弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

平成25年(あ)第729号殺人,殺人未遂,現住建造物等放火被告事件
平成27年5月25日第二小法廷判決
主文
本件上告を棄却する。
理由
弁護人明石博隆,同戸谷嘉秀及び同谷林一憲の上告趣意は,判例違反をいう点を
含め,実質は事実誤認の主張であって,刑訴法405条の上告理由に当たらない。
なお,所論に鑑み記録を調査しても,刑訴法411条を適用すべきものとは認め
られない。その理由は,以下のとおりである。
第1本件の事実関係と原審の判断等
1本件の概要
本件は,平成16年8月2日の未明,被告人が,自宅の東西に隣接する2軒の家
屋内等において,親族を含む隣人ら8名を,順次,骨すき包丁で突き刺すなどし
て,7名を殺害し,1名に重傷を負わせた後,母親が現住する自宅にガソリン等を
まいて放火し,全焼させた事案である。
2被告人が本件犯行に至った経緯
原判決の認定によれば,被告人が本件犯行に至った経緯は,次のとおりである。
(1)被告人宅の東隣に居住する家族は,被告人の親族であり,被告人の家族か
らみて本家筋(被告人らの地域の言葉では「母屋」)に当たるところ,被告人は,
子供の頃から,母屋の家族は被告人の家族を見下しているなどと感じ,反感や憎し
みを感じていた。
(2)平成12年頃,母屋の飼い犬の件で苦情を言ったにもかかわらず,何の手
立ても講じられなかったため,被告人は,骨すき包丁を携帯して母屋に抗議に行
き,激高して,今回殺害された被害者の一人に対し包丁を突き付けるところまでい
ったが,それ以上の行動は思い止まった。
(3)その頃,被告人は,母屋の家族を殺し,建物も燃やしてしまおうと考え,
一斗缶5本分のガソリンを購入して保管するようになった(その後,母屋に火を付
けるのは止め,母屋の家族を殺した後,老朽化した自宅が報道されることがないよ
う,自分の家の方を燃やすことにし,保管中のガソリンもそのために使うこととし
た。)。
(4)被告人宅の西隣には,中高年の夫婦と成人した長男,長女の4人家族が暮
らしていたところ,被告人は,その家族から,馬鹿にされ,陰口をたたかれている
ように感じていた。平成14年の6月か7月頃,西隣の家族の長男の自動車が公道
にはみ出して駐車してあったため抗議に行ったところ,対応した西隣の家族と怒鳴
り合いのけんかになった。被告人は,母親に促されてその場は引き下がったもの
の,止めにきた母親まで「くそ婆,黙っとれ」などと罵倒されるのを聞いて,激し
い怒りを感じ,この上は,母屋の家族だけではなく,西隣の家族もまとめて殺さな
ければ気が済まないと思うようになった。
(5)平成16年8月1日夜,被告人は,自宅北側に居住する隣人と口論になっ
たことをきっかけとして,同人のほか,母屋の家族及び西隣の家族をまとめて殺害
しようと決意し,本件犯行に至った。
3第1審で実施された精神鑑定の結果及び第1審の判断
(1)第1審で被告人の精神鑑定を命じられた山口直彦医師は,被告人は,本件
犯行当時,妄想性障害・被害型(パラノイア)に罹患していたと診断した上,当該
障害に罹患している者の被害妄想を訂正させることは極めて困難で,妄想のテーマ
となっている領域については,理非判断能力が著しく侵されていたと判断するのが
妥当であるとの意見(以下「山口鑑定意見」という。)を述べている。
(2)第1審で2回目の精神鑑定を命じられた山上皓医師は,被告人は,情緒不
安定性人格障害と診断されるにとどまるとしつつ,被告人には表出性言語障害が認
められ,これが人格形成に大きな影響を及ぼしたと考えられることや,隣人たちに
対する強固な被害念慮が本件犯行を促す上で重要な役割を果たしたと考えられるこ
となどを総合して考えれば,心神耗弱を認められても不当ではないような精神状態
にあったと考えられるとの意見(以下「山上鑑定意見」という。)を述べている。
(3)第1審は,被告人が精神障害に罹患していたとは認められないとして完全
責任能力を認め,被告人を死刑に処した。
4原審で実施された精神鑑定の結果及び原審の判断
(1)原審で,山口医師及び山上医師の各鑑定意見についての鑑定を求められた
五十嵐禎人医師は,以下のとおりの意見(以下「五十嵐鑑定意見」という。)を述
べている。
被告人は,妄想性障害に罹患していたと診断でき,これを否定する山上鑑定意見
は適切と思われない。山口鑑定意見は,臨床精神医学的には妥当であるが,生物学
的要素から直接的に責任能力を判定するいわゆる不可知論的手法によっており,妄
想性障害が本件犯行に与えた影響に関する考察は十分とはいえない。両医師の問診
結果等から,被告人の妄想性障害が本件犯行に与えた影響について検討すると,被
告人は,被害妄想のために,周囲から監視され,嫌がらせをされていると確信し,
それに対する反撃として様々な脅迫的言動を行ったが,そうした言動のために隣人
たちから白眼視されるようになり,その結果,特定の隣人たちが自分たちを追い出
そうとしているものと確信するようになり,その者たちに対する脅迫的言動がエス
カレートするという悪循環に陥り,本件犯行の直前には,妄想性障害の病状が悪化
し,被害妄想に基づく恨みや怒りが募り,衝動性や攻撃性がこう進した状態にあっ
たと考えられる。そうした状態にあるときに,自宅北側の隣人との口論を契機とし
て,本件犯行に至った。直接の契機が自宅北側の隣人との口論であったのに,被害
者らのみを殺傷し,口論をした相手を攻撃することなく犯行を終了しているのは,
本件犯行が妄想性障害の被害妄想に基づくものであることを示すものといえる。も
っとも,被告人の被害妄想の内容は,特定の隣人たちが自分たちを追い出そうとし
ているというものであって,自分たちを殺傷しようとしているといったものではな
かった。犯行時の記憶はおおむね保たれている。犯行時の行動も合目的的で首尾一
貫している。以上からすると,被告人は,妄想性障害により,その判断能力に著し
い程度の障害を受けていたものの,判断能力が全くない状態にあったとまではいえ
ない。
(2)原審は,以下のとおりの理由を示して,第1審判決の結論を是認し,被告
人の控訴を棄却した。
ア第1審判決のうち,被告人が妄想性障害に罹患していなかったとする点は,
五十嵐鑑定意見に照らすと是認することができない。被告人の精神状態について
は,五十嵐鑑定意見に基づき認定するのが相当である。
イしかしながら,五十嵐鑑定意見中,被告人が,妄想性障害により,その判断
能力に著しい程度の障害を受けていたとする部分は,前提事実の評価を誤ってお
り,合理性を欠く。五十嵐鑑定意見は,被告人と被害者側との長期にわたる確執,
それが深刻になった地域的社会的背景要因,被告人の元来の性格特徴と動機形成と
の関連性など,本件犯行に特有な事情について十分な考察がないまま結論を下して
いるといわざるを得ず,上記部分については採用することができない。
ウ被告人の両隣の家族に対する殺意は,それぞれに先立つ被告人ら家族との確
執を背景に,きっかけとなるもめ事が起こり,被告人がそれに憤慨したことによっ
て形成されたものと認められ,被告人の性格傾向を考慮すれば,十分了解可能であ
る。被告人は,隣人たちへの憎悪を募らせて殺害を計画し,警戒・監視を続けるう
ち,自宅北側の隣人から罵倒されて激高し,本件犯行に及んだものと認められるの
であり,本件犯行当時,被告人の事理弁識能力,行動制御能力が著しく低下してい
たとは認められないとする第1審判決には,十分な合理性があり,是認することが
できる。
第2当裁判所の判断
1被告人の精神状態が心神喪失又は心神耗弱に該当するかどうかは法律判断で
あって専ら裁判所に委ねられるべき問題である(最高裁昭和58年(あ)第753
号同年9月13日第三小法廷決定・裁判集刑事232号95頁)が,責任能力判断
の前提となる生物学的要素である精神障害の有無及び程度並びにこれが心理学的要
素に与えた影響の有無及び程度について,専門家たる精神医学者の意見が鑑定等と
して証拠となっている場合には,これを採用し得ない合理的な事情が認められるの
でない限り,裁判所は,その意見を十分に尊重して認定すべきである(最高裁平成
18年(あ)第876号同20年4月25日第二小法廷判決・刑集62巻5号15
59頁)。本件についてみると,山口鑑定意見や山上鑑定意見を採用し得ないこと
は,五十嵐鑑定意見に基づいて原判決が判示するとおりである。一方,五十嵐鑑定
意見によれば,本件犯行当時,被告人が妄想性障害に罹患しており,本件犯行も一
定程度その影響を受けたものであることは否定し難いというべきである。しかしな
がら,五十嵐鑑定意見中,被告人が,妄想性障害により,その判断能力に著しい程
度の障害を受けていたとする部分については,以下のとおり,これを採用し得ない
合理的な事情が認められ,これと同様の判断を示した上で被告人に完全責任能力を
認めた原判決の結論は,当裁判所も是認することができる。
2五十嵐医師は,被告人が7名もの人間を連続的に殺害するというのは尋常な
ことではなく,妄想性障害の影響で衝動性や攻撃性が高まっていたところに,きっ
かけとなる隣人との口論があって,爆発的に興奮したからこそできたのではない
か,その原因となる妄想性障害がなければ本件犯行は行われなかったのではないか
という趣旨の意見を述べ,本件犯行時の被告人は,妄想性障害によりその判断能力
に著しい程度の障害を受けていたと結論付けている。しかしながら,同意見は,原
判決が指摘する以下のような事情を十分に考慮しないものである。
(1)被告人は,子供の頃から短気で,些細なことに興奮しやすい性格で,小学
生から高校生までの間に,嫌がらせをしてきた相手を包丁を持って追いかけたり,
刃物で斬り付けたりするなど,自分に対し侮蔑的な態度を見せる相手に対しては強
い攻撃性を見せる一方で,自分を尊重してくれる相手とは特にトラブルを起こすこ
とはなかった。
(2)被害にあった家族との間では,いずれも本件犯行の数年前に比較的大きな
トラブルを起こしており,被告人は,それらのトラブルをきっかけとして,被害者
らに対する殺意を抱くようになり,本件犯行の日まで殺害の機会をうかがっていた
旨の供述をしているところ,そのような供述は,上記(1)のような被告人の性格傾
向や,被害者らとの長年にわたる確執を考慮に入れれば,十分了解可能で,不自
然,不合理とはいえない。
(3)被告人の唯一の精神症状である妄想は,被害者らが自分たちを除け者に
し,陰口をたたいたり,監視したりしている,あるいは,自分たちを追い出そうと
画策しているというものであって,自分たちの生命,身体を狙われていて,攻撃し
なければ自分たちがやられるといった差し迫った内容のものではなかった。また,
被告人らの居住する地区は,住民同士の付き合いが濃厚で,他人の言動がうわさ話
になりやすい土地柄であったところ,被告人が被害者ら隣人から疎まれ,警戒され
ていたことは事実であり,被告人の家族ですら,疎外されているとか,様子を探ら
れているとか感じていたから,被告人の妄想は,現実とかけ離れた虚構の出来事を
内容とするものでもなかった。
(4)本件犯行の際の被告人の行動は,合目的的で首尾一貫している。また,犯
行時の記憶に大きな欠落はみられない。
(5)なお,被告人は,口論になった隣人を後回しにして,被害者らを襲うこと
にした理由について,最も強い恨みや憎しみを感じていた被害者らに逃げられては
いけないと考えたためである旨供述しており,そこにも特段の異常性はみられな
い。
3上記2(1)ないし(5)に掲げた事情からすれば,本件犯行は,長年にわたって
被害者意識を感じていた被告人が,母屋の飼い犬の件や西隣の家族の長男の駐車の
件といったトラブルにより被害者らに対する怒りを募らせ,殺意を抱くにまで至
り,犯行前夜の自宅北側に居住する別の隣人との口論をきっかけに,この際被害者
らの殺害を実行に移そうと決断し,おおむね数年来の計画どおりに遂行したもので
あって,その行動は,合目的的で首尾一貫しており,犯行の動機も,現実の出来事
に起因した了解可能なものである。被告人が犯行当時爆発的な興奮状態にあったこ
とをうかがわせる事情も存しない。被告人は,妄想性障害のために,被害者意識を
過度に抱き,怨念を強くしたとはいえようが,同障害が本件犯行に与えた影響はそ
の限度にとどまる上,被告人の妄想の内容は,現実の出来事に基礎を置いて生起し
たものと考えれば十分に理解可能で,これにより被害者意識や怨念が強化されたと
しても,その一事をもって,判断能力の減退を認めるのは,相当とはいえない。
そうすると,被告人が,妄想性障害により,その判断能力に著しい程度の障害を
受けていたとする五十嵐鑑定意見は,その結論を導く過程において,妄想の影響の
程度に関する前提を異にしているといわざるを得ない。五十嵐鑑定意見につき,本
件犯行に特有な事情について十分な考察がないまま結論を下しているとする原判決
は,これと同様の判断を示したものと理解できる。また,以上によれば,被告人の
事理弁識能力及び行動制御能力が著しく低下していたとまでは認められないとする
原判決は,経験則等に照らして合理的なものといえ,所論がいうような事実誤認が
あるとは認められない。
4念のため,量刑についても検討する。親族を含む隣人ら合計8名を襲撃し,
うち7名を殺害し,1名に瀕死の重傷を負わせた本件殺人及び殺人未遂の結果は極
めて重大である。被告人は,被害者らの頭部,頸部,胸部など身体の枢要部を,あ
らかじめ用意していた鋭利な骨すき包丁で次々と突き刺すなどして,7名につき殺
害の目的を遂げている。一部被害者の命乞いの懇願も一顧だにしていない。本件殺
人及び殺人未遂は,強固な殺意に基づく,冷酷かつ残虐な犯行というほかない。被
害者らに殺害されるような落ち度はなかった。住宅地において未明に実行された本
件現住建造物等放火は極めて危険な犯行であり,建物を全焼させた上,近隣建物に
対する延焼の危険を生じさせた点で強い非難に値する。本件殺人及び殺人未遂と併
せ,地域社会に与えた影響も甚大である。被告人が妄想性障害に罹患しており,そ
の障害が本件犯行に一定の影響を与えたことは否定し難いこと,被告人に前科がな
いことなどを考慮しても,被告人の刑事責任は誠に重大であり,原判決が維持した
第1審判決の死刑の科刑は,当裁判所もこれを是認せざるを得ない。
よって,刑訴法414条,396条,181条1項ただし書により,裁判官全員
一致の意見で,主文のとおり判決する。
検察官徳久正公判出席
(裁判長裁判官千葉勝美裁判官小貫芳信裁判官鬼丸かおる裁判官
山本庸幸)

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛