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平成11年(行ケ)第19号特許取消決定取消請求事件(平成12年6月12日口
頭弁論終結)
          判     決
     原      告   三井化学株式会社
     代表者代表取締役   【A】
     訴訟代理人弁理士   【B】
     同          【C】
     同          【D】
     被      告   特許庁長官 【E】
     指定代理人      【F】
     同          【G】
同【H】
     同          【I】
          主     文
      特許庁が、平成9年異議第73257号事件について、平成10年1
2月4日にした決定のうち、「特許第2571280号の請求項1に係る特許を取
り消す。」との部分を取り消す。
      訴訟費用は被告の負担とする。
          事実及び理由
第1 当事者の求めた判決
 1 原告
   主文と同旨
 2 被告
   原告の請求を棄却する。
   訴訟費用は原告の負担とする。
第2 当事者間に争いのない事実
 1 特許庁における手続の経緯
   原告は、平成元年7月21日(優先権主張 同年1月24日・日本国)、名
称を「エチレン系共重合体およびその製造方法」とする発明につき特許出願をし
(特願平1-189044号)、平成8年10月24日に設定登録(特許第257
1280号)を受けた。
   出光石油化学株式会社、【J】、ダウ・ケミカル日本株式会社及び【K】は
平成9年7月16日、ジェイエスアール株式会社は同月15日、それぞれ本件特許
につき特許異議の申立てをし、平成9年異議第73257号事件として、特許庁に
係属したところ、原告は、平成10年1月20日に、明細書の特許請求の範囲及び
発明の詳細な説明を訂正する旨の訂正請求(以下「本件訂正請求」といい、本件訂
正請求に係る訂正を「本件訂正」という。)をした。
   特許庁は、同特許異議の申立てにつき審理したうえ、平成10年12月4
日、「特許第2571280号の請求項1に係る特許を取り消す。同請求項2に係
る特許を維持する。」との決定(以下「本件決定」といい、そのうち、請求項1に
係る特許を取り消した部分を「本件決定部分」という。)をし、その謄本は、同月
24日、原告に送達された。
 2 特許請求の範囲の請求項1の記載
  (1) 本件明細書(設定登録時の明細書、以下「本件明細書」という。)の特許
請求の範囲の請求項1の記載
    エチレンから導かれる構成単位(a)を60~96モル%の量で、かつ炭素
数3~20のα-オレフィンから導かれる構成単位(b)を4~40モル%の量で、
含むエチレン系共重合体であって、(A)前記エチレン系共重合体の密度が0.85
~0.92g/㎝3
であり、(B)135℃のデカリン中で測定した極限粘度[η]が
0.1~10dl/gの範囲にあり、(C)GPCにより測定した重量平均分子量
と数平均分子量との比が1.2~4の範囲にあり、(D)
190℃における10㎏荷重でのMFR10と、2.16㎏荷重でのMFR2との比
(MFR10/MFR2)が8~50の範囲にある、ことを特徴とするエチレン系共重
合体。
  (2) 本件訂正請求に係る訂正明細書の特許請求の範囲の請求項1の記載
    エチレンから導かれる構成単位(a)を60~96モル%の量で、かつ炭素
数3~20のα-オレフィンから導かれる構成単位(b)を4~40モル%の量で、
含むエチレン系共重合体であって、(A)前記エチレン系共重合体の密度が0.85
~0.92g/㎝3
であり、(B)135℃のデカリン中で測定した極限粘度[η]が
0.1~10dl/gの範囲にあり、(C)GPCにより測定した重量平均分子量
と数平均分子量との比が1.2~2.82の範囲にあ
り、(D)190℃における10㎏荷重でのMFR10と、2.16㎏荷重でのMFR
2との比(MFR10/MFR2)が8~50の範囲にある、ことを特徴とするエチレ
ン系共重合体。
  (以下、特許請求の範囲の請求項1記載の発明を「本件発明1」といい、本件
訂正に係る本件発明1を、特に「訂正に係る本件発明1」という。)
 3 本件決定の本件決定部分に係る理由の要点
   本件決定は、別添決定書写し記載のとおり、(イ)訂正に係る本件発明1が、
1988年発行の【L】編「TransitionMetalsandOrganometallicsas
CatalystsforOlefinPolymerization,Proc.Int.Symp.Humbrlng,1987」291~3
01頁(以下「引用例」という。)のうちの、294頁第4表の6番目に記載され
た重合体の発明(以下「引用例発明」という。)であって、特許法29条1項3号
の規定により、特許出願の際独立して特許を受けることができないものであるか
ら、本件訂正請求は認められないとし、(ロ)本件発明1の要旨を、本件明細書の特
許請求の範囲の請求項1の記載のとおりと認定したうえ、本件発明1が引用例に記
載された発明であって、特許法29条1項3号の規定に違反して特許されたもので
あるから、取消しは免れないとした。
第3 原告主張の本件決定部分取消事由の要点
 1 本件決定の本件決定部分に係る理由中、訂正請求の適否についての判断にお
ける、引用例の記載事項の認定(決定書4頁5行~5頁8行)のうち、Mnが41
000であること(同5頁7行)が示されているとの部分を除くその余の部分、異
議申立人出光石油化学株式会社が異議甲第3号証として提出した平成9年7月10
日付実験証明書(本訴甲第8号証、以下「出光実験証明書」という。)の記載自体
についての認定(同5頁9行~6頁13行)、訂正に係る本件発明1と引用例発明
との一致点及び相違点の認定(同9頁6~19行)は認める。
   本件決定は、訂正請求の適否についての判断中の、訂正に係る本件発明1と
引用例発明との相違点についての判断において、出光実験証明書記載の実験(以下
「証明書実験」という。)が、引用例の294頁第4表の6番目に示された実験
(以下「引用例実験」という。)の追試として不適切であることを看過し、証明書
実験の結果に基づいて引用例発明を認定した誤りにより、該相違点についての判断
を誤って(取消事由)、訂正に係る本件発明1が引用例発明と同一であり、特許出
願の際独立して特許を受けることができないものであるから、本件訂正請求が認め
られないとした結果、本件発明1の要旨の認定を誤ったものであるので、本件決定
中、本件決定部分は違法として取り消されなければならない。
 2 取消事由(相違点についての判断の誤り)
  (1) 本件決定は、訂正請求の適否についての判断において、訂正に係る本件発
明1と引用例発明との一応の相違点として認定した「訂正後の特許請求の範囲、請
求項1に係る発明(注、訂正に係る本件発明1)が(A)~(D)の特徴を有すること
を規定しているのに対して、刊行物1の第294頁第4表第6番目に記載された重
合体の発明(注、引用例発明)はそのような特徴を有することを具体的に明らかに
していない点」(決定書9頁13~18行)につき、出光実験証明書に記載された
証明書実験を、引用例実験の適切な追試実験として採用して差し支えないとし、証
明書実験の結果、すなわち、「重合時間を60分としたときの結果:4-メチルペ
ンテン-1含有量5.8モル%、樹脂密度0.8946g/㎝3
、極限粘度[η]
1.47dl/g、数平均分子量(Mn)40800、重量平均分子量(Mw)7750
0、分子量分布(Mw/Mn)1.90、メルトフローレートMFR20.67、M
FR108.17、MFR10/MFR212.2」(同5頁18行~6頁5行)及び
「重合時間を110分としたときの結果:4-メチルペンテン-1含有量5.3モ
ル%、樹脂密度0.8981g/㎝3
、極限粘度[η]1.48dl/g、数平均分子
量(Mn)46600、重量平均分子量(Mw)87400、分子量分布(Mw/Mn)
1.87、メルトフローレートMFR20.51、MFR106.53、MFR10/
MFR212.8」(同6頁6~13行)を引用して、「刊行物1の第294頁第
4表第6番目に記載の重合体は、具体的記載がないだけで、特許異議申立人提出の
実験証明書(注、出光実験証明書)に記載された、樹脂密度0.8496g/㎝3
、135℃のデカリン中で測定した極限粘度[η]1.47、GCPにより測定し
た重量平均分子量(Mw)と数平均分子量(Mn)との比(Mw/Mn)1.90、19
0℃における10㎏荷重でのMFR10と、2.16㎏荷重でのMFR2との比(M
FR10/MFR2)12.2の物性値あるいはそれに近い物性値を有しているとい
うべきである」(決定書12頁1~11行)とした。
    しかしながら、このように、証明書実験の結果を引用して、訂正に係る本
件発明1が引用例に記載された発明(引用例発明)と同一であるとするためには、
証明書実験が、引用例頒布当時の技術水準に基づく引用例実験そのものであること
を要するところ、次のとおり、証明書実験は、引用例頒布当時の技術水準に基づく
ものではなく、引用例実験そのものでもなく、また、実験結果を見ても、証明書実
験を引用例実験の適切な追試実験として採用することには合理性がないことが明白
である。
    したがって、相違点につき、証明書実験の結果を引用して、訂正に係る本
件発明1が引用例に記載された発明と同一であるとした本件決定の判断は誤りであ
る。
  (2) 証明書実験が引用例頒布当時の技術水準に基づくものではないことについ

    引用例が頒布された1988年当時、「PolymerCommunications,1988,vol
29,June」(甲第20号証)180~183頁に示されるように、かなりの高活性を
有するメチルアルモキサン(メチルアルミノキサン、以下「MAO」という。)の
調整方法が知られていたところ、この高活性のMAOを用いて引用例実験を正確に
追試した結果は、原告従業員ら作成の「実験報告書(6)」(甲第19号証)記載の
とおりであって、活性は12400gポリマー/molZr・s、MFR10/MFR2値
は7.1、極限粘度[η]は0.94dl/gであった。
    該追試実験は、引用例が頒布された当時の最高水準に近いMAOを用いて
行った引用例実験の最も適切な追試実験であるということができるところ、その実
験結果に係るMFR10/MFR2値及び極限粘度[η]は、証明書実験の結果(M
FR10/MFR2値が12.2及び12.8、極限粘度[η]が1.47dl/g及
び1.48dl/g)と大きく相違しており、このことは、証明書実験が引用例頒布
当時の技術水準を考慮した引用例実験の追試であるとはいえないことを示すもので
ある。
  (3) 証明書実験が引用例実験そのものではないことについて
   (a) 本件決定は、引用例に、引用例実験の結果として、「Mnが41000
であること」(決定書5頁7行)が示されていると認定するが、引用例(甲第5号
証)294頁第4表に、実験結果として示されているデータ中には、Mn(数平均分
子量)に係る数値はなく、該「41000」は、Mη(粘度平均分子量)の値であっ
て、引用例には、引用例実験の結果として、引用例発明のMηが41000である
ことが示されているのである。Mηは、[η](極限粘度)に基いて算出される値で
あって、株式会社サン分析センター従業員作成の「見解書」(甲第13号証)4頁
に記載されたとおり、「[η]=4.6×10-4
(Mη)0.73
」との関係がある。
     他方、証明書実験における[η]は、1.47及び1.48であるか
ら、この数値に基づき、上記関係式から求めたMηの値は、63000及び640
00である。
     したがって、引用例実験と証明書実験とでは、実験結果中のMη(粘度平
均分子量)の値に、実験誤差とはいい得ない大きな相違があるから、証明書実験が引
用例実験そのものであるといえないことは明らかである。
     この点につき、被告は、[η]とMηとの関係式には多くものがあり、
上記特定の関係式に依存した原告の主張は客観性に乏しいと主張するが、原告従業
員作成の「見解書」(甲第7号証)に参考資料2として添付されてい
る「Makromol.Chem.,RapidCommun.9,457-461(1988)」に、引用例の著者である
【L】教授自身が引用例とほぼ同時期に発表した論文の記載(461頁)があり、
それからは、同教授が、関係式「[η]=4.6×10-4
(Mη)0.73
」を用いて、
[η]から[Mη]を算出していることが窺われる。
   (b) 出光実験証明書には、証明書実験で使用したMAO(メチルアルミノキ
サン)につき、「アルベマール社から市販されているメチルアルミノキサンの濃度
1.45モル/リットルのトルエン溶液を窒素雰囲気中で保存し、そのまま用い
た。」(甲第8号証1頁25~26行)との記載があり、この記載に照らして、証
明書実験は、平成9年当時、アルベマール社から市販されていたMAOを用いてな
されたことが明らかである。
     しかるところ、原告従業員ら作成の「実験報告書(5)」(甲第18号
証)記載のとおり、平成9年にアルベマール社から市販されていたMAOを用いた
場合の触媒の重合活性は、15800gポリマー/molZr・s程度であるから、証明
書実験における触媒の重合活性も、15800gポリマー/molZr・s前後であった
ものと推認される。
     これに対し、引用例実験における触媒の重合活性は、3546gポリマ
ー/molZr・sであるから、引用例実験と証明書実験とでは、実験結果中の触媒の重
合活性の値に、実験誤差とはいい得ない大きな相違があり、証明書実験が引用例実
験そのものであるといえないことは明らかである。
     この点につき、被告は、MAOの重合活性の相違が、製造されるエチレ
ン系共重合体の構造にまで影響を与えるものではないと主張する。
     しかしながら、原告従業員作成の「見解書」(甲第7号証)に参考資料
5として添付されている特開平3-74410号公報の実施例1~3及び比較例1
~4に、エチレンとプロピレンの共重合において、触媒の重合活性が高くなれば、
得られた共重合体中のコモノマー(プロピレン)含量が高くなることが示されてい
る(同公報では、重合活性がAl活性で示されているが、これを引用例実験と同じ
Zr活性に換算しても、結果は変わらない。)のと同様、引用例実験においては、M
AOの重合活性が高ければ、コモノマーである4-メチルペンテン-1含量が増加
するのである。また、MAOの重合活性の相違によって、共重合体の[η](極限粘
度)にも変化が生じる。
     したがって、MAOの重合活性の相違が、製造されるエチレン系共重合
体の構造にまで影響を与えるものではないとする被告の主張は誤りである。
  (4) 証明書実験を引用例実験の適切な追試実験として採用することには合理性
がないことについて
   (a) 証明書実験におけるMAOを用いた触媒は、引用例実験におけるものよ
りもはるかに高活性であると推認されること、そうであれば、証明書実験における
コモノマー(4-メチルペンテン-1)含量が、引用例実験におけるそれよりも高
くなるはずであることは、いずれも上記(3)の(b)のとおりであるが、両実験の結果
による4-メチルペンテン-1含量(引用例実験:6.1mol%、証明書実験:5.
8mol%及び5.3mol%)はそうなっていない。因みに、上記(2)の「Polymer
Communications,1988,vol29,June」(甲第20号証)に示されたMAOを用いて引
用例実験を正確に追試した結果においては、原告従業員ら作成の「実験報告書
(6)」(甲第19号証)記載のとおり、重合活性は12400gポリマー/mol
Zr・s、4-メチルペンテン-1含量は11.6mol%であり、証明書実験の結果にお
いては、上記(3)の(b)のとおり、重合活性はこれより高いと推認されるのに、4-
メチルペンテン-1含量ははるかに低いものとなっている。
     したがって、出光実験証明書に記載された4-メチルペンテン-1含量
は不自然なものである。
   (b) 上記(3)の(a)のとおり、引用例には、Mn(数平均分子量)に係る数値は
なく、Mη(粘度平均分子量)が41000であることが示されているものであると
ころ、一般にMηとMnとでは、大きな相違があるはずであるのに、出光実験証明
書に記載されたMn(数平均分子量)は40800及び46600であって、上記引
用例記載のMη(粘度平均分子量)の値と近似しすぎており、このことは、出光実験
証明書に記載されたMn(数平均分子量)の値が不自然であることを示すものであ
る。
   (c) このように、証明書実験の結果は不自然なものであり、これを引用例実
験の追試実験として採用することには合理性がない。
第4 被告の反論の要点
 1 本件決定の認定・判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。
 2 取消事由(相違点についての判断の誤り)について
  (1) 原告は、引用例に、引用例発明に係る引用例実験の結果として、「Mnが
41000であること」が示されているとした本件決定の認定に対し、引用例に実
験結果として示されているデータ中には、Mn(数平均分子量)に係る数値はなく、
Mη(粘度平均分子量)が41000であることが示されていると主張する。
    しかしながら、引用例(甲第5号証)293頁9行目には、同294頁第
4表の「Mη」とも見える「Mn」の表記を用いて「meanmolecular
weights(Mn)」と記載されており、これは、同表の下部の「meanmolecularmass」
と、語句が一致してはいないものの、いずれにせよ「平均分子量」を意味するもの
である。そして、仮に、原告主張のとおり、同表の平均分子量が粘度に関するもの
であるとすれば、その説明として粘度に関する語句(例えば「viscosity」)を用い
るのが自然であるが、かかる表記はない。また、粘度平均分子量(viscosity
averagemolecularweight)は、「Mv」と表記するのが普通であり、「Mη」と
表記することはまれである。したがって、同表の「Mη」とも見える表記はMn(数
平均分子量)と見るのが合理的である。
  (2) また、原告は、証明書実験における[η]の値から、「[η]=4.6×
10-4
(Mη)0.73
」との関係式に基づいて、Mηの値を算出し、それが63000
及び64000であると主張するが、昭和45年6月30日発行の岡叡太郎外1名
著「プラスチック材料講座(4) ポリエチレン樹脂」(乙第13号証)48頁の表
3・4「ポリエチレン溶液粘度式のおもなもの」に示されているとおり、該関係式
には多くものがあり、上記特定の関係式に依存した原告の主張は客観性に乏しいも
のである。
  (3) さらに、原告は、平成9年にアルベマール社から市販されていたMAOを
用いた証明書実験における触媒の重合活性が15800gポリマー/molZr・s前後
であったものと推認され、引用例実験における触媒の重合活性3546gポリマー
/molZr・sとの間に大きな相違があるから、証明書実験が引用例実験そのものであ
るといえないと主張する。
    しかしながら、次のとおり、MAOの重合活性の相違が、製造されるエチ
レン系共重合体の構造にまで影響を与えるものではないから、原告の主張は失当で
ある。
   (a) MAOは、所詮触媒系の一成分であって、当業者が任意に調製して重合
を行うような性格のものであり、MAOの重合活性がエチレン系共重合体の特性を
変える特別な触媒系の成分として認識されているものではない。仮に、MAOの重
合活性がエチレン系共重合体の構造を本質的に変え得るようなものなら、専らMA
Oの活性に依存したエチレン系共重合体の構造を変える技術開発の指向が当然にあ
るはずであるが、実際には、そのような開発指向は皆無に等しい。
     また、平成7年6月15日発行の高分子学会編「新高分子実験学第2巻
 高分子の合成・反応(1)」(乙第8号証)に、「Kaminskyらは,MAOを助触
媒に用いると重合活性が飛躍的に向上することを見い出した。この新しい触媒系で
は,単に,ビスシクロペンタジエニル配位子の構造を変えるだけで,アタクチック
から高アイソタクチックあるいは高シンジオタクチックにいたるまで,ポリオレフ
インの立体規則性を自由に制御することもできる。」(同号証281頁下から8~
4行)との記載があり、ポリオレフインの立体規則性を自由に制御するためには、
ビスシクロペンタジエニル配位子、すなわち、遷移金属系触媒成分であって、引用
例実験の「Et(lnd)2ZrCl2」に相当する触媒成分の選択が重要であることが示され
ており、助触媒であるMAOは、主に重合度や重合開始などに影響するようなもの
と見るべきである。
     同文献には、さらに、「用いる触媒系により,その連鎖分布は異なり,
また,分子量,分子量分布,位置反転の割合なども大きく異なる。その結果,類似
の立体規則性やコモノマー組成のポリマーでも,物性に大きな差異を生じる場合が
多い。したがって,ポリオレフィンの合成に際しては,目的に応じた触媒系を選択
することが肝要である。」(同号証283頁下から2行~286頁下から9行)と
の記載もあって、ポリマーの構造を変えるためには、「触媒系」、すなわち、触媒
と助触媒の各触媒成分であって、引用例実験の「(Et(lnd)2ZrCl2」と「MAO」の
各成分に相当するものの選択が重要であることが示されており、助触媒であるMA
Oの活性が格別重視されているわけではない。
   (b) いずれも原告自身の特許出願に係る特開平2-167303号公報(乙
第9号証)、特開平2-167308号公報(乙第10号証)、特開平2-167
309号公報(乙第11号証)及び特開平2-167311号公報(乙第12号
証)には、引用例実験と同様、エチレンビスインデニルジルコニウムジクロリ
ド(Et(Ind)2ZrCl2)とメチルアルミノキサン(MAO)とを触媒として、エチレ
ンと4-メチルペンテン-1との共重合体を製造した例が、合計16例記載されて
いるところ、これらの各例を分析すれば、Et(Ind)2ZrCl2とMAOとの触媒系にお
いて、重合体の構造を変える支配因子は、重合温度、重合圧力等の重合条件であっ
て、MAOの種類が与える影響は殆ど認められないこと、また、該触媒の重合活性
が上昇した場合、極限粘度[η]が上昇する傾向、すなわち、重合体の分子量が増
加する傾向が認められるにすぎないことが理解される。
第5 当裁判所の判断
 1 取消事由(相違点についての判断の誤り)について
  (1) 引用例294頁の第4表に、2種の異なるジルコノセンとメチルアル
モキサンによる、4-メチルペンテン-1(M)とエチレン(E)との共重合
を、[Zr]:2×10-6
モル/リットル、[Al]:2.1×10-2
モル/リット
ル、エチレン圧:2バール、溶剤:トルエン、容量:250ミリリットル、温
度:30℃の条件下で行ったデータが示され、同表の6番目には、遷移金属化合
物としてEt(lnd)2
ZrCl2
を用い、重合溶液中のM/E比3.45で行った場合、
活性3546g重合体/モルZr・s、重合体中のMが6.1モル%である共重合体
(引用例発明)が示されていること(決定書4頁7行~5頁8行)は、当事者間
に争いがない。
    そして、この争いのない事実と、同表を含む引用例(甲第5号証)の記
載及び弁論の全趣旨によれば、引用例発明は、触媒としてEt(Ind)2ZrCl2(ジル
コノセンの1種であるエチレンビスインデニルジルコニウムジクロリド)2×1
0-6
mol/lと、メチルアルモキサン(MAO)2.1×10-2
mol/lとを用
い、前示エチレン圧、溶剤及びその容量、温度による重合条件下で、4-メチル
ペンテン-1とエチレンとを、重合溶液中の4-メチルペンテン-1:エチレン
の比を3.45として重合反応させる実験(引用例実験)の結果、得られた共重
合体であること、引用例発明中の4-メチルペンテン-1含量は6.1mol%で
あること、前示触媒の重合活性は3546gポリマー/molZr・s(前示触媒中の
Et(Ind)2ZrCl21モルに対し、1秒間に、3546gの共重合体が生成されるこ
とを意味する。)であることが認められる。
    なお、同表には、生成された共重合体につき、「Mη」(粘度平均分子
量)であるか、「Mn」(数平均分子量)であるかが必ずしも明瞭ではない符号
と、それに対応する数値も掲載されており、引用例発明については、該数値は4
1000とされているところ、このデータにつき、原告は、引用例発明のMη
(粘度平均分子量)が41000を示すものであると主張し、被告は、引用例発明
のMn(数平均分子量)が41000を示すものであると主張するが、この点につ
いての判断はしばらく措くこととする。
    引用例(甲第5号証)には、以上のほか、引用例実験に係る詳細な重合
条件又は実験結果を示す記載は見当たらない。
  (2) 本件決定は、出光実験証明書、並びに原告が提出した「実験報告書
(1)」(甲第9号証)及び「実験報告書(3)」(甲第10号証)のそれぞれにつ
き、「刊行物1(注、引用例)の第294頁第4表に示された実験(注、引用例
実験)の追試実験の内容と・・・実験結果が示されている。」(決定書5頁15
~17行、6頁18~20行、8頁1~3行)と認定したうえ、訂正に係る本件
発明1と引用例発明との相違点についての判断に当たって、「そこで、これらの
実験(注、出光実験証明書記載の証明書実験と、原告提出に係る「実験報告書
(1)」及び「実験報告書(3)」にそれぞれ記載された実験を指す。)のいずれが
適切な追試実験として採用できるかについて検討する。・・・いずれの実験報告
書を適切な追試実験として採用するかを決定する際に、それらに記載された4-
メチルペンテン-1含有量および数平均分子量Mnの値を参酌することに問題は
ない。そして、特許異議申立人提出の実験証明書(注、出光実験証明書)に示さ
れた4-メチルペンテン-1含有量および数平均分子量Mnの値は、刊行物1に
示された値に近いのに対し、特許権者提出の実験報告書(1)にはこれらの値が示
されておらず、特許権者提出の実験報告書(3)に示された4-メチルペンテン-
1含有量および数平均分子量Mnの値は、刊行物1に示された値から大きくかけ
離れている。してみれば、特許異議申立人提出の実験証明書を採用しても差し支
えないことになる。」(同10頁10行~11頁20行)として、出光実験証明
書記載の証明書実験を、引用例実験の「適切な追試実験」として採用し、そこに
記載された証明書実験の結果(決定書5頁18行~6頁13行)に則って、「刊
行物1の第294頁第4表第6番目に記載の重合体(注、引用例発明)は、具体
的記載がないだけで、特許異議申立人提出の実験証明書に記載された、樹脂密度
0.8496g/㎝3
、135℃のデカリン中で測定した極限粘度[η]1.4
7、GCPにより測定した重量平均分子量(Mw)と数平均分子量(Mn)との比
(Mw/Mn)1.90、190℃における10㎏荷重でのMFR10と、2.1
6㎏荷重でのMFR2との比(MFR10/MFR2)12.2の物性値あるいは
それに近い物性値を有しているというべきである。・・・従って、訂正後の発明
(注、訂正に係る本件発明1)は、刊行物1(注、引用例)に記載された発明で
あり」(同12頁1~20行)としたものである。
  (3) 本件決定は、このように、証明書実験が引用例実験の追試実験として
適切であることを根拠として、引用例に全く記載のない実験結果である、引用例
発明の樹脂密度、135℃のデカリン中で測定した極限粘度[η]、GCPによ
り測定した重量平均分子量(Mw)と数平均分子量(Mn)との比(Mw/Mn)及び
190℃における10㎏荷重でのMFR10と2.16㎏荷重でのMFR2との比
(MFR10/MFR2)が、それぞれ、証明書実験の実験結果として出光実験証
明書に記載された各値と同一、又はそれに近い物性値であると認定したうえ、そ
れを前提として、訂正に係る本件発明1が引用例発明と同一であると判断したも
のであるが、そのような認定判断が成り立ち得るためには、その前提として、少
なくとも、証明書実験において採用された実験の諸条件や実験の方法等が、引用
例に記載があるものであれば、その記載に従っていなければならないことはもと
より、引用例に明示の記載がないものであっても、それが引用例実験において当
然採用されたものであろうとの蓋然性が存在すること、すなわち、当該条件や方
法等が、引用例実験の施行当時(具体的には、引用例の頒布時期である1988
年当時)の技術水準の範囲内におけるものであって、かつ、引用例の記載の趣旨
に反しない限度で、その当時の技術常識に沿うものであることが必要であり、特
許異議申立てに対する決定等において、前示のような認定判断をする場合には、
かかる点の認定を経たうえで、これをなすべきものといわなければならない。
    しかして、出光実験証明書(甲第8号証)には、前示引用例実験の諸条
件に係るものとして、使用試薬に関する記載(同号証1頁14行~2頁2行)が
あり、また、実験方法に係るものとして、使用装置及び重合方法に関する記載
(同2頁3~22行)があるところ、該使用試薬、使用装置及び重合方法につい
ての記載に係る具体的な事項は、いずれも引用例に明示の記載がないものである
から、前示のように、それらが、引用例実験の施行当時の技術水準の範囲内であ
り、かつ、引用例の記載の趣旨に反しない限度で、その当時の技術常識に沿うも
のであることの認定を要するものというべきである。
  (4) この点に関連して、原告は、出光実験証明書の、証明書実験で使用したM
AO(メチルアルミノキサン)に関する、「アルベマール社から市販されているメ
チルアルミノキサンの濃度1.45モル/リットルのトルエン溶液を窒素雰囲気中
で保存し、そのまま用いた。」(甲第8号証1頁25~26号証)との記載に照ら
して、証明書実験は、平成9年当時にアルベマール社から市販されていたMAOを
用いてなされたものであり、当該MAOを用いた証明書実験の触媒の重合活性は1
5800gポリマー/molZr・s前後であったものと推認されるから、証明書実験
は、触媒の重合活性が3546gポリマー/molZr・sである引用例実験そのものと
はいえないと主張する。
    そして、出光実験証明書の当該記載文言に照らせば、証明書実験は、触媒
であるMAOについて、証明書実験の施行日当時(出光実験証明書(甲第8号証)
には、証明書実験の施行日の記載がないが、その作成日付が平成9年7月10日で
あることに鑑みて、その頃に行われたものと推認される。)、アルベマール社から
市販されていたものを用いてなされたものであることが認められるところ、当該使
用に供されたMAOと同一のものが、引用例の頒布時期である1988年当時も市
販されていたこと、その他、当該MAOが引用例実験施行当時の技術水準の範囲内
であることについては、出光実験証明書(甲第8号証)に記載がなく、また、その
点を認めるに足りる証拠もなく、本件決定においても何ら言及されていない。
    そうすると、原告の該主張は、要するに、証明書実験で使用されたMAO
が、引用例実験施行当時の技術水準の範囲内のものではないことをいうものである
から、少なくとも、当該技術水準の範囲内であることの認定を本件決定が経ていな
いことを指摘するものとして、その余の点の当否にかかわらず、その限度で理由が
ある。
  (5) それのみならず、前示(2)のとおり、本件決定においては、少なくともそ
の説示に見る限り、出光実験証明書記載の証明書実験と、原告の「実験報告書
(1)」及び「実験報告書(3)」記載の実験とのいずれかが、二者択一的に、引用例
実験の追試実験として適切であるかのような前提に立ったうえで、専ら、共重合体
の4-メチルペンテン-1含有量および数平均分子量Mnの値、すなわち実験結果
において、証明書実験の方が、原告の「実験報告書(1)」及び「実験報告書(3)」
記載の実験よりも、引用例実験の実験結果に近いことを理由として、証明書実験を
引用例実験の追試実験として適切であると判断したものであり(なお、この判断
は、引用例に、共重合体の数平均分子量Mnの値が記載されていること、すなわ
ち、前示の「Mη」(粘度平均分子量)であるか、「Mn」(数平均分子量)であるか
が必ずしも明瞭ではない符号が、「Mn」であることを前提とするものであるが、
その点の当否は措くこととする。)、前示原告主張の実験に使用したMAOの点だ
けでなく、それ以外の点も含め、出光実験証明書の使用試薬、使用装置及び重合方
法についての記載に係る具体的な事項が、引用例実験の施行当時の技術水準の範囲
内であり、かつ、引用例の記載の趣旨に反しない限度で、その当時の技術常識に沿
うものであることを認定したうえで、証明書実験を、引用例実験の追試実験として
適切であると判断した形跡は窺われない。
    また、出光実験証明書(甲第8号証)にも、前示使用試薬、使用装置及び
重合方法についての記載に係る具体的な事項が、いずれも引用例実験の施行当時の
技術水準の範囲内であり、かつ、引用例の記載の趣旨に反しない限度で、その当時
の技術常識に沿うものであることを窺わせる記載は存在せず、他に、この点を認め
るに足りる証拠も存在しない。
  (6) そうすると、証明書実験が引用例実験の追試実験として適切であることを
根拠として、引用例に記載のない引用例発明の樹脂密度等が、証明書実験の実験結
果として出光実験証明書に記載された値と同一、又はそれに近い物性値であるとし
たうえ、それを前提として、訂正に係る本件発明1が引用例発明と同一であるとし
た本件決定の認定判断には、誤りがあるといわざるを得ない。そして、この誤り
は、訂正に係る本件発明1が、特許出願の際独立して特許を受けることができない
ものであるから、本件訂正請求が認められないとし、本件発明1の要旨を、本件明
細書の特許請求の範囲の請求項1の記載のとおりと認定したうえ、本件発明1が引
用例に記載された発明であって、取消しは免れないとした本件決定部分の結論に影
響するものであることは明らかである。
 2 以上によれば、その余の点につき判断するまでもなく、原告の請求は理由が
あるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、
民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第13民事部
裁判長裁判官 田中康久
裁判官 石原直樹
        裁判官   宮坂昌利

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