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       主   文
一 本件各訴えをいずれも却下する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
       事実及び理由
第一 請求
 被告らは、連帯して、東京都八王子市に対し、七三六九万八二六〇円及びこれに
対する平成八年九月一二日(ただし、被告日新電機株式会社及び被告株式会社安川
電機については、いずれも同月一三日)から支払済みまで、年五分の割合による金
員を支払え。
第二 事案の概要
 本件は、東京都八王子市(以下「市」という。)の住民である原告らが、市が被
告日本下水道事業団(以下「被告事業団」という。)に対し委託をした別紙委託下
水道施設建設工事目録記載の工事(以下「本件委託工事」という。)のうち、被告
事業団が被告三菱電機株式会社(以下「被告三菱電機」という。)に対して発注し
た別紙被告事業団発注工事目録記載の工事(以下「本件発注工事」という。)に係
る工事請負代金が、被告らによる談合により不当につり上げられ、市が、右請負代
金に被告事業団の管理費を加算した金額の支払をしたことにより、談合がされなけ
れば形成されたであろう請負代金額と実際の請負代金額の差額相当分の損害を被っ
たとし、右損害は、談合に加功した被告事業団並びに被告三菱電機及びその余の被
告ら(以下被告三菱電機と合わせて「被告九社」という。)の共同不法行為による
ものであり、被告らは、連帯して、市の被った損害を賠償すべき責任を負うべきも
のであるにもかかわらず、市は被告らに対する損害賠償請求権の行使を違法に怠っ
ているとして、地方自治法(以下「法」という。)二四二条の二第一項四号に基づ
き、市に代位して、右怠る事実の相手方である被告らに対し、市が将来原告らに対
して支払うべき弁護士報酬の額も含め、市の被った損害の賠償を求める事案であ
る。
一 争いのない事実等
1 当事者
(一) 原告らはいずれも市の住民である。
(二) 被告事業団は、日本下水道事業団法(昭和四七年法律第四一号。以下「事
業団法」という。)に基づいて設立された法人(事業団法二条)で、地方公共団体
等の要請に基づき、下水道の根幹的施設の建設及び維持管理を行い、下水道に関す
る技術的援助を行うこと等を目的(事業団法一条)とし、右目的を達成するため、
地方公共団体の委託に基づき、終末処理場及びこれに直接接続する幹線管渠、終末
処理場以外の処理施設並びにポンプ施設の建設を行うものである(事業団法二六条
一項一号)。
(三) 被告九社は、いずれも、電気設備工事の請負等の事業を営むものである。
2 地方公共団体が被告事業団に対して下水道施設建設の委託をする場合の委託協
定及び委託の費用について(甲第八ないし第一〇号証)
(一) 委託協定の締結
 被告事業団は、事業団法二七条に基づき、建設大臣の認可を受けて日本下水道事
業団業務方法書(昭和五〇年八月二八日規程第四三号。以下「業務方法書」とい
う。甲第九号証)を定めているが、業務方法書五条によれば、被告事業団は、地方
公共団体の委託を受けて、下水道施設の建設を受託しようとするときは、委託地方
公共団体と委託協定を締結し、目的、建設すべき施設の内容及びその範囲、業務の
開始及び完了の時期、費用の額及びその受領方法、業務の完了後の措置に関する事
項、委託地方公共団体において行うべき措置等につき定めるものとされている。
(二) 委託の費用
 業務方法書六条によれば、被告事業団は、下水道施設の建設を行うときは、これ
に要する費用(工事の施行に直接必要な工事請負費、原材料費その他の工事費、工
事の監督、検査その他工事の施行のため必要とする人件費、旅費及び庁費、建設業
務の処理上必要とする一般管理費、その他建設業務の処理に伴い必要を生じた費
用)を委託地方公共団体に負担させるものとされている。
3 本件委託工事について(甲第一号証、第一一、第一二号証、第一三ないし第一
七号証の各一、二、乙C第一、第二号証)
(一) 委託協定の締結
 市は、平成五年六月一五日の市議会の議決を経て、同月二二日、被告事業団との
間で、本件委託工事につき、完成期限を平成六年三月三一日とする八王子市公共下
水道根幹的施設の建設工事委託に関する協定(以下「本件協定」という。)を締結
した。本件協定においては、本件委託工事の建設工事の施行に要する費用の額を九
億三三〇〇万円とし、その平成五年度国庫補助対象額、平成五年度市単独事業費の
区分による内訳を定める(本件協定七条一項)とともに、賃金又は物価の変動等に
より右金額では建設工事を完成することが困難であると認めるときは、市と被告事
業団とが協議して、右金額を変更し、又は建設工事の委託の対象若しくはその内容
を変更するため、この協定を変更するものとすると定めている(同条二項)。
 なお、本件協定七条一項に規定された費用の額は、市と被告事業団との間で締結
された本件協定の一部を変更する協定(以下「本件変更協定」という。)により、
平成五年一〇月六日付けで九億四五〇〇万円に変更され、それに伴ってその内訳も
変更されている。
(二) 被告三菱電機との間の請負契約の締結
 被告事業団は、本件協定に基づき、随意契約の方法により、平成五年一〇月一九
日、被告三菱電機との間で、本件発注工事につき、別紙被告事業団発注工事目録記
載のとおりの内容の請負契約(以下「本件請負契約」という。)を締結した。
(三) 本件発注工事に係る年度完了精算報告
 被告事業団は、市長に対し、本件発注工事につき、平成六年三月三一日、工事費
を三億四〇五一万八〇〇〇円とする年度完了精算報告書を提出し、市との間で費用
の精算を行った。
4 被告事業団の発注に係る下水道施設電気設備工事の入札における談合を巡る一
連の経緯について(甲第二、第三号証、第一七号証の一ないし九、乙E第一ないし
第一七号証、第一八号証の一ないし四、第一九号証、弁論の全趣旨)
(一) 平成六年九月二日付け毎日新聞朝刊第一面に、被告事業団が、下水道関係
の電気設備工事の発注に絡み、被告九社に対して、受注シェアを指示し、実質的に
談合を指導していた疑いが強まり、公正取引委員会(以下「公取委」という。)が
近く被告事業団の立入検査に踏み切る方針を固めた模様である旨の記事が掲載さ
れ、同日付けの同新聞夕刊第一面には、公取委が大手電機メーカー側から、被告事
業団指導の談合の事実を大筋で認める供述を得ていたことが判明した旨の記事が掲
載された。
(二) 平成六年一〇月六日付け朝日新聞朝刊第一面に、被告事業団発注の電気設
備工事の入札を巡って、被告九社が「九社会」と呼ばれる親睦団体をつくり、数年
間にわたって談合を繰り返していた疑いがあることが公取委の調べなどで判明し、
公取委は本命業者を決める方法などを示す電機メーカー側の内部文書を既に押収し
ており、各社の担当者から本格的な事情聴取を始めた旨の記事が掲載された。
(三) 平成六年一二月二六日付けの読売新聞朝刊第一面に、被告事業団発注の電
気設備工事を巡る入札談合につき、被告九社及びその営業担当幹部らを、私的独占
の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独占禁止法」という。)三条違反
の疑いで検事総長に告発する方針を固めた旨の記事が掲載された。
(四) 平成七年三月六日、公取委は、平成五年度の被告事業団発注の電気設備工
事の入札に関し、被告九社が談合を行ったとして、検事総長に対して告発した。右
事実は、翌七日付けの新聞各紙において、大きく報道された。
(五) 平成七年六月一五日、東京高等検察庁検事は、被告九社及びその担当者を
独占禁止法三条違反の罪で、被告事業団の元工務部次長を同幇助の罪で、それぞ
れ、東京高等裁判所に起訴した(東京高等裁判所平成七年(の)第一号事件)。右
事実は、翌一六日付けの新聞各紙において大きく報道された。
(六) 平成七年六月二四日付け日本経済新聞に、被告事業団発注の電気設備工事
を巡る入札談合事件で、公取委が被告九社に対して、課徴金納付を命ずる行政処分
を行う方針を決め、各社に文書で通知した旨の記事が掲載された。
(七) 平成七年七月一二日、公取委は、被告九社に対し、被告九社が、共同し
て、被告事業団が発注する平成四年度特定電気設備工事及び平成五年度特定電気設
備工事について、受注予定者を決定し、受注予定者が受注できるようにすることに
より、公共の利益に反して、被告事業団が発注する平成四年度特定電気設備工事及
び平成五年度特定電気設備工事の各分野における競争を実質的に制限していたが、
これは独占禁止法二条六項に規定する不当な取引制限に該当し、独占禁止法三条に
違反するところ、違反行為の実行としての事業活動を行った日を平成四年六月二九
日、違反行為の実行行為としての事業活動がなくなる日を平成五年一月二五日とし
て算定した課徴金につき、いずれも納期限を平成七年九月一三日として、納付を命
ずる旨の課徴金納付命令を発した。右事実は、同年七月一三日付けの新聞各紙にお
いて報道された。
(八) 平成七年七月二八日付け毎日新聞朝刊に、被告事業団発注の電気設備工事
の入札談合によりつり上げられた工事価格の返還を求める住民訴訟を行う方針の全
国市民オンブズマン連絡会議が、公取委の発した課徴金納付命令の対象とされた全
工事のリストを入手し、その全容が同月二七日に明らかになった旨の記事が掲載さ
れた。
(九) 平成八年五月三一日、東京高等裁判所は、独占禁止法違反被告事件につ
き、被告九社のうち、被告株式会社日立製作所、被告株式会社東芝、被告三菱電
機、被告富士電機株式会社及び被告株式会社明電舎にいずれも罰金六〇〇〇万円、
その余の被告各社にいずれも罰金四〇〇〇万円、被告九社の担当者らにいずれも懲
役一〇月、執行猶予二年、独占禁止法違反幇助被告事件につき被告事業団の元工務
部次長に懲役八月、執行猶予二年とする判決を宣告した。
5 原告らの住民監査請求及び本訴提起(甲第一号証)
 原告らは、平成八年六月一一日、市監査委員に対して、本件発注工事につき、被
告九社が被告事業団から工事の件名と発注予定金額の呈示を受けて談合を行ったの
であり、もし、受注業者間に公正な競争が確保されていれば、契約金額は実際の価
格よりも二〇パーセント以上は低くなったはずであって、被告らは、談合という共
同不法行為により契約金額を不当につり上げて、工事委託者として最終的に契約代
金を負担した市に右差額相当の損害を与えたのであるから、市長は、右損害賠償請
求権を行使して、市の被った損害を補填する措置を講ずる責任があるにもかかわら
ず、これを怠っているとして、市長に対し、その措置を講ずべきことを勧告するこ
とを求める住民監査請求(以下「本件監査請求」という。)をしたが、同年八月七
日、本件監査請求は理由がない旨の監査結果が出されたため、同年九月三日、右監
査結果を不服として、本件訴えを提起した。
6 原告らが主張する市の被告らに対する損害賠償請求権の発生原因事実
 原告らは、本件第九回口頭弁論期日において、原告らが本件訴えにおいて、市が
その行使を違法に怠っているとする市の被告らに対する損害賠償請求権の発生原因
事実を、次のとおり整理して、特定した。
(一) 被告らによる談合のやり方
 被告九社は、平成二年度以降、同一年度内に被告事業団が発注を予定している電
気設備工事の受注予定者(いわゆる本命)を、毎年六月に開かれる「ドラフト会
議」で一括して決定していた。その際、まず、談合ルールの確認を行い、被告事業
団の担当者から当該年度において被告事業団が発注する電気設備工事について、工
事件名、予算金額等の情報を得て、「九社会の談合ルール」に基づいて決定されて
いる各社のシェア割合に基づいて各電気設備工事の受注業者を決定するというやり
方によっていた。そして、そのようにして決定された受注予定会社を被告事業団の
担当者に伝え、被告事業団の担当者において、当該受注予定会社を指名業者に選定
するとともに、入札又は見積合わせに際し、予定価格を受注予定会社の担当者に教
示するという方法がとられるのが原則であった。
 なお、この談合ルールでは、継続工事については、そのまま工事担当会社が継続
受注することが決められており、被告事業団も、そのことを知っており、形だけの
指名競争入札や随意契約により、従前の工事担当会社と契約を締結していた。
(二) 被告事業団は、本件協定により市から委託を受けた本件委託工事の受託事
務の遂行に当たり、建設工事請負の有資格業者を選定した上、日本下水道事業団会
計規程に基づいて工事請負契約を締結し、市に対して、適正価格を超える費用負担
をさせない義務を負っているのに、右義務に違反し、市の設定する工事予定価格を
教示した上、被告九社により通謀された談合ルールによって決定された被告三菱電
機との間で、本件請負契約を締結し、その水増しされた請負代金を前提として、市
に費用の前払をさせ、少なくとも、工事請負代金の二割相当額六五七一万四〇〇〇
円の損害を市に与えた。市の右損害は、市が被告事業団に費用の前払をしたときに
発生し、被告事業団が、本件委託工事の完成後、完了精算報告書を提出したとき
に、確定したものである。
(三) 被告九社は、被告事業団と通謀の上、談合行為を行い、被告事業団との間
で、水増し代金を上乗せした本件請負契約を締結することにより、市の被告事業団
に対する適正価格による工事の遂行を求める協定上の権利を侵害した。
(四) 以上の被告らの行為は、市に対する共同不法行為を構成するものであるか
ら、被告らは、市に対して、連帯して、市の被った損害を賠償すべき責任を負う。
二 争点
 当事者双方が本判決において判断を求めた争点は、本件監査請求につき法二四二
条二項に規定する監査請求期間の制限が及ぶか否か、監査請求期間の制限が及ぶ場
合に、本件監査請求が監査請求期間内にされたといえるか否か、本件監査請求が監
査請求期間内にされたといえない場合に、同項ただし書に規定する「正当な理由」
が存すると認められるか否かという点にあり、これらについての当事者双方の主張
は次のとおりである。
1 本件監査請求につき監査請求期間の制限を規定した法二四二条二項が適用され
るか否か。
(被告ら)
 原告らが主張するように、被告らが談合をしたことにより、水増しされた本件発
注工事の請負代金を前提に、市が被告事業団に費用を支払い、右水増し分に相当す
る損害を被ったというのであれば、本件は、右費用の支出の原因となるべき財務会
計行為(支出負担行為)の違法に基づく損害賠償請求権を行使するものであり、以
下のとおり、右財務会計行為の日を基準として、法二四二条二項が適用される。本
件監査請求は、監査請求期間を徒過してされたものであるから、原告らの本件訴え
は、適法な住民監査請求の前置を欠く不適法なものである。
(一) 怠る事実に係る住民監査請求と監査請求期間の制限
 法二四二条二項は、住民監査請求は、当該行為のあった日又は終わった日から一
年を経過したときは、これをすることができないとするが、このように法が監査請
求期間を制限する規定を設けた趣旨は、地方公共団体の機関、職員の財務会計行為
は、たとえそれが違法なものであっても、いつまでも住民監査請求ないし住民訴訟
の対象となり得るとしておくことは、法的安定性を損ない好ましくないからである
(最高裁判所昭和六三年四月二二日第二小法廷判決・裁判集民事一五四号五七頁
(以下「昭和六三年最判」という。)参照)。そして、住民訴訟は、個人の権利利
益に基づかず、住民であることだけをもって訴権を認めるものであり、もともと法
律上の争訟に当たらないものを法の規定する出訴要件に合致する限度で特に認めら
れたものであるから、そのような住民訴訟の性格からして、これに一定の縛りをか
けない限り、あらゆる紛争が裁判所に持ち込まれ、裁判所本来の機能を妨げるおそ
れがある。したがって、法二四二条二項の適用に当たっては、監査請求期間の解釈
についても、右のような点を踏まえ、他の要件と同様に厳格にされるべきものであ
り、いたずらに類推あるいは拡張すべきものではないのであって、財務会計行為の
違法性が問題となり得るにもかかわらず、これを損害賠償請求権の行使を怠る事実
と構成することにより、監査請求期間の制限を容易に免れるというのでは、法が住
民訴訟の提起に限定を加えた趣旨が没却されてしまうことになる。
 右のような観点からすれば、怠る事実に係る住民監査請求においても、その原因
となる違法な財務会計行為が存在し、その是正等を求めて住民監査請求ができるの
であれば、右行為時を基準として法二四二条二項の適用を認めるべきである。最高
裁判所昭和六二年二月二〇日第二小法廷判決・民集四一巻一号一二二頁(以下「昭
和六二年最判」という。)も右と同旨の見解に基づくものである。
 なお、最高裁判所昭和五三年六月二三日第三小法廷判決・裁判集民事一二四号一
四五頁(以下「昭和五三年最判」という。)は、怠る事実については監査請求期間
の適用がないとの判断を示しているが、この判断は、住民にとって住民監査請求の
対象となるべき違法な財務会計行為が存在せず、是正措置を求めることがおよそで
きなかった事案に関するものであり、その点において、昭和六二年最判と異なって
いる。
(二) 違法な財務会計行為に基づく実体法上の請求権の意義
 昭和六二年最判にいうところの「違法な財務会計行為に基づく実体法上の請求
権」という場合の「違法」は、「客観的違法」を意味する。なぜなら、違法という
概念がもともと客観的なものである上、住民監査請求、住民訴訟は、個々の財務会
計職員の責任を追及するものではなく、地方公共団体の財務の適正を担保するため
の制度であることからしても、財務会計行為の違法性は客観的に判断されなければ
ならないからである。ちなみに、法は住民訴訟の類型として、当該行為の差止請求
(法二四二条の二第一項一号)を挙げているところ、右請求が認められるために
は、当該行為が違法でなければならないことは当然であるが、それについて、当該
職員の故意、過失を要しないことは明らかである。また、住民監査請求の対象は、
違法な財務会計行為に限定されず、財務会計行為の「不当」を理由とすることも許
されている(法二四二条一項)のであるから、法二四二条二項の適用があるか否か
の判断についても、財務会計行為の違法性は必須の要件ではないということができ
るのであって、昭和六二年最判の趣旨は、「請求権の不行使を怠る事実とする場
合、右請求権が財務会計上の行為に基づいて生じたものである限り、右行為の時を
基準として監査請求期間を判断すべき」であると言い換えることができる。
 また、当該実体法上の請求権が「違法な財務会計行為に基づく」といえるか否か
は、当該実体法上の請求権を基礎付ける要件事実によって客観的に決定されるもの
であり、原告らの主張の仕方によって左右されるものではない。本件においては、
仮に被告らによる談合があったとしても、それだけでは損害は発生せず、それを前
提として市が被告事業団に支払うべき費用が確定され、右費用が支払われたからこ
そ、市に損害賠償請求権が発生するのであるから、右請求権は「違法な財務会計行
為に基づく実体法上の請求権」というべきであって、これを「談合の違法」という
か「財務会計行為の違法」というかは、法的観点の相違にすぎないのである。
(三) 本件への当てはめ
 仮に、談合行為がなされていたとすれば、それに基づいて市が被告事業団との間
で本件協定を締結し、費用額を確定して債務を負担したことは、客観的に違法とい
う評価は免れないものであり、右違法な財務会計行為の時を基準として法二四二条
二項が適用されるというべきである。
(原告ら)
 原告らは、談合という不法行為によって市が被った損害の賠償を談合行為に加わ
った被告らに対して請求すべきであるのにそれを怠っていることを問題にしている
のであって、原告らは、市の財務会計行為である被告事業団との委託協定自体の違
法性、無効性についての主張をしたり、財務会計行為の違法性に基づく損害賠償と
いう主張をするものではない。本件監査請求は、市の不作為を理由とするものであ
り、不作為に係る住民監査請求については、監査請求期間の制限は及ばない。ま
た、本件において原告らは、不法行為の主体として財務会計行為の相手方である被
告事業団や落札した業者のみならず、談合に参加した業者すべてを損害賠償義務を
負う被告とし、既に工事が完了し、引渡しが済んだ時点において、落札価格と談合
がなければ存在したであろう落札価格との差額を損害として賠償請求しているが、
これは違法な財務会計行為に基づく請求ではカヴァーできない対象をも相手方と
し、財務会計行為の違法、無効を主張する不当利得返還請求では得られない法的効
果を求めるものである。これに対し、被告らは、本件につき法二四二条二項の適用
があると主張するが、被告らの右主張は、以下のとおり、失当である。
(一) 法二四二条一項の法意
 法二四二条一項が定める住民監査請求及び法二四二条の二第一項各号が定める住
民訴訟は、地方公共団体の長、職員等の非違行為を中心とした職務違反行為を是正
するために住民に付与されている請求権に基づくものである。この住民の是正請求
権が成立するためには、地方公共団体の長、職員等の当該地方公共団体に対する違
法な行為によって損害が生じているという事実が必要となる。地方公共団体の長や
職員に何らとがめるべき事実が存在しないのに、住民の是正請求権を発動させるこ
とは、必要もなく、時として混乱をもたらすものである。それゆえ、地方公共団体
の長、職員等が欺罔されて当該地方公共団体に損害が発生した場合には、騙された
ことは職務違反行為ではないから、当該地方公共団体にその加害者に対する損害賠
償請求権は発生しても、詐欺行為によって損害が発生しただけでは、直ちには、住
民の是正請求権、すなわち法二四二条一項の住民監査請求権や住民訴訟の提起権は
発生しないのである。このような場合には、地方公共団体の長や職員がその損害の
発生を知って、なお適正な管理をなさず、その損害を放置した場合、すなわち「怠
る事実」といわれる状態が生じたときにはじめて、住民の是正請求権が発生するの
である。
 すなわち、法二四二条一項において、普通地方公共団体の住民が住民監査請求を
することができる場合として規定されている、「違法若しくは不当な公金の支出、
財産の取得、管理若しくは処分、契約の締結若しくは履行若しくは債務その他の義
務の負担」(いわゆる「当該行為」と呼称されているもの。)は、地方公共団体の
長、職員等が行った違法な財務会計行為であり、「当該行為」の相手方が、住民訴
訟において「当該行為」の責任を追及されることがあるが、それは、地方公共団体
の長、職員等も「当該行為」の責任を負うべき場合である。そして、ある財務会計
行為によって地方公共団体に損害が発生しても、地方公共団体の長、職員等に当該
地方公共団体に対する義務違反の責任原因がない場合には、損害が発生したとの事
実だけでは、住民は、その損害を発生させた相手方に対して損害賠償を求めること
ができず、それゆえ、「当該行為」から一年という監査請求期間が起算されること
はない。また、同じく法二四二条一項に規定されている「違法若しくは不当に公金
の賦課若しくは徴収若しくは財産の管理を怠る事実」(いわゆる「怠る事実」と呼
称されているもの。)は、地方公共団体の長、職員等が財産管理を怠ったときに、
そこに違法な状態が生じ、住民に「怠る事実」の是正請求権が発生することを規定
するもので、地方公共団体の長、職員等に責任原因がない財務会計行為により当該
地方公共団体に損害が発生した場合には、その事実を当該地方公共団体が知り、こ
れを放置したときに、地方公共団体の長、職員等に違法な状態が生じ、これを契機
に住民には住民監査請求権、住民訴訟の提起権が発生するのである。
 これを法二四二条の二第一項四号に規定する住民訴訟の類型に即してみると、同
号に規定する、普通地方公共団体に代位して行う、①「当該職員に対する損害賠償
の請求若しくは不当利得返還の請求」、②「当該行為若しくは怠る事実に係る相手
方に対する法律関係不存在確認の請求、損害賠償の請求、不当利得返還の請求、原
状回復の請求若しくは妨害排除の請求」のうち、右①は、「当該行為」を行った、
又は、「怠る事実」の管理責任者である地方公共団体の長、職員等に対する請求で
あって、監査請求期間の制限が働くのは、地方公共団体の長、職員等が「当該行
為」を行った場合だけであり、右②は、相手方に対する「当該行為」についての責
任追及と「怠る事実」についての責任追及であるが、住民が相手方に対して、「当
該行為」の構成により責任追及できるのは、相手方が地方公共団体の長、職員等と
相通じて「当該行為」を図った場合であり、地方公共団体の長、職員等に責任原因
のない財務会計行為によって地方公共団体に損害が発生した場合には、当該地方公
共団体の放置によって「怠る事実」に転じたときに、住民は、当該地方公共団体に
代位して損害賠償を請求できるのである。このように解釈することにより、住民監
査請求につき定めた法二四二条一項と住民訴訟につき定めた法二四二条の二第一項
各号とは完全に整合するのである。
(二) 住民監査請求、住民訴訟制度の法的性質と「当該行為」の主体について
 住民監査請求や引き続く住民訴訟が、違法な財政上の措置を行った地方公共団体
の長、職員等に対する是正請求権であることは明らかであり、昭和六二年最判も
「住民監査請求の制度は、普通地方公共団体の財政の腐敗の防止を図り、住民全体
の利益を確保する見地から、普通地方公共団体の長その他の財務会計職員の違法若
しくは不当な財務会計上の行為又は怠る事実について、その監査と予防、是正の措
置とを監査委員に請求する機能を与えたもの」としている。
 このように、住民監査請求、住民訴訟は、地方公共団体の長、職員等の違法行為
是正装置であるから、地方公共団体の長、職員等によって違法な財務会計行為が行
われれば、その時点で、直ちに住民の是正請求権が成立して、住民は、是正措置を
とることができるに至り、監査請求期間も進行するというのが、制度本来の機能で
ある。しかし、ある財務会計行為によって地方公共団体に損害が発生したとして
も、地方公共団体の長、職員等に当該地方公共団体に対する義務違反行為がなく、
違法な責任原因が存在しない場合には、住民は未だ是正請求権を持つには至らな
い。地方公共団体内部の者が不正に加担していないのであれば、それらの是正措置
は、第一次的には地方公共団体の長、職員等の手でとられるべきことが期待され、
直ちに住民に是正請求権を付与する必要性までは認められないからである。このよ
うな関係から、法二四二条一項がいう「当該行為」の主体は、地方公共団体の長、
職員等を指しているのである。ある者が地方公共団体の職員を欺罔して契約を結
び、金員を出捐させた場合などは、その支出行為は「違法な財務会計行為」とはな
らず、同項にいう「当該行為」を構成しない。それゆえ、住民は、詐欺による支払
の事実を知ったとしても、その相手方である者に対して、直ちに代位請求権を持つ
ことはないのである。
(三) 「当該行為」の「違法性」について
 談合に基づく業者と地方公共団体との契約が違法であり、当該地方公共団体の選
択により取り消し得べきものであることは当然であり、原告らは、被告らの談合行
為から被告事業団に対する市の工事代金の支払までの全体を不法行為として構成し
ているが、地方公共団体と相手方との間で締結された契約に対する評価と、「違法
な財務会計行為」という場合の「違法」の評価とは、場面、性質を異にし、同一の
ものではない。地方公共団体と業者との間の契約が不法行為として違法性を有する
こと(外部関係における違法)は、必ずしも、当該地方公共団体と長、職員等との
関係での違法(内部関係における違法)をもたらすものではない。法二四二条一項
にいう「違法な」財務会計行為の「違法」は、この「内部関係における違法」、す
なわち地方公共団体に対する当該地方公共団体の長、職員等の義務違反行為を指す
ものである。本件においては、この「内部関係における違法」は存在せず、それゆ
え「当該行為」も存在しないのであるから、被告らの主張は失当である。
 また、昭和六二年最判は、地方公共団体(町)の長(町長)が不当に低廉な価格
で町有地を売却した事例であり、町長と買手の両者に「当該行為」の責任が発生し
ているものとして、もともと法二四二条二項の監査請求期間の制限を受ける事案で
あった。そして、同事案では、「当該行為」の本人である町長と買手に対して「当
該行為」の責任を追及することも、また、買手に対する損害賠償請求などを怠って
いる事実に着目して「怠る事実」として請求を構成することも可能であったのであ
る。このような事案に係る昭和六二年最判は、地方公共団体側に違法はなく、「当
該行為」のない本件とは事案を異にし、引用する余地はないものである。
(四) 法的安定性について
 以上のように、本件における市と被告事業団との間における財務会計行為は「違
法な」財務会計行為に当たらず、一年間の監査請求期間の制限はなく、被告らに対
しては、「怠る事実」の相手方に対しての損害賠償請求権しか成立しないと解釈す
ることは、法が求める「法的安定性の要請」とも何ら矛盾するものではない。すな
わち、本件では、加害企業に対して損害賠償を求めるだけであって、地方公共団体
の過去の行政措置の効力を覆そうというものでもないから、法的安定性を害する余
地はない。
2 本件監査請求につき法二四二条二項に規定する監査請求期間の制限が及ぶ場合
に、本件監査請求が監査請求期間内にされたといえるか否か。
(原告ら)
 最高裁判所平成九年一月二八日第三小法廷判決・民集五一巻一号二八七頁(以下
「平成九年最判」という。)は、財務会計上の行為が違法、無効であることに基づ
いて発生する実体法上の請求権の不行使をもって財産の管理を怠る事実とする住民
監査請求において、右請求権が右財務会計行為がされた時点においてはいまだ発生
しておらず、又はこれを行使することができない場合には、右実体法上の請求権が
発生し、これを行使することができることになった日を基準として法二四二条二項
の規定を適用すべきものとした上、その日から一年が経過する以前になされた住民
監査請求は、同項の期間を遵守したものとして適法と判示しているところ、本件の
事実経過に照らせば、市が被告九社に対して談合の事実に基づいて損害賠償請求す
ることが可能になるのは、仮に最も早い時期をとったとしても、被告九社が刑事訴
追された平成七年六月一五日である。この時を基準とすれば、本件監査請求は、平
成九年最判がいう「実体法上の請求権が発生し、これを行使することができること
になった日」から一年以内にされているのであるから、適法な住民監査請求となる
ことは明らかである。
(被告ら)
(一) 本件協定は平成五年六月二二日に、本件変更協定も同年一〇月六日に締結
されている上、本件請負契約は、同月一九日に締結されているのであるから、市が
被告事業団に支払うべき費用の確定もそのころまでに完了しているはずであるとこ
ろ、本件監査請求は平成八年六月一一日にされているのであるから、財務会計行為
のあった日又は終わった日から一年を経過してなされたものというべきである。
(二) 平成九年最判は、財務会計上の行為が違法であることに基づく実体法上の
請求権が右行為の時点では発生しておらず又はこれを行使することができない場合
には、右実体法上の請求権が発生し、これを行使することができることになった日
を基準として、法二四二条二項を適用すべきであるとするが、本件では、財務会計
行為の時点で既に損害賠償請求権は発生していたことになるし、それを行使するこ
とに障害はなかったから、平成九年最判の議論は妥当しない。
3 本件監査請求につき法二四二条一項に規定する監査請求期間の制限が及ぶとし
た場合に、同条二項ただし書に規定する「正当な理由」が存すると認められるか否
か。
(原告ら)
(一) 本件における被告らによる談合行為は、独占禁止法等に違反する違法な行
為であり、被告らによって秘密裡に行われたものである。それゆえに、住民監査請
求を行うことが可能な財務会計行為が行われた時点においては、原告らは、本件の
談合行為を全く知る余地がなく、住民監査請求を行うことは不可能であった。本件
において、原告らが、住民監査請求を行う必要性を認識し、かつ、これを行うこと
が可能となるためには、①被告らが行った違法な談合行為が社会的事実として明確
になったこと、②被告らの談合行為による市の損害が具体的に明らかになったこ
と、③その後、相当な期間を経たにもかかわらず、なお市が被告らに対して損害賠
償請求をしないこと、④住民独自の調査により、右①、②の事実に関して、住民監
査請求をするに相応しい相当程度の具体的事実が明らかになったことが要件とされ
るべきである。なぜなら、右①、②の要件が満たされなければ、住民にはおよそ住
民監査請求をしようという動機すら生じようがなく、一住民がする住民監査請求に
よって監査委員が実際に積極的に監査をするようになるためには、相当程度説得力
のある具体的事実とそれを裏付ける証拠を準備する必要があり、そのためには、準
備に相当な期間が必要となるからである。特に、本件のように、組織的かつ秘密裡
に行われたために一般住民に実体が全く分からない談合事案で、地方公共団体が自
ら損害賠償を請求しようとしない事案にあっては、住民は、右①、②の要件を満た
すだけの事実調査を独力で行う必要があり、かつ、これを一定程度裏付けるに足り
る証拠も独力で収集する必要があるのであって、これらの要件を満たすためには、
相当な期間が必要不可欠である。このことは、住民監査請求に当たっては、具体的
な事実を指摘し、かつ、裏付けとなる書面を添付することが必要とされており(法
二四二条一項)、監査委員の監査の結果等に不服があるときは、監査の結果の通知
から三〇日以内に住民訴訟を提起しなければならない(法二四二条の二第二、第三
項)ことからも明らかである。
(二) これを本件についてみるに、「被告らが行った違法な談合行為が社会的事
実として明確になった」といい得る事実としては、被告九社が公取委の課徴金納付
命令に対し、異議なく服したこと、すなわち、納付期限である平成七年九月一三日
の経過がこれに該当する。また、「被告らの談合行為による市の損害が具体的に明
らかになった」というためには、市が被告事業団に公共下水道工事を委託していた
事実、委託した工事の中に談合の対象となった電気設備工事が含まれていた事実、
被告事業団と被告三菱電機との契約金額などの事実が明らかになることが不可欠で
あるところ、これらの事実は、住民が情報公開請求をし、開示された資料によって
初めて知り得るものであり、そして、開示された情報を分析、検討して初めて市の
被った損害が明らかになるのである。
 ところで、原告ら代理人は、平成七年九月五日、八王子市情報公開条例に基づい
て、本件発注工事に関する情報公開請求を行ったが、同条例は平成六年四月一日か
ら施行され、かつ、施行日以降に作成し、又は取得した文書のみが対象となる旨規
定されているため、原告らは、右情報公開請求によって、本件発注工事に関する情
報を入手することはできなかった。その後、原告らが独自に調査を進めたところ、
被告三菱電機が本件発注工事を受注していることが明らかとなったが、契約金額に
ついては判明せず、それが判明したのは、やむを得ず契約金額を九億円として行っ
た本件監査請求の監査結果によってであった。そして、市は、この間、被告らに対
し、違法な談合行為によって被った損害について損害賠償請求を行おうとしなかっ
た。
 原告らは、平成八年六月一一日、市監査委員に対し、本件監査請求をしたのであ
り、本件監査請求は、被告らの違法行為が社会的事実として明らかになってから約
九か月でされたものであるが、それだけの期間を要したのは、右に述べたように、
原告らが手を尽くして、本件発注工事の受注先及び契約金額を調査したものの、そ
の内容が明らかにならなかったためであり、仮に、本件監査請求につき監査請求期
間の制限が及ぶとしても、原告らが、本件監査請求を監査請求期間内にしなかった
ことにつき、法二四二条二項ただし書に規定する「正当な理由」が存することは明
らかである。
(被告ら)
(一) 「正当な理由」の判断基準
 法二四二条二項ただし書に規定する「正当な理由」の判断基準について、昭和六
三年最判は、「正当な理由」があるとされる要件として、①当該行為が秘密裡にな
されたかどうか、②住民が相当な注意力をもって調査したときに客観的に見て当該
行為を知ることができたかどうか、③知ることができたときから相当な期間内に住
民監査請求をしたかどうか、の三点を示したが、昭和六三年最判の事案は、町長が
潅漑排水事業の用地買収につき、その補償金の上乗せとして裏金を支出したのが違
法であるとする住民監査請求に関するものであり、右支出自体秘密裡になされたも
のであるが、四年後の定例町議会で取り上げられ、「町議会だより」に、予算外支
出が明らかになり、町長が陳謝した旨の記事が掲載されたところ、住民監査請求は
右広報誌の配付から四か月後にされたというものである。これについて、昭和六三
年最判は「正当な理由」を認めなかったのであるが、その判断の決め手となったの
は、当該行為を住民が知り得る状態となってから四か月経過して住民監査請求がな
されたという点である。すなわち、昭和六三年最判は、「町議会だより」という形
で事実が報告されたことをもって「当該行為を知ることができた」と認定するとと
もに、そこから四か月の経過は「相当な期間内」とは認められないと判断し、新聞
報道によって初めて住民は知ることができるようになり、その後一か月内にした住
民監査請求には「正当な理由」があると判断した原判決を破棄したのである。
 また、大阪高等裁判所平成三年五月二三日判決・行裁集四二巻五号六六七頁(以
下「平成三年大阪高判」という。)は、地方公共団体の買収事務を担当する職員
が、既に買収済みの土地に関して内容虚偽の文書を作成して当該地方公共団体に架
空の損失補償金を支出させて騙取したという事案につき、①形式的には公然とされ
た予算内の支出行為であっても、違法・不正な支出であることがことさら隠蔽され
ている場合には、一般住民において右支出が違法・不正なものであることを知るこ
とは不可能であるから、右支出は秘密裡になされた場合に該当する、②この場合、
住民が相当の注意力をもって調査したときに、客観的にみて、当該行為が違法ある
いは不正であることを知ることができたと解されるときから相当な期間内に住民監
査請求がなされておれば「正当な理由」がある、③新聞報道によって違法な支出で
あることを知った日から四一日あるいは三五日後にした住民監査請求には「正当な
理由」がある、としたものである。これは、「正当な理由」につき、昭和六三年最
判の要件を前提としつつも、形式的に適法な支出であり、それ自体は秘密裡になさ
れたものでなくとも、違法性がことさら隠蔽されておれば、昭和六三年最判の要件
①及び②に該当することを示したものである。
(二) 本件への当てはめ
 これを本件についてみると、相当な注意力を有する住民が本件における財務会計
行為の違法を知ることができたと解される時は、談合の存在を報ずる新聞報道が繰
り返しなされるようになった平成六年九月以降であり、遅くとも、公取委による被
告九社に対する課徴金納付命令があった平成七年七月一二日には当該行為を知り得
たと認めるべきであって、それから四か月以上経過した平成八年六月一一日になさ
れた本件監査請求が「相当な期間内」という要件を欠くことは明らかというべきで
ある。
三 証拠
 証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。
第三 争点に対する判断
一 怠る事実の相手方に対する損害賠償請求権の行使を求める住民監査請求につ
き、監査請求期間の制限が及ぶか否かについて
1 法二四二条二項は「当該行為」について監査請求期間を規定するものであり、
その趣旨は、違法、不当な財務会計上の行為であっても、いつまでも住民監査請求
又は住民訴訟の対象となり得るものとしておくことは法的安定性を損ない好ましく
ないことから、財務会計行為の法的安定及び地方財政の円滑な執行と地方公共団体
の財政を健全ならしめるという住民監査請求の目的との調和を図るため、住民監査
請求に時間的制限を設けたことにある。そして、同条二項が同条一項に規定する
「怠る事実」について監査請求期間を規定するものでないことは、その文理から明
らかである。
 また、ある財務会計行為に対する監査請求において、当該行為が不当又は違法で
あるとされ、地方公共団体が当該行為によって生じた財産の流出につき原状回復請
求権を有し、あるいは当該行為によって生じた損害又は損失についてその賠償請求
権あるいは不当利得返還請求権を有する場合には、監査委員は当該行為の是正措置
として右各請求権を行使するよう勧告することができ、この勧告又はこれに対する
措置に不服があるときは、裁判所に対して住民訴訟を提起することができるのであ
る(法二四二条の二第一項)。そして、この場合における不当又は違法とは、財務
会計上の規範に照らして、客観的に当該行為に不適切又は規範に違反する点がある
ことをいうのであって、財務会計行為を行う職員に対する賠償請求権(法二四三条
の二)が発生する場合であることを要しないし、当該職員の故意又は過失を要する
ものでもない。これを反対に解するときは、当該職員がやむを得ない過誤に基づい
て客観的に違法な財務会計行為を行おうとし、又は行ったときでも、右過誤を指摘
して、その防止又は是正を求めることができないこととなるが、地方公共団体の財
政を健全ならしめるという住民監査請求の目的に照らして、このような結論は不当
というべきであり、法二四二条一項の文理に照らしても、財務会計行為の不当、違
法の概念に当該行為を行う職員の主観的違法を必要とする見解は、損害を補填する
ために必要な措置としての賠償請求権の発生要件事実と財務会計行為の規範抵触と
を混同するものであって、採用することはできない。また、不当又は違法な財務会
計行為によって被った損害を補填するために監査委員が勧告することのできる必要
な措置とは、不当又は違法な財務会計行為の直接の相手方に対する損害賠償請求権
の行使に限定されるものではなく、住民は、当該行為の直接の相手方でない者への
請求権の行使を含めて、違法又は不当な財務会計行為を是正し、地方公共団体の被
った損害を補填するために必要な措置を講ずべきことを請求することができ、監査
委員はかかる請求権の行使を勧告することができるのであって(法二四二条一
項)、流出した財産の転得者等に対する実体法上の請求権の行使について常に当該
請求権を怠る事実に対する監査請求を必要とすることは、監査、ひいては住民監査
請求の機能を制限するものであり、制度の趣旨に沿わないものである。なお、住民
訴訟において代位行使することができる請求権も財務会計行為の直接の相手方に対
するものに限定されるものではないと解される(最高裁判所昭和五〇年五月二七日
第三小法廷判決・裁判集民事一一五号一五頁、同平成一〇年七月三日第二小法廷判
決・判例時報一六五二号六五頁参照)。
 ところで、不当又は違法な財務会計行為に係る損害賠償請求権又は不当利得返還
請求権は金銭債権であるから、法二四〇条に規定する債権に該当することとなり、
このような請求権を有する普通地方公共団体がそれを行使しないことは、「財産の
管理を怠る事実」に該当することとなる(法二四〇条二項)。そうすると、形式的
には、右金銭債権の行使を怠ること自体を対象とする住民監査請求が可能となる
が、かかる住民監査請求を認め、これについては監査請求期間の制限がないとする
ことは、「当該行為」に監査請求期間を設けた法の趣旨に反することになるし、住
民監査請求の同一性は財務会計行為によって画され、是正措置の内容にかかわらな
い(右に掲記した最高裁判所平成一〇年七月三日第二小法廷判決)ことからすれ
ば、特段の事由がない限り、財務会計行為に対する住民監査請求と当該行為によっ
て被った損害に係る損害賠償請求権の不行使に関する住民監査請求とは、重畳する
関係にあり、住民訴訟においても同一の審理が要請される関係にあるものというべ
きである(法二四二条の二第四項参照)。したがって、「当該行為」と「怠る事
実」とを区分して、「当該行為」についてのみ監査請求期間を設けた法の趣旨に沿
う法解釈としては、不当又は違法な財務会計行為の是正措置となるべき実体法上の
請求権の不行使は「怠る事実」に対する監査請求の対象とならないとするか、又
は、「財産の管理を怠る事実」として監査請求の対象となるが監査請求期間は当該
行為を基準とするといった解釈の余地があるが、金銭債権の行使を怠る事実であり
ながら住民監査請求においては「財産の管理を怠る事実」に該当しないとする見解
は法の文理に反し、住民監査請求の範囲を不当に制約するものとして採用し難い。
そうすると、その行使が不当又は違法な財務会計行為の是正措置となるべき金銭請
求権、すなわち「当該行為」が不当又は違法であることに基づいて発生する実体法
上の請求権の行使を怠る事実は「財産の管理を怠る事実」として住民監査請求の対
象となるが、当該監査請求については「当該行為」のあった日又は終わった日を基
準として法二四二条二項の規定を適用すべしとする見解が合理的と考えられるので
あって、昭和六二年最判の説くところも、正にこの点にあるというべきであり、そ
の趣旨が昭和五三年最判に抵触するものでないことも明らかである。
 もっとも、財産管理を怠ることによる財務会計上の不当又は違法な状態は、監査
請求期間を経過した後にも継続しているのであり、法二四二条二項が「怠る事実」
について監査請求期間を予定していないことからすれば、不当又は違法な財務会計
行為に基づいて発生する実体法上の請求権の不行使であっても、監査請求期間を設
けた趣旨に反しない場合には、右の例外を認めるとの見解もなお検討の余地のある
ところである。しかし、財務会計上の行為の法的安定性とは当該行為を行った職員
についてのみならず当該行為の相手方を含めて問題となるものであり、法は地方公
共団体においてなお是正措置を講じ得る場合であっても、監査請求期間を経過した
後の財務会計行為については住民監査請求ひいては住民訴訟の対象となり得ないも
のとしたのであるから、右見解の予定する例外を肯定することも解釈上は困難とい
うべきである。また、財務会計行為を行った職員及び当該行為の直接の相手方とそ
の余の相手方とを分け、その余の相手方に対する請求権の不行使については、「財
産の管理を怠る事実」として、監査請求期間を設けないとする見解については、そ
の余の相手方に対する請求も当該職員及び当該行為の直接の相手方に対する請求と
同様に当該行為に対する監査請求における是正措置に含まれるのであり、実質的に
みても当該行為により被った損害を補填するために必要な措置として直接の相手方
に対する請求権の行使と区別する理由が見いだせないから、右見解によることも困
難である。
 なお、財務会計行為が不当又は違法であることに基づいて発生する実体法上の請
求権の行使を怠る事実については、当該行為を基準として監査請求期間が判断され
るとしても、右請求権が未発生であったり、地方公共団体において当該請求権を行
使することがおよそ期待できない場合には、当該行為の後であっても、当該請求権
の不行使についての監査請求をすることは期待できないから、この場合には、当該
請求権が発生し、又は地方公共団体において当該請求権を行使することが可能とな
った時を基準として監査請求期間を判断すべきことになるのであって、平成九年最
判が説くところも、ここにあるものということができる。
2 この点につき、原告らは、本件監査請求が市と被告事業団との委託協定等の財
務会計行為の違法を主張するものではなく、単に損害賠償請求権の不行使を問題と
するものであるから、法二四二条二項の適用はないとし、本件監査請求が被告事業
団に対する財務会計行為に基づいて発生すべき不当利得返還請求等の相手方となら
ない「当該行為」の直接の相手方でない被告九社の賠償責任を追及するものである
こと、住民監査請求又は住民訴訟は、地方公共団体の長、職員等の違法な行為の是
正を目的とするものであり、その違法とは地方公共団体の長、職員等が当該行為の
責任を負うべき場合を指すものであるとして、仮に地方公共団体の事務に必要でな
い支出がされても、それが地方公共団体の長、職員等が欺罔されたことに起因する
場合には、当該長又は職員等に職務違反がないから、住民の是正請求権の行使とし
て住民監査請求をし、又は住民訴訟を提起することはできないとし、住民監査請求
又は住民訴訟における違法とは財務会計行為に当たる長又は職員等の地方公共団体
に対する義務違反(内部関係における違法)であり、支出負担行為たる契約内容の
違法性(外部関係における違法)とは区別されるべきであり、原告らの主張する不
法行為においては右にいう「内部関係における違法」は存在せず、「外部関係にお
ける違法」を主張することは監査請求期間が設けられた目的である法的安定性を害
するものではないと主張する。
 右の各主張を採用できないことは、既に説示したところからも明らかであるが、
再説すれば、監査請求期間の制限が及ぶか否かは、住民監査請求に係る「怠る事
実」の内容に関する客観的解釈の問題であり、当事者の法律構成により別異に解釈
すべきものではなく、ある財務会計行為が違法であることから生ずる実体法上の請
求権(当該行為により被った損害を補填するために行使することが必要とされる請
求権)の相手方は当該行為の直接の相手方に限定されるものではなく、法解釈上、
違法の概念が相対的であるとしても、住民監査請求が対象とする違法を原告らの主
張する「内部関係における違法」、すなわち、財務会計行為を行う職員等の主観的
帰責事由を要する有責性と解することは、本来客観的に観察されるべき地方公共団
体に対する財務会計行為における義務違反を当該職員等への損害賠償責任の場面に
限定することとなり、ひいては、地方公共団体の財政の監視という住民監査請求の
機能を限局するものであって、採用することはできず、さらに、財務会計行為の法
的安定性とは当該行為を行った職員の責任追及の場面に限られず、当該行為の効力
一般に関するものであり、当該行為の相手方等を含めて考察すべきものであり、監
査請求期間の限定によって保持しようとした法的安定性は、財務会計行為が不当又
は違法であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使に関する限り、原
告らの主張する「外部関係における違法」を例外とするものではないのである。
 たしかに、このように解するときは、地方公共団体の有する損害賠償請求権であ
っても、窃盗、横領、公有財産の無断使用等、事実的侵害に基づく場合には監査請
求期間の制約を免れ、当該財貨又は経済的利益の流出が財務会計行為に発する場合
には、監査請求期間の制約の故に、住民監査請求の対象とされない場合が生ずるこ
とになるから、これを区別する実質的理由の有無には疑問が生じようし、監査請求
期間経過後において、違法又は不当な財務会計行為により生じた損害を補填するた
めに講じ得る是正方法があるのに、地方公共団体がその是正措置を講じようとしな
い場合に、これを住民監査請求又は住民訴訟の対象とし得ないとすることへの違和
感も否定し難いものがあろう。しかし、右の疑問又は違和感は、監査請求期間の適
用について財務会計行為と「怠る事実」とを区別するという立法政策に起因するも
のというほかなく、立法論として監査請求期間を設けることの当否、その適用区別
の当否についての問題点を指摘するものということはできるが、実定法の解釈を変
更する理由とすることはできない。
3 右に説示したとおり、ある財務会計行為の内容、手続に当該行為を行う職員と
して審査すべき要件を客観的に満たさない違法があり、当該行為による損害を補填
するために必要な是正措置として行使すべき請求権、すなわち当該行為が違法であ
ることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使をもって「財産の管理を怠る
事実」とする住民監査請求については、当該請求権の相手方が当該行為の直接の相
手方でない場合であっても、当該請求権の行使が可能である以上、当該行為のあっ
た日又は終わった日を基準として法二四二条二項の規定が適用されるものと解すべ
きである。
二 本件監査請求における法二四二条二項の適用について
1 原告らが本件において代位行使しようとする損害賠償請求権の発生原因事実
は、既に摘示したところであるが(前記第二、一、6)、その要点は、被告事業団
が加功した被告九社の談合という被告らの共同不法行為により、右談合がなければ
形成されるべき代価を上回る代価をもって、被告事業団と被告三菱電機との間に本
件請負契約が締結されたため、これを含む委託費用の支払義務を負担した市は、右
談合がなければ支払うべき金額を超える費用の支出を余儀なくされ、それに応じた
損害を被ったというものであり、市の財務会計行為を担当する職員の故意、過失を
問うものではない。
 右の法律構成によれば、市の支出は不法行為による損害を根拠付けるものであ
り、不法行為の発生原因事実において、財務会計行為の違法が問題となるものでは
ないが、右損害賠償請求権は、市の支出が本件委託工事の目的を達成するために必
要かつ最少の限度であるべき「事務を処理するために必要な経費」(法二三二条一
項、二条一三項、地方財政法四条一項)を超えるとの客観的な違法に基づいて発生
するものであり、右支出についての支出負担行為(法二三二条の三)又は支出行為
(法二三二条の四)を行う職員が右事実を認識していなかったとしても、住民は、
右事実を指摘して、右財務会計行為の予防、是正を求めて住民監査請求をすること
ができるのであるから、財務会計行為が違法であることに基づいて発生する実体法
上の請求権というべきであり、監査請求期間については、原則として、右の財務会
計行為の時を基準として判断されるべきことになる。
2 そして、既に説示した本件委託工事に係る委託協定における委託費用額の算定
方法(前記第二、一、2(二))及び本件委託工事における本件協定の締結経過
(前記第二、一、3)によれば、本件協定は請負契約の性質を有し、支出負担行為
となるものと解することができ、支出負担行為の時期は本件協定の時と解すべきで
あり、これに基づく支出は債権者たる被告事業団への前金払により行われたものと
いうことができる。
 ところで、原告らは、支出負担行為の無効を主張するものではないから、これに
基づく支出を違法とすることはできず(最高裁判所昭和六二年五月一九日第三小法
廷判決・民集四一巻四号六八七頁)、また、本件委託工事に係る市の支出の違法を
主張するものでもないから、原告らの主張する損害は、市の事務を処理するために
必要な経費を超える金額で締結された本件協定(支出負担行為)により生じたもの
ということとなる。そして、本件協定が締結されたときは、住民は、その違法を主
張して、本件協定に解除理由があるときは支出の予防を求め、あるいは、本件協定
に係る金銭債務の負担により生じた損害を補填するための措置を講ずるよう請求す
ることができたものと解される。
 したがって、本件監査請求は、客観的に、支出負担行為(本件協定の締結)が違
法であることに基づいて発生した損害を補填するために必要な是正措置の一つとし
て、その違法の原因を作出した被告らに対する損害賠償請求権の行使を求めるもの
ということができるのであって、これが「怠る事実」に対する住民監査請求である
としても、その監査請求期間は、本件協定締結の時を基準として判断されるべきも
のである。
 ところで、原告が本件において損害の算出根拠とする本件請負契約の代金は本件
協定に定める金額に含まれるものと推認することができ、本件協定は平成五年六月
二二日に締結されている。なお、前記のとおり、本件協定における市が被告事業団
に支払うべき費用の額については、本件変更協定によって増額されているところ、
右の費用の額は本件請負契約で定められた請負代金を前提に算定されるものであ
り、右請負代金額の増額にしたがって、変更が加えられたものということができ、
このような代金額を増額する本件変更協定は、増額分についての支出負担行為と解
すべきものであるが、本件変更協定が締結されたのは同年一〇月六日であることは
前記のとおりである。
 したがって、平成八年六月一一日にされた本件監査請求は、監査請求期間を経過
した後のものというべきである。
3 この点につき、原告らは、平成九年最判を引用して、市が被告九社に対して損
害賠償を請求することが可能となるのは、早くとも、被告九社が刑事訴追された平
成七年六月一五日であるから、監査請求期間は同日を基準として判断されるべきで
あるとする。しかし、原告らの主張を前提とする限り、本件事案においては、本件
協定及び本件変更協定の締結後は、これによる負担額について被告九社に対して損
害賠償を請求することを法的に不可能とする事情はなく、被告九社が刑事訴追され
た平成七年六月一五日まで、その行使が妨げられる事情があったということもでき
ないのであって、平成九年最判を引用することは本件事案に適切でない。
三 本件監査請求につき法二四二条二項ただし書に規定する「正当な理由」が存す
ると認められるか否かについて
1 「正当な理由」の判断基準について
 「正当な理由」が存すると認められるか否かは、①法二四二条二項の適用に当た
り基準とされる財務会計行為又はその違法性、不当性を基礎付ける事実が秘密裡に
されたかどうか、②住民が相当の注意力をもって調査したときに、いつ、客観的に
みて住民監査請求をすることができる程度に当該財務会計行為又はその違法性、不
当性を疑わせる事実を知ることができたか、そして、③それを知ることができたと
きから相当な期間内、すなわち、住民監査請求のための措置請求書作成や証する書
面の準備といった作業が行われるのに必要にして十分な期間内に住民監査請求をし
たかどうかという判断基準(以下右①ないし③の判断基準を各別に「判断基準①」
ないし「判断基準③」という。)によって判断すべきものである(昭和六三年最判
及び平成三年大阪高判参照)。
2 本件への当てはめ
(一) 判断基準①について
 原告らの主張を前提とすれば、法二四二条二項の適用対象となる財務会計行為で
ある本件協定及び本件変更協定の各締結の違法性は、委託費用が不相応に高額とい
うことであり、この違法性を認識する端緒となる事実が被告らの談合行為となると
ころ、右行為は、その性質上、秘密裡にされていることは明らかである。
(二) 判断基準②、③について
 証拠(乙C第一、第二号証)及び弁論の全趣旨によれば、本件協定の締結につい
ては、それに先立って、市議会の議決を経ており、右議決がなされたことは市議会
会議録に記録され、公表されていること、本件委託工事について市が被告事業団に
対し委託費用を支出していることは平成五年度の市の事務報告書に明記され、公表
されていることが認められ、また、前記第二、一、4記載の被告事業団の発注に係
る下水道施設電気設備工事の入札における談合を巡る一連の報道の経緯に照らせ
ば、平成七年六月一五日に被告九社及びその担当者が独占禁止法三条違反の罪で、
被告事業団の元工務部次長が同幇助の罪で、それぞれ起訴された旨が翌一六日に新
聞報道され、更に、同年七月一三日には、公取委が被告九社に対し、独占禁止法三
条違反の行為をしたとして、課徴金納付命令を発し、そのことが報道されているの
であるから、市の住民が相当の注意力をもって調査したときには、遅くとも平成七
年七月一三日までには、右各新聞報道を端緒として、客観的にみて本件委託工事に
係る支出負担行為の存在及び右支出負担行為が被告らの談合行為に係る金額を基礎
とするものではないかとの疑いを抱くに足りる事実を知ることができたものという
べきであり、刑事訴追の報道がなされた時点から一一か月余、課徴金納付命令の発
令の報道がなされた時点から約一一か月を経過した平成八年六月一一日にされた本
件監査請求は、判断基準③にいう相当な期間内にされたものということはできない
ものというべきである。
(三) この点につき、原告らは、被告らによる談合行為が秘密裡に行われている
ことから、本件において原告らが住民監査請求を行う必要性を認識し、かつこれを
行うことが可能となるためには、①被告らが行った違法な談合行為が社会的事実と
して明確になったこと、②被告らの談合行為による市の損害が具体的に明らかにな
ったこと、③その後、相当期間を経たにもかかわらず、なお市が被告らに対して損
害賠償請求をしないこと、④住民独自の調査により、右①、②の事実に関して、住
民監査請求をするに相応しい程度の具体的事実が明らかになったことが要件とされ
るべきであるとし、被告らが行った違法な談合行為が社会的事実として明確になっ
た時期は、被告九社が公取委の課徴金納付命令に対し異議なく服したとき、すなわ
ち、納付期限である平成七年九月一三日を経過した時であり、それから約九か月後
に本件監査請求をした理由は、本件発注工事に係る文書が情報公開の対象とされて
おらず、原告らが手を尽くして調査しても、本件発注工事の受注先及び契約金額が
判明しなかったことによるものであるから、「正当な理由」が存すると主張する。
 しかし、前記第二、一、4、(八)記載のとおり、原告らが主張する課徴金納付
期限の経過日以前である同年七月二七日には、全国市民オンブズマン連絡会議が被
告らの談合によりつり上げられた工事価格の返還を求める住民訴訟を行う方針のも
と、全工事リストを入手した旨を報道機関に発表しているのであるから、本件にお
ける判断基準②の時期が、原告らが主張する課徴金納付期限の経過日以前であるこ
とは明らかというべきであり、また、本件において原告らが主張する市の被告らに
対する損害賠償請求権の発生原因事実(前記第二、一、5)が、被告らによる共同
不法行為であることに照らせば、具体的な受注先の特定なしでも住民監査請求はで
きたのであるから、本件監査請求が相当な期間内にされたものといえないことは明
らかというべきである。
 また、原告らは、本件のような組織的かつ秘密裡に行われた談合事案で、市が自
ら損害賠償請求をしようとしない事案にあっては、住民は、違法な談合の存在及び
これによる市の損害の事実調査を独力で行う必要があり、これを一定程度裏付ける
に足りる証拠も独力で収集する必要があり、それには、情報公開請求をし、開示さ
れた情報を分析、検討する必要があり、そのために相当程度の期間を要すると主張
するが、本件においては、前記第二、一、4記載のとおり、被告事業団の発注する
下水道関係の電気設備工事に関し、談合の疑惑があるということは、平成六年九月
二日の時点から、新聞報道により指摘されていたのであり、また、前記のとおり、
市が被告事業団と本件協定を締結し、本件委託工事を被告事業団に委託し、被告事
業団に委託費用を支払ったことについては、市議会会議録又は、事務報告書におい
て公表されているのであるから、市の住民としては、それらの情報を端緒として、
平成七年七月一三日までに、必要な情報収集を進めておくことは可能な状態にあっ
たというべきである。また、原告らの主張が、住民監査請求をするためには、右に
説示したところ以上に、住民監査請求の対象及び違法性について確実な調査が必要
であるというものであるとすれば、このような見解は、住民監査請求の門戸を狭め
る解釈であって、採用することができない。
 したがって、この点についての原告らの主張は採用することはできない。
(四) 以上によれば、本件監査請求が監査請求期間経過後にされたことについ
て、法二四二条二項ただし書に規定する「正当な理由」が存するものと認めること
はできない。
3 したがって、本件監査請求は、監査請求期間を徒過した不適法なものというべ
きである。
第四 結論
 以上の次第で、原告らの本件各訴えは、適法な監査請求を経ていない不適法な訴
えというべきであるから、本案につき検討するまでもなく、却下することとし、訴
訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条、六五条一項本文を
適用して、主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第二部
裁判長裁判官 富越和厚
裁判官 團藤丈士
裁判官 水谷里枝子
 委託下水道施設建設工事目録
名 称 八王子市公共下水道北野下水処理場
位 置 東京都八王子市<以下略>
排除方式 合流式(一部分流式)
処理方式 標準活性汚泥法
処理能力 日最大 一三四・一千立法メートル
 (全体一三四・一千立法メートル)
 以上
 被告事業団発注工事目録
工事名 八王子市北野下水処理場電気設備工事その一三
協定年度 平成五事業年度
契約日 平成五年一〇月一九日
工期 自 平成五年一〇月二〇日
至 平成六年三月一八日
請負者 被告三菱電機
契約金額 三億二八五七万円(平成六年三月一八日付け変更契約により三億四〇五
一万八〇〇〇円に改訂)
 以上

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