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平成19年2月1日判決言渡同日原本交付裁判所書記官
平成17年(ワ)第4418号損害賠償請求事件
口頭弁論終結日平成18年11月28日
判決
原告株式会社東京データキャリ
訴訟代理人弁護士岡崎守延
同平山正和
同村田浩治
被告有限会社スタンドオフ
被告P1
被告P2
被告P3
被告ら訴訟代理人弁護士千森秀郎
同磯田光男
同竹田千穂
同佐藤竜一
被告ら訴訟復代理人弁護士鈴木基之
主文
1原告の請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告ら(以下,被告有限会社スタンドオフを「被告会社」と,被告会社を除く
被告3名を「被告ら3名」という。)は,原告に対し,連帯して2261万48
80円及び
①内金1729万7073円に対する被告P3につき平成17年6月2日(訴
状送達の日の翌日)から,その余の被告らにつき同月1日(同左)から,
②内金313万2223円に対する平成17年8月31日(2005年8月2
9日付け請求の趣旨拡張申立書送達の日の翌日)から,
③内金8万5584円に対する平成18年8月4日(2006年7月28日付
け請求の趣旨変更申立書送達の日の翌日)から,
それぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,人材派遣事業等を営む原告が,原告の元従業員である被告ら3名及び
同人らを雇用した被告会社は,原告の顧客に関する情報及び派遣スタッフに関す
る情報(以下,順に「顧客情報」,「派遣スタッフ情報」といい,両者を併せて
「本件情報」という。)を使用して,原告の顧客の派遣元を原告から被告会社に
変更させ,原告の派遣スタッフを被告会社の派遣スタッフとして登録させたとし
て,かかる被告らの行為が不正競争防止法2条1項7号(被告ら3名につき)又
は同項8号(被告会社につき)所定の不正競争又は不法行為に当たると主張して,
主位的に不正競争防止法4条に基づき,予備的に民法709条に基づき,損害金
2261万4880円及びこれに対する民法所定の年5分の割合による遅延損害
金の支払いを求めている事案である。
1争いのない事実等
(1)当事者
ア原告は,リース会社,大手信販会社,ノンバンク等との業務提携による与
信調査事業,損害保険の査定業務のための損害調査事業,人材派遣事業等を
行う株式会社であり,関西地域における事業活動の拠点として西日本支社を
設けている。
イ被告会社は,平成6年9月5日に設立された,医療,介護,保健衛生に対
するコンサルタント業務等を目的とする有限会社である。
ウ被告ら3名及び訴外P4(被告ら3名とP4を併せて「被告ら4名」とい
う。)は,原告の元従業員であり,西日本支社で勤務していた。被告P1,
被告P3及びP4は,平成16年11月末付けで原告を退職し,同年12月
1日付けで被告会社に雇用され,被告P2は,同月28日付けで原告を退職
し,平成17年1月1日付けで被告会社に雇用された(P4の原告退職時期
と被告会社への入社時期につき乙5,被告P2の被告会社への入社時期につ
き,弁論の全趣旨)。
(2)原告の西日本支社における人材派遣業務
ア原告は,西日本支社において,人材派遣業務を行う部門として人材派遣セ
ンターを設けている。人材派遣センターの業務は,主に信販会社を派遣先と
する人材派遣を行うものである。
イ原告は,西日本支社長の下に,人材派遣業務の責任者として人材派遣セン
ター所長を配置し,さらにその下に,担当エリアごとに4名のマネージャー
を配置している。平成16年11月当時,西日本支社長はP5であり,被告
P1は人材派遣センター所長の地位にあり,被告P2,被告P3及びP4は
マネージャーの地位にあった。
(3)原告が保有する情報(本件情報)
ア顧客情報
原告は,顧客情報として,労働者派遣契約の締結先である信販会社の支店
名,電話番号,FAX番号,住所等に係る情報を保有している(甲4)。
イ派遣スタッフ情報
原告は,派遣スタッフ情報として,派遣スタッフの氏名,性別,生年月日,
入社日,住所,携帯電話番号,電子メールアドレス,ポケベル番号,交通機
関,所要時間,身分(学生,会社員等の区別),出退勤の状況,銀行口座番
号等に係る情報を保有している(甲5)。
2争点
(1)本件情報の営業秘密該当性
ア本件情報の秘密管理性
イ本件情報の有用性
ウ本件情報の非公知性
(2)被告ら3名は本件情報を不正に使用又は開示したか。
(3)被告会社は本件情報を不正に取得又は使用したか。
(4)被告らは本件情報を使用して違法行為を行ったか(不法行為の成否)。
(5)原告の被った損害
3争点に関する当事者の主張
(1)争点(1)ア(本件情報の秘密管理性)について
【原告の主張】
本件情報は,人材派遣部門のパソコンで管理され,そのうちの一部は,シフ
ト配置のために使用される「ロングシフト」と呼ばれる書類及び派遣スタッフ
に交付される「派遣スタッフ通知書」と題する書類に記載され,営業社員が業
務上使用される携帯電話にも保管されているところ,以下のような本件情報の
管理の実態からすれば,本件情報が秘密管理性の要件を充たしていることは明
らかである。
アパソコンへのアクセス者が必要最低限に限定されていること
人材派遣部門のパソコンは他部門とは繋がっていない。人材派遣部門の社
員は,営業社員,事務社員を問わず,誰でも本件情報にアクセスできるが,
それは業務上必要だからであり,パスワードによって更に特定の者にのみア
クセス者を限定することは,業務上非効率である。人材派遣部門の社員は,
営業社員と事務社員を併せて8∼9名である。したがって,本件情報は,人
材派遣業務を遂行する上で必要最小限の者のみがアクセスできる体制が保持
されているといえる。
イ社員への日常的な文書管理の指示がなされていること
P5支社長は,日常的に,人材派遣部門の社員に対し,業務上使用する文
書,特に本件情報が記載されている文書や,従業員に業務上預けている携帯
電話の取扱いについて,口頭で注意,指導していた。
例えば,人材派遣部門の所長やマネージャーは,派遣スタッフのシフト配
置を土日に行わざるを得ない場合があり,本件情報のうちシフト配置のため
に必要な情報が記載された,「ロングシフト」と呼ばれる書類を自宅に持ち
帰ることもあったが,P5支社長は,土日に持ち出したロングシフトは必ず
会社に返却するよう指示していた。被告P1も,「嫌だなと思う」ほど大量
の文書であっても,「ごみ箱に捨てては駄目だという認識」のもとに自分で
勝手に廃棄せず,社内に戻して会社の文書廃棄システムに乗せて処分してお
り,他の社員にも同様に指示していた。被告P1は人材派遣部門の所長であ
り,その直属の上司はP5支社長であるから,かかる被告P1の文書管理に
関する認識及び行いは,P5支社長の指導,指示が適切に行われていたこと
を推認させるものである。
ウ文書廃棄システムが確立されていること
原告では,ロングシフトを含め,業務上発生する営業情報が記載された文
書を厳格な廃棄システムによって廃棄処理している。
エ研修による社員及び派遣スタッフへの秘密管理の指示がなされていること
原告は,人材派遣部門の全社員及びすべての派遣スタッフに対し,採用時
に研修を行い,その中で,会社の営業情報に対する秘密保持の指導をしてい
る。この研修は,社員に対するものはP5支社長又は被告P1が行い,派遣
スタッフに対するものはマネージャーが担当している。
派遣スタッフには,派遣先の名称や同一派遣先に派遣される他のスタッフ
の氏名,連絡先が記載された,「派遣スタッフ通知書」と題する書面が交付
されるが,原告は,派遣スタッフに対する研修において,派遣スタッフ通知
書は必ず持ち帰ること,シフトが終わったら細かく破って捨てることを指導
している。派遣スタッフ通知書が各スタッフの手元に残ったままのこともあ
るが,派遣スタッフ通知書には派遣スタッフ情報のごく一部しか記載されて
いないこと,研修でその取扱いについて厳格に指導されていることからする
と,派遣スタッフ通知書が各派遣スタッフの手元に残ったままであるとして
も,秘密管理性は否定されない。
オ就業規則において秘密管理を定めていること
原告は,西日本支社にも就業規則(甲32)を常置しているが,その第3
3条(5)において「会社の業務上機密および会社の不利益となる事項を他に
漏らさないこと」と定め,第37条(5)では「会社の秘密を漏らし損害を与
えたとき」には「制裁を行う」ことも定めている。
被告ら4名は,被告P1が人材派遣部門の所長であり,他の3名はマネー
ジャーの地位にある者であるから,本件情報が就業規則第33条(5)の「会
社の業務上機密および会社の不利益となる事項」に当たることを十分に認識
し,或いは認識し得る者である。現に,被告P1は,退職前に就業規則の内
容を確認し,そこにこの営業秘密の保持を定めた条項が存在し,本件情報が
その規制の対象となることを認識している。就業規則に対する被告らの認識
は,被告P1の上記認識に代表されている。
カ個別の従業員に秘密保持の誓約文書の作成を求めていること
(ア)原告は,従前より,従業員に対し,「CARRY」という名前の社内
ニュースを定期的に発行し,その中で,業務上の会社情報の秘密保持を指
示してきた。また,原告は,平成16年初めより,西日本支社の入り口の
壁に,ポスターの形で,業務上の会社情報の秘密保持を啓発してきた。
(イ)原告は,平成15年11月には,すべての従業員に対し,甲7の「個
人情報秘密保持誓約書」の作成を求めた。甲7の誓約書は,直接には取引
先から得た個人情報などを対象としたものではあるが,これによって,原
告が業務上取り扱う情報の秘密保持に厳格な対処をしてきた事実が確認で
きる。
(ウ)原告は,平成16年10月中旬ころ,すべての従業員に対し,甲8の
「コンプライアンスに係る誓約書」の作成を求めた。甲8の誓約書は,甲
7の誓約書とは異なり,取引先から得た個人情報などにとどまらず,本件
情報を含む会社の営業機密全般を広く対象としたものである。
甲8の第1条では「貴社従業規則を遵守し」とあり,就業規則に定めら
れている秘密保持義務が重ねて確認されている。そして,第3条には「貴
社の営業上の情報」と記載されたうえで,「②取引先関係者の一切の個人
情報」及び「④他社との業務提携に関する情報」と記載されており,顧客
情報はここに含まれる。また,「③財務,人事等に関する情報」の中に派
遣スタッフ情報が含まれる。
原告は,被告ら4名を含む従業員全員に甲8を提示して署名を求め,被
告ら4名及び同被告らと同時に退職した事務社員を除く全員がこれに署名
した。被告P1は,甲8の文章に全て目を通したうえで,甲8の第3条①
ないし⑥の中に本件情報が含まれると認識し,そのうえで同被告以外の他
の被告ら4名に対して「書かなくていいよと言った」というのであるから,
被告P1の認識が同被告らにも共有されていることが推認される。
原告による甲8の被告ら4名への提示は,本件情報に対する原告の秘密
管理意思の,極めて明確な表明と評価される。
キ社員の退職時に携帯電話並びに関係文書類を厳格に返還させていること
原告は,従業員が退職する際には,従業員が業務上保持,作成した文書類,
名刺及び業務に使用した携帯電話は,すべて原告に返還させている。
【被告の主張】
秘密として管理されているといえるためには,①当該情報にアクセスした者
に当該情報が秘密であることを認識できるようにされていること,②当該情報
にアクセスできる者が制限されていることなどが必要とされるが,以下の点か
ら考えると,本件情報が秘密管理されていたとはいえない。
ア本件情報は4Dというソフトによりパソコン上で電子データとして管理さ
れていたが,パソコンを立ち上げる場合も,4Dにアクセスするためのパス
ワードも設定されていなかった。
人材派遣の部署は,他部署と同じフロアーにあって,遮蔽等されていな
かったから,誰でも4Dがインストールされたパソコンにアクセスできる状
態にあった。
イ原告においては,具体的店舗にどの人材を派遣するかについては,4Dを
利用して,店舗・月ごとに一覧表(シフト表)を打ち出していた。シフト表
には,顧客に関する情報,具体的派遣先店舗の名称,連絡先,派遣されるス
タッフの氏名,連絡先電話番号が記載されていたが,これらは原告が主張し
ている営業秘密そのものである。
シフト表は,月ごと,店舗ごとに各派遣スタッフに配布されていた。シフ
ト表に関して取扱を定めた社内規定等はなく,月が終わっても各派遣スタッ
フから回収するような措置はとっていなかった。
ウ派遣スタッフの中には,他の人に自分の電話番号を知られたくない者がい
て,シフト表になぜ自分の電話番号を載せるのかと会社に苦情を言ってきた
ことがあった。被告P1はP5支社長に相談したが,苦情を言ってきた者の
電話番号を消して配布することにしただけで,根本的な対応策は取られな
かった。
エ派遣スタッフの中には,シフト表を店舗に忘れる者もあった。また,シフ
ト表が店舗に張り出されている場合があり,店舗の販売員がシフト表に記載
されている派遣スタッフの電話番号を見て連絡してくる場合もあった。
オ被告ら4名の原告在職中,原告においては,営業秘密管理規定が存在せず,
原告と被告ら4名との間で秘密保持契約が交わされることはなかった。
なお,原告は,被告ら4名が退社する直前に,「コンプライアンスに係る
誓約書」(甲8)について,同人らに署名を求めたが,同人らはこれに応じ
ることはなかった。原告は,同人らが署名しないことについて,特に理由を
尋ねることもなかった。
カ原告においては,本件情報の取扱いについて,主として個人情報保護の観
点から口頭で指示をしたり,研修を行ったことはあったが,営業秘密保持の
観点から指示をしたり研修を行ったことはなかった。
キ会社のフロアーに貼り出されていたという秘密保持に関するポスターは,
個人情報の保護に関するものであって,営業秘密の保持に関するものではな
かった。
また,業務上不要となった書類を業者に依頼して廃棄処分とすることは会
社として当然であり,そのことで秘密管理の徹底を図っていることにはなら
ない。
(2)争点(1)イ(本件情報の有用性)について
【原告の主張】
顧客情報は,取引先の社名,支店名それらの人材派遣部門の担当者名,各人
材派遣先の場所,業務内容などを内容とするものであるところ,これらは原告
が継続的な営業活動によって蓄積したものであって,同業他社との競争のうえ
で多大な財産的価値を有する有用な情報である。
また,派遣スタッフ情報も,原告が顧客からのスタッフの派遣依頼に応じて,
効果的にスタッフを派遣するうえで欠かせない有用な営業情報である。
したがって,本件情報は,有用性の要件を充足している。
【被告の主張】
被告ら4名は,個別の労働者派遣契約を信販会社の支店との間で締結する際
に,本件情報を利用したことはない。
したがって,本件情報に有用性はない。
(3)争点(1)ウ(本件情報の非公知性)について
【原告の主張】
本件情報は,原告以外の者には容易に知り得ない。
派遣スタッフ通知書は各派遣スタッフに配布されているが,派遣スタッフは,
原告と契約する派遣スタッフであるから原告の内部者であり,外部者ではない。
また,派遣スタッフ通知書に派遣スタッフの連絡先が記載されているのは,具
体的な派遣先に赴く際に,派遣スタッフ同士が初対面の場合が多く,互いに連
絡を取り扱う必要に応じての措置であり,合理的必要性に基づくものである。
派遣スタッフに対して派遣スタッフ通知書の取扱いが厳しく指導されているこ
とは,上述のとおりである。
したがって,本件情報は,非公知性の要件を充足している。
【被告の主張】
顧客情報,具体的派遣先店舗に関する情報,派遣スタッフの連絡先等の一部
については,シフト表に記載され,それが各派遣スタッフに配布され,使用後
も回収されるようなことはなく,そのため,各派遣スタッフは,シフト表を見
れば互いに連絡先を知り得る状態になっていた。
このような状況からすると,本件情報が非公知であったということはできな
い。
(4)争点(2)(被告ら3名における本件情報の不正使用開示行為の有無)につい

【原告の主張】
ア顧客情報の不正使用
(ア)被告ら4名は,退職の直後から,顧客情報を使用して原告の取引先の
担当者に連絡をとり,これまで原告が契約してきた派遣先の派遣会社を被
告会社に変更することを強く働きかけた。具体的には,被告P1は取引先
の支店長に,同被告以外の他の被告ら4名は人材派遣部門の担当者に,と
それぞれ原告の勤務当時に繋がりのあった相手に働きかけるという態様で
あった。
(イ)被告ら4名による原告顧客への勧誘は,被告ら4名の一斉退職による
原告業務の混乱により生じたスタッフの配置漏れなどの事態を利用して行
われたものであり,その態様においても著しく不正である。すなわち,被
告ら4名は,自分たちが原告の人材派遣部門の中枢を占める者であって,
一度に退職すれば原告の人材派遣部門の業務遂行に重大な支障が出ること
を承知のうえで,平成16年11月末から12月末にかけて一斉に退職し
た。しかも,被告ら4名による退職表明は,退職の直前である同年10月
に行われたものであり,原告がそれに対処する時間的余裕が全くない状態
のものであった。このとき残ったマネージャーはP61人という状態で
あり,到底適正な対応ができる状態ではなかった。
(ウ)この結果,原告の人材派遣部門の業務に忽ち大きな混乱が発生した。
すなわち,平成16年12月のスタッフ配置は,従前に比べて甚だ配置漏
れが多く,これは,被告ら4名が,故意にか,或いは被告会社への移籍準
備のために原告の業務をおろそかにしたか,いずれかによるためと考えら
れる。甲第28号証は,平成16年12月の派遣スタッフの配置漏れを抜
き出した書類であるが,ここには,同月1日以降に派遣依頼のあったもの
は含まれていない。
これに引き続き,平成17年1月には,原告の体制の混乱により正確な
スタッフのシフトが行えなかった,従前原告に登録していた派遣スタッフ
(以下「原告スタッフ」という。)に連絡が取れなくなった,予定してい
たスタッフがシフトどおりに業務につかないなどの事態が発生し,これら
によってスタッフの配置漏れが少なからず発生した。
これは,被告ら4名の一斉退職による原告の体制の混乱と,被告ら4名
による多数の原告スタッフに対する被告会社への登録替えの勧誘に原因す
る事態である。
(エ)被告ら4名は,このような原告の混乱状態に便乗して,原告の契約先
に対し,「被告会社は,原告に1月に見られたようなスタッフの配置漏れ,
派遣漏れを絶対にしない」ことをセールスポイントとして営業活動を行っ
て,被告会社への派遣会社の変更を勧誘し,もって従前原告が派遣元と
なっていた7店舗について派遣元の変更を実現させた。
(オ)以上のとおり,被告ら4名による原告の顧客に対する勧誘行為は,そ
の形態においても著しく不正であり,不正競争防止法2条1項7号所定の
不正使用行為に該当する。
イ派遣スタッフ情報の不正使用
(ア)被告ら4名は,退職の前後から,派遣スタッフ情報を使用して,原告
スタッフに積極的に連絡を取り,原告スタッフに対し被告会社へのスタッ
フ登録を強く勧めた。被告P2においては,甲第29号証のメール記録よ
り,退職前から原告スタッフへの勧誘行為を実行していることが客観的に
明白であり,同様の行為は同被告以外の他の被告ら4名にも存在したと推
認される。
平成17年1月の被告会社の人材派遣業務のスタート時点で,被告会社
の登録スタッフの大半は原告スタッフという状況であり,被告会社は,専
ら原告から登録替えしたスタッフのみで人材派遣業務をスタートさせたと
いえること,しかも,このスタッフの登録替えは,被告ら4名の退職後僅
か1か月足らずの間に実現していることからすれば,被告ら4名による勧
誘が,「退職の話のついでに転勤先を告げた」という程度のものであった
とは考えられない。
(イ)被告ら4名の勧誘文言は,「原告の派遣先は,全て被告会社の契約に
変わる」という,全く事実に基づかないものであった。これにより,少な
からぬ原告スタッフが被告会社に登録替えした。このように全く事実では
ないことを一方的に原告スタッフに告げる勧誘文言は,原告スタッフを大
きく困惑させるものであり,不当な勧誘形態である。
(ウ)被告ら4名の勧誘によって,被告会社の人材派遣業務のスタート時点
で,被告会社の派遣スタッフの大半が被告らによって勧誘された原告ス
タッフという状態が作り出された。また,派遣元が原告から被告会社に変
更された7店舗の全てにおいて,従前原告のスタッフとして勤務してきた
者が被告会社のスタッフに登録する体制が整えられた。
(エ)被告ら4名は,このようにして多数の原告スタッフを被告会社に移籍
させたうえで,原告の顧客に対し,「これまで原告が派遣してきたのと同
じスタッフを派遣できる」ことを大きなセールスポイントとして,派遣会
社の変更を勧誘した。このような勧誘の方法自体が,原告の派遣スタッフ
情報を使用しての勧誘であることは明らかである。
(オ)原告の契約先は,「今までどおりの原告スタッフを派遣できる」こと
に大きな価値を認めるとともに,平成17年1月に原告において発生した
一定のスタッフの派遣漏れに不安を感じ,かつ,被告ら4名が被告会社に
おいて連絡の窓口になることへの安心感も加わって,被告ら4名の勧誘に
応じたのである。
(カ)被告会社は,これまで人材派遣の実績が全くなく,いくら被告会社が
原告の顧客に対して本件情報を使用することなく一般的に営業活動を行っ
ても,各顧客が派遣会社を被告会社に変更することは,容易には考え難い。
各顧客は,「今までどおりの原告スタッフをシフトできる」との勧誘及び
平成17年1月に原告において発生した一定の混乱に便乗した勧誘があっ
たからこそ,派遣会社の変更に応じたものである。
(キ)以上の態様による,被告ら4名による原告の顧客及び原告スタッフへ
の勧誘行為が,不正競争防止法2条1項7号所定の不正使用行為に該当す
ることは明らかである。
【被告の主張】
ア原告スタッフへの働きかけ,勧誘について
(ア)原告は,被告ら3名が本件情報を使用して,原告スタッフに移籍を勧
誘し,移籍させたと主張するが,原告の主張は,被告ら3名のうち誰の,
誰に対する,どのような勧誘行為が不正目的使用開示行為に当たるのか全
く特定されておらず,主張自体失当である。
(イ)原告の主張は,本件情報を利用しなければ各派遣スタッフに連絡をと
れないような状況があって初めて根拠付けられる可能性があるが,各派遣
スタッフの連絡先はシフト表に記載されており,各派遣スタッフは互いの
連絡先電話番号を知り得る状況にあったから,原告の主張は理由がない。
(ウ)以上のとおり,原告の上記主張は理由がない。
イ被告ら4名の営業活動について
(ア)原告は,被告ら3名が本件情報を使用して派遣会社を原告から被告会
社に変更させたと主張するが,原告の主張は,被告ら3名のうち誰が,本
件情報を使用して,誰に対して営業活動を行ったのか全く特定されておら
ず,主張自体失当である。
(イ)原告の主張に沿う証拠として,P5証人とP6証人の供述があるが,
同供述は,信販会社のP7支店長からの伝聞供述で,不正確である。
また,これら供述は,具体的店舗に特定の派遣スタッフが派遣されると
いうことが,信販会社と特定店舗に係る派遣契約を締結するに当たって重
視されることが前提となっている。しかし,各派遣スタッフが従事する仕
事内容は各店舗で変わるものではないし,各派遣スタッフは研修を受けた
後,各店舗に派遣されるので,誰かが都合で休むような場合は代わりに派
遣されることがよくあり,また,派遣スタッフとして働くこと自体短い場
合が多く,大多数の者は1年未満に過ぎないことからすると,例外的に店
舗とのつながりが強い派遣スタッフは存在するものの,大多数の者は店舗
とのつながりが強いわけではない。したがって,特定店舗に必ず特定の派
遣スタッフを派遣しなければならないということはなく,被告ら3名が信
販会社の支店に営業活動をする際に,特定の店舗に特定のスタッフを派遣
することを提案することはあり得ない。
なお,原告が,被告ら4名のうちの誰かからP7支店長に提案があった
と述べているのは,K4店とK2店に関してだけであって,他の店舗に関
してどのような営業活動がなされたのかについては証拠がない(P8支店
長からの伝聞供述があるが,不正確であり,被告ら3名のうち誰かがP8
支店長に働きかけを行ったのかさえ明らかでない。)。
(ウ)以上のとおり,原告の上記主張は理由がない。
(5)争点(3)(被告会社会社における本件情報の不正取得使用行為の有無)につ
いて
【原告の主張】
被告会社と被告ら4名は,被告ら4名の退職の2年も前から,被告会社にお
いて人材派遣部門を新規に開設することを計画し,そのもとに,被告会社は,
被告ら4名を人材派遣部門の中枢社員として採用し,被告ら4名が前記の態様
によって本件情報を使用することを積極的に共謀したものである。これは,不
正競争防止法2条1項8号所定の不正取得使用行為に該当する。
【被告の主張】
争う。
(6)争点(4)(不法行為の成否)について
【原告の主張】
ア被告らの共謀
被告ら3名と被告会社は,被告ら3名の退職の約2年前から,被告ら3名
が原告を退職すると同時に被告会社に移籍して人材派遣部門を新設・開業す
ること,具体的には,原告の顧客の契約先を被告会社に変更させ,原告ス
タッフを被告会社に移籍・登録させることを計画した。
イ被告ら3名の雇用契約上の善管注意義務
被告ら3名は,いずれも原告との雇用契約に基づき,原告の業務を誠実に
遂行すべき善管注意義務を負っていた。とりわけ,被告ら3名は,原告の人
材派遣部門の中枢である所長及び4名のマネージャーのうち3名であるから,
その地位の重要性に対応した高度の善管注意義務を負っていた。
ウ原告における営業秘密保持の体制
本件情報は,人材派遣業務遂行における極めて重要な情報であって,原告
は,本件情報の秘密管理を徹底していた。原告における秘密保持の体制は,
前記(1)【原告の主張】記載のとおりである。
エ被告ら3名の違法行為
被告ら3名は,本件情報を使用して,原告の利益を侵害する違法行為を
行った。被告ら3名による違法行為の内容は,前記(4)【原告の主張】記載
の内容と基本的に共通するが,その要点は次のとおりである。
(ア)被告ら3名は,退職の前後から,派遣スタッフ情報を使用して,原告
スタッフに積極的に連絡を取り,原告スタッフに対し被告会社へのスタッ
フ登録を強く勧めた。被告P2においては,甲第29号証のメール記録よ
り,退職前から原告スタッフへの勧誘行為を実行していることが客観的に
明白であり,同様の行為は同被告以外の他の被告ら3名にも存在したと推
認される。
(イ)被告ら3名の勧誘文言は,「原告の派遣先は,全て被告会社の契約に
変わる」という,全く事実に基づかないものであった。これにより,少な
からぬ原告スタッフが被告会社に登録替えした。
(ウ)被告ら3名の勧誘によって,被告会社の人材派遣業務のスタート時点
で,被告会社の派遣スタッフの大半が被告らによって勧誘された原告ス
タッフという状態が作り出された。また,派遣元が原告から被告会社に変
更された7店舗の全てにおいて,従前原告のスタッフとして勤務してきた
者が被告会社のスタッフに登録する体制が整えられた。
(エ)被告ら3名は,原告の人材派遣部門の中枢を占める者であって被告ら
3名が一度に退職すれば原告の人材派遣部門の業務遂行に重大な支障が出
ることを承知のうえで,平成16年11月末から12月末にかけて一斉に
退職した。
(オ)この結果,原告の人材派遣部門の業務に忽ち大きな混乱が発生した。
すなわち,平成16年12月のスタッフ配置は,従前に比べて甚だ配置漏
れが多く,これは,被告ら4名が,故意にか,或いは被告会社への移籍準
備のために原告の業務をおろそかにしたか,いずれかによるためと考えら
れる。
これに引き続き,平成17年1月には,原告の体制の混乱により正確な
スタッフのシフトが行えなかった,従前の原告スタッフに連絡が取れなく
なった,予定していたスタッフがシフトどおりに業務につかないなどの事
態が発生し,これらによってスタッフの配置漏れが少なからず発生した。
これは,被告ら4名の一斉退職による原告の体制の混乱と,被告ら4名
による多数の原告スタッフに対する被告会社への登録替えの勧誘に原因す
る事態である。
(カ)被告ら3名は,このような原告の混乱状態に便乗して,原告の契約先
に対し,「被告会社は,原告に1月に見られたようなスタッフの配置漏れ,
派遣漏れを絶対にしない」ことをセールスポイントとして営業活動を行っ
て,被告会社への派遣会社の変更を勧誘し,もって従前原告が派遣元と
なっていた7店舗について派遣元の変更を実現させた。
(キ)この勧誘は,被告ら3名が原告の業務の中で得た契約先の情報(担当
者の部署,氏名,連絡方法など)に専ら依拠して行われた。また,原告の
業務において,各契約先の担当者と専ら接触してきたのは被告ら3名であ
ることから,被告ら3名はこのつながりを最大限利用して,各担当者に派
遣会社の変更を働きかけた。この勧誘において,被告ら3名は,「今まで
どおりの原告スタッフを派遣できる」こと,「原告において平成17年1
月に見られたようなスタッフの配置漏れ,派遣漏れを絶対にしない」こと
などを大きなセールスポイントにして訴えた。
(ク)原告の契約先は,「今までどおりの原告スタッフを派遣できる」こと
に大きな価値を認めるとともに,平成17年1月に原告において発生した
一定のスタッフの派遣漏れに不安を感じ,かつ,被告ら3名が被告会社に
おいて連絡の窓口になることへの安心感も加わって,被告ら3名の勧誘に
応じたのである。
(ケ)このようにして実行された派遣会社の変更は,被告らが,被告ら3名
の突然の一斉退職及び多数の原告スタッフの被告会社への登録替えによる
原告の業務上の混乱を利用して行われたものである。
かかる被告ら3名の行為態様は,営業上の自由競争の範囲を完全に逸脱
しており,明らかに違法である。
(コ)被告ら3名の行為は,原告の従業員の時代から計画され,退職と前後
して実行されたものであり,しかも被告ら3名が原告の人材派遣部門の幹
部社員であるという地位に鑑みれば,被告ら3名の行為は,全体として,
原告に対する従業員としての雇用契約上の誠実義務に違反している。
以上の点において,被告ら3名の行為は,違法に原告の利益を侵害する
ものであるから,民法709条の不法行為を構成する。
オ被告会社の責任
被告会社は,上記のとおり,被告ら3名と共謀のうえ,被告ら3名による
上記違法行為を受け入れ,かつ,被告ら3名が被告会社の従業員となった後
も積極的にその違法行為を実行せしめているのであるから,被告ら3名と同
様の責任を負担しなければならない。
【被告らの主張】
争う。
(7)争点(5)(原告の損害)について
【原告の主張】
ア被告らの不正競争行為ないし不法行為により,7店舗について,派遣会社
が原告から被告会社に変更された。すなわち,平成17年2月に,K1店,
K2店,K3店,K4店,㈱K5(以下,以上5店舗を併せて「本件5店
舗」という。)の派遣元が変更され,同年10月から,K6店,K7店(以
下,以上2店舗を併せて「本件2店舗」といい,本件5店舗と併せて「本件
7店舗」という。)の派遣元が変更された。
イ原告は,被告らの不正競争行為ないし不法行為がなければ,今後少なくと
も2年間は本件7店舗との間で人材派遣契約を継続することができ,過去2
年間の利益(売上額の合計から派遣スタッフに支払った人件費を差し引いた
金額)と同程度の利益を確保できたことが想定される。
ウ本件7店舗の過去2年間の利益額は,次のとおりであった。
(ア)本件5店舗の利益額
(平成15年1月から平成16年12月までの2年間の利益額。ただし,
㈱K5については,平成16年10月から平成17年12月まで3か月間
の利益額)
①K1店○万○○○○円
②K2店○万○○○○円
③K3店○万○○○○円
④K4店○万○○○○円
⑤㈱K5○万○○○○円
(イ)本件2店舗の利益額
(平成15年8月から平成17年7月までの2年間の利益額)
①K6店○万○○○○円
②K7店○万○○○○円
エしたがって,原告は,被告らの不正競争行為ないし不法行為により,以下
の合計○万○○○○円の得べかりし利益を失った。
(ア)本件5店舗の今後2年間の予想利益額○万○○○○円
①K1店○万○○○○円
②K2店○万○○○○円
③K3店○万○○○○円
④K4店○万○○○○円
⑤㈱K5○万○○○○円
(○万○○○○円÷3×12=○万○○○○円)
(イ)本件2店舗の今後2年間の予想利益額○万○○○○円
①K6店○万○○○○円
②K7店○万○○○○円
オ以上によれば,原告は,被告らの不正競争行為ないし不法行為により,上
記逸失利益○万○○○○円に弁護士費用○万円を加えた合計2261万48
80円の損害を被った。
【被告の主張】
争う。
第3争点に対する当裁判所の判断
1争点(1)ア(本件情報の秘密管理性)について
(1)不正競争防止法における「営業秘密」に該当するためには,①秘密として
管理されている情報であること(秘密管理性),②事業活動に有用な技術上又
は営業上の情報であること(有用性),③公然と知られていない情報であるこ
と(非公知性)の3つの要件を充足する必要がある(同法2条6項)。
原告は,本件情報を保有し,これが不正競争防止法2条6項所定の営業秘密
に該当する旨主張するので,まず,本件情報が秘密として管理されていたか否
かを検討する。
(2)前記争いのない事実等に証拠(甲1,2,4ないし8,10の1ないし3,
11,32,乙4,5,P5証人,P4証人,被告P1)及び弁論の全趣旨を
総合すれば,以下の事実が認められる。
ア西日本支社の構成等
原告は,関西地域における事業活動の拠点として西日本支社を設け,大阪
府茨木市所在のビルのワンフロアーにその事務所を設置している。西日本支
社には,P5支社長の下,人材派遣業務を行う部門(人材派遣センター),
与信調査業務を行う部門,損害保険関係の調査業務を行う部門があり,これ
らはすべて同じフロアーにあった。平成16年11月当時,西日本支社には,
従業員13名ないし14名が勤務し,人材派遣センターには,被告ら4名を
含む営業社員に事務社員を加えた,合計7名ないし9名が勤務していた。
イ人材派遣センターの業務
人材派遣センターの業務は,主に信販会社を派遣先とする人材派遣を行う
ものであり,具体的には,信販会社との間で労働者派遣基本契約を締結し,
原告が雇用した派遣スタッフを,当該信販会社が電気店において行うクレ
ジットカードの募集業務(派遣スタッフが信販会社のために加盟店の特典の
ついた信販会社のポイント付きクレジットカードの会員となるよう勧誘する
業務。具体的には,店舗内の客に声かけを行い,特典の説明をした後,客の
了解が得られたら申込用紙に記入してもらうというもの)及びクレジットの
受付業務(商品代金の分割払いを希望する客に,派遣スタッフがクレジット
カードの会員となるよう勧誘し,面談して契約書を作成する業務)に従事さ
せるため,派遣先となる店舗ごとに,当該信販会社の支店との間で個別の労
働者派遣契約を締結するというものである。
ウ被告ら3名の担当業務
被告P1は,平成9年4月ころ原告に入社し,西日本支社の与信調査部門
を経て人材派遣部門に異動し,平成12年ころ人材派遣センター所長に昇格
した。平成16年11月当時,被告P1は,人材派遣センター所長として,
営業活動や派遣スタッフのシフト管理等,西日本支社で行う人材派遣業務全
般を統括していたが,同月末付けで原告を退職し,同年12月1日から被告
会社で人材派遣業務に従事している。
被告P2及び被告P3は,平成16年11月当時,人材派遣センターにお
いて,いずれもマネージャーとして担当地域を持っていた。マネージャーの
業務は,各派遣スタッフと連絡を取ってシフトを組むこと(具体的な派遣日
と派遣店舗を決めること),派遣スタッフの出退勤の管理を行うこと,派遣
スタッフから連絡を受けて派遣先での業務に関する相談事に対応すること,
信販会社支店担当者と連絡をとること等である。被告P3は,同月末付けで
原告を退職し,同年12月1日から被告会社で人材派遣業務に従事しており,
被告P2は,同月28日付けで原告を退職し,平成17年1月1日から被告
会社で人材派遣業務に従事している。
平成16年11月当時の他の2名のマネージャーは,P6とP4であっ
た。。
エ本件情報の保管媒体①(パソコン)
人材派遣センターでは,派遣先である信販会社の支店名,電話番号,FA
X番号,住所等に係る情報(顧客情報)と,派遣スタッフの氏名,性別,生
年月日,入社日,住所,携帯電話番号,電子メールアドレス,ポケベル番号,
交通機関,所要時間,身分(学生,会社員等の区別),出退勤の状況,銀行
口座番号等に係る情報(派遣スタッフ情報)を保有し,これら情報(本件情
報)を,人材派遣センターのパソコンに4Dというソフトを用いて入力して
保管していた。
4Dがインストールされているパソコンは,人材派遣センターに7台設置
されていたが,これらパソコンを立ち上げるためのパスワードは設定されて
おらず,また,4Dを立ち上げるためのパスワードも設定されていなかった。
そのため,人材派遣センター所属の従業員であれば,営業社員であれ事務社
員であれ,誰でも4Dにアクセスすることが可能であり,実際,人材派遣セ
ンター所長,各マネージャーはもとより,事務社員も,新たに派遣スタッフ
を雇用することになった場合や顧客情報に変更が生じた場合に情報の内容を
更新するため,必要に応じて随時4Dにアクセスしていた。4Dがインス
トールされたパソコンは,他の部門のパソコンとは接続されていなかったが,
他の部門は人材派遣センターと同じフロアーにあり,人材派遣センターと他
の部門との間に遮蔽物は設けられていなかったため,各部門の間を自由に行
き来することができ,他の部門の従業員であっても4Dにアクセスすること
が可能な状態にあった。
オ本件情報の保管媒体②(ロングシフト)
本件情報のうち,派遣スタッフのシフト配置に必要な情報は,「ロングシ
フト」と呼ばれる書類(以下,単に「ロングシフト」という。)として出力
されていた。
各マネージャーは,派遣スタッフのシフト配置を行うため,必要に応じて
担当地域のロングシフトをプリントアウトして所持しており,被告P1も人
材派遣センター所長としてシフト管理を行う必要から,同様にロングシフト
をプリントアウトして所持していた。
シフト配置は,会社が休日の場合にも行わざるを得ない場合があり,被告
P1及び各マネージャーは,ロングシフトを自宅に持ち帰ることがあったが,
P5支社長はこれを黙認していた。
原告は,ロングシフトの取扱いを定めた社内規定を作成しておらず,各マ
ネージャー等が自宅に持ち帰ったロングシフトを事務所に持ち戻して廃棄し
ているかどうかをチェックしていなかった。もっとも,被告P1は,ロング
シフトを自宅に持ち帰った場合,これを自宅で廃棄することはなく,西日本
支社の事務所に持ち戻して廃棄していた。
カ本件情報の保管媒体③(派遣スタッフ通知書)
原告は,派遣店舗ごと,月ごとに,「派遣スタッフ通知書」と題する書面
(以下,単に「派遣スタッフ通知書」という。)を作成して各派遣スタッフ
に配布していたが,派遣スタッフ通知書には,本件情報のうち,当該店舗に
当該月にシフト配置される派遣スタッフ全員の氏名及び携帯電話番号,各店
舗を担当する信販会社支店担当者の氏名及び連絡先が記載されている。
1店舗にシフト配置される派遣スタッフの人数は,店舗によって異なるも
のの3名ないし20名近くであることから,1枚の派遣スタッフ通知書には
3名ないし20名近くの派遣スタッフの情報が記載されている。また,派遣
スタッフの中には,複数の店舗にシフト配置される者もあり,そのような派
遣スタッフは,シフト配置される店舗の数分だけ派遣スタッフ通知書の配布
を受けていた。各派遣スタッフは,配布を受けた派遣スタッフ通知書を自由
に持ち歩いていた。原告は,派遣スタッフに対する研修において,派遣ス
タッフ通知書を派遣先店舗に置き忘れたりしないようにとの注意をしていた
が,実際には,置き忘れや,同通知書が派遣先店舗のカウンターに張り出さ
れていて部外者に個人情報が知られたためのトラブルがあったこともあった。
原告は,派遣スタッフ通知書の取扱いを定めた社内規定を作成しておらず,
当該月が終わっても,各派遣スタッフから派遣スタッフ通知書を回収してい
なかったし,廃棄の確認の措置もとっていなかった。
派遣スタッフの中には,なぜ原告は,派遣スタッフ通知書に自分の電話番
号を載せるのか,他の人材派遣会社ではそういうものに連絡先は載せていな
い,電話番号を消してほしいと苦情を言う者があり,被告P1は,苦情を受
けてP5支社長に対応を相談したが,同支社長は,苦情を言ってきた派遣ス
タッフの電話番号を消して配布することを指示しただけで,それ以上の対策
は講じなかった。
キ本件情報の保管媒体④(携帯電話)
原告は,業務上の必要から,携帯電話に本件情報の一部を記録,保管し,
これを営業社員に貸与していたが,原告は,この携帯電話の取扱いを定めた
社内規定を作成していなかった。
P5支社長は,被告ら4名が退職するに当たり,各人から,名刺,ロング
シフト等の業務上の文書の返還を受けたが,上記携帯電話については,被告
ら4名から返却の申し出があったものの,原告の業務のフォローのために携
帯電話を持っておいてほしい旨要請した。被告ら4名は,これに応じて,退
職後しばらくの間,携帯電話を使って原告の業務のフォローを行ったが,そ
の後,被告ら4名から申し出て,携帯電話を返却した。
ク就業規則
原告の就業規則には,秘密の保持に関して,第33条(服務心得)に「社
員は服務の遂行にあたっては,常に次の事項を守り業務に精励しなければな
らない。」として,「(5)会社の業務上機密および会社の不利益となる事
項を他に漏らさないこと」と,第37条(制裁)に「社員が次の各号の一つ
に該当するときは,次条の規定により制裁を行う。」として,「(5)会社
の秘密を漏らし損害を与えたとき」との定めがあった。
ケ個人情報秘密保持誓約書
原告は,派遣先の信販会社から,信販会社が扱うクレジットカード会員の
個人情報を外部に漏らさないことを誓う誓約書を派遣スタッフから取って欲
しいとの要請を受け,平成15年11月ころ,「個人情報秘密保持誓約書」
と題する書面(甲7。以下,単に「個人情報秘密保持誓約書」という。)を
作成し,派遣スタッフに署名を求めた。
ココンプライアンスに係る誓約書
原告は,社内の規程をISMSという情報のセキュリティーに関する規格
基準に適合させるため,平成16年10月ないし11月ころ,「コンプライ
アンスに係る誓約書」と題する書面(甲8。以下,単に「コンプライアンス
に係る誓約書」という。)を作成し,全従業員に署名を求めた。西日本支社
の従業員は,被告ら4名を除いて,すべてコンプライアンスに係る誓約書に
署名をしたが,被告ら4名は,署名しないまま原告を退職した。
コンプライアンスに係る誓約書には,第1条(規則等の遵守)に「貴社就
業規則及び貴社秘密管理規程及び貴社競業避止規程を遵守し,誠実に勤務す
ることを約束致します。」と,第3条(秘密保持の誓約)に「貴社秘密管理
規程を遵守し,次に示される貴社の調査上または営業上の情報(以下「秘密
情報」という)について,貴社の許可なく,如何なる方法をもってしても,
開示,漏洩もしくは使用しないことを約束致します。」として,「①業務に
係わる企画,資料,調査等の情報,②取引先関係者の一切の個人情報,③財
務,人事等に関する情報,④他社との業務提携に関する情報,⑤上司または
営業秘密等管理責任者により秘密情報として指定された情報,⑥以上のほか,
貴社が特に秘密保持対象として指定した情報」が列挙され,第7条(退職金
の減額)に「前各条項に違反した場合には,退職金規程に基づき算定される
退職金額を減額されることを確認致します。(以下省略)」と,第8条(損
害賠償)に「前各条項に違反して,貴社の秘密情報を開示,漏洩もしくは使
用した場合,競業した場合,法的な責任を負担するものであることを確認し,
これにより貴社が被った一切の損害を賠償することを約束致します。」と定
められていた。
サ被告ら3名が原告に在職中,原告において,営業秘密管理規定は存在せず,
また,原告と被告ら3名との間で,秘密保持契約は締結されていない。
(3)情報が営業秘密として管理されているか否かは,具体的事情に則して判断
されるものである。しかし,事業者は,例えば従業員・関係者のプライバシー
の保護や,悪用の防止等様々な観点から,内部情報を不必要に公表しないこと
も多く,これらすべてが不正競争防止法上の「営業秘密」に該当するような解
釈を採ると,同法の「営業秘密」に関する刑事罰の対象となる行為の限界が不
明確となる結果を招くことになるうえ,従業員の職業選択(転職)の自由を過
度に制限する結果となる。したがって,同法の営業秘密であるためには,当該
情報にアクセスした者が,当該情報が営業秘密であることを認識できるように
していること及び当該情報にアクセスできる者が制限されていることを要する
ものと解すべきである。
(4)上記要件に関しては,以下の点が問題となる。
アパソコン中の本件情報について
本件情報は,西日本支社の従業員であれば誰でも閲覧可能なパソコンに保
存され,そのパソコンには,パソコンを立ち上げるためのパスワードも,本
件情報が入力されているソフトを立ち上げるためのパスワードも設定されて
いなかったこと,人材派遣部門の従業員であれば誰でも本件情報にアクセス
することができ,現にアクセスしていたのみならず,他部門の従業員であっ
ても本件情報にアクセスすることが可能な状態にあったことは,前記認定の
とおりである。そうだとすると,特段の事情のない限り,パソコンにある本
件情報については,それにアクセスできる者が制限されているということは
できないし,本件情報にパソコンからアクセスした者において,当該情報が
営業秘密であることを認識できるようにされていたということもできない。
イ派遣スタッフ通知書について
(ア)原告は,本件情報のうち,各店舗に派遣されるスタッフ全員の氏名及
び携帯電話番号,各店舗を担当する信販会社支店担当者の氏名及び連絡先
を派遣スタッフ通知書としてプリントアウトし,これを各派遣スタッフに
配布しており,各派遣スタッフはこれを自由に持ち歩いており,回収もさ
れていなかったことは,前記認定のとおりである。そうだとすると,各派
遣スタッフは,それを保管して蓄積しておけば,本件情報のうち,スタッ
フの氏名,携帯電話番号,信販会社支店担当者の氏名及び連絡先を得るこ
とができるし,他の派遣スタッフとこれを交換すれば,他の店舗の当該情
報も得ることができることになる。また,弁論の全趣旨によれば,派遣ス
タッフは,本件7店舗だけでも四十数名に上り,原告全体ではもっと多い
ことが認められる。それだけ多人数の者に配布され,しかも適法に蓄積可
能である情報について,当該情報が営業秘密であることを認識できるよう
にされ,かつ,当該情報にアクセスできる者を制限するようにされていた
との事実は,容易には認めがたいところである。
(イ)この点に関して,原告が,派遣スタッフに対する研修において,派遣
スタッフ通知書を置き忘れないようにと注意していたことは前示のとおり
である。また,P6証人は,シフトが終わったら細かく破って捨てること
を指導している旨供述する(ただし,シフト終了後,派遣スタッフ通知書
の回収や廃棄の確認,あるいは同通知書記載の情報保持禁止の措置が取ら
れていなかったことからすれば,P6証人の上記供述は,仮にそれが事実
だとしても,各派遣スタッフにおいて,同通知書に記載された信販会社の
支店担当者や他の派遣スタッフの連絡先等の情報を携帯電話等に蓄積して
おくなどして保持することや,同通知書を保管しておくことを禁止する趣
旨ではなく,シフト終了により同通知書を各派遣スタッフが不要と判断し
たことにより廃棄しようとする場合の方法を指導した趣旨のようにも解さ
れるところである。)。
しかし,原告は,派遣スタッフ通知書の取扱いを定めた社内規定も作成
しておらず,派遣スタッフに対する注意や指導をどの程度徹底して行って
いたかは明らかでない。また,派遣スタッフ通知書には,業務上の連絡を
取る必要の有無にかかわらず1か月分の当該店舗への派遣スタッフ全員の
情報が記載されていること,及び同通知書に電話番号が載っていることに
ついての前記認定に係る苦情に対する応対からみると,原告は,派遣ス
タッフ(前示のとおり多人数である)が他の派遣スタッフの連絡先を把握
することは問題視していなかったものと認められる。
以上の事実によれば,前記派遣スタッフ通知書の置き忘れについての注
意や,廃棄の指導は,派遣スタッフのプライバシーを部外者から保護する
という観点からなされているものにすぎないと認められるから,これに
よって,不正競争防止法上の営業秘密性が直ちに導かれるものではない。
ウ退職時の携帯電話について
被告ら4名に貸与していた携帯電話については,原告は,被告ら4名から
返却の申し出があったにもかかわらず,退職後しばらくの間は引き続き被告
ら4名に携帯電話を持たせて業務のフォローをさせていたことは,前記認定
のとおりである。
そうだとすると,原告は,退職して契約関係もなくなった元従業員に対し
て,本件情報の一部の保管媒体の保管を委ねていたということができる。こ
のように,携帯電話に保管されている本件情報が,契約関係もない元従業員
に委ねられている場合に,これにアクセスした者が営業秘密であることを認
識するとか,アクセスできる者が制限されていたとか,という事実は容易に
は認めがたいところである。
(5)上記秘密管理性の点について,原告は,前記第2の3(1)【原告の主張】の
とおり,ア(パソコンへのアクセス者が必要最低限に限定されていること),
イ(社員への日常的な文書管理の指示がなされていること),ウ(文書廃棄シ
ステムが確立されていること),エ(研修による社員及び派遣スタッフへの秘
密管理の指示がなされていること),オ(就業規則において秘密管理を定めて
いること),カ(個別の従業員に秘密保持の誓約文書の作成を求めているこ
と),キ(社員の退職時に携帯電話並びに関係文書類を厳格に返還させている
こと)の各点を挙げるので,検討する。
ア原告の主張ア(パソコンへのアクセス者が必要最低限に限定されているこ
と)について
原告は,人材派遣部門の従業員が8ないし9名であることから,本件情報
は人材派遣業務を遂行する上で必要最小限の者のみがアクセスできる体制が
保持されていたと主張する。しかし,パソコンに保管されている本件情報に
ついては,特段の事情のない限り,それにアクセスできる者が制限されてい
るということも,本件情報にパソコンからアクセスした者において,当該情
報が営業秘密であることを認識できるようにされていたということもできな
い状況であったことは前示のとおりである。
イ原告の主張イ(社員への日常的な文書管理の指示がなされていること)に
ついて
原告は,本件情報が記載されている文書や,従業員に預けている携帯電話
の取扱いについて,P5支社長が日常的に人材派遣部門の社員に対し,口頭
で注意,指導していたとして,その具体例として,被告P1らが土日に自宅
に持ち帰ったロングシフトについて,必ず会社に返却するよう指示していた
と主張する。
なるほど,被告P1は,自宅に持ち帰ったロングシフトを自宅で廃棄する
ことはなく,事務所に持ち戻して廃棄していたことは,前記認定のとおりで
ある。
しかし,P5支社長が口頭で取扱いについて何らかの注意,指導をしてい
たとしても,前記(4)アないしウの点に照らせば,そのことをもって,本件
情報が秘密として管理されていたと認めるに足りるものではない。また,む
しろ,前記(4)ア,イの点,すなわち原告従業員や派遣スタッフの本件情報
へのアクセス阻止がされていなかったことからすれば,被告P1が,自宅に
持ち帰ったロングシフトを事務所に持ち戻して廃棄していたのは,派遣ス
タッフのプライバシーを部外者から保護する観点からなされていたものと理
解する方が自然であって,直ちに不正競争防止法上の営業秘密性に結びつく
ものとすることもできない。
ウ原告の主張ウ(文書廃棄システムが確立されているとすること)について
原告は,ロングシフトを含め,営業情報が記載された文書は厳格な文書管
理システムによって廃棄処理していると主張する。
しかし,証拠(P5証人)によれば,そもそも「文書廃棄システム」と
いっても,その内容は,与信調査部門において,配布書類を半年に1回程度
回収し廃棄処分業者に処分を依頼していたことから,その際に,人材派遣セ
ンターから出る文書についても併せて処分を依頼していたという程度のもの
であって,文書を配布する際にその内容,枚数等を確認して配布したうえ,
事後に,この事前の確認内容と照合して配布文書を回収するなどのシステム
を整えていたものではないことが認められる。
したがって,原告のいう「文書廃棄システム」によって,本件情報にアク
セスした者が,それが営業秘密であることを認識できたとも,本件情報にア
クセスできる者が制限されていたとも,いうことはできない。
エ原告の主張エ(研修による社員及び派遣スタッフへの秘密管理の指示がな
されていること)について
原告は,派遣スタッフに対する研修において,派遣スタッフ通知書は必ず
持ち帰ること,シフトが終わったら細かく破って捨てることを指導している
と主張する。
P6証人はこれに沿う供述をするけれども,その趣旨が,同通知書を不要
として廃棄する場合の方法を指導した趣旨のようにも解されることは前示の
とおりである。また,他の研修担当者が,派遣スタッフに対し,シフト終了
後の同通知書廃棄を命じていたことも,それを実効性あらしめる措置がとら
れていたことも認めるに足りる証拠はない。したがって,前記(4)イの点に
照らし,研修を根拠として,本件情報の秘密管理性を認めることはできない。
オ原告の主張オ(就業規則において秘密管理を定めていること)について
原告の就業規則には,第37条(5)に「会社の秘密を漏らし損害を与えた
とき」には「制裁を行う」ことが定められている。しかし,前記(4)アない
しウの本件情報の客観的な管理状況に照らすと,このような規定のみでは,
パソコンに保管されている本件情報にアクセスした原告の従業員や,派遣ス
タッフ通知書の本件情報にアクセスした派遣スタッフが,本件情報が上記第
37条(5)所定の「会社の秘密」に該当し,ひいては不正競争防止法2条6
項所定の営業秘密に該当すると認識することができたとは認められない。
カ原告の主張カ(個別の従業員に秘密保持の誓約文書の作成を求めているこ
と)について
(ア)証拠(P5証人)によれば,平成16年11月当時,原告では「CA
RRY」という社内ニュースを発行しており,毎月給料日に給与明細とと
もにこれを従業員全員に配布していたが,この社内ニュースに個人情報の
保護に関する記事を何度か掲載したことがあること,西日本支社の事務所
のあるフロアに原告の個人情報の保護方針を掲載したポスターを貼ってい
たことが認められる。
上記事実によれば,原告は,個人情報保護の観点から従業員の啓発活動
を行っていたことは認められるが,このことから直ちに,営業秘密の保護
の観点からも同様の啓発活動ないし従業員に対する指導を行っていたこと
を推認することはできない。
(イ)原告は,派遣スタッフのみならず,全従業員に対し,個人情報秘密保
持誓約書への署名を求めたと主張し,証拠(甲11,P5証人,P6証
人)はこれに沿う。しかし,前記(2)ケ認定のとおり,個人情報秘密保持
誓約書は,原告の顧客が信販会社であり,派遣スタッフが信販会社の保有
するクレジットカード会員の個人情報を扱うため,信販会社から,このよ
うな個人情報を外部に漏らさないという誓約書を取ってほしいとの要請を
受けて,原告において作成したものであるから,その経緯からすると,原
告が派遣スタッフ以外の従業員に対して個人情報秘密保持誓約書への署名
を求めたものとは考えにくい。もっとも,仮に原告が全従業員に対して個
人情報秘密保持誓約書への署名を求めたとしても,上記経緯からすれば,
それは信販会社のクレジットカード会員の個人情報を保護するという趣旨
のものであって,そのことから直ちに,本件情報が,営業秘密として秘密
管理されるようになったとすることはできない。
(ウ)原告は,原告が被告ら4名を含む全従業員に対して,コンプライアン
スに係る誓約書への署名を求めたことから,被告ら4名はコンプライアン
スに係る誓約書の第3条①ないし⑥に本件情報が含まれることを認識した
旨主張する。
なるほど,コンプライアンスに係る誓約書第3条には,「次に示される
貴社の調査上または営業上の情報(以下「秘密情報」という)」として,
「①業務に係わる企画,資料,調査等の情報,②取引先関係者の一切の個
人情報,③財務,人事等に関する情報,④他社との業務提携に関する情報,
⑤上司または営業秘密等管理責任者により秘密情報として指定された情報,
⑥以上のほか,貴社が特に秘密保持対象として指定した情報」が列挙され,
これら秘密情報を許可なく使用等した場合は,退職金の減額事由となり,
また,損害賠償義務を負うことが定められている。
同条は抽象的な記載であるが,一般的・普通に読めば,本件情報は,顧
客を「業務提携」先と解釈して同条④に,派遣スタッフの電話番号等を
「人事等に関する情報」と解釈して同条③に該当すると解釈し得るように
も思われる。しかし,上記契約書への署名を求めたことをもって,本件情
報が不正競争防止法上の営業秘密となったとすることはできない。その理
由は,次のとおりである。
a不正競争防止法上の営業秘密が,それにアクセスした者が当該情報が
営業秘密であることを認識できるようにされており,当該情報にアクセ
スできる者が制限されていることを要することは前示のとおりである。
一般的・普通に読めば,該当するものすべてを営業秘密とする趣旨の
ように理解する余地がある条項であっても,個々の情報の実際の取り扱
われ方によっては,従業員らは,当該情報は営業秘密に含まれていない
(だからこそ,現実に営業秘密として取り扱われていない)と理解する
可能性がある。このことは,文書にマル秘と記載しておきながら,現実
に秘密と扱っていない場合と同様である。本件についてこれをみると,
前記(4)イのとおり,本件情報のうち,各店舗を担当する信販会社支店
担当者の氏名及び連絡先と派遣スタッフの氏名及び携帯電話番号は,派
遣スタッフ通知書としてプリントアウトされ,同通知書は,多人数の派
遣スタッフに交付され,その者たちによって持ち歩かれ,保管蓄積も可
能であった。このような取り扱いを前提とすると,抽象的な記載である
条項しかない上記誓約書に署名を求めたとしても,そのことだけで直ち
に,本件情報にアクセスした者がそれが営業秘密であることを認識でき
るようにされたとか,アクセスできる者が制限されたということはでき
ないというべきである。
bまた,誓約書に署名する場合には,各条項の意味をよく考え,いかな
ることが条項に該当するのかを検討するであろうが,署名しない場合に
は,どのみち誓約書の効力は発生しないのであるから,個々の条項の意
味まで子細な検討をしないのがむしろ普通である。ちなみに,被告P1
は,一方で,前記誓約書の第3条について,本件情報は,普通に読めば
同条に含まれると思う旨供述しつつ,他方で,本件情報を秘密情報とも
思っていなかったような供述や,誓約書をパッと見たときに「退職後2
年間」(判決注・第6条)があったので署名できないと言って,第3条
などの条項をじっと見て考えて返答したのではないとも供述するが,こ
れらの供述は,第6条を受け入れられない被告P1が,第3条の意味ま
で検討しなかったことを示すと理解することができる。
そして,被告ら4名は,上記誓約書に署名していないうえ,上記誓約
書の提示を受けた際,上記3条所定の「秘密情報」にどのような情報が
含まれるかについて説明を受けたとも認められない。したがって,上記
誓約書の提示によって,本件情報にアクセスできていた被告ら4名につ
いて,本件情報が秘密として管理されることを認識するに至ったという
こともできない。
そして,弁論の全趣旨によれば,パソコンにある本件情報に常々アク
セスしていた原告の人材派遣部門の従業員のうち,被告ら4名は人数に
おいて約半分を占めることが認められるから,それだけの割合の者が,
常々アクセスしながら,本件情報が秘密として管理されていると認識し
ていない以上,上記誓約書の提示をもって,本件情報が秘密として管理
されるに至ったとすることもできない。
キ原告の主張キ(社員の退職時に携帯電話並びに関係文書類を厳格に返還さ
せていること)について
被告ら4名に貸与していた携帯電話について,原告が同人らから返却の申
し出を受けたにもかかわらず,退職後しばらくの間引き続き被告ら4名に携
帯電話を持たせていたことは前記認定のとおりである。この点に関する原告
の主張は,理由がない。
(6)以上の次第で,本件情報は,前記(4)アないしウの管理状況に照らし,本件
全証拠によっても,被告ら4名が原告に在籍していた当時,秘密として管理さ
れていたと認めることはできないから,不正競争防止法2条6項所定の営業秘
密に該当するということはできない。
(7)なお,争点(2),(3)にも関わる事柄であるが,本件情報のうち,派遣ス
タッフの性別,生年月日,住所,ポケベル番号,交通機関,所要時間,身分,
銀行口座番号は,当該スタッフが被告会社に登録する意思を持った段階で,同
スタッフから最新情報の開示が任意に受けられる性質のものであって,本件全
証拠によっても,原告の有していたこれらの情報を被告らが使用,開示したり,
不正に取得したと認めることはできない。また,派遣スタッフの原告への入社
日及び原告における出退勤の状況は,被告会社には必要がない情報であって,
これも,被告らが使用,開示したり,不正に取得したと認めるに足りる証拠も
ない。そうだとすると,本件情報のうち,問題となるものは,各店舗を担当す
る信販会社の支店の担当者の氏名及び連絡先と,派遣スタッフの氏名,携帯電
話番号又は電子メールアドレスである。そして,そのうち派遣スタッフの電子
メールアドレス以外のものは,派遣スタッフ通知書に記載されていた内容であ
り,電子メールアドレスは,携帯電話に存在したものであって,前記(4)イ及
びウのとおり,本件情報の中でも,とりわけ秘密管理性が認めがたいものとい
うことができるところである。
(8)よって,原告の主位的請求は,その余の点について判断するまでもなく理
由がない。
2争点(4)(不法行為該当性)について
(1)前記争いのない事実等に証拠(甲11,12,乙4ないし6,P5証人,
P6証人,P4証人,被告P1)及び弁論の全趣旨を総合すると,次の事実が
認められる。
ア被告P1は,原告を退職する2年前ころから,原告を辞めるかどうか迷っ
ており,面識のあった被告会社代表者の妻から,被告会社で人材派遣事業を
立ち上げるので被告会社に移らないかとの誘いを受けていた。
P4は,平成16年9月ころ,被告P1から原告を辞める意向を伝えられ
た。P4は,学生時代に原告の派遣スタッフとして仕事をしており,平成1
3年4月に原告に入社し,この間一貫して被告P1の下で働いてきたことか
ら,被告P1が原告を辞めると聞いて自分も原告を辞めることを決意し,被
告P1に対し,自分も被告P1が原告を辞めるのと同時期に原告を辞める旨
を伝えた。
被告ら4名は,各々原告を退職する1か月前ころ,P5支社長に対し,退
職の意思を伝え,被告P1,被告P3及びP4は,平成16年11月末付け
で原告を退職し,被告P2は,同年12月28日付けで原告を退職した。
イ被告会社は,平成16年12月1日付けで人材派遣部門を設置し,平成1
7年1月1日付けで人材派遣事業の認可を取得した。被告P1,被告P3及
びP4は,平成16年12月1日付けで被告会社に入社し,被告P2は,平
成17年1月1日付けで被告会社に入社した。被告会社の人材派遣部門に所
属する営業社員は,平成17年1月1日以降今日に至るまで,被告ら4名の
みである。
ウ被告ら4名は,原告を退職後,原告の派遣スタッフのうち何名かに対して,
原告を退職したこと及び転職先は被告会社であることを伝え,併せて被告会
社への登録を勧めた。
また,被告ら4名は,被告会社に入社後,各々その地位に応じて,従前原
告が労働者派遣契約を締結していた相手方である信販会社の支店長ないし担
当者に対し,被告会社との労働者派遣契約の締結を求めて営業活動を行った。
エ被告会社は,平成17年1月まで原告が労働者派遣契約を締結していた派
遣先店舗のうち,K1店を担当する信販会社との間で平成17年1月14日
に労働者派遣基本契約を締結したのを最初として,同月末までに,K2店,
K3店,K4店,㈱K5(以上,本件5店舗)との間で,労働者派遣基本契
約を締結し,いずれも同年2月1日から派遣依頼を受けるようになった。
オ原告は,平成17年1月中ころから下旬にかけて,本件5店舗を担当する
信販会社支店担当者から,原告との契約を同月末をもって打ち切るとの連絡
を受け,同年2月1日以降,本件5店舗について派遣依頼を受けることはな
かった。
カP5支社長とP6は,平成17年2月,K8支店のP7支店長に面会し,
K2店とK4店の派遣会社を変更した理由について,同支店長から,「被告
会社の方から営業に来られて,もともといた派遣スタッフをそのまま使うと
いう条件と,値段を下げるので替えて欲しいという営業が来たので変更し
た。」との話を聞いた。
キP6は,本件5店舗から契約の打ち切りを伝えられた前後に,派遣スタッ
フの間で,「K2店とK4店の派遣会社が被告会社に変わる。」とのうわさ
が飛び交っているのを耳にした。
クP6は,原告のP9マネージャーから,「平成17年1月24日に派遣ス
タッフP10から,『被告会社のP4’(P4の旧姓)から,K1店の派遣
会社が被告会社に替わるので,被告会社に登録するよう言われた。その関係
で近々P4’と会う約束をしている。』との話を聞いた。」と報告を受けた。
原告は,同月25日,26日にP10に電話連絡をしたが,不通であった。
また,同じ派遣先に派遣されている他の派遣スタッフも電話及びメール連絡
が不通となっていた。
ケP6は,平成17年2月2日,㈱K5に派遣されていたP11と面談し,
同人から,「原告の派遣スタッフであったP12が被告ら3名の勧誘で被告
会社に登録替えをした。自分は,そのP12から『今後,㈱K8の仕事は被
告会社が全部引き受けるので,被告会社に登録しなければ仕事がなくな
る。』と強引に登録を勧誘された。」との話を聞いた。原告は,これを受け,
P12,P13に電話及びメール連絡をしたが,不通であった。
コ原告は,平成17年2月6日,K3店において,原告の派遣スタッフで
あったP14が被告会社から派遣されて就業している事実を確認し,P14
及びK3店に派遣していた他の派遣スタッフに事実確認のため電話及びメー
ル連絡をしたが,不通であった。
サP6は,平成17年2月17日,派遣スタッフのP15から,「被告P2
から被告会社への引き抜きの電話があった。」との話を聞いた。P15は,
被告P2の勧誘を断った。
シP6は,平成17年3月ころ,派遣スタッフのP16から,「被告P2か
ら8回も被告会社に登録するようにとの勧誘の電話を受けた。」との話を聞
いた。
スP6は,平成17年7月25日,K2店に派遣されていたP17から,
「派遣スタッフのP18から,『今後K6店に入りたいのであれば被告会社
に登録するように。』と勧誘された。」との話を聞いた。同様に,P18は,
P19にも勧誘をしたが,P17及びP19は,被告会社に登録せず,原告
に在職している。
セ平成17年1月末時点で,被告会社に登録した派遣スタッフは,30名前
後であり,その大半は,従前原告に登録していた派遣スタッフであった。
ソ被告会社は,平成17年9月まで原告が労働者派遣契約を締結していた派
遣先店舗のうち,K6店,K7店の2店舗(本件2店舗)を担当する信販会
社との間で,同月末までに労働者派遣基本契約を締結し,いずれも同年10
月1日から派遣依頼を受けるようになった。
タ原告は,平成17年9月ころ,本件2店舗を担当する信販会社支店担当者
から,原告との契約を同月末をもって打ち切るとの連絡を受け,同年10月
1日以降,本件2店舗について派遣依頼を受けることはなかった。
チ原告は,従前,本件7店舗に,少なくとも次の派遣スタッフを派遣してい
た。
被告会社は,そのうち,かっこ内に年月日の記載がある者との間で,同日
付けで雇用契約を締結した。そのうち※印の付いている者については,標記
の店舗を派遣先として派遣した実績がある。
(ア)K1店
①P10(平成17年1月26日)※
②P20(平成17年3月30日)
③P21(平成17年2月14日)
④P22(平成17年1月28日)※
(イ)K2店
①P23(平成17年2月28日)※
②P24(平成17年1月1日)※
③P12(平成17年2月1日)※
④P18(平成17年1月16日)※
⑤P25(平成17年1月10日)※
⑥P26(平成16年12月20日)※
⑦P27(平成17年1月1日)※
⑧P13(平成17年1月1日)
⑨P28
⑩P29(平成17年2月9日)※
⑪P30
⑫P31
(ウ)K3店
①P32(平成17年1月1日)※
②P33(平成17年1月1日)※
③P34(平成17年1月1日)
④P35(平成17年1月1日)※
⑤P36(平成17年1月1日)※
⑥P37(平成17年1月1日)
(エ)K4店
①P12(平成17年2月1日)※
②P38(平成17年1月1日)※
③P39(平成17年1月1日)
④P40(平成16年12月20日)※
⑤P13(平成17年1月1日)
⑥P41(平成17年1月1日)※
⑦P42(平成17年2月9日)
(オ)㈱K5
①P12(平成17年2月1日)※
②P13(平成17年1月1日)※
(カ)K6店
①P43
②P44
③P18(平成17年1月16日)※
④P45
(キ)K7店
①P46(平成17年9月27日)※
②P47(平成16年12月20日)※
(2)被告ら3名の行為について
ア原告在職中の行為について
(ア)企業の従業員は,使用者たる企業に対し,雇用契約に付随する信義則
上の義務として,就業規則を遵守するなど労働契約上の債務を忠実に履行
し,使用者の正当な利益を不当に侵害してはならない義務,すなわち誠実
義務を負っている。したがって,従業員がこの誠実義務に違反し,企業に
対し損害を与えた場合には,それが企業に在職中の行為であれば,雇用契
約上の債務不履行に基づく損害賠償義務を負い,事情によっては,不法行
為に基づく損害賠償義務を負う余地もある。
(イ)この点について,原告は,被告ら3名は,退職前から派遣スタッフ情
報を使用して原告スタッフに連絡を取り,被告会社へのスタッフ登録を勧
めたとして,甲第29号証により,被告P2が退職前から原告スタッフへ
の勧誘行為を実行していることが客観的に明白であり,同様の行為が同被
告以外の他の被告ら3名にも存在したと推認されると主張する。
しかし,被告P2が原告を退職したのは,平成16年12月28日であ
るところ,甲第29号証に記載されているメール記録は,派遣スタッフか
ら被告P2への返信メールであることが認められるものの,その受信日時
は,最も早いものでも「12月28日18時01分」のものである。した
がって,これらの返信メールの元になる被告P2のメールと,同被告の退
職との先後関係は明らかではない。また,その内容は,「4日なんですが,
データキャリで…入ってます。1月で予定があいているのは29日だけに
なります」(P48),「先日はK9まで来て頂いて有難うございます…
今後の先行きが私も不安ですが,出来る限りは今までお世話になってたP
2さん達に着いて行きたいと思ってます…」(P49),「…みなさん退
職されたのですね。最後の砦?のP2さんもとなるとデータはガタガタ
や!しかし子供から独立されたと聞き新たなスタートに拍手です…」
(P50)といったものもあるが,その返信者は,いずれも本件7店舗に
関して被告会社に登録した者ではなく(前記(1)チ),返信メールの内容
からみても,被告P2が送信したメールの用件は判然とせず,被告P2は
受信者に対して,原告を退職した事実を伝えたことは認められ,その際に,
退職後の身の振り方について言及した可能性もあるものの,それ以上に,
被告会社への登録勧誘といえるような行為をしたかどうかは明らかではな
い。
したがって,被告P2が原告退職前に原告スタッフに対して勧誘行為を
行ったことを認定できない以上,これをもって原告に対する誠実義務違反
があったということはできない。被告P1及び被告P3においても,原告
在職中に原告に対する誠実義務違反と評価し得るような,原告スタッフに
対する勧誘行為を行ったことを認めるに足りる証拠はない。
イ原告退職後の行為について
(ア)企業の従業員が退職後に当該企業に対する関係で競業に従事したとし
ても,労働者には職業選択の自由がある以上,それだけでは不法行為は成
立しない。
もっとも,競業に従事したことに伴い,社会通念上自由競争の範囲を逸
脱した違法な態様で従前の雇用者の従業員や顧客を奪ったとみられる場合,
あるいは従前の雇用者に損害を加える目的で一斉に退職し雇用者の組織活
動が機能し得なくなるようにした等の特段の事情がある場合には,全体と
して不法行為が成立する余地がある。
(イ)この点について,原告は,まず,被告ら3名と被告会社は,被告ら3
名の退職の約2年前から,被告ら3名が原告を退職すると同時に被告会社
に移籍して人材派遣部門を新設・開業すること,具体的には,原告の顧客
の契約先を被告会社に変更させ,原告の派遣スタッフを被告会社に移籍・
登録させることを計画したと主張する。
しかし,前記(1)アのとおり,被告P1がその退職の2年前ころ,被告
会社代表者の妻から被告会社への移籍を勧誘されていた事実は認められる
ものの,それ以上に,被告P1が被告会社との間で,被告ら3名が原告を
退職すると同時に被告会社に移籍して人材派遣部門を新設・開業すること
を計画したことを認めるに足りる証拠はなく,被告P2及び被告P3につ
いても同様である。
(ウ)被告ら3名が原告を退職後,原告スタッフに対して被告会社への登録
を勧誘したことは,前記認定のとおりであるところ,原告は,被告ら3名
の勧誘文言は,「原告の派遣先は,全て被告会社の契約に変わる」という,
全く事実に基づかないものであったと主張する。
しかし,前記(1)ケのとおり,原告の派遣スタッフが別の派遣スタッフ
に対して上記のような言葉で被告会社への登録を勧誘した事実は認められ
るものの,それは発言した者の個人的意見にすぎないかもしれないので
あって,被告ら3名が上記のような言葉で原告の派遣スタッフを勧誘した
事実を認めるに足りる証拠はない。
(エ)原告は,平成16年12月のスタッフ配置は,従前に比べて甚だ配置
漏れが多く,これは被告ら3名が,故意にか,或いは被告会社への移籍準
備のために業務をおろそかにしたかのいずれかによるものである旨主張す
る。
なるほど,証拠(甲11,証人P5)によれば,平成16年12月に原
告において派遣漏れが数発生したことが認められるところ,原告は,甲第
28号証は平成16年12月の派遣スタッフの配置漏れを抜き出した書類
であり,これには同月1日以降に追加の派遣依頼があったものは含まれて
いない旨主張する。
しかし,証拠(P4証人)及び弁論の全趣旨によれば,甲第28号証に
は,P4の担当エリアに限っても,P4が原告を退職した後に契約先から
追加の派遣依頼があったものが相当数存在すること,また,平成16年1
2月1日以降になされた追加の派遣依頼を受けて被告P2がシフトに入っ
たものも含まれていることが認められる。また,シフト配置自体はなされ
ていたが,平成16年12月1日以降に派遣スタッフからシフト変更の申
し出がされたにもかかわらず,原告においてこれに対応して別の派遣ス
タッフを配置することができなかったものが含まれている可能性も否定で
きない。
そうすると,甲第28号証でも,そこに記載された派遣漏れとされる件
について,被告ら3名が原告に在職中にシフト配置自体がなされていな
かったものがどの程度あるのか明らかでない以上,同号証によっては,被
告ら3名が原告に在職中に故意にシフト配置を怠ったことを認めるには足
りず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。
(オ)原告は,被告ら3名は,平成16年12月及び平成17年1月に原告
に生じた派遣スタッフの配置漏れ等による原告の混乱状態に便乗して,原
告の契約先に対し,「被告会社は,原告に1月に見られたようなスタッフ
の配置漏れ,派遣漏れを絶対にしない」ことをセールスポイントとして営
業活動を行ったと主張する。
なるほど,平成16年12月及び平成17年1月に原告に生じた派遣ス
タッフの配置漏れの事態が,被告ら3名が故意にシフト配置を怠ったこと
によるものであれば,被告ら3名が上記のような言葉を用いて営業活動を
行うことは,違法性を帯びる余地がある。
しかし,前記のとおり,原告に生じた派遣スタッフの配置漏れの事態は,
被告ら3名が故意にシフト配置を怠ったことによるものとは認められない
から,被告ら3名が上記のような言葉を用いて営業活動を行ったとしても,
それ自体は何ら違法とはいえない。
(カ)原告は,被告ら3名は「今までどおりの原告のスタッフを派遣でき
る」ことをセールスポイントにして営業活動を行ったとも主張する。
なるほど,特定の店舗に必ず特定の派遣スタッフを派遣しなければなら
ないような場合において,被告ら3名が原告の派遣スタッフに強く働きか
けて被告会社に登録替えをさせたというような事実があれば,被告ら3名
が上記のような言葉を用いて営業活動を行うことは,派遣スタッフに対す
る働きかけの態様次第では,違法性を帯びることがあり得る。
しかし,原告の派遣スタッフが従事する仕事は,クレジットカードの募
集業務やクレジットの受付業務であるところ,証拠(被告P1)によれば,
仕事の内容は,派遣される店舗によって異なるものではなく,代替性のあ
るものであること,派遣スタッフとして働くこと自体,大多数の者は1年
未満にすぎず,継続して勤務することが常態ではないことが認められる。
したがって,仮に特定の店舗とのつながりが強く,特定の店舗において
特定の派遣スタッフの派遣を希望するような例があるとしても,それは例
外的な場合であると認められる。また,被告ら3名の派遣スタッフに対す
る働きかけは,前記(1)の認定事実によっても,被告会社に登録するよう
に電話をかけたという程度であって,働きかけを受けた派遣スタッフは,
被告会社に登録するか否かを自由に選択することができるような態様にす
ぎない。
したがって,被告ら3名が上記のような言葉を用いて営業活動を行った
としても,それ自体は何ら違法とはいえない。
(キ)被告ら3名が平成16年11月末から同年12月末にかけて,ほぼ同
時期に原告を退職したことは,前記認定のとおりである。しかし,労働者
には職業選択の自由があり,各々の自由な判断に基づいて転職を決定する
ことができ,その判断は基本的に尊重されるべきである。このことに加え,
被告ら3名は,原告を退職後もP5支社長の要請に従い,原告のフォロー
業務を行っている。しかも,被告ら3名が,原告に損害を加える目的で原
告の組織活動が機能し得なくなるようにしたことを認めるに足りる証拠も
ない。
したがって,被告ら3名がほぼ同時期に原告を退職したことをもって,
不法行為と目することはできない。
(ク)そうすると,被告ら3名については,原告を退職後,原告の派遣ス
タッフのうち何名かに被告会社への登録を勧めたり,従前原告が労働者派
遣契約を締結していた信販会社支店に対して営業活動を行ったことは認め
られるけれども,その勧誘及び営業活動の具体的態様において社会通念上
自由競争の範囲を逸脱したものがあったことは認定できず,また,原告に
損害を加える目的で一斉に退職し原告の組織活動が機能し得なくなるよう
にしたことも認定できず,その他特段の事情の認められない本件において
は,本件7店舗の派遣元が原告から被告会社に変わったこと及び原告の派
遣スタッフのうち相当数の者が被告会社に登録したことについて,被告ら
3名において不法行為は成立しない。
(3)被告ら3名について不法行為が成立しない以上,被告会社がその責任を負
うこともない。
(4)よって,原告の予備的請求は,その余の点について判断するまでもなく理
由がない。
3結論
以上の次第で,原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし,
訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第26民事部
裁判長裁判官山田知司
裁判官西理香
裁判官村上誠子

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