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令和3年3月4日宣告東京高等裁判所第8刑事部判決
令和2年第827号傷害,傷害致死,暴行,強要被告事件
主文
本件控訴を棄却する。
当審における未決勾留日数中280日を原判決の刑に算入す
る。
理由
本件控訴の趣意は,弁護人A(主任),同B連名作成の控訴趣意書に記載
されたとおりであり,論旨は,訴訟手続の法令違反,事実誤認及び量刑不当
の主張である(なお,以下,略称等は,特に断らない限り,原判決のそれに
よる。)。
第1原判決の概要及び弁護人の論旨
1原判決がその挙示する証拠により認定した罪となるべき事実の要旨は,
次のとおりである,
すなわち,被告人は,千葉県野田市内のアパート(被告人方)で妻のC,
長女のD(以下「被害児」ともいう。)及び次女と4人で生活する中で,
⑴平成29年11月上旬頃,被告人方において,被害児(当時9歳)に対
し,その頭部を手で殴るなどの暴行を加え(被害児に対する暴行。原判示
第1),
⑵平成30年7月30日,被告人方において,被害児(当時9歳)がかね
てから虐待を受けていたため被告人を極度に畏怖していたことに乗じ,も
しその要求に応じなければ被害児の身体に更にいかなる危害を加えるかも
しれない気勢を示すなどして被害児を怖がらせ,被害児に命じ,被告人方
浴室で,トイレの便器を用いないでした大便を右手に持たせて,被告人の
カメラ機能付き携帯電話機の被写体にさせ,もって被害児に義務のないこ
とを行わせ(被害児に対する強要。原判示第2),
⑶平成30年12月30日頃から平成31年1月3日頃までの間,被告人
方において,被害児(当時10歳)に対し,その両手首をつかんで,身体
を引きずった上,身体を引っ張り上げた後に,その両手首を離して床に打
ち付けさせたほか,その顔面及び胸部を圧迫し又は打撃するなどの暴行を
加え,よって,被害児に全治約1か月間を要する顔面打撲及び胸骨骨折の
傷害を負わせ(被害児に対する傷害。原判示第3),
⑷平成31年1月1日頃,被害児に対する暴行を見かねたC(当時31歳)
がこれを制止しようとしたことに憤慨し,被告人方リビングにおいて,C
の胸倉をつかんでその顔面を平手で殴り,Cを押し倒してその身体に馬乗
りになり,さらに,立ち上がったCの大腿部を足で蹴る暴行を加え(Cに
対する暴行。原判示第4),
⑸同月5日頃,被害児(当時10歳)が被告人を極度に畏怖していたこと
に乗じ,被告人方リビングにおいて,被害児に対し,「立てよ。行けよ。
何やってんだよ。風呂場行けよ。行けっ」などと語気鋭く申し向け,もし
その要求に応じなければ被害児の身体に更にいかなる危害を加えるかもし
れない気勢を示して被害児を怖がらせ,着衣をつかんで被告人方廊下に引
っ張り出す暴行を加え,さらに,Cに助けを求める被害児に対し,「やる
ことあんだ行けよ,邪魔だから。行けっつってんだよ。行けよ早く」など
と前同様に語気鋭く申し向けながら自己の身体を更に近づけて被害児を怖
がらせ,被告人方浴室に行かせて,同所及び被告人方脱衣所で立たせ続け
るなどし,もって被害児に義務のないことを行わせ(被害児に対する強要。
原判示第5),
⑹同月22日午後10時頃から同月24日午後11時8分頃までの間,被
害児(当時10歳)を飢餓状態にするとともに強度のストレスにより著し
く衰弱させても構わないと考え,被告人方において,被害児に対し,食事
を与えず,長時間,被告人方リビング及び被告人方浴室に立たせ続けたり
肌着のみの状態で暖房のない被告人方浴室に放置したりするなどして,十
分な睡眠を取らせなかったほか,その間の同月24日午後1時頃には,被
告人方浴室において被害児の身体に冷水を繰り返し浴びせかけ,同日午後
4時頃には,被告人方リビングの床にうつ伏せにした被害児の背中に座り,
その両足をつかんで身体を反らせるなどし,同日午後9時50分頃には,
「寝るのはだめだから」などと申し向けて被害児を被告人方浴室に連れ込
み,シャワーでその顔面に冷水を浴びせ続けるなどの暴行を加え,これら
の一連の行為による飢餓状態及び強度のストレス状態に起因するケトアシ
ドーシス等に陥らせ,よって,同日午後11時8分頃までに,同所におい
て,ケトアシドーシスに基づくショック若しくは致死性不整脈又は溺水に
より死亡させた(被害児に対する傷害致死。原判示第6),
というものである。
2原判決は,上記各罪により被告人を懲役16年に処した。
3これに対し,弁護人の論旨は,要するに,
⑴原判示第1の事実に関し,原判決が証拠として挙示する本件アンケート
(原審甲第98号証の「第2回いじめにかんするアンケート(小学校低
学年用)」と題する書面。その写しが原審甲第99号証の捜査報告書添付
の資料2)並びに担任教諭X,児童福祉司甲及び児童心理司乙の各原審証
言中の被害児の生前供述(以下,単に「被害児の供述」という。)には証
拠能力がないのに,その証拠能力を認めてこれらの証拠を事実認定に用い
た原審の訴訟手続は,刑訴法326条,324条2項,321条1項3号
の解釈適用を誤り,同法320条に違反したもので,この法令違反が判決
に影響を及ぼすことは明らかである,
⑵原判示第1の事実に関し,同事実を認めるに足りる証拠はないのに,同
事実を認定した原判決には,判決に影響を及ぼすべき事実の誤認がある,
⑶原判示第3,第4及び第6の事実に関し,信用性の乏しいCの原審証言
のみに依拠して認定した重要な事実が含まれている点で,原判決には判決
に影響を及ぼすべき事実の誤認がある,
⑷被告人を懲役16年に処した原判決の量刑は重過ぎて不当である,
というのである。
そこで,検討する。
第2原判示第1の事実に関する訴訟手続の法令違反の論旨について
1原審記録によれば,本件アンケート,証人X,証人甲及び証人乙に係る
証拠調べの手続経過は,次のとおりである。
⑴本件アンケートは,原審の公判前整理手続において,原判示第1の被害
状況を主な立証趣旨とする被害児作成の供述書として,原審検察官から請
求されたものであり,第12回公判前整理手続期日において,原審弁護人
はこれを証拠とすることに同意し,原裁判所はこれを採用する決定をした。
被告人は同期日に出頭していたが,原審弁護人が上記同意の意見を述べた
際に異を唱えた形跡はない。このような手続を経て本件アンケートは原審
公判で取り調べられた。
⑵証人X,証人甲及び証人乙は,原審の公判前整理手続において,原判示
第1の事実について被害児から被害申告を受けた状況を主な立証趣旨とし
て,いずれも原審検察官から取調べを請求されたものであり,第10回公
判前整理手続期日において,原審弁護人は上記各証人の取調請求について
いずれも「しかるべく」との意見を述べ,原裁判所は上記各証人をいずれ
も採用する決定をした。被告人は同期日に出頭していたが,原審弁護人が
上記「しかるべく」の意見を述べた際に異を唱えた形跡はない。そして,
上記各証人は,原審公判で,それぞれ原審検察官の主尋問の際に被害児か
ら聞き取った内容を具体的に証言したが,原審弁護人及び被告人はこれに
対し,伝聞供述である旨などの異議を申し立てることなく原審弁護人にお
いて反対尋問をし,尋問を終えている。
2本件アンケート作成時の外部的状況や,上記各証人が被害児から聞き取
りを行った際の外部的状況等として,次のような事実が認められる。
すなわち,本件アンケートは,野田市教育委員会が同市内の小学校で実
施していた,いじめに関するアンケート調査の際に作成されたものであり,
平成29年11月6日,被害児が,当時通っていた小学校で各生徒に配ら
れたアンケート用紙に「お父さんにぼう力を受けています。」などと手書
きで記載して提出したものである。担任教諭Xは,同日,本件アンケート
の記載内容を確認して校長に相談し,その指示を受けて,翌7日,被害児
本人から,上記記載内容に沿って補充的な聞き取りを行い,聞き取った内
容を本件アンケート用紙に赤色インクのボールペンで書き留めた。同日,
被害児は児童相談所に一時保護され,同日中に児童福祉司甲が被害児と面
談し,被告人から受けた暴力の状況について被害児本人から聞き取りを行
った。さらに,同月10日以降には,児童心理司乙が被害児と複数回面談
し,被告人から受けた暴力の状況について被害児本人から改めて聞き取り
を行った。
3所論は,本件アンケートを証拠とすることに同意する旨の原審弁護人の
意見は被告人の意思に反しており,無効であるのに,被告人に対して意思
確認を行うことなく本件アンケートの証拠能力を認めた原裁判所の判断は,
刑訴法326条の解釈適用を誤っており,同法320条に違反する旨主張
する。
しかし,原審記録によれば,原審弁護人は,原判示第1の事実と同旨の
平成31年3月18日付け起訴状記載の公訴事実について,被告人の否認
供述に沿って同事実を争う主張をしているのであって,本件アンケートに
ついては,被害児が生前に自ら作成したものであることを前提とした上で,
その作成時の外部的状況等を踏まえ,証拠能力は争わずに信用性ないし証
明力を争うこととして,これを証拠とすることには同意したものと理解す
ることができるのであり,原審記録を精査しても,原審弁護人が包括的代
理権に基づき述べた上記同意の意見が被告人の意思に反するものであった
ことをうかがわせる事情は見当たらない。したがって,原審弁護人の上記
同意意見の有効性に疑いはないから,刑訴法326条1項により本件アン
ケートの証拠能力を認めた原裁判所の判断に誤りはなく,所論は採用でき
ない。
また,所論は,本件アンケートには特信情況が認められないのに,その
証拠能力を認めた原裁判所の判断は刑訴法321条1項3号の解釈適用を
誤っている点からしても同法320条に違反する旨主張するが,上述した
とおり,原裁判所は,同法321条1項3号により本件アンケートの証拠
能力を認めたのではなく,同法326条1項によりその証拠能力を認めた
のであって,この原裁判所の判断に誤りはないから,所論は前提を欠き,
採用できない。
4所論は,伝聞証言を予定している証人X,証人甲及び証人乙を採用した
上,実際に上記各証人がした伝聞証言について被告人の意思確認を行わず,
証拠排除決定もしなかった原審の訴訟手続は刑訴法320条に違反する旨
主張する。
しかし,伝聞証言であっても,異議の申立てがないまま当該証人に対す
る尋問が終了した場合には,直ちに異議の申立てができないなどの特段の
事情がない限り,黙示の同意があったものとして,証拠能力を有すると解
法廷決定・刑集38巻3号479頁),原審記録を精査しても上記特段の
事情はうかがわれないから,上記各証人の原審証言中の被害児の供述を内
容とする部分について刑訴法326条1項によりその証拠能力を認めた原
裁判所の判断に誤りはなく,所論は採用できない。
この点に関連して,所論は,原審弁護人が上記各証人尋問の際に異議を
申し立てなかったこと自体が被告人の意思に反するとも主張するが,原審
記録によれば,原審弁護人は,上記各証人がそれぞれ被害児から聞き取り
を行った際の外部的状況等を踏まえて,被害児の供述を内容とする部分に
ついても,その証拠能力は争わずに信用性ないし証明力を争うこととして,
異議の申立て等はしなかったものと理解することができるのであり,原審
記録を精査しても,このような原審弁護人の対応が被告人の意思に反する
ものであったことをうかがわせる事情は見当たらないから,所論の指摘は
当たらない。
また,所論は,上記各証人の原審証言中の被害児の供述を内容とする部
分には特信情況が認められないのに,その証拠能力を認めた原裁判所の判
断は,刑訴法324条2項,321条1項3号の解釈適用を誤っている点
からしても同法320条に違反する旨主張するが,上述したとおり,原裁
判所は,同法324条2項,321条1項3号により上記各証人の伝聞証
言の証拠能力を認めたのではなく,同法326条1項によりその証拠能力
を認めたのであって,この原裁判所の判断に誤りはないから,所論は前提
を欠き,採用できない。
5以上のとおりであるから,原審の訴訟手続に所論が主張するような法令
違反は認められない。
論旨は理由がない。
第3原判示第1の事実に関する事実誤認の論旨について
1原判決の認定理由
原判決は,原判示第1の事実を認定した理由を,要旨,次のとおり説示
している。
⑴担任教諭X,児童福祉司甲及び児童心理司乙がそれぞれ被害児から聞き
取った,当時被告人から殴る蹴るなどの暴行を受けていた旨の被害児の供
述は,次の理由から十分信用することができる。
アXは,被害児から本件アンケートの記載内容に関する聞き取りを行った
際,上司や関係機関に報告する必要も意識し,誘導にならないように注意
して質問している上,被害児の態度や表情の具体的な描写に加え,本件ア
ンケートに記載された走り書きにより,被害児の供述内容の正確性も十分
裏付けられている。また,甲及び乙も,被害児が打ち明けた内容やその際
の被害児の様子等について具体的に証言している上,誘導することのない
よう聞き取る手法等にも照らし,被害児の供述を忠実に再現するものとし
てその信用性を疑わせる事情はない。
イX,甲及び乙が被害児から聞き取った供述内容は,当時9歳の児童であ
っても認識や知覚,記憶が容易かつ可能な事柄で,その具体的な内容やX
らが証言する被害児の様子からも,被害児は,自分の身に起こったことを
ありのまま伝えようとしていたことがうかがわれる。しかも,被害児は,
児童相談所に一時保護される前後を通じて,一貫した供述を続けている。
ウ加えて,平成29年11月10日に行われた医師の診察で被害児の顔面
に内出血が認められたことや,同年12月13日に実施された医学診断で
は被害児にPTSDの疑いがある旨の診断がされていること,同年11月
3日午前1時22分に被害児が脱衣所でうずくまる様子を撮影した写真や,
同月4日には被害児が大泣きする様子を撮影した動画が存在することも,
被害児の供述と整合的であり,その供述を一定程度支えるものといえる。
⑵これに対し,被告人は,当時被害児に対し暴行を加えたことは一切ない
旨供述するが,その供述は,次の理由から到底信用できない。
ア被告人は,寝相の悪い被害児を布団に戻すために抱き上げたり毛布を掛
け直したりしていたので,被害児は,これらの行動を暴行と勘違いしてい
るのではないかと思うと述べるが,当時9歳の被害児がそのような勘違い
をするとはおよそ考えられない。
イ被害児が「お父さんにたたかれたというのは,うそです」などと記載し
た書面は,平成30年2月24日,被告人が作成した文案をLINEを利
用してCに送信し,Cを介して被害児にその文案どおりの文章を書くよう
指示して書かせたものであって,被告人の供述を裏付けるようなものでは
全くない。
⑶信用できる被害児の供述によれば,被害児は,Xから聞き取りを受けた
平成29年11月7日の前日頃,被告人にたたかれ,頭,背中,首を蹴ら
れ,頭部の痛みは上記聞き取り時も続いていたことが明らかである。そし
て,被害児は,被告人から頭部を拳で殴られたことがある旨を再三説明し
ているのであって,上記聞き取りの前日頃の暴行についても,被害児の頭
部を手で殴る暴行だけはしていないとは考え難く,むしろ典型的な攻撃態
様として当然に行っていた蓋然性が高く,頭部への攻撃の態様について他
の方法も排除はしないが,被告人は,原判示第1の事実のとおり,被害児
の頭部を手で殴るなどの暴行を加えたことが認められる。
2当裁判所の判断
被害児の供述が信用できるとして,原判示第1の事実を認定した原判決
の判断は,論理則,経験則等に照らして不合理とはいえず,その結論を当
審としても是認することができる。
以下,所論を踏まえて補足する(なお,被害児の供述に証拠能力がな
いとする所論が採用できないことは,既に説示したとおりである。)。
⑴所論は,被害児の供述には信用性が乏しい旨主張し,その根拠として,
①供述の時期,経緯及び内容やX,甲及び乙と被害児との力関係等に照ら
すと,供述内容の信用性を担保する情況があるとはいえず,むしろ信用性
を疑うべき事情が存在すること,②供述内容が,暴行を受けた部位や暴行
の態様,時期等の点で極めて曖昧であること,③Xは,平成29年11月
7日の被害児からの聞き取りで,同月2日に被害児の目が赤かったことに
ついて「あれもお父さんにやられたの。」と質問をしたところ,被害児が
泣きながら「うん,お父さんに殴られた。」と答えた旨証言するが,被害
児はXの誘導により事実と異なる供述をした可能性が高いこと,④被害児
の顔面に内出血が存在したとしても,被告人の暴行によるものかは明らか
でないこと,PTSDの疑いがある旨の診断も,30分間の問診による判
断であり,確定診断ではない上に,PTSDの疑いの原因について診断が
されたかも明らかでないこと,写真や動画は,被告人による暴行の事実を
うかがわせるものですらないことから見て,いずれも被害児の供述の信用
性を支える証拠としては弱いことなどを指摘する。
しかし,①については,前記第2の2で認定説示したような本件アンケ
ート作成時の外部的状況及びその記載内容に照らせば,被害児は,本件ア
ンケート作成の機会を捉え,実父である被告人から身体的な暴力を含む虐
待を受けていることについて,通っている小学校の教諭等に助けを求めた
い旨を自発的に記載したと認められるのであるから,そのこと自体から,
本件アンケートの記載内容について一定の信用性を担保する情況があると
解される。さらに,これを受けて行われたX,甲及び乙による聞き取りに
際しても,被害児が被告人から受けている虐待の状況を自分自身の言葉で
誠実に供述していることは明らかであって,Xらによる不当な誘導等をう
かがわせる事情はなく,供述内容の信用性を担保する情況の存在は十分に
認められる。
②については,原判決も認定説示しているように,被害児は,平成29
年11月6日に作成提出した本件アンケートに「お父さんにぼう力を受け
ています。夜中に起こされたり,起きているときにけられたりたたかれた
りされています。先生,どうにかできませんか。」などと記載しているこ
と,これを受けて翌7日に行われたXの聞き取りに対して,被告人から受
けている暴行の具体的状況として,「お母さんがいないときに頭を殴られ
る。」こと,その回数は「10回くらい。」で「グーで殴られる。」こと,
蹴られる場所は背中と首であることなどを供述し,さらに,「きのうもお
父さんにたたかれた。」こと,「頭,背中,首を蹴られた。」こと,「今
も痛い。」ことなどを供述していること,同日中に行われた甲の聞き取り
に対しても,「お父さんから暴力を受けている。」こと,暴力の具体的な
内容としては,「たたかれたり,蹴られたり」すること,目撃者等につい
ては,「暴力はお母さんのいないときに行われているので,暴力を見た人
はいない。」ことなどを供述しており,同月10日,同月17日及び同月
28日に行われた乙の聞き取りに対しても,「お父さんからたたかれたり
蹴られたり」すること,「首とか背中とかをたたかれる。」こと,「背中
とか首とかをゴンというふうに殴られる」ことなどを供述していることが
認められる。これらの供述内容は相応に具体的なものであって,所論が指
摘するように極めて曖昧であるなどとはいえない。
なお,Xは,被害児が被告人から「10回ぐらい頭をグーで殴られる」
旨供述した点につき,「その時期については聞きましたか。」と問われて
「時期はわからないです。」と証言しているが,この証言部分は,被害児
が被告人から上記暴行を受けた具体的な時期については聴取していないた
め分からないという趣旨を述べたものと理解できるのであって,被害児の
供述内容の曖昧さを示すものとはいえない。そして,被害児が本件アンケ
ートを作成した趣旨が,当時受けていた暴力について助けを求めるもので
あったことを踏まえた上で,Xの聞き取りに対して被害児が供述した内容
を全体として見れば,被害児が被告人から「10回ぐらい頭をグーで殴ら
れる」旨などの供述をしているのは,Xによる聞き取り当時,すなわち平
成29年11月上旬頃の状況として供述したものと見るのが自然かつ合理
的である。また,甲は,被害児に対し,暴力の時期に関し,「暴力はいつ
ごろからありましたか。」とその始期を尋ね,「野田に来てから。」との
回答を得た旨証言をした上で,それに引き続いて,「逆に最近ではいつ暴
力を振るわれたかDちゃんは話していましたか。」と問われて「最近の話
は言っていませんでした。」と答え,さらに続けて,「それは,あなたが
聞かなかったからですか。」と問われて「はい。」と証言しているが,こ
れは,甲が,本件アンケートの記載内容から,その作成時頃まで被告人の
暴力が続いていることは当然の前提として,その暴力の始期についてのみ
尋ね,被害児がこれに答えた旨を証言したものと合理的に解されるのであ
るから,被害児がXの聞き取りに対しては「きのうもお父さんにたたかれ
た」などと供述していたこととの間に矛盾や変遷等があるとはいえない。
③については,Xの原審証言によれば,Xは,平成29年11月2日に
被害児の目が赤くなっているのを見て,「目が赤いけれども,どうした
の」,「結膜炎」と聞いたところ,被害児は「はい,大丈夫です。結膜炎
です」と答えていたが,同月7日に聞き取りをした際にそのときのことを
思い出し,改めて「あれもお父さんにやられたの」と聞き直してみたとこ
ろ,被害児は「うん,お父さんに殴られた」と答えたというのであって,
所論の指摘を踏まえても,被告人に殴られたとの供述部分が事実と異なる
ものであったことはうかがわれず,少なくともこの点から被害児の供述全
体について信用性が揺らぐものではない。
④については,所論の指摘を踏まえても,原判決の挙げる客観的証拠が
被害児の供述と整合的で,その信用性を一定程度支えるものとみた原判決
の評価に不合理な点はない。特に,被告人が当時撮影した画像データや動
画データの内容は,当時から既に被告人の被害児に対する虐待が行われて
いたことを客観的に裏付けるものであって,そのような虐待行為の一環と
して被告人から身体的な暴力も受けていたとする被害児供述の信用性を一
定程度支えるものといえる。
以上の点等からすると,被害児の供述が信用できるとした原判決の判断
に誤りはなく,その信用性が乏しいとする所論は採用できない。
⑵所論は,被害児はXの聞き取りに対して「きのうもお父さんにたたかれ
た。頭,背中,首を蹴られた」などと供述しているが,この供述から,頭
部を被告人の手で殴られたとは認定できず,過去に頭部を拳で殴られたこ
とがあるという被害児の供述も,殴打の時期が明確ではない上に,殴打の
頻度も不明であって,この供述を前提としても,頭部を手で殴ることが典
型的な攻撃態様とまではいえないことなどからして,上記聞き取りの前日
頃にも頭部を手で殴る暴行があったとする原判決の推認には論理の飛躍が
ある旨主張する。
しかし,既に説示したとおり,被害児は,Xによる聞き取りを受けた平
成29年11月7日の前日頃に被告人から受けた暴行の具体的態様として
は,「たたかれた」ことや「頭,背中,首を蹴られた」ことを供述してい
るにとどまるものの,Xによる聞き取り当時,すなわち同月上旬頃に被告
人から10回くらい「頭をグーで殴られる」などの暴行を受けている旨供
述していたことをも踏まえ,被告人が同月上旬頃に被害児の頭部を手で殴
るなど(他の方法も排除はしない。)の暴行を加えた事実を認定した原判
決の結論に誤りがあるとはいえない。
⑶その他,所論の指摘を踏まえて原審記録を精査しても,原判示第1の事
実を認定した原判決に事実の誤認はない。
論旨は理由がない。
第4原判示第3,第4及び第6の事実に関する事実誤認の論旨について
1原判決の認定理由
原判決は,原判示第3,第4及び第6の事実を認定した理由を,要旨,
次のとおり説示している。
⑴原判示第3及び第4の事実
ア関係証拠によれば,平成30年12月29日に被害児の顔面にけががな
かったことは明らかである(被告人も争っていない。)ところ,被害児の
司法解剖を行ったE医師の原審証言等によれば,平成31年1月5日に撮
影された動画からはおおむね1週間以内程度の顔面打撲の所見が認められ,
また,解剖時の遺体には胸骨骨折の所見が認められた。
イCは,平成30年12月30日から平成31年1月3日までの間に被害
児が被告人から受けた暴行や,その間の平成31年1月1日にCが被告人
から受けた暴行について,克明かつ具体的に証言しているところ,その内
容は,体験した者でなければ具体的に想起し難い特徴的内容を含む自然な
ものである上に,平成31年1月4日に撮影された写真及び動画の中の被
害児の顔面の状況や言動等とも整合していること,事実を誇張したり責任
を被告人に押し付けたりする態度も見受けられないことからすると,Cの
原審証言は十分信用できる。
ウCの原審証言に前記アで認められる医学的所見を併せ考慮すれば,被害
児の顔面打撲及び胸骨骨折の傷害は,平成30年12月30日頃から平成
31年1月3日頃までの間に,被告人が,被害児の両手首をつかんで,身
体を引きずった上,身体を引っ張り上げた後に,その両手首を離して床に
打ち付けさせたほか,その顔面に対し何らかの打撃又は圧迫を内容とする
暴行を加え,その胸部に対し何らかの方法で強度の打撃又は圧迫を加えた
ことにより生じたものと認められる。
エこれに対し,被告人は,原判示第3の事実に関しては,被害児に対し,
両腕をつかんで引きずったこと,両腕をつかんで引っ張り上げたことはあ
るものの,その余の行為はしていないとして犯行を一部否認し,被害児の
目の辺りにできたあざは,平成30年12月30日,脱衣所で暴れるなど
していた被害児ともみ合いになり,被害児を床に押さえ付けた際や,洗面
台にしがみついている被害児の顔を引っ張り上げようとした際にできたも
のだと思うなどと供述しており,原判示第4の事実に関しても,Cに対し,
顔面を平手で殴ったこと,馬乗りになったことはあるものの,その余の行
為はしていないとして犯行を一部否認し,平成31年1月1日,突然Cが
被告人の胸倉をつかんで「てめぇ。殺すぞ」と言い,逃げる被害児の背中
を蹴るなどしたことから,Cを止めるために馬乗りになって,その頬を平
手打ちしたところ,Cは泣きながら「ごめんなさい」と言って落ち着きを
取り戻したなどと供述しているが,このような被告人の供述は関係証拠に
照らして余りに不自然で,到底信用できない。
⑵原判示第6の事実
アCは,被告人が被害児に対し,平成31年1月22日の夕食を最後に丸
2日間食事を与えず,その間,リビングや浴室に長時間立たせ続けたり,
肌着及び下着のみの状態で暖房のない浴室に放置したりするなどして十分
な睡眠を取らせなかったほか,同月24日午後1時頃には,浴室で冷水を
繰り返し浴びせかけ,同日午後4時頃には,リビングの床にうつ伏せにし
た被害児の背中に馬乗りになり,両手で被害児の足首を持ち上げてプロレ
ス技のようなことをし,同日午後9時50分頃には,「寝るのはだめだか
ら」と言って,寝室へ入ろうとした被害児を廊下に連れ出したことなどを
具体的に証言しているところ,その内容は事の成り行きとして自然なもの
であり,余り感情を交えることなく淡々と証言する態度も,感情を切り離
すことで自らの精神状態を保とうとしているものと理解することができる。
自らが批判を受ける事柄も含めて証言しており,自己の関与を隠蔽し,わ
い小化したり,被告人の言動や責任を誇張し,過大に証言したりする態度
も見受けられない。
イE医師の原審証言等によれば,被害児の死因は,ケトアシドーシスに基
づくショック若しくは致死性不整脈又は溺水であり,そのケトアシドーシ
スの状態は,血中のケトン体濃度が異常に高い数値となっていたのであり,
このような高い数値は,飢餓状態に置かれた糖質の欠乏だけでは説明でき
ず,過度のストレスも相まって,血中のケトン体濃度の異常な上昇がもた
らされたと考えられるところ,Cの原審証言は,このような医学的見解と
もよく整合している。
ウ以上の点等からすると,Cの原審証言には高い信用性が認められ,その
証言どおりの事実が認められるほか,E医師の証言する溺水の所見等に照
らし,被告人は,同日午後9時50分頃に廊下に連れ出した被害児を浴室
に連れ込み,シャワーでその顔面に冷水を浴びせ続けるなどしたものと認
められる。
エこれに対し,被告人は,被害児に食事を与えないようCに指示をしたこ
とはない,被害児をリビングや浴室に立たせたことはあるが,被害児が自
らやると言ったものであり,その途中で被害児はストーブの前で寝ていた,
暴れる被害児の両足首を持って押さえたことはあるが,体を反らせるよう
なことはしていない,シャワーで冷水を被害児のおでこ付近からかけたが,
かけた回数は3回ほどで,1回につき長くても3秒程度であるなどと供述
するが,その供述は被害児の遺体の状況等の客観的証拠と整合せず,不自
然で信用できない。
2当裁判所の判断
以上のような原判決の判断には,論理則,経験則等に照らして不合理な
点はなく,誤りはない。
これに対し,所論は,Cの原審証言には信用性が乏しい旨主張するので,
以下,所論の指摘を踏まえて補足する。
⑴所論は,Cの原審証言は核心部分を含めた多くの点で客観的証拠と整合
していない旨指摘する。
しかし,原判決も説示するとおり,Cの原審証言中,原判示第3の事実
に沿う部分は,平成31年1月4日に撮影された,被害児が顔面を負傷す
るなどしている状況あるいは「苦しいよぉー」などと訴えている状況を示
す画像データや動画データ等と整合しており,原判示第6の事実に沿う部
分は,被害児の遺体の所見として,飢餓状態と過度のストレスが相まって
もたらされたと考えられるケトアシドーシスが認められたことなどとよく
整合しており,原判示第4の事実に沿う被害状況を証言した部分を含め,
その核心部分は客観的証拠と十分に整合しているといえる。
この点,所論は,Cが,平成31年1月1日以降の状況について,「次
女の世話もありながら,毎日のように被告人がDに虐待をする姿を見てい
て,私はもう正直限界でした」と証言する部分が,同月7日以降のLIN
Eでの被告人とのやり取りでは,C自身が被害児の被告人方における行動
を制限し,食べ物や飲み物を要求されたことや,パンの食べ方などについ
て「むかつく」などと積極的に発言している言動等から客観的に認められ
る状況と合致しない旨指摘する。
しかし,Cは,当時,上記のようなLINEを被告人に送り,実際に自
分自身も被告人の被害児に対する虐待行為に積極的に加担する言動をして
いたことをいずれも認めた上で,その理由について問われ,被告人に対し
てのストレスを被害児にぶつけてしまったなどと供述し,さらに,当時の
精神状態について,言い訳になるかもしれないがと前置きをした上で上記
証言部分のとおりの説明をしているのである。この点,C自身が被告人の
被害児への暴力を制止しようとしてかえって被告人から暴力を振るわれた
原判示第4の事実に関する証言内容等を踏まえてみれば,上記証言部分は,
Cが当時の状況を振り返り,自らの心情を同人なりに吐露したものとして
十分に了解することができる。したがって,LINEのやり取り等から客
観的に認められる状況に照らしても,上記証言部分が格別不自然であると
はいえない。
また,所論は,Cが被害児について「うそをつくような子ではありませ
ん」,「寝相は悪くありません」などと証言する部分が,LINEでの自
らの発言と相違し,あるいは矛盾することや,「実家に行ってしまったD
に対する嫌がらせとして」被告人が被害児を除いた3人での旅行を計画し
た旨証言する部分も,ホテルの予約の経過等と相反することなどを指摘す
るが,これらを逐一検討しても,Cの原審証言の核心部分の信用性を左右
するような事情とは認められない。
さらに,所論は,被告人に支配されていたことを強調するCの原審証言
内容は,平成30年12月28日の被告人とCの間のLINEのやり取り
から客観的に推認される両者の関係と著しくかい離しているとも指摘する
が,所論が指摘するように被告人がCに対し「みんなが,家族で居てくれ
るからぱーぱは頑張れたよ」などというメッセージを送信したという事情
だけで,被告人とCが支配・被支配の関係になかったことが客観的に推認
されるとはいえない。
⑵所論は,Cの原審証言は自己を正当化しようとするおそれが極めて高い
状況の下でなされた旨指摘する。
しかし,原判決も説示するとおり,Cは,被害児に対する虐待行為につ
いて,自分自身もこれに積極的に加担する言動をしていたことを素直に認
めており,自己の関与を隠蔽したり,わい小化したりする態度は見受けら
れない上に,被告人の一連の行為についても,自分自身の現認した状況の
みを淡々と述べ,また,被告人方に引っ越した後のC自身に対する被告人
による暴力についても,原判示第4の事実のほかは,同居を開始した日に
1度あっただけであり,しかもその内容は腕をつかんで体を床に押さえ付
けられただけであると述べており,殊更に事実を誇張したり被告人に責任
を押し付けたりする態度も見受けられない。このようなCの原審証言内容
及び証言態度等に照らせば,C自身,原判示第6の事実に関して共犯の立
場にあったことや被告人に対して離婚訴訟を提起していること,Cの両親
も被告人に対して民事訴訟を提起していることなど,所論が種々指摘する
点を十分に踏まえても,Cの原審証言の核心部分の信用性を損なうような
事情は認められない。
⑶所論は,Cの原審証言は全体として曖昧な部分が多く,その核心部分に
ついて具体性や迫真性が欠けている旨指摘する。
しかし,原判決も説示するとおり,原判示第3,第4の事実に関して,
Cは,被告人が被害児に対して,両手首をつかんで体を引きずり,無理や
り体を引っ張り上げては,手を離して床に打ち付ける暴行を加え続け,こ
れを制止しようとしたCに対しても,胸倉をつかみ,馬乗りになるなどの
暴行を加えるという行為が2度にわたって繰り返された平成31年1月1
日の状況を中心に,一連の目撃状況及び被害状況を具体的かつ相当詳細に
証言し,また,原判示第6の事実に関しても,Cは,インフルエンザにり
患した被告人が仕事を休んで終日自宅で過ごすようになる中で,同月22
日午後10時頃以降,被害児に対し,リビングや浴室で立たせたり,玄関
で駆け足をやらせたりする虐待を続けたほか,同月24日午後1時頃には,
浴室でボウルやシャワーを使って被害児の体に冷水を繰り返し浴びせかけ,
同日午後4時頃には,リビングの床にうつ伏せにした被害児の背中に座り,
両足をつかんで体を反らせるなどの暴行を加えた一連の目撃状況を具体的
かつ相当詳細に証言しているのであって,このようなCの原審証言の核心
部分は,相応の具体性と迫真性を十分に備えているといえる。さらに,そ
の証言内容全体を見ても,曖昧な部分が多いとはいえない。
この点,所論は,平成31年1月1日の状況に関する証言中,Cが被告
人に胸倉をつかまれたときの体勢や,太ももを蹴られたときの状況に具体
性がない旨指摘するが,前者については,Cは,お互いに立った状態で被
告人から胸倉をつかまれたことを具体的に証言しており,後者についても,
Cは,自分は被告人側を向いていなかったので,蹴り方は見ていないが,
左太ももを蹴られた感覚があったことを具体的に証言している。また,同
日,被告人が被害児にスクワットをさせていた点について,Cが,どのよ
うなきっかけがあったかははっきりとは覚えていない旨証言していること
は所論指摘のとおりであるが,そのこと自体に不自然な点はない。
さらに,所論は,Cが被告人から受けた暴言,暴力や束縛について証言
する内容も具体性を欠いている旨指摘するが,Cは,自分自身の過去の異
性関係が原因で被告人から暴言を吐かれたり,暴力を振るわれたりしたこ
とや,被告人がLINE等を使ってCを束縛,監視していたことについて,
相応に具体性のある証言をしており,所論の指摘は当たらない。
⑷その他,所論の種々指摘する点を踏まえて原審記録を精査しても,Cの
原審証言が信用できるとした原判決の判断に誤りはなく,その信用性が乏
しいとする所論は採用できない。Cの原審証言を含む関係証拠から原判示
第3,第4及び第6の事実を認定した原判決に事実の誤認はない。
論旨は理由がない。
第5量刑不当の論旨について
1原判決の量刑理由
原判決は,被告人を懲役16年に処した理由を,要旨,次のとおり説示
している。
⑴量刑の中心となる傷害致死の犯行態様を見ると,被告人の被害児に対す
る2日間にわたる一連の行為は,食事や睡眠という人間が生きていくため
に最低限必要なものを奪うとともに,度々の失禁を余儀なくさせるなど人
としての自律的な生活をも失わせ,被害児の体力と気力を徹底的に奪いな
がらストレスを与え続け,暴行も加えながら衰弱させていったもので,被
害児の遺体に認められた強度のストレスが与えられたことを示唆するケト
アシドーシスの状態は,その行為が尋常では考えられないほどに凄惨で陰
湿な虐待であったことを雄弁に物語っている。
⑵先行する各虐待について見ると,被告人は,被害児に対し,平成29年
11月上旬頃に殴るなどの暴行を加えた原判示第1の犯行以降,1年2か
月余りもの長期間にわたり断続的に虐待を繰り返した挙げ句に被害児を死
に至らしめており,原判示第2(平成30年7月30日の強要)の犯行で
は,生理的欲求(排せつ)に対してもこれを制限してコントロールする中
で,それに屈する被害児の屈辱的な姿をこれ見よがしに撮影し,原判示第
3(同年12月30日頃から平成31年1月3日頃までの間の傷害)の犯
行では,全治約1か月間を要する胸骨骨折のほか,顔面に変色や腫れが明
らかな皮下出血を生じさせるほどの過激な暴行を加え,原判示第5(同月
5日頃の強要)の犯行では,理不尽な不満(被害児を負傷させたため,外
に連れ歩けないと考え,予定していた家族旅行をキャンセルしたことの不
満)のはけ口として更に苦痛を強いるなど,虐待を常態化させ,エスカレ
ートさせて,し虐の度も高めてきたことが見て取れる。これら一連の虐待
は,被害児に肉体的苦痛を与えるだけでなく,強い恐怖心を与えるととも
に,既に自我を持つ年齢となっていた被害児の人格と尊厳をも全否定する
ものであり,本件傷害致死の犯行は,その行き着く果てであったといえる。
⑶このような虐待が長期間続いた要因等を見ると,被告人は,被害児が児
童相談所に一時保護された後も,自らの社会的体裁を取り繕うことばかり
を優先し,児童相談所の職員に対して威圧的な態度を取り,被告人から暴
力を受けたというのはうそであった旨の書面を被害児に書かせ,その訴え
を握りつぶし,被害児と会わないという一時保護解除の条件をなし崩し的
にほごにし,被害児を自宅に連れ戻すなどした。また,被害児のあざから
虐待が露見するのを恐れて,もっともらしい理由を付けて学校を休ませた
り,被害児が助けを求めた被告人の両親らにも虐待は一切ないなどと強弁
して,被害児を自ら引き取った後,戻さなかったりするなどし,さらに,
家庭内でも,Cに対して行動を監視した上,暴力を振るって支配してきて
おり,とりわけ,被害児に対する被告人の虐待を制止しようとしたCに対
しても,あからさまな暴行を加えた原判示第4の犯行以降,Cは,被告人
に同調して,被害児に食事を与えないようにという被告人の指示にも従い,
もはや被害児を助ける存在ではなくなっていた。このように,被告人は,
被害児への虐待を発見し,これを防止する社会の仕組みや被害児に対する
救いの手を徹底的に排除し,被害児を完全に孤立無援としたのであって,
Cの虐待への関与は,被告人による支配の結果というべきものであり,被
告人と共同して被害児への虐待を行ったと評価し得るものではない。
⑷結果の重大性について見ると,被害児は,将来の夢を思い描き,未来へ
の希望を抱くであろう年代であるのに,社会からも身内からも助けてもら
うことができないまま,実父から理不尽極まりない虐待を受け続け,絶命
したのであり,その悲しみや無念さは察するに余りある。10歳の子供の
死という結果が重大であることはいうまでもないが,本件の痛ましさは,
それにとどまらない衝撃を我々に与える。
⑸被告人が被害児への虐待行為に及んだ意思決定について見ると,被告人
は,意固地なまでに融通の利かない独善的な考えと,単に自分の言うこと
を聞かせたいなどという理不尽な支配欲から,大人と子供,かつ,親と子
という絶対的な力の差に物を言わせて,被害児に虐待を加え続けたものと
評するほかなく,その意思決定に酌量の余地などみじんもなく,極めて強
い非難が妥当する。
⑹そこで,処断罪を傷害致死罪,動機を児童虐待とする量刑傾向に加え,
処断罪を保護責任者遺棄致死罪,動機を児童虐待とする量刑傾向も踏まえ
て,本件各犯行の行為責任を検討すると,本件は,断続的とはいえ,虐待
の期間が特に長期間に及んでおり,中断した経緯も,児童相談所や実父母
の介入等,外部の関与がきっかけとなったものであること,被害児は,当
時9歳ないし10歳という虐待行為に対して一定の抵抗をするだけの意思
も能力もある年齢に達しており,実際他者に助けを求めるなどしたことが
あったにもかかわらず,被告人は,他者からの助けを排除して,徹底的な
支配により,被害児を肉体的,精神的に追い詰め,死亡させたこと,さら
に,処断罪である傷害致死の経緯に当たる事実が,犯罪行為として立件さ
れて具体的に立証されたことにより,傷害致死の犯行態様の異常なほどの
陰惨さとむごたらしさ,固着したとも評すべき被害児への虐待意思等が浮
かび上がっていることから見て,本件は,上記量刑傾向を大きく超える極
めて悪質性の高い事案であるといえ,死者1人の傷害致死罪全体の最も重
い部類と位置付けられるべきである。
⑺さらに,一般情状について見ると,被告人は,反省や謝罪の言葉を述べ
ているものの,自己の責任を被害児やCに転嫁して,被害児やCの人格を
おとしめる不合理な弁解に終始していることからすると,およそ自らの罪
に向き合っているとはいえず,反省というものは見られない。そのような
被告人の態度は,被害者参加人である被害児の母方の祖母の感情を逆なで
するものであり,公判に出席した同人が被告人に対し極めてしゅん烈な処
罰感情を述べたのも当然である。その他,被告人は,前科はないものの,
社会的体裁を取り繕いながら,家庭内で被害児やCへの虐待を繰り返して
いたこと,また,被告人の両親による監督についても,被告人やその両親
の年齢等に鑑みれば多くを期待できるとはいい難いことからすると,量刑
上これらの事情を大きく考慮することはできない。
2当裁判所の判断
以上のような原判決の量刑事情の認定・評価及びそれに基づく刑の量定
に不合理な点はなく,原判決の量刑が重過ぎて不当であるとはいえない。
以下,所論を踏まえて補足する。
⑴所論は,原判決の量刑は従前の同種事案の量刑傾向から大きく逸脱して
おり,重きに失する旨主張する。
しかし,原判決も説示するとおり,本件傷害致死の犯行態様は,被害児
に対し,丸2日間にわたって食事を与えず,十分な睡眠も取らせないまま,
室内や廊下に長時間立たせるなどし,さらに,廊下でお漏らしをした罰を
与えるなどと称して,真冬の暖房のない浴室に立たせたり放置したりする
など,理不尽極まりない虐待行為を続けた末に,浴室に連れ込んだ被害児
の顔面にシャワーで冷水を浴びせ続けるなどして,被害児を死に至らしめ
たという,異常なまでに陰惨で,むごたらしいものであり,それ自体,極
めて悪質である。加えて,被告人は,被害児に対し,平成29年11月上
旬頃から1年2か月余りもの長期間にわたり,外部の関与をきっかけとす
る中断を挟みながらも断続的に暴行,傷害や強要に当たる行為を含む虐待
行為を繰り返し,虐待を常態化させ,エスカレートさせた挙げ句の果てに,
本件傷害致死の犯行に至ったものであり,被害児の遺体の状況のほか,被
告人が自ら撮影した虐待の記録ともいうべき動画や画像等からは,当時既
に9歳ないし10歳という自我を持つ年齢となっていた被害児の人格と尊
厳を全て否定するような虐待のすさまじさが明らかとなっており,このよ
うな点から見ても,本件は極めて悪質性の高い事案である。しかも,被告
人は,被害児が必死の思いで助けを求めたのに応じて対処した児童相談所
や実家の親族らによる救いの手を徹底的に排除し,妻のCをも暴力等によ
り支配することで,自らの社会的体裁を取り繕いながら,被害児を完全に
孤立無援の状態に追い込み,ついには,誰からの庇護も受けられぬ状況の
中で凄惨な虐待死に至らせたのであり,その執ようで強固かつ独善的な虐
待意思等に照らして,一連の犯行に及んだ被告人の意思決定には極めて強
い非難が妥当する。これらからすると,本件は,同種類型である児童虐待
による傷害致死あるいは保護責任者遺棄致死の事案の中でも,その悪質性
は並外れたものとして際立っていると評価することができる。そうすると,
同種類型の量刑傾向を大きく超える極めて悪質性の高い事案であるとして,
死者1人の傷害致死の事案全体の中で最も重い部類に位置付けられるべき
であるとした原判決の量刑判断には,相応に具体的かつ説得的な根拠が示
されていると解することができ,被告人が原審公判段階に至ってもなお自
らの罪に向き合うことすらできていないことなどを含めた一般情状をも勘
案した上で,原審検察官の懲役18年の求刑に対して被告人を懲役16年
に処した原判決の量刑判断は,これまでの量刑傾向を踏まえて検討しても,
不合理なものであるとはいえない。
これに対し,所論は,本件においては,凶器を使用している事案,動
機に金銭トラブルがある事案,計画性のある事案,被害者の立場が親族以
外である事案のような,一般的に犯情の面で重視されるべき悪質な事情は
存しないなどと指摘するが,上述したような本件事案特有の悪質性に照ら
せば,所論の指摘は当たらない。
⑵所論は,原判決の説示中,被告人とCの関係や,Cの虐待への関与につ
いての認定及び評価は,信用性の乏しいCの原審証言に専ら依拠したもの
で,事実を誤認しており,これを前提とした原判決の量刑判断は不当であ
る旨主張する。
しかし,Cの原審証言が信用できることは既に説示したとおりであり,
同証言を含む関係証拠によれば,Cは,郷里の沖縄を離れ,被告人の物心
両面にわたる支配を受けながら生活していたが,当初は,被害児をある程
度庇っていたことが認められるものの,C自身が被告人から原判示第4の
暴行を受けた頃からは,被害児への虐待にも積極的に加担する言動を示す
ようになったことが明らかであり,この点に関する原判決の認定及び評価
に誤りはなく,所論は採用できない。
また,所論は,被告人が被害児への虐待を繰り返したなどとする原判決
の認定にも誤りがある旨主張するが,証拠上明らかな本件の一連の事実経
過から,被告人が長期間にわたって,外部の関与をきっかけとする中断を
挟みながらも,断続的に虐待を繰り返したものと認めた原判決の判断に誤
りはない。
⑶所論は,原判決の量刑は,共犯者であるCとの刑の均衡を余りにも失す
る旨主張する。
しかし,Cは,原判示第6の事実に関して傷害幇助罪に問われるにとど
まったものであり,しかも,その立場は被告人による支配を背景とした従
属的なものであったことは既に説示したとおりであることなどからすると,
原判決の量刑がCとの刑の均衡を失するとはいえない。
⑷その他,所論の指摘を踏まえても,原判決の量刑が重過ぎて不当である
とはいえない。
論旨は理由がない。
第6結論
よって,刑訴法396条により本件控訴を棄却し,当審における未決勾
留日数の算入について刑法21条を,当審における訴訟費用を被告人に負
担させないことについて刑訴法181条1項ただし書をそれぞれ適用して,
主文のとおり判決する。
令和3年3月4日
東京高等裁判所第8刑事部
裁判長裁判官近藤宏子
裁判官小川賢司
裁判官仁藤佳海

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