弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     本件を東京高等裁判所に差し戻す。
         理    由
 上告代理人井上恵文、同大嶋芳樹、同曽田淳夫、同植西剛史、同加藤芳文の上告
理由第一及び第二について。
 所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして是認する
ことができ、その過程に所論の違法は認められない。そして、原審の確定した事実
関係のもとにおいては、本件事故に基づく自動車損害賠償保障法三条による損害賠
償請求権の短期消滅時効は昭和四〇年七月一五日から進行すると解すべきであり、
また、被上告人が右消滅時効を援用することをもつて権利の濫用又は信義則に反す
るものとはいえない。これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができ
る。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
 同第三について。
 所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当とし
て是認することができ、その過程に所論の違法は認められない。論旨は、ひつきよ
う、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採
用することができない。
 同第四について。
 所論は、要するに、被上告人は、公務員に対し公務遂行のための場所、設備等を
供給すべき場合には、公務員が公務に服する過程において、生命、健康に危険が生
じないように注意し、物的及び人的環境を整備する義務を負つているというべきで
あり、本件事故は被上告人が右義務を懈怠したことによつて生じたものであるから、
被上告人は右義務違背に基づく損害賠償義務を負つているものと解すべきであると
し、これを否定した原判決には法令の解釈適用を誤つた違法がある、というもので
ある。
 思うに、国と国家公務員(以下「公務員」という。)との間における主要な義務
として、法は、公務員が職務に専念すべき義務(国家公務員法一〇一条一項前段、
自衛隊法六〇条一項等)並びに法令及び上司の命令に従うべき義務(国家公務員法
九八条一項、自衛隊法五六条、五七条等)を負い、国がこれに対応して公務員に対
し給与支払義務(国家公務員法六二条、防衛庁職員給与法四条以下等)を負うこと
を定めているが、国の義務は右の給付義務にとどまらず、国は、公務員に対し、国
が公務遂行のために設置すべき場所、施設もしくは器具等の設置管理又は公務員が
国もしくは上司の指示のもとに遂行する公務の管理にあたつて、公務員の生命及び
健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務(以下「安全配慮義務」という。)
を負つているものと解すべきである。もとより、右の安全配慮義務の具体的内容は、
公務員の職種、地位及び安全配慮義務が問題となる当該具体的状況等によつて異な
るべきものであり、自衛隊員の場合にあつては、更に当該勤務が通常の作業時、訓
練時、防衛出動時(自衛隊法七六条)、治安出動時(同法七八条以下)又は災害派
遣時(同法八三条)のいずれにおけるものであるか等によつても異なりうべきもの
であるが、国が、不法行為規範のもとにおいて私人に対しその生命、健康等を保護
すべき義務を負つているほかは、いかなる場合においても公務員に対し安全配慮義
務を負うものではないと解することはできない。けだし、右のような安全配慮義務
は、ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入つた当事者間において、
当該法律関係の付随義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負
う義務として一般的に認められるべきものであつて、国と公務員との間においても
別異に解すべき論拠はなく、公務員が前記の義務を安んじて誠実に履行するために
は、国が、公務員に対し安全配慮義務を負い、これを尽くすことが必要不可欠であ
り、また、国家公務員法九三条ないし九五条及びこれに基づく国家公務員災害補償
法並びに防衛庁職員給与法二七条等の災害補償制度も国が公務員に対し安全配慮義
務を負うことを当然の前提とし、この義務が尽くされたとしてもなお発生すべき公
務災害に対処するために設けられたものと解されるからである。
 そして、会計法三〇条が金銭の給付を目的とする国の権利及び国に対する権利に
つき五年の消滅時効期間を定めたのは、国の権利義務を早期に決済する必要がある
など主として行政上の便宜を考慮したことに基づくものであるから、同条の五年の
消滅時効期間の定めは、右のような行政上の便宜を考慮する必要がある金銭債権で
あつて他に時効期間につき特別の規定のないものについて適用されるものと解すべ
きである。そして、国が、公務員に対する安全配慮義務を懈怠し違法に公務員の生
命、健康等を侵害して損害を受けた公務員に対し損害賠償の義務を負う事態は、そ
の発生が偶発的であつて多発するものとはいえないから、右義務につき前記のよう
な行政上の便宜を考慮する必要はなく、また、国が義務者であつても、被害者に損
害を賠償すべき関係は、公平の理念に基づき被害者に生じた損害の公正な填補を目
的とする点において、私人相互間における損害賠償の関係とその目的性質を異にす
るものではないから、国に対する右損害賠償請求権の消滅時効期間は、会計法三〇
条所定の五年と解すべきではなく、民法一六七条一項により一〇年と解すべきであ
る。
 ところが、原判決は、自衛隊員であつた訴外亡Dが特別権力関係に基づいて被上
告人のために服務していたものであるとの理由のみをもつて、上告人らの被上告人
に対する安全配慮義務違背に基づく損害賠償の請求を排斥しているが、右は法令の
解釈適用を誤つたものというべきであり、その違法は原判決の結論に影響を及ぼす
ことが明らかであるから、原判決はこの点において破棄を免れない。そして、本件
については前叙のような観点から、更に審理を尽くさせる必要があるから、本件を
原審に差し戻すべきものとする。
 よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判
決する。
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    関   根   小   郷
            裁判官    天   野   武   一
            裁判官    坂   本   吉   勝
            裁判官    江 里 口   清   雄
            裁判官    高   辻   正   己

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