Aの腕を指でもんだり押さえたりした。
 エ このようなAの腕の状態は,Aが死亡するまで改善することはなかった。
 (3) 動作が緩慢になった状況等(被告人B10,19回,被告人A17,18回等)
 平成8年1月上旬ころから,Aの動作が緩慢になり,まっすぐ歩くことができなくなった。
また,そのころ,Aは大便を漏らすようになった。
 (4) Aが異常な言動をし,言葉が出にくくなった状況(乙116,被告人B9,11回,甲
女23,29回,被告人A16,19回等)
 ア Aは,平成7年12月ころから,「えんま大王様がやって来る。」,「手首から糸が出
ている。」,「米軍が攻めてきた。」,「壁に引き出しがある。」などと意味不明のことを口に
し,通電を受けた後,被告人Aに対し,「甲女がいつもお世話になっています。自分も甲
女もここまでこれたのは宮崎様(被告人Aの偽名)のおかげです。」などと言って土下座
をするなど,異常な言動を示すようになった。
 イ 平成8年1月上旬ころから,常に酔っ払ったような状態になり,言葉が出にくく,はっ
きり発語できず,ひどいどもりのようになった。
 ウ 死亡直前ころは常に無表情であった。
 (5) Aが平成8年1月ころ浴室で失神して倒れた状況(被告人B19,20回,甲女23,
28回,被告人A16,18回等)
 Aは,平成8年1月下旬ころ,突然,浴室で失神して倒れた。その際,被告人Aが歯ブ
ラシでAの口をこじ開け,人工呼吸をしてAを蘇生させた。
 (6) Aの顔や手足がむくんだ状況(被告人B19,20回,甲女21回等)
 ア Aは,平成8年1月ころ,外見上もはっきりと分かるくらい顔色が白くなり顔全体が
むくんだことがあった。
 イ Aの手足はむくみ,押さえると直ぐには元に戻らなかった(甲156写真8)。
 (7) 痒疹様の斑点(被告人B9,10回,甲女28,31回等)
Aは,遅くとも平成8年1月上旬ころから死亡するころまで,その手足に淡暗赤褐色の
変色部分が斑点のように多数存在した(甲156写真8)。
 (8) かさぶた(被告人B13回等)
 Aの身体には何か所かかさぶたができ,それらが剥がれて床に落ちていた。
 (9) その他のAの状態(被告人B11回,被告人A16回等)
 Aは,死亡当日ころまで,食事を食べ残さず,被告人両名が課した制限時間内に全部
食べ終わった。体調不良や苦痛を訴えたことはなかった。
 4 Aが被告人両名に抵抗したり,マンションAから逃走したりしなかった理由(被告人B
10,13回,甲女25,31,32回等)
 (1) Aは,前記のとおり,被告人両名から一方的に虐待や暴行を受けていたが,被告
人両名に対し,不満を漏らしたり,口答えしたり,文句を言ったり,実力で抵抗したりした
ことは全くなく,マンションAを逃げ出そうとしたこともなかった(甲女32回286ないし
292項)。
 (2) このように,Aが,被告人両名に抵抗したりマンションAから逃走したりしなかった
理由としては,①マンションAの玄関ドアがドアチェーンと南京錠で施錠されていた上,A
は平成7年12月終わりころからは浴室に閉じ込められていたこと,②Aは,暴行や虐待
を繰り返し受けたことで,抵抗したり逃走したりする気力,体力を奪われていたこと,③A
は,自らが悪事等を犯したことを認める旨の事実関係証明書を作成させられたり,逃走
を防止するための顔写真を撮られたりした上,「これらを警察に出す。」,「やくざを呼ん
で追いかけ回す。」などと繰り返し脅されるなどして,被告人両名に弱みを握られ,警察
に追われる身になったとの負い目を負わされていたこと(なお,Aは被告人両名が指名
手配を受けて逃走中の身であることを教えられていなかった。),④Aの子である甲女が
マンションAで被告人両名の支配下に置かれていたこと,⑤甲女は被告人Aの指示を受
けてAを常に監視し,Aに不審な言動があれば,直ちに被告人Aに報告しなければなら
ない状態に置かれていたので,Aが甲女と意思を通じ合って一緒に逃げ出すことも極め
て困難であったことなどが考えられる。
 5 被告人Bが被告人AにAを大里に帰すことを提案したこと(被告人B10,12,13回
等)
 被告人Bは,平成7年11月か12月ころ(Aをすのこの囲いの中に寝かせるようにな
り,Aの腕が上がりにくくなってからしばらく後),被告人Aに対し,「Aを大里に帰したらど
うか。」などと,Aを北九州市m区大里に居住するAの実母W宅に帰すことを提案した
(以下,「大里発言」という。)が,被告人Aはこれを聞き入れなかった。その後,被告人B
が被告人Aに対しAを実家に帰すように勧めたことは全くなかった。なお,被告人Bが大
里発言をしたことで,被告人Aから通電等の制裁を受けたことはない。
 6 Aの死亡時の状況(被告人B10ないし13,20回,甲女20ないし23,25ないし2
7,32回等)
 (1) 死亡する二,三日前からのAの様子
 被告人両名は,Aが死亡する二,三日前ころから,Aが廃人のような状態になり,言動
もおかしく,Aを浴室から出すのが不安になったので,被告人両名も入浴せず,Aを終始
浴室内に閉じ込め続けた。被告人Aは,被告人Bに対し,「ときどき浴室内のAの様子を
見るように。」と指示した。被告人Bは,そのころ,Aの様子を見るために浴室のドアを開
けたところ,Aがやにわに立ち上がり被告人Bの方に向かってくるような様子を見せたた
め怖くなり,そのことを被告人Aに報告した(被告人B10回20項,11回35項,13回
170項等)
 (2) 死亡当日の朝のAの様子
 甲女は午前7時ころ被告人Bに声をかけられて起こされ,Aも目を覚ました。被告人A
は,平素甲女が起きればAを立たせておくのに,その日は,「まだ寝ていていい。」と言っ
たので,Aはそのまま横になって寝ていた(甲女21,23,26,32回)。
 Aが死亡当日の朝食事をしたかどうかは証拠上はっきりしない点があるが,Aが死亡
当日の朝食事をしたとしても,そのときの様子は,いつもと変わったところはなく,甲女
が,早朝又は午前8時前ころ(甲女が登校する少し前ころ),卵をかけた白米を時間制限
を課してスプーンでAの口に運んで食べさせ,Aは制限時間内に食事を全部食べ終わっ
たもので,食欲に特に異常は見られなかった。
 (3) 被告人Bが午後3時ころ浴室内を覗いたときの状況
 被告人Bが,平成8年2月26日午後3時ころ,浴室ドアを開けて浴室内を覗いたとこ
ろ,Aは,洗面所の方を向き,あぐらをかいてうつむいており,浴室の床に敷いていた雑
誌の上には黄土色の大便が二,三個散らばっていた。被告人Bは,「汚い。」などと文句
を言い,すぐに浴室ドアを閉めた。そのとき,Aは無表情で,何の反応もしなかった。被
告人Bは,被告人Aに対し,Aが大便を漏らしたことを報告すると,被告人Aは,被告人B
に対し,甲女が学校から帰ったら一緒に浴室内を掃除するように指示した。
 (4) 午後4時か4時半ころからAが死亡するまで
 ア 浴室内の掃除及びAを台所へ移動させた状況
 甲女は,学校からの帰宅途中にいつものように公衆電話で被告人Bに連絡を入れた
際,被告人Bから,「あんたのお父さんがうんこを漏らしとうけ。早く帰って掃除をしい。」
と言われた。甲女は午後4時か4時30分ころ帰宅した。
 被告人Bと被告人Aは,甲女に浴室内を掃除させるため,Aを浴室から出した。Aは,
ゆっくりとした動作ではあったが自分で立ち上がり,足形を書いた紙を足の下に敷いて
移動させながら,浴室を出て台所まで歩いて行った。
 被告人Bは,Aを立たせ,着ていたカッターシャツとトランクスを脱がせ,大便による汚
れがないか確認したが,衣服に汚れはなかった。被告人Bは,Aが浴室内で大便をした
ことを詰ったが,Aは何も答えず,無表情で廃人のようであった。甲女は,浴室の床に敷
いてあった雑誌を袋に入れて片づけたり,床や壁をシャワーで洗い流したりして浴室内
を掃除した。被告人Bも,雑誌や大便を片づけてゴミ袋に入れるなどした。  
 イ Aを浴室内に戻した状況
 被告人Aは,浴室の掃除が一通り終わった後,被告人Bに指示して,Aを台所から浴
室内に戻させた。浴室の床はまだ雑誌が敷かれていない状態だった。Aは,浴室に入る
と,洗面所の方を向いてあぐらをかいてしゃがんだ。
 ウ A死亡時の状況
 被告人Aが洗面所から浴室内のAに話しかけたところ,Aは,あぐらをかいたまま上半
身を前屈させて倒れ,両手を前に伸ばし,額を床に着けた状態で動かなくなり,突然い
びきをかき始めた。
 被告人Aは,Aの異常に気付き,被告人Bを呼び寄せた。 
 エ Aを台所に運んでからの状況
 被告人Aは,Aの様子を見て,被告人Bに対し,「あんたがご飯食べさせてないけやろ
うが。」などと言った(甲女26回293項)。
 被告人Aと被告人Bは,直ぐにAの手足を持ってAを台所に運び,床に仰向けに寝か
せた。Aは,目を閉じており,いびきは止んでいた。
 被告人Aは,Aに対し,三,四十分間くらい,人工呼吸(マウス・ツー・マウス)をしたり,
被告人Bに心臓マッサージをさせたり,甲女に足をもませたりした。
 さらに,被告人Aは,「万一蘇生するかも知れないから通電してみよう。」などと言って,
Aの胸部等にクリップを取り付け,何度か通電したが,Aは身体を動かさなかった。
 オ Aの死体の解体(甲女20ないし22,25,27回,被告人B13回等)
 (ア)被告人AはAが死亡したことを確認し,被告人Aと被告人BはAの死体を浴室内に
運んだ。
 (イ) その後,被告人Aと被告人Bは,甲女を同席させ,マンションAの和室で飲酒しな
がら話し合いをした。その際,被告人Aは,甲女に対し,「病院に連れて行けば助かるか
もしれないけど,甲女が噛み付いた痕があるから甲女が警察に捕まるので,病院には
連れていけない。」,「あんたが掃除しよるときにお父さんの頭を叩いたから,お父さんは
死んだんだ。」などと言い,甲女を困惑させた。被告人Aは,「バラバラにして捨てるしか
ないな。」,「まず血抜きをしよう。」などと提案し,その結果,Aの死体は解体して処分す
ることになった。被告人Bは,被告人AがAに蘇生措置を講じるのを見て感心し,これを
躊躇した自分を恥ずかしく思っていたことから,Aの死体解体については進んで「自分で
やります。」と申し出た(被告人B20回(1)2項)。 
 (ウ) 被告人Bと甲女はAの死体解体作業を行った。被告人Aは,直接解体作業には従
事しなかったが,被告人Bと甲女に対して解体の方法,手順等につき細かく指示をした。
被告人Bと甲女は,前記第3の8のとおりの方法,手順で死体解体作業を行った。死体
の血抜き作業をする際,被告人Aは,甲女に被告人Bと一緒に包丁を握らせて死体に切
り込みを入れさせるなどした。
 カ 罪証隠滅工作
 (ア) 被告人Aは,被告人Bと甲女がAの死体解体を終えた後,甲女に対し,「隅々まで
掃除機をかけろ。」などと指示し,浴室,台所等マンションAの居室全体に掃除機をかけ
させたり,浴室をパイプユニッシュやトイレ掃除用洗剤で磨かせたりして,何回も掃除を
させた。また,被告人Aは,甲女に対し,「掃除機も掃除しておかないと後で警察に捕ま
ったとき証拠がばれる。」などと言い,掃除機の中までも水拭きさせた。
 (イ) 被告人Aは,Aが死亡した当日かその二,三日後,マンションAの和室で,甲女に
対し,「Aが死んだのは,甲女がAを殴ったため,Aが頭を壁にぶつけたからだ。」などと
申し向け,甲女に命じて,「私がお父さんの頭を叩いて壁にぶつけ,お父さんを殺しまし
た。」との念書を作成させた。
 (ウ) 被告人Aは,Aの死亡後,甲女に対し,幾度となく,「あんたがお父さんを殺したん
よ。あんたが噛んだけ,病院に連れて行けんかったんよ。時効になるまでは一緒に暮ら
さんといけんよ。警察に捕まったらブタ箱に入れられて裁判を受けなければいけん。裁
判が終わるまで何十年もかかるけ,一生入らないけんことになる。」,「警察は子供が言
うことなど信用しないし,まして,甲女が自分で書いた念書が証拠になるので,間違いな
く甲女は逮捕される。」などと繰り返し申し向けた。被告人Bも被告人Aの傍で被告人A
に同調するような態度をとった。
第7 第6の事実認定の補足説明
1 事実関係証明書(前記第6の1)
 (1) 事実関係証明書の存在・内容,作成経緯等
 ア 被告人Aは,公判廷で,「Aが悪事を繰り返せば,被告人らも警察から事情を聞か
れるなどして巻き添えになるおそれがあることや,Aに反省を促す必要があることから,
Aに事実関係証明書を作成させることにした。被告人Aは,Aに対し,事実関係証明書を
作成するように申し向けると,Aは不満を漏らすことなく,納得して事実関係証明書の作
成に応じた。その際,被告人らがAに通電等の暴行を加えるなどして強制したことはな
い。」旨供述している(被告人A15回310ないし355項等)。
 イ しかしながら,前記のような事実関係証明書の存在・内容自体が,被告人両名とA
との極めて異常な関係を濃厚に窺わせることについては,前記のとおりである上,その
保管状況等にも照らすと,事実関係証明書の作成経緯,作成状況については,被告人
B及び甲女が公判廷で大筋においてほぼ一致して供述しているとおり,被告人両名はA
を詰問したり,脅したり,通電等の暴行を加えたりして,悪事等を認めさせ,Aの意に反し
て事実関係証明書を作成させたことが認められる。
 ウ 被告人Aは,「Aは被告人らに強制されることなく,任意に事実関係証明書を作成
するなどした。」などと供述しているが,このような被告人Aの公判供述の説明は不自
然,不合理であり,到底信用できない。
 (2) Aが被告人Bのバッグから現金を盗んだ旨の事実関係証明書及び強姦未遂の事
実関係証明書等の有無
 ア 被告人Aは,公判廷で,「Aが作成した事実関係証明書は前記第3の1の3通だけ
である。Aが被告人Bのバッグから現金を盗んだことはなく,そのような事実関係証明書
を作成させたこともない。また,Aが被告人Bに対し強姦未遂をしたことはない。被告人A
がAに対し被告人Bを強姦するように仕向けたこともない。Aは,Tとよりを戻そうとして何
度か会うなどしていたし,Tとは5年後によりを戻すことを前提に離婚していたので,Aが
被告人Bに好意を寄せることはあり得ない。したがって,そのような事実関係証明書をA
に作成させたことはない。被告人らが逮捕されるまでに,Aが作成した事実関係証明書
を処分したことはない。」旨供述している(被告人A15回356ないし374項等)。
 イ これに対し,被告人Bは,公判廷で,被告人Aは,Aに,前記3通のほかにも,「Aが
被告人Bのバッグの中から現金を盗んだ。」旨及び「Aが被告人Bに対し強姦未遂を犯し
た。」旨の各事実関係証明書を含む多数の事実関係証明書を作成させたこと,ただし,
それらの事実関係証明書は,Aの死亡後,被告人Bが被告人Aの指示を受けて処分し
たことなどを,そのような事実関係証明書作成の経緯等も含めて具体的かつ明確に供
述している(被告人B9回225ないし242項,12回107ないし159項等)。
 ウ また,甲女も,公判廷で,「Aは,前記3通の事実関係証明書のほかにも,借用書,
事実関係証明書,口止めの書類(Aが悪いことをしたことにつき被告人らに対し口止め
料を支払う旨のもの)等,100枚くらいの書面を作成させられた。被告人Aは,Aの死亡
後間もなく,『A関係の書類や写真はすべてシュレッダーにかけろ。』と指示した(実際に
シュレッダーにかける場面は見ていない。)。Aは,マンションAで被告人Bの現金を盗ん
だことや,被告人Bに強姦まがいの行為をしたこと(それについて事実関係証明書を作
成したかどうかは分からない。)を理由として,被告人Aから責められたことがある。」旨
供述しており,その供述内容は具体的であり,被告人Bの供述ともよく符合している。特
に,「Aが被告人両名のバッグから現金を盗んだ。」などと,甲女が被告人Aに報告した
ことに基づいて被告人AがAを責め,甲女の顔を洗面器の水につけるなどとしてAを脅
し,その結果,Aがその旨の事実関係証明書を作成するに至ったことは,甲女自身にと
って特異で印象的な体験であることの反映として,極めて具体的で臨場感のある詳細な
供述となっている(甲女20回354ないし442項,25回111ないし130項等)。
 エ 他方,被告人Aの公判供述は,被告人B及び甲女の各公判供述に明らかに反して
いる。また,AがT宅を出ていった経緯,その後のAとの接触状況等は,前記第3の3の
前提事実のとおりであるが,被告人Aの公判供述はこのような前提事実にも明らかに反
している。したがって,被告人Aの公判供述を信用することはできない。
 オ 以上のとおりであり,被告人B及び甲女が公判廷で一致して供述するとおり,前記
3通の事実関係証明書のほかにも,「Aが被告人両名のバッグの中から現金を盗ん
だ。」旨及び「Aが被告人Bに対し強姦未遂を犯した。」旨のものを含む多数の事実関係
証明書が存在したことが認められる。
 2 ①被告人BのAに対する暴行,虐待への関与の態様・程度,②被告人Bと被告人A
の関係(前記第6の2)
 (1) 被告人Bは,公判廷で,①につき,「被告人Bは,被告人Aの指示を受けて,Aに
対し,通電等の暴行,虐待を加えた。被告人Aの指示がないのに,Aに対し,暴行,虐待
を加えたことはない。被告人Aの指示で通電しているときに,被告人Bの判断で通電した
ことはある。被告人Bは,Aが同居する前及び同居するようになってからしばらくは,自
分の意思で,Aに対し,叩いたり小突いたり文句を言ったりしたことがあり,その回数は
被告人Aと同程度であったが,自分の意思で通電をしたことはない。被告人AがAに対し
ひどく暴行,虐待を加えるようになってからは,自分の意思で,Aに対し,口で文句を言う
ことはあったが,叩いたり小突いたりすることもなくなった。」(被告人B9,10,19,20
回等),②につき,「被告人Bは,被告人Aの意に沿わない言動をしたときなどには,被
告人Aから殴る蹴るの暴力を振るわれたり通電されたりした。被告人Bは,被告人Aに対
しては,逆らったり異論を唱えたりすることができなかった。」,「Aの生存中,冷蔵庫の中
の野菜を腐らせたなどとして,被告人Aから通電されたことがあったが,そのころは平成
9年4月以降と比べ,通電される回数は少なかった。二,三回(機会)くらいであった。」
(被告人B9,10,19,20回等)などと供述している。
 他方,被告人Aは,公判廷で,①につき,「被告人Bは,Aに対する不満やうっぷんを晴
らすため,被告人Aが指示しないのに,自分の意思で,Aに対し通電したことも何度かあ
った。また,被告人Bは,被告人Aが指示しないのに,自分の意思で,Aに対し,叩いた
り,こづいたり,蹴ったり,ペンチで挟んだりする暴行,虐待を加えた。被告人Aと被告人
BがAに対し通電する割合は,当初は半分ずつくらいだったが,後からは被告人Aが7
0,被告人Bが30くらいだった。被告人Aと被告人BがAに対し暴行,虐待を加えた割合
は,同居期間を通じてみれば,ほぼ同程度だった。」(被告人A16回239ないし244項),
②につき,「被告人Aと被告人Bは事実上の夫婦であり,被告人Aは,家長,かみなりお
やじ的な立場にあり,あえて言えば被告人Bより上位であった。被告人Aは,怒ったとき
などに,被告人Bに対し,通電したり殴ったりしたことはあるが,被告人Bが被告人Aの
指示に一方的に従わなければならないような関係にはなかった。」,「Aの生存中に被告
人Bに通電したことはない。」(被告人A8回151ないし156項,15回454項)などと供述し
ている。
 (2)ところで,甲女は,公判廷で,①につき,「被告人Bは,被告人Aの指示を受けて,
Aに対し,暴行,虐待を加えた。被告人Bによる暴行,虐待よりも,被告人Aによる暴行,
虐待の方がひどかった。被告人Bが,Aを庇ったり,被告人Aを制止したりしたことはな
かった。被告人Bは,被告人Aと共に,Aや甲女に対し,暴行,虐待を加える側であっ
た。」(甲女32回299ないし302項),②につき,「被告人Aは,被告人Bより立場が上だっ
た。被告人Aは,被告人Bに指示して,いろいろなことをさせた。被告人Bが,被告人Aに
対し,文句を言ったり口答えをしたり,反抗的な態度をとったりしたことはない。」(甲女3
2回304ないし306項)などと供述している。
 甲女は,Aと共に,長期間にわたりマンションAで被告人両名と同居していた者であり,
被告人両名のAに対する暴行,虐待や被告人両名の相互関係等についても間近でよく
知り得る立場にあったものである。
 また,甲女は,前記の点につき,自らが体験し記憶している事実を殊更に歪めるなどし
て,被告人Aと被告人Bのいずれかに利益又は不利益となる虚偽供述をするような理由
は格別見当たらない。
 さらに,甲女は,捜査段階においても,「被告人Bが被告人Aに文句を言ったり口答え
をしたりしたことはない。被告人Bが通電するときはいつも被告人Aが命令していた。被
告人Aがいないときに被告人Bから通電されたことはない。」などと,公判供述とほぼ同
旨の供述をしている(甲182等)。
 したがって,甲女の公判供述は信用できる。
 (3) 被告人Bの公判供述は甲女の公判供述とほぼ一致している。また,被告人Bの公
判供述は,Aと知り合うまでの被告人Bと被告人Aとの関係,特に,B社の従業員として
働いていたころの被告人Aと被告人Bの関係,すなわち,前記第1部第2の2のとおり,
被告人Bは,被告人Aや被告人Aの指示を受けた従業員から暴行を受ける一方,被告
人Aの指示を受けたときは,それに従って従業員らに暴行を加えたことなどとも連続性,
整合性が保たれており,その後被告人Aと被告人Bの関係に大きな変化が生じたことを
窺わせるような特段の事情も認められないから,自然であり,信用できる。
 (4) 他方,被告人Aの公判供述は,甲女及び被告人Bの各公判供述と明らかに反して
いる上,前記第1部第2の2の事実関係とも連続性,整合性がなく,不自然,不合理であ
って,信用できない。
 (5) 甲女及び被告人Bの各公判供述によれば,次のとおり認定することができる。
 すなわち,①被告人Bは,Aと同居する前及び同居後しばらくの期間,被告人Bの意思
でAを叩いたり小突いたりしたことがあったが,その回数は被告人Aと同程度であった。
Aと同居後,被告人Aの指示があれば,唯々諾々としてこれに従い,Aに対し,手加減せ
ず仮借のない暴行,虐待を加えた。自らの意思だけで,Aに対し,積極的に通電等の過
酷な暴行,虐待を加えることはなかったが,被告人Aに指示されてAに通電していると
き,被告人Aの指示を越えて被告人B自身の意思でAに通電したことはあった。また,被
告人Bは,被告人Aを制止したりAを庇ったりすることは全くなかった。②被告人Aは,被
告人Bが自分の意にかなわないような言動をしたときなどには,被告人Bに対し,殴る蹴
るの暴力を振るったり通電したりしたが,通電については,Aと同居していた当時は,平
成9年4月以降と比べ少なかった。したがって,被告人Bは,被告人Aに逆らうことが容
易ではない立場にあったが,基本的に内縁の夫婦としての実質は保たれており,Aや甲
女が被告人Aに丸ごと支配され,常に一方的な暴力や虐待に晒されていたのとは明ら
かに異質であった。
 3 被告人両名がAに対し暴行や虐待を加えた状況(前記第6の2)
 (1) Aをすのこの檻の中に入れて通電等の暴行,虐待を加えたこと
 被告人Bは,公判廷で,「被告人らは,Aをすのこを組み合わせて作った囲いの中で寝
かせたことはあるが,Aをその中で通電したり立たせたりした記憶はない」旨供述してい
る(被告人B12回270項)。
 しかし,甲女の公判供述の内容は極めて特異かつ印象的な事柄についてのもので,
具体的かつ詳細であり,そのような暴行,虐待が行われた時期がいつかはともかく,そ
のような暴行,虐待が行われたこと自体については,甲女が架空の出来事を作り上げて
述べているとは到底考えられないし,誤解や記憶違いに基づく供述とも考え難い。また,
甲女は捜査段階においても同旨の明確な供述をしている(甲184・22頁)。他方,被告
人Bも,公判廷で,すのこを組み合わせて作った囲いが存在し,Aに対する虐待のため
に使用されたこと自体は認めており,被告人Aも,「Aに対し悪ふざけをするために,七,
八枚のすのこを組み合わせて囲い(被告人Aはこれを「娯楽用すのこ板囲い」と称してい
る。)を作り,Aをその中に入れて通電するなどした。」旨,甲女が供述するような暴行,
虐待が実際に行われたことを暗に認めるような供述をしている(乙19・6頁,被告人A16
回318ないし321項)。
 以上からすると,甲女が公判廷で供述するとおりの虐待が行われたことが認められ
る。
 (2) Aの栄養摂取状態,カロリーメイトを与えた時期・量等
 ア Aの栄養摂取状態
 前記第6の2のとおり,Aの食事の基本が一日当たり白米3合ないし3合半であったと
き,それがAと同世代で同程度の生活活動強度の日本人男性の栄養所要量と比較し
て,どのような栄養摂取状態にあったかを見ることにする。
 (ア) Aと同世代,同程度の生活活動強度の日本人男性の栄養所要量(30歳ないし4
9歳男性,生活活動強度Ⅰ,すなわち,散歩,買物等比較的ゆっくりした1時間程度の
歩行のほか,大部分は座位での読書,勉強,談話,テレビ,音楽鑑賞等をしている場
合。以下,これを「Aの栄養所要量」という。)とAの食事(一日当たり白米3合半)の栄養
量を比較すると,別紙5「Aの食事(白米3合半)の栄養量と栄養所要量との対比一覧
表」のとおりである(甲657,658)。上記一覧表によると,Aのたんぱく質,ビタミン,無
機質の摂取量は,Aが健康な生存を維持するための所要量をいずれも著しく下回ってい
る。これでは,Aが必須栄養素が著しく欠乏した低栄養状態に陥るのは避け難いところ
である。
 (イ) もっとも,前記一覧表による限り,エネルギーの摂取量は所要量を満たしている。
しかしながら,前記第6の3のとおり,AはマンションAでの被告人両名との同居期間を通
じて,毎日3合半程度の白米を継続して与えられたわけではなく,実際には制裁等の理
由により食べ物がそれより減らされたことも珍しくなく,絶食させられたこともたびたびで
あったと認められる。加えて,Aは,常に短い制限時間内での食事を強制されていたの
であり(前記第6の2),十分に咀嚼されない食物を急激に摂取すれば,そのストレスで
交感神経系が働き,胃腸管内の食物を早く運搬させようとし,十分な消化吸収ができな
いまま胃腸管内を通過させてしまう可能性が高い(a60回169・170項)。(さらに,低栄養
状態から肝・腎機能障害に進み,胃腸管機能が低下すれば,食物の栄養素を十分に消
化吸収することができなくなり,栄養素の摂取量は一層少なくなる。a58,60回)したが
って,Aは,実際はエネルギーの摂取量も不足した状態に陥っていた可能性も十分あ
る。
 イ 被告人両名がAにカロリーメイトを与えた時期・量
 (ア) 被告人Bは,公判廷で,「平成7年秋ころの1か月間くらい及び平成8年になって
からの一時期,Aに対し,カロリーメイトを1回につき四,五箱分,20本くらい与えた。カ
ロリーメイトと共に,牛乳,レバンコンク,バナナ等を与えたこともある。」,「平成7年秋こ
ろカロリーメイトを与えたAが太った記憶はない。」旨供述している(被告人B9回739ない
し746項,13回145ないし162項,20回280ないし283項等,ただし,捜査段階ではその旨
の供述をしていない。)。
 この点について,被告人Aは,公判廷で,「平成7年8月か9月ころからAが死亡するま
での間,同年10月末から11月5日までの間を除いて,Aに対し,カロリーメイトを与え
た。Aと同居するようになってからは,Aに対し,被告人らと同様に,めん類や100円の
レトルトカレー等を食べさせたが,Aが,『宮崎さんたちが食べているような物は健康によ
くない。そんなんでよく生きていけますね。』,『豚みたいになってもいいから,栄養のある
物を食べさせてくれ。』などと食事に不満を言うようになったので,平成7年8月か9月こ
ろから栄養のあるバランスの良い食事として,Aにカロリーメイトを与えるようになった。
平成7年10月末ころ,Aは同居当初に比べて10キロくらい痩せた状態だったが,被告
人Aは,Aに対し,『カロリーメイトは金がかかるし,このままカロリーメイトを食べ続けた
らまた太り出すので,もうやめておいた方がいい。』などと言い,Aに納得させて,一旦は
Aにカロリーメイトを与えるのをやめた。しかし,Aは,被告人らと同じ食事をするようにな
ると,『うどんやご飯だけなど食べられない。太ってもいいからカロリーメイトがいい。』な
どと不満を言うようになったので,被告人Aは,平成7年11月5日から,Aに対し,再びカ
ロリーメイトを与えるようになった。Aには,一日2回くらいに分けてカロリーメイトを食べ
させた。Aには,カロリーメイトのほか,牛乳300cc,砂糖15グラム,レバンコンク,バナ
ナ3本,酒のつまみ,ビタミン剤(BB錠,アリナミンA25)等も与えた。カロリーメイトはA
が死亡するまで与えた。カロリーメイトは1回に三,四箱食べさせた。同年11月ころから
死亡するまでの間は,『栄養満点スペシャルメニュー』と称して,一日当たりカロリーメイ
ト三,四箱分,バナナ二,三本,牛乳300cc,砂糖大さじ2杯,レバンコンクキャップ1杯
分を丼に入れて与えた。」旨供述している(捜査段階の供述も同旨。乙15,20,116,
118。被告人A16回34ないし51項,17回228ないし240項,19回60ないし65項,乙20
等)。
 さらに,甲女は,公判廷で,「Aの腕が動いていたころ,時期はよく覚えていないが,被
告人AがAにカロリーメイトを与えたことを1回だけ覚えている。被告人Aは,Aに対し,ど
んぶり1杯くらいの量のカロリーメイトに,レバンコンクをかけて与えた。被告人Aがカロリ
ーメイトと一緒にバナナ,牛乳をどんぶりに入れて(「栄養満点スペシャルメニュー」と称
して)Aに与えたことはない。Aは,浴室で,そんきょの姿勢で,箸を使い,カロリーメイト
を自分で食べた。被告人AがAに対し他に何回くらいカロリーメイトを与えたかは覚えて
いないが,毎日のように与えた時期はなかった。甲女は,Aの腕が不自由になってから,
カロリーメイトをAの口に運んで食べさせたことはない。」旨供述している(甲女23回28な
いし61項,25回75ないし84項,27回329ないし332項,28回1ないし27項等)。
 (イ) Aが基本的な食事として一日当たり3合から3合半くらいの白米だけを与えられて
いたことについては,被告人Bと甲女の供述内容はほぼ一致している(甲女の捜査段階
での供述も同旨である。甲184)。
 ところが,カロリーメイトに関しては,被告人Bは,「Aがカロリーメイトを食べていた一時
期があった。」と供述するのに対し,甲女は,「Aがカロリーメイトを食べていたことを殆ど
記憶していない。」と供述している。甲女はAと共に殆ど同じ時間に同じ場所で,Aと殆ど
同じ内容の食事をしており(甲女27回194ないし196・344項,32回275・276項等),毎日
Aの食事の様子を間近で見ていたのであるから,被告人Aが供述するように,被告人両
名がAが死亡するまで毎日カロリーメイトを与えたとすればもちろん,それほどでなくて
も,被告人Bが供述するように,ある程度の期間Aにカロリーメイトを与え続けた時期が
あったというに過ぎない場合でも,Aがカロリーメイトを食べていたことを甲女が殆ど記憶
していない事態は考え難い。また,甲女は,「Aにカロリーメイトが与えられた際,自分は
このような食事は食べたくないと思った。」旨(甲女23回47項,25回88項),自分が記憶
しているという唯一の場面を特に印象深い体験として述べている。このような甲女の供
述からして,被告人両名がAにカロリーメイトを与えた回数はさほど多くなかったことも窺
われる。
 (ウ) 他方,被告人Aの公判供述は,甲女の公判供述だけではなく,被告人Bの公判供
述とも大きく食い違っている。特に,Aの基本的な食事内容が一日当たり3合から3合半
くらいの白米だけであったこと,甲女はAの死亡直前ころ卵をかけた白米をスプーンでA
の口に運んで食べさせていたことなど,被告人B及び甲女が一致して認めている供述内
容にも明らかに反している。
 また,被告人Aの公判供述は,被告人Aの捜査段階の供述内容とも食い違っている。
すなわち,被告人Aは,公判段階では,「平成7年8月終わりか9月ころから10月末ころ
までの間も,Aにカロリーメイトを与えた。」と述べているが,捜査段階ではその旨の供述
を全くしておらず(乙20,116,118),公判段階に至って新たにその旨の供述を付加し
たものである。しかし,その理由については,「捜査段階では捜査官から聞かれなかった
ので供述しなかった。Aが死亡した時期よりもかなり前のことなので重要なことではない
と思った。」などと述べるのみで,合理的な説明をしていない(被告人A17回243ないし
256項等)。
 したがって,被告人Aの公判供述は信用することができない。
 (エ) ここで,Aに与えられたカロリーメイトの量が1回につき5箱分(20本)であったとし
た場合,その栄養量をAの栄養所要量と比較してみると,別紙6「Aの食事(カロリーメイ
ト5箱分)の栄養量と栄養所要量との対比一覧表」のとおりである(甲649)。
 これによれば,カロリーメイト5箱分は,エネルギーと脂質,糖質,食物繊維,ビタミン
A,ビタミンD等についてはAの栄養所要量を上回っているが,たんぱく質,リン,マグネ
シウム,カリウム等についてはAの栄養所要量を下回っており,ビタミンK,ビオチン,
銅,ヨウ素等については,これらを全く含有していないことが認められるのであり,カロリ
ーメイト5箱分を与えたとしても,Aが健康維持に必要な質・量の栄養を摂取できないこと
は明らかである。
 ウ 以上のとおりであり,甲女及び被告人Bの各公判供述によれば,Aの基本的な食
事内容は一日当たり3合から3合半くらいの白米だけであって,これがAの栄養所要量
に比較して質・量とも劣悪なもので,Aが低栄養状態になるおそれが高いものであったこ
とは明らかである。被告人両名が平成7年秋ころ及び平成8年の一時期にAにカロリー
メイトやレバンコンク等を与えた可能性は否定できないが,その期間及び量等の詳細は
詳らかにし得ない。しかし,カロリーメイトの栄養量に照らすと,Aにカロリーメイトを与え
たことが前記のようなAの極めて粗末な食事内容を大きく変えたり,これを大幅に補充す
るようなものであったとは到底認め難く,仮にAの栄養状態の改善に寄与があったとして
も,その程度は極僅かであったと認められる。
 (3) Aの食事回数
 ア 被告人B及び甲女の各公判供述は,Aの基本的な食事内容が毎日3合か3合半く
らいの白米であり,ときどきラーメンかうどんが添えられたり,ラーメンかうどんに代えら
れたり,生卵がかけられたりするものであったことについてはほぼ一致している。
 イ しかし,甲女は,「Aと甲女がマンションAで同居するようになってから,食事は一日
1回だった。」旨,捜査段階から一貫して供述している(甲女21回355ないし383項,24
回265項,25回39項,27回158ないし161項,甲184・1頁等)のに対し,被告人Bは,「A
の食事は一日2回だった。」と供述しており(被告人B9回48・802ないし805項,10回
429ないし438・664・665項,20回284項等),1日の食事回数についての供述内容が食
い違っている。
 ウ ところで,①被告人Bは,捜査段階では「Aの食事は一日1回だった。」と供述して
いたが(乙139,140),公判段階になって「一日2回だった。」と供述を変遷させたもの
であり,その理由については,「平成9年4月以降の自分の食事が一日1回だったので,
Aも同様だったと考えていたが,Aが同居していたころは,被告人らの食事が一日1回で
あり,被告人BはそのころAが自分たちより余計に食べていると思っていた漠然とした記
憶がある。」などと説明しているところ(被告人B10回433ないし436項),Aは当時被告
人両名の強い支配を受け,被告人両名から日常的に暴行や虐待を受けるような境遇に
あったのだから,Aの食事回数が被告人Bよりも多かったとは到底考え難い上,被告人
Bが供述を変遷させた前記のような理由もそれ自体漠然としたもので,十分に説得力あ
るものとはいえない。また,②甲女は,度重なる質問に対してはっきりと前記のとおり供
述しているところ,甲女は,マンションAではいつもAと同じ時間に同じ場所で殆ど同じ内
容の食事を与えられ,Aと一緒に食事をしていたのであり(甲女27回194ないし196項,3
2回275ないし276項等),Aが自分で食事をすることができなくなってからは,スプーンで
食べ物をAの口に運ぶなどして食事をさせていたのであるから(甲女22回463ないし
468項,23回16ないし27項,24回400・401・413ないし421項等),Aの食事回数について
の甲女の供述内容は信用性が高いといえる。
 エ 甲女の供述によれば,Aの食事回数は基本的には一日1回であったことが認めら
れる。もっとも,被告人Bの供述によっても,Aの基本的な食事内容は,一日当たり3合
程度の白米だけであったというのであるから(被告人B66回106ないし110項),いずれ
の供述によってもAの一日当たりの食事量(換言すれば,一日当たりのAの栄養摂取量
が絶対的に不足していたこと)について,差異が生じるわけではない。
 (4) Aは食事の制限時間を守れないとき通電を受けたか
 被告人Aは,「Aが制限時間を守れず通電を受けたことは1度もなかった。」旨供述して
いる(被告人A16回299ないし306項)。
 しかしながら,被告人B及び甲女は,公判廷で,Aが制限時間以内に食事を終えること
ができなかったため通電による制裁を受けたことを,特に印象的な出来事として具体的
かつ明確に述べており,その供述内容は,「Aは食事の制限時間を経過した時点で両顎
に通電を受け,口に含んでいた食べ物を吐き出した。被告人両名は吐き出したご飯粒
等をAに食べさせた。」(被告人B9回720ないし729項,12回等),「Aは,制限時間内に
食事を全部食べ終えないときは通電された。その際,Aは,口に含んでいた食べ物を吹
き出したことがあり,被告人Aは,被告人Bと甲女に対し,『床に落ちた物もちゃんと食べ
させろ。』と指示し,Aに吹き出した物を食べさせた。」(甲女21回459項,捜査段階の供
述も同旨。甲184・11頁)などと,いずれも迫真的で臨場感に富んでおり,現実に目撃し
た場面をそのとおり供述していることを窺わせる。
 被告人B及び甲女の各公判供述によれば,被告人Aは,Aが食事の制限時間を守れ
ないときは,制裁としてAに対し通電したことが認められる。
 (5) 被告人両名の食事内容
 ア 甲女は,公判廷で,「被告人らは,普段,すなわち,誕生日やクリスマス等の特別
な日でなくとも,肉,魚,野菜等のおかずのある食事をしていた。」旨供述している(甲女
21,22,27回等)。
 この点について,被告人Bは,公判廷で,「被告人らの食事も白米やめん類が中心で
あり,肉類は殆ど食べなかった。確かに,被告人らは,Aに対し,被告人らの食事とは違
う食事を与えたが,被告人らの食事と比べても特に悪い食事を与えているとは思わなか
った。」などと供述している(被告人B10回771ないし782項,13回123ないし128項等)。
 イ しかしながら,被告人両名がマンションAで撮影した多数の写真(被告人両名の食
事内容につき甲549,552,553,555,558,566,568,576,577,579ないし
583,585ないし589,592,594ないし600,604ないし606,平成8年1月ころの
被告人両名の様子につき甲581ないし584,出生後間もない次男の様子につき甲58
4,585)から窺われる次のような事情,すなわち,①Aが被告人両名と同居していた期
間を通じての被告人両名及び長男の身体の状態,表情,次男の出産・発育状況等を見
ても,特段の異常は認められず,Aには遅くとも平成8年1月上旬ころには外見上も顕著
な痩せや異常な症状が現れていたこと(甲156写真8)とは全く対照的であること,②被
告人両名の食卓の様子を見ても,被告人両名がAに与えたような極めて粗末な食べ物
はなく,鶏の唐揚げや魚の刺身等,滋養に富む料理が見られること(甲581写真4,甲5
82写真3,甲583写真1・2・5等),③電気調理器具や多数の調味料も見られること(甲5
97),からすると,被告人両名がAと同じような食事をし,被告人両名の食事内容がAと
同程度に粗末なものであったとは到底認められない。
 ウ ここで,甲女に課された食事制限について検討する。
 甲女は,同年齢児の身長,体重の平均値に照らすと明らかに発育の遅れが認められ
る。すなわち,身長は,10歳時(平成7年)までは北九州市平均の+3.3センチだった
(それ以前も+3センチ以上だった。)が,11歳時(平成8年)から伸び率が低くなり,12
歳時(平成9年)には-4.3センチと著しく低くなり,14歳時(平成11年)には-7.6セ
ンチとなっている。体重は,9歳時(平成6年)までは毎年平均値よりプラスとなっている
が,10歳時(平成7年)からは急激にマイナスが増大している(甲652)。このことから,
甲女はマンションAでは十分な食事を与えられていなかったことが裏付けられる。
 もっとも,甲女は,マンションAではAとほぼ同じような食事制限を課されたが,マンショ
ンAでの食事のほかに,登校日には学校給食があったから,Aほど深刻な低栄養状態
に陥ることを免れたと考えられる。したがって,甲女にAほど重篤な症状が現れなかった
としても不自然とはいえない。
 エ 以上のとおり,被告人両名は,Aの食事を自分たちの食事とは明らかに区別し,A
に対し,極めて粗末な食事しか与えないなど,過酷で理不尽かつ非人間的な食事制限
を課したことが明らかである。
 (6) 被告人両名がAをすのこの囲いの中に入れて手を吊るなどして寝かせたこと
 ア 被告人Bは,公判廷で,「被告人らは,平成7年10月か11月ころから,すのこを組
み合わせ紐で縛って作った囲いにAを入れ,体育座りの姿勢で,両手首を紐で縛りすの
こにくくりつけて顔面くらいの高さに吊った状態で寝かせた。」旨供述している(被告人B
9,10,13回等)。
 イ この点について,甲女は,公判廷で,「そのような記憶はない。」旨(甲女32回
113ないし116項),被告人Aは,公判廷で,「Aをすのこの囲いの中で寝かせたことはな
い。もっとも,Aにすのこの囲いの中に入ってもらい,悪ふざけをしたことはある。すのこ
の囲いは,被告人Aと被告人Bが六,七枚のすのこを組み合わせて作った。すのこの囲
いは悪ふざけをするたびに組み立てて使った。」旨(被告人A16回318ないし321,345な
いし361項),それぞれ供述している。
 ウ 被告人Bの公判供述は,自らも関与した極めて特異で印象的な方法による虐待に
ついて具体的かつ明確に述べたものである(特に被告人B13回ではその様子を記載し
た図面まで作成して詳細に説明している。)。被告人Bは,前記の虐待をしたことを捜査
段階では,少なくとも明確には供述しておらず,公判段階になって初めて供述したもので
あるが,その理由につき,「Aに対し前記の虐待をしたことについては,Aにとてもひどい
ことをしたとの思いがあり,捜査段階では話しにくく,故意に隠していたが,Aの写真(甲
156写真8)を見せられてとても衝撃を受け,罪悪感を抱き,言い訳をせずにしたことを
話そうと思うようになり,平成15年2月13日に検察官に対し初めて供述した(ただし,そ
の旨の供述調書はない。)。前記の虐待はAの腕が上がりにくくなったことの原因の1つ
ではないかと思う。」旨述べており(被告人B9,12,13回等),被告人A及び甲女は供
述していなかったのに,被告人Bが罪悪感から自ら進んで公判廷で明確に述べたことで
初めて明らかになったものである。
 そうすると,被告人Bが虚偽を述べているとは考え難い。
 これに対し,被告人Aの公判供述は,被告人Bの公判供述に沿う部分もあるが,「悪ふ
ざけでAをすのこの囲いの中に入れた。」と供述するなど,全体的に曖昧であって信用で
きない。
 エ 被告人Bの供述によれば,被告人両名は,平成7年10月か11月ころから,Aをす
のこの囲いに入れ,体育座りで両手首を吊った状態で寝かせたことを認めることができ
る。
 (7) 被告人両名はAのためにセラミックファンヒーターを浴室内に設置したか
 被告人Aは,公判廷で,「Aと甲女を浴室内で起居させていたとき,暖房器具としてセラ
ミックファンヒーターを浴室内に設置したことがある。」旨供述している(被告人A16回
371ないし383項等)。しかし,Aと共に浴室内での起居を強制されていた甲女は,公判廷
で,「浴室内の暖房器具として布団乾燥機のほかにセラミックファンヒーターが与えられ
たことはない。」旨供述していること(甲女22回207・208項等,なお,甲女は,捜査段階
でも,「暖房器具としては,布団乾燥機だけだった。」と供述している。甲185・13頁),被
告人Bも,公判廷で,「セラミックファンヒーターを数回程度浴室内に設置したことがあ
る。」旨供述しているにとどまること(被告人B9回648ないし667項等。捜査段階でも同
旨。乙140)に照らせば,被告人両名がAのために暖房器具としてセラミックファンヒータ
ーを浴室内に設置したことがあったことは否定できないが,それはせいぜい数回程度で
あったことが認められる。
 (8) 布団乾燥機は浴室内の暖房として効果があったか
 被告人Aは,公判廷で,「Aと甲女が起居するマンションAの浴室の暖房のために布団
乾燥機を同所に設置した。」と供述するが(被告人A16回371ないし383項),そもそも布
団乾燥機を暖房目的に使用するということ自体がお座なりなものである上,平成15年1
月14日から同年2月25日までのマンションAの浴室内の気温は,6度ないし12度であ
り,同年1月28日,浴室内に布団乾燥機を設置し作動させて気温の変化を計測したとこ
ろ,2時間くらい経過しても浴室内の気温は10度から13度になった程度に過ぎなかっ
たという実況見分(甲653)の結果や,甲女も,公判廷で,「浴室内で布団乾燥機を作動
させてもほとんど暖まらず,寒くて寝られないこともあった。」旨供述していること(甲女2
2回230ないし234項,29回132・133項)に照らすと,布団乾燥機をマンションAの浴室内
で作動させても,暖房としての効果は殆どなかったことが認められる。
 (9) 被告人AはAに温水を使わせず,シャワーで冷たい水道水をかけていたか
 被告人Aは,公判廷で,Aを浴槽で入浴させなかったことは否定しないが,「Aにシャワ
ーをかける際は,水と湯の蛇口を全開にし,水と湯を混ぜたので,冷たくはなかった。」
などと供述している(被告人A16回404ないし407項等)。
 しかしながら,被告人Bと甲女は,公判廷で,被告人AがAに温水を使わせず,毎日の
ようにAにシャワーで冷たい水道水をかけていたことについて,いずれも具体的かつ明
確に供述している(被告人B9,11,12回等,甲女22,30回等。捜査段階の各供述も
同旨。甲185・21頁,乙142・1頁)。また,被告人Aは,前記のように,シャワーで水をか
けたこと自体がなかったかのような供述をしながら,他方で,「シャワーで水をかけるとか
えって身体が暖まる。自分自身もシャワーで身体に水をかけていた。Aも,『かけたとき
は冷たいが,上がると身体がぬくもります。』と言っていた。」などと,Aに温水を使わせず
シャワーで冷たい水道水をかけたことを暗に認めるかのような供述もしており(被告人A
16回404ないし407項,18回144ないし153項),供述内容が首尾一貫しない。したがっ
て,被告人Aの公判供述は信用できない。
 以上により,被告人B及び甲女が一致して供述しているとおり,被告人AはAに温水を
使わせず,毎日のようにAに対しシャワーで冷たい水道水をかけていたことが認められ
る。
 (10) 大便の制限
 被告人Aは,公判廷で,「Aの大便の回数を一日2回に制限した。」と供述している(被
告人A16回479項,18回206ないし211項)。しかし,被告人B(被告人B8回872ないし
877項。捜査段階の供述も同旨。乙140・23頁)及び甲女(甲女21回221項,25回54な
いし57項,33回16項。捜査段階の供述も同旨。甲185・3頁)はいずれも,公判廷で,A
に許された大便の回数は一日1回であったと明確に供述している上,Aは大便を漏らす
ことが何回かあったことも供述しており(そのことについては被告人Aも同旨の供述をし
ている。被告人A17回338項,18回360ないし363項),それはAが大便のためのトイレ
の使用回数を制限されていたことにも原因があったのではないかと考えられることに照
らすと,被告人B及び甲女が一致して認めているとおり,Aは大便の回数を一日1回に
制限されていたことが認められる。これに反する被告人Aの公判供述は信用することが
できない。
 4 Aに現れた身体・精神症状等(前記第6の3)
 (1) Aの痩せや腕の状態の推移,死亡直前ころ痩せや腕の状態に回復が見られたか
 ア(ア) 甲女は,死亡直前ころのAの状態について,公判廷で,「Aは,平成8年1月上
旬ころ以降,死亡するまで,更に痩せていき,腕の状態も一層悪化していった。」旨供述
している(甲女20回116ないし158項,23回394ないし422項)。
 (イ) 他方,被告人A及び被告人Bは,いずれも,公判廷で,「Aは,死亡直前ころには,
平成8年1月上旬ころに比べて,体重が若干増えており,腕の状態も若干回復した。」旨
供述している。まず,被告人Bは,「Aは死亡したころも痩せてはいたが,甲156写真8に
見られる状態よりはふっくらとしていたと思う。」(被告人B11回444・445項,13回129な
いし143項等),「Aは,平成8年2月初めころから通電されなくなった後,腕が少しずつ上
がるようになり,死亡直前ころには頭の高さくらいまで上がるようになった。」(被告人B1
0回395ないし407項,19回236項等)などと供述している。次に,被告人Aは,「Aの体重
は,同居開始ころは約78キログラムあり,最も痩せていた平成7年8月か9月ころは約
50キログラムであり,死亡するころには約63キログラムまで回復した。」(被告人A17
回30ないし35項),「Aは死亡直前ころは甲156写真8よりは太っており,顔がそれよりふ
っくらとしていた。」(被告人A18回536・537項),「平成7年7月か8月ころからカロリーメ
イトを与えるようになってからも,Aの体重は目に見えては変わらなかったが,徐々に増
えていき,同年11月ころからは毎月一,二キログラムずつ増えていった。」(被告人A19
回69ないし72項),「Aの腕が上がらない症状は,良くなったり悪くなったりしながら,次第
に良くなっていった。Aの腕の状態は平成7年11月から平成8年1月か2月ころが最も
悪かったが,死亡するころには大分回復していた。」(被告人A18回181ないし193項)な
どと供述している。
 (ウ) 以上のように,甲女の公判供述と被告人B及び被告人Aの各公判供述との間に
食い違いが見られるので,Aの痩せや腕の状態が,平成8年1月上旬ころ以降,どのよ
うに推移したかについて,次に検討する。
 イ(ア) 甲156写真1ないし7と同写真8・9を比較すると,Aは約10か月くらいで同一人と
は見えないほど激しく痩せたことが外見上も明らかであり,同写真8・9の顔面の痩せ具
合から身体全体の痩せもその期間急激に進行したことが窺える(甲156,157,a58回
198ないし201項)。Aは,平成8年1月上旬ころには,前記第3の6,第6の3のとおり,身
体が著しく痩せ,腕が上がらないなどの重篤な症状が外見上も顕著に現れていたことが
明らかであり,その主たる原因は,後記第8の1のとおり,Aが激しい低栄養状態下に置
かれていたことであり,それが被告人両名が課していた過酷で理不尽かつ極めて非人
間的な食事制限に基づくことは明らかである。
 (イ) しかしながら,被告人両名は,平成8年1月上旬ころ以降も,Aの心身の異常な症
状や低栄養状態を治療ないし改善するための措置を全く講じていない。すなわち,被告
人両名は,Aを病院に連れて行くなどの医療措置を全く講じなかったのみならず,Aの体
調を気遣い,食事内容を根本的に改善するなどの措置を講じることもなく,引き続き浴
室内に閉じ込めてそれまでと同じように暴行や虐待を繰り返した。
 (ウ) もっとも,被告人両名は,Aに対し,①平成7年12月終わりころからすのこの囲い
の中で寝かせるのをやめて,浴室で寝かせるようになり,②平成8年2月初めころから
は通電もしなくなったことは,前記第6の2のとおりであり,③平成8年になってからの一
時期,何度かカロリーメイト等を与えた可能性もある(前記第7の3)けれども,これらは,
いずれも,後記第8の1のとおり,平成8年1月上旬ころには既に外見上も明らかに重篤
な症状を呈し,激しい低栄養状態,重い肝・腎機能障害を伴う何らかの内臓疾患に罹っ
ていて,医師による治療を必要としていたAの状態を改善ないし好転させるために有効
かつ適切な措置であるとは到底いえない。
 なぜならば,後記第8の1のとおり,Aの体重が減少したのはAが長期間激しい低栄養
状態に置かれていたからにほかならず,腕が上がりにくくなったのも,同様にそれによる
末梢神経障害の症状の一つであるところ,前記①,②は低栄養状態の改善とは無関係
であるし,③は,前記第7の3のとおり,そもそもカロリーメイトは含まれる栄養素に限り
があるから,被告人両名がマンションAでAにカロリーメイト等を与えても,栄養状態の改
善にはあまり効果がなかったと見られる上,後記第8の1のとおり,平成8年1月上旬こ
ろのAの病状は重篤で,医師による治療が必要な程度に至っていたから,Aの病状を好
転させるためには全く無力であったと考えられるからである。
 ウ 甲女の死亡直前ころのAの状態についての前記公判供述は,具体的かつ明確な
ものである(捜査段階での供述も同旨。甲184)。
 甲女は,マンションAでは常にAの傍で生活し,特に平成7年12月終わりころからはA
と共に浴室内で起居し,当時のAの状態を間近で観察できたものである。しかも,遅くと
も平成8年1月上旬ころからAに現れた異常な症状は,甲女にとっても極めて特異で印
象深く認識されたはずであるから,甲女はこれを強く記憶に刻みつけたと考えられる。し
たがって,この点につき甲女が虚偽を述べる可能性は少ないといえる。
 また,Aの症状は死亡直前まで悪化の一途を辿ったという甲女の公判供述は,前記イ
のとおり,被告人両名がAの低栄養状態等を改善する措置を何ら講じなかったこととも
よく符合している。
 さらに,Aは死亡直前ころにも依然として自分で食事をすることができず,甲女がスプ
ーンで食事を口に運んで与えていたと認められ(被告人B13回104・105項,甲女22回
458ないし472項),このことからも,Aの腕の状態は死亡直前ころまでかなり悪かったと
考えられるのであり,甲女の公判供述の信用性は高い。
エ 他方,被告人Aが供述するAの体重が回復した経過は,それ自体としていかにも不
自然,不合理であり,到底あり得ないことと考えられるから,信用できない。また,被告
人Bの供述は,その内容が漠然とした印象を述べる程度の曖昧なものである上,被告
人Bは,Aが平成8年1月上旬ころに甲156写真8のような状態に陥ったことについてさ
え,はっきりした記憶がないと供述しており(被告人B13回129ないし133項等。捜査段
階の供述も同旨。乙139),そのころから死亡直前ころまでのAの状態やその経過につ
いての被告人Bの記憶の正確性にはかなり疑問がある。また,被告人Bは捜査段階で
は前記ア(イ)のような供述をしていない。したがって,この点に関する被告人Bの公判供
述も信用できない。
 そして,被告人A及び被告人Bは,他に,Aの体重が増加したり,腕の状態が回復した
と認めるべき特段の事情について述べていない。
 オ(ア) 被告人両名が,平成8年1月上旬ころからも,Aに対し,低栄養状態を改善しな
いまま,暴行,虐待を継続した以上,Aの体重が増加したり,腕の状態が回復したりする
ことは,医学上通常はあり得ないわけであるが,腎機能が低下すると,腎臓で排出でき
なくなった水分が体内に蓄積され,全身がむくみ,ある程度体重が増加することは考え
られる。また,低栄養状態による末梢神経障害は,低栄養状態が継続しても,部分的に
回復することがまれにあり得るし,訓練や運動を繰り返せば回復することもあり得る。し
かし,このように一時的に回復したかのような現象が見られたとしても,低栄養状態,
肝・腎機能障害自体が改善されたわけではもちろんない(a60回146ないし148項)。
 (イ) また,甲女は,公判廷で,「被告人Aから,Aの腕が動くようにしろとの指示を受
け,Aの腕のマッサージ等をした。Aの腕の状態は改善しなかったが,甲女は,被告人A
に対し,Aの腕が動くようにわざと腕を動かせて見せたことがある。」旨述べている(甲女
22回473ないし512項,26回67項以下,28回329ないし354項等)。
 (ウ) 被告人A及び被告人Bが,Aの体重や腕の状態が回復したと考えたとすれば,そ
れは前記(ア),(イ)のような事情を見誤ったものと考えるほかない。
カ 甲女の公判供述によれば,Aは平成8年1月上旬ころ以降,更に痩せていき,腕の
状態も一層悪化していったことが認められる。
 もっとも,被告人A,被告人B及び甲女の各公判供述によると,Aの死亡直後,Aのトラ
ンクスや身体に大便による汚れはなかった,いずれも,死亡当日,Aのトランクスを下ろ
して大便をさせたことはないというのであるから,Aは,死亡当日,自分でトランクスを下
ろして大便をし,再びトランクスを引き上げたことになり,それだけの握力と肘を曲げる動
作をする余力はあったことになるが,重篤な肝・腎機能障害のある患者が,多臓器不全
を起こして死亡する直前ころまで,自分で衣服を着たり脱いだりする行動をすることもま
れに見られ,Aが死亡当日にこのような行動をすることができたとしても,不自然ではな
い(a60回65・66・149ないし152項)。
 (2) Aの腕が上がりにくくなった時期
ア 甲女は,公判廷で,「Aは,死亡する1週間くらい前ころ,すのこの囲いの中で通電
された後,その日から両腕が上がらなくなった。」旨述べている(甲女22回445ないし
462項,26回40ないし66項等。甲184・22頁も同旨)が,被告人Bは,公判廷で,「Aは,
すのこの囲いの中で寝ていた平成7年11月終わりころか12月ころから徐々に両腕が
上がりにくくなっていった。」旨述べており(被告人B9回940ないし949項,10回54ないし
58項等),Aの腕が上がらなくなった時期やその症状の経過についての両者の供述は食
い違っている。被告人Aは,公判廷で,「Aの腕の状態は,良くなったり悪くなったりしな
がら次第に良くなっていった。平成7年11月ころから平成8年1月か2月ころが最も悪か
った。Aが死亡したころには大分回復していた。」などと述べている(被告人A18回181な
いし193項等)。
 イ 被告人Bは,Aの腕が上がりにくくなった時期を前記アのように特定した根拠につ
き,「Aの腕が上がりにくくなったのは,Aをすのこの囲いの中で腕を縛って吊して寝かせ
ていたのが原因ではないかと思い,同年12月終わりころからは,Aをすのこの囲いの中
で腕を縛り吊して寝かせるのをやめ,浴室で寝かせるようになった。」旨,他の印象的な
記憶と結びつけて具体的に述べている。また,Aの腕が上がりにくくなった原因,機序
は,基本的に低栄養状態に起因する末梢神経障害によるものと考えられるが(後記第8
の1),被告人Bの公判供述はこのような医学的な原因,機序に照らしても自然である。
 ウ これに対し,甲女がAの腕が上がりにくくなった時期を前記アのように特定した根
拠につき述べるところは,被告人Bほどの具体性がない。また,甲女の供述するAの腕
が上がりにくくなった時期や経過は,前記イの症状の医学的な原因,機序に照らしてい
ささか不自然である。
 エ 以上によると,被告人Bの公判供述は信用でき,甲女の公判供述は信用し難い。
被告人Bの公判供述によれば,Aは平成7年11月終わりころから12月ころから腕が上
がりにくいという症状が現れ始め,徐々に症状が進行し,死亡直前ころまでその症状が
続いたことが認められる。
 (3) 被告人Bが「Aの死体解体時に甲156写真8のような斑点様の痕があったという記
憶はない。」旨供述していることについて
 ア 被告人Bは,公判廷で,「Aの死体解体時に甲156写真8のような斑点様の痕があ
ったという記憶はない。」旨供述している(被告人B10回96,342ないし347項等)。
 イ しかしながら,平成8年1月上旬ころAの身体には多数の斑点様の痕が見られたこ
とは,客観的証拠により明らかであり,甲女も,「Aの身体には死亡するまで斑点様の痕
が多数あった。」,「Aが死亡するまでの約2か月間で身体の斑点が減ったり治ったりし
たことはなかった。」旨供述しており(甲女20回119・120項等),被告人Aも,公判廷で,
「甲156写真8に見られるようなAの状態は記憶している。」旨供述している(被告人A1
8回538・539項)。
 被告人Bは,公判廷で,「当時,Aに対しては好感が持てず,不快感,嫌悪感をもって
おり,さほどの罪悪感もなく被告人Aと共に暴行や虐待を加えていた。その後にB一家
事件が起きたことから,Aの死亡直前の状態についての記憶が薄れてしまった。捜査段
階で甲156写真8を示されて,そのひどさに衝撃を受けた。」旨述べている(被告人B9
回956項,10回89項,11回758項,14回119項)。そうすると,被告人Bは,Aの身体に
見られた斑点様の痕についてさほど深い関心を払わなかったため,死亡直前ころのAの
状態が印象深く記憶されず,その記憶が保持されにくかった可能性が高い。
 ウ 以上に照らすと,前記アの被告人Bの公判供述は,Aが死亡するころにも,Aの身
体には甲156写真8・9に見られるような斑点様の淡暗赤褐色の変色部が多数あったこ
とを認める上で,妨げとはならない。
 5 Aが被告人両名に抵抗したりマンションAから逃走したりすることができなかった理由
(前記第6の4)
 (1) 被告人Aが「Aは被告人両名と同居することを自ら望んでいた。」旨述べていること
について
 ア 被告人Aは,公判廷で,①「Aは,被告人両名との同居期間を通じて,被告人両名
との同居生活を続けたいという気持ちをもっていたと思う。Aは,F社で窃盗をしたことを
気にしていたし,また,借金を抱えてもいたので,マンションAにいれば,Aの所在が警察
や債権者に分からないだろうと考えていたようであり,そのように言っていた。Aは,死亡
するころまで,そのような気持ちを持ち続けていたと思う。Aが被告人両名から暴行や虐
待を受けていたにもかかわらず,決して被告人両名に逆らうことなく,これを甘んじて受
け入れ,被告人両名との同居生活を続けていたのは,金を借りるなどするために被告人
Aの知恵を利用したいと考えていたからだと思う。」,②「Aが被告人Aの知恵を借りて乙
女から金を借りる話があり,Aは平成8年1月ころ,実際にそのために乙女に会った。」,
③「Aが借金をして工面した金は,すべて被告人両名の手に渡ったが,被告人両名はそ
の一部をAのした借金の返済にも充てた。」旨供述している(被告人A15回492ないし
510項,18回606項)。
 イ しかしながら,Aは,被告人両名との同居を開始した平成7年2月ころ,既に多額の
借金を抱えており(前記第3の2),しかも,無職であったにもかかわらず,被告人Aの要
求に応じて返済の見通しの立たない多額の借金を重ね,そのようにしてAが工面した金
はすべて被告人両名の手に渡り,Aは自ら工面した金を自由に使う余地が全くなかった
こと,Aが長期間にわたり繰り返し受けていた過酷な暴行,虐待の内容・程度(前記第6
の2),Aの身体,精神に顕著に現れた異常で重篤な症状等(前記第6の3)に照らすと,
被告人両名との同居生活は,Aにとっては苦痛に満ちたものでしかなかったはずであ
る。被告人Aの前記ア①の供述は,Aが被告人両名との悲惨な同居生活を続けていた
理由として到底首肯し得るものではない。
 ウ また,被告人Aの前記ア②の供述は,「Aと最後に会ったのは平成7年12月終わり
ころだった。」とする乙女の供述(甲176)に明らかに反している。
 エ さらに,被告人Aの前記ア③の供述については,第15回公判調書速記録添付の
「消費者金融等借入返済状況一覧表」によると,平成6年7月27日から平成7年7月31
日までの借入れ金額は合計184万1252円であり,同期間の返済額は合計46万606
4円に過ぎず,Aの借金の返済額は,被告人両名がAに借金させて受け取った金額に比
べて僅かであり,Aの借金の大部分は返済されないまま残っていることが窺われること
を見逃すべきではない。被告人Aは,「Aには証拠上現れていない借金があり,その返
済にも充てた。」旨供述する(被告人A15回504項)が,その供述には裏付けがない。
(被告人両名にとって,Aの借金は本来他人事であって,被告人両名が関与すべき事柄
ではない。この問題で重要なことは,被告人両名はAに作らせた金をAの借金返済に充
てたか,どの程度充てたか,という点ではなく,被告人両名がAに借金させて多額の金を
作らせた目的は何か,その際,強制等はなかったか,Aが借金して作った多額の金をす
べて被告人両名に渡したのはなぜか,という点である。)
 オ したがって,Aが被告人両名と同居し続けたのは,Aの望むところであったかのよう
に,あるいは同人の利益になることであったかのようにいう被告人Aの公判供述は到底
信用することができない。
 (2) 被告人Aが「Aと別居することを考えていた。」旨述べていることについて
 被告人Aは,公判廷で,「被告人Aは乙女から,AはWから,それぞれ金を借りて,被告
人両名は平成8年春ころからAと別居するつもりだった。Aや乙女ともその話をした。」な
どと述べている(被告人A18回113ないし117項)。
 しかしながら,被告人B及び甲女の各公判供述によると,被告人Aにそのような意図が
あったことを窺わせるような言動や態度は一切見出せない。さらに,Wは,「平成7年11
月,小倉駅前の喫茶店でAに会い,Aから70万円貸してくれと頼まれたが,これに応じ
なかった。その後,Aから1回電話があり,金を貸してくれなかったとして一方的に文句を
言われた。その後は全くAからの連絡がなくなった。」旨述べており(甲180),また,乙
女は,「平成8年1月下旬ころ,被告人Aとデートしているとき,Aの所在を尋ねたところ,
『所長(A)は彼女ができた。今は福岡の方にアパートを借りて彼女と一緒に住んでい
る。』などと言われた。その後,被告人Aから,『所長から脅されている。所長から被告人
Aと乙女が付き合っていることをYにばらすと言われ,600万円要求されている。』などと
言われ,そのとおり信じ込んでいた。」などと述べているのであり(甲176),これらの供
述からも,被告人両名とAが別居する計画があったことを窺わせるような事情は全く看
取されない。被告人Aの供述自体を検討しても,被告人AがAと別居することを実際に考
えていたことを窺わせるような具体的な事情は一切見当たらない。かえって,被告人A
が大里発言を聞き流したこと(前記第6の5)や,被告人Bが「被告人Aの意向に従って
将来もAと同居を続けるしかないと思っていた。」などと述べていること(被告人B12回
428・429項)からすると,被告人AはAと別居する意図を全く有していなかったことが強く
推認される。
 したがって,被告人Aの公判供述を信用することはできない。
 6 被告人Bは大里発言をしたか否かについて(前記第6の5)
 被告人Bは,公判廷で,「Aをすのこの囲いの中に寝かせ,腕が上がりにくくなってから
しばらくした平成7年11月か12月ころ,被告人Aに対し,『Aを大里に帰したらどうか。』
などと話した。その時,『囲いの中で手を吊って寝かせているので,手が動かなくなって
いるのではないか。』などとも話した。被告人Bが被告人Aにこのような話をもちかけたの
は,①Aを同居させて虐待を加えたり,Aに金を要求して受け取ったりすることが犯罪で
あるから,これ以上犯罪を重ねたくないと思ったこと,②Aの面倒を見るのが嫌だったこ
と,③Aとの同居を続けることが,長男や当時妊娠中であった次男にとっても良くないと
思ったこと,④Aの食費等のために出費がかさむこと,⑤Aの腕が上がりにくくなってお
り,病院で治療させる必要があると感じていたこと,⑥もともとAに好感が持てないでい
たことなどからである。しかし,被告人Aはこれを黙殺した。被告人Bは,被告人Aは一度
言って聞き入れなければ何度言っても無駄だと思ったことや,当時妊娠中であり,余計
なことを言って被告人Aから通電等の制裁を受けたくなかったことから,被告人Aに対
し,それ以上は言わなかった。」などと供述している(被告人B10,13,14回等。捜査
段階の供述も同旨。乙139)。
 他方,被告人Aは,公判廷で,「そのような発言はなかった。仮にそのような発言があ
れば黙殺するはずがない。」旨(被告人A16回515項,18回392ないし395項),甲女は,
公判廷で,「そのような発言を聞いたことはない。」旨(甲女29回343項),それぞれ被告
人Bの供述を否定している。しかしながら,被告人Bの供述は,発言内容,発言時の心
境,被告人Aの反応等をも含めて具体的かつ明確に述べたものである上,「大里発言を
したのは1回だけであり,被告人Aがこれに応じる様子がなかったので二度とは言わな
かった。」というのであるから,被告人Aにとってはさして気に留めるほどもないささいな
発言として記憶に残らなかったことも考えられるし,また,事柄の性質上,被告人Bは甲
女が近くにいないときに被告人Aに話をした可能性も十分ある。したがって,被告人A及
び甲女の各供述は,被告人Bが大里発言をしたという被告人Bの供述を排斥するに足り
ない。
 被告人Bの公判供述によれば,被告人Bは平成7年11月か12月ころ被告人Aに対し
大里発言をしたが,被告人Aはこれを聞き入れなかったことが認められる。
 7 Aの死亡時の経過及び状況(前記第6の6)
 (1) Aの死亡時の経過及び状況
ア(ア) 被告人BのAの死亡時の経過及び状況についての公判供述(被告人B10ない
し13回)は,具体的かつ明確なものである(なお,捜査段階の供述も同旨。乙145)。
 (イ) この点に関する甲女の公判供述(甲女20,24,32回等)の要旨は,次のとおり
である。
 Aの死亡当日,甲女は,学校帰りに公衆電話で被告人Bに連絡を入れた際,被告人B
から,「あんたのお父さんがうんこを漏らしとうけ。早く帰って掃除をしい。」と言われた。
甲女は午後4時ころ帰宅した。Aは浴室内の洗い場で,身体を浴室ドアの方に向け,あ
ぐらをかき頭を床につけた状態でいた。浴室洗い場のあちこちに大便が散らばってい
た。大便は軟らかく黄土色っぽいものだった。甲女は,帰宅してからも,被告人Bから,
早く浴室を掃除をするように言われた。甲女は,浴室の床に敷いてあった雑誌を取り除
いたり,床や壁をシャワーで洗い流したりして掃除した。被告人Bも,雑誌や大便を片づ
けて袋に入れる手伝いをした。Aは,掃除の間も浴室内におり,浴室入口付近であぐら
をかき,頭を床につけていた。Aは,甲女がAの尻の下にあった雑誌をどけるときに,尻
を少し浮かせるように,ゆっくりとした動作で体を動かした。そのとき,被告人Bが,「はよ
どかんか。」などと声をかけた。Aは,そのとき以外は全く身体を動かすことはなかった。
Aは,掃除の間,甲女,被告人B,被告人Aの誰とも話しておらず,終始無言でいた。被
告人Bは洗面所の浴室入口付近に立っていた。被告人Aは,洗面所付近を行ったり来
たりしていた。甲女が,浴室の壁や床にシャワーで洗い流していた間,Aは動かずその
ままの状態でいたが,「グオーグオー」といびきをかき始め,その後ぐったりした。被告人
Aは,Aがいびきをかき出したとき,被告人Bに対し,「あんたがご飯食べさせてないけや
ろうが。」などと言った。その後,被告人Aと被告人BがAを浴室から運び出し,Aを台所
の床に仰向けに寝かせ,被告人BがAのカッターシャツを脱がせた。被告人Bが,被告
人Aの指示で,クリップ付きの電気コードを用意して,Aの左胸と背中にガムテープで取
り付け,被告人AがAの身体に10回くらい通電した。Aは,通電されても身体を動かさな
かった(ぴくっとしたようにも感じた。)。甲女は,Aが通電された後も身体を動かさなかっ
たことから,Aが死んだことが分った。
 (ウ) これに対し,この点に関する被告人Aの供述(被告人A16,18回。乙14,26,2
8)の要旨は,次のとおりである。
 被告人AがAが浴室内で大便をしているのを最初に発見した。そのとき,Aは,肘をつ
いて横になって寝ていた。ドア近くの新聞紙上の2か所に,茶色か黄土色の大便があっ
た。Aは,「うんこしたよ。」などと言った。被告人Aは,すぐに,被告人Bに対し,Aが浴室
で大便をしている旨を伝えた。被告人Aは,Aに対しては,浴室で大便をした理由を尋ね
なかったが,文句を言ったかもしれない。Aは,それまでそのように浴室で大便をしたこと
はなかった。その後,被告人Aが被告人Bと一緒に浴室内の様子を見たとき,Aは浴室
内の中央辺りの一か所に大便や大便のついた新聞,雑誌を集めていた。その二,三十
分後,甲女が帰宅したので,甲女に浴室を掃除させた。甲女と被告人Bは,浴室の床に
敷いていた新聞か雑誌をビニール袋に入れ,床をシャワーで洗い流して,浴室の掃除を
した。被告人Aは,Aに大便が付いているかもしれないし,大便をして浴室を汚した本人
であるAを浴室から出す訳にはいかないと思ったので,浴室を掃除する間はAを浴室内
から出していない。Aは,甲女が浴室内の掃除をする間,掃除を手伝っておらず,浴室
内で立っていた。被告人Aは,甲女が浴室を掃除する間,洗面所におり,Aと話してい
た。被告人Aは,Aに対し,「なんでうんことかまりかぶるとね。なんば考えとっとね。」など
と文句を言った。被告人Aは,怒ってはいたがその語調は強くなかった。Aは,被告人A
の方を向いて立っており,「はい。すみません。」などと言い,被告人Aの話をうなずいて
聞いていた。被告人AとAが話をしていたのは5分間くらいだった。Aは,甲女が浴室の
床や壁をシャワーで洗い流していたとき,入口に背を向け,窓側を向いて立っていたとこ
ろ,突然倒れ,左側の壁に頭をぶつけ,その後前向きに倒れた。そのとき,浴室の床に
は新聞や雑誌は敷かれておらず,床のタイルが濡れた状態だった。被告人Aはそれを
洗面所から目撃した。浴室内に甲女がいたが,甲女の様子は覚えていない。Aが倒れる
際,甲女とぶつかったことはない。Aがなぜ倒れたのかは分からない。Aが倒れるとき手
足をついたかどうか分からない。被告人Aと被告人Bは洗面所にいた。Aは,倒れた後,
一旦のそっと自分で立ち上がり,浴室出入口の方に向かって来ようとしたが,洗面所と
浴室の境目で足を曲げてしゃがみこみ,前屈みになり,額を洗面所の床に付け,大きな
いびきをかき始めた。いびきは四,五分間くらい続いた。被告人Aは,Aは寝たのだろう
と思い,Aに声をかけて起こそうとしたが,起きなかった。被告人Aは,Aはそれまで立っ
ているときいきなり座り込んで寝ることはなかったが,被告人Aらと話をしている途中に
寝てしまうことがあったことや,Aが平成8年1月下旬に倒れたときの様子から,今回もA
がただ寝ているか,わざとそのようなことをしているかどちらかだろうと考えたので,Aに
重大な異常が起こったとは思わなかった。被告人Aは,しばらく様子を見ていたが,その
ときは無理に起こさず,後で文句を言おうと思い,浴室の掃除の邪魔になるので,被告
人Bと共にAを台所に運んだ。浴室の床を洗い流した後,Aを台所に運ぶために浴室か
ら出したとき,更に下痢状の大便があった。Aがしゃがみ込んでいびきをかいて寝てから
脱糞したのだと思う。その際,Aはトランクスとカッターシャツを着ていた。Aは,台所に運
んでからも,いびきをかいて寝ていた。その後は甲女が一人で浴室の掃除を続けた。被
告人Aは,台所でAに毛布をかけて寝かせ,しばらく様子を見ていたが,15分くらい経つ
と,いびきが止まった。おかしいと思い,指を鼻の穴に近づけたが息をしておらず,胸に
耳を当てても心音が聞こえなかった。被告人Aは,Aを蘇生させるために,Aに対し,人
工呼吸(マウス・ツー・マウス)を30分くらい続けた。被告人Bは,被告人Aの指示で,A
の手足をもんだり,心臓マッサージをしたりした。甲女は被告人Aの指示で手足をもん
だ。被告人Aは,電気ストーブをつけて,Aの身体を暖めた。その後,被告人Aは,呼吸,
心音,脈,瞳孔の状態を確認し,Aが死亡したことを確信した。しかし,被告人Bは,Aが
死亡したことを信じられない様子だった。そこで,被告人Aは,被告人AがAの足の指,
手,乳首に通電してみたが,Aには何の反応もなかった。被告人Aは,死体解体時,Aの
死因を知りたいと思い,内臓の状態を見た。肝臓を見ると脂肪が付いていたので,被告
人Bに対し,「肝臓が悪くなっている。」と言った。被告人Bは頭部の皮膚を剥がし,頭蓋
骨の上顎と下顎を外し,頭頂部にのみを当てて金槌で叩き割ろうとしたがうまくいかず,
額からこめかみにかけて,のこぎりで切り,頭蓋骨の頭頂部を外した。被告人Aは,頭頂
部を外した頭蓋骨に入った脳の状態を上から見たところ,脳の左側に血が付いていた。
 イ 被告人B及び甲女の各供述は,前記アのとおり,Aが,甲女が浴室を掃除している
途中,浴室内であぐらをかいたまま,上半身を前屈させて額を床に付けるような姿勢で
いびきをかき始め,そのままぐったりと動かなくなり死亡した,という大まかな経過につい
ては一致している。また,このような被告人B及び甲女の各供述は,前記第3の6,第6
の3において認定した当時のAの心身に顕著に現れていた重篤な症状に照らしても矛
盾はなく,自然である。
 ウ(ア) もっとも,甲女は,公判廷で,「甲女が浴室の掃除をする間,Aは浴室内の中央
付近におり,全く位置や姿勢を変えなかった。浴室内には床一面に雑誌が敷かれてい
た。甲女は,Aをそのままにして,床に敷かれていた雑誌を取り除き,床や壁をシャワー
の水で流した。」などとも供述する(甲女20回46項,24回177項)。しかし,甲女が,Aが
浴室内で大便をしたとして床一面に敷かれた雑誌等をすべて取り除き,シャワーの水で
床や壁を洗い流すなどして掃除をしようとする際,狭い浴室の中央付近にAを座らせた
状態,すなわち,床面の大部分をAが塞いだ状態のまま行ったというのは(その再現見
分状況は甲191のとおり),不自然さを免れない。また,甲女が,公判廷で,「Aは,甲女
がAの尻の下に敷いていた雑誌を取り除くとき,少し尻を動かすようにしたほかは身動き
をしなかったが,甲女がAの足や頭の下の雑誌を取り除くときにどのようにしたかは覚え
ていない。」(甲女24回60項),「Aは浴室の中央付近におり,甲女は浴室の壁や床をシ
ャワーの水で流したりしたが,その後Aを台所に運ぶとき,Aの衣服や身体が濡れてい
たか覚えていない。」(甲女20回59項,24回223項)と述べる点も,事件から長時間が経
過したことを考慮に入れないわけにはいかないが,説明として不十分な嫌いがあること
は確かである。
 (イ) 他方,被告人Bは,公判廷で,「甲女が浴室を掃除する間は,Aを浴室から出して
台所に移動させた。Aは,自分で立ち上がり,足形を書いた紙を足の下に敷いて自分で
移動させて台所まで歩いて行った。被告人Bは,台所でAの衣服が汚れていないか確か
めた。衣服を脱がせて確認したのが台所だったか浴室だったかははっきり覚えていな
い。被告人Bは,浴室の掃除が一通り終わってから,被告人Aの指示を受けて,Aを再
び浴室に入れた。」旨述べているが(被告人B10回206・207項,11回492ないし495項,
12回452ないし457項。もっとも,捜査段階では,「Aは浴室の外に出ていたはずだが,ど
のようにしていたかは覚えていない。」旨供述している。乙145),被告人Bは,はっきり
とそのような記憶があると述べている上,その供述内容は,浴室の状態,甲女が行った
掃除の方法等に照らし,甲女供述に比較し自然である。
 (ウ) なお,Aの死因及びその機序は,後記第8の1のとおり,激しい低栄養状態に基づ
く重度の肝・腎機能障害による多臓器不全であったと認められるが,かなり重篤な肝・腎
機能障害がある患者が,死亡直前ころにも自分で立ち上がったり歩き回ったりすること
もまれに見られるから(a60回149ないし152項),被告人Bの供述する死亡直前に見ら
れたAの行動は,Aの死因及びその機序とも矛盾しない。
 エ(ア) 他方,被告人Aの公判供述は,死亡直前ころAの身体・精神に現れていた諸症
状と全く整合せず,死への転帰が誠に唐突で不自然である。
 (イ)a 被告人Aの供述は,被告人B及び甲女の各供述に明らかに反している。その主
な点を指摘すると,次のとおりである。
 (a) 被告人Bは,公判廷で,「Aが浴室で転倒したり頭を壁や床にぶつけたりした物音
は聞いていない。甲女がAを怒鳴りつけるような声も聞いていない。Aは,被告人Bが浴
室を離れる前といびきをかいて動かなくなった後と同じ位置にいた。被告人Aは,Aが死
亡した直後には,被告人Bに対し,『いびきをかいて倒れた。』などと言ったほか何も説
明せず,Aが死亡直前に浴室で転倒して頭を強打したなどとは一切言わなかった。」(被
告人B12回602・607項,13回473・474項等)。また,「被告人Aは,Aの死体を解体する
に当たり,被告人Bに対し,『何で死んだのかよく分からないから,どこが悪いのかよく見
ておくように。』,『死因が何であるか探る意味で,きちんと脳等を見るように。』などと指
示した。」と供述している(被告人B13回341・342項)。
 (b) また,被告人Aが見たという脳や頭蓋骨の状態が被告人B供述と全く食い違って
いる。すなわち,被告人Bは,公判廷で,「Aがなぜ死亡したのか分からなかったので,
脳の障害が原因だったのではないかと疑い,死体解体の際,脳の状態を注意して見
た。頭蓋骨から頭皮を剥がし,甲女が頭皮から剃刀で髪の毛を剃った。髪の毛を剃った
後の頭皮の状態を見たが,傷や出血の痕は見られなかった。頭皮を剥いだ頭蓋骨に
も,傷等は見られなかった。頭蓋骨は,まず下顎と上顎を切り離し,耳の上辺りを輪を描
くようにぐるっと切り,頭蓋骨を上下逆さにし,下顎側から脳を形を崩さないように注意し
て取り出した。大脳はある程度形の整った状態のまま取り出せたが,小脳はつぶれた状
態だった。脳はとても柔らかく,触ると崩れそうだった。取り出した脳を手に取ってよく見
たが,人目で分かるような出血や血のかたまりは認められなかった。」,「被告人Aに脳
を見せたかどうかはよく覚えていないが,少なくとも,被告人Bが見た脳の状態を後で被
告人Aに報告した。被告人Aに脳を見せたとすれば,頭蓋骨に入ったままの状態で頭蓋
骨を逆さにして下顎側から見せたか,あるいは,頭蓋骨から取り出した状態で手にとっ
て見せたのであり,頭蓋骨に入った状態の脳を頭頂部側から見せたことはない。」,「被
告人Aが,死体解体中又は死体解体後に,『脳に出血の痕があった。』などと言ったこと
はない。」,「被告人Aが作成した乙26添付の『A君の脳の絵』と題する図面は,被告人
Bが見た脳の状態とは全く異なる。すなわち,同図面には,頭蓋骨の頭頂部を切断して
取り外し,脳を上から眺めた状態が描かれている点,脳に血のりや広がった血が付いて
いる点が,被告人Bが頭蓋骨から取り出して見たという脳の状態とは全く異なってい
る。」旨供述している(被告人B12,13,19,20回等)。
 (c) 甲女は,公判廷で,「Aが死亡する直前まで浴室で掃除をしていたが,浴室掃除を
しているときにAの頭を叩いたことはなく(もっとも,甲女は,他の機会にAの頭を叩いた
ことはあると供述する。),Aが死亡当日に浴室で転倒して壁や床に頭をぶつけたことも
ない。」旨明確に述べている(甲女20回178・179項,21回120ないし122項等)上,「甲女
は,Aの死亡直後,被告人Aから,『あんたが掃除しよるときに,あんたがお父さんの頭
を叩いた。だから死んだんだ。』と言われ,さらに,その二,三日後には,『Aが死んだの
は甲女がAを殴ったためAが壁に頭をぶつけたからだ。』などと言われるとともに,被告
人Aに命じられ,『甲女がAを殺した。』との事実関係証明書を作成させられ(甲女は,甲
18添付の平成14年2月15日付け事実関係証明書のほかにも,このとき作成させられ
た事実関係証明書が1通あると供述する。),『これを証拠として警察に提出すれば,甲
女は間違いなく逮捕される。』などと脅された。」とも供述している(甲女20回93ないし
179項,21回103ないし126項,25回433ないし439項等)。
 b このように,被告人Aの供述は,被告人B及び甲女の各供述と多くの重要な部分で
大きく食い違っている。
 被告人Bは,人の死体を解体したのはAが初めてであり,印象が深かったはずである
上,被告人Aから「きちんと脳等を見るように。」などと指示されて,死体の解体に当たっ
たわけであるから,Aの死体の様子や異常,特に頭部や脳のそれについては注意深く
観察したはずである。その被告人BがAの頭部や脳に傷や出血の痕があったことを明確
に否定していることは極めて重要である。また,甲女も,自分がAを叱ったり,押したり,
殴ったりしたことによってAが転倒し,死亡するに至ったのだとすれば,それ自体衝撃的
な出来事であるから,その旨供述するはずであるのに,甲女の供述にその旨の供述は
一切ない。甲女が殊更隠し立てをしたものではないことは,甲女は,被告人Aに指示さ
れたとは言え,生前のAに種々の暴行を加えたことがある旨しばしば供述していること,
他の機会にAの頭部を叩いたことも自認していることからして,肯定される。甲女が作成
した,自分がAを殺した旨の事実関係証明書は,他の事実関係証明書同様,被告人A
が責任転嫁や弱み作り,逃走防止等の目的から無理矢理作成させたものであるから,
これ自体は甲女の暴行が元でAが死亡したことを裏付ける証拠にならないのはいうまで
もない(このような内容の事実関係証明書を作成したことを甲女が供述したこと自体,甲
女に前記隠し立てをする意図がないことを物語っているともいえる。)。被告人Bと甲女
は,本件においては利害が絶対的に相反する立場にあり,両者の供述が一致している
こと自体,その供述は作為によるものではないことが強く推定される関係にあるから,そ
の両者が一致して供述していることは,それだけでも高い信用性があると見ることがで
きる。他方,これに正面から反する被告人Aの供述は,信用する余地が極めて乏しい。
 (ウ) さらに,被告人Aは,捜査・公判段階を通じて,重要部分の供述を大きく変遷させ
ているが,その理由については何ら合理的な説明をしていない。その主な点は次のとお
りである。すなわち,①被告人Aは,Aの死体解体時に見たという脳の出血の有無・部位
につき,「Aの死体解体時に脳の状態を見ると,脳の左側部分に血がべっとりと付いてい
た。」旨供述しているが(乙26,28),それ以前に行われた取調べにおいては,「死体解
体作業中のことで特に印象に残っていることはないか。」との質問に対し,死体解体時に
見た脳の状態について生々しく述べている部分があるのに,脳に出血が見られたことに
ついては一切供述していない(乙25)。また,「平成15年1月15日の取調べでは『脳の
右側部分に血が付いていた。』旨供述したが,それは検察官が示した脳の図面を上下
前後反対に見てしまい間違えたのである。」などと,血が付いていた脳の部位すら変更
する供述をしている(乙28)。また,②被告人Aは,公判廷では,「被告人Bと一緒に浴
室内を覗いたとき,Aが浴室内の中央辺りの1か所に大便や大便の付いた雑誌を集め
ていた。」旨供述しているが(被告人A18回8ないし12項),捜査段階では全くそのような
供述をしていない。さらに,③被告人Aは,捜査段階では,「Aが死亡したのは,浴室で
足を滑らせたか,甲女が押したために,転倒して壁と床で頭を打ったことが原因であ
る。」旨供述し(乙115),次に「甲女が浴室を掃除しているとき,Aの動作が鈍いことな
どに怒り,Aに対し,『あんた,さっさとしいよ。どきいよ。』などと怒鳴りながら,顔を拳骨
で1回殴ると,Aは転倒して壁と床に頭を打ち付けた。」旨を一旦は明確に供述しながら
(乙116),同一調書中で,「Aが何の原因で転倒したのかは分からない。甲女がAを拳
骨で殴ったのは,Aが死亡した当日のことではなかった。」などと供述を訂正しており,そ
の後は,「Aは,浴室で転倒して壁と床で頭と腹部を強打して事故死したことに間違いな
い。」旨(乙14,15),「Aは,浴室で転倒し,壁で左側頭部を打ち,床で頭部,胸部,腹
部を打ったことが原因で死亡した。Aが転倒した原因ははっきりとは分からないが,多分
滑って転んだと思う。」旨(乙117)供述している。
 このように,被告人Aの供述は,そもそもAの脳に出血があったこと及びその部位につ
いての供述に変遷がある上,転倒の原因についても,最初は足を滑らせたか甲女が押
したためと供述し,次に甲女がAを殴ったためと供述したけれども,これを翻し,それは
他の機会に目撃した出来事と混同していたとして供述を撤回し,最後は転倒の原因は
はっきりしないと供述するなど,供述が二転三転している。仮に,被告人Aが,Aの脳に
出血が見られたことや,その原因とも考えられる浴室内での転倒という重要な出来事を
自ら目撃したとすれば,それは衝撃的で強い印象を残す体験であるから,このような事
態は考え難いことである。
 オ Aの死亡時の経過及び状況に関する被告人B及び甲女の各公判供述のうち,甲
女が浴室内を掃除している途中でAが一旦台所に出たか否かという点については,甲
女の供述は信用できず,被告人Bの供述が信用できるが,その他の点については両者
の供述は大筋において一致し,信用できるのであり,これによれば,Aの死亡時の経過
及び状況については前記第6の6のとおり認められる。以上の認定に反する被告人Aの
供述は信用できない。
 (2) Aが死亡した後,被告人両名はAに対し人工呼吸や心臓マッサージ等の蘇生措置
を行ったか
被告人A及び被告人Bは,公判廷で,ほぼ一致して,Aが死亡した後,被告人両名はA
に対し人工呼吸や心臓マッサージ等の蘇生措置を行った旨明確かつ具体的に述べてい
るが,甲女はこれを否定している。
 しかしながら,被告人A及び被告人Bはいずれも救命措置を行った後,同じ機会にAの
身体に通電した旨,それ自体危険で被告人両名に不利益にもなりかねない事実をも併
せて述べていることに照らすと,被告人両名が殊更に虚偽の事実を述べたとは考え難
い。甲女にとっては,Aが突然死亡したことや,被告人両名がそのころAの身体に通電し
たことこそ衝撃的な出来事であったはずであり,これに比べれば,被告人両名がAに対
し救命措置を試みたことは,比較的印象の薄いこととして,甲女の記憶に残らなかったと
も考えられる。
 被告人A及び被告人Bの各公判供述によれば,被告人両名は,Aが死亡した後,Aに
対し人工呼吸や心臓マッサージ等の蘇生措置を行ったことが認められる。
第8 A事件に関する争点に対する判断
 1 Aの死因及びその機序
 (1) Aの死因及びその機序を判断するために前提となる医学的知見
 前掲関係各証拠(甲157,資料作成報告書《南山堂医学大辞典抜粋。以下,「医学大
辞典」という。頁を示すときは,便宜同書上部欄外にあるそれによる。》,a58,60回等)
によれば,次のとおり医学的知見が認められる。
 ア 低栄養状態
 (ア) 定義
 低栄養状態とは,生体に必要な栄養素が欠乏した身体の病的状態である。低栄養状
態には,カロリーが欠乏している場合もあれば,カロリーは十分に供給されているもの
の,たんぱく質等が欠乏している場合もある(甲157・3頁,医学大辞典405頁)。
 (イ) 一般的な機序
 低栄養状態で必要なカロリー(エネルギー)が不足すると,まず糖(グリコゲン)が,次
に脂肪が,更にはたんぱく質が,エネルギー源として消費され,その結果,細胞崩壊,
臓器障害と萎縮が起こる。また,たんぱく質は身体を構成する材料であるから,たんぱく
質が不足すると,細胞崩壊,臓器障害と萎縮が起こる(医学大辞典405頁)。
 (ウ) 症状
 低栄養状態において現われる症状は,①痩せること,②四肢に浮腫状の腫脹(むく
み)が発生すること,③感染症に罹りやすくなること,④痒疹が発生すること,⑤臓器障
害を生じること,⑥心理的異常,行動異常,意識障害を起こすことなどである(甲157・3
頁,医学大辞典405頁)。
 (エ) 具体的症状の機序
 a 痩せ
 低栄養状態のもとでカロリーが不足すると,まず糖分,次に脂肪分がエネルギー源と
して消費され,糖分が蓄えられている筋肉組織や脂肪が蓄えられている脂肪組織が萎
縮する。更に進行すると,たんぱく質も消費され,諸臓器等も萎縮する。このようにして
体重が減少し,痩せる。
 b 浮腫状の腫脹
 血液中のたんぱく質の欠乏が原因で,細胞内の水分が細胞外に出て間質に蓄積する
ことにより生ずる(ただし,水分補給がされていることが前提である。仮に水分補給がな
されていなければ完全に痩せ細ってしまう。)。すなわち,低栄養状態のもとで,たんぱく
質が不足すると,血液中や細胞内のたんぱく質も不足し,血液中,細胞内の浸透圧が
低くなり(たんぱく質濃度が薄くなるため),水分は血液中,細胞内から間質(細胞と細胞
の間)に蓄積され,浮腫が生じる。(甲157・3頁)
 c 感染症に罹りやすくなる
 低栄養状態,厳密にはたんぱく質が欠乏した状態になると,抵抗力が低下するので,
感染症に罹りやすくなる。(甲157・3頁)
 「抵抗力」とは免疫力のことである。免疫とは,体内に取り込まれた異物を排除したり,
取り込んで食べてしまう働きである。免疫力が働くためにはかなりのエネルギーを必要
とするが,低栄養状態のもとではそのためのエネルギーが十分に供給されなくなる。ま
た,低栄養状態のもとでは,免疫グロブリン(細菌やウイルスに結合して体外に排出す
る働きをする。)を産生するためのたんぱく質が少なくなり,免疫グロブリンに対し異物の
量が多くなり,感染症が進行する。また,肝機能障害があると,①肝臓の解毒作用が低
下し,ウイルスや細菌に感染しやすくなるため,また,②ビリルビン等の代謝ができなく
なるため,血液中に毒素がたまり,免疫グロブリンが機能しなくなり,感染症に罹りやす
くなる。さらに,腎機能障害があると,血液中の老廃物をろ過して排出できなくなり,尿素
等の毒素が血液中に増加し,細菌やウイルスに対する免疫力を発揮できなくなり,感染
症に罹りやすくなる。
 d 痒疹
 痒疹とは,皮膚に発生するかゆみを伴う発疹,丘疹を総称する。外傷性のものか内因
性のものかは問わない。痒疹の発生原因は様々であるが,低栄養状態,肝・腎機能障
害からの痒疹の発生機序としては,①低栄養状態,肝・腎機能障害によって,免疫力が
低下し,細菌に感染しやすくなり,皮膚表面にできた軽微な傷が化膿して痒疹に発展す
る,②低栄養状態,腎機能障害によって,電解質,微量元素,ビタミン等の異常により,
皮膚表面の血管の代謝が悪化し,皮膚の代謝ができなくなり,血液が鬱滞するなどして
丘疹ができ,かゆみを生じて掻くなどして化膿し,痒疹に発展する,③低栄養状態,肝・
腎機能障害により免疫機能に異常が生じ,皮膚表面で異常な免疫反応が起こり,痒み
を生じて発疹となる(じんま疹)などが考えられる。
 痒疹は四肢末端部に発生しやすい。その理由は,①常に外界にさらされ,外界と接触
することが多いので,外界からの刺激を受けやすく,皮膚が反応しやすいこと,②心臓
から遠いので血行が中枢部に比べて良くなく,栄養も届きにくく,皮膚が障害を受けやす
いこと,③痒疹はかゆみを伴うので,四肢末梢部の方が掻いたりこすったりしやすいの
で,発生すると治りにくいことなどである。
 e 臓器障害
 (a) 低栄養状態から臓器障害を生じる機序
 低栄養状態に陥ると,臓器を構成するたんぱく質が不足して細胞が崩壊し,組織の萎
縮,壊死が生じ,臓器障害が起こる。また,たんぱく質だけでなく,エネルギー,ビタミン
等の不足によっても,細胞膜が損なわれ,細胞膜を通して栄養を行き来させる機能が妨
げられ,細胞が損なわれる。
 すべての臓器が最終的には萎縮するが,心臓は比較的最後まで萎縮を免れ,脳は最
後まで萎縮しない。肝臓のような大きな臓器から萎縮していく。また,エネルギーの不足
により,肝臓の解毒作用,腎臓の老廃物排出作用が機能しなくなり,毒素や老廃物が肝
臓,腎臓に蓄積され,肝臓,腎臓の細胞が死滅し,肝・腎機能障害が生じる。
 (b) 低栄養状態から肝・腎機能障害,胃腸管障害を生じる機序
 エネルギーやたんぱく質が不足すると,肝臓,腎臓等の臓器を構成するたんぱく質が
エネルギーとして消費される。また,肝臓,腎臓の細胞がたんぱく質不足に陥ると,ビタ
ミン等の不足も相俟って,細胞膜を通してのエネルギー交換ができなくなり,細胞が死
滅する。また,免疫力が低下し,体内に毒素や老廃物が蓄積され,毒素や老廃物が肝
臓,腎臓の細胞を破壊し,肝臓,腎臓の機能を更に悪化させる。肝臓には胃腸管からの
血管がすべて集まり,肝臓は門脈を通して毒素を解毒するが,肝臓の解毒作用が損な
われると,胃腸管にも毒素の入った血液が還流し,胃腸管に障害が生じる。また,胃腸
管は食物の消化,運搬等に大量のエネルギーを必要とするが,エネルギーが不足する
と,少ないエネルギーで食物の消化,運搬を行ううち,胃腸管の粘膜細胞が破壊され,
胃腸管障害が進行する。このようにして,肝・腎機能障害と胃腸管障害は悪循環を繰り
返して進行していく。
 f 心理的異常,行動異常,意識障害
 低栄養状態のもとでは,①肝機能障害により,肝臓の解毒作用が損なわれ,アンモニ
ア等の毒素によって脳が侵されるか,あるいは,②低栄養状態において,脳の神経伝達
に必要なエネルギーが不足し,神経伝達が十分にできなくなり,高度の精神障害,意識
もうろう状態,さらには意識がなくなるなどの精神神経症状が生じることがある。
 イ 肝機能障害
 (ア) 肝細胞の壊死,変性による肝機能の低下ないし廃絶により,肝臓における代謝不
全から,血中に有毒物質が増加し,その結果,黄疸,発熱,腹水,腎障害(腎不全)症
状,出血傾向(ビタミンKの欠乏によることも多い。),肝性口臭,循環不全,精神神経症
状(肝性脳症),昏睡(肝性昏睡)を生じる(医学大辞典394頁)。
 (イ) 肝機能障害から諸症状を生じる機序
 a 腎機能障害
 肝細胞が死滅し,肝臓での解毒作用ができなくなると,血液中に有毒物質,老廃物が
蓄積される。腎臓は老廃物をろ過して排出するが,ある程度以上の大きさの老廃物や
有毒物質はろ過することができず,腎臓の糸球体が詰まって糸球体の細胞が死滅し,
腎機能障害を生じる。
 b 精神神経症状
 重篤な肝機能障害により,有毒物質(特に脳に有害なアンモニア,アミン類,低級脂酸
等)が血中に増加し,門脈から大循環を経て脳に達するため,精神神経症状を起こす。
頭痛,不安,興奮,羽ばたき振戦を起こし,昏睡へと進む(肝性昏睡)。また,記銘力低
下,幻覚,錯覚,異常行動がかなり長く続き,後に昏睡に陥ることがある(医学大辞典
395頁)。
 ウ 腎機能障害
 (ア) 腎機能障害による水・電解質バランスの異常と,蓄積した窒素代謝老廃物の毒性
作用により,広範な臓器障害を生じる(医学大辞典1067・1089・1579頁)
 (イ) 腎機能障害により広範な臓器障害を起こした状態が尿毒症である。腎機能が正
常の約10%以下に低下すると,尿毒症症状を生じる。尿毒症症状は,一般状態として
浮腫(むくみ),貧血,倦怠,食欲不振,悪心,中枢神経系の症状として意識障害,昏
睡,痙攣,末梢神経系の症状として運動及び知覚障害,神経伝導速度遅延等が生じる
(医学大辞典1579頁)。
 (ウ) 腎機能障害による尿毒症から諸症状を生じる機序 
 a 浮腫状の腫脹(むくみ)
 腎機能障害により,水分を十分に排出できなくなり,過量な水分が体内に蓄積される。
その一部が細胞外に出て,四肢の末梢部分に貯留し,浮腫状の腫脹が生じる。浮腫状
の腫脹は最終的には全身に生じるが,特に四肢末梢部分に目立つ。顔面にまで生じる
のはかなり末期である(a58回232・233項)。
 b 貧血
 腎機能障害が起こると,骨髄で赤血球を作るための酵素(エリスロポチエン)が腎臓で
産生されなくなり,赤血球が不足し,高度の貧血が起こる。
 c 中枢神経系の障害(意識障害,昏睡)
 腎臓で処理できなくなった尿素,窒素等の老廃物,毒物が体内に蓄積され,脳に作用
して脳神経を麻痺させたり,神経伝達作用を阻害したりして,意識障害,特異行動として
現れる。
 d 末梢神経系の障害(運動及び知覚障害,神経伝達速度遅延)
 ①低栄養状態下で神経伝達物質が産生されなくなり,また,②神経伝達物質を分泌す
るために,細胞膜を活性化するためのビタミンB群が不足し,神経伝達物質が分泌され
なくなり,両者が相俟って,重篤な末梢神経障害を生じる。
e 電解質の機能及びその欠乏症
 人間の体内にある電解質は,ナトリウム,カリウム,塩素等であり,細胞膜が種々の物
質を通過させるときの浸透圧を調節する役割を果たしている(たんぱく質も浸透圧を調
整する働きがある。)。低栄養状態により電解質が不足し,あるいは,腎機能障害により
水分が排出されなくなれば,血液の電解質濃度が薄くなり,血液,細胞内外の水・電解
質のバランスが崩れ,浸透圧が調節できなくなる。
 エ 多臓器不全
 多臓器不全は,まず肝臓,腎臓が侵され,次に脳,肺が侵され,最後に心臓が侵され
るというように進行する。多臓器不全で死亡する直前,特徴的な症状はない。いつごろ
どのような症状が現れ,どのような経過で死亡するかは様々である。眠るように死亡す
ることも,比較的元気な人が突然死亡することもある。感染症を経由して多臓器不全に
なることもある。肺炎に罹患し,細菌等が全身に回り,あるいはショックを起こして,既に
あった低栄養状態,肝機能・腎機能障害を更に悪化させ,最終的に多臓器不全に陥り,
死亡するという経過も起こり得る。多臓器不全による死亡の二,三時間前に,自分で衣
服を着たり,脱いだりすることはあり得る。
 (2) a作成の鑑定書(甲156)並びに同人の公判供述(a58,60回)及び検察官調書
(甲157)(以下,これらを総合して便宜「a鑑定1」という。)の内容
 ア Aの死因及びその機序
 j大学大学院教授医師a(以下,「a」という。)は,捜査機関から嘱託を受け,平成6年6
月27日から平成8年1月ころまでに撮影された,Aの身体の写真9点及び「Aの死亡日
を平成8年2月26日ころと特定した。」旨の報告書の写し1点を鑑定資料とし,Aの死因
や死亡に至った機序について,次のとおり鑑定した。
 上記写真に見られるAの状態及びその変化等を詳細に検討すると,①Aは平成7年3
月ころから平成8年1月上旬ころまでの約10か月間で急激に痩せたこと,②平成8年1
月ころには,四肢露出部に大小の淡暗赤褐色の変色部が見られるが,これらはその位
置や症状等から痒疹及びその掻爬痕であると考えられ,右下腿部では苔癬化している
ことから,かなりの長期間にわたり痒疹の発症が繰り返され慢性化していたことが窺わ
れること,③顔色が暗褐色調を呈するほどに悪いこと,④左上肢に浮腫状の腫脹が見ら
れることを指摘することができる。これらの所見を総合考慮すると,Aは平成7年3月ころ
から平成8年1月ころまでの約10か月間,激しい低栄養状態に置かれたため,急激に
痩せた。しかも,Aの急激な痩せ方からすると,Aはエネルギー及びたんぱく質が共に不
足した状態に置かれていたと考えられる。エネルギー不足によって痩せる場合,脂肪の
多い胴体部分から痩せていくのが一般なので,Aは,顔面の痩せの状態から身体全体
も急激に痩せたと判断できる。また,四肢の痒疹は,顔色及び左上肢の浮腫状の腫脹
から考えて,肝機能障害及び腎機能障害を伴う肝炎や肝硬変,腎不全等の何らかの内
臓疾患と低栄養状態の両者が原因となって発症した可能性が極めて高く,肝炎や肝硬
変,腎不全等の何らかの内臓疾患は,長期間の低栄養状態がその主因となったと考え
られる。したがって,Aは,平成8年1月ころ,低栄養状態にあったとともに,肝機能障害
及び腎機能障害を伴う何らかの内臓疾患に罹患していた可能性が極めて高い。平成8
年1月ころ,Aの四肢に痒疹が発症していること,浮腫があること,顔色が悪い,一,二
か月後に死亡していること,おかしな言動をしたり,言語が不明瞭になるなどの中枢神
経症状と見られる症状が出ていることなどからして,Aの肝機能障害及び腎機能障害を
伴う内臓疾患の程度は,かなり重篤で,放置すれば,すなわち,医者の治療を受けない
とか,低栄養状態が続けば,いずれは感染症によるものを含めた多臓器不全を誘発す
るような原因に陥って,死に至るものであった。Aは肺炎に罹患して死亡してもおかしくな
い状態にあった。さらに,痒疹の状態から見て,Aにはビタミン欠乏症による軽度のペラ
グラが発症していた可能性がある。ペラグラは日焼け様の皮疹,下痢,脱糞,末梢神経
障害,痴呆,運動抑制等が特徴的である。そして,Aが前記諸症状が見られた平成8年
1月ころの約一,二か月後に死亡したことからすると,一般的には,平成8年1月ころ発
症していた何らかの内臓疾患そのものにより,あるいはそれによる肝機能障害及び腎
機能障害が悪化し,最終的に多臓器不全を起こして死亡した可能性は極めて高く,した
がって,Aの死因は肝機能障害及び腎機能障害を伴う何らかの内臓疾患による多臓器
不全と考えるのが妥当である。Aを寒冷に晒すと,低栄養状態で免疫機能が低下し,細
菌感染や外部からの異物に対する作用が弱っているので,肺炎等を発症して,重篤な
状態に陥る。強いストレスを与えることも,低栄養状態で肝・腎機能障害の下で行うと様
々な害を及ぼす。短時間で食物を食べさせる行為も,低栄養状態で胃腸の機能が低下
しているので,嘔吐を起こしやすく,誤嚥により肺炎や胃腸管の穿孔を引き起こす。これ
らはAの死期を早める可能性がある。
 イ Aの救命可能性
 aは,公判廷で,Aの救命可能性について,次のとおり供述している(a58回29ないし
31,263・264項,60回174・175項)。
 Aは,平成8年1月上旬の時点で,そんきょの姿勢をとることができるくらいの筋力,体
力があり,同年2月26日ころに死亡するまで1か月半くらいの期間があるので,平成8
年1月上旬の時点で十分な設備のある医療施設で適切な治療を施せば,救命の可能
性はあった。具体的処置としては,低栄養状態を改善するには栄養を補給する。ただ
し,腎機能が悪化している患者に急激に高栄養を与えると腎不全を起こすので,治療は
難しい。肝機能障害については投薬・点滴を行なう。厳密な検査をした上,医師により腎
機能を悪化させないように患者の状態に合せて栄養を摂取させる必要がある。
 (3) a鑑定1の信用性
 ア 鑑定の基礎資料の正確性
 (ア) a鑑定1は,甲156写真1ないし9を主たる鑑定資料としている。特に,平成8年1
月上旬ころのAの状態が撮影された甲156写真8・9は,被告人Aが当時の日常生活に
おいて長男の食事の様子を撮影した際,長男の後方にいたAも偶然に撮影されたが(甲
582写真2・3),その写真のネガフィルムからAが写った部分を拡大して現像したもので
ある。
 ところで,写真に基づく鑑定においては,鑑定資料となる写真が鑑定の対象となる被
写体を正確に写しているかが特に重要となる。そこで,甲156写真1ないし9につき,Aの
身体に現れていた諸症状等の色調,濃淡等が正確に撮影されているかが慎重に検討さ
れなければならない。この点について,aは,公判廷で,「写真を鑑定資料とする場合,
写真が鑑定資料としての使用に耐え得るかを判断するために,同一のネガフィルムから
現像した複数の写真を比較したり,同一の被写体を撮影した異なるネガフィルムから現
像した複数の写真を比較したりする。本鑑定においては,鑑定に先立ち,①同一のネガ
フィルムから現像した大きさの異なる2枚の写真を示されたこと,②同一機会に撮影した
と思われる異なるネガフィルムから現像した2種類の写真(写真8・9)があったところ,写
真8・9は,その撮影当時Aに現れていた諸症状の色調,濃淡等を正確に写しており,そ
れらが,Aを目的として撮影した写真ではないことや,写真の一部を切り取り拡大したも
のであることは考慮に入れるとしても,Aの死因や病態を鑑定するための資料としては,
十分その使用に耐え得ると判断した。」と述べ(a58回89ないし131項),鑑定の基礎資
料の正確性とその理由を説明しているが,その説明は合理的である。
 (イ) aがAの特徴的な所見として指摘した前記(2)ア①ないし④の症状の存在,状態
は,写真の色調,濃淡の多少の差異にかかわらず,写真上において明瞭に観察できる
ものである。すなわち,①痩せ,④浮腫状の腫脹の存在及びその状態については,写真
の色調,濃淡に関わりなく明瞭に観察することができるし,②痒疹,③顔色の悪さについ
ては,他の皮膚表面部分の状態と比較することによって,その状態を明瞭に観察するこ
とができる。
 (ウ) したがって,甲156写真1ないし9(特に8・9)は,撮影当時のAの身体に現れてい
た諸症状,特に前記①ないし④の症状を正確に写し取っているといえるから,a鑑定1が
これらの写真を主要な鑑定資料としたことは相当であり,何らa鑑定1の信用性を損うも
のではない。
 イ 推論の方法及び過程の合理性
 a鑑定1は,写真から窺えるAの身体に現れた諸症状につき,医学的知見に照らしてそ
の原因を判定し,それを前提としてAの死因,死亡の機序を推論し,鑑定結果を導いて
いる。その推論の方法及び過程は合理的で納得し得るものである。
 ウ Aの食事内容との符合性
 a鑑定1の推論の過程及び鑑定結果は,鑑定の前提とはされておらず,鑑定後の公判
段階で明らかになった,Aの食事内容(すなわち,基本的に一日1回3合半くらいの白米
だけが与えられていたこと)とよく符合している。
 エ 被告人B及び甲女の各公判供述によって認められるAの心身の諸症状の説明可
能性
 a鑑定1は,遅くとも平成8年1月上旬ころにはAの心身に現れていた諸症状で,必ずし
も写真8・9に現れていない,被告人B及び甲女の各公判供述によって認められる前記第
6の3のような諸症状のいずれについても,次のとおり,医学的観点から,鑑定結果とも
よく整合する説明を十分になし得ている。すなわち,
 (ア) 約10か月間で著しく痩せたこと
 低栄養状態による。Aの短期間での顕著な痩せの進行や異常な症状等から,Aはエネ
ルギーもたんぱく質も共に欠乏した低栄養状態に陥っていたと考えられる。エネルギー
が欠乏した場合は,痩せが顕著な症状として現れるが,たんぱく質が欠乏した場合は,
神経,胃腸管,肝・腎機能障害等に伴う症状が現れる(a60回120ないし129項)。
 (イ) 腕が上がりにくくなったこと
 低栄養状態による末梢神経障害による。すなわち,エネルギーを産生するための酵素
となるビタミンB群が不足し,神経伝達に必要なエネルギーが産生されなくなり,末梢神
経障害が生じたことによる。
 (ウ) 動作が緩慢になったこと
 前記(イ)と同じ理由による。
 (エ) 異常な言動をするようになったこと
 低栄養状態による肝・腎機能障害により,肝臓が有毒物質(アンモニア等)を処理でき
なくなり,また,腎臓が尿素をろ過できず尿毒症になり,体内に蓄積された有毒物質や
尿素によって脳が侵され,精神神経症状としての心理的異常が生じたことによる。
 (オ) 言葉が出にくくなったこと
 ①低栄養状態によるエネルギー不足のため,脳内の言語中枢の神経伝達が阻害され
たか,②肝・腎機能障害により精神神経症状としての心理的異常の初発症状を生じた
か(前記(エ)と同じ),③低栄養状態による末梢神経障害によるか(前記(イ)と同じ),④筋
肉が萎縮してうまく発語できなくなったことによる。
 (カ) 突然失神して倒れたこと
 ①低栄養状態による神経伝達の阻害により,交感神経と副交感神経のバランスが失
われ,突然血圧が下がったり,突然脳への血液量が減ったりしたことによる。②腎機能
障害による尿毒症症状としての貧血とも考えられるが,その可能性は低い。
 (キ) 顔や手足がむくんだこと
 ①低栄養状態によるか,②腎機能障害による尿毒症症状である。
 (ク) かさぶたが多く見られたこと
 ①低栄養状態,②肝・腎機能障害により免疫力が低下し,細菌に感染したり軽微な傷
が大きくなったりしたことによる。
 以上のとおり,a鑑定1は,Aの心身に現れた前記第6の3のような諸症状についても,
鑑定結果と整合する合理的な説明をしており,鑑定結果の説得力を高めている。
 オ したがって,a鑑定1の信用性は極めて高い。
 (4) 結 論
 以上のとおりであり,a鑑定1によれば,Aは,平成8年1月ころには長期間にわたる激
しい低栄養状態の結果,肝・腎機能障害を伴う何らかの内臓疾患に罹患しており,加え
て,そのころから同年2月26日ころまでの間,引き続き十分な栄養を投与されず,適切
な医療を受けなかったため,肝・腎機能障害を伴う何らかの内臓疾患が更に悪化し,こ
れによって多臓器不全に陥り,死亡したことが強く推認される。
 Aは,被告人両名と同居し始めた平成7年2月ころ当時,33歳の青年であり,太り気味
ではあるが,表情は生気はつらつとしており,食欲も旺盛で,健康状態に特に問題はな
かった。ところが,僅か1年ほどの間に急死するに至ったものである。その間にまるで別
人のように痩せ,顔色は暗褐色を呈するほど悪くなり,四肢に大小の変色部が現れ,浮
種も見られるなど,見る影もないほど身体や健康状態が激変したわけであるが,このよ
うな平成8年1月上旬ころAに現れていた諸症状及びその推移,Aが死亡するに至った
経過等を合理的に説明することができる他の原因を具体的に想定することはできない。
 ウ したがって,Aの死因及び死亡の機序は,a鑑定1のとおりであったと合理的疑いを
超えて認定することができる。
 2 被告人両名がAに加えた暴行や虐待の危険性,Aの死亡との因果関係
 (1) Aは,かねて被告人両名が課していた過酷な食事制限等により,遅くとも平成8年
1月上旬ころには,激しい低栄養状態に加え,重度の肝・腎機能障害を伴う何らかの内
臓疾患に罹患しており,激しく痩せる,顔色が悪い,腕が上がりにくい,動作が緩慢,異
常な言動をする,言葉が出にくい,手足がむくむ,手足に多数の痒疹ができるなどの症
状が現れており,医師による適切な治療を施さずに放置すれば,更に多臓器不全に陥
るなどして死亡する危険性が高い重篤な状態に陥っていた。
 (2) それにもかかわらず,被告人両名は,平成8年1月上旬ころからAが死亡する同
年2月26日ころまでの間,①それ以前と同様,AをマンションAにおいて被告人両名の
絶対的支配下に置き,外出や行動の自由を完全に奪い,医師による治療を受けさせな
かった。その上,②Aに対し,過酷な食事制限を課して激しい低栄養状態を継続させた。
さらに,③Aに対し,薄着のまま,かつ十分な寝具及び暖房器具を与えることなく,浴室
での起居を強制したり,通電したり,シャワーで冷たい水道水をかけたり,空き瓶等で身
体を叩いたりするなどの暴行,虐待を仮借なく加え,Aの身体,精神を更に痛めつけた。
 a鑑定1によれば,被告人両名の上記暴行,虐待は,既にAに生じていた低栄養状態,
肝・腎機能障害を伴う重篤な内臓疾患を更に悪化させ,肺炎等の感染症に罹患させる
などして多臓器不全へ進行させ,死に至らせる可能性が極めて高い,非常に有害で危
険な行為であったことは明らかである。
 (3) Aの死因となった低栄養状態に基づく肝・腎機能障害を伴う何らかの内臓疾患に
よる多臓器不全の原因は,被告人両名の前記のような暴行,虐待に他ならず,それ以
外の原因によってAが死亡したとの合理的疑いを差し挟む余地はない。
 (4) そうすると,被告人両名の平成8年1月上旬ころ以降のAに対する暴行,虐待は,
客観的な行為としては,単なるいじめ程度のものでないのはもちろん,傷害,すなわち,
Aの身体の生活機能の障害ないし健康状態の不良な変更にとどまるものでもなく,医学
的観点からのみならず,社会通念に照らしても,Aの生命に重大な危険を及ぼす可能性
のある極めて有害な行為であり,かつ現実にそれによりAを死亡するに至らせたもので
あるから,殺人罪の実行行為(作為犯)に該当する(以下,「本件実行行為」という。)。
 3 殺意
 次に,被告人両名がAに対し殺意をもって本件実行行為を行ったといえるか否かが問
題となる。
 (1) はじめに
 ア 情況証拠による認定
 被告人Bは,捜査段階において,「被告人両名は,平成8年1月上旬ころにはAが死ん
でしまうかもしれないと思っていたが,引き続きAに対し暴行,虐待を加えて死亡させ
た。」旨,未必の殺意を認めるような供述をしている(乙138ないし141,143,145
等)。
 ところが,被告人Bは,公判廷では,「Aが死亡するとは思っていなかった。」旨供述し,
一貫して未必の殺意を否認しているところ,被告人Bは,そのように供述を変遷させた理
由につき,「捜査段階では,Aに対して償いようのないことをしたとの深い罪悪感から,あ
えて未必の殺意を認めるような供述をしていたが,B一家事件が次々に立件されるに至
り,B一家事件について真実を伝えるためには,A事件についても自分の記憶するとお
りに供述しなければいけないと思い,公判段階では,殺意についても自己の記憶のとお
りに供述することにした。」などと述べている(被告人B10回127ないし173項,12回
492ないし495項,13回218ないし233項等)。
 しかしながら,殺意の有無・内容というような主観的事情については,被告人の供述を
過大視することは適切ではなく,むしろ情況証拠から,すなわち,Aに外見上現れていた
諸症状やその経過,被告人両名がAに対して加えた暴行や虐待の性質・内容,程度等
に照らし,社会通念上,被告人両名が本件実行行為によってAが死亡するに至ることを
認識・認容していたといえるか否かによって判断するのが至当である。そして,これは被
告人両名の共謀の有無・内容の認定についても当てはまることである。
 イ 殺意の認定に必要な認識の程度
 被告人両名は,Aに対し繰り返し加えた暴行,虐待がAの身体,精神に与えた害悪の
内容及びそれを原因としてAが死亡するに至った機序等について,被告人Aが人一倍健
康に気を使い,健康法や薬等についての知識が豊富であったこと(乙264,265,ただ
し,被告人B関係。被告人A16,51,67回)を考慮に入れてもなお,前記1で認定した
ような医学的観点からの詳細な認識を有していたとは認められない。しかしながら,殺意
の認定に当たっては,医学的観点からの詳細な因果の流れを認識・認容していたことは
必要ではなく,あくまで社会通念の範囲で,因果の大まかな流れを未必的にせよ認識・
認容していれば足りるというべきである。なぜならば,上記程度の認識があれば,人は
「人を殺してよいか。」という規範の問題に直面せざるを得ず,その答えを厳しく求められ
るのであり,その上で死という結果を認容したならば,殺人の故意として欠けるところは
ないからである。
 (2) 殺意の認定に積極に働く事情
 ア Aの心身の諸症状に対する被告人両名の認識
 遅くとも平成8年1月上旬ころAの身体,精神には,外見上も明らかに異常で重篤な諸
症状が現れており,その後もAの心身の諸症状は悪化していき,平成8年1月下旬ころ
には失神して倒れたほどであった。したがって,被告人両名においても,遅くとも平成8
年1月上旬ころには,Aが内臓疾患等何らかの疾患に罹患していることを十分に認識で
き,かつ認識しており,その認識は日を追う毎に高まっていったと推認するのが合理的
である。
 イ Aに対する暴行,虐待の有害性や危険性に対する被告人両名の認識
 加えて,被告人両名がAに対して加えた過酷な食事制限や諸々の暴行,虐待は,Aの
身体,精神を異常な状態に陥らせた原因にほかならず,被告人両名はそのことを当然
に認識でき,かつ認識していたと推認される上,被告人両名が平成8年1月上旬ころか
らも同じようにAに対して過酷な食事制限を含む諸々の暴行,虐待を継続することが,既
に重篤な状態に陥っていたAにとって非常に有害で危険な行為であることは明白であ
り,被告人両名は,そのようなAに対し,引き続き暴行,虐待を繰り返せば,Aは死亡す
るに至る危険性があることを十分認識でき,かつ認識していたと推認される。すなわち,
被告人両名がAに課していた食事制限が,Aの生存に必要なエネルギー,栄養素の所
要量を満たさない過酷なものであることは明らかだったから,被告人両名は,そのような
食事制限を継続すれば,いずれAは衰弱死するかもしれない,あるいは,そのようなAに
対し,1月,2月ころの寒い時期に薄着のまま,十分な寝具や暖房器具を与えることな
く,マンションAの浴室での起居を強制して常に寒冷に晒したり,冷たい水道水を浴びせ
たり,食事時間を食べ物を十分咀嚼できないような短い時間に設定し,守れないと通電
したりするなどの暴行,虐待を加えれば,いつAが誤嚥によるものを含む肺炎等の感染
症に罹患するなどして重篤な状態に陥り死亡するかもしれないということは認識でき,か
つ認識していたと推認されるのである。
 ウ Aに対する暴行,虐待の継続
 しかるに,被告人両名は,平成8年1月上旬ころからAが死亡するまでの間,Aに対し,
相変わらず食事制限,通電等の暴行,虐待を継続しており,方法の変更・手直しはあっ
ても,Aに対する暴行,虐待を軽減した事情は全く認められない。その間Aを病院に連れ
て行ったことも連れて行こうと相談したこともなく,実家に帰らせることさえ口にすることは
なかったのである。1月,2月ころの寒い時期に薄着のまま十分な寝具や暖房器具を与
えられることなく,浴室での起居を強制されただけに,被告人両名による暴行,虐待はA
の心身にひとしお応えたであろうことは容易に推察される。これらのことは,被告人両名
がAが死亡しても構わないと考えていたことを窺わせる有力な事情になる。
 エ Aの利用価値が乏しくなったこと及びAを外に出せなかった事情
 (ア) さらに,次のような事情も被告人両名にAに対する殺意があったことを支持する事
情となり得る。
 すなわち,①平成8年1月上旬ころには,もはやAは金を工面することができなくなって
おり,金づるとしての利用価値が乏しくなっていた上,②Aは,かねての被告人両名の支
配下における継続的な暴行,虐待により重篤な状態に陥り,外見上も異常な症状が顕
著に現れていたが,Aを病院で治療させたり,実家に帰したりすれば,当時指名手配中
であった被告人両名の所在が探知されたり,被告人両名がAに暴行,虐待を加えたこと
などが発覚したりするおそれがあった。そうすると,当時,被告人両名にとって,Aはもは
や邪魔で疎ましい存在でしかなかったことが推認される。
 (イ) もっとも,被告人両名は,既に指名手配を受け,警察の捜査を逃れて生活してい
たのであり,これに加えてAの殺人という重罪を犯せば,それに伴い死体の処理等の困
難な犯跡隠滅工作をも行わざるを得ず,警察の追及も厳しくなり,かえって大きな危険
や不利益を伴うことになる。
 しかしながら,被告人両名は,Aが死亡した当日,蘇生措置をとるなど,慌ただしく行動
したことが窺われるが,Aの死亡に動揺や衝撃を受けた様子はさほど見受けられず,早
くも翌日には死体の解体に着手し,被告人Aが知恵を出し,被告人Bが具体的な作業に
従事し,甲女も手伝って誠に手際よくこれを終え,肉片や骨・歯などを公衆便所や海洋
等に投棄して,隣人等に全く悟られることなく,完璧かつ徹底的な罪証の隠滅を行い得
たものであって,してみれば,被告人両名,特に被告人Aには,Aの死の予見とともに,
そうなった場合の死体解体を含む処置についてそれなりの見通しがあったことが看取さ
れるのである。そうとすれば,前記のようなAを殺害した場合の危険や不利益は,被告
人両名にとって現実にはさほど大きなものではなかったと考える余地が十分にある。
 (3) 殺意の認定に消極に働く事情
 ア Aが死亡直前も食事を残さなかったこと等
 Aは,死亡直前ころに至るまで,食事を制限時間内に残さず食べ,体調不調や苦痛を
訴えたこともなかった。一般的に,重い肝・腎機能障害に罹患した患者でも,死亡直前こ
ろまで日常生活を比較的支障なく送ることができる場合も少なくなく,患者に末期的症状
が現れるまでは,患者自身も周囲の者も生命にかかわるほどの危険はないと思い込
み,病院を受診するのが遅れたりすることもときどきある(a60回180項)。
 しかしながら,Aが死亡直前ころまで食事を残さず食べたとか,体調の不良や苦痛を訴
えなかったというのは,当時Aは自由を奪われた絶対的な隷属状態に置かれていたこと
に照らすと,被告人両名がAは何らかの疾患に罹患していると認識していたと認定する
妨げとはならない。重篤な肝・腎機能障害を患った患者が死亡直前まで日常生活を支
障なく送れる例が世上あるとしても,Aの場合は,前記のとおり,何らかの重篤な内臓疾
患が強く疑われる症状が外観上顕著に現れていたのであり,健康障害を疑うのが当然
である。
 イ Aの心身の諸症状の回復現象等
 また,Aの死亡直前ころ,Aの心身の諸症状が,見方によっては平成8年1月上旬ころ
に比べて若干回復したようにも見える現象,すなわち,腎機能低下による全身のむくみ
や体重増加,訓練等による末梢神経障害の一時的な回復という現象が現れていた可能
性も否定し切れない。さらに,甲女が被告人Aの手前,Aの腕が動くようになったように
見せかけたことも考慮すべきである。
 しかしながら,Aは平成8年1月上旬ころ既に心身が重篤な状態に陥っていたことは外
見上も顕著であり,被告人両名はそれ以降もAの生活状態を改善せず,医療措置を講
じることもなく,過酷な食事制限を初めとする暴行,虐待を継続したのであるから,Aが
既に陥っていた重篤な状態が悪化することはあっても,回復することはおよそ考えられ
ない状況にあった。たとえAの体重が増加したり腕の状態が改善したりする若干の現象
が見られたとしても,その原因は前記第7の4(1)のようなものであったと考えられ,一時
的かつ部分的な現象に過ぎず,動作の緩慢,異常言動,発語の不自由,身体のむく
み,全身に発生した痒疹等の重篤な諸症状は依然として存続していたのだから,外見
上なおAが内臓疾患等の疾患に罹患していることを窺わせるに十分であった。
 したがって,前記の点も被告人両名の殺意を否定すべき事情としては,甚だ弱いもの
である。
 ウ Aをすのこの囲いの中で寝かせるのを止めたこと等
 被告人両名は,前記第6の2,第7の3のとおり,①平成7年12月終わりころからAを
すのこの囲いの中で寝かせるのを止めて,浴室で寝かせるようになり,②平成8年2月
初めころから通電をしなくなり,③平成8年になってからの一時期,Aに何度かカロリーメ
イト等を与えた可能性もある。しかしながら,前記第7の4のとおり,医学的観点から見
た場合,上記①ないし③はいずれも,激しい低栄養状態,重い肝・腎機能障害に陥って
いて医師による治療を必要としていたAの病状をいささかでも好転させ得るものではな
いし,被告人両名の上記各措置をもって,被告人両名にAに対する殺意がなかったこと
の表れと見ることは到底困難である。
 エ Aに対する蘇生措置
 被告人両名は,Aの死亡後,人工呼吸,心臓マッサージを行い,更には通電による電
気ショックを与えるなどしたが,この点が被告人両名の殺意の認定に消極に働くかを検
討する必要がある。
 被告人両名が行った人工呼吸,心臓マッサージはAを蘇生させるための行為と見るこ
とができる。しかしながら,肝心なことは,Aを蘇生行為が必要な状態に追いやった原因
は何かということである。それはほかならぬ被告人両名の過酷な暴行,虐待である。被
告人両名が真実Aの生命を尊重しており,その死を認容する意思がなかったのであれ
ば,直ちに暴行,虐待を中止し,Aを病院に連れて行き,あるいはAの生活状態を抜本
的に改善することこそ先決であり,本質的な事柄である。
 次に,被告人両名がAが意識を失ったあとに行った通電は,Aの胸部等にクリップを取
り付け,何回も通電するという,それ自体Aの生命への大きな危険があるものであり,こ
れをもって蘇生行為と見ることは到底できない。
 そうだとすれば,被告人両名がAに人工呼吸等の蘇生措置を講じたことも,被告人両
名の殺意を否定する事情としては微々たる要素でしかないというべきである。
 (4) 結 論
 以上のとおりであって,殺意の認定に積極に働く前記(2)の事情を総合すれば,被告人
両名に,平成8年1月上旬ころからAが死亡するに至るまでの期間,Aに対する殺意が
あったことが極めて濃厚に推認されるところ,殺意の認定に消極に働く前記(3)の事情は
それ自体無視し得るほどに微々たる要素でしかなく,他にこれを消極的に解すべき特段
の事情は認められないから,被告人両名には,上記の期間を通じてAに対する殺意が
あったことが優に推認されるといわなければならない。ただし,以上に検討したところに
よれば,被告人両名に確定的な殺意があったとまでは認め難く,被告人両名の殺意は
未必的な殺意の限度にとどまるというべきである。
 4 共謀の存否及び内容
 (1) 認定事実に現れた共謀に関する前提事実
 ア 被告人両名が逃走生活を送っていたこと
 被告人Aと被告人Bは昭和57年ころから交際を始めた。被告人Bは,家族や親族に
被告人Aとの交際を反対されながらも被告人Aに惹かれていき,昭和60年3月ころには
被告人Aとの交際を続けるため実家と分籍するなどした上,実家を離れて被告人Aと生
活するようになり,被告人Aからたびたび暴力を受けることはあっても,被告人Aのもと
から離れることはなく,内縁の夫婦としての関係を深めていった。被告人Aと被告人B
は,平成4年7月,被告人Aが経営するB社の資金繰りに関連して,共謀して詐欺及び
暴力行為等処罰に関する法律違反の罪を犯し,警察の捜査(後に指名手配を受けた。)
を受ける羽目になるや,被告人Aは,警察から追われる身になったことを強く意識し,時
効成立まで逃走しようと考え,被告人Bも被告人Aと同様の思惑から,被告人Aに従って
逃走することを目論み,二人で逃亡した。
 イ 逃走資金等の調達方法等
 被告人Aと被告人Bは,平成4年10月ころ,北九州市内に転居してくると,被告人Aは
人目を避け,自ら働いて金を稼ぐことはせず,他人を金づるとして取り込み,他人に金を
提供させて生活しようとの考えから,Rを金づるとして取り込み,同女に金を提供させる
ようになった。被告人Bも被告人Aを頼り,被告人Aに従って逃走を全うするため,被告
人Aの計画に同調して積極的に協力し,被告人Aと共にRの提供する金に頼って生活
し,また,逃走生活のために複数の生活拠点が必要であるとの被告人Aの考えを受け,
自らも偽名を使うなどして他人名義で複数の居室の賃借の手続をするなどした。
 ウ Aへの接近,取込み
 平成6年3月31日にRが死亡した後,被告人AはAを金づるとして取り込もうと考え,
被告人Bも被告人Aに同調し,平成6年5月ころ,その指示を受けて,Aに羽振り良く振る
舞い,虚偽の儲け話を持ちかけて30万円を出させた上,被告人Aに引き合わせて両者
を結びつけ,平成6年12月,被告人AがAの弱みを握るためにAに事実関係証明書を
作成させた際,自らも立会人として記載し署名したり,被告人Aと示し合わせ,Aに働き
かけて強姦まがいの行為をするように仕向け,Aにその事実を認める旨の事実関係証
明書を作成させたりして,被告人Aの計画に積極的に協力し,重要な役割を果した。
 エ 甲女との同居
 被告人両名は,平成6年10月ころから,甲女をマンションAに同居させ,Aに対し,甲
女の養育費等の名目で高額な金を要求するようになったが,被告人AはAを金づるとし
て取り込むために,甲女を同居させたものであり,被告人Bもこのような被告人Aの意図
を知った上で,マンションAにおいて甲女と共に生活し,甲女の伯母Uを装うなどして,被
告人Aの計画に積極的に協力した。
 オAとの同居
 被告人Aは,平成7年2月,Aを金づるとして一層深く取り込み,また,被告人両名の逃
走生活の盾としても利用するため,同人をマンションAに同居させて支配下に置いた。被
告人BもマンションAにおいてAと生活を共にし,Aを監視したり,Aが借金を依頼するた
めに外出する際に同行したりして,前記のような被告人Aの意図を知った上で,積極的
に協力した。
 カ Aに対する暴行,虐待
被告人Aは,Aに対し,平成7年4月ころから,自ら暴行,虐待を加えたほか,被告人B
にも指示して,Aに暴行,虐待を加えさせた。被告人Bは,かねてAに対し募らせていた
不快感,嫌悪感も相俟って,被告人Aの指示があれば唯々諾々と従い,Aに対し躊躇な
く仮借のない暴行,虐待を加えた。具体的には,Aの身体に通電する,ペンチで身体を
挟む,空き瓶で身体を叩く,食事制限を実行する,すなわち,被告人Aの指示どおりにA
の食事を用意して与え,食事時間の制限を守るよう監視する等である。また,被告人A
の指示を受けて,暴行や虐待に使用するための道具,すなわち,通電のためのクリップ
付きの電気コード,Aを叩くための栄養ドリンクの空き瓶に棒を取り付けた道具,Aを入
れるためのすのこを組み合わせた檻等を製作して被告人Aに渡した。
 キ 大里発言
 平成7年11月か12月ころ,被告人Bは,被告人Aに対し,Aを実母W宅に帰したらどう
かという意味で,「Aを大里に帰したらどうか。」と話しかけた(大里発言)が,被告人Aは
これを聞き入れなかった。被告人Bが大里発言をしたのは,Aの身体,精神の状態が悪
くなったことを認識したからにほかならないが,被告人Aは,Aを引き続き被告人両名の
もとに置いて,それまで同様の暴行,虐待を続けようとしたものであり,被告人Bもこのよ
うな被告人Aの意図を知るや,それ以上異論を唱えることはなく,Aを実家に帰す提案を
二度としなかった。
 ク Aの心身の異常症状の出現
遅くとも平成8年1月上旬ころには,Aの身体,精神に,外見上も明らかに異常な症状,
すなわち,激しく痩せる,顔色が悪い,腕が上がりにくい,動作が緩慢,異常な言動をす
る,言葉が出にくい,手足がむくむ,手足に多数の痒疹ができるなどの症状が現れてお
り,平成8年1月下旬ころには失神して倒れたほどであり,被告人Aと被告人Bは,平成
8年1月上旬ころ,Aが内臓疾患等何らかの疾患に罹患していることを認識していた。そ
れにもかかわらず,被告人Aは,AをマンションAから出して病院に連れて行けば,指名
手配中である被告人両名の所在やAに対して加えた暴行や虐待が警察に発覚するので
はないかとおそれ,Aを病院に連れて行かず,生活状態の改善も全くしなかった。その
結果,Aは死亡するかもしれないが,そうなっても構わないと考えたのであり,被告人B
も被告人Aと同様の考えであった。結局,Aの前記症状出現後も,被告人Aは,自ら又は
被告人Bに指示して同人に行わせる方法で,Aに対し過酷な暴行,虐待を繰り返し加え
続け,被告人Bも被告人Aの指示に唯々諾々と従い,Aに対し躊躇なく仮借のない暴
行,虐待を加え続けた。このように,被告人両名は,平成8年2月26日ころAが死亡する
ころまで,Aに対し,通電,食事制限を初めとする過酷な暴行,虐待を加え続けた(ただ
し,通電は同年2月初めころまで。)。
 ケ Aの死亡,死体解体等
 Aが死亡すると,被告人Aは,被告人Bや甲女に対し,Aの死体を解体して処分するこ
とを提案し,同人らにその方法,手順等を指示した。被告人Bは被告人Aの提案を受け
るや,Aの死体の解体・処分作業を積極的に引き受け,被告人Aの指示を受け,甲女を
手伝わせるなどしてこれを完璧にやり遂げ,徹底的に犯跡を隠滅した。また,被告人B
は,被告人Aの指示を受け,Aが金を借りていたVに対し,平成11年3月ころまで,毎月
Aの借金の返済を続け,Aが生きているかのように装った。
コ被告人両名の内縁の夫婦としての一体性
 被告人Aと被告人Bは,Aと知り合ったころから同人が死亡するまでの期間に限って
も,内縁の夫婦としてマンションAで同居し,長男の育児,次男の出産等を経て,夫婦と
しての実質,一体性は強くなっていった。被告人両名間に,夫婦生活の根本的問題,す
なわち,生活手段や生活の現状,夫婦のあり方等を巡って,大きな意見の不一致や確
執,感情的対立等があったことを窺わせる事情は,少なくとも上記期間に関する限り,何
も見当たらない。
確かに,被告人Bは被告人Aの意に沿わない態度をとったときなどには,被告人Aから
殴る蹴るなどの暴力を振るわれた。回数は平成9年4月以降と比べ少なかったものの,
通電されることもあった。しかし,被告人Aは,被告人Bと交際していたころから粗暴性を
顕にし,しばしば被告人Bに殴る蹴るなどの暴力を振るったものであって,これは基本的
に被告人Aと被告人Bの間の揉め事による一時的,限定的なものであり,被告人Bが,
Aのように,自由を奪われ,絶対的な隷属状態に置かれて,日常的な暴行,虐待に晒さ
れていたわけではない。被告人Bは,終始被告人Aと共にAを支配し,これに暴行,虐待
を加える側にあったものであり,この基本構造に変わりはなかった。
(2) 共謀の認定に積極に働く事情
前記(1)の前提事実から指摘できることは,①被告人両名は内縁の夫婦としてマンショ
ンAで共同生活を送っており,二人の間には既に長男がおり,次男を妊娠中で,被告人
両名には夫婦であることへの十分な自覚があったこと,②被告人両名は,共犯事件であ
る詐欺事件等につき共に警察の追及を受けていたが,時効完成まで逮捕を免れたいと
の強い動機,目的があったこと,③②の理由から,被告人両名は仕事をして生活費や逃
走資金を得るわけにいかず,他人を金づるにして金を巻き上げようと計画したこと,④③
の理由からAに接近し,これを取り込んで,弱みを握り,支配した上,理不尽で過酷な暴
行,虐待を加え,Aに金を作らせ,これを全部取り上げたこと,⑤被告人両名は,Aが低
栄養で,肝・腎機能障害を伴う内臓疾患に罹患し,それによる症状が心身に顕著に現れ
ても,暴行,虐待を止めなかったこと,⑥被告人両名がAに対して暴行,虐待を加えた期
間は少なくとも約10か月間と長期である上,暴行,虐待の内容はAの意思,行動,日常
の起居動作等,いわばAの全生活,全人格にわたる広範なもので,かついずれも過酷,
理不尽で極めて非人間的なものであり,これが意図的な行為であることは明らかである
こと,⑦Aが死亡するや,被告人両名は直ちに死体を解体,処分するという非道行為を
行い,犯跡を徹底的に隠滅したこと,⑧以上の各計画,行為を通じ,これを主導したの
は被告人Aであることは明白であるが,被告人Bも,被告人Aに同調し,被告人Aの指示
に忠実に従い,暴行,虐待を実行するなど,必要な役割を果たし,Aの死体解体の際は
作業を進んで申し出たほどであったこと,以上の諸点であり,これらは,被告人両名間
のAに対する殺人の共謀の認定に積極に働く事情となる。
 (3) 共謀の認定に消極に働く事情
 次に,被告人両名間のAに対する殺人の共謀の認定に消極に働く事情について検討
する。
 ア 被告人Aと被告人Bは,内縁の夫婦ではあったものの,前記(1)の前提事実のとお
り,被告人Aはしばしば被告人Bに殴る蹴るなどの暴力を振るったもので,これはAとの
同居期間においても同様であり,被告人Bに通電することさえあったから,このような粗
暴性を具え,絶対的存在であった被告人Aに対して,被告人Bが逆らうことはもちろん,
何らかの異見を述べることも容易ではなかったことが認められる。
 したがって,仮に,被告人Bが,被告人AからAに暴行,虐待を加えることを内容とする
指示を受けたとき,これを拒否したくても,拒否することは事実上不可能,あるいは著しく
困難であり,また,被告人Aから逃走したくても,逃走することは事実上不可能,あるい
は著しく困難であった,これらのことから万やむを得ず被告人Aの指示に従った,という
ような事情があったとすれば,それは共謀の認定に消極に働く事情となり得ると考えら
れる。
しかしながら,次に述べるとおり,被告人Bに上記のような事情があったとは認められ
ない。
 (ア) Aの取込み,支配の合目的性
 Aの取込み,支配は,当時,被告人両名は,B社時代に犯した共犯事件等に対する警
察の捜査,指名手配から逃走中であり,多額の逃走資金が必要とされたところ,仕事に
就いて働けば,人目に付きやすく,所在が発覚しやすいという被告人両名の思惑から,
被告人両名によって,意識的,合目的的に選択された,他人を金づるにして金を巻き上
げ,それで生活するという計画に基づくものである。Aに対する暴行,虐待は,Aを取り込
み,支配するために必要な手段であり,また,その必然的な結果でもある。そして,現実
に,被告人両名は,Aから多額の現金を取り上げ,それで逃走生活を送っていたのであ
って,Aの取込み,支配による利益を享受していた点では,被告人Bは基本的に被告人
Aと異ならない。これらの事情は,被告人Aはもちろん,被告人Bも承知していたはずで
ある。
 (イ) 暴行,虐待は過酷,理不尽,非人間的なものであること
 被告人BがAに加えた暴行,虐待は,被告人Aに指示されたものであるとはいえ,通
電,食事制限,排便時の監視・排便後の処置,果ては大便を食べさせた行為など,どれ
をとっても過酷,理不尽かつ極めて非人間的なものである。被告人Aの指示に逆らえば
通電等の制裁があり,それが怖くて拒否できなかったという一般的,消極的な理由だけ
では説明が困難である。
 (ウ) 被告人Bの抵抗の著しい消極性,Aに対する同情心の欠如
 被告人Bは,平成8年1月上旬ころ以降,被告人Aの指示に逆らったことがなかったの
はもちろん,心身に異常な症状が現れたAを病院に連れて行くことやAの生活状態を改
善することに関連して,被告人Aに意見を述べたことは一度もなかった。Aの心身を気遣
って被告人Aに内緒でAに対する暴行,虐待に手加減を加えたことも,被告人Aが不在
のときなどに,Aを励ましたり,滋養に富む物を作って食べさせたことも,全くなかったの
である(甲女に対しても同様であった。)。被告人Aへの恐怖はあるとしても,人としての
良心や被害者,病人への思いやりを失わなければ,Aのためにできることは何かあった
はずである。また,被告人Aに意見すれば通電等の制裁を受ける,だから何も言わない
というのは短絡的である。例えば,平成8年1月上旬以降のAを見て,被告人Aに病院に
連れて行くことやAの生活状態を改善することを勧めたり,それらの意思がないか聞い
てみたりすることは,Aの生命に関わる問題であっただけに,被告人Aにとっても重大で
慎重に決断すべき事柄であったから,あえて意見しても被告人Aから通電等の制裁を受
けることはなかった可能性が高い。現に,被告人Bが平成7年11月か12月ころ被告人
Aに大里発言をした際も,被告人Aはこれを聞き入れこそしなかったが,通電等の制裁
はなかったのである。してみれば,被告人Bに大里発言以外にその種の行動で見るべき
ものが何もなかったというのは,やはり看過できないことであって,この点はそれに即し
た見方をしないわけにいかない。甲女が被告人両名のことを「悪魔に見えた。」と,これ
以上ない厳しい言葉で評していること(甲女23回393項)は,軽視すべきでないと考えら
れる。
 (エ) 被告人Bの暴行,虐待等に一部自主的側面があること
 被告人BがAに加えた暴行,虐待は,被告人Aに指示されて行ったものが多いが,必
ずしもそれだけではなく,被告人Bが被告人Bの意思で加えたものもある。例えば,具体
的な時期は明確でないが,被告人Bが被告人Aの指示でAに通電している際,被告人A
の指示を超えて被告人B自身の意思で,Aに通電することもあった。Aとの同居前及び
同居後しばらくの期間,被告人Bが自分の意思でAを叩いたり小突くなどしたことがあっ
たが,その回数は被告人Aとさして変わらない。
 さらに,これは暴行,虐待そのものではないが,被告人Bの行為の自主性という点で
見過ごせないことは,Aが死亡し,その死体の解体,処分という人倫に反する非道な行
為で,Aにとってこれ以上の冒涜はない行為をする羽目になったとき,被告人Bが進んで
これを引き受け,被告人Aの指示は受けたものの,被告人Aの手を煩わす余地がない
ほど,完璧にこれをやり遂げたことである。
 (オ) 被告人Bに逃走の機会があったこと
 被告人Bは,外出することが許され,現に毎日買物に出かけていたのであるから,被
告人Aから逃走しようと思えば,いつでもその機会はあった。外出した際は何度も被告
人Aに連絡を入れなければならず,また,被告人Aからの連絡も入ってきたが,これらの
ことが逃走を不可能,あるいは著しく困難にしたとは考えられない。B一家事件につき述
べるように,被告人Bは平成9年4月,被告人Aに無断で出奔し,大分県大分郡湯布院
町に行って,当座の宿や仕事を見つけることまでしたのである。しかし,被告人Bは,Aと
知り合ったころから同人が死亡するまでの期間,被告人Aのもとから逃げようとしたこと
は一度もなかった。
 (カ) 以上の諸点からすると,被告人Bは,被告人AからAに暴行,虐待を加えることを
内容とする指示を受けたとき,これを拒否したくても,拒否することは事実上不可能,あ
るいは著しく困難であり,また,被告人Aから逃走したくても,逃走することも事実上不可
能,あるいは著しく困難であって,これらのことから万やむを得ず被告人Aの指示に従っ
ていたと考えることはできない。
 むしろ,被告人Bが被告人Aの指示に何ら反対等せず,心身が異常な状態に陥ったA
への同情心も湧かず,被告人Aのもとから逃走することもせず,被告人Aの指示に唯々
諾々と従って,暴行,虐待を実行し,その結果,Aを死亡させたのは,畢竟,被告人B自
身が被告人Aと同様,加害者としての目と心をもって,それのみでAに接していたことの
証左であると考えるほかない。
 そして,更にいえば,被告人Bは,被告人Aとの交際,内縁の夫婦としての共同生活,
B社時代の体験,A親子との同居生活等を通じ,次第に善良さや思いやりなどの人間的
徳性を喪失していき,これに代わって狡猾さや残忍性などの犯罪性向を身に付け,これ
を深化させたものであり,その一つの到達点を示すものがA事件であったという見方が
できるのである。
イ 他に,被告人両名間のAに対する殺人の共謀を消極的に解すべき特段の事情は
認められない。
 (4) 結 論 
 以上によれば,被告人両名は,平成8年1月上旬ころには,いずれも殺意(未必の殺
意)をもって,相互に相手方の行為を利用し,補充し合って,一体となって,Aを死亡させ
ることについての意思を少なくとも黙示的に通じ合ったこと,すなわち,被告人両名の間
にAを死亡させることについての共謀が成立したことが優に推認される。
 5 結 論
 被告人両名は,共謀の上,Aに対し,殺意(ただし,未必の殺意)をもって,本件実行行
為を行い,よって,Aを死亡させたものであり,被告人両名につきAに対する殺人罪が成
立する。
第9 A事件に関する被告人A弁護人の主張に対する判断
 1 公訴棄却を求める申立てについて
 (1) A事件の公訴事実(以下,「本件公訴事実」という。)
 被告人両名は,かねてより北九州市a区cd丁目e番f号所在のマンションAにおいて,
知人のA(当時34歳)をその自由を制約するなどして自己らの支配下に置いていたもの
であるが,平成8年1月上旬ころには,同人が肝機能障害ないしは腎機能障害等により
身体がやせ細り,四肢には多数の痒疹が生ずるなど医師による適切な医療を要する状
態に陥っていたところ,被告人両名は,共謀の上,殺意をもって,そのころから同年2月
26日ころまでの間,同人を同室内の狭あいな浴室に閉じ込めるなどした上,その生存
に必要にして十分な食事を与えず,長時間の起立あるいはそんきょの姿勢をとること,
また,厳寒の時期にもかかわらず,身体の保温に必要にして十分な寝具及び暖房器具
を与えることなく同浴室の洗い場で就寝することを強制し,さらに,同人を木製の囲いの
中に入れるなどして,その胸部に電気コードの電線に装着した金属製クリップを取り付
け,同電気コードの差込プラグと,電圧100ボルト,電流30アンペアの家庭用交流電源
に差し込んだ延長コードの差込口とを接続して同人の身体に通電させたり,その身体を
殴打,足蹴にするなどの暴行を加え,これらの虐待行為を継続的に繰り返すなどによ
り,上記肝機能障害ないしは腎機能障害等を悪化させるとともに同人を衰弱させ,よっ
て,同日ころ,上記マンションAにおいて,同人を上記障害等による多臓器不全により死
亡させて殺害したものである。
 (2) 被告人A弁護人の主張
 被告人A弁護人は,「本件公訴事実は,日時,場所及び方法をもって罪となるべき事
実を特定して訴因が明示されておらず,公訴提起の手続が刑事訴訟法256条3項に違
反し,罪刑法定主義,憲法31条に違反するほどに重大かつ明白なものであるから,刑
事訴訟法338条4号により判決で公訴を棄却するべきである。」旨主張する(弁論要旨
25ないし33頁)。
 (3) 被告人A弁護人の主張する本件公訴事実の問題点
 ア 本件公訴事実は作為犯を内容とするものであるとの検察官の釈明を前提とすれ
ば,本件公訴事実中,「その生存に必要にして十分な食事を与えず」,「厳寒の時期にも
かかわらず,身体の保温に必要にして十分な寝具及び暖房器具を与えることなく」の各
記載は,いずれも,作為による実行行為を記載したものとはいえず,不作為を記載した
余事記載と見るべきであり,訴因を不明確にしている。仮に,この不作為を除いた作為
のみで結果が発生したものでないとすれば,本件公訴事実は殺人の罪となるべき事実
を記載していないことになり,刑事訴訟法339条1項2号にも該当する。
 イ 「同人を木製の囲いの中に入れるなどして」の記載中の行為は,不能犯であり,明
らかに殺人の実行行為性を欠くので余事記載であり,これも訴因を不明確にしている。
 ウ 本件公訴事実に記載されたAに対する種々の虐待行為,すなわち,長時間起立し
あるいはそんきょの姿勢をとることを強制したこと,浴室の洗い場で就寝することを強制
したこと,身体に通電したこと,身体を殴打し足蹴にするなどの暴行を加えたこと,これら
の虐待行為を継続的に繰り返したことにつき,それぞれの行為が行われた詳細な日
時,継続時間,回数,頻度,方法等が明らかでない。また,本件公訴事実中には,「(こ
れらの虐待行為を継続的に繰り返す)などにより」とあり,検察官は,「本件公訴事実に
記載された実行行為は例示である。」と釈明しているところ,検察官によれば,「本件公
訴事実は単純一罪である。」というのであるから,殺人罪の実行行為の記載としては,
「など」では不明確である。本件公訴事実の罪数を,検察官主張のように単純一罪では
なく,併合罪であると考えれば,各行為について各別に日時・場所・方法をもって罪とな
るべき事実を特定しなければならないのであるから,本件公訴事実の記載の仕方は一
層問題である。いずれにせよ,本件公訴事実の記載では,被告人は防御権の行使が事
実上不可能である。
 エ 検察官の釈明によれば,被告人両名がAに対して加えた種々の虐待行為が,全体
として単純一罪としての殺人の実行行為であるというのであるが,一つ一つは到底殺害
行為とは評価できない行為であるのに,恣意的にこれを集積総合して一つの殺害行為
と評価することは,行為と結果との因果関係も曖昧にし,刑法の犯罪論を根底から覆す
ものである。
 オ 本件公訴事実は殺人の実行行為としての定型性がなく,罪刑法定主義,憲法31
条に違反する。
 (4) 被告人A弁護人の主張についての検討
 「本件公訴事実は作為による殺人の実行行為である。」,「本件公訴事実の罪数は単
純一罪である。」という検察官の各釈明を前提とすれば,本件公訴事実は,被告人両名
が,共謀の上,本件公訴事実記載の時期・期間,単一の継続した殺意に基づき,肝機
能障害ないし腎機能障害等により医師による治療を要する状態に陥っていたAに対し,
本件公訴事実記載の種々の暴行,虐待を繰り返し行ったことなどにより,上記肝機能障
害等を悪化させるとともに,同人を衰弱させ,それによる多臓器不全により死亡させたと
いう趣旨のものと理解することができる。そして,被告人両名が共謀の上殺意をもって上
記暴行,虐待を行ったこと,暴行,虐待の時期・期間,場所,被害者,被害者に対し行っ
た主要な暴行,虐待,その方法・態様,結果及び因果関係等が具体的に記載されてい
る。罪となるべき事実はかなり多岐にわたるが,行為の時期は具体的に特定され,期間
も短く,場所は1か所でかつ具体的に特定されている。被告人両名がAに対して行った
種々の暴行,虐待のうち,本件公訴事実を特徴づけ,かつ,被害者の身体に与えた影
響が大きいと考えられるような暴行,虐待を例示的に記載し,その余を「など」として概括
的に記載することも,訴因を不明確にし被告人の防御を困難にする事情がない限り許
容されるところ,本件公訴事実においては,例示部分が相当具体的であり,上記各事情
はいずれも認められない。審判の対象は他の犯罪事実から識別が可能な程度に特定さ
れ,被告人の防御の範囲は自ずから限定されおり,被告人の防御の見地から見ても,
本件公訴事実の訴因は十分に明確である。個々の行為を見れば殺人の実行行為性を
欠くが,一連の行為を全体として見ると殺人の実行行為性を帯びるという事案も,社会
的事象として存在することを否定し得ず,そのような事案が殺人罪の構成要件の定型を
欠くとはいえないし,それに即した処理をすることが刑法の犯罪論を覆すものともいえな
い。
 (5)結 論
 以上のとおりであり,本件公訴事実の訴因は特定され,十分に明確であり,被告人の
防御を不可能ないし困難ならしめる事情は何ら存在しないから,被告人A弁護人の公訴
棄却の申立ては前提を欠くものであり,採用することができない。
 2 甲女の公判供述の信用性に関する主張について
 (1) 被告人A弁護人は,「Aの死亡時の状況についての甲女の公判供述には,不自然
な部分や曖昧な部分が多く,甲女が検察官に迎合して虚偽の供述をしているおそれが
ある。」旨主張する(弁論要旨35ないし39頁)。
 Aの死亡時の状況について,甲女の公判供述をそのまま信用することができないこと
は,前記第7の7で述べたとおりである。しかしながら,甲女の公判供述は,Aが,死亡
当日,甲女が帰宅後浴室を掃除している途中,浴室内であぐらをかいたまま,上半身を
前屈させて額を床に付けるような姿勢でいびきをかき始め,そのままぐったりと動かなく
なり死亡した旨を明確に述べている点が特に重要であり,この点が供述の核心的部分
である。同時に,それは,甲女にとって,最も衝撃的な体験として印象深く記憶したと考
えられる事実である。他方,浴室内でのAの姿勢や動き,衣服の濡れや汚れ具合,甲女
はAがいつの時点で死亡したと思ったか等,被告人A弁護人が甲女の供述内容が不自
然又は曖昧であると指摘する点は,上記の核心的部分に比べればいずれも周辺事情
であり,甲女の記憶に残りにくく,体験時点から相当の年月が経過した供述時点におい
て,それなりの不自然さや曖昧さが出てくるのは無理のないことと考えられる。したがっ
て,その点を理由に,前記の核心的部分の供述をも甲女の記憶違い又は捜査機関へ
の迎合等に基づく虚偽供述であると決め付けることはできない。Aの死亡時の状況につ
いての甲女の公判供述には,被告人Bの公判供述とも一致しない部分が少なからず見
受けられるので,この点から考えても,甲女が専ら捜査機関に迎合して殊更に虚偽の供
述をしているということはできない。
 (2) 被告人A弁護人は,さらに,Aが受けた虐待の状況やAに現れた症状等に関する
甲女の公判供述についても,「①Aがすのこの囲いの中や浴室で寝かされた状況,②A
の腕が不自由になってから甲女がAに食事を食べさせた状況,③Aに対して行われた通
電の回数や理由,④Aの腕が不自由になった状況,⑤Aがすのこの檻に閉じ込められて
通電や虐待を受けた状況等に関する甲女の公判供述は,迫真性や臨場感に欠け,曖
昧な部分が多く,具体的な供述を求めると『分からない。』,『覚えていない。』としか答え
られないことが多いので,甲女は思い込みや意図的な創作により虚偽の供述をしてい
る。」旨主張する(弁論要旨39ないし55頁)。
 被告人A弁護人が主張するように,甲女の公判供述には,曖昧な部分や,具体的な状
況について証言を求められ答えに窮した部分が少なくない。しかしながら,甲女は,①に
ついて,Aや甲女がすのこの囲いや浴室の中での就寝を強制されたこと,②について,
Aの手が不自由になってから,甲女がスプーンで食事をAの口に運んで与えたこと,③
について,AがマンションAでの同居期間を通じて頻繁に身体に通電されたこと,④につ
いて,Aの腕が上がらないという症状が現れたこと,⑤について,Aがすのこを組み合わ
せて作った檻の中に入れられて通電や虐待を受けたこと等,それぞれの核心的部分に
ついて,極めて特異な体験を次々と供述しているのであり,それらの内容自体からも,そ
れらが真実の体験に基づくことが強く窺われる上,それらの供述は被告人Bの公判供述
とも概ね一致しているのであるから,それらの供述が記憶違いや創作による虚偽供述で
あるとは考え難い。①ないし⑤のそれぞれにつき,全体的見地からは周辺事情に過ぎな
い具体的な状況についての供述が曖昧であるとしても,甲女の公判供述の核心的部分
の信用性は動かないというべきである。
 3 被告人Bの捜査・公判段階における各供述の信用性に関する主張について
 被告人A弁護人は,「被告人Bは,共犯者としての自己の刑責を軽減しようとして,被
告人AをA事件の首謀者に仕立て上げるため,種々の虚偽供述をし,供述を変遷させて
いる。」として,次のとおり主張する。
 (1) 「Aの食事回数についての被告人Bの公判供述は,捜査段階から変遷している。」
(弁論要旨57・58頁)
 Aの食事回数について,被告人Bは,捜査段階では「一日1回」と供述していたが,公
判段階になると,「一日2回」と供述を変遷させている。その点については,被告人Bの
公判供述は信用することはできず,甲女の公判供述に基づき,Aの食事回数は基本的
には一日1回であったと認定されることは,前記第7の3で述べたとおりである。しかしな
がら,Aの食事回数が一日1回又は2回のいずれであったにせよ,被告人Bの公判供述
によれば,基本的な食事内容は一日当たり丼1杯(3合程度)の白米であったというので
あるから(被告人B66回,捜査段階でも同旨。乙141・19頁),被告人両名がAに課した
食事制限が極めて過酷なものであったこと自体については格別の差異はない。そうする
と,被告人Bが公判段階において殊更自己の刑責を軽減させるなどの意図をもってAの
食事回数について供述を変遷させたとは考え難い。
 (2) 「Aにカロリーメイトを食べさせたことについての被告人Bの供述は,捜査段階と公
判段階とで食い違っている。」(弁論要旨58頁)
 この点については,「カロリーメイトにバナナ,牛乳,レバンコンク等を混ぜた食事を『栄
養満点スペシャルメニュー』と称して何度か与えたことがある。」という趣旨では,被告人
Bの供述は,捜査・公判段階を通じて一貫しており,何ら矛盾,変遷はないといえる。
 (3) 「被告人Bは,捜査段階ではAに対する未必の殺意を認める旨の供述をしていた
のに,公判段階では否認に転じたが,このことは被告人Bが自己の責任を軽減しようと
する供述態度の表れである。」(弁論要旨58ないし63頁)
 被告人Bは,捜査段階においては,「被告人らは,平成8年1月上旬ころにはAが死ん
でしまうかもしれないと思っていたが,引き続きAに対し暴行,虐待を加えて死亡させ
た。」旨,未必の殺意を認めていたが(乙138ないし141,143,145,333,334
等),公判段階では,「Aが死亡するとは思っていなかった。」旨,未必の殺意を否認し
た。しかしながら,被告人Bは,捜査段階では,「被告人Aにも未必の殺意があった。」旨
供述していたが,公判段階では,「被告人Aの内心は分からない。」として,被告人Aにと
って有利にも供述を変遷させている。したがって,未必の殺意についての供述に変遷が
見られることをもって,直ちに,被告人Bが自己の刑責を軽減するため,あるいは被告人
Aを引き込み,被告人Aの刑責を殊更に重くするために,虚偽の供述をしたということは
できない。
 (4) 「被告人Bは,①Aの顔にむくみが見られたこと,②Aに大便を食べさせたことにつ
き,A事件についての検察官の再主質問の段階(第19回)に至って,それらのことを供
述するに至ったのであるから(しかも,②については公判段階で一旦は否定した。),被
告人Bは曖昧な記憶に基づいて供述しているか,場当たり的にいい加減な供述をしてい
る。」(弁論要旨64ないし67頁)
 しかしながら,被告人Bは,公判段階で,甲女の供述調書を読んだり,その公判供述を
聴いたりして自己の記憶を吟味した結果,そのようなことがあったことを思い出したとし
て,従来の供述を覆し,被告人Bにとっても不利益な事実をあえて供述したのであり,供
述を変遷させた理由は不合理ではない。したがって,前記のような供述の変遷があるこ
とをもって,真摯な供述態度とはいい得ても,被告人Bが「曖昧な記憶に基づいて供述し
ている。」とか「場当たり的にいい加減な供述をしている。」などということはできない。
 (5) 「被告人Aと被告人BがAに虐待を加えた割合についての被告人Bの供述に変遷
がある。」(弁論要旨67頁)
 しかしながら,被告人両名は,Aに対し,長期間にわたり種々の暴行,虐待を繰り返し
たのであるから,「被告人BがAに加えた虐待のうち,被告人Aの指示によるものと被告
人Bの意思によるものの割合はどれくらいか。」という質問に的確に答えることは困難で
あるから,この点に関する供述の変遷を過大視することはできない。被告人A弁護人が
特に問題視する供述部分(被告人B8回14項,19回91項)については,「Aに対する虐
待が本格化する前ころは,被告人Aの指示によるものと被告人Bの意思によるものの割
合は,半々だった。」との趣旨では一貫していると理解することができる。
 (6) 「大里発言についての被告人Bの供述を前提とすると,被告人両名がAに最もひ
どい通電をしていた時期,Aをすのこの囲いの中で寝かせた時期,Aの腕が不自由にな
った時期が整合しない。大里発言についての被告人Bの供述は,被告人Bが自らの刑
責を軽減するためにした創作に他ならない。」(弁論要旨67ないし71頁)
 しかしながら,被告人Bの供述は,「被告人両名は,Aの腕が上がらなくなる前辺りこ
ろ,すなわち平成7年秋ころ,Aに対し最もひどい通電をした。平成7年10月か11月ころ
の1か月間くらいAをすのこの囲いの中で寝かせ,そのころからAの腕が上がりにくくなっ
た。同年11月か12月ころ被告人Bが大里発言をした。」という趣旨に理解することがで
き,それぞれの時期について特に矛盾は生じない。また,被告人Bが大里発言をしたと
認められることについては,前記第7の6で述べたとおりである。被告人Bは,大里発言
につき,「被告人Aに対し,『Aを実家に帰してはどうか。』と1回提案しただけであり,そ
れも決してAを気遣ってしたものではなく,被告人Aがこれを黙殺するや,二度とそのよう
な提案をすることはなく,引き続き被告人Aと共にAに対する暴行,虐待を継続した。」旨
供述しているのであるから,大里発言が被告人Bにとって特に有利な事情になるとはい
い難く,大里発言についての供述が,被告人Bが自己の刑責を軽減させるために創作し
た虚偽供述であると見ることは困難である。
 4 a鑑定1の信用性に関する主張について
 (1) 被告人A弁護人は,a鑑定1が,写真だけを鑑定資料とし,Aが事故に遭って死亡
した可能性等を度外視していることを問題視し,「a鑑定1によっては,Aが頭部を強打し
て死亡した可能性を排除することができないため,Aの死因を特定し得ない。」旨主張す
る(弁論要旨79・80頁)。
 しかしながら,鑑定資料とされた甲156写真8・9が撮影された平成8年1月上旬ころか
らAが死亡した同年2月26日ころまでの間,Aが死亡する原因となるような事故等に遭
遇したことを窺わせる事情は認め難い。被告人Aは,「Aは死亡当日浴室内で転倒して
頭を強打した。」と供述するが,その供述を信用することができないことは,前記第7の7
で述べたとおりである。被告人Bは,「甲女が,平成8年1月,浴室でAを突き飛ばしたと
き,Aが右側頭部を強打したことがあった。」旨供述しているが(被告人B20回210・212
項),仮に,平成8年1月にそのようなことがあったとしても,Aが死亡したのが同年2月2
6日であることからすると,それが死因となり得るような出来事であったとは考えにくい。
 (2) 被告人A弁護人は,「a鑑定1は写真鑑定によっているが,その方法自体に重大な
欠陥を抱えている。」旨指摘し,次のとおり主張する。
 ア 「鑑定資料とされた写真自体が,鑑定資料としての使用に耐え得るほどの正確性
を有していない。」(弁論要旨80・81頁)
 被告人A弁護人は,上記主張の根拠として,①「私ができる最低限の鑑定に足る写真
である。」とのaの公判供述(a58回131・144項等),②「甲156写真8・9の被写体の男性
が同写真2ないし7の男性と同一人物であるか否かについては,写真を見ただけでは厳
密には不明といわざるを得ない。」との鑑定書の記載(甲156・3頁)を挙げている。しか
しながら,①については,aは,鑑定資料とされた写真の撮影状態等の劣悪さを指摘し
たのではなく,むしろ,鑑定資料とされた写真が鑑定に耐え得る程度の正確性を有して
いる旨を積極的,肯定的意味で供述したものと理解される。②についても,aは,甲156
写真2ないし7と同写真8・9のAの状態が写真だけでは同一人物と判別しかねるほど変
わり果てた状態である旨を供述しているのであり,写真の撮影状態等が劣悪である旨を
指摘した趣旨ではないと理解される。
 イ 「鑑定資料とされた写真の分析,検討の仕方が主観的,印象的である。」(弁論要
旨82ないし86頁)
 しかしながら,a鑑定1は,鑑定資料とされた写真の分析,検討に当たり,具体的根拠
を挙げて説明している上,鑑定資料とされた写真から,①Aが急速かつ劇的に痩せたこ
と,②顔色が暗褐色を呈していること,③左上肢に腫脹が認められること,④四肢に痒
疹が発現していることを所見として指摘し,これらを判断の重要な手掛かりとしていると
ころ,これらの所見は,いずれも鑑定資料とされた甲156写真8・9自体から,あるいは
同写真8・9と同写真1ないし7を比較対照することにより,明らかに認識することができる
のであって,a鑑定1の写真分析や検討の仕方が主観的,印象的であるとの被告人A弁
護人の批判は当たらない。
 ウ 「Aの顔色が暗褐色を呈していることだけから肝機能障害を,左上肢に腫脹が認め
られることだけから腎機能障害を,それぞれ推認することはできない。」(弁論要旨86・87
頁)
 暗褐色の顔色や上肢の腫脹は肝機能障害及び腎機能障害以外の原因によっても生
じる場合があることは,aも認めている。しかしながら,a鑑定1は,それらの症状が一般
的に肝機能障害及び腎機能障害に伴って生じる顕著な症状であることに加え,Aには他
にも肝機能障害及び腎機能障害を強く窺わせる顕著な諸症状,すなわち,短期間での
激しい痩せ,四肢の多数の痒疹,異常な言動,発語の困難等が出現したこと,Aは長期
間にわたり激しい低栄養状態に置かれたこと等を根拠として,Aに肝機能障害及び腎機
能障害があったと推認しているのであり,その判断には,十分な合理的根拠があるとい
うべきでる。
 (3) 被告人A弁護人は,a鑑定1が他の証拠と矛盾しているとして,次のとおり主張す
る。
ア 「Aが痒みを感じていた事実は認められないので,甲156写真8・9においてAの手
足に見られる変色部分が痒疹であると断定することはできない。」(弁論要旨87・88頁)
 Aが,痒みを感じていたか否かについては,被告人B及び甲女は,いずれも,「はっき
りした記憶がない。」旨供述している。しかしながら,前記第6の2のとおり,平成8年1月
初めころ,被告人Aが「Aはかさぶたに触ってはがす癖があるが,そうすると治りが悪い
から,止めさせなければならない。」などと理由を付けて,浴室の床等に落ちたかさぶた
を拾って,Aに食べさせたことが認められるから,Aがかさぶたが出来た部分に痒みを感
じ,盛んに掻いていたことは十分に窺われる。Aは,当時,被告人両名の絶対的支配下
に置かれ,身体の不調等を訴え出ることも自由にできない状況にあったから,被告人B
や甲女が,Aが,「身体が痒い。」などと訴えるのを聞いた記憶がないのは不自然ではな
い。そして,Aの四肢に見られる変色部分がその位置,性状等からして痒疹及びその掻
爬痕であり,一部は苔癬化していると見ることに,十分な医学的な根拠があることは,前
記第8の1のとおりである。
 イ 「a鑑定1は,甲女の食事量及び甲女が深刻な低栄養状態に陥らなかったことと整
合しない。」(弁論要旨89ないし92頁)
 甲女はマンションAでAと同じような食事制限を課されており,そのために発育の顕著
な遅れが見られたものの,登校日には学校給食を食べることができたので,Aほど深刻
な低栄養状態には陥らなかったと認められることについては,前記第7の3のとおりであ
る(甲女がマンションAで被告人両名と同居するようになってからAが死亡するまでの間
に学校給食を食べた日数は,平成6年10月20日から平成8年2月26日までの間,合
計495日中合計149日である。甲51,52,被告人A弁40)。
 ウ 「a鑑定1は,Aが,食欲不振に陥ることも,下痢をすることもなかったことと整合し
ない。」(弁論要旨92頁)
 aは,「Aは平成8年1月上旬ころ既に胃腸管機能もかなり低下していたとも考えられ,
それが進行すれば,一般的に食欲不振に陥る可能性も高いと考えられる。」(a60回
61・62項),「胃腸管の吸収あるいは運動能力が低下すれば,下痢のような症状を起こ
す時期があったとしても,おかしくはない。」(同64項)旨供述しているところ,これらによ
れば,aは,Aに食欲不振や下痢の症状が現れても不自然ではない旨供述するに過ぎ
ず,そのような症状が必ず現れる旨供述するものではない。したがって,Aに食欲不振
や下痢の各症状が現れなかったとしても,a鑑定1とは矛盾しない。
 5 被告人A弁護人がA事件に関し主張するその他の点について検討してみても,前
記第8のA事件に関する争点に対する判断は左右されない。
第3部 B一家事件全体の前提となる背景事情
第1 B一家事件全体の前提となる背景事情に関する判断の全体構造
 1 B一家事件全体の前提となる背景事情に関する各当事者の基本的な主張及び争

 (1) 各当事者の基本的な主張
個々のB一家事件における各争点を判断するためには,B一家事件全体の前提とな
る背景事情,すなわち,平成9年4月ころB一家がマンションAに来て被告人Aと直接関
わりをもつようになるまでの経緯,マンションAでの生活の実態,その間の被告人両名と
B一家との関係,被告人Bの立場・役割等に関する詳細な事情を認定することが不可欠
であるが,上記の事情がどういうものであったかについての各当事者の基本的な主張
は次のとおりである。
 ア 検察官及び被告人B弁護人
 被告人Aは,B一家を金づるとして利用するなどの目的から,B一家を福岡県久留米
市内の自宅からマンションAに呼び寄せ,B一家を取り込んで意のままに従わせて支配
した。
 イ 被告人A弁護人
 逃亡生活のための資金を得たいという被告人Aの思惑と指名手配を受けた被告人B
を匿って欲しいというB一家の思惑,利害が合致していた。被告人AとB一家は,合意に
よって結び付いた対等の関係にあったのであり,被告人AがB一家を支配し服従させた
ことはなく,B一家は,マンションAに来るようになってからも,終始自分たちの意思で自
由に判断し行動することができた。
 (2) 争点
 ア B一家が,福岡県久留米市内の自宅からマンションAの被告人両名のもとに訪ね
て来るようになった挙句,被告人両名と同居するようになった経緯や理由はどのようなも
のか。
 イ 被告人AとB一家との関係はどのようなものであったか。
 ウ 被告人Aは,B一家を支配していたといえるか否か。
 2 B一家事件全体の前提となる背景事情
B一家事件全体の前提となる背景事情の認定は,次の方法で行う。
 (1) まず,争いが少なく,関係証拠によって明らかに認められる前提事実を認定する。
 (2) 次に,前記(1)で認定した前提事実に基づいて,動かし難く,かつ特徴的な事情と
して何が浮かび上がってくるか,すなわち,前提事実が指し示す方向性を明らかにす
る。
 (3) さらに,前記(1),(2)を重要な基礎として,被告人A及び被告人Bの各公判供述の
内容について検討する。そして,いずれが前記(2)に符合するかを検討し,基本的な信用
性を判断した上,これに基づきB一家事件に至る詳細な経緯等を認定する。
 (4) 最後に,前記(3)のB一家事件に至る詳細な経緯等に基づき,被告人AとB一家と
の関係,被告人AとB一家の親族との関係,被告人Bの立場・役割がそれぞれどのよう
なものであったかを認定する。
第2 前提事実
 次の事実は,争いが比較的少なく,前掲関係の検証調書,実況見分調書,捜査報告
書,捜査関係事項照会回答書等の客観的証拠,第三者の供述調書並びに甲女,被告
人A及び被告人Bの各公判供述等の各証拠によって,比較的容易に,かつ明らかに認
められる事実である。
 1 湯布院事件及びJR門司駅における逃走未遂事件までの経緯
 (1) 乙女は,平成9年3月16日未明,アパートCから逃走した。被告人両名は,乙女
が逃走したことを知ると,翌17日,急きょアパートCを退去した。その後,被告人両名
は,長男及び次男とマンションBで生活するようになったが,甲女にはマンションBの所
在を教えず,甲女は引き続きマンションAで生活させた(甲83,100)。
 (2) 被告人両名は,平成6年3月31日にRが死亡した後,Aと乙女に金を工面させる
一方で,Cに対しても,被告人Bが電話で,「子供が病気で入院する。」,「ボヤを起こし
た。」,「人の金を使い込んだ。」,「新しいアパートを借りるため敷金が要る。」,「自分た
ちは犯罪を犯し指名手配を受けて警察に追われているので,時効まで逃げ切れるよう
に協力して欲しい。」などと申し向け,種々理由を付けてたびたび金を無心しては送金さ
せた。被告人両名は,平成6年5月6日から平成9年3月27日までの間,Cから,63回
にわたり,合計1557万7000円の送金を受けた(甲210)。
 (3) ところが,Aは平成8年2月26日ころに死亡し,乙女は平成9年3月16日にアパー
トCから逃走したので,被告人両名は有力な金づるを失った。また,Cも,「もうお金がな
いから送金できない。」などと言って,送金を断ってきて,Cからの送金は,平成9年3月
27日を最後になくなった(甲210添付表1)。被告人両名は,平成9年4月1日当時,無
職で収入がなく,他方,賃借していた複数の居室の家賃として毎月合計15万7000円
を支払い(甲135,136),Vに対しAの借金返済として毎月7万円を弁済し(甲168),
その他,電話代,酒代等の支出を加えると,相当多額の支出があったので,生活費や
逃走費に窮するようになった(甲609,乙29)。
 (4) 被告人Aは,乙女が逃走したころから,被告人Bに対し,たびたび,「逃亡生活を
続けてこのかた,俺ばかりが金の工面をしてきた。今度はお前が金を作れ。150万円を
作って渡せ。お前は逃走生活に何も貢献していない。」などと,強い不満を口にし,まと
まった金を作ることを要求した。
 (5) その一方で,被告人Aは,そのころから,Cからは多額の金を引き出すのは難しい
が,Bを取り込めば,更に多額の金を手に入れることができるのではないかと考えるよう
になった。そこで,被告人Aは,被告人Bに指示して,CにマンションAの家財道具をC名
義で質店に売却させた上,Bに対し,「Cが他人の家財道具を勝手に売却したことは窃
盗等の犯罪になるので,Cは警察に逮捕されるかもしれない。」などと申し向けてBを不
安に陥れれば,Bはその解決のために被告人Aに金を出すだろうなどと考えた(乙29,
119)。
 (6) Bは,農業地域にあって住民同士の繋がりが密な福岡県久留米市z町に居住し,
若いころから真面目な働き者で,他人の面倒見もよく,情に厚く,人望があり,周囲から
頼りにされ,間違ったことはせず犯罪とは無縁の堅実な生活を送ってきた。当時は,家
業の農業を営む傍ら,L土地改良区の副理事長として勤務し,また,b(以下,「b」とい
う。)の長男であり本家の跡取りとして他の親族らをも支えようという強い責任感を持って
いた(甲313,317,326,329,333,337,717)。
 (7) 被告人Aは,被告人Bに指示し,平成9年3月30日,マンションAに呼び出したCを
して,C名義で,マンションAにあった家財道具を質店に合計7万7000円で売却させた
(甲281)。
 (8) 被告人Bは,被告人Aから金策に努めるように促されたため,平成9年4月7日,
マンションAにCを呼び出し,150万円を貸して欲しいと頼んだが,Cはこれを断った。
 (9) 被告人Bは,被告人Aと共に犯罪を犯して警察による指名手配を受けており,ま
た,Aを死亡させてその死体を解体したり,乙女に対する犯罪を重ねたりしたことから,
被告人Aと一緒に逃走生活を続けるしかないと考えていたが,被告人Aから執拗に金策
を迫られて嫌気がさし,上記のようにCに無心したものの断られ,他に金策の当てがな
かったことから,被告人Aのもとを離れ,自分で働いて金を稼ぎ,被告人Aに送金しよう
などと考えた。
 (10) 被告人Bは,平成9年4月7日,被告人Aに無断で,長男をマンションAに残し,次
男のみを連れ,Cが運転する軽トラックに同乗してマンションAを出た。被告人Bは,Cに
次男を預かってくれと頼んだ。Cはそのことを電話でBに打診したところ,Bは「被告人B
に家の敷居は跨がせない。」と断った。Cは,被告人Bに長崎に帰るように忠告し(被告
人Bは,当時,Cには長崎に住んでいるかのように嘘を付いていた。),1万円を与えた。
被告人Bは,Cに車で福岡県久留米市所在の「九州旅客鉄道株式会社久留米駅」(以
下,「九州旅客鉄道株式会社」を「JR」と略称する。)まで送ってもらい,そこでCと別れ
た。被告人Bはやむなく次男を福岡県久留米市a町所在のCの実姉g(以下,「g」とい
う。)宅に預けようと考えた。被告人Bは,同日午後9時か10時ころ,g宅に赴き,同人に
対し,「ちょっと子供を預かって。お母さん(C)がすぐに迎えに来るから。」などと言い残し
て次男を預け(甲341,342),観光地に行けば仕事があるだろうと考え,電車で大分
県大分郡湯布院町に赴いた(以下,「湯布院事件」という。)。
 (11) 被告人Bは,JR由布院駅付近で仕事を探していたところ,同駅付近の焼肉店で
偶々知り合った女性客cの同情を得,同人方に身を寄せ,同人の紹介で,同月14日に
スナック「J」でホステスとして稼働し始めた(甲285,287,288)。
 (12) 一方,被告人Aは,被告人Bが無断で自分のもとを離れたことを,被告人Bが自
分を裏切って逃げたと考えて激しく立腹した。また,被告人Bを通じて,指名手配中であ
る自分の所在や,自分が過去に被告人Bと共にAを死亡させてその死体を解体したこと
や,乙女に対し犯罪を重ねたことなどが発覚することを恐れた。そこで,何としても被告
人Bを連れ戻さなければならないと決意した。
 (13) そこで,被告人Aは,そのころから,C及びEを,さらに,BをもマンションAに呼び
出し,同人らに対し,被告人Bと次男の所在を問い詰めるとともに,「被告人Bは詐欺罪
等で指名手配を受けている。被告人BはAを殺害してその死体を解体し,また,Rを海に
突き落として殺害した。」などと申し向けた。被告人Bは,Bや親族の反対を無視し,実家
を飛び出して被告人Aのもとに走り,B夫婦に「今後一切,被告人Bとは関わりを持たな
い。」旨の書面を作らせ,分籍までした経緯があったものの,被告人Aの話は,これまで
被告人Bを通じて聞いていた指名手配中の事件にとどまらず,被告人Bが殺人という大
罪を犯しているという衝撃的な内容であり,被告人Aの話し振りなどから,それが虚偽だ
と思えなかったところから,Bらは大いに落胆するとともに,B一家が大変な事態に直面
し,非常な窮地に立ち至ったことを否応なく認識させられた。また,Cに対しては,「Cは,
被告人Bが逃走する直前まで一緒に行動していたので,被告人Bの逃走に加担した責
任がある。」,「CがマンションAの家財道具を勝手に売却したことは犯罪になる。」などと
申し向け,B,C及びEを困惑させ,不安に陥らせた。さらに,同人らに対し,「被告人Bが
子供を捨てて家出をした以上,子供が大学生になるまでB家で面倒を見てくれ。」,「私も
子供と一緒にB家に住む。」などと,既にDを跡取りとして婿養子に迎えているB夫婦に
とっては到底受け入れ難い要求を突き付けて困惑させたり,「被告人B一人で暮らさせ
ていいのか。また何か犯罪をしでかすのではないか。」などと申し向けて不安を煽った。
 (14) Bは,被告人Bの犯罪,特に殺人という大罪が世間に知れ渡ると,自分たちB一
家は窮地に陥るだけではなく,B一家の親族全体にも累が及ぶなどと苦悩したが,誰に
も相談できず,他の援助を求めることもできなかった。そのため,Bは,被告人Aの力を
頼み,被告人Aの指示に従って被告人Bを連れ戻し,無難に事を収めるほか方法がな
いなどと考えた。
 このようにして,被告人Aは,B,C及びEの不安を煽り,直ちに被告人Bを連れ戻さな
ければ大変なことになると思い込ませ,被告人Aが指示するとおりに被告人Bを連れ戻
すしかないと決意させ,そのための計画づくりや行動に協力させた。
 被告人Aは,Bらが預かっていた次男をマンションAに連れ戻すとともに,B,C及びE
に対し,「自分(被告人A)が長崎で自殺したので子供の面倒を見る者がいなくなった。」
という嘘を被告人Bに伝えるように指示した。(乙29,119)
 (15) 被告人Bは,同月14日昼ころ,B宅に電話した際,EやBから,被告人Aは自殺
したので帰って来るように言われ,被告人B自身外で働いて金を作るといっても現実は
甘くないと認識したこともあって,言われるまま,同月15日早朝,湯布院からタクシーで
マンションAに戻った(甲289)。B,C及びEが南側和室におり,被告人Aの写真,遺書
等を置き,線香を焚いていた。被告人Bが,Bに促されて被告人Aの遺書を読んだとこ
ろ,被告人Aが,隠れていた押入から飛び出して,被告人Bを殴り付け,押し倒して馬乗
りになり,B,C及びEも被告人Bの足を押さえるなどし,被告人Bに対し,殴る蹴るの暴
行を加えた。
 Bらは,帰宅した被告人Bに,被告人Aの指示のとおりに一斉に暴行を加えたわけであ
るが,Bらの心の中には,被告人BにはB社の事業に関し種々の経済的援助をしてやっ
たのに,B社が倒産するや被告人Aと逃亡してしまい,債権者らに迷惑をかけたばかり
か,その後種々の理由を付けては実家に金を無心し,「犯罪を犯し指名手配を受けて警
察に追われているので,時効まで逃げ切れるように協力して欲しい。」などと言って,逃
走資金等の援助まで頼み,Cが苦しい家計の中から,それらに応じて相当多額の送金
をしてやったのに(Cは,被告人Bに対し,逃げ回らないで警察に出頭し,罪を償ったらど
うかなどと勧める一方で,送金し続けた。),被告人Bは,殺人という大罪を犯し,B一家
をこれまでにない窮地に追い込んだ上,今回被告人Aと子供二人を置き去りにして自分
だけ逃亡するという身勝手な行動に出たという受け止めや怒りがあったであろうことは
否定できない(乙29,被告人B30回515項,35回243項,66回366項)。
 (16) 被告人Aは,それから数日間,被告人Bに暴行を加えなかったが,その後,連日
のように,被告人Bの手足,指,顔面,乳首,陰部等に繰り返し通電した。被告人Aは,
通電しながら,被告人Bが被告人Aに無断でマンションAを出て行ったことを責め,湯布
院での生活,行動等を事細かに問い詰めた。このときの通電が原因で,被告人Bの右
足の小指と薬指は癒着し,親指の肉は欠損した(公判廷における検証の結果,甲61
5)。被告人Aは,電気コードのビニールを剥いで針金を出し,それを足のふくら脛に巻い
た状態で通電した。その火傷の痕は約1年間消えなかった(被告人B63回87ないし
98項)。
 さらに,被告人Aは,被告人Bに対し,「自分(被告人A)を裏切って,湯布院に行った。
爪を剥がしてけじめを取れ。」などと命じ,被告人Bにラジオペンチで両足の小指と薬指
の爪を剥がさせた。その当時は被告人Bがトイレを使用することを制限し,小便をペット
ボトルにさせたことがあり,それを被告人Bに飲ませたこともある(被告人B63回120な
いし123項)。
 甲女は,そのころ,被告人Aに,被告人Bがトイレに行くときは見張るように指示されて
いたが,トイレで,被告人Bが「ふらふら」になっているのを目撃した。また,甲女は,被告
人Bが両顎に通電されて気を失い,被告人Aが被告人Bの顔を叩いたりして意識を取り
戻させるのを二,三回目撃した(いずれも甲女37回107ないし113,128ないし133項)。
 ただし,被告人Aは,門司駅事件が起こるまでは,B,C及びEが居合わせるときは,被
告人Bに通電はしなかった。
 被告人Aは,被告人Bに指示して,cら,被告人Bが湯布院で世話になった人々に嫌が
らせの電話をかけさせ,それらの人々との関係を断絶させた(甲285,287,288)。
 (17) 被告人Aは,それからも,B,C及びEを頻繁にマンションAに呼び出し,同人らに
今後被告人Bをどうするかを話し合わせ,B,C及びEをして,「被告人Aは,殺人という
重い罪を犯した被告人Bを匿って面倒を見,時効成立まで逃走させる。B一家は,被告
人Aに対し,指名手配中であるため表に出られない被告人両名の生活費等を負担し,
被告人Aが被告人Bを匿い警察から逃走させるための『知恵料』,『技術料』を支払うとと
もに,被告人Aの指示に従い協力する。」などと取り決めさせた(乙29,36)。
 (18) 被告人Aは,同年4月ころ,Bをして,被告人両名がAの死体を解体したマンショ
ンAの台所の配管を交換させ,Bに被告人BがAを殺害したという事件の罪証隠滅工作
に加担したとの負い目を負わせ,一層の取込みを図った(乙29)。
 (19) 被告人Bは,平成9年5月ころ,被告人Aの指示で郵便物を投函するなどのため
に,被告人Aの指示を受け,監視役として同行した甲女と共に,山口県下関市内へ行っ
たが,被告人Bはそのころ被告人Aから通電を繰り返され,通電に対する恐怖が極限に
達しており,帰途,いっそ逃げ出して自殺しようなどと考えるや,とっさに北九州市所在
の「JR門司駅」で発車直前の電車から飛び降り,タクシーに乗車して逃走しようとした。
しかし,甲女が被告人Bを追いかけ,被告人Bが乗り込んだタクシーのドアを叩いて騒い
だので,周囲に人が集まり,「警察を呼ぼうか。」などと言われ,被告人Bは逃走を断念
した(以下,「門司駅事件」という。)。被告人Aは,被告人Bを北九州市所在の「JR小倉
駅」まで出迎え,マンションAに連れ帰ると,被告人Bが又しても自分から逃げようとした
として激しく立腹し,被告人Bに対し,通電等の激しい制裁を加えた。通電の際,被告人
Aが,「なぜ逃げたんだ。」と聞くので,被告人Bが,「電気が怖かったんです。」と答えた
ところ,被告人Aは,「電気が怖いなんて,電気はお前の友達だろう。」,「お前だって,A
に電気通したじゃないか。Aには良くて,お前はいけないのか。」などと言って,責めた。
被告人Bは,被告人Aに,「電気は私の友達ですと言って笑え。」と命じられ,そのとおり
にした。被告人Aはそれを見て嬉しそうに笑った。被告人Bへの激しい通電は,門司駅
事件の約1か月後まで続き,その後は,なくなることはなかったが,回数が減った。
 被告人Aは,甲女に,「(被告人Bの)太股を蹴っておいて良かっただろう。」,「スリッパ
履きにして良かっただろう。」などと言い,「今後も逃げられないようにきちんと見張ってお
けよ。」と指示した。
 被告人Aは,門司駅事件をきっかけに,B,C及びEの面前でも,被告人Bに対し通電
するようになった。
 (20) 被告人Bは,この後,平成14年3月7日に逮捕されるまで,被告人Aのもとを離
れようとしたことは一度もなかった。
 2 B一家の家族構成,親族,資産等
 Bは,実父b(平成10年11月16日死亡)の長男であり,福岡県久留米市z町の自宅に
おいて,bと同居し,被告人B一族の本家(以下,単に「本家」ともいう。)を構成し,家業
の農業を営んでいた。家族構成は,bのほか,妻C,養子のD,その妻でB夫婦の次女
E,D夫婦の長女G,長男Fであり,合計7名であった。本家つまりB宅の両隣りに,Bの
実弟で次男のd(以下,「d」という。)宅と三男e(以下,「e」という。)宅がある。B一家の
親族は,B,C及びDの各親族から成り,かなりの人数になるが,地域の伝統があり,相
互の関係はかなり密である。本家の資産は,b名義の本家建物及びその敷地のほか,b
ないしB名義の相当筆数の田が主要なものであり,b名義の資産は,bが死亡したとき
は,一部のものを除き,すべて長男であるBが相続することになっていた。Bのあとは,
本来長女である被告人Bに婿養子をとって,その者に本家を継がせるはずであったが,
被告人Bが家を出てしまったため,代りに次女のEがDを婿養子に迎えており,したがっ
て,BのあとはDが本家を継ぐ立場にあった。
 3 B一家のマンションA通い等
 B,C及びEは,平成9年4月ころから,マンションAと福岡県久留米市内の自宅を頻繁
に往復するようになった。同年6月ころからはDもB,C及びEと共にマンションAに来るよ
うになった。GとFは,同年7月下旬ころ,Dらに連れられてマンションAに来て,そのまま
マンションAで生活した。EとDは同年9月ころから,BとCは同年12月ころから,自宅を
離れてマンションAで生活するようになった(bは同年10月ころeが引き取った。甲330。
ただし,被告人Bについてのみ。)。このようにして,同年12月上旬ころからは,B一家6
名がマンションAで生活するようになり,B一家と親戚,知人らとの連絡は途絶えた。
 4 B一家が多額の借金を重ね,不動産を売却しようとし,作った金銭を被告人両名に
渡した状況
 (1) 被告人Aは,「被告人Aが被告人Bの面倒を見る契約締結料」等の名目で,平成9
年4月22日ころ,Bに額面300万円の手形を担保にK農業協同組合(以下,「K農協」と
いう。)から約290万円を借り入れさせ,これを受け取った。被告人Aは,その後も,「被
告人Bの面倒見料」等種々の名目を付けてBに多額の金を要求し,本家の資産である
不動産に担保を設定させてK農協から借入をさせ,同年5月12日ころ500万円を,同
年7月29日ころ350万円を,それぞれ受け取った(甲211,乙29,33ないし36)。
 (2) さらに,被告人Aは,「被告人Bが今後7年間の逃走生活をするに当たり,被告人
Aが被告人Bをエスコートする知恵料・技術料」等の名目で,Bに対し,3000万円を要
求した(乙29,33ないし36)。
 Bは,平成9年7月19日,実弟d及びeらに対し,「被告人Bがbを入院させろと言うの
で,bを入院させてくれ。入院させないと先に進まない。いろいろ聞いてくれるな。」などと
泣きながら懇願した。d及びeらは,平成9年7月20日から同年9月上旬ころまで,Bの
実父bを入院させた(甲302,319,331,乙34)。Cは,入院中のbに強く迫って契約
書等を作成させた(甲319,331,336)。Bは,同年8月29日,親族に対する借金返
済資金の名目で,E,D及びbに連帯保証をさせた上,b名義の本家建物及びその敷地
を担保として,K農協からB名義で3000万円を借り入れ,これを被告人Aに渡した(甲2
11,212,218,323,乙34,35)。
 (3) Bは,平成9年10月15日,K農協から手形貸付で約178万円を借り入れた(甲2
11)。
 (4) Cは,平成9年11月26日及び同月28日,消費者金融8社から合計295万円を
借り入れた(甲215)。
 (5) B及びCは,次のとおり,親族らにもたびたび借金を申し込み,かなりの金額の借
金をしている。
 ア Bは,平成9年春ころ,dに対し,「被告人Bのために金が要るから貸してくれ。」な
どと依頼した(dはこれに応じなかった。甲319)。
 イ BとCは,平成9年6月2日ころ,Cの実母fに対し,「被告人Bに金が要る。500万
円あれば被告人Bの件はきっちり片づくから,何とか金を貸して欲しい。」などと依頼し,
同月12日,fから400万円を借りた(甲340)。
 ウ Bは,「田をD名義に替えるために金が要る。」などと申し向け,Bの姉yから,平成
9年6月27日,100万円を借りた(甲312,314)。
 (6) さらに,B及びCは,平成9年夏ころから,B一家の親族らに知られることなく,本家
建物及びその敷地を含む不動産を,不動産業者を通じて売却して金を作ろうとしたが,
dとeがこれを察知して,本家の資産を守ろうとの考えから,売却を止めさせた。平成9年
10月中旬又は下旬ころ,Cは本家にd及びeを呼び,「あと1500万円要る。お父さんが
危なかもん。」などと言って,本家の土地を担保に他から1500万円を借りたい旨申し出
たが,dらが反対し,立ち消えとなった。(甲217,319,330,331。ただし,甲330は
被告人Bについてのみ。)。
 (7) B一家は,平成9年12月15日,B及びE名義の各預金口座から合計61万3105
円を,同月17日,B及びC名義の各預金口座から合計42万2000円を引き出した。B
一家の預金残額は,同月21日時点で10万8225円となっていた(甲216,720,72
1)。 
 他方,B一家が,平成9年4月から同年12月21日までに借金をするなどして作った現
金は総額約5216万円であり,そのうち4140万円が被告人Aに支払われたことは明ら
かであるが,それ以外の金銭も殆ど被告人Aの手に渡った可能性が極めて高い。
 5 被告人B及びB一家が作成した念書等の存在,内容等
 被告人B及びB一家は,平成9年5月ころから同年12月ころまでの間,マンションAに
おいて,「B一家は,被告人Aに対し,逃走中の被告人Bを預け,被告人Aに協力し,逃
走中の生活費等を援助する。」,「B一家は,被告人Aに対し,逃走中の被告人Bの行動
につき連帯責任を負う。」等を内容とする多数の念書等を作成した(甲249ないし27
7)。
 上記念書等の存在,記載内容等の詳細は,別紙7「念書等一覧表」のとおりである。
 6 被告人AがB一家に対し通電等の暴行や虐待を加えた状況
被告人Aは,B一家に対し,身体に通電するなどの暴行,虐待を繰り返し加えた。B一
家は,被告人両名に抵抗したり,被告人両名のもとを離れようとしたりしたことは全くな
く,マンションAでの同居を続けた。
 7 B一家のその親族等に対する不審な言動,欠勤・退職,失踪,親族会議及びB一家
の捜索等
 (1) B及びCのその親族等に対する不審な言動,勤務状況,入院等
 ア Bは,平成9年春ころから,d及びeらに対し,「被告人Bのために金が要る。」,「被
告人Bが詐欺罪で指名手配になっている。」,「被告人Bが人を殺している。」などと漏ら
すようになった(甲319,331,証人e及び同dの各公判供述《61回》)。BとCは,平成9
年6月ころから,詳しい事情を説明しないで,親族らに何度も金を貸してくれと頼み,しか
もその額は前記のとおり多額であった。さらに,Bは,同年8月ころ,親族らに対し,K農
協から借金返済名目で金を借りるとして,Bが親族に借金をしている旨の証明書類を作
成するように頼んだ(甲312,314,340,343,344,351,証人e及び同dの各公判
供述《61回》)。
 イ dとeは,このように,BとCがしきりに多額の金策をしたり,高齢のbを自宅に残し
て,連日のように出掛けたりすることを不審に思い,BやCに対し,「悩みがあるなら何で
も話してくれ。」などと言って詳しい事情を尋ねようとしたが,BやCは,それに殆ど答えよ
うとせず,「話せばお前たちに迷惑をかけるから。」,「俺だけでいい。お前たちに迷惑を
かけてはいけない。」,「被告人Aは右翼なので何をされるかわからない。」,「実家では
盗聴されているから,話が被告人Aにすべて知られてしまう。」,「被告人Aや被告人Bと
の話合いに口を出すと,被告人Aに財産を取られて迷惑をかけるので,口出ししないでく
れ。」などと言うだけだった(甲319,331,証人e及び同dの各公判供述《61回》)。
 ウ Bは,L土地改良区の副理事長として勤務し,殆ど毎日事務所に出勤していたが,
平成9年4月ころから,午前中の勤務だけで早退したり,夕方ころから一,二時間だけ出
勤したりし,職場で,「田圃を取られそう。分らんうちに登記を変えられる。」などと口にす
るようになった。Bは,同年7月17日,福岡県久留米市内の病院で,不安やストレスによ
る緊張性頭痛等と診断され,同年8月12日には,十二指腸潰瘍穿孔等と診断され,即
日緊急手術を受け,同日から同年9月28日まで入院した(甲299,303,304,乙3
0)。Bは,その入院中,見舞いに来たL土地改良区の職員に対し,「娘が負債をしたの
で金が要る。孫もかわいいもんね。娘が何度も病院に電話をかけてくる。電話を取り次
がないようにしてもらっている。娘から動けるなら働けと言われた。」などと言った(甲29
0)。Bは,同年9月末か10月初めころ退院した後も出勤せず,同年10月上旬ころ,職
員が自宅に電話をかけた際は,Cが,「主人は湯治に出掛けている。」と答えただけだっ
た。その後,Bは同年11月4日から同月20日まで殆ど毎日出勤したが,そのころ,職員
に,「3000万円借りちゃった。どうしよう。自分はそんな借金をしたことがないので,そん
なに借りているのが嫌だ。」,「被告人Aはいい人だ。すごい人だ。電話一本で人を動か
せる。」などと話した。Bは,平成9年11月13日及び14日,L土地改良区の研修旅行に
参加した。Bは,いつもは身なりをきちんと整えていたのに,髪はボサボサで着の身着の
ままでスリッパ履きという格好で会合に出席した。Bは,同年11月28日,久留米市役所
における打ち合わせに出席したのを最後に出勤しなくなった。職員がそのころBに電話
でその理由を尋ねたが,Bは,「もう出て行けない。」と言うだけだった(甲290,717)。
 エ Bは,平成9年8月末ころ,被告人Aに金を出してもらって新車サニーを購入した。
B夫婦は,平成9年10月末ころの数日間,被告人Aに勧められ,車で九州の観光旅行
をしている。
 (2) D及びEのその親族等に対する不審な言動,勤務状況,住所等の移転等
 ア Dの実弟であるjは,平成9年6月ころ,親戚の結婚式の会場で,Dがいきなり大声
で泣き出したことや,本来出席するはずのEが出席しなかったことを不審に思った(甲35
4)。
 イ D一家は,平成9年8月14日及び15日の両日,盆で親族らと顔を合わせたが,D
は,そわそわして落ち着かない様子であり,「Fが短命だと言われたので夜神様にお参り
をしている。お参りに行くので早く帰る。」などと言い,いつもなら午後10時過ぎころまで
いるのに早く帰ってしまった(甲352)。Dはそのときを最後に親族らと会わなくなり,その
まま行方が分らなくなった(甲293,294,311,319,329,352,357)。
 ウ Dは,Eと結婚してから,n家の親族に対してB夫婦についての不満を口にすること
はなかったが,平成9年9月か10月ころ,実母に対し,電話をかけ,「義理の親に関わる
と,また引っ越ししなければいけない。」などと言い,その際,実母から所在を尋ねられた
が,それには答えずに電話を切り,そのまま連絡を絶った(甲352,357)。
 エ Dは,平成9年9月か10月ころ,一,二週間にわたり,親族らに対し,しつこく電話
をかけた。
 Dは,Dの義姉kに対し,「n家はB家の財産については口出しをするな。自分たちの居
場所は言えない。自分たちを捜すな。警察に捜索願を出すな。」,「あの人たちが言って
きたことにCが乗ったから巻き込まれた。だからCが一番悪い。」などと繰り返し言った。
Eも,上記kに対し,「あんたに子供がいないからこんなことになった。Gなんか産まなけ
ればよかった。あんなの産んだのが間違いだった。」などと意味不明のことを言って罵っ
た。kは,DやEが以前の二人の人柄からは到底考えられないような粗暴な言葉を吐くの
に驚いた。(甲311,357,証人lの公判供述《62回》)。
 また,Dは,bの従兄弟でD夫婦の仲人であるoに対し,「Cが一番悪かたい。小豆相場
に手を出すけん,こげんなってしもうたたい。」などとまくし立てた。上記oは,普段大人し
いDがCを呼び捨てにしたりするので,不審に思った。また,Dは,oに対し,荒っぽい口
調で,「何であんた親族会議に行きよる。あんた,お袋の腕ばひっつかまえて揺すったげ
な。」などと文句を言い,また,「東京に行ったら,偶然被告人Aに会った。被告人Aから
家を見せられた。久しぶりに会ったので一緒に酒を飲んだ。」などと言った(甲311,証
人lの公判供述《62回》)。 
 オ Dは,M土地改良区に勤務中,平成9年4月から6月までは殆ど欠勤することがな
かったが,7月から欠勤が多くなった。Dは,同年9月1日ころ,M土地改良区の上司に
対し,「交通事故を起こした。示談交渉のために北九州の方へ行かなければならない。」
などと言い,その後欠勤が多くなり,同年9月19日を最後に全く出勤しなくなった。Dは,
同年9月下旬ころ,上司から,「欠勤が続くので進退を明らかにするように。」と言われ,
10月31日付けで退職し,退職金として平成9年12月25日に34万6561円が農協の
D名義の口座に振り込まれた(甲292)。
 カ Eは,N医師会館に勤務していたが,殆ど欠勤することがなかったのに,平成9年5
月13日から無断欠勤が多くなり,同年9月20日からは全く出勤しなくなった(甲295)。
 Eの専門学校時代の友人pは,平成9年9月ころ,連絡がとれなくなったEを心配して
四,五回Eの実家を訪れ,居合わせたCにEの所在を尋ねたが,Cは,「Eは父親が入院
したのでその付き添いに行っている。」などと答えただけで,Eの所在を明らかにしなかっ
た。Eは,平成9年10月ころ,上記pに対し,突然電話をかけてきて,「熊本の玉名にい
る。自分たちにはかまわないで。」などと申し向け,そのまま連絡を絶った(甲296)。
 キ D一家の本籍及び住民票上の住所の移転状況等
 (ア) 本籍及び住民票上の住所の移転状況
D一家は,①平成9年8月14日,本籍及び住民票上の住所を,福岡県久留米市v町w
x番地のyから,同市v町wz番地のaのn家の実家に移転し,②同年9月2日,住民票上
の住所を,同月8日,本籍を,いずれも佐賀県佐賀市bc丁目d番に移転し,③同月28
日,住民票上の住所を,同月29日,本籍を,いずれも熊本県玉名市ef番地gに移転し
た(甲221ないし224)。
 (イ) 熊本県玉名市内での居住・生活の実態がないこと
 Dは,平成9年9月17日,熊本県玉名市内のアパートLの賃貸借契約を同人名義で締
結した。同アパートの電気,ガス,水道の供給契約も同人名義で締結された。同アパー
トの家賃は,平成10年3月9日までの間,5回にわたり合計24万5000円が支払われ
た。敷金や家賃等は被告人Aが援助した(被告人A67回(1)242ないし246項)。D一家が
実際に同アパートに居住して生活していた実態はない(甲226ないし229,232,23
3)。
 ク Gの通学状況
 Gは,平成9年9月から,それまで通学していた福岡県久留米市内のO小学校に全く登
校しなくなった。担任教師が,同年9月中旬ころ,Eに対し,電話で,何日か続けて欠席し
たGに手紙を届けたい旨を話すと,Eは,「そんなことをしてもらわなくていいです。家に
来てもらわなくていいです。職場にも電話されるのは迷惑なんですよね。」などときつい
口調で言い,「(Gは)主人の仕事の都合で転校します。」などと言った(甲297)。
 Gは,同年9月29日付けで熊本県玉名市内のP小学校に転入したが,同年11月7日
初めて登校し,同日から同年12月17日までの合計8日間しか登校しなかった。Gに付
き添っていた母親と称する女性は,同年11月7日,同小学校の教諭に対し,「私たちの
住所を誰にも絶対に言わないでください。親戚と名乗る者から尋ねられても絶対に教え
ないでください。親戚と名乗る者がGを引き取りたいと言っても,絶対に渡さないでくださ
い。朝は私がGを連れて来ます。帰りも私が迎えに来るので,それまで学校のどこかに
おらせてください。」などと言った(甲230,231,234)。
 ケ Fの通園状況
 Fは,平成9年7月22日を最後に,それまで通園していた福岡県久留米市内の保育園
に来なくなった。Dが,同年8月29日,同保育園を訪れ,職員に「本当はまだ通所させた
かったのですが,熊本に引越すので退園させます。」などと,涙を浮かべながら残念そう
に告げた(甲298)。 
 (3) ホテル暮らし等
 被告人Aは,平成9年9月ないし10月ころ,B一家の親族らがB一家の行動を不審に
思い,親族会議を開いて多額の借財の使途を追及したり,安否や所在を心配してその
調査をしたり,警察に捜索願を出すことを検討したりしていることを知った。被告人Aには
警察の指名手配犯人の捜査強化月間(甲310)に関する知識もあり,そのころマンショ
ンAの周辺で何度か不審な車両を見かけたことなどから,警察の捜査が身辺に及んで
いるのではないかとの危機感を募らせた。そこで,被告人Aは同年9月ころから11月こ
ろまでの間,マンションAを離れ,B一家を引き連れて,北九州市内のホテル等を転々と
して生活し,マンションAには寄り付かなかった(甲235,609,乙30)。被告人Aは,同
年10月ないし11月ころは,毎日ニュース番組をビデオに録画し,これをまとめて再生す
るなどして,警察の取締りに関する情報を入手し,被告人BやBらにもビデオを見せたり
した(被告人A69回135ないし137項)。
 (4) 親族会議
 d及びeらは,B及びCが頻繁に自宅を空けて被告人Aや被告人Bとの話合いに出掛け
ていること,D一家も実家を出たまま戻らないこと,Bが本家の資産を担保に多額の借金
をし,さらに,bを入院させた上,本家のある土地建物までをも担保にして3000万円を
借り入れたことなどを非常に不審に思い,Bらが3000万円を被告人Aに渡したのでは
ないかと疑い,このままでは本家の財産をすべて被告人Aに取られるのではないかとい
う強い危機感を抱いた。
 そこで,d及びeは,同じくBの親族であるq及びoらと共に,BとCにこれらの事情を問
いただすために,平成9年9月23日,入院中のBとCをe宅に呼んで親族会議を開き,B
とCに対し,Bが借り入れた3000万円を何に使ったのか,被告人Aに渡したのではない
か,被告人Aに騙し取られたのではないか,被告人Aは本家の財産を狙っているのでは
ないかなどと追及した。ところが,BとCは,同日親族会議が行われることを予め被告人
Aに電話で伝えており,親族会議の席上でも,親族らに対し,はっきりとしたことは答え
ず,3000万円を被告人Aに渡したか否かについても,Cが,「3000万円は自分とDが
持って行った。被告人Aは悪い人ではない。」などと言うだけで,3000万円の使途や被
告人Aの所在については一切話さなかった(甲258,311,315,319,331,乙30)。
 (5) 被告人Aのg宅訪問
 被告人Aは,平成9年9月26日夜,被告人B,E,D及び甲女を伴い,福岡県久留米市
a町のCの実姉g宅を訪れた。BとCは,先にg宅を訪れ,gとその夫のhに対し,「被告人
Aを怒らせないように,被告人Aの気分を害さないようにして帰してくれ。」などと頼んだ。
被告人Aらが到着すると,BとCは被告人Aの機嫌をとるような態度をとった。g夫婦は,
被告人Aらがg宅を訪れる目的について,事前には,BとEが喧嘩をしたので仲直りの話
合いをするためと聞いていたが,実際にはそのような話は全くなかった。被告人Aは,g
夫婦と1時間くらい世間話をした後,同人らの面前で,被告人B,B,C,E及びDに対し,
「Bの跡取りは誰か。被告人Bの跡取りは誰か。」などと執拗に問いただし,被告人B,
B,C,E及びDをして,「Bの跡取りは被告人B,被告人Bの跡取りは○○(被告人Aと被
告人Bの間の長男)。」と何度も声をそろえて答えさせた。B夫婦は,Bの跡取りとして既
にDを婿養子に迎え,長男Fも生まれていたにもかかわらず,被告人B,B,C,E及びD
は,被告人Aの話に対して全く異を唱えることなく,被告人Aの言いなりに,「そのとおり
です。」などと答えるだけだった。被告人Bは,睨み付けるような目をしてとても厳しかっ
た。
 被告人Aは,g夫婦に対し,被告人AがB一家のために四,五千万円もの金を使ってい
る旨,3000万円は被告人Bのために必要な金である旨を,メモを示すなどして説明し
た。
 被告人Aが,「Bが農協から借りた3000万円は俺が肩代わりしてやる。」などと言った
ので,g夫婦が,Bらに対し,「自分たちが借りたお金は自分たちで返さないといけな
い。」と言い,Dが,「はい,分りました。」などと答えたところ,被告人Aは突然怒り出し,
「お前が3000万円も払えるのか。払えるなら今すぐここで3000万円を払え。いい加減
な返事はするな。」などとDを怒鳴りつけた。被告人Aはそのまま怒って席を立って帰ろう
とし,玄関で1万円の札束をばらまいた。その際,BとCは,gに対し,「被告人Aさんに謝
罪して欲しい。とにかく怒らせないで帰してくれ。」と頼んだので,gは被告人Aに謝罪した
ところ,被告人Aは機嫌を直して再び座敷に戻って飲酒し,翌27日午前6時ころまで,引
き続き,「Bの跡取りは被告人B,被告人Bの跡取りは○○。」という話を繰り返した(甲3
11,331,345,346,349,350,乙35,証人gの公判供述《61回》)。
 (6) Bは,平成9年9月28日ころ,病院から退院したが,福岡県久留米市内の自宅に
は帰らず,同年10月末ころまで,被告人両名と共にホテルを転々とするなどした。Cは,
Bの安否を尋ねたd及びeらに対し,「Bは湯治に行っている。」などと言い,親族との接
触を断った。dやeは,Bがなかなか帰宅しないのでその安否を心配し,警察にBの捜索
願を出すことを検討していたところ,Bは,同年10月末ころ,突然Cと共にd宅を訪れ,
「dが警察にBの捜索願を出したので迷惑している。」などと文句を言った。dが捜索願を
まだ出していない旨伝えると,Bは「分かった。」と言って帰って行った。結局,bの後押し
もあって,dらが上記捜索願を出したのは平成10年6月20日であった。上記捜索願に
は,Bの家出の時期について「平成9年12月20日」,家出の原因・動機について「借金
苦」と記載され,b名で提出されている(甲319,331)。
 (7) B一家は,平成9年10月5日ころ,B,C,E及びDの連名で,「親族会議の当日,
Cがe宅に監禁された。その刑事告発は被告人Aに委ねる。」などと記載した事実関係証
明書を作成した(別紙7「念書等一覧表」番号10)。
 (8)Cは,平成9年10月12日,dとeを自宅に呼び,同人らに対し,「被告人Aに更に1
500万円を支払わなければならないので,田を担保にして1500万円を借り入れる。」
などと話した。また,そのころ,Cは,eに対し,「お父さん(B)が危なかもん。被告人Aは
右翼やけん,どげんされるか分らん。」などとも話した。また,Cが,dに対し,「お父さん
(B)はひげも伸び放題で痩せてしまった。被告人Aからどんなことをされるか分からな
い。」と話したが,翌日,Bから電話があり,「昨日,Cがばかなことを言っただろうけど,
自分は何ともないから,心配しなくてもいい。」などと言った(甲319,320,331,証人d
の公判供述《61回》)。
 (9) 条件付所有権移転仮登記
 d及びeらは,平成9年5月ころから,BやCが,「被告人Bが詐欺罪で指名手配されて
いる。」,「被告人Bが人を殺した。」などと口にするようになり,被告人Bのことで頻繁に
話合いに出掛けるのを目撃していたが,BとCは,K農協や親族らに借金を申し込んで
多額の金を工面し,それを被告人Aに渡していることをBやCから聞いて知った。のみな
らず,BやCは,「被告人Aは右翼とつながりがある。」,「被告人Aに盗聴されている。」
などと言っており,被告人Aを非常に恐れている様子であり,d及びeに対して,「口出し
すると迷惑がかかる。被告人Aに財産を取られないように,自分たちには関わらないで
欲しい。」などと話していたことから,このままでは被告人Aに本家の財産をすべて取ら
れてしまうのではないかとの強い危機感を抱いた。
 そこで,親族らは,同年11月5日,まだ担保権が設定されていないb名義の田に,bか
らdに対する農地法3条の許可を条件とする贈与を原因として条件付所有権移転仮登
記を設定した。
 被告人Aは,上記仮登記が設定されたことにより事実上当該田の売却ができなくなっ
たため,これを抹消させるために,同月9日,BとCをして,dとeに対し,「Bが死亡等した
場合,被告人BはBの遺産の一切の相続を放棄する。」旨の念書を見せた上,「被告人
Aに財産を取られる心配はないので,田の仮登記を抹消して欲しい。」旨頼ませたが,d
とeはこれに応じなかった(甲249,250,312,315,319,320,323,331,33
2)。
 (10) B一家は,平成9年11月11日ころ,B,C,E,D及びGの連名で,「自分たちは
財産が欲しいのではない。自分たちが自宅に居られなくなったのはd及びeらのせいであ
る。人の心が残っていれば仮登記を抹消して欲しい。」などと,d及びeらが仮登記をした
ことを非難する内容の手紙を書いてe宅に郵送し,仮登記を抹消させようとした(別紙7
「念書等一覧表」番号16)。
 (11) 親族及び警察によるB一家の捜索等
 ア eは,平成9年10月ころ,それぞれBの甥やDの従兄弟に当たる警察官2名に,B
一家が行方不明になっているので捜して欲しい旨依頼した。その際,D一家は熊本県玉
名市内のアパートに居るらしい旨伝え,その所在地を教えた。両警察官は,そのころ,
一緒に熊本県玉名市内のアパートLに行ったが,D一家に会うことはできなかった(甲3
06ないし308)。
イ gは,平成9年10月28日,L土地改良区の事務所に来て,「B家で何があっている
かご存じですか。何か聞いていないですか。」などと,B一家の消息について尋ねた。そ
の際,職員に被告人Aの人柄について聞かれ,「怖い人。暴力を振るう人ではない。暴
力を振るったりすれば,警察に言えるけれども,暴力は振るわない。真綿で首を絞める
ようにじわじわと責めてくるような人である。」などと話した(甲290)。
 ウ 被告人Aと被告人Bの指名手配事件の捜査を担当していた福岡県柳川警察署の
警察官は,D一家と被告人両名の所在を捜し,平成9年11月ころ,熊本県玉名市内の
アパートLを三,四回訪れて張り込みや聞き込みをし,また,何度かB宅を訪ねた。
エ 平成9年11月中旬ころ,警察官が,B宅を訪れたところ,偶然Cと会うことができ
た。また,警察官が熊本県玉名市内のアパートLでEと接触し,Eが携帯電話の電話番
号を教えたため,警察官はその携帯電話に電話をかけたが,結局,B一家や被告人両
名の所在を捜し出すことはできなかった。
 被告人Aは,CやEを通じ,警察が被告人両名の所在やB一家の行方を追っており,ア
パートLやB宅を訪れるなどして捜査していることを察知していた(甲310,乙30)。
第3 前提事実が指し示す方向性
 1 前記第2の前提事実によると,次のような事実が,動かし難く,かつ特徴的な事情
として浮かび上がってくるというべきである。
 (1) B一家が自宅とマンションAを頻繁に行き来し,やがて自宅に戻らなくなり,勤務先
を辞め,親族,知人らとの連絡を絶ったこと(前記第2の3,7)
 B一家は,平成9年4月の湯布院事件後から,特に同年5月の門司駅事件後からは,
殆ど毎日,仕事を終えてから,福岡県久留米市内の自宅を車で出て,午後9時か10時
ころ北九州市内のマンションAに到着し,翌朝未明まで過ごしてから再び車を運転して帰
宅するという過酷な生活を続けるようになった。B一家にとって,その身体的・精神的負
担は非常に大きく,CとEは睡眠不足のため交通事故を起こしたほどであり,当然,勤務
先での仕事,家業の農業等にも重大な支障を来したと考えられるが,B一家はこのよう
な厳しい生活を続けた末に,FとGは同年7月下旬ころから,EとDは同年9月ころから,
BとCは同年12月ころから,それまでの生活の本拠である福岡県久留米市内の自宅に
居住せず,マンションAで被告人両名と同居するようになった。また,B,E及びDは,そ
れまで精勤していた勤務先の無断欠勤を繰り返した挙句,きちんと理由を告げずに退職
し,その後は自宅を離れ,親族や知人との連絡を絶ち,さらには自分たちを捜さないよう
に釘を刺し,マンションAにおいて被告人両名と生活を共にするようになった。マンション
AにおいてBらが再就職活動をするなど,新しい生活の基盤づくりに取り組んだことは全
くない(通電等の暴行や虐待に日常的に晒されて衰弱した身体では,そもそも再就職な
ど無理であったと考えられる。)。Gは,同年9月からそれまで通っていた小学校に登校
しなくなり,その後,熊本県玉名市内の小学校に転入したが,わずか8日しか登校しな
かった。Fは平成9年7月22日を最後に,それまで通っていた保育園に行かなくなった。
 このように,勤勉であったB一家が,いずれも生活の基盤や社会生活そのものを破壊
ないし放棄するに等しい行動をあえてとるに至っている。
 (2) 多数の念書等の存在・内容(前記第2の5)
 ア 被告人Aは,B一家をして,別紙7「念書等一覧表」のとおり多数の念書等を作成さ
せている。
 その内訳は,①B一家の財産問題に関するもの(番号1,2,6,7),②被告人両名の
結婚問題及びそれに伴う金銭の授受に関するもの(番号3ないし5),③「B一家は被告
人Bに対し結婚費用や逃走中の生活費援助等の名目で金銭を支払う。」,「B一家は被
告人Aに逃走中の被告人Bを託し,時効完成まで被告人Bを逃走させるためにあらゆる
協力をする。」,「B一家は被告人Aに対し被告人Bの逃走生活中の一切の行動につき
連帯責任を負う。」旨を約するもの(番号8,9,11,17,18,21ないし23),④B一家
の親族を牽制するために作成したと考えられるもの(番号10,16),⑤Dに重い罪を犯
したとの負い目を負わせるもの(番号13),⑥B一家が被告人Aから生活費等名目で借
金をしたとする借用証書等(番号14,15,19,20,24ないし26,28,29),⑦Dが勤
務先に退職を上申するもの(番号12),⑧DとEの離婚に関するもの(番号27)等,多岐
にわたっている。
 イ B一家が,前記①ないし⑧のような家族の内部的な問題に関わる事柄を記載した
書面を,あまり日を置かずに(同一日付けのものもある。),次々と多数作成し,署名・押
印した上,被告人両名に保管させておくこと自体,極めて異常であり,正常な社会生活
を送っている家庭ではあり得ないことである。
 ウ とりわけ前記③は,要するに,被告人Aが犯罪を犯した被告人Bを時効完成まで逃
走させる代わりに,B一家が被告人Bの生活費等を支払うとともに,被告人Aにあらゆる
協力をし,被告人Bの行動につき連帯責任を負うというものであるが,このような合意が
仮に存したとしても,それは明らかに違法で,公序良俗に反する無効なものである。勤
勉な一農家で,土地改良区の要職にもあったBがこれを自ら発案したり,良い感情を抱
いていなかったはずの被告人Aに進んで依頼したりしたとは到底考えられない。そこに
は,被告人Aによる巧妙で強い働きかけが介在したと考えるのが合理的である。
 エ そして,別紙7「念書等一覧表」番号10の事実関係証明書を作成したときの話合
いの様子を録音したカセットテープ(甲713)及びその録音を反訳した録音体反訳報告
書(甲718)によると,本来B夫婦固有の問題であって,同人らに任せてよい事柄である
のに,被告人Aが終始主導的に進行役を務め,Cをして,eの刑事責任を殊更に取り上
げ,その告発を被告人Aに委任する旨の事実関係証明書の文面を読み上げさせた上,
B,E及びDにも立会人として一人ずつ「異議がない。」旨を答えさせる様子が生々しく伝
わってくる。このような話合いをわざわざ録音して残しておくこと自体も不自然であり,被
告人Aの意図を抜きにしては考えられない。
 オ したがって,B一家がこれらの念書等を作成するに当たっては,被告人AがB一家
に対し巧妙で強い働き掛けをし,B一家は,被告人Aに逆らうことができず,意に反して,
あるいは仕方なく,これらの念書等の作成に応じた可能性が極めて高い。
 (3) B一家が借金をして作った多額の金銭の殆どを被告人両名に渡した可能性が極
めて高いこと(前記第2の4)
 B一家は,平成9年4月から12月までの約9か月間で,bやB名義の主要な資産を担
保として,農協,消費者金融会社,親戚等から多額の借金を繰り返し,そのようにして作
った多額の金銭の殆どを被告人両名に渡した可能性が極めて高い。 
 (4) B一家が被告人Aから通電等の暴行,虐待を受けたこと(前記第2の6)
 被告人Aは,B一家に対し,身体に通電するなどの暴行,虐待を繰り返し加えた。B一
家は,被告人両名に抵抗したり,被告人両名のもとを離れようとしたりしたことは全くな
く,マンションAでの同居を続けた。
 (5) B一家は親族,知人らに対し自分たちの身の上に起きた事情を殆ど話さなかったこ
と(前記第2の7)
 B一家は,親族や知人らと接触する機会があっても,同人らに対し,マンションAでの
生活の実態,被告人Aと被告人Bの所在,自分たちの置かれた状況等について打ち明
けたり,相談を持ち掛けたり,助けを求めたりしたことは一切なく,かえって,自分たちに
は関わらないように申し向けた。
 (6) B一家が親族らに対し極めて不自然な言動をしたこと(前記第2の7)
 ア BとCは,平成9年9月23日,e宅で行われた親族会議の席上で,親族らから,B
が農協から借り入れた3000万円の使途等について追及を受けたが,その使途や被告
人Aの所在等については一切話さなかった。
 イ 被告人Aは,同年9月26日,B一家を引き連れてg宅を訪れ,g夫婦の面前で,B
一家に対し,「Bの跡取りは誰か。被告人Bの跡取りは誰か。」などと執拗に問いただし,
B一家は,「Bの跡取りは被告人B,被告人Bの跡取りは○○。」などと声をそろえて答え
た。B一家は,Bの跡取りとして既にDを婿養子に迎え,長男Fも生まれていたにもかか
わらず,被告人Aの言いなりになって,「そのとおりです。」などと答えるだけだった。
 (7) B一家が被告人Aを非常に恐れていたこと(前記第2の7)
 BとCは,親族らに対し,「被告人Aは右翼とつながりがある。」,「被告人Aは右翼だか
ら何をされるか分からない。」,「被告人Aに盗聴されている。」などと漏らしており,B一
家が被告人Aをひどく恐れていたことが看取される。
 (8) B一家が被告人Aから被告人Bが重い犯罪を犯したと言われ,信じていたこと(前
記第2の1)
 被告人Aは,平成9年4月ころから,B,C及びEに対し,「被告人Bは詐欺事件を犯し
て指名手配中である。Aを殺害して死体を解体した。Rを海に突き落として殺害した。」な
どと,被告人Bが詐欺事件のみならず,殺人という大罪まで犯して逃走中の身である旨
を申し向け,そのとおり信じ込ませた。
 (9) B一家が被告人Aから犯罪に加担したとの負い目を負わされたこと(前記第2の1)
 被告人Aは,Bに被告人両名がAの死体解体作業をしたマンションAの台所の配管を
交換させ,BにA殺害の罪証隠滅工作に加担したとの負い目を負わせた。また,Cに対
し,CがマンションAの家財道具を勝手に売却したことが犯罪になるなどと申し向け,負
い目を負わせた。Dからは,Eの首を絞めて殺そうとしたとの上申書(別紙7「念書等一
覧表」番号13)を徴した。
2前記1の諸事情から,被告人AとB一家との関係を要約すると,次のとおりである。
すなわち,B一家は,大切な本家の資産に担保を設定して借金して作った多額の金銭を
被告人Aに渡し,一時期福岡県久留米市内と北九州市内との間を車で頻繁に往復する
という過酷な生活を送った挙句,勤務先を辞め,最後は一家全員がマンションAの被告
人両名のもとで生活するようになり,再就職もせず,Gは学校にも殆ど登校しないとい
う,B一家にとって,生活の基盤や社会生活そのものを破壊ないし放棄するに等しい行
動をあえてとるに至っている。そればかりでなく,B一家は,被告人両名から繰り返し通
電等の暴行,虐待を受け,A事件の罪証隠滅などに加担させられるという,異常で悲惨
な境遇にあった。
 被告人Aは,Cに対しては平成9年6月から,Bに対しても遅くとも同年夏ころから,同
人らの身体に理不尽な通電を加え始めたのであり,Bの被告人Aに対する金銭支払は
その後もなされているから(むしろ,その後の支払分の方が多額である。),被告人AとB
の関係は,被告人Aは犯罪を犯した被告人Bを時効完成まで逃走させる,Bはそれに協
力し必要な金銭を支払う,という内容の「ギブ・アンド・テイク」の対等な契約関係であっ
たかの如き被告人Aの主張は,既にこの点において無理があるが,仮に被告人Aの主
張を前提として考えるとしても,Bが,前記のように,生活の基盤や社会生活そのものを
破壊ないし放棄するに等しい行動をとることや,通電等の暴行,虐待を受けることや,A
事件の罪証隠滅に加担することなどまで予期し,これを承諾したとは到底考え難い。な
ぜならば,そのようないわば一家が路頭に迷うような事態を避けるためにこそ,被告人A
に多額の金銭を払って被告人Bの逃走への協力を頼んだのであろうからである。そこ
に,被告人AによるB一家の「支配」という疑いが大きく浮かび上がってくる必然性があ
る。
 いずれにせよ,B一家がなぜ上記のような道を歩まざるを得なかったかは,被告人A
及び被告人Bが説明できるはずの事柄である。その説明いかんは,B一家事件全体の
背景事情に関する被告人A及び被告人Bの各公判供述の基本的な信用性を検討する
上で要諦となるものである。
第4 被告人A及び被告人Bの各公判供述の信用性の検討 
 1 前記第2の前提事実及び前記第3の前提事実が指し示す方向性を踏まえた上,こ
れらを重要な基礎として,被告人A及び被告人Bの各公判供述の基本的な信用性を検
討する。前記第3の前提事実が指し示す方向性に沿い,そこに現れた異常で不可解な
事実関係,あるいは解明を要する事柄を,具体的かつ合理的に説明することができる供
述は,基本的に信用性が高く,他方,それに反する供述は基本的に信用性が低いという
べきである。
 2 被告人Bの公判供述について
 (1) 被告人Bの公判供述の要旨は,次のようなものである。
 被告人Aは,B一家に対し,被告人Bが過去に殺人を犯したなどと,虚偽や誇張を交え
た話を申し向けて重い負い目を負わせ,B一家を頻繁にマンションAに呼び付け,B一
家に対し,種々の理由を付けて多額の金を要求し,B一家に指示して借金をさせ,金を
作らせては,これを受け取った。被告人Aは,マンションAにおいては,B一家に対し,通
電するなどの凄惨な暴行や,生活全般にわたり不条理な制約を課するなどの虐待を日
常的に加えた。被告人Aは,B一家に対し,「右翼団体と繋がりがある。」,「盗聴器を使
用している。」などと申し向け,被告人Aに対する恐怖心を煽った。被告人Aは,殊更にB
一家相互の不信,不満を煽り,それぞれを孤立させた。被告人Aは,B一家に指示して,
自宅から引き離してマンションAで同居させたり,勤務先を辞めさせたり,親族,知人らと
の接触を断たせたりして,これらの者から切り離した。このようにして,被告人Aは,B一
家の生活,行動のすべてを,被告人Aの意のままに従わせて支配した。
 (2) 被告人Bの公判供述の信用性について
 ア 前記(1)のような被告人Bの公判供述は,前記第3の前提事実が指し示す方向性と
よく整合している。そして,これらを正面から受け止めた上,B一家が,被告人両名,特
に被告人Aから強い働き掛けを受けた状況,被告人両名に逆らうことが著しく困難であ
った状況,自己らの意思に反して,あるいは仕方なく,極めて異常で不可解な行動をとり
続けた状況等について,自己に不利益な事実も含めて,具体的,素直に供述し,合理的
な説明をしている。被告人Bは,捜査段階でも,公判供述とほぼ同旨の供述をしており,
供述の変遷が少ない。
 イ 甲女は,被告人両名及びB一家とマンションAで同居していたが,マンションAでの
B一家の様子につき,公判廷で,「被告人AはB一家に通電していたが,B一家は,被告
人Aに全く頭が上がらない様子であり,被告人Aに逆らったり口答えをしたりすることは
なかった。被告人AとB一家は『王様と奴隷』のような関係だった。」(甲女37回200ない
し204項),「B一家は,マンションAに通っていたころはトイレを使っていたと思うが,マン
ションAで同居するようになってからは,トイレを使うことが許されなかった。小便はペット
ボトルで作った容器にさせられていた。」(甲女44回79ないし82項),「B一家は台所で布
団も与えられずに寝ていた。」(甲女35回58項),「B一家は自由に会話をすることがで
きなかった。」(甲女48回148項),「B一家は長時間立たされたり,そんきょの姿勢を強
制されたりした。」(同151項),「被告人Aは,B一家に話合いをさせるとき,B一家に通電
したことがある。B一家が話合いをするとき,B一家同士で口論になったことがあるが,
そのとき被告人Aは司会者のような役をした。」(甲女37回192項)などと供述している。
被告人Bの公判供述は,このような甲女の公判供述とも誠に良く符合している。
 ウ したがって,被告人Bの公判供述は,真相の解明を前進させるものとして,基本的
に信用性が高い。
 3 被告人Aの公判供述について
 (1) 被告人Aの公判供述の要旨は,次のようなものである。
 ア 被告人AはB一家を自己の意のままに従わせて支配したことはない
 (ア) 逃亡生活の資金を得たいという被告人Aの思惑と,指名手配中であった被告人B
を匿って欲しいというB一家の思惑とが合致した。被告人AとB一家は,互いに一致した
利害により結びついた対等の関係にあった。
 (イ) 被告人Aは,B,C及びEに,被告人BがAを死亡させたこと,Rを海に突き落として
死亡させたことなどを話し,「被告人Bの逃走費用」等の名目で多額の金を要求して受け
取った。被告人AとB一家は,「被告人Aは,B一家に対し,被告人Bを逃走させるための
知恵,ノウハウを提供し,B一家は,被告人Aに対し,そのために必要な金を提供す
る。」との合意をした。その関係は対等なものであり,合意に基づく「ギブ・アンド・テイク」
の関係である。
 (ウ) BやCは,被告人Aに対し,「うちで被告人Bを引き取ることはできない。悪いけど,
金を出すから,どうにかして被告人Bと逃げおおせてくれ。」などと頼み,被告人Bと被告
人Aの逃走資金等として,多額の金を提供した。
 (エ) Bらは,被告人BがB家の厄介者であり,一人でいると何をするか分からず,警察
から逃げ切る知恵もないので,被告人Bを被告人Aに押し付けて監督させ,うまく警察か
ら逃がして欲しいと考えた。
 イ 被告人AがB一家の行動の自由を制約したことはない
 (ア) B一家は,マンションAに来るようになってから,一連のB一家事件が終わるまで,
終始自由に行動することができた。もっとも,被告人Bは重い罪を犯して逃走中であり,
B一家も警察を警戒しながら生活していたので,ある程度の制約や規律が必要であっ
た。
 (イ) B一家がマンションAに通うようになり,更にマンションAで同居するようになったこ
とも,B一家が自由な意思で行ったことである。
 (ウ) B一家が湯布院事件のころから福岡県久留米市の自宅から頻繁にマンションAに
通っていた理由は,B一家が,被告人A,被告人B及び子供たちの世話をしたり,殺人を
犯した被告人Bをどうするか話し合ったりするためである。被告人Aが要求したこともあ
るが,B一家が「自分たちでできることはする。」と納得して行ったことである。
 (エ) B一家がマンションAで同居するようになった理由は,Bが,平成9年9月23日の
親族会議のとき,親族らに対し,「CとDが3000万円を持って行った。」と言ったので,B
が「CやDが親族に話すとBの嘘がばれる。」として,CやDらもマンションAに同居させる
ようになったからである。また,B一家の親族らが田に仮登記をしたので,「いずれ田の
名義を変えられて農業もできなくなる。」とやけになり,「それなら玉名や北九州で生活し
よう。」と言い,そのための前段階としてマンションAに住むようになったのである。
 (オ) 被告人Aが,平成9年9月26日,g宅に行ったのは,Eがhと電話で話した際,同
人から,「みんな心配している。遊びにおいで。」などと言われ,EとDがg宅に遊びに行く
ことになったので,被告人Aも付いて行ったのである。また,被告人Aは,Cから,「3000
万円を何に使ったのかを親族に説明しなければならない。人を殺した被告人Bを逃がす
ためとは言えないので,hに対してつじつまが合うように説明してくれ。せっかくだからC
の母(f)にも会って挨拶してくれ。」などと言われた。そこで,被告人Bと一緒に3000万
円の使途につきつじつまを合わせるための名目を考え,Eの結婚式費用と同額の費用,
被告人Bの入院費用等を紙に書き,hに示して説明した。被告人Aは,長男がB家の跡
取りであるなどと言ったことはない。もっとも,「Dの息子のFがB家の跡取りであることに
文句はないが,bの長男はB,Bの長女は被告人B,被告人Bの長男は自分たちの長男
であるので,自分の子供たちも,跡取り云々ではなく,線香を上げてお参りするくらいの
関係は続けさせて欲しい。」と言ったことはある。被告人Aは,主にBとCに対してこのよ
うなことを言ったのだが,h夫婦にも立会人として聞いてもらった。
 ウ B一家に対する通電等
 被告人Aは,B一家に対し,頭にきたときなどに通電した。頭を小突くくらいの感覚で通
電した。殺人を犯した被告人Bを逃走させるためにはある程度の規律が必要だったの
で,B一家がルールを破ったときには通電した。人間に通電するという行為が苦痛や恐
怖を与える残酷な行為だとは思わない。他人に通電するときは,学校の先生が生徒を
注意するときげんこつで叩くのと同じような気持ちであった。
 (2) 被告人Aの公判供述の信用性について
ア 被告人Aは,平成9年4月ころB一家がマンションAに通って来るようになってから,
一連のB一家事件を経て,B一家全員が死亡するに至るまでの長期間にわたり,被告
人B及びB一家とマンションAで生活を共にしていた。したがって,被告人Aは,その間,
B一家の身に何が起きたのかを,間近で見聞きしたはずであり,その真相を具体的かつ
合理的に説明することを当然期待できる立場にある。 
 イ ところが,前記(1)のような被告人Aの公判供述は,前記第3の前提事実が指し示
す方向性と整合しない。また,これを正面から受け止めず,B一家が被告人両名から強
い働き掛けを受けた状況,被告人両名に逆らうことが著しく困難であった状況,自己らの
意思に反して,あるいは仕方なく,極めて異常で不可解な行動をとり続けた状況のいず
れについても,具体的,率直に供述せず,合理的な説明を加えていない。そして,①B一
家が生活の基盤や社会生活そのものを破壊ないし放棄するに等しい行動,すなわち,
家業の基礎である農地や本家建物等を担保に入れて農協から多額の借金をし,被告人
両名に渡すとか,マンションAに移転して被告人両名と同居生活をするとか,Gの通学や
Fの通園の機会を奪うとかした原因について,被告人Aに殺人という大罪を犯した被告
人Bをかくまって欲しいと依頼したからであると供述するものの,合理的な説明とはいえ
ないこと,②被告人AがB,C及びEに被告人Bが殺人罪等を犯した旨話した際,A事件
における被告人Aの関与の点はその説明内容から全く欠落し,被告人B一人がしたこと
とされ,Rが死亡した事件については,客観的な裏付けがないのに,被告人Bが海に突
き落としたなどという断定的説明をあえてしており,B一家の一連の行動の出発点その
ものを歪めていること,③B一家に対する通電等の暴行,虐待について,単に「頭にきた
ときなどに通電した。」,「学校の先生が生徒に注意するときげんこつで叩くのと同じ気持
ち」などと供述し,これを軽視ないし矮小化していること,④被告人Bを逃走させるために
は規律が必要であり,B一家がルールを破ったときには通電したと供述するが,どのよう
なルールか詳らかでないし,仮にB一家がルールを破ることがあったとしても,なぜ通電
という異常で危険な手段を用いる必要があったのか全く疑問であること,⑤B一家が被
告人Aを非常に恐れ,被告人Aに逆らったり,被告人Aの意思に反する行動をしたりする
ことができなかった状況は,B一家の親族らが見聞きしたBやCらの態度や言葉の端々
にも十分表れているところ,被告人Aによれば被告人Aと対等であるはずのB一家が,
なぜそのように被告人Aを非常に恐れ,逆らうことができなかったのか等について,説明
できていないこと,⑥被告人Aが供述するように,B一家に自由が保証されていたとすれ
ば,B一家が親族や知人らとの接触を避け,殊更所在を隠したり,B,D及びEが全員,
欠勤したり,職を辞したり,言葉使いや身なり,性格が人が変わったように粗雑になる,
などということは,考え難いことであること,以上のような諸点に照らすと,被告人Aの公
判供述は,自己に不利益な事実について,供述を避けたり,曖昧にしたり,歪曲したりす
る傾向が強いといわざるを得ない。
 もっとも,被告人Aは,捜査段階でも,公判供述とほぼ同旨の供述をしており,B一家
事件全体の前提となる背景事情に関する限り,供述の変遷は少ない。
 被告人Aの公判供述は,前記2(2)で取り上げた甲女の公判供述と符合しない。
 ウ したがって,被告人Aの公判供述は,真相の解明を遠ざけるおそれがあるものとし
て,基本的に信用できない。
 4 結 論
 以上のとおりであるから,B一家事件全体の前提となる背景事情は,被告人Bの公判
供述を基礎に置いて認定すべきである。
第5 被告人Bの公判供述に基づくB一家事件に至る詳細な経緯等の認定
 被告人Bの公判供述及び前掲関係証拠によると,B一家がマンションAに来るようにな
った平成9年4月ころから同年12月21日ころのB事件直前ころまでの経緯,B一家のマ
ンションAでの生活の実態,被告人両名がB一家に加えた暴行,虐待,被告人AとB一
家との関係等について,次の事実が認められる。
 1 被告人AがB一家をマンションAに呼び付け,同居させた状況(被告人B20,21,3
1,36,57,59,63,66回等)
 (1) 被告人Aは,湯布院事件後は二,三日に1回,門司駅事件後は殆ど毎日,B,C及
びEをマンションAに呼び付けた。被告人Aは,マンションAにおいて,B,C及びEに対
し,「被告人Bは,詐欺罪等で指名手配を受けているほか,Rを海に突き落として殺害し
たり,Aを殺害して死体を解体したりした。」などと,被告人Bが殺人という大罪を犯した
旨,虚偽や誇張を交え,信じ込ませた。そして,「自分は被告人Bのせいで迷惑をかけら
れている。」などと繰り返し申し向け,「被告人Bが被告人Aにかけた迷惑料」,「被告人
Bの行動に関する保証金」等,種々の名目で多額の金を要求し,午後9時か10時ころ
から翌日未明まで,その金策や被告人Bの処置等について話し合わせた。また,被告人
Aの身の回りの世話をさせたり,子供の面倒を見させたり,「被告人Bを外出させること
はできない。」と言って,被告人Bの代わりに買い物に行かせたりした。
 (2) B,C及びEは,毎日のように,車で福岡県久留米市内の自宅からマンションAに
通って来ており,CとEが,疲労や睡眠不足のため居眠り運転をして交通事故を起こした
こともあったが,被告人Aは,B,C及びEをマンションAに呼び付けるのを止めなかった。
被告人Aは,B,C及びEがマンションAに来るのを断ったり渋ったりすると,「お前の娘の
ために俺が迷惑しているのに。」などと言って,激しく怒ったので,B,C及びEは被告人
Aの意向に従うほかなかった。
 (3) B,C及びEは,D,G及びFを自宅に残してマンションAに来ていたところ,Eが被
告人Aに対し「私たちが頻繁に自宅を空けて出掛けるのをDが不審がっている。」と告げ
た。被告人Aは,Dが元警察官であることなどから警戒心を抱いたが,Dをも取り込むこ
とにし,同年6月ころから,DをもマンションAに呼び付けるようになった。
 (4) Dは,平成9年6月ころから,頻繁にマンションAに通ってくるようになったが,被告
人Aに,子供たちを自宅に残してマンションAに来るのは心配だと言った。すると,被告
人Aは,Dに対し,「北九州市で『わっしょい100万夏祭り』があるから,子供たちにそれ
を見せてやればいい。どうせ夏休みだし。マンションAに連れてきて泊まらせておけば,
何の心配もなく小倉に来られるでしょう。」などと申し向け,同年7月下旬ころから,GとF
をマンションAに連れて来させ,そのままマンションAで生活させるようになった。
 (5) EとDは平成9年9月ころから,BとCは同年12月ころから,マンションAで生活する
ようになった。このようにして,平成9年12月ころからは,B,C,E,D,G及びFの6名
が,マンションAで生活するようになった。
 2 被告人AがB一家に対し多額の金を要求して受け取った状況(被告人B23,30,3
1,35,37,38,40,42,57,66回等)
 (1) 被告人Aは,B,C及びEに対し,事ある毎に,「被告人BはAやRを殺害するなど
の重大犯罪を犯して逃走中の身である。」などと申し向けて信じ込ませるとともに,「自分
は被告人Bと一緒に居て迷惑しているが,被告人Bを放っておくと何をするか分からな
い。また犯罪を犯すかもしれない。」などと申し向け,被告人Aとの間で,「B一家は,被
告人Bを時効完成まで被告人Aのもとに預け,被告人Aに対し,逃走生活中の生活費や
『知恵料』等を支払い,被告人Aと被告人Bの逃走を全うさせるためにあらゆる協力をす
る。被告人Aとの逃走生活中の被告人Bの生活,行動については,B一家が連帯して全
責任を負う。」,「被告人Bが問題を起こせば,その責任はB一家にある。」などと取り決
めさせた。
 (2) 被告人Aは,B一家に対し,「被告人Bが被告人Aにかけた迷惑料」,「被告人Bが
家出をしてから被告人Aに負担させた経費」,「被告人Bの行動に関する保証金」,「被
告人Bに対して支払うべきEと同額の経費」,「被告人Bが湯布院に行っていた間甲女が
浴室に閉じこめられたことについての甲女に対する慰謝料(150万円)」等,種々の名目
で,何千万円という高額な金を要求し,その金策について話し合わせたが,その際,被
告人Aは,B一家に対する詰問や通電を繰り返した(被告人B57回47項)。
 (3) 被告人Aは,B一家との間に交わした金の提供等の約束等につき,B一家をして
書面に記載させ,多数の念書等を作成させた(その存在,内容の概要は別紙7「念書等
一覧表」番号9,11,17,18,21,22のとおりである。)。その書面の記載文言は,被
告人Aが一方的に口述し,B一家をしてそのとおりに記載させた。B一家は,書面の作成
に当たり,被告人Aに対し,意見を述べたり反論したりすることはなく,被告人Aの言うこ
とには逆らわず,言われるままに書面を作成した。書面作成に至る過程で,B一家に対
し詰問や通電責めが行われたことは前記(2)のとおりである。
 (4) B一家がマンションAに来るようになってから被告人両名が支出した生活費等は,
その都度B一家が被告人Aから借金をしたことにさせ,その旨の多数の借用証を作成さ
せた(その存在,内容の概要は別紙7「念書等一覧表」番号14,15,19,20,23ない
し26,28,29のとおりである。)。
 (5) B一家は,平成9年4月ころから,前記第2の4のとおり,農協等から借金をした
り,B一家名義の預金口座から金を引き出したりしているが,それらはすべて被告人A
の指示に基づいて行ったことであり,B一家はそのようにして工面した金の殆どを被告
人両名に渡した可能性が極めて高い。被告人Aは,B一家に対し,被告人Aの要求する
金を作るためにした借金を返済させるために,B一家から受け取った金の一部を貸し付
け,被告人Aの指示するとおりに借金の返済に充てさせたこともあった。
 (6) 被告人Aは,B生存中,B一家に指示して,通帳,印鑑,キャッシュカードをすべて
マンションAに持ってこさせて,被告人Bに保管させた。B一家が被告人Aの許可なしに
預金の出し入れをすることはできなかった。また,被告人Aは,Cに指示して,B一家の
借金と借入れ先をまとめた一覧表を作らせた。このように,被告人両名は,B一家の預
金や負債の管理さえ手中にした。
 (7)Bは,平成9年12月21日の1週間くらい前ころ,「もうこうなったら被告人Aさんに
ぶら下がって生きていくしかありません。」などと自嘲的に言った。
 3 被告人AがB一家に対し暴行や虐待を加えた状況(被告人B21ないし23,27,30
ないし32,34,38ないし40,47,55,57,66回,乙37等)
 被告人Aは,マンションAで生活するようになったB一家に対し,次のように,通電を繰
り返し,外出,行動,会話,姿勢,所持品,衣類,食事,排泄,就寝等,生活・行動の全
般にわたって過酷な制約を課す虐待を加えた。
 (1) 通電
 ア 被告人Aは,Fを除くB一家に対し,事ある毎に,ささいな理由を付けて身体に通電
した(ただし,被告人両名はFにのみは通電していない。)。被告人Aは,電気コードを二
股に割き,先端の針金をむき出しにし,その先端に鰐口クリップを取り付け,クリップをB
一家の顔面,乳首,手足,陰部(Bを除く。)等に取り付けた上,電気コードの差込プラグ
を,家庭用交流電源に差し込んだ延長コードのプラグの差込口に接触させる方法で,瞬
間的な通電を何度も断続的に繰り返した。
 イ B及びCに対する通電
 (ア) 被告人Aは,平成9年6月ころからCに対し通電するようになった。被告人Aは,C
に被告人Bが湯布院に逃げた経緯を問いただし,Cが被告人Bが湯布院に逃げるのに
手を貸したなどという理由で通電した。
 (イ) 被告人Aは,Cに少し遅れたが,遅くとも平成9年夏ころには,Bに対しても通電す
るようになった。Bに対しては,Cと同じような理由を付けたほか,Bの態度や口のきき方
が横着だなどという理由でも通電した。
 (ウ) BとCに対する通電は日を追って激しくなった。特に,親族会議が行われた平成9
年9月23日ころは,BとCに対し,親族会議の出席者やその発言内容,BやCの発言等
を事細かに問い詰め,「自分たちの所在を親族らに話したのではないか。」,「親族らがb
名義の田に仮登記を設定するように仕向けたのは,Bではないか。」などと詮索し,「隠
さないで全部話せ。どうせ盗聴しているから分かる。」などと責めては,通電を繰り返し
た。同年10月ころ,Bの右手が動きにくくなった。同年12月ころになると,CとBはほぼ
毎日通電された。Bが死亡する1週間前ころからは特にBを標的にして通電した。Bが死
亡すると,今度はCを標的にして通電した。BとCは,終始被告人Aに全く逆らうことなく,
通電を受けていた。被告人Aは,平成10年1月ころ,理由は定かではないが,CとEを台
所の床に並んで仰向けに寝かせ,2本の電気コードを持ち,クリップを二人の陰部に取
り付けて通電したことが二,三回あった。
 ウ E,D及びGに対する通電
 (ア) 被告人Aは,平成9年9月ころから,E,D及びGに対しても通電するようになった。
 (イ) 被告人Aは,Eが「あ,はい。」と返事をするのが気に入らず,その度にEに通電し
た。また,DをしてEに対する不満を言わせ,それを理由として被告人AがEに通電した。
Eは,C殺害後マンションBで生活していた間,特に激しい通電を受けた。
 (ウ) 被告人Aは,Eに通電するようになってからしばらくして,Dに対しても通電するよう
になった。被告人Aは,Dが外出中にマンションAへの連絡を怠るなど,その行動や態度
が気に入らないときに通電した。また,DとEの夫婦間の不満を煽り,互いに言い争わせ
た上,被告人AがEに代わってDを責めた。また,Dに「DがEの首を絞めて殺そうとし
た。」とする上申書(別紙7「念書等一覧表」番号13)を作成させていたが,その件でDを
責めて通電した。Dは,E殺害後,特に激しい通電を受けた。
 (エ) E及びDは,それぞれ被告人Aから激しく責められた時期があり,ひどいときには
毎日通電されていた。
 (オ) 被告人Aは,Gに対しては,食べかけのお菓子を食べたなどという理由を付けた
り,「知っていることを言え。」などと追及したりして通電した。被告人Aは,EとDの面前で
もGに対し通電したが,そのときもEとDは何らこれに逆らうことはなかった。Gは,殺害さ
れる直前ころ,特に激しい通電を受けた。
 (2) 所持品,衣類等の取上げ
 EとDが平成9年9月ころからマンションAで生活するようになると,被告人Aは,EとD
の所持金,貴重品,自動車の鍵,運転免許証,預金通帳,印鑑,印鑑証明書,クレジッ
トカード等を取り上げて,被告人Bがこれらをまとめてバッグに入れて和室で保管した。
被告人Aは,EとDが持参した家財道具や衣類等を川に捨てさせ,DとEには被告人Aが
与えたスウェット等を着させた。B及びCは自分で用意した服を着ていたが,CはBの死
亡後は,被告人Aが与えたジャージを着ていた。
 (3) 外出の制限 
被告人Aは,B一家に対し,自由な外出を禁じた。被告人Aは,マンションAの玄関ドア
にドアチェーンをかけ,ドアチェーンのたるみをなくすようにして南京錠を掛けておき,南
京錠を外さなければチェーンが外れず,ドアが開けられないようにしていた(甲542写真
10ないし13)。被告人Bは,被告人Aの指示で,南京錠の鍵を和室の壁に掛けて管理
し,玄関を開け閉めする都度,南京錠を掛けたり外したりした。B一家は和室に入ること
を許されず,南京錠の鍵を持ち出すことはできなかった。
 被告人Aは,B一家に対し,駐車場に置いてある車を移動しに行かせたり,親族や実
家の様子を見に行かせたりするときなどには,その都度外出を許したが,外出させる際
も,携帯電話を持たせて15分置きくらいにマンションAに連絡を入れさせたり,監視役を
付けたり,外出時間を制限したりして,外出中の行動を制約し,監視した(甲272ないし
274,276)。
 また,被告人Aは,原則として,B一家には現金を持たせず,被告人Aの指示でB一家
を外出させるときは,その都度,必要な額の現金だけを,借用書を作成させてB一家が
被告人Aから金を借りる形式をとらせた上で渡した(甲272ないし274,276)。
 (4) マンションAでの行動・会話の制限,起立・姿勢の強制
 被告人Aは,B一家に対し,マンションAでの自由な行動や会話を許さず,毎日三,四
時間の睡眠時間のほかは,台所の玄関付近等で長時間起立することを強制した。B一
家は,一日中,無言のまま,足がむくむほど立たされたこともあった。B一家は,立たさ
れている間は,移動したり,しゃがんだりすることは許されなかった。被告人Aは,自分
がしゃがんでB一家と話をするときは,B一家が被告人Aを見下ろさないように,B一家
にそんきょの姿勢をとらせた。また,B,C,E,D及びGを,水を張った浴槽の中に一晩
中立たせたこともあった。
 (5) 食事等の制限
 ア 被告人Aは,B一家に対し,一日1回だけ,被告人Aが指示するときに食事を与え
た。また,被告人Aが許したときだけ,被告人Aが指示した量の水を被告人Bが用意し
て,B一家に与えた。このように,B一家は,コップ1杯の水を飲む自由さえ制約された。
 イ 被告人Aは,B一家に対し,被告人Aや被告人Bの食事より量や内容が明らかに
劣った食事を与えた。B一家の食事内容は,平成9年9月ころから12月ころまでは,市
販の弁当(コンビニ弁当),ラーメン,カップラーメン,電子レンジで温めるご飯,食パン等
であり,Bが死亡した同月21日ころからは,殆ど食パンか菓子パンであった。パンにし
たのは,炊事が要らないという理由からである。Dの食事は殆ど食パンだけだった。
 ウ 食事の際は,台所の床の上に新聞紙や広告紙を敷き,そんきょの姿勢で,食器を
使わずに食事をさせた。食事時間を七,八分間に制限し,その時間内に食事を終えなけ
れば,通電の制裁を加えることがあった。
 エ 被告人A自身は,市販の弁当(コンビニ弁当),あんパン等を,食べたいときに食べ
ていたほか,毎日飲酒しており,酒のつまみとして,刺身,総菜等を食べていた。被告人
Aは,B一家にも飲酒させることがあったが,被告人Aだけがテーブルを使い,それ以外
の者は,被告人Bを含め,正座して,床に新聞紙や広告紙を敷き,その上に紙コップを
置くなどして飲酒した。被告人Bは,被告人Aよりは劣るが,B一家よりは良い食事をし
ていた。被告人Bは,市販の弁当(コンビニ弁当),食パン,菓子パン等を食べており,台
所のほか,和室で食事をすることもあった。
 (6) 排泄の制限
 ア 被告人Aは,Bが死亡した平成9年12月21日ころから,B一家に対し,大便のた
めのトイレの使用を一日1回に制限し,トイレを使用させる際も,便座に尻をつけることを
禁じ,ドアを開けたまま用便をさせて,被告人Bにその様子を監視させた。
 イ 平成9年9月ころからは,小便のためにトイレを使用することを禁じ,ペットボトルに
させた。
 ウ 被告人Aや被告人Bは,大便や小便の際にトイレを使用することに制限はなかっ
た。
 (7) 就寝場所の制限等
 ア 被告人Aは,甲女が学校へ行っている間の三,四時間,B一家を台所の玄関付近
で寝かせた。被告人Aは,B一家に対し,マンションAで寝泊まりするようになった当初は
布団を使わせたが,その後は布団を使わせなかった。遅くともBが死亡した平成9年12
月21日ころからは,布団を全く使わせなくなり,台所の玄関付近で,何も敷かない床の
上に着の身着のままで寝かせた。もっとも,BとCに対しては,上着を掛けて寝ることを
許した。ホテルを転々としていたころも,B一家には布団を使わせなかった。冬になって
も暖房器具を使用させなかった。
 イ 被告人Aは和室で布団の上に寝,ストーブを使っていた。被告人Bは和室で寝てい
たが,敷き布団はなく,掛け布団はあったり,なかったりであった。
 (8) 入浴の制限
 ア 被告人Aは,B一家がマンションAで入浴したりシャワーを使ったりすることを許さな
かった。被告人Aが許したときだけ,旅館で入浴させた。
 イ 被告人AはマンションAで入浴していた。
 (9) 就学等の制限
 被告人Aは,Gに対しては,熊本県玉名市内の小学校に8日間登校させたほかは,就
学させず(甲297),また,Fを保育園に行かせなかった(甲298)。
 4 被告人AがB一家を脅した状況(被告人B30回,31回等)
  被告人Aは,B一家に対し,「隠し事をしても盗聴しているから無駄だ。」,「自分は右
翼と繋がりがある。」,「右翼の組織がバックに付いている。」などとたびたび申し向け,
そのように信用させ,被告人Aに対する恐怖心を植え付けた。
 5 被告人AがB一家と親族,知人らとの接触を断たせた状況(被告人B27,30,31,
37,40,42,43,57回等)
 (1) 被告人Aは,金を工面する話がまとまらないことなどを理由として,B,E及びDに
対し,「仕事を休みなさい。長期休暇を取りなさい。」などと指示して頻繁に欠勤させ,そ
の挙句,退職させた。
 (2) 被告人Aは,B一家に対し,親族や知人らと接触させず,接触する場合も,予め指
示した話だけをさせ,被告人両名やB一家の所在,マンションAでの生活の実態等につ
いては一切話さないように固く口止めした。また,B一家をして,親族や知人に対し,被
告人Aが指示するとおりに嫌がらせの電話をかけさせるなどして,親族や知人らとの関
係を断ち切らせた。
 被告人Aは,DとEが親族や知人に嫌がらせの電話をするとき,DやEに付き添い,D
やEに対し,嫌がらせの言葉を具体的に指示した。
 被告人Aは,親族会議の後,B一家に対し,「あなたたちの身内は,あなたたちの身を
案じることなく,自分たちの財産を守ることしか考えていない。」などと,親族らを非難し
た。
 (3) 被告人Aは,B一家が頻繁にマンションAに出向いていることを親族や勤務先に不
審に思われたり,B一家を通じて被告人両名の所在が探知されたり,警察の捜査が身
辺に及んだりすることを恐れ,D一家の本籍や住民票上の住所を転々と変えさせ,Dに
佐賀市内や熊本県玉名市内にアパートを借りさせた。
 6 被告人AがB一家を相互不信に陥れた状況(被告人B22,30,31回等)
 (1) 被告人Aは,平成9年6月ころから,B,C,E及びDに対し,前記3のような暴行,
虐待を加える一方で,酒食を供しながら,家族間のささいな出来事を大げさに取り上げ,
不満や不信を煽り,口論させたり,暴力を振るわせたりした。その結果,B一家は相互不
信や疑心暗鬼に陥った。
 (2) B一家が,被告人両名と共に,ホテルを転々としていた平成9年10月か11月こ
ろ,被告人Aは,Eに,B一家に話合いをさせること,その席でB一家の誰かに「B一家の
問題児である被告人Bを殺そう。」と言わせること,あるいは被告人Aの悪口を言わせる
ことを指示した。その上で,被告人Aは盗聴器と受信機を使ってその話合いの様子を聴
いた。被告人Aは,その後,B一家に対し,わざと事の次第を打ち明け,B一家をして,
お互いは信用できず,余計なことを口すれば,被告人Aに伝わってしまうことを思い知ら
せた。
第6 被告人AとB一家との関係,被告人AとB一家の親族との関係
 前記第2の前提事実及び前記第5の被告人Bの公判供述に基づくB一家事件に至る
詳細な経緯等によれば,被告人AとB一家との関係及び被告人AとB家の親族との関係
について,それぞれ次の事実が認められる。
 1 被告人AとB一家との関係
 (1) 被告人AによるB一家の支配
 被告人Aは,平成9年4月ころから,B一家を取り込むために,B一家に対し,「被告人
Bが殺人を犯した。」などと,虚偽や誇張を交えた話を申し向けて信じ込ませ,重い負い
目を負わせて弱みを握り,B一家をマンションAに頻繁に呼び付け,やがてはマンション
Aで同居させるとともに,マンションAにおいて,通電等の暴行や食事制限を初めとする
理不尽で非人間的な虐待を繰り返し,それらは後になればなるほど激化していった。と
ころが,B一家は,被告人両名に対して逆らったり,逃走したり,警察に被害を届け出た
りすることは一切なく,被告人両名によるこれらの暴行,虐待を受け続けたばかりか,被
告人Aの指示するとおりに,多額の金を工面して被告人両名に渡し,勤務先も退職し
て,無職・無収入の身になるなど,苦しい境遇に陥ったが,親族や知人らに対しては,被
告人両名の所在,自分たちの置かれた状況,マンションAでの生活の実態等を隠し続け
た。
 これは取りも直さず,被告人Aは,B一家を,金銭面だけではなく,生活・行動の全般に
わたり,意のままに従わせて支配していたということである。
 (2) 被告人AをB一家の取込み,支配に向かわせた動機 
 被告人AをB一家の取込みや支配に向かわせた動機は,次のとおりであると考えられ
る。まず挙げられるのは,①被告人Bが湯布院事件を起こし,一時所在不明になったた
め,その捜索や連れ戻し工作にB一家の協力が不可欠であったことである。連れ戻し後
は,被告人Bが再び同種の行動を起こさぬように,その監視役が必要になり,被告人B
に代わって買物等の家事をしてくれる者も必要になった。これらの必要は約1か月後,
被告人Bが門司駅事件を起こしたことによって,益々大きくなった。次に,②被告人両名
は指名手配中の事件等から逃走中であり,多額の逃走資金や生活資金が必要であっ
たが,Aの死亡,乙女の逃走により,新たな金づるを開拓する必要に迫られたことであ
る。被告人Aが,平成9年4月から同年8月までの間に,Bから少なくとも4140万円もの
現金を受け取っているのはそれを示唆している。さらに,③被告人両名は,詐欺罪等の
共犯事件を犯して,警察による指名手配を受けていた身であったのみならず,その後,
同居していたRが死亡したり,A事件,乙女事件を犯すなど,警察に絶対に知られたくな
い事件を次々に起しており,他方,被告人両名と同居した者が,被告人両名の所在を警
察に通報したり,警察官に職務質問を受けた機会などに,被告人両名の所在を漏らした
り,あるいは同居者本人でなくてもその親族や友人等が同様の行為をしたりする危険は
常にあり,被告人Aはそういう事態を何としても防がねばならなかったことである。そのた
めに,被告人両名が接触した者には偽名を使い,経歴や職業を偽り,住所等を他人に
教えないように固く言い含め,被告人両名が指名手配中の身であることや過去犯した事
件等を教えることは絶対になかった(Aに対する被告人両名の態度はまさしくそうであ
る。)。同時に,同居者に,被告人Aの指示には絶対に背き得ないことを常に思い知らせ
ておく必要があった。その表れが被告人両名による日常的な通電等の暴行や虐待であ
った。このように,重大事件の犯人であるという被告人両名の属性そのものが,前記
①,②のような事情から接触が始まったB一家の更なる取込み,支配を必然ならしめ
た。しかしながら,B一家の場合は,それにとどまらなかった点が重要である。すなわち,
B一家については,④被告人Aは,B,C及びEを取り込むために,被告人BがRとAを殺
害している旨を告げ,それまで疎遠であったBを含め,三人の取込みに成功したが,こ
のことは,被告人Aにとって,被告人両名の重大秘密を知る者が三人も出現したことを
意味し,それゆえ,B一家の取込み,支配を真剣に考えなければならなかったという事
情を見逃すことはできない。特に,A事件は,R事件とは異なり,十分な事件性をもった
出来事であり,しかも,被告人両名が同居中のマンションAで起った事件であって,犯行
を目撃した被告人Bや甲女のほか,被告人両名とAが同居していたことを知る者や,被
告人AとAが「雇用関係」にあると聞かされていた者もおり(T,乙女,Y),アリバイは立ち
にくく,Bらには被告人Bが単独で犯した殺人事件であるとか,正当防衛が成立するとか
説明しても,警察には殺人罪の成立や被告人Aの関与を疑われることは明らかである
から,BらにA事件を告げたことは,被告人A自身にとって自らをも深く傷つける「両刃の
剣」となり得るものである。門司駅事件後,平成9年夏前ころ,被告人Aは被告人Bに,
「Bは馬鹿だから,お前がRを殺したことをeに話している。」などと言って,Bを非難した
(被告人B37回)。警察に対する警戒心が人一倍強い被告人Aは,Bらを通じてA事件
等が警察に漏れることを恐れ,以後,同人らの動静,特に一家の主で人との接触が多
いBの行動に,常に神経を尖らせ続けたと見られる。Aの死体解体作業をしたマンション
Aの台所の配管は既に被告人Bが取り替えていた(被告人B36回)のに,重ねてBに上
記配管を交換させて,A事件の罪証隠滅に加担したという負い目を負わせたのは,罪証
隠滅の徹底,A事件の口外防止とBの一層の取込み,支配という三重の効果を狙った
被告人Aの巧妙な工作であった。そして,当然ながらBに対する通電も激しいものになっ
た。このようななかでB事件が起ったものである。
 (3) B事件が与えた影響 
 B事件については後記第4部で検討するが,ここでは,B事件が被告人Aの心理やB
一家のその他の事件に与えた影響について,簡単に見ておくこととしたい。後記第4部
のとおり,B事件は,マンションAの和室で,B夫婦,D夫婦,G及び甲女の面前で,被告
人両名がBに通電し,被告人Aに代わって被告人Bが通電した際,Bが電撃死したもの
である。すなわち,R事件やA事件と異なり,B一家の面前で起った電撃死事件であり,
被告人Bはもちろん,被告人Aも事件への関与が疑われるに十分な事件であって,しか
も,犯行場面をC,D夫婦及びGに直接かつ明瞭に目撃されたわけである。A事件をB夫
婦やEに告げただけでも,B一家やその親族等に対する警戒心を高めていた被告人Aに
とって,B事件をC,D夫婦及びGに目撃されたことは,上記警戒心を一挙に極限にまで
高める原因となった。後記第5部のとおり,B事件後Cに対する通電が激しくなったこと
や異常言動が現れたCをどうするかB一家に何度も話し合わせたことは,そのような被
告人Aの異常なまでの警戒心を物語るものである。後記第6部のとおり,Eは,耳が聞こ
えにくくなっただけなのに,被告人Aは「Cみたいになったらどうするんだ。」などと,Cを例
にとって過剰な反応を見せた。このような状況下でC事件やE事件が起ったものである。
 (4) B一家が被告人Aに支配された要因
 B一家が被告人Aのもとで前記(1)のような状態に陥ったのは,次のような諸事情に基
づくと考えられる。
 すなわち,B一家は,①被告人Aから,「被告人BがRを殺害した。」,「被告人BがAを
殺害して死体を解体した。」などと,被告人Bが殺人という大罪を犯した旨を告げられ,
そのとおり信じ込まざるを得なかったこと,②殺人犯人として重く処罰される被告人Bに
対する同情もさることながら,身内から殺人犯人を出せば,B一家にも社会生活上多大
な困難が降り懸かり,窮地に陥ること,③B一家の生活の本拠地は,地域住民の繋がり
が密な福岡県久留米市z町内にあり,②の社会生活上の困難は一層大きいものがある
こと,④被告人Aに,時効完成まで被告人Aが被告人Bを預かると言われれば,B一家と
してはこれを拒否し難い状況下にあったこと,⑤B一家自身も被告人Bの犯した犯罪の
犯跡隠滅工作に加担したり,新たに犯罪を犯したりしたとの負い目を負わされ,弱みを
握られたこと,⑥被告人Bは,被告人Aの指示に唯々諾々と従い,B一家の前で,常に
被告人Aに同調し,これに協力して,被告人Aの計画を助けたこと,⑦B一家は,親族ら
に秘して,大切な本家の資産を担保に多額の借金を重ね,bの世話も満足にできず,見
かねたeが引き取って世話をしている有様で,本家としての信用を失い,親族らに顔向け
ができず,また,自宅を離れ,勤務先も退職して殆ど生活の基盤を失ったので,他に頼
るべき者も帰るべき場所もなくなったとの思いを強め,孤立感を深めたこと,⑧被告人A
から,通電等の過酷な暴行と理不尽で非人間的な虐待を日常的に受け続け,被告人A
に抵抗する体力や気力を失ったこと,⑨被告人Aから,盗聴や右翼団体との繋がり等を
たびたびほのめかされて脅されたため,「逆らえば何をされるかわからない。」などと,被
告人Aに不気味さを感じ,ひどく怖れたこと,⑩マンションAでは自由な会話を禁じられ,
慰め合ったり,励まし合う機会が奪われたばかりか,互いに不満を言い合ったり,暴力を
振るったりして,反目し合うように仕向けられたことから,互いを信頼できず,B一家同士
が意思を通じ合って被告人Aに抵抗するのが著しく困難な状況に陥ったこと,⑪親族や
知人らとの関係を断ち切らされ,それらの援助も受けられなかったこと,以上のような諸
事情により,B一家は幾重にも縛りを受け,被告人Aに対して抵抗したり,被告人Aのも
とから逃げ出したりすることが事実上不可能な状態に陥った。
 (5) B一家の内部に溝ができたこと 
 被告人AのB一家に対する取込み,支配を容易にした大きな要因の一つは,B一家が
被告人Aに乗ぜられ,内部に対立や反目が生じたことである。そのなかで最も特筆すべ
きは,DとB夫婦及びEとの間の養子縁組や結婚及びその後の共同生活を巡る諍いで
ある。すなわち,被告人Aは,マンションAにおいて,Dの側に立って良き理解者のように
振る舞い,Dに,B夫婦及びEに対する種々の不満,例えば,Dが養子に来たら本家の
土地の一部をDの名義にするという約束があったのに,まだ履行してくれないとか,Cは
レタスを栽培していたが,Dが勤めから帰ると容赦なく作業を手伝わせたとか,Cは料理
を作り過ぎた等の不満を言わせ,さらに,Dが知らなかった事情,例えば,EはDと結婚
する前,他の男性と交際し,妊娠して中絶したとか,Eは浮気をしたとか,Cは被告人Aと
男女関係にあった等のことを吹き込み,「Dさんは騙されて養子に来た。」などと言って,
B夫婦やEに対する不信感を煽った。その挙句,Dを唆してB夫婦及びEに対し暴力を振
わせた(被告人B26回292ないし305項,27回22ないし45項)。その結果,DとB夫婦及
びEはお互い傷つき,その間に溝ができ,DはB夫婦及びEに距離を置いて,離婚や離
縁をも考えるようになった(被告人B43回323ないし340項)。反面,Dは被告人Aに接近
し,被告人Aや被告人Bの指示に忠実に従うようになった(このように人と人の間に楔を
打ち込み,人を取り込んでいく遣り方は,例えばA事件において,AとTとの間にも見られ
たが,被告人Aの常套手段といえる。)。このことは,B一家の結束を乱し,被告人Aによ
る支配を容易にしたばかりでなく,後記第5部,第6部のとおり,C事件やE事件の重要
な因子となった。ただし,DのB夫婦及びEに対する不満や不信感がこれらの事件の動
機になったかというと,直ちにそうはいえない。
 D一家は,B夫婦より一足先に,平成9年9月ころからマンションAで居住し始めている
が,このことは,上記のような理由でB夫婦とDの間に溝ができたことと無関係ではな
い。Dが熊本県玉名市内にアパートを賃借した理由も,Gの通学問題もあろうが,恐らく
同様であると考えられる。
(6) B一家支配の新局面
 被告人Aは,湯布院事件,門司駅事件をきっかけとして,B一家を金づるとして利用す
るため,また,無断で自己のもとを離れようとした被告人Bを監視させるなどするため,B
一家を頻繁にマンションAに呼び付け,金策を迫り,多額の金を受け取るなどした。
 その結果,当然ながらB一家の親族らが一家の行動を不審に思い,あるいはこれを心
配し,親族会議を開いてBやCに問いただしたり,本家の不動産の保全策を講じたりす
るなど,活発な動きを見せ始めた。被告人Aはそれを知ってB一家を通じて親族や警察
に被告人両名の所在等が漏れるのではないかと危惧した。そこで,被告人Aは,B一家
をして,親族,知人らとの接触を断たせ,自宅から引き離してマンションAで生活させ,さ
らには勤務先を退職させて職場からも切り離し,金銭面だけでなく,生活,行動のあらゆ
る面にわたり自己の支配下に置くとともに,親族対策もせざるを得ないようになった。
 2 被告人AとB一家の親族との関係
 (1) 被告人AがB一家の親族対策を迫られた事情
 ア B,C及びEは平成9年4月ころから,頻繁に福岡県久留米市内の自宅を空け,マ
ンションAに来るようになり,同年6月ころにはDもこれに加わった。そして,同年9月にな
るとD一家が全員マンションAで生活するようになり,D一家は失踪状態になった。さら
に,同年12月にはB夫婦までがマンションAで同居するようになった。加えて,B夫婦は
親族らから多額の借金をしたばかりか,大切な本家の資産に担保を設定して,K農協か
ら3000万円を借り入れた。一連の出来事を不審に思ったB一家の親族らは親族会議
を開いて,B夫婦に使途や事情を追及し始めた。親族らは,B夫婦が借金を重ねたのは
被告人Bのせいであり,その背後には被告人Aがおり,B夫婦が作った金は,結局被告
人Aに渡ったのではないかと疑っていた。そして,このままでは本家の財産は全部被告
人Aに取られてしまうのではないかと心配し,財産保全措置として,b名義の不動産に条
件付所有権移転仮登記をした。B夫婦が本家の不動産を売却しようとしているのを察知
し,止めさせたこともある。
 イ 他方,親族らは,B一家の安否を心配し,その行方を調査し始め,平成9年10月こ
ろ,親族である警察官らに調査を依頼し,熊本県玉名市内のアパートLに行ってもらった
りしたが,手掛かりは?めなかった。親族らは平成9年10月末ころ,Bの捜索願を提出し
ようとしたが,そのころ,B夫婦がd宅を訪れ,捜索願のことで文句を言った。dがまだ捜
索願は出していない旨伝えると,帰って行った。平成9年11月,警察官がB宅に行った
ところ,Cがおり,同人と話すことができた。また,EがアパートLで警察官と接触し,Eが
携帯電話の番号を教えたため,警察官から電話がかかってきたことがあった。
 (2) 被告人Aの対応 
 被告人Aは,親族らがB一家の所在を捜していること,アパートLは既に警察に知れて
いることなどを知り,また,マンションA付近で不審な車両を見掛けることもあったため,
警戒を強めた。被告人Aは,B一家の親族らに警察官がいることを知っており,親族らが
警察にB一家の捜索願を出すなどの行動を起こすことは,B一家や被告人両名の所在
が警察に知れることに繋がることを十分認識していた。したがって,被告人AのB一家の
親族対策は,警察の指名手配への対策と同義ないし一体のものであった。被告人Aが,
親族会議が行われた平成9年9月ころから11月ころまで,逃走拠点のマンションAを離
れ,B一家を引き連れて転々とホテル暮らしをしたのは,上記のような理由からであっ
た。さらに,親族会議のころ,B夫婦の親族会議における発言等を詮索して,通電を繰り
返したのは,親族会議の模様を知りたかったことのほかに,B夫婦を通じて親族らにB
一家や被告人両名の所在が漏れるのを防ぐ目的があったと考えられる。被告人Aが,
平成9年10月か11月ころ,宿泊先で,B一家に盗聴器を使ってみせた理由も,上記の
ような観点から理解される。
 (3) 親族対策の具体的な内容
 被告人Aは,B一家の親族らの疑念を強く意識し,親族らの動きが活発化するや,親
族らの行動やこれと連動した警察の捜査を強く警戒し,一時マンションAを離れてホテル
暮らしをするなどの対策を講じたほか,B一家やその親族らに対し,次のような手を打っ
ている。
 ア D一家のアパート賃借等
 平成9年8月の盆のころ,Dは親族らに「Fが短命だと言われたので夜神様にお参りし
ている。」と言ったが,これは被告人Aの示唆によるもので,D一家が自宅を留守にして
いる言い訳をしたと考えられる。
 Dは,平成9年9月17日,熊本県玉名市内のアパートLを賃借りし,住民票上の住所も
そこに移し,極短期間ではあったが,平成9年11月から12月にかけて,Gを地元の小
学校に通学させた。当時B一家は被告人Aに支配され,自由を全く奪われた状態にあっ
たから,これらは,被告人Aの指示によるものと考えるほかなく,その目的は,D一家が
事件に巻き込まれるなどして失踪したのではなく,正当な転居でありD一家は元気で暮
らしていると親族らに思わせるためもあったと考えられる。敷金や家賃等の費用も被告
人Aが援助した。
 イ B夫婦の親族に対する借金返済,九州旅行
 被告人Aは,Bが本家の土地建物を担保に農協から借り入れた3000万円は,被告人
Aに騙し取られたのではないかという,B一家の親族らの疑念をうち消すために,平成9
年11月ころ,Cに指示して,dに対する借金100万円を返済させた(甲319,被告人B3
5回)。
 B夫婦は,平成9年10月末ころ,被告人Aに費用を出してもらって,数日間の九州旅
行をしているが,これも親族対策の観点からは,自宅をしばしば空けることや借金したこ
とが,親族らが心配するような,例えば破産とか家庭崩壊などの大事には繋らないと思
わせ,安心させることに幾分は役に立ったと考えられる。
 ウ 被告人Aのg宅訪問等 
 被告人Aは,平成9年9月26日,B一家及び甲女とともに,g宅を訪れ,g夫婦の前で,
「Bの跡取りは被告人B,被告人Bの跡取りは○○」と唱えさせ,3000万円は,被告人
Bのために必要な金である旨,メモを見せて説明した。被告人Aがg宅の玄関で1万円札
をばらまいた行為は,g夫婦に被告人A自身は裕福で,金には困っていないと思わせる
ための演出であった。被告人Aに異常に神経を使うCらの異様な姿は,g夫婦に,うかつ
に動いてはかえってCらに迷惑がかかると感じさせるには十分であった。また,被告人A
は,Dに,義姉のkに電話をかけさせ,「n家はB家の財産については口出しをするな。」
などと,釘を刺させた。
 エ 親族会議における「逮捕監禁」の「刑事告発」の委任等
 平成9年10月5日付け事実関係証明書(別紙7「念書等一覧表」番号10)は,親族会
議において,Cが「逮捕監禁」されたこと,「刑事告発」は被告人Aに依頼する旨の文書で
あり,被告人Aは,B一家と被告人Aによるその話合いの状況をカセットテープに録音し
た。そして,Dに,oに電話をかけさせ,「何であんた親族会議に行きよる。あんた,お袋
の腕ばひっつかまえて揺すったげな。」などと荒っぽい口調で文句を言わせた。
 オ Bの捜索願提出への妨害 
 dとeは,Bがなかなか帰宅しないので,心配し,平成9年10月末ころ,警察に捜索願
を出そうとしていたところ,そのころ,突然,BがCと共にd宅を訪れ,「dが警察にBの捜
索願を出したので,迷惑している。」などと文句を言った。まだ捜索願は出していない旨
を言ったところ,B夫婦は帰って行ったが,これは,親族らの捜索願提出の意向を察知し
た被告人Aが,Bに圧力を掛けさせて,取り下げさせようとしたものとしか考えられない。
結局,親族らが警察にBの捜索願を提出したのは,平成10年6月20日であり,B一家
事件の最後の事件であるG事件の後であった。
第7 被告人Bの立場,役割
 1 被告人A及び被告人Bの各公判供述の要旨
 被告人Bの立場,役割,換言すれば,被告人Bと被告人Aとの関係及び被告人BとB
一家との関係について,被告人両名がそれぞれ供述するところの要旨は,次のとおりで
ある。
 (1) 被告人Bと被告人Aとの関係
 被告人Aは,「被告人Aは被告人Bを支配していない。被告人Aと被告人Bは対等の関
係にあった。被告人Bは自由な意思で判断し行動した。」旨供述するのに対し,被告人B
は,「被告人Bは被告人Aの意のままに支配され,自由な意思で判断し行動することは
できなかった。」旨供述する。
 (2) 被告人BとB一家との関係
 被告人Aは,「被告人BはB一家を支配していた。」旨供述するのに対し,被告人Bは,
「被告人Bは,B一家と同じように,被告人Aに支配されていた。被告人Bは,被告人Aと
B一家との間の話合いには実質的に関与しておらず,その話合いの内容は良く分から
なかった。」旨供述する。
 2 そこで検討すると,前記第2の前提事実及び前記第5の被告人Bの公判供述に基
づくB一家事件に至る詳細な経緯等のほか,甲女及び被告人Bの各公判供述等によれ
ば,次の事実が認められる。
 (1) 被告人Bと被告人Aとの関係
 ア 被告人Bは,湯布院・門司駅事件後,門司駅事件の約1か月後までの間,被告人
Aから集中的に通電を繰り返されるなどの激しい暴行を受けたが,それが過ぎると,上
記暴行の頻度は減った。また,被告人Aは,被告人Bが湯布院で世話になった人々へ嫌
がらせの電話をかけさせ,被告人Bが二度とそれらの人々を頼ることができないようにし
た。
 イ 被告人Aは,湯布院事件後の一,二か月くらいの間,甲女をして,被告人Bが逃げ
ないように監視させ,被告人Bがトイレを使用するときもトイレのドアを開けたままにさせ
て,甲女に監視させた。被告人Aは,被告人Bが自由に外出することを許さず,被告人B
が外出するときは甲女を同行させ,「ずっと1メートルの範囲内から離れるな。」などと指
示して監視させた(甲女37,47,48回)。
 ウ 当時の被告人Bの生活状況を見ると,①就寝場所は,はっきりしないが,和室で布
団を使って寝ていた可能性が高く,②B一家よりは食事の量や内容が良く,③大小便の
回数・方法の制限はなく,④起立やそんきょの姿勢の強制はなく,母親として長男,次男
の世話をすることももちろん制約はなかったのであり,B一家とは明らかに差異があり,
被告人Aよりは下位であるが,B一家よりは上位者という立場にあった(甲女44,47,4
8回,被告人B41,66回)。
 エ 被告人両名及びB一家らは,平成9年10月30日から31日まで北九州市八幡西
区内の「Qホテル」に宿泊したが,その期間中,同ホテル経営者のrは,被告人両名の次
のような行動を目撃している。被告人Bが,次男を抱いてフロントに現れ,上記rに対し,
「スリッパがべたべたしているから取り替えて。」と無愛想でぶっきらぼうに言った。rが替
えのスリッパを取りに行って戻ってきたとき,被告人AとEが,うろたえた様子で,「どこへ
行ったか。」と被告人Bを捜していた。被告人Aは,被告人Bを見付けるや,被告人Bに
対し,「お前,どこに行っとったんか。」と怒鳴りつけた。被告人Bは,被告人Aに対し,「ス
リッパをもらいに行っとったんよ。」などと,ふてくされた態度で返事をし,rをにらみつけ,
「あんたがスリッパを持ってくるのが遅いからよ。」などとつっけんどんに言った(甲23
5)。
 rが目撃したところからすると,被告人Bが終始被告人Aを怖れ,一方的に抑圧された
状態にあったとは考え難い。
 オ 甲女が目撃したところでも,被告人Bが常に被告人Aをおそれて「びくびく」していた
様子はなく,被告人Aに怒られるときもあったが,被告人Aと冗談を言い合う場面もあっ
た(甲女44,48回)。B事件後被告人両名が逮捕されるまでの間,被告人Bは冷蔵庫
の中を「ぐちゃぐちゃ」にして,物を腐らせ,被告人Aに怒られた(甲女44回)。
 カ 被告人Bは,被告人Aから,「お前が湯布院に行ったからB一家を巻き込んだ。」な
どと繰り返し言われたので,「自分が湯布院に行ったせいで被告人Aに迷惑をかけた。
すべて自分が悪い。被告人Aに申し訳ない。」などと思っていた。被告人Aに対する反感
や批判は全くなかった。被告人Aの言動や態度を常に良い方に解釈していた(被告人B
35,45,46,66回)。
 キ 被告人Bは,湯布院・門司駅事件後は,一連のB一家事件を経て逮捕されるに至
るまで,被告人Aのもとを離れようとしたことは一度もなかった。
 (2) 被告人BとB一家との関係
 ア 被告人Aは,B一家に対し,「被告人BがRを海に突き落として殺した。」,「被告人
BがAを殺害して死体を解体した。」などと,被告人Aの関与の点は伏せ,虚偽や誇張を
交えて,被告人Bが殺人という大罪を犯したことを話した。被告人Bは,そのことを知って
おり,被告人Aの話が虚偽や誇張を含んだ一方的なものであること,B一家はそれを信
じ込んでいること,その結果被告人Aに対し重い負い目を負い,被告人Aに逆らうことが
できない状態に陥っていることを十分に認識していた。それにもかかわらず,被告人Bは
被告人Aに対し何ら異論を差し挟むことなく,B一家に対しても被告人Aの話の内容が虚
偽や誇張を含んだものである旨を全く告げず,被告人Aの関与について語ることも一切
なかったばかりか,被告人Aから暴力を受けているなどと,被告人Aの悪口を言うことも
なく,被告人Aは良い人で,被告人Bが頼んで同居させてもらっている,被告人Aには迷
惑をかけている旨言い続けた(被告人B33,39,40,59,66回)。
 イ 被告人AがB一家に作成させた多数の念書等の形式,記載内容等を見ると,被告
人両名がB一家に巨額の金を要求したり,重い負担を課したりする理由として,常に被
告人Bが引き合いに出されている。すなわち,被告人B自身がB一家に多額の金を要求
する当事者又は重要な利害関係人として明記されたり,作成名義人となったり,署名・
押印したり(なお,被告人Aの署名・押印もすべて被告人Bが行った。被告人B57,64
回)したものが多い(別紙7「念書等一覧表」番号3,4,5,8,9,11,13,17,18,2
1,22)。
 このことからすると,被告人AがB一家との間で取り決めをしたり,これを念書にまとめ
る際,当事者あるいは重要な利害関係人である被告人Bがその話合いに関与しなかっ
たとは到底考えられないところであり,甲女の供述によっても,被告人Bは上記話合い
に加わっている(甲女37回169項)。被告人Bは,念書に記載された取り決め等が法外
で,誠に理不尽なものであることを十分認識していながら,何ら異論を唱えなかった(被
告人B35回41ないし58項,66回142ないし156,271ないし284項)。
 ウ 被告人Bは,被告人AがB一家に対し暴行,虐待を加えた際も,被告人Aを制止し
たり,B一家を庇ったりしたことは全くなかった。被告人Bは,被告人Aが居ないときで
も,B一家を気遣ったり,いたわったりすることは全くなく,B一家が被告人Bに相談や依
頼をすることもなかった(被告人B66回155・156項)。それどころか,被告人Bは,被告
人Aの指示があれば,これに唯々諾々と従い,B一家に対しても,仮借なく通電した(被
告人B39回183項)。
 もっとも,被告人Bは,被告人Aの指示がないのにB一家に対し通電したことはなく(被
告人B59回121項,65回93・94項),被告人Bが被告人Aの指示を受けてB一家に通電
した回数は,被告人A自身が通電した回数に比べ比較にならないくらい少なかった(被
告人B56回71・72項)。
 エ B一家から取り上げた所持金,預金通帳,運転免許証等は,被告人Aの指示で被
告人Bが保管しており,B一家のために金が必要になったときは,被告人Bがその都度
被告人Aの指示を受けて,必要な金をB一家に直接渡すか,被告人Aを通じて渡すなど
して,B一家の重要な金品を管理していた(被告人B35回59・60項,41回94ないし
96,218ないし225項)。また,被告人Bは,マンションAの玄関ドアに取り付けたドアチェ
ーンに掛けていた南京錠の鍵を和室の壁に掛けて管理し,被告人Aの指示を受けて南
京錠を開け閉めした。
 オ 被告人Bは,門司駅事件後しばらくの間は,B一家や甲女より下位の待遇を受け
たが,その1か月後くらいからCに対する通電が始まると,徐々に待遇が良くなった。平
成9年9月ころからEやDが同居するようになると,被告人Bは,B一家より上位者として
遇されるようになり,EやDの監視役を果たし,同年11月ころからは,被告人Aの指示を
B一家に伝える連絡役等を果たすようになった(被告人B31回154・155項,40回389な
いし401項)。
カ被告人Bは,マンションAで,B一家を呼ぶとき,「お父さん」とか「お母さん」とかの
親しみを込めた呼び方はしなかった。BやCのことを「あんた」と呼び,特に,被告人Aの
面前では,「B」,「C」と呼び捨てにした。被告人Bは,十二指腸潰瘍穿孔等で緊急入院
中のBに執拗に電話をかけ,「動けるなら働け。」などと,冷たい言葉を浴びせた。Cが茶
碗を洗っているとき,「貴様,C,ちゃんと洗わんか。」と怒鳴ったことがある。Eがマンショ
ンAに来ることが遅れたとき,「貴様何で遅れたとや,E。」と叱り付けたこともある。Dの
頬を叩き,「あんたと私は身内やけん,叩いたっちゃよかろう,D。」と言った。平成10年
3月下旬ころかその前ころ,Dは車を移動させるため駐車場に行って歩けなくなり,帰宅
して,「きついので,ちょっと横にならせてもらえませんか。」などと頼んだところ,被告人
Aは叱責し,被告人Bも「何弱音吐いているんだろうな。」と腹立たしく思った。(甲女39,
44回,被告人B28,44,59回,被告人A8回)。
平成11年11月ころから平成14年3月ころまで被告人Aと交際し,被告人Bとも何回
か接触したsは,被告人Bの性格を,「非常に気が強い」,「ちょっとしたことで怒り出す」,
「ヒステリックに怒鳴る」,「自分の言い分を曲げない」と評している(甲472,473)。平
成9年9月26日,被告人Aらの訪問を受けたgによれば,当日の被告人Bは,睨み付け
るような目をして,とても厳しかった(甲345)。
 上記両親等やs等に対する態度,Qホテルにおけるスリッパ騒動の一件等からすると,
B一家事件のころの被告人Bは,元来の「気が強い」性格(被告人B66回360ないし
363項)に短気や粗暴さが加わり,激しい気性の持主になっていた。被告人Bは,被告人
Aを恐れながらも,B一家には高圧的な態度で接し,B一家を恐怖ないし不安に陥れた。
それは被告人AによるB一家の支配を補強し,B一家を被告人Aが意図する方向に更に
追い込んでいった。そのような被告人Bの姿の一端は,B事件やE事件において,被告
人Bが,各事件当日,各被害者に示した言動にも見られる。
 3 前記2の諸事情を踏まえ,被告人Bと被告人Aとの関係及び被告人BとB一家との
関係につき,更に考察する。
 (1) 被告人Bと被告人Aとの関係
 ア 被告人BはB一家より地位が上であったこと
 確かに,被告人Bにとって,ささいな理由で通電等の暴行を加える被告人Aは恐い存
在であり,また,自分が湯布院に行ったせいで被告人Aに迷惑をかけたという負い目を
感じていたことなどから,被告人Bは被告人Aの意思に反した行動をすることが容易でな
い状況に置かれていた。
 しかし,被告人Bが置かれていた立場はB一家とは明らかに異なる。すなわち,B一家
は,被告人Aの意のままに支配され,生活・行動の全般にわたり殆ど自由を奪われてい
たのに対し,被告人Bは,湯布院・門司駅事件後の一時期を除き,マンションAにおいて
被告人Aよりは下位だが,B一家よりは明らかに上位者として扱われていたのであり,被
告人Aによる圧迫や制約を受けながらも,B一家に比べればはるかに自由があった。
 イ 加えて,次のような事情に照らすと,被告人BをB一家と単純に同列視して,被告
人Bが被告人Aの暴行,虐待による被害者であるかのように見なすのは誤りであり,被
告人Bは被告人Aと同じ加害者側の立場にあったことは明らかというべきである。
 (ア) 被告人Aと被告人Bは内縁の夫婦であること
 被告人Bと被告人Aは,長年連れ添った内縁の夫婦であって,二人の子まで儲け,現
に共同生活を営んでいたものである。確かに,被告人BはB夫婦の長女ではあるが,被
告人Bは家族や親族らの反対を押し切って,家を飛び出し,被告人Aのもとに走ったも
のであって,被告人Bの意思で分籍をし,B夫婦に「今後一切,被告人Bとは関わりを持
たない。」旨の書面まで作成させ,いわば事実上親子の縁を切ったという経緯があった。
そのような経緯はもちろん被告人Aも十分承知していたことである。
 (イ) 被告人Aの処世術,被告人Bへの期待と実績 
 a 被告人Aにとって,被告人Bは,B社時代以降,被告人Aの指示・命令に忠実に従
い,被告人Aの性格も良く知り尽くした右腕的存在であった。もともと,被告人Aは危険や
責任を極端に嫌う性格で,物事を決断したとき,被告人A自身は決して実行せず,被告
人Aの決断は秘匿しつつ,他人を誘導して被告人Aと同じ決断をさせて実行させ,被告
人Aに危険や責任が及ぶのを回避しつつ,利益だけを享受するのを処世の目標として
きた(以下,これを「被告人Aの処世術」という。乙6ないし10)。
 b 被告人Aは,捜査段階において,検察官に対し,「烏骨鶏の卵」で金儲けをする方
法を例にとって,被告人Aの処世術(被告人Aはこれを「人の誘導術」と称している。)に
ついて説明している(乙8)。その要旨は次のとおりである。「烏骨鶏の卵を売るには,①
烏骨鶏の雛鳥が必要,②それを飼育するためには飼料が必要,③どこで売るか考える
ことが必要,ということを考えなければならない。①には,純粋な烏骨鶏を入手するか,
雑種の烏骨鶏を入手するかという問題があり,②には,どのくらい質のいい飼料を与え
るかという問題があり,③には,どこで売買するかという問題がある。私は,①について
は,純粋な烏骨鶏を入手し,②については,51パーセントが天然飼料であるものを与
え,③については,都会で売るべきだと考える。しかし,万が一,烏骨鶏が逃げてしまっ
たり,死んでしまったりしてこの計画が失敗した場合は,烏骨鶏を入手した費用や飼育
のために買った飼料代などの損害が出ることになる。私はこのリスクを自分で被ること
がないように,このリスクを他人に持ってもらって,自分は利益だけをいただけるように,
他人を誘導する。誘導の方法は次のようなものである。①については,他人Aが雑種の
安い烏骨鶏を買うといえば,私の意思に反する。しかし,私の意思を押しつけると,計画
が失敗したとき,Aから責任を追及される。そこで,私は,Aに,『でも,雑種の烏骨鶏は,
所詮雑種で,烏骨鶏ではないでしょ。純粋な烏骨鶏を買うと,それを強調して高い値段
で卵を売ることができるんじゃないか。ただし,最終決断はあなたがしてください。』などと
言う。すると,Aも,『そうね,純粋な烏骨鶏を買おうか。』などと答える。しかし,純粋な烏
骨鶏を買うという決断はA自身がしたものであるから,もし計画が失敗しても私はAから
恨まれることもなく,逆に,Aに『あなたが,純粋な烏骨鶏を買うと言ったから,費用がか
かったんだろう。』などと言うことができる。(中略)私はこのように,様々な問題があるこ
とを事前に考えて,その結論を先に出した後,他人に話を持ち掛けて,他人が私の思惑
に外れるような結論を出せば,事前に私が考えた問題点を他人に言い,自分の意向と
同じ結論を出させるのである。このとき私が言う問題点は虚偽のものであってはならず,
誰もが少し考えれば浮かんでくるような問題点を持ち掛ける。このようにして,目標に向
けて人を誘導し,目標達成による利益をいただいていた。こうすれば,私には一切の責
任がない反面,成功したときは報酬がもらえ,目標達成に向け,自分が直接手を下さな
くてもよくなるのである。私が物事を考える基本原理は,次の言葉に集約される。『①起
こり得るすべての問題を今すぐつかみなさい。②その問題に関する資料をすべて集めな
さい。③それをあなた自身の頭と情熱で分析しなさい。④その結果の方向を見て,あな
たは行動を起こしなさい。⑤すべてあなた自身で迷わず。』①ないし③は私自身に対す
る言葉であり,④,⑤は私以外の人間に対する言葉である。私は,高校生のころこの言
葉を考え,それ以降物事を考えるときはすべてこれに当てはめて生きてきた。」
 c そのような被告人Aにとって,被告人Aの指示・命令に唯々諾々と従い,それを自分
の役目と割り切って実行し,それでいて決して被告人Aを恨んだりしない被告人Bは,願
ってもない存在であった。被告人Bは,B社時代を通じ,また,R,A及び乙女を取り込ん
で金づるにする工作において,被告人Aの指示・命令のとおりに行動し,実績を上げ,被
告人Aの信頼に応えた。
 したがって,被告人Aは,そのような被告人Bを見捨てることは,自己の最良のパート
ナーを失うことであり,それは,被告人Aが逃走生活を続ける意思を持ち続ける限り,あ
り得なかったことといってよい。
 (ウ) B一家事件における被告人Bの不可欠性 
 被告人Aが,B一家を取り込み,マンションAに住まわせ,金銭を含む被告人Aの種々
の要求にB一家を従わせるためには,被告人Bの存在は要であり不可欠であった。すな
わち,まず,①B一家の長女で,本来跡取りの資格のある者としての被告人Bの存在価
値である。これは,B一家から金を引き出すための前提となるものである。例えば,平成
9年12月12日付け念書(別紙7「念書等一覧表」番号17)にある,Eが実家にしてもら
ったのと同額の金額の要求は,被告人A自身の要求としては筋が通らないのであって,
被告人Bが被告人Aに協力してこそ成り立つのである。次に,②被告人Aが,B一家に
対し金銭を含む種々の要求をすること,あるいは借金させてまで多額の金を出させたこ
とを,B一家の親族らに説明する上で,B一家の長女で跡取りの資格のある被告人Bの
存在や協力は,なくてはならないものであった。次に,③被告人Bの「犯罪者」としての側
面の利用価値は絶大である。被告人Aは,被告人Bが,指名手配の事件のほか,R事
件,A事件という,現に警察に追及されている,あるいは発覚すると重い刑事責任を負
わせられる重大犯罪を犯しているとして,B一家から被告人両名の逃走資金を出させた
り,B一家を通じて警察に被告人両名の犯した犯罪が発覚することを防ぐために最大限
に利用している。そのために,B一家に被告人Bの犯した犯罪を虚実取り混ぜて吹き込
んでいる。被告人Bはその情を知りながら,あえて異を唱えず,B一家に真相を明かすこ
とも一切なかった。次に,B一家事件の個別事件の検討の際述べるように,④B一家に
対する被告人Aの指示の取次者,B一家に対する監視者としての被告人Bの利用価値
も看過できない。湯布院・門司駅事件後しばらくの間,被告人Aの被告人Bに対する信
頼が大きく低下したが,その後,被告人Bは被告人Aの信頼を取り戻し,B事件の前ころ
には,被告人Bは,被告人Aの指示をB一家に伝え,被告人Aの意を体してB一家を監
視し,被告人Aの指示に対する違背があれば被告人Aに報告し,B一家が被告人Aの指
示に忠実に従わざるを得なくする役割を担っていた。被告人Bは,自らのこの役目を「被
告人Aの代理人であった。」と評している(被告人B32回51ないし55回)。⑤被告人Aは,
新たな犯罪の実行に向けB一家の説得が必要なとき,その役目を被告人Bに担当させ
て,被告人Aの意図実現に利用している。⑥B事件,F・G事件においては,被告人Bは
各犯罪の実行行為者としてその役割を十分に果たしているが,このように,被告人B
は,被告人Aが必要とするときは,いつでも犯罪の実行行為を担当し,遂行することが求
められたのであり,この意味でも被告人Bは被告人Aにとってなくてはならない存在であ
ったことは明らかである。そして,犯罪後の死体の解体・処理の面では被告人Aにとって
被告人Bは誠に心強い働き手であった。
 (エ) 被告人Aは被告人Bにとっても離れ難い存在であったこと 
 他方,被告人Bにとっても,被告人Aは容易に見限ることができない存在であった。す
なわち,①被告人Bは,特に湯布院・門司駅事件後の一時期,被告人Aから集中的に通
電を繰り返されるなどし,肉体的,精神的にひどく痛めつけられたので,三度被告人Aに
離反すれば,そのとき以上の激しい通電等の制裁を受けることは必至であった。②湯布
院・門司駅事件後,被告人Bが被告人Aにひたすら恭順の態度を示したので,被告人B
に対する通電等の回数は減ったが,それでも被告人Aに逆らったり,被告人Aの意に沿
わない言動をすれば,激しい通電等の制裁が加えられたのであり,被告人Bにとっても
その重圧は相当に大きかった。③さらに,被告人Bは,被告人Aと共に過去に種々の犯
罪,すなわち,指名手配を受けた詐欺罪等のほか,B社時代に繰り返した数々の犯罪
的行為,A事件,乙女事件等を犯しており,これらの犯罪が発覚し警察に逮捕されること
を恐れたが,警察から逃げ切るためには,被告人Aの才覚は必要なものであった。④被
告人Bは,B夫婦と事実上親子の縁を切って家を飛び出したものである上,そのB一家
も被告人Aに取り込まれ,福岡県久留米市内における生活基盤を殆ど失っており,仮に
被告人Bが被告人Aのもとを離れても,もはや帰るべき所も頼るべき者もないという状況
にあった。⑤外で働いて収入を得る道が甘いものではないことは,湯布院事件で認識さ
せられていた。⑥被告人Bにとって,被告人Aは被告人Bと長年にわたり生活・行動を共
にした内縁の夫であり,被告人Aとの間に二人の子供まで儲けて夫婦としての実質を深
め,子供たちとは離れたくないと思っていた。⑦被告人Bは,被告人Aから,かねて「被
告人Bが被告人Aを巻き込んだ。」,「被告人Bが湯布院に逃げたのでB一家を巻き込ま
なければならなくなった。」などと,一方的にかつ執拗に責められていたので,自分のせ
いで被告人Aに迷惑をかけたなどと思い込み,被告人Aに対して負い目を感じていた。
⑧最後に,被告人Bの被告人Aへの愛情の問題に触れざるを得ない。被告人Bは,公
判廷で,交際当初は被告人Aに対し恋愛感情があったが,A事件のころは,夫婦の愛情
は,なかったとは言い切れないが,殆どなかった,むしろ恐怖心があった旨供述している
(被告人B13,60,62回)。被告人Bの公判供述からすると,B一家事件のころ,被告
人Bは被告人Aに対し夫婦としての愛情を失い,二人は冷めた関係にあったかの如くで
ある。しかしながら,被告人Bは,乙女事件において,乙女が「アパートC」から逃走した
際,被告人Aから「お前は子供と甲女を連れてマンションAに逃げろ。」と言われたが,
「(警察に)捕まるなら皆一緒よ。」と答えた(被告人B69回199項)。被告人Bは,湯布院
事件の際,湯布院を去るとき,世話になったcへの置き手紙に「自分が惚れて連れ添っ
た相手だから」,「私も主人をやっぱり愛しているのだと思います」などと書き記している
(甲285,被告人B66回345ないし351項)。その後,被告人Bは,被告人Aから激しい通
電等の暴行を受け,自殺しようとして門司駅で逃走を図り,連れ戻されて再び激しい通
電を受けたが,両事件後は,通電や暴言は相変わらず受けたものの,被告人Aのもとか
ら離れようとしたことは一度もなく,子らと共に被告人Aとの共同生活を営み続け,B一
家事件を経てもその関係は揺るがなかった。被告人Aが,平成12年1月,顔面に帯状
疱疹(ヘルペス)が発症して苦しんだときは,被告人Bは,警察に見付かる恐れもあるの
に,あえて被告人Aに病院行きを勧め,被告人Aがこれを拒否するや,自ら病院に行っ
て薬をもらって来たり,顔面や歯茎に針を刺す漢方の治療を手伝うなど,被告人Aのた
めに尽くした(被告人B57回213ないし221・233項,被告人A67回(1)182ないし193項)。
B一家事件後,被告人Aは健康維持のためサプリメントを愛用したが,被告人Bらにもこ
れを勧め,被告人Bはこれを服用した(乙267,被告人A67回(1)194ないし203項)。被
告人両名の間には逮捕されるまで性生活もあった。甲女が逃走したとき,精神的に追い
詰められて占いまでした被告人Aに対し,被告人Bは「もっとしっかりせんね。」などと言
って励ました(被告人A72回182項)。以上のような被告人両名の関係に照らすと,B一
家事件のころ,被告人Bが被告人Aに対し夫婦としての愛情をすっかり失い,二人が冷
めた関係にあったとは認め難く,被告人Bは,そのころも依然として,心のどこかに被告
人Aに対する被告人Bなりの愛情を抱き続けていたと認められる。一見矛盾するかの如
くであるが,被告人Bの心の中には,恐怖心と共に,上記のような被告人Aへの愛情も
あり,それだけに一層被告人Aとは離れられず,犯行への加担を深めていったと考えら
れる。
 以上のような事情が重なり合い,被告人Bは,絶えず被告人Aを恐れる一方で,被告
人Aを頼らざるを得ず,この上は被告人Aと共に逃走生活を全うするしかないと思い定
め,被告人Aの指示があれば,その是非をあえて問わず,詮索もせず,指示を受け入れ
て唯々諾々と従っていた。
 被告人Bの被告人Aに対する追随的態度は,後になればなるほど顕著になった。被告
人Bは,E事件のころの自分について,「すべて被告人Aの指示で動いた。自分で考える
ことは殆どしなかった。被告人Aに依存していた。」と評している(被告人B41回200項,
42回4ないし8項)。
 (オ) 被告人Bが,被告人Aから,B一家に対し暴行,虐待を加えること,さらには,B一
家の誰かを殺害することを内容とする指示を受けたとき,これを拒否したくても,拒否す
ることは事実上不可能,あるいは著しく困難であり,また,被告人Aから逃走したくても,
逃走することは事実上不可能,あるいは著しく困難であった,これらのことから万やむを
得ず被告人Aの指示に従った,というような事情があったとすれば,それは,被告人Bが
被告人Aと同じ加害者側の立場にあった見ることを困難ならしめる事情であり,個々のB
一家事件において,被告人Aとの共謀の認定に消極に働く事情となり得ると考えられ
る。
しかしながら,前記(エ)のとおり,被告人Bは,湯布院・門司駅事件当時は,一時的に被
告人Aのもとから離れようとしたり,通電への恐怖の余り自殺願望を抱き,逃走を図った
りしたが,そのほとぼりが冷め,B一家の取込み,支配のための工作が被告人Aの大き
な関心事になるや,被告人Bは被告人Aを恐れつつも,被告人Aに協力して被告人両名
の逃走生活を全うしようと決意を固め,その後はもはや右顧左眄せず,被告人Aの指示
に忠実に行動し,被告人Aの上記工作に協力し,被告人Aの指示を拒否したいとか,被
告人Aのもとから逃走したいなどとは,そもそも考えること自体がなかったものである。
 被告人Bは,公判廷で,「B一家事件のころ,多かれ少なかれ,『次に殺されるのは自
分(被告人B)かな。』といつも感じていた。」旨供述する(被告人B59回317項)けれど
も,そのころ,被告人Aが,被告人Bを殺害する旨明言したり,これを示唆したと認める
べき証拠はなく,そのようなおそれが具体的に存在したわけでもない。
 したがって,被告人Bに前記のような事情がなかったことは明らかである。
 ウ 被告人Bの離反 
 被告人Aにとって衝撃的であったのは,被告人Bが被告人Aに離反する態度を見せた
ことである(湯布院・門司駅事件)。被告人Aは,前記イの(ア),(イ)などから,被告人Bは
被告人Aから離反することはないと信じていた。ところが,被告人Bは,ほぼ同じ時期に
二度まで,あえて被告人Aから離反する行動をとったのである。被告人Aにはこれが裏
切りと映ったのは当然である。被告人Aは自己に対する裏切りを極端に嫌い,裏切りに
対しては執念深く報復する旨被告人Bにも予告していた(被告人B22回5項,66回
168項)が,特に被告人Bは被告人Aにとって犯罪の共犯者であるところから,被告人B
が今後絶対に自己から離反しないように,厳しい制裁を徹底的に加え,被告人Bの日常
行動を常に監視した。被告人Bの監視のために,甲女やB一家も利用された。
 (2) 被告人BとB一家との関係
 ア 湯布院事件まで
 B一家全員が死亡している上,一家は被告人Aの制裁を恐れ,親族らに対しても多くを
語っていないため,B一家が被告人Bをどのように受け止めていたのかは,必ずしもは
っきりしない点があるが,B一家が,被告人Bのせいで物心両面にわたり大変な負担,
迷惑をかけられたことは間違いない事実であり,一家の思いは複雑で,程度の差はあ
れ,被告人Bに対し怒りの感情さえあったであろうことは否定できない。ここで,主な経過
を見てみると,①被告人BはB夫婦の跡取りとして期待されたのに,家を飛び出してしま
い,そのため妹のEが跡を継がねばならなくなったこと,②被告人Bの交際相手は妻子
ある被告人Aであり,Bや親族らにとって到底受け入れ難いものであったこと,③自殺未
遂騒動を惹き起こしたこと,④被告人BがB夫婦やD夫婦,親族らに嫌がらせの電話を
かけてきたこと,⑤被告人BはB夫婦と事実上親子の縁を切って家を出たのに,B社時
代,布団の売り上げへの協力や借金を頼んでき,B夫婦はこれに応じざるを得なかった
こと,⑥B社が倒産するや,被告人両名は逃亡してしまい,経過や所在,生活状況等に
ついての誠意ある説明もなかったこと,⑦被告人Bは自らは働くことなく,種々の口実を
設けてCに無心し,同人は親族らから借金までして金を作って送金し,その送金総額は
1500万円以上に上ったこと(送金はB夫婦の資金が続かなくなり,打ち切られた。),以
上のとおりである。
 したがって,湯布院事件の前ころ,B夫婦は,被告人Bに対し,既に実家としてやるべ
きことはやった,あとは自分で何とかするか,あるいは被告人Aに助けてもらって欲しい
というのが本心であったろうと考えられる。そのことは,被告人Bの送金依頼に対し,C
が「家にも金がない。被告人Aさんに頼んで送ってもらったらどうか。」などと言ったこと
(被告人B30回507項),被告人Bが湯布院に行く前,Cに150万円の無心をした際,C
がこれを断わったことなどに現れている。また,Bの「被告人Bに家の敷居は跨がせな
い。」という言葉(被告人B21回60・61項)からは,Bの被告人Bに対する怒りさえ見て取
ることができる。
 もっとも,B夫婦が,被告人Bに散々迷惑をかけられながらも,無理を押して送金などし
たことは,形の上では親子の縁を切ったとはいえ,被告人Bないしその子らに対し,依然
として親ないし祖父母としての愛情を失っていなかった証左であるといえる(孫,すなわ
ち被告人Bの子らへの愛情はB自身が周囲に語っている。)。他方,被告人Bにも過去
の経緯にかかわらず,B夫婦への甘えや依存心が抜き難く残っていたことを指摘でき
る。
 イ 湯布院事件直後
B夫婦とEは,被告人Bが湯布院に行っている間に,被告人Aから,虚偽や誇張を交え
つつ,被告人Bが殺人という大罪を犯している旨聞かされた。少なくともA事件について
は,実際に起こった犯罪である以上,被告人Aの説明は真に迫っていたであろうと推測
される。被告人Bがこれを否定しなかったこともあって,Bらはこれを信じざるを得ず,当
然のことながら大きな衝撃を受け,被告人Bに対する信頼が崩れ,これまで散々迷惑を
かけられながらも,経済的援助をするなど,被告人Bのために尽くしてきたのに,殺人と
いう大罪を犯したことに裏切られたという思いが走り,怒りが湧いたであろうことを否定で
きない。さらに,被告人Aと子供二人を置き去りにして自分だけ湯布院に逃亡するなど,
身勝手だ,という感情もあったであろう。したがって,マンションAに帰宅した被告人Bに,
B夫婦やEが被告人Aと示し合わせて暴行を加えたのは,単に被告人Aの働きかけが成
功したせいばかりではなく,同人らが真実被告人Bに立腹していたためとも考えられる。
 被告人AがB夫婦とEに話した内容と,被告人Bが被告人Aと交際を始めて以降,被告
人BがB一家や親族らに見せてきた数々の行動等を総合して考えたとき,B夫婦とEが,
過去の行き掛りは捨てて,ここは被告人Aの力を借りなければどうにもならないという心
境に立ち至らされたことは,容易に推測できる。それは取りも直さず,B一家が被告人A
に取り込まれていく過程の始まりであった。
 ウ 湯布院・門司駅事件後,B事件まで
 湯布院・門司駅事件後,被告人Aは,被告人Bに制裁として激しい暴行や通電を加え
たが,門司駅事件後は,B夫婦やEの面前でも隠すことなく,被告人Bへの通電を行っ
た。これに対し,Bらは何ら抵抗したり,被告人Bを庇ったりしなかった。被告人Bが湯布
院に行った際,Cが途中まで同行したが,被告人Aはこのことを取り上げて,平成9年6
月ころ,Cに対する通電を始めた。間もなくこれはBにも波及し,やがて,Bの口のきき方
や態度に難癖を付けて通電するようになった。平成9年9月23日ころ,B一家の親族会
議が開かれるや,被告人Aは会議におけるB夫婦の発言等を詮索して執拗に通電し
た。これらの際,被告人BやD夫婦が,B夫婦のために被告人Aをなだめたり,B夫婦を
庇ったりしなかった。これは,被告人Aが居合わせないときでも変りがなかった。むしろ,
B一家の地位が劣悪化するのと反比例するように地位を取り戻した被告人Bは,B夫婦
を呼び捨てにし,CやEを口汚く叱り付けるような有様で,被告人BとB一家の関係は,
肉親の情がすっかり影を潜め,冷淡で刺々しい関係になる一方であった。
 被告人Aは,B一家に暴行,虐待を加えたばかりでなく,B一家相互間で不満を言い合
ったり,口論させたり,暴力を振るわせたりした。これらの結果,B一家は相互に傷つき,
自己の殻の中に閉じ籠り,被告人BとB一家の関係が冷えていくのに比例するように,B
一家相互の関係も悪化していった。
 もっとも,被告人Bは,あくまでも,被告人Aの意を受けて,B一家に対し暴行,虐待を
加えたのであり,被告人Aの意思によらず,被告人Bのみの意思で,B一家に対し暴
行,虐待を加えたものではないことは留意すべき点である。
第8 B一家事件全体の前提となる背景事情に関する被告人A弁護人の主
張に対する判断
 1 被告人A弁護人は,「被告人AがB一家を取り込んで意のままに従わせて支配した
ことはない。」として,次のとおり主張する。
 (1) 「被告人Aは,B一家に対し,金の支払を強要したことはない。B一家は,被告人B
を逃走させるための資金として,被告人両名に対して金銭を交付し,被告人Bを警察の
追及から免れさせることによって,B一家の体面を守ろうとし,他方,被告人両名は警察
の追及から逃亡しようとした。」(弁論要旨116・117,123ないし125頁)
 しかしながら,B一家が自由な意思で(「ギブ・アンド・テイク」の形式で)被告人両名に
多額の金を提供したなどと認めることができないことは,前記第2及び第3で述べたとお
りである。
 (2) 「被告人Aは,Dらに対し,マンションAで同居するように強制したことはない。Dら
は実際に熊本県玉名市内のアパート(「アパートL」)に居住しようとしていた。」(弁論要
旨117頁)
 前記第2の7のとおり,Dらは「アパートL」を賃借し,時々同アパートに出入りしていた
様子は窺われる。しかしながら,①同アパートの電気,ガス,水道の使用量は極めて僅
かである。すなわち,同アパートの電気使用量は,平成9年10月分は22キロワット,1
1月分は56キロワット,12月分は126キロワット,平成10年1月分は117キロワット,
2月分は58キロワット,3月分は57キロワット,4月分は70キロワットであり(甲227),
ガス使用量は,平成9年10月分は0立方メートル,11月分は0.5立方メートル,12月
分は1.8立方メートル,平成10年1月分から4月分はいずれも0立方メートルであり(甲
228),水道使用量は,平成9年12月分は1立方メートル,平成10年1月分は2立方メ
ートル,2月分は1立方メートル,3月分から5月分は0立方メートルである(甲229)。被
告人Bは,「玉名のアパートの電気,ガス,水道がある程度使用されているのは,BやC
らが泊まったとき使用したものか,あるいは,被告人Aが,『不審に思われないように,電
気をある程度つけておけ,電気をつけっぱなしにしておけ。』などと指示して使用させた
ものだと思う。」と供述する(被告人B38回202ないし205項)。②Gは転校先の熊本県玉
名市内の小学校に殆ど通学していない。③区費徴収のために同アパートを何度も訪れ
た近隣住民はDと殆ど会うことができなかった(甲233)。
 以上によれば,Dらが「アパートL」に居住した実態は殆どない。同アパート賃借後,数
か月も上記のように居住実態の乏しい状況が続いたことに照らすと,被告人A弁護人が
主張するように,Dらは「アパートL」に居住しようとしていたともにわかに考え難いが,そ
の点は措くとしても,ここで重要なのは,Dがなぜその名義で同アパートを賃借したの
か,なぜ居住実態が乏しいまま推移したのか,であり,それらの点は,Dが福岡県久留
米市内の自宅からマンションAに通うようになった経緯,更には,B,C及びEがマンショ
ンAに通うようになった経緯等,被告人両名とB一家との当時の関係を総合的に検討す
るなかで,自ら明らかになるものである。被告人両名とB一家との関係については,前
記第6,第7で述べたとおりであって,これによれば,Dが「アパートL」を賃借したことも,
同所における居住実態が乏しいまま推移したことも,被告人両名によるB一家に対する
取込み,支配の表れとしか考えられないのである。
 (3) 「B,D及びEが無断欠勤を繰り返した上,勤務先を退職したのは,被告人Aの指
示によるものではない。」(弁論要旨117頁)
 しかしながら,B,D及びEは,いずれも,かねて勤務先に不満を抱いていた事情は認
められず,それまで無断欠勤もなく精勤していたのに,ほぼ同時期に無断欠勤を繰り返
した挙句,何ら理由も告げずに突然退職するという,不自然な経過を辿っているのであ
り,そのような退職が同人らの自由な意思に基づくものとは考え難い。被告人AがB一
家に対し多額の金を要求しながら,B,D及びEに勤務先を退職させるのは,同人らが収
入の途を失う結果となるから,被告人Aの思惑に反する面はあるが,平成9年9月ころか
ら,B一家の親族が,一家の行動を不審に思い,被告人Aが本家の財産を狙っていると
の危機感を強め,親族会議を開き,BやCに対して事情を問いただしたり,警察と連絡を
取り合い,行方が分からなくなったD一家の所在を探したりしていたのであるから,被告
人Aが,B,D及びEに勤務を続けさせていては,職場を通じて被告人両名の所在が親
族や警察に探知されるのではないかと警戒し,勤務先を退職させたと考えることも十分
に可能である。
 2 被告人A弁護人は,「B及びCは平成9年12月ころまで,D及びEは同年9月ころま
で,出勤したり,福岡県久留米市内の自宅に帰って親族らと接触する機会が何度かあっ
たので,『被告人AがB一家を隔離して支配した。』というのは実態に反する。」旨主張す
る(弁論要旨117頁)。
 B及びCは平成9年12月ころまで,D及びEは同年9月ころまで,出勤したり,福岡県
久留米市内の自宅に帰ったりして親族や職場の同僚らと接触する機会はあったことが
認められる(前記第2の7)。したがって,被告人AがそのころB一家と外部との接触を物
理的に不可能にするなどして,これを完全に遮断していたわけではない。しかしながら,
前記第5の3のとおり,B,C,D及びEは,自由な意思でマンションAから外出し行動する
ことはできず,被告人Aが許した場合のみ外出できたのであり,外出するときは携帯電
話を持たされ,マンションAに定期的に連絡を入れなければならないなどの制約があっ
た上,親族や知人らに対しては,当時自分たちの置かれていた境遇やマンションAでの
生活の実態について話すことは禁じられ,「被告人Aはすごい人だ。」などと,事態を糊
塗するような言葉を口にするだけであったから,B,C,D及びEが,出勤したり自宅に帰
って親族らと接触する機会が何度かあったからといって,被告人AによるB一家に対す
る支配が否定されるわけでは毛頭ないのである。
 3 被告人A弁護人は,念書3通(甲254,255,279添付資料13)について,「B,C
及びEと養子であるDとの間には,かねて財産の名義変更等について争いがあったの
で,同人らはb名義の土地の名義変更等に関する前記の念書を作成したのであり,前
記の念書は被告人AがB一家を支配していたことの根拠とはならない。」旨主張する(弁
論要旨125ないし128頁)。
 しかしながら,Dは,真面目で律儀,おとなしくて優しい性格であり,そのような人柄を
買われてB夫婦の婿養子となったのであり,かねてDとB一家との間に財産の名義変更
等について諍いがあったわけではなく,元々B一家は代々続いた農家であって,古い因
襲や秩序が残ってはいるものの,一族の信頼も厚く,それなりに安定した円満な生活を
営んでいたものである。そもそも,DはBの跡取りであるから,いずれは,農家としての伝
統に則り,本家の財産を事実上全部相続することは確実であり,早急な名義変更にこだ
わる必要は全くなかった。DとB,C及びEとの間に波風が立ち,財産の名義変更等につ
いて確執が生じたのは,Dが,マンションAに通うようになってから,被告人Aの強い働き
掛けを受けた結果,それまでの正常な家族関係が歪められ,家族相互間に溝ができた
ことによるものである。上記念書は,いずれも,B一家の相続財産の帰属等,専らB一家
内部で解決されるべき事柄が問題にされているのに,他人であるはずの被告人Aが立
会人として署名するなどしているのは,それ自体異常なことであるが,上記のような経緯
を前提とすればそれなりに理解できるものである。Dが養親であるBらとの間で土地の
名義変更等を巡って争い,上記念書を作成することは,DとBらとの関係を決定的に悪
化させ,その後の養親子としての共同生活を事実上不可能にしてしまうようなものであっ
て,これがDの自由な意思によるものとは到底考えられない。
 4 被告人A弁護人は,「B一家が小便のためにトイレの使用を制限されたことはない。
小便のためにペットボトルの容器を使用したのは死体解体期間中だけである。」旨主張
する(弁論要旨129ないし138頁)。
 しかしながら,B一家が,マンションAにおいて,平成9年9月ころから,小便のためにト
イレを使用することを禁じられ,ペットボトルの容器で小便をさせられたと認められること
は,前記第5の3のとおりである。
 5 被告人A弁護人は,「Dがペットボトルの容器に入った小便を被告人両名に無断で
外に捨てに行き,マンションAの1階の飲食店「S」の経営者から苦情を言われた。その
時期は,C及びEの死体解体作業中であった。被告人Bはその時期は平成9年9月か1
0月ころであった旨供述するが,それは虚偽供述であり,被告人AのB一家に対する支
配をいう趣旨の同人の供述全体の信用性に疑いを生じさせるものである。」旨主張する
(弁論要旨130頁。以下,被告人A弁護人主張の一件を「小便事件」という。)。
 しかしながら,被告人A及び被告人Bの各公判供述や飲食店経営者tの供述調書によ
っても,小便事件の時期や詳細な経緯及び状況等を明らかにすることはできない。のみ
ならず,小便事件の時期が,被告人Bの供述するとおりであれば,B一家が死体解体期
間以外もペットボトルの容器で小便をさせられたことが裏付けられるものの,被告人Aの
供述するとおり,C及びEの死体解体期間中であったとしても,B一家がそれ以外の時期
にもペットボトルの容器で小便をさせられたことは必ずしも否定されない。したがって,小
便事件に関する供述いかんが直ちに被告人Bの供述全体の信用性を左右することには
ならない。
 6 被告人A弁護人は,「B死亡後の平成10年2月25日,B名義のK農協の預金口座
から現金30万円が引き出されていること(甲210,720末尾添付資料2),被告人Bが
『被告人Aは,B死亡後,B名義の預金口座から現金を引き出すことを禁じていた。』旨
供述していること(被告人B40回161項)から,上記預金の払戻しはDが自分の意思で
行ったものと考えられ,このことはB一家が被告人Aの指示によらずに自由に預貯金の
出入れをしていたことの証左である。」旨主張する(弁論要旨138・139頁)。
 しかしながら,被告人Bは,「被告人Aが,Bの死亡後,『(B名義の預金口座に)絶対に
触るな。』などと言った記憶が残っているが,実際に預金を引き出した形跡があるのな
ら,被告人Aの指示で引き出したとしてもおかしくないと思う。」とも供述している(被告人
B41回308項)。被告人Aの懸念は,預金の払戻しに当たっては本人確認が求められた
り,監視カメラで撮影されたりするので,これを他の者がして怪しまれてはいけないという
点にあると考えられるから,B死亡後しばらく様子を見た後,上記のおそれが少ないとい
う状況があれば,被告人AがB名義の預金の払戻しを許したとしても不思議ではない。
ただし,それはあくまでも被告人Aが許したからできたわけであって,B一家が被告人A
の指示によらずに自由に預貯金の出入れをしていた証左とは直ちにいえない。
 7 被告人A弁護人は,「B一家がマンションAから自由に外出していた。」旨主張する
(弁論要旨140・141頁)。
 B一家は,マンションAに同居するようになってからも,金融機関等に赴き現金の出入
れや家賃の支払をするなどのために,何度か外出する機会があったことは認められる
(甲210)。しかしながら,前記第5の3のとおり,被告人Aは,B一家に外出させる際も,
外出時間を制限し,監視役を同行させ,更には携帯電話を持たせて頻繁に連絡を取ら
せるなど,外出中の行動を厳しく制約し,監視していたのであるから,上記のような外出
の機会があったからといって,B一家が自由に外出することができたということはできな
い。
 なお,マンションDからパチンコ店のスロットマシン用のものと思われるコイン9枚が押
収されている(被告人A弁95)ところ,被告人Bは,「B一家事件後,サニーの車内からコ
インが1枚見付かったので,それをマンションBに持ち帰ったことがある。」旨供述してい
る(被告人B41回226ないし229項)。これに基づき,被告人A弁護人は,「Dは,マンショ
ンAで同居するようになってからも,自由に外出してパチンコ店で遊興するなどしてい
た。」と主張する(弁論要旨140・141頁)。
 しかしながら,誰が,いつ,どのような経緯で上記のコインをサニーの車内に持ち込ん
だものかは不明である。仮に,Dがサニーの車内に持ち込んだとしても,Dは平成9年9
月までは何度か出勤し,そのころパチンコ店に行き,そこで入手したコインをサニーの車
内に持ち込む機会があったから,その可能性を排除できない以上,その事実はDがマン
ションAで同居するようになってからも自由に外出することができたことを根拠付けるも
のとは直ちになり得ない。
 8 被告人A弁護人は,「被告人Bは,ホテル暮らしをしていた平成9年10月か11月こ
ろ,ホテルで,被告人Aが,盗聴器を使ってB一家の話合いを盗聴して見せた旨供述す
るが,盗聴して見せた時期,経緯が曖昧であり,合理的に理解し難い。被告人Bは,被
告人Aによる支配を強く印象づけるため,被告人Aが供述する他の出来事を曲げて供述
した疑いがある。」旨主張する(弁論要旨141ないし143頁。以下,被告人A弁護人主張
の一件を「盗聴事件」という。)。
 被告人Bの公判供述(被告人B22回53ないし61項等)によっても,盗聴事件の詳細な
経緯,状況は明らかではない。しかしながら,盗聴事件に関する被告人Bの公判供述
は,供述に現れた限りの経緯,状況を見ても,かなり特異な出来事であり,被告人Bが
創作した架空の出来事であるとは考え難い。被告人Aが当時盗聴器や無線機を所持
し,B一家にも見せたことは,被告人Aも自認しているところ,被告人Aは,「被告人Bが,
『B一家が被告人Bの犯した事件を他言しているのではないか。』などと疑心暗鬼になっ
ていたため,被告人Bにそのようなことはないことを分からせるため,B,C及びEにも事
情を説明した上,被告人BにB一家の話を盗聴させたことがある。」と供述する(被告人
A53回573ないし575項)。被告人Aの上記供述の趣旨は,B一家に対し盗聴器を使って
見せたのはB一家を支配するためではなく,被告人BのB一家による情報漏れへの疑
念を晴らすためであったというのであるが,盗聴は一家の声が届く範囲に盗聴器を設置
した上,受信者が電波を受信可能な範囲に居て無線機で受信することが前提となるの
であるから,一家のすべての会話を盗聴できるものではなく,一度盗聴して見せただけ
で,被告人Bの上記疑念を解消することができるとは考え難い。むしろ,被告人AがB一
家に対して盗聴器を使って見せた目的は,一家に対し,被告人Aの底知れぬ不気味さ,
恐ろしさを印象付け,被告人Aが自分たちの話をいつどこで盗聴しているかもしれないと
の不安を植え付け,うかつなことは口にできないと思い込ませ,被告人Aに対し一層逆ら
い難い状況を作出することにあったと見るのが合理的であるから,被告人B供述の信用
性を否定することはできないというべきである。
 9 被告人A弁護人がB一家事件全体の前提となる背景事情に関し主張するその他の
点について検討してみても,上記背景事情に関する当裁判所の判断は左右されない。
第4部 B事件
第1 検察官,被告人A弁護人及び被告人B弁護人の各主張並びに争点
 1 検察官
被告人両名は共謀の上,殺意(確定的殺意)をもって,Bを殺害した。被告人Aが被告
人Bに指示してBに通電させ,Bを電撃死させた。
 2 被告人A弁護人
被告人BがBに通電し,その直後同人が死亡したことは認める。しかし,被告人Aには
殺意はなかった。被告人Bとの共謀,通電とB死亡との間の因果関係の点は争う。仮に
上記因果関係が肯定される場合でも,傷害致死罪が成立するにとどまる。
 3 被告人B弁護人
被告人両名が共謀の上Bに通電し,同人を死亡させたことは認める。しかし,被告人B
には殺意はなかったので,殺人罪は成立せず,傷害致死罪が成立するにとどまる。
 4 争 点
 B事件の主な争点は次のとおりである。
 (1) 被告人両名につき,Bに対する殺意の有無
 (2) 被告人両名につき,共謀の有無及び内容
 (3) 通電とB死亡との間の因果関係の有無
第2 B事件の事件の概要,証拠構造,被告人B,甲女及び被告人Aの各
公判供述並びにそれらの信用性の検討
 1 事件の概要
 平成9年12月21日ころの早朝,マンションAの北側和室で,被告人BがBの身体に通
電し,Bはその直後,正座をした状態で身体を前屈させて倒れ,そのまま動かなくなり,
そのころ死亡したこと,被告人B,C,E,D及びGは,Bの死体をマンションAの浴室等で
解体して処分したことについては,被告人B,甲女及び被告人Aの各公判供述が一致し
ており,上記事実が明らかに認められる。
 2 B事件の証拠構造
 (1) B事件当日の経緯,犯行状況及び犯行後の状況等を認定し得る有力な証拠は,
被告人B,甲女及び被告人Aの各公判供述である。
 (2) 被告人B,甲女及び被告人Aの各公判供述の内容を見ると,被告人B及び甲女
は,いずれも,「被告人Aが被告人Bに対しBの身体に通電するように指示し,被告人B
がそれに従ってBの身体に通電した直後,Bは倒れて動かなくなり,そのまま死亡し
た。」旨,被告人Aが少なくともBに対する暴行の共謀に関与したとの供述をしているが,
他方,被告人Aは,「自分はBに通電したことはなく,被告人Bに対しBに通電するように
明確に指示したこともない。」旨供述し,実行及び共謀への関与を否認している。
 (3) そこで,まず,被告人B及び甲女の各公判供述の信用性を検討し,次に,被告人
Aの公判供述の信用性を検討する。
 3 被告人B及び甲女の各公判供述の要旨
 (1) 被告人Bの公判供述の要旨
 被告人Bは,公判廷において,B事件当日の経緯,犯行状況及び犯行後の状況等に
ついて,次のとおり供述している(被告人B8,22ないし24,32,38ないし40,46,5
6,59,63,64回等)。
 ア 被告人Aは,平成9年12月21日午前零時ころから,B,C,E,D及び被告人Bを
マンションAの北側和室に集めて,B一家が今後どのように暮らしていくか,被告人Aか
ら要求されている金をどのように作るかなどについて話し合わせた。その際,被告人A
は,B一家を問いただしながら,そのころ特に通電の標的にしていたBに通電した。
 イ 被告人Aは,同日の早朝,B,C,E,Dに指示し,恐らく新しいアパートを探させる
ためと思われるが,熊本県玉名市方面に車で向かわせた。
 ウ その後,被告人Aが入浴した。被告人Bは,被告人Aから,「風呂に入っていい。」と
言われたので,被告人Aの後入浴した。甲女かGが,被告人Bの入浴中,2回浴室に来
て,ポン酢が冷蔵庫のどこにあるか聞いた。甲女は,3回目に浴室に来たとき,被告人
Bに対し,被告人AがBらを呼び戻したので,急いで風呂から上がるようにと言った。被
告人Bは,被告人Aから,「Gにポン酢を捜させたが,見付からなかったので腹が立ち,B
らをマンションAに呼び戻した。」と聞いた。
 エ 被告人Aは,B,C,E及びDをマンションAに呼び戻すと,北側和室に集め,被告人
Aの正面に扇型に並ばせて正座させた。被告人Aはあぐらをかいて座り,B一家に対し,
説教した。説教の内容はよく覚えていない。
 オ 被告人Aは,B一家に説教するうち,Bが被告人Aに口答えをしたとも受け取れる
ような発言をしたことに立腹し,被告人Bか甲女に対し,「電気を持って来い。」と指示し,
被告人Bか甲女に通電のための電気コード等を用意させた。被告人Aは,Bに命じて,B
自身に右手の指と前腕部か上腕部の2か所にクリップを取り付けさせた。被告人Aは,
Bと1メートルくらいの距離で向かい合って正座し,Bに対し,問い詰めながら瞬時の通
電を繰り返した。
 カ 被告人Aは,Bに命じて,B自身で両乳首にクリップを取り付けさせた。Bはその状
態で服を着ており,両乳首は服に隠れていた。被告人Aは,両乳首にクリップを取り付け
させる前にもBに通電していたと思うが,身体のどの部位にクリップを取り付けて通電し
ていたのかは覚えていない。Bの両乳首にクリップを取り付けてから,被告人Aが通電し
たかどうかは分らない。
 キ 被告人Aは,被告人Bに対し,「おれはきついからお前が代われ。」と言った。被告
人Bは,その指示に逆らう意思は全くなかったが,それまでに乳首に通電したことがなか
ったので不安に思い,被告人Aに対し,「大丈夫かな。」と聞いたところ,被告人Aは「大
丈夫,大丈夫。」と言った。被告人Bは,家庭用交流電源に接続した延長コードを左手
に,Bの両乳首にクリップを取り付けた電気コードの差込みプラグを右手に持った。クリッ
プは既に両乳首に取り付けてあった。被告人Bは,被告人Aと同じように,Bを非難する
ようなことを言い,延長コードと差込みプラグを両手で胸の下辺りに持ち,瞬時に接触さ
せた。
 ク Bは,1回通電を受けると,両手を太股の辺りに置き正座したままの状態で,上半
身を右斜め前にゆっくりと前屈させ,額を畳に付けて倒れた。被告人Bは,Bが倒れた振
りをしているのではないかと思い,腹立たしくなり,Bに対し,「何をしているんだ。ちゃん
と顔を上げろ。」などと言い,Bにもう1回瞬時の通電をしたが,Bには何の変化もなかっ
た。被告人Aは,被告人Bが2回目の通電をするのとほぼ同時に,「止めろ。」と叫ぶよう
に言った。被告人Bはそれを聞いて通電を止めた。Bが死亡したのは午前9時か10時こ
ろだったと思う。
 ケ Gがその場にいたかどうか覚えていないが,そのときかそのしばらく後に,「おじい
ちゃん。」と叫んで泣いたと思う。そのとき,被告人Aは,「大きい声を出すな。」などと言
った。
 コ 被告人Aは,B一家に手伝わせて,三,四十分間くらい,Bに対し蘇生措置を講じ
た。人工呼吸は,主に被告人Aがマウス・ツー・マウスで行い,Dも5分くらいした。心臓
マッサージは,被告人BとDが体重をかけて胸を両手で押す方法で行った。そのほか,
被告人B,C及びEが手で足全体を揉んだと思う。
 サ そのころ,被告人AがBの金歯がないと言い出した。Bは前歯の辺りを金歯にして
いた。被告人Aは,人工呼吸をした後,Bの死体を南側和室の布団に寝かせる前に,被
告人B,C,D及びEに金歯を捜させた。被告人Aは,「人工呼吸の途中で金歯が気道に
入って窒息した。必ずどこかにあるはずだから,解体の際によく捜すように。」などと言っ
たが,被告人Bは,Bは通電によって死亡したと思った。
 シ 被告人両名とB一家は,Bの死体を南側和室の布団の上に寝かせた。被告人A,
被告人B,C,E及びDがBの死体を囲んで話合いをした。被告人Aが,被告人B,C,E
及びDに対し,「どうするんだ。」などと問い掛けて話合いを進め,Bの葬式等をすればB
一家にとって不利益になること,すなわち,被告人BがBを殺害したことに加えて,被告
人BがこれまでにRやAを殺害し,Aの死体を解体したことや,DがEに対し殺人未遂をし
たことなどが警察沙汰になれば,親戚にも迷惑がかかるなどと言った。Dは上記殺人未
遂を認める念書を作成していた。被告人Aが,「Aのときのようなこともあるぞ。」などと,
Bの死体を解体することを提案した。C及びEは,被告人Aを通じて,被告人BがAの死
体を解体したことを知っていた。Dもそのころには知っていたと思う。Cだったと思うが,被
告人Aの提案に対し,「そうします。」と言った。被告人Aは,「分った。やり方は被告人B
が知っているから。」などと言い,死体解体作業の役割分担を決め,「解体道具を購入す
る費用は貸してあげてもいい。」などと言った。
 ス E及びDらが,ホームセンターで死体解体のための道具を購入した。被告人Aがそ
のための費用をB一家に貸すことにし,その借用証を作成させた(甲277)。
 セ 被告人Aは,平成9年12月21日,Bの死体解体を始める前に,甲女,F,G,長男
及び次男を旅館Tに行かせた(甲364)。その後,被告人Aは,EやDらに対し,「GはB
が死亡したのを見て知っているので,Bの死体を解体することを知らせるか。」などと言
い,Gも死体解体作業を手伝わせることにし,被告人Aの指示で,Gを旅館Tからマンショ
ンAに呼び戻した。被告人Aは,Gに対し,「Gちゃんが以前神社で『おじいちゃんなんか
死んじゃえ。』ってお願いしたから,おじいちゃんは死んだんだ。」などと言った。
 ソ 被告人B,C,E,D及びGがBの死体解体作業をした。その役割分担は被告人Aが
決めた。被告人Aは,被告人Bに対し,「お前は解体作業をしなくていい。」と言い,EとD
に解体作業を行わせた。被告人Aは,死体解体作業の間,和室にいたが,ときどき浴室
の解体現場を見に来た。被告人Aは解体作業を開始する前に,B一家に日本酒を飲ま
せた。死体解体作業中のB一家の食事は,クッキーかカロリーメイトだった。B一家が解
体した死体を詰めたペットボトルを外に捨てに行くときも,被告人Aは,そのやり方を細
かく指示し,甲女を監視役に付けた。死体解体作業の途中でBの金歯が見付かったが,
どのようにして見付かったのかは覚えていない。
 (2) 甲女の公判供述の要旨
 甲女は,公判廷において,B事件当日の経緯,犯行状況及び犯行後の状況等につい
て,次のとおり供述している(甲女37ないし39,45,48回等)。
 ア B,C,E及びDの4人は,平成9年12月ころの早朝,車でマンションAを離れて外
出した。そのとき,マンションAには,甲女のほか,被告人A,被告人B,G,F,長男及び
次男がいた。
 イ BらがマンションAを出た後,被告人Bが長男と一緒に入浴した。その間,甲女は台
所で次男の面倒を見ていた。甲女は,被告人Bが入浴中,被告人Aから指示され,被告
人Bに何か言いに行ったことがあったかもしれない。
 ウ 被告人Aは,冷蔵庫に関すること(内容は覚えていない。)でGに立腹し,Bらに電
話をかけ,「Gの態度が横着だ。すぐ帰ってこい。」などと言って,BらをマンションAに呼
び戻した。
 エ BらがマンションAに戻って来ると,被告人AはBらを北側和室に集めた。被告人A
は,北側和室と南側和室の境目付近で北側和室の方を向いて座り,Bら4人は,北側和
室で,被告人Aを囲み,被告人Aの方を向いて正座した。Bは被告人Aの正面に座った
が,他の3人の位置関係ははっきり覚えていない。Gは被告人Aから見て左端に座っ
た。被告人Bは被告人Aから見て右端に正座した。甲女は,被告人Aから被告人Aの右
横に座るように指示され,正座かそんきょの姿勢でしゃがんだ。
 オ 被告人Aは,Bら4人に対し,説教を始めたが,その途中で,Bが,被告人Aに対
し,何か言い返すような発言をした(具体的な内容は覚えていない。)。被告人Aは激しく
怒り出し,被告人Bに対し,「電気の準備をしろ。」と指示した。被告人Aは,被告人Bに
命じて,被告人Bをして,Bの上下唇に一つずつ電気コードのクリップを取り付けさせ,折
り畳んだ広告紙を口に噛ませた。Bがその紙を手で持っていたかどうか覚えていない。
BもB一家の他の者も何も文句を言わなかった。被告人Bは,Bにクリップを取り付ける
と,元の位置に戻って正座した。被告人Aは,Bの正面であぐらをかいて座っており,被
告人Bに対し,「お前が電気を通せ。」という意味のことを言った。
 カ 被告人Bは,右手に電気コードの「オス」(差込みプラグ側)を,左手に「メス」(プラ
グの差込み口側)を持ち,1回接触させた。瞬間的ではなかったが,接触させた時間は
覚えていない。Bは上半身を左斜め前に倒して動かなくなった。Bは声を出さなかった。
被告人BがBに通電するとき,Bに対し,何か言葉をかけたかどうか覚えていない。Bが
倒れた後,被告人BがBに対し「何をしているんだ。」などと言ったかどうか覚えていな
い。また,被告人Bが続けて通電したことはなく,被告人Aも被告人Bに対し「止めろ。」な
どと言ったことはないと思う。
 キ B一家は立ち上がり,倒れたBの周りに集まった。Gが「おじいちゃん,おじいちゃ
ん。」と叫んだので,被告人Aは,Gに対し,「声が大きい。」などと言った。
 ク 被告人Aが,Bが呼吸をしているかどうか,死亡したかどうかを確認したことはなか
ったと思う。被告人Aが人工呼吸や心臓マッサージをしたり,他の者にさせたりしたかど
うかは覚えていない。被告人Aは,B一家に対し,「身体が固くならないように揉め。」と
言い,甲女に対しては,「足を揉め。」と言った。誰かがBの身体を仰向けにし,甲女はB
の脛の辺りを揉んだ。Bの顔に傷はなかった。Bの足が突っ張り緊張しているような感じ
がした。甲女は,Bのズボンの股の辺りが濡れており,失禁しているのに気付いた。B一
家はBの腕等を揉んでいた。甲女が脛を揉む間,Bが動いたり声を出したりしたことはな
く,甲女はBは死亡したと思った。その後,南側和室に布団を敷いてBの死体を寝かせ
た。
 ケ 被告人Aが,Bの金歯がなくなったとして金歯を捜させたことや,死体解体中に金
歯が見付かったことは知らない。
 コ 甲女は,Bが殺された後,被告人Bに連れられて,G,F,長男及び次男と一緒に旅
館Tに行った。被告人Bは一旦マンションAに戻ったが,夕方,Gを迎えに来てマンション
Aに連れ帰り,夜再び甲女らを迎えに来た。甲女らがマンションAに戻ると,Bの死体解
体作業中であることが分った。甲女はBの死体解体作業を手伝ったことはない。
 サ 被告人Aが,死体解体作業中,「宴会をするぞ。」と言い,被告人B,D,E及びCを
和室に呼び,ビールを飲んだことがあった。被告人Aはあぐらをかき,つまみを食べた。
B一家は,そんきょの姿勢で被告人Aからつまみをもらって食べた。被告人Aは,その席
で,被告人Bに対し,死体解体作業がどの程度進んでいるか尋ねた。
 シ 被告人Aは,Bが死亡する前,Bの顔や唇に通電したことが何度もあった。
 4 被告人B及び甲女の各公判供述の信用性の検討
 (1) 犯行の核心部分等に関する供述の一致
 被告人B及び甲女の各公判供述は,「被告人BがBに通電するに先立ち,被告人Aが
被告人Bに対しBに通電するように指示し,被告人Bが被告人Aの指示を受けてBの身
体に1回通電したところ,Bはその直後に上半身を前屈させて倒れ,そのまま動かなくな
り,そのころ死亡した。」という,犯行の核心部分が一致しているほか,次のとおり,Bの
死亡前後の具体的で特徴的な状況についての供述が一致している。すなわち,①B,
C,E及びDは,事件当日の早朝,一旦車で外出したこと,②その間被告人Bが入浴した
こと,③被告人AはGのことで立腹し,Bらを携帯電話でマンションAに呼び戻したこと,
④BらがマンションAに戻ると,被告人AはBらを北側和室に集め,被告人Aを囲むように
して正座させ,説教を始めたこと,⑤被告人Aは,説教の途中でBがした発言に立腹し,
Bに通電するために,被告人B又は甲女に指示して通電用の電気コードを準備させたこ
と,⑥被告人Aは,被告人Bに対しBに通電するように指示し(被告人Bが通電するに先
立ち被告人Aが通電したか否かについては供述が食い違う。),被告人Bが被告人Aの
指示に従い,Bの身体に1回通電したところ(被告人Bが通電した部位が両乳首であっ
たか上下唇であったかについては供述が食い違う。),Bはその直後に正座したまま上
半身を前屈させて倒れ(Bが倒れた直後,被告人Bが続けて通電したか否かについては
供述が食い違う。),そのまま動かなくなり,そのころ死亡したこと,⑦Bが通電を受けて
倒れた後,Gが「おじいちゃん。」と叫ぶように言い,被告人Aが「声が大きい。」と注意し
たこと,⑧被告人AがB一家らにBの身体を揉ませたこと,⑨その後,南側和室に布団を
敷いてBの死体を寝かせたこと,⑩甲女と長男,次男,F及びGは,旅館Tに移動し,そ
の後,被告人BがGを迎えに行き,マンションAに連れ帰ったこと,以上の諸点について
は,被告人Bと甲女の各公判供述の内容が一致している。
 (2) 前提となる背景事情との整合性
 被告人B及び甲女の各公判供述が一致する前記(1)のような犯行の経緯,犯行状況及
び犯行後の状況等は,前記第3部第6の被告人AとB一家の関係,同第7の被告人Bの
立場,役割ともよく整合しているのみならず,同第2の前提事実及び同第3の前提事実
が指し示す方向性とも合致する。
 (3) 供述の一貫性等
 被告人B及び甲女の各公判供述については,それぞれ次の諸点を指摘することがで
きる。
 ア 被告人Bの公判供述について
(ア) 被告人Bは,被告人BがBの身体に通電するに当たり,Bを非難するような言葉を
口にしたこと,被告人Bによる通電が直接のきっかけとなってBが死亡したこと,被告人
Bは,Bが通電を受けて倒れた直後,被告人Aの指示がないのに更に続けてBに通電し
たことなど,自己にとって不利益な事実をも率直に供述している。
 (イ) 被告人Bの供述には記憶がはっきりしない部分もあるが,被告人Bは,そのような
部分については,「記憶がはっきりしない。」旨を明らかにした上で供述している。そし
て,「まず被告人AがBに通電し,被告人Bが被告人Aの指示を受けて引き続き通電し
た。」旨を公判段階を通じて明確に供述している。
 (ウ) 被告人Bの公判供述は,捜査段階からも概ね一貫している(乙163ないし167,
250ないし255,284,315)。
 もっとも,被告人Bが被告人Aの通電に引き続いて通電するに当たり,被告人Aから明
確な指示を受けたか否かについては,次のとおり若干の供述内容の変遷が見られるの
で,以下,その点について検討する。
 a 被告人Bは,平成14年10月12日,B事件で逮捕され,捜査段階では,①「被告人
AがBに通電し,引き続き被告人Bが被告人Aに代わり通電したが,その際,被告人Aか
ら代われと言われたのか,自分からちょっと代ってと言ったのかよく分からない。」(同月
23日付け警察官調書・乙250),②「自分の意思で人に通電したことはないので,被告
人Aに指示されて通電したと思うが,そのころの状況を思えば,自分から代わってと言っ
た可能性もあるので,考える時間がほしい。」(同月29日付け警察官調書・乙252),③
「まず被告人AがBに通電した後,被告人Bが被告人Aと交代して通電したが,被告人A
の指示を受けて交代したのか,自分から交代したのかはよく分からない。被告人Aの指
示があったと思うが,万一被告人Aの指示がなかった場合,被告人Aに不利益が生じる
ので,まだ断定することができず,自分から代わると言ったという可能性もあると言って
おきたい。もっとも,被告人Bは,自分からBに通電したいとは思っておらず,被告人Aに
対し自分からBに通電したいと言ったことはない。」(同年11月2日付け検察官調書・乙
166)などと供述している。
 ところが,公判段階では,「まず被告人AがBに通電し,引き続き,被告人Bが被告人A
の指示を受けて交代して通電した。」と明確に述べ(被告人B8回74ないし95項),公訴
提起後の任意の取調べに応じて,「まず被告人AがBに通電した後,被告人Bが被告人
Aから『きついけ,お前代われ。』と命じられて交代して通電した。」旨,公判供述と同旨
の供述をし(平成15年8月21日付け検察官調書・乙284),その後の公判廷でも同旨
の供述を一貫させている(被告人B22回65ないし233項,23回36ないし80項等)。
 b 前記aの供述経過,供述内容を見ると,被告人Bは,捜査段階においても,まず被
告人AがBに通電し,引き続き被告人Bが被告人Aの意思を受け,被告人Aに代わって
通電したこと自体は一貫して供述しているといえる。被告人Bが,捜査段階において,被
告人Aが被告人Bに対しBに通電するように指示したことについて,断定的な供述を避
けていたのは,それが被告人Aにとって不利益となる事柄であると考えて,自己の記憶
をよく喚起して吟味した上,慎重に供述しようとした結果であると考えられる。被告人B
は,公判段階になってからは,被告人Aの指示を受けて通電した旨を明確に一貫させて
供述しているが,前記のような供述経過から窺える被告人Bの慎重な供述態度は,むし
ろ公判供述の正確性を高めているといえる。
 したがって,捜査段階において見られた前記aのような供述経過,供述内容が,被告
人Bの公判供述(被告人BがBに通電するに当たり被告人Aの指示があったとする供述
部分)の信用性を左右するものとはいえない。
 イ 甲女の公判供述について
 (ア) 甲女の公判供述には,記憶がはっきりせず,曖昧な部分もあるが,「被告人BがB
に通電するに先立ち,被告人Aが被告人Bに対しBに通電するように指示し,被告人B
はこれを受けてBに通電した。」旨を明確に供述している。
 (イ) 甲女の公判供述は,捜査・公判段階を通じてほぼ一貫している(甲369ないし37
9,681,682,686)。
 (ウ) 甲女が,B事件につき,被告人A又は被告人Bのいずれかの刑責を殊更に重くし
ようとして,あるいは,いずれかを庇おうとして,あえて被告人A又は被告人Bのいずれ
かに利益又は不利益な虚偽の供述をするような理由は見当たらない。
 (4) 以上のとおりであり,被告人B及び甲女の各公判供述は,いずれも基本的に信用
するに値するといえる。とりわけ,被告人B及び甲女の各公判供述が一致している前
記(1)の諸点については,その信用性が高いということができる。
 もっとも,被告人B及び甲女の各公判供述が食い違う部分も少なくない。例えば,①被
告人Bが通電するに先立ち被告人AがBに通電したか否か,②被告人BはBの身体の
どの部位に通電したか,③Bが倒れた直後,被告人BはBに続けて通電したか否か等に
ついては,各供述が食い違っている。しかし,被告人B及び甲女の供述は,前記(1)のと
おり,B事件の核心部分において一致しているのであり,上記①ないし③の点も含めて
供述内容が食い違う部分は,比較的細部にわたる事柄であるといえるから,その部分
の供述の食い違いが供述の一致する核心的部分の信用性を左右するとはいえない。
 5 被告人Aの公判供述の要旨
 被告人Aは,公判廷において,B事件当日の経緯,犯行状況及び犯行後の状況等に
ついて,次のとおり供述している(被告人A8,47ないし50,52ないし56回等)。
 (1) Bらは,既に熊本県玉名市内に借りていたアパートとは別のアパートを探すために
玉名方面に向かうことになった。被告人Aは,その際,アパートを借りるための敷金等に
充てる金を,Bらから受け取った3000万円から出してやろうと思い,B,C,E,D及び被
告人Bと話をしていたところ,被告人Bは,「もう出してやらんでいい。なんでそんなんして
やらんといかんのね。出してやっても戻しきらん(返済できない。)。」などとぶつぶつ言っ
て反対した。しかし,被告人Aは,Cに対し,Bらから受け取った3000万円から四,五十
万円くらいを渡した。被告人Bは,Bらのために被告人両名の金を出してやることに不服
そうであった。
 (2) 被告人Aは,Bらが出掛けている間に被告人Bとセックスをしようと思い,Bらが出
掛ける前に,Eをして,甲女,G,F及び長男をタクシーで旅館Tに連れて行かせた。その
後,GとFをBらと一緒に熊本県玉名市に同行させるため,Eをして,タクシーでGとFを連
れ戻しに行かせた。
 (3) Bらは,午前5時30分過ぎころ,熊本県玉名市方面に車で出掛けた。被告人A,
被告人B,G,F及び次男がマンションAに残った。
 (4) 被告人Aは次男と一緒に入浴した後,被告人Bに入浴するように勧め,被告人B
は一人で入浴した。被告人Aは,被告人Bが入浴しているとき,Gが居眠りをしたか,小
便を漏らしたので,Gを叱った。
 (5) 被告人Aは,GのことでEに文句を言うため,Eに電話して,「Gちゃんが寝かぶった
け,早よう戻っておいで。」などと言い,Bらを呼び戻した。被告人Aは,被告人Bに対し,
Bらを呼び戻したので早く風呂から上がるように言った。しかし,その後,被告人Aは,E
と再び電話で話した際,Eが,「ごめんなんさい。Gをちゃんと叱るけ。」などと謝ったの
で,それで気が済んだ。
 (6) 被告人Aは,被告人Bに対し,「どうして金を貸してやらんといかんとやろうか。どん
どん減っていくやろう。」などと愚痴を漏らした。被告人Bは,「金は貸してやらなくてい
い。私がお金とか出さなくていいように話をする。私が文句言うけんね。」などと言ったの
で,被告人Aは,「お前方のことやけ,お前が話さんか。」と言った。被告人Aは,Gのこと
では気持ちは収まっていたが,BらにGとFを旅館Tに連れて行かせるために,マンション
Aに戻ってきてもらおうと思った。被告人Bは,Bらが戻るまでの間も,Bらと電話で連絡
を取り合い,場所を確認するなどしていた。
 (7) BとEは,一旦マンションAに戻った後,車でFとGを旅館Tに連れて行き,車を駐車
場に停めてタクシーでマンションAに戻って来た。
 (8) 被告人Bは,B,C,E及びDの5名を北側和室に集め,話合いを始めた。被告人B
は,「どげんするとね。何で私たちがせないかんとね。」と言った。Bは,そのとき,「借りと
かんと,しょんなかろうもん。」などと大声で言った。被告人Aは,その話合いには加わら
ず,台所に居て缶ビールを飲んでいた。その間は北側和室と台所を仕切るガラス戸は
閉められていた。
 (9) 被告人Aは,被告人BとB一家の話合いが始まってから5分から10分(長くて15
分)くらい経ったころ,台所からガラス戸を開けて北側和室に入った。そのとき,Bの身体
には既に通電用のクリップが取り付けられており,Bの服(ポロシャツかカッターシャツ)
の裾から電気コードが出ており,コードの先を被告人Bが持っていた。被告人Aが和室に
入り座る前に,Bが倒れた。被告人AはそのときBの後ろ側にいたので,Bの顔を見るこ
とはできなかった。
 (10) 被告人Bは,Bが倒れると,「なんばにやがりよっとね。」などと言い,2回目の通
電をした。被告人Aは,「止めろ。」と言ったが,間に合わず,被告人Bは2回目の通電を
した。
 (11) 被告人Aは,Dと二人で,Bに対し,人工呼吸をしたり(初めDが行い,次に被告
人Aが30分くらい行った。),心臓マッサージをしたり(初め被告人Aが,次にDがした。)
した。被告人Bはびっくりしてきょとんとしていた。被告人BとCはBの手足を屈伸させたり
身体を揉んだりした。被告人Aが,Bの瞳孔,脈拍,心音を確認し,Bが死亡したことを確
認した。Bの口や鼻に出血は見られなかった。Bは大便や小便を漏らしていなかった(多
分ズボンを下ろして確認したと思う。)。Bは向かって右側の糸切り歯付近を金歯にして
いたが,被告人Aが人工呼吸をしているとき,Bの金歯がないことに気付き,皆で捜した
が,見付からなかった。
 6 被告人Aの公判供述の信用性の検討
 (1) 被告人Aの公判供述の信用性には,次のような重大な疑問がある。
 ア 被告人B及び甲女の各公判供述と食い違うこと
被告人Aの公判供述は,被告人B及び甲女の各公判供述に明らかに反している。
 イ 前提となる背景事情と整合しないこと
 被告人Aの公判供述は,前記第3部第6の被告人AとB一家との関係及び同第7の被
告人Bの立場,役割と整合しない。
 まず,Bらが新たなアパートを借りる契約をする具体的な見通しも立たない段階で,被
告人AがBらに四,五十万円もの多額の金を渡してアパートを探しに行かせたとする点
は,同第6の被告人AとB一家との関係からすると,考え難いことである。
 次に,被告人Bが,被告人Aの指示がないのに,専ら被告人B自身の動機,理由に基
づいてBに通電したとする点は,同第7の被告人Bの立場,役割と整合しない。被告人B
は,マンションAで,被告人Aの指示に唯々諾々と従い,被告人Aの意を受けて行動し,
その意図の実現に向け積極的に協力し,被告人Aの指示さえあれば,B一家に対して
も,躊躇せず仮借のない通電等の暴行や虐待を加えたのであるが,それは,あくまでも
被告人Aの意を受けて,被告人Aの意向に従って積極性を発揮したのであり,被告人A
の意図を離れて被告人B自身の固有の意思に基づいて,B一家に対し,積極的に通電
等の暴行や虐待を加えたとまでは認められず,そのような動機も見当たらない。したが
って,被告人Aの指示がないのに,あるいは被告人Aの知らない間に,被告人Bが勝手
にBに通電したというのは考えにくいことである。
 ウ 供述の一貫性を欠くこと
 被告人Aは,捜査段階と公判段階を通じて,また,捜査段階だけを見ても,B事件の重
要部分を含めて供述を大きく変遷させている。すなわち,被告人Aは,B事件当時マンシ
ョンAの北側和室に居合わせたのか否か,その場で自らもBに通電したのか否か,被告
人BはBの身体のどの部位に通電したのか等,B事件の根幹部分についても,捜査・公
判段階を通じ,あるいは捜査段階において,供述を大きく変遷させている(乙39,40,4
2,122)。しかし,その理由については,「記憶違いである。」などと説明するだけで,何
ら合理的な説明をしていない。このように供述に不合理な変遷が顕著に見られること
は,被告人Aの公判供述の信用性を大きく減殺するといわざるを得ない。
(2) 被告人Aの①「甲女はB事件当時現場に居なかった。」,②「被告人Aは甲女に対
してあえて虚偽の話を聞かせていた。」との公判供述について
 ア 被告人Aは,公判廷で,①「甲女は,B事件当時,旅館Tにおり,犯行現場には居
合わせなかった。」(被告人A48回92項),②「被告人Aは,B事件後,甲女に対し,B事
件当時の状況につき,何回も虚偽を交えた話をした。すなわち,甲女に対しては,被告
人Bによる通電の部位,通電の回数,Bの死亡後金歯を捜したか否か等につき,あえて
虚偽の話を聞かせた。甲女は,B事件当時は犯行現場に居なかったが,被告人Aが話
した虚偽の話に基づいて,あたかも犯行状況を目撃したかのような虚偽の供述をした。」
(被告人A48回94ないし123項,54回234ないし274項。以下,これを被告人A自身の用
語に従い,「情報の色分け」という。)などと供述している。そこで,次に,上記各供述の
信用性について検討する。
 イ まず,①については,次の諸点に照らすと,甲女がB事件当時マンションAの和室
に居合わせて犯行状況を目撃したことを疑う余地はないというべきである。
 (ア) 甲女は,自らが直接目撃した出来事として,B事件直前の経緯,犯行状況及び犯
行後の状況等につき,かなり具体的かつ明確な供述をしており,その中には,Bが通電
を受けて倒れた後,B一家の他の者が立ち上がってBの周りに集まり,Gが,「おじいち
ゃん,おじいちゃん。」と言ったので,被告人AはGの声が大きいと注意したこと,被告人
Aは,B一家に対し,Bの身体を揉むように指示し,甲女もBの脛の辺りを揉んだこと,そ
の際,Bのズボンの股の辺りが濡れており,Bが失禁しているのに気付いたことなど,迫
真的な供述や甲女以外の者は誰も供述していない内容の供述も含まれている。このこ
とから,甲女がBの死亡した現場に実際に居合わせ,Bが通電されて死亡する場面を直
接間近で目撃し,その記憶に基づいて供述していることが強く窺われる。甲女がB事件
について被告人Aから伝え聞いた虚実取り混ぜた話をあたかも自分が直接目撃したか
のように供述したとか,甲女が単なる想像に基づく架空の出来事を述べたとか,B事件
当日以外の出来事をB事件当日の出来事と混同して供述したとは到底考えられない。
また,甲女の公判供述は,被告人Bの公判供述とも核心部分を含む多くの点で一致して
いる。B事件当日の旅館Tの宿泊記録(甲364)には,平成9年12月21日から22日,
又は21日から23日にかけて,「i」名で,大人ののべ人数2人,子供ののべ人数4人(1
人1泊で1人と数える。4歳以下の幼児は無料なので記載しない。)が1泊又は2泊した
との記録が残っているが,甲女の公判供述は上記記録とも矛盾しない。
 (イ) 被告人Bは,甲女がB事件当時マンションAに居たことについては,捜査(乙16
5)・公判段階を通じて一貫して供述している(もっとも,被告人Bは,記憶の喚起が十分
でなかった捜査段階の初期は,「甲女はB事件当時和室には居なかったと思う。」などと
供述している。)。
 (ウ) 被告人Aは,捜査段階では,「BらをマンションAに呼び戻した後で,甲女,G,Fを
旅館に連れて行った。」旨述べていたのに(乙41),公判段階になって,「Bらが出掛け
ている間に被告人Bとセックスをするために,BらがマンションAを出発する前に,Eに甲
女ら子供たちを旅館Tに連れて行かせた。」と述べ(被告人A47回38ないし50項),甲女
らを旅館Tに連れて行った時期やその理由につき,供述内容を不自然に変遷させてい
る。
 ウ 次に,②については,既に被告人Aの①の公判供述が虚偽であるとすれば,②は
前提を欠くこととなる。さらに,次の諸点に照らすと,被告人Aが甲女に対し,「情報の色
分け」をしたなどということは到底信用し難い。
 (ア) 被告人Aの公判供述によれば,甲女はB事件当時マンションAにおらず,Bが死亡
したこと自体を知らなかったというのであるから,被告人Aがこのような甲女に対し,たと
え一部虚偽を含むにせよ,Bが被告人両名が関与した犯罪によって死亡したなどという
話をするのは不必要で,余計なことである。
 (イ) 被告人Aは,甲女に,あえてこのような「情報の色分け」をした理由について,「万
一甲女が警察に捕まったとき何らかの防御的な効果が生じると思った。自分にはいつも
そのようなことをする『習性』があった。」(被告人A54回245ないし251項),「甲女が将来
捜査機関等にB事件のことを話す場合に備えて,甲女の話の不自然さを際立たせるた
めにした。」(被告人A55回604・605項)などと説明しているが,警察の捜査等を考えて
のことであれば,何も教えないのが上策である。
 (ウ) 甲女の公判供述の内容は,被告人Aが「情報の色分け」として甲女に話したとす
る内容とは食い違っている。すなわち,甲女は,被告人AがB事件発生当時に北側和室
に居てBら4人に説教したこと,被告人BがBに通電するに先立ち被告人Aがその指示
をしたことなど,重要な事実について,被告人Aが甲女に告げたという「情報」の内容と
は食い違う供述をしている。
 (エ) C事件及びE事件においては,甲女が犯行現場に居合わせず,その真相を知らな
いという事情はB事件と同様であるのに,被告人Aは,甲女に対し「情報の色分け」を行
っておらず,そのことにつき被告人Aが説明する理由も理解し難い。
 (オ) 被告人Aは,「GもB事件当時現場に居合わせなかったが,Gに対しては,『情報の
色分け』を行わなかった。Eが,B事件後,被告人Aが反対したにもかかわらずGを旅館
Tから連れ戻し,Gに対し,被告人Bが通電してBを死亡させたことを話した。被告人Aは
Gに対しB事件のことを全く話さなかった。」などと供述しているが,被告人Aがなぜこの
ように甲女とGらに対する対応を変えたのか,首肯し得る理由が見当たらない。
 (カ) 被告人Aは,捜査段階においては,甲女に対し「情報の色分け」を行った旨の供述
を全くしていない。被告人Aは,その理由につき,「捜査段階では,捜査官が甲女の供述
だけを信用し,自分の話を嘘と決め付けて信用してくれず,捜査官に話しても不本意な
調書を作成されるだけなので,公判廷で直接供述しようと思ったからだ。」などと供述し
ている(被告人A55回616ないし621項)。しかし,捜査段階において,公判供述での弁
解と同趣旨の弁解をも含め,被告人Aの詳細な言い分をそのまま録取した供述調書が
多数作成されており(乙38ないし49等),被告人Aは,供述調書の作成に当たり,読み
聞けを受け,記載内容を確認した上,ときにはささいな点についても記載の付加・訂正を
申し立てるなどしているのに,被告人Aが捜査段階で上記のような理由から「情報の色
分け」について全く供述しなかったというのは根拠がない。
 (キ) 被告人Aは,甲女に対し,あえて「Bの唇に通電した。」と虚偽の事実を告げたとす
れば,被告人A自身は真実はどの部位に通電したのかを(少なくとも真実は唇以外の部
位に通電したことを)知っていたはずであると思われるのに,捜査段階においては,Bの
通電部位に関する供述を変転させ,「唇に通電した。」,「どの部位に通電したのかは見
ていないので分からない。」などと述べている(乙39,40,42)。
 (ク) 被告人B及び甲女の各公判供述の内容を検討してみても,被告人Aが甲女に対
し「情報の色分け」を行ったことを窺わせるような事情は何ら見当たらない。
 (3) 以上のとおりであり,前記5の被告人Aの公判供述は,到底信用することができ
ず,被告人B及び甲女の各公判供述の信用性を左右するに足りない。
第3 B事件当日の経緯,犯行状況及び犯行後の状況等
 1 被告人B又は甲女の各公判供述によって認められる事実
 (1) 次の諸点については,被告人B及び甲女の各公判供述が一致しているから,これ
らの事実が明らかに認められる。すなわち,①B,C,E及びDは,B事件当日の早朝,
一旦車で外出した。②その間被告人Bが入浴した。③被告人AはGのことで立腹し,Bら
を携帯電話でマンションAに呼び戻した。④BらがマンションAに戻ると,被告人AはBら
を北側和室に集め,被告人Aを囲むようにして正座させ,Bらに対し説教を始めた。⑤被
告人Aは,説教の途中でBがした発言に立腹し,Bに通電するために,被告人B又は甲
女に指示して通電用の電気コードを準備させた。⑥被告人Aは,被告人Bに対しBに通
電するように指示し,被告人Bが被告人Aの指示に従い,Bの身体に1回通電したとこ
ろ,Bはその直後に正座したまま上半身を前屈させて倒れ,そのまま動かなくなり,その
ころ死亡した。⑦Bが通電を受けて倒れた後,Gが「おじいちゃん。」と叫ぶように言い,
被告人Aが「声が大きい。」と注意した。⑧被告人AがB一家の他の者にBの身体を揉ま
せた。⑨その後,南側和室に布団を敷いてBの死体を寝かせた。⑩甲女と長男,次男,
F及びGは,旅館Tに移動し,その後,被告人BがGを迎えに行き,マンションAに連れ帰
った。
 (2) 被告人Bの公判供述によって認められる事実
 次の点は,被告人Bと甲女の各公判供述に食い違いがあるわけではないが,甲女の
公判供述が断片的であるため,被告人Bの公判供述(乙47,48,122,263,被告人
B23,57回)によって認められる事実である。
 B死亡の日に,被告人A,被告人B,C,E及びDがBの死体を囲んで話合いをした。被
告人Aが,「どうするんだ。」などと問い掛け,葬式等をすれば,被告人Bの殺人,Aの死
体解体の罪,DのEに対する「殺人未遂」が警察に発覚し,親族らにも迷惑がかかる旨
言い,「Aのときのようなこともあるぞ。」と言って,Bの死体の解体を提案し,B一家はこ
れを受け入れた。被告人Aは,「分った。やり方は被告人Bが知っているから。」,「解体
道具を購入する費用は貸してあげてもいい。」などと言い,被告人Aが解体作業全体の
役割分担を決めた。被告人Aは被告人Bに,「お前は解体作業はしなくていい。」と言
い,死体の切断等の解体作業は殊更DとEにさせた。被告人Bは,DやEに死体解体の
仕方を手ほどきしたが,被告人B自身はCと共に,煮込みなど,解体作業以外の作業を
した。Gも被告人Aの指示を受けてこれらの作業を手伝った。被告人Aは役割分担を決
めたり,作業の仕方を細かく指示したりしたが,作業自体は何もしなかった。
 2 被告人Bと甲女の各公判供述が食い違う部分の検討
 次に,B事件当日の経緯,犯行状況及び犯行後の状況等につき,被告人Bと甲女の
各公判供述が食い違う部分のうち,被告人両名の殺意及び共謀を判断するに当たり重
要と考えられる点について検討する。
 (1) 被告人BがBに通電する前,被告人AがBに通電したか否か,被告人BがBに通電
した経緯等
 ア 被告人Bは,「被告人Aが,B自身に自分の指等にクリップを取り付けさせ,Bに対
し,質問をしながら瞬時の通電を繰り返し,引き続き,被告人Bに対し,『俺はきついから
お前が代われ。』と言い,被告人Bは,被告人Aの指示に従ってBの両乳首に通電しよう
としたが,それまでに乳首に通電したことがなく,また,乳首は心臓に近く,手足に比べ
れば危険ではないかと漠然と不安を感じたことから,被告人Aに対し,『大丈夫かな。』と
聞いたところ,被告人Aは『大丈夫,大丈夫。』と言った。そこで,被告人Bは,被告人Aに
代わって,被告人Aに引き続き,Bを非難するようなことを言い,Bに対し,1回瞬時の通
電をした。」旨供述している(被告人B22回65ないし233項,23回36ないし80項)。
 被告人Bは,被告人Aとの間に交わされた印象的な会話や,その時の心理状態等を
含めてかなり具体的で明確な供述をしており,被告人Bが真実体験していない架空の出
来事を供述していると見ることは到底できない。
 イ もっとも,被告人Bの公判供述には,「被告人AがBに通電した理由は覚えていな
い。被告人Aは,Bに対し,質問をしながら瞬時の通電を繰り返していたが,被告人Aの
質問やBの答えの具体的内容は覚えていない。被告人Aが,Bに対し,何回くらい,どれ
くらいの時間通電していたかはよく覚えていない。被告人Bが,被告人Aと交代してBに
通電するときには,既にBの両乳首にクリップが付いており,被告人BがBの両乳首にク
リップを付けたことはない。Bの両乳首にクリップを取り付けてから,被告人Aが通電した
かどうかは分らない。」(被告人B22回148ないし219項),「被告人AがBの腕に通電した
ことをはっきり覚えているわけではない。Bが自分で両乳首にクリップを取り付ける前
に,どの部位にクリップが取り付けられていたかは覚えていない。」(被告人B39回
141ないし151項)などと,曖昧な部分も見受けられる。
 しかし,被告人Bが被告人Aに代わってBに通電するに当たり前記アのような経過があ
ったこと自体については,かなり具体的で明確な供述をしているのであり,その他の部
分に曖昧な点が認められるとしても,前記アのような経過があったこと自体についての
供述の信用性が左右されるほどの事情とはいえない。
 ウ 他方,甲女は,「被告人Aが,被告人Bに通電を指示する前に,自らBに通電したこ
とはなかったと思う。」旨供述しているが(甲女37回320・321項),その供述自体が曖昧
であり,確かな記憶に基づいているとはいい難く,前記アのような被告人Bの供述の信
用性を左右するに足りない。
 エ 被告人Bの公判供述によれば,前記アのとおり,被告人BがBに通電する前,被告
人AがBに通電し(通電の部位,方法及び回数等は不明である。),引き続き,被告人B
に対し,交代してBの身体に通電するように指示し,被告人Bが被告人Aと交代してBに
通電したこと,その際,被告人Bが「大丈夫かな。」などと言ったところ,被告人Aは「大丈
夫,大丈夫。」などと言って,被告人Bに通電させたことが認められる。
 (2) 被告人BがBの身体に通電した部位
 ア 被告人Bは,「被告人Aの指示に従ってBの両乳首に通電しようとしたが,それまで
乳首に通電した経験がなく,また,乳首は心臓に近く手足に比べれば危険ではないかと
漠然と不安を感じたことから,被告人Aに対し,『大丈夫かな。』と聞いたところ,被告人A
は『大丈夫,大丈夫。』と言った。被告人Bは,被告人Aに代わって,被告人Aに引き続
き,Bを非難するようなことを言い,Bに対し,1回プラグを接触させて通電したところ,B
は上半身を右斜め前にゆっくりと前屈させ,額を畳に付けて倒れた。その際,Bは両手
を太股の辺りに置き,正座したままだった。」旨供述している。
 被告人Bは,Bの両乳首に通電したことを,その前後の状況をも含めて具体的かつ迫
真的に供述している。また,両乳首に通電するのは初めての体験だったので不安を感じ
た旨,当時の被告人Bの心理を伝える供述をしている。被告人BがBを非難するようなこ
とを言ったり,Bが1回目の通電で倒れた後,これに腹を立ててBに罵声を浴びせ,倒れ
たままのBに対し更に2回目の通電をし,被告人Aに制止されたことなど,被告人Bにと
って不利益な内容の供述も含まれている。被告人Bが自らの刑責の軽減を図るために,
あえて甲女の供述と異なる虚偽の供述をしたとは考え難い。
 さらに,被告人Bは,Bが死亡したときは唇ではなく乳首に通電したと明確に供述して
おり,その根拠についても,①記憶が明確にあること,②唇に通電する際は,ショートを
防ぐため紙を口に噛ませて紙の端を両手で持たせて行うが,B事件の際にはそのように
した記憶がないこと,③Bは通電を受けたときも倒れたときも,手を鼠径部に置いていた
ことを覚えており,唇に通電する際に紙の端を両手で持たせておくことと矛盾すること,
④被告人Bは倒れたBに2回目の通電をしたが,Bの顔は見えない状態であり,そのよ
うな状態で,すなわち,口から紙が外れていないかどうか確認もしないで2回目の通電を
するはずがないことなど,やや推測にわたる嫌いはあるが,それなりに納得し得る根拠
を挙げている。
 イ もっとも,被告人Bの公判供述は,被告人Bが乳首に通電したこと自体については
具体的であるが,その直前の経緯,すなわち,被告人AがBらにしていた説教の内容,
Bに通電するきっかけとなったBの発言の内容,被告人Aは被告人BがBの乳首に通電
するまでにBのどの部位に何回くらい通電したのか等については曖昧であり,被告人B
もよく覚えていないことを自認している(被告人B22回125ないし233項,39回141ないし
198項)。しかし,この点が被告人Bの公判供述の信用性を左右しないことは前記(1)のと
おりである。
 ウ 甲女は,Bの死亡時の状況につき,Bの上下唇に一つずつ電気コードのクリップを
取り付けさせ,折り曲げた広告紙を噛ませ,被告人Bが通電したことを明確に述べてい
る。甲女は,捜査段階からその旨ほぼ一貫して供述しており(甲681,682,686),そ
の供述内容に沿う実況見分(再現)も行っている(甲379)。
 Bが死亡した後,Bの前歯辺りにあったという金歯がなくなったとして,被告人AがB一
家らに金歯を捜させたこと(甲女はそのことを記憶していないと述べているが,被告人A
及び被告人Bの各公判供述によれば,そのようなことがあったことが窺われる。)は,B
が倒れたとき唇に取り付けられたクリップが前歯付近に当たり,金歯が外れたとも考えら
れ,甲女の公判供述を支持し得るものとの評価が可能である。
 しかしながら,更に検討すると,Bの両唇にクリップを取り付けて通電したとすれば,B
が前に倒れた際,クリップで口元が傷つき出血したりするのが自然と考えられるのに,
甲女はそのような形跡はなかったと供述しており(この点は,被告人A及び被告人Bの
各公判供述も同旨である。),上記評価が合理的なものかは,なお疑問の余地がある。
 もっとも,Bが倒れた際の顔の向き次第では,唇にクリップが付いていても口元に傷が
つかない場合がないとはいえない。
 被告人Aと被告人Bは,Bの死亡前に,Bの唇や乳首にクリップを取り付けて通電した
ことが何度かあったというのであり(被告人B22回50項,32回15ないし36項),Bの死亡
直前にした通電も,その部位が乳首であったか唇であったかはさておくとしても,そのこ
ろBに対して繰り返し行われていた通電と殆ど同様の方法,態様で行われたわけである
から,甲女が,Bの死亡直前に行われた通電とそれ以前に行われた通電の記憶とを混
同して供述した可能性があることも否定し切れない。
 もっとも,B事件当日までに通電を受けて失神したことがあるのは,A,E及び被告人B
だけであり(被告人B22回250ないし257,273・274項),Bは通電で失神したことはなか
ったというのであるから,そのことに着目すると,甲女が,B事件当時の状況を,Bが他
の機会に通電を受けたときの状況と混同して供述していると断定することはできない。
 エ 以上によると,Bが倒れた直前,被告人Bが少なくともBの両乳首又は上下唇のい
ずれかに通電したことは間違いないと認められるが,通電の部位がそのいずれであった
かについては,被告人B及び甲女の各公判供述のいずれも信用性を否定し難く,これを
特定するには至らない。
 ただし,Bが倒れた直前に被告人Bがした通電の部位が両乳首又は上下唇のいずれ
かであると認定しても,同一構成要件内での具体的事実の択一的認定であり,行為の
危険性の点で殆ど差異が認められないから,殺意の有無の判断や犯情において,いず
れかの認定が被告人両名にとって特に有利であるとか,逆に不利であるとかの関係に
はない。
 (3) 被告人BはBが倒れた後も更に通電したか否かについて
 ア 被告人Bは,「被告人Bは,Bが倒れた後,Bが倒れた振りをしているのではないか
と思い,腹立たしくなり,Bに対し,『何をしているんだ。ちゃんと顔を上げろ。』などと言
い,Bにもう1回瞬時の通電をしたが,被告人Aは,すぐに『止めろ』と叫ぶように言い,
被告人Bを制止した。」旨供述している。
 上記供述内容は,被告人Bの犯行への主体的,積極的な関与を示すものであり,被
告人Bにとって不利益な事実といえるのに,被告人Bは自ら進んで述べている上,その
供述内容も具体的かつ明確であり,かなり印象深いものである。また,被告人Aもこれと
符合するような具体的な供述をしている。したがって,この点について被告人Bが虚偽を
述べているとはいい難い。
 イ 他方,甲女は,「Bが倒れた後,被告人Bが続けて通電したことはなかった。」旨供
述している(甲女38回293ないし297項)。しかし,被告人Bの公判供述によれば,被告
人Bは,2回目に通電するのとほぼ同時に被告人Aの制止を受けたというのであるか
ら,その際,甲女が,被告人Bが2回目の通電をしなかったと認識したとしてもさほど不
自然ではない。
 ウ 被告人Bの公判供述によれば,被告人Bは,Bが倒れた後,Bが倒れた振りをして
いるなどと腹立たしく思い,「何をしているんだ。ちゃんと顔を上げろ。」などと叱り付け,
Bに対し,更にもう1回通電したことが認められる。
 エ 以上のとおりであり,被告人Bが,意識を失って倒れたBに対し,更にもう1回,通
電したことが認められるけれども,問題は,Bが倒れた際,クリップが外れ,被告人Bが
更に手元でプラグを操作して電気コードに電気を流しても,客観的にはBの身体に電気
が流れない状態になっていなかったかどうかである。もちろん,クリップは物を挟む力が
強く,少々の衝撃等が加わっても簡単に外れるものではないと考えられるけれども,正
座していた成人男性が意識を失って前に倒れたのであるから,その際の衝撃等でクリッ
プが外れた可能性は否定できない。被告人Bの公判供述(被告人B22回199ないし
209項)によれば,被告人Bが被告人Aと通電を交代した際,Bの両乳首には既にクリッ
プが取り付けられており,その状態で服を着ており,両乳首は見えなかったというのであ
るが,被告人Bが,2回目の通電をするに先立ち,上着の下の両乳首のクリップが外れ
ていないか確認した形跡はない(被告人Bが2回目の通電をするのを制止した被告人A
についても同じ。)。甲女の公判供述(甲女37回294ないし296項)によれば,Bは上下の
唇にクリップを取り付けた状態で通電されたというのであるが,上半身を左斜め前に倒し
たBの顔面の状態,すなわち,上下唇に取り付けたクリップの装着状態が被告人Bから
は(そして,被告人Aからも)良く見えなかった可能性がある。Bが倒れ通電が中止され
た際,クリップはどういう状態であったか,装着された状態であったとすれば,いつ誰が
Bの身体からクリップを取り外したかについては,証拠上明確でない。
 してみれば,もちろん,被告人Bが2回目の通電をした際クリップは外れておらず,Bの
身体に電流が流れた可能性はあるが,その逆に,クリップは外れた状態であり,被告人
Bの2回目の通電によってはBの身体に電流が流れなかった可能性もあり,いずれとも
断定し難い。
 しかしながら,被告人Bの通電は,細かく見れば2回であるが,日時,場所,方法等を
同じくする同一機会の連続的なものであり,全体として一個の通電行為と見ることが可
能であるから,B事件の公訴事実については,判示のとおり認定することとした。
 (4) 犯行後,被告人両名はBに蘇生措置を講じたか否かについて
 犯行後,被告人両名がBに蘇生措置を講じたか否かについて,前記第2の3のとおり,
公判廷で,被告人Bは,被告人両名は,Bが倒れた後,人工呼吸や心臓マッサージ等
の蘇生措置を講じた旨供述している(被告人Aの公判供述もほぼ同旨)が,甲女は,被
告人両名が人工呼吸や心臓マッサージをしたか,その記憶がない旨供述している。
 しかしながら,甲女は,被告人AがB一家らに「足を揉め。」と指示し,甲女はBの脛の
辺りを揉んだ旨供述している。A事件においても,被告人両名は倒れたAに人工呼吸や
心臓マッサージを施しているのであり,B事件の際,足を揉むことだけを指示して,人工
呼吸や心臓マッサージをしなかったというのは不自然であるから,甲女が被告人両名が
人工呼吸や心臓マッサージをしたか否かについて記憶がないと供述しているのは,見
落としか,記憶が減退したか,いずれかであると見られる。
 被告人B及び甲女の各公判供述によれば,被告人両名は,Bが意識を失って倒れた
後,三,四十分間くらい,蘇生措置を講じたこと,人工呼吸は主に被告人Aがマウス・ツ
ー・マウスで行い,Dも5分間くらいしたこと,心臓マッサージは,被告人BとDが体重を
かけてBの胸を両手で押してしたこと,被告人B,C,E及び甲女は手でBの足を揉んだ
ことが認められる。
第4 B事件に関する争点に対する判断
 1 因果関係の有無
 (1) 前記第3の2のとおり,被告人両名は,Bの両乳首又は上下唇を電気コードの針
金の先に取り付けたクリップで挟み,上下唇の場合はショート防止のため更に折り畳ん
だ紙をBの口に噛ませた上,電気コードの差込プラグを,家庭用交流電源に差し込んだ
延長コードのプラグ差込口に接触させて,Bの身体に通電し,その直後Bが意識を失っ
て倒れ,人工呼吸や心臓マッサージ等を行ったが蘇生せず,死亡したことは明らかであ
る。
 (2) 人の身体に通電することの危険性(甲361,394)
 家庭用交流電源の実効値は100ボルトであり,電圧の最大値は約141ボルトであ
る。電流が人体を流れると電撃死することがあるが,その危険性は,電流の大きさ,通
電経路(心臓,脳,胸部は特に危険性が高い。),通電時間(長いほど危険性が高い。)
等によって大きく左右される。電撃死に至る機序は,主として,①心臓部を電流が流れ,
心室細動により血液循環機能が喪失される,②脳の呼吸中枢に電流が流れ,呼吸機能
が停止する,③胸部に電流が流れ,胸部収縮により窒息死する,という機序が考えられ
る。皮膚及び人体内部の電気抵抗値を特定することは難しいが,仮に1000オーム(事
務労働者の手のように軟らかい皮膚の場合)とした場合,家庭用交流電源の100ボル
ト電圧で,人体を流れる電流は100ミリアンペアとなり,心室細動が発生して感電死す
る可能性がある。クリップを両乳首に取り付けて通電した場合,電流は左右の乳首の間
の電気抵抗の少ない部分を流れるが,乳首は皮膚が薄く弱く,心臓部に近いので,電
流が心臓部に流れて心室細動が発生し,死亡する危険が高い。クリップを上下唇に取り
付けた場合,電流は上下唇の間の電気抵抗の少ない部分を流れるが,電流が脳にも流
れて脳神経,脳細胞を損傷し,呼吸中枢の損傷により呼吸機能が停止し,死亡する危
険が高い。
 (3) 通電とB死亡との間の因果関係
 被告人BがBに対し行った通電方法は前記(1)のようなものであり,同(2)のとおり,両乳
首又は上下唇にクリップを取り付けての通電が心臓や脳に致命的な衝撃や損傷をもた
らす危険性が高いことに加えて,Bが通電の直後に意識を失って倒れ,人工呼吸や心
臓マッサージ等を行ったものの蘇生せず,死亡したこと,Bが当時重篤な疾患に罹患し
ていたなど,Bが他の原因で死亡した可能性を窺わせる事情は何ら認められないことに
照らすと,被告人Bが行った1回目の通電により,心室細動が発生し,又は脳神経の脳
細胞が損傷して呼吸機能が停止し,これらのいずれかの機序によりBは死亡したと推認
され,被告人Bが行った通電とBの死亡との間の因果関係が優に認められる。
 2 殺意の有無
 (1) 殺意の認定に積極に働く事情
 ア 通電の危険性
 前記1のとおり,部位のいかんにかかわらず,人の身体に通電すること自体危険な行
為であり,人を死に至らしめることもあり得る。とりわけ両乳首又は上下唇への通電は,
心臓や脳に致命的な衝撃や損傷を与え,人を死に追い遣る危険が高い。これらのこと
は,特に電気に関する専門的知識がなくても,通常人が社会通念として認識し得る事柄
であると考えられる。
イ 被告人両名は通電が人体に重大な影響を及ぼすことを知悉していたこと
 被告人Aは,B社の従業員,A,乙女及びFを除くB一家に対し,制裁等の理由で,顔
面,上下唇,手足,乳首,陰部等,身体の様々な部位への通電を,事ある毎に幾度とな
く繰り返してきた(被告人B22,32回,乙39)。被告人Bも,そのような被告人Aによる
通電を間近で見たり,被告人Aの指示を受けて自らB一家等に通電したりした。被告人
Bの場合,自ら通電を受けた経験が何度もある。B事件の前,スリッパ騒動(前記第3部
第7の2(1)エの出来事)のあったQホテルで,被告人Aが被告人Bの手の指に通電した
ときは,意識を失って前に倒れた(被告人B59回281ないし283項)。これらを通じ,被告
人両名は,家庭用交流電源であっても人体に通電すれば,人はショック状態になり,失
神することもあることを知悉していた。このような事情に照らすと,被告人両名には,人
体に対する通電は人の死をもたらすほど危険な行為であるとの認識が十分にあったと
推認される。被告人両名が通電の際プラグを瞬間的に接触する方法をとり続けたのも,
上記のような危険性への認識を抜きにしては考えられない。
 ウ 検察官の主張について
 検察官は,次のような事情を指摘して,被告人両名は確定的殺意をもって計画的にB
を殺害した旨主張しているので,その点につき検討する。
 (ア) 金づるとしての価値の喪失
 検察官は,Bには被告人両名にとって金づるとしての価値がなくなったことや,B一家
の親族や警察官の追及が身辺に迫り,Bの存在が邪魔になったことから,Bを計画的に
抹殺しようとした旨主張している。
 a Bには,B事件当時,金づるとしての価値が乏しくなっていたことは確かである。す
なわち,Bは,B事件当時,無職になっていた上,本家の主要な資産を担保として多額
の借入をしていたが,その返済の見通しは全く立たず,預金残高も極めて僅かとなり,
残った不動産には親族らによって仮登記が設定された上,親族らは本家の資産が散逸
しないよう警戒を強めており,不動産の処分は事実上不可能ないし極めて困難になって
おり,被告人両名がBに更に多額の金を工面させることは,もはや現実的には極めて困
難であったといえる。また,B一家の親族らや警察が行方不明になったB一家の所在を
捜しており,警察に捜索願を出そうという動きもあり,被告人両名もそれらを察知し,非
常に警戒していた。
 被告人Aは,「Bの入院給付金,年金,死亡保険金等を利用して,Bから更に金を受け
取ることができると考えていた。」などと述べており(乙33・10頁),平成9年12月21日
より後を支払期日として,Bに金員の支払を要求する旨を記載した「借用書」(甲262,2
71)も存在するが,被告人Aが考えていたとする方策は,いずれも現実性,具体性を欠
く。
 b 被告人両名は,平成9年4月以降,種々の名目を付けてBに多額の金を出させてお
り,被告人AがB一家を取り込んだ目的の一つがB一家を逃走資金や生活資金の金づ
るにすることにあったことは明らかであることからすれば,Bの金銭の調達能力が乏しく
なったことは,Bを同居させ続ける意味がなくなったことを意味し,そうなると,かえってそ
の存在は邪魔でしかない。警察は被告人両名を指名手配してその行方を追い続けてお
り,B一家の親族らは一家の失踪という事態を前にして,警察に捜索願を提出しようとす
るなど,動きを強めており,これらのことを十分承知していた被告人両名,特に被告人A
が,Bを抹殺すべく殺害を決意した可能性も考えられないではない。
 (イ) Bの死体解体を手際よく遂行したこと
 検察官は,被告人両名がBの死亡後,Bの死体解体作業を手際良く遂げていること
を,確定的殺意や犯行の計画性を推知させる一事情として主張している。
 しかしながら,被告人両名が予めBの死体解体作業が行われることを予期したり,これ
を準備したりしていた事情は何ら認められない。被告人両名は,Aを死亡させた際既に
死体解体作業を経験している。Bの死体解体作業もAの死体解体作業と殆ど同様の手
順,方法で行われたことに照らせば,被告人両名がBの死体解体作業を手際良く遂行
することができたことをもって,直ちにBに対する殺意があったことの根拠とするのは困
難である。
 (ウ) 連帯保証書の存在
 検察官は,平成9年12月15日付け「被告人Bの行動に関する連帯保証書」(別紙7
「念書等一覧表」番号22)は,被告人Aが予めBの殺害に備えてした有力な事前工作の
一つである旨主張している。
 しかしながら,上記連帯保証書は,「私達家族は,被告人Bが被告人A殿に対して常識
のない,秩序のない行動を取った場合や,脅し,すかし,ありとあらゆる横着一切の我が
儘をとった場合,その他被告人A殿が私達と共に協議の議題として取り上げ(中略)一切
の事柄について連帯して保証する」旨記載されているところ,被告人Aにおいて,被告人
BがBを電撃死させることを予期していたことを窺わせる記載はない。「被告人Aに対す
る脅しやすかし,横着」が「被告人Bの行動」の具体例の最初に挙げられていることから
すれば,上記連帯保証書から検察官主張の趣旨を読み取ることは困難である。B事件
はGのこと(何らかの不始末など)がきっかけであり,そこからB一家への被告人Aの説
教,Bへの通電と展開していっており,被告人Aが予めB事件を計画し,その準備として
上記連帯保証書を作成させたとすれば,その文面にはGの行動についても家族全員が
連帯保証する旨の記載があってしかるべきであるが,そのような記載はない。
 (2) 殺意の認定に消極に働く事情
 ア B事件の偶発性
 被告人BがBに対して通電を行うまでの経緯を検討すると,被告人Aは,Gが冷蔵庫か
ら被告人Aの指示した調味料を見付けることができなかったことなどに立腹し,いったん
車で外出したB一家を呼び戻した後,説教を始め,その途中でBのささいな発言に立腹
し,腹いせあるいは制裁として,Bに通電したと認められるところ,このように,被告人両
名はBのささいな発言を直接のきっかけとしてBに通電したものであり,計画的事件とは
認め難く,偶発的事件と見るのが自然である。
 イ 生命への危険性に配慮した通電方法等
 Bに対する通電の方法,態様,程度等をみても,被告人両名がかねてBに対し繰り返
していた通電の方法等と特に変わるところはなく,被告人両名がBに対しあえて危険の
高い通電の仕方をしたような事情は認められない。瞬間的な通電方法等,生命に対す
る危険を回避するかのような方法で通電していたこと,被告人Bが通電を始める前,「大
丈夫かな。」などと不安気に言ったところ,被告人Aは「大丈夫,大丈夫。」などと,被告
人Bの不安を打ち消すようなことを言って通電させたが,被告人Aが通電の危険性を殊
更覆い隠すために上記言葉を発したとは認め難いことも考え併せると,被告人両名にお
いて,未必的にせよBに対する殺意があったと認めるには疑問が残る。
 ウ B一家の面前での犯行であること
 被告人両名においてBに対する殺意があったのなら,B一家の面前で自ら犯行を実行
して,その状況を目撃させるような拙劣なやり方はしないと考えられる。
 被告人Aは,その後のC,E,F及びG事件においては,後に詳しく述べるとおり,自ら
実行行為に加担したり,実行を明示的に指示したりすることを慎重に避けているのであ
り,Bに対する殺意があったとすれば,その実行方法においてこれら一連の犯行と著しく
異なるものであり,整合性を欠くといわなければならない。 エ 2回目の通電の制止
 Bが倒れた直後,被告人Bは更にBに通電したが,被告人Aはそれを見て直ちに被告
人Bを制止したこと,被告人Bは2回目の通電を行った後通電を中止したことは,被告人
両名がBが死亡することを認識・認容していなかったことを強く窺わせる。
 オ 蘇生行為
 被告人Aは,倒れたBに対し,自ら,あるいはB一家に指示し,人工呼吸,心臓マッサ
ージ等,Bを蘇生させるための行為を行っている。このような行為がそもそもBの救命の
ためにどれだけ効果があったかはともかくとして,被告人AにとってBが通電で倒れると
いう事態が思いがけない出来事であり,被告人Aはそれを予期していなかったことを推
認させる。
 (3) 結 論
 前記(1)の殺意の認定に積極に働く事情のうち,ア,イの事情に照らすと,被告人両名
が,家庭用交流電流であっても,人体に通電することは危険であること,特に,乳首や
唇に通電すれば,死亡する危険性もあることを認識していたことを推認するに十分であ
るが,問題は,被告人両名が通電の際Bの死亡を認容していたか否かである。
 前記(2)の殺意の認定に消極に働く事情に照らすと,前記(1)ウのとおり,検察官の主
張するところを検討しても,上記認容があったとするにはなお合理的疑いが残るもので
あり,他に,殺意の存在を積極に解すべき特段の事情は認められないから,被告人両
名にBに対する確定的な殺意があったことはもちろん,未必的な殺意があったことも認
められない。
 3 共謀の有無及び内容
 (1) 共謀の認定に積極に働く事情
 前記第3の認定事実によれば,次のとおり,共謀の認定に積極に働く事情が認められ
る。
 ア 被告人両名が,Bを含むB一家に通電を繰り返していたこと
 (ア) 被告人Aは,かねてから,Bを含むB一家に対し,ささいな理由を付けては,事あ
る毎に通電を繰り返しており,被告人Bも,被告人Aの指示を受けたときは,これに唯々
諾々と従い,Bを含むB一家に対し,躊躇なく通電を繰り返していた。B事件における同
人に対する通電は,被告人両名がB一家に対し日常的に繰り返していた通電の極一部
に過ぎない。
 (イ) Bに対する激しい通電の原因として考えられる事情 
 被告人AがBに対して激しい通電を加えたのは,前記(ア)の事情のほか,次のような事
情によると考えられる。すなわち,①前記第3部のとおり,被告人Aは,B一家の主でL
土地改良区の要職にもあり,人との接触が多いBを通じて,親族や知人等に被告人両
名の所在等が漏れることを最も警戒した。②盃10個(甲715)と平成9年11月8日付け
のR神社発行の神納証(甲716)は何のために購入されたかという争点がある。これに
ついて,被告人Bは,「時期は不明だが,被告人Aの指示で,誰かがR神社の盃を買っ
てきた。三三九度のためではない。」旨(被告人B38回45ないし52項),「盃は別れの盃
である。B一家を引き連れてホテル暮らしをしていたころ,被告人Aが『どこかで一から出
直すために,職を見付けて頑張らねば。』などと言い,買いに行かせた。買ったのは神納
証の日付のころである。B一家を解放する儀式に使うための盃であったと思う。結局儀
式は行われず,盃は使わなかった。」旨(被告人B57回130ないし145項),供述してい
る。これに対し,被告人Aは,「平成9年11月,Bが提案して盃を買って来た。三三九度
とB家と被告人A親子の固めの盃である。Bは『結婚すると夫婦ゆえエスコート料は払わ
んでいいとやろ。結婚するという文書をもう一遍書いてくれんね。』などと言った。エスコ
ート料というのは,既払の3000万円のほかに,被告人Bを逃走させる残り7年ないし7
年半分の3000万円である。」旨(被告人A54回60ないし83項),「被告人Aは,被告人
Bと結婚はしたいが,金が貰えなくなるのは避けたいと思った。三三九度はしなかった。」
旨(被告人A67回125ないし128項),供述している。具体的な状況が詳らかでなく,盃が
何のために購入されたかはにわかに決し難いが,いずれにせよ,平成9年11月ころ,
被告人AとBとの間で,B一家の身の振り方あるいは被告人Aに支払うべき金銭を巡っ
て,話合いがなされたが,難航し,あるいは紆余曲折があり,結局,盃は使用されないま
ま終わったことが窺われる。そうすると,その過程で被告人AがBの言葉や態度をとが
め,通電を行った可能性は十分考えられる。③前記第3部のとおり,被告人Aは,平成9
年8月,Bに3000万円の金を作らせた後も金銭支払の要求を止めず,CはBを助ける
ために必要であるからと言って,d及びeに本家の土地を担保に他から1500万円を借り
ることを承諾してくれるように頼んだが,断わられた(これに関係ある念書としては,別紙
7「念書等一覧表」番号9が考えられる。)。このように被告人Aの要求する金銭支払は
滞っていた。Bが死の約1週間前,「もうこうなったら被告人Aさんにぶら下がって生きて
いくしかありません。」などと自嘲的な言葉を口にしたとき,被告人Aは,「Bはたかが30
00万円ぐらいで俺を食い物にするつもりか。」などと激しく怒り,通電した(被告人B30
回395ないし399項)。
 イ Bは,被告人Aによる通電後,被告人Aの指示で被告人Bが交代して通電した際に
死亡したこと
 被告人Aは,Gのことに立腹し,外出中のB一家をマンションAに呼び戻し,説教した
が,その際,Bの発言に立腹し,制裁を加えるべく,被告人B又は甲女に指示して通電
の準備をさせ,Bを責めたり詰問したりしながら,自らBの指等に繰り返し通電した上,被
告人Bに対し,「おれはきついからお前が代われ。」などと指示した。被告人Bは,被告
人Aの指示を了解したが,「大丈夫かな。」などと,被告人Aが指示した部位に通電する
ことに不安を漏らしたところ,被告人Aは,「大丈夫,大丈夫。」などと通電を促し,被告人
Bが,Bに対し,被告人Aの指示どおりBの両乳首又は上下唇に1回瞬時に通電したとこ
ろ,Bは意識を失い上半身を前屈させて倒れ,死亡した。
 ウ 被告人BはBが倒れたのに立腹し,更にもう一回通電したこと
 被告人Bは,Bが意識を失って倒れたのを見て,Bがわざと倒れたふりをしているなど
と腹立たしく思い,「何をしているんだ。ちゃんと顔を上げろ。」などと叱り付け,更にもう
一回Bに通電し,それを見た被告人Aが被告人Bを制止した。
エ 被告人Aの提案でBの死体解体が行われ,被告人Bはこれに加担したこと
 被告人Aは,Bの死亡後,B一家に死体を解体して処分することを提案して了解させ,
死体解体の具体的方法や役割分担を指示して,被告人BやB一家をして解体作業に従
事させ,速やかに整然と死体解体作業をやり遂げさせた。その際,B一家に対し,死体
解体道具の購入費用を貸し付けた。被告人Bは死体の切断方法をD及びEに教えるな
ど,上記死体解体作業において重要な役割を果たし,これに積極的に加担した。
 (2) 共謀の認定に消極に働く事情
 被告人Bが,被告人Aに強制されて,あるいは被告人Aによる通電等を恐れる余り,自
己の意思に反して,Bに通電したと解すべき特段の事情は認められない。むしろ,被告
人Bは,被告人Aの指示を受け,被告人Aに対し迎合する気持ちもあって,かなりの積極
性をもって,Bに対する通電を実行したことが認められる。
 (3) 結 論
 以上によれば,被告人Aは被告人Bの行為を利用する意思であり,被告人Bは自己の
行為が被告人Aの意思に沿い,これを実現させるものであることを認識し,これを認容す
る意思であり,被告人両名は,相互に上記意思を通じ合い,一体となって,Bに通電した
ものであって,Bに対し少なくとも暴行を加えることの共謀があったことが優に推認され
る。
 4 結 論
 以上のとおりであるから,被告人両名につき,Bに対する傷害致死罪が成立すること
は明らかである。被告人両名につきBに対する殺人罪が成立するとの検察官の主張は
採用できない。
第5 B事件に関する被告人A弁護人の主張に対する判断
 1 被告人A弁護人は,「甲女はB事件当時マンションAに居なかった可能性が高い。
甲女は,B事件後被告人Aが『情報の色分け』をして話した虚偽の事実をあたかも自分
が目撃した事実であるかのように供述している。」として,次のとおり主張する。
 (1) 「甲女がB事件当時マンションAに居たとする甲女及び被告人Bの各公判供述は,
当時の『旅館T』のフロント係であったuの検察官調書(添付資料を含む。甲364)と整合
しない。」(弁論要旨183ないし193頁。以下,同調書を「u調書」という。)。
 ア 被告人A弁護人の個々の具体的な主張の検討に入る前に,同弁護人が前提とし
ている主張,すなわち,B事件当時,甲女はマンションAには居らず,「旅館T」に居たも
のであり,B事件について同女が供述しているところは,被告人Aが,「情報の色分け」と
して,同女に虚偽を交えて話して聞かせた内容であって,信用するに値しない旨の主張
について触れておく必要がある。被告人A弁護人の上記主張については,被告人Aが公
判廷で同旨の供述をしているところ,その被告人A供述は信用できず,むしろ,甲女は,
B事件当時,マンションAの和室に居て犯行状況を目撃したこと,したがって,甲女の供
述は,甲女自身の体験供述であって,被告人Aが「情報の色分け」をして話して聞かせ
たものではないことは,前記第2の6で述べたとおりである。そうすると,B事件当時,甲
女はマンションAに居なかったとの前提に立つ被告人A弁護人の主張は,もはや検討す
る必要はないわけであるが,念のために,そのような主張についても当裁判所の判断を
示すことにする。
 イ u調書によって認められる事実は,平成9年12月21日に「i」名で「旅館T」を利用し
た客があり,その客がチェックインの際のべ人数で大人2人,子供4人分(一人1泊で1
人と数える。4歳以下の幼児は無料である。)の宿泊料金を支払った事実に限られるの
であり,その客が同日のいつころチェックインしたのか,実際に何日宿泊したのかは不
明である。したがって,u調書によっても,甲女らがチェックインしたのがB事件の起こる
前であるか後であるか,すなわち,B事件当時甲女がマンションAに居たか否かを明ら
かにすることはできない。
 ウ 被告人A弁護人は,u調書添付資料2(請求明細書)では「12月21日より23日ま
で」と記載されているのに,同資料1(明細書)では日付欄に「12月21日より22日まで」
と記載されていることにつき,「甲女らが12月21日の未明又は早朝にチェックインした
ため,uは甲女らの宿泊期間を20日夜から22日までと勘違いし,資料1の記載をしたと
見るのが自然である。」旨主張する(弁論要旨192・193頁)。しかしながら,甲女らが12
月21日の未明又は早朝にチェックインしたからといって,従業員がそのような勘違いを
するとはにわかに考えにくい。uは,前記のような記載の食い違いにつき,「資料1に『23
日まで』と記載すべきところを『22日まで』と書き間違えたか,あるいは,資料1・2に『2
泊』と記載したのが間違いで,本当は1泊だったかもしれない。」などと述べているが,結
局その原因は不明である。
 (2) 「B事件当時甲女がマンションAに居たか否かについての被告人Bの供述が不合
理な変遷をしている。」(弁論要旨202ないし211頁)
 被告人Bは,捜査段階では,「甲女は学校に行っていたと思う。」旨(平成14年10月2
3日付け警察官調書・乙250《乙250は,被告人Bが黙秘を止めて自白に転じた当日に
作成された3丁の簡単な調書である。》),「甲女が学校に行っていたというのは思い違
いだった。しかし,B事件当時,甲女は和室には居なかったと思う。」旨(同年11月1日
付け警察官調書・乙254),「B事件当時,甲女も和室に居たかもしれない。」旨(同月2
日付け検察官調書・乙165),それぞれ供述し,公判段階では,「B事件当時甲女が北
側和室に居たかどうかは分からないが,マンションAには居た。」旨,一貫して供述して
いる(被告人B22,23,39,46,56回等)。そうすると,被告人Bは,記憶の喚起が十
分でなかったと考えられる捜査段階の初期を除き,「B事件当時甲女はマンションAに居
た。」という限度では供述を一貫させているといえる。B事件当時甲女が和室に居たか否
かについては供述が若干変遷しているのは確かであるが,B事件当時甲女がマンション
Aに居た旨の被告人Bの公判供述の信用性を左右するには至らない。
 (3) 「甲女は,①被告人BがBの唇に通電したとしながら,その際ショートを防止するた
めBに紙等を噛ませたことを供述していないこと,②Bが死亡した後,Bの金歯がなくな
ったとして捜したことは知らない旨供述していること(甲女38回349ないし352項)は,B事
件当時甲女はマンションAに居なかった証左である。」(弁論要旨225頁)
 しかしながら,①については,甲女は,「Bの上下唇に一つずつクリップを付け,広告紙
を折ったものを噛ませた。」旨明確に述べている(甲女37回294項)から,前提を欠く主
張である。また,②については,Bが通電を受けて死亡するという衝撃的な出来事が起
きた直後の一種の混乱状態のなかでのことであり,Bの金歯を捜した一件が甲女の記
憶に残りにくかったとしても不自然ではなく,甲女がB事件当時マンションAに居たことに
つき疑いを生じさせるような事情とはいえない。
 2 被告人A弁護人は,「平成9年12月25日付けの額面9万円の借用証(甲277)
は,被告人AがB一家に対しBの死体解体道具を購入するための費用を貸した際作成し
たものではない。」旨主張する(弁論要旨193ないし196頁)。
 上記借用証の記載からは,これが死体解体道具の購入目的であることを窺い知ること
はできないのみならず,借用証に記載された金額(9万円)とB一家がBの死体解体道
具を購入した際のジャーナル(甲704)に打刻された金額(合計4万8469円,税込み)
とは一致していない。また,B事件以外のB一家事件の死体解体道具の購入に当たり,
類似の借用証が作成された形跡もない。
 しかしながら,B一家は,B事件当時,所持金や預金通帳等を取り上げられ,これらは
すべて被告人両名が管理し,B一家のマンションAにおける生活費等は,被告人Aが一
家に貸し付ける形式を取り,借用証を徴していたのである(前記第3部第5の2,3)。さら
に,被告人Aは,Bの死体をどうするかについての話合いの際,「解体道具を購入する
費用は貸してあげてもいい。」と言ったことが認められる(被告人B23回205・206項)。そ
うすると,B一家がBの死体解体道具を購入するに当たっても,被告人Aは,一家に必
要な金銭を貸し付けてこれを購入させたものと認められ,作成時期の点からして,前記
借用証がその際徴された借用証である可能性を否定し切れない。金額の不一致の点
は,他の雑多な費用(例えばペットボトル代等)が含まれていると見れば不合理ではな
い。
 3 被告人A弁護人は,甲女の捜査・公判段階の供述経過につき,「捜査段階の当初
は,B事件当日被告人Bが入浴したこと,Gが冷蔵庫のことで被告人Aに怒られたことを
供述していなかったのに,被告人Bが黙秘を止めて自白に転じた後に作成された甲女
の検察官調書(甲370)において,それらの供述を始めているが,このことは,それらの
甲女供述は,検察官が,被告人Bが黙秘を止めた後にした供述に基づき,甲女に問い
ただした結果得られたことを示すものであるから,甲女供述は信用性に疑問がある。」旨
主張する(弁論要旨196ないし211頁)。
 しかしながら,被告人Bが黙秘を止め自白に転じてB事件について詳細な供述をする
ようになってからも,甲女はB事件の犯行状況等の事件の核心的部分につき,被告人B
の供述とは明らかに食い違う供述を維持している点を見逃すべきではない。甲女が被
告人A弁護人主張の点について供述を変遷させているのは確かであるが,そのような
点は事件の周辺事情であって,被告人Bの供述に基づき記憶が喚起され,供述するに
至ることは十分あり得ることであり,それ自体は格別不自然ではない。
 4 被告人A弁護人は,「被告人Bの供述は,被告人Bが被告人Aに代わってBに通電
することになった経緯について不自然に変遷している。」旨主張する(弁論要旨
213,221・222頁)。
 しかしながら,被告人Bが被告人Aの通電に引き続いてBに通電するに当たり,被告人
Aから明確な指示を受けたか否かについて,被告人Bの供述に若干の変遷が見られる
ことが,被告人Bの公判供述,とりわけ,被告人BがBに通電するに当たり被告人Aの指
示があったとする供述部分の信用性を左右するものとはいえないことは,前記第2の4
で述べたとおりである。
 5 被告人A弁護人は,「①B事件当日,Bらが自動車で出掛けた目的は何か,②被告
人Bが入浴したとき浴室に来たのは甲女かGか,③被告人AがBらを呼び戻して説教を
した理由及び説教の内容,④被告人BがBに通電する際,Bに対し具体的にどのような
言葉を掛けたのか,それに対してBがどのように答えたか等について,被告人Bの供述
は不明確であり変遷しているから,被告人Bが自己に不利益な事実の供述を避けるた
め,あえて曖昧な供述をしている可能性がある。」旨主張する(弁論要旨213ないし
215頁)。
 被告人Bの公判供述には記憶がはっきりしない部分がある。しかしながら,被告人B
は,前記①ないし④の点について,B事件当日,Bらが一旦自動車で出掛けたこと,そ
の後,被告人Bが入浴し,そのとき甲女かGが浴室に来て被告人Bに何かを尋ねたこ
と,被告人AがGのことで立腹し,Bらを呼び戻し,BらをマンションAの北側和室に集め
て説教したこと,被告人BがBに通電するに当たり,Bに対し非難するような言葉を発し
たことなど,それ自体としてもかなり特異な経緯や出来事を供述している。のみならず,
前記第2の4で述べたとおり,被告人Bは,「被告人BがBに通電するに先立ち,被告人
Aが被告人Bに対しBに通電するように指示し,被告人Bが被告人Aの指示を受けてB
の身体に1回通電したところ,Bはその直後に上半身を前屈させて倒れ,そのまま動か
なくなり,そのころ死亡した。」旨明確に供述しているところ,この点は,被告人Aと被告
人Bの共謀等,犯行の核心部分についての供述である。これに対し,被告人A弁護人が
供述が曖昧であるとする点は,詳細な記憶を保持しにくい比較的些細な事柄といえるか
ら,そのことにつき被告人Bの記憶が曖昧であり,あるいは供述に変遷が見られるから
といって,そのことが被告人Bの公判供述全体の信用性に及ぼす影響は小さいというべ
きである。
 また,被告人Bは,Bを非難するような言葉を発したこと,Bを死亡させる直接の原因と
なった通電を被告人Bが行ったこと,Bが倒れた後も被告人Aの指示がないのに更に通
電しようとしたことなど,自己に不利益な事実をも供述しており,被告人Bが自己に不利
益な事実の供述を避けるため,あえて曖昧な供述をしているという事情は窺われない。
 6 被告人A弁護人は,「『被告人Bが被告人Aの指示を受けてBの両乳首に通電する
際,被告人Aに対し,『大丈夫かな。』と聞いた。』との被告人B供述について,①「大丈
夫かな。」は,被告人BがBを身びいきするような,かえって被告人Bが被告人Aから通
電を受ける危険のある発言であり,不自然である,②被告人Bは,捜査段階ではそのよ
うな供述をしていなかったのに,起訴後の取調べにおいて初めて供述するに至ったもの
で,検察官に迎合的な態度をとった結果なされた供述である。」旨主張する(弁論要旨
215ないし217・219ないし222頁)。
 しかしながら,①については,被告人Bの「大丈夫かな。」との発言は,その発言がなさ
れた経緯,状況に照らせば,決して被告人BがBを気遣ってしたものではなく,Bの両乳
首に通電することに不安を感じ(被告人Bはそれまで他人の乳首に通電した経験がなか
った。被告人B22回),そのために口にしたものに過ぎず,そうであるからこそ,被告人
Aは,何ら咎め立てをすることなく,即座に,被告人Bに対し,「大丈夫,大丈夫。」と言っ
たと理解されるから,被告人Bの前記発言が特に不自然であるとはいえない。②につい
ては,被告人Bは,前記発言に関する供述をした後も,B事件の公訴事実とは異なる供
述,すなわち,被告人BはBの両乳首に通電したとの供述を貫いていることなどに照ら
すと,被告人Bは検察官に迎合して前記発言に関する供述をしたとは認め難い。
 7 被告人A弁護人は,「被告人Bは,Bに通電する前に被告人AがマンションAの北側
和室でBらに説教をした状況について供述した際,そのとき各人が座った位置を図示し
た(被告人B22回137項)が,甲604写真5ないし8によると,被告人BがB及びCが座っ
ていたと図示した北側和室の出入口ガラス戸付近には,当時ストーブ及びストーブガー
ドが置かれていたことが明らかであり,被告人Bの供述はこれと整合しない。」旨主張す
る(弁論要旨223頁)。
 しかしながら,B事件の犯行日時と甲604写真5ないし8の撮影日時は異なる上,スト
ーブ及びストーブガードは容易に移動することができるものであるから,被告人Bの前記
供述が直ちに不合理であるとは言い難い。
 8 被告人A弁護人は,「被告人BのB事件に関する供述には『秘密の暴露』と目すべ
き供述が見当たらない。」旨主張する(弁論要旨224頁)。
 しかしながら,「秘密の暴露」の定義はさて措き,B事件は,密室で行われ,犯行後は
死体解体等徹底した罪証隠滅工作が施され,被告人両名及び甲女のほかは,現場に
居て犯行を目撃したB一家がその後すべて殺害されたという特殊な事案であるから,被
告人B供述につき格別「秘密の暴露」と目すべきものが見当たらないとしてもやむを得な
い。ただし,「秘密の暴露」がないからといって供述の信用性が否定されるものではなく,
他の関係証拠や情況証拠と対照することにより,供述の信用性を肯定できる場合は少
なくないのであり,B事件もその部類に属する。
 9 被告人A弁護人がB事件に関して主張するその他の点について検討してみても,
前記第4のB事件に関する争点に対する判断は左右されない。
第5部 C事件
第1 検察官,被告人A弁護人及び被告人B弁護人の各主張並びに争点
 1 検察官
被告人両名,D及びEが共謀の上,殺意(確定的殺意)をもって,Cを殺害した。被告人
Aが被告人B,D及びEにCの殺害を指示し,同人らがCを絞殺した。
 2 被告人A弁護人
被告人B,D及びEがCを殺害したことは争わないが,被告人Aはその実行も共謀もし
ていないから,無罪である。
 3 被告人B弁護人
被告人両名,D及びEが共謀の上,Cを殺害した。被告人Aが被告人B,D及びEにC
の殺害を指示し,DがCを電気コードで絞殺した。
 4 争 点
 C事件の主な争点は,被告人B,D及びEが共謀の上,Cを殺害するに当たり,被告人
Aとの共謀があったか否かである。
第2 C事件の事件の概要,証拠構造,被告人B,甲女及び被告人Aの各
公判供述並びにそれらの信用性の検討
 1 事件の概要
 Cが平成10年1月20日又は23日ころマンションAで絞殺により死亡したこと,被告人
B,E,D及びGは,Cの死体をマンションAの浴室等で解体して処分したことは,Cの死
亡日の特定の点を除けば,被告人B,甲女及び被告人Aの各公判供述が一致してお
り,上記事実が明らかに認められる。
 2 C事件の証拠構造
 (1) C事件の具体的な経緯や犯行状況等を認定し得る有力な証拠は,被告人Bの公
判供述に限られている。被告人Aは,C事件への関与を一切否認しており,甲女は当時
マンションAに居合わせたが,C事件の経緯や犯行状況等を直接認識しておらず,客観
的証拠は殆ど存在しない。
 (2) そこで,まず,被告人B及び甲女の各公判供述の信用性を検討し,次に,被告人
Aの公判供述の信用性を検討する。
 3 被告人B及び甲女の各公判供述の要旨
 (1) 被告人Bの公判供述の要旨
 被告人Bは,公判廷において,C事件の経緯,犯行状況及び犯行後の状況等につい
て,次のとおり供述している(被告人B8,24,25,32,40,41,44,56,63,64回
等)。
 ア Bの死体解体は平成9年の末には終わった。CはマンションAの台所で生活してい
た。被告人Aはそのころから特にCを標的にして通電するようになった。被告人Aは,平
成10年になってからはCの陰部にも通電するようになり,CとEを台所の床に並んで仰
向けに寝かせ,2本の電気コードを手にして,クリップをそれぞれの陰部に取り付けて通
電したことが二,三回あった。
 イ Cは,遅くとも死亡する1週間くらい前から,食事,水,薬等を与えても頑なに拒み,
耳が遠くなり,言葉を口にしなくなり,話し掛けても答えず,「アア」,「ウウ」などと低い声
を出すようになった。被告人Aは,被告人B,D及びEに対し,「迷惑だからどうにかし
ろ。」などと指示した。被告人Aは,Cの声が外に漏れ,不審に思われて警察に通報され
るなどすれば,指名手配中である被告人両名の所在や,AとBに対する犯罪も発覚する
のではないか,と恐れていたのではないかと思う。
 ウ 被告人B,D及びEは,被告人Aの言うとおりに,Cを殺害する二,三日前からCを
浴室内に閉じ込めた。Cは抵抗する態度を示さなかった。Cは,浴室では床に何も敷か
ず,上着だけを掛け物として与えられて寝ていた。Cは,浴室へ入れられてからも,食
事,水,薬を拒絶したり,「アア」,「ウウ」などと声を出したりした。被告人Aは,被告人
B,D及びEからそのようなCの様子の報告を受け,自ら浴室のCの様子を見るなどして
いたので,当時のCの状態を十分に認識した。被告人Aは,「Cは頭がおかしい。」などと
言った。
 エ 被告人Aは,C事件当日である平成10年1月20日又は23日ころ以前から,被告
人B,D及びEに対し,「Cの声が近所に聞こえたら不審に思われ,警察に通報されるか
もしれない。そうなれば被告人Aや甲女に迷惑がかかるから,Cをここには置いておけな
い。」などと繰り返し申し向けた。
 オ 被告人Aは,C事件当日(午前か午後かは分らないが明るかった。)も,台所で,被
告人B,D及びEに対し,前記エのようなことを言い,同人らと今後Cをどうするか話し合
った。そのときも,Cは浴室におり,「アア,ウウ」などと低い声を出した。
 カ 被告人Aは,被告人B,D及びEに対し,「Cをここには置いておけないから,どこか
に連れて行け。お前たちがどうにかしろ。誰かに通報されて警察などが来たら,おれは
迷惑だ。」,「通報されて困るのは,俺じゃなくてお前たちなんだから,お前たちがどうに
かしろ。」,「このまま放置しておいて,どんどん悪くなっていって,手がつけられなくなっ
たらどうするんだ。」,「Bのときも,お前たちの頼みで知恵と金を出してやったけれど,実
際にやったのはお前たちなんだから,俺には関係ないんだけれど,困るのはお前たちだ
ろう。」などと言った。
 キ 被告人Bは,その時点では,被告人AがCの殺害を指示しているとは思わず,Cの
声が端緒となって被告人Aと甲女に迷惑をかけるのを防ぐための方法をいろいろ考え
た。被告人B,D及びEは,被告人Aに対し,「玉名のアパートに連れて行く。」,「どこか
に部屋を借りて住ませる。」,「精神病院に入れる。」などと提案した。ところが,被告人A
は,「Cを外に出して,Cが余計なことをしゃべったらどうするんだ。俺や甲女に迷惑がか
かるだろう。そこまでお前たちが責任をとれるのか。お前たちが困るんじゃないのか。困
るのはお前たちで,俺は関係ないけれども。」,「部屋を借りるにしても,精神病院に入れ
るにしても,金がかかるだろう。借金もあるのに,そんな金をお前たちがどこから持って
来るんだ。」などと言い,被告人B,D及びEの提案をすべて拒絶した。
 ク 被告人Aは,被告人B,D及びEが被告人Aの望むような結論を出さなかったので,
同人らに対し,1時間くらいの時間を与え,その間に結論を出せと言って,和室に入っ
た。被告人B,D及びEは台所でそのまま話合いを続けた。被告人Aは,その間三,四回
台所に来て,「早くしろ。早く結論を出せ。あと何分だぞ。」などと言った。被告人B,D及
びEは,被告人Aを満足させるような案が思い浮かばず,焦りを募らせた。
 ケ 被告人Aが決めた制限時間が迫ったとき,被告人Aが,被告人B,D及びEに対し,
「金は貸してやってもいい。」と言った。被告人Bは,それを聞き,被告人AがCをマンショ
ンAから出して生活させるなどの提案をすべて拒絶したことや,B一家がBの死体を解体
する際その道具を購入する金を被告人Aから借りていたこと(別紙7「念書等一覧表」番
号29)から,被告人AがCの殺害を意図していることを察し,DとEもこれを察した様子で
あり,二人は被告人Bと顔を見合わせた。被告人Bは,Eに対し,「これは殺せということ
かな。」と言ったところ,EかDが,「多分そうでしょうね。」と言った。
 コ このようにして,被告人B,D及びEは,被告人AがCの殺害を意図していることを察
したが,その後も,被告人Aに対してはCを殺す旨を告げられないまま話合いを続けてい
た。被告人B,D及びEが話合いを始めてから2時間くらい経ち,いよいよ制限時間がな
くなったころ,被告人Bは,被告人Aに対し,「Cを殺すしかないでしょうね。」と言った。こ
れに対し,被告人Aは,「お前たちがそうするならそうすればいい。」と言った。被告人B
は,それを聞いて,被告人Aは最初からCの殺害を望んでおり,被告人B,D及びEがそ
の決意をするように仕向けていたのだと確信した。
 サ 被告人Bは,Cの状態がさほどひどくはないと感じていたので,もしかしたら良くな
るかもしれず,しばらく様子を見て,本当にどうしようもなくなったら,その時点で殺害を
実行すればいいと思っていたので,「Cを殺すしかないでしょうね。」と言ったのは,取りあ
えず被告人Aを納得させるためだった。
 シ ところが,被告人Aは,被告人B,D及びEに対し,「いつやるんだ。」と聞いてきた。
Dが,「良くなるかもしれないので,もうしばらく様子を見ましょう。」などと言ったところ,被
告人Aは,怒ったような口調で,「そんなことを言って,これ以上ひどくなったらどうするん
だ。手がつけられなくなったらどうするんだ。俺に不利益が生じたらどうしてくれるんだ。
お前たちはどうやって責任を取るんだ。殺すにしても,今は暴れていないからいいけれ
ども,暴れるようになったら殺すのが難しくなるから,困るのはお前たちだろう。やるんだ
ったら早くやれ。」などと言った。被告人Bは,被告人Aが直ちにCの殺害を実行するよう
に指示していると明確に理解した。被告人B,D及びEは,これに対して何も異論を唱え
ず,「分りました。」と答えた。
 ス 被告人B,D及びEは,被告人Aと共に,Cを殺害する方法について話し合った。被
告人Aは,「どうやって殺すんだ。」などと持ち掛けた。被告人B,D及びEは,刃物で刺
す,頸動脈を切る,首を絞めるなどの提案をしたが,「刃物で刺してもすぐ死ぬかどうか
分らないし,刺される方も苦しむし,血が飛んだりするので,良くないんじゃないか。」など
の異論も出て,結局,電気コードで首を絞めてCを殺害することに決まった。電気コード
は被告人Aの許可を得て被告人Aから借りることにした。物を借りるときは被告人Aの許
可を得なければならなかった。被告人Aが,「Dさんは首を絞めなさい。Eちゃんは足を押
さえなさい。」と役割分担を指示した。Dは,嫌そうな表情を見せたが,被告人Aには逆ら
わなかった。被告人Bが「Cを殺すしかない。」と言ってから,このときまで三,四十分くら
い経っていた。
 セ 被告人Bは,Cを殺害するために用いる電気の延長コードを台所か玄関から持ち
出して準備した。被告人B,D及びEは,被告人Aに対し,「死体を解体する道具を準備し
てから殺した方がいいんじゃないか。」と言ったが,被告人Aは,「道具を買いに行ってい
る間に暴れたりしたらどうするんだ。先に殺せ。」などと指示した。
 ソ 被告人B,D,E及びGは,洗面所に入り,洗面所の出入口ドアを閉めた。被告人B
は,電気の延長コードをDに渡し,まずDが,続いてEが浴室内に入った。Cは,浴室で,
頭を奥に向けて仰向けに寝ていた。Dは,電気の延長コードを持ちCの右肩辺りに,Eは
Cの膝辺りに,浴槽の方を向いてしゃがんだ。被告人BとGは,洗面所から立ったまま浴
室内の様子を見ていた。
 タ Dは,Cの首に電気の延長コードを1回巻き付け,首の前面で交差させ,両側に引
っ張った。Dが首を絞めると,Cは「グエッ」と声を上げ,膝を曲げたり,延ばしたりして足
を動かした。Eは,Cの膝を両手で上下から抱えるようにし,身体を覆い被せるようにし
て,Cの足を押さえた。Dは,Cが身体を動かすなどしたので,前屈みになり更に力を込
めるようにして,Cの首を強く絞めた。Cはしばらくして動かなくなった。Dは,被告人Aか
ら,「動かなくなっても絞め続けるように。」と指示されていたので,Cが動かなくなってか
らも,しばらくCの首を絞め続けた。Dは,被告人Bに,「もういいですか。」と聞いたので,
被告人Bは,Dに,「もういいんじゃないか。」と言った。Dは,Cの首を絞めるのを止めて
立ち上がり,Eと共に洗面所に出て来た。DがCの首を絞めていた時間は,5分から10
分くらいだった。
 チ 被告人Bは,北側和室の入口付近で,和室の中の被告人Aに対し,「終わりまし
た。」などと,Cを殺害したことを報告した。被告人Bは,被告人Aが細かく指示したとおり
の殺害方法,役割分担等に従って実行したので,殺害状況等については特に報告しな
かった。被告人Aは,これに対し,「そうか。」,「分った。」などと答えた。被告人Aは,そ
の後すぐに,洗面所に来て,「(Cの)手を胸の前で組ませろ。」などと指示した。
 ツ 被告人B,E,D及びGの4人が,Cの死体解体作業を行った。被告人AがCの殺害
に先立ち「金は貸してやっていい。」と言ったのは,被告人Aが死体解体道具を購入する
費用を貸してやるという意味だったので,殺害後死体を解体することは暗黙のうちに了
解されており,それについての話合いは特に行わなかった。
 テ Dが,C殺害後,その日のうちに,被告人Aの指示で,死体解体道具を買いに行っ
た。被告人Bも行ったかもしれない。被告人Bらはそのための費用を被告人Aから借り
た。
 ト Cの死体解体の際,Cの死体は脂肪が多く,解体しにくかったこと,肉片や内臓を鍋
で煮るとき,臭いを消すために,被告人Aの指示で,しょうがやお茶の葉を入れたこと,
便が腸にたくさん詰まっており悪臭がしたことを覚えている。被告人Aは,他の死体解体
時よりも特に細かい指示をした。被告人Bが,Cの腸に便が詰まっていることを報告する
と,被告人Aは,「ペットボトルを半分に切って,そこに便を絞り出せ。」と指示したので,
Eが腸から便をペットボトルに絞り出し,被告人Bがその便をトイレに流して捨てた。ま
た,被告人Aは,ペットボトル内の肉片等を捨てる作業を急がせたり,骨や歯をフェリー
から海に投棄させたりした。被告人AはGも死体解体作業に従事させた。
 (2) 甲女の公判供述の要旨
 甲女は,公判廷で,C事件前後の状況について,次のとおり供述している(甲女37,3
9,41,47回等)。
 ア 甲女は,Cが殺害された当日である平成10年1月ころの日の夜,和室で子供の面
倒を見ていた。Cは浴室に閉じ込められていた。Cは死亡する日の前から浴室に閉じ込
められていたが,何日くらい前から浴室に閉じ込められていたかはよく覚えていない。C
は浴室でうめくような声又は叫ぶような大きな声を上げており,和室まで聞こえてきた。C
がそのような声を上げていたのは殺害当日だけだと思うが,はっきりしない。甲女は,C
はBが死亡したショックで頭がおかしくなったのではないかと思った。
 イ 被告人Aは,北側和室で,被告人Bに対し,「うるさいけ,黙らせろ。苦情が来るや
ろうが。早く始末しろ。」などと言った。甲女は,被告人Aが,被告人Bに対し,Cを殺すよ
うに指示していると思った。
 ウ 被告人Bは,D,E及びGと一緒に(台所からか洗面所からかよく分らないが)浴室
に向かって行った。甲女は,被告人Aから「ここに居ろ。」と言われたので,和室に居た。
しばらくすると,浴室からCの声が聞こえなくなった。
 エ 甲女は,その後はCを見ておらず,臭いや被告人Aらの会話から,浴室で死体解
体作業が行われていることが分った。
 4 被告人B及び甲女の各公判供述の信用性の検討
 (1) 被告人Bの公判供述の信用性の検討
 ア 被告人Bは,Bの死体解体後,Cに集中的に通電した状況,Cに見られた異常な言
動,Cについて被告人Aが被告人B,D及びEに指示した内容,被告人Aと被告人B,D
及びEとの話合いの状況,被告人B,D及びEがCをどうするか話し合った状況,Cの殺
害を決意した状況,殺害方法等を話し合った後,殺害を実行した状況,殺害後の状況,
死体解体の状況等について,極めて具体的で詳細な供述をしている。その供述内容
は,誠に生々しく迫真性に富み,単なる想像によって述べたとは到底考えられない。
 被告人Bは,被告人Aの指示はあくまで婉曲的で曖昧であった旨,被告人Aにとっては
利益な事実をそのとおり供述する反面,被告人Bが被告人Aの意図を忖度し,D及びE
に対し,被告人AがCの殺害を指示しているのではないかなどと告げたり,被告人Aに対
し,「Cを殺すしかないでしょうね。」などと,結論を先取りするようなことを言ったりした
旨,被告人Bにとっては不利益な事実についても,自ら積極的に,詳細かつ具体的に供
述している。自己の記憶にできるだけ忠実に供述しようという真摯な態度が窺われる。
 イ 被告人Bの公判供述と捜査段階の供述は同旨であり,大きな変遷がない(乙168
ないし172,174ないし176,256,285,286,302,316,317,323,324)。
 ウ 被告人Bが公判廷で供述する前記3(1)のようなC事件の経緯,犯行状況及び犯行
後の状況等は,前記第3部第6で明らかにした被告人AとB一家との関係及び同第7の
被告人Bの立場,役割と良く整合しているのみならず,同第2の前提事実及び同第3の
前提事実が指し示す方向性とも合致する。被告人Bの公判供述は,これらの諸事情に
加え,B事件を経た状況のもとで,被告人BがD及びEと共に被告人Bの実母であるCを
殺害するという,重大で異常な事件がなぜ起きたのか,詳細で説得力ある説明をなし得
ている。
 エ 甲女の公判供述との整合性
被告人Bの公判供述は,後記(2)の理由で信用性が肯定される甲女の公判供述と相互
に補強し合っている。
 オ 以上のとおりであるから,前記3(1)の被告人Bの公判供述は,十分に信用できると
いうべきである。
 (2) 甲女の公判供述の信用性の検討
 甲女の公判供述は,断片的であり,さほど詳細なものとはいえず,曖昧な部分もある
が,甲女は,C事件当時,マンションAには居たものの,北側和室で子供たちの面倒を見
ていたというのであり,そもそもC事件の経緯や犯行状況を詳細に認識し得る状況には
置かれていなかったのであるから,供述が断片的であるのは理由があること,公判廷で
の供述態度を見ると,明確に記憶していない事柄についてはその旨正直に述べており,
推測や想像を交えて記憶のない部分を補おうとしていないこと,捜査・公判段階を通じて
供述を一貫させていること(甲381,683,699),捜査段階においては,被告人両名が
黙秘を続けていたころから,同旨の供述をしていること(平成14年7月24日付け警察官
調書・甲683),甲女には,C事件につき殊更に被告人A又は被告人Bのいずれかに利
益又は不利益となるような虚偽の供述をする理由は見当たらないことから,甲女の公判
供述は信用するに値するということができる。
 5 被告人Aの公判供述の要旨
 被告人Aは,公判廷において,C事件の経緯及び事件当日の状況等について,次のと
おり供述している。その供述内容は,要するに,「被告人Aは,C事件当時マンションBに
行っており,マンションAには居なかった。被告人B,D及びEが被告人Aの不在中にCを
殺害した。被告人Aは同人らに対しCの殺害を指示したことはない。」というものである
(被告人A8,48ないし50,53,54,56回等)。
 (1) Cは,死亡する何日か前から,「アア,ウウ」とうなるような奇声を出すようになっ
た。Cは,奇声を出すようになってからも,ときどき正常に戻ることがあった。被告人A
は,Cの声が地響きのように外に伝わると思ったので,Cを浴室内に入れさせた。
 (2) 被告人Aは,平成10年1月初めころから,被告人B,D及びEに対し,奇声を出す
ようになったCについて,「CをこのままマンションAに置いておけない。どこかに連れて
行ってもらわなければいけない。」,「どうするとね。困るばい。」などとたびたび言った。
そのため,被告人B,D及びEは,被告人Aも交えて,Cをどうするかを話し合うようにな
った。被告人Aが,その話合いにおいて,「警察が来たら大事になる。迷惑かけないでく
れ。」などと言うと,被告人B,D及びEは,「病院に入れるのが一番いいけれども,被告
人BがBを通電して殺しており,DやEもBの死体を解体しているので,Cの口からそのこ
とが漏れたら困る。」などと悩み,一旦は,Cを病院に入れ,DとEが交替でCを看病しな
がら見張ることに話はまとまりかけるが,Cが入院すればB事件のことを他言するので
はないかと不安がり,話を蒸し返すなどし,堂々巡りを繰り返した。このような話合いは,
C事件の何日か前から毎日のように行われた。
 (3) 被告人A,被告人B,D及びEは,C事件当日も,台所の玄関付近で,Cをどうする
かについて話し合った。そのときの話合いも,Cを病院に入れるかどうかで相変わらず堂
々巡りを繰り返した。被告人Aは,Bを死亡させたのは被告人Bだし,被告人AはBの蘇
生措置を行ったので,Cを入院させても,Cが「被告人AがBを殺した。」などと言うとは思
わなかったので,Cを入院させてもかまわないと思っていた。C自身,Bの死体解体に従
事し,どうしても被告人Bを守らなければいけないので,被告人Aは,Cが入院しても被
告人Bに不利になることは言わないと思った。被告人Aは,Dに,「Cを入院させるなら,2
4時間看病しなければならない。」と何度か言った。
 (4) 被告人B,D及びEの話合いの結論は出なかったが,被告人Aは一人でマンション
Aを離れてマンションBに行った。被告人Aは,マンションAを離れる際,Dに対し,「Cが
声を出したら,Cの口を押さえて,パンを口に詰め込めばいい。」と言い,また,「絶対に
危険なことはしちゃいかんよ。おじゃんになるよ。」などと言った。
 (5) 被告人Aは,マンションBで現金を数えたり,本を読んだりして1時間くらい過ごし,
午後8時30分過ぎころ,マンションAに戻った。被告人Aが,マンションAに着いて玄関を
入るとすぐ,Eが,アコーディオンカーテンより玄関側の所で,被告人Aに対し,「Dちゃん
がお母さんを殺した。」と言った。Eは泣いていた。Dは,アコーディオンカーテンより台所
側の所におり,「首を絞めて,ばあちゃんを殺した。」などと言った。被告人Aが,「どしけ
ん(どうして)。」と聞くと,Dは,「自分がやらにゃできんと思った。」と言った。被告人B
は,哺乳瓶を持って和室から出て来て,被告人Aに対し,「Dさんが殺した。」と言った。
 (6) 被告人Aは,その後,Eから,「一生のお願いだから,マンションAで死体を解体さ
せて欲しい。外に持って行くと被告人Aさんに迷惑をかける。」などと懇願され,Dからも
同じように頼まれた。被告人Aは,これを一旦は断ったが,仕方がないと思い直し,EとD
に対し,「被告人Bと話をしてから進めてください。」と言って,マンションAで死体解体作
業を行うことを許した。被告人A,被告人B,D及びEが玄関付近で死体解体について話
し合い,午後9時か9時30分ころ死体解体を行うことが決まった。被告人AはCの死体を
見ていない。
 (7) 被告人Aは,DがCを殺したことについて,Dに対し,「俺が全然知らんところで勝
手なことをやってしもうてから,困るよ。」などと言った。被告人Aは,そのときDに対し通
電をしなかったのは,取りあえず死体解体作業を優先しなければならないと思ったから
である。
 (8) 被告人Aは,Dから,次のとおり,C事件についての告白を受けた。
 ア Dの1回目の告白
 被告人AがC事件当日マンションBからマンションAに戻った直後,Dから,前記(5)のと
おり告げられた。
 イ Dの2回目の告白
 Cの死体解体作業が終わったころ,Dから,前記(5)と殆ど同じ内容の告白を受けた。D
は,「いや,もうこれ以上ここにも迷惑かけれんし,自分がやっぱやらにゃいかんと思っ
て,被告人A君やったよ。」などと言った。
 ウ Dの3回目の告白
 Eの死体解体作業が終わったころ,Dから,C事件とE事件についての告白を受けた。
すなわち,被告人Aは,Eの死体解体作業が終わったころ,被告人BとGが買い物に出
掛けて不在のとき,Dに対し,「あんたはEちゃんとかCさんを何で殺したりしたと。」と尋
ねてみたところ,Dは,「被告人A君,本当に知らんと。話していいとね。」と言い,C事件
について次のように話してくれた。
 C事件当日,被告人AがマンションAを出てマンションBに向かった後,Dが,被告人B
に対し,「被告人AさんがマンションAを出ていくとき,自分(D)に対し,『Cが騒いだり大
きい声を出したりしたら,手で口を押さえるように。』と言った。」と言うと,被告人Bは,
「手で口を押さえろということは,遠回しに殺せということだ。私(被告人B)も,被告人A
がマンションAを出ていくとき,『お前方のことやけんが,お前がちゃんとせんか。』と言わ
れた。」などと言った。Eは,「被告人Aさんは殺せなどとは言っていないよ。」と言った
が,被告人Bは,「お前黙っとけ。お前は被告人Aのことが全然分かっとらんやろうが。私
もちゃんと被告人Aから言われとるんやけんが。」などと言い,さらに,「Bのことがばれる
と自分は警察に捕まる。自分が捕まれば,DやEやGが死体解体をしたことも警察に話
さなければならない。そうなったら大事になる。Gは将来どうなるのか。」などと言った。D
とEはCを殺害することに反対し躊躇していたが,被告人Bは,「(Cを殺すことにつき)被
告人Aから内諾を得ている。」と盛んに言い,DとEを強く説得した。DとEは,被告人Bに
押し切られ,Cを殺害することになった。Dが,「被告人Aから『口を押さえろ。』と言われ
た。」と言うと,被告人Bは「口を押さえて窒息死させると苦しむので,首を絞めた方がい
い。」と言い,コードで首を絞めることになり,そのとおり実行した。Dは,実行直前に(E
殺害時も同様),被告人Bから,「私が言ったことを被告人Aに知られたら,私は裏切り者
になり,通電されるから,絶対に被告人Aに言ってはいけない。」と口止めされた。
 被告人Aは,上記のような話を聞き,Dに対し,「自分はC殺害を内諾していない。」旨
を告げると,Dは驚き,悔しがり,「被告人Bを絶対に許さない。」と言った。
 (9) 被告人Aは,被告人Bに対し,Dから聞いた3回目の告白の内容が本当か確認し
たところ,被告人Bは,被告人Aに対し,「Dは嘘を言っている。被告人Aはどちらを信用
するのか。被告人Aに信用してもらうために死ねと言われたら,私は死んでもいい。」と
言ったので,被告人Aは,「うん,分かった。なら信用するけ。」と答え,被告人Bを信用す
ることにした。
 6 被告人Aの公判供述の信用性の検討
(1) 被告人Aの公判供述には,次のとおり,信用性に重大な疑問がある。
 ア 前記5のような被告人Aの公判供述は,前記第3部第6の被告人AとB一家との関
係及び同第7の被告人Bの立場,役割と全く整合しないのみならず,同第2の前提事実
及び同第3の前提事実が指し示す方向性に明らかに反している。C事件当時,B一家
(ただし,Bは故人)は全く自由を奪われ,被告人Aの絶対的支配下にあり,被告人Aの
許可なくしては何一つできない状態であり,物事を勝手に決めたり,被告人Aの許可を
受けずに実行すれば,被告人Aの怒りを買い,激しい通電等の厳しい制裁を受けること
は必定であった。そのようなB一家が,C殺害という大事を被告人Aの指示なくして,ある
いは被告人Aの許可なくして勝手に決めたり,実行できたはずがない。この点は,たと
え,「Cを生かしておくと,被告人Aに迷惑がかかるから」という事情があったとしても変り
がない。まして,被告人Aの公判供述によれば,被告人Aは,マンションAからマンション
Bに移るとき,Dに,「絶対に危険なことをしちゃいかんよ。」と言って,「危険なこと」を禁
じており,被告人AがC殺害を指示したり,許可したことは全くないというのであるから,
なおさらである。
 イ 被告人Aは,被告人B,D及びEがCを殺害するという極めて重大で異常な事件
が,自らも同居するマンションAにおいて,なぜどのようにして起きたのかについて,説得
力ある説明をなし得ていない。特に,「Dは,Bの死体解体作業に関与したことを,かね
てかなり気にして悩んでいた。」(被告人A48回296項,49回96・97項等)というのに,な
ぜCの殺害という重罪を更に犯さなければならなかったのかについて,納得できる説明
をしていない。
 ウ 被告人Aの公判供述の内容がそれ自体として極めて不自然,不合理である。その
主要な点は,次のとおりである。
 (ア) 被告人Aは,「Cは被告人両名に不利益なことを他言しないと思っていたので,C
を入院させてもかまわないと思った。」と供述する一方で,Dに対し「Cを入院させるなら,
24時間看病しなければならない。」などと,あたかも24時間監視せよと言うに等しいこと
を言ったというのは一貫しない。そもそも,Cは,精神状態が不安定だったから,入院さ
せると,被告人両名に不利益なことを他言する可能性があり,そうなれば,被告人両名
の所在や被告人両名が犯した犯罪が発覚する端緒になりかねない大きな危険を孕んで
いた。そうであるからこそ,被告人AはB一家と親族や知人らとの接触を断ち切らせたの
であるから,このことに照らしても,Cの入院を容認していたかの如き被告人Aの前記供
述は首肯し得ず,むしろ,被告人AにとってCを入院させることは絶対受け入れられない
ことであったと見るべきである。
 (イ) 被告人Aが,マンションBからマンションAに戻ったとき,DからCを殺害した旨を告
げられた後の被告人Aの行動は極めて不自然である。Dが,被告人Aの意思に反して,
Cを殺害するという重大な犯罪を犯したのだとすれば,被告人Aは,Dからその報告を受
けた直後,驚愕したり,狼狽したりして,Dに対し,その理由を問い詰めたり,非難した
り,叱責したり,通電等の制裁を加えたりするなどの行動をしてしかるべきであるのに,
全くそのような行動に出ることなく,直ちに死体解体作業に着手させたと供述するが,不
自然である。この点について,被告人Aは,「まずは死体解体作業を優先して行わせる
べきだと考えた。」などと説明するが,死体解体作業終了後も,被告人Aが,Dが勝手に
Cを殺害したという理由で,Dに制裁を加えた形跡はない(被告人B59回301ないし
314項)。
 エ 被告人Aは,捜査段階と公判段階を通じても,また,捜査段階だけを見ても,次の
とおり,C事件の重要部分を含め,供述を著しく変遷させているが,その理由につき合理
的な説明がなされていない。
 ①被告人B,D及びEがCをどうするかにつき話合いをしたときの各人の態度や話合い
の内容についての供述の変遷は次のとおりである(矢印は供述の変遷を示す。以下,
同じ。)。「被告人Bは,CがB事件のことを他言するかもしれないとして,Cを入院させる
ことに反対していた。」(乙52)→「被告人BはCを入院させることに全く反対しなかっ
た。」(乙54)→「被告人B,D及びEはCを入院させるかどうか堂々巡りを繰り返してい
た。」(被告人A48回286ないし307項)。「被告人Aは,『CをどうするかはB家で話し合っ
て決めてください。』と言っていた。」(乙51)→「被告人Aは,『Cを入院させるとしたら,C
がB事件のことを他言しないようにDかEがCを24時間監視してもらわなければ困る。』
などと言った。」(乙55)→「被告人Aは,Cが入院してもB事件のことは他言しないだろう
と考えていたので,Cを入院させても構わないと思っていた。」(被告人A49回92ないし
95項)。②被告人AがDがCを殺害した旨を聞いたときの状況についての供述の変遷は
次のとおりである。「被告人AはマンションBでだらだらしていたところ,被告人Aか被告
人Bが夕方ころDかEに電話した後,被告人BがバタバタとマンションBを出て行き,その
後,被告人Bから『DがCを殺した。』と聞かされた。」(乙50)→「被告人AはC事件当時
マンションBにおり,マンションAに戻るとEから『DがCを殺した。』と聞いた。」(乙51,5
2,被告人A8回11項,49回140ないし148項),③被告人B及びDの犯行動機や関与状
況についての供述の変遷は次のとおりである。「被告人BがDをそそのかしてCを殺害さ
せたのだと思う。」(乙52)→「被告人BがDにC殺害を指示したことは絶対にない。Dが
被告人Bの言うことなど聞くはずがない。」(乙54,56),「Dが『自分がやらなければで
きないと思った。』としてCを殺した。」(乙53,被告人A49回153項),「Dは,Cを入院さ
せると24時間付き添って監視しなければならないことに対する不安から,Cを殺害した
のだと思う。」(乙55,56)→「被告人BがDに指示してCを殺害させた。」(被告人A53
回88ないし99項,54回1ないし4項)。
 オ DのC事件に関する告白については,その供述時期の問題を看過できない。被告
人Aは,この点について,捜査段階では全く供述せず,公判段階に至り,第8回(被告人
A弁護人による概括的尋問),第48,49回(被告人A弁護人によるC事件の詳細な尋
問)で,C事件につき詳細な供述をした際にも全く触れることがなく,検察官及び被告人
B弁護人による尋問を経て,第53回になって初めて供述したものである。その理由につ
いて,被告人Aは,「Dの告白のことを捜査段階で供述すると,事実を歪められ,勝手に
ストーリーを作られると思ったので,あえて供述しなかった。公判段階で供述時期が遅れ
たのは,弁護人には詳しく話していたのだが,弁護人との打ち合せが未了だったからで
ある。」などと述べているが,捜査段階では被告人Aの弁解をそのまま録取した供述調
書が多数作成され,訂正等もなされていることは,前記第4部第2の6のとおりである
上,真実Dの告白があったとすれば,それはC事件の真相に関わる重要な事項であり,
被告人Aの刑責をも左右する事柄であるから,当然被告人Aは捜査段階でもその点を
供述してしかるべきであることに照らすと,合理的な説明とはいえない。
 カ 被告人Aの公判供述は,甲女の公判供述に明らかに反している。甲女の公判供述
は前記4(2)のとおり信用するに値するのであり,これに明らかに反する被告人Aの供述
は,その信用性が減殺されるといわなければならない。
 (2) 以上のとおりであり,被告人Aの公判供述は信用することができない。
第3 C事件の経緯,犯行状況及び犯行後の状況等
 被告人Bの公判供述によれば,C事件の経緯,犯行状況及び犯行後の状況等につい
て,次の事実が認められる。
 1 Cに対する通電の激化
 平成9年末にBの死体解体が終わったが,被告人AはそのころからCに激しく通電する
ようになった。被告人Aは,Cの陰部にも通電し,CとEを台所の床に並んで仰向けに寝
かせ,2本の電気コードを手にして,クリップを各人の陰部に取り付けて通電したことが
二,三回あった。
 2 Cに異常な言動が現れたこと
 Cは,遅くとも死亡する1週間くらい前,すなわち平成10年1月10日過ぎころから,食
事,水,薬等を与えても頑なに拒むようになった。そして,耳が遠くなり,言葉を発しなく
なり,話し掛けても答えず,「アア」,「ウウ」などという低い声を出すようになった。被告人
Aは,被告人B,D及びEに対し,「迷惑だからどうにかしろ。」などと指示した。
 3 CをマンションAの浴室内に閉じ込めたこと
 被告人B,D及びEは,被告人Aの上記指示を受け,Cを殺害した日の二,三日前から
CをマンションAの浴室内に閉じ込めた。Cはこれに抵抗しなかった。Cは,浴室では床に
何も敷かず,上着だけを掛け物として与えられて寝ていた。Cは,浴室へ入れられてから
も,食事,水,薬を拒絶し,「アア」,「ウウ」などという低い声を出した。被告人Aは,被告
人B,D及びEからCの様子を聞いており,自らも浴室内を覗いていたので,当時のCの
状態を十分に認識した。被告人Aは,「Cは頭がおかしい。」などと言った。
 4 C事件当日,被告人Aと被告人B,D及びEが台所で話し合った状況
 (1) C事件当日,午前又は午後の外が明るい時間に,被告人Aと被告人B,D及びE
は,台所で,Cをどうするか話し合った。そのときも,Cは浴室内におり,「アア,ウウ」な
どという低い声を出した。
 (2) その際,被告人Aは,被告人B,D及びEに対し,「Cをここには置いておけないか
ら,どこかに連れて行け。お前たちがどうにかしろ。誰かに通報されて警察などが来た
ら,おれは迷惑だ。」,「通報されて困るのは,俺じゃなくてお前たちなんだから,お前た
ちがどうにかしろ。」,「このまま放置しておいて,どんどん悪くなっていって,手がつけら
れなくなったらどうするんだ。」,「Bのときも,お前たちの頼みで知恵と金を出してやった
けれど,実際にやったのはお前たちなんだから,俺には関係ないんだけれど,困るのは
お前たちだろう。」などと言った。
 (3) 被告人Bは,その時点では,被告人AがCの殺害を指示しているとは思わず,Cの
声が端緒となって被告人Aと甲女に迷惑をかけるのを防ぐための方法をいろいろ考え
た。被告人B,D及びEは,被告人Aに対し,「玉名のアパートに連れて行く。」,「どこか
に部屋を借りて住ませる。」,「精神病院に入れる。」などと提案した。ところが,被告人A
は,「Cを外に出して,Cが余計なことをしゃべったらどうするんだ。俺や甲女に迷惑がか
かるだろう。そこまでお前たちが責任をとれるのか。お前たちが困るんじゃないのか。困
るのはお前たちで,俺は関係ないけれども。」,「部屋を借りるにしても,精神病院に入れ
るにしても,金がかかるだろう。借金もあるのに,そんな金をお前たちがどこから持って
来るんだ。」などと言い,被告人B,D及びEの提案をすべて拒絶した。
 (4) 被告人Aは,被告人B,D及びEに対し,1時間くらいの時間を与え,その間に結論
を出せと言って,自分自身は和室に入った。被告人B,D及びEは台所で話合いを続け
た。被告人Aは,その間三,四回台所に来て,「早くしろ。早く結論を出せ。あと何分だ
ぞ。」などと急がせた。
 (5) 被告人Aが決めた制限時間が迫ったとき,被告人Aが,被告人B,D及びEに対
し,「金は貸してやってもいい。」と言った。被告人Bは,それを聞き,被告人AがCをマン
ションAから出して生活させるなどの提案をすべて拒絶したことや,B一家がBの死体を
解体する際その道具を購入する金を被告人Aから借りたことにしたことから,被告人Aが
Cの殺害を意図していることを察し,DとEもこれを察した様子であり,二人は被告人Bと
顔を見合わせた。被告人Bは,Eに対し,「これは殺せということかな。」と言ったところ,
EかDが,「多分そうでしょうね。」と言った。
 (6) このようにして,被告人B,D及びEは,被告人AがCの殺害を意図していることを
察したが,その後も,被告人Aに対してはCを殺す旨を告げられないまま話合いを続け
ていた。被告人B,D及びEが話合いを始めてから2時間くらい経ち,いよいよ制限時間
がなくなったころ,被告人Bは,取りあえず被告人Aを納得させるために,被告人Aに対
し,「Cを殺すしかないでしょうね。」と言った。これに対し,被告人Aは,「お前たちがそう
するならそうすればいい。」と言った。被告人Bは,それを聞いて,被告人Aは最初からC
の殺害を望んでおり,被告人B,D及びEがその決意をするように仕向けていたのだと確
信した。
 (7) 被告人Aは,引き続き,被告人B,D及びEに対し,「いつやるんだ。」と聞いてき
た。Dが,「良くなるかもしれないので,もうしばらく様子を見ましょう。」などと言ったとこ
ろ,被告人Aは,怒ったような口調で,「そんなことを言って,これ以上ひどくなったらどう
するんだ。手がつけられなくなったらどうするんだ。俺に不利益が生じたらどうしてくれる
んだ。お前たちはどうやって責任を取るんだ。殺すにしても,今は暴れていないからいい
けれども,暴れるようになったら殺すのが難しくなるから,困るのはお前たちだろう。やる
んだったら早くやれ。」などと言った。被告人Bは,被告人Aが直ちにCの殺害を実行する
ように指示していると明確に理解した。被告人B,D及びEは,これに対して何も異論を
唱えず,「分りました。」と答えた。
 (8) 被告人B,D及びEは,被告人Aと共に,Cを殺害する方法について話し合った。被
告人Aは,「どうやって殺すんだ。」などと持ち掛けた。被告人B,D及びEは,刃物で刺
す,頸動脈を切る,首を絞めるなどの提案をしたが,「刃物で刺してもすぐ死ぬかどうか
分らないし,刺される方も苦しむし,血が飛んだりするので,良くないんじゃないか。」など
の異論も出て,結局,電気コードで首を絞めてCを殺害することに決まった。電気コード
は被告人Aに言って被告人Aから借りた。被告人Aが,「Dさんは首を絞めなさい。Eちゃ
んは足を押さえなさい。」と役割分担を指示した。Dは,嫌そうな表情を見せたが,被告
人Aには逆らわなかった。被告人Bが「Cを殺すしかない。」と言ってから,このときまで
三,四十分くらい経っていた。
 (9) 被告人Bは,Cを殺害するための電気の延長コードを台所か玄関から持ち出して
準備した。被告人B,D及びEは,被告人Aに対し,「死体を解体する道具を準備してから
殺した方がいいんじゃないか。」と言ったが,被告人Aは,「道具を買いに行っている間に
暴れたりしたらどうするんだ。先に殺せ。」などと指示した。
 5 犯行状況
 (1) 被告人B,D,E及びGは,洗面所に入り,洗面所の出入口ドアを閉めた。被告人
Bは,電気の延長コードをDに渡し,まずDが続いてEが浴室内に入った。Cは,浴室で,
頭を奥に向けて仰向けに寝ていた。Dは,電気の延長コードを持ちCの右肩辺りに,Eは
Cの膝辺りに,浴槽の方を向いてしゃがんだ。被告人BとGは,洗面所から立ったまま浴
室内の様子を見ていた。
 (2) Dは,Cの首に電気の延長コードを1回巻き付け,首の前面で交差させ,両側に引
っ張った。Dが首を絞めると,Cは「グエッ」と声を上げ,膝を曲げたり,延ばしたりして足
を動かした。Eは,Cの膝を両手で上下から抱えるようにし,身体を覆い被せるようにし
て,Cの足を押さえた。Dは,Cが身体を動かすなどしたので,前屈みになり更に力を込
めるようにして,Cの首を強く絞めた。Cはしばらくして動かなくなった。Dは,被告人Aか
ら,「動かなくなっても絞め続けるように。」と指示されていたので,Cが動かなくなってか
らも,しばらくCの首を絞め続けた。Dは,被告人Bに,「もういいですか。」と聞いたので,
被告人Bは,Dに,「もういいんじゃないか。」と言った。Dは,Cの首を絞めるのを止めて
立ち上がり,Eと共に洗面所に出て来た。DがCの首を絞めていた時間は,5分から10
分くらいだった。
 6 犯行後の状況,死体解体等
 (1) 被告人Bは,北側和室の入口付近で,和室の中の被告人Aに対し,「終わりまし
た。」などと,Cを殺害したことを報告した。被告人Bは,被告人Aが細かく指示したとおり
の殺害方法,役割分担等に従って実行したので,殺害状況等については特に報告しな
かった。被告人Aは,これに対し,「そうか。」,「分った。」などと答えた。被告人Aは,洗
面所に来て,「(Cの)手を胸の前で組ませろ。」などと指示した。
 (2) 被告人B,E,D及びGの4人が,Cの死体解体作業を行った。被告人AがCの殺
害に先立ち,「金は貸してやっていい。」と言ったのは,被告人Aが死体解体道具を購入
する費用を貸してやるという意味だったので,殺害後死体を解体することは暗黙のうち
に了解されており,それについての話合いは特に行わなかった。
 (3) Dが,C殺害後,その日のうちに,被告人Aの指示で,死体解体道具を買いに行っ
た。
 (4) Cの死体解体の際は,肉片や内臓を鍋で煮るとき,臭いを消すために,被告人A
の指示で,しょうがやお茶の葉を入れた。Cの死体は脂肪が多く解体しにくかった。便が
腸にたくさん詰まっており悪臭がした。被告人Bが被告人Aにそのことを報告すると,被
告人Aは,「ペットボトルを半分に切って,そこに便を絞り出せ。」と指示したので,Eが腸
から便をペットボトルに絞り出し,被告人Bがその便をトイレに流して捨てた。被告人A
は,ペットボトル内の肉汁等を捨てる作業を急がせ,骨や歯をフェリーから海に投棄させ
た。被告人AはGも死体解体作業に従事させた。
 (5) 被告人Aは,Cの死体解体作業終了後も,Dらに対し,C殺害を理由に怒ったり,
通電等の制裁を加えたりすることはなかった。
第4 C事件に関する争点に対する判断
 1 共謀の有無及び内容についての検討 
 被告人B,D及びEが,共謀の上,Cを殺害するに当たり,被告人Aとの間にも共謀が
あったか否か及びその内容について検討する。
 (1) 被告人B,D及びEと被告人Aとの間の共謀の認定に積極に働く事情
 ア 被告人AにはCを殺害する固有の強い動機があったこと
 被告人Aと被告人BがB一家の面前でBに通電した際,被告人Bの通電によりBを死
亡させ,マンションAでその死体を解体したことは,被告人Aにとって思いがけない出来
事であったが,これは被告人両名の犯した犯罪に更にもう1件,B事件という重大犯罪を
加えることになった。そこで,被告人Aは,被告人両名の所在や被告人両名が犯した犯
罪が外部に漏れたり,警察に探知されたりすることを,それまでにも増して恐れるように
なった。被告人AはB一家の親族らや警察に対する警戒心を一層強めたが,それととも
にB一家の言動に対しても異常なまでに神経を尖らすようになった。被告人Aが,Bの死
体解体作業が終わるころから,Cに激しく通電するようになったのは,そのような理由か
らであったと考えられるが,Cが,精神に変調を来し,態度や言動に異常が見られるよう
になると,「Cは頭がおかしくなった。」,「迷惑だ。」などと,ことさらにCは気が狂ったとし
てCの存在が邪魔であるような態度を露にし,Cを浴室内に閉じ込めさせるなどし,ま
た,被告人B,D及びEに対しても,このようなCを放置すれば,近隣住民が不審に思い
警察に通報するおそれがある旨を繰り返し言った。
 このような事情からすると,被告人Aは,被告人両名の所在や過去に犯した重大犯罪
を知るCの存在が危険なものと映り,これを強く意識する余り,Cの殺害を企てるに至っ
たことが強く疑われる。
 イ C事件当日の話合いにおいて被告人Aが言った言葉は,Cを殺害するしか方法が
ないことを強く示唆するものであったこと
 (ア) 被告人Aは,C事件当日の被告人B,D及びEとの話合いにおいて,言動が異常
なCをマンションAに置いていて誰かに通報されて警察などが来たら迷惑だなどと,Cに
対する処置を強く要求しておきながら,被告人B,D及びEが「玉名のアパートに連れて
行く。」,「精神病院に連れて行く。」などと提案してもことごとく拒否した。その上で,被告
人Aは,「金は貸してやってもいい。」と言い,Cの死体解体費用は被告人AがB一家に
貸し付ける旨援助を申し出たものである。これは,被告人B,D及びEに「Cを殺せ。」と
言っているに等しく,現に被告人B,D,Eはそのように解釈した。
 (イ) 被告人Bが,被告人Aに対し,「Cを殺すしかないでしょうね。」などと告げると,被
告人Aは,「お前たちがそうするならそうすればいい。」などと,あっさりこれを受け入れた
上,直ちに殺害を実行することを躊躇し実行の時期を遅らせようとする被告人B,D及び
Eに対し,畳み掛けるようにして,直ちに殺害を実行するよう強く迫り,具体的な殺害方
法等を話し合わせ,電気コードを使用してCを絞殺することに決まるや,被告人Aは電気
コードの使用を許可した上,各人の役割分担を決めて指示した。
 ウ C殺害後,被告人Aが怒ったり,通電等の制裁を加えたことがなかったこと
 (ア) 被告人Bは,DがCを殺害した直後,被告人Aに対し,「終わりました。」などと報告
したが,その際,被告人Aは,「そうか。」「分かった。」などと答えただけであった。
 (イ) 被告人Aは,被告人B,D及びEがCを殺害した後,これを理由に通電等の制裁を
加えたことは一切ない。
 (ウ) むしろ,被告人Aは,被告人B,D及びEがCを殺害した後,Cの死体解体費用をB
一家に貸し付け,死体解体作業を行うに当たっても,その具体的方法を細かく指示する
などした。
 エ C事件当時,被告人B,D及びEは,被告人Aの指示なしにCの殺害を企て実行す
ることができる状況になかったこと
 (ア) 被告人Aと被告人Bの関係
 前記第3部第7の被告人Bの立場,役割によると,被告人Bは,マンションAでの被告
人A及びB一家との同居生活において,被告人Aの指示があればこれに唯々諾々と従
い,B一家に対しても,何ら躊躇することなく仮借のない通電等の暴行や虐待を加えた。
しかし,被告人Bは,あくまでも,被告人Aの意図を実現するという限度で積極性を発揮
したのであり,被告人Bが被告人Aの意思によらず被告人Bのみの意思に基づいてB一
家に対し積極的に通電等の暴行や虐待を加えたことはなかった。被告人BがC事件当
時も自らの一存でCの殺害を企て実行することができるような状況にはなかった。
 (イ) 被告人AとD及びEの関係
 前記第3部第6の被告人AとB一家との関係によると,DとEは,マンションAにおいて,
生活・行動のすべてにわたり完全に被告人Aの意のままに支配され,日常生活の起居
動作さえ厳しい制約を受け,自由な会話も許されず,被告人B,甲女又はB一家相互に
よって常に監視され,被告人Aの意思に沿わない言動が一切許されない状況に置かれ
ていた。このような状況のもとでは,DとEが,マンションAにおいて,被告人Aの意思を
離れ,D及びEの意思のみでCの殺害を企てて実行し得る余地はなかった。
 (2) 共謀の認定に消極に働く事情
 ア 被告人Aは,Cをどうするかについて,被告人B,D及びEと話し合った際,「Cを殺
せ。」などという直接的な言葉は一言も発していないので,この点が,共謀の認定に消極
に働く事情とならないかが問題となる。
 しかしながら,被告人Aの処世術からすれば,これは,自己に危険や不利益が降り懸
からないための知恵なのであり,むしろ,被告人Aの本心はその逆であることが多いの
である。
 被告人Aは,Cの殺害という重大な犯罪を実行するに当たっても,その処世術に基づ
き,Cの殺害を意図しながら,自ら実行することによる危険や責任を回避するため,あえ
て直接的な指示を出したり,実行に加担したりせず,被告人B,D及びEに働き掛け,あ
たかも被告人B,D及びEがその意思でCの殺害を決意して実行したような外形を作出
することにより,その危険や責任はすべて実行を担当した被告人B,D及びEに押し付
け,あるいは,事後同人らが被告人Aを非難する余地を予め封じ,自らは背後に控えて
手を汚すことなく意図した目的を実現しようとした可能性が極めて高い。
 したがって,前記の点は共謀の認定に消極に働く事情としては,甚だ弱いものである。
 イ 他に,共謀の存在を消極に解すべき特段の事情は認められない。
 (3) 結 論
 以上によれば,遅くとも,被告人Aと被告人B,D及びEの台所における話合いがまとま
り,被告人Aが各人の役割分担を決め,指示した時点で,被告人Aと被告人B,D及びE
との間に,C殺害についての共謀が成立したことが優に推認される。
 2 結 論 
 以上のとおりであるから,被告人両名は,D及びEと共謀の上,殺意(確定的な殺意)
をもって,DがCの頸部を電気コードで絞めて,窒息死させて殺害したものであり,これに
つき被告人両名に殺人罪が成立する。
第5 C事件に関する被告人A弁護人の主張に対する判断
 1 被告人A弁護人は,「被告人Bは,捜査段階から公判段階の途中まで,C事件の犯
行日を『平成10年1月20日』と供述していたが,第56回公判期日の検察官による再主
尋問において,一転して『同月23日』と供述を変更した(被告人B56回202項以下)。こ
のような犯行日についての供述の変遷は,被告人Bの公判供述の信用性を決定的に低
下させる。」旨主張する(弁論要旨230ないし249頁)。
 そこで,①C事件の犯行日を特定することができるか,②C事件の犯行日につき被告
人Bの供述に変遷があることが,被告人Bの供述の信用性に影響するか否かについて
検討する。
 (1) ①のC事件の犯行日の特定について
 ア 被告人Bは,捜査段階及び公判段階の当初は,C事件の犯行日は平成10年1月
20日であると供述しており,その理由として,「C事件は,B事件の1か月くらい後で,何
かの日の1日前だったと記憶しており,被告人BにとってショッキングだったB事件の1日
前だったのではないかと推測した。」と供述していたが,その後平成10年1月23日付け
ジャーナル(甲704資料4)が開示されるに及んで供述を改め,「このジャーナルは,そ
の購入品目や数量から,被告人両名がCの死体解体道具を購入したときのものである
可能性が高い。ジャーナルには,死体解体作業の初日から必要になるガステーブルを
購入した記録があるが,この点はCの死体解体時にはガステーブルを後で買い足した
記憶はないことと符合する。ジャーナルには,ガスホースを買った記録がないが,この点
はCの死体解体開始時にはガスホースがなかったので,Eが後で買いに行った記憶が
あることと符合する。被告人BにはC事件当日には誰も外出していないとの記憶がある
が,平成10年1月20日にはDとEが金融機関に行くため外出した証拠(甲721,被告
人A弁13)があるので,C事件の犯行日は1月20日ではない。『何かの日の1日前』と
は,長男の誕生日(1月24日)の1日前としても説明できる。そうすると,C事件の犯行
日は平成10年1月23日であった可能性が高い。」旨供述した(被告人B56回)。
 イ 被告人Bは,客観的証拠に基づき自己の記憶を整理し,それなりに具体的な根拠
を挙げてC事件の犯行日を特定しようと努めているものの,C事件の犯行日を確実に特
定し得るほどの客観性には欠ける。
 ウ 被告人Aは,「Bの死体解体作業に使用した一つ口ガスコンロや何本かのピラニア
鋸が残っており,それらをCの死体解体作業にも使用した。ジャーナルに記録されている
二つ口ガスコンロは,マンションAで自分たちが使用するために買ったものであり,ピラ
ニア鋸等はCの死体解体作業のために新たに買い足したものである。」などと説明する
(被告人A弁46・7頁)。被告人BもCの死体解体作業時に道具を買い足した可能性を否
定しない(被告人B44回108項,乙172等)ことに照らすと,上記被告人Aの供述も,一
概に排斥することはできない。
 エ さらに,被告人A弁護人は,C事件の犯行日が平成10年1月20日であったとする
他の根拠として,マンションAのガス使用量の推移を取り上げ,「マンションAのガス使用
量が,平成10年1月分(平成9年12月21日から平成10年1月23日午前まで)77立
方メートル,同年2月分(同年1月23日午後から2月20日まで)29立方メートルであり
(甲719,被告人A弁44),平成10年1月分のガス使用量(Bの死体解体作業のための
使用分を含む。)が,同年2月分のガス使用量(Eの死体解体作業のための使用分を含
む。)に比べて格段に多いことから,Cの死体解体作業のためのガス使用量は平成10
年1月分に含まれると考えるのが合理的であり,C事件の犯行日は平成10年1月20日
と特定される。」旨主張し,被告人Aの供述に基づき,死体の血抜き作業時及び煮炊き
作業時に使用するガスの量をB,C及びEについてそれぞれ試算すると,C事件の犯行
日を平成10年1月20日とすれば,上記ガス使用量の推移と良く整合する。」旨主張す
る(弁論要旨245ないし248頁)。
 C事件の犯行日が平成10年1月20日であったとすれば,マンションAの平成10年1
月分のガス使用量には,BとCの死体解体作業のためのガス使用分が含まれ,同年2
月分のそれにはEの死体解体作業のためのガス使用分が含まれることになるところ,各
月のガス使用量の推移は,一応これに一致しているとはいえる。しかしながら,マンショ
ンAのガス使用量には,B一家の死体解体作業のために使用されたガス使用分のほ
か,本来の使用目的,すなわち,炊事及び入浴等の目的のための使用分が相当量ある
はずである。甲719によれば,平成10年3月分(同年2月21日から3月24日まで)の
マンションAのガス使用量は50立方メートルであり,この期間はマンションAにおいて死
体解体作業は行われていない。ガスを炊事及び入浴等の本来の使用目的に使用する
だけでも,使用条件によってはそれぐらいの使用量になり得るのである。例えば,死体
解体期間はマンションAでは炊事や入浴等は殆どしなかったということも考えられないで
はない(クッキーや弁当で食事をし,入浴等はしないか,近くのホテルや旅館で済ませ
る。)。その場合は,マンションAで死体解体作業をしても全体的なガス使用量は伸びな
いことになる。そうすると,平成10年1月期及び2月期に,マンションAのガスがそれら本
来の使用目的にどの程度使用されたか,あるいは使用されなかったかが明らかになら
ないと,ガス使用量の推移の原因やそれが何人分の死体解体作業のために使用され
たかなどについて論じることは,元々困難である。その上,被告人A弁護人の試算は,
死体の血抜き作業時及び煮炊き作業時のガス使用の有無及び使用量につき,専ら被
告人Aの供述を前提として行われているところ,その点については,被告人Aと被告人B
の各供述間で食い違いがある(被告人A69回165ないし170項,被告人A弁89,乙14
6,被告人B弁9《ただし,被告人Bについてのみ》)。すなわち,血抜き作業につき,被告
人Aは,「五,六時間温水を掛けながら行った。」(その間ガスを使用した。)旨供述する
のに対し,被告人Bは,「水を掛けながら行った。」(その間ガスを使用しなかった。)旨供
述している。また,煮炊き作業については,被告人Aは,「死体一体当たり最低20回は
鍋を掛け,終始強火で3時間から3時間半くらい煮込んだ。」旨供述するのに対し,被告
人Bは,「死体一体当たり五,六回くらい鍋を掛け,一旦沸騰させて,弱火で二,三時間
煮込んだ。」旨供述しているのである。両供述のいずれが信用できるかはにわかに決し
難いところ,前記試算は,専ら被告人Aの供述に依拠するものであるから,一つの参考
にはなり得ても,決め手にはならないというべきである。逆に,被告人Bの供述を前提と
すれば,Cの死体解体作業のためのガス使用分が平成10年2月分に含まれていると考
えても,ガス使用量の推移と整合しないとはいえない。結局,前記のガス使用量の推移
からC事件の犯行日を特定することはできないといわざるを得ない。
 (2) ②のC事件の犯行日につき被告人Bの供述に変遷があることが,被告人Bの供述
の信用性に影響するか否かについて
 前記(1)のとおり,被告人BはC事件の犯行日についての供述を変遷させたが,その理
由については具体的根拠を挙げて説明し,かつ,変遷後の供述が誤りであるとは断定
できないのであるから,C事件の犯行日についての供述の変遷の点が,C事件について
の被告人Bの供述全体の信用性を左右するほどの事情とはいえない。
 2 被告人A弁護人は,「被告人Bの公判供述は,不自然な内容を含み,捜査・公判段
階を通じて変遷している部分があるから,信用することができない。」として,次のとおり
主張する。
 (1) 「Cが奇声を発していたことにつき,被告人Bは,公判段階では,『アー』,『ウー』な
どと声を出していたと供述したが(被告人B8回119・120項),捜査段階では,『アー』,
『ウー』などと大声を出していたと供述しており(乙168,316),供述が変遷している。」
(弁論要旨249頁)
 しかしながら,被告人Bの供述は,Cが「アー」,「ウー」と奇声を発するなどの異常な言
動をしていたとの趣旨においては変遷しておらず,変遷部分は些細な点にとどまるもの
である。
 (2) 「被告人Bは,公判段階では,『被告人Aは,平成10年1月20日(犯行当日)より
も前,Cがおかしな言動をするようになったころから,被告人B,D及びEに対し,何度
か,Cをどうするかについて話合いをするように言った。』と供述した(被告人B8回119な
いし129項等)が,捜査段階では,『被告人AがCをどうするかについて話合いをするよう
に言ったのは平成10年1月20日だけである。』趣旨の供述をしており(乙168),供述
が変遷している。」,「被告人Bは公判段階で再度『Cをどうするかについて話合いをする
ように言ったのは平成10年1月20日だけである。』と供述を変遷させた(被告人B40回
304項)。」(弁論要旨250・251頁)
 しかしながら,被告人Bは,乙168では,平成10年1月20日に起きた出来事だけを供
述しており,同日以前に被告人Aと被告人Bらとの間にどのような指示,応答があったの
かについては何ら供述していないのであるから,乙168と公判供述とが矛盾していると
はいえない。また,被告人B40回304項の供述は,「あなたがCさん殺害の話合いをする
よう申し向けられた状況についてですが」との前置きに続けて質問がなされており,これ
に答える被告人Bの供述は,「被告人Aが被告人Bらに対しCを殺害するための話合い
をさせたのは平成10年1月20日だけであった。」との趣旨に理解することができるか
ら,同供述をもって被告人Bが従前の公判供述を変遷させたということはできない。
 (3) 「被告人B,D及びEが,犯行当日,被告人Aの指示を受けて話合いをし,Cの殺
害を決意するに至ったとする時間帯について,被告人Bの公判供述(「午前か午後か分
からないが明るかった。」,被告人B24回89項)は曖昧であり,捜査段階の供述(乙16
8,306)に照らしても変遷がある。」(弁論要旨251ないし253頁)
 しかしながら,被告人A弁護人主張の時間帯については,被告人B供述は,捜査段階
から曖昧であり,格別変遷しているともいえないこと,被告人Bらは,当時,昼夜が逆転
した曜日の感覚の薄い生活を送っていたことに照らすと,上記時間帯についての記憶が
はっきりしていないとしても,不自然とはいえない。
 (4) 「被告人Bは,『被告人Aは被告人Bらに対しCの殺害を直接的に指示した。』旨供
述するが,このような供述は,殺害の意思決定とは距離を置き続けたとする被告人Aの
態度とは明らかに矛盾し,不自然である。」(弁論要旨253・254頁)
 しかしながら,被告人Bの供述によれば,被告人Aは,被告人Bらに対し,奇声を発す
るCへの不安や懸念を口にして,暗にCの殺害を決意するように働き掛けたものの,被
告人Bが「Cを殺すしかないでしょうね。」と言うまでは,Cの殺害を直接的に意味する言
葉は避けていたのであり,また,被告人BらがCの殺害を決意し,その意思を被告人Aに
表明した後は,本心を露にして,被告人Bらに対しその実行を促したり役割分担を指示
したりしたものの,自らはC殺害の実行行為には加担せず,実行行為時は殺害現場の
浴室に寄り付かず,和室に戻り,死体解体作業についても,指示はしたが,作業自体に
は従事しなかったというのであるから,このような被告人Aの行動は,前記第3部第7の
3で述べたような被告人A特有の処世術に照らしても,不自然であるとはいえず,むし
ろ,それと良く合致する側面が大きい。
 (5) 「被告人Bは,捜査段階で,被告人Aが被告人Bらに対しCを殺害するように働き
掛ける際,『始末しろ。』と言った旨供述していたが(平成14年11月29日付け検察官調
書・乙316),その後,被告人Aがその言葉を言った旨を供述しなくなり(平成14年12月
18日付け検察官調書・乙168),供述を変遷させた。」(弁論要旨254ないし256頁)
 しかしながら,被告人Bは,被告人A弁護人主張の供述の変遷の理由につき,「当初,
被告人Aが『始末しろ。』と言ったと思い,そのように供述したが,その後,被告人Aがそ
のような直接的に殺害を意味する言葉を使うか疑問に思えてきて,話の流れを思い出
し,供述を改めた。」旨説明しており(乙324),供述の変遷につき合理的な理由があ
る。このような供述の変遷は,自己の記憶を吟味し,虚偽や誇張を極力排除しようという
態度の表れと見ることができる。したがって,被告人A弁護人が指摘する点は,被告人B
の公判供述の信用性を減殺する事情とはいえない。
 (6) 「被告人Bは,被告人両名とD及びEが犯行当日話合いをした際の各人の位置に
ついて,公判段階(被告人B24回83項)と捜査段階(乙168写真1・2)で,それぞれ説明
したが,それらは食い違っており,また,当時その場所には流し台があったと考えられる
から(甲129添付の現場見取図第8図),不自然である。」(弁論要旨256・257頁)
 しかしながら,C事件の犯行当日の話合いの際各人が居た位置の特定は大まかなも
ので足り,さほど厳密な特定が要求される事項ではなく,重要なことは,C事件の犯行当
日の話合いが,どこで,誰によって,どのようになされたかという点であることからすれ
ば,被告人A弁護人が指摘する点は些細な食い違いに過ぎない。この点が被告人Bの
公判供述の信用性を左右するほどの事情とはいえないことは明らかである。
 (7) 「被告人Aが『金は貸してやってもいい。』と発言したことが,被告人Bの初期の捜
査段階の供述には現れていない。」(弁論要旨257頁)
 しかしながら,被告人Bは,被告人Aが「殺せ。」などという露骨な表現は避け,遠回し
にCの殺害を執拗に働き掛けたという経過については,捜査段階の当初から一貫して供
述していること,被告人Bは,被告人Aの「金は貸してやってもいい。」との発言につい
て,捜査段階において,当初供述していなかった(平成14年11月29日付け検察官調
書・乙316)が,間もなく供述し(同年12月18日付け検察官調書・乙168),その後は
捜査・公判段階を通じて同旨の供述を一貫させていることに照らすと,この点の供述の
変遷は,取調べにより記憶を喚起する過程で通常生じ得る範囲内のものと見られ,被告
人Bの公判供述の信用性を左右するとはいえない。
 (8) 「被告人Bは,捜査段階において,被告人AがDとEにC殺害の役割分担を指示し
た言葉について,乙316では『絞めるのはDが遣れ。』と言ったと供述するのに対し,乙
168では「EとDが遣れ。絞めるのはDが遣れ。」と言ったと供述しており,変遷がある。」
(弁論要旨258頁)
 しかしながら,被告人A弁護人主張の被告人Bの各供述は,いずれも,被告人AがDと
Eに対しC殺害の実行を指示し,DにはCの首を絞める役を指示したとの趣旨は一貫し
ており,供述が変遷している部分は僅かである。 
 (9) 「被告人Bは,捜査段階において,D又はEが,『もう少しCの様子を見てはどう
か。』と提案した時期につき,乙316において,DらがC殺害を了承する前の出来事とし
て供述しているのに対し,乙168においては,上記了承の後の出来事として供述してお
り,その間に変遷がある。」(弁論要旨258頁)
 しかしながら,C事件犯行当日,B一家は,「(Cを)どうにかしろ。」という被告人Aの指
示に従って,Cをどうするかについて話し合ったが,その話合いは長時間にわたる,多分
に堂々巡りの色Gを帯びたものであったのであり,その過程での発言の細かい内容やそ
れらの先後関係を正確に記憶喚起するのは困難というべきである。被告人A弁護人が
取り上げる被告人B供述の食い違いは,被告人Bが取調べにより記憶を喚起する過程
で通常生じ得る範囲内のものと考えることができるから,被告人Bの公判供述の信用性
を動かすものとはいえない。
 3 被告人A弁護人は,「被告人Bが被告人Aに『Cを殺すしかないでしょうね。』と発言
したときも,『そのときは,すぐにCを殺すことになるとは思わなかった。』と供述している
点(被告人B24回137項等)は不自然である。」旨主張する(弁論要旨259頁)。
 しかしながら,被告人Bが被告人A弁護人主張の発言をしたのは,被告人Bが,被告
人AがCの殺害を指示していること自体は明確に理解したが,被告人Aがそれをいつど
のように実行しようと意図しているのかについては必ずしも明確に理解していなかった
時点であり,被告人Bは,その後間もなく,被告人Aが,被告人Bらに対し,「いつやるん
だ。」と申し向けたことから,被告人Aが直ちにC殺害を実行するように指示していると理
解したというのであるから,被告人A弁護人主張の被告人B供述が特に不自然であると
はいえない。
 4 被告人A弁護人は,「甲女の公判供述中,①Cがうめき声を上げていたのは犯行当
日だけだったとする点,②被告人Aは,和室で,被告人Bに対し,「うるさいけ,始末し
ろ。」とC殺害を指示したとする点,③被告人Bは,和室で被告人Aの指示を受けた後,
直ぐにD,E及びGを連れて浴室に行ったとする点は,被告人Bの公判供述と食い違って
いるので,甲女の公判供述は被告人Bの公判供述の信用性を担保し得るほどの信用性
を有しない。」旨主張する(弁論要旨263ないし269頁)。
 しかしながら,①については,甲女は,「Cが犯行当日にうめき声を上げていたのを覚
えているが,それ以前にいつごろからうめき声を上げていたのかは記憶がはっきりしな
い。」旨述べているのであり,(甲女37回450ないし452項,39回77ないし108項),被告
人Bの供述と必ずしも矛盾するものではない。②,③については,甲女は,被告人Bらが
Cの殺害を実行するに先立ち,被告人Aが被告人Bらに対しCの殺害を指示したという
趣旨では被告人Bの公判供述と一致しているといえる。もっとも,B一家はCをどうする
かについて長時間にわたり話し合ったが,甲女供述にその経過が現れていないのは,
甲女が話合いの当事者でなかった以上やむを得ないことである。「うるさいけ,始末し
ろ。」との被告人Aの言葉は,被告人Bの供述に比べより直接的ではあるが,少なくと
も,被告人Aが「殺せ。」などという露骨な表現を避けて暗にCの殺害を指示したという趣
旨はなお汲み取ることができないことはない。そうすると,甲女の公判供述は,被告人A
弁護人が指摘するような食い違いが認められるものの,被告人Bの公判供述の信用性
を担保するに足りるといえる。
 5 被告人A弁護人は,「被告人Bが,自らの過去の犯罪の発覚を恐れ,あるいは,自
ら被告人Aや甲女に迷惑をかけたくないと考えて,Cに対し固有の殺意を抱く事情が存
在した。」旨主張する(弁論要旨269ないし271頁)。
 C事件当時,被告人Bは,Cの言動等が端緒になって被告人両名の所在や過去に犯し
た数々の犯罪が警察に発覚するのではないかと恐れていたことは否定できない。しかし
ながら,被告人Bが被告人Aの意図によらず被告人Bの一存でCの殺害を企て実行する
ことができるような状況にあったと認められないことは,前記第4の1で述べたとおりであ
る。
 6 被告人A弁護人がC事件に関し主張するその他の点について検討してみても,前
記第4のC事件に関する争点に対する判断は左右されない。
第6部 E事件
第1 検察官,被告人A弁護人及び被告人B弁護人の各主張並びに争点
 1 検察官
被告人両名及びDが共謀の上,殺意(確定的殺意)をもって,年少の児童であるGを関
与させるなどして,Eを殺害した。被告人Aが被告人B,D及びGにEの殺害を指示し,D
がEを絞殺した。
 2 被告人A弁護人
被告人B及びDがEを殺害したことは争わないが,被告人Aはその実行も共謀もしてい
ないから,無罪である。
 3 被告人B弁護人
被告人両名及びDが共謀の上,年少の児童であるGを関与させて,Eを殺害した。被
告人Aが被告人B及びDにEの殺害を指示し,DがEを電気コードで絞殺した。
 4 争 点
 E事件の主な争点は,被告人B及びDが共謀の上,Eを殺害するに当たり,被告人Aと
の共謀があったか否かである。
第2 E事件の事件の概要,証拠構造,被告人B,甲女及び被告人Aの各
公判供述並びにそれらの信用性の検討
 1 事件の概要
 Eが平成10年2月10日ころマンションAで絞殺により死亡したこと,被告人B,D及び
Gは,Eの死体をマンションAの浴室等で解体して処分したことは,被告人B,甲女及び
被告人Aの各公判供述が一致しており,上記事実が明らかに認められる。
 2 E事件の証拠構造
 (1) E事件の具体的な経緯や犯行状況等を認定し得る有力かつ殆ど唯一の証拠は,
被告人Bの公判供述である。被告人Aは,E事件への関与を一切否認しており,甲女は
当時マンションAに居合わせたが,E事件の経緯や犯行状況等を直接認識しておらず,
客観的証拠は殆ど存在しない。
 (2) そこで,まず,被告人B及び甲女の各公判供述の信用性を検討し,次に,被告人
Aの公判供述の信用性を検討する。
 3 被告人B及び甲女の各公判供述の要旨
 (1) 被告人Bの公判供述の要旨
 被告人Bは,公判廷において,E事件の経緯,犯行状況及び犯行後の状況等につい
て,次のとおり供述している(被告人B8,25ないし27,32,35,40ないし43,47,5
6,59回等)。
 ア Cの死体解体作業は平成10年1月下旬ころ終了した。B一家は,そのころから,被
告人Aの指示で,被告人A,被告人B,長男,次男,E及びGはマンションBで,甲女,D
及びFはマンションAで,それぞれ別れて生活するようになった。被告人Aがそのようにし
たのは,マンションAが狭かったこと,EとDが結託して逃走しないようにする必要があっ
たこと,EとDが逃げないように,FとGをそれぞれ人質にする必要があったこと,被告人
AがマンションAでは入浴できなかったことによるのではないかと思う。被告人Aは,甲女
に指示してDを監視させ,自由な行動や外出を許さず,毎日Dを甲女と共にマンションB
に呼び付け,駐車場に停めた車を移動させるなどした。
 イ 被告人Aは,甲女を同行させて,Eを買い物等に行かせるときのほかは,EとGをマ
ンションBの浴室に閉じ込め,同人らが起きているときは洗い場に立たせておき,寝ると
きは浴槽の中で向き合わせて体育座りの姿勢で寝かせた。被告人Aは,被告人Bに指
示して,EとGにマヨネーズを塗った食パン数枚を食事として与え,たまに菓子パンやカ
ロリーメイトを与えた。小便はペットボトルにさせ,大便はトイレでさせたが,便座を上げ,
尻を便器に付けない状態で排泄させた。
 ウ 被告人Aは,そのころ,Eを標的にして集中的に通電するようになり,両顎等への
通電を一日に何回も繰り返した。被告人Aは,気分次第で,Eが被告人Aの指示を取り
違えたなど,ささいな理由で,Eに通電した。通電するときは,Eを四つん這いにさせ,膝
を床に付けない姿勢をとらせ,顎等に通電した。Eは,そのころ,更に痩せ,耳が聞こえ
にくくなり,被告人Aに対し萎縮していたこともあり,被告人Aの指示を取り違えることが
多くなった。もっとも,被告人Aの指示は,細か過ぎたり,気まぐれで変わったりするの
で,分かりにくいことが多かった。
 エ 被告人Aは,マンションBに移ってから間もなく,被告人Bに対し,「Eらが浴室にい
るので風呂に入れないから迷惑だ。」などと頻繁に言うようになった。被告人Bは,被告
人Aに対し,少なくとも二,三回は,「Eらを浴室から出して掃除しますから,風呂に入っ
てください。」などと言ったが,被告人Aは,「自分が風呂に入るとき,Eらを浴室から出し
て玄関付近に立たせることになるが,そうすると自分はEらの前で服を脱ぐことになるの
で気に入らない。」などと言って,入浴しなかった。
 オ 被告人Aは,「風呂に入れない。」との不満を頻繁に言い始めたころ,被告人Bに対
し,少なくとも四,五回くらい,「Eは頭がおかしいんじゃないか。Cみたいになったらどう
するんだ。」などと言った。被告人Bは,このような被告人Aの言動に何度か接するうち
に,被告人AがEを殺そうとしているのではないかと思うようになった。しかし,被告人B
は,Eを殺したいとは思わなかったので,被告人Aに対しては,「耳が遠いからじゃない
か。」などと言ったり,Eに対しては,「何で間違えるの。」などと叱ったりして,被告人Aの
言葉を聞き流すような態度をとった。
 カ Eは,平成10年2月9日夕方ころ,被告人Aから,「上着を掛けて寝ていい。」と言
われたのか,「何も掛けずに寝ろ。」と言われたのかにつき,Gとの間で,浴室の外まで
聞こえるほどの大声で口論した。被告人Aは,そのようなEの様子を見て,「やっぱりEち
ゃんは頭がおかしい。」と言った。
 キ 被告人Bは,平成10年2月9日午後7時か8時ころ,被告人Aに対し,酒のつまみ
を何にするか尋ねたところ,被告人Aは,「今日は買い物に行かなくていい。」と言った。
 ク 被告人Aは,平成10年2月9日午後11時ころ,マンションBの洋間付近で,被告人
Bに対し,目配せしながら,「今から向こうに行く。向こうに行くとはどういうことか分るだろ
う。」と言った。被告人Bは,被告人Aが殊更に婉曲的な言い方をしたこと,かねて被告
人AにEの存在を邪魔に思っているような言動が見られたこと,マンションAはA,B及び
Cの殺害や死体解体をした場所であること,マンションBは,音が外部に漏れやすく,ガ
スコンロがなく,浴槽がユニットバスで傷が付きやすく,浴槽が移動させられず,殺害の
実行や死体の解体作業をするには不都合だったことから,被告人Aが暗にEの殺害を指
示していると理解した。しかし,被告人Bは,被告人Aの意向に逆らおうとは思わなかっ
た。もっとも,その時点では,直ちにEの殺害を実行させられるとは思わなかった。被告
人Aは,被告人Bに対し,当面の生活用品,子供の下着等を用意するように指示したの
で,被告人Bはそれらをボストンバッグに詰めて準備した。
 ケ 被告人A,被告人B,E,G,長男及び次男は,平成10年2月9日深夜,マンション
Aから呼び付けたD及び甲女と共に,Dの運転する自動車でマンションAに移動した。被
告人Aは,マンションAに着くと,Eに対し,「Eちゃんは風呂場に寝とっていいよ。」と言
い,Eは,「ありがとうございます。」と言って浴室に入った。被告人Bは浴室のドアを閉め
た。
 コ その後,被告人Aは,台所で,被告人B,D及びGに対し,「俺は今から寝る。B家で
話合いをして結論を出しておけ。」などと言った。被告人Bは,被告人Aが求める結論と
は,被告人BとD及びGが,Eを殺害する決意をすることか,直ちにEを殺害することのい
ずれかであるとは理解したが,そのいずれであるかは分らなかった。そこで,被告人B
は,被告人Aに対し,その意味を尋ねて確認しようとしたが,被告人Aがそれを押し留め
るような態度を示して,被告人B,D及びGを追い立てるように洗面所内に閉じ込めた。
被告人Bは,そのような被告人Aの態度から,被告人Aが直ちにEを殺害することを求め
ていると理解した。さらに,被告人Aが,「俺が起きるまでに終わっておけよ。」と言って,
洗面所のドアを閉めたので,そのことを確信した。
 サ 被告人B,D及びGは,洗面所内で,「B家で結論を出しておけ。」との被告人Aの
指示の意味について話し合った。被告人Bは,既に被告人Aが直ちにEの殺害を実行す
るように指示していると確信していたが,被告人Aの指示が婉曲的で曖昧だったため,D
とGに対し,EのマンションBでの様子を説明した上,「殺せっていうことよね。」などと言
い,その理由を説明し,DとGに問い掛けたところ,DとGは,「そうでしょうね。」と言った。
もっとも,Dは,EのマンションBでの言動を知らなかったこと,被告人Aの指示が婉曲的
だったことから,すぐには納得できない様子だった。
 シ このようにして,被告人B,D及びGは,一旦はEを殺害する決意をし,Cのときと同
じように電気の延長コードで首を絞めて殺すことにした。被告人Bは,洗面所を出て,玄
関辺りから電気の延長コードを持って来た。
 ス この後,Dが,Gに対し,「本当にお母さんは頭がおかしいと。」と尋ねると,Gは,2
月9日にEと口論したときの様子を説明し,「確かにお母さんは頭がおかしいみたい。」な
どと話したので,被告人Bも同じように説明した。Dは,「頭がおかしいんだったら,被告
人Aさんが殺せと言うのなら,殺さなければいけないんだろうけども,Fはお母さん子で,
お母さんに懐いているから,Eを殺してしまったら,Fはどんな思いがするだろう。母親が
いなくなったことを,Fにはどう説明すればいいんだろう。」などと言った。被告人Bは,も
ともとEを殺したいとは思わないが,被告人Aの指示があるのなら殺すのも仕方がないと
思っていたところ,Dの言葉を聞いて,何とかEを殺害しないで済ませたいと思った。D
は,「被告人Aさんにもう一回尋ねてみたらどうか。」と言った。しかし,被告人Bは,自分
が被告人Aに尋ねなければならないし,和室で寝ているであろう被告人Aにそのようなこ
とを尋ねると,叱られて通電されるかもしれないなどと考え,躊躇したが,結局,もう一度
被告人Aに尋ねてみることにし,DとGにその旨伝えた。被告人Bは,被告人Aに咎めら
れず,かつ,一時的にせよEの殺害を回避できるような聞き方を考えて,被告人Aに対
し,その指示がEを今すぐ殺せという意味なのか否かを尋ねてみようと思った。
 セ そこで,被告人Bは,洗面所を出ようとしたが,洗面所のドアのノブが回らず,ドア
は開かなかった。洗面所のドアはかねて調子が悪く,開かなくなることがしばしばあっ
た。被告人Bは天に見放されたような気持ちになった。
 ソ 被告人Bは,被告人Aの指示がEを直ちに殺せということにある以上,それを実行
しなければ通電等の制裁を受けるだろうと思った。また,被告人Bらが洗面所に閉じ込
められてからそのころまでに既に二,三時間は経っていたので,被告人Aがもうすぐ起き
て来るだろうと思った。また,Eが一時的に殺害を免れても,Cのように,いずれはB一家
の手で殺害しなければならなくなるし,Eが生きていてもひどい虐待を受けて苦しむだけ
だろうと思った。そこで,被告人Bは,Eの殺害を実行しようと決意し,D及びGに対して
も,「被告人Aが起きて来るから,終わっておかないとひどい目に遭うし,Eも生きていた
ってつらいだけだし。」などと言い,Eの殺害を実行することを促した。すると,Dは,「そ
れだったら自分がやります。」と答えた。それに対し,被告人Bは何も言えず,Gも何も言
わなかった。このようにして,被告人Bらは,平成10年2月10日午前3時ころ,Eの殺害
を実行する決意をした。
 タ Dは,浴室ドアを開けて浴室内に入った。浴室内は電気がついていなかったが,洗
面所の天井か洗面台の電気がついており,浴室窓の外からの明かりもあったので,浴
室内の様子を見ることができた。Eは,浴室内で,頭を浴室の奥側に,足を入口側に向
けて,身体を浴槽に付けるようにして仰向けに寝ていた。Dがドアを開けたときも,Eは声
を出さなかった。Dが電気の延長コードを持って浴室内に入り,続いてGが浴室内に入っ
た。DがGにEの足を押さえるように指示したような記憶がある。DはEの右肩辺りにEの
方を向いてしゃがんだ。GはEの右膝辺りにEの方を向いてしゃがんだ。被告人Bは,洗
面所で立って,浴室内の様子を見ていた。
 チ Dが,電気の延長コードを手にしてしゃがもうとしたとき,Eが,Dが手にしていた電
気の延長コードに気付き,「Dちゃん,私,死ぬと。」と言ったが,Eは何の抵抗もしなかっ
た。Dは,「E,すまんな。」と言って,Eの首に電気の延長コードを一回巻き付け,首の前
で交差させて両側に引っ張り,Eの首を絞めた。その際,Gは,Eの両膝辺りを両手で押
さえていた。被告人Bは,そのような様子を洗面所から立って見ていた。被告人Bは,D
だけに実行させて申し訳ないという気持ち,DがGに足を押さえるように指示したことで
仲間外れにされたような気持ち及び妹に最後のお別れをしたいとの気持ちから,DがE
の首を絞める際,Eのつま先辺りを持って押さえた。Eは足をばたつかせるなどの抵抗を
しなかった。Dは5分から10分くらいEの首を絞め続けた。Dは,C事件のときのようにE
の首を絞めた時間が十分かどうかを被告人Bに確認することはしなかった。
 ツ その後,DとGは洗面所へ移動した。Dは,洗面所で,「とうとう自分の嫁さんまで殺
してしまった。」と言って,すすり泣いた。Gが,「お母さんの手を胸の前で組ませてあげな
きゃ。」と言うと,Dは,「ああ,そうだったね。」と言い,GがEの手を組ませた。被告人B,
D及びGは呆然として立っており,重苦しい雰囲気の中で一言も会話をしなかった。被告
人B,D及びGは,ドアが開かなかったこと,被告人Aが寝ていたので起こすと怒られて
通電等の制裁を受けると思ったことから,Eの殺害後,被告人Aに直ちにその報告をしな
かった。
 テ 被告人B,D及びGがEを殺害してから30分くらい経ったころ,被告人Aが起きて洗
面所に来た。被告人Bは,被告人Aが洗面所ドアを開けたとき,被告人Aに対し,「終わ
りました。」と報告した。被告人Aは一瞬怪訝そうな顔で被告人Bを見たが,何も尋ねな
かった。被告人Aは,浴室内には入らずに,洗面所から浴室ドアを開けて浴室内を一瞥
すると,「何てことをしたんだ。」と言った。被告人Aは浴室内に入って自らEの死亡を確
認することはしなかった。被告人Bは,「ひょっとしたら,被告人AがEの殺害を指示したと
考えたのは自分たちの勘違いではなかったか。」と思い,Dと顔を見合わせた。被告人B
は,被告人AからEを殺害するまでの経緯等を聞かれたので,その説明をした。被告人
Aは,被告人Bに対し,「何でこんなことをしたんだ。何でする前に聞きに来なかったん
だ。」などと言った。被告人Bは,「聞きに行こうと思ったんですけど,ドアが開かなかった
んです。」と言ったが,被告人Aは,「そんなことだろうと思って,早めに目が覚めた。お前
は運が悪いな。」などと言った。被告人Bは,このような被告人Aの言葉を聞き,やはり被
告人AはEの殺害を指示したのだと確信し,「知っていたくせに白々しいな。」,「あんたが
指示したから殺したんじゃないの。」などと反感を抱いた。
 ト そのとき,甲女が洗面所付近に現れたが,被告人Aは,甲女に対し,「こいつらがE
ちゃんを殺しとるばい。関わりにならんほうがいい。行こう,行こう。」などと言った。
 ナ その後,被告人Bは,被告人AとEの死体解体について話した。被告人Aは,被告
人B,D及びGがEの手を組ませたことにつき,「死後硬直が始まると手が外れなくなる
から,すぐにほどけ。」と指示して,Eの手をほどかせた。被告人Aは,Eを殺害したのが
深夜であり,被告人Aは昼間のうちは外出を禁じており,その日の夕方になるまでは解
体道具を買いに行けないので,死体解体作業に着手するのが遅れることを考えて,そ
のような指示をしたのだと思う。
 ニ 被告人Aは,E事件後,被告人B,D及びGが被告人Aの意に反してEを殺害したと
して被告人B,D及びGに通電等の制裁をしたことはなかった。
 ヌ 被告人B,D及びGがEの死体解体作業を行った。被告人Aは,死体解体について
の話合いの際,被告人B,D及びGに対し,「お前たちが勝手にやったんだ。俺は関係な
い。俺は巻き添えになっただけだ。迷惑だ。こんなところで解体なんかしてもらっても困
る。玉名のアパートに持って行け。」などと言う一方で,「(死体を)持って行くときにばれ
ると俺が迷惑だ。」などと言い,D及びGが被告人Aの許可を得てマンションAの浴室でE
の死体解体を行わざるを得ないようにした。被告人B及びDは,被告人Aが責任逃れを
しようとしていることは分かっていたが,被告人Aに対し,「すいません。お願いします。」
などと言い,マンションAの浴室で死体解体作業を行わせて欲しい旨を頼んだところ,被
告人Aはこれを許可し,できるだけ早く終わらせるように言った。被告人BとDは,被告人
Aとの間で解体道具を購入する費用についても話をしたと思う。被告人Bらは,平成10
年2月10日午後7時過ぎころ,解体道具を買いに行った。被告人Aは,死体解体作業中
も,「急がないと通電するぞ。」などと言い,作業を急がせた。被告人Aは,解体作業中,
Dに通電した。Dの左の二の腕にガムテープでクリップを取り付け,電気コードを首に巻
かせたまま作業をさせたことがある。被告人Aは,Eの肉汁を詰めたペットボトルを捨て
る際,被告人Bらに対し,誰がどこのトイレに何本捨てに行くかなどについて具体的に指
示した。
 (2) 甲女の公判供述の要旨(甲女39,47回等)
 ア 被告人両名とB一家は,E事件前の数日間はマンションBにおり,E事件当日はE
だけが浴室に閉じ込められていた。甲女は,平成10年2月ころの事件当日の夜,マンシ
ョンBに居たと思う。Eがそれ以前からも浴室に閉じ込められていたかどうかは覚えてい
ない。
 イ EとGが,E事件当日に,口論した記憶はない。
 ウ 被告人Aは,E事件当日,被告人BとB一家に対し,「全員でマンションAに移動す
る。」と言った。被告人Bが,浴室ドアを開けてEを浴室から出したが,Eはそのとき被告
人Bから声を掛けられても,「はあ,はあ」と言ったり,何度も聞き返したりしており,耳が
聞こえにくい様子だった。被告人Bは,Eに対し,「お前,わざと耳が聞こえん振りをしよろ
うが。都合がいいのう。」などと怒ったように言い,Eの左耳を右手で引っ張った。被告人
BがEを心配している様子はなかった。その後,全員でマンションAに移動した。タクシー
を使ったと思うが,はっきりしない。
 エ 甲女は,マンションAに着くと,被告人Aの指示を受け,南側和室で布団を敷いて長
男と次男を寝かせた。被告人Aは,台所で,被告人B,D及びGに対し,「家族全員で話
合いをしろ。」と言った。Eは,台所にはおらず,洗面所か浴室に居たと思う。甲女は,長
男と次男を寝かせると,そのまま南側和室で寝ていた。甲女が眠るまでの間に,被告人
Aが南側和室に来て,甲女の横で寝たと思う。
 オ その後,洗面所の方からドンドンと洗面所のドアを叩く音が聞こえ,甲女は被告人
Aから「起きろ。」と言われ,被告人Aと一緒に洗面所の方に行った。そのときまだ夜中で
あり,台所は豆電球がついているだけで暗かった。洗面所の入口ドアは閉まっており,
洗面所の中から物音は聞こえなかった。被告人Aは,ドアを開けて洗面所に入ったが,
すぐに出て来て,甲女に対し,「殺しとるばい。」と言った。その後,被告人Bが,台所か
洗面所で,被告人Aに対し,「DがEの首を絞めて殺した。」と報告した。甲女は台所に居
てそれを聞いた。被告人Aは,被告人Bの報告を聞き,「あんたたち,ようしきったね。俺
が寝とう間に,ようそんなことしきるばい。呪われるぞ。」などと言った。その後,甲女は
和室に戻って寝た。
 カ 被告人Aが,E事件当日,台所でDと飲酒したことはない。被告人Aが,被告人Bら
が勝手にEを殺したとして被告人Bらに通電するなどしたことはない。
 キ 甲女は,その後Eを見ておらず,死体解体作業が行われていることが分った。
 4 被告人B及び甲女の各公判供述の信用性の検討
 (1) 被告人Bの公判供述の信用性の検討
 ア 被告人Bは,C殺害後,被告人AがEに集中的に通電した状況,そのころのEの言
動等,被告人AがそのようなEを見て言った言葉,E事件当日,被告人Aが被告人B,E
及びGを引き連れてマンションBからマンションAに向かった状況,被告人Aがマンション
Aに着いてから,Eを浴室に閉じ込め,被告人B,D及びGを洗面所に入れ,Eをどうする
か話し合わせた状況,E殺害を決意し,実行した状況,殺害後の状況並びに死体解体
の状況等について,当時の複雑な心理状態についての説明を交えながら,誠に詳細
で,単なる想像によっては述べられない迫真性に富む具体的な供述をしている。
 被告人Bは,被告人Aの指示は婉曲的で曖昧であった旨,被告人Aにとっては利益な
事実を承認した上で,被告人Bが被告人Aの意図を推量し,被告人Bなりにこれは直ち
にEを殺せという指示であると理解し,D及びGに対し,「殺せっていうことよね。」などと,
被告人Aの真意の理解について確認を行い,Eの殺害を躊躇するDに対し,Gと共にマ
ンションBでのEの言動を話して聞かせたり,被告人Aが起きて来る前に終えておかない
とひどい目に遭うなどと言って,DにE殺害の実行を決意させたことなど,被告人Bの犯
行への関与を内容とする,被告人Bにとっては不利益な事実について,進んで詳細に供
述している。被告人Aの果たした役割を殊更強調することもなく,自己の記憶に忠実に
述べようとしていることが窺える。
 もっとも,被告人Bの公判供述は,一部曖昧ないし空白の部分があるように感じられ
る。被告人Bの公判供述によれば,被告人AはマンションBを出発する前,既にマンショ
ンAでEを殺害する決意を固めていたと解するほかないが,被告人Aが自ら手を下すの
ならばともかく,被告人Aは被告人B,D及びGに殺害を実行させる意思であったという
のであるから,それならば,被告人B,D及びG,特にD及びGに既にE殺害の意思があ
ることを知っていたこと,又はD及びGがE殺害の決意をするように説得できる十分な見
込みがあったことなど,被告人Aが指示しさえすれば,被告人B,D及びGがE殺害の実
行を引き受ける確たる見通しがなければ,被告人AらがマンションBからマンションAに
移動するとか,EをマンションAに連れて行くとか,被告人Bに荷物を準備させるとかの具
体的な行動を起こせないはずである(このようなマンションBからマンションAへの移動自
体が被告人両名の所在等が警察に発覚する端緒となり得る。)。ところが,被告人Bの
公判供述には,被告人Aにそのような確たる見通しがあったと認めるべき事情が殆ど出
てこない。マンションBで,被告人Aと被告人Bとの間で,上記の点に関し,被告人Bが供
述していることに加えて何らかの具体的な会話があったのではないか,と考える余地が
ある。しかしながら,被告人Bの公判供述のうち,犯行に至る経緯に関する部分の一部
に,上記のような疑問点があるからといって,それが被告人Bの公判供述の信用性を左
右するほどの事情であるとはいえない。
 イ 被告人Bの公判供述と捜査段階の供述は同旨であり,供述がほぼ一貫している
(乙178ないし185,257ないし259,287,307,309,336,338,343,344)。
 ウ 被告人Bが公判廷で供述する前記2(1)のようなE事件の経緯,犯行状況及び犯行
後の状況等は,前記第3部第6で明らかにした被告人AとB一家との関係及び同第7の
被告人Bの立場,役割と良く整合しているのみならず,同第2の前提事実及び同第3の
前提事実が指し示す方向性とも一致する。被告人Bの公判供述は,B事件及びC事件
を経た状況のもとで,被告人Bが,DやGと共に,被告人Bの実妹でDの妻であるEを殺
害するという,重大で異常な事件がなぜ起きたのか,詳細で説得力ある説明をなし得て
いる。
 エ 甲女の公判供述との整合性
被告人Bの公判供述は,後記(2)の理由で信用性が肯定される甲女の公判供述と相互
に補強し合っている。
 オ 以上のとおりであるから,前記3(1)の被告人Bの公判供述は,十分に信用できる。
 (2) 甲女の公判供述の信用性の検討
 甲女の供述は,断片的であり,さほど詳細なものとはいえず,曖昧な部分もあるが,甲
女は,E事件当時,マンションAには居たものの,南側和室で寝ており,犯行後間もない
ころ被告人AからEが殺害された旨を聞いたに過ぎないというのであり,E事件の経緯や
犯行状況を詳細に認識し得る状況には置かれていなかったから,それ自体はやむを得
ないことである。公判廷での供述態度を見ても,はっきり記憶していない事柄や目撃して
いない事柄については,その旨を正直に述べており,推測や想像を交えて記憶のない
部分を補おうとしていない。捜査・公判段階を通じて同旨の供述を一貫させている(甲3
83,685,696,700)。特に,捜査段階において,被告人両名が黙秘を続けていたこ
ろからも,公判供述と同旨の供述をしていることは注目すべきである(平成14年8月1
日付け警察官調書・甲685)。甲女には,E事件につき,殊更に被告人A又は被告人B
のいずれかに利益又は不利益となるような虚偽供述をする理由は見当たらない。これら
のことから,前記3(2)の甲女の公判供述は信用するに値する。
 5 被告人Aの公判供述の要旨
 被告人Aは,公判廷において,E事件の経緯及び事件当日の状況等について,次のと
おり供述している。その供述内容は,要するに,「被告人AはE事件当時マンションAの
南側和室で寝ていた。被告人BとDらが被告人Aの就寝中にEを殺害した。被告人Aは
被告人Bらに対しEの殺害を指示したことはない。」というものである(被告人A8,49,5
0,53,54,56回等)。
 (1) Cの死体解体作業がほぼ終わったころから,被告人両名とB一家はマンションBに
移った。甲女は一人でマンションAに残っていたが,ときどきマンションBに来て泊まって
いた。被告人AがマンションBでEを浴室に閉じ込めていたことはない。もっとも,被告人
Bが台所を掃除するときや台所で茶碗を洗うときなどには,Eが台所にいると邪魔なの
で,トランシーバーのような物を持たせてEを浴室に入れていた。Eは,普段は台所の通
路や洋間におり,甲女も泊まりに来て狭いときなどには,台所の通路や浴室で寝てい
た。被告人AがEやGを浴室で長時間立たせたことはなかった。被告人AはマンションB
ではEに対し殆ど通電していない。被告人AはそのころEに対し五,六回(機会),一機会
につき四,五回,足,腕等に通電したことがあるだけである。Eの顔面には通電していな
い。そのころEの耳が聞こえにくくなったことはない。Eは,それ以前から,被告人Aが注
意をしたときなどに,首をかしげて「はあ」と聞き直す癖があった。被告人Aはマンション
Bでは殆ど毎日入浴した。「Eらが浴室に居るので風呂に入れず迷惑だ。」などと言った
ことはない。被告人Aがそのころ「Eちゃんは頭がおかしいんじゃないか。」などと言った
ことはなく,Eの頭がおかしいと思ったこともない。E事件前日ころ,EとGが口論したこと
はない。もっとも,被告人Aが見ていなかったせいかもしれない。
 (2) 被告人Aは,E事件前日の夜,マンションBで寝ていたところ,被告人Bに起こさ
れ,「今から行って来るけ。」と,Cの死体解体後の掃除をするためにマンションAに行くと
告げられた。被告人Bは,そのころ,殆ど毎日,ペットボトルを捨てたり死体解体後の掃
除をしたりするため,マンションAに行っていた。被告人Aは,甲女とセックスをしようと思
い,被告人Bらと一緒にマンションAに行くことにした。被告人A,被告人B,D,E,G,F,
長男及び次男は,Dの運転する車でマンションAに向かい,午後11時過ぎころマンショ
ンAに着いた。
 被告人Aは,マンションAに着くと,他の者に先んじて玄関ドアを開け,すぐに南側和室
に入り,甲女の身体を触っているうちに寝てしまった。被告人Aは,マンションAに着いて
からは,被告人BやB一家とは全く話をしていない。被告人Bらが何をしていたのかは,
寝ていたので全く分からない。
 (3) 被告人Aは小便がしたくなって目を覚ました。そのとき,甲女を起こして「トイレに行
ってくる。」などと言ったかもしれない。被告人Aは,トイレに行くために洗面所に向かっ
た。洗面所の天井の電気は消えており,洗面台の電気がついていた。被告人Aは,洗面
所のドアを開ける前,すりガラス越しにDの姿を見た。洗面所のドアノブは調子が悪くガ
クガクしていたが,被告人Aが何度か動かし,Dも内側からドアを開けようとし,タイミング
が合って開いた。洗面所のドアが開くと,そのときはEだと思った被告人BとGが出て来
て,被告人Aの横を通り抜けた。被告人Aは,トイレで小便をした後,洗面所か台所で,
Dから,「被告人A君,ちょっとちょっと。」と声を掛けられ,「Eを首を絞めて殺した。」と言
われた。被告人Aが「何でや。」と理由を聞くと,Dは,「どげんしたっちゃ許されんかっ
た。」と言った。被告人Bが北側和室から出て来たので,被告人Aは被告人Bに対し「お
前,Eちゃんば殺したとか。」と聞くと,被告人Bは「私が止めよったとやん,Dが殺したと
やん。」と言った。被告人Aが「さっきEを見掛けた。」と言うと,被告人Bは「それは私
よ。」と言った。Dは,これに何も反論せず,黙っていた。被告人Aは,Dを落ち着かせる
ため,台所のテーブルで,Dにビールを飲ませた。Dは思い悩んでいる様子であり,被告
人Bは怒っているような様子だった。被告人Aが浴室内を覗いてEの死体を見たことはな
い。
 (4) 被告人Aは,Eの死体解体作業が終わったころ,DからC事件の3回目の告白の
際,E事件の経緯及び犯行状況等についても告白を受けた。すなわち,被告人Aは,被
告人BとGが買い物に出かけて不在のとき,Dに対し,「あんたは,EちゃんとかCさんを
何で殺したりしたと。」と尋ねたところ,Dは,「被告人A君,本当に知らんと。話していいと
ね。」と言い,次のように話してくれた。
 E事件当日,被告人両名及びB一家らがマンションAに着いてから,被告人Bは,Eに
対し,「お前は浴室の中に入っとけ。」と言って,Eを浴室に閉じ込めた。そして,被告人B
がDに対しEの殺害を持ち掛けた。Dは反対したが,被告人Bは,「自分(被告人B)は,
被告人Aから,『お前方のことやけん,Cのときのことがあろうが。』などと言われた。これ
はEを殺せと暗に言っているんだ。」,「このままにしておくと被告人AとEが引っ付いて恋
仲になる。被告人AがEに付いたら,ずっと金をせびり取られるよ。」,「自分(被告人B)
が捕まったら,Gが死体解体をしたことも話すし,あんたもただじゃすまなくなるよ。」,「E
には自分(被告人B)に反発するような態度が見られる。Eが警察に駆け込んだりしたら
どうするのか。」などと,Dを脅すような感じで言った。Dは,自分(D)も捕まったら死刑に
なると思っており,被告人Aが承諾しているのであれば,被告人Bの言うとおりにしない
といけないと思った。被告人Bはその話をするとき既に電気コードか紐を持っていた。被
告人Bは,「自分(被告人B)がEの首を絞めてもいい。」と言ったが,被告人Bが絞め損
なってEが騒いだり暴れたりしたら困るので,DがEの首を絞め,被告人BがEの足を押
さえることにし,そのとおり実行した。Dは,Eを殺害した後,寝ていたGを起こして洗面所
に連れて行き,Eの遺体を見せ,「お父さんが首を絞めてお母さんを殺した。」と言った。
そのときGはDに対し「お姉ちゃんやお兄ちゃんのこと(Eが中絶したこと,それをB一家
がDに黙っていたこと)が問題で,お母さんを殺したのか。」と聞いたが,被告人Bが「子
供は黙っていていい。」と言ってGを叱った。
 Dは,被告人Aに対し,上記告白をした後,「Eの殺害を実行する前に,被告人Bから,
『自分(被告人B)が言ったことを被告人Aに知られると,被告人Aから裏切ったと言わ
れ,通電されるので,絶対に被告人Aに話してはいけない。』と口止めされた。」と話し
た。Dは,被告人Aに対し,被告人Bを通電するのかと尋ねたが,被告人Aは,「両方か
ら話を聞いてみないと分からん。」と答えた。また,被告人AはDに対し「自分はEの殺害
を承諾していない。」と言った。
 (5) 被告人Aは,被告人Bに対し,Dから聞いた話が本当か確認したところ,被告人B
は怒り,「私は絶対言うとらん。Dが嘘つきよる。」などと言って,Dに対し,「お前が殺した
やないか。」と食って掛かり,Dの手足に何十回も通電した。被告人Aも,Dに対し,「被
告人Bは嘘ち言いよるやないね(嘘だと言っているではないか)。あんた,何でそんな嘘
つくとね。本当のこと言わんね。あんたが殺したんやろうが。」と言って,何度も通電し
た。しかし,Dは「そんなことはない。絶対違う。」と,自分の言い分を頑として貫き,被告
人Bに対し,「あんたはやり方がひどかですね。」と,半ば怒り,半ば悲しそうに言った。
被告人Aは,Dと被告人Bの話を聞き,Dがそこまで言うのなら,Dの話の方が信用でき
るのではないかと思ったが,被告人Bをどうしても信用したいとも思った。しかし,CもEも
既に死んでしまっているので,それをはっきりさせたところで自分にとっては何にもならな
いし,穏便に済ませたいと思ったので,Dと被告人Bに対し,「もう終わったことだからい
いではないか。」と言い,Dに対しては,「今後は被告人Bを通さず,直接自分から指示を
受けてくれ。」と言った。
 6 被告人Aの公判供述の信用性の検討
(1) 被告人Aの公判供述の信用性には,次のような重大な疑問がある。
 ア 前記4のような被告人Aの公判供述は,前記第3部第6の被告人AとB一家との関
係及び同第7の被告人Bの立場,役割とは全く整合せず,同第2の前提事実及び同第3
の前提事実が指し示す方向性にも明らかに反している。
 イ 被告人Aの公判供述は,被告人BとDが自らの実妹又は妻であるEを殺害するとい
う重大で異常な犯罪をなぜ犯したのかについて,説得力ある説明をなし得ていない。特
に,「Dは,Bの死体解体作業に関与し,更にCを殺害し死体を解体したことにつき,既に
重い罪悪感を抱き苦悩していた。」というのに(被告人A53回),なぜあえてEの殺害とい
う重罪を更に犯さなければならなかったのかについて,納得し得る説明をしていない。
 ウ 被告人Aの公判供述の内容がそれ自体として極めて不自然,不合理である。その
主要な点は,次のとおりである。
 (ア) 被告人Aが,DからEを殺害した旨を告げられた後の被告人Aの行動が極めて不
自然である。すなわち,被告人Aは,Dと被告人BがEを殺害したとする経緯,動機及び
殺害状況等については,関心を持ってしかるべきであるのに,Dからそのことを告げられ
た直後,驚愕したり,狼狽したりすることはなく,Dと簡単な会話をしただけで,Dや被告
人Bに詳しい事情を尋ねず,Eを勝手に殺害したとして,Dや被告人Bを叱責したり,同
人らに通電等の制裁を加えたりすることもなく,そのまま死体解体作業をさせている点
は,極めて不自然である。
 (イ) Dの告白の内容自体や,それについて被告人Aが供述した時期が,不自然,不合
理である。
 a Dと被告人BがなぜあえてEを殺害しなければならなかったのか理解できない。被
告人Aは,被告人BとDが,Eの口封じをするため,あるいは,Eが被告人Aと親密な男
女関係をもったことを恨んで,Eを殺害したかのように供述するが,動機として短絡的に
過ぎる。被告人Aは,「DはそのころEとの離婚を望んでいた。」などと供述しているとこ
ろ,そうだとすれば,DがEを殺害する動機が希薄である。被告人Bが,被告人AとEが
親密な男女関係になることを恐れ,Eを殺害したということ自体,被告人Aに対する反抗
ないし裏切りであり,当時被告人Bが被告人Aの意思や指示に逆らい難い状況にあった
ことからすれば,考えにくいことである。
 b Dの告白に出てくる被告人B及びDの言動が,被告人AがE事件当日の状況として
供述している被告人BやDの言動と相互に矛盾している。すなわち,「被告人BはE殺害
後『私は止めたのにDが殺した。』などと言った。」とする(E事件当日の状況)一方,「被
告人BはDを説得してE殺害を実行させた。」とする(Dの告白)点は,被告人Bの言動と
して相互に矛盾している。Dの告白によれば,被告人BはEから警察に情報が漏れるこ
とを恐れて口封じを図ったことも,DにEの殺害を迫った理由の一つであるというのに,
被告人Aの供述するE事件当日の被告人Bの言動には,そのような事情が全く表れてい
ない。また,「DがE殺害後『(Eを)どうしても許せなかった。』などと言った。」とする(E事
件当日の状況)一方,「Dは被告人Bの説得を受けてE殺害を実行した。」とする(Dの告
白)点は,Dの言動として相互に矛盾している。
 c 被告人Bは,被告人Aの指示や内諾に従ってEの殺害を実行したとするのに,なぜ
被告人BはDに,被告人Aに言わないように口止めする必要があったのか,不可解であ
る。
 d 被告人Aが,Dから受けたEの殺害についての告白の内容が真実ならば,被告人B
は被告人Aに無断でかつ嘘までついてDにEを殺害させたことになり,しかも,被告人B
はDに被告人Aに言わないように口止めまでしたという,被告人Aにとっては一方的なも
のであったのに,被告人Bに立腹したり,通電等の制裁を加えることもなく,被告人Bを
問いただして更に詳細な事情を明らかにさせるなどしなかった点は,不自然,不合理で
ある。
 被告人Aは,Dの告白に関し,捜査段階では全く供述しておらず,公判段階でも,第8
回(被告人A弁護人によるB一家事件の概括的尋問),第49,50回(被告人A弁護人に
よるE事件の詳細な尋問)で,E事件につき詳細な供述をした際にも全く供述せず,検察
官及び被告人B弁護人による尋問を経て,第53回になって初めて供述したものである。
その理由についての被告人Aの説明は合理的なものとはいえない。その点は既にC事
件において述べたとおりである(第5部第2の6)。
 エ 被告人Aは,捜査段階と公判段階を通じても,また,捜査段階だけを見ても,次の
とおり,E事件の真相に関わる重要部分を含め,供述を著しく変遷させているが,その理
由につき合理的な説明がなされていない。
 ①E事件当日,マンションBからマンションAに到着した後の被告人A,被告人B及びD
らの行動についての供述の変遷は,次のとおりである。「D,E及び被告人Bと一緒に飲
酒した。」(乙58)→「誰とも話をせずコテンと寝た。」(乙60,61,63,64,65,101,
127,128,129,被告人A49回503ないし529項)。②被告人AがE事件後間もなく,D
からEを殺害した旨を聞いたときの状況についての供述の変遷は次のとおりである。「マ
ンションBで被告人Bから『Dが酔っ払ってEを殺した。』旨聞いた。」→「マンションAでD
からEを殺した旨聞いた。」(乙58,59,63,65,128)。③被告人BがDにE殺害を説
得し決意させたか否かについての供述の変遷は次のとおりである。「Dが被告人Bごと
きの言うことを聞くはずはない。」(乙52)→「被告人BがDを『説得』して殺害させた。」
(被告人A53回110ないし118項等)。
 オ 被告人Aの公判供述は,甲女の公判供述に明らかに反している。甲女の公判供述
が,前記4(2)のとおり信用するに値する以上,これに明らかに反する被告人Aの供述
は,その信用性を減殺される。
 (2) 以上のとおりであり,被告人Aの公判供述は信用することができない。
第3 E事件の経緯,犯行状況及び犯行後の状況等
 被告人Bの公判供述によれば,E事件の経緯,犯行状況及び犯行後の状況等につい
て,次の事実が認められる。
 1 C事件後のEの生活状況,Eに対する通電・虐待の状況等
 (1) Cの死体解体作業は平成10年1月下旬ころ終了した。B一家(B,Cは故人)は,
そのころから,被告人Aの指示で,被告人A,被告人B,長男,次男,E及びGはマンショ
ンBで,甲女,D及びFはマンションAで,それぞれ別れて生活するようになった。
 (2) 被告人Aは,甲女を同行させて,Eを買い物等に行かせるときのほかは,EとGを
マンションBの浴室に閉じ込め,同人らが起きているときは洗い場に立たせておき,寝る
ときは浴槽の中で向き合わせて体育座りの姿勢で寝かせた。被告人Aは,被告人Bに
指示して,EとGにマヨネーズを塗った食パン数枚を食事として与え,たまに菓子パンや
カロリーメイトを与えた。小便はペットボトルにさせ,大便はトイレでさせたが,便座を上
げ,尻を便器に付けない状態で排泄させた。
 (3) 被告人Aは,E事件当日の少し前ころ,Eに激しく通電するようになり,両顎等への
通電を一日に何回も繰り返した。被告人Aは,気分次第で,Eが被告人Aの指示を取り
違えたなど,ささいな理由で,Eに通電した。通電するときは,Eを四つん這いにさせ,膝
を床に付けない姿勢をとらせ,顎等に通電した。
 2 Eの耳が聞こえにくくなったこと等
 Eは,そのころ,それまでよりもっと痩せ,耳が聞こえにくくなり,被告人Aに対し萎縮し
ていたことや,被告人Aの指示が細か過ぎたことなどもあって,被告人Aの指示を取り違
えることが多くなった。
 3 被告人AのEに関する発言等
 (1) 被告人Aは,マンションBに移ってから間もなく,被告人Bに対し,「Eらが浴室にい
るので風呂に入れないから迷惑だ。」などという不満を頻繁に漏らすようになった。被告
人Aは,そのころ,被告人Bに対し,何度も,「Eは頭がおかしいんじゃないか。Cみたい
になったらどうするんだ。」などと言った。被告人Bは,被告人AはEを殺そうとしているの
ではないかと思った。しかし,被告人Bは,Eを殺したいとは思わなかったので,被告人A
の言葉を聞き流した。
 (2) Eは,平成10年2月9日夕方ころ,被告人Aから受けた指示の意味を巡って,Gと
の間で,浴室の外まで聞こえるほどの大声で口論した。被告人Aは,Eのその様子を見
て,「やっぱりEちゃんは頭がおかしい。」と言った。
 4 被告人AがE事件前日マンションBからマンションAに移動した状況
 (1) 被告人Aは,平成10年2月9日午後11時ころ,マンションBの洋間付近で,被告
人Bに対し,目配せしながら,「今から向こうに行く。向こうに行くとはどういうことか分る
だろう。」と言った。被告人Bは,①被告人Aが殊更に婉曲的な言い方をしたこと,②かね
て被告人AにEの存在を邪魔に思っている言動が見られたこと,③マンションAはA,B
及びCの殺害や死体解体をした場所であること,④マンションBは,音が外部に漏れや
すく,ガスコンロがなく,浴槽がユニットバスで傷が付きやすく,浴槽が移動させられず,
殺害の実行や死体の解体作業をするには不都合だったことから,被告人Aが暗にEの
殺害を指示していると理解した。しかし,被告人Bは,被告人Aの意向に逆らおうとは思
わなかった。もっとも,その時点では,直ちにEの殺害を実行させられるとは思わなかっ
た。被告人Aは,被告人Bに対し,当面の生活用品,子供の下着等を用意するように指
示したので,被告人Bはそれらをボストンバッグに詰めて準備した。
 (2) 被告人Aは,E事件当日,被告人BとB一家に対し,「全員でマンションAに移動す
る。」と言った。被告人Bが,浴室ドアを開けてEを浴室から出したが,Eはそのとき被告
人Bから声を掛けられても,「はあ,はあ」と言ったり,何度も聞き返したりしており,耳が
聞こえにくい様子だった。被告人Bは,Eに対し,「お前,わざと耳が聞こえん振りをしよろ
うが。都合がいいのう。」などと怒ったように言い,Eの左耳を右手で引っ張った。被告人
BがEを心配している様子はなかった。
 (3) 被告人A,被告人B,E,G,長男及び次男は,平成10年2月9日深夜,マンション
Aから呼び付けたD及び甲女と共に,Dの運転する自動車でマンションAに移動した。
 5 マンションAにおいて被告人Aが被告人Bらに話合いを指示した状況
 (1) 被告人Aは,マンションAに着くと,Eに対し,「Eちゃんは風呂場に寝とっていい
よ。」と言い,Eは,「ありがとうございます。」と言って浴室に入った。被告人Bは浴室のド
アを閉めた。
 (2) その後,被告人Aは,台所で,被告人B,D及びGに対し,「俺は今から寝る。B家
で話合いをして結論を出しておけ。」などと言った。被告人Bは,被告人Aが求める結論
とは,被告人BとD及びGが,Eを殺害する決意をすることか,直ちにEを殺害することの
いずれかであるとは理解したが,そのいずれであるかは分らなかった。そこで,被告人B
は,被告人Aに対し,その意味を尋ねて確認しようとしたが,被告人Aがそれを制し,被
告人B,D及びGを追い立てるようにして洗面所内に入れた。被告人Bは,そのような被
告人Aの態度から,被告人Aが直ちにEを殺害することを求めていると理解した。さらに,
被告人Aが,「俺が起きるまでに終わっておけよ。」と言って,洗面所のドアを閉めたの
で,被告人Bはそのことを確信した。
 6 被告人Bらが洗面所内で話合いをした状況
 (1) 被告人B,D及びGは,洗面所内で,「B家で結論を出しておけ。」という被告人Aの
指示の意味について話し合った。被告人Bは,被告人Aが直ちにEの殺害を実行するよ
うに指示していると確信していたが,被告人Aの指示が婉曲的で曖昧だったため,DとG
に対し,「殺せっていうことよね。」などと聞いたところ,DとGは,「そうでしょうね。」と言っ
た。もっとも,Dは,すぐには納得できない様子だった。
 (2) 被告人B,D及びGは,一旦はEを殺害する決意をし,C事件のときと同じように電
気の延長コードで首を絞めて殺すことにした。被告人Bは,洗面所を出て,玄関辺りから
電気の延長コードを持って来た。
 (3) この後,Dが,Gに対し,「本当にお母さんは頭がおかしいと。」と尋ねるので,G
は,マンションBでEと口論したときの様子を説明し,「確かにお母さんは頭がおかしいみ
たい。」などと話した。被告人BもDに同じ説明をした。Dは,「頭がおかしいんだったら,
被告人Aさんが殺せと言うのなら,殺さなければいけないんだろうけども,Fはお母さん
子で,お母さんに懐いているから,Eを殺してしまったら,Fはどんな思いがするだろう。
母親がいなくなったことを,Fにはどう説明すればいいんだろう。」などと言った。被告人B
は,自分からEを殺したいとは思わないが,被告人Aの指示があるのなら殺すのも仕方
がないと思っていたところ,Dの言葉を聞いて,何とかEを殺害しないで済ませたいと思
った。Dは,「被告人Aさんにもう一回尋ねてみたらどうか。」と言った。しかし,被告人B
は,自分が被告人Aに尋ねなければならないし,和室で寝ているであろう被告人Aにそ
のようなことを尋ねると,叱られて通電されるかもしれないなどと考え,躊躇したが,結
局,もう一度被告人Aに尋ねてみることにし,DとGにその旨伝えた。被告人Bは,被告
人Aに咎められず,かつ,一時的にせよEの殺害を回避できるような聞き方を考えて,被
告人Aに対し,その指示がEを今すぐ殺せという意味なのか否かを尋ねてみようと思っ
た。
 (4) そこで,被告人Bは,洗面所を出ようとしたが,洗面所のドアのノブが回らず,ドア
は開かなかった。洗面所のドアはかねて調子が悪く,開かなくなることがしばしばあっ
た。被告人Bは被告人Aに尋ねることを諦めた。
 (5) 被告人Bは,被告人Aの指示がEを直ちに殺せということにある以上,それを実行
しなければ通電等の制裁を受けるだろうと思った。また,被告人Bらが洗面所に閉じ込
められてからそのころまでに既に二,三時間は経っていたので,被告人Aがもうすぐ起き
て来るだろうと思った。また,Eが一時的に殺害を免れても,Cのように,いずれはB一家
の手で殺害しなければならなくなるし,Eが生きていてもひどい虐待を受けて苦しむだけ
だろうと思った。そこで,被告人Bは,Eの殺害を実行しようと決意し,D及びGに対して
も,「被告人Aが起きて来るから,終わっておかないとひどい目に遭うし,Eも生きていた
ってつらいだけだし。」などと言い,Eの殺害を実行することを促した。すると,Dは,「そ
れだったら自分がやります。」と答えた。それに対し,被告人Bは何も言えず,Gも何も言
わなかった。このようにして,被告人Bらは,平成10年2月10日午前3時ころ,Eの殺害
を実行する決意をした。
 7 犯行状況
 (1) Dは,浴室ドアを開けて浴室内に入った。浴室内は電気がついていなかったが,
洗面所の天井か洗面台の電気がついており,浴室窓の外からの明かりもあったので,
浴室内の様子を見ることができた。Eは,浴室内で,頭を浴室の奥側に,足を入口側に
向けて,身体を浴槽に付けるようにして仰向けに寝ていた。Dがドアを開けたときも,Eは
声を出さなかった。Dが電気の延長コードを持って浴室内に入り,続いてGが浴室内に
入った。DはEの右肩辺りにEの方を向いてしゃがんだ。Gは,DにEの足を押さえるよう
にとの指示を受けており,Eの右膝辺りにEの方を向いてしゃがんだ。被告人Bは,洗面
所で立って,浴室内の様子を見ていた。
 (2) Dが,コードを手にしてしゃがもうとしたとき,Eが,Dが手にしていたコードに気付
き,「Dちゃん,私,死ぬと。」と言ったが,Eは何の抵抗もしなかった。Dは,「E,すまん
な。」と言って,Eの首にコードを一回巻き付け,首の前で交差させて両側に引っ張り,E
の首を絞めた。その際,Gは,Eの両膝辺りを両手で押さえていた。被告人Bは,そのよ
うな様子を洗面所から立って見ていた。被告人Bは,DがEの首を絞める際,Eのつま先
辺りを持って押さえた。Eは足をばたつかせるなどの抵抗をしなかった。Dは5分から10
分くらいEの首を絞め続けた。Dは,C事件のときのようにEの首を絞めた時間が十分か
どうかを被告人Bに確認することはしなかった。
 8 犯行後の状況,死体解体等
 (1) Eを殺害した後,DとGは洗面所に戻った。Dは,洗面所で,「とうとう自分の嫁さん
まで殺してしまった。」と言って,すすり泣いた。Gが,「お母さんの手を胸の前で組ませて
あげなきゃ。」と言うと,Dは,「ああ,そうだったね。」と言い,GがEの手を組ませた。被
告人B,D及びGは呆然として立っており,重苦しい雰囲気の中で一言も会話をしなかっ
た。被告人B,D及びGは,ドアが開かなかったこと,被告人Aが寝ていたので起こすと
怒られて通電等の制裁を受けると思ったことから,Eの殺害後,被告人Aに直ちにその
報告をしなかった。
 (2) 被告人B,D及びGがEを殺害してから30分くらい経ったころ,被告人Aが起きて
洗面所に来た。被告人Bは,被告人Aが洗面所ドアを開けたとき,被告人Aに対し,「終
わりました。」と報告した。被告人Aは一瞬怪訝そうな顔で被告人Bを見たが,何も尋ね
なかった。被告人Aは,浴室内には入らずに,洗面所から浴室ドアを開けて浴室内を一
瞥すると,「何てことをしたんだ。」と言った。被告人Aは浴室内に入って自らEの死亡を
確認することはしなかった。被告人Bは,「ひょっとしたら,被告人AがEの殺害を指示し
たと考えたのは自分たちの勘違いではなかったか。」と思い,Dと顔を見合わせた。被告
人Bは,被告人AからEを殺害するまでの経緯等を聞かれたので,その説明をした。被
告人Aは,被告人Bに対し,「何でこんなことをしたんだ。何でする前に聞きに来なかった
んだ。」などと言った。被告人Bは,「聞きに行こうと思ったんですけど,ドアが開かなかっ
たんです。」と言ったが,被告人Aは,「そんなことだろうと思って,早めに目が覚めた。お
前は運が悪いな。」などと言った。被告人Bは,このような被告人Aの言葉を聞き,やはり
被告人AはEの殺害を指示したのだと確信し,「知っていたくせに白々しいな。」,「あんた
が指示したから殺したんじゃないの。」などと反感を抱いた。
 (3) そのとき,甲女が洗面所付近に現れたが,被告人Aは,甲女に対し,「こいつらが
Eちゃんを殺しとるばい。関わりにならんほうがいい。行こう,行こう。」などと言った。
 (4) その後,被告人Bは,被告人AとEの死体解体について話した。被告人Aは,被告
人B,D及びGがEの手を組ませたことにつき,「死後硬直が始まると手が外れなくなる
から,すぐにほどけ。」と指示して,Eの手をほどかせた。
 (5) 被告人B,D及びGがEの死体解体作業を行った。被告人Aは,死体解体について
の話合いの際,被告人B,D及びGに対し,「お前たちが勝手にやったんだ。俺は関係な
い。俺は巻き添えになっただけだ。迷惑だ。こんなところで解体なんかしてもらっても困
る。玉名のアパートに持って行け。」などと言う一方で,「(死体を)持って行くときにばれ
ると俺が迷惑だ。」などと言い,D及びGが被告人Aの許可を得てマンションAの浴室でE
の死体解体を行わざるを得ないようにした。被告人B及びDは,被告人Aが責任逃れを
しようとしていることは分かっていたが,被告人Aに対し,「すいません。お願いします。」
などと言い,マンションAの浴室で死体解体作業を行わせて欲しい旨を頼んだところ,被
告人Aはこれを許可し,できるだけ早く終わらせるように言った。被告人Bらは,平成10
年2月10日午後7時過ぎころ,解体道具を買いに行った。被告人Aは,死体解体作業中
も,「急がないと通電するぞ。」などと言い,作業を急がせた。被告人Aは,解体作業中,
Dに通電した。Dの左の二の腕にガムテープでクリップを取り付け,電気コードを首に巻
かせたまま作業をさせたことがあった。被告人Aは,Eの肉汁を詰めたペットボトルを捨
てる際,被告人Bらに対し,誰がどこのトイレに何本捨てに行くかなどについて具体的に
指示した。
 (6) 被告人Aは,E事件後,被告人B,D及びGが被告人Aの意に反してEを殺害したと
して被告人B,D及びGに通電等の制裁をしたことはなかった。
第4 E事件に関する争点に対する判断
 1 共謀の有無及び内容についての検討
 被告人B及びDが,共謀の上,Gを関与させるなどして,Eを殺害するに当たり,被告
人Aとの間にも共謀があったか否か及びその内容について検討する。
 (1) 被告人B及びDと被告人Aとの間の共謀の認定に積極に働く事情
 ア被告人AにはEを殺害する固有の強い動機があったこと
 被告人Aは,被告人Bと共にBをB一家の面前で電撃死させて死体を解体し,更にCを
殺害させてその死体を解体させたのであり,E事件当時,B一家の親族らや警察に,被
告人両名が犯した重大犯罪が発覚したり,その所在が探知されたりすることをそれまで
にも増して恐れ,同居していたB一家(ただし,B及びCは故人)の言動に対しても過剰な
までに鋭敏になっていたと考えられる。
 被告人Aは,Cの死体解体後,Eに激しく通電したが,そのころ,Eは耳が聞こえにくくな
り,被告人Aの指示を取り違えたりするようになった。被告人Aはそれを見て,不安を抱
き,「Eは頭がおかしいんじゃないか。Cみたいになったらどうするんだ。」などと繰り返し
言い,Eを邪魔者扱いし,Eを何とかして欲しい旨あからさまに要求するようになった。
 上記のような被告人Aの言動に照らすと,被告人Aは,それまでにも増して猜疑心を募
らせ,Eが被告人両名の所在や過去に犯した重大犯罪が発覚する端緒となるのではな
いかなどと,極度に危惧し,その挙句,Eの殺害を企てるに至ったのではないかと強く疑
われる。
 イ マンションBからマンションAに移動する前後の被告人Aの言動は,Eを殺害せよと
いう指示を強く示唆するものであったこと
 (ア) 被告人Aは,E事件前日,マンションBにおいて,被告人Bに対し,「今から向こう
に行く。向こうに行くとはどういうことか分かるだろう。」などと言った。被告人Aが殊更婉
曲的で曖昧な言い方をしたことからすると,被告人Aのこの言葉は,同じマンションBに
居るEやGに聞かれては都合が悪い事柄を指すと考えられる。
 (イ) 被告人Aが被告人Bに当面の生活用品,子供の下着等を用意させたことからする
と,被告人Aは,マンションAに移動後しばらくの間マンションBに帰らないつもりであった
ことが明らかである。
 (ウ) 「向こう」すなわちマンションAは,被告人両名にとっては,A及びBを死亡させ,C
を殺害し,同人らの死体解体をした場所である。
 (エ) 被告人AはマンションAに到着するや,「Eちゃんは風呂場に寝とっていいよ。」な
どと言って,EをマンションAの浴室内に閉じ込めさせたが,風呂場に寝かせるだけな
ら,マンションAに連れて来なくてもマンションBの浴室に寝かせれば足りる。
 (オ) マンションAの浴室は,約20日前に,Cが殺害され,死体が解体された場所であ
り,そのことは,被告人両名はもちろん,D及びGも十分承知していることであった。
 (カ) 被告人Aは,Eを浴室に閉じ込めさせた後,被告人B,D及びGに対し,「俺は今か
ら寝る。B家で話合いをして結論を出しておけ。」,「俺が起きるまでに終っておけよ。」な
どと指示して,自らは和室に寝に行った。被告人Aのこの指示は,何について話し合えと
いうのかが曖昧であるが,Eを浴室に閉じ込め,同人を除外した上での話合いであるこ
とからすると,EをどうするかについてB家で話し合えという指示であると解される。そし
て,追い立てるようにして被告人Bらを洗面所内に入れたこと,「B家で話合いをして結
論を出しておけよ。」との指示に加えて,「俺が起きるまでに終っておけよ。」と指示したこ
となどからすると,被告人Aは,被告人Bらに,Eをどうするかについて話合いをし,結論
を出すことのみならず,何らかの行為ないし作業をも終えておくことを求めたと見ること
ができる。もっとも,洗面所と浴室はドア一枚で繋っているので,洗面所内での話合いは
浴室内に居るEに筒抜けになるおそれがあるから,そういう場所で被告人BらにEをどう
するかについての話合いを求めたというのは,やや疑問な点がないわけではないが,E
は当時耳が聞こえにくくなっていたこと,被告人Aは和室で寝ようとしていたから,洗面所
以外の場所,例えば,台所で話し合うのは,被告人Aの就寝の妨げとなることなどに照
らすと,必ずしも不自然とまではいえない。               (キ) 以上の諸事情を
総合すれば,マンションBからマンションAに移動する前後の被告人Aの言動は,Eを殺
害せよという指示を強く示唆するものであったというほかない。
 ウ E殺害後,被告人Aが通電等の制裁を加えたことがなかったこと
 被告人Aは,E事件当時,被告人BとDに対し,ささいなことでも被告人Aの意思に反す
る言動をすれば激しく怒り,通電等の制裁を加えていたのに,被告人B及びDが被告人
Aも居るマンションAでEの殺害という重大な犯罪を実行したにもかかわらず,被告人B
及びGに通電等の制裁を加えたことは全くなかった。むしろ,被告人Aは,Eの死体解体
作業においても,被告人B,D及びGに対し,作業を急ぐように促したり,Eの肉汁を詰め
たペットボトルの捨て方を細かく指示したりするなどし,死体解体作業を短時間のうちに
整然と手際よく行わせている。
 エ C事件とE事件の時間的近接性
 E事件は,被告人Aの指示に基づいて実行されたCの殺害(平成10年1月20日又は
23日ころ)及び死体解体(平成10年1月末ころ)に引き続き,その後間もなく,Cの死体
解体作業が終了してからわずか10日くらい後に実行されたのであり,そのこと自体が,
E事件が,C事件と同様に被告人Aの指示によるものである疑いを強めている。
 オ E事件当時,被告人B及びDは,被告人Aの指示なしにEの殺害を企て実行するこ
とができる状況になかったこと
 (ア) 被告人Aと被告人Bとの関係
 前記第3部第7の被告人Bの立場,役割によると,被告人Bは,マンションAでの被告
人A及びB一家との同居生活において,被告人Aの指示さえあればこれに唯々諾々と従
い,B一家に対しても,何ら躊躇することなく仮借のない通電等の暴行や虐待を加えた。
 しかしながら,被告人Bは,あくまでも被告人Aの意図を実現するという限度で積極性
を発揮したのであり,被告人Bが被告人Aの意思によらず,被告人Bのみの意思に基づ
いて,B一家に対し積極的に通電等の暴行や虐待を加えたことはなかった。被告人Bが
E事件当時自らの一存でEの殺害を企て実行することができるような状況にはなかっ
た。
 (イ) 被告人AとDとの関係
 前記第3部第6の被告人AとB一家との関係によると,Dは,マンションAにおいて,生
活・行動のすべてにわたり完全に被告人Aの意のままに支配され,日常生活の起居動
作さえ厳しい制約を受け,自由な会話も許されず,被告人Bや甲女らによって常に監視
され,被告人Aの意思に沿わない言動や態度は一切許されない状況に置かれていた。
このような状況のもとでは,Dが,マンションAにおいて,被告人Aの意思を離れ,自らE
の殺害を企てて実行し得るような余地はなかった。
 (2) 共謀の認定に消極に働く事情
 ア 被告人Aは,マンションAにおいて,Eを浴室内に閉じ込め,被告人B,D及びGに
対し,「俺は今から寝る。B家で話合いをして結論を出しておけ。」,「俺が起きるまでに
終わっておけよ。」などとは指示したが,「Eを殺せ。」などという直接的な言葉は一言も
発していないので,この点が共謀の認定に消極に働く事情とならないかが問題となる。
 しかしながら,被告人Aの処世術からすれば,これは自己に危険や不利益が降り懸か
らないための知恵なのであり,むしろ,被告人Aの本心はその逆であることが多いと考え
るべきである。被告人Aは,Eの殺害という重大な犯罪を実行するに当たっても,その処
世術に基づき,Eの殺害を意図しながら,自ら実行することによる危険や責任を回避す
るため,あえて直接的な指示を出したり,実行に加担したりせず,被告人B,D及びGに
働き掛け,あたかも被告人B,D及びGが自らEの殺害を決意して実行したような外形を
作出することにより,その危険や責任はすべて実行を担当した被告人B,D及びGに押
し付け,あるいは,事後同人らが被告人Aを非難する余地を予め封じ,自らは背後に控
えて手を汚すことなく意図した目的を実現しようとした可能性が極めて高い。
 イ 被告人Aは,E殺害を終えた被告人Bから,「終わりました。」という報告を聞くや,
「何てことをしたんだ。」,「何でこんなことをしたんだ。何でする前に聞きに来なかったん
だ。」などと,一見Eの殺害が被告人Aにとって予期しないこと,意に沿わないことであっ
たかのような態度を見せているので,この点が共謀の認定に消極に働く事情とならない
かが問題となる。
 しかしながら,仮に,Eの殺害が被告人Aにとって予期しないこと,意に沿わないことで
あったとすれば,被告人Aは,Eに対し,直ちに人工呼吸を施したり,被告人Bらに心臓
マッサージをすることを指示したりするはずである(A事件やB事件参照)。少なくとも,被
告人Aは,浴室内に入って,Eの生死を確認するはずである。ところが,被告人Aはそれ
ら一切をしていない。それどころか,傍らに居た甲女に対し,「こいつらがEちゃんを殺し
とるばい。関わりにならんほうがいい。行こう,行こう。」などと声を掛けて,和室に寝に戻
っているのである。したがって,前記の点は,被告人Aが,E殺害の責任が自己に及ば
ないように打った布石に過ぎず,被告人Aの真意を示すものではないと考えるのが相当
である。
 ウ 以上のとおりであるから,前記ア,イの点はいずれも,共謀の認定に消極に働く事
情としては,無視し得るほどに微弱な要素でしかない。他に,共謀の存在を消極に解す
べき特段の事情は認められない。
 (3) 結 論 
 以上によれば,遅くとも,被告人Aが,被告人B,D及びGをマンションAの洗面所内に
入れ,「俺が起きるまでに終わっておけよ。」と言って,洗面所のドアを閉めた時点で,被
告人Aと被告人Bとの間に,黙示的に,Gを関与させてEを殺害することについて,共謀
が成立したこと,その後洗面所における被告人B,D及びGの3名による話合いの結果,
被告人B及びDとの間で同一内容の共謀が明示的に成立し,同時にDと被告人Aとの間
でも同一内容の共謀が黙示的に成立したことが優に推認される。
(4) E事件に対するGの関与について
ア問題の所在
Gは,DがマンションAの浴室内で電気コードを使ってEを絞殺する際,Dと一緒に浴室
内に入り,Eの右膝辺りにしゃがんで,Eの両膝を両手で押えるという,実行行為の一部
に当たる行為をしている。Gが上記行為をしたのは,直接的にはDが指示したからであ
るが,前記第3で認定した犯行直前のマンションAにおける被告人Aの指示や洗面所に
おける被告人B,D及びGの話合いの状況等に照らすと,B一家の一員であるGをその
ようにE殺害に関与させることは,被告人Bの意思であったのみならず,被告人Aの意思
でもあり,被告人Aはそれを当然のこととしてE殺害の具体的な方法,分担を被告人B,
D及びGの話合いで決めさせようとしたことが推認される。換言すれば,Gの関与は,被
告人A,被告人B及びDの間では,E殺害の共謀の内容になっていたといえる。
そうすると,被告人両名及びDの間の共謀とGの関与の関係を法的にどのように見る
か,Gを利用した間接正犯か,Gを含めた共同正犯か,が問題となる。
イ検討すべき点
この点については,第1に,Gは,E事件当時満10歳であり,刑事責任年齢を大きく下
回る刑事未成年の少女であったということ,第2に,Gは,マンションAに来るまでは,元
気かつ活発な性格で,人に愛され,しっかりしており,学校の成績は良好であったこと
(甲328,352,356)等からして,人を殺害することについての是非弁別能力は十分
に備わっていたと見られること,以上の2点を前提として,第3に,Gが,当時,Gも含め
たB一家が置かれていた特殊な状態に照らし,意思が抑圧された状態にあったかどうか
及び意思抑圧の程度を検討する必要がある。
ウGの意思抑圧の有無及び程度
前記第3部第5のとおり,被告人Aは,平成9年7月下旬ころ,Dに,G及びFをマンショ
ンAに連れて来させるや,二人をそのままマンションAに住まわせ,福岡県久留米市の
自宅に帰らせず,B一家の他の者と同様,被告人両名のもとに取り込み,やがてその支
配下に置くに至ったものである。それに伴い,被告人両名は,平成9年9月ころから,G
に対し,B一家の他の者とほぼ同様に,通電,食事制限等の種々の過酷な暴行,虐待
を加えるようになった。D及びEは,自らも被告人両名から過酷な暴行,虐待を受け,逆
らえない状態に置かれていたため,娘のGに対する暴行,虐待について,被告人両名に
抗議したり,制止したりすることなどが全くできない状態に置かれていた。そもそも,B一
家間で会話を交わすことさえ禁じられ,台所で無言のまま何時間も立っていることを強
制された。各人は孤立し,相談したり,助け合うことなどはできなかった。Gの食事は次
第に減らされていき,E事件のころは,一日にマヨネーズが付いた食パン2枚のみであっ
た(被告人B45回)。Gは,自己及びB一家の他の者が置かれた上記のような絶対的な
隷属状態の中で,被告人両名の指示に逆らうと,制裁として激しい通電や虐待が加えら
れることを身をもって知らされた。
 被告人Aに指示され,被告人B及びDと共に,マンションAの洗面所で,Eをどうするか
について話し合った際,Gは,被告人Aの指示に逆らえば,自分も制裁として激しい通電
や虐待が加えられることを予期したはずである。Gが,被告人Aが意図することの実行を
拒否することは不可能であった。
Gは,被告人AにB及びCの死体の解体作業に従事することを命じられたが,これらは
Gにとって非常な精神的苦痛を強いる事柄であったはずであり,まして,自己の実母で
あるEを殺害するなどということは,断じて受け入れられない行為であったはずであるの
に,Gがこれらをあえて拒否しなかったことは,Gがいかに被告人Aを恐れ,被告人両名
によって意思が抑圧されていたかを雄弁に物語ると見るべきである。E事件におけるG
の関与の内容が,Eの両膝を両手で押えるという単純で機械的な動作にとどまること
は,Gの意思が完全に抑圧されていたことと矛盾なく併存し得る。
以上のとおりであるから,E事件当時,Gは,過酷な暴行,虐待を加える被告人両名を
極度に恐れており,被告人両名の指示を拒否する余地は全くなく,意思が完全に抑圧さ
れた状態にあったことは明らかである。
 エ 結 論
 Gは,刑事未成年である上,被告人両名の暴行,虐待を通じ,被告人両名を極度に恐
れ,その指示には逆らえない状態にあって意思が完全に抑圧されていたものであるとこ
ろ,被告人両名及びDは,Eを絞殺する際,このようなGを利用し,Eの両膝を両手で押
えさせ,E殺害の実行行為の一部に当たる行為をさせたものであり,自らがその行為を
行ったのと同視されるから,Gの行為との関係では間接正犯が成立する。
 2 結 論
 以上のとおりであるから,被告人両名は,Dと共謀の上,殺意(確定的な殺意)をもっ
て,年少の児童であるGを関与させ,DがEの頸部を電気コードで絞めて,窒息死させて
殺害したものであり,これにつき被告人両名に殺人罪が成立する。
第5 E事件に関する被告人A弁護人の主張に対する判断
 1 被告人A弁護人は,「被告人Bの公判供述は,客観的証拠と食い違っている。」とし
て,次のとおり主張する。
 (1) 「被告人Aは,E事件前ころ,マンションBで,『Eが浴室に居るから,風呂に入れな
い。』と言うようになり,マンションBでは入浴しなかった旨の被告人Bの供述は,E事件
前後のマンションBでのガス使用量(甲719)と矛盾する。」(弁論要旨273ないし276頁)
 平成10年1月25日から同年2月23日までのマンションBでのガス使用量は18立方メ
ートルであり(甲719),ガス給湯器の一時間当たりのガス消費量を2.37立方メートル
として試算すると(被告人A弁63),同期間,マンションBでは約7.5時間分,ガス給湯
器によってガスが消費されたことが認められる(なお,マンションBでガスを消費する器
具はガス給湯器だけだった。被告人B25回155項)。しかしながら,被告人Bの公判供述
のとおり,E事件前の数日間及びE事件後その死体解体作業が一通り終了するまでの
間,被告人AがマンションBで入浴しなかったとしても,その他の時期に入浴すれば,そ
の回数いかんでは,約7.5時間分のガスを消費することは十分に可能であると認めら
れる。
 (2) 「平成10年2月3日及び同月9日,山口県下関市内や福岡市内において,C名義
での消費者金融会社からの借入れにつき返済が行われているが(甲215),Dが独りで
返済に行くことは考えられず,そうだとすると,Eが同行したはずだから,『EはE事件前
からマンションBの浴室に閉じ込められていた。』との被告人Bの公判供述は虚偽であ
る。」(弁論要旨276ないし279頁)
 この点について,被告人Bは,誰が被告人A弁護人主張の各返済に行ったのかとの質
問に対し,「自分は行っていないと思う。Eは行っていない。Dが行った可能性はある。」
と供述し,さらに,「Dらが返済等に出向くときは必ず複数人で行くようにしていたかどう
かは記憶していない。」旨供述しており(被告人B42回58ないし79項等),Dが独りで返
済に出向いた可能性があるばかりか,被告人Bは,「被告人AはEをマンションBの浴室
に閉じ込めるようになってからも,Eに指示して買い物等に行かせることはあった。」と供
述しており(被告人B25回90項等),マンションBの浴室に閉じ込められたEが被告人A
に指示されてDに同行したと考えることもできないではないから,被告人A弁護人主張の
各返済の点から,直ちに「EはE事件前からマンションBの浴室に閉じ込められていた。」
との被告人Bの公判供述の信用性が左右されるとはいい難い。
 (3) 「Dは平成10年2月9日に北九州市a区内の駐車場で駐車代金を支払ったが(甲
197,198添付の領収書),被告人Bはこのことについて一切供述していない。」(弁論
要旨279頁)
 しかしながら,被告人A弁護人主張の点は,E事件前日の事実とはいえ,E事件との関
連性は乏しい事柄であり,被告人Bに対してはその点に関する質問自体もなされていな
いのであるから,被告人Bがその点について供述していないとしても,さして不自然とは
いえない。
 2 被告人A弁護人は,「被告人Bが,E事件当日,マンションB及びマンションAで被告
人Aから受けた指示をどのように理解したかについての被告人B供述は,変遷してい
る。」旨主張する(弁論要旨279ないし285頁)。
 しかしながら,被告人Bは,捜査段階(乙336,338,257,179,287,309,34
4,258)及び公判段階を通じて,「マンションBで被告人Aから指示を受けたときは,被
告人AがEの殺害を意図していることは明確に理解したが,直ちにEの殺害を実行する
ように指示しているとまでは思わなかった。マンションAで被告人Aから指示を受けたとき
は,直ちにEの殺害を実行するように指示していると明確に理解した。」との趣旨の供述
を一貫させている。捜査段階の供述経過に照らすと,被告人Bは自己の記憶を喚起しな
がら慎重に供述している態度が窺われる。被告人Bの供述が変遷している部分は,被
告人Bが取調べの過程で,記憶喚起を図りつつ,供述の趣旨を具体化,明確化しようと
した結果と見られるから,直ちに被告人Bの供述の信用性を減殺する事情とはいえな
い。
 3 被告人A弁護人は,「被告人Bは,『マンションAで被告人Aの指示を受け,被告人A
が直ちにE殺害を実行するように指示していることを理解した後,被告人Aに指示の意
味を尋ねるなどしてE殺害の実行を引き延ばそうと考えた。』旨供述している(被告人B2
5回246項)けれども,この点につき,矛盾や変遷が見られる。」として,次のとおり主張
する。
 (1) 「被告人Bは,他方で,『被告人AがマンションBで風呂に入れないと言ったとき,
『Eを殺せということですか。』などと尋ねれば,かえって被告人Aがその言葉に飛びつき
E殺害を実行させられることになると思い,それをしなかった。」旨供述しており(被告人
B25回129項),供述が矛盾している。」(弁論要旨285・286頁)
 しかしながら,被告人AがマンションBで「風呂に入れない。」と言った時点では,被告
人Bは,被告人Aが果たしてE殺害を意図しているのか否かをはっきりと理解していなか
ったが,他方,E事件の犯行当日マンションAで被告人Aの指示を受けた時点では,被
告人Bは,被告人Aが直ちにE殺害を実行するように指示していることを明確に理解して
いたというのである。両時点で被告人Bが置かれていた状況は異なるといえるから,こ
れを前提にすれば,被告人Bの各供述はそれなりに理解できるのであり,必ずしも矛盾
しているとはいえない。
 (2) 「被告人Bは,『これ以上の名案はないと思った。』旨供述している(被告人B25回
246項)が,捜査段階では,より消極的なニュアンスで供述しており,実質的に変遷して
いる。」(弁論要旨286ないし288頁)
 しかしながら,「これ以上の名案はないと思った。」との被告人Bの供述は,「精々一時
的な時間稼ぎにしかならないことは分かっていたが,その場ではそれ以外に考えられる
手段はなかったので,窮余の一策として提案した。」との趣旨に理解するべきであり,そ
のように理解すれば,被告人Bの供述は捜査・公判段階を通じて一貫しているといえ
る。
 (3) 「被告人Aに指示の意味を尋ねることを提案したのは誰か,被告人BかDかについ
て,被告人Bの供述は変遷している。」(弁論要旨288・289頁)
 被告人Bは,平成15年2月26日付け警察官調書(乙257・8頁)では,被告人Bが上
記提案をした旨供述しているが,その後間もなく作成された同年3月8日付け検察官調
書(乙179・25頁)では,Dが上記提案をした旨供述している。しかしながら,被告人Bと
Dは,被告人Aの指示を受けて洗面所内に入ってから二,三時間は話合いを続けたとい
うのであり,その話合いの経過や発言内容等についての供述に変遷があること自体は
不自然とはいえない上,被告人Bは,乙179の後は,公判段階に至るまで,乙179と同
旨の供述を一貫させていることに照らすと,被告人A弁護人が指摘する点は不合理な供
述変遷とはいい難い。
 4 被告人A弁護人は,「被告人Aは,乙女が逃走したときや,Bが被告人Bの通電に
よって死亡したときにも,被告人Bに通電して制裁しなかったのであるから,被告人Aが
被告人BらがEを殺害した後に被告人Bらに対し通電しなかったことをもって,被告人A
が被告人BらにE殺害を指示したことの根拠とすることはできない。」旨主張する(弁論
要旨290・291頁)。
 しかしながら,乙女が逃走したのは,甲女が乙女の監視役として四畳半和室内にいた
のに,甲女が居眠りをした隙に乙女が窓から飛び降りたためであり(後記第10部第2の
2),また,被告人BがBに通電して死亡させたのは,被告人Bが被告人Aの通電に引き
続き,被告人Aの指示に従い,「大丈夫,大丈夫。」という被告人Aの言葉にも励まされ
て通電したためであり(前記第4部第3),いずれも,被告人Bには被告人Aから制裁を
受けるほどの落ち度が認め難い場合であって,被告人Bらが被告人Aに無断でEを殺害
した場合をこれらと同列に論じることはできないから,被告人A弁護人の主張は採用で
きない。
 5 被告人A弁護人は,「被告人Bらが,マンションAで被告人AからE殺害を指示され,
洗面所内に閉じ込められてから,E殺害を実行するまでの話合いの経過や発言内容等
についての被告人Bの供述は,曖昧で内容が希薄である。」旨主張する(弁論要旨
291・292頁)。
 しかしながら,被告人Bの公判供述によっても,被告人Aが被告人Bらに対し婉曲的な
言葉を用いながらも,直ちにE殺害を実行するように指示したこと,被告人Bは被告人A
の指示の意味を明確に理解し,Dに対しても被告人Aの指示の意味を説明して理解させ
たこと,Dは一旦はE殺害を決意したものの,なお逡巡し,被告人Bに対し,被告人Aに
指示の意味を尋ねてみてはどうかという提案をしたので,被告人Bはそれを試みようとし
たが,洗面所出入口ドアが開かなかったことから結局断念したこと,被告人Bは話合い
を開始してから既に二,三時間が経過していたことから,Dに対しE殺害の実行を促し,
Dも折れてDにおいてEの首を絞めて殺害したことなど,Dとの間で行われた話合いの経
過,発言の内容等につき,それなりに詳細に供述している。被告人A弁護人は,話合い
に掛けた時間に比し,話合いの内容についての被告人Bの供述は中身が薄いと主張す
るけれども,話合いといってもE殺害を逡巡するDを前にして,堂々巡り的な話合いであ
った可能性が多分にある上,E事件当時から供述時までに5年以上が経過していること
も併せ考えると,被告人Bの供述が細部に至るまで十分に記憶喚起されていない面が
あるとしてもやむを得ない。したがって,Dとの話合いの経過や発言内容等についての
被告人B供述は,それなりに信用できると見て差し支えないというべきである。
 6 被告人A弁護人は,「被告人Bは,『被告人Aから通電を指示され,その指示が不
明確なときは,必ず指示の意味を確認する。』と供述する一方で,通電よりはるかに重い
E殺害を実行するに当たり,被告人Aから婉曲的な指示を受けたとき,その指示の意味
を確認しなかったとする点は矛盾している。」旨主張する(弁論要旨295ないし297頁)。
 しかしながら,被告人Aは,E事件において,被告人BらにE殺害を決意させ,実行させ
るに当たり,自己の責任を回避するためにあえて婉曲的で曖昧な指示をしたが,被告人
B自身は,マンションAにおいて,被告人Aは,Eを直ちに殺害せよと指示していると明確
に理解したのであるから,被告人BがE殺害を実行するに当たり,被告人Aの婉曲的な
指示の意味を確認しなかったからといって,不自然とはいえず,通電の場合との間に格
別矛盾はない。
 7 被告人A弁護人は,「甲女の公判供述は,捜査段階の供述から変遷し,被告人B
の公判供述とも整合していないので,被告人Bの公判供述の信用性を担保し得るもの
ではない。」として,次のとおり主張する。
 (1) 「甲女の公判供述は,①甲女はE事件当日までに,いつマンションAからマンション
Bに移動したのか,②被告人両名,長男,次男,甲女及びD一家がマンションBからマン
ションAに移動する交通手段は何だったのか,③EがマンションBの浴室で閉じ込められ
ていた期間はどれくらいだったのか,④Eの耳の状態が悪くなった経過,⑤甲女が目を
覚ますころ『ドンドンドン』という音を聞いたが,目を覚ましてからもそのような音を聞いた
のか,以上の諸点で捜査段階の供述から変遷している。」(弁論要旨301ないし307頁)
 しかしながら,①,②については,そもそも甲女の記憶自体が明確ではない部分であ
り,E事件の争点との関連性も乏しい些細な事柄といえ,甲女が明確に記憶していない
のは不自然ではない。また,甲女は,いつどのような理由でマンションAからマンションB
に移動したのかは不明だが,少なくとも,E事件当日は被告人両名,長男,次男及びD
一家と共にマンションBに居り,同人らと一緒に車でマンションAに移動したという趣旨で
は供述は一貫している。③については,Eは,少なくともE事件当日,甲女がマンションB
に居たときには浴室に閉じ込められていたという趣旨では,甲女の供述は明確であり,
一貫しているといえる。④については,EはマンションBに移ってから耳が聞こえにくい様
子だったという限度では,甲女供述は明確であり,一貫しているといえる。⑤について
は,甲女が,目を覚ますころ,『ドンドンドン』という音を聞いたという限度では,甲女供述
は明確であり,一貫している。
 以上のとおりであり,被告人A弁護人が甲女の供述が変遷していると指摘する諸点
は,いずれも,本件の争点との関連性が乏しい周辺事情であり,甲女の記憶に残りにく
く,そのため甲女の供述に曖昧さや変遷が見られるとしても,不合理ではない。
 (2) 「甲女の公判供述は,①E事件の前,D一家の生活場所は分散させられたか,②
Eが,E事件当日,マンションBの浴室でGと口論したことがあったか,③E事件当日,被
告人両名及びD一家がマンションBからマンションAまで移動する際の交通手段,④E事
件当日,マンションAに到着後のEの状況,⑤マンションA到着後の被告人Aと被告人B
及びDとの会話,⑥甲女が聞いたという『ドンドンドン』という音の有無,⑦被告人BらがE
を殺害した後,甲女が洗面所に現れたか,⑧被告人BらがEを殺害した後,被告人Bが
被告人Aにその報告をした場所はどこか,以上の諸点で被告人Bの公判供述と整合し
ない。」(弁論要旨308ないし311頁)
 しかしながら,①,②,③については,もともと甲女の記憶自体が明確でない部分であ
り,しかも,本件の争点との関連性も乏しい比較的些細な事柄であり,甲女の記憶に残
らなかったとしても不自然とはいえない。のみならず,②については,被告人Bの供述に
よれば,Eが浴室でGと口論したのは犯行当日の夕方ころであったというのであり,甲女
の供述によると,甲女は犯行当日の夜はマンションBに居たが,いつマンションBに来た
のかは不明であるというのであるから,EがGと口論したのは犯行当日甲女がマンション
Bに来る前の出来事であったために,甲女がこれを認識しなかったと考える余地もある。
④,⑤については,そもそも甲女は,E事件については,犯行に関与したわけではなく,
事件の詳細な経緯や共謀状況等を認識し得る立場には置かれていなかったのであるか
ら,それらの点に関し甲女が明確に供述し得ないとしても不合理ではない。それらの点
についての甲女の供述には曖昧さはあるものの,被告人Bの供述と矛盾しているとまで
はいえない。⑥については,被告人Bの供述とは食い違っている。しかし,被告人Bらが
Eの殺害を遂げた後の状況に関する事柄であり,被告人B及び甲女の各供述の信用性
に与える影響の程度は小さい。⑦については,被告人BらがEを殺害した後,甲女が被
告人Aと共に洗面所付近に現れたという趣旨では,被告人Bの供述と一致しているとい
える。⑧については,甲女の供述は,曖昧さはあるものの,被告人Bが,被告人Aに対
し,洗面所又は台所で,E殺害の報告をし,甲女は台所でそれを聞いたというのであり,
被告人Bの供述との食い違いは大きくない。
 以上のとおりであり,甲女の供述に曖昧な部分があり,あるいは被告人Bの供述内容
と必ずしも整合しない部分があるとしても,不合理とはいえない。かえって,甲女が,断
片的ではあるが,かなり特徴的な事実を一貫して明確に供述しており,かつその供述が
被告人Bの公判供述と符合している点は注目される。
 8 被告人A弁護人は,「被告人B及びDがEに対し固有の殺意を抱く動機が存在し
た。」旨主張する(弁論要旨311・312頁)。
 被告人Bが,Eを通じて自己の所在や過去に犯した重大犯罪が発覚するのではない
かと恐れていたことは否定できない。しかしながら,そうであるからといって,被告人Bが
被告人Aの意図によらず,被告人Bの一存でEの殺害を企て実行することができるよう
な状況になかったことは,前記第4の1で述べたとおりである。また,Dについても,被告
人Aの意思によらず,Eの殺害を企て実行することができるような状況になかったことは
被告人Bと同様であった上,たとえ,Eとの夫婦関係に亀裂が入り,修復困難な事情が
生じていたとしても,離婚するというのであればともかく,Eを殺害しなければならないほ
どの状況にあったとは到底認められないから,被告人A弁護人の主張は採用できない。
 9 被告人A弁護人がE事件に関し主張するその他の点について検討してみても,前
記第4のE事件に関する争点に対する判断は左右されない。
第7部 D事件
第1 検察官,被告人A弁護人及び被告人B弁護人の各主張並びに争点
 1 検察官
被告人両名には,Dの生命を保護すべき作為義務違反及び殺意が認められるから,
不作為による殺人罪(不真正不作為犯)が成立する。
 被告人両名は,Dの自由を制約して,同人を支配下に置き,同人に対し,十分な食事
を与えず,栄養失調の状態に陥れ,身体への通電等の暴行,虐待を繰り返したことによ
り,平成10年4月8日ころには,同人を,極度の飢餓状態で,自ら立ち上がることもでき
ず,飲食物もことごとく嘔吐するなど,生命への現実的危険性のある激しい衰弱状態に
陥らせた。
 したがって,被告人両名には,同日ころには,直ちにDに医師の適切な治療を受けさ
せて同人の生命を保護すべき作為義務があった。
 ところが,被告人両名は,その後も,Dに医師の適切な治療を受けさせることなく,浴
室内に放置して衰弱するに任せ,同人を極度の飢餓状態に基づく胃腸管障害による腹
膜炎により死亡させて殺害した。
 被告人両名の平成10年4月8日ころからの不作為(作為義務違反)は,Dの生命への
現実的危険性のある行為であるから,不作為による殺人の実行行為に当たる。また,被
告人両名には,Dに対する殺意(確定的殺意)があった。
 2 被告人A弁護人
Dが死亡したことは認めるが,被告人両名には,Dの生命を保護すべき作為義務があ
ったとはいえないから,殺人罪(不真正不作為犯)は成立せず,無罪である。
 被告人Aが,Dの自由を制約するなどしてDを支配下に置いたことはない。
 被告人Aが,Dに生存に必要な食事を十分に与えなかったことはなく,Dを栄養失調状
態に陥れたことはない。
 Dは,平成10年4月13日ころ,突然激しい嘔吐を繰り返し,その日のうちに死亡した。
 被告人AはDを通電したことはあるが,平成10年1月中旬ころまでの間,週に1回から
十日に1回程度行ったに過ぎず,また,そのような通電とDが衰弱状態に陥ったことや死
亡したこととの間に因果関係はない。
 3 被告人B弁護人
殺人罪の成立は争わないが,被告人Bは被告人Aの意向に逆らってまでDに救命措
置を講じることは極めて困難であった。死因やその機序については明確でない。
 4 争 点
 D事件の主な争点は,特に被告人Aに関するものであるが,次のとおりである。
 (1) Dの死因及び死亡の機序,因果関係
 (2)殺人の実行行為性(不真正不作為犯の成否)
 (3)殺意の有無及び内容
 (4)共謀の有無及び内容
第2 D事件の事件の概要,証拠構造,被告人B,甲女及び被告人Aの各
公判供述並びにそれらの信用性の検討
 1 D事件の概要
 Dは平成10年4月13日ころマンションAの浴室で死亡したこと,被告人B及びGはDの
死体をマンションAの浴室等で解体して処分したことについては,被告人A,被告人B及
び甲女の各公判供述が一致しており,これらの事実が明らかに認められる。
 2 D事件の証拠構造
 (1) D事件の具体的な経緯や犯行状況等を認定し得る有力な証拠は,Dがマンション
Aで同居するようになってから死亡するまでの経過やDの死亡当時の状況等を直接見
聞きしていた被告人A,被告人B及び甲女の各公判供述に限られており,他に客観的証
拠は殆ど存在しない。
 (2) 被告人A,被告人B及び甲女の各公判供述の内容を見ると,被告人Bは,「被告
人両名は,DをマンションAで同居させて意のままに従わせ,十分な食事を与えず,身体
への通電を繰り返すなどの暴行,虐待を繰り返して衰弱させた。Dは平成10年4月8日
ころから激しい嘔吐を繰り返し,起き上がることもできないほど衰弱した状態となったが,
被告人両名はDをそのまま浴室内に放置して死亡させた。」旨供述し,甲女も,曖昧で
断片的ではあるが,概ね被告人Bの供述に沿う供述をしている。他方,被告人Aは,D
事件への被告人Aの関与はもちろん,そもそもD事件の事件性そのものを否認してい
る。
 (3) そこで,まず,D事件の具体的な経緯や犯行状況等を認定し得る有力な証拠であ
る被告人B及び甲女の各公判供述の信用性を検討し,次に,被告人Aの公判供述の信
用性を検討する。
 3 被告人B及び甲女の各公判供述の要旨
 (1) 被告人Bの公判供述の要旨
 被告人Bは,公判廷において,D事件の経緯,犯行状況及び犯行後の状況等につい
て,次のとおり供述している(被告人B8,26ないし29,33,42ないし44,46,47,6
3回等)。
 ア 被告人AがDに負い目を負わせ弱みを握ったこと
 (ア) 「Dが文書偽造罪を犯した。」などと申し向けたこと
 Dは,Bが被告人Aの要求に応じるために平成9年8月29日に農協から3000万円を
借り入れるに当たり,連帯保証人になった際,文書に当時の戸籍や住民票とは異なる
住所を間違えて記載したことがあったが,平成9年9月になってから,そのことを気にし
て被告人Aに尋ねた際,被告人Aは,Dに対し,「文書偽造罪に当たるから,Dは犯罪者
になる。」と何度も申し向け,Dが文書偽造の罪を犯したとして,Dを脅すようなことを口
にした。Dは,それについて被告人Aに何も反論しなかったが,それが表沙汰になったら
困ると考えていた様子だった。
 (イ) DにマンションAの浴室のタイルの貼替作業をさせ,A事件の罪証隠滅工作に加
担したと思わせたこと
 被告人Aは,平成9年11月からBが死亡する前までの間に,Dに対し,「浴室のタイル
が浮いてきたので貼り替えてくれ。」と指示し,DにマンションAの浴室のタイルを貼り替
えさせた。Dは,そのころまでには,被告人BがマンションAの浴室でAを死亡させたこと
を知っていた。被告人Aは,かねて,「Aの死体解体作業をマンションAの浴室の床のタ
イルの上で行ったので,タイルの目地等に血液がしみ込んだ。その後に何度も掃除等を
行ったが,そのためにタイルが浮いてきた。証拠隠滅のために,いつかタイルを貼り替え
なければならない。」と常々言っていたので,DにA事件の証拠隠滅に加担したとの負い
目を負わせるために,タイルの貼り替え作業をさせたのではないかと思う。
 (ウ) Dに「Eの首を絞めて殺そうとした。」との上申書を作成させたこと
 被告人Aは,B一家と共にQホテルに泊まった際,予め,Eに対し,Dが怒ってEに暴力
を振るったり,被告人Aの悪口を言ったり,被告人Bを殺そうなどと話したりするように仕
向けるように指示した。被告人Aは,当日,Dらの部屋に盗聴器を仕掛けるとともに,G
に対しても内線電話の使い方を教えておいた。Dがホテル内でEに対し暴力を振るった
際,Gが内線電話で被告人Aに連絡し,被告人AがDらの部屋に駆け付けた(以下,これ
を「Q事件」という。)。被告人AはDがEの首を絞めるなどした場面を実際には見ておら
ず,Gからその様子を聞いたに過ぎないが,被告人Aは,このような出来事があったこと
を理由として,平成9年11月27日,Dに,「DがEの首を絞めてEを殺害しようとした。」と
の上申書を作成させた。被告人Aは,その後,Dに対し,Q事件を理由として,脅すような
言葉を申し向けたり,通電したりしたこともあった。
 イ Dに対する暴行,虐待
 (ア) 被告人Aは,Dに対しても,B一家の他の者と同様に,身体各部への通電を繰り返
すなどの暴行や,外出,姿勢,所持品,衣類,食事,排泄,就寝等の生活・行動全般に
わたって過酷な制約を課するなどの虐待を加えた。Dは,このような暴行や虐待を受け
ても,抵抗したり不平不満を口にしたりすることは全くなかった。
 (イ) 通電
 被告人Aは,遅くとも平成9年秋ころから,ささいな理由でDに通電した。被告人Aは,
平成10年の正月ころ,被告人BとEに指示して,Dの陰部に通電させたことが四,五回
あった。被告人BやEは,Dに対し,手加減をせず,被告人Aが指示した回数の通電をし
た。Dの陰部は通電によって水膨れになった。Dに対する通電は,E殺害後の平成10年
2月下旬ころから特にひどくなった。
 (ウ) 食事制限
 被告人Aは,平成9年11月ころから,Dに対しては,一日1回,マヨネーズを塗った6枚
切りの食パン6枚と水だけを与えた(被告人B28回4ないし19項)。食事の際は七,八分
の制限時間を課し,時間内に食べ切れない場合は制裁として通電した。被告人Aは,平
成9年11月ころから平成10年3月下旬ころまでの間,Dに対し,食パンに代えて,菓子
パン,コンビニ弁当,出前のラーメン,電子レンジで温める式の白米に卵を掛けたものを
与えたことが何回かあった。
 ウ 死体解体作業時の生活状況
 (ア) Dは,B,C及びEの各死体解体の際,体力的にも精神的にも特に過酷な作業で
ある死体の切断作業の殆どを行った。
 (イ) Dは,死体解体作業中,睡眠時間が更に少なくなり,特に死体の切断作業中は殆
ど眠ることができなかった。
 (ウ) 被告人Aは,B,C及びEの各死体解体の際,Dに対し,缶入りのクッキーを一日2
0枚くらい食べさせた。これは,解体した死体の骨を詰めるためにクッキー缶が必要だっ
たので,缶入りのクッキーを購入し,その中味のクッキーを解体作業中の食事としたもの
である。被告人Aは,解体作業中は特に急いで食べるように指示し,被告人BやGがクッ
キーをDの口に運んで,5分間くらいで食べさせた。クッキーがなくなると,カロリーメイト
一,二箱分を与えた。
 (エ) 被告人Aは,Bの死体解体の際はDに通電しなかったが,C及びEの各死体解体
の際は,「自分(被告人A)は巻き添えになって迷惑だから,早く終わらせてください。」な
どとしきりに言い,解体作業中のDに対し,作業が遅いなどとして,腕に何度か通電し
た。被告人Aは,死体解体作業中,Dに対し,クリップをガムテープで左腕の二の腕に巻
き付けて取り付け,電気コードを首に巻き付けたままの状態で死体解体作業に従事さ
せ,Dに通電したことがあった(甲542写真4ないし7)。
 エ 平成10年3月下旬ころDに現れていた症状等
 被告人両名は,平成10年3月下旬ころ,D,G及びFを伴い,生活の拠点をマンション
BからマンションAに移した。Dがそのころから下痢や嘔吐を繰り返すようになったので,
被告人AはDをマンションAの浴室内で生活させた。そのころDに現れていた症状等は次
のようなものである。
 (ア) 嘔吐
Dは3月下旬ころから嘔吐を繰り返すようになった。Dはひどいときには一日に10回く
らい嘔吐した。被告人AはDにトイレを使用させなかったため,DはマンションAの浴室内
でスーパーのビニール袋の中に吐いており,被告人Bがそれをトイレに捨てていた。被
告人Aは,そのころから,Dに与える食パンを6枚から4枚に減らした。被告人Aは,Dが
食パンを食べ切れないと,制裁として通電したが,Dが嘔吐を繰り返すようになり,体調
の悪化が目立ってくると,Dが食パンを食べ切れなくても通電しなくなった。
 (イ) 下痢
 Dは3月下旬ころからひどい下痢をするようになった。Dは一日に10回くらいあるいは
それ以上下痢をした。Dはトイレの使用を制限されていたので,下痢の際たびたび大便
を漏らして下着を汚した。そのため,被告人Aは,Dに下着を捨てさせ,大人用おむつを
穿かせた。おむつが汚れると,被告人Aは被告人BとGに指示しておむつを交換させた。
被告人Aは,被告人Bに指示して,二,三回,Dにおむつの中の大便を食べさせたことが
ある。被告人Aは,Dが下痢をしておむつを汚した際,被告人Bに指示して,Dがおむつ
に漏らした大便をトイレットペーパーでくるみ,Dの口に入れ,水と一緒に流し込ませた。
被告人Aは,Dが下痢をしておむつを汚した際,「おむつがもったいない。」と言って,Dに
通電したことが数回ある。
 (ウ) 痩せ 
 Dは,3月下旬ころには,げっそりと痩せ細り,顔は頬が落ち,目は落ちくぼみ,皮膚は
かさかさし,足の肉が落ちて膝が異常に大きく見えた。
 (エ) 痒疹
 痒疹は見られなかった。
 (オ) 身体のむくみ
 Dの足はむくみ,太股とふくらはぎが殆ど同じくらいの太さに見えた。
 (カ) 腹痛
 Dが腹痛を訴えたので,被告人AがDに何かの薬を与えたことがあった(被告人B28
回270・271項,46回308項)。
 (キ) Dは,3月下旬ころ,被告人Aの指示で車を移動させるために駐車場に行ったと
き,駐車場で歩けなくなった。Dは,車を移動させて帰って来たが,被告人Aに対し,「き
ついのでちょっと横にならせてもらえませんか。」などと言った。Dがそのような弱音を吐
くことは,それまでにはなかった。被告人Bは,Dの態度を見て,「何弱音吐いているんだ
ろうな。」と腹立たしく思った。
 (ク) 被告人両名は,このようなDの体調の悪化を認識していたが,Dの待遇を改善す
ることはなかった。
 オ 被告人両名がDの運転する車で中津へ行った日及びDが死亡した日の特定
 (ア) Dは,平成10年4月7日又は8日ころ,マンションAと大分県中津市内を車で往復
した。その日を特定した根拠は,被告人Bが湯布院に行ったのが前年の4月7日又は8
日であり,ちょうどその1年後だったと記憶しており,Dが死亡してからもそのことを何度
も思い返して確認したからである。
 (イ) Dが死亡した日は,被告人両名がDの運転する車で中津へ行った日から五,六日
くらい経った後である。
 (ウ) Dが死亡した日は4月13日である。その根拠は,被告人Bが,①Dが死亡したの
は4月13日だと漠然と記憶していること,②Dが死亡した日である4月13日は4と13が
重なるので良くないと思い,被告人Bの心の中では,Dの命日を中津に行った翌日で花
祭りの日である4月8日にしようと決めていたことである。
 カ 平成10年4月7日ころ被告人両名がDの運転する車でマンションAと中津を往復し
たときの状況
 (ア) 平成10年4月7日ころ,Dの嘔吐や下痢は,3月下旬ころに比べて頻度が少なく
なっていた。被告人Aは,4月7日ころ,当時被告人Aが交際していたvと会うために,D
に車を運転させて中津市内まで赴くことにした。
 (イ) 被告人Aは,中津市内へ出発するに当たり,Dに対し,「大丈夫か。」と尋ねたとこ
ろ,Dは「大丈夫です。」と答えた。被告人Aは,Dが無精髭を伸ばしているのを見て,人
目に付きやすいとして,Dに指示して髭を剃らせた。被告人Bはその際Dに付き添ってい
たが,Dは洗面台にもたれるようにして髭を剃っていたので,Dに車を運転させて本当に
大丈夫なのかと思った。被告人Aは被告人Bと次男を同行させた。
 (ウ) 被告人Aらは,午後7時ころマンションAを出発し,2時間くらい掛けてDの運転す
る車で中津市内まで行った。被告人Aは,午後9時ころ,vと会うためJR中津駅付近で車
を降りたが,Dと被告人Bに対し,「U」店で食事をして待つように指示した。
 (エ) Dは,「U」店で,被告人Aに指示されたとおり,親子丼かカツ丼と小さいうどんのセ
ットを注文した。Dは,特に体調が悪そうな様子はなく,注文した食事を残さず食べた。D
は,食事の途中でトイレに立ったが,被告人BはそのときのDの足取りが覚束ないと思っ
た。被告人Bは,Dがなかなかトイレから戻らないので,身体の具合が悪く吐いているの
ではないかと思い,トイレの前まで行き,「大丈夫ですか。」と声を掛けると,Dは「大丈夫
です。」と答えた。その後,被告人Aから電話があり,「もう少し食べていていい。」と言わ
れたので,Dはメンチカツを追加注文し,残さず食べた。被告人BとDは,食事を終えた
後も「U」店に居たところ,被告人Aから電話があり,店を出て駐車場で待っているように
指示された。被告人BとDは駐車場で被告人Aと待ち合わせ,中津市内から2時間くらい
掛けてマンションAに帰って来た。被告人Bは,その間,Dの体調不良を感じなかった
が,正常な状態だとは決して思わなかった。
 キ 被告人両名及びDが中津から帰って来てから翌日8日ころまでの状況
 (ア) Dは,マンションAに到着すると,浴室でGと一緒に寝た。Dは,スウェットを着て,
掛け物を何も与えられず,洗い場に敷かれたプラスチック製すのこの上で寝た。
 (イ) 翌朝,被告人Bが,浴室を覗くと,Dは,身体を丸めて寝ており,Gが,被告人Bに
対し,「お父さんが昨夜吐きました。」と言って,嘔吐物の入ったスーパーのビニール袋を
二,三袋差し出した。ビニール袋には半分より少ないくらいの嘔吐物が入っていた。Dは
顔と上半身を少し持ち上げただけで,起き上がることはなかった。Dは,被告人Aや被告
人Bから「寝ていい。」と言われたとき以外は立っているように指示されており,その日以
前被告人Bが浴室を覗いたときにDが横になっていたことはなかった。被告人Bは,よほ
ど具合が悪いのかと思い,Dに対し,「大丈夫ね。」と声を掛けたところ,Dは何も答え
ず,Gが,「昨夜のうちにこれだけたくさん吐きました。ずっと吐いてるんです。ずっと様子
が変なんです。」と言った。
 (ウ) 被告人Bが被告人AにDが吐いたことを報告すると,被告人Aは浴室に来て,Gに
Dの様子を尋ねた。被告人Aは,被告人Bに対し,「昨日U店で一体何を食べたんだ。」と
尋ね,被告人BがDが前日にとった食事を説明すると,被告人Aは,「具合が悪いときに
欲張って油ものなんか食べるから,こんなふうに具合が悪くなるんだ。」と言った。
 (エ) 被告人Aは,被告人Bに指示して,Dに一日3回胃薬のサクロン1袋ずつを与えさ
せた。Dはサクロンを飲んだが,30分くらいすると吐いた。被告人Aはその日はDに食べ
物を与えず,Gに対し,浴室に置いていたペットボトル入りの水道水をDに飲ませるよう
に指示したが,Dは水を飲んでも30分くらいで吐いた。
 (オ) 被告人Bも,前日,「U」店でDと同じような食事をしたが,身体の具合が悪くなった
ことはなかった。
 ク 4月9日ころの状況
 Dは前日と同じように浴室で横臥していた。被告人Bは,Dに対し,一日3回1袋ずつサ
クロンを与えたが,Dはいずれも30分くらいすると吐いた。被告人Bは,Dがサクロンを
飲んで吐く都度被告人Aにその旨報告したところ,被告人Aは,「サクロンには吐き気を
誘導する作用があるから,それで吐いているのかもしれない。」などと言った。被告人A
はDに与える食パンの枚数を4枚から2枚に減らした。被告人Bは,被告人Aの指示を受
けて,Dに対し,一日1回マヨネーズを塗った食パン2枚を与えた。Dは食パンを食べた
が,しばらくすると吐いた。被告人Bはこのことも被告人Aに報告した。被告人Aは,通
常,このような場合食べ物を粗末にしたとして通電等の制裁を加えたが,そのときはDに
対して制裁を加えなかった。Dは,浴室内に置いたペットボトル入りの水道水を飲んだ
が,これも吐いた。Dは一日中何度も嘔吐を繰り返した。
 ケ 4月10日ころの状況
Dの状態は前日よりも悪くなった。被告人Bは,Dに対し,一日3回1袋ずつサクロンを
与えたが,いずれもしばらくすると吐いた。Dがサクロンを飲んでから吐くまでの時間が
前日よりも短くなった。Dは,吐くときも上半身を起こさなくなった。被告人Bは,被告人A
の指示を受けて何回か浴室に行き,Dの様子を自分で見たりGから聞いたりして,被告
人Aに報告した。被告人Aが,「そんなに吐くんだったら,もったいないからもう薬は飲ま
せなくていい。」と言ったので,サクロンを与えなくなり,その後はDに対し手当らしいこと
は何もしなくなった。被告人Aは,被告人Bに指示して,Dに与える食パンの枚数を1枚
に減らした。Dは食パンを一旦は飲み込んだが,すぐに吐いた。Dは水を飲んでもすぐに
吐いた。
 コ 4月11日ころの状況
Dの状態は更に悪くなった。被告人BがDに食パン1枚を与えても,Dは,「もう食べら
れないので結構です。」と弱々しく言って断った。被告人Bは被告人AにこのようなDの様
子を報告した。被告人Aは,食事を断れば怒るのが通常だったのに,そのときは怒ら
ず,Dに対し,「本当に食べられないんですか。」などと尋ね,Dが「はい。」と答えると,被
告人Bに対し,「無理して食べさせない方がいいだろう。」と言った。被告人Aは,Gに対
し,浴室内に置いていた水だけは飲ませるように指示したが,Gは,「水を飲んでもすぐ
に吐いてしまう。」と言った。
 サ 4月12日ころの状況
 Dの状態は更に悪くなった。被告人両名はDに対し食べ物や薬を与えなくなった。被告
人AはリポビタンDを与えたが,Dはこれを飲んでもすぐに吐いた。水を飲んでもすぐに
吐いた。
 シ 4月8日ころから4月12日ころまでのDの状態の推移(まとめ)
 (ア) 嘔吐
 Dが食パン等を食べてから吐くまでの間隔は,4月8日ころは30分くらいだったが,そ
の後だんだん短くなっていき,遅くとも11日ころからは,飲み込んですぐ吐くようになっ
た。Dは,4月8日には激しく吐いた。その後は8日ころほどの激しさはなくなったが,嘔
吐を繰り返した。Dは,死亡日が近付いたころには,嘔吐するときも上半身を起こすこと
なく,横臥したまま顔だけを上げ,Gが口に近づけたビニール袋に吐いた。いくら吐いて
も,吐き気が収まらない様子だった。吐く物がなくなってからも,何度も弱々しく吐き気を
催して苦しんでいた。被告人Aは,この様子を見て,「吐きたいと言ってるけど嘘ではな
いか。」と言った。嘔吐物に血が混じっているなどの異常は見られなかった。
 (イ) Dは下痢をし,4月8日ころから死亡するまでおむつをした。
 (ウ) 死亡直前ころのDは,Aの平成8年1月上旬ころの状態と比べても,かなり痩せて
おり,手足はAよりも細かった。
 (エ) 被告人Bは嘔吐物や便の状態を被告人Aに報告したが,被告人Aが自分でDの
嘔吐物や便を見たことはなかった。
 ス Dが4月13日に死亡した状況
(ア) 被告人Aは,Dに対し,栄養ドリンク剤オールPのアンプル一,二本を与え,その
後,ビールの500ミリリットル缶を与えた。被告人Bは,Gから,「オールPを吐かずに全
部飲んだ。」と聞いた。被告人Aは,被告人Bに対し,「水やリポビタンDは吐くのに,オー
ルPは吐かんのやけんな。」と揶揄するように言った。被告人Aは,洗面所から空のビー
ル缶を持って出て来て,被告人Bに,「ビールも飲んだぞ。」と言った。
 (イ) 被告人Bは,Dにビールを飲ませてから1時間か1時間30分くらい経ってから,浴
室にDの様子を見に行った。被告人Bが浴室ドアを開けると,Gが,「お父さんが死んだ
みたいです。」と,無表情のまま小声で言った。Dは,浴室入口ドア付近で,足を窓側に
向け,身体の左側を下にして横臥し,身体を丸めて腹を抱えるような姿勢で動かなくなっ
ていた。Dは腹が痛かったのでそのような姿勢をしたのだと思う。Dは穏やかで眠ったよ
うな表情をしていた。Dがビール等を吐いた様子はなかった。
 (ウ) 被告人Bは,被告人Aに対し,「Dさんが死んだみたいです。」と報告した。被告人
Aは,被告人Bと一緒に浴室に行き,Gに対し,Dが死亡したときの様子を尋ねた。Gは,
「30分くらい前,気が付くと息をしていませんでした。」と答えた。被告人Aは,和室に戻
ると,被告人Bに対し,「オールPがいかんやったかな。でもビールも飲んだから,これで
本望だろう。」と言った。
 セ Dの死体解体状況
 被告人BはDが死亡した当日死体解体作業を開始したが,死体解体状況は概ね前記
第2部第3のとおりである。Dの死体は肌がかさかさしており,鎖骨や肋骨が浮き出てい
た。死体を開腹すると,少し緑がかった粘着性のある黒いタールのような液体が腹部全
体に広がり,腐敗臭のような重い臭いがした。死体にこのような特徴が見られたのはD
だけだった。被告人Aは,死体解体作業に従事した被告人BとGに対し,「急げ。電気を
通すぞ。」と言って,作業を急がせた。
 ソ Dが死亡する可能性の認識等
 (ア) Dの症状は,一進一退を繰り返しており,4月7日ころには一旦は下痢も嘔吐も収
まったように見えた。被告人Bは,同月8日の時点では,Dは中津市内に行ったとき消化
の悪い油っこいものを食べたので具合が悪くなったのだと思い,Dの状態をさほど深刻
には考えなかったが,同月9日ころには,Dが死亡する危険を漠然と感じるようになり,
同月10日,11日ころになると,Dを病院に連れて行かないでそのまま放置すれば,必
ず死亡すると確信した。被告人Aも,遅くともDが食事を受け付けなくなった4月11日時
点では,Dの死を意識していたのではないかと思う。
 (イ) 被告人両名は,Dを病院に連れて行くべきだった。マンションAの近くには歩いて
二,三分の距離にV病院があったので,被告人両名はDを病院に連れて行くのは容易で
あり,救急車を呼ぶこともできた。
 (ウ) 被告人Bは,B,C及びEらに対する犯罪が発覚することを恐れ,Dを病院に連れ
て行くこと自体を考えず,Dが死亡しても仕方がないと思った。結局,被告人両名はDを
病院に連れて行かなかった。
 (エ) Dが自分で病院に行くことは,①自力でV病院へ行くことができないほど衰弱して
いたこと,②玄関ドアのドアチェーンに南京錠が取り付けられ施錠されていたのでマンシ
ョンAから出られなかったこと,③被告人両名に無断で電話機を使うことは禁じられてい
たことからして,不可能であった。
 (2) 甲女の公判供述の要旨(甲女38,41,44回等)
 ア 時期は覚えていないが,Dは,被告人Aの指示で,マンションAの浴室の床のタイ
ルを貼り替える作業を行った。被告人Aは,「タイルの目地に小さな穴が開いていて,そ
の部分が乾きにくくなっている。死亡したAやB,C,Eらの血液が入っているかもしれな
い。」などと言って,Dに指示して,浴室の床のタイルを貼り替えさせた。被告人B,甲女
及びGもその作業を手伝った。甲女は,Dが剥がしたタイルに付着したコンクリートをドラ
イバーで削り取る作業をした。
 イ Dの状態
 (ア) Dは,死亡するころになると,甲女が最初会ったころよりひどく痩せていた。
 (イ) Dが腹を痛そうにしていたことがあるかどうかは分からない。
 (ウ) Dが外出したとき歩けなくなったことがある。甲女が被告人Aと和室に居たとき,D
と一緒に外出していたGから被告人Aの携帯電話にその旨連絡があった。そのとき,被
告人Aは,Dに対し,「胸が苦しいだと。歩けないだと。」などと言い返した。
 ウ Dが死亡する前後の状況
 (ア) Dが死亡する前日ころ車を運転して外出したことはない。
 (イ) Dは,死亡する前ころ,浴室に居て,激しい嘔吐を繰り返した。Dは浴室内の排水
口に顔を近づけて何回も吐いた。嘔吐物は緑色をしており,サクロンの臭いがした。D
は,死ぬ前の1週間くらいの間何回も嘔吐を繰り返した。
 (ウ) 被告人Aは,Dの死亡直前ころ,甲女も居合わせた和室で,独り言のように,「Dさ
んはもう死んどるんやないか。」,「Dさんはもう死ぬんやないか。」などと言った。
 (エ) Dが死亡する前,被告人Aが,浴室にDの様子を見に行き,洗面所から,甲女に
対し,「ビールを持って来てくれんね。」と言ったので,甲女はビールを用意して被告人A
に渡したことがある。甲女は,Dがそのときビールを飲んだかどうかは見ていない。被告
人Aは,Dが死亡した後,「死ぬと思ったけ,最後にビールを飲ませてやった。」と言っ
た。
 (オ) Dが死亡したとき,被告人Aは,洗面所で,浴室にいたGに対し,「もう死んどうや
んね。何で早く呼ばんのね。」と言って怒った。甲女は,これを聞いて,Dが死亡したこと
を知った。
 4 被告人B及び甲女の各公判供述の信用性の検討
 (1) 被告人Bの公判供述の信用性の検討
 ア 被告人Bは,DがマンションAで同居するようになってから死亡するに至るまでの経
緯,被告人両名のDに対する暴行,虐待,Dに現れた諸症状及びその推移,Dに対する
被告人両名の対応並びにDの死亡前後の経過・状況等について,具体的で詳細な供述
をしている。その供述内容は,生々しく迫真性に富んでおり,印象深い特異な事柄も多く
含まれており,被告人Bが単なる想像によって架空の事柄を述べているとは到底考えら
れない。
 イ Dが大分県中津市内に行ってから死亡するまでの経過並びにその間のDに現れた
諸症状及びその推移等は,被告人Bが進んで供述しなければ明らかにされなかった事
実であり,しかも,被告人B自身にとっては不利益な内容の事実である。それにもかか
わらず,被告人Bはそれらを積極的に具体的かつ詳細に生々しく供述している。
 ウ 被告人Bの公判供述は捜査段階の供述と対比して一貫しており,変遷がない(乙
186ないし209,260ないし268,310ないし314,345)。
 エ 被告人Bの公判供述中,特に,DがマンションAに来るようになってから,被告人A
がまずDを立てて油断させ,次に負い目を負わせ弱みを握るなどして取り込み,意のま
まに従わせていった経緯,DのマンションAでの生活状況及びDが受けた通電等の暴行
や食事制限等の虐待の状況等に関する部分については,前記第3部第6で明らかにし
た被告人AとB一家との関係,更には,同第2の前提事実及び同第3の前提事実が指し
示す方向性と良く符合している。
 そして,平成10年3月下旬ころDに現れていた諸症状及びその推移,Dに対する被告
人両名の対応並びにDの死亡前後の状況等についての被告人Bの公判供述は,前記
第3部で明らかにしたB一家事件全体の前提となる背景事情のもとで,同第4部ないし
第6部で明らかにしたB事件,C事件及びE事件を経て,DがマンションAの浴室で死亡
し,その死体が解体処分されるという極めて異常で重大な事件がなぜ,どういう経緯で
起こったのかについて,詳細で説得力ある説明をなし得ている。
 オ 甲女の公判供述との整合性
被告人Bの公判供述は,甲女の公判供述に沿い,相互補強の関係にある。
 カ Dに現れた諸症状及びDが死亡するまでの経過等についての被告人Bの公判供
述は,Dが極端な食事制限等の虐待を受けていたという供述等に照らし,医学的観点か
らも合理的な説明が十分に可能である。
 キ したがって,被告人Bの公判供述は信用するに値するというべきである。
 (2) 甲女の公判供述の信用性の検討
 ア 甲女の公判供述は,断片的であり,曖昧な部分も多いが,甲女は,Dがマンション
Aに来始める以前からマンションAで生活し,被告人Aからささいな理由で通電を受け,
A,B,C及びEが身近で次々に死亡するという異常な事件に直面し,D事件当時には,
自分も殺されるのではないかとの不安があり,被告人Aの機嫌を損ねないことだけを考
えて行動していたというのである(甲女36回281ないし290項,47回411ないし416項
等)。甲女が,常に被告人Aの機嫌を窺い,被告人Aにおもねるような振る舞いをしてい
たこと,マンションAで同居していたB一家の悲惨な境遇等を見ても,どこか他人事のよ
うに冷淡で無関心な態度をとっていたことについては,被告人Bもその旨を供述している
ところである(被告人B56回373項,62回362項,63回365項,71回179項等)。そうする
と,甲女が当時マンションAの浴室で起居していたDの様子には関心を払わず,それを
注意深く観察することがなかったとしても無理はない(仮に,甲女がそれを試みても被告
人Aが許さなかったはずである。)。したがって,甲女がD事件の経緯やDの死亡前後の
状況等を詳細に供述し得ないとしても,そのことは甲女の公判供述の信用性を損なわな
い。
 イ 甲女の公判廷での供述態度を見ても,記憶のない事柄や記憶が明らかでない事
柄については,その旨を正直に述べて供述を控えたり,曖昧にはなっても記憶している
限度で供述するにとどめたりしており,推測や想像を交えて記憶のない部分を補うなど
していない。
 ウ 甲女は,捜査・公判段階を通じて供述を一貫させている。特に,Dが死亡する数日
前から激しい嘔吐を繰り返していたことについては,一貫して明確に供述し,捜査段階
において,被告人両名が黙秘を止めて供述し始めた後も,供述を変遷させていない(甲
525ないし527,529ないし531,687,689,694)。
 エ 甲女には,D事件につき殊更に被告人A又は被告人Bに利益又は不利益となるよ
うな虚偽供述をする理由は見当たらない。
 オ 被告人Bの公判供述との整合性
 甲女の公判供述の内容は,被告人Bの公判供述に沿い,相互補強の関係にある。
 カ 以上によると,甲女の公判供述は信用するに値するということができる。
 5 被告人Aの公判供述の要旨
 被告人Aは,公判廷において,DのマンションAでの生活状況,Dが死亡するに至った
経緯及び死亡前後の状況等について,次のとおり供述している(被告人A8,50,53,
54回等)。
 (1) 被告人AはDの自由を制約するなどしてDを支配したことはない
 ア Dは平成9年6月ころからマンションAに来るようになったが,被告人AがDを呼び
付けたことはない。Dは,被告人Aとは高校時代からの知り合いであり,気心が知れてい
たので,被告人Aと飲酒してB一家に関する不満や愚痴を言うためにマンションAに通っ
ていた。
 イ Dは,被告人Aに対し,「『DがB家の養子になったら2反の田をD名義にする。』と
の約束があったのに履行されない。」と愚痴を言った。そこで,被告人Aは,Dの依頼を
受けて,B,C及びEとDとの間に入り,双方の要望を聞いて,B家の土地に関する念書
(甲254,255)を作成させた。また,Dは,B家が,Eが過去に妊娠して中絶したことをD
に隠していたことに立腹し,「B家はぐるになって自分を騙した。」と言った。これに対して
は,Eも,「家のために嫌々Dと結婚した。Dに愛情はない。」と言った。
 ウ DはマンションAでは自由に生活した。Dは,自由に外出しており,車で出掛けた
り,パチンコ店に行ったり,子供たちを連れて外食したりした。
 エ 被告人AがDに指示して勤務先を退職させたことはない。Dは,平成9年6月か7月
ころ,「もともとK農協に勤めていたが,Bから『農協は帰りが遅く農作業が手伝えないか
ら,農協を辞めろ。』と言われ,農協を辞めたくなかったのに,Bの意向で土地改良区に
転職させられた。」,「農協では若い仲間と一丸となり仕事ができたが,土地改良区は職
場が暗く,ストレスがたまる。Bの世話で入ったので何でも筒抜けになり息が詰まる。」,
「農協では終業時間をごまかして仕事の後パチンコに行くことができたが,土地改良区
では5時きっかりに終わるので,そのまま帰って農作業を手伝わなければならないの
で,パチンコにも行けない。」,「土地改良区を辞めたい。パチプロでもやっていけないこ
とはない。玉名で家族でささやかに暮らしたい。」などと不満を漏らしていた。Eも,Dと玉
名で住むことに賛成し,「うん,そうやね。私も玉名に住むことには賛成。そうしたい。」と
言い,玉名で歯科衛生士の仕事を見付けたいと言った。
 オ Dは,仕事を辞めた上,「Bが農協から3000万円を借金した上,一家で逃げた。」
などと近隣で噂されていたので,「みっともないから帰りたくない。」と言って,マンションA
での同居を続けた。
 カ Dに対する食事制限はなかった。Dは,平成9年10月か11月ころホテルを転々と
していたときは,コンビニ弁当等を主に食べた。Bの死体解体中は,クッキーだけではな
く,コンビニ弁当やカロリーメイトも食べた。平成10年1月ころからは,①6枚切りの食パ
ン6枚にマヨネーズかラードを塗ったものと牛乳300cc,②カップラーメンかマルタイラー
メン,③カップラーメンやマルタイラーメンとレンジで温める白米と生卵,④コンビニ弁当
のいずれかを食べた。Dは子供たちと一緒に外食することもあった。被告人AはB一家と
共に逃走生活を全うするため,B一家の健康状態には特に気を使った。
 キ 被告人Aは,DとEの陰部に通電したことがある。①被告人Aは,Dが,「Eの浮気,
中絶の元凶は陰部である。」と言い,Eが,「Dが無理矢理セックスを強要する。」と言っ
たので,平成9年11月終わりころ,DとEの陰部に通電した。EやDは納得して通電を受
けた。②Dは,Q事件についての上申書(甲261)を作成した後も,「Eとは別れる。」と言
った。そこで,BがDに機嫌を直してもらいたいと思い,B名義の墓地をD名義に替えた
が,Dは頑なに「Eと別れる。」と言い続けるので,Eが怒り出し,被告人Aと被告人Bも腹
を立て,Dの陰部に通電した。Dは,「電気を通すなら通してもいい。」と開き直って,陰部
への通電を受けた。③Dは,Cの死体解体後の平成10年1月終わりころにも,「俺はEと
別れて出て行く。」と言ったので,Eが「あんた,やっぱり土地とか財産が目当てだったの
か。」と文句を言い,被告人BもEを庇い,「横着だ。電気を通さなければいけない。」と言
い,被告人Aに対して同調を求めた。そこで,被告人Aが,「お前たちのことだからお前た
ちがすればいい。」と言うと,被告人BとEが台所でDを立たせて陰部に通電した。Dは逆
らうことなく陰部に通電を受けた。このときの通電が激しかったので,Dの陰部に水膨れ
ができた。
 (2) 被告人AはDに負い目を負わせて弱みを握るようなことはしていない
 ア 被告人AがDに対し「文書偽造罪を犯した。」と言ったことはない。Dは,Bが農協か
ら3000万円を借り入れる申込書類に記載するとき,「nの住所を書いてはいけない。住
民票や本籍はnの住所に移転しているが,実態は久留米の自宅に住んでいるから,nの
住所を書いては逆に大事になる。」,「実際に住んでいない住所に住民票を移すと,公正
証書原本不実記載になる。」,「契約書上の住所が,実際の住所と違っていたり間違って
記載されたりすることはよくあることで,農協も多目に見ている。」などと言い,あえて久
留米の自宅の住所を書いた。
 イ 被告人Aは,平成9年10月下旬ころか11月ころ,DにマンションAの浴室のタイル
を貼り替えてもらったことがある。被告人Aは,浴室のタイルが浮いてきたので,階下に
水が漏れないように,Dに頼んでタイルを貼り替えて修理してもらった。浴室のタイルは,
床の一部を貼り替えただけであり,剥がしたタイルを再び使用して貼り付けているので,
罪証隠滅の意味はない。
 ウ Q事件
 Dは,実際に上申書(甲261)記載のとおり,Eの首を絞めてEを殺そうとした。被告人
Aが仕組んでそのように仕向けたのではない。Dは,そのころ,Eが過去に中絶したこと
や浮気をしたこと,B一家がぐるになってDをだましていたことなどに怒っており,そのよ
うな背景のもとでQ事件が起きた。
 Dは,Q事件後もEに対し文句を言ったり叩いたりし,「好きだけど,こらえ切れないか
ら,Eと別れさせてくれ。」と言ったので,被告人Aは,Dに対し,「Eと別れたいと言うな
ら,Dも首を絞めたりしているので,まず謝ってからにしないといけない。」と言って,Q事
件についての上申書(甲261)を作成させた。
 (3) 平成10年3月下旬ころのDの状態
 アDが下痢や嘔吐をしたことはない。Dが腹痛を訴えたこともない。
 イ Dは,痩せてはいたが,げっそりと痩せたのではなく,スマートになった感じだった。
 ウ Dが駐車場で動けなくなったと聞いたことはない。
 (4) 被告人両名がDと共に中津に行ってからDが死亡するまでの経緯等
 ア 被告人Aは,Dが死亡する前日か前々日,当時被告人Aが交際していたvに会うた
めに,被告人B及び次男を連れて,Dが運転する車で大分県中津市内に行った。被告
人Aがvと会っている間,Dらは「U」店で飲食した。被告人Aは,3時間くらいvとデートし
た後,Dが運転する車でマンションAに帰ったが,その車中で,Dが「U」店でトンカツ又は
メンチカツとアイスクリームを食べたと聞いた。Dは,「一杯呼ばれて,満腹,満腹。」と言
った。
 イ 被告人Aは,マンションAに帰ると,Dと缶ビールを飲んだ。Dは350ミリリットル入り
の缶ビールを1本くらい飲んだ。
 ウ 被告人Aは,翌朝午前9時ころ目を覚ましてトイレに行くと,DとGが玄関付近に立
って話をしていたので,「まだ早いけん,寝ときいよ。」と声を掛けたところ,Dは,「はい,
分かりました。」と答えた。そのときDに異常は全く見られなかった。
 エ 被告人Aが,午後1時か2時ころ再び起きてトイレに行こうとすると,Dが台所と洗
面所の間を行き来して,台所の流し台に吐いていた。被告人Aは,Dに対し,「行ったり
来たりすると,ドタバタして下のおばちゃんに聞こえるから,ここにおりいよ。」と言って,D
を洗面所に居させ,布団を洗面所に運んだ。しかし,Dが洗面台で吐いたので,被告人
Aは,「汚い。向こうに行って吐きいよ。」と言って,スーパーのビニール袋をDに渡し,D
に布団,新聞及びビニール袋を持たせて浴室に入らせた。
 オ 被告人Aは,Dが「滝のように」吐いたので,Dに胃薬(太田胃散)を与えた。Dは太
田胃散を水と一緒に飲んだが,すぐに激しく吐いた。ソルマックを与えると,吐き気は少
し収まったが,Dは「おなかが痛い。」と訴えた。そこで,ブスコパンを与えると,腹痛は収
まった様子だったが,今度は,「頭が痛い。」と言った。被告人Aは,いい加減にしろと思
い,「二日酔いではないか。二日酔いならビールをやろう。」と,ビールを渡して飲むよう
に言ったが,Dは臭いをかぐと,「飲み切らんごとあるばい。」と言って飲まなかった。被
告人Bは,この様子を見て,「あれだけ食べて吐きよるんやけ,やっぱり飲み切らんとや
ろうね。」と言った。被告人Aは,Dに対し,「もう病院に行ったらどうね。」と言ったが,D
は,「もう大分よくなっとるけん,よかろう。行かんでいい。」とはっきり言った。Dは,「昨日
油ものを一杯食べたからだろう。」などと言っていた。被告人Aは,Gに対し,「お父さんが
また吐いたらいけないから,風呂場に入って,よく面倒を見てやりなさい。」と指示した。
 カ その後,被告人Aが北側和室で寝ていると,Gが「お父さんが息をしていない。」と
言うので,被告人Bを浴室に行かせたところ,被告人Bから,「Dさんが死んでいる。」と
の報告を受けた。被告人Aは,被告人Bの報告から,Dが完全に死んでいると思ったの
で,人工呼吸等をすることを考えなかった。
 キ Dは,被告人両名と共に車を運転して中津へ行った翌日に死亡した。Dは,死亡当
日に突然激しい嘔吐を繰り返し,その日のうちに死亡したのであり,死亡する何日か前
から嘔吐を繰り返していたことはない。被告人Aは,Dが死亡する直前まで,Dが死亡す
るとは思わなかった。Dが死亡当日なぜ突然激しく嘔吐したのか分からない。Dがなぜ
死亡したのかも分からない。
 6 被告人Aの公判供述の信用性の検討
(1) 被告人Aの公判供述の信用性には,次のような重大な疑問がある。
 ア Dが平成10年4月13日ころマンションAで死亡したこと自体は,被告人Aもこれを
認めており,証拠上明らかに認められる動かし難い事実であるところ,被告人Aは,「D
は死亡当日に突然激しい嘔吐を繰り返し,その日のうちに死亡した。その原因は全く分
からない。」などと供述するのみであり,Dが死亡した経緯や原因については,具体的で
合理的な説明をなし得ていない。被告人Aは,DがマンションAに来るようになり,やがて
マンションAに同居して死亡するに至るまでの間,マンションAでDと起居を共にし,ある
いは身近に接していたのだから,Dが死亡するという極めて重大で異常な事件が起きた
以上は,その経緯や原因となるべき事情を容易に知ることができたはずであり,合理的
で詳細な供述を期待することができる立場にある。しかるに,被告人Aの供述内容は,D
が死亡した経緯が極めて唐突で,余りにも不自然であり,死亡の原因となった事情も全
く窺い知ることができない。このように,被告人Aは,D事件の核心であるDの死亡の経
緯やその原因となるべき事情を合理的に説明し得ておらず,曖昧で不自然,不合理な
供述をするばかりであって,そのことは,被告人Aの公判供述の信用性を大きく失わせ
る。
 イ DのマンションAでの生活状況等についての被告人Aの公判供述は,それ自体とし
て明らかに不自然,不合理である上,前記第3部第6で明らかにした被告人AとB一家と
の関係とは整合せず,同第2の前提事実及び同第3の前提事実が指し示す方向性にも
明らかに反している。すなわち,Dは,マンションAでは被告人Aに全く逆らうことができ
ず,生活・行動全般にわたり自由を制約され,被告人Aの意のままに通電や食事制限を
始めとする常軌を逸した暴行,虐待を加えられていたと認められることは,前記第3部第
6で明らかにしたとおりであり,これに反する被告人Aの公判供述は信用することができ
ない。被告人Aは,公判供述中において,Dに極めて不十分な食事しか与えなかったこ
と,Dの陰部に何度か通電したことなど,Dに対する常軌を逸した凄惨な暴行,虐待を加
えたことを認めていながら,他方で,「Dの自由を制約し支配下に置いたことはない。」な
どと弁解しているのは,理解し難いことである。
 ウ 被告人Aの公判供述は,信用性が肯定される前記3(2)の甲女の公判供述に明ら
かに反している。
 (2) 以上のとおりであるから,被告人Aの公判供述は信用することができないといわざ
るを得ない。
第3 Dが死亡するに至った経緯,死亡前のDの状態及びその推移,Dが死
亡した状況並びに被告人両名の対応・言動等
被告人B及び甲女の各公判供述によれば,Dが死亡するに至った経緯,死亡前のDの
状態及びその推移,Dが死亡した状況並びに被告人両名の対応・言動等について,次
の事実が認められる。
 1 被告人AがDに負い目を負わせ弱みを握ったこと
 (1) 「Dが文書偽造罪を犯した。」などと申し向けたこと
 Dは,Bが被告人Aの要求に応じるために平成9年8月29日に農協から3000万円を
借り入れるに当たり,連帯保証人になった際,文書に当時の戸籍や住民票とは異なる
住所を記載した(甲128資料5の1枚目,甲223)。平成9年9月,被告人Aはそのことに
ついて,Dに対し,「文書偽造罪に当たるから,Dは犯罪者になる。」と何度も言った。
 (2) DにマンションAの浴室のタイルの貼替作業をさせ,A事件の罪証隠滅工作に加
担したと思わせたこと
 被告人Aは,平成9年11月からBが死亡する前までの間に,Dに対し,「浴室のタイル
が浮いてきたので貼り替えてくれ。」と指示し,DにマンションAの浴室のタイルを貼り替
えさせた。Dは,そのころまでには,被告人BがマンションAの浴室でAを死亡させたこと
を知っていた。被告人Aは,かねて,「Aの死体解体作業をマンションAの浴室の床のタ
イルの上で行ったので,タイルの目地等に血液がしみ込んだ。その後に何度も掃除等を
行ったが,そのためにタイルが浮いてきた。証拠隠滅のために,いつかタイルを貼り替え
なければならない。」と常々言っていた。
 (3) Dに「Eの首を絞めて殺そうとした。」との上申書を作成させたこと
 被告人Aは,B一家と共にQホテルに泊まった際,予め,Eに対し,Dが怒ってEに暴力
を振るったり,被告人Aの悪口を言ったり,被告人Bを殺そうなどと話したりするように仕
向けるように指示した。被告人Aは,当日,Dらの部屋に盗聴器を仕掛けるとともに,G
に対しても内線電話の使い方を教えておいた。Dがホテル内でEに対し暴力を振るった
際,Gが内線電話で被告人Aに連絡し,被告人AがDらの部屋に駆け付けた(「Q事
件」)。被告人Aは,DがEの首を絞めるなどした場面を実際には見ておらず,Gからその
様子を聞いたに過ぎないが,被告人Aは,このような出来事があったことを理由として,
平成9年11月27日,Dに,「DがEの首を絞めてEを殺害しようとした。」との上申書(別
紙7「念書等一覧表」番号13)を作成させた。被告人Aは,その後,Dに対し,Q事件を理
由として,脅すような言葉を申し向けたり,通電したりしたこともあった。
 2 被告人両名がDを支配したこと
Dは,遅くともマンションAで被告人両名と同居するようになった平成9年9月ころから
は,被告人両名によって行動の自由を著しく制約され,被告人両名に対しては全く逆らう
ことができず,その意のままに生活・行動のすべてを支配される状態に陥っていた。
 3 Dに対する暴行,虐待
 (1) 被告人Aは,Dに対し,B一家の他の者と同様に,身体各部への通電を繰り返す
などの暴行や,外出,姿勢,所持品,衣類,食事,排泄,就寝等の生活・行動全般にわ
たって過酷な制約を課するなどの虐待を加えた。その状況は前記第3部第5のとおりで
ある。Dは,このような暴行や虐待を受けても,抵抗したり不平不満を口にしたりすること
は全くなかった。
 (2) Dに対する通電と食事制限
 ア 通電
 被告人Aは,遅くとも平成9年秋ころから,ささいな理由でDに通電した。被告人Aは,
平成10年の正月ころ,被告人BとEに指示して,Dの陰部に通電させたことが四,五回
あった。被告人BやEは,Dに対し,手加減をせず,被告人Aが指示した回数の通電をし
た。Dの陰部は通電によって水膨れになった。Dに対する通電は,E殺害後の平成10年
2月下旬ころから特にひどくなった。
 イ 食事制限
 被告人Aは,平成9年11月ころから,Dに対しては,一日1回,マヨネーズを塗った6枚
切りの食パン6枚と水だけを与えた。食事の際は七,八分の制限時間を課し,時間内に
食べ切れない場合は制裁として通電した。被告人Aは,平成9年11月ころから平成10
年3月下旬ころまでの間,Dに対し,食パンに代えて,菓子パン,コンビニ弁当,出前の
ラーメン,電子レンジで温める式の白米に卵を掛けたものを与えたことが何回かあった。
 4 死体解体作業時の生活状況
 (1) Dは,B,C及びEの各死体解体の際,体力的にも精神的にも特に過酷な作業で
ある死体の切断作業の殆どを行った。
 (2) Dは,死体解体作業中,睡眠時間が更に少なくなり,特に死体の切断作業中は殆
ど眠ることができなかった。
 (3) 被告人Aは,B,C及びEの各死体解体の際,Dに対し,缶入りのクッキーを一日2
0枚くらい食べさせた。これは,解体した死体の骨を詰めるためにクッキー缶が必要だっ
たので,缶入りのクッキーを購入し,その中味のクッキーを解体作業中の食事としたもの
である。被告人Aは,解体作業中は特に急いで食べるように指示し,被告人BやGがクッ
キーをDの口に運んで,5分間くらいで食べさせた。クッキーがなくなると,カロリーメイト
一,二箱分を与えた。
 (4) 被告人Aは,Bの死体解体の際はDに通電しなかったが,C及びEの各死体解体
の際は,「自分(被告人A)は巻き添えになって迷惑だから,早く終わらせてください。」な
どとしきりに言い,解体作業中のDに対し,作業が遅いなどとして,腕に何度か通電し
た。被告人Aは,死体解体作業中,Dに対し,クリップをガムテープで左腕の二の腕に巻
き付けて取り付け,電気コードを首に巻き付けたままの状態で死体解体作業に従事さ
せ,Dに通電したことがあった(甲542写真4ないし7)。
 5 平成10年3月下旬ころDに現れていた症状等
 被告人両名は,平成10年3月下旬ころ,D,G及びFを伴い,生活の拠点をマンション
BからマンションAに移した。Dがそのころから下痢や嘔吐を繰り返すようになったので,
被告人AはDをマンションAの浴室内で生活させた。そのころDに現れていた症状等は次
のようなものである。
 (1) 嘔吐
Dは3月下旬ころから嘔吐を繰り返すようになった。Dはひどいときには一日に10回く
らい嘔吐した。被告人AはDにトイレを使用させなかったため,DはマンションAの浴室内
でスーパーのビニール袋の中に吐いており,被告人Bがそれをトイレに捨てていた。被
告人Aは,そのころから,Dに与える食パンを6枚から4枚に減らした。被告人Aは,Dが
食パンを食べ切れないと,制裁として通電したが,Dが嘔吐を繰り返すようになり,体調
の悪化が目立ってくると,Dが食パンを食べ切れなくても通電しなくなった。
 (2) 下痢
 Dは3月下旬ころからひどい下痢をするようになった。Dは一日に10回くらいあるいは
それ以上下痢をした。Dはトイレの使用を制限されていたので,下痢の際たびたび大便
を漏らして下着を汚した。そのため,被告人Aは,Dに下着を捨てさせ,大人用おむつを
穿かせた。おむつが汚れると,被告人Aは被告人BとGに指示しておむつを交換させた。
被告人Aは,被告人Bに指示して,二,三回,Dにおむつの中の大便を食べさせたことが
ある。被告人Aは,Dが下痢をしておむつを汚した際,被告人Bに指示して,Dがおむつ
に漏らした大便をトイレットペーパーでくるみ,Dの口に入れ,水と一緒に流し込ませた。
被告人Aは,Dが下痢をしておむつを汚した際,「おむつがもったいない。」と言って,Dに
通電したことが数回ある。
 (3) 痩せ 
 Dは,3月下旬ころには,げっそりと痩せ細り,顔は頬が落ち,目は落ちくぼみ,皮膚は
かさかさし,足の肉が落ちて膝が異常に大きく見えた。
 (4) 痒疹
 痒疹は見られなかった。
 (5) 身体のむくみ
 Dの足はむくみ,太股とふくらはぎが殆ど同じくらいの太さに見えた。
 (6) 腹痛
 Dが腹痛を訴えたので,被告人AがDに何かの薬を与えたことがあった(被告人B28
回270・271項,46回308項)。
 (7) Dは,3月下旬ころ,被告人Aの指示で車を移動させるために駐車場に行ったと
き,駐車場で歩けなくなった。Dは,車を移動させて帰って来たが,被告人Aに対し,「き
ついのでちょっと横にならせてもらえませんか。」などと言った。Dがそのような弱音を吐
くことは,それまでにはなかった。被告人Bは,Dの態度を見て,「何弱音吐いているんだ
ろうな。」と腹立たしく思った。
 (8) 被告人両名は,このようなDの体調の悪化を認識していたが,Dの待遇を改善す
ることはなかった。
 6 平成10年4月7日ころ被告人両名がDの運転する車でマンションAと中津市内を往
復したときの状況
 (1) 平成10年4月7日ころ,Dの嘔吐や下痢は,3月下旬ころに比べて頻度が少なくな
っていた。被告人Aは,4月7日ころ,当時被告人Aが交際していたvと会うために,Dに
車を運転させて中津市内まで赴くことにした。
 (2) 被告人Aは,中津市内へ出発するに当たり,Dに対し,「大丈夫か。」と尋ねたとこ
ろ,Dは「大丈夫です。」と答えた。被告人Aは,Dが無精髭を伸ばしているのを見て,人
目に付きやすいとして,Dに指示して髭を剃らせた。被告人Bはその際Dに付き添ってい
たが,Dは洗面台にもたれるようにして髭を剃っていた。被告人Aは被告人Bと次男を同
行させた。
 (3) 被告人Aらは,午後7時ころマンションAを出発し,2時間くらい掛けてDの運転す
る車で中津市内まで行った。被告人Aは,午後9時ころ,vと会うためJR中津駅付近で車
を降りたが,Dと被告人Bに対し,「U」店で食事をして待つように指示した。
 (4) Dは,「U」店で,被告人Aに指示されたとおり,親子丼かカツ丼と小さいうどんのセ
ットを注文した。Dは,特に体調が悪そうな様子はなく,注文した食事を残さず食べた。D
は,食事の途中でトイレに立ったが,そのときのDの足取りは傍で見て覚束ないもので
あった。被告人Bは,Dがなかなかトイレから戻らないので,身体の具合が悪く吐いてい
るのではないかと思い,トイレの前まで行き,「大丈夫ですか。」と声を掛けると,Dは「大
丈夫です。」と答えた。その後,被告人Aから電話があり,「もう少し食べていていい。」と
言われたので,Dはメンチカツを追加注文し,残さず食べた。被告人BとDは,食事を終
えた後も「U」店に居たところ,被告人Aから電話があり,店を出て駐車場で待っているよ
うに指示された。被告人BとDは駐車場で被告人Aと待ち合わせ,中津市内から2時間く
らい掛けてマンションAに帰って来た。
 7 中津市内からマンションAに帰って以降Dが死亡するに至るまでのDの状況
 (1) 平成10年4月8日ころのDの状況
 ア Dは,マンションAに到着すると,浴室でGと一緒に寝た。Dは,スウェットを着て,掛
け物を何も与えられず,洗い場に敷かれたプラスチック製すのこの上で寝た。
 イ 翌朝,被告人Bが,浴室を覗くと,Dは,身体を丸めて寝ており,Gが,被告人Bに
対し,「お父さんが昨夜吐きました。」と言って,嘔吐物の入ったスーパーのビニール袋を
二,三袋差し出した。ビニール袋には半分より少ないくらいの嘔吐物が入っていた。Dは
顔と上半身を少し持ち上げただけで,起き上がることはなかった。Dは,被告人Aや被告
人Bから「寝ていい。」と言われたとき以外は立っているように指示されており,その日以
前被告人Bが浴室を覗いたときにDが横になっていたことはなかった。被告人Bは,よほ
ど具合が悪いのかと思い,Dに対し,「大丈夫ね。」と声を掛けたところ,Dは何も答え
ず,Gが,「昨夜のうちにこれだけたくさん吐きました。ずっと吐いてるんです。ずっと様子
が変なんです。」と言った。
 ウ 被告人Bが被告人AにDが吐いたことを報告すると,被告人Aは浴室に来て,Gに
Dの様子を尋ねた。被告人Aは,被告人Bに対し,「昨日U店で一体何を食べたんだ。」と
尋ね,被告人BがDが前日にとった食事を説明すると,被告人Aは,「具合が悪いときに
欲張って油ものなんか食べるから,こんなふうに具合が悪くなるんだ。」と言った。
 エ 被告人Aは,被告人Bに指示して,Dに一日3回胃薬のサクロン1袋ずつを与えさ
せた。Dはサクロンを飲んだが,30分くらいすると吐いた。被告人Aはその日はDに食べ
物を与えず,Gに対し,浴室に置いていたペットボトル入りの水道水をDに飲ませるよう
に指示したが,Dは水を飲んでも30分くらいで吐いた。
 オ 被告人Bも,前日,「U」店でDと同じような食事をしたが,身体の具合が悪くなった
ことはなかった。
 (2) 4月9日ころのDの状況
 Dは前日と同じように浴室で横臥していた。被告人Bは,Dに対し,一日3回1袋ずつサ
クロンを与えたが,Dはいずれも30分くらいすると吐いた。被告人Bは,Dがサクロンを
飲んで吐く都度被告人Aにその旨報告したところ,被告人Aは,「サクロンには吐き気を
誘導する作用があるから,それで吐いているのかもしれない。」と言った。被告人AはD
に与える食パンの枚数を一日1回4枚から2枚に減らした。被告人Bは,被告人Aの指
示を受けて,Dに対し,一日1回マヨネーズを塗った食パン2枚を与えた。Dは食パンを
食べたが,しばらくすると吐いた。被告人Bはこのことも被告人Aに報告した。被告人A
は,通常,このような場合食べ物を粗末にしたとして通電等の制裁を加えたが,そのとき
はDに対して制裁を加えなかった。Dは,浴室内に置いたペットボトル入りの水道水を飲
んだが,これも吐いた。Dは一日中何度も嘔吐を繰り返した。
 (3) 4月10日ころのDの状況
Dの状態は前日よりも悪くなった。被告人Bは,Dに対し,一日3回1袋ずつサクロンを
与えたが,いずれもしばらくすると吐いた。Dがサクロンを飲んでから吐くまでの時間が
前日よりも短くなった。Dは,吐くときも上半身を起こさなくなった。被告人Bは,被告人A
の指示を受けて何回か浴室に行き,Dの様子を自分で見たりGから聞いたりして,被告
人Aに報告した。被告人Aが,「そんなに吐くんだったら,もったいないからもう薬は飲ま
せなくていい。」と言ったので,サクロンを与えなくなり,その後はDに対し手当らしいこと
は何もしなくなった。被告人Aは,被告人Bに指示して,Dに与える食パンの枚数を1枚
に減らした。Dは食パンを一旦は飲み込んだが,すぐに吐いた。Dは水を飲んでもすぐに
吐いた。
 (4) 4月11日ころのDの状況
Dの状態は更に悪くなった。被告人BがDに食パン1枚を与えても,Dは,「もう食べら
れないので結構です。」と弱々しく言って断った。被告人Bは被告人AにこのようなDの様
子を報告した。被告人Aは,食事を断れば怒るのが通常だったのに,そのときは怒ら
ず,Dに対し,「本当に食べられないんですか。」などと尋ね,Dが「はい。」と答えると,被
告人Bに対し,「無理して食べさせない方がいいだろう。」と言った。被告人Aは,Gに対
し,浴室内に置いていた水だけは飲ませるように指示したが,Gは,「水を飲んでもすぐ
に吐いてしまう。」と言った。
 (5) 4月12日ころのDの状況
 Dの状態は更に悪くなった。被告人両名はDに対し食べ物や薬を与えなくなった。被告
人AはリポビタンDを与えたが,Dはこれを飲んでもすぐに吐いた。水を飲んでもすぐに
吐いた。
 (6) 4月8日ころから4月12日ころまでのDの状態の推移(まとめ)
 ア 嘔吐
 Dが食パン等を食べてから吐くまでの時間は,4月8日ころは30分くらいだったが,そ
の後だんだん短くなっていき,遅くとも11日ころからは,飲み込んですぐ吐くようになっ
た。Dは,4月8日には激しく吐いた。その後は8日ころほどの激しさはなくなったが,嘔
吐を繰り返した。Dは,死亡日が近付いたころには,嘔吐するときも上半身を起こすこと
なく,横臥したまま顔だけを上げ,Gが口に近づけたビニール袋に吐いた。いくら吐いて
も,吐き気が収まらない様子だった。吐く物がなくなってからも,何度も弱々しく吐き気を
催して苦しんでいた。被告人Aは,この様子を見て,「吐きたいと言ってるけど嘘ではな
いか。」と言った。嘔吐物に血が混じっているなどの異常は見られなかった。
 イ Dは下痢をし,4月8日ころから死亡するまでおむつをした。
 ウ 死亡直前ころのDは,Aの平成8年1月上旬ころの状態と比べても,かなり痩せて
おり,手足はAよりも細かった。
 エ 被告人Bは嘔吐物や便の状態を被告人Aに報告したが,被告人Aが自分でDの嘔
吐物や便を見たことはなかった。
 (7) Dが4月13日に死亡した状況
ア 被告人Aは,Dに対し,栄養ドリンク剤オールPのアンプル一,二本を与え,その
後,ビールの500ミリリットル缶を与えた。被告人Bは,Gから,「オールPを吐かずに全
部飲んだ。」と聞いた。被告人Aは,被告人Bに対し,「水やリポビタンDは吐くのに,オー
ルPは吐かんのやけんな。」と揶揄するように言った。被告人Aは,洗面所から空のビー
ル缶を持って出て来て,被告人Bに,「ビールも飲んだぞ。」と言った。
 イ 被告人Bは,Dにビールを飲ませてから1時間か1時間30分くらい経ってから,浴
室にDの様子を見に行った。被告人Bが浴室ドアを開けると,Gが,「お父さんが死んだ
みたいです。」と,無表情のまま小声で言った。Dは,浴室入口ドア付近で,足を窓側に
向け,身体の左側を下にして横臥し,身体を丸めて腹を抱えるような姿勢で動かなくなっ
ていた。Dは穏やかで眠ったような表情をしていた。Dがビール等を吐いた様子はなかっ
た。
 ウ 被告人Bは,被告人Aに対し,「Dさんが死んだみたいです。」と報告した。被告人A
は,被告人Bと一緒に浴室に行き,Gに対し,Dが死亡したときの様子を尋ねた。Gは,
「30分くらい前,気が付くと息をしていませんでした。」と答えた。被告人Aは,和室に戻
ると,被告人Bに対し,「オールPがいかんやったかな。でもビールも飲んだから,これで
本望だろう。」と言った。甲女には,「死ぬと思ったけ,最後にビールを飲ませてやった。」
と言った。
 8 Dの死体解体状況
 被告人BはDが死亡した当日死体解体作業を開始したが,死体解体状況は概ね前記
第2部第3のとおりである。Dの死体は肌がかさかさしており,鎖骨や肋骨が浮き出てい
た。死体を開腹すると,少し緑がかった粘着性のある黒いタールのような液体が腹部全
体に広がり,腐敗臭のような臭いがした。死体にこのような特徴が見られたのはDだけ
だった。被告人Aは,死体解体作業に従事した被告人BとGに対し,「急げ。電気を通す
ぞ。」と言って,作業を急がせた。
 9 Dを病院に連れていかなかったこと及びその理由等
 (1) 被告人Bは,B,C及びEらに対する犯罪が発覚することを恐れ,Dを病院に連れ
て行くこと自体を考えず,Dが死亡しても仕方がないと思った。結局,被告人両名はDを
病院に連れて行かなかった。
 (2) Dが自分で病院に行くことは,①自力でV病院へ行くことができないほど衰弱して
いたこと,②玄関ドアのドアチェーンに南京錠が取り付けられ施錠されていたのでマンシ
ョンAから出られなかったこと,③被告人両名に無断で電話機を使うことは禁じられてい
たことからして,不可能であった。
第4 Dの健康状態,被告人両名がDに加えた食事制限の内容・程度及び
Dに現れた諸症状等 
 1 Dの体格等
 (1) Dは,平成7年9月21日当時,身長168.3センチメートル,体重66.9キログラ
ム(標準体重は62.3キログラム)であり,平成8年10月23日当時,身長168.2セン
チメートル,体重64.6キログラム(標準体重は62.2キログラム)であった(甲512,5
13,522写真13,523)。
 (2) Dは,平成9年6月ころは身長170センチメートルくらいで,がっちりした体格であ
り,外見上健康状態に異常は見られなかった(乙76)。
 2 Dの健康状態,病歴,病院の受診歴等
(1) マンションAに通い始める前
Dの過去の健康診断の結果及び病院の受診歴等(甲512ないし515)によると,平成
9年6月ころマンションAに通い始める前までのDの健康状態は概ね良好であったと認め
られる。Dには軽度の肝機能障害が見られるが,成人男性であれば時として見られる程
度のものであり,そのまま放置しても生命に関わるほどではなかった。
 (2) マンションAに通い始めた後
 Dは,マンションAに通い始めるようになってから,平成9年7月22日,23日,25日,2
8日,30日,31日,8月1日,5日,8日,9日,19日,20日,21日,25日,27日,28
日,W病院に通院して診察を受けている。Dは,同年7月22日,「食べると腹が痛い。吐
き気がする。食欲は普通にあるが,吐き気がし,全身に倦怠感がある。」などと訴え,胃
炎,食餌摂取不良による脱水症と診断され,ペンライブ(電解質と糖分を含む体液に近
い液体)の点滴を受けた。同月25日に採血した血液の検査の結果,肝機能に異常があ
り,中性脂肪が高いと認められ,飲酒によるアルコール性慢性肝炎(1か月以上多量に
飲酒し続け,4週間以上,身体がだるい,食欲がない,不眠が続くなどの症状が続く状
態)と診断された。Dは,通院の都度,点滴や肝機能を改善するための内服薬等の処方
を受け,医師に対しては,疲れがとれない原因につき「仕事が忙しいから。」と答えてお
り,点滴の際には5分も経たないうちにいびきをかいて眠った。7月30日からは,「倦怠
感はあるものの軽減した。」と言い,8月28日を最後に通院しなくなった(甲515)。
 以上によると,Dは,マンションAに通い始めた後,平成9年7月25日の血液検査の結
果によれば,軽度の肝機能障害があり,アルコール性の肝炎や脂肪肝に罹患していた
疑いがある。しかしながら,同年8月28日までの通院中は,軽度の倦怠感を訴えるのみ
で症状は全く進行しておらず,その後は飲酒しなければさほどの肝機能の悪化はなかっ
たと考えられる(甲501)。したがって,Dは,平成9年6月ころマンションAに通い始めた
後もしばらくの間は,生命に関わるような疾病には罹患していなかったと認められる。
 3 被告人両名がDに加えた食事制限の内容・程度等
 (1) 前記第3部第5のとおり,被告人両名は,Dに対し,身体各部への通電を繰り返す
などの暴行を加え,生活・行動の全般にわたり不条理で過酷な制約を課するなどの虐
待を行った。
 (2) 被告人両名は,Dの食事を極端に制限し,平成9年11月ころからは,一日1回,マ
ヨネーズを塗った食パン6枚と水だけを,七,八分の制限時間を課して与えた。また,被
告人両名は,Dを,B,C及びEの各死体解体作業に従事させ,肉体的にも精神的にも
過酷な死体の切断作業等を担当させ,その期間中は殆ど睡眠を取らせず,食事は一日
当たり直径3センチくらいのクッキー20枚を与えただけであった。
 (3) 前記(2)に基づき,Dの栄養摂取量を日本人の栄養所要量(年齢30ないし49歳男
性,生活活動強度Ⅰ。以下,これを「Dの栄養所要量」という。)と対比してみると,別紙8
「Dの食事(食パン6枚)の栄養量と栄養所要量との対比一覧表」及び同9「Dの食事(ク
ッキー20枚)の栄養量と栄養所要量との対比一覧表」のとおりである(甲657,658)。
それによると,エネルギー及びたんぱく質の摂取量はもとより,ビタミン,無機質の摂取
量を見ても,Dが健康を維持するための所要量を著しく下回っていることが明白である。
すなわち,Dは,被告人両名の課した極端な食事制限により,長期間にわたり,エネル
ギー並びにたんぱく質,ビタミン及び無機質等必要な栄養素がいずれも著しく欠乏した,
深刻な低栄養状態に陥っていたことは明らかである。
 4 Dに現れた諸症状及びその推移
 (1) Dの体格等の変化
 Dは,平成9年6月ころから平成10年3月下旬ころまでの約10か月間で急激に痩せ,
同年3月下旬ころには,げっそりと痩せ細り,頬はこけ,目は落ちくぼみ,皮膚はかさか
さし,手足は痩せ細り,膝の骨が大きく浮き出て見え,鎖骨や肋骨が浮き出て見えるよう
な状態であり,Aの平成8年1月上旬ころの状態よりもかなり痩せていた。
 (2) 平成10年3月下旬ころからDに現れた症状及びそのころから死亡に至るまでの経
過等(前記第3の5ないし7)
 Dは,平成10年3月下旬ころから,激しい下痢と嘔吐を一日に何回も繰り返すようにな
った。Dは,腹痛を訴えて,被告人Aから薬をもらったことや,外出時に一人で歩けなくな
り,身体の不調を訴え,「休ませて欲しい。」と言ったこともあった。その後,激しい下痢や
嘔吐は一旦は収まり,Dは,4月7日夜から翌8日未明にかけて,大分県中津市内まで,
片道約51ないし61キロメートルの距離を,1時間から1時間10分くらい掛けて車を運
転して行き(甲534),外出先で丼物やうどん,メンチカツ等を食べるなどした。4月8日
から再び激しく嘔吐を繰り返すようになり,同日から同月13日までの間,その容態を更
に悪化させた。同月9日からは自力で起き上がることができず,常に横臥した状態であ
り,食パンや水を一旦は飲み込んでも間もなく吐き出し,飲み込んでから吐くまでの時間
は次第に短くなっていき,同月11日からは食べ物を一切口にすることができず,吐き気
だけを催して苦しむような状態になった。同月13日,被告人Aから与えられたオールPと
缶ビール500ミリリットルを飲んだが,その30分から1時間後に死亡した。
 (3) Dに腹痛があったか否かについて
 ア Dは,平成10年3月下旬ころから,激しい嘔吐や下痢を繰り返していたから,Dに
はかなりの腹痛の症状があったことが窺われるのであるが,関係証拠を検討しても,D
が被告人両名に対し腹痛を含む身体の不調や苦痛を訴えた事実は殆ど認められない。
 イ 証人aは,腹膜炎と腹痛に関する医学的知見について,公判廷で次のとおり供述し
ている(a58回293ないし301項)。
 腹膜炎の初発症状として激しい腹痛が見られるのが一般である。もっとも,どれくらい
の割合でどの程度の腹痛が生じるかは一概に言えない。Dが腹痛を訴えなかったとして
も,Dが腹膜炎を発症していたこととは矛盾しない。その理由は次のとおりである。①痛
みの神経の伝達経路の異常による。エネルギーの不足等から神経伝達経路に異常が
生じ,腹膜炎を発症しても痛みが脳へ伝達されず,激しい痛みを感じないことがある。②
腹膜自体の反応不全による。栄養障害の結果,免疫機能が低下し,腹腔で炎症が起き
ても,腹膜自体が痛み刺激を感受する能力が低下することがある。③既に胃腸管障害
があり,慢性的に軽度の腹痛,嘔吐,下痢等を繰り返していた場合,腹膜炎を発症して
痛みが生じても,激しい痛みとして認識しないことがある(「鈍痛」すなわち,「何となく腹
が重い。」等と認識する。)。Dの場合は,①ないし③のいずれかであるか,あるいは,そ
れらが複合したと考えられるが,いずれかは特定できない。
 ウ しかしながら,次の各事情に照らすと,Dは,何度も腹痛を感じてはいたが,これを
被告人両名に訴えると,「弱音を吐くな。」などと言われ,通電等の制裁の理由にされる
おそれがあるため,被告人両名に対してはそれを訴えることはせず,独りで黙って耐え
ていた可能性がむしろ高い。
 (ア) Dが平成10年3月下旬ころ腹痛を訴え,被告人AがDに薬を与えたことがあった
(前記第3の5)。なお,被告人Aも,Dが腹痛を訴えたことがあった旨を供述している(被
告人A51回420ないし421項,乙72)。
 (イ) Dは,マンションAでは被告人両名が許さない限り立ったままの姿勢を取り続けな
ければならなかったにもかかわらず,平成10年4月8日ころからは浴室内で横臥し,腹
を庇うように,身体を丸めた姿勢でおり,被告人両名もそれを黙認していたと見られる。
Dは,死亡したときも身体を丸め両腕で腹を抱えるような姿勢をしていた。(前記第3の
7)
 (4) Dの死体の状態(前記第3の8)
 被告人Bは死亡当日からDの死体解体作業を開始したが,Dの死体は,肋骨や鎖骨
がくっきりと浮き出るほどに痩せており,開腹すると少し緑がかった粘着性のある黒いタ
ールのような液体が腹腔内に広がり,腐敗臭のような臭いを放った。
第5 D事件に関する争点に対する判断
 1 Dの死因及び死亡の機序,因果関係
 (1) a作成の鑑定書(甲501)並びに同人の公判供述(a58,60回)及び検察官調書
(甲502ないし504。被告人Aにつき不同意部分を除く。)(以下,これらを総合して便宜
「a鑑定2」という。)の内容
 aは,捜査機関の嘱託を受け,被告人Bの警察官調書3通(乙260ないし262。その
内容は被告人Bの検察官調書及び公判供述と殆ど同旨である。)等を鑑定資料とし,D
の死因やDが死亡に至った機序等について鑑定し,さらに,公判廷で,それを補充する
詳細な説明をした。それらの要旨は次のとおりである。
 ア 鑑定資料上の所見
 鑑定資料に基づき,平成9年11月ころから平成10年4月13日ころまでのDの食事内
容,身体の状態の変化及び死体解体時の状況等を見ると,①Dは平成9年11月ころか
ら平成10年4月8日ころまでの約5か月間,一日1回,マヨネーズを塗った食パン6枚
(同年3月下旬ころからは4枚)を食べ,3度にわたる死体解体の各期間中(それぞれ10
日から20日間くらい)は,一日1回,クッキー20枚くらいを食べたこと,②その間,痩せ
が進行し,遅くとも3月下旬ころには異常に痩せ細ったこと,③3月下旬ころには両足に
腫脹が見られたこと,④3月下旬ころから下痢,嘔吐を繰り返したこと,⑤4月7日ころ,
一度に大量の食物を摂取し,その後嘔吐を繰り返し衰弱していき,同月13日ころ死亡し
たこと,⑥死体の腹腔内にはタール様のどす黒い緑がかった液体が溜まっており,独特
の腐敗臭がしたこと,以上の諸点が指摘される。
 イ 考察
 (ア) Dは高度の飢餓状態にあったこと
 前記アの所見を総合すると,Dは平成9年11月ころから平成10年4月8日ころまでの
約5か月間,著しい低栄養状態に置かれたため,同年4月8日ころには極めて高度の飢
餓状態にあり,そのため急激に痩せ細ったと考えられる。
 (イ) 下痢,嘔吐の原因,機序
 Dが平成10年3月下旬から激しい下痢,嘔吐を繰り返した原因,機序は,次のような
ものだったと考えられる。
 a 高度の飢餓状態による免疫力の低下により胃腸管に炎症を起こした(下痢,嘔
吐)。また,Dにはアルコール性肝炎や脂肪肝があったと疑われるが,極度の飢餓状態
によって肝機能障害が進行し胃腸管障害を生じた。
 b エネルギー又は栄養素が不足した。
 (a) 飢餓状態のもとでエネルギー又はエネルギーを産生するために必要なビタミンが
不足し,胃腸管で栄養分や水分を十分に吸収することができなくなった(下痢)。
 (b) 電解質が不足して血液中の電解質濃度が低くなり,浸透圧のバランスが悪化し,
腸管から水分が十分に吸収されなくなった(下痢)。
 (c) エネルギーが不足し,胃腸管の消化吸収機能,食物運搬機能が十分に働かなく
なり,胃腸管に食物がたまって反射的に嘔吐をするようになった(嘔吐)。 
 (ウ) Dは平成10年3月下旬ころ胃腸管障害を患っていたこと
 Dは,遅くとも平成10年3月下旬ころには,高度の飢餓状態の継続により,胃や十二
指腸のびらん,腸炎等の胃腸管障害を患っており,その後も,通電や虐待を受け,その
強いストレスによって,自律神経系のバランスを崩し,胃腸管障害を更に悪化させてい
たと考えられる。
 (エ) Dの死因は胃腸管障害による腹膜炎と考えるのが妥当であること
 a 高度の飢餓状態が継続し,胃腸管が食物を消化吸収し運搬するために必要なエネ
ルギーや栄養素が不足すると,胃腸管の食物運搬機能,消化吸収機能が著しく低下
し,腸管が細く薄くもろくなる。Dの胃腸管は,平成10年4月7日ころにはそのような状態
に陥っていたと考えられる。Dが同日ころ一度に大量の食物を摂取したことにより,腸管
が破れて穿孔を生じ,あるいは腸管内で固形物が固まり腸閉塞や腸重積を生じ,引き
続きDは腹膜炎を併発して死亡したと考えられる。Dが平成10年4月8日ころから激しい
嘔吐を繰り返して衰弱していき,同月13日ころ死亡したという経過は,Dが腹膜炎を発
症して死亡した経過と見て特に矛盾しない。
 b 健常者の場合,食物を摂取すると,食物は胃には食後四,五時間とどまり,十二指
腸,空腸に達するには食後五,六時間掛かる。Dが「U」店で食事をしてから嘔吐するま
で数時間が経過しているので,食物は腸まで達していたと考えられるが,食物が腸管の
どの辺りまで達し,どこに穿孔や閉塞を生じたかは分からない。あるいは,Dは,胃腸管
障害によって胃腸管のぜん動運動により食物を運搬する能力が低下していたので,食
物が胃に長くとどまり,胃壁に穿孔を生じたとも考えられる。胃腸管に穿孔が生じると,
胃腸管から漏れた内容物が腹膜を刺激して嘔吐反射を起こす。腸まで到達した食物を
吐くこともある。また,Dがたとえ平成10年4月7日に大量の食物を摂取しなかったとし
ても,同日ころの症状から考えて,いずれは胃腸管に前記のような障害が進行し,腹膜
炎を併発させて死に至ったと考えられる。
 c 死体解体時,Dの死体の腹腔内にタール様のどす黒く緑がかった腐敗臭のする液
体があったのは,緑膿菌等の腐敗菌による腹膜炎を生じた結果と見ても矛盾しない。
 ウ 鑑定
 Dの死因は,高度の飢餓状態に基づく胃腸管障害による腹膜炎であったと考えるのが
妥当である。
 (2) a鑑定2の信用性
 a鑑定2は,被告人Bの警察官調書を鑑定資料とし,Dの死因,死亡の機序を推論し,
鑑定を導いたものである。a鑑定2が前提とした事実(鑑定資料の所見)は,前記第3の
認定事実と同旨であり,推論の過程及びその結果たる鑑定も十分に合理的で納得し得
るものである。
 したがって,a鑑定2の信用性は高いというべきである。
 (3) Dの死因及び死亡の機序
 a鑑定2によれば,Dの死因は,高度の飢餓状態に基づく胃腸管障害による腹膜炎で
あったと強く推認される。
 そして,a鑑定2を除いては,被告人Bの公判供述によって認められる,Dに現れた諸
症状及びその推移並びに,Dが死亡するに至った経過等について,すべて合理的に説
明することができる他の死因,死亡の機序を具体的に想定することはできない。前記第
4のとおり,Dは,被告人両名との同居生活を始める前には,平成10年4月13日ころ死
亡する原因となり得るような重篤な疾患に罹患していたことを窺わせる事情は全く認め
られない。すなわち,同年3月下旬ころDの身体に現れていた諸症状は,いずれも,Dが
被告人両名と同居し,平成9年11月ころから過酷な食事制限を受けるようになってから
生じたものであるから,Dの死因はこの過酷な食事制限を抜きにしては考え難い。
 そうすると,Dの死因及び死亡の機序は,a鑑定2のとおり,高度の飢餓状態に基づく
胃腸管障害による腹膜炎であったと合理的疑いを超えて認定することができる。
 (4) 因果関係 
 後記2のとおり,被告人両名には,平成10年4月8日ころには,高度の飢餓状態に基
づく胃腸管障害を発症し,更に腹膜炎を併発し,あるいはその危険がある状態に陥って
いて生命の危険があったDに対し,医師による適切な治療を受けさせて,Dの生命を保
護すべき作為義務が生じていたと解されるところ,前記第3のとおり,被告人両名が上
記作為義務に違反したことは明らかである。a鑑定2によれば,Dは,平成10年4月8日
ころ医師による適切な治療を受けていれば,救命できた可能性が十分あったことが認め
られるから,被告人両名の上記作為義務違反とDの死亡との間には因果関係が認めら
れる。
 2 殺人の実行行為性(不真正不作為犯の成否)
(1) 作為義務の有無
 ア 作為義務の認定に積極に働く事情
 (ア) Dは平成10年4月8日ころ高度の飢餓状態に基づく胃腸管障害により生命の危険
が切迫していたこと
 前記1のとおり,Dは,平成10年4月8日ころには,高度の飢餓状態に基づく胃腸管障
害を発症し,更に腹膜炎を併発し,あるいはその危険がある状態に陥っていた。腹膜炎
は,腹膜(腹部内臓の表面及び腹壁の内面を覆う薄い漿膜)に発生する炎症性疾患で
あり(医学大辞典1824頁),腹膜炎を発症させたまま放置すると,①感染した細菌が全
身に回り,敗血症によって死亡する,又は②感染した細菌の毒が全身に回り,循環不全
(ショック状態)によってショック死する(甲502)。したがって,Dは,同日ころには,その
まま放置すれば死亡する可能性が高い危険な状態にあった。
 (イ) 被告人両名はDが医師による治療を要する状態にあることを認識していたこと 
 前記第3の5のとおり,Dは,平成10年3月下旬ころ,同人が高度の飢餓状態にあるこ
とを示す症状を顕著に呈していた。すなわち,げっそりと痩せ細り,顔は頬が落ち,目は
落ちくぼみ,皮膚はかさかさし,足の肉が落ちて膝が異常に大きく見えていた。のみなら
ず,Dは,激しい嘔吐,下痢を繰り返し,日によってはそれが一日10回,あるいはそれ
以上に及んだ。そのころ駐車場で歩けなくなったこともあった。嘔吐や下痢は一旦収まっ
たかに見えたが,平成10年4月7日ころ,被告人両名と車で大分県中津市内に遠出し
た際,「U」店で食事をし,マンションAに帰るや,再び激しい嘔吐に見舞われた。同月8
日以降,上記嘔吐が止まらず,食パンのみならず,水や胃薬さえ吐く状態で,マンション
Aの浴室に横臥したまま,自力では起き上がることもできず,同月11日ころには,食パ
ンを与えても断わるようになり,食事が取れない状態になった。
 被告人Bは,毎日浴室にDの様子を見に来て,上記のようなDの健康状態の悪化を逐
一認識しており,被告人Aにその都度報告していたから,被告人Aもそのことを認識して
いた。
 前記のようなDの諸症状及びその推移に照らすと,遅くとも同月8日ころ,Dが医師に
よる適切な治療を要する状態にあること,仮に医師による治療を受けなければ,人間の
生存に必要な栄養素が絶対的に不足し,死亡することは,誰の目にも明らかであったと
いうべきであり,被告人両名もそのことを認識していたと推認される。
 (ウ) Dの生命の危険は被告人両名による意図的で違法な先行行為によって生じたこと
 Dが高度の飢餓状態に基づく胃腸管障害による腹膜炎を発症し,生命の危険に陥っ
たのは,被告人両名が,Dに対し,長期間にわたり,過酷な食事制限を初め,激しい通
電,睡眠制限,排泄制限等の生活・行動全般にわたる理不尽で非人間的な虐待等の違
法な行為を意図的に繰り返した結果に他ならないことは明らかである。
 (エ) 被告人両名はDの自由を奪い,その生活・行動を意のままに支配していたこと
 被告人両名は,平成9年9月以降,Dを家族と共にマンションAに居住させ,自由を奪
い,その生活・行動を意のままに支配した。食事制限等の理不尽で非人間的な虐待を
加え続け,ささいな言動を咎めては,制裁として通電等の過酷な暴行を繰り返した。D
は,被告人両名に対し,何ら抵抗しなかったが,そもそも抵抗しようにもできない状態で
あった。Dが高度の飢餓状態に陥り,それに基づく胃腸管障害による腹膜炎を発症した
こと自体が,上記のように,Dが被告人両名に支配され,マヨネーズを塗った食パン数枚
程度の極めて粗末な食事しか与えられなかった結果なのであるが,Dは,被告人両名に
生活・行動のすべてを支配されていた結果,医師による治療を受ける機会さえ被告人両
名の手に握られていた。被告人両名は,Dから所持金,預金通帳,免許証等も取り上げ
ていた。玄関ドアのドアチェーンには南京錠が取り付けられ,施錠されていたから,被告
人両名が解錠してくれない限り,Dが玄関から外に出ることはできなかった。
 結局,被告人両名が許さない限り,Dは,医師による適切な治療を受けられない状態
に置かれていた。
 (オ) Dを保護することができるのは被告人両名のみであったこと
 仮に,被告人両名がDが病院に行くことを許したとしても,Dは平成10年4月8日ころ,
高度の飢餓状態に基づく胃腸管障害を発症し,更に腹膜炎を併発し,あるいはその危
険がある状態に陥っていたから,Dが自らの意思で外出して医師の治療を受けに行くこ
とは極めて困難だった。すなわち,Dは,同日ころからは,激しい嘔吐を繰り返し,食べ
物や水も殆ど摂取することができなくなり,横臥したまま自力で起き上がることもできな
いほど衰弱した状態であり,自らマンションAを出て医師の治療を受けに行くことは,も
はや不可能であり,救急車を手配することも極めて困難であった。被告人両名のほかに
は,Dの子であるG及びFと甲女がマンションAで生活していたが,同人らはいずれも年
少者で,Dと同様に被告人両名の支配下に置かれていたから,被告人両名が許さない
限り,これらの者の協力を得ることもできなかった。したがって,Dに医師の治療を受けさ
せるなどの必要な措置を講じてDの死亡の結果を回避し得る者は,被告人両名を除き
他に存在せず,被告人両名はまさにDの生殺与奪の権を握っていたのである。
 (カ) 被告人両名がDを保護することは可能かつ容易であったこと 
 被告人両名が,Dの死亡を回避するために同人に医師の治療を受けさせることは可
能かつ容易であった。内科及び循環器科を診療科目とする医療機関は,マンションAか
ら半径1キロメートル以内に27か所あり,重症患者に対応可能な救急医療機関は,北
九州市a区及びb区内に18か所ある。マンションAからそれらの救急医療機関までの距
離は約0.1ないし8.1キロメートル,車で行く場合の所要時間は約1分ないし9分であ
る。いずれも夜間当直医1名以上を置き,救急医療に備える体制をとっていた(甲516
ないし518)。また,a区内の救急隊配置消防署は3か所あり,それらの消防署からマン
ションAまでの距離は約0.6ないし4.6キロメートル,救急車到着までの所要時間は約
1分ないし5分であった。それらの消防署では,救急隊が24時間待機し,通報があれば
直ちに出動し,患者の容態に応じて救急設備・体制を備える現場から最も近い医療機関
に患者を搬送し得る体制をとっていた(甲516,517)。
 以上によれば,被告人両名が,重篤な状態に陥ったDに適切な治療を受けさせて救命
するため,自ら医療機関に連れて行き,あるいは,救急車を呼んで医療機関への搬送
を依頼するなどの行為(作為)をすることは,十分に可能かつ容易であったと認められ
る。
 (キ) 結果回避可能性
 前記1のとおり,Dは,高度の飢餓状態に基づく胃腸管障害による腹膜炎により死亡し
たと認められる。
 aは,「腹膜炎はかなり悪化してからでも救命は可能である。Dの場合,嘔吐が激しくな
ってから二,三日のうちに,開腹して腹腔内を洗浄したり,大量の抗生物質を投与したり
するなどの治療を施せば,十分に救命することができた。」旨証言している(a58回
46・47項,60回162項)。したがって,Dが激しく嘔吐を繰り返すなどの重篤な状態に陥っ
てから二,三日経過した時点(すなわち,平成10年4月9日か10日ころ)までの間に,
医師による適切な治療を受けさせれば,Dの救命は十分に可能であったと認められる。
 (ク) 被告人Bの作為義務について補足する。
 a 被告人BはDに対する支配及びDの生命の危険を生じさせた先行行為に深く関与し
たこと
 被告人Bは,被告人Aと共に警察の指名手配から逃走中の身であり,その後も重大犯
罪を重ねたため,警察による逮捕を免れたい一心から,被告人Aの指示に唯々諾々と
従い,被告人Aと共に,Dを被告人両名の支配下に置き,日常的に暴行,虐待を加え,
過酷な食事制限を行ってDを高度の飢餓状態に追い遣ったものである。すなわち,Dを
マンションAに同居させ,被告人A主導とはいえ,種々の手段を弄してDを被告人両名の
支配下に置いた。Q事件の上申書に自らも記載するなど,Dに負い目を負わせる行為に
も加担した。マンションAでは,被告人Aの指示をDに伝える役目やDの監視役を果た
し,被告人Aの指示を受けて,被告人Aと共に又は被告人Aに代わって,Dに対し,仮借
なく,通電等の凄惨な暴行や過酷な食事制限を初めとする生活・行動全般にわたる虐
待を,長期間にわたり日常的に繰り返した。被告人Bは,被告人Aの指示を受けて,Dに
対し,陰部をも含めた身体各部に通電した。また,被告人Aの指示を受けて,食パンに
マヨネーズを塗っただけの極めて粗末な食事を準備しDに与えた。このようにして,被告
人Bは,被告人Aと共にDを支配し,極めて粗末な食事しか与えず,Dを高度の飢餓状
態に追い遣り,その生命を危険な状態に陥らせた。Dに対する支配は,被告人A独りで
はなし得ず,被告人Aの指示を忠実に実行する被告人Bが存在して初めて可能になっ
たものであり,その意味で被告人Bが果たした役割は大きかったといえる。
 b 被告人BがDを保護する行為に出ることは可能であったこと
 被告人Bは,マンションAでDと同居して,浴室に閉じ込められたDの状態,すなわち,
高度の飢餓状態に陥り,胃腸管障害による腹膜炎を併発し,あるいはその危険がある
状態のDを毎日観察していた。そして,平成10年4月8日ころ,Dに医師による適切な治
療を受けさせる必要があることを認識でき,現に認識したのであるから,直ちに被告人A
にその旨を伝え,Dを病院に連れて行くように強く説得すべきであった。そして,被告人A
がその説得に応じないときは,あるいは最初から被告人Aに対する説得をしないのであ
れば,被告人Aの意思に背いてでも,自らの意思でDを病院に連れて行くか,救急車を
手配して病院への搬送を依頼すべきであった。被告人Bは,被告人Aの指示で,Dの所
持金等やマンションAの玄関ドアの南京錠の鍵を保管していたから,これらを事実上使
用することはできた。
 もっとも,被告人Bは,被告人Aに対し一段弱い立場にあり,被告人Aの怒りに触れる
ような言動をすれば,被告人Aによる通電等を受けかねない状況にあったことは,これま
で幾度も指摘したとおりである。しかしながら,被告人Aと共にDに暴行,虐待を加え続
け,それが原因でDの生命の危険を生じさせた以上は,その危険を除去するために,結
果発生防止に必要な行為を積極的に行うことが期待されるというべきであり,そのため
に共犯者に対する説得が必要であれば,それも積極的に行うべきであって,これらの要
請を軽く見ることはできず,漫然それらを怠った場合は,生じた結果全部に対し責任を免
れないのは当然である。
 したがって,被告人Bが被告人Aとの関係で上記のような弱い立場に置かれていたか
らといって,被告人BがDを保護する行為に出ないことが許容される余地はない。
 イ 作為義務の認定に消極に働く事情
 被告人両名に,Dを保護するための作為義務はなかったと認めるべき特段の事情は
認められない。被告人Bが,被告人Aとの関係で一段弱い立場にあったことが,上記作
為義務を否定すべき事情といえないことは,前記アのとおりである。
 ウ 結 論
 以上によると,被告人両名には,平成10年4月8日ころ,Dに対し医師による適切な治
療を受けさせてDの生命を保護すべき作為義務が生じたというべきである。
 (2) 被告人両名はDを保護する措置を全く講じなかったこと
 ア 被告人両名は,高度の飢餓状態に陥って生命の危険が生じていたDに対し,医師
による適切な治療を全く受けさせなかったばかりか,同人の待遇を改善したり,同人の
症状を改善させるための措置を講じたりすることもなく,DをマンションAの浴室内に放置
して衰弱するに任せ,死亡するに至らせた。被告人Bが,被告人Aに対し,Dを病院に連
れて行くように勧めたり,説得したりしたことは一度もなかった。
 イ もっとも,前記第3のとおり,被告人AはDに市販の胃薬であるサクロンや栄養ドリ
ンクを与えたが,既に重篤な状態に陥っていたDの救命のためには気休め程度の措置
としかいえず,死亡の危険を回避するために意味のある治療行為だったとは認められな
い。それどころか,腹膜炎の治療は,抗生物質を大量に投与したり,開腹して腹腔内を
洗浄したりするなどの高度の専門的医学的処置を必要とすること,腹膜炎は絶食させて
治療するのが一般であること,胃腸管に穿孔が生じている場合は,穿孔部分から食物
等が漏れ,腸閉塞,腸重積の場合は,その部分に食物等が詰まり,いずれの場合も腹
膜炎を更に悪化させることからすると,被告人AがDにサクロン,栄養ドリンクを飲ませた
行為は,かえってDの腹膜炎を更に悪化させるおそれのある有害な行為であったとさえ
いえる(a58回47ないし49項)。
 ウ 被告人両名は,Dが死亡すれば,自らの犯罪等の発覚防止のために好都合である
と期待したこと 
 Dは,警察の指名手配から逃走中の被告人両名の所在はもちろん,B,C及びEの各
事件や同人らの死体の解体等,被告人両名が警察に知られたくない重大な秘密を知っ
ていた。被告人Aは,D同様に被告人両名の重大な秘密を知っていたCやEを,同人ら
から警察に秘密が漏れるおそれがあるとして,被告人Bらに殺害させたほどであったか
ら,Dが病気で死亡すれば,秘密の漏洩を防ぐという観点からは,かえって好都合であ
ると期待したことを否定できない。
 したがって,被告人両名は,自らの意図的で違法な先行行為によりDが高度の飢餓状
態に陥り,それに基づく胃腸管障害により腹膜炎を併発し,あるいはその危険があり,
生命の危険が生じていることを利用して,Dを死亡するに至らせることを狙い,あえてD
を病院に連れて行かず,意図的に放置したことが推認される。
 (3) 結 論
 以上によれば,被告人両名がDに医師による適切な治療を受けさせなかったという作
為義務違反(不作為)は,作為による殺人の実行行為と同視できるだけの強い違法性が
あり,不作為による殺人(不真正不作為犯)の実行行為に当たるというべきである。
 3 殺意の有無
 (1) 殺意の認定に積極に働く事情
 ア 被告人両名の作為義務違反(不作為)はDを死に至らせる危険性が高い極めて有
害な行為であること
 Dは,平成10年4月8日ころから,激しい嘔吐を繰り返し,食べ物や水も殆ど摂取する
ことできず,横臥したまま自力で起き上がることもできなくなるなど,明らかに衰弱し重篤
な症状を外見上も顕著に呈していた。被告人Bは,毎日浴室にDの様子を見に来て上
記のようなDの健康状態の悪化を認識しており,被告人Aは,このようなDの状態につい
て,被告人Bから逐一報告を受けていた。被告人両名は,Dの生命が危険な状態に陥っ
ていること,Dに医師の適切な治療を受けさせなければDが死亡することを認識してい
た。被告人Aは,Dが,4月8日ころから,終始横臥したままの姿勢でいたり,被告人両名
の与えた食事を食べられなくなっても,そのことを理由にDに制裁を加えることはなかっ
たというのであり,このことからも,被告人Aは,Dが尋常ではない状態に陥っていたこと
を十分に認識していたことが窺われる。それにもかかわらず,被告人両名は,Dの死の
危険を回避するための措置を全く講じず,Dに医師の治療を受けさせなかったのみなら
ず,Dの生活状態を改善することすら一切せず,Dを浴室内に閉じ込めたまま放置した。
このような行為がDを死亡させる危険性の高い,極めて有害な行為であることは客観的
にも明白であり,このことは,被告人両名においても当然に認識していたといえる。
 イ 被告人両名にDを死亡させる積極的な動機が存在したこと
 被告人両名は,Dを病院に連れて行き,医師の診察を受けさせれば,Dの状態を不審
に思われ,被告人両名がDに暴行,虐待を加えたことはもとより,警察の指名手配から
逃走中である被告人両名の所在や,B,C及びEの殺害及び死体解体等,被告人両名
がそれまでに犯した重大犯罪が外部に漏れるかもしれないなどと恐れており,そのよう
な事態を避けるためには,Dを病院に連れて行かずそのまま放置するしかない,その結
果Dは死亡するだろうが,そうなっても構わないし,かえって逃走生活を全うするために
はDが死んでくれた方が好都合であると考えていたことが推認される。
 ウ Dの死亡直後の被告人両名の対応・言動,死体解体作業の指示等
 被告人両名は,Dの死亡という事実を知った際,Dの死亡が予想外の出来事だったと
すれば当然示すであろう態度,すなわち,驚愕,混乱,狼狽等の態度を全く示していな
い。人工呼吸等の蘇生措置も講じていない。むしろ,被告人Aは,甲女や被告人Bに対
し,「死ぬと思ったけ,最後にビールを飲ませてやった。」とか,「ビールも飲んだから,こ
れで本望だろう。」などと,Dの死亡を予期していたと見られるような言動をしている。そし
て,被告人Aは,Dが死亡した後,被告人BとGに指示して,直ちにDの死体解体作業に
着手させた上,被告人BとGに対し,「急げ。電気を通すぞ。」等と申し向け,死体解体作
業を急がせ,速やかに死体解体作業を遂げさせた。
 (2) 殺意の認定に消極に働く事情 
被告人両名に,殺意がなかったと認めるべき特段の事情は認められない。
 被告人Aは,Dに市販の胃薬であるサクロンや栄養ドリンクを与えたが,これらはDを
救命する上で有効な措置でなかったばかりでなく,かえって有害な行為であったことは,
前記2の(2)のとおりである。
 (3) 結 論
 以上によれば,被告人両名は,Dに医師による適切な治療を受けさせる作為義務に違
反したことにつき,Dに対する殺意(確定的殺意)があったことが優に認められる。
 4 共謀の有無及び内容
(1) 共謀の認定に積極に働く事情
 ア Dに生命の危険を生じさせた先行行為は,被告人A及び被告人Bによって行われ
たこと
 被告人Aは,種々の手段を弄して,Dを被告人両名の支配下に置き,Dに対し,自ら暴
行,虐待を行ったほか,被告人Bに指示して暴行,虐待を加えさせた。被告人Bは,被告
人Aの指示を受けて,Dを監視して自由を制約したり,Dから取り上げた所持金,免許証
等を預かって保管し,マンションAの玄関ドアのドアチェーンに掛けていた南京錠を管理
し,また,Dに対し仮借のない凄惨な通電等の暴行や過酷な食事制限を初めとする理不
尽で非人間的な虐待を加えた。被告人両名がDに対しこれらの行為を行ったのは,警察
の指名手配から逃走中の身である上,その後もいくつかの重大犯罪を重ねたため,何と
しても警察の逮捕を免れたいという共通の目的からであった。
 このようにして,被告人両名は,相互に協力し合い,Dを支配し,暴行,虐待を繰り返し
た結果,Dを高度の飢餓状態に追い遣り,Dの生命を危険な状態に陥らせた。
 イ 被告人両名にDを死亡させる積極的な動機が存在したこと
 被告人両名には,前記3(1)のとおり,Dを死亡させることにつき積極的な動機があっ
た。
 ウ 被告人両名は相互に相手方の意図を認識していたこと
 Dは,平成10年4月8日ころ,高度の飢餓状態が原因で胃腸管障害を発症し,更には
腹膜炎を併発し,あるいはその危険がある状態に陥っていて,生命の危険が生じてお
り,直ちに医師による適切な治療を受ける必要があった。被告人両名は,そのころDに
現れた激しい嘔吐や下痢,身体の衰弱等からして,直ちにDに医師による適切な治療を
受けさせる必要があること,医師による治療を受けさせなければ,Dは死亡することを認
識していた。被告人BはDの状況を毎日観察して,被告人Aに報告していたのであるか
ら,被告人両名は,Dを病院に連れて行く意思があれば,上記の機会にそのことについ
て話し合うことができた。しかるに,被告人両名がDを病院に連れて行くことを話し合った
形跡は全くない。マンションAにおける同居者に病人が出ても病院に連れて行くわけに
はいかないことは,A事件及びC事件の前例があり,特に後者はCを入院させるという意
見が出たのに被告人Aが許さなかった経緯があって,そのことが一層明白であった。こ
れらのことからすれば,被告人両名は,相互に,相手方が,Dを病院に連れて行く意思
はないこと,Dを病院に連れて行くことなく放置すればDは死亡するであろうが,そうなっ
ても構わないし,かえって被告人両名が逃走生活を全うするにはDが死んでくれた方が
好都合であると考えていることを認識していたことが推認される。
 エ 被告人両名はDを病院に連れて行かず,放置したこと
被告人両名は,マンションAの浴室に横臥し,自力では起き上がることもできないほど
衰弱したDを病院に連れて行くことなく,そのことを口にすることさえなく,そのまま放置し
た。Dを浴室から出して布団の上で寝かせるなど,Dの生活状態を改善する措置も一切
講じず,そのことを提案することさえなかった。
 オ 死体解体作業
 被告人Aは,Dが死亡するや,直ちに,被告人Bに対し,Dの死体を解体するように指
示し,その作業を急がせた。被告人Bは,被告人Aの指示を受けて,直ちにDの死体解
体作業に着手し,Gをも関与させて死体解体作業を手際よく完遂した。
 (2) 共謀の認定に消極に働く事情
被告人両名に共謀がなかったと認めるべき特段の事情は認められない。
 (3) 結 論
 以上によれば,被告人両名には,相互に相手方の不作為を利用し合い,補充し合っ
て,一体となってDの殺害を遂げることについて黙示的に意思の連絡があったこと,すな
わちD殺害の共謀が黙示的に成立していたことが優に推認される。
 5 結 論
以上のとおりであって,被告人両名は,共謀の上,殺意(確定的殺意)をもって,Dに医
師による適切な治療を受けさせてDの生命を保護すべき作為義務に違反してDを殺害し
たものであるから,これにつき被告人両名に殺人罪(不真正不作為犯)が成立する。
第6 D事件に関する被告人A弁護人の主張に対する判断
 1 被告人A弁護人は,「①マンションDで押収されたスロットマシン用のコインはDが持
ち込んだものであり,Dは何度かパチンコ店に出掛けていたこと,②Dは,平成10年1月
20日,自己名義の預金口座から現金を引き出し,送金をした残金14万6500円余りを
受け取ったほか,平成9年5月29日に50万円,同年8月28日に30万円,同年10月1
9日に18万9000円を,それぞれ自己名義の預金口座から引き出しており,自由に使
える金を有していたこと,③Dは,何度か車を運転して,マンションAと熊本県玉名市内
のアパートや福岡県久留米市内の自宅との間を行き来していたこと,④Dは,何度か北
九州市a区内の駐車場に出入りしていたこと,⑤Dは被告人両名の長男やFを連れてた
びたび外食していたことに見られるとおり,被告人両名がマンションAでDの外出や行動
の自由を制限したことはない。」旨主張する(弁論要旨314ないし317頁)。
 しかしながら,①については,前記第3部第8の7で述べたとおりであり,マンションDか
ら押収されたスロットマシン用のコインは,Dの所持品であったとしても,そのことは直ち
にDがマンションAで自由に外出できた根拠とはなり得ない。②については,関係証拠
(甲720,721等)によって認められるのは,D名義の預金口座から被告人A弁護人が
指摘するような預金の払戻しがなされたという事実だけであって,誰がどのような経緯で
上記払戻しを受けたのか,払戻しを受けた現金を誰がどのように使ったのかは全く不明
である。したがって,②の点から直ちにDが自己名義の預金口座から自由に払戻しを受
けたり,現金を所持してこれを自由に使うことができたりしたなどと結論付けることはでき
ない。③,④については,確かに,Dが,何度か車を運転して,マンションAと熊本県玉名
市内のアパートや福岡県久留米市内の自宅との間を行き来したり,また,北九州市a区
内の駐車場に出入りしたりしたことは認められる。しかしながら,③については,Dが玉
名市内のアパートや自宅に赴いた際も,殆ど親族や知人と顔を合わせることなく,隠密
裏に行動している。④については,Dは,深夜午前2時ころ,Gを連れて駐車場に来て,
数日間駐車し,一時間当たり300円の高額な駐車料金を支払っていたことが認められ
るが(甲197,198),Dが自己の自由な判断でこのような不経済な行動をとったとは考
えにくい。⑤については,被告人Aは公判廷でその旨供述する(被告人A51回277項等)
が,その供述を裏付ける証拠は全くない。
 2 被告人A弁護人は,「被告人Bの公判供述は,Dに課した食事制限につき,Dに菓
子パンを与えた時期,その種類,個数等についての供述が曖昧であり変遷している。」
旨主張する(弁論要旨317ないし321頁)。
 しかしながら,被告人Bは,捜査・公判段階を通じて,「Dが同居するようになってから
(特に平成9年11月ころからは),被告人両名がDに与えた食事は基本的に食パンだけ
だった。」旨一貫して明確に供述しており,菓子パンについては,「何回か与えたことが
ある。」程度であったというのであるから,被告人BがDに菓子パンを与えた時期,その
種類,個数等について明確に記憶しておらず,それについての供述に曖昧さや変遷が
あるとしても,不自然とはいえない。
 3 被告人A弁護人は,Dに与えた食パンの枚数についての被告人Bの供述につき,
次のような疑問点を指摘する。「①被告人Bは,Dに与えた食パンの枚数が8枚から6枚
に減らされたことやその経緯,理由等につき供述を変遷させている。すなわち,平成9年
11月ころからDに与えた食パンの枚数につき,捜査段階の当初は『8枚だった。』と供述
していたのに(乙260),その後の捜査段階(乙186)及び公判段階では,『8枚だったの
は最初の二,三回だけで,直ぐに6枚になった。』と供述している。②被告人Bは,『被告
人Aは,平成10年3月下旬ころ,Dに与える食パンの枚数を6枚から4枚に減らした。』と
供述するが,食パンの枚数を減らした理由やきっかけについては説明していない。被告
人Bは,Dに対する食事の量を更に減らす供述をしておかないと,Dが体調を悪化させ
て死亡したという経緯に照らし不自然だと考えたため,Dに与える食パンの枚数を減らし
たとの虚偽の供述を意図的に創作したものと考えられる。」旨主張する(弁論要旨321な
いし327頁)。
 しかしながら,①については,被告人Bは,Dの食事は平成9年11月ころから基本的
に食パン6枚であり,食事の際は7分間の時間制限を課された旨,捜査段階の初期に
作成された平成15年4月4日付け警察官調書(乙260)を除いては,捜査(同年6月5
日付け検察官調書・乙186)・公判段階を通じて一貫して供述しており,被告人A弁護人
主張の供述の変遷は,取調べにより記憶を喚起する過程で通常生じ得る範囲内のもの
と見られ,不合理なものとはいえない。②については,関係証拠(被告人B28回225項
等,乙261)によれば,被告人Bは,被告人AがDの食パンの枚数を平成10年3月下旬
ころ6枚から4枚に減らした経緯,理由について,Dがそのころ激しい下痢や嘔吐を繰り
返すようになり,食パン6枚を食べ切れなくなったためである旨説明していると理解され
るのであって,その説明に格別不自然な点はないから,被告人Bが被告人A弁護人主
張の理由で虚偽供述をしたとは認め難い。
 4 被告人A弁護人は,「被告人Bは,水を飲むことに対する制限についての供述を変
遷させている(乙260,265,189,被告人B27回266ないし269項等)。」旨主張する
(弁論要旨327ないし329頁)。
 しかしながら,被告人Bは,捜査・公判段階を通じて,供述を具体化させるなどしては
いるものの,「B一家は被告人Aの許可なく自由に水を飲むことができなかった。」との趣
旨の供述を一貫させており,その点につき供述の変遷はない。
 5 被告人A弁護人は,平成10年3月下旬ころから,マンションAと大分県中津市内を
往復する日までのDの状態等についての被告人Bの公判供述につき,次のような問題
点を指摘する。すなわち,「①Dが寝食の場所を浴室に移された経緯等についての供述
内容が整合しない。②『Dが一日に10回くらい下痢や嘔吐をしていた。』とする供述は具
体性が乏しい。③Dが激しい嘔吐を繰り返すなどすれば,被告人Aは食パンの枚数を削
減するどころか,絶食させるはずである。また,被告人AはDが激しい下痢をすれば『正
露丸』を服用させるはずであるが,被告人B供述にはその点の供述がない。④Dにおむ
つをさせた理由,時期等についての被告人Bの供述は曖昧であり,この点についての被
告人Bの供述は創作である。」(弁論要旨331ないし339頁)
 しかしながら,①については,些細な表現の違い等に過ぎず,供述が整合しないとは
いえない。②については,被告人Bは,Dが平成10年3月下旬ころ嘔吐や下痢を繰り返
していた状況につき,「Dは浴室でスーパーのビニール袋の中に吐いており,被告人B
がそれをトイレに捨てていた。」,「Dは下痢の便を漏らして下着を汚した。被告人Aは,D
に大人用おむつを穿かせたが,Dは下痢でおむつを汚した。被告人Aは,被告人Bに指
示して,二,三回,Dにおむつの中の大便を食べさせた。被告人Aは,Dがおむつを汚し
た際,『おむつがもったいない。』と言って,Dに通電したことがある。」などと,相当具体
性のある供述をしており,被告人A弁護人の主張は当たらない。③については,嘔吐を
繰り返してもD本人が食事を拒まない限り量を減らした食パンを与えて様子を見るという
ことは十分あり得ることである。「正露丸」を服用させることは対処法の一つに過ぎない。
④については,被告人Bは,Dは遅くとも平成10年3月下旬ころにはおむつを穿いてい
たこと,そのころ,Dが下痢をしておむつを汚したので,被告人Bが被告人Aの指示を受
けてDにおむつの中の大便を食べさせたことがあったことなど,常軌を逸した虐待を含
め,Dがおむつを穿いていた状況につき明確に供述しているのであり,おむつを穿いて
いた時期や理由について若干の曖昧さがあるからといって,その供述が被告人Bの創
作した架空の出来事であるとはいえない。
 6 被告人A弁護人は,Dは,大分県中津市内に行った日,すなわち平成10年4月11
日の翌日か翌々日ころ急死した旨の被告人Aの供述に立脚して,Dが中津市内に行っ
たのは同月7日ころであり,その翌日から急激にDの症状が悪化して同月13日死亡し
た旨の被告人B供述は,記憶に基づかない創作であるとして,次のとおり主張する。
 (1) 「被告人Bは,捜査段階の当初は,Dの死亡日は平成10年4月8日であると供述
していたことが窺われるところ,被告人Bは,D事案を立件させるため,甲女の供述に合
わせて上記の虚偽の供述をしたものである。」(弁論要旨339ないし350頁)
 しかしながら,被告人Bは,Dが中津市内に行った日やDの死亡日がいつであるかに
かかわらず,Dが中津市内へ行った日の翌日から急激に症状を悪化させ,その後数日
を経て死亡した旨を一貫して明確に述べている。Dの死亡日が平成10年4月13日であ
ったことは,Dの死体解体道具を購入した際のジャーナル(甲704資料7)によって客観
的に裏付けられている。被告人Bが,捜査段階の当初,Dの死亡日は平成10年4月8
日であると供述したのは,真実の命日である4月13日は4と13が重なるので,被告人B
の心の中では花祭りの日である4月8日にしようと決めていたことなどの事情によるもの
であるから,決め手にはならない。いずれにせよ,被告人BがDが中津市内へ行った日
及びその死亡日を特定した経緯において,Dは真実は中津市内に行った日の翌日か翌
々日に急死したのではないかとの疑いを抱かせる事情は存在しない。その点につき,被
告人Bが甲女の供述から影響を受けたとも認め難い。
 (2) 「平成10年4月8日ころから同月13日までのDの状態についての被告人Bの公
判供述は具体性を欠いている。」(弁論要旨350ないし361頁)
 しかしながら,被告人Bは,前記第2の3のとおり,Dが中津市内に行った日の翌日か
ら急激に症状を悪化させ,数日を経て死亡するに至ったこと,その間にDに見られた激
しい嘔吐等の症状及びその推移,それに対する被告人両名の対応・言動等について,
相当に具体的な供述をしているとともに,それが単に一両日の間の出来事ではなく,数
日間にわたり継続したことについても明確に供述しているのであるから,被告人Bの供
述が被告人Bの創作によるものとは認め難い。
 7 被告人A弁護人は,a鑑定2につき,「Dの死因を特定したa鑑定2は,被告人Bの
警察官調書(乙260ないし262)を鑑定資料とするが,被告人Bの供述の信用性には
重大な疑問があるから,それに依拠するa鑑定2も信用することはできない。」旨主張す
る(弁論要旨361ないし364頁)。
 しかしながら,a鑑定2が鑑定の基礎とした,被告人Bの警察官調書3通(乙260ない
し262)に現れた諸事実は,いずれも客観的事実と一致し,これを鑑定の基礎としたこと
は正当な方法であることは,前記第5の1で述べたとおりである。
 8 被告人A弁護人がD事件に関し主張するその他の点について検討してみても,前
記第5のD事件に関する争点に対する判断は左右されない。
第8部 F事件
第1 検察官,被告人A弁護人及び被告人B弁護人の各主張並びに争点
 1 検察官
被告人両名は,共謀の上,年少の児童を関与させるなどして,Fを殺害した。被告人A
が被告人BとGにFの殺害を指示し,甲女にFの足を押さえさせて,被告人BとGが電気
コード又は帯状の紐でFを絞殺した。
 2 被告人A弁護人
被告人BらがFを殺害したことは争わないが,被告人Aはその実行も共謀もしていない
から,無罪である。
 3 被告人B弁護人
被告人BとGが,被告人Aの指示を受けて,FをマンションAの台所で電気コードで絞殺
した。
 4 争 点
 F事件の主な争点は,被告人BらがFを殺害するに当たり,被告人Aとの間に共謀があ
ったか否か及びその内容である。
第2 F事件の事件の概要,証拠構造,被告人B,甲女及び被告人Aの各公
判供述並びにそれらの信用性の検討
1 F事件の概要
 被告人BとGが平成10年5月17日ころマンションAでFの首を絞めて殺害したこと,被
告人BとGはFの死体をマンションAの浴室等で解体して処分したことは,被告人Bが公
判廷で明確に供述しており,被告人Aもそのことを争わないから,これらの事実が明らか
に認められる。
 2 F事件の証拠構造
 F事件の具体的な経緯や犯行状況等を認定し得る有力な証拠は,被告人B,甲女及
び被告人Aの各公判供述である。被告人B及び甲女は,いずれも,「被告人Aが被告人
Bらに対しFを殺害するように指示し,被告人Bらがそれに基づいてFの首を絞めて殺害
した。」旨供述しているが,被告人Aは,Fの殺害の実行及び共謀への関与を否認してい
る。
 ところで,被告人B及び甲女の各公判供述を更に詳しく見ると,①被告人B,甲女及び
Gが,平成10年5月17日ころ,マンションAで,被告人Aの指示を受けて,Fの首に電気
コード又は紐を巻き付けて両側から引っ張り,Fの首を絞めて殺害したこと,②甲女はそ
の際Fの足を押さえたこと,③被告人BとGがFの死体を解体して処分したこと,などにつ
いては,各供述が一致しているが,①犯行場所(「台所」か,「浴室」か。),②実行行為
の役割分担(「被告人BとGがFの首に巻き付けた電気コードを両側から引っ張ってFの
首を絞め,甲女が足を押さえた。」のか,「GがFの首に巻き付けた紐を引っ張ってFの首
を絞め,被告人BがFの両腕を押さえ,甲女が足を押さえた。」のか。),③犯行に用いた
道具(「電気コード」か,「紐」か。)等については,各供述が食い違っている。
 そこで,まず,被告人B及び甲女の各公判供述の信用性をそれぞれ検討し,次に,被
告人Bらとの共謀を否認する被告人Aの公判供述の信用性を検討する。
 3 被告人B及び甲女の各公判供述の要旨
 (1) 被告人Bの公判供述の要旨
 被告人Bは,公判廷において,F事件の経緯,犯行状況及び犯行後の状況等につい
て,次のとおり供述している(被告人B8,30,33,35,44,46,56,59,63回等)。
 ア 被告人Aが被告人BにFを殺害するように働き掛け,被告人Bがその決意をした状
況等
 (ア) 被告人BとGは,平成10年4月末ころ,Dの死体解体作業を終えた。被告人Aは,
同年5月初めころから,被告人Bに対し,「これからFとGをどうするか。」,「Fは(B一家
事件のことを)しゃべるのではないか。」などと尋ねた。これに対し,被告人Bは,「Fは何
も知らないから,大丈夫ではないか。」と答え,一度だけであったが,被告人Aに「FとGを
n家に帰してはどうか。」と提案した。「このまま手元に置いてはどうか。」という提案もし
た。しかし,被告人Aは,次のように反論して,それらの提案のいずれも拒絶した。「Gが
Fに(B一家事件のことを)教えるかもしれない。親が殺されたことをGが黙っているわけ
ないだろう。」,「Fは何も知らないし,Gは犯罪に加担しているから何も言わないかもしれ
ないが,FやGが親戚の者に追及されたとき,Gがちゃんと説明できるのか。お前に責任
が持てるのか。子供だけ帰して他の者は失踪したとしたら,逆に疑惑を持たれるだろ
う。」,「n家に帰して余計なことをしゃべったらどうするんだ。Gが何も言わなかったにして
も,親戚の者がいろいろ問いただしたりすれば逆効果になるだろう。」,「手元に置いてお
くと,食費等で金が掛かる。」
 被告人Aは被告人Bの提案のいずれも拒絶した上,「お前が湯布院に行ったから,こ
んなことになったんだ。」と言って,被告人Bを責めた。被告人Bは,FとGの食費等は,
自分が親戚や知人に頼んで借りると話したが,被告人Aから,「借りられるわけがな
い。」と言われたので,実際に金策をすることはなかった。
 (イ) 被告人Aは,平成10年5月初めころ,毎日のように,被告人Bに対し,FとGにつ
いて,「養育費はどうするんだ。」,「B家の問題だろう。お前が何とかしろ。」,「Gは自分
でも罪を犯しているから言わないかもしれないけれども,Fは何も罪を犯していないし,G
がFにこれまでのことを話したら,Fが,将来,長男や次男を脅したり復讐したりするかも
しれない。GかFのどちらか片方を生かすためには,どちらか片方を殺さなければならな
い。」などと繰り返し言った。
 (ウ) 被告人Aは,平成10年5月10日ころ,「自分の両親や祖父母を殺されているの
に,恨みに思わないはずはないだろう。肉親の情とはそういうものだ。」と言い,「源平の
話」を引合いに出して,「子供に情を掛けて殺さなかったばかりに,将来その子供に復讐
された話もあるからな。」,「早めに口封じしなければならない。」などと申し向けた。被告
人Bは,これを聞いて,被告人AがFの殺害を指示していると明確に理解し,被告人B自
身もFの殺害を決意し,「そうするしかないでしょうね。」と答えた。被告人Bは,①Fはテ
レビも見せて貰えず,満足な食事も与えられず,いずれは通電されるだろうし,学校にも
行かせて貰えないだろうから,Fは生きていても可哀想だと考えたこと,②被告人Aから
は,「被告人Bが湯布院に行ったから,B一家を次々に殺害しなければならなくなった。
俺はそれに巻き込まれ,とても迷惑している。」と繰り返し責められていたので,かねて
被告人Aに負い目を感じており,Fの養育費も工面することができず,被告人Aに迷惑を
かけることはできないと考えたことなどから,Fの殺害を自分でも納得して決意した。
 イ 被告人AがGに働き掛けてFの殺害を決意させた状況等
 (ア) 被告人Aは,被告人BがFの殺害を決意してから,マンションAの台所や洗面所
で,Gに対しても,Fの殺害を納得させるために,繰り返し働き掛けた。
 (イ) 被告人Aは,Gに対し,「これからどうするね。nの家に帰るのか,どうするのか。」
と尋ねた。Gは,「Fと二人でnの家に帰ります。」と答えたが,被告人Aは,「でも,帰った
ら,nのおばあちゃんにいろいろ聞かれるけど,どうするの。」と言って,Gが親族らからB
らの所在やこれまでどこで何をしていたのか等について追及されたら,どのように答える
か,執拗に問い詰めた。Gは,「何も言いません。」と答えたが,被告人Aは,「Gちゃんは
何も言わないかもしれないけど,F君は大丈夫なの。GちゃんはF君が何も言わないこと
に責任を持てるのか。」と,更に問い詰めた。Gは,当初,「何も言わせません。」と答え
ていたが,被告人Aが,「もしF君が何か言って,それがもとで警察が動いたら,Gちゃん
自身も犯罪を犯しているから,Gちゃんも警察に捕まってしまうよ。F君を連れてn家に帰
ることは,Gちゃん自身にとっても危険だし,自分(被告人A)にも不利益になる。Gちゃん
はF君のことで責任が持てるのか。」などと追及したところ,Gは何も言えなくなった。さら
に,被告人Aは,「もしGちゃんが生きていたいんだったら,F君を殺した方がいいんじゃ
ない。F君だって,お父さんもお母さんもいないし,生きていてもかわいそうじゃないか。
お母さんに懐いていたんだったら,お母さんのところに連れて行った方がいいんじゃない
か。」などと,駄目を押すように言うと,Gは,「そうします。」と答えた。
 (ウ) 被告人Bは,そのとき既にF殺害を決意していたので,被告人AとGの傍に居て,
被告人Aの言うことに異論を唱えず,被告人Aに同調して相づちを打つなどした。
 ウ 被告人Aが,被告人BとGに対しFの殺害を指示した状況等
 (ア) 被告人Aは,GにFの殺害を決意させてから数日後の5月17日ころの午後,マン
ションAの台所で,被告人BとGに対し,Fの殺害を実行するように指示した。被告人A
は,被告人BとGに対し,「どうやってやるんだ。」と申し向けた。被告人Bが,「私が一人
で絞めます。」と言うと,被告人Aは,「Gちゃんと二人で絞めろ。」と指示した。首を絞め
て殺すという方法を採ることについては,特に話合いはなかった。また,その凶器として
電気コードを使用することについても,CとEを殺害した際に電気コードを使用したので,
特に話し合うこともなく,それを使って同様に実行することになったが,殺害に用いる電
気コードは被告人Aの許可を得て借りることとし,被告人BがF殺害の話合いの途中に
準備した。
 (イ) 被告人Aは,被告人BとGに対し,Fがぐったりしてからも更に念を入れて首を絞め
ること,首を絞め終わったら心音で死亡を確認することを指示した。被告人BとGは,「は
い」と答えた。死体を風呂場に運ぶことは,殺害実行後に指示されたと思う。
 (ウ) 被告人Aは,被告人Bに対し,甲女にも実行を手伝わせるように指示したので,被
告人Bが,甲女は加えなくてもいいのではないかと言ったところ,被告人Aは,「いいから
入れろ。足でも押さえさせておけばいい。」と指示した。被告人Aは,甲女を台所に呼び,
甲女に対し,「お前も手伝え。」と,F殺害の実行に加わるように指示したが,甲女は嫌そ
うな顔をした。
 (エ) 被告人Aは,「じゃあ,そろそろやれ。」と指示し,自らは和室に入った。
 (オ) 被告人Aは,Fの殺害に先立ち,「解体道具の準備をしておけ。使わないにこした
ことはないけど,多めに買っておけ。」と指示し,殺害の実行当日までに死体解体道具を
購入させて用意させた。
 エ 被告人BらがFを殺害した状況
 Fは洗面所か浴室に閉じ込められていたので,GがFを呼びに行き,台所の南側和室
前まで連れて来た。Gが,被告人Aに指示されたとおり,Fに対し,「F,お母さんに会いた
いね。」と言うと,Fは嬉しそうに「うん」と答えた。Gは,「じゃあ,F,ここに寝なさい。」と言
って,台所の床に仰向けに寝るように指示した。Fは,これに素直に従い,頭を南側,足
を北側に向けて仰向けに寝た。Fは目を開けていた。Gは,Fの左肩辺りにしゃがみ,被
告人Bは,右肩辺りにしゃがんだ。被告人Bは,電気コードの端をGに渡すと,GはFの
首の下に電気コードを1回通し,「お母さんのところに連れて行ってあげるね。」と言っ
た。Fは電気コードを目にして不思議そうな顔をしていた。被告人BとGは,それぞれ電
気コードの先端を持っていたので,それを互いに交換すると,すぐに二人でコードを両側
に引っ張ってFの首を絞めた。甲女はそのときFの足首辺りを軽く持って押さえていた。F
は「ウウッ」と苦しそうな声を出して,膝を曲げて足をばたつかせた。手を動かしていたか
どうかはよく覚えていない。そのとき,甲女の手がFの足から外れたので,被告人Bは,
甲女に対し,「ちゃんと押さえんね。」と言ったところ,甲女は,再びFの膝の辺りを手で押
さえ,身体を覆い被せるようにした。被告人BとGは電気コードを引っ張り続けた。しばら
くすると,Fの身体が動かなくなったが,被告人Aから,「動かなくなってからも,更に十分
絞めるように。」と指示されていたので,なおも電気コードを引っ張り続けた。被告人Bと
Gは,5分間くらいFの首を絞め続けていた。被告人Bは,Fのシャツをめくり,手を胸に
当てて心臓の鼓動がないことを確認した。被告人Bは,Gに対し,「止まっていると思うけ
ど。」と言うと,Gは,右耳をFの胸に当てて心音がないことを確認した。被告人Bも,耳を
Fの胸に当てて心音がないことを確認した。
 オ Fの殺害直後の状況等
 被告人Bは,Fの死体をそのままにして,和室に居た被告人Aに対し,Fの殺害が終わ
ったことを報告した。被告人Aは,被告人Bに対し,「どのくらい絞めたのか。どの辺りを
絞めたのか。」などと,殺害状況を詳しく尋ねた。被告人Bが,「首の真ん中辺りを絞め
た。」と言うと,「その辺りでは時間ばかり掛かって完全ではない。首の上の方を絞めな
ければ。本当に死んだのか。」と言った。また,被告人Bが,「Fが苦しがって足をばたつ
かせたので,甲女に押さえて貰って良かった。」と言うと,被告人Aは,「ほら言ったとおり
だろう。」と言った。被告人Aは,被告人Bの報告を受けたときか,あるいは台所でFの死
体を見たときに,「何で浴室に持って行かないんだ。」と被告人Bを叱った。被告人Aは,
被告人BとGがFの死体を浴室に運んだ後で台所に出て来た。
 カ Fの死体解体状況等
 Fの死体を解体することは当然に了解されていたので,特に話合いをしなかった。被告
人Aは,死体解体作業には直接従事しなかったが,死体解体作業中,たびたび浴室を
覗いて作業の進み具合を確認したり,作業を急ぐように促したり,解体した個々の部分
が大きすぎるなどと注意したりした。被告人Aは,死体解体作業後,肉汁等を詰めたペッ
トボトルを公園等に捨てに行くように指示した。
 (2) 甲女の公判供述の要旨
 甲女は,公判廷において,F事件の経緯,犯行状況及び犯行後の状況等について,次
のとおり供述している(甲女35,41,45,48回等)。
 ア 被告人Aは,Fが殺害される何日か前から,何回か,マンションAの台所又は洗面
所でGと二人で話をしていた。Fは,殺害される前の数日間は,被告人Aに指示されてマ
ンションAの浴室に閉じ込められていたと思う。
 イ Fは,殺害された当日,浴室に閉じ込められて立たされていた。被告人Aが,夜,台
所で,Gに対し,「お前の弟やけ,お前が首を絞めろ。お前がせないかん。」と言った。そ
のとき,多分,被告人Bも傍に居た。被告人Aは被告人Bにも何か指示をしたと思うが,
覚えていない。被告人Aは,甲女に対しても,「お前も足を押さえろ。」と指示した。その
後,G及び甲女は,Fを殺害するために浴室に向かった。多分被告人Bも一緒だったと
思う。Fは,浴室で,頭を窓と台所の方に,足を洗面所と浴槽の方に向けて(すなわち,
壁に対して斜めに)仰向けに寝ており,眠っているようだった。浴室の電気はついていな
かったが,洗面所の洗面台の蛍光灯がついており,浴室内は薄暗かった。Fは白いラン
ニングシャツと白いブリーフを着ていた。
 ウ 被告人BとGは浴室内に入り,被告人BはFの左肩付近,Gは右肩付近に居た。甲
女は洗面所の浴室入口付近に居た。被告人Aはその場に居なかった。被告人Bは,甲
女に対し,Fの足を押さえるように指示したので,甲女は,洗面所の浴室入口付近にしゃ
がみ,両手でFの両足首辺りを押さえた。被告人Bは,Fの左肩付近にしゃがみ,Fの両
腕を両手で押さえた。Gは,Fの右肩付近にしゃがみ,帯のような紐をFの首に巻き付け
て両手で両側に引っ張った。甲女は,Gが紐をFの首に巻き付けるのを見ておらず,甲
女が浴室で寝ていたFを見たときには,既に紐が首に巻き付けられていたと思う。その
紐は,白かピンク色をしており,幅4センチメートルくらい,長さ90センチメートルくらいの
ものだった。Gは首を絞めるとき,甲女の方に身体を寄せて来たので,甲女は自分の場
所が狭くなり,Fの足を押さえていた手を離してしまった。甲女は,被告人Bから,「ちゃん
と足持たんね。」と叱られたので,もう一度Fの足を同じように押さえた。Gは結構長い間
Fの首を絞めていた。Fは,泣いたり叫んだりしなかった。大小便は漏らさなかった。身体
を動かしたかどうかは分らない。甲女は,被告人Bからもういいと言われたか,あるい
は,Gが首を絞めるのを止めたときに,Fの足から手を離した。被告人BとGは,Fの息や
心音の有無を確認していないと思う。
 エ その後,甲女は和室に戻った。被告人BとGはFの死体解体作業をしていた様子だ
った。
 4 被告人B及び甲女の各公判供述の信用性の検討
 (1) 被告人B及び甲女の各公判供述の基本的部分の信用性の検討
 ア 被告人B及び甲女の各公判供述は,①被告人B,甲女及びGが,平成10年5月1
7日ころ,マンションAで,Fの首に紐状の物(電気コード又は布製の帯状の紐)を巻き付
けて両端を引っ張り,Fの首を絞めて殺害したこと,②Fを殺害する前,被告人Aが被告
人BとGに対しFを殺害するように指示し,甲女に対してもFの足を押さえるように指示し
たこと,③犯行時,甲女は一度Fの足を押さえたが,途中でFの足から手を離したので,
被告人Bが甲女にしっかり押さえるように注意し,甲女が再び足を押さえたこと,④被告
人BとGがFの死体を解体して処分したことなど,F事件の核心部分で,犯行を強く特徴
付ける部分の供述が一致し,相互に補強し合っている。
 イ 被告人B及び甲女の各公判供述が一致する部分は,前記第3部第7の被告人B
の立場,役割,更には,同第2の前提事実及び同第3の前提事実が指し示す方向性と
も良く整合している上,前記第4部ないし第7部で明らかにしたとおり,F事件に先立ち,
C,E及びDの殺害とB,C,E及びDの死体解体作業がいずれも被告人Aの指示のもと
に被告人BとB一家の手で行われてきたこととも良く符合している。
 ウ さらに,被告人B及び甲女の各公判供述の信用性については,それぞれ次の諸点
を指摘することができる。
 (ア) 被告人Bの公判供述について
a 被告人Bは,被告人BとGが被告人AからFの殺害を持ち掛けられてからFの殺害を
決意するまでの間,被告人Aと被告人B及びGとの間で交わされた言葉,犯行直前の経
緯,犯行状況及び犯行後の被告人両名の言動等につき,具体的かつ詳細で迫真性に
富む供述をしている。また,被告人Bは,当初被告人AからFを殺害するように示唆され
るや,FとGをn家に帰すなどの提案をしたものの,これが拒絶されると,それ以上強く異
論を唱えることなく,被告人Aの指示のとおりFを殺害する決意をしたこと,被告人BがG
と共に電気コードでFの首を絞めてFの殺害を実行したこと,被告人BがGをも関与させ
てFの死体を解体したことなど,自己にとって不利益な事実を含めて積極的に供述して
いる。
 b 被告人Bは,「F事件とG事件については,他のB一家事件に比べて記憶が曖昧で
あり,自分でもよく思い出せないことに苛立ちを感じている。当時は精神的にかなりまい
っていたので,余り記憶に残っていないのかもしれない。」旨供述し(被告人B44回
55・56項),F事件について記憶がはっきりしない部分があることを自認している。しか
し,被告人Bは,記憶がはっきりしない事柄については,その旨を告げて慎重に供述し
たり,あえて供述を控えたりするなどしており,記憶の曖昧な部分を殊更推測で補うよう
な供述態度は見受けられない。その中で,被告人Aが被告人Bらに殺害を指示し,被告
人Bらがそれを受けてFの首を絞めて殺害したことについては明確に供述している。
 c 被告人Bの公判供述は,捜査段階からも概ね一貫している(乙212ないし218,2
69,290ないし293,304,318ないし322,325,326,330,331)。
 (イ) 甲女の公判供述について
 a 甲女の公判供述は,被告人Bの公判供述に比べればさほど詳細ではなく,曖昧な
部分もあるが,甲女自身も実行に加わったという犯行時の状況については,生々しく具
体的で迫真性に富む供述をしている。特に,被告人AからF殺害の実行に加わるように
指示され,Fの足を押さえて殺害に加担したこと,その際Fの首を絞めていたGが身体を
寄せて来たので,甲女は手を離してしまい,被告人Bから叱り付けられ,再び足を押さえ
たことなどについては,極めて特異で印象深い供述をしており,これらが真実の体験に
基づかない架空の出来事であるとは到底考え難い。甲女は,被告人BらがFの殺害を実
行する直前に,被告人AからFの殺害の指示を受けたことについては,明確に供述して
いる。
 b 甲女の公判供述は,捜査・公判段階を通じてほぼ一貫している(甲388,389,67
8,679,690,691,695,697,698)。甲女は,被告人両名がF事件について黙秘
を続けていたころから同旨の供述をし(平成14年6月27日付け警察官調書・甲678
等),それが,被告人両名が黙秘を止め,F事件について供述を始めた後も,変遷してい
ないことは,甲女の供述の信用性を支える一つの有力な事情である。被告人A又は被
告人Bのいずれかに利益又は不利益な虚偽の供述をするような理由は見当たらない。
甲女は自らもFの殺害に加担したこと自体を明確に認めている。
 エ 以上によると,被告人B及び甲女の各公判供述の基本的部分は,いずれも信用す
るに値するといえる。
 (2) 被告人B及び甲女の各公判供述に食い違う部分があることについて
 被告人B及び甲女の各公判供述には食い違う部分も少なくない。すなわち,①犯行場
所(「台所」か,「浴室」か。),②実行担当者の役割分担(「被告人BとGがFの首に巻き
付けた電気コードを両側から引っ張りFの首を絞め,甲女が足を押さえた。」のか,「Gが
Fの首に巻き付けた紐を引っ張りFの首を絞め,被告人BがFの両腕を押さえ,甲女が足
を押さえた。」のか。),③犯行に用いた道具(「電気コード」か,「紐」か。)等については,
各供述が食い違っている。しかしながら,少なくとも,被告人B及び甲女がそれぞれ別の
場面を供述している疑いは否定される。なぜならば,被告人B及び甲女の各公判供述に
は,内容が特異な共通の供述として,犯行の際,甲女が一度Fの足を押さえたが,途中
で手を離してしまったこと,それを見て,被告人Bがしっかり押さえるように甲女に注意し
たこと,そこで,甲女はもう一度Fの足を押さえ直したことが含まれている。この供述に出
てくる事実が2回もあったとは考えにくい。そうすると,被告人Bと甲女は1回のFの殺害
行為について,それぞれの記憶をもとに供述していると理解するほかなく,両者の供述
が食い違う部分は,畢竟,供述者の認識(記憶)条件や認識(記憶)能力の差に由来す
ると考えられるのであり,その部分の信用性は,別途検討すれば足りる。
 (3) 被告人Bと甲女の各公判供述が食い違う部分の信用性の検討
 被告人Bと甲女の各公判供述が食い違う部分,すなわち,①犯行場所(「台所」か,
「浴室」か。),②実行行為の役割分担(「被告人BとGがFの首に巻き付けた電気コード
を両側から引っ張りFの首を絞め,甲女が足を押さえた。」のか,「GがFの首に巻き付け
た紐を引っ張りFの首を絞め,被告人BがFの両腕を押さえ,甲女が足を押さえた。」の
か。),③犯行に用いた凶器(「電気コード」か,「紐」か。)等について,いずれの公判供
述の信用性が高いかについて検討する。
 被告人B及び甲女は,前記①ないし③の点について,それぞれ捜査段階から一貫して
明確に供述している。ところが,前記①ないし③の部分の信用性を検討するための客観
的証拠や情況証拠は殆ど存在しないので,主として各供述内容自体に照らしてその信
用性を検討するほかない。
 ア 被告人Bの前記①ないし③の点に関する公判供述について
 被告人Bは,具体的犯行状況につき,被告人Bが台所でGと共にFの首に巻き付けた
電気コードを両側から引っ張り,Fを絞殺した旨,具体的かつ明確に供述している。被告
人Bは,Gと共に電気コードでFの首を絞めて殺害したことを自認しており,「被告人Bは
F殺害の実行の際はFの首を絞めなかった。」という甲女の公判供述に比べて,犯行に
おいて一層積極的な役割を果たしたことを自認する内容になっている。電気コードを使
って首を絞めるという殺害方法は,Fに先立つC及びE事件の各殺害方法と統一性が認
められる。また,首に巻き付けた紐状の物(電気コード又は布製の帯状の紐)を二人で
両側から引っ張り窒息死させるという方法は,F事件後実行されたG事件においても採ら
れていることから(後記第9部),同じく殺害方法としての統一性が認められ,自然である
といえる。
 他方,被告人両名がC及びEを絞殺した現場がいずれも浴室であったことを考えると,
Fをわざわざ浴室から連れ出して台所で殺害したとするのは,やや不自然である。また,
Fは首を絞められたとき膝を曲げて足をばたつかせて抵抗したというが,その際,当然手
も使って抵抗したと考えるのが自然であるところ,被告人Bは,Fが手を使って抵抗した
か否か,Fが手で抵抗したとすればそれをどのようにして押さえたのか等,当然生じる疑
問について何ら供述していない点も不自然であるといえる。この点,甲女が,「被告人B
はFの両腕を押さえていた。」旨を明確に述べている点は注目される。F,G事件につい
ては記憶が曖昧であることを,被告人B自身が自認していることも無視できない。
 イ 甲女の前記①ないし③の点に関する公判供述について
 甲女は,F殺害の際Fの足を押さえて犯行に加担したことも含めて,具体的かつ明確に
供述しており,甲女が真実に体験していない架空の事柄を述べているとは考えられな
い。
 他方,甲女は,F殺害の状況について,「Gが紐をFの首に巻き付けるところは見ておら
ず,知らないうちにFの首に紐が巻き付けてあった。」,「甲女が浴室で寝ているFを見た
ときには,既にFの首に紐が巻かれた状態だった。」などと述べているところ,甲女は,実
行行為者であるG及び被告人Bと共に,Fを殺害するために浴室に赴き,犯行の際はそ
の現場に居合わせたのであるから,誰がいつ,どのようにしてFの首に紐を巻き付けた
のかについても,当然認識し,具体的に述べることができてしかるべきであるのに,その
記憶が全くないというのは不自然である。F殺害に使用した「紐」を,誰がいつどこから持
ち出したのかについても全く述べられていない。Fに先立つC及びE事件の際にはいず
れも電気コードが使用されたこととの統一性という観点からも不自然である。もっとも,甲
女は,F殺害の直前になって,突然被告人AからFの足を押さえるように指示され,実行
への加担を余儀なくされたというのであり,また,殺人の実行行為に加担させられたの
は,このF事件が初めてであるから,冷静な心理状態であったはずはなく,かなり動揺や
混乱を来していたと考えられる。そのため,甲女は,自分が直接行った加担行為につい
てはかなり明確に記憶しているが,Gや被告人Bの行為,役割等については曖昧にしか
記憶していなかったとしても,不自然ではない。
 ウ 以上のとおり,被告人B及び甲女の各公判供述が食い違う前記①ないし③の部分
については,いずれの供述が信用できるか,にわかに決し難いといわざるを得ない。
 しかしながら,翻って考えると,①甲女が,公判供述の中で,「Fが殺害された当日,被
告人Aが,夜,台所で,Gに対し,『お前の弟やけ,お前が首を絞めろ。お前がせないか
ん。』と言った。そのとき,多分被告人Bも傍に居た。」と供述している点は重要である。こ
の供述は具体的でかつ印象的な供述であって,甲女が記憶違いをしたとは考えにくいも
のである。B一家事件のうち,F事件と同じく絞殺を殺害方法とするC及びE事件におい
ては,いずれの場合もDが絞殺の実行行為を担当し,被告人Bはこれを担当していな
い。C事件は,被告人AがDに絞殺行為を,EにCの足を押さえることをそれぞれ指示し,
被告人Bを実行行為の担当から外しているほどである。このような経緯に照らすと,甲
女の上記供述は無視し得ない現実感がある。②マンションAの浴室で殺人の実行行為
や死体解体を行うことは,A事件以来何度も採られてきた方法である。そのことにつき被
告人Aの格別の指示がなかったとしても不自然ではない上,絞首の際に,Fが失禁する
可能性があることを考えると,絞殺の場所としては台所よりも浴室の方がやや優ってい
る。Fが足をばたつかせる可能性があることを考えると,階下の住人に怪しまれないため
には,板張りの台所よりもタイル張りの浴室の方が好都合である。そうすると,「Fの殺害
場所はマンションAの浴室である。」という甲女の供述は理に適っている。③マンションA
の浴室で床に横たわったFの左右に二人が腰を降ろして,電気コードなどを左右に引っ
張ってFの首を絞めるのは,やや困難を伴っても,不可能なことではない(甲女35回添
付写真)。被告人Bの公判供述では,被告人Aに「Gちゃんと二人で絞めろ。」と指示さ
れ,マンションAの台所で,被告人BとGがFの首を絞めたことになっているが,それを行
うことは浴室でも可能なのに,なぜそれまでに殺害の場所に使ったことのない台所をあ
えて選んだのか,いつどのようにそれを許したのかについては,供述がない。④Fの身
体を押さえる役目の者が居れば,絞殺自体はG単独でも可能である。ただし,Gが当時
10歳であったことからすれば,やや非力ではある。しかし,被告人Aは,予め「動かなく
なってからも,更に十分絞めるように。」,「心音で死亡を確認せよ。」などと指示しており
(被告人B8回311・312項),甲女も,「Gは結構長い間Fの首を絞めていた。」と供述して
いる(甲女35回210・211項)。これらがその点を考慮した結果であるとすれば,不都合は
ない。Gが絞殺するという役割分担であったから,被告人Aは殺害方法について念を入
れて指示したと見ることには十分な根拠がある。⑤被告人Bの公判供述によれば,被告
人AはFの首の絞め方にこだわった様子が看取されるが,被告人Bの公判供述のように
被告人BとGが絞殺を担当したとすれば,Fの両腕を押さえる役目の者は居ないことにな
り,それでは絞殺担当者は絞殺に集中できないおそれがあり,上記のような被告人Aの
関心にそぐわない感が否めない。⑥甲女が供述する「紐」は,幅約4センチメートル,長
さ約90センチメートルの帯状のものであって,電気コードとはまるで異なるものであるか
ら,電気コードであれば,普段これを見慣れているはずの甲女が見間違えるはずがな
い。⑦Gが絞殺を実行するとすれば,電気コードは少女の柔らかい手に食い込んで痛
く,少女による絞殺の道具としてはやや不向きな点がある。そこで,帯状の「紐」を道具
にしたとも考えられる(この点はG事件にも通じる。)。そのように考えると,道具は帯状
の「紐」だったとする甲女の供述はむしろ自然で,電気コードだったとする被告人Bの供
述にはやや無理があることになる。
 このように見てくれば,被告人Bと甲女の各公判供述が食い違う前記①ないし③の点
については,いずれも甲女の公判供述の信用性が被告人Bの公判供述の信用性に優
越していると考えられ,甲女の公判供述を信用すべきであり,被告人Bの公判供述は信
用できないというべきである。
 5 被告人Aの公判供述の要旨
 被告人Aは,公判廷において,被告人BからFを殺害したと聞いたときの状況,被告人
Aが被告人B及びGに「偽装工作」を教示した状況及び被告人Bから報告を聞いたとき
の状況等について,次のとおり供述している(被告人A51,52,54,55,67回等)。
 (1) 被告人Aが被告人BからFを殺害したと聞いたときの状況
 ア 被告人両名,G,F及び甲女は,遅くとも平成10年4月末ころには,生活の拠点を
マンションBに移していた。
 イ 被告人BとGは,F事件当日の午後6時か6時30分ころ,Dの死体解体後の掃除
や後片づけをするためにマンションAに行った。Fも付いて行った。被告人Bらは,被告
人Aに対し,「行ってくるけん。」などと声を掛けて出掛けた。甲女はマンションBで長男と
次男の面倒を見ていた。その後,被告人Aは,被告人Bから,「今着いた。これから掃除
を始める。」との連絡を受けた。
 ウ その一,二時間後,被告人Aは,被告人Bから電話連絡を受け,「Fが溺れて死ん
だ。」と聞かされた。被告人Aは,驚いたが,甲女に被告人Bとの通話を聞かれないよう
に,トイレに移動した。被告人Aは,被告人Bに対し,「どうして。」と聞くと,被告人Bは,
「FはGと風呂場で水浴びをしていたか,風呂に入っていたときに溺れて死んでしまった。
どうしようか。」と言った。被告人Aは,「Fは本当に死んだのか。人工呼吸をしたのか。」
と聞くと,被告人Bは「完全に死んでいる。」と答えた。被告人Aは,「Fを風呂場に置い
て,風呂場の鍵を閉めて,一旦マンションBに戻って来るように。」と言った。被告人B
は,「分かった。」と答えて電話を切り,その15分から20分くらい後にマンションBに戻っ
て来た。
 エ 被告人Aは,被告人BとGがマンションBに戻って来ると,「Gちゃんも,F君も,ちょ
っと風呂場の中に入って待っていて。」と言い,Gを浴室に入れた。Fの名前も呼んだの
は,甲女にFがいないことを気付かれないようにするためだった。被告人Aは,被告人B
と話をする前に,甲女を外出させるために,甲女に指示して弁当を買いに行かせた。
 オ 被告人Aは,被告人Bに対し,マンションAでどのようなことがあったのか尋ねると,
被告人Bは,「Fが溺れたというのは実は嘘で,本当は自分(被告人B)がGと一緒にFの
首を絞めて殺したのだが,Gとの間では『おじちゃんには浴室で溺れたことにしておこ
う。』と話した。」と言った。被告人Aは,被告人BがFを殺したと聞いて驚き,なぜそのよう
なことをしたのか尋ねると,被告人Bは,「自分(被告人A)に迷惑をかけられない。Fを見
ていたら不憫でかわいそうになった。長男,次男もいるし,どうしたらいいか分からなくな
った。」,「自分(被告人A)に迷惑はかけないから,Gと解体していいだろうか。」と言っ
た。被告人Aは,甲女に被告人BがFを殺したことを知られると,被告人Bや子供のため
にまずいと思い,「まずいよ。解体,ちょっと待て。ちょっと考えろ。」と言った。被告人B
は,「自分(被告人A)には迷惑かけんやん。」とふて腐れたように言った。被告人Aは,
被告人Bに対し,「甲女が今までA事件について他言しなかったのは,甲女自身も加担し
たと思っているからだ。B事件については,甲女はBが被告人Bに通電されて死亡した
現場を見ていないし,事故のようなものだった。C事件については,Dが実行しているし,
甲女は見ていない。E事件については,甲女は見ていない。Dは病気で死んでいるから
殺人事件ではない。しかし,Fは被告人Bが首を絞めて殺したのだから全然違う。Gが甲
女に『実は被告人Bが首を絞めて殺した。』と話したら,それで終わりだ。」,「甲女に弱み
を握られる。また,甲女が長男,次男に被告人BがFを殺したと話したらどうするか。」,
「そのまま解体するとやばい。甲女が警察に話すかもしれない。」,「必要なら知恵を貸し
てやってもいい。」などと説明した。すると,被告人Bは,「分かった。甲女に弱みを握ら
れたくないし,子供にも知られたくない。どうしたらいいか,知恵を貸して欲しい。」と言っ
た。被告人Aは,甲女からこれから戻るという連絡を受けたので,被告人Bとの話を止め
た。
 カ 甲女が戻って来ると,被告人Aは甲女に弁当を渡し,「もう帰っていいよ。今日は風
呂に入らんでいいたい。きつかったね。弁当を食べて早よ寝り。」と言って,マンションA
に帰らせた。
 キ 被告人Aは,被告人Bに掃除機で床や布団の掃除をさせた。被告人Aは,その間,
台所で,Gに対し,Fがどうして死んだのかを尋ねた。Gは,「Fは風呂場で溺れて死ん
だ。」と答えた。被告人Aは,Gに対し,「被告人Bは首を絞めて殺したと言ったが,そうで
はないのか。」と問いただすと,Gは黙り込んだ。被告人Aは,被告人Bを台所に呼び,
「GはFが溺れて死んだと言っている。」と言うと,被告人Bは,「さっき話したのが本当
だ。」と言い,手で輪を作り首を絞める仕草をし,Gに対し,「あんたも一緒にしたやない
ね。」と言った。被告人Aは,被告人Bに対し,ひととおり苦情のようなことを言った。その
後,被告人Bは再び掃除を続けた。Gは,被告人Aに対し,「私はFを殺していない。被告
人Bが一人でFを殺した。」と何回も言った。
 ク 被告人Bが掃除を終えると,子供たちに弁当を食べさせた。そのころ,甲女からマ
ンションAに着いたとの連絡があったので,被告人Aは甲女に,「早よ食べてから寝らん
ね。」と,弁当を食べて早く寝るように言った。
 (2) 被告人Aが被告人B及びGに「偽装工作」を教示した状況
 ア 被告人Aは,Gを浴室に入れ,マンションBの台所で,被告人Bに対し,「知恵を貸
してやってもいいけど,後で悪者にされるのも嫌だ。自分(被告人A)が甲女に正直に話
してもいい。自分でよく考えて決めてくれ。」と話すと,被告人Bは,「甲女に弱みを握られ
たくないし,子供たちにFを殺したことを知られたくないから,知恵を貸して欲しい。」と言
った。被告人Aと被告人Bはトイレに移動し,被告人Aは便座に座り,被告人Bはトイレの
入口付近にしゃがんで,話を続けた。被告人Aは,被告人Bに対し,Fの殺害を偽装して
甲女も加担したように装うことを提案し,「殺害を偽装する場所は,実際の殺害場所であ
る台所以外の場所がいい。実行行為は被告人Bがせず,Gにさせた方がいい。甲女に
は足でも持たせて犯行に組み入れればいい。死体は死亡後二,三時間で死後硬直が
始まるが,1日か1日半経てば軟らかくなるので,それから行った方がいいのではない
か。」などと言ったが,被告人Bは,「浴室は電気もつけないし,真っ暗だからすぐに行っ
ても大丈夫だ。」と言った。また,被告人Aは,「甲女は目覚めてから40分から1時間くら
いはぼうっとしているから,甲女が寝ているときに起こし,その直後に手伝わせる方がい
い。手縛り紐(ピンクのガウンの紐)で,首を絞めたときの傷跡を隠し,首を絞める者が
盾となって甲女からFの首がよく見えないようにすればいい。Gに首を絞める役をさせれ
ば,甲女が警察に話したとき,話の信憑性が落ちる。」と言った。
 イ 被告人Bは,マンションBを出る前に,Gと打ち合せをした。被告人Aも,Gに対し,
「甲女が,被告人BとGがFを殺したと言わないようにしなければいけない。これからする
ことはそのためにすることだ。」と言い,Gに理解させた。
 ウ 被告人Aは,被告人BとGがマンションBを出る前に,Gから,四,五回,Fの殺害状
況について,「GがマンションAの洗面所の掃除をし,台所に出たとき,Fが台所のアコー
ディオンカーテンの辺りに寝ていて,被告人Bが,『Fがかわいそうだから,自分が殺し
た。おじちゃんにはFが風呂場で溺れて死んだと言っておこうね。』と言った。その後,被
告人Bと一緒にFの死体を浴室に運んだ。Fは口から泡のようなものを吐き,小便や大
便を漏らしていた。GがトイレットペーパーでFの小便や大便をふき取り,シャツとパンツ
を着替えさせた。」と聞いた。
 エ 被告人BとGは,午後11時か11時30分ころ,タクシーでマンションAに向かった。
 (3) 被告人Bから報告を聞いたときの状況
 ア 被告人Bは,マンションAから電話で,「終わったから今から帰る。」と連絡して来
て,翌日の午前零時か零時30分ころ,G及び甲女と一緒にタクシーでマンションBに戻
って来た。被告人Aは,「Fくんは。」と言うと(Fが死亡したことは分かっていたが,それを
知らないように装って,あえてこのように尋ねた。),被告人Bは,「殺す気がなかったが
殺した。Gと二人で首を絞めて殺した。」と言った。被告人Aは,「どうして。」と尋ねると,
被告人Bが答える前に,甲女が,「おじちゃん,私は足を持っとっただけなんよ。」と大声
で訴えるように言った。被告人Aは,「甲女も加担させたのか。」と聞くと,被告人Bは,
「甲女を起こして手伝って貰った。Fが足をばたつかせたので,甲女に足を押さえて貰っ
て助かった。」と言った。被告人Aは,「甲女と俺に迷惑をかけないでくれ。」と強く言っ
た。Gは下を向いて黙っていた。被告人Aは,甲女に対し,「足を持っていただけでも,殺
害に加担したことになるから,人に話すと甲女も捕まる。」と言い含めた。
 イ 被告人Aは,甲女がマンションAから戻って来たとき,甲女から「偽装工作」時の状
況について,「寝ていたら被告人Bに起こされ,手伝えと言われ,洗面所に連れて行か
れた。浴室にFが寝ていて,被告人Bから,浴室の外から足を持つように言われた。Fの
足を持っていたら,Gが身体をぶつけてきた。被告人Bから『ちゃんと足を持って。』と言
われた。Fが足を動かしたから手が外れたと思う。」と聞いた。
 6 被告人Aの公判供述の信用性の検討
(1) 被告人Aの公判供述の信用性には,次のような重大な疑問がある。
 ア 被告人Aの公判供述は,前記第3部第7の被告人Bの立場,役割と整合せず,同
第2の前提事実及び同第3の前提事実が指し示す方向性に明らかに反している。すな
わち,被告人Bは,F事件当時も,被告人Aの意思によらずに自らの意思でFの殺害とい
う重大犯罪を決意し実行することができるような状況にはなかった。
 イ 被告人Aは,被告人Bが甥のFを殺害するという重大で異常な犯罪をなぜどのよう
にして行ったのかについて,説得力ある説明をなし得ていない。被告人Aは,F事件前後
を通じて長期間にわたり被告人Bらと同居生活を続けていたのだから,被告人BがFを
殺害しなければならない事情があったのであれば,当然それを知ることができたのであ
り,被告人Aには,それについて合理的で詳細な供述を期待することができるはずであ
る。ところが,被告人Aの公判供述は真相を合理的に説明していない。すなわち,被告
人BがFを殺害したという経緯が極めて唐突であり,その動機も不明確である。また,被
告人Bがかねて甥のFの殺害を望んでいたような事情は,被告人B及び甲女の公判供
述はもとより,被告人Aの公判供述によっても認められない。
 ウ 被告人Aの公判供述は,被告人B及び甲女の各公判供述に明らかに反している。
特に,被告人Aの公判供述の中心部分をなす「偽装工作」が行われたことを窺わせる事
情は,被告人B及び甲女の各公判供述中には全く出てこない。特に,甲女は,「F事件
当時,被告人AもマンションAにおり,被告人AからFの足を押さえて実行に加担するよう
に指示された。」旨述べているのであり,被告人Aが甲女対策として行ったという「偽装
工作」に関する供述内容とは,前提が全く異なる供述をしている。
 エ 被告人Aの,F事件当時の生活の拠点はマンションBだったという公判供述は,そ
のころのマンションBの電気,ガス及び水道の各使用量がマンションAのそれらと比べて
極めて少ないことと明らかに矛盾している。すなわち,電気使用量は,マンションAでは
平成10年4月13日ころから同年5月12日ころまでの期間約365キロワットであるのに
対し,マンションBでは同年4月27日ころから同年5月26日ころまでの期間約140キロ
ワットに過ぎない。ガス使用量は,マンションAでは同年4月22日ころから同年5月22日
ころまでの期間約65立方メートルであるのに対し,マンションBでは同年4月23日ころ
から同年5月25日ころまでの期間0立方メートルである。水道使用量は,マンションAで
は同年4月8日ころから同年6月7日までの期間約96立方メートルであるのに対し,マン
ションBでは同年4月6日から同年6月5日までの期間約3立方メートルに過ぎない。(甲
719)
 オ 被告人Aの公判供述の内容自体に不自然,不合理な点が少なくない。その主なも
のを指摘すると,次のとおりである。
 (ア) 被告人Aが被告人Bから聞いたという犯行告白について
 被告人Bが被告人Aに話したというF殺害の経緯は唐突であり,動機も曖昧で,薄弱で
ある。被告人Bは,当初,電話で「Fは溺れて死んだ。」と言っていたのに,マンションBに
帰って来ると,一転して,「自分(被告人B)がFの首を絞めて殺した。」と言ったというの
であるが,被告人Bがなぜそのように話を変遷させたのか不可解である。被告人Aがそ
の理由を被告人Bに全く追及していないのも不自然である。
 (イ) 「偽装工作」について
 a 被告人両名が,甲女対策として「偽装工作」を行った理由が不可解である。被告人
Aは,「甲女対策として『偽装工作』を行ったのは,被告人BがFを殺害したことを甲女が
他言しないように,甲女を共犯として巻き込んで負い目を負わせるためだった。」などと
供述するが,甲女はそもそも被告人BがFを殺害したこと自体を知らなかったのだから,
「偽装工作」をあえて行わなければならない理由は全くなかったはずである。当時,甲女
は被告人両名の絶対的支配下に置かれ,被告人Aの指示に忠実に行動し,反抗した
り,逃走したりする気配は全くなかったのであるから,この意味でも甲女対策としての「偽
装工作」の必要性は希薄である。
 b 被告人Aが供述するように,甲女対策が必要であったのであれば,甲女に弱みを負
わせるため,Fの足を押さえる程度にとどまらず,もっと大きな役割を担当させてしかる
べきである。被告人Aの供述によれば,甲女は,被告人Aに,「おじちゃん,私は足を持
っとっただけなんよ。」と弁解しているが,甲女からそのような弁解がなされるようでは,
被告人Aの目論見が達成されたとはいえない。また,被告人Aは,甲女にFの死体解体
作業を手伝わせていないが,これも甲女に弱みを負わせることを図ったにしては,首尾
一貫しない遣り方である。要するに,被告人Aの行動は,被告人Aの目的に沿ったもの
になっていないのである。
c 被告人A又は被告人Bは,「被告人Bが一人でFを殺した。」と強く言っていたという
Gに対し,「偽装工作」への協力をどのように納得させたのかが不明である。
 (ウ) 被告人BからFを殺害した旨を告げられた後の被告人Aの行動について
 被告人Aは,被告人Bが,F殺害という,被告人Aの予期しない重大な犯罪を犯したと
いうのに,驚愕したり,狼狽したりした様子はなく,その理由を問い詰めたり,非難した
り,叱責したり,通電等の制裁を加えたりするなどの態度や行動にも一切出ることなく,
直ちに被告人Bに「偽装工作」を行わせ,死体解体作業をさせている点は,不自然,不
合理である。特に,F殺害時の状況,Gの加担の有無及びGの行動・役割等につき,被
告人Bの話では何ら具体的な事情が明らかでなく,しかも,被告人BとGの言い分が食
い違っていたにもかかわらず,被告人Bの曖昧な話を一方的に聞くだけで済ませてお
り,被告人BやGを問いただして更に詳細な事情を確かめるなどしていない点は不可解
である。
 カ 被告人Aの供述は,捜査段階と公判段階を通じ,また,捜査段階だけを見ても,F
事件の真相に関わる重要部分を含め,著しく変遷しているが,被告人Aはその理由につ
き合理的な説明をしていない。
 特に,「偽装工作」に関する供述は,被告人A自身の刑責にとって重要な供述であると
考えられるが,被告人Aは,この点について捜査段階では全く供述しておらず,公判段
階でも,被告人A弁護人による冒頭陳述では一切主張せず,第8回公判期日(被告人A
弁護人によるB一家事件の概括的尋問)でも全く供述せず,第51回公判期日(被告人A
弁護人によるF事件の詳細な尋問)に至って初めて供述したものである。その理由につ
いて,被告人Aは,「捜査段階では,捜査機関に都合のいい嘘のストーリーを作られる
のではないかと思った。『偽装工作』に関わったことで自分も犯罪に関わったと疑われる
おそれがあった。」などと供述しているが,合理的なものとはいい難い。
 (2) 以上のとおりであるから,被告人Aの公判供述は信用することができないといわざ
るを得ない。
第3 F事件の経緯,犯行状況及び犯行後の状況等
 被告人B及び甲女の各公判供述によれば,F事件の経緯,犯行状況及び犯行後の状
況等について,次の事実が認められる。
 1 被告人Aが被告人BにFを殺害するように働き掛け,被告人Bがその決意をした状況

 (1) 被告人BとGは,平成10年4月末ころ,Dの死体解体作業を終えた。被告人Aは,
同年5月初めころから,被告人Bに対し,「これからFとGをどうするか。」,「Fは(B一家
事件のことを)しゃべるのではないか。」などと尋ねた。これに対し,被告人Bは,「Fは何
も知らないから,大丈夫ではないか。」と答え,一度だけであったが,被告人Aに「FとGを
n家に帰してはどうか。」と提案した。「このまま手元に置いてはどうか。」という提案もし
た。しかし,被告人Aは,次のように反論して,それらの提案のいずれも拒絶した。「Gが
Fに(B一家事件のことを)教えるかもしれない。親が殺されたことをGが黙っているわけ
ないだろう。」,「Fは何も知らないし,Gは犯罪に加担しているから何も言わないかもしれ
ないが,FやGが親戚の者に追及されたとき,Gがちゃんと説明できるのか。お前に責任
が持てるのか。子供だけ帰して他の者は失踪したとしたら,逆に疑惑を持たれるだろ
う。」,「n家に帰して余計なことをしゃべったらどうするんだ。Gが何も言わなかったにして
も,親戚の者がいろいろ問いただしたりすれば逆効果になるだろう。」,「手元に置いてお
くと,食費等で金が掛かる。」
 被告人Aは被告人Bの提案をいずれも拒絶した上,「お前が湯布院に行ったから,こん
なことになったんだ。」と言って,被告人Bを責めた。被告人Bは,FとGの食費等は,自
分が親戚や知人に頼んで借りると話したが,被告人Aから,「借りられるわけがない。」と
言われたので,実際に金策をすることはなかった。
 (2) 被告人Aは,平成10年5月初めころ,毎日のように,被告人Bに対し,FとGについ
て,「養育費はどうするんだ。」,「B家の問題だろう。お前が何とかしろ。」,「Gは自分で
も罪を犯しているから言わないかもしれないけれども,Fは何も罪を犯していないし,Gが
Fにこれまでのことを話したら,Fが,将来,長男や次男を脅したり復讐したりするかもし
れない。GかFのどちらか片方を生かすためには,どちらか片方を殺さなければならな
い。」などと繰り返し言った。
 (3) 被告人Aは,平成10年5月10日ころ,「自分の両親や祖父母を殺されているの
に,恨みに思わないはずはないだろう。肉親の情とはそういうものだ。」と言い,「源平の
話」を引合いに出して,「子供に情を掛けて殺さなかったばかりに,将来その子供に復讐
された話もあるからな。」,「早めに口封じしなければならない。」などと申し向けた。被告
人Bは,これを聞いて,被告人AがFの殺害を指示していると明確に理解し,被告人B自
身もFの殺害を決意し,「そうするしかないでしょうね。」と答えた。被告人Bは,①Fはテ
レビも見せて貰えず,満足な食事も与えられず,いずれは通電されるだろうし,学校にも
行かせて貰えないだろうから,Fは生きていても可哀想だと考えたこと,②被告人Aから
は,「被告人Bが湯布院に行ったから,B一家を次々に殺害しなければならなくなった。
俺はそれに巻き込まれ,とても迷惑している。」と繰り返し責められていたので,かねて
被告人Aに負い目を感じており,Fの養育費も工面することができず,被告人Aに迷惑を
かけることはできないと考えたことなどから,Fの殺害を自分でも納得して決意した。
 2 被告人AがGに働き掛けてFの殺害を決意させた状況等
 (1) 被告人Aは,被告人BがFの殺害を決意してから,マンションAの台所や洗面所
で,Gに対しても,Fの殺害を決意させるために,繰り返し働き掛けた。
 (2) 被告人Aは,Gに対し,「これからどうするね。nの家に帰るのか,どうするのか。」
と尋ねた。Gは,「Fと二人でnの家に帰ります。」と答えたが,被告人Aは,「でも,帰った
ら,nのおばあちゃんにいろいろ聞かれるけど,どうするの。」と言って,Gが親族らからB
らの所在やこれまでどこで何をしていたのか等について追及されたら,どのように答える
か,執拗に問い詰めた。Gは,「何も言いません。」と答えたが,被告人Aは,「Gちゃんは
何も言わないかもしれないけど,F君は大丈夫なの。GちゃんはF君が何も言わないこと
に責任を持てるのか。」と,更に問い詰めた。Gは,当初,「何も言わせません。」と答え
ていたが,被告人Aが,「もしF君が何か言って,それがもとで警察が動いたら,Gちゃん
自身も犯罪を犯しているから,Gちゃんも警察に捕まってしまうよ。F君を連れてn家に帰
ることは,Gちゃん自身にとっても危険だし,自分(被告人A)にも不利益になる。Gちゃん
はF君のことで責任が持てるのか。」などと追及したところ,Gは何も言えなくなった。さら
に,被告人Aは,「もしGちゃんが生きていたいんだったら,F君を殺した方がいいんじゃ
ない。F君だって,お父さんもお母さんもいないし,生きていてもかわいそうじゃないか。
お母さんに懐いていたんだったら,お母さんのところに連れて行った方がいいんじゃない
か。」などと,駄目を押すように言うと,Gは,「そうします。」と答えた。
 (3) 被告人Bは,そのとき既にF殺害を決意していたので,被告人AとGの傍に居て,
被告人Aの言うことに異論を唱えず,被告人Aに同調して相づちを打つなどした。
 3 被告人Aが,被告人BとGに対しFの殺害を指示した状況等
 (1) 被告人Aは,GにFの殺害を決意させてから数日後の5月17日ころの午後,マンシ
ョンAの台所で,被告人BとGに対し,Fの殺害を実行するように指示した。被告人Aは,
Gに対し,「お前の弟やけ,お前が首を絞めろ。お前がせないかん。」と言った。そのと
き,被告人Bと甲女も傍に居た。被告人Aは,甲女に対しても,「お前も足を押さえろ。」と
指示した。甲女は嫌そうな顔をしたが,何も言わなかった。被告人Aは,被告人BとGに
対し,Fがぐったりしてからも更に念を入れて首を絞めること,首を絞め終わったら心音で
死亡を確認することを指示した。被告人BとGは,「はい」と答えた。
 (2) 被告人Aは,「じゃあ,そろそろやれ。」と指示し,自らは和室に入った。被告人B,
G及び甲女は,Fを殺害するために浴室に向かった。
 (3) 被告人Aは,Fの殺害に先立ち,「解体道具の準備をしておけ。使わないにこした
ことはないけど,多めに買っておけ。」と指示し,殺害の実行当日までに死体解体道具を
購入させて用意させた。
 4 被告人BらがFを殺害した状況
 Fは,殺害された当日,マンションAの浴室に閉じ込められて,立たされていた。G及び
甲女が洗面所に行くと,浴室に居るFは,頭を窓と台所の方に,足を洗面所と浴槽の方
に向けて(すなわち,壁に対して斜めに)仰向けに寝ており,眠っているようだった。浴室
の電気はついていなかったが,洗面所の洗面台の蛍光灯がついており,浴室内は薄暗
かった。Fは,白いランニングシャツと白いブリーフを着ていた。
 被告人BとGは,浴室内に入り,被告人BはFの左肩付近に,Gは右肩付近に,それぞ
れしゃがんだ。甲女は洗面所の浴室入り口付近にしゃがんだ。被告人Bは,甲女にFの
足を押さえるように指示したので,甲女は両手でFの両足首辺りを押さえた。被告人B
は,Fの両腕を両手で押さえた。Gは,Fの首に巻き付けられた帯のような紐を両手で両
側に引っ張った。その紐は,白かピンク色をしており,幅約4センチメートル,長さ約90
センチメートルだった。Gは首を絞めるとき,甲女の方に身体を寄せて来たので,甲女は
自分の場所が狭くなり,Fの足を押さえていた手を離してしまった。Fは,「ウウッ」という
声を出し,苦しがって足をばたつかせた。被告人Bが,「ちゃんと足持たんね。」と叱った
ので,甲女は,もう一度Fの足を押さえた。Gは,かなり長い間Fの首を絞めていた。Fは
泣いたり叫んだりしなかった。大小便は漏らさなかった。被告人BとGは,Fの心音がな
いことを確認した。
 5 Fの殺害直後の状況等
 被告人Bは,F殺害後,直ぐに和室に居た被告人Aに対し,Fの殺害が終わったことを
報告した。被告人Aは,被告人Bに対し,「どのくらい絞めたのか。どの辺りを絞めたの
か。」などと,殺害状況を詳しく尋ねた。被告人Bが,「首の真ん中辺りを絞めた。」と言う
と,「その辺りでは時間ばかり掛かって完全ではない。首の上の方を絞めなければ。本
当に死んだのか。」と言った。また,被告人Bが,「Fが苦しがって足をばたつかせたの
で,甲女に押さえて貰って良かった。」と言うと,被告人Aは,「ほら言ったとおりだろう。」
と言った。
 6 Fの死体解体状況等
 Fの死体を解体することは当然に了解されていたので,特に話合いをしなかった。被告
人Aは,死体解体作業には直接従事しなかったが,死体解体作業中,たびたび浴室を
覗いて作業の進み具合を確認したり,作業を急ぐように促したり,解体した個々の部分
が大きすぎるなどと注意したりした。被告人Aは,死体解体作業後,肉汁等を詰めたペッ
トボトルを公園等に捨てに行くように指示した。
第4 F事件に関する争点に対する判断
 1 共謀の有無及び内容
 (1) 共謀の認定に積極に働く事情
 ア 被告人Aによる犯行の指示,犯行前後を通じての被告人Aの態度・言動等
 (ア) 被告人Aは,被告人Bに対し,Fが被告人両名にとって足手まといであり,将来Fを
通じて被告人両名が犯した犯罪が発覚したり,仕返しをされるかもしれない旨を,「源平
の話」まで引合いに出して,繰り返し説得し,甥のFを殺害する決意をさせた。そして,引
き続き,Gに対しても,被告人Bと共に,GがB,C及びDの死体解体,E殺害の実行に加
担した負い目を強調し,Gの犯した犯罪の発覚を免れ,Gが生き残って親族のもとに帰
るためには,Fを殺害するしかない旨を執拗に繰り返し,果ては,「Fのことで責任が持て
るか。」などと厳しく追及して,弟のFを殺害する決意をさせた。
 (イ) 被告人Aは,被告人BとGにFの殺害を決意させると,F殺害の実行に先立ち,被
告人B,G及び甲女に対し,殺害の方法,実行の分担等を具体的に指示した。すなわ
ち,GがFの首を絞めること,甲女はFの足を押さえること,Fがぐったりしてからも更に十
分に首を絞め続けること,心音でFの死亡を確認することなどを指示した。被告人B,G
及び甲女は,その指示どおりにFの殺害を実行した。
 被告人BはFを殺害するや,直ちに被告人Aにその旨を報告したが,被告人Aは被告
人Bに殺害状況を問いただして意見を述べた。被告人Bが甲女にFの足を押さえさせて
助かった旨報告すると,被告人Aは「ほら言ったとおりだろう。」と言った。これらの言動に
おいて,被告人BらがFを殺害したことが被告人Aの意思に沿うものであったことを窺わ
せる点はあっても,これに反するものであったことを窺わせる点は全く見受けられない。
 (ウ) 被告人Aは,F殺害の実行に先立ち,被告人Bに指示して,予め死体解体道具を
購入させた。死体解体の際,自らは解体作業には従事しなかったものの,被告人Bらが
解体作業を行っている浴室を何回も訪れ,解体作業の進行状況を確認したり,解体作
業の方法につき具体的に指示したり,解体作業を急ぐよう促したりするなど,F事件の罪
証隠滅工作を主導的に行った。
 イ被告人AにはFを殺害する動機があったこと
 被告人Aは,Bを死亡させ,C,E及びDの殺害を遂げた後,F事件当時,①D夫婦の長
男であり当時5歳であったFを親族のもとに帰すこともできず,かといって,被告人両名
のもとに置き続けて養育することも望まず,その存在を持て余していたこと,②Fを通じ
て,警察の指名手配を受けている被告人両名の所在や,被告人両名が犯した幾つかの
重大犯罪が警察の知るところとなるのを恐れていたこと,③両親等を殺害したことでFの
恨みを買い,同人が成長した際に報復を受ける不安があったこと,以上の諸事情が窺
われ,そのためにFの殺害を企てたのではないかと推認される。
 被告人Aは,「Fを殺害する動機などなかった。Fとずっと関わりを持ち続けたいと思っ
ていた。Fについては,いずれB家の親族かn家のもとに届けて養育費名目で金を要求
しようと思っていた。被告人Aにとっては,Fは居ても居なくてもよかったが,居れば将来
何らかの利益をもたらすだろうと思っていた。」などと供述しているが(被告人A52回
111ないし120項,乙80等),Fを親族らのもとに返すことは被告人両名の所在等の発覚
に繋がるおそれがあり,実行に移すわけにはいかなかったのであるから,現実性のない
話であり,信用することができない。
ウ 被告人Bは被告人Aの指示に忠実に犯行を実行したこと等
 (ア) 被告人Bは,被告人Aの働き掛けを受け,被告人AがFの殺害を意図していること
を明確に理解した上,「そうするしかないでしょうね。」などと,それが唯一の方法である
ことを承認する旨の言葉でこれを受け入れて,F殺害を決意し,引き続き,被告人AがG
に対しF殺害を決意するように働き掛ける際も,被告人Aに同調的な態度をあからさまに
示してG説得にも一役買い,GにFの殺害を決意させた。
 (イ) 被告人Bは,F事件の犯行当日,被告人AからFの殺害を実行するように指示され
るや,これを受け入れ,直ちに実行に掛かり,被告人Aが具体的に指示した殺害方法,
役割分担に従い,GにFの首に巻き付けた紐を引っ張らせFの首を絞めさせ,自らはFの
両腕を押さえるなどし,その間,甲女にはFの足を押さえさせ,実行中に手を離した甲女
を叱責するなどし,実行場面において積極的役割を果たし,Fの殺害を遂げた。Fの殺害
直後,被告人Aに指示されたとおりFの心音がないことを確認し,被告人Aに対し結果を
報告した。
 (ウ) 被告人Bは,F殺害後,被告人Aの指示に従い,Gと共にFの死体解体作業に従
事し,これを完遂した。
 エ 被告人Bにも被告人AのF殺害の指示を受け入れざるを得ない動機があったこと
 被告人Bにおいても,Bを死亡させ,C,E及びDを次々に殺害した後,D夫婦の遺児で
あるFの存在を持て余し,Fを通じて被告人両名の所在や被告人両名が犯した幾つかの
重大犯罪が警察に発覚するのではないかと恐れ,これを防ぐためには,被告人Aが指
示するとおり,Fを殺害するのもやむを得ないと考えたことを否定できない。被告人Aは
被告人Bの説得に約10日間を掛け,じっくりと行っているのであり,その間被告人Bに
通電等を加えた形跡もないのであるから,被告人Bが出した結論は被告人B自身の判
断によるものであったというほかない。
(2) 共謀の認定に消極に働く事情
 ア 被告人AはF殺害の実行行為等を全く行っていないこと
 被告人Aは,F殺害の実行行為はもちろん,死体解体作業においても,指示以外の具
体的な行為は行っていない。しかし,これは,被告人Aの処世術からすれば,自己に危
険や責任が降り懸からないための知恵なのであり,被告人Aは,Fの殺害を実行するに
当たっても,これを意図しながら,自ら実行に加担することによる危険や責任を回避する
ため,被告人BとGに働き掛け,あたかも被告人BとGが自らFの殺害を決意して実行し
たように見せ掛けることにより,その危険や責任をすべて実行を担当した被告人BとGに
押し付け,自らは背後に控えて手を汚すことなく意図した目的を実現しようとしたと考え
られるから,前記の点は共謀の認定に消極に働く要素としては,無視し得るほどに微弱
である。
 イ 被告人Bは,被告人Aとの関係で一段弱い地位にあり,被告人Aに反抗的態度を
取れば,通電等の暴行を受けるおそれが常にあったため,被告人Aの指示に従わざる
を得ない立場にあったが,他方で,警察による逮捕を免れ,被告人両名の逃亡生活を
全うするためには,被告人Aの存在やその役割が不可欠であることを認めた上で,同人
に付き随っていたものであって,被告人Bの行動は,被告人B自らが選んだものであっ
たというべきであるから,上記のような事情が,被告人両名の間に,F殺害についての共
謀があったことを否定すべき要素となると考えるべきではない。
 他に,被告人両名の間に,F殺害についての共謀がなかったと認めるべき特段の事情
は認められない。
 (3) 結 論
 以上によれば,遅くとも,平成10年5月17日ころ,被告人Aが,マンションAの台所で,
被告人B,G及び甲女に対し,Fの殺害を指示した時点で,被告人Aは,被告人Bの行為
を利用して,F殺害を実現する意思であり,被告人Bは,自らF殺害を実行し,かつ自己
の行為が被告人Aの上記意思を実現し,補充するものであることを認識し,認容する意
思であり,被告人両名は,上記各意思を相互に通じ合い,一体となって,殺意(確定的な
殺意)をもって,Fを殺害する旨の共謀が明示的に成立したことが優に認められる。
(4) F事件に対するG及び甲女の関与について
 ア F事件に対するG及び甲女の関与の内容
 Gは,被告人Aの指示を受け,Fの首に巻き付けた布製の帯状の紐を両手で両側に引
っ張りFを窒息死させ,また,甲女は,被告人Aの指示を受け,GがFの首を絞める際,F
の足を押さえ,いずれもF殺害の実行行為に当たる行為をしたものである。
 イ G及び甲女の責任能力
 GはF事件当時10歳,甲女は13歳10か月であり,いずれも刑事未成年者ではある
が,是非弁別能力はあった。
 ウ G及び甲女は完全に意思を抑圧されていたこと
 (ア) Gについて
 Gは,平成9年7月下旬ころ,マンションAに連れて来られてから,長期間にわたり,被
告人両名による通電等の凄惨な暴行や,食事・起居動作の制限等の理不尽で非人間
的な虐待を執拗に受け続けた上,祖父母(B,C),両親(D,E)を次々に殺害された挙
句,その死体解体作業にも従事させられるという未曾有の体験をし,F事件当時,心身
共に大きな打撃を受けていた。被告人両名に対する恐怖感や自分も殺されるかもしれ
ないという不安感は当然強かったが,被告人両名や甲女の監視下にあり,マンションA
から逃走して警察等に助けを求めることは不可能であった。このような状態のGが被告
人Aから指示や説得を受けた場合,これを拒否することを期待するのは土台無理であっ
た。
 (イ) 甲女について
 甲女は,平成6年10月ころからマンションAで被告人両名との同居生活を余儀なくさ
れ,以来長期間にわたり,被告人両名の支配下に置かれ,小学校への通学こそ許され
たが,被告人両名による通電等の悽惨な暴行や,食事・起居動作の制限等の理不尽で
非人間的な虐待を受け続けた上,同じく被告人両名によって暴行,虐待を受け続けてい
た父親(A)を殺害された。甲女は,被告人両名の仕打を逐一見てきたものであり,被告
人両名を極度に恐れ,その印象を「悪魔」と評したほどであり,常に被告人両名の顔色
を窺いながら,生活せざるを得なかった。異常な環境のなかで,孤独で無力な甲女が生
き残るためには,被告人両名,特に被告人Aの指示を忠実に守り,それに逆らわず,指
示されたことは何でも実行するしかなかった。被告人Aは,甲女に指示して,父親の死体
解体作業を手伝わせた。これは,自らも犯罪を犯したとの自覚を否応なく植え付けた。さ
らに,被告人Aは,Aの死後,甲女に命じて,「私がAを殺しました。」旨の念書を作成さ
せ,A殺害の責任を甲女に押し付けた。甲女は,被告人Aの巧妙な工作の結果,マンシ
ョンAから逃走することや警察に助けを求めることが極めて困難な状態に追い込まれ
た。そのことは甲女の被告人両名への隷属を強めた。
 湯布院事件が起こり,B一家がマンションAに来るようになると,被告人Aは,甲女に,
被告人BやB一家の監視役をさせるようになり,甲女はそれを忠実に果たして,それなり
に被告人Aの信頼を獲得した。マンションAにおける甲女の地位は上がり,それに反比
例して,甲女が被告人Aから通電等の暴行や虐待を受けることは減少したが,それは,
被告人Aの考え一つで変わり得る不安定なものであり,同女があくまでマンションAに留
まって,被告人両名の支配下で,被告人Aの指示に忠実に従って,生活し行動する限り
でのものであったことはいうまでもない。甲女は中学校への通学はできたが,被告人両
名の支配を脱しようとしたり,指示に反抗的な態度を取った場合はもとより,そうでなくて
も被告人Aの怒りを買えば,通電等の厳しい制裁が待っていた。A事件やB事件等を見
てきた甲女にとって,被告人Aに不信感を抱かれ,邪魔者扱いされると,やがて自分も
殺されるかもしれないという不安は極めて現実的なものであったはずであり,甲女の心
の奥底には常にその怯えと自制があったと見るべきである。
 (ウ) G及び甲女は完全に意思を抑圧されていたこと
 以上のとおりであるから,G及び甲女は,被告人両名によって,生活・行動の全般にわ
たって自由を奪われ,その絶対的支配下に置かれていたものである。被告人両名の指
示に従わなければ,通電等の激しい制裁が待っていた。のみならず,被告人両名の指
示に従わないと,自分も殺されるかもしれないという不安は,G及び甲女にとって,極め
て現実的なものであったはずであり,被告人Aの指示自体がG及び甲女にも身近な存在
であるFを殺害せよという内容であるだけに,指示を受けた両人に大きな不安を呼び起
こしたであろうことが推認される。それはG及び甲女の意思を抑圧する決定的な要素で
あった。
 そうすると,F事件当時,G及び甲女は,被告人両名によって完全に意思を抑圧されて
いたことは明らかである。
 エ G及び甲女は被告人Aに指示されたことを機械的に実行したこと
 G及び甲女は,Fを殺害しなければならないような動機は全くなく,被告人Aの一方的
な指示に従いその殺害を実行したものであり,自らの意思でF殺害を実行したものでは
ない。G及び甲女は,被告人Aに指示されたとおりに機械的に行動しただけであり,自己
の判断に基づく行為を全くしていない。
 オ 間接正犯の成立
 以上の諸事情のもとでは,G及び甲女を共同正犯と見ることはできず,被告人両名
は,G及び甲女を利用して,それぞれF殺害の実行行為の一部に当たる行為をさせたも
のであり,自らがその行為を行ったのと同視されるから,G及び甲女を被利用者とする
間接正犯が成立する。
 2 結 論
被告人両名は,共謀の上,殺意(確定的殺意)をもって,年少の児童であるG及び甲女
を関与させ,マンションAの浴室において,Gが布製の帯状の紐でFの首を締め付けて
窒息死させて,同児を殺害したものであり,殺人の共同正犯が成立する。
第5 F事件に関する被告人A弁護人の主張に対する判断
 1 被告人A弁護人は,「被告人Bの公判供述は,次の諸点で,不明確,不自然,不合
理である。すなわち,①被告人Bは,被告人Aが,被告人B及びGに対し,Fを殺害する
ように働き掛け,被告人B及びGがFの殺害を決意し,被告人Aに対し,被告人Bが「そう
するしかないでしょうね。」と,Gが「そうします。」と,それぞれ答えたと供述するが,被告
人BやGは被告人Aのどのような言葉に対してそう答えたのか,具体的な供述をしてい
ない。②被告人Bが,被告人Aは,Gを説得する場面に,被告人Bも立ち会わせたと供述
する点は,徹底して責任回避を考えていた被告人Aの態度を前提とすれば,不自然であ
る。③被告人Bは,F殺害に先立ち死体解体道具を準備する際,Gの死体解体に必要な
分も一緒に購入したと供述する点に関し,購入時期,店舗等について具体的な供述をし
ていない。④被告人Bが,『Fの殺害後,Fに絞首痕があったことは覚えていないし,なか
ったと思う。』と供述する点は不自然である。」旨主張する。(弁論要旨377ないし383頁)
 しかしながら,①については,被告人Bは,前記第2の3のとおり,源平の逸話,「子供
に情けを掛けて殺さなかったばかりに,その子供に復讐された話もあるからな。」,「早目
に口封じしなければならない。」,「Gちゃんは何も言わないかもしれないけど,F君は大
丈夫なの。GちゃんはF君が何も言わないことに責任を持てるのか。」,「もしGちゃんが
生きていたいんだったら,F君を殺した方がいいんじゃない。」などと,被告人Aが被告人
BやGを説得するために申し向けた種々の言葉を極めて具体的に供述しているところ,
これらによれば,被告人Aが被告人BやGに何を求めているかは至極明瞭であって,要
するに,「Fを殺せ。」あるいは「Fを殺した方が良い。」ということに尽きる。被告人BやG
の前記各発言はそれに対応するものであることは多言を要しないことであり,被告人A
弁護人の主張は当たらない。②については,F事件は,被告人Aが,Fに対する殺害意
図を隠すことなく,「口封じ」とか「殺した方がいい。」とかの,Fに対する殺害意図を露骨
に示す言葉を口にして,しかも,被告人Bを介する形でなく,被告人A自身が乗り出し
て,絞殺の実行役であるGに対する説得に当たっている点が特徴的である。C・E事件に
おいては,被告人Aは,被告人BやB一家にCやEをどうするか,話し合わせ,被告人A
自身は背後に隠れる形を取った。自らもその話合いに加わることはあったものの,殺害
を直接指示する言葉は口にしなかった。被告人Bが被告人AのG説得場面に立ち会う形
になったのは,実は上記のような被告人A自身の姿勢の変化によるのである。なぜ被告
人Aがそのように変化したか,詳らかではないが,結局,被告人Aは被告人Bのみに任
せてはおれなかったからと考えるほかない(もっとも,被告人Bも,被告人Aに同調して
相づちを打つなどしており,その刑責は軽くない。)。殺害意図を露骨に示す言葉を口に
せざるを得なかったのは,Gが当時10歳であったため,婉曲な表現を用いては,F殺害
を決意させられなかったということも一因であろう。③については,被告人Bは,被告人A
から,「使わないに越したことはないんだけども,多目に買っておけ。」と指示され,F殺
害当日までに,F及びGの死体解体道具を購入しておいたことを具体的かつ明確に供述
しているところ,このことは特徴的で印象的な出来事であるが,死体解体道具を購入し
た時期や店舗等,更に詳細な事情については,死体解体道具の購入はそれまで何回も
行った事柄であるだけに,被告人Bの記憶に残りにくかったとしても不自然とはいえな
い。④については,被告人Bは,「誰のときも首を絞めた痕というのは覚えていないし,な
かったと思う。」と述べているところ(被告人B59回359項),首を絞めて人を殺害すると
いう行為の重大さや異常さに照らすと,被告人Bが,殺害を実行した直後,遺体の絞首
痕に注意を向けず,それを正確に記憶しなかったとしても不自然とはいえない。
 2 被告人A弁護人は,「被告人Bの供述は,次のとおり変遷している。すなわち,①被
告人Aが,被告人B及びGに対し,F殺害を決意するように働き掛けた時期,回数,被告
人Aと被告人BやGとの会話等についての被告人Bの供述は,捜査・公判段階を通じ変
遷している。②被告人Aが,犯行直前に,被告人Bらに対し,Fの殺害方法や殺害後の
行動を指示した時期,内容,甲女にF殺害に関与するように指示した状況等についての
被告人Bの供述は,捜査・公判段階を通じて変遷している。」旨主張する(弁論要旨
383ないし396頁)。
 しかしながら,①については,被告人Bは,「被告人Aが数日間にわたり被告人Bに対
し種々のことを言ってFの殺害を説得し,決意させたこと,その後,被告人AはGに対して
も何日間か掛けてFの殺害を説得し,決意させた。」旨の供述は一貫させている上,前
記1のとおり,被告人Aがその過程で被告人B及びGに対し言った具体的な言葉につい
ても供述しており,その中でも源平の逸話についての供述は特異性という点で注目され
る。被告人Aと被告人B及びGとの会話は,それぞれ何日間かにわたり何度か繰り返さ
れたというのであるから,被告人Bがその時期,回数,被告人Aの言葉等を事細かに記
憶し供述することは困難であるともいえる。したがって,被告人A弁護人が指摘する点に
ついての被告人B供述の変遷は,被告人B供述の基本的部分の信用性を揺るがすほ
どのものとはいえない。②については,被告人Bは,「被告人Aは,犯行直前に,被告人
BとGに対し,二人でFの首に電気コードを巻き付けて両側から引っ張って首を絞めるよ
うに指示し,その後,台所で,甲女に対し,被告人BとGのF殺害の実行を手伝うように
指示した。」旨一貫して明確に供述している。被告人A弁護人が供述が変遷していると
指摘する点は,いずれも信用性判断で比重の軽い事柄であり,変遷の程度も小さい。そ
の限りでは,被告人Bの供述には直ちに信用性を否定しがたいものがあるが,甲女の
供述と食い違う点も少なくなく,それらの点に関しては,むしろ甲女の供述の方が信用で
きることは,前記第2の4で述べたとおりである。
 3 被告人A弁護人は,「被告人Bの公判供述は,Fの死体解体道具を購入したことに
つきジャーナルがないなど,客観的証拠による裏付けがない。」旨主張する(弁論要旨
396・397頁)。
 Fの死体解体道具の購入先等につき,ジャーナルによる裏付けが取れていないこと
は,被告人A弁護人主張のとおりである。しかしながら,被告人BらがFを殺害し,その
死体を解体して処分したことは,被告人Aも争わず,証拠上明らかに認められる事実で
あるし,F事件につき上記のジャーナルを欠くことにより,Fの死体解体の事実やFの死
亡の事実そのものが疑わしくなるという関係にはない。被告人A弁護人主張の点は,被
告人B供述の信用性判断に決定的な影響を与える事情とはいえない。
 4 被告人A弁護人は,「甲女の公判供述は,①甲女が浴室で寝ているFを見たときは
既に首に紐が巻かれた状態だったとする点,Fが首を絞められたとき身体を動かしたか
否かをはっきり覚えていない点において,不自然である。②甲女が被告人AからFの足
を押さえるように指示を受けた際,被告人Bが傍に居たか,甲女が指示を受けて浴室に
向かう際,被告人Aと被告人Bのいずれが付いて来たかという点において,曖昧である。
したがって,『被告人AがF殺害を指示した。』旨の甲女の公判供述の信用性は低い。」
旨主張する(弁論要旨398ないし404頁)。
 しかしながら,本件の争点は,被告人Aは,被告人Bらに対し,F殺害を指示したか否
か,という点であり,被告人A弁護人が指摘する①,②の点はいずれも,争点との関連
性の希薄な事柄であり,②については,末節に属する事柄であって,甲女が明確に記憶
していないとしても不自然とはいえない。したがって,甲女の公判供述に,被告人A弁護
人が指摘するような不自然さや曖昧さがあるからといって,被告人Aが被告人Bらに対し
F殺害を指示したという供述の基本的部分の信用性は動かない。
 5 被告人A弁護人は,「被告人B及び甲女の各公判供述は,犯行状況等について食
い違いが見られるが,Fの首を絞めた状況については,いずれも真実体験した出来事を
供述していると考えられるから,Fは2回首を絞められたと考えるべきである。」旨主張す
る(弁論要旨404・405頁)。
 しかしながら,この点については前記第2の4で述べたとおりであり,被告人B及び甲
女は,それぞれが別々の機会にFの首を絞めた体験を供述しているとは認められず,同
じ機会に体験した同一の絞首行為について異なる供述をしているに過ぎないというべき
である。
 6 被告人A弁護人がF事件に関し主張するその他の点について検討してみても,前
記第4のF事件に関する争点に対する判断は左右されない。
第9部 G事件
第1 検察官,被告人A弁護人及び被告人B弁護人の各主張並びに争点
 1 検察官
被告人両名は共謀の上Gを殺害した。①被告人Aが被告人Bと甲女に指示し,被告人
Bが甲女を関与させてGの首を絞めて窒息死させて殺害した。又は,②被告人両名がG
の身体に通電し,さらに,被告人Bが甲女を関与させてGの首を絞め,Gを電撃死若しく
は窒息死させて殺害した。
 2 被告人A弁護人
被告人BがGを殺害したことは争わないが,被告人Aはその実行も共謀もしていないか
ら,無罪である。
 3 被告人B弁護人
被告人両名は共謀の上Gを殺害した。被告人Aが被告人Bと甲女に指示し,被告人B
が甲女を関与させてGの首を絞め窒息死させて殺害した。
 4 争 点
 G事件の主な争点は,被告人Aについて,被告人BがGを殺害するに当たり被告人Aと
の間に共謀があったか否かである。
第2 G事件の事件の概要,証拠構造,被告人B,甲女及び被告人Aの各
公判供述並びにそれらの信用性の検討
 1 G事件の概要
 被告人Bが平成10年6月7日ころマンションAでGを殺害したこと,被告人Bと甲女がG
の死体をマンションAの浴室等で解体して処分したことは,被告人B及び甲女が公判廷
で明確に供述しており,被告人Aもそのことを争わないから,これらの事実が明らかに認
められる。
 2 G事件の証拠構造
 G事件の具体的な経緯や犯行状況等を認定し得る有力な証拠は,被告人B及び甲女
の各公判供述である。被告人Bは,「被告人Aが被告人Bと甲女にGの首を絞めて殺害
するように指示し,被告人Bが甲女を関与させてGの首を絞めて殺害した。」旨,甲女
は,「被告人Aと被告人BがGをすのこに縛り付けるなどしてその身体に通電し,Gが動
かなくなった後,被告人Bが甲女に指示し,被告人Bが甲女を関与させてGの首を絞め,
そのころGを殺害した。」旨供述している。他方,被告人Aは,Gの殺害の実行及び共謀
への関与を否認している。
 ところで,被告人B及び甲女の各公判供述を更に詳しく見ると,①Gは少なくとも被告
人Bが加担した行為によって死亡したこと,②被告人Bと甲女が,マンションAの台所
で,紐状の物(電気コード又は布製の帯状の紐)をGの首に巻き付けて両側から引っ張
り,Gの首を絞めたこと,③GはそのころマンションAの台所で死亡したことについては一
致している。
 しかしながら,被告人B及び甲女の各公判供述は,①被告人Bと甲女がGの首を絞め
るに先立ち,被告人Aと被告人BがGをすのこに縛り付けるなどしてその身体に通電した
か否か,②被告人Bと甲女がGの首を絞めるとき,被告人AはマンションAに居て被告人
Bと甲女に対しGの首を絞めるように指示したか,それとも,被告人AはマンションAに居
らず,被告人Bが甲女に対しGの首を絞めるように指示したのか,③被告人Bと甲女が
Gの首を絞めた道具は何か(「電気コード」か,「紐」か。),④被告人Bと甲女がGの首を
絞めたときのGの様子や反応等はどうであったか等の点で食い違っている。
 そこで,まず,被告人B及び甲女の各公判供述の信用性を検討し,次に,被告人Aの
公判供述の信用性を検討する。
 3 被告人B及び甲女の各公判供述の要旨
 (1) 被告人Bの公判供述の要旨
 被告人Bは,公判廷において,G事件の経緯,犯行状況及び犯行後の状況等につい
て,次のとおり供述している(被告人B8,30,33ないし36,45,46,56,59,63,6
4回等)。
 ア F事件後の経緯等 
 (ア) 被告人Aは,被告人BがFの死体解体道具を買いに行くとき,「多目に買って来
い。」と指示した。被告人BとGは,平成10年5月下旬ころ,Fの死体解体作業を終了し
た。被告人Aは,Fの死体解体後,解体道具を捨てるように指示しなかった。
 (イ) 被告人Aは,平成10年5月下旬ころから,毎日のように,Gに対し,種々の口実
で,Gの腕や顔面(両顎,両唇等)にひどい通電を繰り返した。Gは,両顎に通電される
と,短いしゃっくりのような声を上げた。その際,Gは,通電を受けながら,被告人Aに対
し,「何も言いません。絶対に言いません。」と繰り返し言った。被告人Aは,そのうち,全
く理由を設けないで,Gに通電するようになった。また,Gに対し,プラグの接触時間を長
くして通電するようになり,そのような通電によってGの二の腕に大きな火傷を負わせた
が,被告人Aは,傷口付近を古新聞で巻いて置くだけにして,放置した。被告人Bは,台
所で,Gに対する通電の様子を見ていたが,そのときは,被告人AがGに通電するのは
Gをn家に帰すための口止工作ではないかと思っていた。しかし,現在では,被告人A
が,Gに対し顔面,両顎に繰り返し通電したのは,Gの思考能力を奪ったり,Gに生きて
いたいという気持ちを失わせたりするためではなかったかと思う。
 (ウ) 被告人Aは,そのころから,洗面所で,Gと二人で,毎日,一日1回から3回くらい,
一回当たり30分から時には1時間以上も話をした。被告人Aは洗面所のドアを閉めてG
と二人だけで話しており,被告人Bは後で被告人AからGとの会話の内容を聞くこともな
かったので,被告人AとGがどのような会話をしていたのかは分らない。被告人Bは,当
時は,被告人AがGをn家に帰すため,あるいは,被告人両名との同居生活を続けさせ
るため,被告人両名が犯した犯罪を他言しないように言い含めているのではないかと思
っていた。しかし,現在では,そのとき,被告人Aは,Gに対し,B一家事件をすべて被告
人Bの責任にして,Gに死を受け入れさせようとしていたのではないかと思う。
 (エ) 被告人Bは,そのころ,被告人Aに対し,Gに食べさせる食パンの枚数を尋ねたと
き,被告人Aは,食パンの枚数を4枚から一,二枚に減らすように指示して,「もうあんま
り食べさせなくていい。太っていたら大変だろう。」と言った。被告人Bは,被告人AがG
の食事を極端に減らしたこと,Cの死体解体作業の際,脂肪が多く解体作業に苦労した
経験があったので,被告人Aの言葉が,「Gが太っていたら死体の解体作業が大変だ。」
という意味に理解されたことから,被告人AがGの殺害を考えているのではないかと思っ
た。甲女もその場に居り,被告人Aの発言からそのことを察した様子であり,被告人Bと
顔を見合わせた。
 (オ) Gは,トイレの使用を制限され,下痢をしたとき便を漏らして下着を汚したので,次
男のおむつを使用させられた。Gは特に体調の不良を訴えることはなかったが,身体は
痩せ,常に無表情であった。
 (カ) 被告人Aは,G殺害前日の6月6日ころ,被告人Bに対し,「Gちゃんも死にたいと
言っている。」と言ったので,被告人Bが「殺すんですか。」と尋ねたところ,被告人Aは
「いや,まだ分らん。」と答えた。
 イ Gの殺害状況
 (ア) Gが平成10年6月7日に殺害されたことは,被告人Bはその日付けを確かに記憶
している上,「知人の誕生日(7月6日)の逆」と自分に言い聞かせていたことからも確か
である。
 (イ) 被告人Aは,6月7日,マンションAの洗面所でドアを閉めてGと二人で話をした。
その話合いの前に,被告人Aが台所でGに通電した記憶があるが,はっきりとは覚えて
いない。被告人AとGは,夕方,二人で洗面所から台所に出て来た。被告人Aは,被告
人Bに対し,「Gちゃんもそうすると言っているから。」と言い,同意を求めるようにGの方
を向いたところ,Gは下を見てうつむき加減に小さくうなずいた。被告人Bは,被告人Aが
これからGを殺すつもりであることを理解したが,被告人Aに対し何の異論も唱えなかっ
た。被告人Bは,Gは生きていても辛いだけであり,死にたいと思うのも無理はないと思
う一方,Gはもう少し被告人Aの指示に従って生き残れるように頑張れないのかと腹立
たしく思った。被告人Bは,Gは学校へも行かせて貰えず,ひどい通電を繰り返される
し,生きていても辛いだけだなどと考え,被告人Aの意向に従い,Gの殺害を自分でも納
得した。
 (ウ) 被告人Aは,マンションAの台所で,被告人Bと甲女(甲女がいつ台所に来たのか
は分からない。)に対し,「両方から引っ張れ。」と指示した。甲女は嫌そうな顔をした。被
告人Aは,被告人Bと甲女に対し,「今から遣れ。」又は「そろそろ遣れ。」と言って,自ら
は和室に入った。
 (エ) Gは,マンションAの台所の南側和室前付近の床の上に,頭を南側に,足を北側
に向け,自分で仰向けに寝た。被告人Bは,電気コードを用意し,Gの右肩辺りにしゃが
み,Gの首の下にコードを1回通した。その際,Gは,被告人Bが電気コードを通しやすい
ように,頭を少し持ち上げた。Gの顔にタオルを掛けたり,口に布(ガーゼ)を入れたこと
はない。甲女はGの左肩辺りにしゃがんだ。被告人Bと甲女は持っていた電気コードの
先端を互いに交換して手渡した。その間,Gは目を閉じていた。被告人Bは,F殺害後,
被告人Aから,「首の上の方を絞めないと,時間ばかり掛かって完全に絞めることができ
ない。」と言われたので,電気コードをGの首の上の方で交差させ,首の上の方を絞める
ようにした。被告人Bと甲女は,コードを両手でつかみ,両側に力一杯引っ張った。その
際,被告人Bが引く力の方が強く,Gの頭が少し被告人Bの方にずれたので,被告人B
は,甲女に対し,「ちゃんと引っ張らんね。」と言った。被告人Bは,Fを殺害するとき,被
告人Aから,「十分すぎるほど引け。」と指示されたので,5分間くらい首を絞め続けた。
その間,Gが身体を動かして暴れるなどしたことはなかった。被告人Bは,十分に首を絞
めたのでGは死亡したと思い,心音は確認しなかった。
 ウ G殺害後の状況
 (ア) 被告人Bと甲女は,Fの殺害後に死体を直ぐに浴室に運ばないで被告人Aに叱ら
れたので,Gの死体を直ぐに浴室に運んだ。その後,被告人Bは,北側和室に居た被告
人Aに対し,「終わりました。」と報告した。被告人Aは,「そうか。」と答え,「今からマンシ
ョンBに移るから,荷物を用意しろ。」と言うとともに,「急いで遣れ。」と死体解体を急ぐよ
うに指示した。
 (イ) 被告人Bが30分くらい荷物の整理をしてから,被告人Aは,長男,次男及び甲女
を連れてマンションAを出てマンションBに向かった。被告人AがマンションBに移った理
由は,6月であるから死体が早く腐敗して解体時の臭いがひどくなるためと,Gの死体を
見たくなかったためではないかと思う。
 (ウ) 被告人AらがマンションAを離れた後,被告人Bは独りマンションAに残り,臭いが
漏れないように,台所に新聞紙のカーテンを張ったり,浴室窓を黒いビニールの布で覆
ったりした。被告人AらがマンションAを出てから二,三十分くらいして,甲女がマンション
Aに戻って来て,Gの死体解体作業を手伝った。
 (エ) 被告人Aは,死体解体作業には従事しなかったが,作業中,たびたび電話をかけ
てきて進行状況を確認し,「先に首を切れ。」,「息を吹き返したらどうするんだ。早く首を
切れ。」などと指示し,「早くしないと死体が腐る。」,「お前のためになぜ俺が子供の面倒
を見なければいけないのか。お前の子供だろう。とにかく早く終わらせろ。」などと言っ
て,作業を急がせた。被告人Bと甲女は,Gの死体解体作業を1週間くらいで終えた。被
告人Aは,解体道具の処分につき,包丁や鋸は何度も拭いて川に捨てるように,鍋,バ
ケツ等は他人が拾って使うことがないように,潰したり取っ手を外したりしてから捨てるよ
うにと指示した。
 (オ) 被告人Bは,Gの殺害後,被告人Aから,「お前が逃げたから全員殺す羽目になっ
た。」,「全部B家の問題だからお前がきちんとしなければいけない。お前が湯布院に行
ったからこうなったんだぞ。お前の子供のためにこうしているんだから,お前がやらなき
ゃいけない。」などと,何度も言われた。
 (2) 甲女の公判供述の要旨
 甲女は,公判廷において,F事件の経緯,犯行状況及び犯行後の状況等について,次
のとおり供述している(甲女35,36,41,45,47,48回等)。
 ア F事件後の経緯等
 (ア) Gは死亡直前ころになると,顔や身体が痩せていた。Gは一日1回食パンだけを
与えられた(枚数は覚えていない。)。Gはおむつを使用させられた。Gはたびたび通電さ
れた。被告人Aは,全裸のGの手足をすのこに縛り付け,手足,顔面,陰部等にひどい
通電をした。Gは,通電を受けたとき,「ヒックヒック」としゃっくりのような声を上げた。G
は,寝るときは,おむつかパンツだけを身に付け,両手を合掌させて手首を縛られ,首と
手首を一緒に縛られ,両足首も縛られた。
 (イ) 被告人Aは,F事件後,何回か,Gと二人だけで話をした。
 (ウ) 被告人Aは,F事件後,Gを殺害する何日か前,マンションAの和室で,被告人Bに
対し,「あいつは口を割りそうやけ,処分せないけん。」と言った。そのとき,甲女も和室
に居た。
 (エ) 被告人Aは,そのころ,被告人Bに対し,「死ぬけ,食べさせんでいい。」と言った。
 (オ) 被告人Aは,G殺害の前日,マンションAで,被告人Bに対し,「明日からg(マンシ
ョンBのこと)に移動する。」と言った。
 イ 被告人両名がGに通電した状況
 (ア) 甲女は,G殺害当日,夕方ころ起き,30分か1時間くらい経ってから,被告人Aの
指示を受けて,和室で,独りで,マンションBに移るための荷物をまとめたり,整理したり
した。甲女が荷物の整理をしていると,甲女が起きてから2時間くらい経ったころ,被告
人Aが台所で被告人Bに対し「Gに電気を通す準備をせい。」と言うのを聞いた。被告人
Aと被告人Bは,台所の南側和室付近で,Gに通電し始めた。
 (イ) 甲女は,被告人両名がGに通電している間も荷物の整理を続けたが,荷物を玄関
付近に運んだり,台所や洗面所に荷物を取りに行ったりするために和室と台所を行き来
しており,台所に出たときGに対する通電の様子を何回か見た。しかし,立ち止まって注
視したことはない。
 (ウ) Gは,床に2枚並べたすのこの上に,頭を南側に向けて全裸で仰向けに寝かさ
れ,両手首,両足首,両膝を帯のような紐ですのこに縛り付けられた状態で通電され
た。被告人Aは,Gの足元付近で,背もたれのある椅子に座り,Gの方を向いていた。被
告人Bは,Gの右肩付近に立っていた。被告人Aは,クリップを取り付けた電気コードや
コンセントに差し込んだ延長コードの差込み口を持ち,被告人Bに対し,「(クリップを)太
股に付けろ。」と指示した。被告人Bは,Gのいずれかの足の太股の外側と内側にクリッ
プを取り付けた。被告人Aは,延長コードの差込み口と電気コードのプラグをそれぞれ片
手で持ち,これらを接続させて通電した。Gは,通電されると,身体を痙攣させながら,
「ヒックヒック」と,しゃっくりのような声を上げた。そのとき,Gの陰部にクリップを取り付け
て通電するのも見た。被告人Aと被告人Bは,その日,Gに対し,それ以外の部位にも通
電したが,具体的な部位は思い出せない。甲女は,荷物を整理している間,Gが30分く
らい「ヒックヒック」と声を上げるのを聞いたので,Gに対する通電は30分くらい続いたと
思う。
 (エ) 甲女は,Gに対する通電がいつ終わったのか分からない。被告人Aは,Gの声が
聞こえなくなってから,Gの近くに立っていた被告人Bに対し,「お前が逃げたけ,全員殺
さないけんくなったぞ。」と言った。Gは,通電が終わったときも,通電を受けていたときと
同じ状態で,全裸ですのこに縛り付けられ,仰向けに横たわっていた。Gは動かなくなっ
たが,被告人両名は,そのことで慌てたり驚いたりした様子はなかった。被告人両名が,
Gに対して人工呼吸や心臓マッサージをしたことはなかった。
 (オ) Gに対する通電が終わってからも,甲女は荷物の整理を続けていたので,被告人
Bが荷物の整理を手伝った。Gに対する通電が始まってから1時間くらい経ったころ,甲
女は荷物の整理を終えた。Gに対する通電が終わってからどれくらい時間が経ったとき
かはよく覚えていないが,被告人Aは,甲女と長男及び次男を連れてマンションAを出て
マンションBに向かった。
 (カ) 被告人Aは,マンションAを出る前,被告人Bに対し,「息を吹き返すかもしれん
け,注意して見とけよ。」と言った。被告人Aは,甲女に対しても,「あんたも逃げたら一家
全滅になるよ。」と言った。甲女は,被告人Bのように逃げたら自分も祖母夫婦も殺され
るので,被告人Aには逆らえないと思った。
 ウ 被告人Bと甲女がGの首を絞めた状況
 (ア) 被告人Aと甲女は,長男及び次男と一緒にタクシーでマンションBに向かい,5分く
らいで到着した。被告人Aは,マンションBに到着すると直ぐ,甲女に対し,マンションAに
戻るように指示した。甲女は徒歩であるいは走って,マンションAに戻り,五,六分で着い
た。甲女が被告人Aに携帯電話でその旨を連絡すると,被告人BがマンションAの玄関
ドアを開けた。
 (イ) マンションAの台所は豆電球がついており薄暗かった。Gは,通電されたときと同
じ状態で,全裸ですのこに縛り付けられて,仰向けに横たわっていた。Gは動いたり声を
出したりしなかった。Gの顔には手拭きタオルくらいの大きさのタオル地の白い布が掛け
てあった。甲女がマンションAを出る前には,Gの顔にタオル地の布は掛けられていなか
った。Gの首には紐が巻き付けてあった。その紐は,幅が4センチメートルくらい,長さが
90センチメートルくらいで,白かピンク色の帯のような紐であった。
 (ウ) 被告人Bは,Gの右肩辺りに居て,直ぐに,甲女に対し,「あんた,そっち行って。」
とGの左側に立つように言った。被告人Bは,甲女に対し,「そっち引っ張って。」と言っ
て,Gの首に巻かれていた紐を引っ張るように指示した。甲女は,嫌で怖かったが,指示
に逆らえば通電されたり,自分が殺されたりすると思い,従うしかなかった。
 (エ) 甲女は,尻を付けずにしゃがみ,Gの首に巻かれていた紐の片端を両手で握り,
被告人Bに指示されて,Gの顔に掛けられたタオルが顔から外れないように,右足でタ
オルの端を踏み,被告人Bも甲女と同じようにしゃがみ,二人で紐を両側から引っ張って
首を絞めた。Gは動いたり声を出したりしなかった。
 (オ) しばらくして被告人Bが力を抜いたので,甲女も力を抜いた。被告人Bが,Gの顔
に被せていたタオル地の布を取った。Gは目を閉じて眠っているように見えた。顔は青白
かった。Gの顔が赤くうっ血したり,鼻血が出ていたり,Gが大小便を漏らしていたことは
いずれもなかった。Gの口の中には,タオル地の布(色や大きさは覚えていない。)が畳
んで入れてあり,布の一部が口の外に出ていた。Gが通電されているときはその布はな
かった。被告人BはGの顔に掛けられた布を取った後,口元にあった布を取り外した。甲
女は,Gは死んでいると思った。
 エ Gの殺害後の状況
 (ア) 甲女と被告人Bは,まず浴室の窓に黒色ビニール袋を貼り,浴槽を移動させた
後,Gの死体を浴室に運び,浴室でGの身体を解体した。被告人Bは,死体解体作業
中,被告人Aと携帯電話で連絡を取り合っていた。被告人Aは,30分に1回くらい,被告
人Bに携帯電話で連絡をとり,被告人Bに対し,「急げ。急がな死体がねまる(腐る)。俺
独りで子供の面倒を見るのがきつい。」などと言った。
 (イ) 甲女は,G事件の後,被告人Aから,「あんたがGを殺害したんやろうが。」などと,
何回も言われた。被告人Aに,「甲女がGの首を絞めて殺害した。」旨の事実関係証明
書も書かされた。
 4 被告人B及び甲女の各公判供述の信用性の検討
 (1) 被告人B及び甲女の各公判供述の信用性の個別的検討
ア 被告人Bの公判供述について
 (ア) 供述の信用性に積極に働く事情
 a 被告人Bが供述するG事件の経緯,犯行状況及び犯行後の状況等,特に,被告人
Bが被告人Aの指示を受けてGの殺害を決意し実行したことは,前記第3部第7で明ら
かにした被告人Bの立場,役割とよく整合している上,前記第4部ないし第8部で明らか
にしたとおり,G事件に先立つ,C,E及びFの殺害とB,C,E,D及びFの死体解体作業
が,いずれも被告人Aの指示のもとに被告人BとB一家において実行されたこととも良く
符合している。
 b 被告人Bは,F事件後,G事件までに被告人Aとの間で交わした会話,被告人AのG
に対する暴行,虐待や働き掛けの状況,犯行直前の経緯,犯行状況及び犯行後の言動
等につき,具体的に供述している。
 c 被告人Bの公判供述は,被告人Bが甲女と共に,Gの首に電気コードを巻き付けて
両側に引っ張り絞殺したというものであり,被告人B自身が実行場面において中心的で
重要な役割を果たしたという,自己にとって不利益な事実をも含めて積極的に供述して
いる。
 d 被告人Bの供述は,捜査・公判段階を通じて一貫している(乙219ないし224,27
0)。
 (イ) 供述の信用性に消極に働く事情
 被告人Bは,B一家の他の事件の殺害状況については,かなり詳細かつ明確に,迫真
性に満ちた供述をしているが,それと比較すると,G事件の殺害状況についての被告人
Bの供述はやや詳細さに欠け,曖昧で迫真性に乏しい部分も多い(この点はF事件も同
様である。)。被告人B自身も,「私自身が精神的にかなりまいっていたような状況だった
ので,故意ではないと思うんですけれども,そういう関係で,余り記憶に残ってないのか
もしれません。F君とGちゃんの事件に関しては,他の事件に比べると記憶が未だに曖
昧ですから,自分でも思い出せないことに対する苛立ちはあります。」と述べている(被
告人B44回55・56項)。
 イ 甲女の公判供述について
 (ア) 供述の信用性に積極に働く事情
 a 甲女の公判供述は,全体として断片的であり,詳細さには欠けるが,次の点に関す
る供述は,特異で印象深いものであり,真実体験した者でなければ供述し難いと考えら
れる。①F事件後からG事件の前日までの被告人Aの言動。すなわち,被告人Aが被告
人Bに,「あいつは口を割りそうやけ,処分せないけん。」,「死ぬけ,食べさせんでい
い。」と言ったこと,被告人AがG事件の前日被告人Bに,「明日からg(マンションBのこ
と)に移る。」と言ったこと等。②G事件当日の被告人両名によるGに対する通電の状
況。すなわち,Gは,マンションAの台所の床に置かれたすのこの上に全裸で仰向けに
寝かされ,両手首,両足首及び両膝をすのこに縛り付けられた状態で太股や陰部に通
電されたこと,Gは身体を痙攣させながら「ヒックヒック」としゃっくりのような声をあげたこ
と等。③被告人Aが,Gに対する通電後,被告人Bに対し,「お前が逃げたけ,全員殺さ
ないけんくなったぞ。」,「息を吹き返すかもしれんけ,注意して見とけよ。」と言い,甲女
に対し,「あんたも逃げたら一家全滅になるよ。」と言ったこと等。④被告人両名によるG
に対する通電後,甲女と被告人BがGの首を絞めた状況。すなわち,Gはすのこの上に
仰向けに横たわっており,顔には手拭きタオルくらいの大きさのタオル地の白い布が掛
けてあったこと,甲女は,被告人Bの指示を受けてGの首に巻かれていた紐を両手で握
り,Gの顔に掛けられたタオルが顔から外れないように,右足でタオルの端を踏み,被告
人Bも甲女と同じようにしゃがみ,紐を両側から引っ張って首を絞めたこと,その後,被
告人Bが,Gの顔に被せていたタオルを取ると,Gの口の中に畳んだタオル地の布が入
れてあったこと等。⑤Gの死体解体時の状況。すなわち,死体解体作業中,被告人Aと
被告人Bは電話で連絡を取り合っており,被告人Aは,30分に1回くらい,被告人Bに対
し,「急げ。急がな死体がねまる(腐る)。俺独りで子供の面倒を見るのがきつい。」など
と言ったこと等。
 b 甲女は,被告人両名から指示されてやむを得ず行ったとはいえ,被告人Bと共にす
のこの上に横たわったGの首を絞めたことや,Gの死体解体作業に従事したことなど,
自己にとって不利益な事実をも含めて積極的に供述している。
 c 甲女の供述は,Gの首を絞めた状況を含め,捜査・公判段階を通じて一貫してい
る。特に,甲女は被告人両名がG事件について黙秘を続けていた時期から同旨の供述
をしていたことは注目すべき点である(甲395ないし402,664,665,667,669,6
70,673,674,702)。
 (イ) 供述の信用性に消極に働く事情
 甲女の公判供述は,全体として,認識や供述の範囲が限定的あるいは断片的で,前
後の事情や経緯についての説明が欠落しているか,曖昧であり,細部について尋問さ
れると,忽ち答えに窮するという特徴が見られる(これはG事件に限らず,A事件等の他
の事件についても概ね同様である。)。
 しかしながら,そうであるからといって,直ちに甲女の公判供述の全体が信用できない
ことにはならない。甲女の目に映った出来事や,耳に届いた言葉自体についての供述
は,極めて具体的かつ直接的で,鮮烈なのであって,それらは,いずれも体験した者で
なければ供述し難い内容を持っていることも,また確かである。
 甲女は,マンションAで被告人両名と同居し,B一家よりは地位が上であり,B一家の
ように日常的な暴行,虐待に晒されていたわけではなかった。マンションAの和室へも出
入りでき,被告人Aや被告人Bの話をそれとなく聞くことができた。しかしながら,マンショ
ンAの生活は本質的に被告人両名の警察からの逃走を目的としており,物事を決める
のは被告人両名,特に被告人Aであって,F・G事件についていえば,D事件後,残され
たFやGをどうするかという問題は,被告人Aから被告人Bに提起され,被告人Bが意見
を求められたり,説得を受けたのであり,甲女は終始そのような相談事の埒外にあっ
た。そのことは,甲女は当時13歳とまだ幼かったこと,B一家との親族関係がなかった
ことなどによると考えられるが,F事件の場合,甲女は,被告人A,被告人B及びGの間
で話がまとまった後,実行直前にいきなり,被告人Aから「お前も足を押さえろ。」と指示
されたものである。被告人Aがあえて甲女をF事件の犯行に加担させたのは,GによるF
の絞殺を補助させるためではあったが,甲女がマンションAから逃走したり,各事件を口
外することを防止するためという目的もあったと考えないわけにいかない。そうすると,
被告人Aは,甲女を,なお裏切りを警戒すべき存在であり,大事を任せたり,相談したり
することはできないと見なしていたと認められる。逆にいうと,そうであるからこそ,甲女
は,前後の経緯や思惑に捕らわれることなく,比較的自由に有るがままを認識し,供述
し得たともいえる。
 甲女の公判供述の前記のような特徴は,年令のほか,上記のような甲女のマンション
Aにおける独特の立場を反映したものであると考えるべきである。被告人Aから意見を
求められたり,説得を受けていないのであるから,G事件に至る経緯の詳細を知らない
のは当然である。Gの殺害場面でも,Gの顔に白い布が掛けられていたことやGの口の
中に畳んだ布が入れたあったことは供述し得ても,それは何の目的のものか,いつ,誰
がそうしたのかは供述し得ないということは,甲女の立場からして十分有り得ることであ
る。
 してみれば,甲女の公判供述の特徴となっている点は,甲女の公判供述の弱点とば
かりはいえず,むしろ,強みという面がある。
 (2) 被告人B及び甲女の各公判供述が一致している部分は,いずれの供述も信用でき
ること
 ア 被告人B及び甲女の各公判供述は,犯行の核心部分,すなわち,被告人Bと甲女
が,平成10年6月7日ころ,マンションAの台所で,電気コードか紐をGの首に巻き付け
て両側から引っ張り,Gの首を絞めたこと,Gはそのころ死亡したことについては一致し
ている。
 イ さらに,被告人B及び甲女の各公判供述は,犯行前後の事情等についても,①被
告人Aが,F事件後,Gを殺害する何日か前から,Gに対しそれまでになくひどい通電を
繰り返し,Gは通電を受けると,しゃっくりのような声を上げていたこと,②被告人AとGが
何度か二人だけで話をすることがあったこと,③被告人Aが,被告人Bに対し,Gを近い
うちに殺害することをほのめかし,Gに与える食事を減らすように指示したこと,④被告
人Aは,G事件当日,被告人Bと甲女に指示して荷物をまとめさせ,マンションAを離れて
マンションBに移ったこと,⑤被告人Aは,被告人Bに対し,「お前が逃げたから全員殺す
羽目になった。」と言ったこと,⑥被告人Bと甲女は,Gが死亡した後,Gの死体を浴室に
運び,死体を解体したこと,⑦被告人Aは,死体解体作業中,被告人Bと電話で頻繁に
連絡を取り合い,被告人Bに対し,死体が腐らないように解体作業を急がせ,被告人A
が独りで子供の面倒を見なければならないなどと不満を言ったこと,などの点で一致し
ている。
 ウ そうすると,被告人B及び甲女の各公判供述が一致して,相互に補強し合っている
これらの部分,すなわち,犯行の核心部分及び犯行前後の事情等については,被告人
B及び甲女の各公判供述は,いずれも信用するに値する。
 (3) 被告人B及び甲女の各公判供述が食い違っている部分は,甲女の供述が信用で
きること
 ア 被告人B及び甲女の各公判供述は,犯行状況に関しては,次の点で大きく食い違
っている。すなわち,①被告人Bと甲女がGの首を絞めるに先立ち,被告人Aと被告人B
がGをすのこに縛り付けるなどして,Gに通電したか否か,②被告人Bと甲女がGの首を
絞めるとき,被告人AはマンションAに居て被告人Bと甲女に対しGの首を絞めるように
指示したか,それとも,被告人AはマンションAに居らず,被告人Bが甲女に対しGの首
を絞めるように指示したのか,③被告人Bと甲女がGの首を絞めた道具は何か,④被告
人Bと甲女がGの首を絞めたときのGの様子や反応等はどうであったか,などの点であ
る。
 ①の点について,被告人Bは,これを否定する。甲女は,「Gは,マンションAの台所の
床に置かれたすのこの上に全裸で仰向けに寝かされ,両手首,両足首及び両膝をすの
こに縛り付けられた状態で太股や陰部に通電された。被告人Aがプラグを操作してお
り,被告人Bは付近に立って,被告人Aの指示でクリップを取り付けた。」旨供述する。
 ②の点について,被告人Bは,「被告人Aは,マンションAの台所で,被告人Bと甲女に
対し,『両側から引っ張れ。』,『今から遣れ。』などと指示して,自らは和室に入った。」旨
供述する。甲女は,「被告人Aは,マンションBに移ると直ぐ,甲女にマンションAに戻るよ
うに指示した。甲女がマンションAに戻ると,被告人Bが,『あんた,そっち行って。』,『そ
っち引っ張って。』と指示したので,言われたとおりした。」旨供述する。
 ③の点について,被告人Bは電気コードであると供述し,甲女は,幅約4センチメート
ル,長さ約90センチメートルの白かピンク色の紐と供述する。
 ④の点について,被告人Bは,「Gは,死を受け入れて,自ら台所の床に横たわった。
被告人Bが電気コードを首に巻き付けようとすると,自分で首を持ち上げて電気コードを
巻き付けやすいようにした。甲女と首を絞めたとき,Gは何ら抵抗せず,身体を動かした
り,声を上げなかった。」旨供述する。甲女は,「Gは,全裸ですのこの上に仰向けに縛ら
れていた。身体を動かしたり,声を上げたりしなかった。顔に手拭きタオルくらいの大きさ
のタオル地の白い布が掛けてあり,口の中にもタオル地の布が畳んで入れてあり,布の
一部が口の外に出ていた。」旨供述する。
 イ G事件当日の経緯及び犯行状況の詳細につき,被告人B及び甲女の各公判供述
が食い違っている部分の信用性を比較検討するに当たっては,客観的証拠や有力な情
況証拠が殆ど存在しないので,主として各公判供述自体に照らして,その信用性を比較
検討するほかない。
 ウ 被告人Bと甲女がGの首を絞めたときのGの様子や反応等について
 (ア) 被告人Bの公判供述中,「Gは首を絞められる前に自分が殺害されることを受け
入れ,自ら台所の床に仰向けに横たわった。被告人AがGの面前で被告人Bや甲女にG
の殺害を指示した。Gは被告人Bが電気コードを首に巻き付ける際,自分で首を持ち上
げて電気コードを巻き付けやすいようにした。」という点や,「被告人Bと甲女がGの首を
絞めたときも,Gは何ら抵抗することはなく,身体を動かしたり,声を上げたり,苦しそうな
態度を示したりすることは全くなかった。」という点は,不自然である。なぜならば,絞首
による窒息死の場合,耐え難い肉体的苦痛や恐怖感が伴うはずであり,しかも,Gは当
時10歳の少女であったから,たとえGが一旦は自らの死を受け入れるかのような態度
を示したとしても,いよいよ絞首され,窒息死させられようとする場面に臨めば,動揺し
て,それなりの反応を示すのが自然であって,被告人Bが供述するような態度を取った
とは考え難いことである。また,被告人Bの公判供述によると,被告人BらがGの首を絞
めた際,身体の痙攣等,Gがその時点で生存していたことを窺わせるような兆候が全く
見られないのは不自然である(aの平成14年10月15日付け検察官調書・甲393も同
旨)。被告人Bは,C,E及びFを絞首して窒息死させたときの状況について,それぞれ,
「Cは,『グエッ』と声を上げ,膝を曲げたり伸ばしたりして足を動かした。Eが両手で足を
押さえていた。」,「Eは,足をばたつかせるなどの抵抗をしなかったが,Gが両手で足を
押さえていた。」,「Fは,『ウウッ』と苦しそうな声を出して,膝を曲げて足をばたつかせ
た。甲女が足を押さえていた。」と供述しているが,被告人B自身が供述するこれらの状
況と対比しても,Gの首を絞めて窒息死させたときには,Gが全く身体を動かすこともな
く,そもそもGの身体を押さえる者もいなかったというのは,少なからぬ疑問を抱かせる。
 (イ) 甲女は,被告人Bと同様に,「Gの首を絞めたとき,Gは身体を動かしたり声を出し
たりしなかった。」旨供述している。しかし,甲女の供述によれば,被告人BらがGの首を
絞めるに先立ち,被告人両名は,全裸のGの手足をすのこに縛り付け,30分間くらいに
わたり,身体各部への執拗な通電を繰り返したというのであるから,Gの首を絞める時
点では,Gは,通電により身体が衰弱していたか,失神していたか,あるいは既に死亡し
ていたかして,身体を動かしたり声を出したりしなかったのだと考えることが十分に可能
である。したがって,甲女の供述する犯行時の状況は,被告人Bの供述するそれに比べ
れば,不自然さや疑問が生じない。
 甲女は,「Gは,全裸ですのこの上に仰向けに縛られていた。身体を動かしたり,声を
上げたりしなかった。顔に手拭きタオルくらいの大きさのタオル地の白い布が掛けてあ
り,口の中にもタオル地の布が畳んで入れてあった。」旨供述しているところ,これは,極
めて特異で衝撃的な場面であり,強く記憶に刻み付けられる性質の体験であって,甲女
はこれを他の機会の出来事と勘違いして供述しているとは到底考え難い。後に詳しく検
討するように,顔に白い布が掛けてあったこと,口の中にタオル地の布が畳んで入れて
あったことのいずれも,それなりに理由が説明可能であるから,甲女の上記供述は信用
でき,これらの事実を否定するだけの被告人Bの供述は信用できない。
 エ 被告人両名はGをすのこに縛り付けて通電したか否かについて
 (ア) 甲女は,G事件当日の経過について,「被告人Aの指示で,マンションBに移動す
るため荷物の整理をしていたところ,被告人両名が,Gを全裸にして手足を紐ですのこ
に縛り付け,30分間くらいにわたり執拗に太股や陰部等への通電を繰り返した。Gが動
かなくなると,被告人Aは,甲女を連れてマンションAを出てマンションBに行き,マンショ
ンBに着くと直ちに甲女だけをマンションAに引き返させた。甲女は,マンションAに戻る
と直ぐ,マンションAに留まっていた被告人Bの指示を受け,被告人Bと甲女がGの首に
巻き付けてあった紐を両側から引っ張り,Gの首を絞めた。」と供述する。その供述内容
はかなり詳細かつ明確である。G事件当日の通電についての供述内容は,誠に凄惨な
ものであり,その異常性の程度,印象の強烈さに照らすと,甲女が真実の目撃体験に基
づかない架空の出来事を語っているとは到底考えられない。そして,甲女の供述するよ
うな,通電から絞首に至るまでのG事件当日の経過は,一連の出来事として密接に結び
付いており,しかも,特異で印象深い出来事が連続して起きたものであるから,甲女は
それを目撃又は体験したままに強く記憶したであろうと考えられる。甲女は,「G事件当
日の何日か前からも,被告人両名がG事件当日の通電と類似の方法でGに通電してい
たことが何度かあった。」旨供述しているけれども,G事件当日,甲女は被告人Aの指示
でマンションBに移動するための荷物の整理をしており,その作業中の出来事として通
電について供述しているのであって,甲女が,G事件当日の通電類似の通電が行われ
た別の機会の通電を,G事件当日の通電と勘違いして供述したとは考え難い。
 甲女の公判供述のとおり,G事件当日,Gの首を絞めるのに先立ち,被告人両名によ
る通電が行われたとすれば,Gがなぜ台所で絞殺されたかの説明が容易である。マンシ
ョンAでは,浴室で通電が行われた例はなく,通電があったとすれば,台所がまず考えら
れる。甲女の供述は,マンションAの台所ですのこに縛られた状態のGに対し通電があ
り,引き続き,台所で,同じ状態のGに対し絞首行為が行われたというものであって,犯
行場所の観点から見ても,自然な経過である。
 (イ) 被告人Bは,G事件当日,被告人BらがGの首を絞めるのに先立ち,通電が行わ
れたこと自体を否定する。しかしながら,その供述はかなり不自然であることは,前記ウ
のとおりである。
 被告人Bの公判供述のとおり,Gの首を絞める前に,被告人両名による通電がなかっ
たとすれば,なぜGの絞殺はそれまでにマンションAで行われた絞殺事件(C,E及びF
の各事件)と異なり,マンションAの台所で行われたのか,という疑問に直面することにな
る。被告人Bの公判供述中にはその経緯や理由の説明がない。
 オ 被告人Bと甲女がGの首を絞めた道具は何かについて 
 被告人Bと甲女がGの首を絞めた道具が電気コードであるならば,甲女が供述する帯
状の紐とはまるで異なる物であるし,電気コードは甲女が平素見慣れているはずである
上,甲女は実際にその道具を手に持ってGの首を絞めたのであるから,その道具が何
であったかを見間違えたとは考えにくい。G事件は,被告人Bと甲女がGの首を絞めたも
のであるところ,このように首絞めに少女が加わった事件では,電気コードではなく,手
に痛みが少なく,絞めやすい布製の帯状の紐があえて使用されたと考えるのも一理あ
る(F事件も同様である。)。そうすると,Gの首絞めに使った道具は,電気コードであった
という被告人Bの供述よりも,布製の帯状の紐であったという甲女の供述の方が,信用
性において優っている。
 カ 被告人Aは,マンションAで,被告人Bと甲女にGの殺害を指示したか否かについ

 被告人B供述によれば,被告人Aは,マンションAで,被告人Bと甲女にGの殺害を指
示し,その実行後,被告人AはマンションBに移ったというのであるが,甲女供述によれ
ば,G事件当日,被告人両名は台所でGに激しい通電をした,その後,マンションBに移
動し,移動の際,被告人Aは,被告人Bに,「息を吹き返すかもしれんけ,注意して見と
けよ。」と言ったというのである。上記の言葉は極めて印象的な言葉であって,これを甲
女が聞き間違えたとは考え難い。被告人Bと甲女がGの首絞めをしたとすれば,被告人
Aが,Gの死亡に不安を感じるはずがない。してみれば,被告人Aが,上記のように被告
人Bに指示したのは,その時点では,首絞めはまだ行なわれておらず,通電だけが行わ
れたに過ぎず,これではGの死亡を確信できなかったからと見られる(通電で一旦意識
を失ったが,後で意識を取り戻した例として,Eの例がある。)。そうすると,被告人Aは,
甲女に,マンションAに戻るように指示したが,それはマンションBに移ってから後であ
り,甲女はマンションAに戻って,被告人Bの指示を受け,被告人Bと共にGの首を絞め
たのであって,被告人Aは,マンションAで,被告人Bと甲女にG殺害を指示したことはな
いと考えるべきである。したがって,この点でも,甲女供述の方が信用でき,被告人B供
述は信用し難い。
 キ 以上のとおりであって,被告人Bと甲女の各公判供述が食い違う前記①ないし④
の点については,いずれも甲女の公判供述の信用性が被告人Bの公判供述の信用性
に優越していると考えられ,甲女の公判供述を信用すべきであり,被告人Bの公判供述
は信用できないというべきである。
 5 被告人Aの公判供述の要旨
 被告人Aは,F殺害の実行及び共謀を否認し,「被告人Bから平成10年6月7日ころG
を殺害したと聞いたが,殺害現場も死体も見ていない。」などとして,次のとおり供述する
(被告人A8,52,53,55回等)。
 (1) F事件後の経緯等
 ア 被告人Aは,Dの死亡後は,Gに1回(機会)しか通電していない。洗面所等でGと
二人だけで話をしたことは全くない。Gに対し,食パンを一日に4枚ないし2枚くらいしか
与えなかったことはない。被告人Bに対し,「太っていたら作業が大変だろう。もう食べさ
せなくていい。」,「あいつは口を割りそうだから処分しなければいけない。」などと言った
ことはない。
 イ 被告人Aらは,F事件後も引き続き,マンションBを生活の拠点とした。被告人BとG
は,F事件後,死体解体後の後片づけや掃除等をするために,毎日のようにマンションA
に行った。
 (2) 被告人Aが被告人Bから聞いたG殺害の状況
 被告人Aは,平成10年6月7日ころ被告人Bと甲女がGを殺したと聞いたが,Gが死亡
した現場を見ておらず,Gの死体も見ていない。被告人Aが被告人BらからGを殺害した
と聞いたときの状況等は次のとおりである。
 ア 被告人Bは,6月7日午後6時30分ころ,被告人Aに対し,「掃除をしに行って来
る。」と声を掛け,マンションAに行った。甲女はマンションAに居たと思う。被告人Aと長
男及び次男はマンションBに残った。被告人Bは,マンションAから一時間に1回くらい
「今掃除している。」などと電話で連絡をしてきた。
 イ 被告人Bと甲女は,6月7日午後8時30分ころマンションBに帰って来た。被告人A
は,Gがいないことに気付き,被告人Bと甲女に対し,「Gちゃんはどうしたと。」と尋ねた
ところ,被告人Bが,「殺す気はなかったが,自分(被告人B)と甲女が首を絞めて殺して
しまった。」と言った。被告人Aが,「どんなんしよったんか。」と聞くと,被告人Bは,「殺す
気はなかったけれども,首が絞まって死んでしまった。」と言った。被告人Aは,甲女に対
しても事情を尋ねると,甲女は,「バックンバックンとなって(首を絞めているときGの首や
胸辺りが激しく鼓動するのが見えたという意味だという。),なかなか死ななかった。」と
言った。被告人Bもそのことを認めていた。被告人Aは,被告人Bに対し,「『なかなか死
ななかった。』というのは,殺そうとしたのか。」と尋ねたところ,被告人Bは,「首を絞めて
いるときに,ほどきにくくなった。」と言った。被告人Aは,被告人Bと甲女が二人でしたの
か,被告人Bが独りでしたのか,真相はよく分からなかったが,被告人Bと甲女が二人で
Gの首を絞めたのだと思った。被告人Aは,被告人BがGを殺した理由については聞か
なかったが,被告人Bは,「Gが掃除をしているとき,殺す気はなかったが,首絞めのよう
なことをしたら死んでしまった。」と言ったので,被告人Bと甲女がGに対し首を絞める虐
待をするうち,誤って紐等が首に掛かってほどけなくなったか,力加減が分からなくなっ
て死なせてしまったのだと思った。被告人Aは,紐かコードを甲女か被告人Bの首に掛け
て真上に引っ張り,実演してみせながら,「このような状態で首が絞まって死んでしまっ
たのではないか。」と言った。被告人Bは,被告人Aと話をしている間,うなだれて,しきり
に「殺す気はないのに殺してしまった。」などと言って落ち込んでいた。
 ウ 被告人Bは,その後,買い物に出掛けたが,その間,甲女は,被告人Aに対し,
「被告人Bが独りでGの首を絞めて殺した。Gはバックンバックンとなり,なかなか死なな
かった。」と話した。被告人Aが,「縛ったようになったのではないか。」と聞くと,甲女は,
「自分は見ていないから分からない。」と言った。被告人Aは,被告人Bと甲女が二人で
Gの首を絞めたと思い込んだので,甲女に問いただすなどしなかった。被告人Bが買い
物から帰ると,今度は甲女が買い物に出掛けた。その間,被告人Aは,被告人Bと話を
したが,甲女よりも長年連れ添った被告人Bの話を信用し,被告人Bが言うとおり,被告
人Bが甲女と二人でGの首を絞めたと思い込んだ。
 エ 被告人Aは,被告人Bから,Gの死体解体について相談を受けたが,「お前がそん
なんしとるんやけ,俺は知らんばい。お前がどうかせんと。」と言うと,被告人Bは,「な
ら,解体してくるけ。」と言った。被告人Bと甲女は,その日の午後9時半か10時ころ,G
の死体解体作業をするためにマンションAに行った。被告人AはGの死体解体作業につ
き指示や命令をしたことはない。
 6 被告人Aの公判供述の信用性の検討
(1) 被告人Aの公判供述の信用性には,次のような重大な疑問がある。
 ア 被告人Aの公判供述は,前記第3部第7で明らかにした被告人Bの立場,役割とは
全く整合せず,同第2の前提事実及び同第3の前提事実が指し示す方向性に明らかに
反している。被告人Bは,G事件当時,マンションAにおいて,被告人Aの意思によらず,
自らの意思でGの殺害という重大犯罪を決意して実行することができるような状況には
なかった。
 イ 被告人Aは,被告人BがGを殺害するという重大で異常な犯罪をなぜどのようにし
て行ったのかについて,説得力ある説明をなし得ていない。被告人Aは,G事件前後を
通じて長期間にわたり被告人Bらと同居生活を続けていたのだから,被告人Bにおいて
Gを殺害しなければならない事情があったのであれば,当然それを容易に知ることがで
きたのであり,被告人Aには,それについて合理的で詳細な供述を期待することができ
るはずである。ところが,被告人Aの公判供述は真相を合理的に説明していない。被告
人BがGを殺害したという経緯が唐突であり,その動機も全く不明である。被告人BがG
を殺害したという状況も誠に曖昧である。また,被告人BがかねてGの殺害を望んでい
たような事情は,被告人B及び甲女の各公判供述はもとより,被告人Aの公判供述にも
出ていない。
 ウ 被告人Aの公判供述は,被告人B及び甲女の各公判供述に明らかに反している。
特に,被告人Aの公判供述の中心部分をなす,被告人Bと甲女がG事件後間もなくマン
ションBで被告人AにGを殺害した旨を告白したとの供述は,被告人B及び甲女の各公
判供述中には全く存在しない。
 エ 被告人Aの公判供述中,G事件当時の生活の拠点はマンションBだったとの供述
は,そのころのマンションBでの電気,ガス及び水道の使用量がマンションAのそれらと
比べて極めて少ないことに明らかに反している。①電気使用量は,マンションAでは平成
10年4月13日ころから同年5月12日ころまでの期間約365キロワット,同月13日から
同年6月12日までの期間約358キロワットであるのに対し,マンションBでは平成10年
4月27日ころから同年5月26日ころまでの期間約140キロワットに過ぎず,同月27日
から同年6月26日までの期間約221キロワットとなっている。②ガス使用量は,マンショ
ンAでは同年4月22日ころから同年5月22日ころまでの期間約65立方メートル,同月2
3日から同年6月22日までの期間約61立方メートルであるのに対し,マンションBでは
同年4月23日ころから同年5月25日ころまでの期間0立方メートル,同月26日から同
年6月23日までの期間0立方メートルとなっている。③水道使用量は,マンションAでは
同年4月8日ころから同年6月7日までの期間約96立方メートル,同月8日から同年8月
7日までの期間約84立方メートルであるのに対し,マンションBでは同年4月6日から同
年6月5日までの期間約3立方メートルに過ぎず,同月6日から同年8月5日までの期間
約31立方メートルとなっている。(甲719)
 被告人B及び甲女の各公判供述によれば,被告人両名及び甲女は平成10年6月7
日に生活の拠点をマンションAからマンションBに移したというのであるが,その供述は
前記の電気,ガス及び水道の使用量の推移によって客観的に裏付けられている。
 オ 被告人Aの公判供述の内容自体に不自然,不合理な点が少なくない。その主なも
のを指摘すると,次のとおりである。
 (ア) 被告人Aが被告人Bと甲女から聞いたという犯行告白について
 被告人BがGを殺害した経緯が唐突であり,動機も全く不明である。Gの殺害状況も曖
昧である。被告人Bは,「殺す気はなかったが,首絞めのようなことをするうち,ほどけな
くなり死亡させてしまった。」と言ったというが,それが一体どのような状況だったのか理
解し難く,現実的にそのような事態が起こり得るとも考えられない。被告人Bと甲女が二
人でGの首を絞めたのか,被告人Bが独りでGの首を絞めたのか,被告人Bと甲女の話
の内容が食い違っている。被告人Aは,被告人Bと甲女が二人で絞めたと思い込んだと
いうが,その根拠は薄弱であり,甲女がGの殺害に加担したとする動機,経緯も不明で
ある。
 (イ) 被告人Bと甲女からGを殺害した旨を告げられた後の被告人Aの行動について
 被告人Aは,被告人Bと甲女が,G殺害という,被告人Aの予期しない重大な犯罪を犯
したというのに,驚愕したり,狼狽したりした様子はなく,その理由を詳しく問い詰めたり,
非難したり,叱責したりするなどの態度や行動にも一切出ることなく,「自分は関係な
い。」などと言うだけで,被告人Bに死体解体作業をさせている点は,不自然,不合理で
ある。特に,Gを殺害した動機,経緯,殺害時の状況及び甲女の加担の有無等につき,
被告人Bと甲女の話では何ら具体的な事情が明らかでなく,被告人Bと甲女の話が食い
違うにもかかわらず,被告人Bの曖昧な話を一方的に信用するだけで済ませており,被
告人Bや甲女を問いただして更に詳細な事情を確かめるなどしていないのは,不可解で
ある。
 カ 被告人Aの供述は,捜査段階と公判段階を通じ,また,捜査段階だけを見ても,G
事件の真相を左右する重要部分を含め,著しく変遷しているが,被告人Aはその理由に
つき合理的な説明をしていない。特に,被告人Aの供述内容は,被告人Aが被告人Bと
甲女から聞いたという,被告人BらがGを殺害した話の内容等につき,次のとおり変遷を
繰り返しているが,被告人Aはその理由について何ら合理的説明をしていない。
 すなわち,①G事件当日までのGに対する通電状況についての供述の変遷は次のと
おりである。「被告人両名はGが死亡する前まで何十回もGを通電して虐待していた。G
が死亡する前日か前々日にもGの手足に通電した。」(平成14年11月17日付け検察
官調書・乙90,同月23日付け検察官調書・乙91)→「被告人両名は,Dの死亡後,G
に1回(機会)しか通電していない。」(被告人A52回62ないし71項)。②被告人Aが甲女
から聞いた話の内容についての供述の変遷は次のとおりである。「甲女は,『被告人B
が独りでGの首を絞めて殺した。』と言った。」(同年9月19日付け警察官調書・乙380,
同年11月17日付け検察官調書・乙90)→「甲女は,『被告人Bと二人でGの首を絞め
て殺した。』と言った。」,「それまでの供述を変遷させた理由は,「甲女を庇いたかったか
らである。」(平成15年1月12日付け警察官調書・乙134)→「甲女は,『被告人Bが独
りで絞めた。』と言ったが,Gの死体解体後,折りに触れて被告人Aと話をするうち,『被
告人Bと甲女が二人で絞めた。』とも言った。」(被告人A55回378ないし387項)。③殺害
状況に関する被告人Aの認識についての供述の変遷は次のとおりである。「被告人A
は,被告人Bが通電でGを死亡させたと思っていた。」(平成14年11月17日付け検察
官調書・乙90)→「被告人Aは,被告人BらがGを絞首して窒息死させたと思っていた。」
(同月23日付け検察官調書・乙91,同月30日付け検察官調書・乙92,被告人A52回
220ないし350項)。
 (2) 以上のとおりであるから,被告人Aの公判供述は信用することができないといわざ
るを得ない。
第3 G事件の経緯,犯行状況及び犯行後の状況等
 被告人B及び甲女の各公判供述によれば,G事件の経緯,犯行状況及び犯行後の状
況等について,次の事実が認められる。
 1 F事件後の経緯等 
 (1) 被告人Aは,被告人BがFの死体解体道具を買いに行くとき,「多目に買って来
い。」と指示した。被告人BとGは,平成10年5月下旬ころ,Fの死体解体作業を終了し
た。被告人Aは,Fの死体解体後,解体道具を捨てるように指示しなかった。
 (2) 被告人Aは,平成10年5月下旬ころから,毎日のように,Gに対し,種々の口実
で,Gの腕や顔面(両顎,両唇等)に過酷な通電を繰り返し,Gは,両顎に通電されると,
短いしゃっくりのような声を上げた。その際,Gは,通電を受けながら,被告人Aに対し,
「何も言いません。絶対に言いません。」と繰り返し言った。被告人Aは,そのうち,全く理
由を設けないで,Gに通電するようになった。また,Gに対し,プラグの接触時間を長くし
て通電するようになり,そのような通電によってGの二の腕に大きな火傷を負わせたが,
被告人Aは,傷口付近を古新聞で巻いて置くだけにして,放置した。
 (3) 被告人Aは,そのころから,洗面所で,Gと二人で,毎日,一日1回から3回くらい,
一回当たり30分から時には1時間以上も話をした。被告人Aは洗面所のドアを閉めてG
と二人だけで話をした。
 (4) 被告人Bは,そのころ,被告人Aに対し,Gに食べさせる食パンの枚数を尋ねたと
き,被告人Aは,食パンの枚数を4枚から一,二枚に減らすように指示して,「もうあんま
り食べさせなくていい。太っていたら大変だろう。」と言った。被告人Bは,被告人AがG
の食事を極端に減らしたこと,Cの死体解体作業の際,脂肪が多く解体作業に苦労した
経験があったので,被告人Aの言葉が,「Gが太っていたら死体の解体作業が大変だ。」
という意味に理解されたことから,被告人AがGの殺害を考えているのではないかと思っ
た。甲女もその場に居り,被告人Aの発言からそのことを察した様子であり,被告人Bと
顔を見合わせた。
 (5) Gは,トイレの使用を制限され,下痢をしたとき便を漏らして下着を汚したので,次
男のおむつを使用させられた。Gは特に体調の不良を訴えることはなかったが,身体は
痩せ,常に無表情であった。
 (6) 被告人Aは,G殺害前日の6月6日ころ,被告人Bに対し,「Gちゃんも死にたいと
言っている。」と言ったので,被告人Bが「殺すんですか。」と尋ねたところ,被告人Aは
「いや,まだ分らん。」と答えた。
 (7) 被告人Aは,F事件後,Gを殺害する何日か前,マンションAの和室で,被告人Bに
対し,「あいつは口を割りそうやけ,処分せないけん。」と言った。そのとき,甲女も和室
に居た。被告人Aは,そのころ,被告人Bに対し,「死ぬけ,食べさせんでいい。」と言っ
た。被告人Aは,G殺害の前日,マンションAで,被告人Bに対し,「明日からg(マンショ
ンBのこと)に移動する。」と言った。
 2 被告人両名がGに通電した状況
 (1) 甲女は,G殺害当日,夕方ころ起き,30分か1時間くらい経ってから,被告人Aの
指示を受けて,マンションAの和室で,独りで,マンションBに移るための荷物をまとめた
り,整理したりした。甲女が荷物の整理をしていると,甲女が起きてから2時間くらい経っ
たころ,被告人Aが台所で被告人Bに対し「Gに電気を通す準備をせい。」と言うのを聞
いた。被告人Aと被告人Bは,台所の南側和室付近で,Gに通電し始めた(以下,これを
「本件通電行為」という。)。
 (2) 甲女は,被告人両名がGに通電している間も荷物の整理を続けたが,荷物を玄関
付近に運んだり,台所や洗面所に荷物を取りに行ったりするために和室と台所を行き来
しており,台所に出たときGに対する通電の様子を何回か見た。
 (3) Gは,床に2枚並べたすのこの上に,頭を南側に向けて全裸で仰向けに寝かさ
れ,両手首,両足首,両膝を帯のような紐ですのこに縛り付けられた状態で通電され
た。被告人Aは,Gの足元付近で,背もたれのある椅子に座り,Gの方を向いていた。被
告人Bは,Gの右肩付近に立っていた。被告人Aは,クリップを取り付けた電気コードや
コンセントに差し込んだ延長コードの差込み口を持ち,被告人Bに対し,「(クリップを)太
股に付けろ。」と指示した。被告人Bは,Gのいずれかの足の太股の外側と内側にクリッ
プを取り付けた。被告人Aは,延長コードの差込み口と電気コードのプラグをそれぞれ片
手で持ち,これらを接触させて通電した。Gは,通電されると,身体を痙攣させながら,
「ヒックヒック」と,しゃっくりのような声を上げた。そのとき,Gの陰部にクリップを取り付け
て通電するのも見た。被告人Aと被告人Bは,その日,Gに対し,それ以外の部位にも通
電した。Gが「ヒックヒック」と声を上げていたのは約30分間であった。
 (4) Gの声が聞こえなくなってから,被告人Aは,Gの近くに立っていた被告人Bに対
し,「お前が逃げたけ,全員殺さないけんくなったぞ。」と言った。Gは,本件通電行為が
終わったときも,通電を受けていたときと同じ状態で,全裸ですのこに縛り付けられ,仰
向けに横たわっていた。Gは動かなくなったが,被告人両名は,そのことで慌てたり驚い
たりした様子はなかった。被告人両名が,Gに対して人工呼吸や心臓マッサージをしたこ
とはなかった。
 (5) 本件通電行為が終わってからも,甲女は荷物の整理を続けていたので,被告人B
が荷物の整理を手伝った。本件通電行為が始まってから1時間くらい経ったころ,甲女
は荷物の整理を終えた。その後,被告人Aは,甲女と長男及び次男を連れてマンション
Aを出てマンションBに向かった。
 (6) 被告人Aは,マンションAを出る前,被告人Bに対し,「息を吹き返すかもしれん
け,注意して見とけよ。」と言った。被告人Aは,甲女に対しても,「あんたも逃げたら一家
全滅になるよ。」と言った。甲女は,被告人Bのように逃げたら自分も祖母夫婦も殺され
るので,被告人Aには逆らえないと思った。
 3 被告人Bと甲女がGの首を絞めた状況
 (1) 被告人Aと甲女は,長男及び次男と一緒にタクシーでマンションBに向かい,5分く
らいで到着した。被告人Aは,マンションBに到着すると直ぐ,甲女に対し,マンションAに
戻るように指示した。甲女は徒歩であるいは走って,マンションAに戻り,五,六分で着い
た。甲女が被告人Aに携帯電話でその旨を連絡すると,被告人BがマンションAの玄関
ドアを開けた。
 (2) マンションAの台所は豆電球がついており薄暗かった。Gは,通電されたときと同じ
状態で,全裸ですのこに縛り付けられて,仰向けに横たわっていた。Gは動いたり声を出
したりしなかった。Gの顔には手拭きタオルくらいの大きさのタオル地の白い布が掛けて
あった。甲女がマンションAを出る前には,Gの顔にタオル地の布は掛けられていなかっ
た。Gの首には紐が巻き付けてあった。その紐は,幅が4センチメートルくらい,長さが9
0センチメートルくらいで,白かピンク色の帯のような紐であった。
 (3) 被告人Bは,Gの右肩辺りに居て,直ぐに,甲女に対し,「あんた,そっち行って。」
とGの左側に立つように言った。被告人Bは,甲女に対し,「そっち引っ張って。」と言っ
て,Gの首に巻かれていた紐を引っ張るように指示した。甲女は,嫌で怖かったが,指示
に逆らえば通電されたり,自分が殺されたりすると思い,従うしかなかった。
 (4) 甲女は,尻を付けずにしゃがみ,Gの首に巻かれていた紐の片端を両手で握り,
被告人Bに指示されて,Gの顔に掛けられたタオルが顔から外れないように,右足でタ
オルの端を踏み,被告人Bも甲女と同じようにしゃがみ,二人で紐を両側から引っ張って
首を絞めた(以下,「本件絞首行為」という。)。Gは動いたり声を出したりしなかった。
 (5) しばらくして被告人Bが力を抜いたので,甲女も力を抜いた。被告人Bが,Gの顔
に被せていたタオル地の布を取った。Gは目を閉じて眠っているように見えた。顔は青白
かった。Gの顔が赤くうっ血したり,鼻血が出ていたり,Gが大小便を漏らしていたことは
いずれもなかった。Gの口の中には,タオル地の布が畳んで入れてあり,布の一部が口
の外に出ていた。Gが通電されているときはその布はなかった。被告人BはGの顔に掛
けられた布を取った後,口元にあった布を取り外した。甲女は,Gは死んでいると思っ
た。
 4 Gの殺害後の状況
 (1) 甲女と被告人Bは,まず浴室の窓に黒色ビニール袋を貼り,浴槽を移動させた
後,Gの死体を浴室に運び,浴室でGの身体を解体した。被告人Aは,死体解体作業
中,30分に1回くらい,被告人Bに電話をかけてきて,進行状況を確認し,被告人Bに対
し,「先に首を切れ。」,「急げ。急がな死体がねまる(腐る)。」,「俺独りで子供の面倒を
見るのがきつい。」などと言った。Gの死体解体作業は1週間くらいで終わった。
 (2) 被告人Aは,解体道具の処分につき,包丁や鋸は何度も拭いて川に捨てるよう
に,鍋,バケツ等は他人が拾って使うことがないように,潰したり取っ手を外したりしてか
ら捨てるようにと指示した。
 (3) 甲女は,G事件の後,被告人Aから,「あんたがGを殺害したんやろうが。」などと,
何回も言われた。被告人Aに,「甲女がGの首を絞めて殺害した。」旨の事実関係証明
書も書かされた。
 5 被告人Aが被告人Bに対し,甲女と共にGの首を絞めるように指示したこと
 被告人Bと甲女がGの首を絞めるに当たり,被告人Aが被告人Bに対しその指示をし
たか否かについて検討すると,①甲女は,マンションAに戻ると直ぐに,被告人Bから,
被告人Bと共にGの首を絞めるように指示されたが,被告人Bは,当時,被告人Aの意
思によらず,独自の判断で,Gを絞殺するなどの重大な行為をなし得る立場にはなかっ
たこと(前記第3部第7の「被告人Bの立場・役割」参照),②被告人両名によるGに対す
る通電,被告人Aと甲女のマンションAからマンションBへの移動,被告人Bと甲女による
Gの死体解体作業等,G事件当日の一連の重要な行為が,すべて被告人Aの明確な指
示に基づいて行われたこと,③被告人AはマンションAからマンションBに移ると,直ぐ
に,甲女にマンションAに戻るように指示し,甲女がマンションAに戻ると,被告人Bから
①の指示を受けたこと,④被告人Bは被告人Aと電話で連絡を取り合うことができたこ
と,⑤被告人AはマンションAからマンションBに移る前,マンションAにおいて,被告人B
に対し,「息を吹き返すかもしれんけ,注意して見とけよ。」などと,Gに対する殺意の存
在をほのめかすような言葉を吐いていること,⑥被告人Aは,G事件の犯行後,甲女に
対し,甲女がGを殺害したと何度も言い,「甲女がGの首を絞めて殺害した。」旨の事実
関係証明書を作成させて(甲656,甲女35回292ないし297項),負い目を負わせている
こと,からすると,被告人Bが甲女を関与させてGの首を絞めたことが被告人Aの指示に
基づくことは明らかである(その指示がなされた時期の点は後記第5の1のとおりであ
る。)。
第4 Gの死因,本件通電行為による電撃死か,本件絞首行為による窒息
死か
 1 はじめに
 前記第3のとおり,被告人両名は,G事件当日,Gに対し本件通電行為を行ったこと,
被告人Aは,本件通電行為の末,Gが動かなくなると,甲女と子供を連れてマンションA
を離れマンションBに向かったこと,被告人AはマンションBに着くと直ぐ甲女をマンション
Aに引き返させ,甲女がマンションAに戻ると,被告人Bが甲女を関与させ,Gの首に巻
き付けた布製の帯状の紐を両側に引っ張りGの首を絞めたこと,Gはそのころ死亡した
ことが認められる。Gは,被告人両名による本件通電行為により電撃死したか,あるい
は,被告人Bと甲女による本件絞首行為により窒息死したと認められる。Gがそれ以外
の行為によって死亡したとの合理的疑いを容れる余地はない。それでは,Gは,いずれ
の行為によって死亡したのか。本件通電行為による電撃死か,本件絞首行為による窒
息死かが問題となる。
 2 Gの生存又は死亡を窺わせる諸事情の検討
 被告人A,被告人B及び甲女が,本件通電行為後,心音や脈拍等で,Gが死亡したか
否かをはっきりと確認したことを認めるに足りる証拠はない。そこで,Gの生存又は死亡
を窺わせる諸事情の有無について検討する。
 (1) 被告人Aが,本件通電後,本件絞首行為の前にした言動
 前記第3のとおり,被告人Aは,本件通電行為後,被告人Bに対し,「お前が逃げた
け,全員殺さないけんくなったぞ。」と言い,甲女に対しても,「あんたも逃げたら一家全
滅になるよ。」と言った。これらの言葉からすると,被告人AはGが通電によって既に死亡
したと認識していたとも考えられる。
 他方,被告人Aは,マンションAからマンションBに移る前に,被告人Bに対し,「息を吹
き返すかもしれんけ,注意して見とけよ。」と言っており,この言葉からは,被告人AはG
がその時点ではまだ生存しているかもしれないと認識していたとも考えられる。
 (2) Gが本件通電行為後身体を動かしたり声を出したりしなくなったこと
 本件通電行為は,Gを全裸にし手足をすのこに縛り付けた状態で,約30分もの長い
間,執拗に通電を繰り返すという凄惨なものであったが,そのような通電は生命に対す
る危険性の極めて高いものであるから,Gが通電によって死亡した可能性は十分にある
というべきである。
 そして,Gは,本件通電行為後は身体を動かしたり声を出したりしなくなり,また,被告
人Bと甲女が首を絞めたときも,全く身体を動かしたり声を出したりしなかった。Gがこの
ような状態になったのは,通電によって死亡したためであるとも考えられる(甲393・4
頁)。
 他方,Gは,G事件当日の何日か前から,極端な食事制限や激しい通電等の虐待を受
け続けており,心身共にかなり衰弱していたことが窺われる上,G事件当日も約30分も
の長い間通電を受けたのであるから,首を絞められた時点では,生存はしていたが,既
に抵抗する気力や体力を完全に喪失していたため,あるいは,意識を失っていたため
に,身体を動かしたり声を出したりすることができない状態に陥っていたとも考えられる。
 (3) Gの首に布製の帯状の紐を巻き付けて首を絞めたこと
 Gの首に布製の帯状の紐を巻き付けて両側から引っ張るという行為は,生存している
人間を殺害しようとする行為にほかならない。Gが生存していたからこそ,あるいはその
可能性があったからこそ,被告人Aは被告人Bと甲女にそうさせたわけで,Gが既に死
亡していたのなら,そのような行為をさせる理由はない。
 他方,被告人両名は,Gを通電によって死亡させた後,甲女に対しGの殺害に加担し
たとの弱みを負わせ,そのことによって,甲女がマンションAから逃走したり,各事件を口
外することを防止しようとしたのではないかとも考えられる。実際に,被告人Aは,後日,
甲女をして,Gの首を絞めて殺害したことを自認する旨の事実関係証明書(甲656)を
作成させていることも,このような見方を裏付ける。
 (4) Gの首を絞めるときGの顔にタオル地の白い布が掛けてあったこと等
 前記第3のとおり,被告人Bと甲女がGの首を絞めるとき,Gの顔には白いタオル地の
布が掛けてあった。このことは,Gがあたかも既に死亡していたかのような印象を与え
る。しかし,Gの顔にタオル地の白い布を掛けてあったことを,一般に死者の顔に白い布
を掛けることと同視して良いかは疑問である。被告人Aは,C殺害後,死亡したCの手を
胸の前で組ませたが,G事件においては,Gの手を胸の前で組ませるなどしていなかっ
たことも考え併せるべきである。
 また,Gが既に死亡していたので,甲女にGの殺害に加担したとの弱みを負わせるに
当たり,Gの顔にタオルを掛けてGが既に死亡していることを隠そうとしたのではないか
と見ることも可能である。
 他方,Gがまだ生存しており,被告人Bと甲女がGの首を絞めて殺害するに当たり,特
に甲女に対する心理的抵抗感や負担感を軽減するために,Gの顔が見えないようにし
たのではないかと見ることも可能である。Gの口の中に畳んだタオル地の布が入れてあ
ったのは,Gの首を絞めるときにGが声を出さないようにするためであったとも考えられ,
そうだとすると,Gが当時まだ生きており,そのことを被告人両名が認識していたことを
窺わせる一事情ともいえる。
 (5) 結 論
 以上のとおりであるから,Gの死因は本件通電行為による電撃死か,それとも被告人
Bと甲女がGの首を絞めたことによる窒息死か,そのいずれかではあるものの,そのい
ずれとも確定することはできない。
第5 G事件に関する争点に対する判断
 1 殺意の有無,G殺害計画,実行の着手時期等
 (1) 本件通電行為の危険性等
 ア 家庭用交流電源に接続した電気コードを用いるなどして人体に通電することは,生
命を奪いかねない極めて危険な行為であることは,前記第4部第4の1で詳しく述べたと
おりである。
 イ 本件通電行為は,Gを全裸にし手足をすのこに縛り付けた状態で約30分もの長い
間,執拗に通電を繰り返すという凄惨な方法で行われた。甲女は,被告人両名が本件
通電行為においてGに通電した部位として明確に記憶しているのは太股と陰部だけであ
ると供述するが,①甲女は,「太股と陰部以外の部位にも通電したが,どの部位であっ
たかは思い出せない。」と供述しているものであること,②被告人両名はかねて身体各
部の複数箇所にクリップを付け替えながら断続的に通電を繰り返すという方法で通電を
行っており,G事件の何日か前からは,Gに対しそれまでになく過酷な遣り方で顔面(両
顎,両唇等)を含む身体各部への通電を繰り返していたこと(被告人B30回
210・211・241・242項,甲女36回294ないし319項),③本件通電行為は約30分間もの長
い間継続したこと,④甲女は,本件通電行為の間,和室で荷物整理等をしており,ときど
き台所へ出た際に本件通電行為の様子を見たに過ぎないというのであり,本件通電行
為の様子が甲女に目撃されない時間も長かったと考えられること,以上に照らすと,被
告人両名は,本件通電行為の間,Gに対し,甲女が明確に記憶している太股及び陰部
のみならず,顔面(両顎,両唇等)を含む身体各部への通電を執拗に繰り返していた可
能性が極めて高い。
 ウ Gは当時10歳の女児であり,しかも,毎日のように過酷な通電を受けたり異常な
食事制限を受けたりして,激しく痩せ,当時2歳の被告人両名の次男のおむつを穿いて
いたほどであり(被告人B45回153・162ないし172項),身体が極度に衰弱していたと認
められる。
 エ 本件通電行為後のGの状況からして,Gは,通電によって大きな肉体的打撃を受
け,電撃死したと考えてもあながち不合理ではない状態を呈していた。すなわち,Gは,
約30分間の通電中,「ヒックヒック」というしゃっくりのような声を上げていたのに,通電終
了後は,身体を動かすことも,声を出すことも全くしなくなった。被告人Bと甲女がGの首
を絞めたときも,身体を動かすことや声を出すことがなかった。
 オ 本件通電行為の苛烈さは,通電後,被告人Aが被告人Bに言った「お前が逃げた
け,全員殺さないけんくなったぞ。」,「息を吹き返すかもしれんけ,注意して見とけよ。」
という言葉や,甲女に言った「あんたも逃げたら一家全滅になるよ。」という言葉にも表れ
ている。中でも,「息を吹き返すかもしれんけ,注意して見とけよ。」という言葉は,Gが通
電によって少なくとも失神状態に陥ったこと,少なくともその程度に激しい通電をGに加
えたことを,被告人A自身が自ら認めるものである。
 カ これらの事情に照らすと,本件通電行為はGを死亡させる現実的,具体的危険性
のある行為であったといえる。
 (2) 被告人両名にGに対する殺意があったか否か,殺意の発生時期,G殺害計画等
 ア 殺意の認定に積極に働く事情
 (ア) 本件通電行為の危険性の認識等
 本件通電行為は,Gを全裸にし手足をすのこに縛り付けた状態で約30分もの長い間
Gの身体各部に執拗に通電を繰り返すというものであった。本件通電行為がそれ自体
極めて危険性の高い行為であることに加えて,被告人両名は,わずか約6か月前には
通電によって現実にBを死亡させた経験があったのであるから,本件通電行為が人を死
亡させる現実的,具体的危険性の極めて高い行為であることを十分に認識していたとい
うべきである。
 (イ) 本件絞首行為は,明らかに殺人の実行行為に当たること 
 本件絞首行為は,被告人Bと甲女がGの首に巻かれた布製の帯状の紐の端をそれぞ
れ握って,力を入れて両側に引っ張り合うというものであるから,殺人の実行行為に当
たる行為であることは,それ自体からして明らかである。被告人Aは,これを被告人Bに
指示して実行させ,被告人Bは,被告人Aの指示を受け,甲女に関与させて,これを実
行した。
 (ウ) G事件に至る経緯,犯行前後を通じての被告人両名の言動等
 a 被告人Aは,Fの死体解体作業が終了したころから,名目的な理由すらなく,プラグ
の接触時間を長くするなど,それまでにないような凄惨なやり方で,Gに対し,顔面,陰
部をも含む身体各部への通電を繰り返し,Gが腕に火傷を負っても傷口に古新聞を巻き
付けるだけで放置し,それまでにも増してGの生命,身体,人格に対する配慮をしなくな
り,Gに仮借のない暴行,虐待を加え続け,心身を痛め付けて衰弱させた。被告人Bも,
Gに対する暴行,虐待に加わり又はこれらを間近で目撃し,Gの置かれた状態を十分に
認識していた。
 b 被告人Aは,F事件後,Gを殺害する何日か前,被告人Bに対し,「あいつは口を割
りそうやけ,処分せないけん。」と言った。また,Gに与える食パンの枚数を理由もなく4
枚から一,二枚に減らすように指示し,「もうあまり食べさせなくていい。太っていたら大
変だろう。」などと,暗に近いうちにGを殺害する,食物を与えて太らせたら死体解体作
業が大変である旨を言い,G事件の前日ころ,被告人Bに対し,「Gちゃんも死にたいと
言っている。」と言い,被告人Bが,「殺すんですか。」と尋ねたところ,「いや,まだ分から
ん。」と答えている。これらの被告人両名の言動や会話からは,被告人Aが近いうちにG
を殺害することを意図しており,その意図を被告人Bに対しても伝え,被告人Bも被告人
Aの意図を理解したことが窺われる。
 c 被告人Aは,G事件の前日,被告人Bと甲女に対し,生活拠点をマンションAからマ
ンションBに移す旨を告げた。G事件当日は,甲女に指示して転居に必要な荷物の整理
をさせながら,被告人Bと共に本件通電行為を実行した。本件通電行為は凄惨で危険な
行為であったが,被告人両名は,Gの生命に対する配慮や手加減をした様子は全くな
い。被告人Bも,被告人Aが行う本件通電行為に立ち会い,被告人Aの指示を受けクリッ
プをGの身体に取り付けるなど,終始本件通電行為に加担したのであるから,本件通電
行為によってGが死亡する危険性を十分に認識していたといえる。
 d 被告人両名は,本件通電行為後,Gが動かなくなってからも,それが被告人両名に
とって思いがけない事態であったことを窺わせる態度や言動を全く示さず,驚いたり慌て
たりする様子も全くなく,B事件直後に行ったような人工呼吸や心臓マッサージを試みた
り,身体を揉んだりするなどの救命行為をした様子も全く窺われない。かえって,被告人
Aは,被告人Bに対し,「お前が逃げたけ,全員殺さないけんくなったぞ。」,「息を吹き返
すかも知れんけ,注意して見とけよ。」と言い,甲女に対し,「あんたも逃げたら一家全滅
になるよ。」と言うなど,Gの死を当初から意図したかのような言動をし,かつ,Gを含む
B一家の殺害につき,その責任をすべて被告人Bに転嫁したり,甲女を脅す口実にする
などして,意図的に利用した。被告人Bがこれに異論を唱えた事情は全く見出せない。
 e 被告人Aは,本件通電行為によってGが動かなくなるや,Gをそのままの状態で放
置したまま,直ちに甲女を連れてマンションAを離れた。被告人Aは,マンションBに着く
や,直ちに甲女をマンションAに引き返させた。甲女がマンションAに戻るや,被告人B
は,甲女を関与させて,通電時と同じ状態で横たわっていたGの首に巻き付けた布製の
帯状の紐を両側から引っ張ってGの首を絞め,それが終わると,甲女を関与させて,直
ちにGの死体解体作業に着手し,速やかに死体の解体・処分を遂げた。
 f 被告人Aは,F殺害に先立ち,被告人Bに対し,死体解体道具を多目に購入して準
備しておくように指示し,Fの死体解体作業が終了した後も,それに使った解体道具を捨
てさせることなく,そのまま死亡したGの死体解体作業に使用させた。
 (エ) 被告人両名がGを殺害する動機の存在
 被告人両名は,Bを死亡させ,C,E,D及びFをいずれも確定的殺意をもって次々と殺
害した後,被告人両名のもとにはEとDの長女であり,当時10歳であったG一人が残さ
れた。被告人両名は,Gをその親族らのもとに帰すことは,被告人両名の所在や被告人
両名が犯した殺人事件等の重大犯罪の発覚に繋がるおそれがあって,到底実行でき
ず,さりとて,被告人両名のもとで養育し続けることは,金銭的負担等を考えると被告人
両名の逃走生活を危うくするおそれがあり,これ又選択できないことであって,被告人両
名にとってGの存在は足手まといになっていた。このことは,被告人両名がGの殺害を決
意する十分な動機となり得るものである。
 イ 殺意の認定に消極に働く事情
 (ア) 身体への通電により人を死亡させることは十分に可能であり,被告人両名はB事
件によりそのことを知悉していたとしても,被告人両名はC,E及びFを殺害した際には,
いずれも電気コード又は布製の帯状の紐で首を絞めて絞殺するという方法を採っている
から,被告人両名がGを殺害しようとするのであれば,それらの事件と同様に,絞殺の
方法で行なうのが自然である。絞殺は人を確実に殺害できるという点で,通電よりも優っ
ている。被告人Aが直ちにGを殺害する意思であれば,本件通電行為を先行させずに,
いきなり被告人Bや甲女にGの絞首を指示すれば済むことである。ところが,被告人Aは
そうせずに,あえてGに本件通電行為を行なっている。
 (イ) 被告人Aは,本件通電行為に当たり,被告人Bに対し通電の準備やクリップを取り
付ける部位を指示したり,被告人Bや甲女の面前で自らGに通電したりしたが,被告人A
が本件通電行為によってGを電撃死させようと狙っていたとすれば,このような被告人A
の行動は,C,E及びFを殺害した際,殺害を明示的に指示したり実行に加担したりする
ことを努めて慎重に避けたことと対比すると顕著な差異があり,同一の人物が示す行動
として不自然であると考えられる。
 (ウ) 本件通電行為において,被告人Aが通電を加えた部位は,少なくとも太股及び陰
部については確認できるが,致死の危険性が高い顔面(両顎,両唇等)や乳首について
は,同部位に通電した可能性が極めて高いものの,断定できるには至らない。被告人両
名は,人の顔面や乳首に通電すると死亡する危険が高いことは,B事件を通じて知悉し
ていたのであるから,被告人両名において,Gを通電して殺害する意思があれば,これ
らの部位に通電を集中させるはずである。ところが,被告人両名は顔面(両顎,両唇等)
や乳首に通電を集中させることなく,太股や陰部に通電しているのである。これは,殺意
とはやや相容れない行為である。
 ウ 被告人AのGに対する殺意の発生時期,G殺害計画
 被告人Aが,F事件後,被告人Bに対し,G殺害の意図を示唆する言葉を何回も口にし
たこと,食パンの枚数を極端に減らすように指示したこと,G事件の前日,マンションAか
らマンションBへの移動を言い渡したこと,被告人AがマンションAからマンションBに生
活の拠点を移すとなると,被告人Aや子供らの世話をするために被告人Bも当然これに
同伴することになるところ,そうなるとGの監視役が必要となり,中学生である甲女のみ
ではその役目を果たせないから,被告人Aが上記移動を決断したということは,Gの取
扱いについて重大な決断をしたということにならざるを得ないことなどに照らすと,遅くと
もG事件の前日,マンションAからマンションBへの移動を言い渡した時点で,被告人A
は,翌日,すなわち,平成10年6月7日ころ,Gを殺害する旨決意し,これを固めたと推
認するのが合理的である。しかしながら,前記イの諸事情に照らすと,被告人Aが,通電
によってGを殺害しようと考えていたとまでは認め難い。むしろ,客観的な事態の推移か
らすると,被告人AのG殺害計画は,次のようなものであったと推認するのが合理的であ
る。
 すなわち,まず,①Gに徹底的な通電を行って,その心身を痛め付け,抵抗力を奪う。
失神させても構わない。しかし,通電でGを殺害するまではしない。次に,②被告人Bと
甲女に指示して,二人にGの首を絞めさせ,息の根を止める。その後,③被告人Bと甲
女に指示して,Gの死体の解体作業をさせる。
 ①は,通電でGの抵抗力を奪い,首を絞めるとき,Gが抵抗したり,声を上げたりする
おそれをなくするためである。それによって,殺害が容易になる上,周辺住民に不審に
思われることもない。甲女がマンションAに戻ったとき,Gの口の中に畳んだ布が入れて
あったが,それもGに声を出させないためと考えられる。被告人Aないし被告人Bが殺害
に当たってのGの抵抗等を考慮していたことが看取される。さらに,次のような事情も考
慮に入れることができる。すなわち,甲女は,F事件において,被告人Aから,「お前も足
を押さえろ。」と指示されたが,嫌そうな顔をした(被告人Bは,甲女の性格について,
「気持ち悪い。」,「きつい。」,「嫌だ。」などの内心がそのまま行動に出る感じだった旨供
述している。被告人B33回(1)17項)。甲女はこれに従ったものの,心理的抵抗感や負担
感はかなり大きかったと見られる。被告人Aの指示がなかったこともあるが,甲女は,F
の死体の解体作業にも加わっていない。被告人両名がG事件当日の前に通電したと
き,Gは,「何も言いません。絶対に言いません。」などと繰り返したが,絞首されるとき
に,Gがそのような言葉を口走って泣き叫ぶなどした場合,甲女が動揺なしに絞首行為
ができるかは,甲女の年齢に照らしやや疑問がある。甲女にとってはF事件に引き続い
ての殺人関与であり,仮にもそれで精神の平衡を失い,学校等で異常言動を呈すれ
ば,犯行発覚の端緒になりかねないから,被告人両名としては慎重な考慮が必要であ
ったはずである。してみれば,被告人Aは,甲女に生気のある状態のGの首を絞めさせ
るのは困難と考え,その前段階としてGに徹底的に通電を加え,抵抗力を奪い,失神さ
せるなどして,甲女がさほどの心理的抵抗感や負担感なく,Gの首を絞めることができる
ように配慮したと考えられる。甲女がマンションAに戻ったとき,Gの顔には布が掛けてあ
ったが,それもG殺害に手を染めることへの甲女の心理的抵抗感や負担感を軽減する
ための措置と見られるのである。
 ②は,絞首は確実に殺害する上で優れるとの考えに基づくものである。被告人Bと甲
女に手を下させるのは,人の首を絞めるなどという危険は被告人Aは冒さないという被
告人Aの処世術と,甲女に重大犯罪に手を染めたとの弱みを負わせ,マンションAから
の逃走や犯罪の通報を防止するという目論見に基づくものである。
 エ 被告人両名間のG殺害計画についての意思の連絡 
 次に問題となるのは,被告人Aの上記G殺害計画が明示的又は黙示的に被告人Bに
了解されていたか否か,及び了解されていたとすればその時期の点である。被告人A
が,G事件の前日,被告人Bに対し,翌日生活の拠点を移す旨言い渡した時点で,被告
人Bは被告人Aが翌日Gを殺害する意図であることを明瞭に察したと考えられるが,さら
に,上記G殺害計画を首尾良く実行するには,被告人Bの協力が不可欠であるから,被
告人Aは,遅くとも本件通電行為を開始したころまでには,明示的又は黙示的に被告人
Bに上記G殺害計画を伝えたと見るのが自然であり,被告人Aがそうするのに何ら障害
がない。甲女は,本件通電行為開始後,被告人AのマンションBへの移動を挟んで,本
件絞首行為に至るまで,被告人両名の言動について供述しているが,その公判供述に
は,この点に関し被告人両名の間に特段の会話が交わされた旨の供述は出てこない。
それにもかかわらず,被告人Bは何も疑問を呈することなく,独りマンションAに残り,間
もなくマンションAに戻った甲女と共に本件絞首行為を行い,引き続き,甲女と共にGの
死体解体作業に着手している。被告人Bの一連の行為は澱みなく行われ,本件絞首行
為は,被告人Bが甲女に具体的な指示をして誠に手際良く実行されている。Gの顔に布
を掛けるなどの絞首の準備作業も被告人Bによってなされたと見られる。マンションAか
らマンションBへの移動に伴う荷物の整理は,子供の衣類などもあることを考えると,甲
女よりも被告人Bにさせた方が早くかつ確実であろうのに(甲女は,独りで荷物の整理を
するのは慣れていなかったので,時間が掛かった旨供述している。甲女47回31項),荷
物の整理は甲女にさせ,被告人Bは本件通電行為に立ち会っていたことに照らすと,本
件通電行為は被告人Aにとって重要なものであり,被告人Bにはそのことが了解されて
いたと考えられる。これらの経過は,被告人Bは,被告人Aの上記G殺害計画を知った
上で,これに全面的に同調し協力する意思であったことを十分に物語るものである。
 そうすると,被告人両名の間には,明示的又は黙示的に上記G殺害計画を内容とする
意思の連絡が生じており,その時期は,遅くとも被告人Aが本件通電行為を開始したこ
ろであり,その後ではあり得ないと推認するのが合理的である。
 (3) 本件通電行為をした時点で,Gに対する殺人の実行の着手があったこと
 前記(2)によれば,本件通電行為は,本件絞首行為を確実かつ容易に行なうために不
可欠ないし重要な行為であったというべきである。被告人両名においてもその認識は十
分にあった。本件通電行為と本件絞首行為は,いずれもマンションAの台所で行われ,
両行為の間の時間的な開きは約三,四十分程度と短時間である。本件通電行為は,そ
れ自体,Gの生命に対する現実的,具体的な危険性が認められ,そのことは,被告人両
名において十分に認識していた。
 上記のような本件通電行為と本件絞首行為の時間的・場所的密接性,本件通電行為
が殺人の結果発生の現実的,具体的危険性を備えた行為であることに照らすと,被告
人両名は,本件通電行為によってGを殺害しようという意図までなく,Gの殺害は本件絞
首行為によって遂げる意図であったとしても,本件通電行為を開始した時点で,Gに対
する殺人の実行の着手があったと認められる。
 (4) 被告人両名は,Gが本件通電行為によって死亡したか,本件絞首行為によって死
亡したかにかかわらず,殺人既遂の責任を免れないこと
 被告人両名は,Gに通電して,失神させ,あるいは抵抗力を失わせた上,甲女を加担
させて,被告人Bと甲女の二人でGの首を絞めて絞殺するという一連の殺人行為に着手
して目的を遂げたのであるから,Gが本件通電行為によって死亡したか,それとも本件
絞首行為によって死亡したかにかかわらず,殺人既遂の責任を免れない。仮に,被告
人両名の予期に反して本件通電行為によってGが死亡したとしても,因果関係が肯定さ
れるのはもちろん,錯誤の点は因果関係に関する具体的事実の錯誤に過ぎず,故意責
任を阻却しないのである。
 2 共謀の有無及び内容 
 (1) 共謀の認定に積極に働く事情
 ア 被告人Bは被告人Aの意思によらずGの殺害を企て実行することができるような状
況にはなかったこと
 前記第3部第7で明らかにした被告人Bの立場,役割によると,被告人Bはマンション
Aでの被告人Aとの同居生活において,被告人Aの意図の実現に積極的に協力し,被告
人Aの指示があればこれに唯々諾々と従い,B一家に対しても,何ら躊躇することなく仮
借のない通電等の暴行や虐待を加えていた。しかし,被告人Bが被告人Aの意思によら
ず,被告人B自身の判断で,B一家に対し通電等の暴行や虐待を加えたことはなかっ
た。G事件当時も,被告人Bが自らの一存でGの殺害を企て実行することができるような
状況にはなかった。
 イ 被告人Aによる犯行の指示,犯行前後を通じての被告人Aの態度・言動等
 Fの死体解体後からG事件当日に至るまでの経緯,その間被告人AがGに加えた凄惨
な通電や極端な食事制限等の虐待の態様・程度,本件通電行為から本件絞首行為に
至る犯行状況,Gの殺害前後を通じての被告人Aの言動・被告人Bとの会話及び死体
解体状況等は,前記第3のとおりである。被告人Aは,被告人Bに対し,G殺害の意図を
露にして,そのことを被告人Bに理解させ,Gを殺害する前段階として本件通電行為を被
告人Bと共に実行し,Gが動かなくなると,自らはマンションAを離れ,甲女を関与させて
Gの首を絞めさせ,Gを確実に死亡させることと,甲女にそれに関与したとの弱みを負わ
せることを図ったこと(前記1),死体解体時においても,被告人Bと電話で頻繁に連絡を
取り合い,死体解体作業の進行状況を確認したり,作業の方法を具体的に指示したり,
作業を急ぐように促したり,解体道具の処分方法を細かく指示したりして,G殺害後の罪
証隠滅工作も積極的に行った。
 ウ 被告人AにはGを殺害する動機があったこと
 G事件のころ,Gは,生活環境の不良と低栄養状態が長期間続いた上,家族や弟が次
々に殺されるという地獄のような体験を繰り返したため,心身共に衰弱し,激しく痩せ,
表情は虚ろであった。しかし,被告人Aは,Gをn家に帰すことは,重大犯罪等を犯した
被告人両名の所在が発覚し,警察に逮捕されることに繋がるとして,到底実行できず,
さりとて,手元に置き続けることも,生活費等が掛かり,足手まといにもなり,被告人Aが
望まないところであった。このような状況下では,被告人AがGを亡き者にしようと考える
動機は十分あったというべきである。
 なお,被告人Aは,「GやFを殺害する動機などなかった。」,「Gとずっと関わりを持ち続
けたいと思っていた。いずれ芸者にして金を稼がせたりしようと思った。被告人Aにとって
は,Gは居ても居なくてもよかったが,居れば将来何らかの利益をもたらすだろうと思っ
ていた。」などと供述しているが(被告人A52回111ないし120項,乙80等),現実性に乏
しい話であり,信用することができない。
エ G事件がF事件に引き続いて行われたこと
 G事件は,被告人Aの指示に基づいて実行されたFの殺害及び死体解体に引き続き,
その後間もなく(Fの死体解体作業が終了してからわずか半月くらい後に)実行されたの
であり,そのこと自体が,F事件と同様に,Gの殺害も被告人Aの指示に基づいて行われ
たことを強く疑わせる。
 オ 被告人Bは被告人Aの指示に忠実に犯行を実行したこと等
 (ア) 被告人Bは,G殺害の何日か前から,被告人Aがその言動でGの殺害の意図を露
にし,Gに対しそれまで以上に凄惨な通電,虐待を加えたことから,被告人AがGの殺害
を意図していることを察知し,自らもそれをやむを得ないこととして受け入れた。
 (イ) 被告人Aは,G事件の前日,被告人Bと甲女に対し,明日生活拠点をマンションA
からマンションBに移す旨を告げ,犯行当日は,甲女に指示して転居のために荷物を準
備させながら,Gに対し本件通電行為を実行したのであるが,被告人Bは,その際,被
告人Aの指示に従い,通電の準備をしたり,被告人Aが指示する部位にクリップを取り付
けたりして,被告人Aと共に,Gに対し約30分間危険な通電を繰り返した。
 (ウ) 被告人Bは,Gが本件通電行為後に動かなくなってからも,思いがけない事態が
起きた態度を示すことなく,Gの救命を試みるなどのことも全くなかった。
 (エ) 被告人Bは,引き続き,被告人Aの指示を受けて,Gに対し,甲女と共に本件絞首
行為を行った。
 (オ) 被告人Bは,Gの殺害後は,被告人Aの指示を受けて,自ら率先して甲女をも関
与させてGの死体解体作業を速やかに完遂した。
 カ 被告人Bにも被告人AのG殺害の指示を受け入れざるを得ない動機があったこと
 被告人Bにおいても,Bを死亡させ,C,E,D及びFを次々に殺害した後,D夫婦の遺
児であるGの存在を持て余し,Gを通じて被告人両名の所在や被告人両名が犯した幾
つもの重大犯罪が警察に発覚するのではないかと恐れ,これを防ぎ,将来にわたる禍
根を断つためには,被告人Aが指示するとおり,Gを殺害するのもやむを得ないと考えて
いたことを否定できない。
 (2) 共謀の認定に消極に働く事情
 被告人Aが,本件絞首行為に手を下さなかったことが,被告人両名の間のG殺害につ
いての共謀の存在を否定する要素としては全く微弱であること,被告人Bは,被告人Aと
の関係で一段弱い地位にあったが,このことが上記共謀の存在を否定すべき事情とな
ると考えるべきではないことは,F事件について述べたのと同様である。
他に,被告人両名の間にG殺害についての共謀がなかったと認めるべき特段の事情
は認められない。
(3) 結 論
以上によれば,遅くとも,平成10年6月7日ころ,被告人Aが,マンションAの台所にお
いて,Gに対し本件通電行為を開始したころ,被告人Aは,被告人Bの行為を利用して,
被告人Bと共にGに通電してGの抵抗力を奪った上,絞首によりGを殺害する意思であ
り,被告人Bは,被告人Aと共にGに通電してGの抵抗力を奪った上,自らGの首を絞め
て殺害する意思で,かつその行為が被告人Aの上記意思を実現し,補充するものである
ことを認識し,認容する意思であり,被告人両名は,上記各意思を相互に通じ合い,一
体となって,殺意(確定的な殺意)をもって,Gを殺害する旨の共謀が少なくとも黙示的に
成立したことが優に認められる。
 (4) 間接正犯の成立
 甲女がGの絞首に関与した点については,共同正犯と認めることはできず,被告人両
名に,甲女を被利用者とした間接正犯が成立することは,F事件において,詳しく述べた
のと同旨である。
 3 結 論 
 被告人両名は,共謀の上,殺意(確定的殺意)をもって,Gの身体に通電した上,年少
の児童である甲女を関与させて,被告人Bと甲女が布製の帯状の紐でGの頸部を締め
付け,Gを電撃死又は窒息死させて殺害したものであり,殺人の共同正犯が成立する。
第6 G事件に関する被告人A弁護人の主張に対する判断
 1 被告人Bの公判供述の信用性に関する主張について
 (1) 被告人A弁護人は,「被告人Bが供述するGの食事内容を前提とすれば,Gの健
康に重大な影響が生じるはずであるが,被告人Bの供述によってもGにそのような健康
障害が現れていないのは不自然である。」旨主張する(弁論要旨412・413頁)。
 被告人Bが供述するGの食事内容は,概ね,「平成9年11月ころから食パン4枚程度
であり,ラーメン,コンビニ弁当,菓子パン等が与えられることもあり,B一家の死体解体
作業時はクッキー20枚,カロリーメイト1箱程度であり,食パンの枚数はその後2枚にま
で減らされた。」というものである(被告人B45回184ないし219項等)。これによると,G
が栄養所要量を著しく下回る食事しか与えられていなかったことは明らかである。すな
わち,Gのエネルギー所要量は一日当たり1750キロカロリー(ただし,生活活動強度Ⅱ
「やや低い」とする。),たんぱく質所要量は65グラムであるところ,食パン4枚にマヨネ
ーズ20グラムを加えても,エネルギーは768キロカロリー,たんぱく質は22.9グラム
にしかならない(甲505,657)。他方,Gの健康状態について,被告人Bは,「Gは頬が
こけ顔が細くなり,当時2歳の次男のおむつを穿くことができるほどであり,甲女とは比
較にならないくらいひどく痩せていた。」旨(被告人B45回162ないし168項),「足がぱん
ぱんにむくんでいた。」旨(被告人B45回217ないし219項),明確に供述しているところ,
これらはいずれも低栄養状態に基づく症状と見られ,しかもその程度はかなり顕著であ
る。
 人が低栄養状態に置かれると,どのような症状が現れるかは,人によって異なり一様
ではない(a60回165・166項)が,その点を考慮に入れてもなお,Gには低栄養状態に基
づくと見られる一部の症状(痩せ,腫脹)がかなり顕著に現れていたのであるから,それ
以外にも,被告人Bが気付かない肝・腎機能障害や神経障害等の症状が生じていた可
能性は十分にある。したがって,被告人A弁護人が主張する点で被告人Bの供述が不
自然であるとは直ちにいえない。
 (2) 被告人A弁護人は,「被告人Bは,『被告人AがG事件当日より以前からGに対し
激しい通電を繰り返していた。』旨供述するが,通電の理由については明確に供述して
いない。」旨主張する(弁論要旨413ないし415頁)。
 しかしながら,被告人Bは,「具体的な理由は記憶していないが,とにかく,被告人A
は,色々な口実を作っては,Gに対し不条理な通電を繰り返していた。」旨明確に供述
し,Gが通電を受けていた状況等についても,特異な事実も交えて具体的な供述をして
いる(被告人B45回88ないし152項等)。Gに対する通電の理由も,その内容や通電の
回数等によっては記憶に残らないこともあり得るから,それだけで被告人Bの供述が被
告人Bの創作した虚偽供述であるとはいい難い。
 (3) 被告人A弁護人は,「被告人Bの公判供述は,G事件当日,被告人Bと甲女が被
告人AからGの首を絞めるように指示される直前の甲女の行動,Gを絞殺するのに用い
た電気コードを用意した状況,Gが首を絞められたときの様子につき,被告人Bの公判
供述は不明確であり具体性を欠くから,被告人Bが供述するG殺害の状況は被告人B
の創作である。」旨主張する(弁論要旨415・416頁)。
 被告人Bの公判供述は,G事件当日の経緯,Gに対する通電の有無,被告人Aが被告
人Bと甲女にGの首を絞めるように指示した状況,絞殺に用いた道具の種類等の点でそ
れ自体具体性に乏しく不自然な点があり,甲女の公判供述との食い違いも少なくなく,
にわかに信用し難く,結局,甲女の公判供述と食い違う部分は,甲女の公判供述の信
用性が優っていると判断すべきであることは,前記第2の3で述べたとおりである。しか
しながら,被告人Bが被告人Aの指示を受け,甲女と二人でGの首を絞めたことは,被告
人Bが一貫して明確に供述しているところであり,その限りでは甲女の公判供述と一致
しているのであって,この点についての被告人Bの公判供述は甲女の公判供述と同様
信用できる。
 したがって,被告人Bの公判供述中,G殺害の状況に関する供述がすべて被告人Bの
創作に係る虚偽供述であるかのようにいう被告人A弁護人の主張は採用できない。
 (4) 被告人A弁護人は,「①被告人Bが被告人AからG殺害の指示を受けたときの心
境,②被告人Aが被告人Bと甲女に対しG殺害を指示したときの状況,③Gが通電を受
けて『ヒック,ヒック』と声を出したこと,以上の諸点についての被告人Bの供述には矛盾
や変遷が見られる。」旨主張する(弁論要旨416ないし420頁)。
 しかしながら,①については,上記の点に関する被告人Bの供述が矛盾・変遷している
としても,所詮被告人Bの内心の事情の問題であるから,被告人Bの供述の信用性に
与える影響はさほど大きくないというべきである。②については,被告人Bは,捜査段階
(乙222・5頁)でも公判段階(被告人B30回262項)でも,被告人Aが,被告人Bと甲女
の面前で,二人に対して,電気コードで首を絞めてGを殺害するように指示したことを一
貫して明確に供述しており,被告人A弁護人が被告人Bの供述が変遷していると主張す
る部分は些細な事柄であるから,被告人Bの供述の信用性判断の事情としては比重が
小さい。③については,被告人Bは,捜査段階及び公判段階の当初においては供述し
ておらず,その後,甲女の供述調書等に触れて記憶を喚起したとして初めて供述したの
である(被告人B45回117項)が,被告人Bは,捜査・公判段階を通じて幾つかの重要な
点で甲女の供述と大きく食い違う供述を貫いているのであるから,③についてだけ甲女
の供述に迎合したとは考え難い。この点は,被告人B自身が記憶を喚起して供述したと
認められる。
 2 甲女の公判供述の信用性に関する主張について
 (1) 被告人A弁護人は,「甲女の公判供述のうち,①被告人Aが『死ぬけ,食べさせん
でいい。』とGの食事を減らすように指示した旨の捜査段階からの供述(甲702,甲女3
5回342項等),②Gがおむつをしていた旨の公判供述(甲女35回282項等)は,いずれ
も,被告人Bの同旨の供述が現れた後に甲女が初めて供述しているから,甲女が被告
人Bの供述に基づいて捜査官から誘導を受けてした供述であり,信用することはできな
い。」旨主張する(弁論要旨420・421頁)。
 しかしながら,G事件に関する甲女と被告人Bの各公判供述は,幾つかの重要な点で
大きく食い違うことは,前記第2の4(3)のとおりであり,甲女は捜査・公判段階を通じて被
告人Bの供述と異なる供述をあえて貫いていることに照らすと,甲女が,①,②の点につ
き,安易に被告人Bの供述に合わせ,自己の記憶に反する供述をしたとは考え難い。
 (2) 被告人A弁護人は,「甲女の供述は,G事件当日,被告人Aが甲女にマンションB
に移動するために荷物の準備をさせたことと,被告人Aと被告人BがGに通電したことの
先後関係につき,供述が変遷している。」旨主張する(弁論要旨421・422頁)。
 しかしながら,甲女が,「被告人Aは,Gに対する通電を止めてから,甲女に対し荷物
の整理等を指示した。」旨供述したのは,捜査段階の初期(平成14年4月11日付け警
察官調書・甲664)だけであり,その後は捜査(同年6月15日付け検察官調書・甲39
5)・公判段階を通じて,「甲女が被告人Aから指示されて荷物を整理しているとき,被告
人Aと被告人BがGに対し通電を始めた。」旨の供述を一貫させている。上記の供述の
変遷は,変遷の程度もさほど大きいものではなく,取調べにより記憶を喚起していく過程
で通常生じ得る範囲内のものと考えることができる。したがって,被告人A弁護人が指摘
する点は,甲女の供述の信用性を左右するほどのものとはいえない。
 (3) 被告人A弁護人は,「甲女は,マンションAからマンションBに移動するための荷造
りをするために2時間から2時間半も掛けた旨供述する(甲女47回28項)が,そのように
長時間を要したとする点は不自然である。」旨主張する(弁論要旨422頁)。
 しかしながら,甲女は当時13歳であり,G事件当日,突然,被告人Aから指示を受け,
合計5名が生活の拠点を移転するために必要な荷物(その中には被告人Aが所有する
多数の薬類が含まれる。)を揃えて荷造りするなどの作業を独りで行ったことなどに照ら
すと,甲女が荷造り等に,甲女の記憶(時計を見たわけではない。)で,2時間ないし2時
間半くらいの時間を要したとしても,不自然とまではいえない。
 (4) 被告人A弁護人は,「甲女は,被告人両名がGに対し通電していた時間につき,供
述を変遷させている。」旨主張する(弁論要旨422・423頁)。
 しかしながら,甲女は,捜査段階の初期では「はっきりとは覚えていないが,しばらくし
て,被告人両名はGに対する通電を止めた。」旨供述していたが(平成14年4月11日付
け警察官調書・甲664・12丁),その後は捜査(同年6月15日付け検察官調書・甲39
5・8頁)・公判段階を通じて,「被告人両名がGに通電を始めると,Gは『ヒック,ヒック』と
いう声を上げていたが,30分くらい経ったころ,そのような声が聞こえなくなった。」旨の
供述を一貫させている。このような供述経過及び供述内容に照らすと,甲女は,取調べ
により記憶を喚起し,当初の曖昧な供述を具体的なものに深化させたと見ることができ
るから,不合理な供述変遷とはいえない。
 (5) 被告人A弁護人は,「甲女の公判供述は,反対尋問により崩れている。すなわち,
甲女は,①甲女がGの『ヒック,ヒック』という声を聞いたのはG事件当日だけか否か,②
Gが手足に通電されたとき『ヒック,ヒック』という声を出したか否か,③被告人Bは,G事
件当日,Gに対し通電行為を実際にしたか否か,④Gは,G事件当日,顔面への通電を
受けたか否かについての反対尋問の際,捜査段階の供述又は従前の公判供述を変遷
させたり,曖昧にしたりしている。」旨主張する(弁論要旨423・424頁)。
 ①については,甲女は,公判廷では,「Gが通電を受けて『ヒック,ヒック』という声を出
していたことを明確に覚えているのは,G事件当日だけである。」旨供述する(甲女41回
315項)。その一方で,「G事件当日以前にGが通電を受けたときそのような声を出すの
を聞いたことがある。」とも供述しており(甲女47回190項),供述に曖昧さや混乱が見ら
れる(なお,甲女は,捜査段階においては,GがG事件当日以前に通電を受けたときにも
「ヒック,ヒック」という声を出したか否かについては,明確に供述していない。甲664,3
95)。しかしながら,甲女は,「Gは,少なくともG事件当日に通電を受けたときには,『ヒ
ック,ヒック』という声を出していた。」という趣旨においては,一貫して明確に供述してい
る。それと比較すると,G事件当日以前も同様であったかについては,甲女の記憶は元
々曖昧であり,それゆえに上記のような供述変遷が生じたと考えられる。そうだとすれ
ば,被告人A弁護人が主張する点は,甲女の公判供述の信用性を損なうほどの事情と
はいえない。②については,甲女の公判供述は,「甲女が,G事件当日,Gが通電を受
けた場面で明確に記憶しているのは,Gが太股と陰部に通電を受けた場面だけである。
GはG事件当日通電を受けているとき(それが太股又は陰部への通電を受けたときかど
うかははっきりしない。),『ヒック,ヒック』という声を出していた。Gが,G事件当日又はそ
れ以前に,どの部位に通電を受けたときに『ヒック,ヒック』という声を出していたのかは
明確に覚えていない。」という趣旨に理解できるのであり(甲女47回202ないし209項
等),このような趣旨において,甲女供述は明確であり,一貫している。③については,
甲女は,捜査段階の初期においては,「被告人両名が交互に通電していた。」旨供述し
ていたが(平成14年4月14日付け警察官調書・甲664),その後は捜査・公判段階を
通じて,「被告人Aが電気コードのプラグを延長コードの差込口に接触させるなどして通
電し,被告人Bが被告人Aの指示を受けてクリップをGの身体に取り付けていた。」旨の
供述を一貫させており(同年6月15日付け検察官調書・甲395,甲女47回等),また,
④については,甲女は,捜査段階の初期においては,被告人両名がG事件当日にGに
通電した部位の一つに顔面を挙げていたが(平成14年4月14日付け警察官調書・甲6
64,同年5月8日付け警察官調書・甲669),その後は捜査・公判段階を通じて「甲女が
記憶しているのは,Gの太股と陰部への通電だけである。顔面への通電があったかどう
かは覚えていない。」旨の供述を一貫させているのであり(同年6月15日付け検察官調
書・甲395,甲女47回70項等),③,④は,いずれも,甲女が取調べにより記憶を喚起
し,当初の曖昧な記憶に基づく供述を整理したものと見ることができるから,③,④の点
についての供述変遷が甲女の公判供述の信用性を減殺するとはいえない。
 (6) 被告人A弁護人は,「甲女は,『被告人両名がGを通電している間,荷物の整理等
をするために,何度か被告人AとGとの間を横切り,Gに対する通電の様子を横目で見
るなどした。』旨供述するが,被告人Aがそのような行為を黙認するとは考えられず,不
自然である。」旨主張する(弁論要旨425・426頁)。
 しかしながら,被告人Aは,G事件の何日か前にも,甲女が傍に居るにもかかわらず,
被告人Bに対し,「あいつは口を割りそうやけ,処分せないけん。」,「死ぬけ,食べさせ
んでいい。」などと,Gの殺害を意味する言葉を平気で発するなど,そのころ甲女を完全
に支配していることに自信を持ち,甲女に対する警戒心を緩めることがあったことが窺
われるから,被告人A弁護人が指摘するような事情は必ずしも不自然とはいえない。
 (7) 被告人A弁護人は,「『被告人両名は,G事件当日以前も,Gの身体をすのこに縛
り付けるなどして通電していた。』旨の甲女の供述は,①すのこがどこに保管されていた
のか,②Gが身体のどの部位に通電されたのか,③通電が終わった後のGの様子はど
うだったか,④G事件当日の通電の様子とどう違うのか等が不明のままであり,信用で
きない。」旨主張する(弁論要旨426ないし428頁)。
 しかしながら,甲女は,「G事件当日,被告人両名が,Gを全裸にして,すのこ2枚を繋
ぎ合わせたものに帯状の紐で両手足を縛り付け,身体にクリップを取り付けて通電し
た。」旨明確に供述しており,その内容は特異で印象深い事柄であり,それが甲女の記
憶違いや創作による供述とは考え難い。被告人A弁護人が指摘する①ないし③の諸点
はいずれも末梢的な事柄に過ぎず,甲女が明確に記憶しておらず,それらについての
供述が不明確であるとしても不自然とはいえないのであって,甲女供述の信用性を損な
うほどのものではない。
 3 被告人A弁護人がG事件に関し主張するその他の点について検討してみても,前
記第5のG事件に関する争点に対する判断は左右されない。
第10部 乙女事件
第1 詐欺事件における詐欺罪の成否
 1 被告人A弁護人及び被告人B弁護人の各主張並びに争点
 (1) 被告人A弁護人
 ア 詐欺事件の公訴事実第1の1について
 被告人両名が,共謀の上,乙女から合計250万円を騙し取ったことは認める。ただ
し,乙女に対しては,「被告人Aと乙女の結婚生活のための資金が要る。」などと申し向
けたのではなく,被告人Aの姉に扮していた被告人Bが,「実家の屋根の修理代が要
る。」と申し向けて騙し取った。
 イ 同公訴事実第1の2について
 被告人両名が乙女から110万円を受け取ったことはなく,詐欺の故意,共謀及び欺罔
行為もないから,被告人Aは無罪である。
 (2) 被告人B弁護人
 いずれも認める。ただし,合計250万円の詐欺の件については,乙女に対し,「経済的
に困窮している被告人Aの姉を援助して欲しい。」と申し向けて騙し取った。
 (3) 争 点
主な争点は,詐欺事件の公訴事実第1の1については,欺罔文言の内容,同公訴事
実第1の2については,被告人Aにつき,詐欺の故意の有無,被告人両名間の共謀の
有無及び内容,欺罔行為の有無及び110万円交付の有無である。
 2 被告人Aが乙女と知り合った経緯,被告人Bの乙女への紹介及び被告人両名が乙
女に金を無心し,乙女がこれを作って交付した状況等
(1) 乙女の検察官調書の要旨
 乙女は,検察官に対し,次のとおり供述する(乙女の検察官調書8通・甲102ないし1
09。以下,本項において,「乙女の供述」という。)。
 ア 乙女は,平成7年8月ころ,当時夫であったYの友人であるAを通じて,「村上博幸」
と名乗る被告人Aと知り合った。Aは,被告人Aのことを「京都大学の物理学科を卒業し
て将来は物理学者になる。今はX塾の講師をしている。月収は100万円くらいある。頭
は切れるし仕事は何でもこなせる凄い奴だ。」などと言って紹介した。被告人Aは,たび
たびAや甲女と一緒に乙女宅を訪れ,乙女と親しくなった。乙女は,当時,Yとの結婚生
活に嫌気が差しており,被告人Aの嘘の経歴等を鵜呑みにし,かつ被告人Aの優しく親
切な振舞いを見て,被告人Aに好意を寄せていった。
 イ 被告人Aは,平成7年11月初めころ,乙女に対し,「結婚を前提に付き合って欲し
い。」と,交際を申し込んだ。乙女は嬉しく思い,被告人Aと将来結婚できるとの期待を強
く抱いた。また,被告人Aは,平成8年1月19日,乙女に対し,「結婚してください。子供
さんの面倒は私がきちんと見ますから。一緒に住もう。」と,結婚を申し込んだ。乙女は
心底から喜び,被告人Aの言葉を信じた。乙女は,平成8年2月ころ,被告人Aとの結婚
に向けて,Yと別居して実家に戻った。そのころ,被告人Aは,乙女に,「離婚届を出すの
は大安の日にした方がいい。女の人は離婚したら半年過ぎないと結婚できないから,そ
の期間が過ぎたら入籍しようね。」と言い,乙女は,同年4月26日,Yとの離婚届を区役
所に提出した。
 ウ 被告人Aは,同年7月20日ころ,北九州市b区内の「g」店において,乙女に対し,
「森田」と名乗る被告人Bを実姉として紹介した。被告人Bは,乙女に対し,「広島の可計
に家を持っているが,今はb区で熊大同級生の『みどり』という女性と同居している。」な
どと自己紹介し,「弟のことをよろしくお願いします。」と挨拶した。
 エ 被告人Aは,たびたび,乙女に対し,「早く入籍したいね。でも女の人は離婚後半年
過ぎないと入籍できないから,半年過ぎたら入籍しようね。」,「お互いの実家には,少し
ずつ紹介していこうね。お互いの両親に紹介するまで,まだ付き合っていることは内緒に
しておこうね。」などと申し向けたので,乙女はいよいよ被告人Aと結婚できる,と期待を
募らせた。
 オ 被告人Aは,同年7月29日ころ,前記「g」店において,乙女に対し,「自分は小説
家としてやっていくつもりだ。これから一緒に住む家を探したり,一緒に生活していくため
に,お金が必要なので,お金を用立ててくれないか。」などと申し向け,被告人Bも,「こう
いうことは全部弟に任せとったらええんよ。心配はいらんから。」,「実家には広島の一等
地に駐車場として使っている土地がある。母親が癌で亡くなったので,億単位のお金が
入ってくるから,何も心配せんでいいんよ。」,「月々の返済は弟がきちんとやっていくか
ら心配いらんよ。」などと申し向けた。乙女は,被告人Aが仕事を辞めて小説家としてや
っていきたいのであれば,将来の結婚相手である被告人Aのために力になりたいと思
い,同年7月30日及び同年8月1日,被告人Aの指示に従って消費者金融会社5社から
合計250万円を借り入れた。乙女は各社に行って手続をする前と手続が終わった後,
被告人Aの指示に従い,携帯電話で被告人Bの携帯電話に逐一連絡をした。乙女が,
「今,終わりました。」と被告人Bに報告すると,被告人Bは,「お疲れ様でした。次は○○
ね。」と次に借りる会社を指定した。乙女はこうして作った金をすべて被告人Bを通じて
被告人Aに交付した。被告人Bは150万円を受領したとき,「こんなに借りられたの。」と
言って驚いた。
 カ 平成8年8月から9月にかけてのころ,被告人Aに「広島の実家近くの新幹線沿い
に新居を見付けよう。」などと言われ,被告人Bと一緒に,新幹線の「新下関駅」,「小郡
駅」,「徳山駅」付近に出掛けて,物件を探したが,被告人Aの希望に叶う物件は見付か
らなかった。漸く,北九州市b区st丁目u番v号所在のアパートC(以下,「アパートC」とい
う。)を見付け,被告人Aも同アパートを借りることに同意し,平成8年9月13日,乙女名
義で賃貸借契約を申し込んだ。敷金等は被告人Aが出してくれたが,乙女は前記250
万円の一部であろうと思った。新居が決まり,乙女は,被告人Aとの結婚が現実のもの
となったとの思いを深めた。
 キ 被告人Aは,同年9月23日ころ,北九州市b区内の飲食店「i」において,乙女に対
し,「小説家としてやっていきたい。これから一緒に生活していくのにまだお金が足りない
ので,借りてくれないか。こないだ借りてもらった所以外の金融会社に行ってくれない
か。」,「これから一緒に生活していくには生活資金がないけれども,二人で頑張っていこ
うね。明日,サラ金会社に行って,お金を借りられるだけ借りてね。」などと申し向けた。
乙女は,いよいよ被告人Aと同居して新婚生活を始められると,期待をふくらませ,被告
人Aの力になりたいと考え,被告人Aの指示に従い,同月24日,消費者金融会社4社か
ら合計110万円を借り入れ,同日のうちに,前記「i」において,被告人Aの面前で上記1
10万円を被告人Bに手渡した。被告人Aは,「お疲れさん,大変だったね。」と言って労
をねぎらった。
 ク 乙女は,平成9年1月か2月ころ,被告人両名に,福岡県京都郡苅田町所在のレス
トラン「Y」に連れて行かれた。同所において,被告人Bから「あんたにサラ金から借りて
もらったお金は,もうすべて使ってしまって,残ってない。あんたの生活費に使ったんだ
から,私達には責任がない。」と,また,被告人Aから,「お前は,内縁でも何でもなくて赤
の他人なんだから,お前が借りた金はお前が責任持って返せ。」と言われ,被告人両名
に合計360万円の金を騙し取られたことを知った。そして,被告人Aに命令され,「お金
は3人で分配しました。村上博幸及び森田〇〇は,このお金に関して一切責任は負いま
せん。私と村上とは内縁関係でもなく,赤の他人なので,お金の援助は受けません。」旨
の念書を書かされ,署名と押印をさせられた。
 ケ 乙女が被告人Aに合計360万円を交付したのは,被告人Aの結婚の約束を信じ,
被告人Aと幸福な結婚生活を送れると期待したからであって,それが嘘であるならば,そ
の金を交付しなかった。
 (2) 乙女の供述及び被告人Aの公判供述の各信用性の検討
 ア 乙女の供述は,①具体的かつ明確で,詳細であること,②供述の内容は,実際に
結婚詐欺の被害に遭った者でなければ供述し難い迫真性に富んでいること,③真実で
あればこそ,話しにくい内容をあえて打ち明けて供述していると見られること,④関係証
拠によって認められる客観的な状況,すなわち,Yとの離婚,アパートCの賃借,同所に
おける被告人Aとの同居,消費者金融会社から同時期に合計360万円もの借入れをす
れば,乙女は当時ホテル従業員であり勤務先から得る月収は約10万円に過ぎなかっ
た(甲106)から,乙女が単独で返済していくことは極めて困難となるはずであるのに,
乙女はあえてその借入れを行っていること等と良く符合すること,⑤乙女が被告人Aと幸
福な結婚ができると信じたこと以外に,乙女が他人の被告人Aに合計360万円もの金を
消費者金融会社から借金してまで交付した理由が見当たらないこと,⑥被告人Bは,公
判廷で,乙女事件中の詐欺事件の経過について,乙女の供述とほぼ同旨の供述をして
おり(被告人B69,70回),乙女の供述と被告人Bの公判供述は,相互補強の関係に
あること,などに照らすと,信用できるというべきである。
 イ 被告人Aは,第3回公判期日においては,乙女に結婚を申し込んだこと等を除き,
概ね詐欺の公訴事実を認めたが,第70回公判期日において,「被告人Bが『実家の屋
根の修理代が要る。』として250万円を騙し取った,110万円は受領しておらず,騙して
もいない。」旨,供述を変遷させた。このような供述経過は不自然である。被告人Aは,
「乙女が,『何も心配せんでいいけ,仕事もせんでいい。私が食べさせてあげるけん。私
に任せとって。』,『本当にあんたのことが好きやけん,あんたが好きにしていいし,私が
守ってやるけん,心配せんでいい。』などと言ってくれたので,甘えていた。」旨,あたか
も乙女が,被告人Aから何らの働き掛けもなく,一方的に被告人Aに好意を持ち,「働か
なくてもいい。生活の面倒を見てあげる。」などと申し出たかのように供述する(被告人A
70回65項)けれども,月収は約10万円で,Yと離婚すれば,幼子を抱え,忽ち生活上の
困難が待ち受けているはずの乙女が,そのような破格の好条件の申し出を他人の被告
人Aに対してするとは考えにくいし,仮に,真実そのような申し出をしたとすれば,それは
被告人Aが乙女に公訴事実にあるような虚偽の学歴等を信じ込ませ,結婚の約束をし
て,乙女に幸福な結婚生活への期待を抱かせたからに他ならないと考えるのが自然で
ある。したがって,被告人Aの公判供述はにわかに信用できない。
 (3) 事実認定
 乙女の検察官調書8通(甲102ないし109)及び被告人Bの公判供述(被告人B69,
70回)のほか,関係証拠によれば,次の事実が認められる。
 ア 乙女は,平成7年8月ころ,当時夫であったYの友人であるAを通じて,「村上博幸」
と名乗る被告人Aと知り合った。Aは,被告人Aのことを「京都大学の物理学科を卒業し
て将来は物理学者になる。今はX塾の講師をしている。月収は100万円くらいある。頭
は切れるし仕事は何でもこなせる凄い奴だ。」などと嘘の経歴等を言って紹介した。被告
人Aは,たびたびAや甲女と一緒に乙女宅を訪れ,乙女と親しくなった。乙女は,当時,Y
との結婚生活に嫌気が差しており,被告人Aの嘘の経歴等を鵜呑みにし,かつ被告人A
の優しく親切な振舞いを見て,被告人Aに好意を寄せていった。
 イ 被告人Aは,平成7年11月初めころ,乙女に対し,「結婚を前提に付き合って欲し
い。」と,交際を申し込んだ。乙女は嬉しく思い,被告人Aと将来結婚できるとの期待を強
く抱いた。また,被告人Aは,平成8年1月19日,乙女に対し,「結婚してください。子供
さんの面倒は私がきちんと見ますから。一緒に住もう。」と,結婚を申し込んだ。乙女は
心底から喜び,被告人Aの言葉を信じた。乙女は,平成8年2月ころ,被告人Aとの結婚
に向けて,Yと別居して実家に戻った。そのころ,被告人Aは,乙女に,「離婚届を出すの
は大安の日にした方がいい。女の人は離婚したら半年過ぎないと結婚できないから,そ
の期間が過ぎたら入籍しようね。」と言い,乙女は,同年4月26日,Yとの離婚届を区役
所に提出した。
 ウ 被告人Aは,予め被告人Bと打ち合わせた上,同年7月20日ころ,北九州市b区
内の「g」店において,乙女に対し,「森田」と名乗る被告人Bを実姉として紹介した。そし
て,被告人Bに対し,乙女を,「この人と結婚しようと思っている。」などと言って引き合わ
せた。被告人Bは,乙女に対し,「広島の可計に家を持っているが,今はb区で熊大同級
生の『みどり』という女性と同居している。」などと自己紹介し,「弟のことをよろしくお願い
します。」と挨拶した。
 エ 被告人Aは,たびたび,乙女に対し,「早く入籍したいね。でも女の人は離婚後半年
過ぎないと入籍できないから,半年過ぎたら入籍しようね。」,「お互いの実家には,少し
ずつ紹介していこうね。お互いの両親に紹介するまで,まだ付き合っていることは内緒に
しておこうね。」などと申し向けたので,乙女はいよいよ被告人Aと結婚できる,と期待を
募らせた。
 オ 被告人Aは,同年7月29日ころ,北九州市b区内の「g」店において,乙女に対し,
「自分は小説家としてやっていくつもりだ。これから一緒に住む家を探したり,一緒に生
活していくために,お金が必要なので,お金を用立ててくれないか。」などと申し向け,被
告人Bも,「こういうことは全部弟に任せとったらええんよ。心配はいらんから。」,「実家
には広島の一等地に駐車場として使っている土地がある。母親が癌で亡くなったので,
億単位のお金が入ってくるから,何も心配せんでいいんよ。」,「月々の返済は弟がきち
んとやっていくから心配いらんよ。」などと申し向けた。乙女は,被告人Aが仕事を辞めて
小説家としてやっていきたいのであれば,将来の結婚相手である被告人Aのために力に
なりたいと思い,同年7月30日及び同年8月1日,被告人Aの指示に従って消費者金融
会社5社から合計250万円を借り入れた。乙女は各社に行って手続をする前と手続が
終わった後,被告人Aの指示に従い,携帯電話で被告人Bの携帯電話に逐一連絡をし
た。乙女が,「今,終わりました。」と被告人Bに報告すると,被告人Bは,「お疲れ様でし
た。次は○○ね。」と次に借りる会社を指定した。乙女はこうして作った金をすべて被告
人Bを通じて被告人Aに交付した。被告人Bは150万円を受領したとき,「こんなに借り
られたの。」と言って驚いた。
 カ 平成8年8月から9月にかけてのころ,被告人Aに「広島の実家近くの新幹線沿い
に新居を見付けよう。」などと言われ,被告人Bと一緒に,新幹線の「新下関駅」,「小郡
駅」,「徳山駅」付近に出掛けて,物件を探したが,被告人Aの希望に叶う物件は見付か
らなかった。漸く,アパートCを見付け,被告人Aも同アパートを借りることに同意し,平成
8年9月13日,乙女名義で賃貸借契約を申し込んだ。敷金等は被告人Aが出してくれた
が,乙女は前記250万円の一部であろうと思った。新居が決まり,乙女は,被告人Aと
の結婚が現実のものとなったとの思いを深めた。
 キ 被告人Aは,同年9月23日ころ,北九州市b区内の飲食店「i」において,乙女に対
し,「小説家としてやっていきたい。これから一緒に生活していくのにまだお金が足りない
ので,借りてくれないか。こないだ借りてもらった所以外の金融会社に行ってくれない
か。」,「これから一緒に生活していくには生活資金がないけれども,二人で頑張っていこ
うね。明日,サラ金会社に行って,お金を借りられるだけ借りてね。」などと申し向けた。
乙女は,いよいよ被告人Aと同居して新婚生活を始められると,期待をふくらませ,被告
人Aの力になりたいと考え,被告人Aの指示に従い,同月24日,消費者金融会社4社か
ら合計110万円を借り入れ,同日のうちに,前記「i」において,被告人Aの面前で上記1
10万円を被告人Bに手渡した。被告人Aは,「お疲れさん,大変だったね。」と言って労
をねぎらった。
 ク 乙女は,平成9年1月か2月ころ,被告人両名に,福岡県京都郡苅田町所在のレス
トラン「Y」に連れて行かれた。同所において,被告人Bから「あんたにサラ金から借りて
もらったお金は,もうすべて使ってしまって,残ってない。あんたの生活費に使ったんだ
から,私達には責任がない。」と,また,被告人Aから,「お前は,内縁でも何でもなくて赤
の他人なんだから,お前が借りた金はお前が責任持って返せ。」と言われ,被告人両名
に合計360万円の金を騙し取られたことを知った。そして,被告人Aに命令され,「お金
は3人で分配しました。村上博幸及び森田〇〇は,このお金に関して一切責任は負いま
せん。私と村上とは内縁関係でもなく,赤の他人なので,お金の援助は受けません。」旨
の念書を書かされ,署名と押印をさせられた。
 ケ 乙女が被告人Aに合計360万円を交付したのは,被告人Aの結婚の約束を信じ,
被告人Aと幸福な結婚生活を送れると期待したからであって,それが嘘であるならば,そ
の金を交付しなかった。
 3 詐欺事件に関する争点に対する判断
 前記2(3)の事実関係によれば,被告人両名は共謀の上,乙女から現金合計360万円
を騙し取ったことが優に認められる。すなわち,被告人Aは,自己に好意を寄せる乙女
から結婚生活の準備のための資金名下に金を騙し取ろうと企て,乙女に対し,学歴等を
詐称した上,甘言を弄して交際を求め,間もなく結婚を申し込んで,乙女に近い将来被
告人Aが自分と結婚してくれると誤信させ,結婚相手の被告人Aの力になりたいと望む
乙女に指示して消費者金融会社から借入れをさせて現金を作らせ,これをすべて騙し
取った。また,被告人Bは,予め被告人Aと打ち合わせた上,被告人Aの姉に扮し,被告
人Aと口裏を合わせて乙女を欺き,乙女が消費者金融会社から金を借り入れる際には,
乙女と電話で連絡を取り合って,乙女に被告人Aの指示どおりに借入れをさせ,借り入
れた現金をすべて乙女から受け取った。そうすると,被告人両名は,相互に意思を通じ
合い,相手方の行為を利用し,補充し合って,乙女に対する詐欺を実行したものであり,
遅くとも平成8年7月20日ころまでには,その実行を少なくとも黙示的に共謀した事実が
優に推認される。したがって,被告人両名は,乙女に対する詐欺罪の共同正犯の刑責
を免れない。
 4 詐欺事件に関する被告人A弁護人及び被告人B弁護人の各主張に対する判断
 (1) 被告人A弁護人は,被告人Bの公判供述について,「①被告人Bが乙女からマタ
ニティ用品を貰ったときの経済状況,②平成8年9月30日にCから送金を受けた120万
円の使途,③乙女が発行を受けたクレジットカードの送付方法等について,被告人Bの
捜査段階の供述との間に食い違いがある,あるいは公判供述に不自然な点がある。捜
査段階では検察側の動機作りに協力するために,被告人両名は平成7年秋ころ生活に
困窮していたなどと,虚偽の供述をしている。」旨主張する(弁論要旨427ないし429頁)。
 しかしながら,①については,被告人両名がマンションA等で逃走生活を送るには,毎
月相当多額の費用が掛かり(甲609),無職,無収入の被告人両名は絶えず金づるを
捜して,その者から「金を引く」(金を調達する)必要に迫られている状況にあった。した
がって,被告人Bが,捜査段階で,詐欺事件の前ころ,被告人両名は生活に困窮し,次
男の出産のためのマタニティ服も用意できないほどであった旨供述している(乙150。た
だし,被告人Bについてのみ。)のは,客観的な状況に合致していると見られるのであ
り,被告人Bが検察側の動機作りに協力するために,殊更虚偽の供述をしたものとはい
い難い。②については,被告人Bは,公判廷で,「Cから送金を受けた120万円は,生活
費等に費消した。被告人Aの指示で,小手先の遣り方をし,乙女に渡したが,色々の名
目でまたそのまま取り上げた。」旨供述している(被告人B70回21項)ところ,これは被
告人Bの捜査段階の供述に比べ実質的な変遷がない。被告人Bは,乙女に口頭で巧み
な説明を行い,120万円の取上げをしており,暴力を用いないそのような方法が,当時
の被告人Aと乙女の関係からしてあり得ないとは直ちにいえない。③については,それ
らはいずれも詐欺事件の成否とは直接関係のない周辺事情ないし些細な事柄といえる
ものである。したがって,被告人A弁護人が指摘する事情から,被告人Bの公判供述は
乙女の供述の信用性を裏付けるに足りないとはいえない。
 (2) 被告人A弁護人は,乙女から騙し取った合計250万円について,「被告人Aとの
結婚生活の資金等の名目ではなく,被告人Aの姉に扮していた被告人Bの実家の屋根
の修理代が要るとの名目で騙し取った。」旨主張し(弁論要旨434・435頁),被告人Aも
同旨の供述をしている(被告人A70回116項)。また,被告人B弁護人も,「『経済的に困
窮している被告人Aの姉(被告人B)を援助して遣って欲しい。』との名目で騙し取った。」
旨主張し(弁論要旨20・21頁),被告人Bも同旨の供述をしている(被告人B69回
116・207・305項,70回1項。乙151も同旨。ただし,乙151は被告人Bについての
み。)。
 しかしながら,乙女は,被告人両名からそのような名目で金の無心をされたとは全く供
述していない(前記2(1))。乙女にとって当時の最大の関心事は被告人Aとの結婚であっ
たから,被告人Aが,乙女に金を作らせる口実としては,「乙女と被告人Aの結婚生活の
準備のため当面必要な費用」というのが,最も自然であり,当時それを口実に乙女に用
立てを頼んだ場合,乙女が拒否するような状況はなかった。被告人Aは,乙女と被告人
Bの前で,紙に消費者金融会社名を9社ぐらい書き出し,「借りて来いとは言わないけ
ど,できれば借りて来て欲しいのだけど。」,「おろせるだけおろして来て。」などと指示し
ており,指示の態様は,実姉のためというよりも,被告人A自身のための借入れを頼ん
でいる観が強い。「こういうことは全部弟に任せとったらええんよ。」,「月々の返済は弟
がきちんとやっていくから,心配いらんよ。」という,被告人Bの乙女に対する助言からす
ると,250万円は被告人Aが返済していくべき性質の金でなければならず,250万円交
付の名目は,被告人Bの実家の屋根の修理代等ではなく,乙女が供述するように,乙女
と被告人Aの結婚生活の準備のための資金であったと考える方が素直な理解である。
 被告人Bは,捜査・公判段階で,被告人Aに指示されて,「お金を自分(被告人B)に貸
してください。」と頼んだ旨供述するところ,被告人Bの実家の屋根の修理費用のことも,
その際,被告人Bの口から出た可能性がある(被告人B70回1項)が,話の経過,特に,
その点が全体の話の中でどういう位置を占め,どの程度の比重を持っていたかは必ず
しも詳らかでない。被告人Bは,「被告人Bが『金に困っているので,貸して欲しい。』旨
乙女に頼んだ後,被告人Aが,乙女に対し,『一緒に暮らそう。』,『子供の面倒は僕が責
任を持つ。』などと言っていた。」旨供述している(乙151)。被告人両名としては,名目
は二の次であり,金を引けるか,幾ら引けるかが関心事である。被告人A弁護人及び被
告人B弁護人がそれぞれ主張するように,被告人A,被告人B及び乙女が同席する場
で,被告人Bから,「被告人Bが経済的に困窮している。金を貸して欲しい。」という話が
出た可能性はあるけれども,それと同時に,被告人Aから,「乙女との結婚生活の準備
のための費用が要る。」という話が出た可能性も否定できないのである。被告人Bの実
家の屋根の修理費用も,経済的に困窮している実姉を援助することも,被告人Aと乙女
の結婚にとってはその地ならしという面があるから,広義では被告人Aとの結婚生活の
準備のための費用に包摂され,乙女の記憶には区別して残らなかった可能性もある。
 結局,この問題の決め手は,乙女が被告人両名の250万円の無心をどういう趣旨の
ものとして理解し,金を作った後,どういう趣旨のものとして被告人両名に交付したかで
ある。乙女にとっては金を交付する趣旨やその相手方が信用できるかどうかは重要であ
る。金額も少なくない額であるから,乙女がそれらの検討を疎かにしたとは考え難いし,
特段の事情がない限りその点の記憶は正確であると見て良い。しかるところ,乙女の供
述によれば,上記趣旨は被告人Aとの結婚生活の準備のための費用であったというの
であり,その供述は明確であって,特段不自然,不合理な点もないから,同供述は信用
できる。被告人A供述及び,被告人B供述中乙女の供述に反する部分は,信用性が乙
女の供述のそれに劣後し,その限りで信用できないといわざるを得ない。したがって,被
告人A弁護人及び被告人B弁護人各主張の点を考慮しても,乙女の供述の信用性は揺
らがないというべきである。
 (3) 被告人A弁護人は,「乙女から110万円を受け取ったことはない。乙女は,徳山市
内のマンションやアパートCを借りるために,110万円を借り入れて自分で費消した。」
旨主張する(弁論要旨435ないし438頁)。
 しかしながら,乙女は,前記2(1)のとおり,具体的かつ明確に供述している。被告人B
は,公判廷で,「被告人Aは,乙女に対し,『将来自分と結婚するために必要な金なんだ
から。』と言って110万円の借入れをさせた。」旨,乙女の供述と同旨の内容を明確に供
述し(被告人B69回123ないし125項),捜査段階においても,「被告人Bが被告人Aの面
前で乙女から110万円を受け取った。」旨供述している(乙152)。被告人A弁護人は,
「被告人Bは意識的に乙女の供述に迎合している。」旨主張するが(弁論要旨436・437
頁),被告人Bが,この点について,自己に不利益となる虚偽の事実の供述をしてまで,
殊更乙女の供述に迎合する理由は見当たらない。
第2 強盗事件及び監禁致傷事件における各犯罪の成否
 1 被告人A弁護人及び被告人B弁護人の各主張並びに争点
 (1) 強盗事件
 ア 被告人A弁護人
 被告人両名は,乙女との共同生活の中で,乙女に対し通電等の暴行等を加えたこと
はあるが,現金を奪取する目的で乙女に暴行,脅迫を加えたのではないから,強盗罪
は成立せず,無罪である。仮に,被告人両名が乙女を畏怖させて現金を交付させたとし
ても,被告人両名は乙女の反抗を抑圧するに足りる程度の暴行,脅迫を加えていない
から,強盗罪は成立せず,恐喝罪が成立するにとどまる。
 イ 被告人B弁護人
 被告人両名が乙女を畏怖させて現金を交付させたことは認めるが,被告人両名は乙
女の反抗を抑圧するに足りる程度の暴行,脅迫を加えていないから,強盗罪は成立せ
ず,恐喝罪が成立するにとどまる。
 ウ 争 点
主な争点は,強盗の故意の有無,被告人両名間の共謀の有無及び内容並びに暴行,
脅迫の目的及び程度である。
 (2) 監禁致傷事件
 ア 被告人A弁護人
 被告人Aが,被告人Bと共謀して乙女に対し通電するなどの暴行を加えたことは認め
るが,同女に対する暴行は,被告人Aが乙女の言動に立腹し,同女に対する制裁として
行ったものであり,監禁の手段として行ったものではない。被告人Aは,本件公訴事実
の期間,乙女をアパートCからの脱出が不可能又は著しく困難な状態に置いたことはな
い。すなわち,乙女は,上記の期間中,自ら自動車を運転して,平成9年1月20日には
Z信用金庫a支店まで,同月27日にはb銀行c支店まで,同年2月23日にはd店前駐車
場まで,同年3月1日にはe銀行f支店まで,同月4日にはd店前駐車場まで,同月10日
にはZ信用金庫a支店まで,それぞれ外出したほか,夜間に自動車を運転して三萩野の
マンションまで行ったこともあるから,被告人Aが乙女を監禁したとはいえず,監禁の故
意もなかった。したがって,監禁致傷罪は成立せず,被告人Aは無罪である。
 イ 被告人B弁護人
 認める。
 ウ 争 点
被告人Aにつき,主な争点は,監禁の故意の有無,被告人両名間の共謀の有無及び
内容並びに監禁の事実の有無である。
 2 乙女が被告人両名と同居した状況,被告人両名が乙女に対し通電等の暴行,虐待
を加えた状況,被告人両名が乙女に金を作らせこれを交付させた状況並びに乙女が逃
走した状況等
 (1) 乙女の検察官調書の要旨
 乙女は,検察官に対し,次のとおり供述する(乙女の検察官調書16通・甲111ないし
126。以下,本項において,「乙女の供述」という。)。
 ア 本件各被害に至る経緯及び被告人両名による暴行,虐待等
 (ア) 被告人Aは,平成8年9月下旬ころ,乙女に,被告人Aとの結婚生活を始めるため
の新居として,アパートCを賃借させた。アパートCは,4畳半和室,6畳和室及び台所等
から成る2DKの間取りの賃貸住宅であった。被告人Aと乙女は,平成8年10月21日こ
ろ,乙女の次女w(当時3歳)と共にアパートCに入居した。
 (イ) ところが,その翌日ころから,被告人Bが,長男(当時3歳)及び次男(当時零歳)と
共に,アパートCに移って来て,被告人A,乙女と同居するようになった。乙女は,それを
不満に感じたが,そのうちに被告人Aとの水入らずの生活になると期待し,我慢した。
 (ウ) 乙女は,平成8年10月下旬の夕方ころ,アパートCで,外出中の被告人Aから電
話を受けた被告人Bから,突然,「あんた大事になるよ。」と言われ,身の危険を感じて
アパートCの外に出ようとしたところ,被告人Bが,「お願いだから。そんなことしたら弟に
怒られるから。」と言って制止した。被告人Aは,間もなく帰宅すると,乙女に対し,いきな
り,頭を何度か平手で殴打し,髪の毛を鷲掴みにして振り回し,着衣を引きちぎるなどの
激しい暴行を加えた。被告人Bは,その様子を終始傍観しており,乙女に対し,「抵抗し
ない方がいいよ。」と言うだけで,被告人Aの暴行を何ら制止せず傍観していた。被告人
Aは,被告人Bに指示して,家庭用電気コードの先端に金属製クリップを取り付けたもの
(以下,これを単に「電気コード」という。)を用意させ,その金属製クリップ(以下,「クリッ
プ」という。)を乙女の腕,脇の下,耳及び顎等に取り付け,差込プラグを,家庭用交流
電源に差し込んだ延長コードの差込口に接触させ,瞬間的に通電するという暴行を,翌
日明け方ころまで何十回も繰り返した。
 (エ) 乙女は,それまで被告人Aを優しく思い遣りのある男性と見て,好意を抱き,結婚
する決意で同居を始めたのに,被告人Aが突然態度を豹変させ,激しい暴力を振るい始
めたことに,驚愕,混乱するとともに,被告人Aに恐怖感を抱いた。
 (オ) 被告人Aは,その日から,乙女をアパートCの4畳半和室内に閉じ込め,同室出入
口に外側から南京錠を取り付けて施錠した。アルミサッシの窓には鍵付きの補助錠を取
り付けた。また,その日から,甲女をマンションAからアパートCに呼び寄せ,乙女と共に
4畳半和室内で生活させ,被告人Bや甲女に乙女を監視させた。乙女は,被告人Aが許
可したとき以外は,4畳半和室からトイレ等の他の部屋に行くこと,戸外に出ることも,禁
じられた。
 (カ) 被告人Aは,乙女に財布,預金通帳,クレジットカード,健康保険証,運転免許
証,印鑑,自動車の鍵等を被告人Bに差し出させ,これらを被告人Bに管理させた。被
告人Aは,乙女に対し,幾度となく金を要求し,乙女名義で消費者金融会社から借入れ
をさせ,キャッシュカードで買い物をさせて換金させ,同女名義の預金口座に振り込まれ
た給料の払戻しをさせ,それらの現金を被告人Bに交付させた。また,乙女がアパートC
に持ち込んだ衣類,家具,食器等を処分ないし質入れさせ,それらの現金も被告人Bに
交付させた。
 (キ) 被告人両名は,乙女に,同年12月25日まではホテル従業員の仕事を続けさせ
たが,外出中携帯電話機を持たせて頻繁にマンションAの被告人Bに連絡を取らせるな
どして,行動を監視した。
 (ク) 被告人Aは,毎日のように,夜になると,自ら,乙女に対し,理由もなく,耳,顎,手
足,指,乳首及び陰部等,ほぼ全身の各部位に,クリップを付け替えて,数時間にわた
り,繰り返し通電を行った。通電による痛みは強烈であったが,中でも乳首に対する通
電は,心臓が止まってしまうのではないかと思うほどの衝撃を受け,このまま死んでしま
うのではないかという恐怖感に襲われた。しかし,痛みを訴えたり,「止めてくれ。」と頼
むと,被告人Aは怒って更に執拗に通電するので,耐えるしかなかった。また,舌をペン
チで挟み思い切り引っ張る,長時間の起立を強いる,ラードを塗った食パンだけを食事
として与える,8枚くらいの食パンを短時間で食べさせる,1.8リットル入りペットボトル
一杯の水を無理矢理飲ませる,ペットボトルの容器に小便をさせる,自分の尿を飲ませ
る,一週間に1回程度しか入浴させないなどの暴行,虐待を加え続けた。
 (ケ) 被告人Aは,次女を乙女から引き離して台所や玄関付近で寝起きさせ,次女に対
しても,乙女の面前で,身体各部への通電を繰り返す,逆さ吊りにする,シャワーで水を
掛ける,長時間の起立を強いる,1.8リットルのペットボトル一杯に入れた水を無理矢
理飲ませる,2枚から4枚くらいの食パンを急いで食べさせる,衣装ケースの中に閉じ込
めるなどの暴行,虐待を加え,その様子を乙女に見せ付け,ときには,乙女自身を次女
に対する暴行,虐待に加担させた。乙女はそのときの次女の泣き声が今でも頭から離
れず,思い出すたびに辛く,涙が出,罪悪感に苛まれる。
 (コ) 乙女は,このような,自分や次女に対する通電等の暴行,虐待による肉体的・精
神的苦痛や,自分がいつ通電されるかもしれない恐怖感,不安感に苛まれ,次女との
親子の会話も断たれ,被告人両名を極度に恐れ,気力を失い,逆らったり逃走したりす
ることが事実上不可能な状態に置かれた。乙女には,自分が被告人両名の「操り人形」
になってしまったように思えた。
 (サ) 被告人Aは,平成8年12月28日ころ,乙女に対し,「仕事を辞めろ。辞表を書
け。」と命じ,同月29日午前9時44分ころ,勤務先のホテルに辞表を提出させて退職さ
せた。乙女は退職届を提出するや,その場を辞し,間もなくアパートCに帰宅した。
 イ 本件各被害状況等
 (ア) 被告人両名は,乙女を退職させた後は,乙女を一日中アパートCの4畳半和室に
閉じ込め,その出入口扉を外側から南京錠で施錠した。被告人Aは,同和室等におい
て,乙女や次女に対し,毎日のように,前記の暴行,虐待を加え,その程度を高めてい
った。乙女は,以前,被告人Aに,「逃げようとしたら捕まえて電気を通す。」などと言わ
れたことがあり,少しでも逃げる素振りを見せれば,それに因縁を付けられて,ひどい通
電責めに遭うことは分かり切っていたので,逃走することはできなかった。被告人Bは,
被告人Aが乙女に対し通電する際,傍に居て,電気コードを用意したり,乙女が通電の
苦痛で後ろに倒れそうになると,背後から乙女の身体を支えて被告人Aが通電しやすい
ようにした。また,乙女の行動を監視し,乙女を閉じ込めた4畳半和室の出入口に掛け
た南京錠等を管理した。乙女には被告人Bが「牢屋の番人」に思えた。
 (イ) 被告人Aは,別紙2「犯罪(強盗)事実一覧表」記載のとおり,平成8年12月29日
ころから平成9年3月10日ころまでの間,前後7回にわたり,アパートCにおいて,乙女
に対し,前記のように同女の身体に通電する暴行を加えた直後,又は通電する旨を告
げて脅した後,両親や友人に頼んで金を借りるように命じ,両親や友人に電話をかけさ
せた上,被告人Aが近くに居てレポート用紙に話すべき内容を記載したものを見せて,
そのとおり話をさせて借金をさせ,同表記載のとおり,平成8年12月30日ころから同9
年3月10日ころまでの間,前後7回にわたり,アパートCほか4か所において,現金合計
198万9000円を乙女から受け取った。
 (ウ) 乙女は,両親や友人から金が振り込まれると,被告人Aの命令で,次女をアパー
トCの被告人Aのもとに残したまま,被告人Bに付き添われ,監視されながら,自動車を
運転して金融機関の現金自動預払機の設置場所に行き,両親や友人から振り込まれた
金を引き出し,その全額を被告人Bに渡した。乙女は,平成8年12月30日,被告人Aの
命令で,独りで自動車を運転して,アパートCから車で15分くらいの距離にある実家に
赴き,母親と共に銀行に行き現金を引き出し,母親から現金を受け取り,直ちにアパート
Cに戻ったが,その際も,次女はアパートCで被告人Aと被告人Bのもとに残されており,
乙女は携帯電話で5分おきくらいに被告人Bに連絡を取らされ,外出中の行動を監視さ
れた。
 ウ 乙女がアパートCから逃走した状況等
 (ア) 被告人Aは,平成9年3月ころ,乙女に対し,身体に通電しながら,「電気を通して
死んだ馬鹿な奴がいる。自分を脅迫した相手は踏切事故で死んだ。自分はやられたら2
倍にしても3倍にしてもやり返す。」などと申し向けて脅した。乙女は,被告人Aに命じら
れて,「自分は生活に疲れたから死にます。」という内容の遺書を書いた。乙女は,被告
人Aに対する恐怖心を募らせ,このままでは被告人Aに殺されてしまうのではないかと考
え,同月16日午前3時ころ,被告人Aが入浴し,被告人BがアパートCの6畳和室で子
供の面倒を見,乙女の監視役の甲女が4畳半和室で居眠りをしている隙に,換気のた
めに被告人Aが被告人Bに指示して一時開けていた4畳半和室の窓から飛び降りてア
パートCから単独で脱出した。その際,乙女は,腰部及び背部等を地面で強打し,入院
加療約133日間を要する第1腰椎圧迫骨折,左肺挫傷及び左右関節部打撲の傷害を
負った。乙女は近くの会社事務所に逃げ込んで救助を求め,保護された。
 (イ) 被告人両名は,乙女が逃走したことに気付き,直ちにアパートC周辺を捜したが,
同女を発見できなかったため,翌17日,運送業者に依頼して,アパートCに置かれてい
た家財道具等をマンションAに移動させ,マンションAに転居した。被告人両名は,同月
26日,次女を乙女の前夫Y宅付近に置き去りにした。
 エ 乙女の心身の後遺症等
乙女は事件当時のことを思い出すと,被告人両名に通電されたときの恐怖感,苦痛が
蘇り,両腕が痺れ始める。身体中に力が入って硬直してしまい,どうやってこの力を抜け
ばいいのか,わからなくなる。
 (2) 乙女の検察官調書14通(甲111,112,114,115,117ないし126)の各不同意
部分の刑事訴訟法321条1項2号前段による採用について
 ア 一件記録によると,乙女は,被告人両名によって,アパートの一室に監禁された
上,暴行,虐待を繰り返し受け,隙を見て漸く逃走できたものの,重傷を負うなどしたと
いう,重大で深刻な被害体験をした者である。乙女は,被害後,「外傷後ストレス障害
(いわゆるPTSD),うつ病及び不安恐慌性(パニック)障害」と診断され,久留米大学病
院精神神経科で入院治療を続け,平成15年10月ころ同病院を退院し,その後も同病
院に通院し,月2回,医師による問診,薬物療法及び心理療法による治療を継続してい
る。乙女は,現在においても,たびたびフラッシュバックによるパニック発作を起こす。す
なわち,何かのきっかけで被害体験を想起すると,動悸が激しくなり,全身の筋肉が硬
直して動かせなくなり,意識が混乱してしまうという不安定な状態が続いており,日常生
活にも重大な支障を来している。
 イ 乙女の証人尋問の実施については,予め主治医から,「出廷すれば,著しい情動
不安に陥り,不安恐怖発作や解離性の意識消失等を来す可能性は十分にあり,正常な
尋問は行い得ない。」旨の診断書が提出されたが,証人としての重要性等に鑑み,乙女
の不安や緊張を緩和するため,遮へい措置を含むビデオリンク方式による証人尋問の
方法を採用するとともに,専属の臨床心理士及び精神保健福祉士合計2名を付き添わ
せて実施した。しかし,乙女は,証人尋問開始後間もなくして被害体験を想起したことに
よる不安恐慌性発作を起こし,激しい動悸,全身の硬直,意識の混乱等を訴えるに至っ
た。一旦休廷して精神安定剤を服用するなどして回復を待ったが,回復せず,乙女に付
き添っていた臨床心理士も,「尋問の続行は危険である。直ちに病院に搬送して医療措
置を施す必要がある。」との意見を述べたので,当裁判所は,乙女の証人尋問の続行
は著しく困難であると判断し,これを中止した。その後,「尋問を続行しても,同様の状態
に陥る可能性が極めて高い。更なる尋問に患者が応じることは不可能である。」旨の主
治医の診断書等に照らし,検察官及び各弁護人の意見を聴いた上で,乙女に対する証
人尋問の続行は不可能であると判断し,これを行わない旨決定した。
 ウ 当裁判所は,以上のような経緯や乙女の現在の心身の状態等に照らすと,乙女
の検察官調書14通(甲111,112,114,115,117ないし126)の各不同意部分
は,いずれも刑事訴訟法321条1項2号前段に該当すると判断し,採用した。なお,乙
女の他の検察官調書11通(甲103ないし110,176,177,610)についても同様で
ある。
 (3) 乙女の供述及び被告人Aの公判供述の各信用性の検討
 ア 乙女の供述は,被害体験時から供述時までに5年余りが経過しているにもかかわ
らず,誠に生々しく,具体的,詳細かつ明確である。乙女は当初被告人Aに好意を抱き,
被告人Aとの結婚に期待を寄せ,被告人Aの力になれればと他から借金をして金銭的
援助をしたほどであったのに,無惨に夢を打ち砕かれたばかりでなく,自己や幼い娘に
通電等の暴行や虐待を受け,現在では「私の人生をぼろぼろにした被告人Aと被告人B
が憎くてたまらない。悔しくて悔しくて涙が止まらない。」と供述するに至っているのであっ
て,それだけでも被告人Aとの同居がいかに乙女の被告人Aに対する信頼を裏切る悲
惨なものであったかを如実に物語っており,乙女が殊更虚偽や誇張を交えた記憶に反
する供述をしていると考える余地はない。
 イ 乙女の供述は,関係証拠によって認められる客観的事実関係,すなわち,①乙女
は,保護直後,「第1腰椎圧迫骨折,左肺挫傷,全身擦過傷,両下肢浮腫により,入院
加療を要する。」と診断され,血液検査の結果,総たんぱく値,カリウム値が相当低く,
栄養状態が悪く,入院中は無表情で口数が少なく,精神状態が掴めない状態だったこ
と,その後「慢性複雑性PTSD」と診断されたこと等(甲69ないし74,94ないし96),②
乙女の両親,前夫及び勤務先の同僚らが認識した本件各犯行前から犯行期間を通じて
の乙女の不審な挙動,態度等(甲84,86,87,98,99),③乙女が本件各犯行期間
を通じて両親や知人に次々と金を無心し続けたこと(甲84,86,87),④乙女がアパー
トCでの被告人両名との同居期間中,消費者金融会社からの借入れを繰り返したこと
(甲106末尾添付資料),⑤アパートCの4畳半和室出入口開き戸外側2か所にねじ穴
様の痕跡があること等(甲60,61,75ないし78)と良く符合しており,その信用性が客
観的に担保されている。
 ウ 乙女の供述の内容は,誠に特異な体験の連続であるが,本件各犯行前から犯行
期間を通じてアパートCで乙女と同居していた被告人Bの公判供述(被告人B69,70
回)及び甲女の検察官調書3通(甲81ないし83。以下,本項において,「甲女の供述」と
いう。)とも概ね一致している点は重要である。すなわち,被告人Bは,公判廷において,
乙女に対する強盗事件及び監禁致傷事件の事実関係は乙女の供述のとおり間違いな
い旨を認め,ほぼそれに沿う供述をしている。甲女も,乙女がアパートCの4畳半和室に
閉じ込められたこと,殆ど毎日通電されたこと,ラードを塗った食パンを制限時間内に無
理矢理食べさせられたことなど,乙女がアパートCで被告人両名のもとで自由を制約さ
れ,暴行,虐待を受けていたことを裏付ける事実を具体的に供述している。このように,
被告人Bの公判供述及び甲女の供述は,共に乙女の供述の信用性を補強している。
 エ 以上によると,乙女の供述は,基本的に被告人Aが不同意とし,刑事訴訟法321
条1項2号前段により採用された部分を含めて,信用するに値する。
 オ 被告人Aは,公判廷で,「乙女に通電したこと自体は認めるが,月に1回か,週に1
回程度であり,顔面に通電したことはない,通電の理由は,被告人Bが報告してくる乙女
の行動等のことであり,金を作れと言って通電したことはない,乙女の次女への通電
は,被告人Aの長男への通電と同じで,しつけが目的であり,被告人Bが行った。」など
と供述する(被告人A70回301ないし325,372ないし374項)。
 しかしながら,乙女は,被告人Aは連日のように乙女に通電したこと,顔面(両耳,眉,
下顎)にも通電したこと(甲118),通電の理由は些細な事柄に因縁を付ける類のもので
あり,例えば,乙女が被告人Aに命じられて立っていると,被告人Aは,乙女の傍にあっ
た洗濯機のキャスターが動く音がしたなどと文句を言って通電し,乙女が洗濯機を動か
したことを否定すると,それを理由に執拗に通電し,乙女がやむなく嘘を付いたと折れる
と,なぜ最初から本当のことを言わなかったとして,更に通電するという有様であったこ
と,被告人Aが「両親から金を引き出せ。」,又は「お前の親にはもう借りられないだろう
から,友人に電話しろ。」と言って,金作りを命じたときは,必ず乙女の身体に通電した直
後か,あるいは「通電するぞ。」と脅した後かのどちらかであったこと(甲119,120),被
告人Aは,次女に通電するときは,両手首と両足首を紐で縛り,口にタオルを挟んで猿ぐ
つわをさせ,しゃがませた状態で,手の指先や肘辺り,足の指先と膝の裏辺りにクリップ
を取り付けて通電したこと,次女は通電されると,身体をびくんびくんと反応させて暴れ
たこと,次女が暴れると,被告人Aは,乙女に「押さえとけ。」,「加減したら,お前にやる
ぞ。」と命令したこと(甲120)などを,親として次女に手を差し伸べられなかったという慙
愧の念に堪えながら,具体的かつ詳細に供述しており,その供述は,真実体験した者で
なければ供述し難い迫真性に満ちている。当時3歳の幼い子に通電し,死の恐怖を体
験させたり,1.8リットルもの水を一度に飲ませることが「しつけ」になるなどとは到底考
え難い。
 したがって,被告人Aの公判供述は,にわかに信用し難いといわざるを得ない。
 (4) 事実認定
 乙女の検察官調書16通(甲111ないし126),被告人Bの公判供述(被告人B69,7
0回)及び甲女の検察官調書3通(甲81ないし83)のほか,関係証拠によれば,次の事
実が認められる。
 ア 本件各犯行に至る経緯及び被告人両名による暴行,虐待等
 (ア) 被告人Aは,平成8年9月下旬ころ,乙女に,被告人Aとの結婚生活を始めるため
の新居として,アパートCを賃借させた。アパートCは,4畳半和室,6畳和室及び台所等
から成る2DKの間取りの賃貸住宅であった。被告人Aと乙女は,平成8年10月21日こ
ろ,乙女の次女w(当時3歳)と共にアパートCに入居した。
 (イ) ところが,その翌日ころから,被告人Bが,長男(当時3歳)及び次男(当時零歳)と
共に,アパートCに移って来て,被告人A,乙女と同居するようになった。乙女は,それを
不満に感じたが,そのうちに被告人Aとの水入らずの生活になると期待し,我慢した。
 (ウ) 乙女は,平成8年10月下旬の夕方ころ,アパートCで,被告人Aからの電話を受
けた被告人Bから,突然,「あんた大事になるよ。」と言われ,身の危険を感じてアパート
Cの外に出ようとしたところ,被告人Bが,「お願いだから。そんなことしたら弟に怒られる
から。」と言って制止した。被告人Aは,間もなくアパートCに来ると,乙女に対し,いきな
り,頭を何度か平手で殴打し,髪の毛を鷲掴みにして振り回し,着衣を引きちぎるなどの
激しい暴行を加えた。被告人Bは,乙女に対し,「抵抗しない方がいいよ。」と言うだけ
で,被告人Aの暴行を何ら制止せず,その様子を終始傍観していた。被告人Aは,被告
人Bに指示して,電気コードを用意させ,クリップを乙女の腕,脇の下,耳及び顎等に取
り付け,差込プラグを,家庭用交流電源に差し込んだ延長コードの差込口に接触させ,
瞬間的に通電するという暴行を,翌日明け方ころまで何十回も繰り返した。
 (エ) 乙女は,それまで被告人Aを優しく思い遣りのある男性と見て,好意を抱き,結婚
する決意で同居を始めたのに,被告人Aが突然態度を豹変させ,激しい暴力を振るい始
めたことに,驚愕,混乱するとともに,被告人Aに恐怖感を抱いた。
 (オ) 被告人Aは,その日から,乙女をアパートCの4畳半和室内に閉じ込め,同室出入
口に外側から南京錠を取り付けて施錠した。アルミサッシの窓には鍵付きの補助錠を取
り付けた。また,その日から,甲女をマンションAからアパートCに呼び寄せ,乙女と共に
4畳半和室内で生活させ,被告人Bや甲女に乙女を監視させた。乙女は,被告人Aが許
可したとき以外は,4畳半和室からトイレ等の他の部屋に行くことや,戸外に出ることも,
禁じられた。
 (カ) 被告人Aは,乙女に財布,預金通帳,クレジットカード,健康保険証,運転免許
証,印鑑,自動車の鍵等を被告人Bに差し出させ,これらを被告人Bに管理させた。被
告人Aは,乙女に対し,幾度となく金を要求し,乙女名義で消費者金融会社から借入れ
をさせ,キャッシュカードで買い物をさせて換金させ,同女名義の預金口座に振り込まれ
た給料の払戻しをさせ,それらの現金を被告人Bに交付させた。また,乙女がアパートC
に持ち込んだ衣類,家具,食器等を処分ないし質入れさせ,それらの現金も被告人Bに
交付させた。
 (キ) 被告人両名は,乙女に,同年12月25日まではホテル従業員の仕事を続けさせ
たが,外出中携帯電話機を持たせて頻繁にマンションAの被告人Bに連絡を取らせるな
どして,行動を監視した。
 (ク) 被告人Aは,毎日のように,夜になると,自ら,乙女に対し,理由もなく,耳,顎,手
足,指,乳首及び陰部等,ほぼ全身の各部位に,クリップを付け替えて,数時間にわた
り,繰り返し通電を行った。通電による痛みは強烈であったが,中でも乳首に対する通
電は,心臓が止まってしまうのではないかと思うほどの衝撃を受け,このまま死んでしま
うのではないかという恐怖感に襲われた。しかし,痛みを訴えたり,「止めてくれ。」と頼
むと,被告人Aは怒って更に執拗に通電するので,耐えるしかなかった。また,舌をペン
チで挟み思い切り引っ張る,長時間の起立を強いる,ラードを塗った食パンだけを食事
として与える,8枚くらいの食パンを短時間で食べさせる,1.8リットル入りペットボトル
一杯の水を無理矢理飲ませる,ペットボトルの容器に小便をさせる,自分の尿を飲ませ
る,一週間に1回程度しか入浴させないなどの暴行,虐待を加え続けた。
 (ケ) 被告人Aは,次女を乙女から引き離して台所や玄関付近で寝起きさせ,次女に対
しても,乙女の面前で,身体各部への通電を繰り返す,逆さ吊りにする,シャワーで水を
掛ける,長時間の起立を強いる,1.8リットルのペットボトル一杯に入れた水を無理矢
理飲ませる,2枚から4枚くらいの食パンを急いで食べさせる,衣装ケースの中に閉じ込
めるなどの暴行,虐待を加え,その様子を乙女に見せ付け,ときには,乙女自身を次女
に対する暴行,虐待に加担させた。
 (コ) 乙女は,このような,自分や次女に対する通電等の暴行,虐待による肉体的・精
神的苦痛や,自分がいつ通電されるかもしれない恐怖感,不安感に苛まれ,次女との
親子の会話も断たれ,被告人両名を極度に恐れ,気力を失い,逆らったり逃走したりす
ることが事実上不可能な状態に置かれた。
 (サ) 被告人Aは,平成8年12月28日ころ,乙女に対し,「仕事を辞めろ。辞表を書
け。」と命じ,同月29日午前9時44分ころ,勤務先のホテルに辞表を提出させて退職さ
せた。乙女は退職届を提出するや,その場を辞し,間もなくアパートCに帰宅した。
 イ 本件各犯行状況等
 (ア) 被告人両名は,乙女を退職させた後は,乙女を一日中アパートCの4畳半和室に
閉じ込め,その出入口扉を外側から南京錠で施錠した。被告人Aは,同和室等におい
て,乙女や次女に対し,毎日のように,前記の暴行,虐待を加え,その程度を高めてい
った。乙女は,以前,被告人Aに,「逃げようとしたら捕まえて電気を通す。」などと言わ
れたことがあり,少しでも逃げる素振りを見せれば,それに因縁を付けられて,ひどい通
電責めに遭うことは分かり切っていたので,逃走することはできなかった。被告人Bは,
被告人Aが乙女に対し通電する際,傍に居て,電気コードを用意したり,乙女が通電の
苦痛で後ろに倒れそうになると,背後から乙女の身体を支えて被告人Aが通電しやすい
ようにした。また,乙女の行動を監視し,乙女を閉じ込めた4畳半和室の出入口に掛け
た南京錠等を管理した。
 (イ) 被告人Aは,別紙2「犯罪(強盗)事実一覧表」記載のとおり,平成8年12月29日
ころから平成9年3月10日ころまでの間,前後7回にわたり,アパートCにおいて,乙女
に対し,前記のように同女の身体に通電する暴行を加えた直後,又は通電する旨を告
知して脅した後,両親や友人に頼んで金を借りるように命じ,両親や友人に電話をかけ
させた上,被告人Aが近くに居てレポート用紙に話すべき内容を記載したものを見せて,
そのとおり話をさせて借金をさせ,同表記載のとおり,平成8年12月30日ころから同9
年3月10日ころまでの間,前後7回にわたり,アパートCほか4か所において,現金合計
198万9000円を乙女から受け取った。
 (ウ) 乙女は,両親や友人から金が振り込まれると,被告人Aの命令で,次女をアパー
トCの被告人Aのもとに残したまま,被告人Bに付き添われ,監視されながら,自動車を
運転して金融機関の現金自動預払機の設置場所に行き,両親や友人から振り込まれた
金を引き出し,その全額を被告人Bに渡した。乙女は,平成8年12月30日,被告人Aの
命令で,独りで自動車を運転して,アパートCから車で15分くらいの距離にある実家に
赴き,母親と共に銀行に行き現金を引き出し,母親から現金を受け取り,直ちにアパート
Cに戻ったが,その際も,次女はアパートCで被告人Aと被告人Bのもとに残されており,
乙女は携帯電話で5分おきくらいに被告人Bに連絡を取らされ,外出中の行動を監視さ
れた。
 ウ 乙女がアパートCから逃走した状況等
 (ア) 被告人Aは,平成9年3月ころ,乙女に対し,身体に通電しながら,「電気を通して
死んだ馬鹿な奴がいる。自分を脅迫した相手は踏切事故で死んだ。自分はやられたら2
倍にも3倍にもしてやり返す。」などと申し向けて脅した。乙女は,被告人Aに命じられ
て,「自分は生活に疲れたから死にます。」という内容の遺書を書いた。乙女は,被告人
Aに対する恐怖心を募らせ,このままでは被告人Aに殺されてしまうのではないかと考
え,同月16日午前3時ころ,被告人Aが入浴し,被告人BがアパートCの6畳和室で子
供の面倒を見,乙女の監視役の甲女が4畳半和室で居眠りをしている隙に,換気のた
めに被告人Aが被告人Bに指示して一時開けていた4畳半和室の窓から飛び降りてア
パートCから単独で脱出した。その際,乙女は,腰部及び背部等を地面で強打し,入院
加療約133日間を要する第1腰椎圧迫骨折,左肺挫傷及び左右関節部打撲の傷害を
負った。乙女は近くの会社事務所に逃げ込んで救助を求め,保護された。
 (イ) 被告人両名は,乙女が逃走したことに気付き,直ちにアパートC周辺を捜したが,
同女を発見できなかったため,翌17日,運送業者に依頼して,アパートCに置かれてい
た家財道具等をマンションAに移動させ,マンションAに転居した。被告人両名は,同月
26日,次女を乙女の前夫Y宅付近に置き去りにした。
 エ 乙女の心身の後遺症等
乙女は事件当時のことを思い出すと,被告人両名に通電されたときの恐怖感,苦痛が
蘇り,両腕が痺れ始める。身体中に力が入って硬直してしまい,どうやってこの力を抜け
ばいいのか,わからなくなる。
 3 強盗事件及び監禁致傷事件に関する各争点に対する判断
 (1) 強盗事件について
 ア 前記2(4)のとおり,被告人両名は,本件各犯行前から,乙女に対し,通電等の凄
惨な暴行,虐待を繰り返し,肉体的にも精神的にも耐え難い苦痛を与えた。上記暴行,
虐待は乙女の次女にも容赦なく及んだ。被告人両名による暴行,虐待の中でも通電に
よる苦痛は強烈なものであり,特に乳首への通電は,心臓が止まってしまうのではない
かと思うほどの衝撃が走り,乙女はこのまま死んでしまうのではないかという恐怖感に
襲われた。それらのため,乙女は,被告人両名を極度に畏怖し,抵抗したり逃走したり
する気力を失い,既に本件各犯行前から,乙女が「(被告人両名の)操り人形」と評する
ように,反抗が完全に抑圧された状態に陥っていたと認められる。
 イ 被告人Aは,上記のように反抗が完全に抑圧された状態にあった乙女に対し,更
にその身体に通電した直後,又は通電する旨を告知して脅迫した後,両親や友人に頼
んで金を借りるように命じた。乙女が頼みもしないのに,両親等に対する無心の口上ま
で紙に書いて指示し,乙女が電話をかけている間も近くに居て,乙女が指示どおりに電
話をかけるか監視した。乙女は両親等に金を振り込んでもらうや,その日か数日の間に
払戻しを受けており,払戻しを受けるときは被告人Bが付き添い,次女はアパートCに居
て,人質に取られた格好であり,その間に乙女が逃走したり,反抗することは事実上不
可能で,いずれのときも作った金は全額被告人Bに渡した。被告人Aは,乙女に,相当
の額の金を極短い間隔で次々に作らせており,被害総額は約3か月で約200万円であ
る。「金を作れ。作らなければ通電するぞ。」などと,直接的,明示的な言い方はしなかっ
たとしても,通電した直後や「通電する。」と告知した後に,「金を作れ。」と命じれば,被
告人Aから,連日のように,些細な事柄に因縁を付けられて通電されている乙女にして
みれば,事実上,「金を作らなければ通電するぞ。」と告知されるのと同じである。乙女
が通電により被告人Aを極度に畏怖していることを巧みに利用した犯行である。被告人
Aが結婚を口にして乙女に近付き,これを取り込んだ目的は,乙女を被告人両名の逃走
生活の金づるにすることであったから,乙女に作れるだけの金を作らせるために必要な
手を打つことは必然である。通電は常に乙女に金を作らせるためであったとはいえない
が,本件各犯行の際の通電ないし通電の告知はいずれも乙女に金を作らせるためであ
ったことは明らかであり,そうであるからこそ,被告人Aは,引き続いて,乙女が頼みもし
ないのに,乙女が両親等に借金を頼む口上まで指導したのである。
 ウ そうすると,被告人Aが,本件各犯行に当たり,乙女に対して加えた暴行,脅迫
は,社会通念に照らせば,乙女の反抗を抑圧するに足りるものであることは明らかであ
る。そして,被告人Aが上記暴行,脅迫を加えた目的は,乙女から現金を強取するため
であり,被告人A,更には被告人Bには,乙女に対し強盗の故意があったことが優に認
められる。
 エ 被告人両名間の共謀の有無及び内容
 被告人Aは,本件各犯行を企て,乙女に対し,自ら通電し,又は通電することを告知し
て脅迫するなど,積極的に暴行,脅迫を加え,後記の被告人Bの行為をも利用して乙女
に対する強盗を実行した。被告人Bは,被告人Aの指示を受けて唯々諾々とこれに従
い,被告人Aと共に乙女に対し仮借のない暴行,脅迫を加えた。すなわち,被告人Aが
通電する際,通電のための電気コードを準備したり,乙女の身体を支えたりした。また,
乙女の行動を監視したり,乙女が閉じ込められた4畳半和室の出入口に掛けた南京錠
等を管理したり,乙女が,被告人Aの要求するまま,両親等から金を借り入れる際,乙
女に同行し又は携帯電話で乙女と頻繁に連絡を取り合い,乙女の外出中の行動を監視
して,乙女に被告人Aの指示どおりの借入れをさせ,乙女が借り入れた金をすべて受け
取って保管するなど,自らも強盗の実行に積極的に加担した。
 そうすると,被告人両名は,相互に意思を通じ合い,相手方の行為を利用し,補充し合
って,乙女に対する強盗を実行したものであり,遅くとも平成8年12月29日ころまでに
は,その実行を少なくとも黙示的に共謀した事実が優に推認される。
 オ したがって,被告人両名には,乙女に対する強盗罪の共同正犯が成立する。
 (2) 監禁致傷事件について
 ア 前記2(4)のとおり,被告人両名は,遅くとも乙女が勤務先に退職届を提出して退職
した後の平成8年12月30日から,乙女にアパートCの4畳半和室での起居を強制し
た。乙女は,被告人Aが許可したとき以外は,上記和室からトイレなどの他の部屋に行く
ことも,戸外に出ることも,禁じられた。同和室には甲女も入れられており,甲女が乙女
の監視をしていた。和室の出入口には南京錠が掛けられ,窓には補助錠が付いてい
た。これらの施錠等や鍵の管理は被告人Aの指示で被告人Bが行った。乙女は,被告
人Bの行動について,「被告人Bは牢屋の番人に思えた。」と評している。乙女が外出す
る際は,被告人Bが同行するか,携帯電話機を持たされて頻繁に被告人Bに連絡を取
らなければならず,このようにして行動を監視された。アパートCに居残った次女は被告
人両名の人質同然であった。その上,乙女は,連日のように,アパートCの和室等で,被
告人Aによって通電されて,通電特有の激しい苦痛や恐怖感を体験させられ続けた。そ
のほか,食事制限,排泄の制限,入浴制限等,理不尽で非人間的な虐待も受け,乙女
は絶望的な境地に追い遣られた。これらの暴行,虐待は,乙女の次女にも容赦なく及ん
だ。乙女は,以前,被告人Aに,「逃げようとしたら捕まえて電気を通す。」などと言われ
たことがあり,逃げようとすればひどい通電責めに遭うことが分かっていたので,逃走す
ることができなかった。以上の結果,乙女は,被告人Aとその指示どおりに動く被告人B
に強い恐怖心を植え付けられ,被告人両名の指示に逆らったり,アパートCから脱出す
ることはできなくなり,その気力も喪失していった。要するに,乙女は,被告人両名の行
為によって,アパートCから脱出することが著しく困難な状態に置かれ続けたものであ
る。
 したがって,被告人両名が乙女をアパートCに不法に監禁したことは明らかであり,監
禁の故意も認められる。
 イ 被告人両名間の共謀の有無及び内容
 前記アの諸事情に照らすと,被告人両名は,遅くとも平成8年12月30日までには,乙
女をアパートCに監禁することを少なくとも黙示的に共謀した事実が優に推認される。
 ウ 乙女は,被告人Aに遺書を書かされるに及んで,このままでは被告人Aに殺される
のではないかと恐れ,被告人両名による不法な監禁状態から脱出するために,必死の
思いでアパートC2階窓から飛び降りて逃走したものである。その結果,乙女はその身
体を地面に強打させて判示の傷害を負ったものであるところ,被告人両名の乙女の監
禁と乙女の負傷との間には因果関係が認められるから,被告人両名には監禁致傷罪
の共同正犯が成立する。
 4 被告人A弁護人及び被告人B弁護人の各主張に対する判断
 (1) 被告人A弁護人は,「甲女の検察官に対する各供述調書の内容は,乙女の食事
内容,念書,入浴状況等につき,乙女の供述と整合していない。」旨主張する(弁論要旨
425ないし426頁)。
 しかしながら,前記2(3)のとおり,甲女の供述は,乙女がアパートCで被告人両名のも
とで自由を制約され,暴行,虐待を受けていたことを裏付ける重要かつ基本的な事実に
ついて,乙女の供述と符合しているのであり,被告人A弁護人が供述が整合していない
として指摘する事柄は,いずれも末節に属する事柄であり,甲女の記憶自体が曖昧な
部分でもある。そのような部分はそれなりの証拠評価にとどめるべきであるから,上記
重要かつ基本的な事実を述べた部分の証拠価値は変わらない。したがって,甲女の供
述は乙女の供述の信用性を補強し得る。
 (2) 被告人A弁護人は,「被告人Bの公判供述は,被告人Bが,①被告人Aが乙女に
対し金を要求しながら通電をした記憶はない旨(被告人B69回182項),②乙女は,被告
人Aに対し,『(金策のための)知恵を貸してください。』と頼んだことがある旨(被告人B7
0回40ないし46項),③被告人Bが勝手に乙女名義の預金口座から現金を引き出すこと
はなかった旨(被告人B69回177ないし181項),④被告人Bは乙女に野菜炒め等を作っ
たことはない旨(被告人B69回266項),それぞれ供述している点につき,乙女の供述と
整合していない。」旨主張する(弁論要旨431ないし433頁)。
 しかしながら,前記2(3)のとおり,被告人Bは,公判廷において,乙女に対する強盗事
件及び監禁致傷事件の事実関係は乙女の供述のとおり間違いない旨を明確に認めた
上,乙女がアパートCで被告人両名のもとで自由を制約され,激しい通電を始めとする
暴行,虐待を受けていた旨,乙女の供述に沿う供述をしている。加えて,①については,
被告人Bは,「乙女は,被告人Aに従わなければ通電されると思い,被告人Aに従ってい
たので,『従わなければ通電する。』と言って脅されるのと同じ状況だったと思う。」旨供
述しており(被告人B70回182ないし184項),被告人Aが乙女に対し通電に対する強い
恐怖心を植え付け,常に通電をほのめかして脅しながら金を要求したとする趣旨では,
実質的に見て乙女の供述ともさほどの矛盾はない。②については,被告人Bの公判供
述から,乙女が,自由かつ正常な意思に基づいて,被告人Aに対し,「金策の知恵を貸
してほしい。」旨依頼したなどという趣旨を窺うことはできない。かえって,被告人Bは,そ
の点につき,「金策のための知恵」は被告人Aが乙女に金を要求する口実として設けた
もので,「茶番」である旨明確に述べている(被告人B70回42項以下)。③については,
現実に被告人Bが乙女に無断で金を引き出したことがあったかどうかはともかく,被告
人Bの公判供述は,乙女の預金通帳等はすべて被告人Aの指示で被告人Bが管理し,
乙女名義の預金口座等からの金の出し入れは,乙女の意思で行うことはできず,専ら
被告人両名の意思に基づいて行われたという趣旨では,乙女の供述と符合している。
④については,些細な事柄であり,記憶違いによる供述の食い違いが生じても不自然で
はない。
 以上によれば,被告人Bの公判供述は重要部分において乙女の供述と符合しており,
乙女の供述の信用性を十分に補強し得るものである。
 (3) 被告人B弁護人は,「被告人両名は,乙女を外出させて現金を調達させるなどした
上,被告人両名に現金を交付させており,これを「強取」とするのは,奪取罪である強盗
罪の定型性に反する。」旨主張する(弁論要旨21ないし23頁)。
 しかしながら,強盗罪における「強取」とは,相手方の反抗を抑圧するに足りる暴行,
脅迫を加えて,財物の事実上の占有を自己又は第三者に得させることをいい,典型的
には,行為者が自ら相手方の財物を奪取する場合であるが,被害者から交付を受ける
外観を呈していても,それが自由な意思に基づくものでなければ,「強取」といって妨げ
ないと解される。これを本件強盗事件について見ると,前記3(1)のとおり,乙女は,平成
8年10月下旬ころから通電を初めとする暴行,虐待を受け続けたことにより,既に反抗
が完全に抑圧された状態にあったところ,被告人両名は,共謀の上,乙女に対し,更に
通電による暴行を加え,又は通電する旨告知して脅迫し,乙女の反抗抑圧状態を更に
確かなものにした上で,両親や友人に頼んで金を作るように命じて現金を工面させ,そ
の意思に反してそれらの現金の全部を交付させたものである。そうすると,被告人両名
の行為は,もはや恐喝罪にとどまるものではなく,乙女の反抗を完全に抑圧し,その意
思に反して財物を「強取」したもので,強盗罪を構成すると解するのが相当であり,この
ように解しても強盗罪の定型性には反しないというべきである。
 (4) 被告人A弁護人は,「乙女は,監禁致傷事件の公訴事実の期間中にも,前記1(2)
のとおり,アパートCから外出しており,自己の意思で自由に行動できたから,被告人両
名が同女を監禁したとはいえない。」旨主張する(平成15年5月21日付け被告事件に
対する意見書3頁)。
 しかしながら,被告人A弁護人が前記1(2)で指摘する乙女の外出は,いずれも,乙女
が,被告人Aに指示・命令されたとおりに,父母や友人に振り込ませた現金を現金自動
預払機から払い戻すために外出したに過ぎず,次女はアパートCに残され,人質同然に
被告人Aの支配下に置かれていた上,乙女は,外出中,終始被告人Aの指示・命令に
従って行動し,被告人Bが自動車に同乗して付き添い,乙女の行動を常に監視し,現金
を払い戻して被告人Bに全額を渡した後は直ちにアパートCに戻っており,外出時間は
短時間である。被告人A弁護人が指摘する以外にも,乙女は,平成8年12月30日,被
告人Aの命令で実家に行って母親と共に銀行に赴くなどしているところ,このとき被告人
Bは同行しなかったものの,乙女は,携帯電話で頻繁に連絡を取らされて,行動を監視
されており,また,次女がアパートCに居残っていたことは,他の外出の場合と同様であ
る。乙女は,母親から金を借りた後は直ちにアパートCに戻っている。したがって,乙女
の外出はいずれも乙女が自らの意思で自由に外出できたものではなく,乙女は,通電
責め等により,被告人両名に非常な恐怖心を抱いており,外出中も,依然として被告人
両名の支配の下に置かれて,行動の自由を奪われていたのであり,被告人両名の支配
から脱出することは,著しく困難であったと認められる。したがって,乙女が前記のように
外出したからといって,乙女がアパートCに監禁されていなかったとはいえない。
 なお,監禁とは,人が一定の区域から脱出することを不可能又は著しく困難にしてそ
の行動の自由を奪うことをいうと解される。そして,脱出が著しく困難か否かは,純客観
的に判断すべきものではなく,監禁の手段の種類,方法,程度,それが被害者に与えた
心理的影響の程度等,諸般の事情を総合的に考慮して判断すべきものである。乙女
は,本件公訴事実の期間中,数回にわたって外出することができたが,乙女がアパート
Cで暴行,虐待等を加えられたこと,その方法,程度,それによって乙女は被告人両名
に極度の恐怖心を抱いていたこと,次女が人質同然の状態に置かれていたこと等に鑑
みると,外出の際,乙女がそのまま逃走してアパートCから脱出することは,著しく困難
であったと認められる。そうすると,乙女は,外出時も含め,継続してアパートCに監禁さ
れていたと見るべきものである。このように解しても,監禁罪の定型性を損なうことはな
く,罪刑法定主義に反するともいえない。
第11部 甲女事件
第1 被告人A弁護人及び被告人B弁護人の各主張並びに争点
 1 被告人A弁護人
 (1) 被告人両名が甲女に対し暴行,脅迫を加え,甲女に傷害を負わせたことは認め
る。ただし,被告人Aが甲女に暴行を加えたのは,甲女を監禁するためではなく,甲女が
家出をしたことや,甲女に家出中の宿泊先を尋ねたのに本当のことを言わなかったこと
などに立腹し,制裁として行ったものである。
 (2) 被告人Aは,本件公訴事実の期間中,甲女をマンションBからの脱出が不可能又
は著しく困難な状態に置いたことはない。甲女は,上記期間中,次のとおり5回外出し
た。すなわち,平成14年2月15日夕方から午後11時ころまでの間,被告人Bと共にマ
ンションAに行き,同所から家具等をマンションDに運ぶなどした(1回目)。その数日後,
甲女独りでマンションAに郵便物が届いていないか確認しに行った(2回目)。その後,2
回にわたり,被告人Bと共にマンションDに行き,独りで翌日午後7時過ぎないし午後11
時ころまで,被告人両名の保護下にあった4人の子の世話をした(3回目及び4回目)。
その後,被告人A,被告人B及びsらと共にカラオケボックスに行った(5回目)。
 (3) したがって,被告人Aは甲女を監禁したとはいえず,監禁の故意も被告人Bとの共
謀もなかったから,被告人Aに監禁致傷罪は成立しない。
 2 被告人B弁護人
 認める。
 3 争 点
被告人Aにつき,主な争点は,監禁の故意の有無,被告人両名間の共謀の有無及び
内容並びに監禁の事実の有無である。
第2 甲女が被告人両名と同居した状況,被告人両名が甲女に対し通電等
の暴行,虐待を加えた状況,甲女が2回にわたり逃走した状況及びその間
の被告人両名の甲女に対する暴行,虐待等
 1 甲女の検察官調書の要旨
 甲女は,検察官に対し,次のとおり供述する(甲女の検察官調書15通・甲11ないし2
5。以下,本項において,「甲女の供述」という。)。
 (1) 本件被害に至る経緯及び被告人両名による暴行,虐待等
 ア 甲女は,平成6年10月ころ(当時10歳,小学4年生)から,マンションAで被告人
両名と同居するようになった。甲女の実父であるAも,平成7年2月ころからマンションA
で同居するようになった。被告人両名は,Aを金づるとして取り込み,種々の負い目を負
わせ弱みを握るなどして意のままに従わせ,Aと甲女に対し,事ある毎に身体に通電し
たり,食事,姿勢,睡眠及び排泄等,生活・行動の全般にわたり過酷な制約を課したり
する暴行,虐待を加え続け,平成8年2月26日ころAを殺害した。そして,被告人両名
は,甲女をAの死体解体作業に加担させた上,甲女が被告人両名に指示されてAに対
し暴行,虐待を加えるなどしたことにつき,「あんたが父さんを殺したんよ。あんたが噛ん
だけ,病院に連れて行けんかったんよ。時効になるまでは一緒に暮らさんといけんよ。
警察に捕まったら,ブタ箱に入れられて裁判とか受けなければいけん。裁判終わるまで
何十年もかかるけ,一生入らないけんことになるよ。」などと繰り返し申し向けた。甲女
は,そのとおり信じ,そのため被告人両名のもとを離れることができず,マンションA等で
被告人両名との同居を続けた。
 イ その後,乙女事件及びB一家事件が起きた。甲女は,F事件及びG事件の実行に
加担させられ,また,Gの死体解体作業に従事させられ,その結果,更に重大犯罪に加
担したとの負い目を負わされた。
 ウ 被告人両名は,G事件後の平成10年6月ころから生活の拠点をマンションBに移
し,甲女を独りでマンションAで生活させることが多くなったが,甲女には常に携帯電話
機を持たせて15分から30分毎に連絡を入れさせたり,突然マンションAを訪れたりし
て,甲女に対する監視を続けた。また,殆ど毎日,夜になると甲女をマンションBに呼び
付け,時には明け方まで掃除や皿洗い等の雑事をさせた。
 エ 甲女は,平成12年3月に中学校を卒業したが,被告人両名は,甲女に高校進学
や就職を許さず,平成13年8月ころ,同女をマンションDに居住させ,同所で長男,次男
及び被告人両名の下に置いていたsの子供2名の世話をさせるとともに,常に携帯電話
機を持たせて15分から30分毎にマンションBに連絡を入れさせて監視を続けた。被告
人Aは,毎日のように甲女をマンションBに呼び出し,甲女に対し,「電話の応対が悪
い。」,「連絡が遅い。」,「態度が悪い。」,「部屋で物音を立てるな。」などと,事ある毎に
些細な事柄を取り上げて,自ら又は被告人Bに指示して行わせる方法で,甲女に対し,
身体に通電したり,何日間かの断食を強制するなどの暴行,虐待を加えた。
 オ 甲女は,被告人両名の暴行,虐待による肉体的,精神的苦痛に耐えかね,生命の
危険さえ感じたことから,平成14年1月29日午後11時ころ,北九州市m区内の,祖母
Wが夫xと住む居宅に電話をかけた上,独りで子供らの世話をさせられていたマンション
Dを逃げ出し,同月30日午前6時ころ,祖母宅に逃げ込んだ。甲女はそれからしばらく
の間祖母宅で祖母夫婦と生活した。同年2月9日にはアルバイト先を見付けて同月19
日から勤務する予定であった。
 カ 被告人Aは,甲女の伯母であるUが事情を良く知らないのに乗じ,同女を利用して
甲女を連れ戻そうと考え,同年2月14日午後9時か10時ころ,まずUに祖母宅を訪ねさ
せ,甲女が祖母宅に居ることを確認させて被告人Aに連絡させた上,自ら祖母宅に乗り
込んだ。甲女は,被告人Aの姿を見た途端,恐怖心から身体がぶるぶる震えた。被告人
Aは,祖母夫婦に対し,「私は,所長(A)から甲女が18歳になるまで面倒を見るように
頼まれている。甲女は金を盗んだり万引きをしたり,覚せい剤やシンナーを使ってい
る。」などと,虚偽の事実を申し向け,あたかもAがまだ生きていて,被告人両名がAから
甲女の保護,監督を任されており,同女の身の上を親身に心配しているかのように装
い,祖母夫婦にその旨信じさせた。被告人Aは,甲女の手首を掴んで甲女を祖母宅から
連れ出し,被告人Bを呼び出して被告人Bと共に甲女をタクシーの後部座席に乗せ,マ
ンションBに連れ戻した。
キ 甲女は,祖母宅を出る前に,「絶対迎えに来てね。あの人が言いよることは,全部
嘘やけ。気持ちは変わらんけ。」と紙に走り書きし,祖母にそのメモを「後で読んでね。」
と言って渡した。
 (2) 本件被害状況
 ア 被告人両名は,平成14年2月15日午前5時ころ,被告人Aが甲女の手首を掴む
などして,甲女をマンションBに連れ込み,被告人Bが出入口ドアに施錠した。
 イ 被告人Aは,同日,甲女に,「私は平成8年2月26日実父のAを殺意をもって殺し
ました。」旨記載した事実関係証明書を作成させた。被告人Aは,甲女に対し,「あんた
が大里(祖母宅)に逃げ込んだら,これ(前記事実関係証明書)を大里に持って行くけ
ん。あんたはWのばあさんの子供を殺したんよ。それでも大里に行くんやね。」などと申
し向けたので,甲女は,「祖母夫婦が,前記事実関係証明書を見れば,甲女がAを殺し
たと思うだろうから,二度と祖母宅に逃げることはできない。」と思った。
 ウ 被告人Aは,平成14年2月15日,甲女に,「私は,平成6年10月から平成14年1
月末日までの生活養育費として合計2000万円を被告人Bから借り受けた。この借受金
については年15%の利息と元金最低5万円の合計金額を毎月支払うことを約束する。
もし私が逃げた場合には借用金は4000万円になる。」旨記載した金銭借用証書を作
成させた。その上で,甲女に,「もしあんたがxのじいさんのところにおって,仕事をすると
いうんなら,これだけの金額を払わなければいけんということよ。それでも,あんたは大
里にいくの。」などと申し向けた。
 エ 被告人Aは,甲女に対し,「今度逃げたらお父さんのところへ連れて行くよ。簡単な
ことなんぞ。あんたが死んだら,お父さんのところに連れて行ったと言えば良いんやか
ら。」,「あんたは,子供を放ったらかしにしてxのじいさんのところに逃げたんやから,保
護責任者遺棄罪で捕まるんよ。」,「残念やったね。逃げられんやったね。U伯母さんに
言って,玄関の鍵を開けといてもらったんよ。自分が頼めば,Uも何でも言うことを聞く
し,Wのじいさんばあさんも,ひっくり返ってしまうんよ。」,「逃げても,探偵を使って探し
出すよ。やくざの梅本に頼んで,風俗店も全部調べさせたんよ。今度逃げても,そいつに
頼んで探し出すよ。見付けたら打ち殺すよ。」などと,同日の昼過ぎまで,繰り返し申し向
け,甲女がマンションDから逃げ出して被告人両名のもとを離れようとしたことを責め続
けるとともに同女に恐怖心を植え付けた。甲女がトイレに行くときは,トイレのドアを開放
させ,被告人Bに監視させた。
 オ 被告人Aは,同日,被告人Bに指示して,甲女が採用されたアルバイト先に連絡さ
せ,アルバイトを辞退させた。
 カ 被告人Aは,平成14年2月15日,「甲女が祖母宅に逃げ込んだ際,祖母夫婦に
は何と話したのか。」,「男のところ行っとったんか。」などと執拗に問い詰め,甲女の答
えが意に沿わないと,身体への通電を繰り返した。その際,被告人Bは,被告人Aの指
示に従い,電気コードを用意したり,甲女の身体にクリップをガムテープで固定して取り
付けたり,甲女の手首を押さえたりした。
 キ 被告人Aは,同月18日午後10時ころから翌19日午前零時過ぎころにかけて,甲
女に対し,「逃げた理由を5秒以内に答えろ。」などと執拗に問い詰め,身体に繰り返し
通電した。さらに,甲女の腕,太股を何回も足で蹴ったり,喉を平手で五,六回殴打した
りした。被告人Aは,被告人Bに,「お前もしろ。16回蹴れ。」と命じ,甲女の太股を足で
何回も蹴らせた上,甲女の両足を開かせ,被告人Bに甲女の股間を何回も足で蹴り上
げさせた。甲女は痛みと悲しさで涙を流し続けた。
 ク 被告人Aは,同月19日,甲女に対し,「血判状を書いてもらわないといけんね。カッ
ターで指を切って,血で『もう逃げません。』と書いて。切らんのやったら,電気通すよ。」
などと申し向け,被告人Bにカッターナイフを持って来させた。そして,甲女に,自らカッタ
ーナイフで人指し指を切らせ,「もう二度とにげたりしません 平成14年2月19日 甲
女」と血液で書かせた誓約書を作成させた。被告人Aは被告人Bに指示して,これをマン
ションBの押入の開き戸に貼らせた。
 ケ 被告人Aは,平成14年2月19日,同女を全裸にしてデジタルカメラで撮影した上,
甲女に対し,「もし私が逃げた時にはインターネット等で全国に広めたり,投稿雑誌等に
渡しても異存はない。」旨記載した「覚え書き念書」を作成させた。デジタルカメラで撮影
されるとき,被告人Bは,被告人Aの指示を受け,壁の掲示物が写らないように壁を毛
布で覆って押しピンで止めた。
 コ 被告人Bは,同日,甲女の前髪を手で掴み,顎が突き出た格好にさせた上で,甲
女の口の中に四角い電池を入れ,電極を舌に当ててぴりぴりと感電させた。被告人B
は,甲女が祖母に眉を切り揃えてもらっているのに気付き,「この子,眉切り揃えとるや
ん。」と言った。被告人Aがその声を聞いて,いきなり平手で四,五回甲女の頬を殴っ
た。被告人Bは剃刀で甲女の眉毛を剃り落とした。
 サ 被告人Aは,同日,甲女に対し,「許してもらいたかったら爪を剥げ。」と申し向け,
被告人Bに指示してラジオペンチを用意させ,甲女に対し,「5分以内に右足親指の爪を
剥げ。」と命じ,痛みや恐怖から「剥げません。」と躊躇する甲女に対し,「あと1分しかな
いぞ。」と申し向け,更に被告人Bに「剥げきらんかったら,お前剥いでやれ。」と言い付
けて甲女を追い込み,甲女に自らラジオペンチで右足親指の爪を剥がさせた。
 シ 被告人Aは,同日,甲女に,祖母宅に逃げた理由を追及し,甲女の答えに立腹し,
甲女の首に洗濯紐を巻き付けて,被告人Bと共に両側から引っ張るという行為を何度も
繰り返した。
 ス 被告人Aは,本件公訴事実の期間を通じて,毎日のように,甲女を質問攻めにし,
甲女の身体に通電した。
 セ 甲女は,平成14年3月6日,祖母宅に電話をかけて助けを求め,同日早朝,被告
人Aが熟睡しており,被告人Bが不在であった隙にマンションBを逃げ出し,祖母夫婦に
保護された。
 2 甲女の供述及び被告人Aの公判供述の各信用性の検討
 (1) 甲女は,供述当時,17歳で被害時からさして時間は経過しておらず,特異な被害
体験を,誠に生々しく,具体的,詳細かつ明確に供述している。
 (2) 甲女の供述は,①保護直後,甲女の身体各部に認められた傷痕,すなわち,右上
腕部の広範囲にわたる打撲傷及び重篤な皮下出血,頸部の強い索条痕,右親指の爪
の剥離(甲6,7,8,9),②マンションBの状況(甲2,608)や,マンションB等から発
見・押収された電気コード(差込プラグと反対側が二股に割かれ針金がむき出しになっ
たもの。甲10),洗濯紐(甲2),ラジオペンチ(甲2),誓約書(「もう二度とにげたりしませ
ん 平成14年2月19日 甲女」と血液様のもので記載されたB5サイズの紙1枚。マン
ションBの開戸に貼り付けられていたもの。甲2),事実関係証明書(平成14年2月15
日付けで「平成8年2月26日にマンションAで実父のAを殺意をもって殺害した。」旨記
載された書面。甲女の署名及び押印がある。甲163),金銭借用証書(平成14年2月1
5日付けで「私は平成6年10月から平成14年1月末日までの生活養育費として合計2
000万円を被告人Bから借り受けた。この借受金については年15%の利息と元金最低
5万円の合計金額を毎月支払うことを約束する。もし私が逃げた場合には借用金は40
00万円になる。」旨記載された書面。甲女の署名及び押印がある。甲17),覚え書き念
書(平成14年2月19日付けで「もし私が逃げた時には,私の顔写真やヌード写真をイン
ターネット等で全国に広めたり,投稿雑誌等に渡しても異存はない。」旨記載された書
面。甲女の署名及び押印がある。甲19)等の存在・形状とも完全に符合しており,これ
らにより,甲女の供述の信用性は一点の疑念も容れる余地がないほどに客観的に担保
されている。
 (3) 被告人Bは,公判廷において,本件犯行を認めた上,事実関係につき甲女の供述
に沿う供述をしており(被告人B71回),その信用性を補強している。
(4) 被告人Aは,公判廷で,「甲女は,平成14年2月15日にマンションBに帰って来て
から,独りで自由に外出できた。被告人Aが甲女に通電や暴行を加えたのは,同月19
日のみである。それ以外は甲女に優しく接した。被告人Aは,携帯電話で連絡が取れさ
えすれば,甲女はどこに行ってもかまわないと思っていた。血判状は,甲女が『血で書面
を書く。』と言って,自分で書いた。爪剥がしは,甲女が『おばちゃんもしているなら,私も
する。』と言って,自分で爪を剥いだのである。」などと,甲女に対する監禁の故意や監
禁の事実を否認し,甲女は自己の意思で血判状を書いたり,爪を剥いだ旨供述している
(被告人A72回215ないし250項)。
しかしながら,被告人Aは,被告人両名の所在や過去犯した重大犯罪についての秘密
を知っている甲女を絶対に連れ戻す必要があったからこそ,あえて,甲女の祖父母宅に
乗り込んで,すなわち,身を他人に晒す危険を冒してまで(現に被告人Aは再度祖父母
宅に赴いたとき,警察官に緊急逮捕された。),甲女を連れ戻そうとしたのであるから,
一旦連れ戻しに成功した後,甲女が再度逃走しないように監禁する意思はなかったと
か,携帯電話で連絡さえできれば,甲女はどこに行ってもかまわないと思っていたとか
いうのは,首肯し難い。甲女の再度の逃走防止に関心がなかったというのであれば,な
ぜ平成14年2月19日に通電等の激しい暴行を加えたり,血判状を書かせるなどの必
要があったか,説明できない。甲女は,被告人両名による暴行,虐待による肉体的・精
神的苦痛に耐えかね,生命の危険さえ感じたため,被告人両名のもとから逃走したので
あるから,甲女が血判状や爪剥がしを自分の意思で進んで行ったなどとは考えにくい。
被告人Bの公判供述とも符合しないことなどに照らすと,被告人Aの公判供述は,にわ
かに信用できないといわざるを得ない。
 (5) したがって,甲女の供述は信用するに値する。
 3 事実認定
 甲女の検察官調書15通(甲11ないし25)及び被告人Bの公判供述(被告人B71回)
のほか,関係証拠によれば,次の事実が認められる。
 (1) 本件犯行に至る経緯及び被告人両名による暴行,虐待等
 ア 甲女は,平成6年10月ころ(当時10歳,小学4年生)から,マンションAで被告人
両名と同居するようになった。甲女の実父であるAも,平成7年2月ころからマンションA
で同居するようになった。被告人両名は,Aを金づるとして取り込み,種々の負い目を負
わせ弱みを握るなどして意のままに従わせ,Aと甲女に対し,事ある毎に身体に通電し
たり,食事,姿勢,睡眠及び排泄等,生活・行動の全般にわたり過酷な制約を課したり
する暴行,虐待を加え続け,平成8年2月26日ころAを殺害した。そして,被告人両名
は,甲女をAの死体解体作業に加担させた上,甲女が被告人両名に指示されてAに対
し暴行,虐待を加えるなどしたことにつき,「あんたが父さんを殺したんよ。あんたが噛ん
だけ,病院に連れて行けんかったんよ。時効になるまでは一緒に暮らさんといけんよ。
警察に捕まったら,ブタ箱に入れられて裁判とか受けなければいけん。裁判終わるまで
何十年もかかるけ,一生入らないけんことになるよ。」などと繰り返し申し向けた。甲女
は,そのとおり信じ,そのため被告人両名のもとを離れることができず,マンションA等で
被告人両名との同居を続けた。
 イ その後,乙女事件及びB一家事件が起きた。甲女は,F事件及びG事件の実行に
加担させられ,また,Gの死体解体作業に従事させられ,その結果,更に重大犯罪に加
担したとの負い目を負わされた。
 ウ 被告人両名は,G事件後の平成10年6月ころから生活の拠点をマンションBに移
し,甲女を独りでマンションAで生活させることが多くなったが,甲女には常に携帯電話
機を持たせて15分から30分毎に連絡を入れさせたり,突然マンションAを訪れたりし
て,甲女に対する監視を続けた。また,殆ど毎日,夜になると甲女をマンションBに呼び
付け,時には明け方まで掃除や皿洗い等の雑事をさせた。
 エ 甲女は,平成12年3月に中学校を卒業したが,被告人両名は,甲女に高校進学
や就職を許さず,平成13年8月ころ,同女をマンションDに居住させ,同所で長男,次男
及び被告人両名の下に置いていたsの子供2名の世話をさせるとともに,常に携帯電話
機を持たせて15分から30分毎にマンションBに連絡を入れさせて監視を続けた。被告
人Aは,毎日のように甲女をマンションBに呼び出し,甲女に対し,「電話の応対が悪
い。」,「連絡が遅い。」,「態度が悪い。」,「部屋で物音を立てるな。」などと,事ある毎に
些細な事柄を取り上げて,自ら又は被告人Bに指示して行わせる方法で,甲女に対し,
身体に通電したり,何日間かの断食を強制するなどの暴行,虐待を加えた。
 オ 甲女は,被告人両名の暴行,虐待による肉体的,精神的苦痛に耐えかね,生命の
危険さえ感じたことから,平成14年1月29日午後11時ころ,北九州市m区内の,祖母
Wが夫xと住む居宅に電話をかけた上,独りで子供らの世話をさせられていたマンション
Dを逃げ出し,同月30日午前6時ころ,祖母宅に逃げ込んだ。甲女はそれからしばらく
の間祖母宅で祖母夫婦と生活した。同年2月9日にはアルバイト先を見付けて同月19
日から勤務する予定であった。
 カ 被告人Aは,甲女の伯母であるUが事情を良く知らないのに乗じ,同女を利用して
甲女を連れ戻そうと考え,同年2月14日午後9時か10時ころ,まずUに祖母宅を訪ねさ
せ,甲女が祖母宅に居ることを確認させて被告人Aに連絡させた上,自ら祖母宅に乗り
込んだ。甲女は,被告人Aの姿を見た途端,恐怖心から身体がぶるぶる震えた。被告人
Aは,祖母夫婦に対し,「私は,所長(A)から甲女が18歳になるまで面倒を見るように
頼まれている。甲女は金を盗んだり万引きをしたり,覚せい剤やシンナーを使ってい
る。」などと,虚偽の事実を申し向け,あたかもAがまだ生きていて,被告人両名がAから
甲女の保護,監督を任されており,同女の身の上を親身に心配しているかのように装
い,祖母夫婦にその旨信じさせた。被告人Aは,甲女の手首を掴んで甲女を祖母宅から
連れ出し,被告人Bを呼び出して被告人Bと共に甲女をタクシーの後部座席に乗せ,マ
ンションBに連れ戻した。
キ 甲女は,祖母宅を出る前に,「絶対迎えに来てね。あの人が言いよることは,全部
嘘やけ。気持ちは変わらんけ。」と紙に走り書きし,祖母にそのメモを「後で読んでね。」
と言って渡した。
 (2) 本件犯行状況
 ア 被告人両名は,平成14年2月15日午前5時ころ,被告人Aが甲女の手首を掴む
などして,甲女をマンションBに連れ込み,被告人Bが出入口ドアに施錠した。
 イ 被告人Aは,同日,甲女に,「私は平成8年2月26日実父のAを殺意をもって殺し
ました。」旨記載した事実関係証明書を作成させた。甲女は,かねて被告人Aから前
記(1)のように言われていたこともあって,「甲女はAを死亡させたことについて責任があ
り,警察に捕まれば一生刑務所に入らなければならない。」という思いを一層強くさせら
れた。さらに,被告人Aは,甲女に対し,「あんたが大里(祖母宅)に逃げ込んだら,これ
(前記事実関係証明書)を大里に持って行くけん。あんたはWのばあさんの子供を殺し
たんよ。それでも大里に行くんやね。」などと申し向けたので,甲女は,「祖母夫婦が,前
記事実関係証明書を見れば,甲女がAを殺したと思うだろうから,二度と祖母宅に逃げ
ることはできない。」と思った。
 ウ 被告人Aは,平成14年2月15日,甲女に,「私は,平成6年10月から平成14年1
月末日までの生活養育費として合計2000万円を被告人Bから借り受けた。この借受金
については年15%の利息と元金最低5万円の合計金額を毎月支払うことを約束する。
もし私が逃げた場合には借用金は4000万円になる。」旨記載した金銭借用証書を作
成させた。その上で,甲女に,「もしあんたがxのじいさんのところにおって,仕事をすると
いうんなら,これだけの金額を払わなければいけんということよ。それでも,あんたは大
里にいくの。」などと申し向けた。甲女は金銭的にも被告人両名に大きな負い目を負って
いるとの思いを強くさせられた。
 エ 被告人Aは,甲女に対し,「今度逃げたらお父さんのところへ連れて行くよ。簡単な
ことなんぞ。あんたが死んだら,お父さんのところに連れて行ったと言えば良いんやか
ら。」,「あんたは,子供を放ったらかしにしてxのじいさんのところに逃げたんやから,保
護責任者遺棄罪で捕まるんよ。」,「残念やったね。逃げられんやったね。U伯母さんに
言って,玄関の鍵を開けといてもらったんよ。自分が頼めば,Uも何でも言うことを聞く
し,Wのじいさんばあさんも,ひっくり返ってしまうんよ。」,「逃げても,探偵を使って探し
出すよ。やくざの梅本に頼んで,風俗店も全部調べさせたんよ。今度逃げても,そいつに
頼んで探し出すよ。見付けたら打ち殺すよ。」などと,同日の昼過ぎまで,繰り返し申し向
け,甲女がマンションDから逃げ出して被告人両名のもとを離れようとしたことを責め続
けるとともに同女に恐怖心を植え付けた。甲女がトイレに行くときは,トイレのドアを開放
させ,被告人Bに監視させた。
 オ 被告人Aは,同日,被告人Bに指示して,甲女が採用されたアルバイト先に連絡さ
せ,アルバイトを辞退させた。
 カ 被告人Aは,平成14年2月15日,「甲女が祖母宅に逃げ込んだ際,祖母夫婦に
は何と話したのか。」,「男のところ行っとったんか。」などと執拗に問い詰め,甲女の答
えが意に沿わないと,身体への通電を繰り返した。その際,被告人Bは,被告人Aの指
示に従い,電気コードを用意したり,甲女の身体にクリップをガムテープで固定して取り
付けたり,甲女の手首を押さえたりした。
 キ 被告人Aは,同月18日午後10時ころから翌19日午前零時過ぎころにかけて,甲
女に対し,「逃げた理由を5秒以内に答えろ。」などと執拗に問い詰め,身体に繰り返し
通電した。さらに,甲女の腕,太股を何回も足で蹴ったり,喉を平手で五,六回殴打した
りした。被告人Aは,被告人Bに,「お前もしろ。16回蹴れ。」と命じ,甲女の太股を足で
何回も蹴らせた上,甲女の両足を開かせ,被告人Bに甲女の股間を何回も足で蹴り上
げさせた。甲女は痛みと悲しさで涙を流し続けた。
 ク 被告人Aは,同月19日,甲女に対し,「血判状を書いてもらわないといけんね。カッ
ターで指を切って,血で『もう逃げません。』と書いて。切らんのやったら,電気通すよ。」
などと申し向け,被告人Bにカッターナイフを持って来させた。そして,甲女に,自らカッタ
ーナイフで人指し指を切らせ,「もう二度とにげたりしません 平成14年2月19日 甲
女」と血液で書かせた誓約書を作成させた。被告人Aは被告人Bに指示して,これをマン
ションBの押入の開き戸に貼らせた。
 ケ 被告人Aは,平成14年2月19日,同女を全裸にしてデジタルカメラで撮影した上,
甲女に対し,「もし私が逃げた時にはインターネット等で全国に広めたり,投稿雑誌等に
渡しても異存はない。」旨記載した「覚え書き念書」を作成させた。デジタルカメラで撮影
されるとき,被告人Bは,被告人Aの指示を受け,壁の掲示物が写らないように壁を毛
布で覆って押しピンで止めた。
 コ 被告人Bは,同日,甲女の前髪を手で掴み,顎が突き出た格好にさせた上で,甲
女の口の中に四角い電池を入れ,電極を舌に当ててぴりぴりと感電させた。被告人B
は,甲女が祖母に眉を切り揃えてもらっているのに気付き,「この子,眉切り揃えとるや
ん。」と言った。被告人Aがその声を聞いて,いきなり平手で四,五回甲女の頬を殴っ
た。被告人Bは剃刀で甲女の眉毛を剃り落とした。
 サ 被告人Aは,同日,甲女に対し,「許してもらいたかったら爪を剥げ。」と申し向け,
被告人Bに指示してラジオペンチを用意させ,甲女に対し,「5分以内に右足親指の爪を
剥げ。」と命じ,痛みや恐怖から「剥げません。」と躊躇する甲女に対し,「あと1分しかな
いぞ。」と申し向け,更に被告人Bに「剥げきらんかったら,お前剥いでやれ。」と言い付
けて甲女を追い込み,甲女に自らラジオペンチで右足親指の爪を剥がさせた。
 シ 被告人Aは,同日,甲女に,祖母宅に逃げた理由を追及し,甲女の答えに立腹し,
甲女の首に洗濯紐を巻き付けて,被告人Bと共に両側から引っ張るという行為を何度も
繰り返した。
 ス 被告人Aは,本件公訴事実の期間を通じて,毎日のように,甲女を質問攻めにし,
甲女の身体に通電した。
 セ 甲女は,被告人両名の暴行,虐待や恐怖感に耐えかね,平成14年3月6日午前1
時過ぎころ,祖母宅に電話をかけて助けを求め,同日早朝,被告人Aが熟睡しており,
被告人Bが不在であった隙にマンションBを逃げ出し,祖母夫婦に保護された。
第3 甲女事件に関する争点に対する判断
 1 前記第2の3のとおり,甲女は,本件犯行時に至るまでに,約7年間にわたり,被告
人両名の監視下での生活を強制された上,事ある毎に通電等の激しい暴行,虐待を加
えられ,被告人両名に対する強い恐怖心を植え付けられた。被告人Aは,本件公訴事
実の期間に限っても,マンションBにおいて,甲女に対し,「今度逃げたらお父さんのとこ
ろへ連れて行くよ。」,「打ち殺すよ。」などと脅迫した。そして,毎日のように,甲女が被
告人両名のもとを逃げ出したことを難詰し,被告人Bと共に通電等の凄惨な暴行や虐待
を繰り返し,甲女に多大な肉体的,精神的苦痛を加え,被告人両名に対する恐怖心を
更に増大させた。被告人Aは,甲女に負い目を負わせるために,A,F及びGの殺害ない
し死体解体作業に加担させたが,「私はAを殺意をもって殺した。」旨の書面を作らせ,
「逃げたらこれを祖母夫婦に見せる。」旨告知して脅迫し,更には,被告人両名が甲女
の養育のために多額の出費をしたとして借用証書を作成させるなどの偽計を用い,甲
女に対し,幾重にも強い心理的拘束を課した。それらの結果,甲女は,「被告人両名の
もとから逃走を企てても,見付け出されて連れ戻され,もっとひどい目に遭わされる。」な
どと,孤立感や無力感に襲われ,被告人両名のもとから逃走しようとする気力をそがれ
た。そして,被告人両名は,常に甲女の所在を把握し,その行動を監視した。
 以上によれば,被告人両名は,監禁の故意をもって,甲女に対し通電等の凄惨な暴
行,虐待,脅迫を加え,更には偽計を用いることによって,甲女がマンションBから脱出
することが著しく困難な状態に置き,甲女を同所に監禁したことが優に認められる。
 2 被告人Aは,本件公訴事実の期間を通じて,毎日のように,甲女に対し,通電等の
凄惨な暴行,虐待,脅迫を容赦なく,執拗に行った。被告人Bは,被告人Aの指示を受
けて,被告人Aと共に,甲女に対し,仮借のない暴行を加えた。被告人Aが甲女に通電
する際は,電気コードを準備したり,甲女の身体にクリップを取り付けたり,甲女の手首
を押さえたりした。そして,被告人Aと共に洗濯紐で甲女の首を絞め,太股や股間を足で
蹴った。さらに,被告人Bは,甲女が血で書いた誓約書を押入の開き戸に貼ったり,甲
女を監視したりした。
 以上によれば,被告人両名は,相互に意思を通じ合い,相手方の行為を利用し,補充
し合って,甲女に対する監禁を実行したものであり,遅くとも平成14年2月15日午前5
時ころまでには,その実行を少なくとも黙示的に共謀した事実が優に推認される。
 3 甲女が負った傷害は,いずれも本件公訴事実の期間中に,被告人両名が,甲女の
監禁を維持する手段として,甲女に加えた各暴行によって生じたものと認められる。すな
わち,①右側上腕部打撲傷皮下出血は,同女の上腕部を足で蹴った暴行により,②頸
部圧迫創は,同女の首を洗濯紐で絞めた暴行により,③右側第1趾爪甲部剥離創は,
同女にその右足親指の爪をラジオペンチで剥離させた暴行により,それぞれ生じた。
 4 したがって,被告人両名は,甲女に対する監禁致傷罪の共同正犯としての刑責を
免れない。
第4 被告人A弁護人の主張に対する判断
 1 被告人A弁護人は,「甲女は本件公訴事実の期間中も何度か外出しているから,
被告人両名が甲女を監禁したとはいえない。」旨主張する(弁論要旨444・445頁)。
 甲女の供述(甲17)及び被告人Bの公判供述(被告人B71回289ないし293項)によれ
ば,甲女が,本件公訴事実の期間中外出したのは,次の5回だけであることが認められ
る。すなわち,①1回目の外出は,平成14年2月15日夕方ころ,甲女が被告人Bと共に
マンションAの荷物をマンションDにタクシーで往復して移動させたときである。この外出
は,僅か数時間であり,甲女は所持金を全く持たされず,被告人Bが同行して終始行動
を共にした。②2回目の外出は,その数日後,甲女が,被告人Bの指示を受けて,独り
でマンションAまで,郵便物が届いていないか確認しに行ったときである。このときは,甲
女はマンションAの郵便受けを確認した後,直ちに被告人Bの待つ薬局に行ったのであ
り,しかも,右足親指の爪を剥がされて間もないころであって,走ることができず,所持金
は全く持たされていなかった。③3回目及び4回目の外出は,甲女が被告人Bと共にマ
ンションDまで子供たちの世話をしに行ったときである。このとき,甲女は,被告人Aか
ら,「子供を置いて逃げたから,保護責任者遺棄罪になる。」などと脅されていた上,携
帯電話機を持たされて逐一被告人Aに報告しなければならないなどの制約下にあった。
④5回目の外出は,甲女が被告人両名に連れられてカラオケボックスに行ったときであ
る。このときは,被告人両名が同行して終始行動を共にしていた。
 以上のとおり,甲女は,いずれの外出のときも,被告人両名の指示を受けて,荷物を
運んだり,子供たちの世話をするなどしたに過ぎず,また,被告人B又は被告人両名が
同行して監視されたり,携帯電話機を持たされて逐一報告を求められたり,所持金がな
いなどの制約下にあった。何よりも,甲女は,マンションBにおいて,被告人両名による
通電等の凄惨な暴行,虐待等を受け,再度逃走したら1回目よりも更にひどい仕打ちを
受けるとの恐怖心を植え付けられていたのであるから,上記各外出の事実をもって,甲
女がマンションBに監禁された事実を否定することはできない。
 なお,監禁とは,人が一定の区域から脱出することを不可能又は著しく困難にしてそ
の行動の自由を奪うことをいうと解される。そして,脱出が著しく困難か否かは,純客観
的に判断すべきものではなく,監禁の手段の種類,方法,程度,それが被害者に与えた
心理的影響の程度等,諸般の事情を総合的に考慮して判断すべきものである。甲女
は,本件公訴事実の期間中,数回にわたって外出することができたが,甲女がマンショ
ンBで暴行,虐待等を加えられたこと,その方法,程度,それによって甲女は被告人両
名に極度の恐怖心を抱いていたこと等に鑑みると,外出の際,甲女がそのまま逃走して
マンションBから脱出することは,著しく困難であったと認められる。そうすると,甲女は,
外出時も含め,継続してマンションBに監禁されていたと見るべきものである。このように
解しても,監禁罪の定型性を損なうことはなく,罪刑法定主義に反するともいえない。
 2 被告人A弁護人は,甲女は,4回目の外出のとき,被告人Bから指示され,1万円く
らいの金を持たされて独りでタクシーに乗り,マンションDからマンションBに戻ったが,
その機会に被告人両名の支配領域から脱出することが容易であった。」旨主張する(弁
論要旨444・445頁)。
 しかしながら,前記1のとおり,当時,甲女は,外出中といえども,被告人両名の支配
下にあり,種々の行動上の制約を受けていたものであって,若干の所持金があり,タク
シーに乗車していたからといって,直ちに逃走が容易であったとはいえない。
 3 被告人A弁護人は,「被告人Aには甲女を監禁する故意がなかった。」旨主張し,被
告人Bの公判供述を援用している(弁論要旨445・446頁)。
 しかしながら,前記第3の1で述べたとおり,被告人両名が,監禁の故意をもって,本
件公訴事実の期間を通じ,甲女に対し暴行,脅迫等を加え,心理的に強く拘束するなど
して,行動の自由を奪い,甲女をマンションBに監禁した事実は優に認められる。また,
被告人Bの供述にもかかわらず,被告人Bが甲女に同行して外出するときなどに,甲女
を監視する意思がなかったとはにわかに考え難い。
 4 被告人A弁護人は,「被告人Aが,甲女に暴行を加えたのは,甲女を監禁するため
ではなく,甲女が家出をしたことや,甲女に家出中の宿泊先を尋ねたのに本当のことを
言わなかったことなどに立腹し,制裁として行ったものである。」旨主張する(平成15年
5月21日付け被告事件に対する意見書2頁)。
 しかしながら,前記第3の1のとおり,被告人両名は,甲女が二度と被告人両名のもと
から逃走することを試みることがないように,徹底的に制裁を加えるとともに,再び逃走
したときはどういう目に遭うかを思い知らせることを目的として,一連の暴行,脅迫等を
加えたことが優に認められる。
【法令の適用】
被告人両名につき
1 罰 条
(1) 第1(A事件),第6(C事件),第7(E事件),第8(D事件),第9(F事件)及び第
10(G事件)の各行為につき
 いずれも行為時においては刑法60条,平成16年法律第156号による改正前の刑法
(以下,「平成16年改正前の刑法」という。)199条に,裁判時においては同法60条,そ
の改正後の同法199条に該当するが,上記は犯罪後の法令によって刑の変更があっ
たときに当たるから,同法6条,10条により軽い行為時法の刑による。
(2) 第5(B事件)の行為につき
 行為時においては刑法60条,平成16年改正前の刑法205条に,裁判時においては
同法60条,その改正後の同法205条に該当するが,上記は犯罪後の法令によって刑
の変更があったときに当たるから,同法6条,10条により軽い行為時法の刑による。
(3) 第2の1及び2(乙女事件《詐欺》)の各行為につき
 いずれも刑法60条,246条1項
(4) 第3(乙女事件《強盗》)の各行為につき
 いずれも刑法60条,236条1項(刑の長期は,行為時においては平成16年改正前の
刑法12条1項に,裁判時においてはその改正後の同法12条1項によることになるが,
上記は犯罪後の法令によって刑の変更があったときに当たるから,同法6条,10条によ
り軽い行為時法の刑による。)
(5) 第4(乙女事件《監禁致傷》)及び第11(甲女事件)の各行為につき
 いずれも行為時においては刑法60条,221条,平成17年法律第66号による改正前
の刑法(以下,「平成17年改正前の刑法」という。)220条に,裁判時においては同法6
0条,221条,その改正後の同法220条に該当するが,上記は犯罪後の法令によって
刑の変更があったときに当たるから,同法6条,10条により軽い行為時法の刑による。
2 刑種の選択
(1) 第1(A事件)の罪につき
 有期懲役刑を選択
(2) 第4(乙女事件《監禁致傷》)及び第11(甲女事件)の各罪につき
 いずれも刑法10条により平成17年改正前の刑法220条所定の刑と同法204条所
定の刑(行為時においては平成16年改正前の刑法204条に,裁判時においてはその
改正後の同法204条に該当するが,上記は犯罪後の法令により刑の変更があったとき
に当たるから,同法6条,10条により軽い行為時法の刑による。)とを比較し,重い傷害
罪について定めた懲役刑(ただし,短期は監禁罪の刑のそれによる。)により処断する。
(3) 第6(C事件)の罪につき
 無期懲役刑を選択
(4) 第7(E事件),第8(D事件),第9(F事件)及び第10(G事件)の各罪につき
 いずれも死刑を選択
3 併合罪の処理
 刑法45条前段,同法46条1項本文,10条(犯情の点で最も重い第10《G事件》の罪
につき選択した死刑で処断して他の刑を科さない。)
4 訴訟費用の不負担
 刑事訴訟法181条1項ただし書
【量刑の理由】
第1 本件各犯行の事案の概要
 1 A事件
 被告人両名は,内縁の夫婦であるところ,警察による指名手配を逃れて北九州市内に
来た際,不動産会社に賃貸住宅の仲介を依頼した関係で,同社営業係員のAと知り合
ったが,Aを生活・逃走資金の金づるにしようと目論み,飲食を重ねる中でAから過去の
悪事を聞き出して弱みを握り,Aの長女である甲女を被告人両名のもとに引き取って同
居させ,数か月後,会社を辞めたAも被告人両名のもとに同居させ,これを取り込んだ。
被告人両名は,Aに対し,甲女の養育費等名目で多額の金を何回も要求し,これを親や
知人等から工面させて受け取ったが,A同居後はその身体に通電したり過酷な食事制
限を課するなどの暴行,虐待を加え,それを手段として,Aを金づるとして徹底的に利用
した。Aは被告人両名から極めて粗末な食事しか与えられず,低栄養状態に陥り,肝機
能障害及び腎機能障害を伴う何らかの内臓疾患に罹患し,身体,精神に重大な異常を
来すに至ったが,被告人両名は共謀の上,未必の殺意をもって,Aに対する暴行,虐待
を続け,Aを多臓器不全により死亡させて殺害した。
 2 B一家事件
 被告人Aは,被告人両名の生活・逃走資金の新たな金づるとして,被告人Bの実父B
に目を付け,B夫婦と被告人Bの実妹Eに対し,被告人Bが過去に殺人を犯したなどと,
虚偽や誇張を交えた話をし,被告人Bにも協力させて,Bらにそのとおり信じ込ませ,窮
地に立たされたBから,「被告人Bを逃走させる知恵料」等の名目で,多額の金を交付さ
せることに成功した。B一家は,被告人Aに負い目を負い,被告人Aの意向を無視できな
くなった。被告人Aは,被告人Bにも協力させて,B一家に対し,身体に通電したり食事
制限を課するなどの暴行,虐待を繰り返した。B一家の親族らは,B一家の行動や生活
に強い懸念を抱き,B夫婦を追及したり,D一家の行方捜しを警察に相談するなどし始
めた。被告人Aは,親族や警察に対する警戒を強める一方で,B一家に対する金銭要求
も続け,Bに対する通電は激しさを増していった。
 被告人両名は,共謀の上,そのようなBに対する通電の一環として,B一家の面前で
行ったBの両乳首又は上下唇に対する通電により,Bを電撃死させた(傷害致死,B事
件)。B事件後異常な言動が現れ始めたCに対し,付近の住人に不審に思われ警察に
通報されるとして,口封じを図り,D及びEと共謀の上,確定的な殺意をもって,Dが電気
コードでCの首を絞めて絞殺した(C事件)。耳が聞こえにくくなったEに対し,Cと同じよう
になったら困るとして,口封じを図り,Dと共謀の上,Gにも関与させて,確定的な殺意を
もって,Dが電気コードでEの首を絞めて絞殺した(E事件)。Dは,被告人両名による暴
行,虐待を受け続けた結果,高度の飢餓状態に陥り,胃腸管障害の症状を顕著に示し
たから,被告人両名は,Dに医師による適切な治療を受けさせるべき作為義務があった
のに,共謀の上,確定的な殺意をもって,これを怠り,Dを腹膜炎により死亡させて殺害
した(D事件)。D夫婦の遺児である長男F(当時5歳)の口封じを図り,共謀の上,Gと甲
女を関与させて,確定的な殺意をもって,Gに布製の帯状の紐でFの首を絞めさせて殺
害した(F事件)。同じく,D夫婦の遺児である長女G(当時10歳)の口封じを図り,共謀
の上,確定的な殺意をもって,Gに通電し,さらに,甲女を関与させ,被告人Bと甲女が
布製の帯状の紐でGの首を絞め,電撃死又は窒息死させて殺害した(G事件)。
 3 乙女事件
 被告人Aは,Aを通じて知り合った乙女を,Aに代わる新たな金づるにしようと目論み,
乙女に対し,自己の氏名及び学歴等を詐称して接近し,甘言を弄して交際を求め,同女
と結婚する意思がないのにあるかのように装って結婚を申し込み,同女に結婚を決意さ
せた。被告人両名は,共謀の上,同女から結婚生活の準備資金名下に現金合計360
万円を騙し取った(詐欺事件)。
 その後,被告人両名は,乙女とアパートCで同居生活を始めたが,被告人両名は,共
謀の上,乙女から金員を強取しようと企て,乙女に対し身体に通電するなどの暴行又は
虐待を加えて同女の反抗を抑圧し,同女から前後7回にわたり現金合計198万9000
円を強取した(強盗事件)。
 被告人両名は,共謀の上,乙女をアパートCの一室に施錠して閉じ込め,乙女の身体
に通電するなどの暴行,脅迫を加えて,乙女がアパートCから脱出することが著しく困難
な状態にして不法に監禁し,同女をしてアパートCの2階窓から飛び降りて脱出すること
を余儀なくさせ,よって,同女に入院加療約133日間を要する傷害を負わせた(監禁致
傷事件)。
 4 甲女事件
 被告人両名は,Aを殺害した後,なおも甲女を被告人両名のもとに同居させていたが,
甲女は被告人両名の通電等の暴行,虐待に耐えかねて逃げ出し,祖母宅に身を寄せ
たところ,被告人両名は,甲女を探し出して,被告人両名が居住するマンションに連れ
戻し,共謀の上,甲女を同所に閉じ込め,身体に通電したり,右足親指の爪をラジオペ
ンチで剥がさせるなどの暴行,脅迫等を加えて,甲女が同所から脱出することが著しく
困難な状態にして甲女を不法に監禁し,よって,同女に加療約1か月間を要する傷害を
負わせた。
第2 本件各犯行に至る経緯等
 1 被告人BとB一家との関係
 B一家は,福岡県久留米市z町において,B,C夫婦を中心に農業を営み,Bの父b,
次女Eとその夫で婿養子のD,D夫婦の長女G,長男Fが一家を成して生活していた。B
は家業の傍ら,L土地改良区の副理事長としての勤務があり,また,DはM土地改良区
に,Eは歯科医師会館に勤務していた。Bのあとは,長女である被告人Bが婿を取って
家を継ぐ予定であったが,被告人Bが妻のいる被告人Aと交際し,両親や親族がその交
際に反対し,昭和60年3月,被告人Bが家を出てしまったため,やむなく次女のEが婿
を取って家を継ぐことになったものである。
 2 被告人両名の交際,被告人Bが家を出た経緯
 被告人Bは,被告人Aとの交際を巡ってB夫婦や親族と被告人Bとの間で軋轢が生じ
たことや,被告人Aに自分の気持ちを理解してもらえなかったことなどから,精神的に追
い詰められ,自殺を図ったこともあった。被告人Bは,家を出て被告人Aとの交際を続け
ることを望み,被告人Aを交えて,B夫婦と話合いを持った結果,B夫婦は折れ,被告人
Bが家を出ることを承認した。B夫婦は,「被告人Bとの縁を切り,今後一切,被告人Bと
は関わりを持たない。」旨の書面を書き,被告人BはBの戸籍から分籍した。
 3 B社の事業と被告人両名の指名手配
 被告人Aは,昭和56年5月ころから,福岡県柳川市内で,B社の商号で布団販売業を
営み,強引な商法で一時は売り上げが伸びたが,行き詰まり,昭和59年ころから資金
繰りが苦しくなった。被告人Aと生活するようになった被告人Bも,被告人Aを助けるた
め,金融機関から借金をしたり,親や親族らに頼んで,金の融通や寝具の購入等をして
もらった。しかし,B社の資金繰りは悪化し,平成4年8月ころ,手形の不渡りを出して倒
産した。その過程で,被告人両名は,共謀の上,詐欺事件と暴力行為等処罰に関する
法律違反事件を犯した。被告人両名は,平成4年10月上旬ころ,逃亡し,福岡県柳川
警察署による指名手配を受けることになった。
 4 被告人両名の逃走生活
 被告人両名は,一旦石川県七尾市内に逃走したが,やがて,平成4年10月,北九州
市内に移って来た。被告人両名は,指名手配に係る事件が時効になるまで,人目を避
け,自らは働かず,金づるを探し,これに金を出させて生活・逃走資金にしようと企てた。
このほか,被告人Bは,Cにも援助を頼み,平成6年5月から平成9年3月までの間,合
計1500万円以上の仕送りを受けている。
第3 本件各犯行の具体的内容,犯情の考察,被害感情及び社会的影響
 1 A事件
(1) A事件の具体的内容
 ア 犯行に至る経緯,犯行の動機等
被告人Aは,福岡県柳川市内で布団販売業B社を経営していたが,平成4年8月ころ,
販売不振で同社が破綻した上,被告人両名は,詐欺事件等の共犯事件を犯し,警察の
追及を受けることとなり(後に指名手配された。),警察や債権者の追及を逃れるため,
平成4年10月,北九州市内に転居して来た。被告人Aは,賃貸住宅を斡旋した不動産
会社の営業係員であるAと知り合いになるや,同人を金づるとして取り込んで利用しよう
と目論んだ。当時,Aは長女の甲女と共に内妻のT宅で生活していたが,被告人Aは,A
と飲食を重ねながら,AのTに対する不満を煽り,Tと離間させ,別居させた。他方,Aが
過去犯した悪事等を聞き出して書面にするなどして弱みを握り,Aが被告人Aの意向に
逆らい難い状況に追い込んだ。やがて甲女を被告人両名が居住するマンションAに引き
取って同居させ,更には,会社を辞めて無職になったAも同居させた。
 イ Aに対する暴行,虐待等
被告人Aは,前記アのとおりAを取り込むや,被告人Bにも協力させて,Aに対し,Aの
行動に難癖を付けて,身体に何回も通電する,身体をペンチで挟んだりつねったりす
る,身体を手拳で殴打する,そんきょの姿勢や長時間の起立を強いる,食事内容はラー
ドを掛けた白米のみとし,副食を付けないなどの過酷な食事制限を課す,寝起きする場
所を制限し,最後はマンションAの浴室に閉じ込める,布団を与えない,入浴させず真冬
でもシャワーで冷水を掛ける,睡眠時間を制限する,大便の回数を一日1回に制限し,
小便はペットボトルにさせるなどの常軌を逸した凄惨な暴行,虐待を日常的に繰り返し
た。被告人Aは,甲女が小学校に通学することこそ許したものの,身体への通電,食事
制限,寝起きする場所の制限等,殆どAと同種の暴行,虐待を甲女にも加えた。その一
方で,Aと甲女の離間を図り,甲女に,Aから性的虐待を受けたなどと虚偽の報告をさ
せ,それを理由にAに通電した。Aは,被告人両名のみならず,娘の甲女からも常に監
視される孤独な境遇に置かれた。
 ウ Aに多額の金を作らせた状況
被告人Aは,前記イの暴行,虐待を手段として支配下に置いたAを金づるとして徹底的
に利用した。口止め料,慰謝料,甲女の養育費等,種々の名目を付けて,Aに何回も多
額の金を要求した。Aは,消費者金融会社,親,知人等から借金して金を作り,その全
額を被告人Aに渡した。その総額は少なくとも1083万円に上る。
 エ Aの心身の異常,死亡等
Aは,長期間にわたる激しい低栄養状態の結果,平成8年1月ころには,肝機能障害
及び腎機能障害を伴う何らかの内臓疾患に罹患していた。その症状である激しい痩せ,
痒疹,手足のむくみ,両腕が上がりにくい,動作緩慢,言語不明瞭,異常な言動等の症
状が顕著に現れた。Aは直ちに医師による治療が必要な状態にあったが,被告人両名
は,Aに医師の治療を受けさせれば,指名手配中であった被告人両名の所在やAへの
暴行,虐待を含め,過去に犯した犯罪等が発覚するおそれがあるなどと考え,Aは死亡
するかもしれないが,死亡しても構わないとの考えのもとに,被告人両名共謀の上,そ
の後も引き続き,Aを,薄着のまま,かつ十分な寝具及び暖房器具を与えることなく寒い
浴室内に閉じ込め,身体に通電したり,シャワーで冷水を掛けたり,栄養ドリンクの瓶で
脛等を強打したり,制限時間内で大急ぎで食事させるなどの苛烈な暴行,虐待を繰り返
した結果,平成8年2月26日ころ,Aを多臓器不全により死亡させて殺害した。
 オ 死体解体等
 被告人両名は,A死亡後,被告人Aの発案で,マンションAの浴室で密かにAの死体を
ばらばらに解体した上,調味料等で臭いを消しながら鍋で煮込み,肉は細かく切り刻み
(B一家の死体解体の際はミキサーに掛けて液状にした。),ペットボトルに詰めて運ん
で公衆便所に流し,あるいは土に混ぜて公園の植え込みに捨て,骨は小さくし歯と共に
クッキー缶に詰めて運んで海洋に投棄し,髪の毛は洗浄剤で溶かすなどして,Aの死体
を完全に処分した。作業に使った道具は川に捨て,浴室を洗剤で磨き,マンションA全体
を掃除機で掃除し,最後に掃除機の中を水拭きして,徹底的に証拠隠滅をした。これら
の作業は主に被告人Bが行い,一部は甲女にも手伝わせた。被告人Aは,作業には従
事せず,被告人Bと甲女に死体解体の方法,手順等を細かく指示した。(死体解体の方
法等はB一家の場合もほぼ同様である。)
 (2) 犯情の考察
 被告人両名は,警察による指名手配を受け,逃走生活を送っていたが,自らは働か
ず,他人を金づるにして必要な生活・逃走資金を得たいとの誠に身勝手かつ狡猾な動
機から,Aを取り込み,通電等の激しい暴行,虐待を加えて,被告人両名に反抗できな
い状態に追い込んで支配した上,金づるとして徹底的に利用し,同人に多額の金銭を作
らせ,これを全部取り上げた。被告人両名は,Aとの同居期間に限っても約10か月もの
長期にわたり,Aに対し,身体への通電や理不尽な食事制限等の凄惨な暴行,虐待を
日常的に加え続けたのであり,その結果,Aが低栄養状態に陥り,肝機能障害及び腎
機能障害を伴う何らかの内臓障害に罹患し,医師の治療を受けないと生命が危険な状
態に立ち至ったのに,Aを病院に連れて行けば,指名手配中の被告人両名の所在や犯
罪等が発覚してしまうという自己保身的な理由から,Aを病院に連れて行かなかった。そ
うであれば,せめてその時点でAを解放し,実家に帰すべきであったのに,それもせず
に,Aを死亡させても構わないとの意思で,浴室内に閉じ込めて更に暴行,虐待を継続
し,同人を多臓器不全により死亡するに至らせた。このように,犯行態様を見ても,誠に
卑劣でむごいものであり,Aの生命や人格に対する配慮は皆無といってよい。Aは,健
康な肉体を持ち,不動産会社の営業係員として精勤し,内妻宅で平穏な家庭生活を営
み,甲女もその生活に溶け込んでいたのに,偶々客として訪れた被告人両名と関係が
生じたばかりに,境遇を一変させられ,内妻や甲女との仲も引き裂かれ,想像を絶する
苦しみを受け続け,親やきょうだいに助けを求めることも叶わず,34歳の若さで生命を
奪われたのみならず,証拠隠滅を図った被告人両名によって死体を解体され跡形もなく
処分されたのであり,その無念の情は察するに余りある。犯行の結果は極めて重大で
あるが,もとよりAにはこのような非道の仕打ちを甘受すべきいわれは何もない。
 被告人Aは,本件犯行の首謀者であり,被告人Bにも協力させてAを取り込み,Aに対
する暴行,虐待の内容,方法,程度等をすべて決定し,これを自ら行い又は被告人Bや
甲女に指示して行わせ,暴行,虐待を手段としてAを金づるとして徹底的に利用するな
ど,終始犯行を主導し,Aの死体解体も被告人Aの発案によるものである。A事件は徹
頭徹尾被告人Aの狡猾かつ残忍な意思で貫かれており,被告人Aの犯情は極めて重大
である。被告人Bは,当初Aとの同居に難色を示したものの,被告人Aの計画に積極的
に協力してAを取り込み,同居後はAに対し,被告人Aの指示に従い,被告人Aと共に仮
借なく暴行,虐待を加え続け,Aを死亡するに至らせた。被告人Bは,被告人Aの忠実な
協力者として振る舞い,被告人Aに言われるまま,A親子に対する暴行,虐待のための
道具であるクリップ付きの電気コード等を作って,被告人Aに渡し,通電を含む実行行為
にも積極的に加担した。その間,被告人Aの目を盗んでA親子に優しい手を差し伸べた
ことは絶無といって良い。Aの殺害後は,自ら率先してAの死体解体作業を引き受け,被
告人Aの指示を受け,甲女にも手伝わせて,これを遂行し,徹底した罪証隠滅工作を行
った。被告人Bは,被告人Aの内妻として,家事,育児,買い物等を引き受け,被告人A
と自己の逃走生活を日常生活の面から支え続けたものであり,被告人Bが陰に陽に果
たした役割は軽視できず,その犯情も重い。
 (3) 被害感情
 Aの遺族らは,Aや甲女が被告人両名による暴行,虐待を恐れて事の真相を何も話し
てくれなかったため,A親子が被告人両名の支配下に置かれ,ひどい暴行,虐待に晒さ
れていることなど露知らず,Aを助け出すことができないまま,無残にも殺害されてしまっ
たものである。甲女は,被告人両名の支配下から2回逃走を図り,2回目の逃走で漸く
その支配下から脱することができたが,その後も被告人両名の暴行,虐待に対する恐
怖心が消えず,精神的動揺を示す状態が続いた。遺族らは,A親子をこのような目に遭
わせた被告人両名,特に被告人Aに対し,強い怒りと深い憎しみを抱いている。遺族ら
は,Aの遺骨もないまま葬儀を行い,仏壇にAの写真を飾り,毎日冥福を祈っているので
あり,Aを失った深い悲しみはいまだに癒されていない。実母のWの夫xは,Aが殺害さ
れた真相を知りたいとの思いから審理の傍聴を続けたが,被告人Aに対しては,公判廷
での態度に罪の意識や反省の情が全く感じられないとし,被告人Bに対しては,真摯に
真相を語ろうとする姿勢が見られたとして一定の理解を示しつつも,犯した罪は言語道
断であり許すことはできないと述べている。W夫婦及び甲女は,いずれも被告人両名を
極刑に処することを望んでいる。
 (4) 社会的影響
 A事件は,警察による指名手配を受け逃走中の被告人両名が,生活・逃走資金を得る
ため,偶々知り合ったAに接近し,種々の手段を弄して,支配下に置き,マンションの浴
室に閉じ込めるなどして,親族や社会から隔離し,暴行,虐待を加え続けて,Aを病死さ
せて殺害し,死体を解体,処理して犯跡を隠滅し,その後も娘の少女を6年以上もの長
期にわたり,暴行,虐待を加えつつ,監禁状態に置き続けたという,特異で凶悪な事件
であり,社会に与えた衝撃や不安は極めて大きい。
 2 B一家事件
 (1) B一家事件の具体的内容及び犯情の考察
 ア B一家事件に至る経緯等
 被告人両名は,生活・逃走資金の金づるとしていたAを殺害し,乙女には逃走され,長
く送金し続けてもらったCには,平成9年3月,資金枯渇を理由に送金を断わられるに及
び,平成9年4月初めころ,生活・逃走資金の調達に窮する状態となった。追い詰められ
た被告人Aは,被告人Bにもあからさまに不満を述べ,資金作りを要求したので,被告
人Bは再びCに頼んでみたものの,断られてしまった。被告人Bは,やむなく,マンション
Aを出て外で働き,金を作ろうなどと考えた。平成9年4月7日,被告人Aに無断で,長男
を残し次男のみを連れて,マンションAを抜け出し,Cの車で福岡県久留米市内に行き,
Cの実姉g宅に次男を預けて,単身大分県大分郡湯布院町に赴いた。被告人Aはこれを
知って激高し,被告人BをマンションAに呼び戻すため,C,E及びBをマンションAに呼
び寄せ,工作を開始した。そして,被告人Aが自殺したとの芝居を打って被告人Bを欺
き,被告人Bは,同月15日,被告人AやBらが待つマンションAに戻った(湯布院事件)。
 被告人Aは,上記のようにB一家を巻き込んだ工作をして,被告人Bを湯布院から呼び
戻すことに成功するや,新たにBを金づるにしようと目論み,被告人Bにも協力させて,
Bらに対し,「被告人Bは,Aを殺害して死体を解体し,Rを海に突き落として殺害した。」
旨,虚偽や誇張を交えた話をし,Bらにそのとおり信じ込ませた。そして,窮地に立たさ
れたBらに対し,「被告人Aが時効成立まで責任を持って被告人Bを逃走させる。」旨の
提案を行い,Bに本家の資産に担保を設定して農協から借入れをさせるなどして,「被
告人Bを逃走させる知恵料」等の名目で,4000万円以上もの多額の金を交付させるこ
とに成功した。その間,被告人AはBらに厳しく言って毎日のようにマンションAに呼び寄
せ,金策等の話合いをさせたが,やがてDもこれに加わった。被告人Aは,Dを煽ってB
夫婦に対しあからさまに不満を言わせ,暴力まで振るわせた。
 D夫婦の長女Gと長男FもマンションAに来て,D一家は,福岡県久留米市内の自宅を
去り,全員マンションAで生活するようになった。
 被告人Aは,B一家を支配するため,被告人Bにも協力させて,B一家に対し,身体に
通電する,所持金等を取り上げ被告人両名において保管する,粗末な食事しか与えな
いなど,生活や行動面の厳しい制限を内容とする暴行,虐待を繰り返し,その程度を強
めていった。B一家を支配するために,BやDにわざとマンションAの台所の配管等の取
り替えをさせ,A事件の罪証隠滅に加担したとの負い目を負わせたり,一家の前で盗聴
器を使ってみせたりした。被告人Aは右翼との繋がりもほのめかして脅した。親族や知
人等との接触を禁じたり制限し,あるいは嫌がらせの電話をかけさせて,事実上関係を
断絶させた。Gは殆ど小学校に通学させてもらえず,Fも保育園に通えなくなった。被告
人Aは,あの手この手で,B一家を手の内に取り込んで支配したばかりでなく,各人を疑
心暗鬼や相互不信に陥らせ,孤立させていった。
 B一家の上記のような異常な行動や生活は,その親族らの目に奇異に映り,強い懸念
を抱かせ,親族らは,「本家の財産を被告人Aに取られるのではないか。」などとして,平
成9年9月には,親族会議を開いてB夫婦を追及したが,被告人Aの報復を恐れるB夫
婦は口を割らなかった。親族らの疑念は益々強まり,本家の資産に仮登記を設定して保
全を図った。親族らは,警察に相談しつつ,姿を消したD一家の行方も捜した。被告人A
は,親族らや警察に被告人両名の所在や犯罪が発覚することを恐れ,警戒を一段と高
めた。被告人Aは,親族会議でCが逮捕監禁されたなどとして,自己に刑事告発の委任
をさせたり,Dに,乱暴な言葉で親族らの行動を詰る内容の電話をかけさせたり,逆にB
夫婦に観光旅行に行かせて,親族らの目を欺くなど,硬軟両様の種々の対抗策を講じ
た。被告人Aは,B夫婦の行動にもそれまで以上に神経を尖らせたが,同時に,種々の
名目を付けてB一家に対する金銭の要求も続け,念書を書かせたり,金策等について
話し合わせた。親族らが設定した前記仮登記を抹消させるために,B一家に親族に対す
る手紙も書き送らせた。
 上記のような緊張した状況のなかで,B一家,特に一家の柱たるBに対する被告人A
の通電も激しさを増していった。BとD夫婦は事実上勤務を続けられなくなった。被告人
Aは,B夫婦にマンションAで生活するようにし向け,B夫婦は,家業の農業経営上は許
されないことであるにもかかわらず,やむなくマンションAに移り住んだ。
 B一家は,親族や世間に背を向け,マンションAで,被告人両名によって毎日繰り返さ
れる暴行,虐待に耐えながら,何の楽しみも与えられず,家族間の会話さえ禁じられた,
生き地獄のように過酷で異常な生活を強制された。しかし,B一家の親族らは,被告人A
の卑劣かつ巧妙な口止め工作等に阻まれて,一家が置かれた深刻な状況を正確に把
握することができなかった。
 上記のように,被告人Aは,働かないで生活・逃走資金を得たいとの身勝手かつ反社
会的な動機から,被告人Bにも協力させて,Bらに,一部虚偽や誇張を交えて,被告人B
が殺人を犯した旨の話をし,Bらの足元を見透かしたように,高額な生活・逃走資金の要
求をした。そして,通電を梃子として,Bに本家の資産に担保を設定させるなどして借入
れをさせ,労せずして大金を手にした。その一方で,被告人Aは,被告人Bにも協力させ
て,B一家に対し,身体に通電する,生活・行動の全般にわたって不条理で過酷な制約
を課するなどの凄惨な暴行,虐待を加えた。これは,結局,被告人両名が一家全員を殺
害する日まで続いた。
 被告人Aの理不尽な仕打ちのため,B一家は農作業をしたり,勤務に就くことが著しく
困難となり,大切な収入源を奪われた。当然ながら,B一家の生活は忽ち危機的な状態
に陥った。親族らの懸念や心配には一方ならぬものがあった。のみならず,Gは小学校
に殆ど通うことができず,Fと共にマンションAでおよそ子供達には相応しくない暗黒の日
々を送らざるを得なくなった。この子供達の不幸な境遇は,D夫婦やB夫婦にとって痛恨
の極みであり,毎日胸が張り裂けるような思いであったであろうことは容易に推察され
る。
 このように,B一家事件に至る経緯等を見ても,被告人両名が行ったことは誠に悪辣
であり,犯情は非常に悪い。
 イ B事件
 被告人Aは,B事件のころ,自ら又は被告人Bに指示して同人に行わせる方法で,B一
家の中心的存在であるBに対し,毎日のように激しい通電を行っていた。B事件当日,
被告人AがB一家に対し説教をしていた最中,被告人AはBの些細な言葉に立腹し,直
ちに被告人Bに指示して通電の道具である電気コードを準備させ,自らBの指や腕に通
電した後,Bにクリップを両乳首又は上下唇に取り付けさせた。その状態で,被告人A
は,「俺はきついからお前が代われ。」と言って,被告人Bと交代した。被告人Bは,クリ
ップが両乳首又は上下唇に取り付けてあるのを見て,不安を覚えたが,被告人Aに「大
丈夫,大丈夫。」などと励まされて,通電したところ,Bは意識を失い前に倒れた。被告人
Bは,Bがわざと倒れた振りをしているなどと腹立たしく思い,Bを叱り付け,更にもう1回
通電し,それを見た被告人Aが被告人Bを制止したが,Bはそのまま電撃死した。
 被告人両名に殺意を認めることはできず,本件は傷害致死罪が成立するにとどまる
が,元々人の身体に通電する行為は,通電の部位にかかわらず,心室細動等の原因に
なり,生命への危険性が高いところ,被告人両名は,かねてBに対し毎日のように激し
い通電を繰り返していたもので,その際,とりわけ危険な部位である乳首や唇に通電し
たことも何度かあったというのである。被告人Aは,通電を日常的な暴行,虐待の道具,
すなわち,「責め道具」として使っていたのであって,このこと自体極めて異常なことであ
り,犯情は極めて悪質である。本件当日も,被告人AはBの些細な言葉に立腹し,直ち
に通電を始めている。当裁判所の認定罪名は傷害致死罪であるが,行為の悪質さの程
度は極めて高い。被告人Bは,Bに対する本件通電がその部位からして危険性が高い
ことを十分認識しながら,あえて通電を開始しているし,意識を失って倒れたBを腹立た
しく思い,叱り付けた上,再度の通電に及んでいる。Bに対しては,本件当日に限らず,
平素も,被告人Aの手前とはいえ,「B」と呼び捨てにするなど,居丈高な姿勢のみが目
に付き,被告人Bやその子らに対する愛情から,被告人Bとその子らを見捨てることな
く,過去の行き掛かりもあえて問わず,家族や親族らの批判を覚悟で多額の金を作って
渡すなど,被告人Bと被告人Aの生活を援助した実父Bの一方ならぬ愛情に対する娘と
しての感謝や同情,労りは全く見出せない。
 Bは,被告人B一族の中心になって本家を守り,他の親族らに累を及ぼすことは避け
たいとの思いが強かったが,被告人Aから,長女である被告人Bが殺人事件を犯したな
どと,虚偽や誇張を含む話を聞かされ,「被告人Bを逃走させる知恵料」等を要求される
に及んで,被告人Bが殺人事件を犯したことが世間に知れ渡ると,B一家が窮地に陥る
だけでなく,親族らにも迷惑をかけることを恐れた。被告人Bやその子らに対する愛情も
あり,特に孫達に対する愛情には強いものがあった。身内であっても,事件を犯した犯
人は匿ったり逃走させたりすべきではなく,自首を勧めるのが本来取るべき道であること
は,強い正義感の持ち主のBには分かっていたはずであるが,実際そのときになって,
被告人Aの要求を毅然として拒否することはできなかった。そのため,被告人Aに次々と
乗ぜられて多額の財産を巻き上げられ,大きな借財を作らされたばかりでなく,通電等
の激しい暴行,虐待を受け続けた上,家業の農業や勤務ができない生活を余儀なくされ
た挙句,ほかならぬ娘の被告人Bの手によって通電され,ほぼ即死に近い状態で61歳
の生命を奪われたのであり,その恐怖や苦痛,無念さは筆舌に尽くし難い。Bは,若いこ
ろから真面目で良く働き,正義感が強く,周囲から頼りにされ,情に厚い性格であった。
マンションAには,妻Cのほか,D一家が監禁同然の状態にあり,福岡県久留米市内で
は老父bがやむなくe方に身を寄せている状態であり,このように一家が危機的状態に
あって,Bの力や助けが必要なときに,被告人Aの支配から脱却する糸口を見付けるこ
とができないまま,家族を後に残して空しく世を去らねばならなかったBの口惜しさは,
如何ばかりであったかと推察される。本件犯行の結果は極めて重大である。Bの死亡
後,被告人Aは,死体を解体して処分することを提案し,B一家はやむなくこれを受け入
れて,被告人Aの指図を受けつつ,マンションAの浴室と台所で解体作業を行った。被告
人Aは,死体解体作業をあえてB一家にさせ,被告人Bにはさせなかったが,これはB一
家に更なる弱みを負わせようとしたためとしか考えられず,誠に狡猾である。夫や肉親
の死体解体作業に従事させられたB一家の心情が如何ばかりであったか,想像するだ
けでも痛ましい限りであるが,死体損壊罪が起訴されていないため,そのこと自体を量
刑に斟酌することは許されない。しかしながら,死体解体は,殺人や傷害致死罪等の罪
証隠滅行為の最たるものである上,犯罪の態様の一つとして,極めて悪い犯情になる
のはもちろんであって,B事件にもまさにそのことが当てはまるのである。また,被告人A
はGにもBの死体解体作業を手伝わせており,被告人Aの冷酷さが十分に見て取れると
いうべきである。
 被告人Aは,B一家の取込み,支配を企てた張本人であり,通電等の暴行,虐待を実
行し,又はその実行を被告人Bに指示する立場にあった。B事件当日も,B一家に対す
る支配者として振る舞って,一家に説教したり,Bに通電し,その最中に本件が起こった
もので,Bの両乳首や上下唇にクリップを取り付けるように指示したのも被告人Aである
から,直接の死因となった通電は被告人Bがしたものであるとしても,被告人Aの刑責は
大きく,死体解体等の悪質な事後行為も主導していることを考え併せると,厳しい非難
に値する。被告人Bは,被告人Aの指示によるとはいえ,Bに対し,両乳首又は上下唇
に通電し,Bを電撃死させた実行行為者であり,その刑責はもとより大きい。被告人B
は,Bが倒れた後も更にBに通電したり,Bの死体解体作業に当たっては,DやEに遣り
方を教えるなど,積極的に加担して,被告人Aの意図実現に貢献しており,厳しい非難
に値する。
 ウ C事件
被告人Aは,B事件後,それまでにも増してB一家の親族らや警察に対する警戒心を
高めたが,Cが精神に変調を来し奇声を発するなどの異常な言動をするようになったこ
とから,近隣者が不審に思い,B事件等が発覚する端緒となるのではないかなどと考
え,上記のような状態のCの存在が危険で足手まといになったため,いっそCを殺害しよ
うと計画した。その動機,経緯は極めて短絡的かつ身勝手で,人命軽視も甚だしく,言
語道断である。
 Cが精神に変調を来したのは,マンションAで暴行,虐待を受け続けた上,Bの電撃死
を体験し,その死体解体に加担させられて利用されるなど,肉体的,精神的な強いスト
レスが重なったことが大きな原因と考えられるから,被告人両名は,Cを解放し,病院に
入れて治療を受けさせるべきであった。Cは,被告人両名の交際にもある程度理解を示
し,被告人両名が逃走生活に入ってからは,被告人Bに頼まれるまま,数年間にわたり
仕送りをし続け(総額約1550万円),被告人両名を陰に陽に助けてきた。被告人Bは,
両親に被告人Bと親子の縁を切る旨の書面を作成させ,分籍までして家を出て行ったの
であるから,両親に生活・逃走資金の援助を頼むのは,元々身勝手な話ではあったが,
Cはあえてそれにこだわらず,被告人Bへの援助等を続け,被告人Bやその子らに対す
る愛情を身をもって示したのである。被告人Aは,Bの死体解体作業などにCを利用し,
また,過去Cから物心両面の支援を受けながら,Cが精神の変調を来すや,途端にCを
邪魔者扱いし,その殺害を計画した。被告人Bも,被告人AからC殺害を示唆されるや,
「殺すしかないでしょうね。」などと,被告人Aに迎合的な言葉を口にし,B一家の話合い
をCを殺害する方向へ押し進める役割を果たした。このような態度は,被告人Bが,平
素,Cに対し,「貴様,C,ちゃんと茶碗を洗わんか。」などと,怒鳴り付けていた高圧的な
態度に一脈通じるものがある。被告人両名の,人を利用するだけ利用し,邪魔になれば
殺すという,冷酷で非道な仕打ちは強い非難に値する。
 被告人Aは,被告人Bらに指示してCをマンションAの浴室に閉じ込めさせた上,自ら
手を下すことなくCの殺害を遂げるため,D及びEに婉曲な言い回しで迫ってCの殺害を
決意させ,同人らに殺害を実行させた。すなわち,C事件当日の被告人B,D及びEとの
話合いにおいて,「CをマンションAに置いて誰かに通報されて警察などが来たら迷惑
だ。」,「困るのはお前たちだろう。」などと,Cに対する処置を強く要求しておきながら,被
告人B,D及びEが「玉名のアパートに連れて行く。」,「精神病院に連れて行く。」などと
提案してもことごとく拒否し,その一方で,「金は貸して遣ってもいい。」などと,Cの死体
解体費用は被告人Aが援助する旨申し出た。被告人Aの意図を察した被告人Bが,被
告人Aに対し,「Cを殺すしかないでしょうね。」などと告げると,被告人Aは,「お前たちが
そうするならそうすればいい。」などと,あっさりこれを受け入れた上,「良くなるかもしれ
ないので,もう少し様子を見ましょう。」というDの提案には耳を貸さず,直ちに殺害を実
行するよう強く迫り,やむなくD及びEが承諾するや,殺害方法について話し合わせ,電
気コードを使って絞殺することに決まるや,各人の役割分担を決めて指示した。DとE
は,被告人Aの指示に従い,マンションAの浴室において,同所に横たわっているCに近
付き,Dがいきなり電気コードでCの首を絞め,Eが足を動かして抵抗するCを押さえ付
けて,殺害した。被告人BとGは近くでこれを見ていた。
 Cの殺害で最も利益を受けるのは被告人Aであり,被告人Aこそそれを最も望んでいる
はずなのに,その点は秘匿しつつ,「困るのはお前たちだろう。」などと,巧妙な言い回し
で,DとEにCの殺害を迫り,これを決断させるや,その実行行為を押し付け,自らは手を
下すことなく,首尾良く目的を遂げたもので,卑劣かつ狡猾な手口である。確定的な殺意
に基づく犯行であり,態様は,冷酷,非情で,残虐である。
 Cは,Bの妻として,勤務のあるBを助けて農作業に精を出し,B一家を支え続けてき
たもので,親族らの信頼も厚く,被告人Bと被告人Aの交際や被告人Aの事業の失敗等
に伴う苦労を乗り越え,一家の跡取りを迎えて孫にも恵まれ,漸く苦労が報われたかに
見え,実姉gと老後の夢などを語る余裕も生まれつつあったときに,被告人Aに取り込ま
れ,支配下に置かれてしまった挙句,Bを奪われ,悪夢としかいいようのない体験をした
のに続いて,自らも無惨に殺害され,58歳で人生を閉じなければならなかったものであ
り,恐怖感や苦痛,悲しみは如何ばかりであったか,察するに余りある。犯行の結果は
極めて重大である。C殺害後,マンションAの浴室や台所で,死体の解体をしたこと,作
業はD,E,G及び被告人Bが行ったことなど,その状況はB事件の場合とほぼ同様であ
る。Cの死体を解体したことは,それ自体残忍な行為である上,卑劣な罪証隠滅行為の
最たるものであって,厳しい非難を免れない。
 被告人AはC事件の首謀者として,終始共犯者である被告人B,D及びEを主導し,自
らは手を下すことなく背後に控え,DらにC殺害を決意させて実行させ,自己の意図した
目的を遂げたもので,その手口は誠に卑劣で狡猾であり,死体解体等の残忍で卑劣な
罪証隠滅行為を主導していることを考え併せると,刑責は極めて重大である。被告人B
は,犯行当日,被告人Aの言葉から被告人AがCの殺害を意図していることを理解する
や,被告人A同様,B事件等の発覚を免れたいとの思惑からCを殺害するのもやむを得
ないと考え,被告人Aに対し,「Cを殺すしかないでしょうね。」などと同調し,D及びEがC
の殺害を実行するのを見届け,結果を被告人Aに報告し,被告人Aの指示のもとに率先
して死体解体作業に従事し,短期間のうちにこれを完全に遣り遂げた。このように,被告
人Bは,D及びEに対して,被告人Aに次ぐ影響力を及ぼし,D及びEにC殺害を決意さ
せて実行させた上,残忍で卑劣な死体解体等の罪証隠滅行為をしたのであるから,被
告人Bが果たした役割は大きく,厳しい非難に値する。
 エ E事件
 被告人Aは,C事件後,益々B一家の親族らや警察を警戒すると同時に,B一家の挙
動に過剰なまでに鋭敏になった。Eは,激しい通電等の暴行,虐待を受け続けた上,実
母Cの殺害や実父BやCの死体の解体に加担させられ,利用された。これらの肉体的,
精神的な強いストレスが引き金になったと考えられるが,そのころ,Eに耳が聞こえにく
いという症状が現れた。被告人Aは,「Eは頭がおかしいんじゃないか。Cみたいになった
らどうするんだ。」などと言って,Eを邪魔者扱いし始めた。その挙句,被告人Aは,口封
じのためにEを殺害することを計画したものである。誠に身勝手で,人命軽視も甚だし
い。
 Eは,家を継ぐはずであった被告人Bが被告人Aと交際し実家を出てしまったため,不
本意であったが,親の頼みでやむなく被告人Bに代わって家を継ぐことにし,Dと結婚し
て子供たちも生まれ,それなりに落ち着いた生活をしていたのに,被告人Aによって,被
告人Bが殺人事件を犯したなどとして,両親と共にマンションAに呼び出される羽目にな
り,それ以来,被告人両名の支配下に置かれ,家庭生活を破壊され,勤務も続けられ
ず,通電等の暴行,虐待を受け続ける悲惨な境遇に陥ったものである。Eはそれを甘受
すべき理由は何もなかったが,両親の意向を尊重し,実姉の被告人Bのために耐え忍
び,指名手配を受けて人前に出にくい被告人Bに代わって,マンションAで買い物等に従
事するなど,被告人両名のために尽くした。被告人Aは,せめて耳が聞こえにくいなどの
症状を呈し始めた時点で,Eを解放し,福岡県久留米市内の自宅に帰すべきであった。
 ところが,被告人Aは,そのようなEを邪魔者扱いして,殺害を計画し,被告人Bも被告
人Aに同調し,協力した。被告人両名の態度は,人を利用するだけ利用し,邪魔になれ
ば殺す,という冷酷で強い打算性に貫かれたものであり,厳しい非難を免れない。
 被告人Aは,E事件の前日,マンションBにおいて,被告人Bに対し,「今から向こうに
行く。向こうに行くとはどういうことか分かるだろう。」などと,EをマンションAに連れて行
って,同所でEを殺害することを強く示唆した。被告人Aは,マンションAに移るや,Eを浴
室に閉じ込め,被告人B,D及びGを洗面所に押し込め,「俺が起きるまでに終わってお
けよ。」と指図した。被告人Bらは,洗面所の中で,Eの殺害を明示しない被告人Aの指
図の意味を巡って話し合い,最終的に「Eを殺害せよ。」という指示だと理解し,Dが「そ
れだったら自分がやります。」と,Eの首を絞める役を引き受けた。DがGと共に浴室内に
入ると,Eは同所に横たわっており,Dが電気コードを持って近づくと,「Dちゃん,私,死
ぬと。」と言った。Dは,「E,すまんな。」と言い,電気コードでEの首を絞め,GがEの膝
の辺りを押さえ付けて,殺害した。被告人Bはその様子を洗面所から見ていた。Dは,
「とうとう自分の嫁さんまで殺してしまった。」と言ってすすり泣いた。
 犯行内容は,夫が娘の面前で妻を絞殺し,娘がそれを手伝ったというもので,誠に悲
惨な犯行である。確定的な殺意に基づく犯行であり,態様も,Eを浴室内に閉じ込めた
上,いきなり電気コードで絞殺しており,残忍である。Eの殺害で最も利益を受けるのは
被告人Aであり,被告人AこそEの殺害を最も望んでいるはずなのに,それは秘匿し,被
告人BにD父子に対する説得をさせて,自らは背後に控え,Eの殺害の実行をD父子に
押し付けた犯罪であり,被告人Bが被告人AにEの殺害を報告するや,「何てことをした
んだ。」などと,わざと驚いて見せるなど,狡猾さはこの上ない。
 Eは,明るく快活な性格であったが,被告人両名によって平穏な家庭生活を破壊され,
両親を殺害された上,夫を被告人Aの言いなりにされ,GとFまで被告人Aの支配下に置
かれ,育ち盛りの二人の子を小学校や保育園に行かせることもできず,実姉の被告人B
からは何ら救いの手を差し伸べてもらえないまま,絶望的な日々を送る中,事もあろうに
夫と娘によって殺害され,33歳の若さで人生を閉じなければならなかったわけで,その
恐怖感や苦痛,無念さは如何ばかりであったか,語るべき言葉がないほどである。後に
は母なくしては居られない二人の幼い姉弟が残された。犯行の結果は極めて重大であ
る。E殺害後,D,G及び被告人Bが,マンションAの浴室と台所で死体の解体をした。被
告人Aは,「迷惑だ。」などと言って,マンションAでEの死体解体作業をすることに難色を
示したが,Dらが頭を下げて願い出て,漸くこれを許可したものである。Dらの足元を見
透かし,D父子を更に絶望的な境地に追い込んでいく卑怯な遣り方であるが,死体解体
行為は,誠に残忍で卑劣な行為であって,強い非難に値することは,これまで繰り返し
たとおりである。
 被告人Aは本件犯行の首謀者であるが,又しても自らは手を下すことなく背後に控え
て,意図した目的を遂げ,Eを殺害した全責任を実行行為者であるD及びGに押し付け
ようとしたもので,その手口は誠に卑劣で狡猾であり,犯情は極めて悪質である。被告
人BがE事件において果たした役割も大きい。被告人Bは,被告人Aの指示について,D
やGに,殊更「殺せっていうことよね。」と聞いてみたり,Dに,「被告人Aさんにもう一回尋
ねてみたらどうか。」と提案されても,結局これを行わなかった。被告人Bは,DやGに,
被告人Aの意図がEの殺害にあることを理解させたばかりか,その実行を逡巡するDに
対し,「Eも生きていたって辛いだけだし。」などと,理由になり得ない理由を言って,決断
を迫ったのである。実妹を救うための具体的な行動は何一つすることなく,被告人Aの意
図の実現のため,D及びGへの説得を取り仕切って被告人Aに協力したものであり,誠
に冷酷,非情である。被告人Bの行為は厳しい非難に値する。
 オ D事件
 Dは,B夫婦の養子でB夫婦の次女Eの夫であるが,B夫婦やEに続いて,マンションA
に通うようになったのを機に,被告人Aに取り込まれて,B夫婦やEとの間に葛藤が生じ
る一方,被告人両名による暴行,虐待を受けるようになった。暴行,虐待は,通電のほ
か,極めて粗末な食事しか与えない,七,八分の間に食事を終わらせる,それを超える
と通電するというような過酷な食事制限,その他であった。Dの食事は,当初は市販の
弁当(コンビニ弁当)などもあったが,B事件の後は殆ど食パンであった。すなわち,Dに
は一日1回マヨネーズを塗った食パン6枚と水のみが与えられた。その結果,Dは高度
の飢餓状態に陥り,激しく痩せ,心身共に衰弱した。被告人Aは,B一家の親族らに脅
迫電話をかけさせる,自動車で被告人Aらを搬送させる,道具等の買い物に行かせるな
ど,種々の目的にDを利用した。B事件においては,その死体解体作業に加担させ,C・
E事件においては,両名の殺害や死体解体作業に加担させて,利用した。Dは高度の飢
餓状態により胃腸管障害を発症し,激しい下痢や嘔吐を繰り返し,特に被告人Aらを車
に乗せて大分県中津市内に行き,食事をした後被告人Aらを乗せてマンションAに帰っ
て以降,病状が悪化し,腹膜炎を併発し,あるいはその危険がある状態に陥り,激しい
嘔吐に見舞われ,明らかに医師による治療が必要な状態に立ち至った。被告人両名に
は,刑法上,Dを保護する作為義務,すなわち,医師による治療を受けさせる作為義務
が生じた。被告人Aは,せめてその時点でDを解放し,福岡県久留米市内の自宅又は実
家に帰すべきであった。
 ところが,被告人Aは,Dを病院に連れて行けば,指名手配中の被告人両名の所在や
B事件等の犯罪等が発覚することを恐れ,むしろ,Dがこのまま病死してくれれば好都
合であるなどと期待し,確定的な殺意をもって,DをマンションAの浴室内に放置して,死
亡するに至らせた。誠に自己中心的で冷酷,残忍な犯行である。被告人Bは,Dの病状
を毎日観察して被告人Aに報告し,Dの病状を十分に認識しながら,被告人Aの上記の
ような意図を察知し,同じく確定的な殺意をもって,Dを見殺しにしたのであり,被告人A
とほぼ同じ非難を免れない。被告人両名の態度は,被害者を利用するだけ利用し,被
害者が重篤な病気になって死に瀕しても必要な治療を受けさせずに放置し,死に至らせ
て殺すというものであって,C事件等における態度と基本的に変わりがない。
 Dは,真面目で律儀な性格で,警察官であったが,実父が病気になると退職して実家
に帰って来たほどで,優しく親思いであり,その人柄を買われてB夫婦の養子に迎えら
れた。肉体は健康で,土地改良区に勤務しながら,家業の農業を手伝った。マンションA
で,被告人Aの巧妙な工作に翻弄され,B夫婦やEとの間に葛藤も生じたが,被告人両
名の支配下に置かれ,通電等の暴行,虐待を受け続けながら,最後までB夫婦やEと行
動を共にし,これを見捨てることはしなかった。その思いの一端は,C事件において,被
告人Aに対し,「良くなるかもしれないので,もうしばらく様子を見ましょう。」と提案した
り,E事件において,「E,すまんな。」と詫びたり,「とうとう自分の嫁さんまで殺してしまっ
た。」と言ってすすり泣いたことにも表れている。Dは,激しい嘔吐を繰り返し,自力で起
き上がることも,食べ物や水を摂取することもできないほど病状を悪化させていたにもか
かわらず,医師による治療を受ける機会を与えられないまま,Gと共に閉じ込められたマ
ンションAの浴室で38歳の若さで絶命した。その肉体的苦痛はもとより,絶望感,恐怖
感,後にまだ幼い2人の子を残して世を去らねばならなかった無念の情は筆舌に尽くし
難いものである。被告人両名は,幼いGとFから母親のEを奪ったのみならず,最後の頼
りであった父親のDまで亡きものにしたのであり,犯行の結果は極めて重大である。被
告人Aは,Dが死亡するや,被告人BとGに死体の解体作業をさせ,徹底的に罪証を隠
滅した。
 被告人Aは,自らあるいは被告人Bに指示して行わせて加えた暴行,虐待によってDを
重篤な病気に罹患させたのに,死の危険に瀕したDをマンションAの浴室に閉じ込めた
まま放置したのであり,作為義務違反は極めて重大であり,しかも本件犯行を主導した
ものであるから,その刑責は極めて重い。被告人Bは,被告人Aに同調し,Dをマンショ
ンAに同居させてからは,被告人Aの指示に唯々諾々と従い,義弟のDに対し,仮借の
ない暴行,虐待を加え続けた。Dの頬を叩き,「あんたと私は身内やけん,叩いたっちゃ
よかろう,D。」と言ったこともある。Dが重篤な病気に罹患してからは,そのことを熟知
し,被告人B自身においてもDに医師の治療を受けさせることが可能であったにもかか
わらず,義姉らしい行動を何一つ起こすことなく,あえてDを浴室内に放置して殺害し
た。被告人Bの果たした役割は大きく,その刑責は重い。
 カ F事件
被告人両名がBを死亡させ,C,E及びDを次々に殺害した後,マンションAにはD夫婦
の長男F(当時5歳)と長女G(当時10歳)が残された。Fは,B一家の将来の跡取りとし
て期待され,両親や祖父母の愛情を一身に浴びて育ったが,被告人両名によってマン
ションAでの生活を強制されるようになってからは,両親や祖父母に甘えることも,保育
園に通うことも,子供らしく遊ぶことも許されず,殺害されるまでの長期間にわたり,幼い
身には過酷過ぎる生活を余儀なくされ,通電こそなかったが,被告人両名から事ある毎
に叩かれたり立たされたりする虐待を加えられ続けた。それにもかかわらず,Fは健気
にも過酷な境遇に耐えていたのである。被告人Aは,せめて,Dが死亡し,マンションA
に残るB一家はFとGの2人だけになった時点で,2人の子らを解放し,福岡県久留米市
内の親族らのもとに帰すべきであった。ところが,被告人Aは,同児をこのまま生かして
おけば,被告人両名の犯した犯罪を他言したり,将来被告人両名やその子らに仕返し
するかもしれないなどと危惧し,Fの殺害を決意した。被告人Bも被告人Aの説得を受
け,当初はFとGをn家に帰すことや,手元に置いて育てることを提案したが,被告人Aに
反論されるや,さほどの抵抗を示すことなく,被告人Aに同調し,Fの殺害を決意した。被
告人Bにとっては,Fは甥であり,被告人Aと共謀して殺害した実妹E夫婦の遺児であ
る。そのことへの自覚と謝罪,甥姪に対する愛情と伯母としての責任感があれば,Fを殺
害することなど,到底受け入れられないことであり,まして幼いGにその説得をすることな
ど,なおさらできないはずである。ところが,被告人Bは,被告人AがGの説得をするの
に立ち会い,被告人Aに同調的な態度を示してGの説得に当たった。Gは,被告人Aの
説得を受けたとき,「(私は)何も言いません。」,「(Fには)何も言わせません。」などと,
Fの生命を守るため抗弁した。被告人両名はGの必死の訴えを聞き入れなかったのであ
る。被告人両名の態度は,邪魔になれば子供でも殺す,というものであり,幼い生命を
庇護しようという精神は全く見出せず,誠に冷酷,非道である。
 被告人Aは,Fの姉のGと甲女を実行に加担させたばかりか,GにFの首を絞める役を
命じ,マンションAの浴室でFの首に巻いた布製の帯状の紐を両側に強く引っ張らせ,そ
の際,被告人BにFの腕を押さえさせ,甲女に足を押さえさせた。Fは,「ウウッ」と声を出
したり,足をばたつかせたりして苦しんだ挙句,窒息死するに至ったのである。確定的な
殺意に基づく犯行であるが,可愛がっていた実弟を自らの手で首を絞めて殺害しなけれ
ばならなかったGの胸中は如何ばかりであったか,犯行態様は誠に残虐で非情である。
Fの殺害によって最も利益を受けるのは被告人Aであり,そのことを最も望んでいたのも
被告人Aであるはずなのに,F殺害に手を下したくない一心から,Gに対し,「もしF君が
何か言って,それがもとで警察が動いたら,Gちゃん自身も犯罪を犯しているから,Gち
ゃんも警察に捕まってしまうよ。」などと,あたかもFを殺すことはGのためであるといわん
ばかりに,脅迫を交えた巧妙な説得をし,未熟なGにその旨信じ込ませてやむなくF殺害
を決意させ,絞殺の実行までさせており,犯行の手口は誠に卑劣かつ狡猾である。
 Fは,身の周りで次々と起こった祖父母や両親の殺害という惨事を殆ど理解できない
まま,伯母の被告人Bから救いの手を差し伸べられなかったばかりか,伯母自身が犯行
に加担して,突如として幼い生命を無惨にも奪われたのであって,幼い身に受けた肉体
的苦痛や恐怖感は計り知れず,余りにも不憫である。犯行の結果はいうまでもなく極め
て重大である。殺害後,Fの死体は被告人B及びGの手によって解体され,処分された。
 
 被告人Aは,本件犯行の首謀者であり,被告人Bらを主導してFの殺害を決意させ実
行させたのであり,果たした役割は極めて重大である。被告人Bは,被告人Aの働き掛
けを受け,被告人Aと同様の思惑から,Fを殺害する決意をし,引き続き,被告人Aに同
調してGの説得に当たり,GにFの殺害を決意させた。そして,被告人AからF殺害の実
行を指示されるや,何の躊躇もなくこれを受け入れた上,被告人Aが具体的に指示した
殺害方法,役割分担に従い,GにFの首に巻き付けた紐を引っ張らせてFの首を絞めさ
せ,自らはFの両腕を押さえ,甲女にはFの足を押さえさせ,手を離した甲女を叱責する
などし,実行場面において積極的役割を果たし,Fの殺害を遂げた。このように,被告人
Bの果たした役割も重大である。
 キ G事件
 Fが殺害されると,B一家でマンションAに残るのはG一人となった。Gは,元々元気か
つ活発な性格で,人に愛され,しっかりしており,学校の成績も良かった。マンションAで
生活するようになってからは,祖父母(B,C)や父母(D,E)と同様,身体への通電や,
過酷な食事制限等の暴行,虐待を加えられ続けた。食事は,極めて粗末なもので,当初
は市販の弁当(コンビニ弁当)が与えられたが,B事件後は,マヨネーズを塗った食パン
数枚か菓子パン数個と,水であった。Gは激しく痩せていった。家族との交流は許され
ず,小学校にも殆ど通学させてもらえず,友達と遊ぶこともできず,マンションAの台所等
で長時間立たされる,過酷で悲惨な毎日であった。のみならず,祖父が電撃死する場面
に立ち会い,強い精神的衝撃を受けたのを初め,祖父母,父母及び弟Fの各死体の解
体作業に加担させられ,更には,母とFの殺害に加担させられ,利用された。それらは,
幼い魂をずたずたに引き裂く生き地獄のような体験であった。Gは凍り付いたように無表
情になった。Gをこのような目に遭わせただけでも,被告人Aの犯情は非常に悪い。被告
人Aに人間の心があれば,せめて,GとFの2人だけが残った時点で,GをFと共に福岡
県久留米市内の親族らのもとに帰すべきであった。ところが,被告人Aは,Gを生かして
おけば,被告人両名が犯した殺人事件等を他言するおそれがあるとして,口封じのため
にGを殺害しようと企てた。被告人Bは,被告人Aの意図を察したが,これに異論を唱え
るなど,Gの助命のための行動を何一つすることなく,被告人Aに同調した。被告人Bに
とって,Gは姪であり,被告人Aと共謀して殺害した実妹E夫婦の遺児である。そのこと
への自覚と謝罪,姪に対する愛情と伯母としての責任感があれば,Gを殺害することな
ど到底できないはずである。被告人両名の態度は,子供であっても利用できるだけ利用
し,邪魔になれば子供であっても殺す,というものであって,幼い生命を庇護しようという
精神は皆無であり,誠に冷酷,非道である。
 被告人Aは,犯行の何日か前から,Gが,「何も言いません。絶対に言いません。」と訴
えるにもかかわらず,Gに激しく通電し,腕に大きな火傷ができても,新聞紙で巻くだけ
にして,手当をしなかった。「あいつは口を割りそうやけ,処分せないけん。」,「もうあん
まり食べさせなくていい。太っていたら大変だろう。」などの言葉を口にし,もはや殺害意
図を隠さなかった。犯行当日,マンションAの台所で,すのこの上に全裸のGを縛り付
け,陰部を含む身体各部への通電を執拗に繰り返した上,Gが動かなくなるや,被告人
Bと甲女に命じて,Gの首に巻いた布製の帯状の紐を両側から引っ張ってGの首を絞め
させ,上記の通電又は絞首のいずれかにより,電撃死又は窒息死させて,Gを殺害し
た。
 確定的な殺意に基づく犯行であるが,態様は,幼いGに対し,長時間にわたり激しい通
電をして強烈な苦痛と打撃を与えた上,Gが動かなくなるや,首を絞めるという,強固な
殺意に基づく計画的で残虐極まりないものであり,犯情は極めて悪い。被告人Aは,Gに
対する絞首行為を自ら行うことなく,被告人Bと当時13歳の甲女にさせており,卑劣で
ある。被告人Aは,後日,甲女に「甲女がGの首を絞めて殺した。」旨の事実関係証明書
を書かせて,責任をなすり付けることまでした。
 Gは,殺害当時,まだあどけなさが残る10歳の少女であった。10か月もの長期にわた
るマンションAでの生活の中で,筆舌に尽くせぬほどの辛酸を嘗め,肉親との辛い別れ
を重ねた挙句,マンションAでたった一人になった。ところが,伯母から救いの手を差し
伸べられなかったばかりか,他ならぬ伯母自身が深く加担した犯行によって,自らの生
命を無惨にも奪われてしまったのである。その恐怖,悲しみ,悔しさは殆ど名状し難いと
いうべきである。犯行の結果は極めて重大である。被告人Aは,G殺害後,被告人Bと甲
女に指示して,Gの死体の解体と処分をさせ,罪証を隠滅した。
 被告人Aは,本件犯行の首謀者として,被告人Bや甲女にも協力させてGの殺害を実
行するなど,終始主導的役割を果たしたものであり,極めて厳しい非難に値する。被告
人Bは,G殺害の何日か前から,被告人AがGの殺害を意図していることを察知し,犯行
当日は,被告人AがいよいよGの殺害を実行する意図であることを知りながら,被告人A
が,Gに対し,危険極まりない激しい通電を行うのに立ち会い,被告人Aの指示に唯々
諾々と従い,通電の準備をしたり,被告人Aが指示する部位にクリップを取り付けたりし
て,積極的に実行に加担した。そして,被告人Aの指示に基づき,通電で動かなくなった
Gに対し,Gの首に巻き付けた布製の帯状の紐を甲女と両側から引っ張って首を絞め,
Gの殺害を遂げた。このように,被告人BはG殺害の実行行為者として重要で不可欠の
役割を果たしたものであり,その刑責は重大である。
 (2) 被害感情
 B一家の親族らは,B一家がたびたび家を留守にしたり,本家の資産に担保を設定し
て多額の借金を作ったり,D一家が姿を見せなくなったりするなど,生活や行動に不審な
点が多いので,憂慮し,B夫婦やDから事情を聞き出そうとしたが,被告人Aから強い口
止め工作を受けているBらは,被告人Aの報復や親族らに累が及ぶことを恐れ,B一家
が被告人Aに取り込まれて通電等の暴行,虐待を受けているなどの実態を伝えることが
できず,そのため,親族らは,B一家が置かれていた状況を正確に把握することができ
なかった。親族らは,事件後数年して,漸く,B一家が当時未曾有の困難と危機に直面
していたこと,親族らの助けを求めたくとも求められず,被告人Aとそれに追随した被告
人Bによって,次々と殺害され,幼いFやGまで犠牲にされたことを知り,無念さや怒りに
身を打ち震わせている。
 B夫婦の親族ら(Bの実弟のd,同e,Cの実姉のgら)は,B一家の遺骨もないまま,6
人の写真を祭壇に飾って葬儀を行い,B一家が受けた想像を絶する苦しみに思いを致
し,一様に遣り切れぬ無念さ,悔しさを覚えるとともに,被告人両名に対し激しい怒りを
抱いている。殊に,被告人Aについては,自己の関与を頑強に否認し,公判廷で,自己
保身のために不合理な弁解を繰り返しているとし,激しい怒り,憎しみを隠さず,「極刑
に処しても足りない。」などと峻烈な被害感情を訴えている。被告人Bについては,事件
の真相を話そうとする態度が見られるとして一定の理解を示し,また,被告人Bの親族と
しての複雑な心情を交えつつも,両親,妹夫婦,その幼い子供達までも次々と殺害した
罪は重く,許すことはできないとして,どのような刑にも服して欲しい旨述べている。g
は,被告人Aに出会う以前は明るく優しかった被告人Bの性格を思い,被告人Aと出会
いさえしなければ事件は起こらなかったとして,被告人Bに対しては寛大な刑を望むと述
べている。
 D夫婦の親族ら(Dの実兄のl,実弟の同j及び実母の同mら)は,幼いFやGを含むD一
家を無惨にも殺害した被告人両名に対して,悔しさ,憎しみ,怒りの感情を露にしてい
る。mは,D一家が行方不明になってから,毎日濃く熱いお茶を供えて一家の無事を祈
ってきた。DがCやEの殺害に加担したのは,自分やE,G及びFが虐待を受けていて,
被告人Aに逆らえなかったからであり,自分が行って助けて遣りたかったと,母としての
悲痛な思いを述べている。FとGが殺害されたことに関し,被告人Bは,同じ幼い子を持
つ母親として,FとGだけでも助けて欲しかったと,その冷酷さを厳しく責めている。3名と
も,反省の態度が全く感じられない被告人Aを極刑に処することを強く望み,被告人Bに
ついても,D一家を助けるために何もせず,最後まで被告人Aと行動を共にしたのである
から,被告人Aと同罪であり,絶対に許せないと述べている。
 (3) 社会的影響
 B一家事件は,地方の農村部で,農業を営みながら平和な生活を送っていた一家6名
が,親族らに理由を告げないまま,家屋敷や田畑,同居していた先代を残して姿を消
し,勤務先や学校にも姿を見せなくなり,親族らは心配し,所在を探すなどしたが,消息
が判然としないままであったところ,被告人両名に監禁されていた甲女が逃走し,保護さ
れたことが端緒となって,B一家全員が殺害されていたことが判明したという,衝撃的な
事件である。被告人両名は,警察による指名手配を受けて逃走生活を送っていたもの
であるところ,B一家は被告人両名の金づるとされて,その潜伏先のマンションに監禁同
然の生活をさせられ,長期にわたり通電等の凄惨な暴行,虐待を受けたこと,女性や子
供を含め一家全員が殺害されたこと,殺害後,マンションの浴室で全員の死体の解体が
行われ,死体が跡形もなく処分されたこと,家族が家族の殺害や死体の解体に加担さ
せられたことなど,どの点を取り上げても,B一家事件は,凶悪さ,残忍さが際立ってお
り,地域社会はもちろん,社会全体に与えた不安や影響は極めて大きい。
 3 乙女事件
 (1) 詐欺事件
 本件は,被告人両名が,Aを殺害した後,乙女を新たな金づるに仕立て上げ,多額の
現金を手に入れようと目論んで敢行した,卑劣な結婚詐欺の犯行である。
 被告人Aは,Aの高校時代の同級生の妻であった乙女と知り合い,虚偽の氏名,学歴
及び職業等を申し向けて交際を求め,乙女の前で,高学歴で優しく思い遣りのある好人
物を演じ,好意を寄せてきた乙女に対し,真実は乙女と結婚する意思など全くないの
に,甘言を弄して結婚を申し込み,乙女に夫と離婚して被告人Aと結婚する旨決意させ,
夫と離婚させた。被告人Bも,被告人Aの実姉に扮して乙女と会い,被告人両名は,共
謀の上,実家が資産家であるように装い,乙女との結婚生活の準備のため資金が要る
旨,交々言葉巧みに嘘を並べ立てて乙女を騙し,乙女に消費者金融会社から多額の借
入れをさせた上,結婚生活の準備資金名下に,合計360万円の現金を騙し取った。
 被告人両名は,周到な準備をして実行しており,手口は巧妙である。
 乙女は,被告人Aの甘言,虚言に騙され,被告人Aを優しく思い遣りがあって将来が有
望な結婚相手と信じ込み,幸福な結婚生活を夢見て,夫と離婚までしたが,被告人両名
によって女性としての一途な気持ちや人格を弄ばれ踏みにじられた挙句,少なからぬ現
金を騙し取られたものである。乙女が,次に述べる強盗事件及び監禁致傷事件と併せ,
「人生をぼろぼろにされた。」として,被告人両名,特に被告人Aに対し,激しい怒りと峻
烈な処罰感情を抱いているのは当然である。
 (2) 強盗事件及び監禁致傷事件
 被告人Aは,乙女を騙してアパートCで「結婚生活」を始めたが,間もなく,本性を現し,
被告人Bにも協力させて,乙女を被告人両名の金づるとして徹底的に収奪するため,乙
女及び当時3歳の同女の次女に対し,通電等の凄惨な暴行,虐待を加え始めた。強盗
事件及び監禁致傷事件は,このような動機,経緯に基づく犯行であって,極めて卑劣か
つ悪質である。
 乙女は,被告人Aから,通電等の激しい暴行,虐待を受けて,反抗を完全に抑圧され
たが,被告人両名は,共謀の上,乙女から現金を強取しようと企て,前後7回にわたり,
乙女に対し,その身体に通電する暴行を加え,又はその身体に通電する旨告知して脅
迫し,乙女の反抗を抑圧して,両親や友人から借金をさせて,合計198万9000円の現
金を作らせ,これを全部被告人両名に交付させて強取した(強盗事件)。また,被告人両
名は,乙女をアパートCの4畳半和室に閉じ込めて出入口に外側から施錠し,さらに,乙
女に対し,その身体に通電する暴行を加え,又は,逃走すればその身体に通電する旨
暗に告知して脅迫して,乙女を畏怖させ,約2か月半もの期間にわたり,アパートCから
の脱出を著しく困難にして監禁し,乙女を,2階窓から地面に飛び降りて脱出することを
余儀なくさせて,同女に対し,入院加療約133日間を要する重傷を負わせた(監禁致傷
事件)。
 被告人両名は,乙女に対し,通電等の凄惨な暴行,虐待を繰り返し,想像を絶する苦
痛を強いて,金づるとして利用し尽くし,多額の現金を巻き上げただけでなく,同女を監
禁し行動の自由を奪った。本件各犯行は,いずれも乙女の人格をまるで無視し,これを
徹底的に踏みにじったもので,厳しい非難に値する。
 乙女は,肉体的,精神的苦痛に耐え切れず,また,生命の危険を感じ,隙を見て,次
女を残したままアパートCの2階窓から飛び降りて逃走した。乙女は,逃走時,腰部及び
背部等を地面に強打させ,入院加療約133日間を要する重傷を負ったほか,監禁中に
受けた暴行,虐待によって,重篤なPTSD(外傷後ストレス障害)等に罹患し,事件後7
年以上が経過してもなお,しばしば被害体験の想起と共に強い恐怖心が再燃し,その都
度激しい動悸,身体の硬直等の症状に苦しめられ,社会復帰もままならず,日常生活に
さえ重大な支障を来している状態である。このことは,乙女が受けた肉体的,精神的苦
痛の凄まじさを十分に物語っている。乙女の処罰感情は当然ながら峻烈である。
 被告人Aは,強盗事件及び監禁致傷事件を通じ,終始犯行を主導しており,首謀者と
して厳しい非難に値する。被告人Bは,終始被告人Aの計画に協力し,各犯行に積極的
に加担した。すなわち,被告人Aが乙女に対し凄惨な暴行,虐待を加える際は,これを
制止せずに終始傍観し,被告人Aが乙女の身体に通電する際は,電気コードを準備した
り,乙女の身体を背後から支えるなどして協力した。また,被告人Bは,乙女から運転免
許証,預金通帳等を預かったり,乙女を閉じ込めていた部屋の鍵を管理したり,両親等
が振り込んだ金の払戻しを受けるために乙女を外出させる際には,乙女に付き添い,そ
の行動を監視し,乙女が工面した金をすべて受け取った。したがって,被告人Bも,強盗
事件及び監禁致傷事件において重要な役割を果たしたのであり,強い非難を免れな
い。
 4 甲女事件
 前記1のとおり,甲女(当時10歳)は,実父Aが,警察による指名手配を受け逃走生活
を送っていた被告人両名の金づるとされ,Aと共に被告人両名に取り込まれ,マンション
Aにおいて,被告人両名と約1年間にわたり同居させられた。その間通電等の暴行,虐
待を受け続け,Aは殺害されたが,甲女は,孤独な境遇になった後も,約6年もの長期に
わたり被告人両名の支配下に置かれ,通電等の暴行,虐待を受けつつ,マンションA等
で生活させられた。甲女(当時17歳)は,平成14年1月30日,隙を見て被告人両名の
もとから脱出し,祖母宅に逃げ込んだ。被告人Aは,被告人両名が犯した犯罪等,被告
人両名についての重大な秘密を知っている甲女を,何としても連れ戻す必要があり,甲
女が祖母宅に居ることが分かるや,被告人A自ら祖母宅に乗り込み,策を弄して,事情
を良く知らない祖母夫婦から甲女を引き離し,マンションBに連れ戻すことに成功した。
甲女事件は,被告人両名が,共謀の上,マンションBに連れ帰った甲女に対し,甲女が
二度と逃げ出すことがないように,暴行,脅迫等を加えて,同所に監禁し,上記暴行によ
り,甲女に傷害を負わせた事案であって,その経緯,動機は非常に悪質である。
 被告人Aは,被告人Bにも協力させて,甲女が再び被告人両名のもとから脱出するま
での20日間にわたり,甲女に対し,有らん限りの暴行,脅迫を加え,偽計を用いて,肉
体的,精神的に責め苛んだ。すなわち,甲女に対し,逃げ出したことを厳しく責め,その
理由を執拗に問い詰めながら,殴る蹴るの激しい暴行を加えたり,身体に通電したり,
甲女にラジオペンチで自分の右足親指の爪を剥がさせたり,洗濯紐で甲女の首を絞め
たりするなど,凄惨な暴行を執拗に繰り返した。また,「逃げたら探し出して打ち殺す。」
などと脅迫したり,甲女に対し,「甲女がA,F及びGを殺害した。」旨の書面を作成させ
て,負い目を負わせたり,「生活養育費として2000万円を借り受けた。逃げれば4000
万円になる。」旨の金銭借用証書を書かせたり,甲女にカッターナイフで自分の人指し指
を切らせ,その血液で「二度と逃げない。」旨の誓約書を書かせた。被告人両名は,上記
の暴行,脅迫等により,甲女をマンションBから脱出することが著しく困難な状態にして
監禁し,上記一連の暴行により,甲女に,加療約1か月間を要する右側上腕部打撲傷
皮下出血,頸部圧迫創,右側第1趾爪甲部剥離創の傷害を負わせた。
 甲女にとって上記監禁中の日々が如何に絶望的で,恐怖や苦痛に満ちたものであっ
たかは察するに余りある。甲女が身体に負った傷害の点もさることながら,甲女の精神
に将来にわたり容易に癒しがたい深い傷跡を残した。甲女の被告人両名に対する被害
感情が峻烈であるのは当然である。
 被告人Aは,終始本件犯行を主導したものであり,その刑責は誠に重い。被告人B
は,被告人Aに協力して,甲女に対し仮借のない暴行,脅迫等を加えたもので,その刑
責は重い。
第4 本件各犯行の全体を通じ特に考慮すべき犯情
 1 はじめに 
 本件各犯行の中心を占めるのはA事件及びB一家事件である。これらを主導したのは
被告人Aであるが,被告人Bも被告人Aに同調し積極的に協力した。他の事件に見られ
る特徴は,すべて上記2事件に集約されている。そこで,次に,上記2事件を中心に,本
件各犯行の全体を通じ特に考慮すべき犯情について考察し,総括する。
 2 本件各犯行の全体を通じ特に考慮すべき犯情
 (1) 被害者らを取り込んだ動機,目的の顕著な自己中心性,反社会性
 被告人両名は,警察による指名手配を受け,逃走生活を送っていた。自らは働かず,
マンションに身を潜め,昼夜逆転の異常な生活の中,生活・逃走資金を得るため,被害
者らに接近し,弱みを負わせ,他人や警察に助力を求めにくい状態にして取り込み,通
電等の暴行,虐待を加えて支配下に置くとともに,金づるに仕立て,親族,友人,金融機
関等から借金させて金を作らせ,経済的に徹底的に収奪した。このように,被告人両名
が被害者らを取り込んだ動機,目的は極めて自己中心的で,反社会的なものである。
 (2) 長期にわたり被害者らに通電等の凄惨な暴行,虐待を加えたこと
 AやB一家は,被告人両名の潜伏先であるマンションにおいて,長期間にわたり,監禁
同然の生活を強いられた。その間,凄惨な暴行,虐待を加えられ続けた。その中で最も
特筆すべきは,①通電と②極めて粗末な食事である。①通電は,被害者らの身体にクリ
ップを取り付け,瞬時に通電するというものであるが,胸部や顔面に通電すると,心室細
動を惹起するなどして,生命への危険性が特に高い。この点につき,乙女は,「通電によ
る痛みは強烈で,特に乳首に通電されたときは,心臓が止まってしまうのではないかと
思うほどの衝撃を受け,このまま死んでしまうのではないかという恐怖感に襲われた。」
旨,その凄まじい恐怖を語っている。被告人両名は,顔面,乳首を含め,被害者らの身
体中にクリップを付け替えて,何度も通電し,しかも,それを日常的に行った。被告人A
は女性らの陰部に通電するという恥ずべき行為さえ臆面もなく行った。このように危険な
通電を繰り返した結果,被告人両名は,Bを死に追い遣った。通電による苦痛と恐怖感
が,被告人両名が被害者らを支配する主要な手段の一つであったことは間違いない。
次に,②被害者らの食事は,当初の一時期を除き,基本的に一日につき3合半の白米
にラードを塗ったもの(A)か,マヨネーズを塗った食パン数枚又は菓子パン(B一家)で
あり,いずれも肉類,魚類,野菜等の副食は全く与えられなかった。被害者らは長期に
わたり,このように極めて粗末な食事しか与えられず,その結果,被害者らは,エネルギ
ー,タンパク質,ビタミン等が栄養所要量に満たない高度の低栄養状態に陥り,衰弱し
ていった。被害者らを低栄養状態に置いたことは,被害者らが,被告人両名に抵抗した
り,逃走したりする体力や気力を大きく殺いだ。このように,被害者らを恒常的に低栄養
状態に置くことは,被告人両名が被害者らを支配するもう一つの主要な手段であった。
のみならず,低栄養状態は,被害者らの一部を重篤な内臓疾患に罹患させ,死に追い
遣った。すなわち,Aはこれが原因で肝・腎機能障害を伴う何らかの内臓疾患に罹患し,
多臓器不全により死亡した。また,Dは,高度の飢餓状態に基づく胃腸管障害による腹
膜炎に罹患して死亡した。
 被告人両名が被害者らを殺害したことの重大さもさることながら,上記のように,それ
に至る過程において,被害者らの身体,精神に生き地獄のような苦痛と恐怖を与え続け
たことも,被告人両名の量刑上極めて重要である。
 (3) 殺害の動機,目的の顕著な自己中心性,反社会性 
 被告人両名が被害者らを殺害したのは,B事件を除くと,いずれも警察による指名手
配を受け,逃走中の被告人両名が,その所在や犯した犯罪等が警察に発覚しないよう
に,足手まといになった被害者らの口封じを図ったからである。被告人両名は,被害者
らを生活・逃走資金の金づるとして,あるいは殺人の犯行の実行行為者として,更には
罪証隠滅のための死体解体作業の要員として,散々利用し尽くし,肉体や精神をぼろぼ
ろにしておきながら,被害者らが重篤な病気になったり,精神に変調を来すなどして,足
手まといになるや,それが幼い子供であっても,殺害を決め,躊躇なく実行し又は実行さ
せた。このように,被告人両名が被害者らを殺害した動機,目的は極めて自己中心的
で,反社会的なものである。
 (4) 短期間の間に合計7名を残酷な方法で連続的に殺害したこと 
 被告人両名の量刑上最も重視すべき点は,約2年4か月の間に合計7名を連続的に
殺害したことである。内訳は,殺人事件が6件で,うち5件は確定的な殺意によるもので
あり,残るは傷害致死事件である。B一家事件は,被害者の死体解体を終えるや,間も
なく次の被害者を殺害するということを繰り返し,半年足らずのうちに一家6名全員を殺
害するに至っており,その甚だしい人命無視の態度には,戦慄を覚えるほどである。し
かも,被害者らの殺害方法たるや,通電による電撃死であったり(B,G),重篤な病気に
罹患しているのに病院に連れて行かず,浴室に閉じ込めたまま殺害したり(A,D),浴室
等で絞殺した(C,E,F,G)ものであって,いずれも残酷で非道なものであり,血も涙も
感じられない。
 (5) 被害者らの死体を全員解体し,徹底的に罪証を隠滅したこと 
 被告人両名は,A事件及びB一家事件の被害者らを殺害した後,犯行の発覚を防ぐた
めに,浴室内等において,包丁,鋸及びミキサー等を用いて死体を解体し,その肉片等
を公衆便所に捨てるなどの方法で,7名全員の死体解体と処分を行い,完璧に罪証を
隠滅した。殺人等の犯罪の態様として極めて残忍であると同時に,まさに完全犯罪を狙
ったものであり,極めて卑劣かつ狡猾である。
 (6) B,Cは被告人Bを見捨てず援助し続けたこと,児童を巻き添えや犠牲にしているこ
と 
 B,Cは被告人Bの父母であり,被告人Bを生み育て,短大まで進学させた。Bが被告
人Bと被告人Aとの交際に反対したのは,跡継ぎの問題だけでなく,当時被告人Aには
妻がいたことが大きな理由になっている。Cは後には二人の交際に理解を示した。被告
人Bが実家を出た後も,B夫婦は被告人Bを見捨てず,被告人Bが逃走生活に入ると,
Cは数年間にわたり総額約1550万円もの仕送りをした。Bは,経緯はともかく,大切な
本家の資産に担保を設定するなどして4000万円以上の大金を作り,被告人Aに渡し
た。被告人Bは,このような父母の恩に報いるどころか,二人に暴行,虐待を加え,殺害
するという挙に出たのであって,誠に非道の限りである。
 本件各犯行で見逃せないもう一つの点は,そのすべてで児童が犯行の巻き添えや痛
ましい犠牲になっていることである。A事件では甲女(当時11歳)が巻き添えになり,B
一家事件ではF(当時5歳)とG(当時10歳)が犠牲になり,乙女事件では乙女の次女
(当時3歳)が巻き添えになった。甲女事件はいうまでもなく被害者が児童である。これら
は,本件各犯行の残忍で冷酷な側面を如実に示している。
 (7) まとめ 
 以上のとおりであって,A事件及びB一家事件を通じて見ると,犯行の罪質,犯行に至
る経緯,動機,犯行態様,手段方法の残虐性,結果の重大性,被害者の数などに照ら
し,犯情の悪質さが突出しており,本件は犯罪史上稀に見るような凶悪な事件であると
いって差し支えない。
第5 本件各犯行の全体を通じての被告人両名の役割等
 1 本件各犯行の全体を通じての被告人Aの役割等
 被告人Aは,A,B一家及び乙女を被告人両名の逃走生活の資金の金づるとして利用
しようと計画し,被告人Bにも協力させて,被害者らを騙したり脅したりして取り込み,潜
伏先のマンション等に同居させ,支配下に置いた。そして,被害者らに対し,自ら又は被
告人Bに指示して行わせる方法で,身体への通電を繰り返すなどの凄惨な暴行や,外
出,行動,姿勢,所持品,衣類,食事,排泄,就寝等,生活・行動全般にわたる不条理で
過酷な制約を課すなどの虐待を加えた。これらの暴行,虐待の方法,手段,程度等を決
めたのはすべて被告人Aである。その上で,被告人Aは,被害者らに次々と金銭を要求
し,金づるとして徹底的に収奪した。これはすべて被告人A自身が計画し,被告人Bにも
協力させて実行したものである。やがて,被害者らが重篤な病気に罹患したり,精神に
変調を来すなどして,足手まといになるや,被告人Aは,躊躇なく殺害を決め,病院に連
れて行かずに放置して殺害し(A,D),又はB一家等に首を絞めさせて殺害した(C,E,
F)。Bについては,被告人Bに通電させていた際,電撃死させた。Gについては自らの
通電により,又は被告人Bと甲女に命じた絞首行為により殺害した。殺害を決めたり,死
亡の原因になった通電を決めたのは,被告人Aであり,殺害行為の分担,殺害の方法,
手段等を決めて指示したのもすべて被告人Aである。被害者らの死体は,罪証隠滅の
ため,すべてばらばらに解体され,跡形もなく処分されたが,そのことや作業の分担,方
法,手段等を決めて指示したのは,常に被告人Aである。
 上記のように,本件各犯行は,徹頭徹尾,被告人Aの意思,計画に係るものであって,
被告人Aが居なければ起こらなかった性格の犯罪であり,いうまでもなく,被告人Aは本
件各犯行の首謀者である。
 2 本件各犯行の全体を通じての被告人Bの役割等 
 (1) 被告人Bは本件各犯行において極めて重要な役割を果たしたこと
 被告人Bは,本件各犯行のすべてにおいて,極めて重要な役割を果たしている。各事
件についてその主な点を挙げると,①A事件においては,当初はAとの同居に難色を示
したが,同居後は,被告人Aに協力しその指示に従い,被告人Aと共にAに仮借なく暴
行,虐待を加え,Aを死亡するに至らせた。②B事件においては,被告人Bの通電行為
が直接の原因となって,Bを死亡させたものである。③C事件においては,被告人Bは,
「Cを殺すしかないでしょうね。」などと,被告人Aが飛び付く決定的な言葉を吐いて,事
態をDやEがC殺害の決意をせざるを得ない方向に進めている。④E事件においては,
被告人Bは,被告人Aの意図がEの殺害にあることを逸早く察知し,DやGにそのことを
理解させようとしたり,実行を逡巡するDに決断を促すなど,終始被告人Aの意図実現
のために行動した。⑤D事件においては,Dが重篤な病気に罹患しているのを熟知し,
被告人B自身においてもDに医師の治療を受けさせることが可能であったにもかかわら
ず,そのための行動を何一つすることなく,あえてDを浴室内に放置して,死に至らせ
た。⑥F事件においては,Fの殺害を意図する被告人Aに,当初はFとGをn家に帰すな
どの提案をしたが,被告人Aに反論されるや,さほどの抵抗を示すことなく被告人Aに同
調し,被告人Aと共にGの説得をし,犯行に当たっては,幼いGがFの首を絞める傍で,F
の腕を押さえる役割を果たした。⑦G事件においては,被告人AがGに激しく通電する
際,通電の準備をしたり,クリップをGに取り付けるなどして協力し,通電で動かなくなる
や,被告人Aの指示に基づき,甲女と紐でGの首を絞めた。⑧被告人Bは,乙女事件,
甲女事件においても,被告人Aに協力して,犯行に深く関わっている。
 上記のとおり,被告人Bは,被告人Aの共犯として,自ら実行行為をし(A,B,D,F,
G,乙女,甲女),あるいは,他の共犯者らに犯行の決意をさせた(C,E)。被告人Bが,
被害者らの生命を救うために,具体的な行動を起こしたことは一度もない。被害者らを
殺害した後は,被告人Aの指示を受け,被告人Aに代わって,死体解体作業をしたり,B
一家に解体の方法を教えるなど,罪証隠滅行為を積極的に行い,これを完璧にし終え
た。このように,被告人Bは,本件各犯行のすべてにおいて,極めて重要な役割を果た
している。
 (2) 被告人Bは被害者らの取込み,支配,暴行,虐待等においても極めて重要な役割
を果たしていること 
 被告人Bは被害者らの取込み,支配,暴行,虐待等においても極めて重要な役割を果
たしている。各事件についてその主な点を挙げると,①A事件においては,Aと接触し,
投資話をして金を出させたり,Aを被告人Aに引き合わせたり,Aの弱みとなる事実関係
証明書等に署名・押印したりして,被告人AのA取込み工作に協力した。同居後は,Aを
日常的に監視し,被告人Aに指示されるまま,クリップ付きの電気コード等,暴行,虐待
のための道具を作って被告人Aに渡し,被告人Aの指示に従い,Aに通電等の暴行,虐
待を仮借なく加えた。②B一家事件においては,被告人Aが,B一家を金づるにするため
に,Bらに対し,「被告人BがAやRを殺した。」などと,虚実織り交ぜた話をして,Bらが
信じ込んでいるのを知悉しながら,Bらの誤解を解いたり,被告人Aの意図をBらに教え
たりすることは一切しなかったばかりか,被告人Aの指示に従い,B一家に金を出させる
ことなどを取り決めた念書に署名・押印するなどして,被告人Aの計画を助けた。B一家
を日常的に監視し,被告人Aの指示があれば,通電等の暴行,虐待を仮借なく加えた。
③乙女事件においては,被告人Bは,乙女に,「被告人Aの実姉」として接近し,それらし
く振る舞って乙女を信用させ,被告人Aが自分と結婚してくれるとの誤信を強めている。
 (3) 被告人Bは本件各犯行の被害者らに常に高圧的で無慈悲な態度で臨んでいたこ

 被告人Bは,平素,本件各犯行の被害者らに常に高圧的で無慈悲な態度で臨んでい
た。①A事件においては,Aの手が上がりにくくなってしばらくしたころ,被告人Aに,Aを
実家に帰してはどうかと尋ねてみたことが一度あったが,それ以外にはA親子を解放す
るために行動したことはなかったのみならず,A親子に対して,被告人Aの目を盗んで優
しい手を差し伸べたことも,殆どなかった。②B一家事件においては,BやCを「あんた」
などと呼び,特に被告人Aの面前では「B」,「C」と呼び捨てにして憚らなかった。入院中
のBに対し執拗に電話をかけ,「動けるなら働け。」などと冷たく言い渡したり,Cに対し,
「貴様,C,ちゃんと(茶碗を)洗わんか。」などと怒鳴ったり,Eに対し,「貴様何で遅れた
とや。E」と叱り付けたり,Dに対し,「あんたと私は身内やけん,叩いたっちゃよかろう,
D。」などと言って,頬を叩いたりした。被告人Bが,B一家を解放しようとしたことは,僅
かに,F事件の前,FとGをn家に帰す提案をしてみた以外には全くなく,被告人Aの目を
盗んで,FやGを含め,B一家に優しい手を差し伸べたことは皆無であった。③乙女に対
しては,当初は「被告人Aの実姉」らしく振る舞ったが,やがて,被告人Aの乙女への暴
力の開始を告げるかのように,「あんた大事になるよ。」と冷たく言い渡したり,被告人A
に指示され甲女に対し仮借なく暴行を加えるなど,乙女事件,甲女事件においても,被
告人Bの態度は冷酷そのものであり,被害者らを庇ったり,助けて遣ったことは一度もな
い。
被告人Bの上記のような態度は,犯行の際の被告人Bの行動にも見て取れる。B事件
においては,1回目の通電でBが倒れると,被告人Bは,Bが倒れた振りをしているので
はないかと腹立たしくなり,「何をしているんだ。ちゃんと頭を上げろ。」などと叱り付け
た。E事件においては,犯行当日,Eの耳を引っ張って,「お前,わざと耳が聞こえん振り
をしよろうが。都合がいいのう。」などと怒った。
 被告人Bの上記のような高圧的で無慈悲な態度は,被害者らの恐怖心を強め,益々
萎縮させて,被告人Aによる支配を容易にしたことは想像に難くない。
 (4) まとめ 
本件各犯行は被告人Aが主犯とはいえ,上記のとおり,被告人Bが果たした役割は付
随的,消極的なものではない。被告人Bは,犯行においてはもとより,それに至る過程に
おいても,犯行後においても,被告人Aの意図を実現するために,終始積極的に行動
し,極めて重要な役割を果たした。被告人Bの犯罪意思は,短期かつ単発的なものでは
なく,長期かつ系統的で,強固なものである。被告人Bは,被告人Aに意思を抑圧され,
自己の意思に反して犯行に加担したと見る余地はない。むしろ,被告人Bは被告人Aの
意図に完全に同調して,被告人Aの指示を受けつつも,それなりに主体的で積極的な意
思で,つまり自己の犯罪を遂行する意思で,犯行に加担したものである。被害者らに対
する高圧的で無慈悲な態度は,そのことと裏表の関係にあるといって良い。
 3 被告人B弁護人の主張に対する判断
 (1)被告人B弁護人の主張
 被告人B弁護人は,「被告人Bは,被告人Aによって,長期かつ反復的に通電を初めと
する暴行,虐待を加えられ,かつ,親族や知人から隔離する,考え方や価値観を徹底的
に否定し貶める,細かいルールを強制する,同居者同士で互いに監視させるなどの洗
脳的手法による支配を受けた結果,被告人Aに対し強く心理的に服従させられ,本件各
犯行当時,①被告人Aに逆らえば通電等による制裁を受けるとの恐怖心から,絶対的な
服従を強いられていたこと,②判断力,批判力を著しく制約され,視野が狭窄になってい
たことから,被告人Aの指示・命令に逆らうことができず,本件各犯行への加担を避ける
ことが著しく困難な状況に置かれていた。したがって,本件各犯行はいずれも正常な意
思決定に基づくとはいえず,被告人Bにとって適法行為の期待可能性は著しく低かった
ので,それに応じて責任が軽減されるべきである。」旨主張する(弁論要旨39ないし
73頁)。
 (2) 被告人Aの被告人Bに対する暴行,虐待の有無,程度
 被告人Bは,湯布院・門司駅事件において,被告人Aから離反するかの如き動きを見
せ,その後の一,二か月間,怒った被告人Aから制裁として激しい通電を受け,足の指
が癒着するなどの傷を負った。被告人Bはそのとき通電による肉体的,精神的苦痛を強
く植え付けられた。しかし,上記各事件については,被告人Bがひたすら被告人Aに恭順
の態度を取ったことによって,ほとぼりが冷めていき,通電も減った。上記一,二か月間
を除くと,被告人Aと被告人Bの内縁生活の期間を通じ,被告人Aが被告人Bに通電し
た回数は多くはない。本件各犯行の際,被告人Aが,被告人Bに対し,被告人Aの指示
に従わなければ通電する旨脅迫して,犯行への加担を強要したことは一度もない。被告
人Bの内心に,被告人Aの指示に逆らえば通電を受けるとの懸念が常に存在したであろ
うことは否定しないが,それはいまだ被告人Bの内心の作用にとどまり,過酷な通電の
危険が現に存在したり,極めて間近に迫っていたわけではなかった。逆にいうと,被告
人Bは,本件各犯行の際,被告人Aによる通電の制裁を懸念しつつも,なお主体的な意
思をもって行動を選択し得る余地が十分あった。
 (3) 本件各犯行が被告人Bの主体的な意思に基づくことを示すその他の事情
 ア 規範の単純,明確性 
 被告人Bが本件各犯行に当たり直面した法規範は,「人を殺してはならない。」,「人の
身体に通電してはならない。」などという,それ自体余りにも明白で単純な法規範であ
る。被告人Bが,被告人Aから受けた通電や種々の働き掛けの影響により,思考力,判
断力が低下し視野狭窄を呈していたとしても,本件各犯行当時,このような法規範を認
識し,それに照らして自らの行動を選択することすら不可能ないし著しく困難となるほど
の状況があったとは,考え難い。
 イ 被害者らの取込み,支配の合目的性
 被告人両名は,警察による指名手配から逃走中であり,多額の生活・逃走資金が必
要であったが,仕事に就いて働けば,人目に付きやすく,所在が発覚しやすいというお
それがあった。そこで,被告人Aは,他人を金づるにして金を巻き上げ,それで生活する
という計画を立て,被告人Bにも協力させて,周到に準備しつつ,実践してきたものであ
る。本件各犯行は,被告人両名が上記計画に従い,被害者らを取り込み,支配し,金づ
るにしていった挙句,その必然的な成り行きとして発生したものであるが,生活・逃走資
金を必要とした事情や被害者らを金づるにする計画によって利益を享受していた点で
は,被告人Bは基本的に被告人Aと異ならない。
 ウ 被告人Bが被害者らに加えた暴行,虐待は,過酷,理不尽,非人間的なものである
こと
 被告人Bが被害者らに加えた暴行,虐待は,被告人Aに指示されたとはいえ,通電,
暴行,食事制限,所持金品の保管,外出や行動の監視等のほか,排便時の監視,排便
後の処置,大便を食べさせるなどにも及んであり,相当に広範である上,過酷,理不尽
かつ極めて非人間的なものが多い。被告人Bはこれらを拒否することはなかったのであ
り,A事件においては,被告人Bが被告人Aの指示でAに通電している際,被告人Aの指
示を超えて,被告人B自身の意思でAに通電することさえあった。なぜ被告人Bがそこま
でしたかという疑問について,被告人Aの指示に逆らえば通電等の制裁があり,それが
怖くて拒否できなかったという消極的な理由のみをもっては説明が困難である。
 エ 被告人Bの抵抗の著しい消極性,被告人Bは本件各犯行の被害者らに常に高圧
的かつ無慈悲な態度で臨んでいたこと 
 被告人Bは,被告人Aの指示に逆らったことは一度もなかった。そして,本件各犯行の
被害者らに常に高圧的かつ無慈悲な態度で臨んでいた。この点については,前記2で
述べたとおりである。本件各犯行は,被告人Bが被告人Aによって意思を抑圧されて,
被告人Bの意思,すなわち,被告人Bの良心に反してなされたものであるとすれば,そ
の犯行に至る経緯にその葛藤が何らかの形で現れたはずであるし,被害者らに対する
態度も,多少とも被告人Bの良心や,同情,肉親の情等が感じられるものとなったはず
である。
 オ 被告人Bは本件各犯行を回避する道があったこと 
被告人Bには,社会常識に富んだB一家という家族があり,力強い多くの親族らも控え
ていた。被告人Bが,本件各犯行に至るまでに,①警察署に出頭して保護を求める,②
親族らに一切の事情を正直に打ち明けて保護や助力を求める,③被害者らに対し,一
切の事情を正直に打ち明け,被害者らを被告人Aから解放するとともに,自らも被告人
Aのもとを離れる,などの方法を講じることにより,本件各犯行への加担を回避すること
は,十分に可能であった。それは,ひとえに,被告人Bが,逃走生活の愚かさに早く気付
き,犯罪を繰り返す被告人Aに見切りを付け,罪を清算する決意ができるかどうかに掛
かっていたのである。
 実例としては,Oを含め,B社の従業員達が次々と被告人Aから逃れた例がある。被告
人B自身も,被告人Aに知られずに被告人Aのもとを離れ,湯布院に行って,住居や仕
事を見付け,生活の足掛かりを築いたという経験(湯布院事件)がある。また,当時17
歳であった甲女がたった一人で,しかも被告人両名を相手にして脱出を図り,1回目は
失敗したが,2回目で成功し,祖母夫婦に保護された例(甲女事件はその経過の一部)
もある。危険な方法ではあるが,窓から飛び降りて脱出した例として,乙女の例がある。
 しかし,被告人Bが,実際に,被告人Aとの逃走生活に終止符を打ち,罪を清算しよう
と決意して,上記のような行動を起こしたことは,一度もなかったのである。
 カ 湯布院・門司駅事件は,被告人Bが被告人Aとの逃走生活に見切りを付け,罪を清
算しようと決意して企てたものではないこと
 (ア) 湯布院事件は,被告人Bが,当時有力な金づるであった乙女を失った被告人Aか
ら,執拗に金策を求められるなどして嫌気が差し,しばらく被告人Aのもとを離れて自分
で働いて金を稼ぎ,被告人Aに送金しようなどと考えて,一時的にマンションAを離れた
行動に過ぎず,被告人Bが被告人Aとの逃走生活に見切りを付け,罪を清算しようと決
意して企てた行動ではなかった。仮に被告人Aから真剣に逃れようとするのであれば,C
やBにそれまでの経過や現在の状況,被告人Aの人間性等について,真実を洗いざら
い打ち明けるべきであった。ところが,被告人Bはそれを全くしていない。それどころか,
行動は次男(当時1歳)をg宅に置いたまま単身湯布院に行くなど,無謀さが目立つもの
であった。それゆえ,被告人Aが芝居を打って,被告人Bを連れ戻す工作をし始めたと
き,事情を良く知らず,かねて被告人Bから,「被告人Aさんは良い人で,被告人Bが頼
んで同居させてもらっている。迷惑をかけている。」などと聞いていたB夫婦は,簡単に
被告人Aに同調し,取り込まれてしまったのである。
 (イ) 門司駅事件は,被告人Bが湯布院事件後,被告人Aから激しい通電を受け,通電
に対する恐怖心から,被告人Aのもとを逃げ出して自殺しようなどと考えて,とっさに取っ
た行動であるが,当時12歳の甲女に追い掛けられるなどしたものの,さして大きな追跡
を受けたとはいえないのに,「警察を呼べ。」という周囲の声を聞いて逃走を断念したの
であるから,被告人Bに少なくとも罪を清算しようという意思がなかったことは確かであ
る。
 キ 被告人Bが被告人Aに対する負い目等として挙げるものは,すべて不合理なもので
あること
 被告人Bは,被告人Aとの関係を深め,本件各犯行に加担していった理由として,被告
人Aから様々な負い目を負わされ,心理的に束縛されていたことを挙げる。しかし,それ
らの内容は,次のとおり,いずれも不合理なものである。
 (ア) 被告人Bは,「被告人Aから,『被告人Bが湯布院に行ったからB一家を巻き込
み,皆殺すことになった。』,『皆お前が悪いんだ。皆お前の責任だ。』などと言われ続
け,『自分が湯布院に行ったことが悪かった。すべては自分の責任だ』と思い込まされて
いた。」旨供述する(被告人B66回等)。
 しかしながら,被告人Aの言葉は,それ自体責任回避的な言葉であって,そのような言
葉を聞いて,被告人Bがなぜ被告人Aに対して「すべて自分が悪い。」という負い目を抱
いたのか,理解に苦しむものである。B一家を取り込んで,金づるにする計画は,他なら
ぬ被告人Aが立てたものであって,B一家を殺害する羽目になったのも,元をただせば
被告人Aの上記計画のせいであるから,責任を負わねばならないのは,むしろ被告人A
の方であるというべきである。被告人Bは,B社時代を含め,長年被告人Aに連れ添っ
て,被告人Aの独特の思考形式や卑怯な対人操縦術を散々見てき,他ならぬ被告人B
自身も,被告人Aに指示されて,親族,友人,知人に対し,その手口を実践したこともあ
ったのであるから,その知識をもってすれば,被告人Bがこのような被告人Aの言葉のご
まかしを見抜くことは,決して難しいことではなかったはずである。
 (イ) 被告人Bは,「被告人Aは,『何年経っても復讐してやる。』などと口にしていたの
で,被告人Aからは一生逃げられないと思った。逃げたら,被告人Aが,誰かを使って何
かするかもしれないという怖さがあった。」旨供述する(被告人B66回)。
 しかしながら,被告人Bは,長年内縁の夫婦として被告人Aと生活・行動を共にしてい
たのだから,被告人Aは被告人Bを除いて他に格別の協力者はおらず,経営した会社が
倒産し,指名手配から逃走中の被告人Aは,もはや孤独で無力な存在であることを知っ
ていたはずである。逃げれば,被告人Aは,被告人Bを連れ戻そうとするであろうが,被
告人Bには社会常識に富んだB一家と力強い多くの親族らが控えていたのであり,警察
に出頭する方法もあった。家族等を味方に付け,更に警察の力を仰げば,被告人Aは容
易に手を出せなかったのであり,被告人Aを逮捕する可能性も大きく開けたのである。そ
れができるかどうかは,ひとえに,被告人B自身が,逃走生活の愚かさに早く気付き,犯
罪を繰り返す被告人Aと決別し,罪を清算する決意ができるかどうかに掛かっていたの
である。したがって,被告人Bが抱いた上記のおそれは,現実的根拠に乏しい。
 (ウ) 被告人Bが挙げるその他の点を含め,被告人Bを心理的に束縛していたとする負
い目等は,いずれもそれ自体不合理であり,社会通念上容認する余地がないものであ
る。
 (4) 結 論 
 以上のとおりであるから,本件各犯行当時,被告人Bは常に被告人Aによる通電に晒
されていたのではなく,恐怖心の余り意思を抑圧され,意思に反して被告人Aの指示・命
令に服従せざるを得ないような状況もなかったと認められる。したがって,期待可能性の
理論によって被告人Bの責任の軽減が図られるべき余地はない。
 当裁判所も,被告人Bが被告人Aから度々理不尽な通電や暴行,責任の押し付け等
の仕打ちを受けていたことは否定しない。心理学的見地からは,それが「慢性トラウマ」
をもたらし,判断力・批判力の著しい制限や被告人Aに対する強度の心理的服従関係を
生じさせたという見解も可能であろう。しかし,法的見地からは,心理面のみならず,犯
行に至る経緯や動機,犯行状況,犯行後の状況等の客観的な事情も見ていく必要があ
り,むしろその検討こそ基本とすべきであって,このような見地から見ると,被告人Bは,
被告人Aによって意思を抑圧され,意思に反して本件各犯行に加担したものではなく,
被告人Aの意図に完全に同調して,被告人Aの指示を受けつつも,それなりに主体的で
積極的な意思で,つまり自己の犯罪を遂行する意思で犯行に加担したものといわざるを
得ない。
 したがって,被告人B弁護人の主張は採用できない。
第6 被告人両名の量刑
1 一般情状等
 (1) 被告人Aの一般情状等
 ア 生い立ち,経歴,家族関係,前科等
 被告人A(昭和36年4月28日生)は,福岡県柳川市内で畳表や布団の行商を営む両
親のもとで何不自由なく育てられた。高校,大学(私大,法学部)と進学したが,大学は
中退した。家業の布団販売業を引き継ぎ,会社組織にして,昭和60年4月には自社ビ
ル兼居宅を建築し,従業員を使い,強引な商法で一時売り上げを伸ばしたが,やがて行
き詰まり,平成4年8月ころ手形の不渡りを出して倒産した。
 昭和57年1月,前妻と婚姻し,長男を儲けたが,平成4年3月離婚し,長男は前妻が
引き取った。一方,昭和57年ころから高校が同窓の被告人Bと交際し,内縁関係にな
り,被告人Bとの間に2人の男子(平成5年1月24日生,平成8年3月22日生)を儲け
た。
 被告人Aには,禁錮以上の刑の前科はないが,被告人Bと共に詐欺及び暴力行為等
処罰に関する法律違反の被疑事実で警察の指名手配を受けた前歴がある。
 イ 性格
 被告人Aには,他人を単に自己の利益を達成するための手段ないし経済的収奪の対
象としか考えず,人間の生命,身体,人格を軽視する自己中心性,反社会性,弱者や無
抵抗な者に対し,暴行,虐待を加える残虐性,被害者らの惨状を目の当たりにしながら
痛痒を感じない冷酷さや非情さが顕著であり,嗜虐性さえ疑われる。自己の犯罪が捜査
機関に探知されることを過度に恐れる小心さを有する一方,他人に対する猜疑心が異
常に強く,自己を裏切った者に対しては執念深く報復せずにはいられない。他人を言葉
巧みに騙したり脅したりして弱みを握り,支配下に置いて収奪しようとする狡猾さも,被
告人Aの性格の特徴を示している。
 ウ 供述態度等 
 被告人Aは,捜査段階及び公判段階を通じて,本件各犯行,特にA事件やB一家事件
への関与や殺意を頑強に否認し,自己の犯した重大犯罪に向き合おうとせず,その責
任をすべて被告人Bや死亡した被害者らに押し付け,自己の刑事責任を免れることに汲
々とし,不合理で責任回避的な弁解に終始しており,本件各犯行に対する真摯な反省
の態度や被害者ら及びその遺族に対する謝罪の気持ちを窺うことは全くできない。
(2) 被告人Bの一般情状等
 ア 生い立ち,経歴,家族関係,前科等
 被告人B(昭和37年2月25日生)は,福岡県久留米市内で農業を営むB,C夫婦の長
女として出生し,男の兄弟が居なかったため,将来婿を取って両親の跡を継ぐことが期
待され,大事に育てられた。短大を卒業して,幼稚園の教師になったが,昭和57年こ
ろ,高校の同窓生の被告人Aと交際し始め,Bや親族らの反対にもかかわらず関係を深
め,昭和60年3月,両親の反対を振り切って家を出て,被告人Aと内縁関係に入った。
被告人Aとの間に長男(平成5年1月24日生),次男(平成8年3月22日生)の2人の子
を儲けた。
 被告人Bには,禁錮以上の刑の前科はないが,被告人Aと共に詐欺及び暴力行為等
処罰に関する法律違反の被疑事実で警察の指名手配を受けた前歴がある。
 イ 性格
被告人Aと知り合い交際を始める前の被告人Bは,気性の強い一面はあったが,優し
く真面目で芯の強いしっかりとした極普通の性格であり,本件各犯行に結び付く犯罪性
向はなかった。ところが,被告人Aと交際し,内縁関係に入るや,それと正反対の性格,
すなわち,狡猾性,粗暴性,残忍性等の犯罪性向を徐々に身に付けていき,本件各犯
行当時においては,殺人等の重大犯罪を次々に敢行するほどにその犯罪性向を深化さ
せるに至った。被告人Bがそのような犯罪性向を獲得し深化させた原因は,被告人B
が,若くして,家族や親族,職場や友人等の本来人間が社会性を身に付け,これを錬磨
すべき場を切り捨ててしまい,被告人Aという独特で強力な個性を持った人間と二人だ
けの,狭くかつ異常な世界に身を置き,被告人Aの考え方を良く吟味しないまま,殆ど無
批判に受け入れ,被告人Aの暴力さえ愛情と受け止め,被告人Aに迎合し,常に被告人
Aの意に沿うように自らの行動や考え方を選択し続けてきたことにあるといって過言では
ない。そのような人格形成過程を前提とすると,被告人Bが前記のような犯罪性向を身
に付けたことについては,被告人B自身にも相応の責任がある。
 ウ 供述態度,事案解明への協力等 
 被告人Bは,逮捕後しばらくは頑強に黙秘を続けていたが,後に大きな葛藤の末,自
己の犯した罪を清算する決意をして自白に転じ,その後は一貫して本件各犯行を基本
的に認め,具体的詳細に供述している。被告人Bが本件各犯行につき自白をしたこと
は,本件各犯行,とりわけB一家事件の真相解明に寄与した。中でも,C事件,E事件及
びD事件については,被告人Bの自白を除いて,甲女の供述を含め,他に各犯行の経
緯,犯行状況を具体的に立証し得る証拠が乏しく,被告人Bの自白がなければ,これら
の事件の捜査は困難を極めた可能性が高い。被告人Bが大きな葛藤の末,自己の犯し
た罪を清算したいという清明な境地に立って自白を始め,これを貫き通したことは,被告
人Bの良心を示すものとして銘記すべきことである。公判が進行する過程で,記憶が蘇
ったとして供述した点もあり,不合理な弁解を始めた被告人Aを厳しい言葉で批判したこ
ともあった。被告人Bは,現在では,本件各犯行を真摯に反省し,被害者らやその遺族
らに対し,どのように謝罪しても取り返しのつかない犯行をしたと深く後悔するに至って
いる。B一家の親族らは,被告人Bが人間性を取り戻し,真相を語ってくれたことを何よ
りも嬉しく受け止めている。
 2 被告人両名の量刑 
 (1) はじめに 
 死刑は,人間存在の根元である生命そのものを永遠に奪い去る冷厳な極刑であり,誠
にやむを得ない場合における究極の刑罰であるから,その適用は慎重に行われなけれ
ばならないが,犯行の罪質,動機,態様,殊に殺害の手段方法の執拗性・残虐性,結果
の重大性,殊に殺害された被害者の数,遺族の被害感情,社会的影響,犯人の年齢,
前科,犯行後の情状等各般の事情を併せ考慮したとき,その罪責が誠に重大であっ
て,罪刑の均衡の見地からも一般予防の見地からも,極刑がやむを得ないと認められ
る場合には,これを選択することが許されるものである。
 (2) 本件各犯行の犯情,被害感情及び社会的影響
 前記第4のとおり,本件各犯行の中心を占めるA事件及びB一家事件を通じて見ると,
犯行の罪質,犯行に至る経緯,動機,犯行態様,手段方法の残虐性,結果の重大性,
殊に殺害ないし死亡させた被害者が7名にも及ぶことなどに照らし,犯情の悪質さが突
出している。これを踏まえると,とりわけE事件,D事件,F事件及びG事件については,
被告人両名の行為は最大の非難に値する。遺族の被害感情は峻烈であり,公判廷で
処罰感情を聞かれた遺族の大多数が,被告人両名を極刑に処することを希望してい
る。社会的影響も誠に重大である。
 (3) 被告人両名の罪責の重大性
 ア 被告人Aの罪責の重大性 
 前記第5のとおり,被告人AはA事件及びB一家事件を含む本件各犯行すべての首謀
者であり,最大の非難に値する。その上,供述態度等に見られるように,本件各犯行に
対する真摯な反省や被害者ら及びその遺族らに対する謝罪の気持ちを窺うことは全くで
きない。犯罪性向は強固で根深く,矯正の見通しは立たない。他に酌量すべき格別有利
な情状は見出せない。
 イ 被告人Bの罪責の重大性
前記第5のとおり,本件各犯行の主犯は被告人Aであるが,被告人Bは被告人Aの意
図に完全に同調して,被告人Aの指示を受けつつも,それなりに主体的で積極的な意思
で,つまり自己の犯罪を遂行する意思で,犯行に加担したものである。本件各犯行の中
心を占めるA事件及びB一家事件の凶悪性に照らすと,上記のような意思でそれらのす
べてに深く関わった被告人Bの罪責は,もとより被告人Aのそれよりは小さいものの,そ
れでも並外れて大きく,誠に重大である。
 そうすると,被告人Bが本件各犯行を真摯に反省悔悟し,被害者ら及びその遺族らに
深く謝罪する気持ちを持ち,その証として本件各犯行について自白し,これが真相解明
に寄与したこと,被告人Bが本件各犯行の被害者らに通電等の暴行,虐待を加えたの
は,あくまでも被告人Aの指示があった場合であり,被告人Aの指示がないのに被告人
Bのみの意思で,それらの行為を行ったことはないこと,被告人Aとの生活は,被告人B
がその意思で選択したとはいえ,被告人Aから度々通電や暴行を受けたり,すべての責
任を押し付けられたりして,決して安穏なものではなく,苦労も多く自殺を考えたこともあ
るほどであること,被告人Bの犯罪性向は矯正不可能とはいえないこと,被告人Bには
幼い子が2人おり,母親による監護も子らの健やかな成長にとって重要であることなど,
被告人Bのために酌むことのできる情状を最大限考慮しても,本件各犯行の犯情,特に
A事件及びB一家事件の犯情は依然として誠に重大であって,酌量減軽すべき余地は
ないというほかない。
 (4) 結 論 
 以上のとおりであって,当裁判所は,罪刑の均衡及び一般予防の見地に立って考える
とき,被告人両名に対しては,いずれも極刑である死刑を選択し,これをもって臨むのは
やむを得ないと判断した。
(求刑 被告人両名につき死刑)
平成17年10月5日
福岡地方裁判所小倉支部第2刑事部
          裁判長裁判官  若  宮  利  信
             裁判官   出  口  博  章
             裁判官  佐  藤   卓

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