弁護士法人ITJ法律事務所

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主文
1被告は,原告に対し,220万円及びこれに対する平成26年4月1日か
ら支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2原告のその余の請求を棄却する。
3訴訟費用は,これを5分し,その1を被告の負担とし,その余は原告の負
担とする。
事実及び理由
第1請求
被告は,原告に対し,1100万円及びこれに対する平成26年4月1日(訴
状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1本件は,大阪市の市長であった原告(A)が,被告が発行した週刊誌「B」
平成25年5月30日号(以下「本件雑誌」という。)に掲載された「ソープ
接待にご満悦Aと風俗街の“深イイ関係”」と題する別紙記載の記事(以下
「本件記事」という。)によって名誉を毀損されたと主張して,被告に対し,
民法709条に基づく損害賠償として慰謝料1000万円及び弁護士費用10
0万円の合計1100万円を請求するとともに,訴状送達日の翌日である平成
26年4月1日から支払済みまで,民法所定の年5分の割合による遅延損害金
の支払を求める事案である。
2前提事実(当事者間に争いのない事実及び後掲各証拠によって認められる事
実)
(1)原告は,平成25年5月23日当時,大阪市の市長の職にあった者である。
(当事者間に争いがない。)
被告は,雑誌及び書籍の発行並びに販売を目的とする会社であり,平成2
5年7月~12月の間の本件雑誌の平均販売部数は,約46万部であった。
(甲3)
(2)本件記事が掲載された本件雑誌は,平成25年5月23日に発売された。
本件記事は,「ドキュメント維新壊滅“慰安婦辞任”へのカウントダウ
ンAの断末魔」と題する特集記事の一つである。
(当事者間に争いがない。)
(3)本件記事には,「ソープ接待にご満悦Aと風俗街の“深イイ関係”」と
の見出し(以下「本件見出し」という。)が付けられており,その前半部分
には,概ね次のような記載がある。
ア原告が,平成25年5月1日,米軍甲基地を視察した際,「風俗業を活
用してもらわないと,海兵隊の猛者の性的エネルギーはコントロールでき
ない」と発言し(以下「本件発言1」という。),米軍の司令官を絶句さ
せた。原告は,その後も,大阪市職員のわいせつ不祥事対策に対しても「風
俗業の活用が有効だ」と言及した(以下「本件発言2」という。)。原告
が風俗にこだわりを持つのは,風俗業と密接で深い関わりがあるためであ
る。
イ大阪市乙区の一角に大正時代からC遊廓として知られていた「D」とい
うエリアがあり,昭和33年に売春防止法が施行された後は,遊郭は“料
亭”と名を変えたが,実態は遊郭のままであり,店内では今でも売買春が
行われているといわれている。Dにある150軒ほどの風俗店を束ねるの
が「D料理組合」という組合である。
ウ「さいごの色街C」の著者であるライターのEは,D料理組合の事務
所で取材中,同事務所内に弁護士として活動していた頃の原告の写真が飾
られているのを見て,同組合幹部に写真の人物は原告かと尋ねたところ,
同組合幹部から原告が同組合の顧問弁護士であり,講演に来た際に写真を
撮ったという話を聞いた。
(甲1の2,甲2)
(4)本件記事の後半部分には,次のとおりの記載がある。
「あるとき,A氏はこう語ったことがあるという。『最近仕事忙しいし,
(セックスの時)上になられへんねん。俺が下になって女の子に上になって
もらうしかデキない。だから店に行って女の子に上に乗ってもらってしかデ
ケへんねん』周囲が『風俗店に行くんですか?』と聞くと,サラリとこう
答えたという。『そうそう,結構行くよ』A氏が通ったという風俗店。そ
の一つが兵庫県丙にあるXというソープランド店だ。Xは一回六万円以上も
する高級店である。Xの従業員がこう証言する。『Aさんが弁護士だったこ
ろ,よく来られていました。Aさんが顧問をしているとかで,Dの方が接待
をしていたそうです。おそらく大阪で風俗に行くと目立ってしまうので,丙
まで足を延ばされたんと違いますかね。サービスした女の子に聞くと『Aさ
んとはベッドとマットで二回戦。プレーは普通やけど,凄く風俗が好きなん
だろうなというのがわかった』と言うてましたわ(笑)』」(以下「本件記
述」という。)
(当事者間に争いがない。)
3争点
(1)本件見出し及び本件記述(以下,これらを併せて「本件記載」という。)
において摘示された事実は,原告の社会的評価を低下させるものか。
(2)本件記事の公共性及び公益目的の有無
(3)本件記載において摘示された事実が真実であるか,又は真実であると信じ
るについて相当の理由があったといえるか。
(4)原告に生じた損害及びその額
4争点に関する当事者の主張
(1)争点(1)について
ア原告の主張
本件記事中の本件記載は,一般の読者の普通の注意と読み方とを基準に
した場合,原告が,過去に,法律顧問としての仕事の対価又は見返りとし
て顧客から性的なサービスを用いた接待を受けていたという事実を摘示す
るものであるということができる。上記のような事実の摘示は,一般の読
者に,原告が自らの立場を利用して,仕事に対する見返りとして性的サー
ビスを提供させていたとの印象を与え,嫌悪感を抱かせるものであるから,
原告の社会的評価を低下させるものである。
イ被告の主張
本件記載は,原告が風俗店で性的な接待を受けていたとの事実を摘示す
るものであるところ,一般的に接待とは客をもてなすという意味であり,
それを超えて「仕事の対価」及び「仕事の見返り」という意味までは含ま
れておらず,本件記事には仕事の対価という事実の摘示はされていない。
また,本件雑誌が発行された平成25年5月23日より前である同月1
日の,原告の,甲基地視察の際の「風俗業を活用してもらわないと,海兵
隊の猛者の性的エネルギーはコントロールできない」との発言(本件発言
1)や,市職員のわいせつ不祥事対策として風俗業の活用が有効との発言
(本件発言2)によって,一般の読者には,原告は風俗業の利用に極めて
好意的ないし肯定的な態度を有しているとの認識が生じており,本件記載
によって,原告が風俗店で性的な接待を受けていたとの認識を一般の読者
に生じさせたとしても,その認識は既にこの時点で生じていた原告に対す
る社会的評価と合致するものであるから,原告の社会的評価をさらに低下
させるものではない。
また,仮に,本件記載が,原告において仕事の対価ないし仕事の見返り
として性的な接待を受けていたとの事実を摘示するものであったとしても,
原告の社会的評価の判断材料となるのは,主として風俗店で性的な接待を
受けていたとの点であり,それが仕事の対価ないし仕事の見返りであるか
否かは社会的評価には影響を与えない。
(2)争点(2)について
ア被告の主張
(ア)本件記事は,本件記事の公表当時,大阪市長の職にあった原告が平成
25年5月1日,米軍司令官に対して,風俗業を活用してもらわないと,
海兵隊の猛者の性的エネルギーはコントロールできないと述べたこと(本
件発言1),及び同月15日,大阪市職員のわいせつ不祥事対策に対し
て,風俗業の活用が有効と発言したこと(本件発言2)を受けて報じた
ものである。
本件発言1及び2は,原告が米軍による暴行事件や,大阪市職員のわ
いせつ不祥事への対策として,風俗業を活用することを極めて肯定的に
考えていることを示している。
政治家が公の場で,ある問題に関する政策又は意見を述べた場合,当
該発言の内容は,選挙民にとって,政治家の政策等を支持すべきか否か,
公職に就くにふさわしい者であるかを判断するための重要な資料となる
ものである。政治家の発言の意味や真意を理解するためには,当該発言
をした政治家が当該問題について何らかの経験を有しているか,経験を
有している場合にはその具体的な内容は何かを知ることが必要である。
本件においては,大阪市長である原告が,米軍の綱紀保持及び大阪市職
員の不祥事に対する対策として風俗業を活用すべきである旨の意見を述
べたことについて,市民が原告と風俗業との関わりの有無と程度を知る
ことは,この意見を支持するか否かを判断するに当たり,非常に重要と
いえる。
本件記事の目的は,本件発言1及び2の背景には,原告自身がD料理
組合の顧問をしていたこと,及び原告自身が風俗店のサービスを受けて
いた経験があることを選挙民に理解してもらうとともに,原告の政策を
支持するか否かを判断するための一資料を提供することにあった。
したがって,本件記事は国民の正当な関心の対象となる事項について
報じたものであり,公共性を有する。
(イ)また,被告は本件記事を報じることは国民の正当な関心に応えること
になると判断し,取材・報道を行ったのであって,本件記事は市民の知
る権利に奉仕するものであり,公益を図る目的に出たものと評価される
べきである。
イ原告の主張
(ア)原告の本件発言1及び2はあくまで性犯罪抑止の手段として風俗業の
利用が有効である旨述べたにすぎず,顧客から仕事の対価又は見返りと
して性的なサービスを用いた接待を受けることについて言及したもので
はないから,本件記載において摘示された,原告が顧客から法律顧問と
しての仕事の対価又は見返りとして性的なサービスを用いた接待を受け
ていたとの事実との間には,何らの関連性も存在しない。また,仮に本
件記事が原告個人の風俗店利用の事実を示すものであるとしても,この
ことと,原告が政治家の立場で主張した本件発言1及び2との関連性は
存在しない。
したがって,このような事実が,国民の間で議論されるべき正当な関
心事であるということはできないので,本件記事には公共性はない。
(イ)原告が,顧問先から性的なサービスを用いた接待を受けていたという
事実は,原告の政治家としての能力・資質に何ら影響を与えるものでは
なく,単に原告の私的生活に及ぶ事項について面白おかしくかき立てた
ものであるにすぎない。また,一般的に政治家が風俗を利用していたな
どという事実の摘示がされれば,当該政治家の政治的能力とは無関係に,
政治家としての信用性を低下させることになるところ,被告は,そのよ
うな結果を招くことを承知して本件記事を公表したのであるから,本件
記事が公益目的で公表されたものではないことは明らかである。
(3)争点(3)について
ア被告の主張
(ア)被告が本件記事において摘示した本件記載に係る各事実は,次のよう
な事情に照らすといずれも真実であると認められるから,被告の行為は
違法性を欠く。
a平成19年頃,本件雑誌の編集部に対し,神戸市丁区丙町にあるX
というソープランド店(以下「X」という。)の事務スタッフから,
原告がXに客として来店している旨の情報が寄せられていた。
b本件記事を担当した記者であるFは,自身が本件雑誌の記者である
ことを伏せた上で,平成25年5月にXの系列店を訪れ,かつてXに
おいて原告を接客した女性(以下「本件女性」という。)に会い,そ
の女性から,D料理組合の人と,原告の両方を同日に接客したことが
あり,D料理組合の人を接客した際に,原告がD料理組合の顧問をし
ていること,及び,原告は,D料理組合の接待で来店したことを聞い
たとの証言を得た。この証言は,Fが客として訪れた際に自然な会話
の中でなされたものであり,信用性が高いと判断された。
cまた,Fは,本件取材より約1年前の平成24年5月頃に,原告が
創設したG法律事務所の元スタッフから,原告がD料理組合の顧問を
していたことを聞いたため,平成25年5月,改めて同人に対し取材
し,原告が同組合の顧問をしていたこと,原告と親しくしていた当時,
原告とその他数名で一緒に食事をした際に,元スタッフが風俗店に行
くのかと尋ねたところ,原告から結構行くとの返事が返ってきた,と
の話を聞いた。
d原告は,本件記事が掲載された本件雑誌が発売された平成25年5
月23日の4日後に行われたH協会で行われた記者会見では,弁護士
をしていた頃,D料理組合の顧問をしていたことは事実であると認め
ている。
e本件記載によって摘示された事実のうち,原告が風俗店で顧客から
性的な接待を受けていたとの事実は,上記bの供述に関するものであ
るが,同供述は,原告がXに来店しているのを目撃したXの事務スタ
ッフの供述(上記aの供述),原告がD料理組合の顧問をしていたと
いう客観的事実(上記d),また,原告が風俗店に行くことを原告本
人から直接聞いたG法律事務所の元スタッフの供述(上記cの供述)
など,複数の供述ないし事実と合致している。
(イ)仮に,本件記載に係る事実が真実であるとはいえないとしても,次の
とおり,被告が当該事実を真実であると信じたことについて相当な理由
がある。
Fは,原告を接客した本件女性を探し当て,この女性から直接話を聞
いた。また,G法律事務所の元スタッフに対しても,一度過去に聞いた
内容について,平成25年5月に再度取材を行うなど,綿密な取材を行
っている。
さらに,平成25年5月当時,原告がD料理組合の顧問をしていた事
実は広く明らかにはされていなかったことから,Fは,Eに取材を行い,
原告が同組合の顧問をしていたことを同組合の者から聞いたとの話を聞
き,原告が同組合の顧問をしていたことが真実であることを確認した。
このように,Fは,本件女性,G法律事務所の元スタッフ,及びEか
らそれぞれ,自ら経験したことを内容とする供述を得るなどし,必要な
取材を尽くしているから,原告が風俗店で性的な接待を受けていたとの
事実について,被告においてこれを真実と信じたことには相当の理由が
あった。
イ原告の主張
(ア)原告はXには行ったことがなく,当然そこで女性から性的サービスは
受けていない。また,Fが取材したと主張する風俗店の事務スタッフ,
G法律事務所の元スタッフ,原告に対して性的サービスをしたとされる
本件女性については取材源の秘匿を理由に氏名が伏せられており,実在
するかどうかも疑わしい人物である。さらに,上記人物らの発言につい
ても,原告が風俗を利用していたこと,及び原告がD料理組合の顧問弁
護士であったことについての発言にすぎず,原告が顧客から仕事の対価・
見返りとして性的なサービスを用いた接待を受けていたという事実を裏
付けるものではない。
(イ)仮に記者に対し虚偽の内容を告げて事実をねつ造した女性が存在した
としても,当該女性は,その氏名などが全て秘匿されることを条件に供
述しているのであって,供述内容に信用性が認められない。また,当該
女性の供述自体,D料理組合の組合員からの伝聞供述と自己の推測を述
べたものにすぎず,そもそも,当該女性が聞き取った供述の相手が本当
にD料理組合の組合員であったのか否かも不明である。しかも,Fは,
取材源の秘匿を理由に,複数の証言を一つにまとめ,実際にはそのよう
な供述をした者は実在しないにもかかわらず,本件記事に登場させてお
り,これは明らかに事実のねつ造である。被告は客観的証拠を何ら示さ
ずに,供述者の供述のみを理由に真実と信じたことに相当性があると主
張しているが失当である。
(4)争点(4)について
ア原告の主張
原告は本件雑誌において,自己の名誉を毀損する「ソープ接待にご満悦」
などという破廉恥な内容の虚偽の事実を掲載され,それを46万人を超え
る人々に伝えられたことによって非常に強い辱めを受けた。原告は,被告
の上記の行為によって精神的苦痛を受けており,これを慰謝するに足りる
慰謝料の額は,1000万円を下ることはない。
また,被告の名誉毀損行為によって,原告は,本件訴訟の提起,追行の
ために弁護士に委任せざるを得なくなったところ,弁護士費用として相当
な額は,上記の慰謝料の額の1割に相当する100万円である。
イ被告の主張
争う。
第3当裁判所の判断
1争点(1)(本件記載において摘示された事実は,原告の社会的評価を低下させ
るものか)について
(1)民法723条にいう名誉とは,人がその品性,徳行,名声,信用等の人格
的価値について社会から受ける客観的な評価,すなわち社会的名誉を指すも
のであるところ,ある記事の意味内容が人や法人等の社会的評価を低下させ
るか否かについては,その記事を読むであろう一般の読者の普通の注意と読
み方とを基準として判断されるべきものである(最高裁昭和29年(オ)第
634号同31年7月20日第二小法廷判決・民集10巻8号1059頁)。
(2)前提事実(2)~(4)で認定したとおり,本件記事は,「ドキュメント維新
壊滅“慰安婦辞任”へのカウントダウンAの断末魔」と題する本件雑誌の
特集記事の一つであり,本件記事には,「ソープ接待にご満悦Aと風俗街
の“深イイ関係”」との見出し(本件見出し)が付けられており,その前半
部分には,原告が米軍甲基地を視察した際や大阪市職員のわいせつ不祥事が
問題になった際の発言として,風俗業の活用が有効であるとの趣旨の発言を
したこと,原告が弁護士として活動していた頃に,D料理組合の顧問弁護士
をしていたこと及びDの「料亭」においては,現在も店舗内で売買春が行わ
れているといわれていることに関する記載があり,これに続けて,原告が,
風俗店に結構行くとの話をしていたことや,原告が,丙にある1回6万円以
上の費用を要するソープランド店であるXをよく訪れており,Xにおいて,
顧問先であるD料理組合の人から性的なサービスによる接待を受けていたこ
とに関する本件記述が掲載されている。
(3)そこで,一般の読者の普通の注意と読み方を基準として,本件見出し及び
本件記述(本件記載)を見ると,本件記載においては,原告が弁護士として
活動していた時期にD料理組合の顧問弁護士をしており,その仕事の見返り
として,丙にあるソープランド店で,D料理組合の費用負担において,性的
なサービスを受けたとの事実が摘示されているということができる。
そして,上記事実は,一般の読者に対し,地方公共団体の長である原告が,
仕事の見返りとして風俗店で性的サービスを受けるような人物であるとの印
象を与えるものであるから,原告の品性,徳行及び信用等といった人格的価
値について社会から受ける客観的な評価を低下させる内容のものであると認
められる。
(4)この点について,被告は,一般的に接待とは客をもてなすという意味であ
り,それを超えて「仕事の対価」及び「仕事の見返り」という意味までは含
まれておらず,本件記載には仕事の対価という事実の摘示はされていないと
主張する。しかし,一般の読者の読み方を基準とした場合,「接待」という
言葉には,接待をする側が費用を負担して,接待を受ける側をもてなすとい
う意味合いが含まれているということができるところ,前記のとおり,本件
記事には,原告がD料理組合の顧問弁護士であったことが記載されている上,
本件見出しには,「ソープ接待にご満悦」との記載があることからすると,
原告が,顧問先から性的なサービスによるもてなしを受けて満足し喜んでい
ることが強調されているということができる。そうすると,本件記載におい
ては,原告が顧問弁護士の仕事の見返りとして性的なサービスを享受したと
の事実が摘示されているものとみるのが自然である。
したがって,この点に関する被告の主張は,採用することができない。
2争点(2)(本件記事の公共性及び公益目的の有無)について
(1)名誉毀損行為については,その行為が公共の利害に関する事実に係り,専
ら公益を図る目的に出た場合に,摘示された事実が真実であると証明された
ときには,当該行為には違法性がなく,不法行為は成立しないと解するのが
相当である。また,摘示された事実が真実であることが証明されなくても,
その行為者においてその事実を真実と信じるについて相当の理由があるとき
には,上記行為には故意又は過失がなく,不法行為は成立しないものと解す
るのが相当である(最高裁昭和41年6月23日第一小法廷判決・民集20
巻5号1118頁参照)。
そして,私人の私生活上の行状が公共の利害に関する事実といえるために
は,多数の人がその事実に関心を有していることのみでは足りず,その事実
が多数人の社会的利害に関する事実で,その事実に関心を寄せることが社会
的に正当と認められることを要する。そして,その判断に当たっては,対象
となる人物が携わる社会的活動の性質及びこれを通じて社会に影響を及ぼす
影響力の程度に加えて,その事実が対象人物の社会的活動に対する批判又は
評価の資料とするに値する事実であるかどうかという観点から,その事実と
対象人物の社会的活動との関連の有無・程度等を考慮すべきものと解される
(最高裁昭和55年(あ)第273号同56年4月16日第一小法廷判決・刑
集35巻3号84頁参照)。
(2)前提事実に,後掲各証拠及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実が
認められる。
ア原告は,本件記事が掲載された本件雑誌が発売された当時,大阪市の市
長の職にあった。
(前提事実(1))
イ原告は,平成25年5月1日,米軍甲基地を視察した際,米軍司令官に
対し,「法律の範囲内で認められている中で,性的なエネルギーを合法的
に解消できる場所は日本にあるわけだから,もっと真正面からそういう所
(風俗業)を活用してもらわないと,海兵隊の猛者の性的エネルギーをき
ちんとコントロールできないじゃないですか。建前論じゃなくて,もっと
活用してほしい。」との趣旨の発言をした。
(乙6,8,9,12)
ウ原告は,平成25年5月15日,大阪市職員のわいせつ事案が増えた場
合に風俗業の活用が有効であるかを記者団に問われ,「なり得ると思う。
何の罪もない人のところに行くくらいだったら,認められる範囲のところ
で対応しなさいよ,というのが本来のアドバイスだ。」との趣旨の発言を
した。
(乙15,弁論の全趣旨)
エ原告の上記イ及びウの発言については,米国防総省の報道担当者から否
定的な対応がされたほか,日本国内においても,原告が旧日本軍の従軍慰
安婦問題について行った発言とともに,複数の報道機関において取り上げ
られ,批判された。
(乙6~15)
(3)前提事実(3)及び(4)で認定した本件記事の内容と,前記(2)で認定した事
実を併せ考えると,本件記事は,当時,大阪市の市長の職にあり,米軍甲基
地を視察した際の発言や,大阪市職員のわいせつ不祥事に関する発言につい
て社会的関心を集めていた原告について,その発言の背景を分析する内容の
ものであったということができる。そして,上記発言の背景は,政治家とし
ての原告の資質や,社会的活動に対する批判又は評価の資料とするに値する
事実に係るものであるから,多数人の社会的利害に関する事実で,その事実
に関心を寄せることが社会的に正当と認められるものであるということがで
きる。
そうすると,本件記載を含む本件記事は,公共の利害に関する事実に係る
ものであるということができ,また,原告がこの当時,大阪市の市長という
職にあったことからすると,本件記事を本件雑誌に掲載して発行した被告の
行為は,専ら公益を図る目的で行われたものということができる。
3争点(3)(本件記載において摘示された事実が真実であるか,又は真実である
と信じるについて相当の理由があったといえるか)について
(1)前提事実に,後掲各証拠及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実が認
められる。
ア平成17年頃から本件雑誌の編集部で契約記者として働いていたFは,
原告が,平成25年5月に風俗業の活用に関する発言(前記2(2)イ及びウ
参照)を行い,これが広く報じられたことで,原告の政治家としての適性
等に対する厳しい批判がされるに至ったことを契機として,同編集部にお
ける会議で,原告と風俗業との関係等を取材すべきではないかとの意見を
出し,これが採用されたことから,同月16日頃から,原告と風俗業との
関係等を探る取材を行うことになった。
(乙16,証人F)
イFは,平成25年5月19日,「さいごの色街C」を執筆したフリー
ライターのEに対し,電話で取材を行った。上記著作には,原告がD料理
組合の顧問弁護士をしていたとの事実が記載されていたことから,Fは,
Eに対してこの点についての事実関係を確認したところ,Eは,D料理組
合の幹部からその事実を聞いたことや,同組合の事務所には,原告が同組
合の組合長と2人で写っている写真と,同組合の複数の人たちと一緒に写
っている写真が2枚飾られていたとの話をしてくれた。Fは,上記取材に
よって,Eの上記著作の記載が,E自身の取材体験に基づくものであるこ
とを確認することができた。なお,後日,原告自身も,原告がかつて同組
合の顧問弁護士をしていたことは事実であることを認める旨の発言をして
いる。
(乙1,乙16,20,証人F)
ウ本件雑誌の編集部は,原告が平成19年12月に大阪府知事選挙に出馬
表明をした頃,神戸市丁区丙町にあるソープランド店Xを客として利用し
ているとの情報を得ていたが,この時点では,具体的な事実を確認するこ
とができていなかった。そこで,Fは,原告が風俗店を実際に利用してい
るかどうかを確認するため,平成25年5月18日以降,本件雑誌の記者
であることや取材であることを伏せて,X及びその系列店を客として訪れ
た上,「6年以上前にXで働いていた女性」を指名することによって,原
告を接客した女性を探し出そうとした。
Fは,平成25年5月20日頃,Xの系列店に2度目の訪問をし,「6
年以上前にXで働いていた女性」を指名したところ,本件女性が担当とな
った。Fは,本件女性から接客を受けながら,有名人の接客をしたことが
あるかなどと尋ねたところ,本件女性は,原告の名前を出した上で,原告
はD料理組合の顧問をしていたようで,同組合の接待で来ていたようだっ
た,たぶんDで接待するわけにはいかないから,丙まで来たのではないか
と思うとの趣旨の話をした。この際,本件女性は,原告が米軍司令官に対
し,風俗業を活用すべきであるとの話をしたことに関して,原告が自分の
体験からそのような発言をしたのだと思ったとの話をしていた。Fは,本
件女性から接客を受けた上で,店を出た後,上記の話を取材ノートに書き
付けた。
(乙16,22,証人F)
エFは,平成25年5月20日,原告の所属するG法律事務所に対し,電
話で,原告がD料理組合の顧問をしているか否かについての事実関係を確
認したところ,取材には応じられないとの返答を受けたので,同日,同事
務所に対し,「質問状」と題する文書をファクシミリ送信した。同「質問
状」は,①原告はどのような経緯でD料理組合の顧問になったのか,②
現在も同事務所はD料理組合の顧問を続けているのか,③原告が政治
家になる前に弁護士として活動していた時代に,風俗にはよく行くという
発言をしていたとの証言があるが,そのような事実はあるか,④原告が
弁護士として活動していた時代に,丙のXなどの高級ソープランド店に通
っていたとの証言があるが,そのような事実はあるかについて,同月21
日正午までに回答するよう求めるものであった。これに対し,同事務所は,
D料理組合との関係については,守秘義務があるため答えられない,「風
俗に行く」という発言やXの利用については,そのような事実はない,と
の回答をした。
なお,Fは,本件記事を作成するに当たって,D料理組合に対しては本
件記載に関する事実関係の有無を確認してはいない。
(乙16,17,証人F)
オFは,本件記事を執筆するに際しては,上記ウの本件女性から聞いた話
を,Xの従業員から聞いた話であるかのように記載した。
(乙16,証人F)
(2)前記1(3)で説示したとおり,本件記事中の本件記載は,①原告が弁護
士として活動していた時期にD料理組合の顧問弁護士をしており,②その
仕事の見返りとして,丙にあるソープランド店で,D料理組合の費用負担に
おいて,性的なサービスを受けたとの事実を適示するものである。
(3)そこで,まず,前記(2)①及び②の事実が真実であるといえるか否かにつ
いて検討するに,前記(1)イで認定したとおり,前記(2)①の事実については,
原告自身も,原告がかつてD料理組合の顧問弁護士をしていたことを認める
発言をしているのであるから,真実であると認めることができる。
他方,被告は,前記(1)ウで認定したとおり,Fが,平成25年5月20日
頃に,取材であることを伏せてXの系列店で接客を受けた際,かつて原告の
接客をしたことがあったとする本件女性から,「原告はD料理組合の接待で
来ていたようだった」との話を聞いたことを,前記(2)②の事実が真実である
ことの根拠として主張している。
しかしながら,本件女性の話は,それ自体曖昧なものであった上,Fは,
本件の証人尋問において,本件女性が,「原告はD料理組合の接待で来てい
るようだった」と認識した根拠について,本件女性は同組合の人の接客も行
っており,同組合の人が,本件女性に対して,接客中にそのような話をして
いたことであるとの趣旨の供述をしているが,本件女性が,接客中に上記の
ような話を聞いた時期も明らかではなく,また,本件女性に上記の話をした
人物が,実際に原告に対する接待を行った同組合の人であったことを裏付け
るような証拠が存在するわけでもない。
以上によると,前記(2)②の事実が真実であると認めることはできない。
(4)次に,被告が,前記(2)②の事実が真実であると信じたことについて相当
な理由があるか否かについて検討する。
この点について被告は,Fは,平成25年5月に原告に対する接客を行っ
たとする本件女性から直接話を聞いたほか,原告が所属するG法律事務所の
元スタッフや,Eに対しても取材を行い,自ら体験したことを内容とする供
述を得るなど,必要な取材を尽くしているから,前記(2)②の事実が真実であ
ると信じたことには相当の理由があった旨主張する。
しかしながら,前記(3)で説示したとおり,本件女性の話自体,曖昧なもの
であり,本件女性が,「原告はD料理組合の接待で来ているようだった」と
認識した根拠についても,本件女性が,同組合の人がそのような話をしてい
るのを聞いたというものであるにすぎず,本件女性の話を客観的に裏付ける
ような資料があるわけではない。
また,Fは,本件の証人尋問において,G法律事務所の元スタッフから,
原告がソープランド店を利用しているとの話を聞いた旨供述し,Fの陳述書(乙
16)にも同趣旨の記載がある。しかし,上記元スタッフの氏名や立場は明ら
かではない上,仮に,原告がソープランド店を利用しているとの話をしてい
たとの事実があったとしても,そのことが,原告がソープランド店において,
顧問弁護士としての仕事の見返りとして,D料理組合の費用負担で接待を受
けたとの話が真実であると信じるに足りる相当な理由となるわけではない。
このことに加えて,前記(1)エで認定したとおり,Fは,本件記事を作成す
るに当たって,D料理組合に対しては本件記載に関する事実関係の有無を確
認してはいないというのであるから,以上のような事情を総合すると,被告
において,前記(2)②の事実が真実であると信じるについて,相当な理由があ
ったということはできない。
4争点(4)(原告に生じた損害及びその額)について
(1)前提事実(1)~(4)で認定し,前記1(3)で説示したとおり,本件記事中の
本件記載には,原告が弁護士として活動していた時期にD料理組合の顧問弁
護士をしており,その仕事の見返りとして,ソープランド店で,同組合の費
用負担において,性的なサービスを受けたとの事実が適示されており,本件
記事が掲載された本件雑誌が販売されたのであるから,本件雑誌の発行及び
販売を行った被告の行為は,原告の人格的利益たる名誉を毀損するもので,
これによって原告に精神的苦痛を与えたものというべきである。そして,本
件記載によって適示された事実は,真実であるとは認められず,かつ,真実
であると信じるについて相当な理由があるともいえないのであるから,被告
の上記行為は,原告に対する不法行為を構成するものといわざるを得ない。
(2)原告は,本件雑誌が発行された当時,大阪市の市長という公職にあったと
ころ,本件雑誌は,その平均販売部数は約46万部にも上る著名な週刊誌で
あること(前提事実(1)参照)や,前記のような本件記載の内容を考慮すると,
被告の行為によって,原告の政治家としての資質,能力に対する社会的評価
が低下させられた程度が小さいということはできない。しかしながら,他方,
原告は,選挙によって選出される地方公共団体の首長として,その資質,能
力に関わる言動が社会の批判にさらされることもまた,ある程度は容認すべ
き地位にあったということができる。そこで,これらの事情のほか,本件に
現れた一切の事情を総合考慮すると,被告の行為によって原告が被った精神
的苦痛を慰謝するための慰謝料の額は,200万円と認めるのが相当である。
(3)また,原告は,本件訴訟を追行するために弁護士に委任しているところ,
弁護士費用のうち被告による上記不法行為と相当因果関係を有する額は,2
0万円と認めるのが相当である。
第4結論
以上のとおりであるから,原告の請求は,220万円及びこれに対する訴
状送達の翌日の日である平成26年4月1日から支払済みまで民法所定の年
5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,その限
度で認容すべきであるが,その余の請求は理由がないから棄却すべきである。
よって,主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第25民事部
裁判長裁判官金地香枝
裁判官松永晋介
裁判官伊藤圭子

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