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平成17年4月22日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
平成13年(行ウ)第18号障害基礎年金不支給決定取消等請求事件
口頭弁論終結日 平成17年2月25日
判決
主文
 1 福岡県知事が,平成10年6月17日に原告に対してした障害基礎年金を支給しな
い旨の処分を取り消す。
 2 原告の被告国に対する請求を棄却する。
 3 訴訟費用は,原告と被告社会保険庁長官との間においては,原告に生じた費用の
2分の1を同被告の負担とし,その余は各自の負担とし,原告と被告国との間にお
いては,全部原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
 1 被告社会保険庁長官に対する請求
   主文1項同旨
 2 被告国に対する請求
   被告国は,原告に対し,金2000万円を支払え。
第2 事案の概要
 1 本件は,大学在学中に統合失調症を発症した原告が,障害基礎年金の支給裁定
を申請した(以下「本件裁定請求」という。)ところ,福岡県知事により,被保険者資
格が認められないことを理由とする,同支給をしない旨の処分(以下「本件不支給
処分」という。)を受けたことから,上記県知事の事務承継者である被告社会保険
庁長官に対し,学生を強制適用の対象から除外した国民年金法の規定(上記処分
当時)は憲法に違反し,上記処分は法適用を誤ったなどと主張して,上記処分の取
消しを求めるとともに,被告国に対し,立法不作為等を理由とする国家賠償を求め
た事案である。
 2 争いのない事実等
 (1)法令の定め等
    国民年金法は,昭和34年に制定され,その後繰り返し改正された。本件に関係
する改正は,昭和60年改正,平成元年改正及び平成12年改正であり,以上の
法律に定められた障害基礎年金(制定当時は障害年金)の支給要件等は次の
とおりである。
   ア 国民年金法(昭和34年法律第141号)の制定(以下「昭和34年法」という。)
   (ア)障害年金の支給要件
      昭和34年法30条は,障害年金は,①疾病にかかり,又は負傷し,かつ,②そ
の疾病又は負傷及びこれらに起因する疾病(以下「傷病」という。)について
はじめて医師又は歯科医師の診療を受けた日(以下「初診日」という。)に
おいて被保険者であること等の要件を満たしている者が,③当該傷病がな
おった日(その症状が固定し治療の効果が期待できない状態に至った日を
含むものとし,以下「廃疾認定日」という。)において,その傷病により別表
(別紙参照)に定める程度の廃疾の状態にあるときに,その者に支給すると
された。他方,上記廃疾認定日には上記程度の廃疾の状態になかったも
のの,その後,同廃疾の状態に至った場合(いわゆる事後重症)について
は,定めがなかった。
      上記②の「被保険者」とは,「日本国内に住所を有する20歳以上60歳未満の
日本国民」を指すが(同法7条1項),そのうち,「学校教育法52条に規定す
る大学(同法62条に規定する大学院を含む。)及びこれに相当する国立の
学校で厚生大臣の指定するものに在学する学生」(昭和34年法7条2項7
号ロ。以下,後記昭和60年改正法7条1項1号イと併せて,「本件適用除外
規定」という。)等については,国民年金の被保険者から除外され,かかる
除外者に対する将来にわたる国民年金法の適用関係については,国民年
金制度と被用者年金各法による年金制度及びその他の公的年金制度との
関連を考慮して,速やかに検討が加えられた上,別に法律をもって処理さ
れるべきものとされた(同条3項)。
   (イ)任意加入制度
      なお,昭和34年法7条2項4号から7号によって被保険者とされなかった者に
ついては,任意加入制度が設けられ,都道府県知事の承認を受けて,被保
険者となることができる(同法附則6条1項)が,その場合には,保険料負担
の免除規定は適用されないものとされた(同条6項)。
   (ウ)障害福祉年金
      昭和34年法56条1項は,①疾病にかかり又は負傷し,かつ,②初診日にお
いて被保険者であった者等が,③廃疾認定日においてその傷病により別表
に定める1級に該当する程度の廃疾の状態にあるときは,同法30条に定
める障害年金の支給要件に該当しない場合においても,これに該当するも
のとみなして,その者に障害年金を支給すると定めている。
      また,同法57条1項は,①疾病にかかり,又は負傷し,②その初診日におい
て20歳未満であった者が,廃疾認定日後に20歳に達したときは20歳に
達した日において,廃疾認定日が20歳に達した日後であるときはその廃
疾認定日において,別表に定める1級に該当する程度の廃疾の状態にあ
るときも,障害福祉年金を支給すると定めている。
   イ 昭和60年法律第34号による法改正(以下「昭和60年改正法」という。)
   (ア)障害基礎年金(昭和34年法の「障害年金」から名称が改められた。)の支給要

      昭和60年改正法30条は,障害基礎年金は,①疾病にかかり,又は負傷し,
かつ,②初診日において被保険者であること等の要件を満たしている者
が,③当該初診日から起算して1年6月を経過した日(その期間内にその
傷病が治った場合においては,その治った日〔その症状が固定し治療の効
果が期待できない状態に至った日を含む。〕とし,以下「障害認定日」とい
う。)において,その傷病により別表(別紙参照)の障害等級に該当する程
度の障害の状態にあるときに,その者に支給する旨を定めているとともに,
新たに,同法30条の2(事後重症)が規定され,①疾病にかかり,又は負
傷し,かつ,②初診日において被保険者であること等の要件を満たしてい
る者が,③障害認定日において,上記障害等級に該当する程度の障害の
状態になかったものが,同日後65歳に達する日の前日までの間におい
て,その傷病により障害等級に該当する程度の障害の状態に該当するに
至ったときは,その者は,その期間内に障害基礎年金の支給を「請求」する
ことができるものとされた。
      上記②の「被保険者」は,「日本国内に住所を有する20歳以上60歳未満の
者」(同法7条1項1号)とされたが,そのうち,「学校教育法41条に規定す
る高等学校の生徒,同法52条に規定する大学の学生その他の生徒又は
学生であって政令(政令第53号4条)で定めるもの」(昭和60年改正法7条
1項1号イ。前記のとおり,昭和34年法7条2項7号ロと併せて,「本件適用
除外規定」という。)等は,被保険者から除外された。
   (イ)任意加入制度
      本件適用除外規定によって被保険者から除外された者等については,都道府
県知事に申し出て,被保険者となることができる旨の任意加入制度が設け
られた(附則5条)。
      また,学生の取扱いについては,学生の保険料負担能力等を考慮して,今後
検討を加え,必要な措置を講ずることとされた(昭和60年改正法附則4条1
項)。
   (ウ)20歳未満傷病者について
      ところで,昭和60年改正法は,新たに,①疾病にかかり,又は負傷し,その初
診日において20歳未満であった者が,障害認定日以後に20歳に達したと
きは20歳に達した日において,障害認定日が20歳に達した日後であると
きはその障害認定日において,障害等級に該当する程度の障害の状態に
あるときは,その者に障害基礎年金を支給する(30条の4第1項)ととも
に,いわゆる事後重症の事案につき,②疾病にかかり,又は負傷し,その
初診日において20歳未満であった者(同日において被保険者でなかった
者に限る。)が,障害認定日以後に20歳に達したときは20歳に達した日後
において,障害認定日が20歳に達した日後であるときはその障害認定日
後において,その傷病により,65歳に達する日の前日までの間に,障害等
級に該当する程度の障害の状態に該当するに至ったとき(以下「事後重症
該当日」という。)は,その者は,その期間内に障害基礎年金の支給を「請
求」することができる(同条2項)と定めた。
   (エ)施行日及び昭和60年改正法30条の4の適用関係
      昭和60年改正法は,昭和61年4月1日から施行するものとされた(同法附則
1条)が,同法30条の4の文言に照らせば,同条1項は,「障害認定日」(障
害認定日以後に20歳に達したときは20歳に達した日)が上記施行日以降
にある場合に昭和60年改正法が適用され,同条2項は,「事後重症該当
日」が上記施行日以降である場合に昭和60年改正法が適用されるものと
解される(なお,同法附則23条は,このことを前提として定められてい
る。)。
   ウ 平成元年法律第86号による改正(以下「平成元年改正法」という。)
   (ア)障害基礎年金支給要件
      平成元年改正法30条及び30条の2は,昭和60年改正法30条及び30条の
2と同様の支給要件を定めているところ,本件適用除外規定が廃止され,
学生も強制適用の対象とされることになった。
   (イ)保険料納付義務
      上記改正に伴い,20歳以上の学生も,被保険者として保険料納付義務を負う
こととなった(平成元年改正法88条1項)。そして,所得がないとき等,一定
の要件を充足する場合には,都道府県知事に申請をして保険料納付義務
の免除を受けることができるが,世帯主又は配偶者に保険料を納付するに
ついて著しい困難がないと認められる場合は,免除を受けることはできない
とされた(同法90条)。
   エ 平成12年法律第18号による改正(以下「平成12年改正法」という。)
     従前の世帯主等の所得を基準とする保険料納付義務免除に関する定めが改め
られ,学生の本人の所得が一定以下の場合,申請に基づいて保険料納付義
務の免除を受けることができるようになった(平成12年改正法90条の3)。
 (2)前提事実
    以下の事実は,当事者間に争いがないか,後掲各証拠及び弁論の全趣旨により
容易に認められる。
   ア 原告(昭和○○年△月□日生)は,成人後でA大学在学中の昭和61年12月1
8日,独立行政法人A大学病院(当時国立A大学医学部附属病院,以下「A大
病院」という。)精神科において,統合失調症の診断を受けた(甲44,46)。
   イ 原告は,平成元年4月1日,A大学を卒業したことにより,国民年金の被保険者
たる資格を取得し,その後,平成2年度以降は同保険料を継続的に納付して
いる。
   ウ 本件不支給処分等
     原告は,平成10年5月11日,福岡県知事に対し,初診日を「昭和61年2月18
日」(上記診断日を誤記した。)として,障害基礎年金の支給に係る本件裁定
請求を行った。
     なお,原告は,原告の当時の状態は,精神の障害(統合失調症)であって,日常
生活活動能力ないし労働能力は存在しない(障害等級1級10号該当)旨主張
する(他方,原告の現在の状態は,精神障害がより重篤化している旨主張す
る。)のに対し,被告は,仮に該当するとしても,障害等級2級程度の状態にあ
ったと主張する。
     これに対し,同知事は,平成10年6月17日,原告は傷病の初診日(昭和61年
2月18日)において国民年金の被保険者でないとの理由で,本件不支給処
分をした。
     ところで,平成10年当時は,障害基礎年金の受給権の裁定者は,地方分権の
推進を図るための関係法律の整備等に関する法律(平成11年法律第87号)
による改正前の国民年金法3条2項及びこれに基づく政令の規定により,都
道府県知事の機関委任事務とされていた(昭和34年法施行令(政令第184
号)1条1号)。
   エ 原告は,本件不支給処分を不服として,平成10年6月22日,福岡県社会保険
審査官に審査請求をしたが,同審査官は,平成11年9月30日,審査請求を
棄却する裁決をした。
     さらに,原告は,平成11年11月25日,社会保険審査会に再審査請求をした
が,同審査会は,平成13年4月27日,再審査請求を棄却する裁決をしたた
め,同年7月5日,本件訴訟を提起した。
   オ なお,被告社会保険庁長官は,平成12年4月1日,いわゆる機関委任事務制
度の廃止により,障害基礎年金等の支給裁定に係る権限を取得した(国民年
金法16条)。
   カ 統合失調症の特質について
     統合失調症には,陽性期と陰性期とが認められるが,陽性期に見られる症状
(陽性症状)の内容は,幻覚,被害妄想,誇大妄想等であり,後述の急性期に
多く見られる症状である。そして,発病から陽性症状が顕在化するまで数か月
から数年の経過があるとされている。
     統合失調症には前兆期,急性期,休息期(消耗期)及び回復期と推移し,それ
ぞれの特徴は次のとおりである。
    前兆期 まわりが何となく騒がしく,何となく変だと感じとれる時期であり,不眠や
不安,焦燥感,抑うつ症状が強まる。身体的な不定愁訴があり,神経
症状態等の症状が現れる。前兆期の症状は,長期にわたったり,ほと
んど目立たないこともある。
    急性期 急性期には,不眠や不安,幻聴,妄想,奇異な言動が見られるといった
症状が現れる。精神不穏のため,問題行動を起こすこともあり,家族
や周囲の人が異常に気付く時期である。
    休息期(消耗期) 過度の眠気や,体のだるさ,自信喪失等の症状が現れ,何もし
たくない,何もできないという無気力状態の時期である。
 回復期 徐々に気持ちにゆとりが出て周囲への関心が増加するという傾向があ
る。
     統合失調症の発症は生活上の出来事(ライフイベント)がきっかけとなると考え
られている。ライフイベントとしては,異性問題,金銭問題,対人問題,名誉問
題(自尊心が傷つく出来事,いじめ,非難・叱責)等が挙げられる(甲36,37,
45,60,乙34,35)。
     統合失調症は,上述のとおり,前兆期には症状が明確でなく,家族や周囲の者
が気付かない場合もある。そのため,発症直後や前兆期に,統合失調症と認
識した上で受診する例は少なく,実際は統合失調症に起因する疾病であって
も,統合失調症であると診断されない場合も少なからず生じるものと考えられ
る。したがって,初診日の認定に際しては,統合失調症に起因する疾病に対
する診療であるかを回顧的,総合的に判断していく必要があるといえる。
第3 争点
 1 本件不支給処分の適法性について
 (1)原告について,昭和60年改正法30条の4第2項の規定を適用ないし類推適用す
べきか。
 (2)本件適用除外規定は憲法25条及び14条等に違反し無効であるから,原告は,
昭和60年改正法30条の2第1項所定の支給要件を充足するものとして取り扱
われるべきか。
 2 国家賠償請求が認められるかについて
 (1)学生を強制適用の対象外とした立法に関わった国会議員及び内閣の行為に関
し,国家賠償請求が認められるか。
 (2)内閣による個別的教示の懈怠につき,国家賠償請求が認められるか。
第4 争点に関する当事者の主張
 1 争点1(1)(昭和60年改正法30条の4第2項の適用ないし類推適用の可否)につ
いて
  (原告の主張)
 (1)原告は,「疾病にかかり,又は負傷し,その初診日において20歳未満であった者」
に当たり,昭和60年改正法30条の4第2項の適用を受ける。
   ア 「初診日」が 「初めて医師の診療を受けた日」であると解するとしても,ここにい
う「診療」とは,傷害認定の対象になっている傷病自体についての診療のみな
らず傷病に起因する傷病の診療も含まれる。
     統合失調症の場合,患者及びその家族は,前記のとおりの同症の特殊性のた
め,発症の初期に,患者の奇異な言動が同症の発現であると認識することが
困難であり,また,専門医でも病名の確定診断が困難であることから,症状が
周囲に明らかになった後に精神科を受診して統合失調症と診断され,過去に
さかのぼって発症時期が確定されることが多い。
     したがって,統合失調症の診断時から遡って,発症時期ないし前兆期と思われ
る時期に,統合失調症に起因する傷病によって医師の診断を受けている場合
には,その受診日を「初診日」とするべきである。
   イ これを本件についてみるに,原告は,①昭和59年6月12日,胃腸炎でB内科
を受診し,②昭和60年梅雨ころには,不眠等を訴えC医院を受診しているとこ
ろ,これらの症状は,統合失調症の症状あるいは少なくともそれに起因する症
状であるといえる。したがって,上記受診の事実をもって「初診」とするべきで
ある。
 (2)仮に,上記受診が「初診」と認められなくても,統合失調症については,以下の理
由により,「発症日」あるいは「医師の診療を受けるべき状態になった日」をもっ
て初診日とみなすべきであるところ,原告は,20歳より前の昭和59年4月ころ
に統合失調症を発症して,医師の診療を受けるべき状態になっており,20歳よ
り前に「初診日」があるということができる。
    すなわち,通常の傷病の場合,患者は発症とほぼ同時に医療機関を受診するこ
とから,「発症日」と「受診日」がほぼ一致するのに対し,統合失調症の場合に
は,前記のとおりの同症の特殊性のため,患者及びその家族は,同症の発症に
もかかわらず,そのことを認識することが困難であるし,精神障害に対する偏見
のため,医療機関を受診する時期が遅れてしまうことが多い。
    かかる事情に鑑みると,精神疾患における「初診日」は,「発症日」ないしは「医師
の診療を受けるべき状態になった日」と解するべきである。 
 (3)仮に,昭和60年改正法30条の4第2項が直接適用されなくとも,同条項を類推適
用すべきである。
    同条が20歳未満に「初診日」がある場合には保険料を支払っていなくとも障害基
礎年金を支給する(無拠出制)旨定めた趣旨は,障害者に対する福祉的見地と
20歳未満の者には保険料負担能力がないことにあるところ,同様の理由が20
歳以上の学生にも当てはまるのであるから,20歳以上の学生時に「初診日」が
ある場合にも,同条を類推適用すべきである。
 (4)以上のとおり,本件不支給処分は,昭和60年改正法30条の4第2項の直接適用
ないし類推適用をすべきであったにもかかわらず,被保険者資格がないとの理
由で不支給処分としたものであり,同条の解釈適用の誤りがあるので,取消しを
免れない。
  (被告社会保険庁長官の主張)
 (1)原告は,「初診日において20歳未満であった者」には当たらないこと
   ア 初診日とは,「疾病にかかり,又は負傷した者が,その疾病又は負傷及びこれ
らに起因する疾病について初めて医師又は歯科医師の治療を受けた日」(国
民年金法30条1項参照)をいうところ,本件における初診日は昭和61年12
月18日であるから,昭和60年改正法30条の4第2項の適用はない。
   イ この点,原告は,昭和59年6月12日のB内科の受診又は昭和60年梅雨ころ
のC医院の受診が「初診」に当たる旨主張するが,前者の受診の際の傷病名
は「胃腸炎」であり,統合失調症とは無関係であるし,後者の受診について
は,診療録等が存在せず,そもそも受診の事実自体を認めることができない
ことから,原告主張の上記受診を「初診」と認めることはできない。
   ウ また,原告が,20歳に達した昭和●●年△月□日より前に,統合失調症を発
症したことを認めるに足りる証拠はなく,原告の発症は20歳を過ぎた同年9
月であった。
 (2)発症日等をもって「初診日」と解することはできないこと
   ア 「初診日」という文言上,当然に,医師又は歯科医師による診断が必要であるこ
と,社会保険給付に関する処分は,大量かつ統一的になされるものであり,
客観的な基準による公平・迅速な手続の要請が高いこと,初診日を発症日等
とすると,統合失調症の場合にはその時期の特定が困難であるため,これを
基準とする障害認定日の起算及び保険料納付給付要件の充足の判断が不
明確になること等の理由から,発症日等をもって初診日と解することはできな
い。
   イ また,前記のとおり,原告が,20歳に達した昭和●●年△月□日より前に,統
合失調症を発症したことを認めるに足りる証拠はない。
 (3)昭和60年改正法30条の4第2項の規定を,20歳以上の学生に類推適用するこ
とはできないこと
    同条は,社会福祉の見地から,未だ加入年齢に達せず,国民年金の被保険者と
はなり得ない者で障害を受けた者を対象に年金を受給させようとするものであ
る。他方,20歳以上の学生については,任意加入制度が用意されており被保険
者となることができたのであるから,同条項を類推適用することはできない。
    また,「20歳未満であった者」という文言は,「20歳以上の者」に対する同条項の
適用を明示的に除外する趣旨と解される。
 2 争点1(2)(本件適用除外規定の合憲性)について
  (原告の主張)
 (1)総論
    本件適用除外規定は,憲法25条及び14条等に違反し無効であるから,原告
は,昭和60年改正法30条の2第1項所定の支給要件を充足するものとして取
り扱われるべきであり,これに反する本件不支給処分は取消しを免れない。
 (2)本件適用除外規定は,憲法25条に反すること
   ア 障害者に対する所得保障制度の必要性
     本件適用除外規定によると,学生が病気や怪我のために障害を負い,稼得能
力を喪失する事態が生じても,障害年金を受給することを原始的に不能とす
るものであるから,憲法25条1項及び2項に違反し,無効である。
     すなわち,障害者は,障害のゆえに就労の機会が乏しく,仮に就労できたとして
も得る収入が低いという実情がある。また,障害のゆえに,交通費,光熱費等
の負担において,障害を持たない者と比してより多額の出費を強いられる。
     したがって,障害者への所得保障は,健常者との平等を実現するため,また障
害者が人間としての尊厳を保つために不可欠のものであって,憲法25条の
内容として具体的に認められていると解するべきである。
   イ 所得保障制度の中核は,障害基礎年金の支給にあること
     障害者に対する現行の所得保障制度としては,年金制度上の所得保障制度,
労災補償制度上の所得保障制度,社会手当制度上の所得保障制度及び生
活保護制度上の所得保障制度の4制度がある。このうち,どの制度を基本に
据えるかは,①一定の障害基準に該当する者すべてを包摂し得るものである
こと,②障害が長期間継続するという特性に鑑み,一定水準の生活を継続的
かつ確実に営むことができるものであること,③給付の内容は,障害をもつこ
とで失われた稼得能力,障害をもつことによる特別の出費及び社会生活上の
あらゆる分野への参加の促進を補償し得るものであることの各条件を満たす
ものかで判断すべきである。
     そうすると,年金制度上の所得保障制度は,少なくとも上記3点の条件を満たす
可能性を持った制度であり,障害者に対する所得保障の基本に据えられるべ
き制度であるといえる。
     この点,被告は障害者に対する所得保障の方法としては,生活保護制度の適
用もあり得ると主張する。しかしながら,生活保護制度は,上記の条件を備え
ておらず,また,受給者に恥辱感を与え,尊厳と自立を害する制度であって,
障害者に対する所得保障に当たるとは到底言えない。
     以上より,所得保障を受ける権利とは,年金の支給を受ける権利のことを意味
し,年金受給権は憲法25条によって保障されていると解するべきである。
   ウ 国民年金法も,国民皆年金の理念を掲げていること
     国民年金法は,憲法25条を具体化する法律として制定され,「国民皆年金」の
理念の下,「老齢,障害又は死亡によって国民生活の安定がそこなわれるこ
とを防止し,もって健全な国民生活の維持及び向上に寄与すること」を目的と
している(同法1条)。そして,国民年金制度が,拠出制を原則としながらも,稼
得能力の有無を強制適用の要件としていないことから分かるように,「国民皆
年金」の意義は保険料負担能力の乏しい者も含めて年金給付による所得保
障を行い,貧困化を防止して最低限度の文化的生活を保障する点にある。
     それゆえ,障害基礎年金を受給する権利は,憲法25条によって保障された権
利であるといえるので,本件適用除外規定は,同条に違反する。
 (3)本件適用除外規定は,憲法14条に反すること
   ア 強制適用される被保険者との不平等 
     国民年金制度は,基本的に全国民を強制加入とし,そのうち一定期間稼得活動
に従事していない者についても,保険料納付の猶予・免除手続をとった者に
ついては年金を支給することとしている。
     すなわち,国民1人1人が拠出能力がある時期とない時期があることを前提に
制度を設計しているにもかかわらず,一時的に拠出能力のない学生について
のみ強制適用の対象としておらず,その結果保険料免除の余地を無くす不合
理な差別を行った。
   イ 20歳未満障害者との不平等
     20歳未満障害者は,20歳以上の学生と同様,強制加入の対象ではない。しか
しながら,20歳未満障害者には,障害年金不支給を補完するものとして障害
福祉年金(昭和60年改正法施行前)あるいは障害基礎年金(同法施行後)な
ど,障害を負った際の最低限の所得保障給付制度が設けられた。
     これに対し,20歳以上の学生には,このような補完制度が設けられておらず取
扱いの不平等が認められる。
   ウ 平成3年4月以降に満20歳に達した学生との不平等
     平成元年改正法によって,平成3年4月以降に満20歳となる学生については強
制加入となった一方で,同年3月以前に満20歳となった学生については,何
らの救済措置もなかった。このことにより,同年4月を境として,それ以降に2
0歳になった者とそれより前に20歳になった者との間で,新たな差別的取扱
が生じることとなった。
   エ 上記不平等に合理的理由がないこと
     上記のような差別的取扱いについて,被告は,①20歳以上の学生は稼得活動
をしていないことが通常であり,保険料拠出能力が十分ではないこと,②学生
は,卒業後,被用者年金制度に加入することが多いこと,③卒業後,他の公
的年金に加入すると,多くの場合保険料が掛け捨てになることを挙げる。しか
しながら,①については,国民年金法が,低所得層にもすべて年金給付を及
ぼすという国民皆年金を理念としている以上,拠出能力の有無を,国民年金
制度の適否を決する基準として用いることは不適切であるし,仮に拠出能力
を問題にするとしても,納付の猶予等の方法があったはずである。また,②に
ついては,学生が在学中に重度の障害を負う可能性があることを見過ごした
議論である。さらに,③については,昭和36年4月に年金通算通則法が施行
され,それ以降は掛け捨て問題は発生しないのである。
     このように,被告の主張する理由はいずれも合理性がないものであって,学生
について強制適用から除外した合理的根拠はない。
 (4)任意加入制度の存在は,違憲性を治癒しないこと
    任意加入制度は,保険料納付能力がなければ利用できない制度であったので,
資力のない学生にとっては無意味であるし,同制度の周知徹底が不十分であ
り,制度の実質を伴っていなかったので,本件適用除外規定の違憲性を回避す
るに十分な制度とはいえなかった。
 (5)本件適用除外規定は,憲法13条及び31条に違反すること
    国民皆年金の理念の下では,すべての国民に国民年金の被保険者資格が認め
られるのが本来の姿である。それにもかかわらず,20歳以上の学生について
は,任意加入しない限り被保険者資格を認めない制度を導入するのであれば,
憲法13条及び31条に照らし,その前提として十分な告知・聴聞の機会が保障
されていることが必要である。
    しかるに,かかる告知・聴聞の手続は保障されていなかったのであるから,任意
加入しなかった20歳以上の学生に対して障害基礎年金の支給を拒絶すること
は,上記規定に違反する。
 (6)司法権の限界に関する被告の主張について
    被告国は,裁判所が,本件処分を取り消すことは,裁判所が新たな立法を行うこ
とと同視される旨主張する。
    この点,本件においては,国民皆年金という法理念(立法判断)が存在し,本件適
用除外規定の合憲性についても,かかる立法判断に照らした司法判断がなされ
るのであるから,裁判所が新たな立法を行うことと同視されるものではない。
    したがって,被告国の上記主張は理由がない。
  (被告国の主張)
 (1)総論
    本件適用除外規定は,憲法に違反するものではなく有効であるから,原告は,初
診日である昭和61年12月18日において被保険者でなかった以上,本件不支
給処分は適法である。
 (2)本件適用除外規定は,憲法25条に違反しないこと
   ア 国民年金制度は,「日本国憲法25条第2項の規定する理念に基き,老齢,障
害又は死亡によって国民生活の安定がそこなわれることを国民の共同連帯
によって防止し,もって健全な国民生活の維持及び向上に寄与すること。」を
目的としている(国民年金法1条)ので,これは,抽象的な権利である生存権
(憲法25条)を具体化するものであるところ,憲法25条に基づく立法措置の
選択決定は,立法府の広い裁量に委ねられている。それゆえ,社会保障立法
に関する立法府の裁量判断は,「著しく合理性を欠き,明らかに裁量の逸脱・
濫用と見ざるを得ないような場合」にのみ違憲となる。
     これを本件についてみるに,本件適用除外規定は,以下に述べるように合理的
であり,立法の裁量の範囲内であって,憲法違反であるとの原告の主張は理
由がない。
   イ 学生を強制適用の対象としなかった趣旨
     昭和34年法及び昭和60年改正法は,20歳以上の学生を強制適用の対象とし
なかったが,これは,稼得活動に従事していない者に保険料納付義務を負わ
せることは国民年金制度の趣旨に反する上,学生は学校を卒業し社会に出
た後は被用者年金制度に加入する者がほとんどであり,しかも学生の多くは
20歳到達後2年程度で卒業するため,保険料が掛け捨てとなるという事情を
総合考慮して学生を強制適用の対象外としたのである。
   ウ 任意加入制度の存在
     もっとも,強制適用の対象外とされた学生も,老齢以外の保険事故(障害)に対
する保障を求める者,あるいは卒業後引き続き国民年金の被保険者となるこ
とが見込まれるなどの事情により国民年金制度への加入を希望する者に対し
ては,任意加入の方法により被保険者となることができるとした。
     これに対し,原告は,任意加入制度では,学生の年金受給権の保障として十分
ではなかった旨主張するが,任意加入制度の利用は容易であり,原告の主張
は失当である。
   エ 以上のとおりであるから,本件適用除外規定は憲法25条に違反しない。
   オ 原告の主張について
   (ア)「国民皆年金」に関する主張について
      国民年金法は国民皆年金を理念としているものの,それは,あくまで政策理念
であり,法制度そのものではない。政策理念としての「国民皆年金」を達成
するために,どのような制度を創設するかについては,立法者に広範な裁
量が付与されている。
      また,国民皆年金の内容は,原告の主張するような,全国民に無条件で年金
給付を付与することを意味するのではなく,全国民がいずれかの拠出性の
公的年金に加入し,保険料納付義務を果たせば年金給付を受けることがで
きることを意味するものである。この意味で,無拠出制の年金はあくまでも
例外的な措置である。
   (イ)所得保障制度の必要性について
      また,原告は障害者が障害基礎年金を受給する権利は憲法25条によって保
障されている旨主張する。
      しかしながら,憲法25条1項にいう「健康で文化的な最低限度の生活」とは,
抽象的・相対的な概念であって,その内容を具体化する立法行為をするに
当たっては,国の財政事情や政策的判断を踏まえ,立法府の広い裁量に
委ねられている。社会保障立法においても,その時々における文化の発達
の程度,経済的・社会的条件,一般的な国民生活の状況等優れて政策的
な判断が求められる要素を総合的に考慮すべきであり,立法府の広い裁
量に委ねられるべき問題である。
      そして,障害者福祉の充実については,所得保障のみに力点を置くのではな
く,生活保護制度による公的扶助や,介護などの社会福祉サービスの給付
に重点を置くことなど,多種多様な複数の選択肢が考えられるところであ
り,所得保障制度のみが主要な内容として位置付けられているわけではな
い。
      したがって,憲法25条から直ちに障害基礎年金を受給する権利が保障されて
いると解することはできない。
 (3)本件適用除外規定は,憲法14条に違反しないこと
    憲法14条1項は,合理的理由のない差別を禁止するものであって,各人に存す
る経済的,社会的その他種々の事実関係上の差異を理由として区別すること
は,合理的区別である限り,同項に違反するものではない。
    そして,立法府が法律を制定するに当たり,その政策的,技術的判断に基づき,
上記の差異を理由として取扱いに区別を設けることは,その立法理由に合理的
な根拠があり,かつ,その区別が立法理由との関連で著しく不合理なものでな
く,いまだ立法府に与えられた合理的な裁量判断の限界を超えていないと認め
られる限り,合理的理由のない差別とはいえず,これを憲法14条1項に反する
ものということはできない(最高裁平成7年7月5日大法廷決定・民集49巻7号1
789頁,最高裁昭和51年4月14日大法廷判決・民集30巻3号223頁)。
    これを本件についてみるに,国民年金法は,憲法25条2項に基づく法律であり,
立法に当たっては,立法府に広範な裁量が認められているところ,本件適用除
外規定は,20歳以上の学生を,学生でない者と区別するものであるが,その立
法趣旨は,前記(2)イのとおりであるから,このような区別は,稼得能力の減損
に対する所得保障をその中心とする国民年金制度の趣旨に合致したものであっ
て,合理性を有することは明らかである。したがって憲法14条に反しない。
 (4)本件適用除外規定は,憲法13条及び31条に違反しないこと
    憲法31条の趣旨,文言に照らせば,同条項が適用されるのは,個人の生命,身
体,財産に対し,刑罰又は刑罰に酷似するような制裁を科する手続に限られると
解するのが相当である(最高裁平成4年7月1日大法廷判決・民集46巻5号43
7頁参照)。
    また,本件適用除外規定及び任意加入制度が,個人としての尊厳を害し,憲法1
3条に違反する恣意的かつ不合理な立法であるとはいえない。
 (5)司法権の限界
    仮に,原告が主張するとおり,本件適用除外規定が違憲,無効と判断されるとし
ても,障害基礎年金を支給するためには,他に保険料納付等の要件を充足する
必要がある。しかるに,裁判所が上記要件を充足しないままに,本件不支給処
分を取り消すとすると,裁判所が未だ立法的判断がなされていない部分につき
新たに支給要件を創設することに他ならないから,本件適用除外規定を無効と
判断し,本件処分を取り消すことは裁判所の司法審査の範囲を超え,許されな
いというべきである。 
 3 争点2(学生を強制適用の対象外とした立法に関わった国会議員及び内閣の行為
に関し,国家賠償請求が認められるか)について
  (原告の主張)
 (1)違法行為
   ア 国会議員による立法不作為及び内閣による法案不提出
     初診時に被保険者資格を有しなかった20歳以上の学生に対して障害基礎年金
を支給する立法を怠っていることについては,国会議員には立法不作為の,
内閣には法案提出権(内閣法5条)の不提出の違法があり,これらの不作為
について故意又は過失が存するので,被告国は原告に対し国家賠償責任を
負う。
   (ア)昭和34年法制定時について
      昭和34年法制定当時,学生が強制適用の対象外とされていること及び任意
加入制度には免除制度が設けられていないために任意加入できない学生
が多数発生し,その中から障害者となるものが発生することは容易に予測
できた。それにもかかわらず,国会議員及び内閣はこれらの実態を把握す
るために必要な調査及び検討を怠り,その結果いわゆる学生無年金障害
者を発生させた違法がある。
   (イ)昭和60年改正時について
      昭和60年改正時には,国会議員及び内閣は,学生無年金障害者問題が発
生していることを十分認識しており,また,学生に拠出能力がないことに対
しても,当時,仮適用,納付猶予,半額納付及び無拠出支給等の具体案が
出尽くしていたのであるから,同改正法で学生を強制適用の対象とし,学生
無年金障害者の増加を回避することは可能であった。
      それにもかかわらず,国会議員及び内閣は,学生無年金障害者発生防止の
ための措置を執る義務を怠った違法がある。
   (ウ)平成元年改正時について
      平成元年改正法では,それまで強制適用の対象外とされた学生について,強
制適用の対象とされた。しかし,それは将来に向けた措置にとどまり,それ
までに強制適用とされなかったことによって損害を受けた学生無年金障害
者に対する救済措置は行われなかった。国会議員及び内閣は,平成元年
改正以前に既に生じていた学生無年金障害者に対し,応急的な措置を執
るなどして救済すべき義務があったにもかかわらずこれを怠った違法があ
る。
   (エ)平成12年改正時について
      平成12年改正法では,学生本人の前年の所得が68万円以下の者が保険料
の免除を受けられるようになり,国会議員及び内閣が学生無年金障害者の
救済の必要性を強く認識したにもかかわらず,既存の学生無年金障害者に
対する救済措置を怠った違法がある。
   イ 内閣による個別的教示の懈怠
     内閣は,個々の学生に対して,学生が原則として国民年金の適用除外であるこ
と,例外的に任意加入できること,任意加入しなければ,20歳を過ぎて事故
にあった場合,生涯にわたって障害基礎年金の支給が受けられないこと等を
教示すべきであったのに,これを怠った違法がある。
 (2)被告国の主張について
    被告国は,最高裁判決を引用して,立法行為が国家賠償法上違法の評価を受け
るのは,「立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国
会があえて当該立法を行うというごとき,容易に想定し難いような例外的な場
合」に限られる旨主張する。
    しかしながら,被告国の引用する判決は,一義的な文言に違反している場合を例
示的に挙げたものであって,これのみに限定されると解釈すべきではない。
    そして,憲法の基本的な原理である基本的人権の尊重,確立のために議会制民
主主義が採用され,その上に裁判所に法令審査権が付与されたのであるから,
憲法秩序の根幹的価値に関わる人権侵害が現に個別の国民ないし個人に生じ
ている場合に,その是正を図るのは国会議員の憲法上の義務であり,同時に裁
判所の権限及び義務である。
    したがって,①立法内容の違憲性が明白であるにもかかわらず当該立法がなさ
れ,あるいは違憲状態が明白となってから相当な期間を経過してもなお必要な
立法措置がなされず,②人権被害が重大であり,司法的救済の必要性が認めら
れる場合には,立法機関たる国会及び法案提出権者として当該立法に深く関与
した内閣は,国家賠償法上違法の評価を免れないというべきであり,本件にお
いては,上記要件が備わっているから,被告国の行為について国家賠償法上違
法の評価を免れない。
 (3)損害
    もし,国会議員の立法不作為や内閣の法案不提出等の不作為がなければ,原告
は,本件裁決請求時から障害基礎年金の支給を受けることができたし,老齢基
礎年金の保険料を支払う必要はなかった。また,原告は,年金が支給されてい
れば経済的・精神的にも安定した生活を送ることができたのにそれを害され,精
神的な苦痛を受けた。これらに鑑みると,慰謝額は2000万円が相当である。
  (被告国の主張)
 (1)国会議員による立法行為及び内閣による法案不提出は,国家賠償法上の違法性
を有しないこと
   ア 同法1条1項は,国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別に国
民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えた
ときに,国又は公共団体がこれを賠償する責に任ずることを規定するもので
ある。したがって,国会議員の立法行為ないし立法不作為が同項の適用上違
法となるかどうかは,国会議員の立法過程における行動が個別の国民に対し
て負う職務上の法的義務に違背したかどうかの問題であって,当該立法の内
容の違憲性とは区別されるべきであり,仮に当該立法の内容が憲法の規定
に違反するおそれがあるとしても,その故に国会議員の立法行為が直ちに違
法の評価を受けるものではない。
     国会議員は,立法に関しては,原則として,国民全体に対する関係で政治的責
任を負うにとどまり,個別の国民の権利に対応した関係での法的義務を負う
ものではないというべきであって,国会議員の立法行為は,立法の内容が憲
法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を
行うというごとき,容易に想定し難いような例外的な場合でない限り,同条項
の規定の適用上,違法の評価を受けないものといわなければならない(最高
裁昭和60年11月21日第一小法廷判決・民集39巻7号1512頁参照)。
   イ これを本件についてみるに,原告の主張する違法行為については,いずれも,
憲法上一義的な文言に違反しているとはいえない。
     したがって,本件においては,上記「例外的な場合」に当たらず,国家賠償法
上,違法とされる余地はない。
   ウ また,内閣による法案不提出についても,内閣は国会に対して法律案の提出
権を有するにとどまるのであるから,国会議員による立法不作為に違法性が
肯定されない以上,これと別個に違法性を観念する余地はない(最高裁昭和
62年6月26日第二小法廷判決・判例時報1262号100頁参照)。 
 (2)内閣による個別的教示の懈怠について
    法律は公布されれば当然効力を生じるのであって,法的義務としての周知徹底
義務は存在しないから,原告の主張は失当である。
第5 争点に対する判断
 1 認定事実
   前記前提事実並びに証拠(甲5,30の1・2,31,32,35の1~7,44,46,95,
乙2,3の1・2,4ないし7,証人D)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認
められる。
 (1)原告は,昭和○○年△月□日にEとDの第2子(長男)として生まれた(姉弟あ
り。)。2歳前に交通事故に遭い数か月間,脳波に異常が見られ(その後,緩
解),幼児期には,毎月のように熱を出し,小児喘息との診断を受けるなどした
が,学童期以降は元気になり,カブスカウトに入隊したり,競泳大会で活躍した
り,ロードレース用自転車を乗り回したりした。また,学業成績は,中学時代,高
校時代を通じ上位にあった。
(甲5,35の1~6,46,乙2,証人D)
 (2)原告は,昭和59年,A大学工学部G科を受験し,現役合格したものの,F大学理
学部物理学科への進学を希望し,予備校への入学手続を取った。しかしなが
ら,母や予備校講師の説得もあり,結局,同年4月にA大学に入学した。
(甲5,35の7,乙3の3,証人D)
 (3)A大学教養部在籍中(昭和59年4月から昭和60年9月まで)の状況
   ア 原告は,昭和59年6月12日,腹痛があり,1週間下痢が続いていると訴えて,
通学途中にあるB内科を受診した。これに対し,B医師は,「胃腸炎」であると
診断し,胃腸薬「アプタ」及び下痢止め薬「カナマイシン」を処方した。
    (甲5,30の1・2,証人D)
   イ また,原告は,昭和59年夏以降,自動車運転免許を取得すべく教習所に通
い,同年11月5日,同免許を取得したが,この間,両親等に対し,「教官が口
をきかず眠ってばかりいる。」と奇異な言動を繰り返した。しかるに,両親等
は,原告の言動を不審に思うことなく,「そりゃ怠慢だね。」などと聞き流してい
た。
    (甲5,95)
   ウ 原告は,福岡市X区Y所在のA大学教養部在籍中は,電車を利用して通学して
いたが,昭和60年6月ころ,両親に対し,「人につけられている。」,「電車の
ホームで電車を待っているときに,ホームでたばこを吸っていた人がいたが,
その人は自分をつけている刑事だ。」等と言うようになった。しかるに,両親
は,親戚の公安関係の警察官から,「A大学教養部をマークしている。」という
ような話を聞いたこともあって,原告は,原子力を専攻していることもあって調
べられているのだろうなどと考え,原告の言動を特に不審に思うことはなかっ
た。
    (甲5,証人D)
   エ 原告は,昭和60年梅雨ころ,不眠,吐き気及び頭痛を訴え,自宅近くにあるC
医院を受診するとともに,母に対し,「何か物覚えが悪くなった。何だかゴムが
伸び切ったような感じで何も頭に入らない。」などと,繰り返し不安を訴えるよう
になり,その後,夏休みころには,疲れた様子で,昼夜を問わず眠ってばかり
いた。
    (甲5,31,証人D) 
 (4)専門課程進学(昭和60年10月)後,成人(昭和●●年△月□日)までの状況
    原告は,昭和60年10月,福岡市Z区W所在のA大学工学部における専門課程
(G科)に進み,このときから,自動車通学することになった。原告は,授業中は,
いつも眠っており,母に対しても,「自分でも分からないうちに眠っている。」と述
べていた。
    このころ,原告は,両親に対し,「高校で倫理社会を履修しなかったことから,A大
への入学が取り消されるのではないか。」との不安を異常なほど訴えた(なお,
原告は,現在でも,両親に対し,「倫社を勉強していないから僕は病気になった。
教科書を買ってきてくれ。」などと述べている。)。
   (甲5,乙3の1・3,証人D)
 (5)成人後,A大病院受診までの状況
   ア 原告は,昭和61年初めころより,自動車運転中に,後ろから付けられているよ
うに感じたり,道に立っている人が自分を見張っているように感じたり,屋外の
自動車の音が自分に当てつけているように感じたりするなどの妄想知覚や,
テレビの内容が自分のことを当てつけているように感じるといった関係念慮が
生じ,同年春以降,いらいらしたり,おかしくないことで笑ったり,ちょっとした他
人の言動を聞きとがめたりした。また,母と姉がひよこの話をしていると,突然
怒り出したこともあった。
    (甲5,46,乙2,4,6,7,証人D)
   イ J研究所における職場研修
     原告は,昭和61年の夏休み,J研究所において,約1か月の職場研修を受けた
が,研修終了後は,疲弊した様子で帰宅し,母らに対し,「テーマも持たずに
何しに来たのかと言われた。」,「コンピュータをいじって壊した。」,「お金もなく
した。」などと述べた。
     さらに,原告は,同年秋以降から,「大学の先生が,自分のために復習ばかりせ
ざるを得なくなり,自分のことを当てつけるような発言をする。」(関係念慮),
「自分の考えていることを他人に知られてしまう。」(思考伝播)などと考えるよ
うになり,「大学の友人から『A大の面汚しだ。』と言われた。」と涙を流して悔し
がったり,母らに対し,「まわりの人間が自分のことで陰口をたたく。」,「テレビ
から自分にメッセージが送られてくる。」,「やくざに見張られている。」,「教室
で回りがチクチク嫌味を言う。」,「自分の部屋に盗聴器が仕掛けられてい
る。」等と訴えるようになった。そこで,両親らは,原告の言動を不審に思い,
原告の所属している研究室を訪ねたが,原告の友人達は,「原告は無口だ。」
というだけで,異常には気が付いていない様子だった。
    (甲5,46,乙2,6,証人D)
   ウ 原告は,昭和61年冬ころ,疲れがひどくなり,自宅近くにあるI医院を受診した。
同医院では,胃腸炎との診断を受け,内服処方を施された。
    (甲32,証人D)
(6)A大病院への受診等
   ア 原告は,原告の言動を不審に思った母に連れられ,昭和61年12月18日,A
大病院精神科を受診した。
     医師の精神的所見としては,話の内容,まとまりに違和感はなく,疎通性は良好
であり,社会適応能力もそれほど低下していないものの,同年初めころ以降,
妄想知覚や関係念慮が出現した統合失調症である旨診断した。
     原告は,その後昭和62年10月まで同病院に通院し,投薬治療を受けたが,こ
の間,妄想知覚及び関係念慮等が1か月ないし2か月単位で増大したり,軽
減したりする状況であった。
    (甲5,44,46,乙2,4ないし6)
   イ 原告は,大学院修士課程に進むべく,昭和62年7月ころから,試験勉強を始め
たが,同年9月実施の試験が近付くにつれ,ストレスが高まり,「集中力がなく
なって,何も頭に入らない。」などと焦燥感・不安感を訴えるとともに,関係妄
想・妄想知覚・妄想着想が強まって困惑状態となり,結局,試験当日は起床す
ることができなかった。
     その後,原告は,同月30日以降,(医療法人△△会)K病院に通院するように
なった。初診時,普通に話せることも多く,一見異常はなさそうにも見えたが,
幻聴や被害関係妄想等,統合失調症の典型的な症状が持続しており,同症
がかなり進んだ状態にあったため,大学4年を休学した。原告は,このころか
ら,しばしば,幻覚を見て,「ワーが出た。」などと述べるようになった。
    (甲5,44,46,乙2,4)
   ウ 原告は,朝夕2錠ずつ治療薬を服用しながら,昭和63年4月には,大学4年生
として復学し,不安が強いときには母が校門まで同行したり,友人の協力によ
って何とか卒論を仕上げるなどして,平成元年3月に大学を卒業した。原告
は,その後1年間,研究生として研究室に籍を置き,病状の回復による就職
の機会を待ったが,果たせず被害関係妄想が悪化するとともに,不眠傾向と
なり,家族ともよく口論となったため,平成元年6月15日から平成4年4月28
日まで,K病院に入院した。その後も,原告は,同年10月21日から平成13
年2月末日まで,4回にわたり断続的に同病院に入院した。
    (甲5,44,乙3の2,4,証人D) 
 (7)本件裁定請求前後以降の状況
   ア 原告は,本件裁定請求がなされる前の平成10年2月28日当時,幻覚妄想状
態(持続的・慢性的な幻聴,特に家族や身近な人に対する被害関係妄想)や
精神運動興奮状態(興奮,拒絶)が認められた。また,日常生活においても,
食事・用便・入浴等は1人でできるものの,家族との会話は少しは通じる程度
であり,不安定で気分に左右され(機嫌が良いと,教授や公務員になるなどと
訴え,機嫌が悪くなると,黙り込むか,拒絶する。),他方,家族以外の者との
会話は通じず,幻聴に左右され,妄想的になるなど,安定した対人関係は結
べない状況にあって,日常生活能力の程度は,精神症状を認め,身のまわり
のことはかろうじてできるが,適当な援助や保護が必要であるというものであ
った。
     なお,原告は,K病院入院中の同年5月30日には,幻聴に左右され,熱湯を飲
んで口腔内熱傷を負い,翌31日以降,数日間,L病院に緊急入院し,その
後,同年6月9日にK病院に5回目の入院した後も,思考障害が酷く,幻聴に
左右されて他人を殴るなどしたため,同年12月18日,医療保護入院に切り
替えられたが,その時点において,原告には,幻覚妄想状態(幻覚,妄想,さ
せられ体験,思考形式の障害)や精神運動興奮状態(滅裂思考,硬い表情・
姿勢,興奮状態)が認められた。
    (乙4,7)
   イ 原告は,平成12年3月27日時点において,「ケンブリッジ大学の教授に任命さ
れた。報酬もたくさんもらえる。」と誇大妄想を述べるようになるなど,幻覚妄
想状態(幻覚,妄想)や精神運動興奮状態(興奮)が認められるとともに自閉
も認められ,食事や服薬等は援助があればできるが,金銭管理や他人との意
思疎通はできないなど,日常生活に著しい制限を受けており,常時援助を必
要とする状況にあった。
    (甲5,乙4)
   ウ 原告は,平成15年ころ以降も,「ケンブリッジ大学の教授になる。」,「自分は皇
族の一員だ。」などの妄想があって,自分の名前に貴族の称号である「卿」を
つけて呼ぶほか,幻聴もあり,また,食事,服薬等にも援助を要する状態であ
り,家族とも簡単な会話しかできず,自分の言うことを否定されたり,突発的な
事態に遭遇したりするとパニックに陥り極度の興奮状態になるため,1人で外
出することもできない状況にある。
    (甲5,証人D) 
 2 上記認定事実及び統合失調症の特質を前提に,争点1(1)(昭和60年改正法30
条の4第2項の適用ないし類推適用の可否)について判断する。
 (1)統合失調症の発症時期について
   ア 前記認定事実によれば,原告は,昭和59年夏以降自動車教習所に通ってい
る時期(18歳時)に,「教官が口をきかず眠ってばかりいる。」といった奇異な
言動を始め,その後,昭和60年には,通学途中に追跡妄想を感じるようにな
ったり,「物覚えが悪くなった。」とか,「倫理社会の未履修を理由に,大学入学
を取り消されるのではないか。」といった極度の不安に捕らわれ,昭和61年
初めころより,妄想知覚や関係念慮が顕著になり,同年秋以降,「テレビから
自分にメッセージが送られてくる。」などの発言をするようになったことから,不
審に思った両親の勧めにより,同年12月18日に受診したA大病院精神科に
おいて,統合失調症であるとの診断を受けている。
     そうすると,妄想知覚や関係念慮が顕著になり,その後両親らが原告の言動に
異常を感じるようになった昭和61年初めころ以降の時期は,同症の急性期に
あったと認められるのに対し,両親らは異常に気が付いていなかったものの,
奇異な言動が見られ,追跡妄想を感じ,極度の不安に捕らわれるようになっ
た昭和59年夏ころ以降の時期には,原告は,既に,同症を発症しており,そ
の前兆期にあったと認めるのが相当である。
   イ これに対し,被告社会保険庁長官は,Dの証言のうち昭和59年及び昭和60年
の原告の状態に関する部分は,専ら記憶に基づいたものであるし,昭和61年
12月18日にA大病院精神科を受診した時点では,昭和61年初めころ以降
の妄想知覚や関係念慮のみを訴えていた点に照らしても,信用性に乏しい旨
主張する。
     しかしながら,昭和59年及び昭和60年の原告の状態に関する同証人作成の
陳述書(甲5)の記載及び同証人の証言は,詳細であるとともに,精神医学的
知識の乏しい者が記載しているにもかかわらず,統合失調症の発症経過が
極めて自然であるし(甲44),原告の大学での言動についても,原告の友人
からの聞き取り結果に基づいたもので(甲5),信用性が高いといえる。また,
奇異な言動が見られた「時期」に関しても,自動車運転免許の取得時期や,
大学の所在及び通学方法等と関連付けた記憶であり,信頼することができ
る。
     さらに,A大病院精神科受診時における訴えが昭和61年初めころ以降の妄想
知覚等を中心としていた点についても,統合失調症の前兆期の症状はほとん
ど目立たないから,家族が気付かなくても不自然とはいえず,後に回顧的に
のみ判断することが可能であること,急性期に入って異常を感じた家族が医
師に相談する際には,直近の異常な言動等が中心になることはやむを得ない
こと,被告らが主張するように,「原告がJ研究所における職場研修の際のシ
ョックをきっかけに統合失調症を発症した」と考えると,前兆期なしにいきなり
急性期から発症したことになって,統合失調症の発症特質にそぐわないこと
からして,A大病院精神科受診時に,原告及びその母(D)が昭和59年及び
昭和60年における原告の奇異な言動等を訴えていなかったことが,直ちに同
証人の証言等の信用性を減ずることはない。
 (2)「初診日」について
   ア 初診日とは,疾病又は負傷及びこれらに起因する疾病について初めて医師等
の診療を受けた日をいう(昭和60年改正法30条1項)ところ,昭和60年改正
法30条の4が傷病の発症のみならず,医師等による診療を要件とした趣旨
は,医学的な判断を要求することにより,公平・迅速な認定を可能にすること
にあると解される。そして,一般の傷病の場合には,医師等の診療を受けるこ
とにより傷病名が明らかになることが多いのに対し,統合失調症の前兆期の
場合には,身体的な不定愁訴があり,神経症状態等の症状が現れるものの,
症状がほとんど目立たないこともあり,家族や周囲の者が気づかない場合も
あるから,発症直後や前兆期に,統合失調症と認識した上で専門医に受診す
る例は少なく,実際は統合失調症に起因する疾病であっても,統合失調症で
あると診断されない場合も少なからず生じる。かかる場合に,確定診断のない
ことを理由に,年金の支給を拒むことは,請求者の責に帰すべからざる事由
による不利益を請求者に加えることになるから許されない。そこで,統合失調
症又はこれに起因する疾病により医師(専門医に限られない。)の診療を受け
た場合には,統合失調症であるとの確定診断を受けたかどうかにかかわら
ず,上記要件を充足するものと認めるのが相当である。
     これを本件についてみるに,原告は,前記認定のとおり,昭和61年12月18
日,A大病院精神科において,統合失調症であるとの診断を受けているが,2
0歳未満の昭和59年6月12日には,B内科を受診して胃腸炎との診断を受
け,昭和60年梅雨ころには,C内科を受診していることから,これらの受診が
「初診」に該当しないかが問題となる。
   イ そこでまず,昭和59年6月におけるB内科の受診について検討するに,原告
は,当時,高校から大学に進学した直後の時期にあり,環境の変化によるスト
レスを受けていたものと考えられること,統合失調症の前兆期には,自律神経
の失調等から様々な身体的症状が生じることがあり,この胃腸炎が同症前兆
期の症状であった可能性は存在する(甲44)ものの,当時,原告が奇異な言
動を行っていたことを認めるに足りる証拠はなく,また,胃腸炎の原因は統合
失調症以外にも種々のものが存在することに鑑みると,上記胃腸炎を統合失
調症に起因するものであると認めることはできない(乙33,36)。
   ウ 次に,上記C医院の受診に関して検討するに,前記認定のとおり,原告は,不
眠,吐き気及び頭痛を訴えて,同医院を受診しているところ,睡眠障害は統合
失調症の前兆期の典型的な症状であること(甲36,37,44,60,乙34),
原告は,昭和59年夏から同年11月にかけての時期に,既に,「自動車教習
所の教官が口をきかずに眠ってばかりいる。」などと奇異な言動を繰り返して
おり,上記医院受診と同時期には,「何か物覚えが悪くなった。何だかゴムが
伸び切ったような感じで何も頭に入らない。」などと不安を訴えていたこと,そ
の後も,過度の眠気や不安を訴え,回復傾向は見られなかったことが認めら
れ,他方で,原告が,上記医院受診当時,不眠症状を呈する他の疾病に罹患
していたことを認めるに足りる証拠はないことを総合すると,原告の上記受診
は,統合失調症の前兆期の症状によるものであったと推認することができる。
     したがって,原告は初診日において20歳未満であったといえる。
   エ これに対し,被告社会保険庁長官は,C医院受診の事実について,カルテがな
く,受診の事実自体が認められない旨主張し,証拠(甲31)によると,同医院
の受診に関してはカルテが現存していないことが認められる。
     しかしながら,証拠(甲5,30の1・2,32,証人D)によると,同医院受診の事実
は,平成4年ないし平成5年ころ,原告が母に告げたことから発覚したもので
あること,その当時まで,原告の母は上記受診の事実を知らなかったこと,同
様に同時期に原告の告知により発覚したB内科及びI医院の受診について
は,カルテないし照会に対する医師の回答書によって,その存在を認定できる
こと,C医院のカルテの存在を確認できない理由は,C医院の医師が,平成4
年ないし平成5年には,既に,昭和60年当時のカルテを保存期間の経過を理
由に廃棄していたためであり,原告のカルテのみが現存していなかったわけ
ではないことが認められ,以上の事実に照らすと,原告の上記告知内容は正
確であると認めることができ,原告が昭和60年梅雨ころ,不眠等を訴えて,C
医院を受診した旨の事実を認定することができる。
 (3)事後重症の発生について
    本件における障害認定日は,上記初診日である昭和60年梅雨ころから1年6月
を経過した日,すなわち昭和61年12月から昭和62年1月ころであり(このころ,
原告が障害等級に該当する程度の障害の状態に至っていたことを認めるに足り
る証拠はない。),20歳に達した日(昭和●●年△月□日)の後であるところ,前
記認定事実によれば,原告は,統合失調症(傷病)を理由に障害基礎年金の支
給を請求した平成10年5月11日(障害認定日後,65歳に達する日の前日まで
の間に含まれる。)には,当該傷病により障害等級に該当する程度の障害の状
態(前記認定事実によれば,1級10号あるいは2級16号に該当する状態といえ
る。)に該当するに至っていることが認められる。
 (4)以上によれば,原告の事後重症該当日は昭和60年改正法の施行日(昭和61年
4月1日)以降であるから,本件裁決請求には同法30条の4第2項が適用される
ところ,上記判示のとおり,原告は,同項の要件を充足するものというべきである
から,原告のその余の主張(争点1(2))について判断するまでもなく,原告の本
訴請求中,本件不支給処分の取消しを求める部分は理由がある。
 3 これに対し,争点2の原告の被告国に対する国家賠償請求については,本件は,
国会議員らに立法不作為等の違法が認められるかどうか(争点2の(1),(2))に
かかわらず,本件裁決請求に対しては昭和60年改正法30条の4第2項によって,
原告に対し障害基礎年金を支給することができた事案であるから,上記不法行為
と損害との間には因果関係がなく,原告の同請求は,その余の点について判断す
るまでもなく,理由がない。
第6 結論
   以上によれば,原告の被告社会保険庁長官に対する本件不支給処分の取消請求
については,理由があるから,これを認容し,原告の被告国に対する国家賠償請
求については,理由がないから,これを棄却する。
    福岡地方裁判所第3民事部
        裁判長裁判官    一   志   泰   滋
           裁判官    三   島   聖   子   
    裁判官立川毅は,差し支えにつき,署名押印することができない。
裁判長裁判官    一   志   泰   滋   
(別 紙)別表
昭和34年法 昭和60年改正法
障害の
程度
障害の状態
1級1号両眼の視力の和が0.04以下のもの同

2号両耳の聴力損失が90デシベル以上の
もの両耳の聴力レベルが100デシベル
以上のもの
3号両上肢の機能に著しい障害を有するも
の同左
4号両上肢のすべての指を欠くもの同左
5号両上肢のすべての指の機能に著しい障
害を有するもの同左
6号両下肢の機能に著しい障害を有するも
の同左
7号両下肢を足関節以上で欠くもの同左
8号体幹の機能にすわっていることができ
ない程度又は立ち上がることができな
い程度の障害を有するもの同左
9号前各号に掲げるもののほか,これらと
同程度以上と認められる身体障害であ
って,日常生活の用を弁ずることを不能
ならしめる程度のもの(内科的疾患に
基づく身体障害であって,前各号のい
ずれにも該当しないものを除く。)前各
号に掲げるもののほか,身体の機能の
障害又は長期にわたる安静を必要とす
る病状が前各号と同程度以上と認めら
れる状態であって,日常生活の用を弁
ずることを不能ならしめる程度のもの。
10号精神の障害であって,前各号と同程度
以上と認められる程度のもの。
11号身体の機能の障害若しくは病状又は精
神の障害が重複する場合であって,そ
の状態が前各号と同程度以上と認めら
れる程度のもの
2級1号両眼の視力の和が0.05以上0.08以
下のもの同左
2号両耳の聴力損失が80デシベル以上の
もの両耳の聴力レベルが90デシベル
以上のもの
3号平衡機能に著しい障害を有するもの同

4号そしゃくの機能を欠くもの同左
5号音声又は言語機能に著しい障害を有す
るもの同左
6号両上肢のおや指及びひとさし指又は中
指を欠くもの同左
7号両上肢のおや指及びひとさし指又は中
指の機能に著しい障害を有するもの同

8号1上肢の機能に著しい障害を有するも
の同左
9号1上肢のすべての指を欠くもの同左
10号1上肢のすべての指の機能に著しい障
害を有するもの同左
11号両下肢のすべての指を欠くもの同左
12号1下肢の機能に著しい障害を有するも
の同左
13号1下肢を足関節以上で欠くもの同左
14号体幹の機能に歩くことができない程度
の障害を有するもの同左
15号前各号に掲げるもののほか,これらと
同程度以上と認められる身体障害であ
って,日常生活に著しい制限を加えるこ
とを必要とする程度のもの(内科的疾患
に基づく身体障害であって,前各号の
いずれにも該当しないものを除く。)前
各号に掲げるもののほか,身体の機能
の障害又は長期にわたる安静を必要と
する病状が前各号と同程度以上と認め
られる状態であって,日常生活が著し
い制限を受けるか,又は日常生活に著
しい制限を加えることを必要とする程度
のもの
16号精神の障害であって,前各号と同程度
以上と認められる程度のもの
17号身体の機能の障害若しくは病状又は精
神の障害が重複する場合であって,そ
の状態が前各号と同程度以上と認めら
れる程度のもの
注)昭和60年改正法について
は,同法30条2項に基づき定
められた国民年金法施行令
(政令第53号)4条の7所定の
別表による。

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