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令和3年2月9日判決言渡
令和2年(ネ)第10051号特許権侵害行為差止等請求控訴事件(原審・東京
地方裁判所平成31年(ワ)第1409号)
口頭弁論終結日令和2年12月16日
判決
控訴人X
同訴訟代理人弁護士塩月秀平
長坂省
伊勢智子
高梨義幸
同補佐人弁理士内藤和彦
白石真琴
北谷賢次
被控訴人アムジェン株式会社
同訴訟代理人弁護士大野聖二
山口裕司
多田宏文
同補佐人弁理士今野智介
主文
1本件控訴を棄却する。
2当審において追加した控訴人の請求をいずれも棄却する。
3控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
以下,用語の略称及び略称の意味は,原判決に従い,原判決の引用部分の「別紙」
をすべて「原判決別紙」と改める。また,枝番のある書証は,特に表示しない限り,
枝番を全て含むものとする。
第1控訴の趣旨
1原判決を取り消す。
2被控訴人は,原判決別紙物件目録記載のウイルスを生産,使用,譲渡等(譲
渡及び貸渡しをいう。),輸出,輸入及び譲渡等の申出をしてはならない。
3被控訴人は,原判決別紙物件目録記載のウイルスについて,医薬品,医療機
器等の品質,有効性及び安全性の確保等に関する法律に基づく製造販売の承認申請
をしてはならない。
4被控訴人は,その占有する原判決別紙物件目録記載のウイルスを廃棄せよ。
5被控訴人は,控訴人に対し,100万円及びこれに対する令和2年10月8
日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
6訴訟費用は,第1審,第2審を通じ,被控訴人の負担とする。
7仮執行宣言
第2事案の概要
1本件は,発明の名称を「ウイルス及び治療法におけるそれらの使用」とする
本件特許に係る特許権者である控訴人が,被控訴人が原判決別紙物件記載のウイル
ス(T-VEC)を用いた本件治験を日本で業として実施していることが,本件発明の実
施に当たり,本件特許権を侵害すると主張して,特許法100条1項に基づき,同
ウイルスの使用の差止めを求めるとともに,同条2項に基づき,同ウイルスの廃棄
を求めた事案である。
原判決が控訴人の請求を棄却したため,控訴人が控訴し,当審において訴えを変
更して,①特許法100条1項に基づき,上記ウイルスの生産,使用,譲渡等(譲
渡及び貸渡しをいう。),輸出,輸入及び譲渡等の申出の差止め,②同条2項に基づ
き,上記ウイルスについて,医薬品,医療機器等の品質,有効性及び安全性の確保
等に関する法律(医薬品医療機器等法)に基づく製造販売の承認申請の差止め,③
同項に基づき,上記ウイルスの廃棄,④不当利得返還請求又は特許権侵害に基づく
不法行為の損害賠償請求として,100万円及びこれに対する訴え変更申立書送達
の日の翌日である令和2年10月8日から支払済みまで平成29年法律第44号に
よる改正前の民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた。
2前提事実(争いがない事実並びに証拠及び弁論の全趣旨により認定できる事
実)
次のとおり,原判決を補正するほかは,原判決「事実及び理由」の第2の2のと
おりであるから,これを引用する。
(1)原判決3頁24行目の「図面」の次に,「〔甲1の2〕」を加える。
(2)原判決5頁6行目の次に,行を改めて,次のとおり加える。
「なお,日本において医薬品の製造販売承認を受けた本件発明の実施品は存在し
ない(甲32)。」
(3)原判決6頁5行目の「健康な志願者」の次に,「又は特定のタイプの患者」
を加える。
3当事者の主張
次の4及び5のとおり,当審における当事者の主張を付加するほかは,原判決「事
実及び理由」の第3のとおりであるから,これを引用する。
4当審における控訴人の主張
(1)本件治験が本件特許権を侵害すること
ア新薬(先発医薬品/先発バイオ医薬品)の製造販売承認を得るために必
要な試験が特許法69条1項の「試験又は研究」に当たらないこと
(ア)新薬(先発医薬品/先発バイオ医薬品)の製造販売承認を得るために
必要な試験は平成11年最判の射程外であり,特許法69条1項の「試験又は研究」
に該当するかについては特許権者の利益と第三者の利益を綿密に検討する必要があ
ること
a平成11年最判は,その判示から明らかなとおり,①後発医薬品の
製造販売承認申請のために必要な試験を,②当該後発医薬品を特許権の存続期間終
了後に販売することを目的として行う場合についてのみ判断を示したものであり,
その他の場合については何ら判断を示していない(甲26,27)。このことは,平
成11年最判が,特許法69条1項の「試験又は研究」の意義を積極的に明らかに
していないことからも明らかである。平成11年最判が示した理由付けも,①後発
医薬品の非臨床試験(実験室内において,培養細胞や動物等を用いて行う実験)を,
②当該後発医薬品を特許権の存続期間終了後に販売することを目的として行うこと
が,特許法69条1項の「試験又は研究」に当たることの根拠を述べたものにすぎ
ない。平成11年最判の調査官解説にも,後発医薬品の承認申請のため行う各種試
験行為(非臨床試験であって治験〔医薬品医療機器等法に基づいてヒトを用いたデ
ータを収集するための臨床試験〕ではない。)が特許法69条1項にいう「試験又は
研究」に当たるか否かについては,同項の立法趣旨を含む特許制度の内容に加え,
旧薬事法の規制との整合性等を考慮しつつ,「特許権者の利益と第三者(後発医薬品
メーカー)の利益の調整を図るという観点から決するべきである」とされており,
平成11年最判の判断が,特許権者の利益と後発医薬品メーカーの利益の調整とい
う観点からされたものであることは明確である。
本件治験が特許法69条1項の「試験又は研究」に該当するか否かは,同項の立
法趣旨を含む特許制度の内容に加え,医薬品医療機器等法その他の法令との整合性
を考慮しつつ,(ⅰ)控訴人(特許権者)の利益と,(ⅱ)被控訴人(特許発明の実
施品たるバイオ医薬品について新薬として製造販売の承認を得ようとする第三者)
の利益状況が,綿密に検討されなければならない。
b(a)被控訴人の本件治験は,特許権者でない第三者が特許発明につ
いて先発バイオ医薬品(以下,いわゆる先発医薬品及び先発バイオ医薬品を総称し
て「新薬」ということがある。また,いわゆる後発医薬品及び後発バイオ医薬品を
総称して「後発品」ということがある。)としての治験を行うものである。バイオ医
薬品は,平成26年11月に改正された医薬品医療機器等法における「再生医療等
製品」に該当し,その製造販売には「再生医療等製品」としての製造販売承認を得
る必要があるなど(同法23条の25),医薬品とは異なる規制に服する。
(b)医薬品及び再生医療等製品を製造販売するためには,品目ごと
にその製造販売承認を得なければならず(医薬品医療機器等法14条1項,23条
の25),製造販売承認を得るためには,各種の試験を行って得られた資料を添付し
なければならない(医薬品医療機器等法施行規則40条,137条の23)。新薬の
製造販売承認を得るためには,後発品については不要とされている各種の非臨床試
験が必要となる他,ヒトを対象とする臨床試験(原則として,第Ⅰ相臨床試験から
第Ⅲ相臨床試験)を実施することが必要であり,これらの各試験を行うために,薬
剤が使用されることとなる。
一般に新薬の開発は,品質の評価,安全性の評価及び有効性の評価について,基
礎研究,治験,承認申請,承認というプロセスで行われ(甲28),新薬の製造販売
承認を得るためには,医薬品医療機器等法施行規則に定められる各種試験に関する
資料を提出する必要があり,先発医薬品については,同規則40条1項1号に規定
される各種資料を,先発バイオ医薬品については,同規則137条の23第1項に
規定される各種資料を提出する必要がある。一つの新薬の開発には9年~17年,
費用として500億円~1000億円を要するといわれ,また,新薬開発の成功率
は約1/25000=0.004%であるとされている(甲28)。新薬の開発を行
う者は,このような極めて高いリスクを負いながら多額の先行投資を行っているの
であり,製薬産業の発達のためには,これら新薬開発者の先行投資回収の機会を確
保することが極めて重要である。
また,本件治験は,いわゆるブリッジング試験を採用するものであり,日本にお
いて第Ⅲ相臨床試験が行われないものの,少なくとも海外の治験データを日本の治
験データとして代用が可能かどうかを調べる臨床試験は日本で実施されることとな
る。
(c)他方,後発医薬品の承認申請のためには,非臨床試験のうち,製
造方法,規格及び試験方法等(いわゆる規格試験),加速試験(安定性試験の一部)
及び生物学的同等性試験(体内動態試験の一部)が必要となるにすぎない(甲28)。
非臨床試験は,先発医薬品の承認申請のために必要となる治験とは性質も規模も大
きく異なる。後発品の製造承認を得るための試験は極めて限定的であり,これらの
試験行為について特許権の効力が及ばないこととされても,特許権者が被る不利益
は比較的小さい。
(d)平成11年最判の原審である大阪高等裁判所で実質的な審理が
行われていた時期においては,後発医薬品の生物学的同等性試験については動物実
験が許容されており(乙17),厚生労働省の後発医薬品の生物学的同等性試験ガイ
ドライン(平成9年版及び令和2年版)では,生物学的同等性試験は「臨床試験」
には該当しないと明記されている(甲43,44)。平成11年最判も,「第三者が,
特許権の存続期間終了後に特許発明に係る医薬品と有効成分等を同じくする医薬品
(後発医薬品)を製造して販売することを目的として,その製造につき薬事法14条
所定の承認申請をするため,特許権の存続期間中に,特許発明の技術的範囲に属す
る化学物質又は医薬品を生産し,これを使用して右申請書に添付すべき資料を得る
のに必要な試験」と表現しており,後発医薬品の承認申請に添付すべき資料を得る
ために治験(臨床試験)が行われていなかったことを前提としていることがうかが
われる。
(e)したがって,本件治験は,新薬である点,バイオ医薬品に関する
ものである点及び非臨床試験ではなく治験(臨床試験)である点で,平成11年最
判の射程外である。
仮に,新薬の製造販売承認を得るために必要な試験に特許権の効力が及ばないこ
ととなると,平成11年最判の事案と比較して,特許権に対する制約は著しく大き
いものとなり,本件治験に本件特許権の効力が及ばないとされた場合,控訴人が被
る不利益は甚大である。
c被控訴人は,「特許権者の利益と第三者(後発医薬品メーカー)の利
益の調整は,『特許権の存続期間が終了した後は,何人でも自由にその発明を利用す
ることができ,それによって社会一般が広く益されるようにする』という特許制度
の根幹に沿って図られているのであり,バイオ医薬品の治験(臨床試験)であって
も,平成11年最判の射程外とすべき理由は何ら存在しない」と主張する。
しかし,控訴人の主張は,特許権の存続期間が終了した後は,新薬の治験におい
ても,何人でも自由にその発明を利用することができ,それによって社会一般が広
く益されるようにするというものであるから,特許制度の根幹に矛盾・齟齬するも
のではない。原判決も被控訴人も,第三者が自由に特許発明を利用できるというこ
とが,医薬品市場における製造販売行為を意味すると決めつけ,新薬の治験をその
対象から除外した上で,判断及び主張を構築しており,不合理かつ失当である。本
件で争点となっているのは,特許権の存続期間が終了した後に第三者が自由に当該
特許発明を利用できる場面に,別の言い方をすると,特許権の存続期間中は当該特
許権者の独占的実施が認められ第三者が当該特許発明を利用することができない場
面に,新薬の治験が含まれるか否かという点であるから,このような争点について,
第三者が自由に特許発明を利用できるということは,医薬品市場において自由に製
造販売できることであるという前提に基づいて議論するのは,結論ありき(先取り)
の議論であって不合理かつ失当である。
d被控訴人は,新薬開発者は,特許権の存続期間中に,独占的実施を
行い,利益を得る地位が保証されているのであり,本件治験について,平成11年
最判の趣旨が妥当するものと解することを否定する根拠となるものではない旨主張
する。
しかし,本件における争点(控訴人の主張のポイント)は,特許権の存続期間中
の新薬の治験において,特許権者に対して,独占的実施により利益を得る地位が保
証されるべきか否かという点であるところ,原判決及び被控訴人の主張は,新薬の
治験においては特許権の存続期間中に当該特許権者が当該特許権を独占的に実施し
利益を得る地位が保証されていないことを前提としている。このような前提を理由
として控訴人の主張に対して反論するのは結論ありき(先取り)の議論であって,
不合理かつ失当である。
(イ)医薬品医療機器等法上の再審査制度に基づく実質的なデータ保護制
度は医薬品やバイオ医薬品の開発促進のために重要な役割を果たしていること
a医薬品医療機器等法上の再審査制度とは,先発品が承認された後の
一定期間経過後に,実地医療での使用における安全性情報等の調査結果に基づき,
その先発品の有効性,安全性を再確認することを目的とした制度である。この再審
査期間中は,第三者は,後発品として医薬品医療機器等法上の製造販売承認を得る
ことができず,実質的に先発品のデータ保護という役割を果たしている(甲28)。
バイオ医薬品(再生医療等製品)の再審査期間は,原則として承認日から6年で
あるが,希少疾病用再生医療等製品については,厚生労働大臣が6年から10年の
期間で指定するとされている(医薬品医療機器等法23条の29第1項1号イ)。希
少疾病用医薬品及び希少疾病用再生医療等製品について通常よりも長期の再審査期
間を設け得るとされているのは,一般に,研究開発投資の回収が難しい希少な疾病
に対する医薬品及び再生医療等製品の開発を促進するためとされている(甲28)。
このように,医薬品医療機器等法は,その制度上,再審査制度が実質的なデータ保
護期間として作用することを前提としており,再審査期間により得られる利益(後
発品の参入を一定期間排除することができる利益)は,医薬品医療機器等法上当然
に想定された利益というべきである。
平成11年最判は,後発医薬品について旧薬事法に基づく製造承認を得るための
非臨床試験について判断された事案であり,特許権者は,再審査期間における利益
(後発品の参入を一定期間排除することができる利益)を全て享受している。本件
治験のように,特許権者でない第三者が特許発明について新薬としての治験を行う
ことに特許権の効力が及ばないとすると,当該第三者は,特許権の存続期間中であ
るにもかかわらず,自由にそれらの治験(臨床試験)を実施できることとなる他,
特許権者に先行して製造販売承認を得ることも可能となる。また,特許権者でない
第三者が特許発明について,自由に治験(臨床試験)を実施できることとなると,
当該第三者は,本件治験のように,特許権者自らが開発する新薬と競合する別の新
薬を特許権者に先行して製造販売承認を得ることが可能となる。仮に,その後特許
権者が自ら新薬としての製造販売承認を得たとしても,特許権者又はライセンシー
ではない後発メーカーは,当該第三者が取得した承認から一定期間が経過しさえす
れば,特許権の裏付けのない後発品を製造販売することができるようになるため,
特許権者としては,本来得られるはずであった再審査期間に基づく利益(後発品の
参入を一定期間排除することができる利益)の全部又は一部を奪い去られることと
なる。
このような結果が許されることとなると,薬剤に係る発明をした者としては,特
許出願をして発明の内容が公開された途端に第三者が治験を自由に実施することが
できることになる結果,先行する巨額の研究開発投資を回収する機会を失うことに
なり,特許出願をするメリットはなく,発明の公開というデメリットばかりが大き
いことになる。薬剤の発明者は特許出願をためらうことになり,究極的には,医薬
品産業の発達を著しく阻害することとなるが,このような結果が特許法の目的に反
することは明らかである。
また,このことは,医薬品医療機器等法の制度上も想定されていない事態である。
再審査制度は,データ保護期間としての機能に加え,実地医療での使用における安
全性情報等の調査結果に基づき,その先発品の有効性,安全性を再確認することを
目的としている。特許権者でない第三者が特許権の存続期間中に新薬の製造販売承
認を受けた場合,当該第三者は,特許権の存続期間満了までは当該新薬を製造販売
することができないから,その間,当該新薬の再審査期間中に製造販売ができない
空白期間が生じ,実地医療での使用における安全性情報等の調査という目的も十分
に果たされないこととなる。
b原判決は,先発医薬品メーカーが再審査期間中に独占的な利益を得
られる点について,医薬品医療機器等法の規制による事実上の反射的利益にすぎな
いと述べるが,医薬品医療機器等法は,その制度上,再審査制度が実質的なデータ
保護期間として作用することを前提としており,再審査期間により得られる利益(後
発品の参入を一定期間排除することができる利益)は,医薬品医療機器等法上当然
に想定された利益というべきであるから,原判決の解釈は誤りである。
また,原判決は,再審査期間中に特許権者が得ることとなる独占的な利益につい
て,平成11年最判が特許法69条1項の適用の可否を判断するための考慮要素と
して挙げていないと述べるが,平成11年最判の事案においては,特許権者が再審
査期間に基づく上記利益を享受できることが当然の前提となっているのであり,原
判決は事案を混同している。
原判決は,「特許権の存続期間内にその特許発明に属する再生医療等製品の治験
を行うことを禁止することにより,当該特許権の存続期間を相当期間延長するのと
同様の結果をもたらすような解釈を採用することはできない。」と判示する。
しかし,まず,存続期間延長を求める場合,特許権者は,特許権の存続中に延長
登録出願をしなければならない(特許法67条の5第3項但書)。そして,延長登録
出願は,製造販売承認等の「政令で定める処分」を受けた後でないとすることがで
きない(同項本文)。しかも,延長登録後の特許権の効力は,「処分の対象となった
物(その処分においてその物の使用される特定の用途が定められている場合にあっ
ては,当該用途に使用されるその物)」に限定されている(同法68条の2)。適用
可能な症例が多い革新的な医薬品/バイオ医薬品であればあるほど,全ての症例に
ついて特許権の存続期間中に製造販売承認を得ることは不可能であるから,このよ
うな発明であればあるほど,第三者が当該特許権を実施して新薬開発を行い,特許
権者に先行して当該新薬について製造販売承認を得るケースが増大し,特許権者は
平成11年最判が適用される後発品開発(非臨床試験)との関係で確保されている
再審査期間に基づく利益すら侵食されることとなる。
本件のように,新薬としての治験を許容することになると,医薬品医療機器等法
が想定している再審査期間に基づく利益を侵食するものになるのであり,原判決の
判断は,医薬品医療機器等法その他の制度との整合性に関して考慮を欠いている。
また,本件特許権の存続期間が満了すると,誰でも本件発明を実施して新薬の治験
を行うことができるのであるから,「本件特許権の存続期間を相当期間延長するの
と同様の結果となる」という結論は不当である。
(ウ)第三者が特許権者よりも先に新薬として製造販売の承認を受けると,
特許権者が実施する治験が成立しないおそれがあること
a仮に,第三者が特許権の存続期間中に新薬の製造販売承認を得るた
めの治験を行うことに特許権の効力が及ばないとすると,第三者が特許権者に先行
して製造販売承認を得ることが可能となる。
しかし,先行して製造販売承認が取得されている医薬品/バイオ医薬品が存在す
る場合,疾病を有する患者としては,既に承認が得られた医薬品/バイオ医薬品の
使用を選択することが容易に予測でき,治験を成立させるために十分な被験者を確
保することが著しく困難になるため,他者が同一薬効群の薬剤について治験を実施
することは,極めて困難である。このことは,特に希少疾病を対象とした薬剤にお
いて顕著である。
このように,第三者が特許権の存続期間中に新薬の治験を行うことに特許権の効
力が及ばないとすると,特許権者は,特許権の存続期間中であるにもかかわらず,
事実上自らの特許発明に係る実施品について治験を実施することすらできなくなる
こととなり,特許権者に甚大な不利益を及ぼす。
b被控訴人は,「特許法は,医薬品医療機器等法上の製造販売承認を特
許権者が取得できるように制度を設けているわけではないし,被験者の確保が十分
にできるかどうかは,患者が応募したいと考える治験かどうかの問題であるから,
特許法69条1項の解釈とは関係のない問題である」と主張する。
しかし,このような事態が生じてしまうということこそ,特許権の存続期間中に
もかかわらず特許権者がその独占的利益を享受できないという特許制度の根幹に関
わる問題を如実に表している。新薬については,開発競争において勝った製薬会社
が当該疾病領域における医薬品市場を事実上席巻する可能性が極めて高いため,医
薬品市場における競争は,そのまま開発段階における競争で決まるといっても過言
ではない。少なくとも特許権の存続期間中において特許権者が独占的利益を享受で
きなければ,特許制度の意味は全く失われるのであり,その独占的利益は,新薬の
開発競争の場面においても適用されるべきことは明らかである。
したがって,特許権者が医薬品市場において当該特許権の存続期間中は独占的利
益を得ることができるからといって,当該特許発明を実施する新薬の開発段階にお
いて当該特許権に基づく独占的利益を当該特許権者に認める必要がないという理屈
は,実質的には特許権の存続期間中であるにもかかわらず医薬品市場における当該
特許権者の独占的利益を認めないことと同じ結果をもたらすことになる。
以上より,特許権者は,医薬品市場における製造・販売競争においてだけでなく,
新薬の開発段階における競争においても独占的利益の享受が認められるべきである。
c原判決及び被控訴人は,特許権者が独占的利益を享受できる場面を
医薬品市場における競争に限定することを前提として,特許法69条1項の「試験
又は研究」の解釈を行うのか,いまだ合理的な説明をしていない。
平成11年最判が,後発医薬品の治験について特許法69条1項の「試験又は研
究」に含まれる旨判断したのは,国家財政上の医療費削減および当時すでに後発医
薬品の流通が日本に比べてはるかに活発に行われていた諸外国とのハーモナイゼー
ションの観点から後発医薬品の流通をできるだけ早く促進させたいという政策的な
必要性を考慮したものであり,かつ,そのように解釈しても特許権者は少なくとも
再審査期間中は医薬品市場における独占的利益を享受でき,また新薬の治験と異な
り後発医薬品の治験を含む開発段階における競争が医薬品市場と直結することもな
い状況を踏まえると,特許権者に後発医薬品の開発段階における独占的利益を認め
る実益が乏しいこと等から,「特許権者の利益と第三者(後発医薬品メーカー)の利
益」を調整した結果,例外的に認めたにすぎない。
(エ)本件発明に係るバイオ医薬品の開発には極めて長期間を要すること
本件発明は,いわゆるバイオ医薬品に係るものであるところ,医薬品とは異なる
規制を受ける他,臨床試験の実施においても,生体試料中の薬物濃度分析において
ヒト生体由来成分の影響を疾患ごとに厳密に検討する必要がある点や,抗薬物抗体
に関する評価法の確立が必要となる(甲29)などバイオ医薬品に特有の特徴があ
る。また,本件発明のようなウイルス療法の開発は,ウイルス特有の事情により,
抗体医薬等の通常のバイオ医薬品にはない課題を多数伴っている(甲9の3)。例え
ば,ウイルスは免疫機構が体内から排除するため,非臨床試験では抗体医薬とは異
なる新たな体内動態・分布試験等の実施が必要になる。日本にはウイルス療法の臨
床研究に関する指針が存在していないことから,臨床試験では新たな試験デザイン
や効果判定等が必要とされる。さらに,臨床試験に用いる試験製品ではウイルスの
外来性病原体試験を行う必要があるが,常用される培養系で複製可能なことがあり,
それにより偽陽性の結果が出るという問題もある(甲30)。これらの問題に加え,
ウイルス排出に係るガイドラインの不在や遺伝子組換え生物等の使用等の規制によ
る生物の多様性の確保に関する法律(以下,「カルタヘナ法」という。)への対応が
ウイルス療法の臨床試験をより困難なものとしている(甲31)。
バイオ医薬品の開発は,通常,医師や研究者の研究からスタートするため,早期
の発表が求められることから,初期の段階で特許出願をしなければならないことも
あって(甲10),特許出願から製品化までの期間がより長期化し,製品化された時
点における該当特許権の存続期間満了までの残存期間自体が短くなるという傾向が
あり,開発中に存続期間が満了することも多い(甲11)。
また,本件発明に係るバイオ医薬品は,増殖型遺伝子組換えウイルスであるため,
製造や実験での扱いに際し,環境影響評価を受ける必要がある。日本では,遺伝子
組み換え生物等による生態系への影響を防止するため輸入や使用などを規制する法
律であるカルタヘナ法の対象となるため,非臨床試験を行うためには文部科学大臣
の第二種使用規程の確認が,治験薬や製品を製造するには厚生労働大臣の第二種使
用規程の確認が,臨床試験を行うには厚生労働大臣の第一種使用規程の承認がそれ
ぞれ必要になり,それぞれカルタヘナ法に特化した申請と審査を要求される(甲3
7)。カルタヘナ法は生物多様性の保護を目的としているため,欧米では,その規制
対象から医薬品開発は除外されているが,日本では非臨床試験,治験薬製造,治験
(臨床試験)の各段階に先立って,カルタヘナ法に係る申請を行い,承認を得る必
要があり,治験の開始が遅れる事態も生じている(甲38)。
さらに,本件発明に係るバイオ医薬品のような腫瘍溶解性ウイルスの開発におい
ては,厚生労働省の事務連絡により,臨床開発について種々の留意点が公表されて
おり(甲30),これらの留意点に沿った開発を行う必要がある。
したがって,本件発明に係るバイオ医薬品開発は,一般的なバイオ医薬品開発と
比較しても,より一層長い期間を要する。
加えて,本件発明に係るバイオ医薬品は,日本において「革新的医薬品・医療機
器・再生医療製品実用化促進事業」として選定されていることからも明らかなとお
り,前例のない革新的なバイオ医薬品であり(甲9),前例がある抗体医薬等の「バ
イオ医薬品」よりもさらに規制のハードルが高いため(甲39),製造販売承認を得
て製品化されるタイミングが本件特許権の存続期間満了間近とならざるを得ない。
バイオ医薬品については,革新的であればあるほど規制のハードルが高くなり,
製造販売承認を得て製品化されるタイミングが当該特許権の存続期間満了間近とな
らざるを得ない傾向がある。本件発明に係るバイオ医薬品の治験は,非臨床試験か
ら治験薬製造,規制対応,治験実施まで製薬企業が全く関与せずにアカデミアだけ
で行った医師主導治験であり,治験実施計画書等の作成から始まり,治験計画届の
提出,治験の実施,モニタリングや監査の管理,試験結果を取りまとめた総括報告
書の作成など,治験のすべての業務を医師自らが実施して統括しなければならず,
多大な労力を要するという事情もある。
したがって,本件発明に係るバイオ医薬品について,特許権の存続期間中に第三
者が承認申請のための治験(臨床試験)を実施することを許容すると,特許権者の
不利益はより甚大なものとなる。
原判決は,「再生医療等製品の審査が長期化することが制度上予定されていると
いうことはできない」などと述べるが,再生医療等製品のうち特にバイオ医薬品に
ついては,通常の医薬品とは異なる規制や制約があるのであって,この点を捨象す
べきではない。
(オ)革新的な医薬品の研究開発に悪影響を与えること
現在の革新的医薬品の研究は,世界的に大学や研究機関のようないわゆるアカデ
ミアが牽引しているところ,それらの研究は,アカデミアが有するシーズ(特許に
よって保護される将来商業的な観点からも有望な医薬品の種となる物質)について,
製薬企業やバイオベンチャーキャピタル等が特許のライセンス(実施許諾)を取得
することと引き換えに,アカデミアに対し,共同研究,共同開発又はベンチャー投
資等の形でアカデミアに資金提供を行うことで成立している(甲32)。
仮に,新薬の承認申請のための治験を,特許権の存続期間中に何らのライセンス
もなく実施可能ということになると,製薬企業やバイオベンチャーキャピタル等は,
アカデミアに対し資金提供をするモチベーションが失われることとなり,ひいては,
アカデミアを筆頭としてきた革新的な医薬品の研究開発の担い手を失うことになる。
(カ)国内外において製薬業界に大きな混乱を与えること
仮に,新薬の承認申請のための治験を,特許権の存続期間中に何らのライセンス
もなく実施可能ということになると,国内外の多くの製薬メーカーは,特許権の有
無にかかわらず,ありとあらゆる候補薬について,最初に日本で治験を行って製造
販売承認を得るとともに(特許権の存続期間中の承認を得ることもあり得る。),ブ
リッジング制度を用いて各国でも早期に承認を得るようになる。このような従来の
業界慣行を一変させるような事態を許すことになると,国内外における治験の実行
に多大な影響を及ぼすばかりか,製薬業界全体ひいては医療現場にまで大きな混乱
を招くことになる。
したがって,このような観点からも,新薬の承認申請のための治験への特許法6
9条1項の適用は認められるべきではない。
(キ)本件治験が技術の進歩を目的としたものでもないこと
a本件治験の対象とされているT-VECは,Amgenが,米国と欧州を許
諾地域としてMassachusettsGeneralHospitalの特許(本件特許に対応する米国
特許と欧州特許)についてライセンスを受け,欧米においてT-VECの臨床試験を実
施した結果(甲32),既に欧米で承認されている。ブリッジング試験が採用されて
いるため,本件治験において確認されるのは,日本人以外の民族のデータと日本人
のデータの類似性を示すか否かである。本件治験においてT-VECの新たな薬効が確
認されることは想定されておらず,そのことをうかがわせる事情は一切存在しない。
したがって,本件治験は何ら技術の進歩を目的としたものではなく,産業の発達
という特許法の目的に照らし,本件治験の要保護性は極めて低い。この観点からも,
本件治験は,特許法69条1項の「試験又は研究」に当たらない。
b原判決は,本件治験について,「日本人被験者にT-VECを投与して,
一定の期間をかけて臨床試験を行うことにより,日本人における有効性及び安全性
を評価するための試験である」から,本件治験は技術の進歩を目的とするものに該
当すると判断している。
しかし,ここでの技術の進歩とは,本来は基礎研究における発明の改良や発展を
意味するものであり,単に医薬品の製造販売承認を取得するための「日本人におけ
る有効性及び安全性を評価するための試験」が発明の改良や発展を目的とするもの
とは言い難いから,原判決の上記判断は誤りである。特許法69条1項の「試験又
は研究」に関し,技術の進歩について原判決のように解する裁判例や学説は存在せ
ず,独自の見解という他ない。
(ク)医薬品承認のための試験に関する諸外国の取扱状況
a米国においては,特許法271条(e)(1)により,医薬品の承認
申請のための使用には特許権の効力が及ばないこと(いわゆるBolar条項)を
原則としつつ,「薬品の・・・製造,使用又は販売を規制する連邦法に基づく開発及
び情報提出のみを目的として」と限定が付されている。また,同条(e)(2)は,
連邦食品・医薬品・化粧品法(FederalFood,Drug,andCosmeticAct)505条
に基づく所定の申請(一部の新薬に係る承認申請〔いわゆるpaperNDA〕及び後発
医薬品の承認申請)行為を特許権侵害とみなすとしている。
このように,米国においては,特許権の効力が制約される範囲が主観的にも客観
的にも立法により明確に限定され,かつ,本来であれば特許権の効力が及ばない承
認申請行為について特許権侵害とみなす旨の規定を置くことにより,特許権者と第
三者の利益ないし公共の利益との調整を図っている。
また,米国連邦巡回区控訴裁判所は,ClassenImmunotherapies,Inc.v.Biogen
IDEC事件において,米国特許法271条(e)(1)は,後発医薬品の承認申請のた
めの使用(非臨床試験を前提としている。)に限定されるとの解釈を示した上で,新
薬についての試験について,特許権侵害が成立する旨判断し(甲40の1),米国連
邦最高裁判所は,この判断を支持した。なお,前記(キ)aのとおり,Amgenは,米国
を許諾地域として,本件特許に対応する米国特許についてライセンスを受けて,米
国において,T-VECの臨床試験を実施している。
b欧州における医薬品の認可の要件は,医薬品共同体規約300に関
する欧州指令(2001/83/EC)で規定されており,2004年4月30日
に同指令を改正する医薬品に関する包括法案が発効し(2004/27/EC),改
正後の規約10条6項には,規制当局に対する後発医薬品の製造承認申請を行うた
めの試験301(非臨床試験)は,特許権の侵害に当たらないことが規定されてい
る(いわゆるBolar条項)。
欧州指令の内容は,各国が法律として制定することにより実現されるため,欧州
各国のうち,ドイツ,ベルギー及びオランダにおいては,Bolar条項の適用は
後発医薬品の承認を得るための試験(非臨床試験)に限定され,新薬の承認を得る
ための試験(臨床試験を含む)には適用されないと解されている。被控訴人が指摘
するフランス,イタリア,スペイン,英国においては,臨床試験に特許権の効力が
及ぶか否かという点について,少なくとも欧州指令におけるBolar条項に基づ
き,特許権適用可能性の例外を立法的に解決しているのであり,日本における特許
法69条1項の「試験又は研究」という一般条項の解釈により新薬の治験も「試験
又は研究」に含まれるという特許権適用可能性の例外規範を定立したものではない。
したがって,日本における特許法69条1項の「試験又は研究」の解釈について
も,被控訴人が指摘するフランス,イタリア,スペイン,英国におけるBolar
条項のように,別途制定法により明確な基準が提示されない限り,特許権の存続期
間中は当該特許権者に独占的利益を享受させるという特許制度の根幹を尊重するこ
とは当然であるから,このような特許権の独占性の例外を認める場合には,厳格か
つ制限的に解釈すべきである。
なお,前記(キ)aのとおり,Amgenは,欧州を許諾地域として,本件特許に対応す
る欧州特許についてライセンスを受け,欧州において,T-VECの臨床試験を実施し
ている。
(ケ)以上によると,先発バイオ医薬品の製造販売承認を得るために必要
な臨床試験(治験)は,非臨床試験を念頭に置いている特許法69条1項の「試験
又は研究」には該当しないから,本件治験も同項の「試験又は研究」に当たらず,
被控訴人が本件特許権を侵害することは明らかである。
原判決は,控訴人の現実の利益についても縷々述べるが(35頁~36頁),控訴
人が自己の現実の利益について述べた意義は,仮に,原判決の判断に従うものとす
ると,発明者が特許出願を行うことでデメリットしか生じ得ず,特許出願を行わな
いことになる結果,製薬業界の発達を阻害することになるという具体例を示した点
にある。特許法1条は,「発明の保護及び利用を図ることにより,発明を奨励し,も
って産業の発達に寄与することを目的とする。」として,究極的には特許権者の保護
と第三者の利用のバランスを図ることを規定している。原判決は,専ら発明の利用
に着目しているが,特許権者の保護の観点からの検討がおよそ不十分である。原判
決の判断によると,現実的には特許権者が全く保護されないことになり,ひいては
製薬業界の発達を著しく阻害することとなり,原判決の判断は不当である。
イ本件治験は本件特許権の存続期間満了「前」の販売を目的としたもので
あること
(ア)仮に,本件治験に平成11年最判の射程が及ぶとしても,被控訴人に
よる本件治験は,本件特許権の存続期間中の製造販売を目的としたものであるから,
特許法69条1項の「試験又は研究」には該当しない。
(イ)a現在,日本におけるT-VECの治験は第Ⅰ相臨床試験として実施さ
れており,既に米国及び欧州で承認された製品を対象にするものであるから,第Ⅱ
相臨床試験(フェーズⅡ,探索的試験)及び第Ⅲ相臨床試験(フェーズⅢ,検証的
試験)を省略して承認申請を行うことも可能であり,本件治験は,現在のフェーズ
が最終フェーズである。
本件治験は,当初,平成31年4月1日時点では主要試験終了日が令和元年6月
6日と予定されていた(甲8)。その後,主要試験終了日は変更され,最終的に,令
和2年8月3日に終了した(甲42)。主要評価完了により製造販売承認申請をする
ためのデータが取得されるから,その後は,治験完了を待たずに製造販売承認申請
を行うことが可能となる。
このように,被控訴人は,主要評価を令和元年6月6日に完了させる予定で本件
治験を開始したことは明らかであるところ,同日から本件特許権の存続期間満了日
である令和4年3月27日までは約2年10か月もの期間がある。
一般に,製造販売承認申請から承認までの期間は9か月であり(甲13),薬価決
定に要する期間は2か月であるから,被控訴人が,本件特許権の存続期間中にT-VEC
の製造販売を開始する目的を有して本件治験を開始したことは明らかである。
仮に,本件治験開始後の事情を考慮し,現実の主要評価完了日(令和2年8月3
日)を前提にしても,本件治験の主要評価完了日から本件特許権の存続期間満了日
までは約1年8か月(20か月)あるから,申請から承認までの期間(9か月)及
び薬価決定のための期間(2か月)を合計すると,被控訴人が,本件特許権の存続
期間中にT-VECの製造販売を開始する目的を有していることは明らかである。
これに対し,被控訴人は,総括報告書を作成し,これを承認申請資料に組み込む
のに合計9か月を要すると主張しているが,本件治験のように米国の臨床試験デー
タを主として使用するブリッジングの場合,これらの資料作成に9か月もの長期間
を要することはない。
したがって,被控訴人が本件特許権の存続期間中にT-VECの製造販売を開始する
蓋然性は極めて高い。このことは,被控訴人が主張する●●●●●●●●●が主要
評価完了日であるとしても,同様である。
b原判決は,「被告が,本件特許権の存続期間中に,本件特許権の存続
期間満了後の譲渡等を見据え,同法に基づく製造販売承認のための試験に必要な範
囲を超えてT-VECを生産等し,又はそのおそれがあることをうかがわせる証拠は存
在しない。」と判断する。
しかし,控訴人は,仮に,本件治験に平成11年最判の射程が及ぶとしても,本
件治験は本件特許権の存続期間中の製造販売を目的としたものであるから,本件治
験は特許法69条1項の「試験又は研究」には該当しないと主張しているのであっ
て,被控訴人が本件特許権の存続期間満了後の製造販売を見据えてT-VECを生産等
しているなどとは主張していないし,原審においては当該生産等の差止めを求めて
いたわけでもない。
原判決は,「特許権の存続期間中に第三者が当該特許発明の技術的範囲に属する
医薬品等について製造販売承認を取得したとしても,必ずしも当該第三者が特許権
の存続中に当該医薬品等を製造販売するとは限らず,存続期間満了後に製造販売す
ることも十分にあり得るので,当該特許権の存続期間中に製造販売承認を取得する
ことが客観的に可能であるとしても,そのことから,直ちに,当該医薬品等の治験
をもって,特許権存続期間中の製造販売を目的とするものとみなすことはできない。」
などと判断しているが,このような原判決の判示は,何ら客観的な根拠を伴わず,
失当である。このような論理が認められるとすると,特許権の存続期間中に行われ
るすべての治験について特許権の存続期間中の製造販売を目的としていると認定さ
れることはおよそないこととなるから,原判決の上記判示は,平成11年最判が目
的要件を提示した趣旨を完全に逸脱している。
原判決は,「原告の主張を前提とすると,特許権の存続期間中に治験に係る医薬品
等の製造販売承認を取得し,その製造販売を開始することが可能となる場合には特
許権の侵害となり,治験開始後の予期し得ない事情により治験や承認手続きが予定
より長期化し,その製造販売の開始が当該特許権の存続期間満了後となる場合には
特許を侵害しないこととなるが,そのような解釈は,予期し得ない事情により特許
権侵害の成否が左右されることとなり,また,治験や承認手続が一定期間を要する
ことを考えると,治験を行う第三者の地位を徒に不安定にするものであるというべ
きである。」などと判示している。
しかし,上記判示は,控訴人の主張を曲解して論難するものであり,失当である。
控訴人は,治験が特許権の存続期間中の製造販売を目的としたものであるか否かと
いう主観的要件の認定に当たっては,治験の開始時期や終了予定時期,一般に承認
審査に要する期間等治験の開始時点で客観的に明らかな事情を踏まえてされるべき
である旨主張しているのであって,治験開始後の事情(治験開始後の予期し得ない
事情により治験や承認手続きが予定より長期化すること等)を考慮すべきなどとは
主張していない。そもそも,治験の目的を判断するに際して,治験開始後の事情を
考慮することは,よほどの例外的な事情がない限りは許されるべきではない。
(2)当審において追加した請求について
ア被控訴人によるT-VECの生産,譲渡等,輸出,輸入及び譲渡等の申出に
対する差止請求及び医薬品医療機器等法に基づくT-VECの製造販売の承認申請の差
止請求について
(ア)日本におけるT-VECの治験の状況は,前記(1)イ(イ)aのとおりであ
り,被控訴人が,本件特許権の存続期間中にT-VECの製造販売を開始する目的を有
して本件治験を開始したことは明らかである。仮に,本件治験開始後の事情を考慮
し,現実の主要評価完了日(令和2年8月3日)を前提にしても,被控訴人が,本
件特許権の存続期間中にT-VECの製造販売を開始する目的を有していることは明ら
かである。
これまでの審理経過,特に被控訴人の主張からすると,被控訴人が,本件発明の
技術的範囲に属するT-VECの製造販売を本件特許権の存続期間中に開始する蓋然性
は極めて高いから,被控訴人が本件特許権の存続期間中にT-VECの生産,譲渡等,
輸出,輸入及び譲渡等の申出を行うことにより,本件特許権を侵害するおそれがあ
る。
したがって,控訴人は,被控訴人に対し,特許法100条1項に基づき,被控訴
人によるT-VECの生産,使用,譲渡等,輸出,輸入及び譲渡等の申出に対する差止
めを求める。
(イ)特許法100条2項の「侵害の予防に必要な行為」とは,「特許発明
の内容,現に行われ又は将来行われるおそれがある侵害行為の態様及び特許権者が
行使する差止請求権の具体的内容等に照らし,差止請求権の行使を実行あらしめる
ものであって,かつ,それが差止請求権の実現のために必要な範囲内のものである
ことを要する」とされており(最判平成11年7月16日民集53巻6号957頁),
除草剤事件判決(東京地判昭和62年7月10日)は,除草剤についての農薬登録
申請に必要な適性試験をするために除草剤を輸入,使用することが特許権を侵害す
る場合において,「農薬取締法の定める農薬登録申請をしてはならない」と判示して
いる。
本件において,被控訴人がT-VECの生産,譲渡等,輸出,輸入及び譲渡等の申出
をすることにより本件特許権を侵害するおそれがあるところ,被控訴人によるT-
VECに係る医薬品医療機器等法に基づく製造販売の承認申請は,T-VECの生産,譲渡
等,輸出,輸入及び譲渡等の申出のための準備行為であり,かつ,当該目的以外に
は何らの意味を有しないものであるから,上記製造販売の承認申請の差止めを求め
ることは,特許法100条2項の「侵害の予防に必要な行為」に当たる。
したがって,控訴人は,被控訴人に対し,同項に基づき,被控訴人による医薬品
医療機器等法に基づくT-VECの製造販売の承認申請の差止めを求める。
(ウ)被控訴人は,「このような医薬品医療機器等法に基づく製造販売の承
認申請の差止請求は,『特許権の存続期間が終了した後は,何人でも自由にその発明
を利用することができ,それによって社会一般が広く益されるようにする』という
特許制度の根幹から遠く離れて,特許権者が特許期間を延長したのと同様の利益を
結果的に享受できるようにするものであり,特許法が全く予定しないものである」
と主張する。
しかし,控訴人が主張しているのは,新薬の開発において,特許権の存続期間が
終了した後は,何人でも自由にその発明を利用することができるということであり,
むしろ特許制度の根幹に合致するものである。このような控訴人の主張を否定する
場合には,新薬の開発においては,たとえ特許権の存続期間中であっても,何人で
も自由にその発明を利用することができるという結論となることから,このような
解釈こそ特許権の存続期間中は特許権者に独占的利益を享受させるという特許制度
の根幹を否定するものである。
新薬については,後発医薬品と異なり,治験を始めとする開発段階での競争が当
該疾病領域における医薬品市場の競争あるいは優位性に直結するものであるから,
特許権者の利益と第三者の利益の調整という観点から,新薬の治験については,原
則どおり,特許権の存続期間中は特許権者に独占的利益を享受することを認める特
許制度の趣旨に即し,特許制度の根幹の例外となる特許法69条1項の「試験又は
研究」を厳格に解釈し,その適用範囲をできるだけ限定的に解釈すべきである。
イ損害賠償請求及び不当利得返還請求
被控訴人は,平成29年3月7日から現在に至るまで本件治験を実施し(甲42),
同期間において本件発明を業として実施しているから,控訴人は,被控訴人に対し,
不当利得返還請求権(民法703条及び704条)又は不法行為に基づく損害賠償
請求権(同法709条及び特許法102条3項)として,本件発明に係る実施料相
当額の支払を求める。当該実施料相当額は,少なくとも2000万円を下らない。
したがって,控訴人は,被控訴人に対し,上記各債権に関し,一部請求として,
100万円及びこれに対する訴え変更申立書送達の日の翌日である令和2年10月
8日から支払済みまで平成29年法律第44号による改正前の民法所定の年5分の
割合による遅延損害金の支払を求める。
5当審における被控訴人の主張
(1)本件治験が本件特許権を侵害するものではないこと
ア新薬(先発医薬品/先発バイオ医薬品)の製造販売承認を得るために必
要な試験が特許法69条1項の「試験又は研究」に当たること
(ア)新薬(先発医薬品/先発バイオ医薬品)の製造販売承認を得るために
必要な試験が平成11年最判の射程内であること
a本件治験のような新薬の治験に関して,特許権の存続期間満了後の
譲渡等を見据えた,特許権の存続期間中に新薬の製造販売承認申請に必要な試験の
ための生産等をも排除し得るものと解すると,本件特許権の存続期間を相当期間延
長するのと同様の結果となってしまい,不当である。
特許権の存続期間を実質的に相当期間延長することは認めるべきではないので,
特許法69条1項の適用を認めるべきであるとする平成11年最判の判示からする
と,臨床試験に関しても,医薬品医療機器等法上の製造販売承認申請に必要な行為
であれば,当然に特許法69条1項の適用が認められるべきである。製造販売承認
申請に必要な試験行為という観点からすると,臨床試験であっても,医薬品医療機
器等法上の製造販売承認申請に必要な試験行為であることに変わりがなく,これに
関して特許法69条1項の適用を認めないと,特許権の存続期間が実質的に延長さ
れてしまい不当である。臨床試験と非臨床試験を区別する余地はなく,両者ともに
「試験又は研究のためにする特許発明の実施」(特許法69条1項)に該当するとし
て,特許権の効力は及ばないというべきである。
b控訴人は,治験(厚生労働省の承認を得ることを目的とする臨床試
験)と臨床試験(ヒトを対象とした医薬品等の有効性や安全性を検討するための試
験)を同義に扱い,後発医薬品の承認申請に関しては,非臨床試験で足りる旨主張
する。
後発医薬品においては,その承認申請に,生物学的同等性試験が必要とされてい
るが,この生物学的同等性試験は,原則として,ヒトで試験を行い(乙17),GC
P(医薬品の臨床試験の実施の基準に関する省令)が適用されることになったとさ
れている(乙17)。そのため,後発医薬品については非臨床試験で足りるとする控
訴人の主張は誤りである。
c控訴人は,特許法69条1項の「試験又は研究」の該当性判断にお
いて,(i)控訴人(特許権者)の利益と,(ⅱ)被控訴人(特許発明の実施品たる
バイオ医薬品について新薬として製造販売の承認を得ようとする第三者)の利益状
況が綿密に検討されなければならない旨主張する。
しかし,特許権者の利益と第三者(後発医薬品メーカー)の利益の調整は,「特許
権の存続期間が終了した後は,何人でも自由にその発明を利用することができ,そ
れによって社会一般が広く益されるようにする」という特許制度の根幹に沿って図
られているのであり,バイオ医薬品の治験(臨床試験)であっても,平成11年最
判の射程外とすべき理由は存在しない。
d控訴人は,新薬の開発プロセスを説明した上で,製薬産業の発達の
ためには,これら新薬開発者の先行投資回収の機会を確保することが極めて重要で
ある旨主張する。
しかし,新薬開発者は,特許権の存続期間中に,独占的実施を行い,利益を得る
地位が保証されているのであり,本件治験について,平成11年最判の趣旨が妥当
するものと解することを否定する根拠とはならない。
(イ)医薬品医療機器等法上の再審査制度について
a控訴人は,原判決の判断によると,本来得られるはずであった再審
査期間に基づく利益(後発品の参入を一定期間排除することができる利益)の全部
又は一部を奪い去られることとなるとして,原判決を批判する。
しかし,医薬品医療機器等法上の再審査制度と特許法は目的を異にしており,特
許法の解釈が再審査制度により変更されるものではないから,原判決の判断に誤り
はない。
また,控訴人は,「特許権者でない第三者が特許権の存続期間中に新薬の製造販売
承認を受けた場合,・・・当該新薬の再審査期間中に製造販売ができない空白期間が
生じ」ることを問題とするが,本件には妥当しない架空の状況であり,何ら意味を
なさない。この点を措いても,医薬品医療機器等法と特許法が別個の制度である以
上,やむを得ないことであり,特許法69条1項の解釈に影響を及ぼすような問題
ではない。
b控訴人は,原判決が,先発医薬品メーカーが再審査期間中に独占的
な利益を得られる点について,医薬品医療機器等法の規制による事実上の反射的利
益にすぎないと述べたことなどを批判する。
しかし,再審査制度によって,結果的に特許権者が特許期間を延長したのと同様
の利益を享受できることがあるとしても,それは,行政上の取扱いによって生じる
事実上の利益にすぎず,いわば反射的利益であって,特許法が保護する利益には当
たらないことは,コンセンサス・インターフェロン事件判決(東京地判平成10年
2月9日)が正当に指摘するとおりである。
(ウ)第三者が特許権者よりも先に新薬として製造販売の承認を受けると,
特許権者が実施する治験が成立しないおそれがあるとする点について
控訴人は,先行して製造販売承認が取得されている医薬品/バイオ医薬品が既に
存在する場合に,他者が同一薬効群の薬剤について治験を実施することは,治験を
成立させるために十分な被験者を確保することが著しく困難になるから,極めて困
難である旨主張する。
しかし,特許法は,医薬品医療機器等法上の製造販売承認を特許権者が取得でき
るように制度を設けているわけではないし,被験者の確保が十分にできるかどうか
は,患者が応募したいと考える治験かどうかの問題であるから,特許法69条1項
の解釈とは関係のない問題である。
また,「疾病を有する患者としては,既に承認が得られた医薬品/バイオ医薬品の
使用を選択する」という控訴人の説明は明らかに誤りであって,既に承認された医
薬品があっても,治験によって新たな医薬品が次々開発されているのは,医薬品開
発の歴史から明らかな事実である。医師が治験薬の代わりに常に承認薬で患者を治
療するという控訴人の主張が仮に正しいとすると,第二の医薬品が承認されること
は全くないことになる。
(エ)本件発明に係るバイオ医薬品の開発には極めて長期間を要するとす
る点について
控訴人は,本件発明に係るバイオ医薬品は,極めて革新的であるがゆえに,より
長期の開発期間を要することなどを説明し,本件治験が特許法69条1項の「試験
又は研究」に該当するとなると,特許権者の不利益がより甚大なものである旨主張
する。
しかし,本件発明に係るバイオ医薬品が革新的であっても,それが特許法自体の
解釈に影響することはないから,特許権の存続期間満了後の譲渡等を見据え,特許
権の存続期間中に新薬の製造販売承認申請に必要な試験のための生産等をも排除し
得るものとする解釈は成り立ち得ず,控訴人の上記主張は失当である。
(オ)革新的な医薬品の研究開発に悪影響を与えるとする点について
控訴人は,原判決の考え方によると,アカデミアを筆頭としてきた革新的な医薬
品の研究開発の担い手を失うことになると懸念しているが,控訴人の主張は,特許
法69条1項の解釈に影響を及ぼすべき問題ではない。
(カ)国内外において製薬業界に大きな混乱を与えるとする点について
控訴人は,原判決の見解によると,国内外の多くの製薬メーカーは,特許権の有
無にかかわらず,ありとあらゆる候補薬について,最初に日本で治験を行って製造
販売承認を得ることになる旨主張する。
しかし,後記のとおり,米国及びヨーロッパ各国では,新薬の治験は特許権侵害
とはならず,原判決の考え方と変わらないから,控訴人の主張は,前提に誤りがあ
る。しかも,特許権存続期間終了後に医薬品を製造販売することを目的として治験
を行うには多額の費用がかかるから,ビジネス判断として,「ありとあらゆる候補薬
について」治験を行うという予測は極論にすぎないし,ブリッジング制度を用いて
いる各国で承認されることは,特許制度の根幹に沿って特許法69条1項を解釈す
ることの妨げにはならない。
(キ)本件治験が技術の進歩を目的とすること
a控訴人は,本件治験は何ら技術の進歩を目的としたものではないか
ら,特許法69条1項の「試験又は研究」に該当しない旨主張する。
しかし,平成11年最判の調査官解説には,「本判決は,『技術の進歩』につき何
らの言及もしておらず,特許法69条1項について,少なくとも『技術の次の段階
への進歩』を要件とはしない趣旨であろう。」と説明されている(乙2)。また,「医
薬品についての本判決の射程は,薬事法14条1項所定の承認を必要とする医薬品,
医薬部外品,厚生大臣の指定する成分を有する化粧品又は医療用具のほか,農薬取
締法2条1項の登録を必要とする農薬についての特許発明にも及ぶ」と説明されて
おり(乙2),平成11年最判によって,「技術の進歩」を要求していた除草剤事件
判決の立場が否定されたことは明らかである。
また,コンセンサス・インターフェロン事件判決は,被告が行っていた新薬の臨
床治験が,医薬品の有効性及び安全性の確保という極めて公共性の高い目的を有す
るものであり,従来の医薬品になかった新たな薬効があることを確認することによ
り,医薬品分野の技術の進歩にも寄与するものであるということができ,特許法6
9条1項の「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に該当すると判示したも
のである。本件治験においても,技術の進歩を目的とすることに変わりはなく,技
術の進歩を「新たな薬効を確認すること」に限定する理由はない。
b控訴人は,「技術の進歩とは,本来は基礎研究における発明の改良や
発展を意味するものであり,単に医薬品の製造販売承認を取得するための『日本人
における有効性及び安全性を評価するための試験』が発明の改良や発展を目的とす
るものとは言い難い」と主張する。
しかし,「日本人における有効性及び安全性を評価するための試験」は,発明の改
良や発展を目的とするものではないという控訴人の主張は,何ら論理的なものでは
ない。
(ク)医薬品承認のための試験に関する諸外国の取扱状況
控訴人は,米国と欧州の状況について紹介するが,試験研究に関して,日本は,
米欧と制度を異にし,規定には差があるから,特許法の解釈に相違が出ることは当
然のことである。
米国特許法271条(e)(1)は,後発医薬品のみに適用される規定ではない。
控訴人が指摘する連邦巡回区控訴裁判所の判決は,米国特許法271条(e)(1)
が後発医薬品の承認申請のための使用に適用されることは述べているが,同条が新
薬に適用されないとは述べていない。同判決は,米国特許法271条(e)(1)が
後発医薬品のみに適用されるとの見解を採っておらず,むしろ,販売活動後は保護
されない可能性があるという見解を採っているのであり,同判決は,控訴人の主張
とは関係ない。
また,フランス,イタリア,スペイン,英国では,新薬の承認を得るための試験
(臨床試験を含む)にBolar条項が適用される(甲41の図2)。
控訴人は,Amgenが米国と欧州の対応特許についてライセンスを受けていること
を主張するが,ライセンスを受けると同時に臨床試験のような非侵害となる活動を
行うことはあり得るため,控訴人の主張は,本件には関係がない。
イ本件治験は本件特許権の存続期間満了前の販売を目的としていないこと
(ア)控訴人は,本件治験が本件特許権の存続期間満了前の販売を目的と
するものである旨主張する。
しかし,被控訴人の研究開発本部長の陳述書(乙11,16)において明らかに
しているように,被控訴人が日本国内で令和4年4月より前に製造販売を行うとい
うことは考えられない。
控訴人は,甲42を引用して,本件治験は令和2年8月3日に主要評価を完了し
たと主張する。甲42には,「ActualPrimaryCompletionDate」が令和2年8月3
日であると記載されているが,「ActualPrimaryCompletionDate」とは●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●(乙16)。主要評価項目データが取得できても,上市が可能に
なるのに20か月はかかると見込まれるから,本件特許権の存続期間中に被控訴人
がT-VECの製造販売を開始する蓋然性が極めて高いという状況には全くない。
(イ)控訴人は,原判決が,「治験を行う第三者の地位を徒に不安定にする
ものであるというべきである。」と判断したことを批判するが,特許権の存続期間満
了が近づく中で,控訴人のような主張が認められるとすると,「治験を行う第三者の
地位を徒に不安定にする」ことは原判決指摘のとおりであり,正当である。
(2)当審において追加した請求について
ア被控訴人によるT-VECの生産,譲渡等,輸出,輸入及び譲渡等の申出に
対する差止請求及び医薬品医療機器等法に基づくT-VECの製造販売の承認申請の差
止請求について
(ア)前記(1)イ(ア)のとおり,被控訴人が本件特許権の存続期間中にT-VEC
の製造販売を開始する蓋然性が極めて高いことは,否認する。
(イ)控訴人は,侵害の停止や予防を請求する権利を有していないから,そ
の予防請求として,医薬品医療機器等法に基づく製造販売の承認申請の差止請求を
することはできない。このような医薬品医療機器等法に基づく製造販売の承認申請
の差止請求は,「特許権の存続期間が終了した後は,何人でも自由にその発明を利用
することができ,それによって社会一般が広く益されるようにする」という特許制
度の根幹から遠く離れて,特許権者が特許期間を延長したのと同様の利益を結果的
に享受できるようにするものであり,特許法が全く予定しないものである。
控訴人は,除草剤事件判決を引用し,農薬登録申請と医薬品医療機器等法に基づ
く製造販売の承認申請を同種の行為のように扱っているが,農薬登録申請が約1か
月で登録されるのに対し,医薬品医療機器等法に基づく製造販売の承認は優先審査
でも9か月かかり,時間のかかる手続であり,異なるものである。
イ損害賠償請求及び不当利得返還請求について
被控訴人が,平成29年3月7日から現在に至るまで,本件治験を実施している
ことは認めるが,その余は,否認し,争う。
第3当裁判所の判断
1当裁判所は,控訴人の請求は,当審で追加した請求を含め,いずれも棄却す
べきものと判断する。その理由は,次のとおり,原判決を補正し,当審における控
訴人の主張に対する判断を付加するほかは,原判決「事実及び理由」の第4の1の
とおりであるから,これを引用する。
2原判決の補正
(1)原判決30頁17行目~21行目を,次のとおり改める。
「本件治験については,前記のとおり,医薬品医療機器等法の規定に基づいて第
Ⅰ相臨床試験を行っているが,被控訴人が,同法に基づく製造販売承認のための試
験に必要な範囲を超えて,本件特許権の存続期間中にT-VECを生産等し,又はその
おそれがあることをうかがわせる証拠は存在しない。」
(2)原判決32頁23行目~33頁4行目を,次のとおり改める。
「また,控訴人の主張を前提とすると,特許権の存続期間中に治験に係る医療品
等の製造販売承認を取得し,その製造販売を開始することが可能となった場合には,
たとえ,特許権の存続期間中に製造販売を開始することを目的としていなかったと
しても,そのような目的があったとされて,特許権侵害とされることも生じかねな
いから,予測し得ない事情により特許権侵害の成否が左右されることになりかねな
い。治験や承認手続が実際にどの程度の期間を要するかが治験や承認手続を開始し
た時点では必ずしも明らかではないことからすると,治験を行う第三者の地位を徒
に不安定にするものであるというべきである。」
(3)原判決33頁25行目の「再生医療等製品の承認審査」を,「再生医療等
製品の承認まで」と改める。
(4)原判決34頁13行目~18行目を,次のとおり改める。
「医薬品医療機器等法上の再審査制度とは,新薬が承認された後の一定期間(新
有効成分含有薬品については8年,希少疾患用医薬品については10年,新しい効
能・効果や用法・容量を追加した医薬品については4年または6年等)経過後に,
実地医療での使用における安全性情報等の調査結果に基づき,その医薬品の品質,
有効性及び安全性を再度確認することを目的とした制度であり(医薬品医療機器等
法23条の29第1項,3項,5項),この再審査期間内に,新薬の製造販売承認を
取得した者以外の者が当該新薬と有効成分,効能・効果,用法・用量等が同一性を
有すると認められる医薬品の承認申請を行おうとする場合には,当該新薬と同等又
はそれ以上の資料(データ)の提出が必要とされ,後発医薬品としての簡略化され
たデータで承認を取得することができないから,再審査期間中は,実質的に後発薬
の市場参入が制限された状態となり,先行医薬品の「データ保護」という役割を果
たしているとされていること(甲28)は認められる。
しかし,再審査制度は,新薬が承認された後の一定期間経過後に,実地医療での
使用における安全性情報等の調査結果に基づき,その医薬品の品質,有効性及び安
全性を再度確認することを目的とした制度であり,再審査期間中は,実質的に後発
薬の市場参入が制限された状態となったとしても,それは,同法の規制による事実
上の反射的利益にすぎない。
上記のような事実上の反射的利益を考慮して,当該特許権の存続期間を相当期間
延長するのと同様の結果をもたらすような解釈を採用することはできない。」
3当審における控訴人の主張に対する判断
(1)控訴人は,新薬の製造販売承認を得るための必要な試験は,平成11年最
判の射程外であるところ,特許法69条1項の「試験又は研究」に該当するかにつ
いては特許権者の利益と第三者の利益を綿密に検討する必要があり,本件治験は,
同項の「試験又は研究」に該当しないと主張する。
しかし,新薬の製造販売承認を得るために必要な本件治験が,特許法69条1項
の「試験又は研究」に該当することは,原判決「事実及び理由」の第4の1(2)のと
おりである。
控訴人は,新薬の製造販売承認のためにする試験と後発薬の製造販売承認のため
の試験の内容が異なる旨主張するが,平成11年最判の趣旨が本件治験についても
該当することは,原判決の「事実及び理由」の第4の1(2)のとおりであって,この
ことは,製造販売承認のための試験の内容によって左右されるとは解されない。
(2)控訴人は,特許権者ではない第三者が特許権の存続期間中に新薬の製造
販売承認を得た場合,当該第三者は,特許権の存続期間満了までは,当該新薬を製
造販売することができないから,その間,当該新薬の再審査期間中に製造販売でき
ないという空白期間が生じると主張するが,実地医療での使用における安全性情報
の調査は,特許期間満了後に開始すればよいのであり,実地医療での使用における
安全性情報等の調査という目的が十分に果たされないというものではない。
(3)控訴人は,特許権者でない第三者が特許発明について新薬としての治験
を行うことに特許権の効力が及ばないとすると,この第三者が特許権者に先行して
製造販売承認を得ることも可能になり,特許権者は,特許権の存続期間中であるに
もかかわらず,事実上自らの特許発明に係る実施品について治験を実施することす
らできなくなることとなるから,特許出願をするメリットがなくなり,発明の公開
というデメリットばかりが大きいことになるため,薬剤の発明者は,特許出願をた
めらうことになり,医薬品産業の発達を著しく阻害することになり,特許法の目的
に反すると主張する。
しかし,特許法は,当該特許権の存続期間中に特許発明を独占的に実施し,それ
により利益を得る機会を確保しているものであるが,特許権者が現実に利益を得る
ことまでをも保障するものではないから,第三者が特許権者に先行して製造販売承
認を得たり,特許権者が,事実上,自らの特許発明の実施品について治験を実施す
ることが難しくなることがあるとしても,これが特許法の趣旨に反すると認めるこ
とはできず,控訴人の上記主張は,本件治験が特許法69条1項の試験に該当する
との判断を左右するものではない。
(4)控訴人は,再生医療等製品のうち特にバイオ医薬品については,通常の医
薬品とは異なる規制や制約があるのであり,その開発には,長期の開発期間を要す
ることから,製造承認販売を得て販売されるタイミングが当該特許権の存続期間満
了間近とならざるを得ず,特許権の存続期間中に第三者が承認申請のための治験(臨
床試験)を実施することを許容すると,特許権者の不利益は甚大なものとなる旨主
張する。
しかし,この点についての控訴人の主張を採用することができないことは,原判
決の「事実及び理由」の第4の1(3)ウのとおりである。
また,控訴人は,特許権の存続期間中に第三者が承認申請のための治験(臨床試
験)を実施することを許容すると,革新的な医薬品の研究開発に悪影響を与えると
か国内外において製薬業界に大きな混乱を与えると主張するが,控訴人の陳述書(甲
32)のみで,そのような事情を認めることはできず,他に,そのような事情を認
めるに足りる証拠はない。
(5)控訴人は,新薬の承認申請のための治験を特許権の存続期間中に何らラ
イセンスもなく実施可能ということにすると,諸外国の取扱いに反する旨主張する。
しかし,我が国と諸外国では,法制度を異にしているから,我が国において諸外
国と同様の取扱いをしなければならないとはいえない。また,欧州においては,証
拠(甲41)及び弁論の全趣旨によると,欧州各国の中で,それぞれの国内法にお
いて,医薬品の承認を得るための手続が特許権侵害とならないとする,いわゆるB
olar条項の適用の範囲を定めており,フランス,イタリア,スペイン及び英国
は,同条項の適用を,後発医薬品の承認を得るための試験に限定していないことが
認められる。
控訴人は,Amgenが米国及び欧州でMassachusettsGeneralHospitalの特許(本
件特許に対応する米国特許と欧州特許)についてライセンス契約を締結した上でT-
VECの臨床試験を実施していることを主張するが,新薬に係る治験が特許権侵害に
該当しないとされていたとしても,新薬に係る治験を行うために特許権者とライセ
ンス契約を締結することはあり得ることであるから,控訴人の上記主張から諸外国
の制度に関する認定をすることはできない。
控訴人は,陳述書(甲32)において,後発薬と異なり,新薬に係る治験につい
ては,当該新薬に係る特許が存在している場合に,当該特許の所有者からライセン
スを受けることなく当該治験を実施することが当該特許の侵害に該当するという考
え方が定着していると記載するが,諸外国の制度に関する上記認定によると,控訴
人の陳述書の上記記載を採用することはできない。
上記のとおり,新薬に係る治験が特許権侵害とならないとする国が複数存在する
ことからすると,そうでない制度を有する国があるとしても,我が国において,本
件治験が特許法69条1項の「試験又は研究」に該当すると判断することが,諸外
国の制度と異なるものであるとはいえない。
(6)控訴人は,本件治験は本件特許権の存続期間満了「前」の販売を目的とし
たものであると主張する。
しかし,本件治験は,本件特許権の存続期間中の製造販売を目的としたものであ
るといえないことは,原判決の「事実及び理由」の第4の1(3)イのとおりであって,
被控訴人が,本件特許権の存続期間満了日より前にT-VECの承認を得られる可能性
があるかどうかやそのような可能性がある時点で本件治験を開始したかどうかによ
って,この判断が左右されることはない。
控訴人は,原判決が判示する論理が認められるとすると,特許権の存続期間中に
行われるすべての治験について特許権の存続期間中の製造販売を目的としていると
認定されることはおよそないこととなるから,平成11年最判が目的要件を提示し
た趣旨を完全に逸脱していると主張するが,原判決の判示する論理によったからと
いって,特許権の存続期間中に行われるすべての治験について特許権の存続期間中
の製造販売を目的としていると認定されることはおよそないこととなるとはいえな
いことが明らかである。
(7)控訴人のその他の主張は,既に判示したところに照らし,いずれも採用す
ることができないことが明らかである。
(8)以上によると,本件治験を行うことは,本件特許権を侵害するものではな
い。
4当審において追加された請求について
上記3(8)のとおり,被控訴人が本件特許権を侵害していると認められないから,
当審において追加された請求はいずれも理由がない。
第4結論
以上によると,控訴人の請求はいずれも理由がない。よって,本件控訴を棄却し,
当審において追加された請求をいずれも棄却することとして,主文のとおり判決す
る。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官
森義之
裁判官
眞鍋美穂子
裁判官
熊谷大輔

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