弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決中被告人A、同Bに関する部分を破棄する。
     被告人A、同Bの両名を各懲役一年に処する。
     被告人両名に対し、本裁判確定の日より四年間右各刑の執行を猶予す
る。
     横浜地方法務局川和出張所保管横浜市a区b町字cd番外二個所所在山
林合計三筆五反三畝二四歩に関する所有権移転登記申請書の偽造分、押収の印鑑証
明願(昭和三七年押第四〇号の二の一部)、C1名義の委任状二通(同押号の一の
一部と二の一部)を没収する。
         理    由
 本件控訴の趣意は検察官八木胖の控訴趣意書記載のとおりであるからこれを引用
する。
 一、 検察官の控訴趣意第一点の所論は、原判決が本件公訴にかかる訴因中偽造
委任状の行使と、家督相続による登記簿原本不実記載の二点について、無罪の言渡
をしたのは、事実誤認および法令の解釈を誤つたものである、と主張するので、記
録を検討して勘案するのに、
 1 まづ、原判決が右偽造委任状行使の点を無罪とした論拠は、委任状というも
のは委任者が受任者に対して一定の事項の処理を委任すべき旨を記載して、受任者
に交付する書面であるから他人名義の委任状を偽造して、これを受任者に交付した
場合は偽造私文書行使罪が成立するが、受任者が更にこれを第三者に交付しても、
偽造者について右第三者に対する関係において偽造私文書行使罪は成立しないとい
うものである。
 しかしながら偽造文書の行使罪は偽造の文書を真正に成立した文書として、その
文書の用法に従つて使用する罪であることはいうまでもない。ところで不動産登記
手続に必要な委任状の用法、すなわち使用目的は何かといえば、代理人によつて登
記申請をするにつき、その代理人に対し登記申請に関する一切のことを委任したと
いう事実、いい換えれば代理人の委任事務処理の権限を、登記係員に証明するため
のものである。不動産登記法第三五条は、登記申請に必要な書面として、「代理人
ニ依リ登記ヲ申請スルトキハ其権限ヲ証スル書面」を必要としている。すなわち、
司法書士を代理人として登記申請をする場合はその司法書士に登記申請に関する件
を委任した旨の委任状の添附を要求しているのである。この要求を充たすために登
記申請書に添附して司法書士に対する委任状を登記係員に提出する訳である。
 原判決は委任状というものを極めて抽象的に定義ずけて、委任事項を記載して受
任者に交付する書面であり、受任者以外の第三者に意思を表明するものでない、と
説明しているけれども登記申請に必要な委任状は、司法書士に対し委任の意思を表
明することを目的とする書面でもなければ、司法書士に対しその事実を証明するた
めのものでもない。司法書士に対し登記申請の件を委任した事実を登記係員に証明
することを目的とする書面である。したがつて検察官も指摘するとおり、実際の取
扱いにおいてもまた本件においてもその例外ではないが、委任者が自ら委任状を作
成して、これを司法書士に交付するというやり方をしないで、司法書士に依頼し
て、司法書士のところにある用紙を使用して、司法書士の手で委任状を作成して貰
い、同人から他の所要書類と一括してこれを登記係員に提出させるのである。この
場合司法書士に対しては口頭で委任の意思を表明<要旨第一>すれば足りるのであつ
て、委任状は登記係員に提出するために作成して貰うのである。したがつて情を知
らない司法書士に他人名義を冒用して委任状を作成させ、これを登記係
員に提出させれば、委任状の偽造と、これをその文書の用法に従つて使用したもの
として偽造私文書の行使罪の成立することは明かである。偽造委任状を司法書士を
介し登記係員に提出してもその行使罪が成立しないとした原判決は正に法律の解釈
を誤つたものである。
 2 次に、原判決は、Dが死亡して、C1が家督相続により本件土地の所有権を
取得した事実に相違ないのであるから、被告人らが法務局係員をして登記簿原本に
その旨の記載をさせても、公正証書原本不実記載罪は成立しない、というのである
が、被告人らはC1が家督相続により取得した本件土地を擅に他に売却する手続を
採つて金員を騙取しょうとしたものである。そして右売却の登記手続を採る前提と
して、C1の家督相続による所有権移転登記手続が未だしてなかつたところがら、
右申請に必要な同人名義の司法書士Eに対する委任状を偽造して、これを真正なも
のの如く装い登記係員に提出して、C1の家督相続による所有権移転登記を受けた
ものである。右のようにC1名義の登記申請そのものが虚偽であり、右申請書に添
附された同人名義の委任状も偽造である。若し登記係員がこの虚偽、偽造の事実を
知れば当然その登記申請を拒否することは当然である。これは登記簿ないし登記制
度の公信性からいつて極めて明瞭なこと<要旨第二>である。したがつて登記係員に
対し偽造の文書を添附して虚偽の申請をなし、これを欺罔して登記簿原本にそ 旨第二>の申請とおりの記載をなさしめたときは、仮にその記載内容自体は、実際の
権利法律関係と相違するところがなくても、なお登記簿原本に不実の記載をなさし
めたものとして、公正証書原本不実記載罪の成立を妨げないものと解すべきであ
る。正にこれと異る見解に立つて被告人らに無罪を言渡した原判決は法律の解釈を
誤つたものといわなければならない。
 以上の如く、原判決は被告人A、同Bの両名に対する偽造委任状の行使および登
記簿原本不実記載の各訴因について、法律の解釈を誤つて無罪の言渡しをしたもの
であつて、それは右被告人両名に対する判決に影響を及ぼすことが明らかであるか
ら、検察官のその余の控訴趣意、すなわち、被告人両名に対する原判決の量刑不当
を主張する論旨に対する判断を省略して、刑事訴訟法第三九七条第一項第三八〇条
により原判決中右被告人両名に関する部分を破棄し、同法第四〇〇条但書により直
ちに自判することとする。
 (罪となる事実)
 第一 被告人A、同Bの両名はF、同G、同H外二名と共謀し、被告人Aの実父
C1がその亡父Dより家督相続し、その登記簿上の所有名義がDとなつていた横浜
市a区e町字fg番山林九畝十六歩および同所h番山林七畝十二歩を擅に他に売却
し、その代金名義で金員を騙取しょうと企て
 一、 昭和三十四年七月二十九日頃同市i区j町k番地I研究所J支所におい
て、情を知らない司法書士Eをして、同人方にあつた委任状用紙を使用して、行使
の目的をもつて、C1名義を冒用し、その偽造印を冒捺し、同人が前記土地につき
家督相続による所有権移転の登記をJ地方法務局に申請する一切の件をEに委任す
る旨の委任状一通を偽造させ、同月三十日同町一一三番地所在J地方法務局におい
て、右Eを介し、情を知らない同局登記係員に対し、右偽造委任状を他の所要書類
と共に提出行使して前記登記申請を為し、係員をして右申請が真正になされるもの
と誤信させて土地登記簿原本にその旨不実の記載をなさしめ、即時同所に備付けし
めて行使し、
 二、 同月二十九日頃前記I研究所J支所において、情を知らない前記Eをして
前同様の委任状用紙を使用して、行使の目的をもつて、C1名義を冒用し、その偽
造印を冒捺し、同人が前記土地をKに売却したにつき、売買による所有権移転の登
記をJ地方法務局に申請する一切の件をEに委任する旨の委任状一通を偽造させ、
同月三十日前記J地方法務局において、情を知らない同局登記係員に対し右Eを介
し、右偽造委任状を他の所要書類と共に提出行使させて、前記登記申請をなし、同
係員をして右申請が真正になされるものと誤信させ、土地登記簿原本にその旨不実
の記載をなさしめようとしたが、右申請が虚偽であることを発見されてその目的を
遂げず
 第二 被告人AはF、G、B、Hらとの前記計画に基づき共謀して、昭和三十四
年七月二十八日前記川和町所在横浜市港北区役所川和出張所において、C2と刻し
た偽造印を用いて、C1名義を冒用して港北区長宛昭和三十四年七月二十八日付の
印鑑証明願一通を偽造し、これを同所係員に提出して行使し、
 第三 被告人Aは、F、G、B、Hと共謀して、前記計画に基づき昭和三十四年
七月三十日頃横浜市a区l町m番地旅館LことM方において、FをC1の長男と詐
称し、C1が前記山林の売却を承諾しその一切を長男に委せていると嘘を言い、そ
の旨Mを誤信させて、右代金の手付け金名義で金百五十万円をFに交付せしめてこ
れを騙取したものである。
 (証拠の標目)(省略)
 (法律の適用)
 判示第一の被告人A、同Bの各委任状偽造、判示第二の被告人Aの印鑑証明願偽
造の各所為は、刑法第一五九条第一項第六〇条に、右偽造登記申請書、偽造委任状
および偽造印鑑証明願各行使の所為は、同法第一六一条第一項第一五九条第一項第
六〇条に、また、判示第一の被告人A、同Bの各登記簿原本不実記載の所為は、同
法第一五七条第一項第六〇条、その行使の所為は同法第一五八条第一項第一五七条
第一項第六〇条に、右被告人両名の登記簿原本不実記載未遂の所為は、同法第一五
七条第三項第一項第六〇条に、また、判示第三のAの詐欺の所為は同法第二四六条
第一項第六〇条に、それぞれ該当する。そして右私文書偽造とその行使、登記簿原
本不実記載とその行使とは、それぞれ手段結果の関係にあるから、同法第五四条第
一項後段第一〇条によつて、それぞれ各行使罪の刑に従つて処断する。以上被告人
両名の各罪は刑法第四五条前段の併合罪であるので第一五七条第一項の所定刑中懲
役刑を選択し、同法第四七条第一〇条による併合罪の加重をした刑期範囲内におい
て量刑処断することとなる。
 よつて、被告人両名に対する量刑について勘案するのに、本件各犯行は、被告人
Aが実父C1に無断で、その所有山林を他に売買して金員を獲得しようとしたこと
が発端をなしていることは記録上明瞭なところである。この意味において、考え方
によつては同被告人の責任が最も重いともいい得るのである。しかしながら、同被
告人はその平素の行状生活態度に放縦なところがあり、昔気質の父親C1と意見が
合わず、父子間の感情のもつれ反撥が同被告人をして右に述べたような不心得をな
さしめたのである。したがつて父親C1は同被告人の非行を看過し得ないとして、
本件について捜査官憲に対し告訴の手続までとつたのである。しかし同人も冷静に
考え本人が心より非を悟つて改悛を誓う以上、これを刑余の人とするまでその責任
を追及するには忍び難いとして、自ら本件詐欺被害者に対して被害金の弁償をして
同被告人のために善処しているのであつて、当裁判所としても、これまでこのよう
な過ちなく今日に至つた同被告人に対しては一度だけその刑の執行を猶予して再起
更生の機会を与えるのを相当と考えるので、量刑については原審の科刑をそのまま
維持することとする。 次に被告人Bについて、同人が不動産取引の業務に従事し
ながら、本件の如き不動産にからむ不正事犯に介入した責任は決して軽視し得な
い。しかし同被告人もまた前科がなく、折角これまで真面目にその生業に励んでき
たものである。同人が本件に連座した動機これに果した役割等を勘案し同被告人に
対しても暫く刑の執行を猶予して反省の機会を得させるのを相当と考え、原判決の
科刑をそのまま維持することとする。
 よつて、被告人両名に対し主文第二項記載の如く科刑し、刑の執行猶予につき、
刑法第二五条第一項、没収につき刑法第一九条第一項第三号第二号を適用し、当審
における訴訟費用は、刑事訴訟法第一八一条第一項但書により被告人両名にこれを
負担させないこととして主文のとおり判決した。
 (裁判長判事 兼平慶之助 判事 斎藤孝次 判事 関谷六郎)

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