弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

平成18年2月28日判決言渡 同日原本領収  裁判所書記官
平成17年(ワ)第4581号 特許権侵害差止等請求事件
口頭弁論終結日 平成17年12月27日 
           判      決
       原       告   ダイワ精工株式会社
同訴訟代理人弁護士和  泉  芳  郎
        同訴訟代理人弁理士     中  村     誠
        同補佐人弁理士    鈴  江  武  彦 
        同             河  野     哲   
        同             幸  長  保次郎
        同             根  本  恵  司
  被       告     株式会社シマノ
        同訴訟代理人弁護士鎌  田  邦  彦
        同訴訟代理人弁理士     小  林  茂  雄
        同補佐人弁理士     小  野  由己男 
        同             山  下  託  嗣
            主     文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
    事実及び理由
第1 請求
1 被告は,別紙被告製品目録記載の電動リールを製造し,販売してはならな
い。
2 被告は,前項記載の電動リール及びそれらの半製品を廃棄せよ。
3 被告は,原告に対し,金1億7952万円及びこれに対する平成17年3月
18日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払
え。   
第2 事案の概要
 1 争いのない事実等(証拠を掲げていない事実は当事者間に争いがない。) 
(1) 当事者 
 原告は,釣用品の製造販売及び修理等を業とする株式会社である。
 被告は,魚釣具及び釣具関連用品の製造,販売等を業とする株式会社であ
る。
(2) 本件特許権 
  原告は,次の特許権(以下「本件特許権」といい,その特許請求の範囲請
求項1の発明を「本件特許発明」という。なお,本件特許に係る明細書(別紙特許
公報参照)を「本件明細書」という。)を有する。
 登録番号  第3294820号
 発明の名称  魚釣用電動リール
 出 願 日  平成3年12月9日
 登 録 日  平成14年4月5日
 特許請求の範囲  
「リール本体に回転可能に支持されたスプールを巻取り駆動するスプー
ル駆動モータを備え,該スプール駆動モータの出力を調節するモータ出力調節体を
前記リール本体に設けた魚釣用電動リールにおいて,前記リール本体に設けた単一
のモータ出力調節体の連続的な変位操作でモータ出力を巻上げ停止状態から最大値
まで連続的に増減するモータ出力調節手段を設けると共に,前記モータ出力調節体
は,その調節位置を巻上げ停止状態のモータ出力ゼロ状態に一度戻さないとモータ
を再駆動しないように設定されていることを特徴とする魚釣用電動リール。」  
 
(3) 構成要件の分説
Aリール本体に回転可能に支持されたスプールを巻取り駆動するスプール
駆動モータを備え,該スプール駆動モータの出力を調節するモータ出力調節体を前
記リール本体に設けた魚釣用電動リールにおいて,
B前記リール本体に設けた単一のモータ出力調節体の連続的な変位操作でモ
ータ出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減するモータ出力調節手段を
設けると共に,
C前記モータ出力調節体は,その調節位置を巻上げ停止状態のモータ出力ゼ
ロ状態に一度戻さないとモータを再駆動しないように設定されている
D ことを特徴とする魚釣用電動リール。
(4) 被告の行為
  被告は,平成16年4月ころから,別紙被告製品目録記載1の電動リール
を,同年5月ころから,同目録記載2の電動リールを,さらに,平成16年11月
ころから,同目録記載3及び4の各電動リール(以下,別紙被告製品目録記載1な
いし4の電動リールを併せて「被告製品」という。)を製造販売している。
 被告製品の構成は,いずれも,別紙被告製品構成目録記載のとおりであ
る。
(5) 構成要件充足性
 被告製品は,構成要件Dを充足する。
2 本件は,本件特許権を有する原告が,被告に対し,被告製品は,本件特許発
明の技術的範囲に属し本件特許権を侵害するとして,特許法100条に基づき,被
告製品の製造,販売の差止め及び廃棄を請求するとともに,民法709条に基づ
き,損害賠償を請求する事案である。
3 本件の争点
(1) 構成要件Aの充足性
(2) 構成要件Bの充足性
(3) 構成要件Cの充足性
(4) 本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものか否か
ア 進歩性欠如1(乙第2号証に記載された発明等に基づき容易に想到する
ことができたか否か)
イ 進歩性欠如2(乙第3号証に記載された発明等に基づき容易に想到する
ことができたか否か)
(5) 損害の発生及びその額
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点(1)(構成要件Aの充足性)について
〔原告の主張〕
(1) 構成要件Aの解釈(「モータ出力調節体」の意義)
ア 構成要件Aにいう「モータ出力調節体」とは,「モータ出力をほどよく
ととのえるもの」,「モータ出力をととのえてほどよくするもの」,又は「モータ
出力をつりあいのとれるようにするもの」という意味である。
イ 被告の主張に対する反論
 被告は,「モータ出力調節体」の「調節」の意味に関して「所望」なる
語句を持ち出し,本件特許発明にいう「モータ出力調節体」とは,それを操作する
ことによって操作者が所望する「モータ出力」を得ることができるものを意味する
と主張する。
 しかしながら,「モータ出力調節体」の意義を解釈するのに,なぜ「所
望」なる語句の解釈を持ち出す必要があるのか不明である。
(2) 構成要件Aと被告製品との対比
ア 被告製品のテクニカルレバーは「モータ出力調節体」か
(ア) 被告製品のカタログを参照すると,被告製品の「テクニカルレバ
ー」について,「オンオフから変速までアクセル感覚で操作できる」,「オンオフ
から変速まで操作が自由自在」(甲5,6),「アクセル感覚で巻き上げ速度が自
由自在」(甲5,6,17),「オンオフからスピードコントロールまで思いのま
ま。レバーひとつで簡単に操作できる。」(甲6),「『楽楽モード』のテンショ
ン設定を変えることで巻き上げ速度の変速を自在におこなえます。」(甲10。な
お,甲9,17にもほぼ同様の記載がある。),「アクセル感覚で巻き上げ速度の
調節ができるテクニカルレバー搭載」(甲9,10,17)との記載がある。
  以上によれば,被告製品の「テクニカルレバー」は,モータ出力を
「ほどよくととのえること。ととのえてほどよくなること。つりあいのとれるよう
にすること。」が達成できるものであることが認められ,「モータ出力調節体」に
当たることは明らかである。
(イ) 被告の主張に対する反論
 被告は,テクニカルレバーは釣り糸の巻上げ速度(速度一定モード)
や張力(楽々モード)を調整するためのものであるとし,テクニカルレバーの操作
によって使用者は所望の「モータ出力」を得ることはできないから,テクニカルレ
バーは「モータ出力調節体」に当たらないと主張する。
 被告製品のカタログ(甲9,10,17)の記載によれば,テクニカ
ルレバーの使用者は巻上げ速度の変速,調節を行うことを意図して,そのテクニカ
ルレバーを操作することは明らかである。
イ 被告製品の速巻きスイッチは「モータ出力調節体」か
 速巻きスイッチは,「速巻きON」と「速巻き時のモータのOFF」を
切り換えるスイッチであって,「速巻きON」か「速巻き時のモータのOFF」の
どちらかに切り換えることしかできない。このように,速巻きスイッチは,実釣
時,その実釣の状況に応じて,巻上げ速度を「ほどよくととのえること。ととのえ
てほどよくなること。つりあいのとれるようにすること。」はできないものであ
る。したがって,速巻きスイッチが「モータ出力調節体」でないことは明らかであ
る。
(3) 被告製品は,別紙被告製品構成目録記載1構成aのとおりの構成を有する
から,構成要件Aを充足する。
〔被告の主張〕
(1) 構成要件Aの解釈(「モータ出力調節体」の意義)
 「モータ出力調節体」の「調節」とは,本来「ほどよくととのえること。
ととのえてほどよくなること。つりあいのとれるようにすること。」(広辞苑)を
意味する用語である。次に,本件明細書には,「本発明は……釣場の状況等に応じ
てスプール駆動モータを巻上げ停止状態から最大値まで連続的に調整可能にして実
釣性の向上を図る……」(3欄13行ないし16行【0005】)と記載され,
「本発明によれば,……モータ出力調節体の連続的な変位操作で,モータ出力を巻
上げ速度が停止状態から最大値まで増減できるので,変速操作が簡素化されて釣り
場の状況に応じた幅広いモータ出力の制御が行える……」(8欄8行ないし12行
【0035】)と記載されている。また,「……本実施形態に係る魚釣用電動リー
ルによれば,ハリス強度,対象魚,魚の大小及びヒット数,潮流,波等を考慮し乍
ら,モータ出力をリール本体1に装着した一つのレバー39で制御してスプール7
の回転数を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減変更することができ……」
(5欄50行ないし6欄5行【0022】)と記載されている。
 以上によれば,本件特許発明にいう「モータ出力調節体」とは,それを操
作することによって操作者が所望する「モータ出力」を得ることができるものを意
味すると解される。
(2) 構成要件Aと被告製品との対比
ア 被告製品のテクニカルレバーは「モータ出力調節体」か
(ア) 被告製品において,テクニカルレバーは,釣り糸の巻上げ速度(速
度一定モード)や張力(楽々モード)を調整するためのものであり,以下のとお
り,テクニカルレバーの操作によって,使用者は所望の出力(=定数×回転数×ト
ルク)や回転数を得ることはできず,所望の「モータ出力」を得ることができない
から,「モータ出力調節体」に当たらない。
 a レバー角度0度ないし14度(ステップ0)においては,モータは
オフ状態で作動しない。釣り糸の巻上げ速度は0である。
 b レバー角度14度ないし30度(ステップ1ないし4,速度一定モ
ード)においては,釣り糸の巻上げ速度を調整しており,釣り糸の巻上げ速度(モ
ータの回転数に相当)が各ステップにおいて設定された値になるようにモータをフ
ィードバック制御している。もっとも,モータ駆動のための電流は最大4アンペア
に設定されているという制限があり,速度一定モードは実釣時に必要とされる速度
のごく一部の範囲しか担うことができない。また,モータの出力(=定数×回転数
×トルク)は釣り糸にかかる負荷によって変動して定まらず,ステップ(レバー角
度)と対応せず,使用者はテクニカルレバーを操作することによって所望の出力
(=定数×回転数×トルク)を得ることができない。
 c レバー角度30度ないし140度(ステップ5ないし31,「楽々
モード」)においては,釣り糸の張力を調整しており,釣り糸の張力(モータのト
ルクに対応)が各ステップにおいて設定された値(目標張力値)になるように(す
なわち目標張力値を保つように)モータをフィードバック制御している。所定のレ
バー角度に所定の目標張力値が対応しており,使用者はテクニカルレバーの操作に
よって所望の目標張力を得ることができる。ところが,モータの出力(=定数×回
転数×トルク)や回転数は,釣り糸にかかる負荷によって変動して定まらず,出力
(=定数×回転数×トルク)や回転数はレバー角度と対応せず,使用者はテクニカ
ルレバーを操作することによって所望の出力(=定数×回転数×トルク)や回転数
を得ることができない。  
(イ) 原告の主張に対する反論
 被告製品のテクニカルレバーによるモータの制御の具体的状況につい
ては実際の被告製品によって客観的に明らかにすべきでものである。被告製品のテ
クニカルレバーによるモータの制御の具体的状況については,市場で被告製品を入
手して容易に明らかにすることができるし,取扱説明書(乙14ないし17)にも
具体的で詳細な説明がされている。
 しかるに,原告は,テクニカルレバーによるモータの制御の具体的状
況について,実際の被告製品や取扱説明書を無視して,カタログの断片的な記載か
ら推測して主張するものにすぎず,事実に反している。
イ 速巻きスイッチは「モータ出力調節体」か
(ア) 速巻きスイッチは,テクニカルレバーの操作位置にかかわらず,こ
れを押すことによって,テクニカルレバーの操作によって得られるモータの出力
(=定数×回転数×トルク)及び回転数よりもさらに高い出力(=定数×回転数×
トルク)及び回転数がもたらされ,さらに続けてもう一度押すとモータが停止する
ものであり,速巻きスイッチの操作により使用者は所望の出力(=定数×回転数×
トルク)や回転数を得ることができるから,速巻きスイッチは「モータ出力調節
体」に当たる。
  以上のとおり,被告製品は構成要件Aを充足するが,それは速巻きス
イッチが「モータ出力調節体」に当たるからであり,テクニカルレバーが「モータ
出力調節体」に当たるからではない。
(イ) 原告の主張に対する反論
 原告は,速巻きスイッチは「速巻きON」と「速巻き時のモータのO
FF」とを切り換える,単なる「スイッチ」の1つであり,「スプール駆動モータ
の出力を調節する」機能を有しないものであるから「モータ出力調節体」に当たら
ない旨主張する。
 しかし,上記(ア)のとおり,速巻きスイッチは,それを操作すること
で使用者が意図する最大の「モータ出力」をもたらすことができるものであって,
テクニカルレバーの操作中に使用者が最大の「モータ出力」を得たいと思えば速巻
きスイッチを押すことで最大の「モータ出力」を得ることができ,また,当初から
最大の「モータ出力」を得たいと思えば速巻きスイッチを押すことで最大の「モー
タ出力」を得ることができるのであるから,速巻きスイッチは「モータ出力調節
体」にほかならない。
2 争点(2)(構成要件Bの充足性)について  
〔原告の主張〕
(1) 構成要件Bの解釈
ア 「単一のモータ出力調節体」の意義
 構成要件Bにいう「単一のモータ出力調節体」とは,「スプール駆動モ
ータの出力を調節するモータ出力調節体」(構成要件A)であって,「連続的な変
位操作でモータ出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減する」(構成要
件B)ものを意味している。
イ 「連続的な変位操作でモータ出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続
的に増減する」の意義
(ア) 「モータ出力調節体の連続的な変位操作で,モータ出力を巻上げ停
止状態から最大値まで連続的に増減する」との記載は,本件明細書における【00
04】【0005】【0007】【0013】【0015】【0022】【002
4】【0035】の各記載をふまえて解釈すると,本件特許発明のモータ出力調節
体は,その変位操作で,モータ出力を巻上げ停止状態からそのまま連続的にその最
大値まで増減変更できる点に特徴があり,そのような意味として,この「連続的」
を解釈することが相当である。
(イ) 被告の主張に対する反論
 被告は,本件特許発明のレバーの回転操作角度とモータ出力は,乙第
13号証のグラフ3「本件特許レバー角度/「出力」模式図」のように,直線状に
単純に比例するとして,レバー角度が増加すればそれに応じて「モータ出力」が増
加し,レバー角度が減少すればそれに応じて「モータ出力」が減少するという関係
であると主張する。被告は,本件特許発明の構成要件Bにおける「巻上げ停止状態
から最大値まで連続的」の「連続的」の語句だけをとらえて,上記のような誤った
解釈を行っているものと思料されるが,本件明細書においては,被告が主張するよ
うな限定解釈をすべき点については何ら記載されていない。
 本件特許発明においては,レバーの回転操作角度とモータ出力との関
係は直線的に連続するのではなく,「釣場の状況に応じた幅広いモータ出力の制御
が行え」ればよいのである。
ウ 「最大値」の意義
 本件明細書の【0007】【0015】【0030】の各記載による
と,構成要件Bにおける「最大値」とは,スプールモータの出力の物理的に最大の
絶対値を意味するものではなく,あくまでも入力としてのモータ出力調節体の作動
量(変位量)と,出力としてのスプールモータの出力との関係の中で,その入力と
してのモータ出力調節体の作動(変位)に応じた範囲での,出力としての「最大
値」を意味しているものである。
(2) 構成要件Bと被告製品との対比
ア 「単一のモータ出力調節体」について
(ア) 被告製品のカタログを参照すると,被告製品のテクニカルレバーに
ついて,「オンオフから変速までアクセル感覚で操作できる」,「オンオフから変
速まで操作が自由自在」(甲5,6),「オンオフからスピードコントロールまで
思いのまま。レバーひとつで簡単に操作できる。」(甲6)との記載があり,単一
のテクニカルレバーで,「オンオフからスピードコントロールまで思いのまま」
に,モータ出力を「ほどよくととのえること。ととのえてほどよくなること。つり
あいのとれるようにすること。」が達成できるものであるから,被告製品のテクニ
カルレバーが本件特許発明の「モータ出力調節体」であることは明らかである。そ
して,そのテクニカルレバーは,構成要件Bの「リール本体に設けた単一のモータ
出力調節体」に相当することも明らかである。
(イ) 被告の主張に対する反論
 被告は,仮にテクニカルレバーが「モータ出力調節体」に当たるとす
れば,被告製品はテクニカルレバーと速巻きスイッチの2つのモータ出力調節体を
有することになるから,被告製品のモータ出力調節体は「単一」でなくなると主張
する。
 しかし,このような主張は,被告の本件特許発明におけるモータ出力
調節体の誤認に基づくものであり,理由がない。すなわち,被告は,速巻きスイッ
チは「モータ出力調節体」に当たるとした上で,上記の主張を行っているものと思
料されるが,本件特許発明においては,その構成要件Aの「モータ出力調節体」が
「スプール駆動モータの出力を調節する」ものであることが明確に記載されてい
る。これに対して,速巻きスイッチは,まさにその名称のとおり,「速巻きON」
と「速巻き時のモータのOFF」とを切り換える,単なるスイッチの1つであり,
「スプール駆動モータの出力を調節する」機能を有しないものであり,このような
機能を備えた「モータ出力調節体」とは何ら関係のない部材である。したがって,
もともと速巻きスイッチは,「スプール駆動モータの出力を調節する」機能を有し
ないことから「モータ出力調節体」に相当しないのであり,被告の主張は失当であ
る。
イ 「連続的な変位操作でモータ出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続
的に増減する」について 
(ア) 被告製品は,モータの駆動及びその停止を切り換えるスイッチを別
に設けているわけではなく,モータ出力調節体であるテクニカルレバーで,モータ
の駆動及び停止を行っている。すなわち,テクニカルレバーの変位操作により,
「モータの出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減」しているのであ
り,被告製品は,本件特許発明の構成要件Bを具備していることは明らかである。
(イ) 被告の主張に対する反論
 被告は,被告製品のテクニカルレバーによるモータの制御は,レバー
の操作量の増減量に応じて「モータ出力」が増減する関係にはないと主張する。
 しかし,被告作成のグラフ及び表(乙13)によれば,テクニカルレ
バーは,明らかにモータ出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減させて
いる。すなわち,上記グラフのうち「グラフ2」を参照すると,縦軸はモータ軸の
回転数に相当するスプール回転数である。前述のとおり,モータ出力は(定数×モ
ータ軸回転数×モータ軸トルク)の関係式を構成することから,縦軸のスプール回
転数0状態は,モータ出力の巻上げ停止状態である。例えば荷重(負荷)1.0
kg重の線図をみると,「ステップ数0」と「ステップ数5」のレバーの回転操作で
巻上げ停止状態である0となり,「ステップ数24」の操作で,スプール回転数
は,その最大値である約1000rpmとなっている。したがって,テクニカルレバー
を,「ステップ数5」から「ステップ数24」へ回転操作することで,モータ回転
数を0から増加させており,上記の関係式から,結果として,モータ出力を巻上げ
停止状態からそのまま最大値まで連続的に増減させていると理解できる。荷重2.
0kg重の線図においても同様である。さらに,乙第13号証の5枚目の「04電動
丸1000Hスプール出力/回転数数値表」を参照すれば明らかなように,テクニ
カルレバーのレバー角度を増加操作すると,スプール出力が増加している。この
「スプール出力」は,本件特許発明における「モータ出力」である。
ウ 「最大値」について
(ア) 被告製品のテクニカルレバーは,モータ出力を「OFF」から「M
AX」まで連続的に増減するものであるから,テクニカルレバーの操作で「最大
値」を得ることができる。
(イ) 被告は,被告製品においては,テクニカルレバーの操作では,「モ
ータ出力」の最大値を得ることはできないと主張する。
  しかし,速巻きスイッチは本件特許発明の構成要件Aにおける「スプ
ール駆動モータの出力を調節するモータ出力調節体」に相当せず,さらには,構成
要件Bの「連続的な変位操作でモータ出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的
に増減する」にも相当しないことは明らかである。被告の主張は,速巻きスイッチ
が本件特許発明の「モータ出力調節体」に当たるとの誤認に基づくものである。
エ 被告製品は,別紙被告製品構成目録記載の構成b記載の構成を有すると
ころ,そこに記載されているテクニカルレバーは,本件特許発明の構成要件Bの
「単一のモータ出力調整体」に相当する。そして,被告製品の「モータ出力を「O
FF」から「MAX」まで連続的に増減する」との記載は,本件特許発明の構成要
件Bの「モータ出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減する」に相当す
る。したがって,被告製品は構成要件Bを充足する。
〔被告の主張〕
(1) 構成要件Bの解釈
ア 「単一のモータ出力調節体」の意義
 構成要件Bにおいては,「モータ出力調節体」は「単一」でなければな
らない。すなわち,本件明細書の発明が解決しようとする課題について,従来技術
は「……2つのスイッチ形態によってモータの駆動(停止)および変速を行う構成
のため,スイッチ操作が煩雑になってしまう。」(3欄10行ないし12行【00
04】),「本発明は上記問題に基づいて案出されたもので,……,スプール駆動
モータのスイッチ操作を容易にした魚釣用電動リールを提供することを目的とす
る。」(3欄13行ないし18行【0005】)と記載され,発明の効果につい
て,「本発明によれば,リール本体に装着した単一のモータ出力調節体の連続的な
変位操作で,モータ出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減できるの
で,変速操作が簡素化されて釣場の状況に応じた幅広いモータ出力の制御が行える
……」(8欄8行ないし12行【0035】)と記載されており,モータ出力調節
体が「単一」であることは本件特許発明の技術思想の中心部分の1つである。
イ 「連続的な変位操作でモータ出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続
的に増減する」の意義
(ア) 本件明細書の課題を解決するための手段や発明の効果に関する記載
をみると,「【従来の技術】特開平3-119941号の電動リール」は,「スプ
ール駆動モータの回転速度を低速・中速・高速の3速に選択的に切り換える変速用
スライドスイッチを設けたものであり,釣糸の巻上げ速度を3段階に変速可能とし
ている」(2欄9行ないし12行【0002】)としてとりあげ,【発明が解決し
ようとする課題】で「モータの駆動も低速・中速・高速の3段階しか変速できない
ため,釣場の状況等に対応した幅広く迅速なモータ出力制御が行えず,実釣性に劣
る。」(3欄4行ないし6行【0003】)と欠点を記載した後に,「本発明は上
記問題に基づいて案出されたもので,釣場の状況等に応じてスプール駆動モータを
巻上げ停止状態から最大値まで連続的に調整可能にして実釣性の向上を図ると共
に,……」(3欄13行ないし16行【0005】)と記載し,また,【発明の効
果】でも同様に「本発明によれば,リール本体に装着した単一のモータ出力調節体
の連続的な変位操作で,モータ出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減
できるので,変速操作が簡素化されて釣場の状況に応じた幅広いモータ出力の制御
が行えると共に,……」(8欄8行ないし12行【0035】)と記載し,本件特
許発明が段階的な変速をする従来例とは異なり,モータ出力の連続的な調整により
実釣性を向上させる点に特徴があることを明言している。したがって,「連続的な
変位操作で……連続的に増減させる」とは,従来例のように段階的なものであって
はならない。
  また,「本発明によれば,リール本体に装着した単一のモータ出力調
節体を連続的に変位操作すると,その操作量に応じてスプール駆動モータのモータ
出力が増減して,スプールの巻上げ速度が停止状態から最大値まで変化する。…
…」(3欄31行ないし35行【0007】)と記載され,【発明の効果】には
「本発明によれば,リール本体に装着した単一のモータ出力調節体の連続的な変位
操作で,モータ出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減できるので…
…」(8欄8行ないし11行【0035】)と記載されている。そして,実施例に
ついての記載をみても,「……レバー39の操作量に応じたパルス信号のデューテ
ー比としてモータ17への駆動電流通電時間率を当該制御回路43で可変制御し
て,モータ17の回転を巻上げ停止状態から最大値(0~100%)まで連続して
増減変更できるようになっている。」(5欄4行ないし9行【0015】)と記載
されている。すなわち,本件特許発明は,モータ出力調節体の変位操作量に応じて
モータ出力が連続的に増減するものであることが明記されている。また,実施例の
メカニズムもレバーの操作量に応じてデューテー比を変動させてモータの回転を連
続的に増減させるものである。したがって,本件特許発明にいう「連続的な変位操
作で……連続的に増減する」とは,少なくとも,「モータ出力調節体」の停止端か
らの操作量(レバー角度)の増減に応じて「モータ出力」が増減するという関係,
すなわち,レバー角度が増加すればそれに応じて「モータ出力」が増加し,レバー
角度が減少すればそれに応じて「モータ出力」が減少するという関係にあり,かつ
段階的な増減をしないものを意味すると解すべきである。  
(イ) 原告の主張に対する反論
 原告は,本件特許発明のレバーの回転角度とモータ出力が直線状に単
純に比例すると限定解釈すべき理由はないと主張する。
 しかし,被告は必ずしも本件特許発明のモータ出力調節体の変位量と
モータ出力の関係が直線状に単純に比例する場合に限定しているわけではない。被
告は,前記のとおり,本件特許発明はモータ出力調節体の操作量の増減に応じて
「モータ出力」が増減するという関係,すなわち操作量が増加すればそれに応じて
「モータ出力」が増加し,操作量が減少すればそれに応じて「モータ出力」が減少
するという関係にあると主張しているのである。直線状に単純に比例するのはその
典型例であり,乙第13号証のグラフ3は模式図として典型例を取り上げたにすぎ
ない。
 また,原告の主張は,要するに,モータ出力調節体の操作によって結
果として「モータ出力」の「巻上げ停止状態」と「最大値」がもたらされるなら
ば,「モータ出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減する」ことになる
というものである。
 しかし,構成要件Bは「……モータ出力調節体の連続的な変位操作で
モータ出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減する……」というもので
あるから,「連続的な変位操作で……連続的に増減させる」という関係を充足する
ものでなければならないのであって,原告の主張は,特許請求の範囲の記載に基づ
かない主張である。
ウ 「最大値」の意義
(ア) 構成要件Bは,「……単一のモータ出力調節体の連続的な変位操作
でモータ出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減するモータ出力調節手
段を設ける……」というものであり,本件特許発明のモータ出力調節体は「モータ
出力」を「最大値」まで調節することができるものでなければならない。
(イ) 原告の主張に対する反論
 原告は,本件特許発明にいう「最大値」はスプールモータの出力の物
理的な最大の絶対値を意味するものではなく,モータ出力調節体の作動(変位)に
応じた範囲での,出力としての「最大値」を意味していると主張し,その根拠とし
て本件明細書の記載を引用する。
 しかし,本件特許発明にいう「最大値」はモータが出しうる最大値と
解するほかない。そのように解するのが自然かつ合理的であるし,本件明細書の記
載に照らしても,ほかの意味に解しようがない。原告の引用する箇所(【000
7】【0015】【0030】)には,原告の主張する特別な限定条件を直接に記
載したものはもちろん,示唆する記載すらない。かえって,「巻上げ停止状態から
最大値(0~100%)」(5欄7行ないし8行【0015】)等の記載からすれ
ば,「最大値」とは,通常の,何の限定もない最大値と解するのが相当である。さ
らに,原告のいうモータ出力調節体の作動(変位)に応じた範囲での,出力として
の「最大値」ということであれば,どのようなモータ出力調節体であれ,そのモー
タ出力調節体がもたらすその上限値は常に「最大値」ということになり「最大値」
という言葉は全く空洞化してしまう。原告の主張は,特許請求の範囲に「最大値」
という文言を用いて本件特許発明の技術的範囲を画したにもかかわらず,「最大
値」の意味内容を空洞化して特許請求の範囲の記載から実質的に「最大値」という
限定をなくそうとするものであり,極めて不当なものである。
(2) 構成要件Bと被告製品との対比
ア 「単一のモータ出力調節体」について
(ア) 仮にテクニカルレバーが「モータ出力調節体」に当たるとすれば,
被告製品はテクニカルレバーと速巻きスイッチの2つのモータ出力調節体を有する
ことになる。すなわち,被告製品のモータ出力調節体は「単一」でなくなり,被告
製品は構成要件Bを満たさない。
(イ) 原告の主張に対する反論
 テクニカルレバーの制御状況についての原告の主張は,実際の被告製
品に基づかずカタログの断片的な記載から推測するもので,全く理由がない。
イ 「連続的な変位操作でモータ出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続
的に増減する」について
(ア) テクニカルレバーについて
  テクニカルレバーは,上記のとおり,釣り糸の巻上げ速度(速度一定
モード)や張力(楽々モード)を調整するためのものである。しかし,被告製品の
テクニカルレバーによるモータの制御は,レバーの操作量の増減量に応じて「モー
タ出力」が増減するという関係にはない。
  すなわち,速度一定モード(ステップ1ないし4)においては,モー
タの出力(=定数×回転数×トルク)は負荷との関係で変動し,レバーの操作量の
増減量に応じてモータの出力(=定数×回転数×トルク)が増減するとは限らな
い。また,楽々モード(ステップ5ないし31)においては,モータの回転数や出
力(=定数×回転数×トルク)は負荷との関係で増減し,レバーの操作量の増減量
に応じてモータの回転数や出力(=定数×回転数×トルク)が増減するとは限らな
い。このように,速度一定モードにおける目標速度値や楽々モードにおける目標張
力値は各ステップ毎の段階的増減ながら操作量に応じて増減するようフィードバッ
ク制御されているものの,「モータ出力」はレバーの操作量の増減に応じて増減す
るという関係にはない。次に,実釣時の実効負荷(約1.0ないし2.0kg重)
の範囲では,速度モード(ステップ4)から楽々モード(ステップ5)に移る際に
は,レバー角度の増加とは逆にモータの出力(=定数×回転数×トルク)や回転数
が減少する。また,負荷が張力目標値に比べて十分に軽い場合,レバーが最後端に
なるまで(すなわちレバー角度の上限値になるまでに)テクニカルレバーで出しう
るモータの回転数や出力(=定数×回転数×トルク)の上限値に達し,それ以降は
レバー角度を増やしてもモータの回転数や出力はそれ以上増えない。このように,
被告製品においてテクニカルレバーの操作量に応じて「モータ出力」が増減しない
のは,被告製品のテクニカルレバーはそもそも「モータ出力」を調節するものでは
ないからである。
  以上のとおり,テクニカルレバーは「連続的な変位操作で……連続的
に増減する」ものではなく,被告製品は構成要件Bを充足しない。
(イ) 速巻きスイッチについて
  また,速巻きスイッチは,これを押すことによって,テクニカルレバ
ーの操作によって得られるモータの出力(=定数×回転数×トルク)や回転数より
もさらに高いモータの出力や回転数がもたらされ,さらに続けてもう一度押すとモ
ータを停止するものであり,「連続的な変位操作でモータ出力を巻上げ停止状態か
ら最大値まで連続的に増減」させるものではなく,構成要件Bを満たさない。
(ウ) 原告の主張に対する反論
 原告は,被告製品は,モータの駆動及びその停止を切り換えるスイッ
チを別に設けているわけではなく,モータ出力調節体であるテクニカルレバーで,
モータの駆動及び停止を行っていること,テクニカルレバーの変位操作により,
「モータの出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減」しているから,本
件特許発明の構成要件Bを具備しているとも主張する。
 しかし,モータの駆動及びその停止を切り換えるスイッチを別に設け
るか否かということは「連続的な変位操作で……連続的に増減させる」とは何ら関
係がない。そして,テクニカルレバーで,モータの駆動及び停止を行っているから
「モータの出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減」しているという主
張自体,まさに「連続的な変位操作で……連続的に増減させる」という文言を全く
無視し,「連続的な変位操作で……連続的に増減させる」という文言が特許請求の
範囲の記載になかったものとして構成要件Bの充足を論じようとするものである。
 また,原告は,被告作成のグラフ及び表(乙13)によれば,テクニ
カルレバーは,明らかにモータ出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減
させているとし,「グラフ2」を参照すると,テクニカルレバーを,「ステップ数
5」から「ステップ数24」へ回転操作することで,モータ回転数を0から増加さ
せており,結果として,モータ出力を巻上げ停止状態からそのまま最大値まで連続
的に増減させていることが理解できる等と主張する。
 しかし,乙第13号証の「グラフ2」や「グラフ3」を見れば明らか
なように,実釣時の実効負荷である1.0kg重の場合も2.0kg重の場合も速
度モード(ステップ4)から楽々モード(ステップ5)に移る際には,レバー角度
の増加とは逆にモータの出力(=定数×回転数×トルク)や回転数が減少している
(グラフ中の*1)。また,負荷が張力目標値に比べて十分に軽い場合,レバーが
最後端になるまで(すなわちレバー角度の上限値になるまでに)テクニカルレバー
で出し得るモータの回転数や出力(=定数×回転数×トルク)の上限値に達し,そ
れ以降はレバー角度を増やしてもモータの回転数や出力はそれ以上増えない(グラ
フ中の*4)。さらに,同じステップにあってもモータの出力(=定数×回転数×
トルク)や回転数は負荷との関係で変動して定まらないし(グラフ中の*3),ス
テップを上げてレバーの操作量を増加させてもモータの出力(=定数×回転数×ト
ルク)や回転数は増加するとは限らずかえって減少する場合もある(グラフ中の*
2)。このように,被告製品においてはテクニカルレバーの操作量の増減量に応じ
て「モータ出力」が増減するという関係にはないから,仮にテクニカルレバーが
「モータ出力調節体」に当たるとしても,被告製品は構成要件Bを充足しない。
ウ 「最大値」について
(ア) 被告製品においては,モータの出力(=定数×回転数×トルク)の
最大値や回転数の最大値を得るには速巻きスイッチを操作しなければならず,テク
ニカルレバーの操作では,出力(=定数×回転数×トルク)の最大値や回転数の最
大値は得ることはできない。したがって,テクニカルレバーの操作では「モータ出
力」の最大値を得ることはできず,被告製品は構成要件Bを充足しない。
(イ) 原告の主張に対する反論
 原告は,速巻きスイッチは「モータ出力調節体」に当たらないと主張
する。
 しかし,原告の主張は,そもそもテクニカルレバーが「モータ出力」
の「最大値」をもたらしているか否かという点に答えない的外れな反論である。
3 争点(3)(構成要件Cの充足性)について
〔原告の主張〕
(1) 構成要件Cの解釈
ア 「モータ出力調節体」の意義
 前記第3の1〔原告の主張〕(1)のとおり。
イ 「前記モータ出力調節体は,その調節位置を巻上げ停止状態のモータ出
力ゼロ状態に一度戻さないとモータを再駆動しない」の意義
(ア) 構成要件Cの「再駆動」とは,文字どおり何らの限定はなく,被告
が主張するような「意図しない再駆動」の場合に限定されるものではない。
(イ) 被告の主張に対する反論
 被告は,モータの停止・再駆動は,本件明細書の記載から,あらゆる
停止・再駆動の場合を意味するものではなく,電源コードが外れた場合のように意
図しない停止・再駆動を想定していると解釈すべきであると主張する。
 しかし,構成要件Cにおいては,「再駆動」と明確に記載されている
のであって,「意図しない再駆動」と限定解釈する理由はない。本件明細書の【0
007】【0025】【0035】に記載されているような「電源コードが外れ
る」ことはあくまでも具体例の一つとして記載されているにすぎず,構成要件Cに
おける「再駆動」が「意図しない再駆動」に限定して解釈する根拠とは到底なり得
ないものである。
(2) 構成要件Cと被告製品との対比   
ア 「モータ出力調節体」について
 被告製品のテクニカルレバーは,本件特許発明における「モータ出力調
節体」に相当する。
イ 「前記モータ出力調節体は,その調節位置を巻上げ停止状態のモータ出
力ゼロ状態に一度戻さないとモータを再駆動しない」について
(ア) 被告製品は,テクニカルレバーの設定値(ステップ)が1ないし7
の範囲でモータ駆動により釣り糸を巻上げ操作している時に,例えばバッテリーか
らクリップが外れる等でモータ駆動が停止し,その後モータを再駆動する際には,
モータ出力調節体であるテクニカルレバーの設定値(ステップ)を,「OFF」の
状態に一度戻さないとモータは再駆動しないように設定されている。まさに,被告
製品は,本件特許発明の構成要件Cを充足するものである。
(イ) 被告の主張に対する反論
  被告は,被告製品の船べり自動停止機能の場合は,電源コードが外れ
た場合のように意図しない停止・再駆動ではなく,船べり自動停止機能の場合は構
成要件Cにおける「再駆動」ではないと主張する。
  しかし,被告製品は,船べり自動停止機能によりモータが停止した場
合,その停止以降にモータを再駆動する際には,モータ出力調節体であるテクニカ
ルレバーの設定値(ステップ)を,「OFF」の状態に一度戻さないとモータを再
駆動しないように設定されており,まさに,本件特許発明の構成要件Cを充足する
ものである。
  また,被告は,速巻きスイッチを「ON」にして速巻きの状態におい
て電源コードが外れてモータが停止した場合,電源コードを再接続した後にモータ
を再駆動させるには,速巻きスイッチを押して一度オフに戻すことなく,単にもう
一度押すだけでモータは再駆動するから,被告製品は構成要件Cを満たさないと主
張している。
  しかし,被告製品における速巻きスイッチは,「スプール駆動モータ
の出力を調節する」機能を有しないことから「モータ出力調節体」に相当しないの
であり,速巻きスイッチが「モータ出力調節体」に相当することを前提とした被告
の主張が意味のないことは明らかである。
〔被告の主張〕
(1) 構成要件Cの解釈
ア 「モータ出力調節体」の意義
 前記第3の1〔被告の主張〕(1)のとおりである。
イ 「前記モータ出力調節体は,その調節位置を巻上げ停止状態のモータ出
力ゼロ状態に一度戻さないとモータを再駆動しない」の意義
(ア) 構成要件Cは,モータが再駆動する場合について規定したものであ
るが,当然ながら,モータが停止することが再駆動の前提となっているから,構成
要件Cはモータが停止し再駆動する場合について規定したものということができ
る。ここで,モータの停止・再駆動は,本件明細書の【0007】【0025】
【0035】等の課題を解決するための手段や効果にかかる記載から,あらゆる停
止・再駆動の場合を意味するものではなく,電源コードが外れた場合のように意図
しない停止・再駆動を想定し,意図しない再駆動を防ぐためのセーフティ機能を設
けたものと解される。
(イ) 原告の主張に対する反論
 原告は,構成要件Cにおいては,「再駆動」と明確に記載されている
のであって,本件明細書の「電源コードが外れる」との記載はあくまで具体例の一
つとして記載されているにすぎず,「意図しない再駆動」と限定解釈する根拠とな
らない旨主張する。
 しかし,特許請求の範囲の用語の意義を解釈するにあたっては明細書
の記載等を考慮すべきものであり(特許法70条2項),本件明細書の記載に照ら
せば,「停止・再駆動」は「意図しない停止・再駆動」ないしは「電源コードが外
れた場合」とそれに準ずる場合(例えば電動リールにつないでいる船の電源が切れ
た場合等)に限定して解釈すべきである。
 すなわち,まず,「電源コードが外れる」ことは(何ら限定のない)
すべての停止・再駆動の場合の一例として挙げられているわけではなく,意図しな
い停止・再駆動の代表例として挙げられているのであり,原告の主張は失当であ
る。さらに,そもそも構成要件C及びそれにかかわる明細書の記載は,本件特許に
関する分割出願前の原明細書(乙1)の「而して,この場合には,電源スイッチを
レバー39,スライドレバー65が兼ねることになるので,安全性を考慮して各レ
バー39,65を一度“0”の位置に戻すと,スプール7の巻上げが開始するよう
にすることが好ましい。」(【0027】)という記載を根拠として分割時に加え
られたものであるが,もし仮に本件特許の分割出願が原明細書の範囲内で行われた
適法なものであるとするならば,構成要件Cは「安全性」が問題となる場合,すな
わち意図しない停止・再駆動の場合(その典型例が「電源コードが外れた場合」)
に限られるはずである。原明細書には,上記のようにわずかな記載(開示)しかな
かったのであるから,これを無限定に拡大することは到底許されるものではない。
(2) 構成要件Cと被告製品との対比
ア 「モータ出力調節体」について
 構成要件Cの「前記モータ出力調節体」は,「前記」すなわち構成要件
Bを満たす「モータ出力調節体」でなければならないが,上記のとおり,速巻きス
イッチもテクニカルレバーも構成要件Bを満たす「モータ出力調節体」ではないか
ら,被告製品には「前記モータ出力調節体」はなく,被告製品は構成要件Cを満た
さない。
イ 「前記モータ出力調節体は,その調節位置を巻上げ停止状態のモータ出
力ゼロ状態に一度戻さないとモータを再駆動しない」について
(ア) 船べり自動停止機能の場合
 被告製品には船べり自動停止機能がついている。これは釣り糸を無思
慮に最後の方まで巻き上げると,道糸と仕掛けを結びつけるサルカン等の結束具が
釣竿につけられた釣り糸を挿通案内するためのガイドに衝突してガイドや釣竿を痛
めることになりかねないことから,釣り糸の巻上げ長さが所定長さになったときに
モータを自動的に停止する機能である。船べり自動停止機能によってモータがソフ
トウェア的に停止させられた場合は,以降はテクニカルレバーを操作してもモータ
は回転しない。そして,テクニカルレバーをステップ0の位置まで戻すことによっ
て,テクニカルレバーに対する制御部による無効化命令がリセットされ,その後は
テクニカルレバーによる通常の操作が可能になる。しかし,船べり自動停止機能に
よる停止の場合は,釣り糸が所定の長さに巻き上がったことによる予定どおりの停
止であり,電源コードが外れた場合のように意図しない停止の場合ではない。特
に,被告製品では船べり自動停止する際には,停止する4m手前から2mごとにア
ラーム音を発するので,釣り人が予期しないときにモータが停止することはない。
したがって,船べり自動停止機能の場合は,電源コードが外れた場合のように意図
しない停止・再駆動ではなく,船べり自動停止機能の場合は構成要件Cにおける
「再駆動」ではない。
(イ) 電源コードが外れた場合の再駆動 
 構成要件Cは,「前記モータ出力調節体は,その調節位置を巻上げ停
止状態のモータ出力ゼロ状態に戻さないとモータを再駆動しないように設定されて
いる」という文言から,テクニカルレバーがどんな位置にあってもすべての場合に
おいて必ず「調節位置を巻上げ停止状態のモータ出力ゼロ状態に戻さないとモータ
を再駆動しないように設定されている」ことが必要であると解される。しかし,被
告製品では,電源コードが外れてモータが停止した場合,テクニカルレバーがステ
ップ8ないし31にあるときは,テクニカルレバーを,手前側に7ステップ戻せ
ば,巻上げ停止状態の出力ゼロ状態に戻さなくともモータが再駆動する。したがっ
て,テクニカルレバーが設定値(ステップ)8ないし30にある場合に巻上げ停止
状態のモータ出力ゼロ状態に一度戻さなくともモータが再駆動する以上,被告製品
は構成要件Cを充足しない。
 また,構成要件Cは,前記のとおり,安全性のために設けられたもの
であるが,安全性のためであればテクニカルレバーがどんな位置にあってもすべて
の場合において「調節位置を巻上げ停止状態のモータ出力ゼロ状態に戻さないとモ
ータを再駆動しないように設定されている」ことが必要である。したがって,この
点からも被告製品は構成要件Cを充足しない。
(ウ) 速巻きスイッチは「その調節位置を巻上げ停止状態のモータ出力ゼ
ロ状態に一度戻さないとモータを再駆動しない」を満たさないことについて
 速巻きスイッチをONにして速巻きの状態において電源コードが外れ
てモータが停止した場合,電源コードを再接続した後にモータを再駆動させるに
は,速巻きスイッチを押して一度OFFに戻すことなく,単にもう一度押すだけで
モータは再駆動する。したがって,被告製品は構成要件Cを満たさない。 
4 争点(4)ア(進歩性欠如1)について 
〔被告の主張〕
 本件特許発明は,その出願前に頒布された刊行物である特開平3-1199
41号の公開特許公報(乙2。以下,乙2に記載された発明を「引用例発明1」と
いう。),フランス特許第1525043号の明細書(乙4),特開昭64-16
216号の公開特許公報(乙5),特公平1-13314号の特許公報(乙6),
実公昭30-15340号の実用新案公報(乙7),特開昭60-120932号
の公開特許公報(乙8)及び実公昭44-12535号の実用新案公報(乙10)
に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
(1) 引用例発明1の内容
 引用例発明1には,「リール本体(2)に回転可能に支持されたスプール
(1)を巻取り駆動するスプール駆動モータ(M)を備え,該スプール駆動モータ
(M)のモータ出力を調節するモータ出力調節体(11)を前記リール本体(2)
に設けた魚釣用電動リールにおいて,前記リール本体(2)に設けた単一のモータ
出力調節体の段階的な変位操作でモータ出力を段階的に増減する制御装置(10
0)が設けられていることを特徴とする魚釣用電動リール。」の発明が記載されて
いることになる。
(2) 本件特許発明と引用例発明1との対比
 本件特許発明と引用例発明1とを対比すると,両者は,「リール本体に回
転可能に支持されたスプールを巻取り駆動するスプール駆動モータを備え,該スプ
ール駆動モータの出力を調節するモータ出力調節体を前記リール本体に設けた魚釣
用電動リールにおいて,前記リール本体に設けた単一のモータ出力調節体の変位操
作でモータ出力を増減させるモータ出力調節手段を設けた,魚釣用電動リール。」
である点で一致する。
 両者は次の点で相違する。
ア 引用例発明1においては,モータ出力調節体は段階的に変位操作され,
その変位操作でモータ出力調節手段はモータ出力を段階的に増減させるのに対し
て,本件特許発明においては,モータ出力調節体は連続的に変位操作され,その変
位操作でモータ出力調節手段はモータの出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続
的に増減させるものである点(以下「相違点1」という。)。
イ 本件特許発明では,モータ出力調節体は,その調節位置を巻上げ停止状
態のモータ出力ゼロ状態に一度戻さないとモータを再駆動しないように設定されて
いるが,引用例発明1では,そのような構成を有していない点(以下「相違点2」
という。)。
(3) 相違点1について 
 乙第4号証には,釣り糸巻上げ用の電気モータの出力を調節するための連
続的変位操作可能な操作部材(モータ出力調節体)を設けるとともに,この操作部
材の変位操作で,前記モータの出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減
させる絶縁スタッド及び可変抵抗器からなるモータ出力調節手段を設ける点が記載
されている。そうすると,引用例発明1の段階的な変位操作を行うモータ出力調節
体(スライド部材)に代えて乙第4号証の連続的な変位操作を行う操作部材を用
い,また,引用例発明1のモータ出力を段階的に増減させるモータ出力調節手段
(制御装置)に代えて,乙第4号証の操作部材の連続的な変位操作でモータ出力を
巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減させるモータ出力調節手段を用いるこ
とにより,本件特許発明のように構成することは当業者にとって容易に想到するこ
とができたものである。
 なお,乙第4号証のリールは,本件特許発明のようにスプールを回転する
ことにより釣り糸を巻き上げる形式の両軸受リールではなく,固定スプールにピッ
クアップを回転させることにより釣り糸を巻き上げる形式の固定スプール魚釣用リ
ール(スピニングリール)であるが,両電動リールとも,モータにより釣り糸を巻
き上げるものであり,その巻上げ速度を,モータ出力調節体及びモータ出力調節手
段によって調節している点で共通しているものであり,引用例発明1に,乙第4号
証の技術を転用することに何ら困難はない。また,釣り糸巻上げ速度を調整するた
めの同一のモータ出力調節機構を,スピニングリール及び両軸受リールに適用する
ことも従来から一般的に知られているものである。例えば,乙第8号証には,「糸
巻き回転部材の回転軸部材に駆動モーターを連結して釣糸を巻き上げ,ハンドルで
回転される制御円板に検出素子を臨ませて該検出素子の検出信号で上記駆動モータ
ーの回転速度を制御したことを特徴とする魚釣用電動リール」の発明について記載
されており,その第1実施例としてスピニングリールに適用した例,第2実施例と
して両軸受型リールに適用した例が記載され,さらに「又上記説明では魚釣用リー
ルをスピニングリールと両軸受型リールで述べたが,他の形式のリールに実施して
もよい」(183頁左下欄12ないし14行),「図面は本発明の実施例が示さ
れ,第1図は魚釣用電動リールが魚釣用スピニングリールで構成された側面図,…
…第4図は魚釣用電動リールが魚釣用両軸受型リールで構成された要部断面平面図
である」(183頁右下欄7ないし13行)等と説明されており,同一の釣り糸巻
上げ速度を調整するためのモータ出力調節機構を,スピニングリールと両軸受型リ
ールの双方に適用できることが一般的に知られていたものである。
(4) 相違点2について 
 乙第5号証には,概略,従来技術として,魚釣用電動リールにおいて,
「一度ブレーカ又はリレーが作動すると,電源スイッチをオフし,再度オン操作し
ない限りモータを再起動することができ」(68頁左上欄第3行ないし5行)ない
ようにした構成が記載されている。ここで,本件特許発明は「単一のモータ出力調
節体の連続的な変位操作でモータ出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増
減する」ものであるから,本件特許発明のモータ出力調節体は,乙第5号証の従来
技術にいうところの電源スイッチを兼ねているとみることができる。そうすると,
相違点2に関する構成は,乙第5号証に記載されている。
 ところで,駆動体が何らかの異常によって停止した場合,再駆動時には一
度0度(OFF)にしないと駆動が再開されないようにセーフティ機能を設けるこ
とは,従来からごく一般的に用いられている技術常識(周知技術)である(乙6,
7,10)。そうすると,引用例発明1の魚釣用電動リールにおいて,上記技術常
識(周知技術)を適用して,本件特許発明のように構成することは当業者にとって
容易に想到することができたものである。 
(5) 以上のとおり,本件特許発明は,特許法29条2項の規定に違反し,無効
理由を有するから(特許法123条1項2号),同法104条の3により権利行使
が制限されるというべきである。
〔原告の主張〕
(1) 引用例発明1の内容
 引用例発明1には,「リール本体に回転可能に支持されたスプールを巻取
り駆動するスプール駆動モータを備え,該スプール駆動モータの出力を調節するモ
ータ出力調節体を前記リール本体に設けた魚釣用電動リールにおいて,前記リール
本体に設けた高・中・低の3速に選択的に切り換える変速用スライドスイッチのス
ライド操作で,モータ出力を増減するモータ出力調節手段を設けた魚釣用電動リー
ル」に関する発明が開示されている。
(2) 本件特許発明と引用例発明1との対比
 本件特許発明と引用例発明1とを対比すると,引用例発明1における「変
速用スライドスイッチ」は,本件特許発明における「モータ出力調節体」に相当す
るから,両者は,「リール本体に回転可能に支持されたスプールを巻取り駆動する
スプール駆動モータを備え,該スプール駆動モータの出力を調節するモータ出力調
節体を前記リール本体に設けた魚釣用電動リールにおいて,前記リール本体に設け
たモータ出力調節体の操作でモータ出力を増減するモータ出力調節手段を設けた魚
釣用電動リール」である点で一致する。
 両者は,次の2点で相違する。
ア 本件特許発明においては,「リール本体に設けた単一のモータ出力調節
体の連続的な変位操作でモータ出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減
するモータ出力調節手段を設ける」との構成を有しているのに対し,引用例発明1
においては,リール本体に設けた高・中・低の3速に選択的に切り換える変速用ス
ライドスイッチのスライド操作で,モータ出力を増減するモータ出力調節手段を設
けた点(以下「相違点1’」という。)。
イ 本件特許発明においては,そのモータ出力調節体が,「その調節位置を
巻上げ停止状態のモータ出力ゼロ状態に一度戻さないとモータを再駆動しないよう
に設定されている」との構成を有しているのに対し,引用例発明1においては,そ
の高・中・低の3速に選択的に切り換える変速用スライドスイッチはそのような構
成を有していない点(以下「相違点2’」という。)。
(3) 相違点1’について
  乙第4号証及び乙第8号証には,相違点1’に係る技術事項については何
ら記載されていない上,それを示唆する記載すらない。
  すなわち,乙第4号証に記載された発明は,本件特許発明におけるような
スプールが回転するいわゆる両軸受型リールではなく,スプールが固定されてロー
タが回転するいわゆるスピニングリールに関するものである。このようなスピニン
グリールでは,手動ハンドルの内方に釣り糸巻取り時に高速で回転するロータが存
在し,手動ハンドル内方の,高速で回転するロータ近傍に手指を近づけることは大
変危険であるため,ロータが回転中に該箇所に手指が接近することがないように,
操作部材を配置しない等設計上も危険を回避するように特別に配慮することが,当
業者の技術常識である。したがって,乙第4号証に記載された電動スピニングリー
ルの操作部材の構成を,引用例発明1の両軸受型電動リールにそのまま適用するこ
とはできない。
  さらに,乙第8号証では,モータによる自動運転はできず,手動ハンドル
を回すことによって,その手動ハンドルの回転を検出して駆動モータの回転速度を
制御できる技術が開示されているにすぎない。手動ハンドルを回すという態様が,
スピニングリールでも両軸受型リールでも共通であることから,乙第8号証に開示
されている技術においては「他の形式のリールに実施しても良い。」と記載してい
るにすぎないのである。この記載があることをもってして,一般のモータ出力調節
技術のすべてのものが,他の形式のリールに転用可能とすることはできない。
(4) 相違点2’について
  乙第5号証においては,単に,電源スイッチであるモータON/OFF用
スイッチを押すとの開示がされているにすぎず,本件特許発明の「モータ出力調節
体は,その調節位置を巻上げ停止状態のモータ出力ゼロ状態に一度戻さないとモー
タを再駆動しないように設定されている」との構成については何ら記載されておら
ず,それを示唆する記載すらない。また,乙第6号証,乙第7号証,乙第10号証
においては,本件特許発明におけるような,「前記リール本体に設けた単一のモー
タ出力調節体の連続的な変位操作でモータ出力を巻上げ停止状態から最大値まで連
続的に増減するモータ出力調節手段を設け」ているモータ出力調節体に係る技術的
開示はないばかりか,その具体的構成である,「前記モータ出力調節体は,その調
節位置を巻上げ停止状態のモータ出力ゼロ状態に一度戻さないとモータを再駆動し
ないように設定されている」との構成については何ら記載されておらず,それを示
唆する記載すらない。
  本件特許発明の「モータ出力調節体」は,乙第5号証ないし乙第7号証,
乙第10号証に記載されているような,単に電源をON/OFFする「電源スイッ
チ」ではない。本件特許発明のモータ出力調節体において,調節位置を巻上げ停止
状態のモータ出力ゼロ状態に一度戻すということは,単に電源スイッチをOFFに
することをいうのではなく,次にモータを再駆動させるときには,モータ出力をゼ
ロからスタートして所定値まで連続的に増減調節できること,駆動停止時のモータ
出力調節体の調節位置に対応するモータ出力で誤ってモータが駆動することがない
こと,すなわち,釣り糸の巻上げ速度の急激な変化や高速度での巻上げ始動などの
実釣時の問題点を効率的に回避させ,停止位置から急回転させることなく,かつス
ムーズに速度を増減させることができることをも同時に意味するものである。この
点は,本件特許発明のモータ出力調節体とモータ出力調節手段の構成をみれば明ら
かである。
(5) 被告の主張に対する反論
ア 相違点2の判断の誤り
 被告は,本件特許発明の「モータ出力調節体」は,乙第5号証の従来技
術にいうところの電源スイッチを兼ねているとみることができると主張する。
 しかし,乙第5号証においては,一度ブレーカ又はリレーが作動して電
源スイッチがOFFとされた後,再起動する際,単に電源スイッチであるモータO
N/OFF用スイッチを押すとの開示がされているだけにすぎず,再起動に際し
て,「電源スイッチをOFFし,再度ON操作しない限りモータを再起動すること
ができない」との構成を採用しているわけではない。乙第5号証に記載の技術事項
は,魚釣用電動リールにおいて,モータ温度が設定温度以上になると,モータへの
通電が自動的に停止され,モータON/OFF用スイッチを押せば,モータを再起
動することができるというものであり,魚釣用電動リールの操作者が「電源スイッ
チ」をOFFにする操作を行っていないことを前提とするものである。
 また,被告は,相違点2に関する構成は乙第5号証に記載されていると
も主張する。
 しかし,前記のとおり,乙第5号証においては,本件特許発明の「モー
タ出力調節体は,その調節位置を巻上げ停止状態のモータ出力ゼロ状態に一度戻さ
ないとモータを再駆動しないように設定されている」との構成については何ら記載
されておらず,それを示唆する記載すらない。
 さらに,被告は,駆動体が何らかの異常によって停止した場合,再駆動
時には一度0度(OFF)にしないと駆動が再開されないようにセーフティ機能を
設けることは,従来から一般的に用いられている技術常識(周知技術)であると主
張する。
 しかし,本件特許発明においては,その請求項に明確に記載されている
ように,「リール本体に設けた単一のモータ出力調節体の連続的な変位操作でモー
タ出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減するモータ出力調節手段を」
との構成を有するものである。単に,「リール本体に設けた高・中・低の3速に選
択的に切り換える変速用スライドスイッチのスライド操作で,モータ出力を増減す
るモータ出力調節手段」が開示されているにすぎない引用例発明1の「モータ出力
調節体及びモータ出力調節手段」に対し,前記のような開示がされているだけにす
ぎない乙第6号証,乙第7号証及び乙第10号証に記載のものを,本件特許発明に
おけるように,どのように構成すると論理付けるのか不明である。
イ 動機付けの欠如による進歩性の判断の誤り
 本件特許発明は,本件明細書の【0003】【0004】に記載されて
いるように,引用例発明1におけるような従来技術が有する問題をもとに,【00
05】に記載されているような課題に対する認識のもとに,請求項に記載された構
成を全体として有する発明としてされたものであり,その構成により,【000
7】に記載されているような作用,そして,【0035】に記載されているような
効果を奏するものである。本件特許発明は,「前記リール本体に設けた単一のモー
タ出力調節体の連続的な変位操作でモータ出力を巻上げ停止状態から最大値まで連
続的に増減するモータ出力調節手段を設けると共に,前記モータ出力調節体は,そ
の調節位置を巻上げ停止状態のモータ出力ゼロ状態に一度戻さないとモータを再駆
動しないように設定されている」との技術事項を全体として備えたことを必須の構
成要件とする発明に係り,その結果,上記の作用効果を奏する点に特徴があるもの
である。
 これに対して,引用例発明1は,上記のとおり,本件特許発明の明細書
において,まさに欠点のある従来例として記載されているものであり,当然に本件
特許発明の課題に対する認識は何ら存在していない。
 乙第4号証は,スプールが固定され外部に露出したロータが高速で回転
する,いわゆるスピニングリールに関するものであり,本件特許発明とはリールの
型式が違うものである。スピニングリールは,手動ハンドルの内方に釣り糸巻取り
時に高速で回転するロータが存在し,手動ハンドル内方の,高速で回転するロータ
近傍に手指を近づけることは大変危険であるため,ロータが回転中に当該箇所に手
指が接近することがないように,操作部材を配置しない等設計上も危険を回避する
ように特別に配慮することが当業者の技術常識である。
 また,乙第8号証は,手動ハンドルの回転操作によってのみしか駆動モ
ータを回転駆動することはできず,モータによる自動運転はできず,本件特許発明
の課題に対しての動機付けの認識や示唆が全くない。乙第8号証の公報にスピニン
グリールと両軸受型リールの双方の記載があるからといって,本件特許発明が容易
に想到し得るとすることはできない。
 さらに,前記のように,乙第5号証,乙第6号証及び乙第8号証は,い
ずれも,本件特許発明におけるようなモータ出力調節体に係るものではなく,その
具体的構成である「前記モータ出力調節体は,その調節位置を巻上げ停止状態のモ
ータ出力ゼロ状態に一度戻さないとモータを再駆動しないように設定されている」
との構成については,何ら記載されておらず,本件特許発明の上記の課題に対する
認識は何らない。公知技術として引用されている7件のすべての引用例において,
本件特許発明の上記の課題に対する認識はないことから,それら7件もの引用例を
用いて行う論理付けにおいて,それぞれを組み合わせる動機付けとなるものは何ら
存在しないこととなり,被告の進歩性の欠如の主張は,理由がない。
ウ 顕著な作用効果の誤認,看過による進歩性の判断の誤り
 本件特許発明は,上記のとおり,引用例発明1におけるような従来技術
が有する欠点に対する課題認識(【発明が解決しようとする課題】【0003】な
いし【0005】)をもとに,請求項に記載された構成を全体として有する発明と
してされたものである。そして,その構成により,本件明細書に記載された作用
(【0007】)を有し,そして,【0035】に記載された格別顕著な効果を奏
するものである。
 このような効果は,被告が引用した7件もの引用例においては,何ら記
載されておらず,その示唆すらもされていないものであり,被告の主張は,このよ
うな格別顕著な作用効果を誤認,看過した結果,進歩性の判断を誤ったものであ
り,理由がない。 
エ 以上のとおり,本件特許発明は,引用例発明1及び乙第4ないし第8号
証及び乙第10号証により無効とすべき事由は存在しない。
5 争点(4)イ(進歩性欠如2)について
〔被告の主張〕
 本件特許発明は,その出願前に頒布された刊行物である特開昭50-142
387号の公開特許公報(乙3。以下,乙3に記載された発明を「引用例発明2」
という。),乙第4号証ないし乙第8号証及び乙第10号証に記載された発明に基
づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
(1) 引用例発明2の内容
 引用例発明2には,「リール本体(A)に回転可能に支持されたスプール
(1)を巻取り駆動するスプール駆動モータ(5)を備え,該スプール駆動モータ
(5)の出力を調節するモータ出力調節体(17)を前記リール本体(A)に設け
た魚釣用電動リールにおいて,リール本体(A)に設けた単一のモータ出力調節体
の連続的な変位操作でモータ出力を最小値から最大値まで連続的に増減するモータ
出力調節手段を設けた,魚釣用電動リール。」の発明が記載されていることにな
る。
(2) 本件特許発明と引用例発明2との対比
 本件特許発明と引用例発明2とを対比すると,両者は,「リール本体に回
転可能に支持されたスプールを巻取り駆動するスプール駆動モータを備え,該スプ
ール駆動モータの出力を調節するモータ出力調節体を前記リール本体に設けた魚釣
用電動リールにおいて,リール本体に設けた単一のモータ出力調節体の連続的な変
位操作でモータ出力を最小値から最大値まで連続的に増減させるモータ出力調節手
段を設けた,魚釣用電動リール。」である点で一致している。
 両者は次の2点で相違する。
ア 引用例発明2においては,モータ出力調節手段はモータ出力を最小値か
ら最大値まで連続的に増減させるものであるのに対して,本件特許発明では,モー
タ出力は巻上げ停止状態から最大値までである点(以下「相違点3」という。)。
イ 本件特許発明では,モータ出力調節体は,その調節位置を巻上げ停止状
態のモータ出力ゼロ状態に一度戻さないとモータを再駆動しないように設定されて
いるが,引用例発明2では,そのような構成を有していない点(以下「相違点4」
という。)。
(3) 相違点3について
 魚釣用電動リールにおいて,モータ出力調節体の変位操作で釣り糸巻上げ
用駆動モータの出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減させるモータ出
力調節手段を設けることは,乙第4号証に記載されているので,引用例発明2のモ
ータ出力調節手段をして本件特許発明のようにモータ出力調節体の連続的な変位操
作でスプール駆動モータの出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減させ
るモータ出力調節手段とすることは当業者が容易に想到することができたものであ
る。なお,乙第4号証のリールは,本件特許発明のスプールを回転することにより
釣り糸を巻き上げる形式の両軸受リールではなく,固定スプールにピックアップを
回転させることにより釣り糸を巻き上げる形式のスピニングリールであるが,両電
動リールとも,モータにより釣り糸を巻き上げるものであり,その巻上げ速度を,
モータ出力調節体及びモータ出力調節手段によって調節している点で共通している
ものであり,引用例発明2に,乙第4号証の技術を適用することに何ら困難はな
い。
(4) 相違点4について
 上記のとおり,相違点2について,乙第5号証ないし第8号証及び乙第1
0号証に記載されているようなセーフティ機能を採用して,本件特許発明のように
構成することは当業者にとって容易に想到することができたものである。
(5) 以上のとおり,本件特許発明は,特許法29条2項の規定に違反し,無効
理由を有するから(特許法123条1項2号),同法104条の3により権利行使
が制限されるというべきである。
〔原告の主張〕
(1) 引用例発明2の内容
  引用例発明2には,「リール本体に回転可能に支持されたスプールを巻取
り駆動するスプール駆動モータを備え,該スプール駆動モータの出力を調節するツ
マミを駆動モータの端部の可変抵抗器に設けた魚釣用電動リールにおいて,前記駆
動モータの端部の可変抵抗器に設けたツマミの連続的な変位操作でモータ出力を増
減するモータ出力調節手段を設けた魚釣用電動リール」に関する発明が開示されて
いるものと認められる。
(2) 本件特許発明と引用例発明2との対比
 本件特許発明と引用例発明2とを対比すると,引用例発明2における「ツ
マミ」は,本件特許発明における「モータ出力調節体」に相当するから,両者は,
「リール本体に回転可能に支持されたスプールを巻取り駆動するスプール駆動モー
タを備え,該スプール駆動モータの出力を調節するモータ出力調節体を設けた魚釣
用電動リールにおいて,モータ出力調節体の連続的な変位操作でモータ出力を増減
するモータ出力調節手段を設けた魚釣用電動リール」である点で一致する。
 両者は,次の2点で相違する。
ア 本件特許発明においては,「リール本体に設けた単一のモータ出力調節
体の連続的な変位操作でモータ出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減
するモータ出力調節手段を設ける」との構成を有しているのに対し,引用例発明2
においては,前記駆動モータの端部の可変抵抗器に設けたツマミの連続的な変位操
作でモータ出力を増減するモータ出力調節手段を設けた点(以下「相違点3’」と
いう。)。
イ 本件特許発明においては,そのモータ出力調節体が,「その調節位置を
巻上げ停止状態のモータ出力ゼロ状態に一度戻さないとモータを再駆動しないよう
に設定されている」との構成を有しているのに対し,引用例発明2においては,そ
のツマミはそのような構成を有していない点(以下「相違点4’」という。)。
(3) 相違点3’について
  乙第4号証及び乙第8号証には,前記駆動モータの端部の可変抵抗器に設
けたツマミの連続的な変位操作でモータ出力を増減するモータ出力調節手段に代え
て,「リール本体に設けた単一のモータ出力調節体の連続的な変位操作でモータ出
力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減するモータ出力調節手段を設け
る」との技術事項については何ら記載されておらず,それを示唆する記載すらな
い。
  さらに,前記4〔原告の主張〕(3)で検討した内容が,相違点3’において
もそのまま適用できる。
  そして,本件特許発明は,このような構成を備えることにより,上記各引
用例においては奏し得ない,格別顕著な作用効果が期待できるものである。
(4) 相違点4’について
  前記4〔原告の主張〕(4)と同様である。
(5) 前記4〔原告の主張〕(5)と同様に,本件特許発明は,引用例発明2及び
乙第4ないし第8号証及び乙第10号証により無効とすべき事由は存在しない。
6 争点(5)(損害の発生及びその額)について
〔原告の主張〕
(1) 被告は,前記第2の1(4)のとおり,平成16年ころから順次被告製品を
製造販売しており,その売上額は,平成16年4月から同年12月までで5億98
40万円を下らない。
(2) 業界における同種の製品における利益率から判断して,被告製品の製造販
売における1台当たりの利益率は,販売価格の30%を下回ることはない。
(3) したがって,被告が上記期間に被告製品を製造販売したことによって得た
利益は,少なくとも1億7952万円である。
〔被告の主張〕
 否認ないし争う。
第4 争点に対する判断
 1 争点(2)(構成要件Bの充足性)について
(1) 本件特許発明の内容
 本件特許発明の特許請求の範囲は,前記第2の1(2)のとおりであり,本件
明細書には発明の詳細な説明として,以下の記載がある(甲2)。
ア 発明の属する技術分野(1欄15行ないし2欄2行【0001】)
 「本発明は,リール本体に回転可能に支持したスプールを巻取り駆動す
るスプール駆動モータを備えた魚釣用電動リールに関する。」
イ 従来の技術(2欄4行ないし12行【0002】)
 「釣場の状況に対応できるように,魚釣用電動リールには,特開平3-
119941号に見られるように,スプールを回転させるスプール駆動モータの回
転速度を調節する変速装置が設けられている。これは,リール本体の上面に,駆動
モータの電源をON/OFFするメインスイッチとは別に,スプール駆動モータの
回転速度を低速・中速・高速の3速に選択的に切り換える変速用スライドスイッチ
を設けたものであり,釣糸の巻上げ速度を3段階に変速可能としている。」
ウ 発明が解決しようとする課題
 「しかし,上記電動リールは,スライドスイッチをリール本体の上面に
沿って前後方向にスライドさせて,低速・中速・高速に変速する構成のため,巻取
り時の変速操作時に,リール本体から手の指がずれやすくて安定せず,容易に変速
操作が行えない。また,モータの駆動も低速・中速・高速の3段階しか変速できな
いため,釣場の状況等に対応した幅広く迅速なモータ出力制御が行えず,実釣性に
劣る。」(2欄14行ないし3欄6行【0003】)
 「さらに,メインスイッチをON操作した後に,回転しているモータ
を,スライドスイッチを前後方向にスライドさせて低速・中速・高速の3段階にモ
ータ出力を制御する,というように,2つのスイッチ形態によってモータの駆動
(停止)および変速を行う構成のため,スイッチ操作が煩雑になってしまう。」
(3欄7行ないし12行【0004】)。
 「本発明は上記問題に基づいて案出されたもので,釣場の状況等に応じ
てスプール駆動モータを巻上げ停止状態から最大値まで連続的に調整可能にして実
釣性の向上を図ると共に,スプール駆動モータのスイッチ操作を容易にした魚釣用
電動リールを提供することを目的とする。」(3欄13行ないし18行【000
5】)
エ 課題を解決するための手段(3欄31行ないし39行【0007】)
 「本発明によれば,リール本体に装着した単一のモータ出力調節体を連
続的に変位操作すると,その操作量に応じスプール駆動モータのモータ出力が連続
的に増減して,スプールの巻上げ速度が巻上げ停止状態から最大値まで変化する。
そして,そのようなモータ出力調節体は,電源コードが外れる等,モータを再駆動
する必要が生じた場合,調節位置を巻上げ停止状態のモータ出力ゼロ状態に一度戻
さないと,モータの再駆動ができないようになっている。」
オ 発明の効果(8欄8行ないし19行【0035】)
 「本発明によれば,リール本体に装着した単一のモータ出力調節体の連
続的な変位操作で,モータ出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減でき
るので,変速操作が簡素化されて釣場の状況に応じた幅広いモータ出力の制御が行
えると共に,前記モータ出力調節体の位置を巻上げ停止状態のモータ出力ゼロ状態
に一度戻さないとモータを駆動しないように設定しているので,電源コード接続時
等にモータ出力調節体の任意の変速位置に対応する出力で誤ってモータが駆動され
るようなことが無くなり,再駆動時等において,慌ててスイッチ操作を行うことも
無くなり,トラブルを防止できる。」
(2) 「単一のモータ出力調節体」の意義
ア 「モータ出力」について
  特許発明の技術的範囲は,特許請求の範囲の記載に基づいて定められ
(特許法70条1項),特許請求の範囲に記載された用語の意義は,明細書の記載
及び図面の記載を考慮して解釈する(同条2項)。本件明細書には,「モータ出
力」に関する特別な説明や定義が存在しないから,当業者が理解する一般的な意味
として解釈すべきである。
  谷腰欣司著「新時代のメカトロニクスを拓く 小型モーターのしくみ」
(甲22),見城尚志・永守重信著「メカトロニクスのためのDCサーボモータ」
(甲23)によれば,次の事実が認められる。
 (ア) モーターに関して用いられるトルク(Torque)という用語
は,「回転力」という意味であるが,モータの出力パワーに直接関係があり,これ
が大きいほど(同じ回転数のモータであれば)その出力パワーも大きくなる。
(イ) トルク(T)はg・cm又はkg・mなどの単位を用いることが多い。
(ウ) モータでは角速度ωの代わりに回転数という表現が多用されるが,
これはモータが1分間に回転する数を表わし,一般にN〔rpm〕と表記される。
(エ) モーターの出力は機械的エネルギーであるが,これはモーターの回
転数と負荷トルクで表され,出力P〔W〕は,モーターの出力式として,
  P〔W〕=1.027・N〔rpm〕・T〔g・cm〕×10
-5
……①式 
  また①式はP〔W〕=1.027・N〔rpm〕・T〔kg・m〕……②式
という関係式で表わす。
(オ) このモータ出力は,入力としてのモータへの印加電圧により決定さ
れる,いわゆる「T-Nカーブ」によって得られる回転数(N)とトルク(T)の
値の組合せとして認定することができ,モータに加える電圧を定めると,その電圧
によって駆動されるモータの基本特性としての,回転数とトルクの関係を示す「T
-Nカーブ」が決まり,加える電圧を増大すると,それによって得られる「T-N
カーブ」はそのグラフにおいて右上方向に平行移動する。よって,一定トルクの条
件下において,加える電圧を増大すると,その回転数は増加する。
  したがって,一般的に,「モータ出力」とは,「定数×回転数×トル
ク」という関係式で表わされるものと理解される。
イ 「モータ出力調節体」について
  「調節」の一般的な意味は,「ほどよくととのえること。ととのえてほ
どよくなること。つりあいのとれるようにすること」(広辞苑第5版1744頁)
であるから,構成要件Bの「モータ出力調節体」とは,「モータ出力をほどよくと
とのえるもの」,「モータ出力をととのえてほどよくするもの」,又は「モータ出
力をつりあいのとれるようにするもの」という程度の意味と解される。 
  構成要件Bの「モータ出力調節体」は,特許請求の範囲に「前記リール
本体に設けた……モータ出力調節体」と記載されていることから,「リール本体に
設けた」ものであり,かつ,構成要件Aに記載されているとおり,「スプール駆動
モータの出力を調節する」ものでなければならない。
ウ 「単一の」の意義
  本件明細書には,従来技術は「……2つのスイッチ形態によってモータ
の駆動(停止)および変速を行う構成のため,スイッチ操作が煩雑になってしま
う。」(3欄10行ないし12行【0004】),「本発明は上記問題に基づいて
案出されたもので,……,スプール駆動モータのスイッチ操作を容易にした魚釣用
電動リールを提供することを目的とする。」(3欄13行ないし18行【000
5】)と記載され,発明の効果として「本発明によれば,リール本体に装着した単
一のモータ出力調節体の連続的な変位操作で,モータ出力を巻上げ停止状態から最
大値まで連続的に増減できるので,変速操作が簡素化されて釣場の状況に応じた幅
広いモータ出力の制御が行える……」(8欄8行ないし12行【0035】)と記
載されている(甲2)。
 そうすると,「単一の」モータ出力調節体とは,スイッチ操作の煩雑を
避け,変速操作を容易にするために,スイッチ操作を簡素化して,1個の魚釣用電
動リールにおいてはモータ出力調節体をただ一つとするという意味に解するのが相
当である。
エ 小括
 以上によれば,本件特許発明における「単一のモータ出力調節体」と
は,リール本体に設けられ,スプール駆動モータの出力をほどよくととのえるもの
がただ一つあることを意味するものである。  
(3) 被告製品の「単一のモータ出力調節体」の充足性
ア 被告製品には,別紙被告製品構成目録のとおり,レバーの回転操作で
「速度一定モード」と「楽々モード」を調整するテクニカルレバーと,モータの出
力及び回転数をもたらす速巻きのONと速巻き時のモータのOFFを切り換える速
巻きスイッチとが設けられている。
イ テクニカルレバーについて
(ア) テクニカルレバーは,レバー形態の調節装置であって,ハンドル軸
の前方かつ上方に位置する軸の回りに所定角度範囲にわたって回転操作可能に設け
られているもので,レバー角度0度から約140度の範囲で回転操作される。そし
て,その範囲で設定値(ステップ)0から設定値(ステップ)30までの31段階
に分けられる。すなわち,設定値(ステップ)0(レバー角度0度ないし約14
度)の領域は,モータ出力がOFF状態である。設定値(ステップ)1ないし4
(「速度一定モード」,レバー角度約14度ないし約30度)の範囲では,釣り糸
の巻上げ速度(スプール回転数に相当)が各設定値(ステップ)において設定され
た値になるようにモータをフィードバック制御している。設定値(ステップ)5以
降(レバー角度約30度ないし約140度)の範囲では,「楽々モード」のテンシ
ョン設定値を変えることでモータを制御し,レバーを前方へ回転操作することによ
って,「OFF」から「MAX」まで増減させることができる(別紙被告製品構成
目録の構成b)。
 以上によれば,被告製品のテクニカルレバーは,「定数×回転数×ト
ルク」という関係式で表わされるモータ出力をほどよくととのえるものということ
ができ,リール本体に設けられ,スプール駆動モータの出力を調整するものである
から,構成要件Bの「モータ出力調節体」に当たるというべきである。
(イ) この点,被告は,レバーの操作量の増減量に応じてモータの回転数
や出力(=定数×回転数×トルク)が増減するとは限らないことを理由に,テクニ
カルレバーはそもそも「モータ出力」を調節するものではない旨主張する(前記第
3の2〔被告の主張〕(2)イ(ア))。
  しかしながら,被告社員の技術説明書(乙13)の「(グラフ2)0
4電動丸1000Hレバー角度/スプール回転数」にあるとおり,例えば荷重(負
荷)1.0kg重の線図をみると,テクニカルレバーを回転操作した場合,「ステッ
プ数0」から「ステップ数5」のレバーの回転操作でモータ回転数は0のままであ
るが,「ステップ数5」から「ステップ数24」へ回転操作することで,モータ回
転数は徐々に増加し,モータ出力に関する前記関係式から,結果として,モータ出
力を巻上げ停止状態から徐々に増減させていることが認められる。この点は,荷重
2.0kg重の線図においても同様である。また,上記技術説明書(乙13)の「0
4電動丸1000Hスプール出力/回転数数値表」によれば,テクニカルレバーの
レバー角度を増加操作すると,スプール出力が増加していることが認められる。そ
して,テクニカルレバーの速度一定モードや楽々モードにおいて,モータの回転数
や出力(=定数×回転数×トルク)は負荷との関係で増減することがあったとして
も,それらが負荷との関係で増減するのは,釣具としての電動リールである以上当
然のことであり,負荷が一定であれば,テクニカルレバーにおいても,上記のとお
り,レバーの操作量の増減量に応じてモータの回転数や出力(=定数×回転数×ト
ルク)が増減するのであるから,レバーの操作量の増減量に応じてモータの出力
(=定数×回転数×トルク)が増減するとは限らないことを理由として,テクニカ
ルレバーが「モータ出力調節体」に該当しないとの被告の主張は理由がない。 
ウ 速巻きスイッチについて
(ア) 速巻きスイッチは,リール本体上面の操作パネル上の右側におい
て,円形の操作面を垂直方向に押すという操作をする押釦形態で,速巻きのONと
速巻き時のモータのOFFを切り換えるスイッチとして設けられている。速巻きス
イッチを押すことによって,テクニカルレバーによって得られるモータの出力及び
回転数よりさらに高いモータの出力及び回転数が得られる。また,その状態からさ
らに速巻きスイッチを押すと,モータはOFF状態となる(別紙被告製品構成目録
の構成b)。そして,証拠(乙14ないし17,検甲1ないし4)によれば,被告
製品の速巻きスイッチは,押すことによって,スプール駆動モータの回転若しくは
出力を停止させるか,最大値にするものであって,速巻きスイッチをONにする
と,そのときのテクニカルレバーの位置によらず,スプール駆動モータの最大値の
モータ出力を得ることができ,また,その後に,速巻きスイッチをOFFにする
と,そのときのテクニカルレバーの位置によらず,スプール駆動モータを停止する
ことができる。
 したがって,被告製品の速巻きスイッチも,また,「定数×回転数×
トルク」という関係式で表わされるモータ出力をほどよくととのえるものというこ
とができ,リール本体に設けられ,スプール駆動モータの出力を調整するものであ
るから,構成要件Bの「モータ出力調節体」に当たるというべきである。
(イ) この点,原告は,速巻きスイッチは,まさにその名称のとおり,単
なるスイッチの1つであり,「スプール駆動モータの出力を調節する」機能を有し
ないものであり,このような機能を備えた「モータ出力調節体」とは何ら関係のな
い部材であると主張する(前記第3の2〔原告の主張〕(2)ア(イ))。
  確かに,速巻きスイッチは,単体としては,スプール駆動モータの出
力を停止するか最大値とするかの二者択一のスイッチである。しかしながら,上記
のとおり,速巻きスイッチをONにすると,そのときのテクニカルレバーの位置に
よらず,スプール駆動モータの最大値のモータ出力を得ることができ,また,その
後に,速巻きスイッチをOFFにすると,そのときのテクニカルレバーの位置によ
らず,スプール駆動モータを停止することができるのであるから,テクニカルレバ
ーとあいまって,スプール駆動モータの出力を「ととのえてほどよくするもの」と
いうことができるから,速巻きスイッチが「スプール駆動モータの出力を調節す
る」機能を有しないという原告の主張は理由がない。
エ 以上によれば,被告製品においては,「リール本体に設け」られ,「ス
プール駆動モータの出力を調節する」「モータ出力調節体」は,テクニカルレバー
と速巻きスイッチであって,「モータ出力調節体」が2つが存在することになる。
したがって,被告製品は,構成要件Bの「単一のモータ出力調節体」を充足しな
い。
(4) 「変位操作でモータ出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減す
るモータ出力調節手段」の意義
ア 構成要件Bにいう「モータ出力」の「最大値」について,本件明細書に
は,「……レバー39の操作量に応じたパルス信号のデューテー比としてモータ1
7への駆動電流通電時間率を当該制御回路43で可変制御して,モータ17の回転
を巻上げ停止状態から最大値(0~100%)まで連続して増減変更できるように
なっている。」(5欄4行ないし9行【0015】)との記載があり(甲2),最
大値を100%と表現している。
  そうすると,この「最大値」とは,文字どおり,1個の魚釣用電動リー
ルにおける,スプール駆動モータの出力の物理的な最大値を意味するものと解され
る。
イ この点,原告は,構成要件Bにおける「最大値」とは,あくまでも入力
としてのモータ出力調節体の作動量(変位量)と,出力としてのスプールモータの
出力との関係の中で,その入力としてのモータ出力調節体の作動(変位)に応じた
範囲での,出力としての「最大値」を意味しているものであると主張する(前記第
3の2〔原告の主張〕(1)ウ)。その趣旨は,単一のモータ出力調節体の作動する範
囲内における最大値をいうものと解される。
  しかしながら,本件明細書には「最大値」の意味に関し,それを特に制
限するような記載はないから,原告が主張するように限定的に解釈しなければなら
ない根拠はない。また,「最大値」の意味をそのように解すると,ある単一のモー
タ出力調節体がもたらすその上限値は常に「最大値」ということになり,特許請求
の範囲に「最大値」という文言を用いて本件特許発明の技術的範囲を画する意味が
ないというべきであるから,原告の主張は失当である。
(5) 被告製品における「連続的な変位操作でモータ出力を巻上げ停止状態から
最大値まで連続的に増減するモータ出力調節手段」の充足性
ア 速巻きスイッチについて
 前記(3)ウ認定のとおり,速巻きスイッチは,スプール駆動モータの出力
を停止するか最大値とするかの二者択一のスイッチであるから,単体としては,
「連続的な変位操作でモータ出力を巻上げ停止状態から最大値まで……増減する」
ものでないことは明らかである。
イ テクニカルレバーについて
 テクニカルレバーは,前記(3)イ(ア)で認定したとおり,設定値(ステッ
プ)5以降(レバー角度約30度ないし約140度)の範囲では,「楽々モード」
のテンション設定値を変えることでモータを制御し,レバーを前方へ回転操作する
ことによって,「OFF」から「MAX」まで増減させることができるものである
から,「連続的な変位操作でモータ出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に
増減するモータ出力調節手段」であると解する余地がある。しかしながら,仮にそ
うであったとしても,別紙被告製品構成目録の構成aに記載されているとおり,速
巻きスイッチが,テクニカルレバーによって得られるモータの出力及び回転数より
さらに高いモータの出力及び回転数をもたらすことについては当事者間に争いがな
いから,テクニカルレバーにおいては,被告製品における物理的な最大値を得るこ
とはできないというほかない。
 したがって,テクニカルレバーは,「モータ出力を巻上げ停止状態から
最大値まで連続的に増減するモータ出力調節手段」に当たらない。
(6) 小括
  以上により,被告製品は構成要件Bを充足しない。
 2 争点(4)イ(進歩性欠如2)について
(1) 引用例に記載された発明
 ア 引用例発明2の内容
 本件特許出願前に頒布された刊行物である特開昭50-142387号
の公開特許公報(引用例発明2)は,次のような内容である(乙3)。
 「この発明は,モーターの駆動回転によりスプールが連動回転して釣糸
が自動的に巻き取られる電動リールに係り,スプールの回転速度を自由に可変する
ことができると共に,リール本体のハンドル軸の操作により電動から手動への切り
換えを自動的にして瞬間的に行なうことのできる電動リールを提供せんとするもの
である。」(369頁左欄10行ないし16行)
 「リール本体(A)は,スプール(1)を左右側板(2)(2)’の間
に回転自在に軸承し,そのスプール(1)はハンドル(3)の回動操作により駆動
回転するものとする。又,スプール(1)のスプール軸(4)を支承した左右側板
(2)(2)’間にはモータ(5)を定着支承し,そのモータ(5)の回転軸
(6)と前記スプール軸(4)との間にモータ(5)の回転を伝達すると共にリー
ル本体(A)のハンドル(3)の操作により前記の電動伝達が切れ手動式へと切り
換わる伝達機構(B)を介在させる。」(369頁右下欄1行ないし10行)
 「又,前記したモータ(5)と電源(図示セズ)との間には可変抵抗器
(16)を接続するが,図面では可変抵抗器(16)はモータ(5)の側面に一体
的に取付けると共に,可変抵抗器(16)を操作するツマミ(17)を回動自在に
取付ける。」(370頁右上欄6行ないし10行)
 「電動の場合:スイッチボタン(18)をONにすることにより,モー
ター(5)の回転はモータの回転軸(6)→ギヤー(7)→……→スプール(1)
へと伝達され,巻き取り可能となり,且,可変抵抗器(16)の操作によりモータ
(5)の回転速度を任に可変して,スプール(1)の回転速度を調節することがで
きる。」(370頁左下欄1行ないし10行)
 「本発明は以上の如く構成したので,可変抵抗器を調節してモータの回
転速度を可変することにより,スプールの回転速度を自由に変えることができ,従
つて,釣場或いは対象魚に適した回転速度を選択して効果的でしかも魚を傷めない
釣魚を楽しむことができる。」(370頁左下欄18行ないし右下欄3行)
イ 乙第4号証に記載された発明の内容
 本件特許出願前に頒布された刊行物であるフランス特許第152504
3号の明細書(乙4)には,次のような記載がある。
 「本発明は,いわゆる固定スプールの魚釣用リールに関するものであ
り,キャスティング時にスプールから釣糸が引き出されていくときにスプールが静
止状態にある魚釣用リールに関する。」(訳文1頁8行ないし10行)
 「この種のリールは,釣糸を巻き取るために,固定スプールに対して同
軸上に配列され,"ピックアップ"と呼ばれる横方向に延びた引っかけ部を有する回
転ドラムを備えている。この回転ドラムは,ハンドルの回転と連動してステップア
ップ機構により回転駆動される。このリールは,本発明は,携帯用電源から電力供
給を受け,ステップダウン機構により回転ドラムに結合された電気モータがこのア
センブリの中心的な構成としてなるものであり,この電気モータの停止時には手動
制御で回転ドラムの駆動を可能にするフリーホイール等が介在している。その結
果,キャスティングを行なっても釣人は電気モータにより餌又はルアーを連続的に
高速で引き寄せることができる。この操作に必要な力は僅かである。操作中に魚が
かかると,手動によるハンドル操作の補助を得ながら釣糸の回収を継続する。この
場合はかかった魚による抵抗力があるため,より大きな力が必要となる。」(同1
頁14行ないし25行)
 「一方,スプール1には釣糸が巻回されており,固定スプールと呼ばれ
る。これはキャスティング時釣糸が放出されていく時にスプール1が制止状態を保
つためである。」(同2頁5行ないし7行)
 「一方,回転ドラム2は固定スプール1と同軸上にあり,ピックアップ
3の支持部材としての役割を果たすと同時に,キャスト後に釣糸を巻き上げる時,
釣糸Fを固定スプール1に確実に巻回するためのものである。最後に,ハンドル4
はステップアップ機構を用いてドラム2を回転駆動させるものである。」(同2頁
10行ないし14行)
 「電気モータ16は携帯用電源17(バッテリ又は蓄電池)から電力供
給を受け,ステップダウン装置により回転ドラムと接続されている。ここにはフリ
ーホイール等が介在し,モータ16の停止時に手動ハンドル4の操作による回転ド
ラムの駆動を可能にしている。」(同2頁28行ないし31行)
 「なお,上述した爪9付フリーホイールは,手動ハンドル4の操作が停
止した時に電気モータ16による回転ドラム2の駆動を可能にしている。」(同3
頁2行ないし3行)
 「モータ16は好ましくは同じ操作部材21(図1及び図2)によって
駆動開始と駆動停止を行うようにするのがよく,この操作部材21をハンドル4の
近傍に配置するのが望ましい。そうすることにより釣り人は操作部材を一方向にあ
るいはそれとは逆の方向にハンドル4から手を離すことなく操作することができ
る。図2に明瞭に示されているように,この操作部材21をレバー形態とするのが
好ましく,操作部材21の端部21aは,ハンドル4の回転面の近傍にある面内に
位置している。釣り人は一方の手でハンドル4を正規位置で保持し続け,同じ手の
親指で操作部材21の端部21aを操作することができる。図1に示されているよ
うに,操作部材21はモータ16の給電回路24に直列に接続されている可変抵抗
器23の摺動部22を制御し,操作部材21は待避端部位置からアクティブ端部位
置までの範囲に亘って変化させることができ,待避端部位置では摺動部22が絶縁
スタッド25上に待避しておりモータ16は停止状態にあり,アクティブ端部位置
においては可変抵抗23は(回路から)はずれた状態であってモータ16の速度は
最大となっている。操作部材21の中間位置はモータの開始速度と最大速度の間の
速度に対応している。設計においては,図2に示されるように,回転ドラム2の電
気的制御に寄与する様々な要素を,回転ドラム2の機械的制御に寄与する部材を収
容するケースと一体の同一ハウジング26内に纏めることもできる。」(同3頁9
行ないし28行)
 「このようなリールでは電気的巻上制御により餌或いはルアー回収を,
手動で行うよりも高速で行うことができる。また,回収速度をより迅速に切り換え
ることができる。……釣りの種類やその時々の状況に応じて,釣り人は回転ドラム
の制御方法を一方から他方へ簡単に且つ迅速に行うことが可能である。例えば,魚
がかかると電気制御による回収を停止し,魚を疲れさせるために手動制御に切り換
えることができる。」(同3頁35行ないし4頁5行)
 「4) 1)項によるリールにおいて,電動モーターの始動,停止は,
手動ハンドルの近くにある唯一の操作部材だけによってなされる。5) 4)項に
よるリールにおいて,操作部材は手動ハンドルの回転可能面の近くにある一面に端
が位置するレバーによって構成される。6) 4)項によるリールにおいて,操作
部材は電動モーター電源回路に直列に組み立てた可変抵抗器のスライダーを制御
し,上記操作部材はニュートラル端位置(この位置ではスライダーは絶縁ブロック
上にあり,電動モータは停止している)から活動端位置(この位置では可変抵抗器
が回路から外され,電動モータの回転は最大限に押し上げられる)に移行でき
る。」(同5頁18行ないし26行)
ウ 乙第5号証に記載された発明の内容
 本件特許出願前に頒布された刊行物である特開昭64-16216号の
公開特許公報(乙5)には,次のような記載がある。
 「本発明は,魚釣用電動リールのモータ焼損防止装置に係り,特にモー
タが過負荷状態になってもモータ温度が設定温度以上にならない限りモータへの通
電が遮断されないようにしたモータの焼損防止装置に関する。」(67頁左欄19
行ないし同右欄3行) 
 「……従来のモータ焼損防止装置は,モータの負荷電流が設定値以上に
なった時,モータの電源回路を自動的に遮断する方式であるため,モータ駆動によ
る魚の取込み時に,魚の急激な引きなどによってモータに設定値以上の負荷電流が
一過性的に流れても,かつモータが過熱焼損されるまでに十分な余裕があるにも拘
らずブレーカ又はリレーが作動してモータへの通電を遮断してしまい,魚の取込み
ができなくなってしまう。しかも,一度ブレーカ又はリレーが作動すると,電源ス
イッチをオフし,再度オン操作しない限りモータを再起動することができず,その
操作が煩雑となり,仕掛けにかかった魚を取り逃がしてしまう問題があった。」
(67頁右下欄14行ないし68頁左上欄7行)
(2) 本件特許発明と引用例発明2の発明の対比
ア 前記(1)アの記載によれば,引用例発明2の魚釣用電動リールは,リール
本体(A)に回転可能に支持されたスプール(1)を巻取り駆動するスプール駆動
モータ(5)を備え,該スプール駆動モータ(5)の出力を調節する可変抵抗器
(16)及びそのツマミ(17)を駆動モータの端部に設けた魚釣り用電動リール
において,前記駆動モータの端部に設けたつまみ(17)の連続的な変位操作でモ
ータ出力を増減するモータ出力調節手段を設けた魚釣用電動リールに関する発明が
開示されていると認められる。
  引用例発明2のツマミ(17)が本件特許発明の「モータ出力調節体」
に相当し,可変抵抗器(16)が「モータ出力調節手段」に相当しており,ツマミ
を連続的に変位操作(回転)することにより,スプール駆動モータの出力を連続的
に増減させることができるものである。
  可変抵抗器(16)及びそのツマミ(17)は,第1図及び第2図では
モータ(5)の側面に一体的に取付けられており,全体として,リール本体に設け
られていると評価し得る。
イ 一致点及び相違点
  本件特許発明と引用例発明2とを対比すると,両者は,「リール本体に
回転可能に支持されたスプールを巻取り駆動するスプール駆動モータを備え,該ス
プール駆動モータの出力を調節するモータ出力調節体をリール本体に設けた魚釣用
電動リールにおいて,リール本体に設けた単一のモータ出力調節体の連続的な変位
操作でモータ出力を連続的に増減させるモータ出力調節手段を設けた,魚釣用電動
リール」である点において一致する。
  他方,両者は,以下の2点において相違する。
(ア) 引用例発明2においては,モータ出力調節手段はモータ出力を単に
連続的に増減させるものであるのに対して,本件特許発明では,モータ出力は巻上
げ停止状態から最大値まで連続的に増減させるものである点(相違点3”)。
(イ) 本件特許発明においては,モータ出力調節体は,その調節位置を巻
上げ停止状態のモータ出力ゼロ状態に一度戻さないとモータを再駆動しないように
設定されているが,引用例発明2は,そのような構成を有していない点(相違点
4)。
(3) 相違点3”について
ア 前記(1)イの記載によれば,乙第4号証における操作部材21は,本件特
許発明の「モータ出力調節体」に相当し,「モータ16の給電回路24に直列に接
続されている可変抵抗器23の摺動部22」が「モータ出力調節手段」に相当する
ところ,「操作部材21は待避端部位置からアクティブ端部位置までの範囲に亘っ
て変化させることができ,待避端部位置では摺動部22が絶縁スタッド25上に待
避しておりモータ16は停止状態にあり,アクティブ端部位置においては可変抵抗
23は(回路から)はずれた状態であってモータ16の速度は最大となっている。
操作部材21の中間位置はモータの開始速度と最大速度の間の速度に対応してい
る。」(訳文3頁20行ないし25行)というのであるから,結局,乙第4号証に
は,魚釣用電動リールにおいて,モータ出力調節体の変位操作で釣り糸巻上げ用駆
動モータの出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減させるモータ出力調
節手段を設けることが記載されているということができる。
イ したがって,上記引用例発明2のモータ出力調節手段を,本件特許発明
のようにモータ出力調節体の連続的な変位操作でスプール駆動モータの出力を巻上
げ停止状態から最大値まで連続的に増減させるモータ出力調節手段とすること(す
なわち相違点3”)は,引用例発明2に乙第4号証を組み合わせることによって,
当業者が容易に想到することができたものと認められる。 
(4) 相違点4について
ア 前記(1)ウの記載によれば,乙第5号証には,従来技術として「一度ブレ
ーカ又はリレーが作動すると,電源スイッチをオフし,再度オン操作しない限りモ
ータを再起動することができ」ない構成が記載されている(68頁左上欄第3行な
いし5行)。
イ 本件特許発明は,「モータ出力調節体は,その調節位置を巻上げ停止状
態のモータ出力ゼロ状態に一度戻さないとモータを再駆動しないように設定されて
いる」ものであり,それは,結局のところ,「モータ出力調節体」に「再駆動」す
るための電源スイッチの役割を担わせているものにほかならないから,本件特許発
明のモータ出力調節体は,乙第5号証の従来技術にいうところの「電源スイッチ」
と同義である。したがって,相違点4は,引用例発明2に乙第5号証を組み合わせ
ることによって,当業者が容易に想到することができたものと認められる。
(5) 訂正請求について
  なお,原告は,本件特許に対する無効審判請求事件(無効2005-80
002号。乙21)において,訂正請求(甲12)を行い,訂正後の特許請求の範
囲(以下「本件訂正発明」という。)は,以下のとおりである(訂正箇所は下線部
分)。
  「リール本体に回転可能に支持されたスプールを巻取り駆動するスプール
駆動モータを備え,該スプール駆動モータの出力を調節するモータ出力調節体を前
記リール本体に設けた魚釣用電動リールにおいて,スプール駆動モータの電源をO
N/OFFする電源スイッチを設けることなく,前記リール本体に設けた単一のモ
ータ出力調節体の連続的な変位操作でモータ出力を巻上げ停止状態から最大値まで
連続的に増減するモータ出力調節手段を設けると共に,前記モータ出力調節体は,
その調節位置を巻上げ停止状態のモータ出力ゼロ状態に一度戻さないとモータを再
駆動しないように設定されていることを特徴とする魚釣用電動リール。」
  しかしながら,上記訂正は,本件特許発明に上記下線部分を加えることに
よって,結局,「モータ出力調節体」は電源スイッチ(ON/OFFスイッチ)を
兼ねるように構成したものであるから,本件訂正発明のモータ出力調節体は電源ス
イッチでもある。換言すれば,本件訂正発明では,「電源スイッチ(を兼ねるモー
タ出力調節体)をオフし,再度オン操作しない限りモータを再起動することがで
き」ないものであり,結局,乙第5号証に記載された構成と実質的に差がない。ま
た,乙第4号証では,モータ出力調整体である操作部材21はモータ電源をON/
OFFする電源スイッチを兼ねているから,結局,当業者であれば,引用例発明2
に乙第4号証及び乙第5号証を組み合わせることによって,当業者が本件訂正発明
を容易に想到することができる。よって,仮に,上記訂正請求が認められたとして
も,無効を回避することはできないというべきである。
(6) 小括
  したがって,本件特許発明は,引用例発明2に乙第4号証及び乙第5号証
に記載された発明を組み合わせることにより,当業者が容易に発明をすることがで
きたものであり,特許法29条2項の規定に反し,特許無効審判により無効にされ
るべきものである。
3 結論
   以上のとおり,被告製品は,本件特許発明の構成要件Bを充足しない上,本
件特許発明は進歩性を欠き,特許無効審判により無効にされるべきものと認められ
るから,原告は,特許法104条の3により権利行使することができない。したが
って,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求は理由がない。
   よって,主文のとおり判決する。
    東京地方裁判所民事第47部
      裁判長裁判官    高  部  眞規子
    
         裁判官 東海林   保
         裁判官 田  邉    実
       被  告  製  品  目  録
 1 商品名   電動丸1000H
 2 商品名   電動丸3000H
 3 商品名   電動丸1000XT
 4 商品名   電動丸3000XT
       被 告 製 品 構 成 目 録
1 被告製品の構成
 a リール本体の左右の側枠間にスプールが回転可能に配置されており,この
スプールを回転駆動するための手動ハンドルがリール本体の右側面(第1図の平面
視右側)に設けられ,さらにスプールを回転駆動するためのスプール駆動モータが
スプール内部に設けられている。手動ハンドルは,ハンドル軸に一端が固定された
ハンドルバーと,ハンドルバーの他端(径方向外方の先端)に回転自在に装着され
たハンドルつまみとを有している。また,レバーの回転操作で「速度一定モード」
と「楽々モード」を調整するテクニカルレバーと,このテクニカルレバーによって
得られるモータの出力及び回転数よりさらに高いモータの出力及び回転数をもたら
す速巻きのONと速巻き時のモータのOFFを切り換える速巻きスイッチとが設け
られている。
 b テクニカルレバーは,リール本体の手動ハンドルが設けられた右側面にお
いてハンドル軸より前方かつ上方に,またハンドル軸の軸方向においてハンドルバ
ーより内方のリール本体に配置されている。レバー形態のテクニカルレバーは,ハ
ンドル軸の前方かつ上方に位置する軸の回りに所定角度範囲にわたって回転操作可
能に設けられている。
 テクニカルレバーは,角度0度ないし約140度の範囲で回転操作され
る。角度0度ないし約140度は設定値(ステップ)0から設定値(ステップ)3
0までの31段階に分けられる。すなわち,設定値(ステップ)0(レバー角度0
度ないし約14度)の領域は,モータ出力がOFF状態である。設定値(ステッ
プ)1ないし4(「速度一定モード」,レバー角度約14度ないし約30度)の範
囲では,釣り糸の巻上げ速度(スプール回転数に相当)が各設定値(ステップ)に
おいて設定された値になるようにモータをフィードバック制御している。設定値
(ステップ)5以降(レバー角度約30度ないし約140度)の範囲では,「楽々
モード」のテンション設定値を変えることでモータを制御している。
 以上,テクニカルレバーを前方へ回転操作することによって,「OFF」
から「MAX」まで増減させる。なお,レバーの操作角度を増加させても,外的要
因との関係で,モータの回転数や出力が減少することがある。
 速巻きスイッチは,リール本体上面の操作パネル上の右側において,円形
の操作面を垂直方向に押すという操作をする押釦形態で,速巻きのONと速巻き時
のモータのOFFを切り換えるスイッチとして設けられている。速巻きスイッチを
押すことによって,テクニカルレバーによって得られるモータの出力及び回転数よ
りさらに高いモータの出力及び回転数が得られる。また,その状態からさらに速巻
きスイッチを押すと,モータはOFF状態となる。
 c テクニカルレバーの操作によるモータ駆動が,船べり自動停止機能により
停止した以降にモータを再駆動する際には,テクニカルレバーの調整位置を,「O
FF」のモータ出力ゼロ状態に一度戻さないとモータを再駆動しないように設定さ
れている。
 テクニカルレバーの調整位置が設定値(ステップ)1ないし7の範囲でモ
ータ駆動により釣り糸を巻上げ操作している時に,例えばバッテリーから電源コー
ドのクリップが外れる等でモータ駆動が停止し,その後モータを再駆動する際に
は,テクニカルレバーの調整位置を,「OFF」のモータ出力ゼロ状態に一度戻さ
ないとモータは再駆動しないように設定されている。
 また,テクニカルレバーの設定値(ステップ)が8ないし30の範囲でモ
ータ駆動により釣り糸を巻上げ操作している時に,例えばバッテリーから電源コー
ドのクリップが外れる等でモータ駆動が停止した場合,テクニカルレバーを,その
位置から設定値(ステップ)7つ分戻さないとモータは再駆動しないように設定さ
れている。
 さらに,テクニカルレバーによって駆動中であっても,速巻きスイッチに
よって駆動中であっても,例えばバッテリーから電源コードのクリップが外れる等
でモータ駆動が停止した場合,速巻きスイッチを押すと,モータは速巻きで再駆動
する。
 d 以上の特徴を備えた魚釣用電動リールである。
2 図面の説明
  第1図 平面図
  第2図 右側面図
 第1図及び第2図は,商品名「電動丸1000H」なる電動リールを示す図面
である。なお,「電動丸3000H」,「電動丸1000XT」,「電動丸300
0XT」なる各電動リールと「電動丸1000H」なる電動リールとは,本件特許
発明との対比に関する限り,その構成が同じであることから,「電動丸3000
H」,「電動丸1000XT」,「電動丸3000XT」なる各電動リールの図面
は省略した。
以上

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛