弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     被告人を懲役三年に処する。
     原審における未決勾留日数中三〇日を右本刑に算入する。
     押収中の切出小刀(証第四号)は、没取する。
         理    由
 本件控訴の趣意は、弁護人早川登提出の控訴趣意書に記載するとおりであるか
ら、ここにこれを引用する。
 論旨第一点事実誤認の主張について、
 (イ) 所論は、結局被告人には、原判示Aを刺すについて、殺意はなかつたも
のであるという。
 然し、本件記録並びに原裁判所及び当裁判所が取り調べた各証拠を検討してみる
のに、原判決がその引用の各証拠により被告人の原判示殺意の点を認定したことは
充分首肯できるのである。すなわち、被告人が原判示小刀を以つてAを刺すに至つ
た経緯及び被告人がAの肩を左手で掴み、その腹部を目がけて小刀の握り口に達す
る程度に一気に強く突き刺している事実(被告人の検事に対する供述調書)と、被
告人の検事に対する殺意の点に関する自白(特に昭和三四年一一月一二日附のも
の)とを彼此綜合考察すれば、被告人に対する原判示殺意の点は認定できるのであ
つて、記録を精査しても、原判決のこの点の事実の認定が誤つたものであるとは認
められない。
 (ロ) 被告人の行為は、自己の生命、身体に対する現在の危険を避けるため已
むことを得ずしてなされたもので、正当防衛若しくは過剰防衛であるとの主張につ
いて、
 記録並びに原裁判所及び当裁判所が取り調べたすべての証拠を検討してみるの
に、被告人が原判示の如き経緯から、A及び同人の連れのB、Cらに、理不尽にも
自動車に乗せられ、原判示D電車停留所附近まで連行され、その間、車内でA及び
Cから原判示の如き暴行、脅迫を加えられ、しかも、原判示E前附近路上において
も、Aらは被告人を解放することなく、更に、自動車に乗り継ぎ、あく迄も被告人
をD裏の山林内に連行し、当初、同人らが被告人に対し申し聞かせていたとおりの
暴行に及ぶ不隠な情勢にあつたこと、しかも、右A及びその連れのB、Cは、いず
れも街の不良であつて、これに対する被告人の側は無勢であり、しかも時刻は夜の
一一時、連行される場所はD裏の山林というのであるから、被告人が、極度の恐怖
を覚え、なんとかして、Aらから解放されようと考え、同人の隙を窺い、遂に所携
の小刀を以つて原判示の行為に及んだ事実を認定できるのであるが、被告人が右A
の腹部を刺した当時においては、同人らは、被告人の頼みも聞き容れず、あく迄D
裏の山林内に連れ込んで制裁を加えると脅していただけであつて、被告人の生命、
身体に対する侵害の危険が現在し、かつ切迫していたものとは未だ認められない。
もつとも、被告人がAを刺す直前、同人が被告人の腰を蹴り、顔面を殴打している
事実は明らかであるが、それは、原判示の如く被告人が停車した自動車から逃れ出
ようとしてAの顔面等を足で蹴飛ばし激しく抵抗した為め、これに憤慨した同人が
被告人に対し報復したものであり、被告人がAを刺した当時においては、同人のそ
の暴行も既に終つてしまつていたものであり、被告人も又Aのこの間の暴行に対
し、自己の生命、身体の安全を防衛する為に、同人を刺殺したものでもないこと
は、被告人の原審公判<要旨>廷の供述に徴するも明らかである。勿論、法は各人に
対し怯儒を強いるものではないから、急迫不正の侵害に直面した者に対し逃
避することが可能であつたということで正当防衛の可能性を否定することはでき
ず、又本件を通常の喧嘩闘争中のできごと、とみることのできないことも前記説明
の諸事情に徴し明らかであるが、前認定の如く、被告人がAを刺す当時において
は、未だ被告人の生命、身体に対する侵害の危険が現在かつ切迫していたものとは
いえないので、被告人の本件行為を正当防衛又は過剰防衛行為と断ずることはでき
ない。
 してみれば、原判決のこの点に関する判断には妥当でない点もあるが、その趣旨
とするところは、結局右と同一に帰するものというべく、正当防衛若しくは過剰防
衛を認めなかつた原判決は結論においては相当であつて、この点の論旨も理由がな
い。
 論旨第二点量刑不当の主張について、
 原審における証人B、同Cの各供述(原審第二回公判調書記載のもの)及び当審
における証人Fの供述によれば、被告人がAに対して多少横柄なところもあり、そ
のため本件の原因を作つたと認められること、又D電停附近に連行される自動車内
においても、かなりふてぶてしい態度を示していたことも否定できないところであ
り、加えて、被告人が偶々原判示小刀を所持していた為め、Aらに原判示の如くD
に連行されるについて、同人らを刺激するような言動をとつていたことは、推認す
るに難くないところであるが、記録及び原裁判所が取り調べた証拠により明らかな
とおり、右A、B、Cは、いずれも、名古屋市内a盛り場の不良であり、同人らが
誠に些細な理由から、夜間、被告人を強いて自動車に乗せ、D裏の山林内に連れ込
み、不法な制裁を加えようとした為め、本件の不祥な事件の発生をみるにいたつた
ものであること、既に説明したように、被告人としては、このAらの無法の勢力か
ら、なんとかして脱出して身の危険を避けたいと焦慮し、むしろ追いつめられた立
場に在つたこと、しかも、被告人が他に救助を求めたとしても、果して何人がよく
被告人を救助してくれたか極めて疑わしいこと(自動車を運転していたFの如きも
被告人が百十番に連絡してくれと懇願し、あるいは、自動車から脱出しようと努め
ているのに、Aらの威力に怖れてか、同人らのいうままに自動車を運転してい
る。)、Aらのやり方が余りに理不尽であつたこと、その他諸般の情状を考えれ
ば、本件の結果は余りにも重大であつたことは言を俟たないが、それにしても、原
判決の被告人に対する科刑は重きに過ぎ不当なものであるとの非難を免れない。論
旨は理由がある。
 よつて、刑訴法三九七条一項、三八一条により原判決を破棄するが、本件は、記
録並びに原裁判所及び当裁判所が取り調べた証拠により当裁判所において、直ちに
判決できるものと認められるので、同法四〇〇条但し書に従い当裁判所において直
ちに判決する。
 当裁判所の認定した罪となるべき事実、再犯となる前科、証拠の標目は、原判決
に摘示するところと同一であるから、ここに、これを引用する。弁護人の正当防衛
若しくは過剰防衛に対する判断については、論旨第一点の(ロ)において説明した
とおりであつて、採用できない。
 (法令の適用)
 被告人の判示所為は、刑法一九九条に該当するので、所定刑中有期懲役刑を選択
し、前示前科があるので、同法五六条一項、五七条に則り、同法一四条の制限内で
再犯の加重をした刑期範囲内で、被告人を懲役三年に処し、同法二一条に従い原審
における未決勾留日数中三〇日を右本刑に算入し、押収中の切出小刀(証第四号)
は、被告人が本件犯罪の用に供したもので、同人以外の者の所有に属しないから、
同法一九条一項二号二項本文を適用して、これを没収すべく、なお、原審及び当審
における訴訟費用は、刑訴法一八一条一項但し書に従い被告人に負担させない。
 よつて、主文のとおり判決した。
 (裁判長判事 影山正雄 判事 谷口正孝 判事 中谷直久)

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