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平成27年4月28日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成26年(ワ)第5187号特許権侵害差止等請求事件
口頭弁論の終結の日平成27年2月27日
判決
東京都千代田区<以下略>
原告日産化学工業株式会社
同訴訟代理人弁護士増井和夫
橋口尚幸
齋藤誠二郎
北原潤一
梶並彰一郎
大阪市<以下略>
被告沢井製薬株式会社
同訴訟代理人弁護士高橋隆二
生田哲郎
佐野辰巳
主文
1原告の請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1被告は,別紙物件目録(1)記載のピタバスタチンカルシウム原薬を使用して
はならない。
2被告は,別紙物件目録(1)記載のピタバスタチンカルシウム原薬を,その含
有水分が4重量%より多く,15重量%以下の量に維持して保存してはならな
い。
3被告は,別紙物件目録(2)記載のピタバスタチンカルシウム製剤を製造し,
販売し,又は販売の申出をしてはならない。
第2事案の概要
本件は,発明の名称を「ピタバスタチンカルシウム塩の結晶」とする特許権
及び発明の名称を「ピタバスタチンカルシウム塩の保存方法」とする特許権を
有する原告が,被告において,ピタバスタチンカルシウム原薬を使用してピタ
バスタチンカルシウム製剤を製造し販売する行為が前者の特許権を侵害し,同
製剤の製造に使用するピタバスタチンカルシウム原薬の保存行為が後者の特許
権を侵害する旨主張して,被告に対し,特許法100条1項に基づき,その差
止めを求める事案である。
1前提事実(証拠等を掲げた事実以外は,当事者間に争いがない。)
(1)原告の特許権
ア(ア)原告は,発明の名称を「ピタバスタチンカルシウム塩の結晶」とす
る特許第5186108号(出願日・平成16年12月17日,優先
日・平成15年12月26日,登録日・平成25年1月25日。以下
「本件特許1」という。)に係る特許権(以下「本件特許権1」という。)
を有している。
本件特許1の特許出願の願書に添付した明細書(以下「本件明細書1」
という。)の特許請求の範囲の請求項1及び2の記載は,本判決添付の
本件特許1に係る特許公報の該当項記載のとおりである(以下,この請
求項1に係る発明を「本件発明1-1」といい,請求項2に係る発明を
「本件発明1-2」という。)。
(イ)原告は,本件特許1に係る無効審判(無効2013-800211)
の手続において,平成26年8月22日付けで訂正請求をした(以下,
この訂正を「本件訂正」という。)。本件訂正は,上記のとおり記載され
ていた特許請求の範囲の請求項1を別紙「訂正後の請求項1の記載」の
とおり訂正する内容を含むものである(以下,訂正後の請求項1に係る
発明を「本件訂正発明1-1」といい,同請求項を引用する請求項2に
係る発明を「本件訂正発明1-2」という。)。
イ原告は,発明の名称を「ピタバスタチンカルシウム塩の保存方法」とす
る特許第5267643号(出願日・平成23年11月29日(特願20
06-520594の分割),原出願日・平成16年12月17日,優先
日・平成15年12月26日,登録日・平成25年5月17日。以下「本
件特許2」という。)に係る特許権(以下「本件特許権2」という。)を有
している。
本件特許2の特許出願の願書に添付した明細書(以下「本件明細書2」
という。)の特許請求の範囲の請求項1の記載は,本判決添付の本件特許
2に係る特許公報の該当項記載のとおりである(以下,この発明を「本件
発明2」という。また,本件発明1-1,本件発明1-2,本件訂正発明
1-1,本件訂正発明1-2,及び本件発明2を併せて「本件各発明」と
いう。)。
(2)被告の行為
被告は,他社から調達したピタバスタチンカルシウム原薬(以下「被告原
薬」という。)を用いて,別紙物件目録(2)記載のピタバスタチンカルシウム
製剤(以下「被告製剤」という。)を製造,販売している。
被告は,他社から調達した被告原薬を,被告製剤を製造するまでの間,原
材料倉庫で保管している(以下,被告原薬を保管する方法を「被告方法」と
いう。)。(乙45)
(3)本件各発明の構成要件(以下,分説した構成要件をそれぞれの符号に従
い「構成要件A」のようにいう。)
ア本件発明1-1を構成要件に分説すると,次のとおりである。
A式(1)
【化1】
で表される化合物であり,
B7~13%の水分を含み,
C1CuKα放射線を使用して測定するX線粉末解析において,4.9
6°,6.72°,9.08°,10.40°,10.88°,13.
20°,13.60°,13.96°,18.32°,20.68°,
21.52°,23.64°,24.12°及び27.00°の回折
角(2θ)にピークを有し,
C2かつ,30.16°の回折角(2θ)に,20.68°の回折角
(2θ)のピーク強度を100%とした場合の相対強度が25%より
大きなピークを有することを特徴とする
Dピタバスタチンカルシウム塩の結晶
E(但し,示差走査熱量測定による融点95℃を有するものを除く)。
イ本件発明1-2を構成要件に分説すると,次のとおりである。
F請求項1に記載のピタバスタチンカルシウム塩の結晶を含有すること
を特徴とする
G医薬組成物。
ウ本件訂正発明1-1を構成要件に分説すると,次のとおりである(なお,
式(1)の構造式【化1】は,上記アと同じであるため,記載を省略する。
以下同様。)。
A式(1)で表される化合物であり,
B7~13%の水分を含み,
C1CuKα放射線を使用して測定するX線粉末解析において,4.9
6°,6.72°,9.08°,10.40°,10.88°,13.
20°,13.60°,13.96°,18.32°,20.68°,
21.52°,23.64°,24.12°及び27.00°の回折
角(2θ)にピークを有し,
C2かつ,30.16°の回折角(2θ)に,20.68°の回折角
(2θ)のピーク強度を100%とした場合の相対強度が25%より
大きなピークを有し,
X7~13%の水分量において医薬品の原薬として安定性を保持するこ
とを特徴とする
D’粉砕されたピタバスタチンカルシウム塩の結晶
E(但し,示差走査熱量測定による融点95℃を有するものを除く)。
エ本件訂正発明1-2を構成要件に分説すると,次のとおりである。
F請求項1に記載のピタバスタチンカルシウム塩の結晶を含有すること
を特徴とする
G医薬組成物。
オ本件発明2を構成要件に分説すると,次のとおりである。
C’CuKα放射線を使用して測定するX線粉末解析において,4.9
6°,6.72°,9.08°,10.40°,10.88°,13.20°,
13.60°,13.96°,18.32°,20.68°,21.52°,
23.64°,24.12°,27.00°及び30.16°の回折角(2
θ)にピークを有し,かつ,
B7重量%~13重量%の水分を含む,
A式(1)で表される,
Dピタバスタチンカルシウム塩の結晶
E(但し,示差走査熱量測定による融点95℃を有するものを除く)を,
Hその含有水分が4重量%より多く,15重量%以下の量に維持するこ
とを特徴とする
Iピタバスタチンカルシウム塩の保存方法。
2争点
(1)被告原薬の使用及び被告製剤の製造・販売が本件特許権1を侵害するか
ア本件発明1-1について
(ア)被告原薬(被告原薬を含有する被告製剤を含む。)が本件発明1-
1の技術的範囲に属するか(争点(1))
(イ)本件発明1-1に係る特許の無効理由の有無(争点(2))
(ウ)本件訂正により上記(イ)の無効理由が解消したか(争点(3))
イ本件発明1-2について
(ア)被告製剤が本件発明1-2の技術的範囲に属するか(争点(4))
(イ)本件発明1-2に係る特許の無効理由の有無(争点(5))
(ウ)本件訂正により上記(イ)の無効理由が解消したか(争点(6))
(2)被告方法の使用が本件特許権2を侵害するか
ア被告方法が本件発明2の技術的範囲に属するか(争点(7))
イ本件特許2の無効理由の有無(争点(8))
3争点に関する当事者の主張
(1)争点(1)(被告原薬(被告原薬を含有する被告製剤を含む。)が本件発明
1-1の技術的範囲に属するか)について
[原告の主張]
ア本件発明1-1は,結晶形態Aのピタバスタチンカルシウム塩を対象と
する発明である。構成要件C1,C2の15本の回折角の数値は,結晶形
態Aを特定するためのものである。あるピタバスタチンカルシウム塩の結
晶が結晶形態Aであるか否かは,その結晶の粉末X線回折測定で得られた
X線チャートにおいて,上記15個のピークのいずれかに相当すると考え
られるピークが結晶形態を特定するのに十分な数だけ測定されたか否かで
判断される。具体的には,結晶の同一性は,回折角が±0.2°程度であ
れば同一と判断できる。また,10本以上のピークが確認されれば十分で
あり,場合によっては,それより少なくても同一と判断できることもある。
イ被告製剤から回収した被告原薬を波長0.75Åの放射光を用いて解析し
たところ,別紙物件目録(1)記載のとおり,4.98°,6.79°,9.
13°,10.39°,10.87°,13.20°,13.61°,1
4.03°,18.36°,20.64°,21.58°,23.56°,
24.17°,26.98°,30.30°の回折角(2θ)にピークが
あり,これは,「結晶形態A」の回折角とほぼ同一であるから,被告原薬
は,「結晶形態A」であると推定される。したがって,被告原薬(被告原
薬を含有する被告製剤を含む。)は,本件発明1-1の技術的範囲に属す
る。
ウ個別の構成要件について説明する。
(ア)構成要件Aについて
被告原薬は,ピタバスタチンカルシウム塩の結晶形態Aであるから,
構成要件Aを充足する。
(イ)構成要件Bについて
平成26年2月28日付け厚生労働省告示第47号で告知された第1
6改正日本薬局方第2追補(以下「16局」という。)において,ピタ
バスタチンカルシウム水和物が日本薬局方に収載された。16局に収載
されたピタバスタチンカルシウム水和物は,結晶形態Aと同じ5水和物
であり,水分量は9~13%である。したがって,被告原薬は,結晶形
態Aである以上,構成要件Bを充足する。
(ウ)構成要件C1について
上記アのとおり,結晶形態Aは,構成要件C1,C2の回折角のピー
クを有する結晶である。被告原薬は,結晶形態Aである以上,構成要件
C1を充足する。
(エ)構成要件C2について
本件発明1-1において30.16°のピークの相対強度を規定した
理由は,アモルファスと区別するためである。結晶形態Aは,その構造
解析から,理論的に算定したピーク強度は25.3%であるから(甲2
3),アモルファスではない結晶形態Aであれば,この相対強度の要件
が充足されることが強く推定される。結晶形態Aの「未粉砕品」の相対
強度は約13%であったが,「粉砕品」の相対強度は25%である(甲
53)。被告製剤の製造に際して,被告原薬は数μmから10μm程度
まで細かく機械粉砕することが必須であり,そのように粉砕すれば,結
晶形態Aである被告原薬の30.16°の相対強度は25%を超える。
したがって,被告原薬は,結晶形態Aである以上,構成要件C2を充足
する。
(オ)構成要件Dについて
被告原薬は,ピタバスタチンカルシウム塩の結晶形態Aであるから,
構成要件Dを充足する。
(カ)構成要件Eについて
被告製剤はリバロ錠の後発医薬品として発売されているところ,リバ
ロ錠には融点は存在せず,また,被告製剤のインタビューフォームには
融点の記載がない。したがって,被告製剤は,リバロ錠と同様に,融点
のない原薬を用いているものと推定され,構成要件Eを充足する。
[被告の主張]
ア原告は,本件発明1-1の結晶が「結晶形態A」の結晶であると主張す
る。しかし,特許請求の範囲の記載には「結晶形態A」なる文言はなく,
明細書における発明の詳細な説明においても「結晶形態A」の正確な定義
はないから,本件発明1-1の結晶を「結晶形態A」に置き換えることは
失当であり,原告の主張は,本件発明1-1の構成要件と被告原薬の対比
を明確に行っていない。したがって,被告原薬が構成要件A,B,C1,
C2,D,Eを充足するとの原告の主張は争う。
イ少なくとも,被告原薬が構成要件C2を充足することの立証はない。
ウしたがって,被告原薬(被告原薬を含有する被告製剤を含む。)は,本
件発明1-1の技術的範囲に属しない。
(2)争点(2)(本件発明1-1に係る特許の無効理由の有無)について
ア乙1に基づく新規性又は進歩性の欠如について
[被告の主張]
本件特許1の優先日よりも前に頒布された刊行物である国際公開公報
(WO2003/064392号),特表2005-520814号公報(乙1の1・
2。以下「文献1」という。)には,ピタバスタチンカルシウム塩に係る
発明であること,10.6%(w/w)の水を含む白色結晶性粉末を得た
ことが記載されている。文献1にはX線粉末回折ピーク及び融点が記載さ
れていないが,文献1に記載された発明を忠実に追試した結果,構成要件
C1,C2,Eを満たす結晶を得ることができた。したがって,本件発明
1-1は,文献1に記載された発明と同一であるか,これに基づいて当業
者が容易に発明できたものである。
[原告の主張]
文献1に記載された発明は,ピタバスタチンカルシウム塩の発明であり,
融点が95℃でないものであるが,その余の点は本件発明1-1と相違す
る。被告の行った追試は本件発明1-1の開示を知って可能となったもの
である。したがって,本件発明1-1は,文献1に記載された発明と同一
でないし,これに基づいて当業者が容易に発明できたものでもない。
イ乙2に基づく進歩性の欠如について
[被告の主張]
本件特許1の優先日よりも前に頒布された刊行物である特開平5-14
8237号公報(乙2。以下「文献2」という。)には,ピタバスタチン
カルシウム塩に係る発明であること,白色結晶を得たことが記載されてい
る。文献2には水分量,X線粉末回折ピーク及び融点が記載されていない
が,文献2に記載された発明を忠実に追試した結果,構成要件B,C1,
C2,Eを満たす結晶を得ることができた。したがって,本件発明1-1
は,文献2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明できたもので
ある。
[原告の主張]
文献2に記載された発明は,ピタバスタチンカルシウム塩の発明であり,
融点が95℃でないものであるが,その余の点は本件発明1-1と相違す
る。被告の行った追試は本件発明1-1の開示を知って可能となったもの
である。したがって,本件発明1-1は,文献2に記載された発明に基づ
いて当業者が容易に発明できたものでもない。
ウ乙7に基づく先願主義違反(特許法39条1項)について
[被告の主張]
本件特許1の優先日よりも前の優先日を有する特許第5192147号
公報(乙7。以下「文献3」という。)の請求項1に記載された発明はピ
タバスタチンカルシウム塩に係る発明であり,含水量が3~12%であり,
構成要件C1に対応するX線粉末回折ピークを有し,回折角20.68°
に対応するピークの強度に対する回折角30.16°に対応するピークの
相対強度が25%以下に限定されていない。また文献3の請求項3に記載
された発明は請求項1の結晶多形のうち融点が95℃のものであるから,
その上位発明である請求項1の発明は融点が95℃でないものを含む。そ
うであるから,本件発明1-1は文献3の請求項1に記載された発明と同
一であり,本件発明1-1は最先の特許出願ではない。
[原告の主張]
文献3の請求項1に記載された発明と本件発明1-1とは,回折角の相
対強度,融点について相違するので,同一の発明ではない。
(3)争点(3)(本件訂正により本件発明1-1に係る特許の無効理由が解消し
たか)について
[原告の主張]
ア本件訂正により無効理由は解消する。
本件訂正により,本件訂正発明1-1は,「7~13%の水分量におい
て医薬品の原薬として安定性を保持する」という要件が追加され,さらに,
医薬品の原薬として,「粉砕されたピタバスタチンカルシウム塩」に限定
された。したがって,仮に文献1に本件発明1-1が開示されているとし
ても,本件訂正発明1-1は新規なものである。
また,本件訂正発明1-1の明細書に記載された実施例の方法で製造し
た結晶は,粉砕した状態で医薬品の原薬として充分な安定性を示すことを
見いだしたものであるから,文献1及び2記載の発明から容易に想到し得
ない発明である。
イ被告原薬(被告原薬を含有する被告製剤を含む。)は,本件訂正発明1
-1の技術的範囲に属する。
(ア)本件訂正発明1-1は,訂正前の請求項に,構成要件X及び構成要
件D’を付加したものである。そして,被告原薬が構成要件A,B,C
1,C2,Eを充足することは上記(1)[原告の主張]のとおりである。
(イ)また,「7~13%の水分量」については,構成要件Bと同じ要件
であり,被告製剤に用いられている原薬であるから「医薬品の原薬」で
あり,上記の水分量であれば,粉砕された状態であっても,医薬品の原
薬として実用上問題がない程度に高純度を維持することが可能になるか
ら,「医薬品の原薬として安定性を保持することを特徴とする」という
ことができる。したがって,被告原薬は,構成要件Xを充足する。
さらに,被告原薬は被告製剤を製造するに当たり,1mg,2mgと
いう微量な原薬を製剤化するためには,原薬を粒子に粉砕する必要があ
るから,被告製剤に含まれる原薬が粉砕されたピタバスタチンカルシウ
ム塩の結晶であることは明らかである。したがって,被告原薬は,構成
要件D’を充足する。
(ウ)以上のとおり,被告原薬(被告原薬を含有する被告製剤を含む。)
は,本件訂正発明1-1の技術的範囲に属する
ウ本件訂正発明1-1に記載要件違反はない。
(ア)明確性要件(特許法36条6項2号)について
「7~13%の水分量において医薬品の原薬として安定性を保持する
ことを特徴とする」という特許請求の範囲の記載は,当業者の技術常識
からしてその内容を明確に理解することができるから,特許を受けよう
とする発明は明確である。
(イ)サポート要件(特許法36条6項1号)について
a本件訂正発明1-1の結晶を製造する方法について,不適切な不純
物を生ずるためにその結晶の品質を低下せしめる製造方法が存在する
ことが見いだされたとしても,そのことにより,本件訂正発明1-1
が,明細書の発明の詳細な説明に記載された発明ではないとはいえな
い。
b本件明細書1には,結晶の粉砕を行った実施例の記載はないが,実
施例の記載をもって,本件明細書1に記載されたデータが,未粉砕品
を測定したものだとする根拠はない。したがって,本件訂正発明1-
1は,明細書の発明の詳細な説明に記載された発明でないとはいえな
い。
[被告の主張]
ア本件訂正により無効理由は解消しない。
本件訂正により追加された「医薬品の原薬として安定性を保持」する点
は,文献1ないし文献2記載の発明との相違点ということはできず,また,
本件明細書1には,結晶を粉砕して原薬に用いることの格別優れた効果が
記載されていないから,結晶を粉砕することは設計事項に過ぎない。そう
であるから,本件訂正発明1-1は,文献1ないし文献2記載の発明及び
技術常識に基づいて当業者が容易に発明できたものである。
イ被告原薬(被告原薬を含有する被告製剤を含む。)は,本件訂正発明1
-1の技術的範囲に属しない。
(ア)被告原薬が構成要件A,B,C1,C2,X,D’,Eを充足する
との原告の主張は争う。被告原薬は,少なくとも,構成要件C2,X及
びD’を充足しない。すなわち,被告原薬が構成要件C2を充足するこ
との立証がないことは前記(1)[被告の主張]のとおりである。また,「医
薬品の原薬として安定性を保持」するとは,特別な保存手段を講じるこ
となく3年間安定であるという意味であるが,この点の立証はないし,
被告は,被告製剤の製造承認に際して,被告製剤の保存安定性の試験を
行ったが,原薬の安定性は確認していないから,被告原薬は構成要件X
を充足しない。さらに,原告は,被告製剤を製造するためには被告原薬
を粉砕する必要があると主張するが,結晶化の際に微細な結晶が析出し
た場合は粉砕工程を経なくても小さい粒径の結晶となるため,粉砕工程
は不要であるから,被告原薬は構成要件D’を充足しない。
(イ)よって,被告原薬(被告原薬を含有する被告製剤を含む。)は,本
件訂正発明1-1の技術的範囲に属しない。
ウ本件訂正発明1-1には記載要件違反がある。
(ア)明確性要件違反(特許法36条6項2号)について
「7~13%の水分量において医薬品の原薬として安定性を保持する
ことを特徴とする」という特許請求の範囲の記載は,特許を受けようと
する発明が明確でない。
(イ)サポート要件違反(特許法36条6項1号)について
a本件訂正発明1-1は,製造方法を限定していない発明であるにも
かかわらず,本件明細書1には実施例1以外の製造方法で製造したピ
タバスタチンカルシウム塩結晶が原薬として安定であることは記載さ
れていない。したがって,本件訂正発明1-1は,明細書の発明の詳
細な説明に記載された発明ではない。
b本件訂正発明1-1は,粉砕されたピタバスタチンカルシウム塩の
結晶が医薬品の原薬として安定性を保持することを構成要件としてい
るが,本件明細書1には,結晶の粉砕を行った実施例の記載はない。
したがって,本件訂正発明1-1は,明細書の発明の詳細な説明に記
載された発明ではない。
(4)争点(4)(被告製剤が本件発明1-2の技術的範囲に属するか)について
[原告の主張]
上記(1)[原告の主張]のとおり,被告原薬は本件発明1-1の技術的範囲
に属するものであり,被告製剤は,被告原薬を含有する医薬組成物であるか
ら,構成要件F,Gを充足する。
[被告の主張]
被告製剤が,構成要件F,Gを充足するとの原告の主張は争う。
(5)争点(5)(本件発明1-2に係る特許の無効理由の有無)について
ア乙1に基づく新規性又は進歩性の欠如について
[被告の主張]
前記(2)ア[被告の主張]のとおり,本件発明1-1は文献1記載の発明
と同一であるか,これに基づいて容易に発明できたものである。また,医
薬の薬効成分を含む医薬組成物は周知技術である。したがって,本件発明
1-2は,文献1記載の発明と同一であるか,これに基づいて当業者が容
易に発明できたものである。
[原告の主張]
前記(2)ア[原告の主張]のとおり,本件発明1-1は,文献1記載の発
明と同一でないし,これに基づいて当業者が容易に発明できたものでもな
いから,当然,本件発明1-2も文献1記載の発明と同一でないし,これ
に基づいて当業者が容易に発明できたものでもない。
イ乙2に基づく進歩性の欠如について
[被告の主張]
前記(2)イ[被告の主張]のとおり,本件発明1-1は文献2記載の発明
に基づいて容易に発明できたものである。また,医薬の薬効成分を含む医
薬組成物は周知技術である。したがって,本件発明1-2は,文献2記載
の発明に基づいて当業者が容易に発明できたものである。
[原告の主張]
前記(2)イ[原告の主張]のとおり,本件発明1-1は,文献2記載の発
明に基づいて当業者が容易に発明できたものではないから,当然,本件発
明1-2も文献2記載の発明に基づいて当業者が容易に発明できたもので
はない。
ウ乙7に基づく先願主義違反(特許法39条1項)について
[被告の主張]
文献3の請求項6に記載された発明は,「請求項1~3のいずれか一項
に記載の結晶多形Aの有効量と,薬学的に許容され得る担体とを含む医薬
組成物。」である。また,文献3の請求項1に記載された発明は前記(2)ウ
[被告の主張]のとおり本件発明1-1と同一である。そうであるから,本
件発明1-2は文献3の請求項6に記載された発明と同一であり,本件発
明1-2は最先の特許出願ではない。
[原告の主張]
被告の主張は争う。
(6)争点(6)(本件訂正により本件発明1-2に係る特許の無効理由が解消し
たか)について
[原告の主張]
ア本件訂正により無効理由は解消する。
前記(3)[原告の主張]アのとおり,本件訂正発明1-1は,新規であり,
かつ,文献1,文献2記載の発明から容易に想到し得ない発明であるから,
本件訂正発明1-2も同様である。
イ被告製剤は,本件訂正発明1-2の技術的範囲に属する。
前記(3)[原告の主張]イのとおり,被告原薬は,本件訂正発明1-1の
技術的範囲に属するから,これを用いて製造した被告製剤は,本件訂正発
明1-2の技術的範囲に属する。
ウ本件訂正発明1-2に記載要件違反はない。
明確性要件(特許法36条6項2号)及びサポート要件(特許法36条
6項1号)のいずれについても,本件訂正発明1-1の場合(前記(3)[原
告の主張]ウ)と同様である。
[被告の主張]
ア本件訂正により無効理由は解消しない。
本件訂正発明1-2は,本件訂正発明1-1の場合(前記(3)[被告の主
張]ア)と同様に,文献1ないし文献2記載の発明及び技術常識に基づい
て当業者が容易に発明できたものである。
イ被告原薬は本件訂正発明1-2の技術的範囲に属しない。
本件訂正発明1-1の場合(前記(3)[被告の主張]イ)と同様に,被告
製剤が本件訂正発明1-2の技術的範囲に属するとの原告の主張は争う。
ウ本件訂正発明1-2には記載要件違反がある。
本件訂正発明1-2には,本件訂正発明1-1の場合(前記(3)[被告の
主張]ウ)と同様に,明確性要件違反(特許法36条6項2号)及びサポ
ート要件違反(特許法36条6項1号)がある。
(7)争点(7)(被告方法が本件発明2の技術的範囲に属するか)について
[原告の主張]
ア前記(1)[原告の主張]のとおり,被告原薬は本件発明1-1の技術的範
囲に属するから,被告方法は,構成要件A,B,C’,D,Eを充足する。
イ被告製剤に用いられる被告原薬は,結晶形態Aであるから,製剤化する
前の水分量は4重量%より多く15重量%以下に維持して保存しているこ
とは確実である。また,被告製剤中に結晶形態Aがその結晶形態のまま含
まれている。したがって,被告方法は,構成要件H,Iを充足する。
ウよって,被告方法は,本件発明2の技術的範囲に属する。
[被告の主張]
ア被告方法が,構成要件A,B,C’,D,E,H,Iを充足するとの原
告の主張は争う。
イ本件発明2の構成要件Hは,ピタバスタチンカルシウム塩の結晶の含有
水分量を測定して,その含有水分量に応じて,下限値の4重量%を超え,
上限値の15重量%以下になるように,水分量調節の操作を加える行為と
解釈すべきである。被告は,被告原薬の含有水分量を測定していないから,
水分量調節の操作をしていない。したがって,被告方法は,少なくとも構
成要件Hを充足しない。
ウよって,被告方法は,本件発明2の技術的範囲に属しない。
(8)争点(8)(本件特許2の無効理由の有無)について
ア乙1に基づく新規性又は進歩性の欠如について
[被告の主張]
前記(2)ア[被告の主張]のとおり,本件発明1-1は文献1記載の発明
と同一であるか,これに基づいて容易に発明できたものである。
また,本件発明2のうち本件発明1-1にない構成要件Hについては,
化合物の製造後の保存が通常,密閉した瓶などの容器の中の気密条件下で
行われることは当業者の技術常識であるところ,7~13重量%の水分を
含むピタバスタチンカルシウム塩の結晶が気密条件下で維持されると,そ
の含有水分量に変化がない。
したがって,本件発明2は,文献1記載の発明と同一であるか,これに
基づいて当業者が容易に発明できたものである。
[原告の主張]
前記(2)ア[原告の主張]のとおり,本件発明1-1は,文献1記載の発
明と同一でないし,これに基づいて当業者が容易に発明できたものでもな
い。また,化合物の製造後の保存を密閉した瓶などの容器の中の気密条件
下で行うことは当業者の技術常識ではない。したがって,本件発明2は,
文献1記載の発明と同一でないし,これに基づいて当業者が容易に発明で
きたものでもない。
イ乙2に基づく進歩性の欠如(特許法29条2項)について
[被告の主張]
前記(2)イ[被告の主張]のとおり,本件発明1-1は文献2記載の発明
に基づいて容易に発明できたものである。また,構成要件Hについても,
上記アのとおりである。したがって,本件発明2は,文献2記載の発明に
基づいて当業者が容易に発明できたものである。
[原告の主張]
上記ア[原告の主張]と同様に,本件発明2は,文献2記載の発明に基づ
いて当業者が容易に発明できたものではない。
ウ乙7に基づく先願主義違反(特許法39条1項)について
[被告の主張]
前記(2)ウ[被告の主張]のとおり,本件発明1-1は文献3の請求項1
記載の発明と同一である。また,構成要件Hについても,上記ア[被告の
主張]のとおりである。そうであるから,本件発明2は文献3の請求項1
記載の発明と同一であり,本件発明2は最先の特許出願ではない。
[原告の主張]
文献3の請求項1記載の発明と本件発明2とは相違点があるので,同一
の発明ではない。
エ補正要件違反(特許法17条の2第3項)について
[被告の主張]
平成25年3月8日付け手続補正により,本件発明2は,「7重量%~
13重量%の水分を含み」との構成及び「その含有水分が4重量%より多
く,15重量%以下の量に維持する」との構成を含む構成となった。しか
し,かかる構成は,願書に最初に添付した明細書(乙35。以下「当初明
細書」という。),特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内にない。
[原告の主張]
当初明細書の記載(段落【0002】,【段落0009】)をみれば,当
業者は,水分量を4%より多く,15%以下に維持すれば,ピタバスタチ
ンカルシウム塩を安定して保存し得ることが開示されていると理解する。
したがって,本件発明2の「7重量%~13重量%の水分を含み」との構
成及び「その含有水分が4重量%より多く,15重量%以下の量に維持す
る」との構成は,当初明細書に記載された事項である。
オ分割要件違反(特許法44条1項)に基づく進歩性欠如について
[被告の主張]
本件特許2の特許出願は,本件特許1の特許出願の一部を新たな特許出
願としたものである。しかし,本件明細書1には,水分値を5~15%に
調整する結晶の原薬の製造方法が記載されているが,結晶の保存方法に関
する記載は一切なく,「維持」及び「保存方法」の各文言の記載もない。
したがって,本件特許2の分割出願は不適法であるから,その出願日は現
実の出願日である平成23年11月29日となる。
そうすると,本件発明2は,その出願前に頒布された本件特許1の特許
出願の公表特許公報(乙34)記載の発明から当業者が容易に発明するこ
とができたものである。すなわち,上記公表特許公報には,保存方法であ
ることの記載,水分量を「4重量%より多く,15重量%以下に維持する」
旨の記載がない点において本件発明2と相違し,他は同一であるところ,
これらの相違点は,上記公表特許公報記載の発明から容易に推考すること
ができた。
[原告の主張]
本件明細書1の記載(段落【0008】,【0010】,【0023】)を
みれば,構成要件Bの水分量の結晶形態Aを,4~15%の水分量に維持
することで保存中の安定性が向上することが開示されている。したがって,
本件特許2の特許出願は,分割要件を満たすものである。
カサポート要件違反(特許法36条6項1号)について
[被告の主張]
本件発明2には,保存開始時に水分量が7重量%でありながら,保存期
間中に含有水分量が当初の2倍以上となる15重量%で維持する保存方法
が含まれているが,本件明細書2には,保存開始時よりも水分量が多くな
る保存に関する記載がない。そうであるから,本件発明2は,発明の詳細
な説明に記載されていないものである。
[原告の主張]
本件明細書2には,保存開始時よりも水分量が多くなる保存に関する記
載がある(段落【0001】,【0009】,【0025】,【0035】)。そ
うであるから,本件発明2は,発明の詳細な説明に記載されているもので
ある。
第3当裁判所の判断
1被告原薬の使用及び被告製剤の製造・販売が本件特許権1を侵害するか
(1)争点(1)(被告原薬(被告原薬を含有する被告製剤を含む。)が本件発明
1-1の技術的範囲に属するか)について
アまず,本件発明1-1の構成要件C1,C2の充足性を検討する。
(ア)上記の構成要件は次のとおりである(前記前提事実)。
C1CuKα放射線を使用して測定するX線粉末解析において,4.
96°,6.72°,9.08°,10.40°,10.88°,1
3.20°,13.60°,13.96°,18.32°,20.6
8°,21.52°,23.64°,24.12°及び27.00°
の回折角(2θ)にピークを有し,
C2かつ,30.16°の回折角(2θ)に,20.68°の回折角
(2θ)のピーク強度を100%とした場合の相対強度が25%より
大きなピークを有することを特徴とする
(イ)本件明細書1の「発明の詳細な説明」欄には,次の各記載がある
(甲2の1)。
「本発明は,HMG-CoA還元酵素阻害剤として高脂血症の治療に有用な,
化学名Monocalciumbis[(3R,5S,6E)-7-(2-cyclopropyl-4-(4-fluoroph
enyl)-3-quinolyl)-3,5-dihydroxy-6-heptenoate]によって知られてい
る結晶性形態のピタバスタチンカルシウム塩及びこの該化合物と医薬的
に許容し得る担体を含有する医薬組成物に関するものである。」(段落
【0001】)
「医薬品の原薬としては,高品質及び保存上から安定な結晶性形態を有
することが望ましく,さらに大規模な製造にも耐えられることが要求さ
れる。ところが,従来のピタバスタチンカルシウムの製造法においては,
水分値や結晶形に関する記載が全くない。本発明のピタバスタチンカル
シウム塩の結晶(以下,結晶性形態Aともいう。))に,一般的に行なわ
れるような乾燥を実施すると,乾燥前は,図1で示すような粉末X線回
折図示したものが,水分が4%以下になったところで図2に示すように
アモルファスに近い状態まで結晶性が低下することが判明した。さらに,
アモルファス化したピタバスタチンカルシウムは表1に示す如く,保存
中の安定性が極めて悪くなることも明らかとなった。」(段落【000
8】)
「本発明者らは,水分と原薬安定性の相関について鋭意検討を行なった
結果,原薬に含まれる水分量を特定の範囲にコントロールすることで,
ピタバスタチンカルシウムの安定性が格段に向上することを見出した。
さらに,水分が同等で結晶形が異なる形態を3種類見出し,その中で,
CuKα放射線を使用して測定した粉末X線回折図によって特徴づけられ
る結晶(結晶性形態A)が,最も医薬品の原薬として好ましいことを見
出し,本発明を完成させた。」(段落【0010】)
「結晶形態A以外の2種類を結晶形態B及び結晶形態Cと略記するが,
これらはいずれも結晶形態Aに特徴的な回折角10.40°,13.20°及び3
0.16°のピークが存在しないことから,結晶多形であることが明らかに
される。これらは,ろ過性が悪く,厳密な乾燥条件が必要であり(乾燥
中の結晶形転移),NaClなどの無機物が混入する危険性を有し,更に結
晶形制御の再現性が必ずしも得られないことが明らかであった。したが
って,工業的製造法の観点からは欠点が多く,医薬品の原薬としては結
晶形態Aが最も優れている。」(段落【0014】)
「結晶性形態Aのピタバスタチンカルシウムは,その粉末X線回折パタ
ーンによって特徴付けることができる。」続いて,別紙「結晶性形態A
の粉末X線回折パターン」のとおりの記載がある。(段落【0016】)
「反応混合物を減圧下に蒸留して溶媒を留去し,52.2kgのエタノール/
水を除去後,内温を10~20℃に調整した。得られた濃縮液中に,別途
調製しておいた塩化カルシウム水溶液(95%CaCl2775g/水39.3kg,6.
63mol)を2時間かけて滴下した。全量の塩化カルシウム水溶液を反応
系に送り込むため,4.70kgの水を使用した。滴下終了後,同温度で12
時間撹拌を継続し,析出した結晶を濾取した。結晶を72.3kgの水で洗
浄後,乾燥器内で減圧下40℃にて,品温に注意しながら,水分値が1
0%になるまで乾燥することにより,2.80kg(収率95%)のピタバスタ
チンカルシウムを白色の結晶として得た。粉末X線回折を測定して,こ
の結晶が結晶形態Aであることを確認した。」(段落【0033】)
(ウ)以上に基づき,構成要件C1,C2の回折角について検討する。
まず,特許請求の範囲の請求項1の記載によれば,本件発明1-1は
構成要件C1,C2において小数点以下2桁まで規定された回折角によ
り15本のピークが特定されており,その数値に一定範囲の誤差が許容
される旨の記載や,15本のうちの一部のピークのみによって特定が可
能である旨の記載は一切ない。したがって,特許請求の範囲の記載に基
づけば,本件発明1-1の構成要件C1,C2を充足するためには,そ
こに規定された15本のピーク全てについて回折角の数値が小数点以下
2桁まで一致することを要すると解するのが自然な理解である。
このような解釈は,本件明細書1の記載からも裏付けられる。すなわ
ち,同明細書の発明の詳細な説明の記載をみると,本件発明1-1は,
ピタバスタチンカルシウム原薬に含まれる水分量を特定の範囲にコント
ロールすることでその安定性が格段に向上すること,及び,水分が同等
で結晶形が異なる形態を3種類見いだし(結晶形態A,B,C),この
中でCuKα放射線を使用して測定した粉末X線回折図によって特徴付
けられる結晶形態Aが医薬品の原薬として最も好ましいことを見いだし
たものとされ,そして,結晶形態B及びCは,結晶形態Aに特徴的な3
本のピーク(10.40°,13.20°及び30.16°の回折角のピーク)が存在
しないことによって結晶形態Aと区別されるものとされる(段落【00
10】【0014】)。そうすると,構成要件C1,C2の小数点以下2
桁の数値で特定される15本のピークのうち上記の3本のみが結晶形態
B,Cとの区別の根拠とされていることになる。そして,本件明細書1
には,上記のように,結晶形態Aは構成要件C1,C2に小数点以下2
桁まで規定される15本の回折角の粉末X線回折パターンによって特徴
付けられるとされるほかに,結晶形態Aを特定する記載はなく(段落
【0008】,【0010】,【0016】,【0033】参照),上記特許
請求の範囲の記載について述べたのと同様に,回折角の数値に一定範囲
の誤差が許容される旨の記載や,15本のうちの一部のピークのみによ
って特定が可能である旨の記載は見当たらない。
このように,特許請求の範囲及び明細書の記載によれば,本件発明1
-1の技術的範囲に属するというためには,構成要件C1,C2に規定
された15本のピーク全てについて回折角の数値が小数点以下2桁まで
一致することを要すると解すべきである。
(エ)しかるところ,原告は,被告原薬に含まれるピタバスタチンカルシ
ウム塩における15本のピークの回折角(2θ)は,別紙物件目録(1)
記載のとおり4.98°,6.79°,9.13°,10.39°,1
0.87°,13.20°,13.61°,14.03°,18.3
6°,20.64°,21.58°,23.56°,24.17°,2
6.98°,30.30°である旨主張するが,仮に,原告の主張を前
提としても,そのうち14本のピークの数値は構成要件C1,C2の回
折角の数値と小数点第2位まで一致してはいないから,被告原薬は構成
要件C1,C2を充足せず,これを含有する被告製剤も構成要件C1,
C2を充足しない。
(オ)この点につき,原告は,被告原薬が結晶形態Aに当たるから本件発
明1-1の構成要件C1,C2を充足する旨主張する。しかし,特許発
明の技術的範囲は特許請求の範囲の記載に基づいて定められるのである
から(特許法70条1項),構成要件C1,C2の回折角の充足性は,
特許請求の範囲において記載のない結晶形態Aを介在させることなく,
直接,構成要件C1,C2の回折角の数値を全て充足するか否かにより
判断すべきものである。したがって,原告の上記主張は採用することが
できない。
また,原告は,日本薬局方及び日本薬局方技術情報の記載によれば,
X線回折法において±0.2°以内の誤差で一致するピークが10本以
上確認されれば,結晶が同一であると判断することができるため,被告
原薬は結晶形態Aと同一であるから,本件発明1-1の構成要件C1,
C2を充足する旨主張する。しかし,上記のとおり,特許請求の範囲に
記載のない結晶形態Aを介在させて被告原薬と本件発明1-1の構成要
件C1,C2を対比させることは相当でないし,特許請求の範囲や明細
書には,回折角の数値に一定範囲の誤差が許容される旨の記載や,15
本のうちの一部のピークのみによって特定が可能である旨の記載は見当
たらないのであるから,原告の上記主張も,特許請求の範囲や明細書の
記載に基づかないものであり,採用することができない。
イしたがって,他の構成要件について検討するまでもなく,被告原薬(被
告原薬を含有する被告製剤を含む。)は本件発明1-1の技術的範囲に属
しない。
(2)争点(4)(被告製剤が本件発明1-2の技術的範囲に属するか)について
本件発明1-2の構成要件Fは,「請求項1に記載のピタバスタチンカル
シウム塩の結晶を含有することを特徴とする」というものであり,本件発明
1-2は,本件発明1-1を引用する発明である。しかるところ,上記説示
のとおり,被告製剤に用いられている被告原薬は,本件発明1-1の技術的
範囲に属さないから,被告原薬を含有する被告製剤は,構成要件Fを充足し
ない。
したがって,他の構成要件について検討するまでもなく,被告製剤は本件
発明1-2の技術的範囲に属しない。
(3)以上によれば,争点(2),(3),(5)及び(6)について判断するまでもなく,
被告原薬の使用及び被告製剤の製造・販売行為は,本件特許権1を侵害しな
い。
2被告方法の使用が本件特許権2を侵害するか
(1)争点(7)(被告方法が本件発明2の技術的範囲に属するか)について
本件発明2の構成要件C’は,本件発明1-1の構成要件C2における相
対強度の点を除いて,本件発明1-1の構成要件C1及びC2と共通するも
のである(前記前提事実)。また,本件明細書2の「発明の詳細な説明」欄
には,上記1で検討した本件明細書1の記載と概ね同趣旨の記載がある(甲
2の2)。そうであるから,前記説示のとおり,被告原薬が本件発明1-1
の構成要件C1を充足すると認められないのと同様に,被告原薬を保存する
方法である被告方法は,本件発明2の構成要件C’を充足しない。したがっ
て,被告方法は,本件発明2の技術的範囲に属するとは認められない。
(2)以上によれば,争点(8)について検討するまでもなく,被告方法の使用行
為は,本件特許権2を侵害しない。
3結論
よって,原告の請求は,いずれも理由がないから,これを棄却することとし,
主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第47部
裁判長裁判官沖中康人
裁判官三井大有及び裁判官藤田壮は,転補につき署名押印することが
できない。
裁判長裁判官沖中康人
(別紙)
物件目録(1)
放射光粉末回折法(0.75Å放射線使用)において,下記回折角(括弧内にCuKα
放射線における粉末回折法の場合の対応する回折角を示す)にピークの認められる
ピタバスタチンカルシウム原薬
2.42°(4.98°)
3.30°(6.79°)
4.44°(9.13°)
5.05°(10.39°)
5.28°(10.87°)
6.41°(13.20°)
6.61°(13.61°)
6.81°(14.03°)
8.90°(18.36°)
10.00°(20.64°)
10.45°(21.58°)
11.40°(23.56°)
11.69°(24.17°)
13.03°(26.98°)
14.61°(30.30°)
(別紙)
物件目録(2)
下記商品名のピタバスタチンカルシウム製剤
(1)ピタバスタチンCa錠1mg「サワイ」
(2)ピタバスタチンCa錠2mg「サワイ」
(3)ピタバスタチンCa錠4mg「サワイ」
(別紙)
訂正後の請求項1の記載(訂正箇所に下線を付した。)
式(1)
【化1】
で表される化合物であり,7~13%の水分を含み,CuKα放射線を使用して測
定するX線粉末解析において,4.96°,6.72°,9.08°,10.4
0°,10.88°13.20°,13.60°,13.96°,18.32°,
20.68°,21.52°,23.64°,24.12°及び27.00°の回
折角(2θ)にピークを有し,かつ,30.16°の回折角(2θ)に,20.6
8°の回折角(2θ)のピーク強度を100%とした場合の相対強度が25%より
大きなピークを有し,7~13%の水分量において医薬品の原薬として安定性を保
持することを特徴とする粉砕されたピタバスタチンカルシウム塩の結晶(但し,示
差走査熱量測定による融点95℃を有するものを除く)。
【10.88°と13.20°の間に「,」がないのは原文のまま】
(別紙)
結晶性形態Aの粉末X線回折パターン
────────────────────────────────
回折角(2θ)d-面間隔相対強度
(°)(>25%)
────────────────────────────────
4.9617.799935.9
6.7213.142355.1
9.089.731433.3
10.408.499134.8
10.888.124827.3
13.206.702027.8
13.606.505348.8
13.966.338760.0
18.324.838656.7
20.684.2915100.0
21.524.125957.4
23.643.760441.3
24.123.686645.0
27.003.299628.5
30.162.960730.6
────────────────────────────────

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